お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2026年5月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2021年1月以降の記事を残し、2020年12月以前の記事は削除しました。2021年1月1日以降の記事は、両方にあります。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

九華公園を楽しく歩こう

 このウェブページは、平成29(2017)年3月に「九華公園を楽しく歩こう」と題してつくった「パネル展示」をもとにしてあります。この「九華公園を楽しく歩こう」は、当時、九華公園の指定管理者であった株式会社KMI桑名のご協力、ご理解をいただいて、九華公園に展示したものです。その内容をもとにウェブページとしてつくりました(必要に応じて、加筆修正をしてあります)。九華公園を散策される際の参考としてご覧いただければ幸いです。なお、写真は、当時のものをとりあえずそのまま使用していますが、撮り直した方がよいと考えています。

1.九華公園の概要

1)概要

Kyukamap  JR・近鉄桑名駅から東へ1.5㎞、揖斐川右岸に桑名城跡(三重県指定史跡)があり、現在は九華(きゅうか)公園として整備されています。広さは約7.2ヘクタール(桑名市観光案内サイトによる広さ。桑名市作成の九華公園パンフレットによれば、8.65ヘクタール)。かつて「扇城」と呼ばれ、海道の名城とたたえられた城の面影を残し、たくさんのさくらやつつじ、花菖蒲が植えられ、市民の憩いの場として親しまれています。4月の「さくらまつり」や5月の「金魚まつり」「つつじまつり」、6月の「花菖蒲まつり」など、季節に応じて多彩な催しが開かれます。公園内には、松平定綱(鎮国公)と松平定信(楽翁公・守国公)を祭る鎮国守国神社があります。

2)沿革

Enkaku  明治の廃城ののち荒れる一方であった桑名城旧本丸跡(鎮国守国神社に接する南一帯地域)を、昭和3(1928)年、「楽翁公一百年記念大祭」を期に公園として整備し、「九華公園」と名づけました。戦災等を受けたため閉鎖された旧帝室林野局所管の貯木場を含めた区域を公園敷地として再整備することとなり、昭和23(1948)年11月より手がけて現在に至っています。

Hyakusen  九華公園は、「日本の歴史公園100選」の1つに選ばれています。日本の歴史公園100選は、都市公園法施行50周年を記念し、都市公園法施行50周年等記念事業実行委員会によって、平成19(2006)年10月27日に112の公園が選定されました。地域に個性や魅力をもたらす「優れた歴史的・文化的資源を有し、地域の活性化に貢献している歴史公園」を再評価し、その整備を推進することで、観光振興や活力に満ちた地域社会の実現することを目的としています。 
 平成20(2007)年2月5日には、138の公園が追加選定され、その結果、250の歴史公園が選出されました。三重県では、松阪公園(松阪市)と、九華公園(桑名市)が選ばれています。

Kyukakouenhi  九華公園の入り口(扇橋の西)には、「九華公園碑」があります。刻まれた文字は、陸軍中将・福原銭太郎によるものです。福原銭太郎(慶応3(1867)~昭和13(1938)年)は、桑名藩士・福原資英の長男。陸軍士官学校を卒業し、日清、日露戦争に出征。その後、桑名町長、三重県議会議員、長島村長も務めています。碑蔭には、「昭和3年5月建之 桑名町会議員一同」とあります。

3)九華公園の設景設計)者

 九華公園を設計(設景)したのは、小沢圭次郎(おざわ けいじろう:天保13(1842)~昭和7(1932)年)です。小沢は、桑名藩医師・小沢長安の二男として江戸築地の桑名藩下屋敷で生まれ、江戸で医学・蘭学を学び、22 歳のときには長崎へ行き、のちに大坂の緒方洪庵の塾で学びました。幕末の激動期である慶応3(1867)年12 月に江戸から桑名に来ています。明治3(1870)年1 月に上京し、海軍兵学校教官、文部省字書取調掛、東京師範学校長補を経て、明治12(1879)年3月から19(1886)年5月まで東京学士会院書記。職務の余暇に古い庭園を記録し、資料を収集。退職後、さらに庭園研究に励みました。自らも日本式庭園の設計(彼は設景という)を行い、大阪天王寺公園、伊勢内宮・外宮の外苑、ロンドンの日英博覧会などの庭園設計をしています。桑名では、昭和3(1928)年、楽翁公百年祭にともない、旧城内の整備が図られ、小沢が九華公園の設景(設計)を行いました。

4)九華公園の名称の由来

Kyukasen  桑名城は、揖斐川に面した平城で、その形から扇城ともいわれました。中国に「九華扇」という扇があり、江戸時代に「九華」を「くわな」と読ませ、扇城とかけていたところから「九華公園」と名付けられたのです。

2.桑名城について

1)桑名城の歴史

 この地に初めて城館を構えたのは、伊藤武左衛門です。それは、元亀以前といわれ、東城と称しました。文禄年間(1592~96年)に、豊臣秀吉の家臣・一柳直盛が城郭を築き、桑名城と称しています。慶長6(1601)年、徳川四天王の一人・本多忠勝が入城、修築を行い、天守・三之丸などを完成させました。忠勝は、同時に桑名の町割にも着手し、城下町が形成されました(慶長の町割)。5代藩主松平定綱のときには、「海道の名城」といわれた。元禄14(1701)年、7代藩主松平定重のとき大火により、天守・二之九・三之丸などを焼失、その後、天守は再建されませんでした。

 明治4(1871)年の廃藩置県後は、城内の遺構は取り払われ、城石は、四日市港防波堤資材となり、堀は改変せられて貯木場(帝室林野局)、御殿及び本丸の一部は東洋紡績工場(現・柿安他)となりました。昭和3(1928)年、松平定信没後百年を記念し、旧桑名町により本丸・二之丸跡が整備され、九華公園となっています。

2)桑名城の規模

 松平定重転封当時(明暦3(1657)年)の「城廓引渡帳」には「櫓数51(三重櫓3、二重櫓24、附櫓24)、多門12、門46(内舟入門1、埋門2) 井戸14、水門3、武具蔵9」と記されています。桑名城の総構(そうかまえ)は、揖斐川の水を利用し、赤須賀門より伊賀町、柳原、新屋敷、伝馬町(七曲り)から、鍋屋町を経て北折、一色町、三丁掛より寺町、太一丸を流れて、住吉へ注ぐクリークから成っていました。桑名城の特徴は舟入門で、水城であるということです。

Ezu この写真は、九華公園の入り口に掲げられた「桑名城絵図」です。正保年間(1644~48年)に作成された絵図の一部をもとにしています。これを見ると、「扇城」と呼ばれる所以がよく分かります。

