散歩

2021年5月 7日 (金)

スズメのヒナは、まだか?……コロナ対策について追記あります

Img_4966c_20210507115201  曇っています。午前中の気温は、18.3℃止まり。午後にはにわか雨もあるという予報です。人も、鳥もいませんから、散歩が速く進むこと(苦笑)。いつも通り、7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、新築町、アピタ桑名店、常磐町、寺町と6.7㎞。アピタ桑名店にまたもや立ち寄って来ましたが、今日発売の文庫本を買うため。10時には帰宅。

Img_4802c_20210507115201 Img_4809c_20210507115201  今日も揖斐長良川の中洲からはオオヨシキリの鳴き声が聞こえてきます。しかし、桑名七里の渡し公園でカワラヒワやスズメを見て、七里の渡し跡でツバメを見た以外、柿安コミュニティパークあたりまで鳥影はありません。コミュニティパークでドバト、スズメ、ハクセキレイ。九華公園でも、スズメはそれなりにいるのですが、他の鳥はサッパリ。管理事務所南でコゲラを一瞬見ましたが、他にはカワラヒワ、ムクドリ、ハシボソガラスが少しいるだけ。今日は、ヒヨドリにも遭遇しません。

Img_4856c  公園の外周遊歩道の南で、シジュウカラが2羽。去年の今頃は、スズメのヒナが出て来ていたので(2020年5月7日:スズメのヒナが親からエサをもらっていました)、期待しているのですが、今年はまだ。そろそろかと毎日思っているのですがねぇ……。

Img_4837c_20210507115201 Img_4827c_20210507115201  九華公園、空模様がアヤシいこともあってか、人出はほとんどありません。散歩友達も、Wさん一人のみ。人もいない、鳥もいない、ツツジも終わりで、歩いていてもあまり楽しみがありません。サツキは、本当にスローペースで咲いて来ています。

Img_4879c  貝塚公園では、ハクセキレイが1羽。他には、カワラヒワ、スズメ、ムクドリを見て、メジロの鳴き声を聞いたくらい。メジロは、木の高いところにいますので、姿を確認するのは容易ではありません。

Img_4933c_20210507115201 Img_4936c  寺町商店街を通り抜けてきたのですが、御坊さんの山門の方を見たら、モミジの翼果が目立っていました。九華公園で見るものよりも翼の部分が大きくて、より赤い気がします。葉も大きい気がします。当てずっぽうでは、オオモミジかと思うのですが、アヤシい限り。

Img_4943c_20210507115201 Img_4947c_20210507115201  ついでに菩提樹もチェック。木は青々としていますし、つぼみが出て来ています(右の写真)。これで、花を見逃したら笑いものになります。去年、咲き始めたのは6月3日でした(2020年6月3日:桑名別院で菩提樹の花が咲き始めました)。

Img_4921c_20210507121301  昼過ぎからは雨が降ってきそうです。雨雲レーダーを見ると雨雲が迫ってきています。雨読ですが、そろそろメダカハウスの水替えをしなくてはなりません。写真は、NTNシティ・ホールにある喫茶店の前にあった花。花も大きく、派手で目立っていました。まだ名前を調べていません。

 追記です。三重県にも「まん延防止等重点措置」が適用される方針が固まったようです。対象地域は、県北部の12市町で、桑名市も含まれる見込み。具体的措置については、まだ分かりませんが、対象市町で時短要請に応じない飲食店に対しては過料を科すことができるようになるということのようです。三重県の対応は、比較的早めになされている印象がありますが、それに対して、国のやることは後手に周り、しかも小出し。戦術的にはもっともマズいやり方のように思われます。下手くそなリアクション芸人みたいと密かに思っています。目的と手段とを明確に区別した上で、対応の根拠と期間をきちんと説明しないといけません。管総理を始め、政治家の話では、説明がないので、説得力をともなわない要因の1つです。また、感染防止をいいながら、一方で、税金を使って感染をばらまくようなGO TOキャンペーンをするような辻褄の合わないことは最悪。昨今のような状況で、オリンピックを開催するなど、どだい無理な話と思います。まぁ、私ごときがいくらぼやいても大勢に影響はありません。大所高所からではなく、小所低所からの愚考に過ぎませんから(笑)。さらにいえば、緊急事態宣言が必要なのは、総理官邸や、中央省庁なのではないかと疑っています。

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2021年5月 6日 (木)