3)歴代桑名藩主一覧

襲封   藩主名(生没年) 備考
初代 慶長6(1601)年 本多家 本多忠勝(ほんだただかつ:1548~1610年) 徳川四天王の一人。慶長の町割を行った
2代 慶長14(1609)年 本多家 本多忠政(ほんだただまさ:1575~1631年) 息子・忠刻と千姫が結婚。元和3(1617)年、姫路へ移封
3代 元和3(1617)年 久松松平家 松平定勝(まつだいらさだかつ:1560~1624年) 伏見より移封。家康の異母弟、長島兼涼
4代 寛永元(1624)年 久松松平家 松平定行(まつだいらさだゆき:1578~1668年) 町屋御用水をつくる。寛永12(1635)年、伊予松山へ移封
5代 寛永12(1635)年 久松松平家 松平定綱(まつだいらさだつな:1592~1651年) 大垣より移封。桑名城完成
6代 承応元(1652)年 久松松平家 松平定良(まつだいらさだよし:1632~1657年)  
7代 明暦3(1657)年 久松松平家 松平定重(まつだいらさだしげ:1644~1717年) 定行の孫で、定良の養子となった。天守閣が焼失。宝永7(1710)年、越後高田へ移封
8代 宝永7(1710)年 奥平松平家 松平忠雅(まつだいらただまさ:1683~1746年) 備後福山より移封。この頃、萬古焼創始
9代 延享3(1746)年 奥平松平家 松平忠刻(まつだいらただとき:1718~1782年) 宝暦治水が行われる
10代 明和8(1771)年 奥平松平家 松平忠啓(まつだいらただひら:1746~1786年) 七里の渡し場に鳥居建立
11代 天明7(1787)年 奥平松平家 松平忠功(まつだいらただかつ:1756~1830年) 紀州徳川家から養子に入った
12代 寛政5(1793)年 奥平松平家 松平忠和(まつだいらただとも:1759~1802年) 忠功の実弟、紀州徳川家から養子に入った
13代 享和2(1802)年 奥平松平家 松平忠翼(まつだいらただすけ:1780~1821年) 越後与板藩から養子に入った。藩校進脩館設立
14代 文政4(1821)年 奥平松平家 松平忠堯(まつだいらただたか:1801~1864年) 文政6(1823)年、忍へ移封
15代 文政6(1823)年 久松松平家 松平定永(まつだいらさだなが:1791~1838年) 白河より移封。定信の子
16代 天保9(1838)年 久松松平家 松平定和(まつだいらさだかず:1812~1841年)  
17代 天保12(1841)年 久松松平家 松平定猷(まつだいらさだみち:1834~1859年)  
18代 安政6(1859)年 久松松平家 松平定敬(まつだいらさだあき:1846~1908年) 美濃高須藩から養子に入った。京都所司代に就任。戊辰戦争では旧幕府方として戦う
19代 明治2(1869)年 久松松平家 松平定教(まつだいらさだのり:1857~1899年) 定猷の子、定敬の養子となる。版籍奉還で藩知事となった
  明治4(1871)年   廃藩置県  

4)松平越中守家(久松松平家)の系図

Keizu  これは、松平越中守家(久松松平家)の系図です。鎮国守国神社に掲示されていた系図からお借りしました。

3.桑名城の遺跡

1)桑名城天守台跡

Tenshudai  桑名城天守閣が建っていた址で、三重県指定史跡です。松平定綱公の寛永年間(1635~1651年)に城郭が完成し、「海道の名城」と讃えられていました。しかし、元禄14(1701)年2月、城下より発した猛火に襲われて城も焼失しています。天守閣は、その後再建されることなく、明治時代、廃城に到りました。現在の石組みは、昭和53(1978)年5月に、「楽翁公没後150年記念大祭協賛事業」の一環として、新しく巨石を入れて献備したものです。

2)辰巳櫓跡
Tatumiyagura  桑名城本丸の東南角(辰巳の方角)にあり、三重櫓でした。元禄14(1701)年、天守閣が焼失し、再建されませんでしたので、以後は、この辰巳櫓が桑名城のシンボル的存在でした。そのため、戊辰戦争に敗れたとき、降伏の印として新政府軍に焼き払われています。現在、大砲が置かれていますが、その由来は不明です。『桑名の戦争遺跡』によれば、この大砲は、幕末期に製作された国産の大型様式カノン砲で、軍艦または砲台に備え付けて使用されていたものではないかといいます。

3)神戸櫓跡

Kanbeyagura  桑名城本丸未申の方角(北西)にあります。この櫓は、文禄の頃(1592~1596年)、一柳直盛が城主となる城郭がこのあたりに築かれ、その際、伊勢神戸城の天守を移したといわれ、通称「神戸櫓」と呼ばれました。江戸時代中期には、減失したといいます。

4)奥平屋敷跡石垣

Ninomaru1 Ninomaru2  奥平屋敷跡の東面と南面には石垣が残存しています。水面に出ている部分は、後世に積み直されている様子が見られるといいます。

5)二の丸堀石垣礎石

Ninomarusoseki  九華公園の西外側の遊歩道沿いには、二の丸堀石垣礎石があります。これは、平成10(1998)年に実施された発掘調査で出土したものです。

6)刻印石

Kokuin1 Kokuin2  管理事務所の東あたりに多数の刻印席があります。城の石垣の石にはさまざまな文様や記号が刻まれており、これを「刻印」といいます。刻印は、築城に関わった関係者による家紋、家印、符丁、石の産地などを示したものです。九華公園にある刻印石に刻まれた刻印は、桑名城の建設に関わった石工のものと思われます。

7)奥平屋敷跡

Okudaira  堀に浮かぶもっとも西の島を「奥平屋敷跡」と呼びます。かつて、内曲輪の南に桜門があり、その南にはこの門を守る重臣(奥平家)の屋敷がありました。幕末には、奥平八郎左衛門が住んだため、通称「奥平屋敷」と呼ばれていました。

Okudairayuen  なお、ここに立つ「奥平屋敷由縁の記」には、別の見解が示されています。この「由縁の記」は、昭和61(1986)年11月に桑名ライオンズクラブと行田ライオンズクラブの友好提携十周年記念として建てられました。そこには、「奥平屋敷と呼ばれるに至ったのは、桑名藩3代藩主・松平定勝公夫人(碑には、「松源夫人奥平氏」とある)が隠棲した故事に因む」という内容が記されています。「由縁の記」には、「この二の丸の一郭を奥平屋敷と呼ぶ」とありますが、この場所は、二の丸跡ではなく、上記のように奥平八郎左衛門屋敷の跡とされますから、この見解は誤りであるというのが通説です。

8)精忠苦節碑
Seichukusetsu  戊辰戦争で新政府に対抗した桑名藩の責任を一身に負って切腹した藩士・森陳明を讃えた碑です。明治23(1890)年に建立されました。もとは九華招魂社の傍に建てられていたのですが、時計塔のところに移設されています。小山生武(桑名藩士・漢学者)謹撰並書、松平定敬篆額で、「故桑名藩士森君殉難旌節之碑」とあります。森陳明(もりつらあき:文政9(1826)~明治2(1869)年)は、藩主・松平定敬が京都所司代であったときには公用人筆頭として、朝廷や諸藩との外交責任者を務めています。戊辰戦争の責任をとって、明治2(1869)年11月江戸藩邸において斬首されました。

 碑文は次の通りです:

明治廿二年二月十一日勅命煥発大赦天下而故桑名藩士森君與焉同郷士民感激不已乃相謀建碑于桑名城址之招魂社側以旌君之忠節君諱陳明通称弥一左衛門桑名藩世
臣也元治慶応之際藩主松平晴山公奉職于京師君輔公周旋盡力于朝廷既而戊辰之事起桑名藩亦獲罪及事平朝廷問罪首君奮當之従容伏刑于東京時年四十四葬東京深川霊岸寺塋域實明治二年己巳十一月十四日也旧藩士民莫不悼惜抑元和寛永以来桑名藩養士二百有余年一旦臨其難君以一身贖闔藩之罪使其君臣血食不断則如君者豈可不謂烈丈夫乎哉宜矣同郷士民之追悼欽慕弥久而弥不巳也先是明治十五年晴山公樹碑于君之墓上今茲公又應同郷士民之請親題碑額曰誠忠苦節以表之嗚呼可謂君死而有余栄矣頃日桑名父老諸君託正武以碑文正武辞謝而不許乃據父老諸君之所傳及旧藩主家文書謹叙森君晩節之要領云

9)輪違い灯籠

Wachigai  九華公園開設当時から残る灯籠といいますが、詳細は不明です。灯籠側面には、「製作人 岡崎市 小林秋三郎」とあります。

10)本多忠勝公銅像

Tadakatsu  桑名藩初代藩主で、近世桑名城を建設し、桑名の町割(慶長の町割)を行った本多忠勝公の銅像が、三の丸跡につくられた吉之丸コミュニティパーク入り口にあります。本多忠勝公は、徳川四天王の一人です。徳川四天王とは、徳川家康の側近として仕え、江戸幕府の樹立に功績を立てた酒井忠次・本多忠勝・榊原康政井伊直政の4人の武将をいいます。

4.九華公園の文学碑

1)土生暁帝句碑
Habugyotei  土生暁帝(はぶぎょうてい:1902~1989年)は、三重県度会郡滝原町に生まれ、小学校教員、警察書記官を歴任しています。昭和46(1971)年より俳誌「揖斐」(1971-1978)(揖斐くらぶ)を主宰。句碑には、「松籟も さくら吹雪も 濠を越す』という句があります。この句碑は、揖斐俳句会が昭和59(1984)年4月に建立。

2)葛山たけし句碑
Kuzuyamatakeshi  葛山(くずやま)たけしは、桑名の材木商で、山口誓子に師事していた。句碑には、「大河越え 尾張にひびく 祭太鼓」という句が刻まれている。句碑は、昭和59(1984)年7月、天狼支部、八風俳句会、あやめ俳句会により建立されました。

3)水谷一楓の歌碑
Mizutaniippu  水谷一楓(みずたにいっぷう)は、明治37(1904)年6月生まれで、桑名市大福の人。平成4(1992)年没。昭和2(1927)年4月、歌誌「金雀枝(えにしだ)」を創刊し、主宰。歌碑には、「城址乃 松を深めて 出し月に 遊べる船は 灯りを消しにけり」とあります。この歌碑は、「金雀枝」創刊50周年を記念し、昭和51(1976)年に建立されています。

4)楽翁公歌碑

Rakuokahi  松平定信(楽翁公)が老中を辞めたときに詠んだといわれる「朝落花 朝附日さすもしずけき梢よりのどけさそえてちるさくらかな  凮月」という歌が刻まれている。散りゆく桜の花を見て、朝の明るい光線のなごみをうけたのどかな美の発見が読まれています。昭和49(1974)年5月に、久徳高文氏が献進したもの。松平定信は、江戸時代中期の大名、老中で、桑名藩第15代藩主・定永は、定信の長男です。

5.九華公園の戦争遺跡

1)戊辰殉難招魂碑
Boshinjunnanhi  「戊辰殉難招魂碑」は、桑名城天守台跡地に、戊辰戦争の犠牲者を追悼して、明治20年(1887)年12月に建てられたものです。松平定敬撰并書で、鋳物師は、広瀬与左衛門です。

 右面には「忠哉義哉桑名士民守節取義各殉其難郷党追慕建碑招魂(忠ナルカナ義ナルカナ。桑名の士民。節ヲ守り義ヲ取ル。其ノ難ニ各ガ殉ズ。故郷ヲ忍ビ碑ヲ建テ魂ヲ招ク)」と、また、左面には「嗚呼忠節永照千春 明治二十年十二月 正四位松平定敬撰并書(アア忠節。永昭千春)  鋳物師 広瀬与左衛門 造之」とある。

2)記念碑建詮義梢者姓名碑

Giensha  「戊申殉難招魂碑」建立に際しての義捐者名414人の氏名が刻まれています。佐治為政謹書、石工は根来市蔵です。

3)九華招魂社手水石

Shokonshatemizu1 Shokonshatemizu2  戊辰戦争の際、柏崎で編成された「致人隊」が寄進した舟形の手水石が、九華招魂社の参道にある。正面舳先に致人隊と刻まれ、その下に隊長松浦正明(秀八)以下52名の氏名と隊外者1名、運送寄付者3名の氏名が刻まれていますが、風化により非常に不鮮明になっています。「致人隊」は、戊辰戦争の際、柏崎で編成された桑名藩の戦闘部隊の1つです。

4)九華招魂社入り口石柱

Shokonshairiguchi  西側の柱表面には「盡忠報国」、東側の柱表面には「義勇奉公」と刻まれていたようですが、容易には読めないように字面が削られています。西側柱の裏面には「支那事変記念 昭和十四年十月」、東側柱裏面には「本町貝新 二代目 水谷新兵衛」と刻されています。

5)九華招魂社灯籠

Shokonshatoro  九華招魂社の参道に左右一対で設置されています。正面(南面)に「大砲隊」、裏面に「明治三年庚午三月吉日」と刻まれています。「大砲隊」は、「致人隊」と同じように、戊辰戦争の際、柏崎で編成された桑名藩の戦闘部隊の1つです。

6)九華招魂社奉納物台座

Shokonshadiaza  九華招魂社入り口石柱からの参道脇西側に設置されています。正面中央に「奉献」、正面右に「日本海海戦記念」、正面左に「桑名郡海友會」と刻まれているます。この台座の上に何か載っていたか、また撤去の時期やその経緯についても不明です。日本海海戦(にほんかいかいせん、1905年5月27~28日)は、日露戦争中に日本海軍連合艦隊が、対馬沖でロシアのバルチック艦隊を破った戦いです。

7)九華公園辰巳櫓大砲

Tatsumitaiho  この大砲が設置された時期や、その経緯については不詳です。鋳鉄製で、正五角形を呈したコンクリート製の台座に載っています。砲尻上部に発射薬に点火するための火口(ほぐち)穴が、確認できます。砲身は、磁北から約70度西に振られた角度で設置され、仰角は約28度です。日本銃砲史学会の調査では、幕末期に製作された国産の大型洋式カノン砲で、軍艦または砲台に据え付けて使用されていたものではないかとされています。

6.鎮国守国神社

1)ご祭神・例祭日

Chinkoku  鎮国守国神社の御祭神は、鎭國大明神(松平越中守定綱公)、守國大明神(松平越中守定信公)で、相殿神は、旭八幡大明神(応神天皇・誉田別命)、山末之大明神(日吉大神・大山咋命)天満天神(菅原道真公)八天宮(火之迦具土神)です。例祭日は、5月2・3日に金魚まつり、5月13日に当日祭・献茶式(茶道松尾流)、12月25日に御由緒祭があります。

2)由緒

事項
元和6(1620)年 旭八幡社を松平定綱(1592-1651)が桑名に勧請。旭八幡社は、松平氏祖先(尾張国知多郡坂部村八幡社)の産土神 
寛政9(1797)年 定綱・鎭國大明神の神号を裁許
 天明4年(1787) 松平定信(1758-1829)が白河城内の祖廟に定綱を奉祀
 文政7年(1824) 松平定永のとき、白河から桑名に複封にともない桑名城内に造替
天保4年(1833)  松平定永が、定信の霊を守国霊神として旭八幡社に祀る 
 安政2年(1855) 定信・守國大明神の神号を裁許
 明治8年(1875) 村社となる
 明治12年(1879) 内務省貯木場設置で社地収用、吉之丸49番地に移転 
 明治13年(1880) 県社となる 鎭國大明神・守國大明神を主神とする
 明治40年(1907) 現在地に移転 
 大正9年(1920) 現本殿造替(大正期:狛犬、灯篭、鳥居寄進) 
昭和39(1964) 拝殿玉垣整備、昭和41年(1966)参道玉垣整備