九華公園で「スズメとカメの鑑賞会」(笑)……ツバメの巣チェックも

Img_4544c  昨日と打って変わって、好天。朝一番は北風が吹いて、少し肌寒い感じもしたのですが、気温は、27.9℃まで上がりました。絶好の散歩日和です。今日も、相も変わらず7時半から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、新築町、アピタ桑名店、常磐町、京町、南魚町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と、何と7.5㎞もウロウロ(苦笑)。

Img_4562c_20210506175301 Img_4558c  諸戸氏庭園、往きの桑名七里の渡し公園、住吉神社、揖斐川沿いには、鳥はまったくいません。揖斐長良川の中洲からは、オオヨシキリの鳴き声が聞こえてきます。三の丸公園で、ハシボソガラスとスズメ。三の丸水門の辺りにもスズメ。

Img_4570c_20210506174801 Img_4593c_20210506174801  九華公園に入っても、スズメとカワラヒワが少しいただけ。ヒヨドリもほとんどいません。サツキはボツボツと咲いて来ています。ツツジは、つつじまつりの最中ではあるのですが、個人的見解としては、「終わりました」です。ちなみに、「つつじまつり」といいながら、毎年、とくにイベントはありません。

Img_4607c Img_4627c  いつものように奥平屋敷跡、二の丸跡、朝日丸跡、本丸跡、鎮国守国神社、再度北門から相撲場、本丸跡と回ってくるのですが、スズメが目立つだけ。北門を入ったところにある花壇近くに水たまりがあり、スズメが水浴びしに来そうでしたので、待っていました。

Img_4628c_20210506174901 Img_4626c_20210506174901  予想は、ピタリ(微笑)。日陰でしたので、あまりよい写真は撮れませんでしたが、一応、スズメの水浴びシーンが撮れました。

Img_4658c_20210506174901 Img_4667c  このほか、九華公園で目だったのは、ミドリガメ。甲羅干しをするのに必死。石垣のほぼ垂直な面にまで取り付いて、甲羅を干しています。左の写真に小さいミドリガメが写っています。いったい、いつ孵ったカメでしょう? 毎年、産卵シーズンは5月後半から6月、孵化までには2~3ヶ月のはずですから。

Img_4601c_20210506174801  他には、ハシボソガラス。写真は、本丸跡で撮ったもの。他に、二の丸跡などにもいました。この写真のハシボソガラス、若いような気もしますが、今ひとつ不確か。他には、メジロの鳴き声を聞いたのと、外周遊歩道の東でシジュウカラを目撃したのみ。鳥見仲間のYさんは、私が実家に行っている間にもセンダイムシクイを見たとおっしゃっていました。こういう次第で、九華公園では、何だか「スズメとカメの鑑賞会」をしてきたような気分(爆)。

Img_4679c_20210506174901  貝塚公園でも鳥は少なく、ムクドリ、カワラヒワの他には、ハクセキレイ1羽。毎年のことといえば、それまでですが、やはり張り合いがありません。

Img_4692c Img_4698c_20210506180801  アピタに行く途中、もりえい病院の近くで、こんなのを見つけました。病院の建物とは、別の少し離れたところに、「ワクチン接種センター」が設けられていました。アピタ桑名店では、文房具を1つ購入。本屋も覗いたものの、これといった収穫はありません。

Img_4704c_20210506175001 Img_4718c_20210506175001  帰り道、京町と田町、三崎通でツバメの巣チェック。勝手に名前をつけることにします。左は、京町のお宅(京町Mとします)。右は京町の呉服屋さん(京町S)。

Img_4751c_20210506175001 Img_4733c  こちら、左は桑名市博物館(京町H)、右は、京町の別のお宅(京町A)。この4箇所が、今日、親ツバメが巣に就いていたところ。田町、三崎通では、3箇所の巣にもその近くにもツバメはいませんでした。他に清水町あたりで、巣を1つ見つけました。近くにツバメが2羽いましたので、営巣するかも知れません。

Img_4773c_20210506175001  最後に再び、桑名七里の渡し公園。9時開園ですので、往きにはまだ開いていません。昨日の雨で、せせらぎに水がたまって、鳥が水浴びに来ないかと期待したのですが、あいにくせせらぎ近くで管理員さんが作業中。カワラヒワが来たものの、水には入らず。大型連休は終わってしまいましたが、個人的にはあまり影響はありません。淡々と飽きもせず……、晴歩雨読。さらには、晴れときどき仕事の散歩生活であります(微笑)。

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2021年5月 4日 (火)

朝から鹿2頭、午後にはアナグマが登場(笑)