3)九華招魂社

Shokonsha  御祭神は、桑名藩領内殉難護国之英霊です。明治9(1876)年に奉祀建されています。元治甲子明治戊申を初め、大東亜戦争までのすべての戦役の郷土桑名出身の戦没者を祀っています。例祭日は、4月第3日曜日に春季大祭、7月第3日曜日にみたま祭、10月第3日曜日に秋季大祭がおこなわれます。

4)鎮国稲荷社

Inarisha  御祭神は、正一位稲荷大明神(倉稲魂神)です。藩祖松平越中守定綱公が、本城鎮護稲荷大明神と称し、勧請しました。その後、二十四柱の稲荷大明神を合祀しています。例祭日は、4月3日です。

5)高靇神社(たかおかみじんじゃ)
Takaokami  ご祭神は、高靇神(龍神・水神)です。藩祖松平越中守定綱公が、本丸に一井を堀り、高靇神を崇め、本城鎮護・延命長寿、子授け・子育てを願って奉祀したものです。例祭日は、11月15日です。

6)九華天神 神牛像
Singyu  「神牛像献進会」によって、久松松平家の祖神天満天神を相殿に奉祀するところから、昭和天皇の御賀齢を寿ぎ、ご生誕の日を卜して奉納されたとあります。昭和60(1985)年4月29日に建立。

7)楽翁公百年祭記念宝物館
Homotsukan  松平定信(楽翁)公を顕彰する記念宝物館です。昭和3 (1928)年の「楽翁公没後百年記念祭」を契機に、昭和9(1934)年に完成しました。その後、昭和33(1958)年に改修されています。「集古十種板木」(国指定重要文化財)を初め、定綱及び定信を中心に収集した遺品千数百点を所蔵しています。毎年5月2~3日の大祭日に一般公開されます。建築面積86㎡、鉄筋コンクリート造2階建て、寄せ棟造、桟瓦葺、正面に切妻破風を飾る。外壁は洗出し仕上げで、1階を石積風とし、2階は柱や長押型を表現するなど、和風の意匠を加味しています。登録有形文化財(第24-0071号)に指定されています。

8)鎭国守国神社の文化財
 重要文化財集古十種版木三宝類聚名義抄(蓮成院本)

 三重県指定有形文化財:絹本着色松平定信像

 桑名市指定有形文化財:松平家御胴丸鎧(保国公所用之鎧)、脇差 銘来国光、松平家御胴丸鎧(不動利剣之鎧)、刀金象嵌銘和泉守兼定 鳴神、松平家御具足(紺糸縅五枚胴具足)、松平家御具足(熊毛皮張二枚胴具足)、象牙製字さし(松平定信所用)、谷文晁筆木製絵馬曳駒図、徳川家斉筆光格天皇御製漢詩

 桑名市指定無形民俗文化財詩かるた (通称:けんかかるた)
江戸時代の桑名藩の藩校が、子どもたちに戦場での心構えを教えようと始めたもので、取った札を座布団の下に隠すまで横取りできるのが特徴。毎年1月5日に大会が開かれます。

 登録有形文化財(国登録):楽翁公百年祭記念宝物館

9)石造鳥居

Sekizotorii  元桑名藩士・高木貞作が 大正 10 年(1921年)5 月に寄進したもの。高木貞作は、嘉永元年(1848年)11月23日、桑名元赤須賀生まれ、昭和8年(1933 年)1月14日、東京府玉川村(現在の東京都世田谷区)で亡くなっています。墓は、桑名・法盛寺にあります。服部半蔵と酒井孫八郎のいとこ。慶応 4 年(明治元年、1868 年)閏4月3日、山脇隼太郎とともに、桑名藩家老吉村権左衛門宣範を越後柏崎の路上で暗殺。その後二人は新選組に所属し、五稜郭の戦いに参戦し、敗北。アメリカ留学を経て、商法講習所(現在の一橋大学)の創設に参加、助教授として商業簿記を講義しました。明治11(1878)年以降、第十五国立銀行(現在の三井住友銀行の前身の一つ)、横浜正金銀行(現在の三菱東京 UFJ 銀行)に勤務。

10)灯籠

Toro  桑名城旧天守台跡の南に一基が置かれています。金属部分には、「奉燈 報国社 寄附(?)」 「製造人 内山治助 辻内周吉 明治廿一年戌子十一月」と記されています。台座には、「奉納」と記されています。九華招魂社参道脇にこれの対になると思われるものが、壊れた状態で置かれています。詳細は不明です。

7.九華公園のまつり

1)さくらまつり

Sakura  九華公園には、ソメイヨシノ、しだれ桜、山桜など約450本があり、毎年4月1日~15日に「さくらまつり」が開催されます。さくらまつりの期間中は、午後9時30分まで夜間ライトアップが行われますし、堀めぐりの船も運航されます (桜の開花状況によって変更されます)。

2)つつじまつり

Tsutsuji  公園内には、約550本のつつじ(ヒラドツツジ、オオムラサキツツジ)があり、4月下旬より咲き、楽しめます。毎年5月1日~15日にはつつじまつりが開催されます。

3)花菖蒲まつり

Hanashobu  公園内には3つの菖蒲園(820平方メートル)があり、約4,000株の花菖蒲(伊勢系、肥後系、江戸系)が咲き誇ります。花菖蒲まつりは、6月1日~15日に開催されます。

4)金魚まつり

Kingyo  毎年5月2日、3日の両日、鎮国守国神社にて金魚まつりが開かれます。両日とも、氏子各町からいろいろな形の金魚の御神輿が出され、子供らに担がれて練り歩きます。2日(試楽)は各町練り、3日(本楽)は正午から神社に順番に20数基の御神輿練り込み参拝をします。境内には金魚の露店をはじめ多くの店が並び、午前中から夜まで賑います。

8.その他

1)上皇陛下ご生誕記念植樹
Jokokusu  昭和8(1933)年12月23日の 上皇陛下のご生誕記念に植樹されたクスノキがあります。本丸跡西側、鎭国守国神社鳥居脇にあります。

2)九華公園散策マップ(第3版)

Map  桑名歴史案内人の会が2015年に作成した「九華公園散策マップ」です。

3)現代と正保年間の桑名城付近の対比図

Taihizu  桑名市教育委員会(1983)が発行した『目で見る桑名の江戸時代(桑名市立文化美術館)』に掲載された対比図です。ここでの「現代」とは、1983年ころをいいます。

9.参考資料

1)桑名市教育委員会(1983):目で見る桑名の江戸時代.桑名市立文化美術館.

2)桑名市総務部文化課(編)(2016):くわな史跡めぐり.桑名市役所.

3)桑名市都市整備部都市計画課:九華公園パンフレット.

4)桑名ふるさと検定実行委員会(編)(2007):桑名ふるさと検定公式ガイドブック 桑名のいろは.桑名商工会議所.

5)桑名歴史案内人の会(2015):九華公園散策マップ(3版).郡義武(2009):桑名藩.現代書館.

6)しるべ石勉強会(編)(2012):桑名の戦争遺跡.

7)西羽晃(1974):新桑名歴史散歩.新光堂書店.

8)西羽晃(2001):郷土史を訪ねて.

9)野呂肖生・山川出版社編集部(編)(2002):歴史散歩便利帳.山川出版社.

 その他、インターネット上の資料を参照しました。

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    最近、近所の桑名七里の渡し公園でで野鳥、樹木、雑草、昆虫の観察に勤しんでいます。「自然観察」としているというと格好がつくかもしれません(笑)。自然観察入門によい本はないかとネットで探して、見つけたのがこの本です。学研出版のサイトでは「こどもの本」に分類されていおり、対象は小学生となっていますが、まぁこれくらいがちょうどよいと思います。内容は、かなり高度ですが、テーマごとにまとめられていて、分かりやすいので、しっかり勉強しようと思います。 (★★★★)

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    1つ前に紹介した「大学病院「背骨外来」の名医が教える 脊柱管狭窄症 自力で克服! 一生役立つ痛みほぐし地図大全」と一緒に入手しました。この本の著者は、腰痛治療に特化した施術院を経営する理学療法士。これは、たぶん好みの問題も関わるのでしょうが、私個人としては、1つ前に紹介した本の方が、読みやすく、実際にも役立つと思いました。この本も運動療法を重視しています。ただ、その説明や、説明に至るプロセスで呈示される根拠の説明が弱い気がします。また、具体的な運動療法の仕方については、必ずしも体系的には説明されていません。著者の書いている「痛みは悪いものではなく、体を守るための相棒」「自分の体は自分で治すという気概を持つと、治りが早い」「とにかく食べて とにかく動く」「痛みに負けない根気を持つ」「やりたいことがみつかれば、体が動く」「日常で笑顔になることをたくさん見つける」など、本書のあちこちにちりばめられた著者の言葉は、大切だと思います。 (★★★★)

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    猪瀬弘之: 大学病院「背骨外来」の名医が教える 脊柱管狭窄症 自力で克服! 一生役立つ痛みほぐし地図大全
    2月末に脊柱管狭窄症と診断され、服薬とリハビリを続けていますが、ここで一度、きちんとした知識を得て、これら以外の治療法はないか調べた方がよいと思っていたところにこの本を見つけました。著者は脊椎脊髄外科が専門の整形外科医。タイトルのように大学病院で「背骨外来」を開いています。脊柱管狭窄症についての総合的なガイドブックであり、狭窄した脊柱管、椎間孔を広げる、各種の運動療法を体系的に紹介しています。「体系的に」というところが味噌で、症状に応じてどのような運動療法を行うと、脊柱管や、椎間孔を広げられるか、分かりやすく(写真、図示を用いて)説明されています。私は一通り熟読し、まずは脊柱管を広げる運動療法を試し始めました。まだその評価をする段階ではありませんが、もうしばらく続けてみて、また追記したいと思っています。医学用語や、背骨、神経の図など専門的な内容も出て来ますが、めげずに読むと、その運動療法をする意味が分かってきます。意味を分かった上で取り組むことが大切だと、私は思います。ちなみに、運動療法は、いわゆる筋トレではありません。正しい体の動かし方を習得することです。 (★★★★★)

  • 古荘純一: 境界知能の人たち (講談社現代新書)

    古荘純一: 境界知能の人たち (講談社現代新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家以外の人たちにはほとんど馴染みがないものでしょう。専門家であってもその支援については、見落とされてきており、支援が必要であるのに、その谷間に陥ってしまった人たちということもができます。境界知能というのは、IQ(知能指数)でいえば、70以上80未満(誤差を考慮して、85未満とする考え方もあります)の人たちとなります。ただし、知的水準だけでなく、適応行動が取れているかも、考慮する必要があります。たとえば、言語化が苦手、段取りを覚えられない、行動がワンテンポ遅い、対人関係の距離感が極端、金銭管理ができない、ダマされやすいといった特徴があると著者は指摘します(もちろん、これらは境界知能の人たちに限るということではありません。ほかの障害でも見られる可能性があります)。本書は、定義など学問的な内容から、事例、支援についての提案、さらには用語解説、境界知能の所見リストなど、多方面から境界知能の人たちの困難と、その支援について述べています。医療、心理、教育、福祉に関わる方たちには、ぜひ手に取っていただきたい本です。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 真の保守とは何か 近代日本の地下水脈 (文春新書)

    保阪 正康: 真の保守とは何か 近代日本の地下水脈 (文春新書)
    著者は昭和史研究家。約5,000人もの方に取材してきました。この本は、高市政権圧勝、参政党躍進を受けて書かれたもので、「日本人の選択をいま問う」と帯にあります。著者は、高市政権を「国家主義的右派」と位置づけており、「保守」ではないとします。著者のいう「真の保守」である10ヵ条とは、①常に歴史を読め、歴史の中の声を聞け、②師たる政治家を持て、③甘言、巧言は敵とせよ、④誤りから学べ、⑤良きブレーンを持て、⑥精錬の徳を持て、⑦討論、対話を厭うな、⑧典故、先例に通じよ、⑨読書に勝る良薬はない、⑩氷山のごとき人格たれです。これらは、著者の歴史の教訓を政治の現場に伝えなければならないという危機感から来ています。これに照らすと、今の高市政権の中枢をなす政治家は、極めてアヤシいと思われてなりません。私には、とくに、勉強していない(=本を読んで、考えていない)と思えるのです。ほかにこの本で気になったのは、鶴見俊輔さんがいったという「民主主義の後をファシズムが影絵のようについてくる」ということばです。石橋湛山、池田勇人や、後藤田正晴といった政治家たちの足跡をもう一度ふり返り、良識派の保守の姿を取り戻すことが大切と思います。また、石橋湛山が掲げた①小日本主義(帝国主義否定)、②非軍事志向(軍事で物事を解決しようとしない)、③論理的基盤(共同体的な情緒を克服し、個の意志を明確に示す)といったこともとても重要で、意味があると思います。今の時代に違和感を覚える方には是非ともお勧めします。 (★★★★★)

  • 日浦 勇: 自然観察入門: 草木虫魚とのつきあい (中公新書 389)

    日浦 勇: 自然観察入門: 草木虫魚とのつきあい (中公新書 389)
    1975年出版という古い本です。若い頃持っていたのですが、その後は所在不明。最近になって、もう一度読みたいと思って、古本で入手しました。この本に載っているレベルをきちんとおさえれば自然観察の基礎は身につくと思ったからです。著者は大阪市立自然史博物館の学芸員などを務めています。子どもたちを対象として、自然観察教室を開いたり、授業でエコロジー/生態学を教えたりするときの手引きとして書かれたものです。 春の草花を調べる、川の生物を観察する、トンボを捕まえて分類するなど、いくつかのテーマを立て、種の見分け方、水辺の危険への注意、採集法、学習のポイントなどが示されています。著者の経験に基づいて書かれていて、かなり実用的ですが、読んでおもしろいとはいいがたいところが難点。 (★★★★)

  • 伊藤氏貴: 読む技法 詩から法律まで、論理的に正しく理解する (中公新書)

    伊藤氏貴: 読む技法 詩から法律まで、論理的に正しく理解する (中公新書)
    評判の本のようでしたので、読んでみました。本の帯に「『読めたつもり』が危ない!」とありますが、それはまさにその通り。30歳代半ばから教職にありましたので、それは実感しています。とくに60歳を過ぎてから短大の非常勤講師になってから、学生たちの読解力がアヤシいと思うようになっていました。読解力そのものも低下しているとともに、集中力が続かないことも影響しているように思っていました。きちんと読めて、書き手の意図することを正しく理解できないと、議論も思索も成り立ちません。この本は、解釈学、構造主義、ナラトロジーなどさまざまな読む技法を具体例に則して紹介しています。世の中、コスパ、タイパが重視される時代ですが、敢えて深く、論理的にじっくりと読み、考えることも大切と思います。 (★★★★)

  • 滝口 正哉: 江戸町奉行所 与力・同心の世界 (岩波新書)

    滝口 正哉: 江戸町奉行所 与力・同心の世界 (岩波新書)
    時代小説が好きでよく読みますので、町奉行所の与力や同心がどのように仕事し、いかに暮らしていたかには、とても興味があります。この本の帯には、「時代劇でおなじみ 江戸の町を守る『八丁堀の旦那』、その本当の姿 くらし、仕事、文化活動」とありますので、割と気楽に読めるかと思ったら、学術的に書かれていました。与力・同心の仕事は、治安維持が主なものではなく、もっと幅広い仕事をしていました。さらに、深い教養を身につけ、豊かな人脈に裏打ちされた文化活動を行う人たちもいたということには驚きました。さらに、明治維新以降の新しい時代と格闘しつつ、江戸を語り継いだ彼らの実像が明らかにされています。寝転がって読むのは、ちょっと難しいかなと思います。 (★★★★)

  • 森 章司: 仏教的ものの見方: 仏教の原点を探る

    森 章司: 仏教的ものの見方: 仏教の原点を探る
    仏教のものの見方の基本は「あるがまま」を「あるがまま」に見ることにあるとして、仏教の人間観、仏・菩薩観、世界観、人生観、見方、生き方を体系的に説いています。著者は、仏教学者で、東洋大学名誉教授。専門はインド仏教。元浄土真宗本願寺派僧侶です。大学時代の同級生に真宗本願寺派のお寺の住職を務めていた友人がいます。私が体調を崩していたとき、「仏教の勉強をするとよい」といわれ、それがずっと記憶に残っていました。いろいろ本を読んだり、テレビ番組を見たりしましたが、どうも今ひとつピンときませんでした.そういう中でこの本を知り、ようやく入手して、やっと読み終えました。初めに書きましたように、「あるがまま」を「あるがまま」に見ることは、簡単そうで難しい。 「あるがまま」を「あるがまま」に見ることが知ることだといいます。哲学も見ることだそうです。「小欲知足」が、仏教のもっとも基本的な生活態度であり、これが「戒」を導くといいますし、自己中心的な思いも減り、慈悲につながるそうです。これらが、つまらないことにこだわることもなくなり、行動の根源となる意思も、考えも、言葉も、行為も生活も正しいものとなり、偏見や固定観念、先入観が消え去って、「あるがまま」を「あるがまま」に見ることができるようになると説かれていました。読みやすい本とはいえませんが、ここに書いたエッセンスを頭に置いて読むと、いくらか分かりやすい気がします。私自身、今は分かったような気がしていますが、たびたび思い出して、振り返る必要があります。 (★★★★)

  • 林望: リンボウ先生 老いてのたのしみ (祥伝社新書)

    林望: リンボウ先生 老いてのたのしみ (祥伝社新書)
    リンボウ先生こと林望さんが実践する「令和老人生活要領」を説いた本です。リンボウ先生は、ちょっと変人で、群れない、威張らない、信念は曲げないという人。初めての老い(誰でも、自分にとってはそうですが)に対して、先手先手でいろいろと考え、対策、対応を考え、実行しています。その第一は危機管理。たとえばどこに行くのにも「誤嚥防止ボード」を持って行き、外食の際でもそれを目の前に立てながら食事をするそうです。他人がどう思おうが構わないとか。見ならいたいことはたくさん書かれていますが、ごく普通の老人には「それはちょっとなぁ」と思うことも多いでしょう。「流行には迎合しない」というのが、リンボウ先生のモットーの1つでもあります。老後の趣味の心得などについても触れられていて、参考になることもあるかと思います。 (★★★★)

  • 平凡社: 街道アトラス

    平凡社: 街道アトラス
    旧街道に興味があります。ただし、あまりあちこちの街道を歩いたわけではありません。この本では、東海道と中山道は各宿場も紹介されるなど、詳しく載っていますが、その他の街道はダイジェスト。いわば、旧街道のカタログ本といったところ。現代の道と比べたり、旧街道がどのようにつながっていたかを知るにはよい本です。ただし、この本だけを頼りに旧街道を歩くことは、ほぼ不可能でしょう。 (★★★)

  • 保阪正康: なぜ日本人は間違えたのか―真説・昭和100年と戦後80年―(新潮新書)

    保阪正康: なぜ日本人は間違えたのか―真説・昭和100年と戦後80年―(新潮新書)
    今年は、昭和100年であり、戦後80年でもあるということで、新聞などでも特集記事が掲載されています。太平洋戦争は、日本という国を滅亡の一歩手前まで追い込みました。昭和という時代もそれが終わってから35年以上経ちますから、これからは歴史として語られるようになっていくはずです。この本は、二・二六事件、東京裁判、高度成長、田中角栄、昭和天皇など、時代を大きく変えた8つの事象を取り上げ、当事者たちの感情や思惑排して見つめ直すことを通して、これまでの通説、定説とは異なるそれらの真相を浮かび上がらせようとしています。読後感としては、私なども、何となくそうなのかと思っていたことがひっくり返されたような感じを抱いています。目的と手段を取り違えている、事実や科学的知見から目をそらしている、希望的観測を事実と思い込む、妙な精神論に陥るなど、今も続く認知、思考は、太平洋戦争のときの軍指導者から始まっているのかも知れません。いろいろな意味で「戦後」という概念については、根本的に再検討が必要ですし、日清戦争から太平洋戦争に至る数十年の戦争の時代は、何に由来し、そこから何を学ぶか、よくよく考えてみる必要があると思いました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 保阪正康と昭和史を学ぼう (文春新書)

    保阪 正康: 保阪正康と昭和史を学ぼう (文春新書)
    保阪正康さんは、一貫して近現代史を検証し続け、5,000人もの歴史の証人を取材してきています。この本は、月刊『文藝春秋』に掲載されたものから15編を選んでまとめられています。読み応えがあるのに、分かりやすい内容で、昭和史の証人として瀬島龍三、後藤田正晴などインタビューが、また、昭和の戦争7つの謎として無謀な開戦を決意した理由などが載せられています。その後、あの戦争と昭和史を語ろうということで、半藤一利さんなどとの対談が載っています。最後に、歴史をどう引き継ぐかということで、講演録があります。この講演では、江戸時代まで遡らなければ日本人は理解できない、江戸時代の260年を通じて、戦争をしなかったという事実から教訓、知恵を学ぶ必要があるなど、江戸時代に築かれた財産をもう一度取り戻すことの重要性が語られています。明治維新という、薩長の下級武士の暴力革命を経て、帝国主義国家が作られていく過程で、江戸自在の財産は放棄されたと著者はいいます。知識、技術は学び、取り入れたのに、哲学までには思いが至らなかったため、そうなっています。また、もう一つ、著者が強調するのは、天皇制の捉え方、論じ方です。天皇制は、本質的に戦争を嫌う制度だと著者はとらえています。これは、私には目から鱗の見方でした。さらに、天皇は何らかの形で京都にお住まいになって、政治の中心は東京にあってという江戸時代の知恵をもう一度取り戻すのもよいという提案は、真摯に検討する価値があると思います。 (★★★★★)

  • 芝村 裕吏: 関数電卓がすごい (ハヤカワ新書)

    芝村 裕吏: 関数電卓がすごい (ハヤカワ新書)
    関数電卓は持っていますし、その昔は、プログラム電卓で平均値、標準偏差などの計算をする簡単なプログラムを組んで使っていたこともあります。タイトルに惹かれて買ったのですが、ウ~ン、期待はずれでした。計算例が平方根以外にはほとんどありませんでした。関数電卓を片手に、その使い方や、どのような応用ができるかを知りたいと思ったのですが、そういう内容はあまりなくて残念でした。ただこの本を読んでよかったのは、数学の力と計算力とは別物であることが分かったこと。また、計算については、関数電卓などを駆使すればよいということでした。私自身、数学には自信がないのですが、「エェ!?、そうだったっけ?」と思う内容もありました(つまり、間違っているんじゃないの、と思える内容)。 (★)

  • 今尾 恵介: 地名散歩 地図に隠された歴史をたどる (角川新書)

    今尾 恵介: 地名散歩 地図に隠された歴史をたどる (角川新書)
    地名の由来については興味がありますから、この本を手に取ったのですが、読み始めたものの、すぐに「放置」していました。テーマごとに、それに関連する地名が列挙され、その由来について多少の説明(蘊蓄?)が書かれているのですが、列挙されている(例示されている)地名が煩雑で、読むのが面倒になってしまったのです。「地名マニア」の方であれば、これくらい何のそので読み進めたのでしょうが、私にはちょっと難行でした。2年くらい経って、気を取り直して、少々無理矢理に読み進めました。が、「不思議な名称には物語がある」という、帯の謳い文句には、いささか無理があるかなという気がします。物語というのであれば、個々の地名についてもうすこし物語って欲しい気がするのです。ただし、以上は、極めて個人的な感想です。 (★★)

  • piro piro piccolo: 意外と知らない鳥の生活 (コミックエッセイ)

    piro piro piccolo: 意外と知らない鳥の生活 (コミックエッセイ)
    本の帯に「あなたが毎日スルーしている鳥たちの素顔」「カラスも本当は人が怖い」とあります。ほとんど知っている内容でしたが、このように改めて、まとめてあると、いっそうよく分かりました。野鳥観察を始めたばかりの方、野鳥に興味を持ち始めた方には、最適な参考書の1つと思います。身近にいる鳥ばかりが取り上げられていますが、それだけに身近な鳥の行動や、特徴がよく分かって、野鳥がもっと好きになること請け合いです。タイトル通り、まさに「意外と知らない」です。自分では知っているつもりでも、意外と知らないことは多々ありそうです。 (★★★★★)

  • 五味 洋治: 高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン (文春新書)

    五味 洋治: 高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン (文春新書)
    高容姫という女性を知る人は多くはないかも知れませんが、本のサブタイトルにあるように、金正恩の母となった在日コリアンの女性です。北朝鮮では、日本から帰国した人間の社会的地位は低いため、その存在は公的には明らかにされていませんし、「国母」として崇拝されることもありません。これは、金正恩の弱点でもあり、コンプレックスにもなっているかも知れません。大阪の鶴橋で生まれ育った少女の数奇な運命をたどった、力作です。よくぞここまで取材したものだと思います。高容姫の人生をたどることで、北朝鮮の体制、社会、歴史にまで理解が及びます。ほとんど一気読みをしてしまいました。ちなみに、現在も大阪には、金正恩の伯父を始め、親戚が50名以上も暮らしているといいます。このことは、日朝関係の改善や、拉致問題の解決の手がかりになるのではないかという気がします。 (★★★★★)

  • 本郷 和人: 東大生に教える日本史 (文春新書)

    本郷 和人: 東大生に教える日本史 (文春新書)
    別に「東大生に教える」でなくてもよいのですが、この本の元になったのが、東京大学教養学部の学生たちに「暗記不要、歴史を考えるおもしろさを伝えたい」ということで行った連続講義ですから、そういうタイトルになっています。歴史、とくに高校時代に学んだ歴史は、やはり暗記科目でした。あれから50年以上経った今でも、そこから抜けきっていない気がします。そういう意味では暗記ではなく、時代を動かす原動力は何か、誰が時代を変えていくのかという視点から歴史を見て、考えるのは、新鮮です。史実は変わりませんが、それを材料に、自分の視点から、自分の見方で論理を組み立て、自分なりの歴史像を造ってみることを愉しめばよいという著者の考え方をしっかりと身につけられたらよいなというのが、読後感です。 (★★★★★)

  • 木村幹: 国立大学教授のお仕事 ――とある部局長のホンネ (ちくま新書)

    木村幹: 国立大学教授のお仕事 ――とある部局長のホンネ (ちくま新書)
    未だにこういう本を手にするということは、過去の仕事に未練があるのか、と思われそうです。確かに、健康問題がためとはいえ、定年のはるか前にリタイアせざるを得ませんでしたので、未練がまったくないとはいえません。部局長になったことはありませんでしたが、副学部長に相当する立場や、大学の評議員、セクハラマニュアル作成や、セクハラ実態調査を実施する責任者にはなりました。故に、1つの部局内だけではなく、全学的な立場での仕事も経験しました。ごく小さな研究会の会長をしたこともありますし、いくつかの学会で査読委員も依頼されたこともあります。自慢を書いているのではなく、この本の著者の経験と似たような経験もしてきたということです。世間でもたれている大学の教員のイメージは、著者が書いておられるように、実態に即したものというより、先入観がかなり先行したものと思います。現実には、多岐にわたり、大量の仕事、それも本来の業務である教育研究以外の仕事が占める比率が、年々高まっています。われわれが学生だった頃は、まさに古き良き時代でした。独法化されて以降は、教員受難時代といえるかも知れません。日本人は、大学に限らず、小中校ともに、教員に過剰に期待し、酷使していると私は考えています。専門性を尊重し、それが発揮できるような環境条件を整えてこそ、国も民も栄えるような気がします。大学の教員がどのような人達で、どのように働いているかを理解するには、好著と思います。 (★★★★)

  • デジタルカメラマガジン編集部: デジタルカメラマガジン 2025年5月号[雑誌]

    デジタルカメラマガジン編集部: デジタルカメラマガジン 2025年5月号[雑誌]
    ブロ友さんから教えていただきました。昔は、書店でよく立ち読みしていた雑誌です。2025年5月号の特集は、「野鳥撮影超入門ガイド」。内容はもちろん参考になることがたくさんありますが、載っている野鳥の写真がどれもきれいで、驚くくらい。これを眺めているだけでも楽しめるかも知れません。これで¥1,200なら、安い買い物といえるでしょう。 (★★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 3か月でマスターする 江戸時代 2025年 1月~3月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 3か月でマスターする 江戸時代 2025年 1月~3月 [雑誌] (NHKテキスト)
    NHKのEテレで放送された、同名の番組のテキストです。今年の大河ドラマ「べらぼう」の関連番組ともいえます。放送を見なくとも、このテキストを通読することによって、江戸時代の概要をおさらいし、さらに、学生時代に学んだ知識をアップデートすることができます。とくに私のように、学生時代から50年近く過ぎたものにとって、昔、教科書で学んだことが、今やまったく書き替えられていることもよくあります。図表、写真も多用されていて、とても分かりやすいものです。 (★★★★)

  • 田中 優子: 蔦屋重三郎 江戸を編集した男 (文春新書)

    田中 優子: 蔦屋重三郎 江戸を編集した男 (文春新書)
    今年の大河ドラマの主人公である蔦屋重三郎について書かれた本ですが、読み終えるのに難儀しました(苦笑)。蔦屋重三郎は、数多くの洒落本、黄表紙、狂歌を世に出し、歌麿、写楽を売り出した人物です。江戸最大のプロデューサーというか、編集者というか。大河ドラマの主人公になるくらいなら読んでみるかと思って、気楽に手に取ったものの、専門書ではないかと思えるような内容、記述で読むのに苦労しました。著者の田中優子さんは、法政大学総長も務めた日本近世文学、江戸文化の大家。 (★★★)

  • 岩波 明: 高学歴発達障害 エリートたちの転落と再生 (文春新書)

    岩波 明: 高学歴発達障害 エリートたちの転落と再生 (文春新書)
    高学歴、高機能の発達障害の方たちの人生は、かなり激しいアップダウンを示すことがよくあります。ダウンした、長いつらい時期を過ごさざるを得ない人達であっても、そこから這い上がり、復活して、成功をつかむことが可能な人達も多くいます。その一方で、長きにわたって低迷した状態から抜け出せない人や、失敗、挫折を何度もくり返してしまう人もいます。高学歴、高機能の人達は、理解がよく、必要な情報に容易にアクセスする能力を持っているのですが、この点がマイナスに作用することもあります。知識量が多くて混乱したり、自分の考えに固執して医師と対立関係になったりすることがあるからです。私自身は、発達障害のある人には、自覚と工夫が必要と考えていますが、この本を読み終えた現在も、その考えに大きな間違いはないと思っています。さらに、発達障害の特性があったとしても、広い意味での環境要因を整えることはとても重要です。専門家による専門的な援助はもちろん、学校、職場の環境調整、家族の適切なサポートなどがそれです。「工夫」をする際には、とくに力量のある専門家からの援助は不可欠です。ASDについては、中核的症状に対する、有効な薬剤がない現状では、心理教育や、認知行動療法、SSTが有用です。ADHDの諸症状には、有効な薬剤が複数ありますし、心理教育や、認知行動療法のアプローチも有用でしょう。苦手なことについてがんばろうとしないことや、自分の得意な事が上手く発揮できたり、活かせたりすることを考えることもとても大切です。この本は、当事者の方やご家族、関わりを持つ教師などの皆さんにとても参考になるでしょう。 (★★★★)

  • 外山滋比古: 人生の整理学 読まれる自分史を書く (イースト新書Q)

    外山滋比古: 人生の整理学 読まれる自分史を書く (イースト新書Q)
    著者は、私の出身高校が旧制中学であった時代の大先輩。『思考の整理学』ほか、多数のベストセラーを書いておられます。この本は、ほかの本を探しに書店に行ったときに見つけて、即買い。自分史を書こうとは思っていませんが、これまでの人生を振り返るのに、何か参考になるかも知れないと思って、買ってきました。「サクセスストーリーのほとんどが退屈」「言いたくてむずむずするところは抑える」「『私』をおさえて『間接話法」で書いてみる」「お手本の文章をみつけて、軟度も読む」「内田百閒『戦後日記』のようにさらっと書いてみる」などなど、首肯するところ多々ありました。 (★★★★)

  • 小松 正: なぜヒトは心を病むようになったのか? (文春新書)

    小松 正: なぜヒトは心を病むようになったのか? (文春新書)
    進化心理学とは、ヒトの心のはたらきを「自然淘汰による進化」という考え方によって統一的に説明しようとする分野です。私が現役の頃から発展してきた、新しい心理学の分野です。この本は、ヒトが陥る自己否定的な状態、他人に対する攻撃性、人間同士の対立や分断など、ネガティブな性質がなぜ進化の過程で残ったのかを考察しています。一言でいうと、それは生存や繁殖と深い関係があるというのです。進化心理学から捉えることで、これら、心のダークサイドがよりよく見えてきます。 (★★★★)

  • 林 望: 節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由 (朝日新書)

    林 望: 節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由 (朝日新書)
    林望こと、リンボウ先生の本は、昔々、よく読みました。「イギリスはおいしい」などのエッセイは楽しみました。この本のタイトルをネットで見たとき、まさかあのリンボウ先生だとは思ってもみませんでした。リンボウ先生と節約というのが結びつかなかったのです。しかし、読んでみると、まがいもなくあのリンボウ先生の文章でした。ただの節約術の本ではなく、高齢になったときのライフスタイル、生き方について、リンボウ先生の考え方が展開されていました。筋金入りのへそ曲がりにして、頑固者のリンボウ先生らしい生き方です。キーワードを拾っただけでも、その一端が分かります。「銀行は信用してはいけません」「(お金を)知らない人に預ける危険性を考える」「高齢者は見栄を張らない」「冠婚葬祭は義理を欠く」「自然の調整機能に任せる」などなど。私はリンボウ先生ほど変人でも頑固でもないと思っていますが(多少は変人で、融通が利かないという自覚はあります)、なるほどと思ったことは参考にして行きます。 (★★★★)

  • 関裕二: アマテラスの正体(新潮新書)

    関裕二: アマテラスの正体(新潮新書)
    著者の前著『スサノヲの正体』も、興味深く読みました。斬新な着眼点と発想で、思いもかけない結論に至っています。読み物としてはとてもおもしろいという点で、☆を5つとしました。ネタバレになりますから、詳しいことを書くのは控えておきますが、著者は、伊勢神宮に祀られているのは、いわゆる「天照大神」ではなく、別の霊威の強い(祟る)、二柱の神だとしています。祟るが故に、伊勢に放逐されたのだと主張するのです。ただ、著者の肩書きは、歴史作家にして、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェローであり、仏教美術に関心をもち、奈良に通ううち、独学で日本古代史を研究したということですから、現在の歴史学や考古学が明らかにした内容と整合性がとれている主張なのかどうかは、私には判断はできかねます。それ故、「読み物としてはおもしろい」と評価しています。 (★★★★★)

  • 小塩真司: 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学 (ちくま新書)

    小塩真司: 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学 (ちくま新書)
    タイトルに惹かれて読みました。ただし、初めにお断りしておきますが、図表こそないものの、心理学の専門書といっても良いくらいの、分厚い記述になっていますので、馴染みのない方にとっては読みやすいものではありません。「性格が悪い」ことについて、最近研究が進んできた「ダークな性格」を中心にまとめられています。ダークな性格とは、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム、サディズムの4つの特性です。これらの特性とリーダーシップ、社会的成功との関連、身近な人間関係中でのダークな性格、ダークな人物の内面、ダークな性格の遺伝、ダークさとは何かについて、文献を引用しつつ論じられています。その上で、性格の良し悪しは、その内容ではなく、どのような結果に結びつくかで判断されるというのが、著者の結論でした。 (★★★★)

  • 和田 秀樹: 老いるが勝ち! (文春新書)

    和田 秀樹: 老いるが勝ち! (文春新書)
    和田秀樹さんは、もともと高齢者専門の精神科医です。浴風会病院というところで35年間勤務され、6,000人以上の高齢者の方を診てこられました。その臨床経験から、高齢者については、理屈通りに行かないと思うことがたくさんあるといっておられます。タバコをたくさん吸っていても100歳まで生きる人もいれば、検査データはすべて正常なのにガンで亡くなる人もいるのだそうです。医者にいわれて血圧その他に注意していたのに、脳卒中を起こす人もいます。和田さんはこの本で80歳を過ぎたら我慢せず、好きな物を食べ、行きたいように生きることを勧めています。また、医療に関わらない方が長生きできる共書いています。不摂生を勧めておられるわけではありませんが、常識にとらわれず、自由に生きた方が楽しみも見つかってよいのではないかと思います。養老孟司先生流にいえば「なるようになる」のですから。 (★★★★★)