Dsc_0110c  5月4日、実家へ来て3日目、朝5時頃起きて、外へ出てビックリ。「超証拠写真」ではありますが、鹿の写真。実家の裏庭にニホンジカが2頭。ずいぶん昔から、鹿が来るとは聞いていたものの、この目で見たのは初めて。向こうも驚いた様子。スマホしか持っておらず、遠かったので、こんな写真ですが、鹿だということはお分かりいただけると思います。5年前の夏には、実家から帰る途中、道路に飛び出してきた鹿と接触したこともありましたっけ(2016年8月03日:実家からの帰り道、シカと接触……散歩では、アオサギにビビる)。

Img_4152c_20210506152001 Img_4172c_20210506152001  さて、この日も天気はよく、気持ちよく過ごせました。。この日も、いつも通り、7時半から散歩。前日とほぼ同じコースで4.3㎞。1時間半あまり。湯香里橋のところには、この日は、カルガモ2羽。ここから掛子橋あたりでは、昨日も書きましたがオシドリや、カワガラスなども見たことがあります(2018年5月5日:オシドリ発見、歴史散歩と高田本山専修寺へも……家内の実家へ(5/4、5)、2021年1月4日:2020~2021年末年始実家de散歩)。

Img_3768c_20210506152101 Img_4189c_20210506153701  前日同様、この日も射山神社に参拝。伊勢神宮の祭礼では、この地に自生する榊の枝を、神社内に湧く泉「長命水」に一晩浸して奉納する習わしがあり、古くから「神の井」として、伊勢詣でに訪れる人々の信仰を集めてきたといいます。この長命水は、現在は、御手洗場となって自由に汲むことができます(右の写真)。

Img_4206c_20210506152101  射山神社のすぐ東に神湯館という旅館があります。その玄関脇に美少女キャラクターを描いた幟旗がありました。「温泉♨むすめ 榊原伊都」だそうです。リンク先に詳しいキャラが書かれていますが、「高貴な雰囲気が漂う、文武両道で清廉潔白なむすめ。何事もズバズバと的確に答えてくれるので『榊原恋愛相談室』と言われている。いつも涼しい顔をしているが意外と負けず嫌いで、心の内では闘志を燃やしている」のだそうです。高校3年生で、誕生日は7月9日の蟹座、陸上部。趣味はお伊勢参りとネイルアートなどなど。公開日は、2017年10月27日だそうですから、私は3年半以上、気づかなかったと言うこと?? もっとも、中日新聞の記事によれば、昨年8月からPRの前面に押し出されたばかりでした(こちら)。

Img_4247c_20210506152101 Img_4248c  公民館のところで、コシアカツバメ。あまりよく撮れていませんが……。探したら、公民館の裏手(北西側)にコシアカツバメの巣らしきものがいくつかありました。コシアカツバメは、ここ家内の実家あたりや(2017年5月3日:コシアカツバメ……家内の実家にて)、九華公園でも見たことがあります(2019年9月18日:九華公園で今日もダイサギ……コシアカツバメも)。

Img_4282c_20210506152101 Img_3924c  実家のあたりは、水田がたくさんあります。前日もそうでしたが、この日も田植をする光景が何ヶ所かで見られました。結婚した頃、実家の田植を手伝ったことはあります(もちろん、戦力にはほとんどなりません。邪魔にならないよう、苗を運んだくらい……苦笑)。稲の他、麦を植えてあるところもかなりあります。麦は、すでに右の写真のように穂がかなり実ってきています。

Img_4296c_20210506152101 Img_4309c_20210506152101  湯の瀬の近くの電線では、ホオジロのオス。圓浄寺のそばのお宅では、鬼瓦にセグロセキレイ。たくさんではないものの、あちこちで鳥は見られます。この日、セグロセキレイは水田でも見られました。前日のことを思い出し、清少納言などの裏手にも行って見たものの、この日はセグロセキレイどころか、鳥は何もいませんでした。

Img_4343c_20210506152101  実家での散歩コース、かなり高低差があります。善福寺の東から県道28号線(亀山白山線)を見ると、このようにかなり見下ろす形になるのです。4㎞ほどしか歩きませんが、運動量はかなりあります。

Img_4360c_20210506152101  実家に戻って、思いついて、以前、愚息がつくった野鳥用の餌台にクッキーを細かく砕いて置いてみました。このあと、愚息がキンカンの実も追加したのですが(これまでにもキンカンを置いたら、なくなったそうです)、この日は結局、夕方まで鳥はやってこず。実家の裏手、ウグイスが少なくとも3羽いますし、ヒヨドリ、メジロ、コゲラ、フクロウなどの声が聞こえてきます。もちろん、スズメ、カワラヒワもいるのですが、餌の内容が悪かったのか、餌台の場所がよくないのか??

Img_4394c_20210506152101  午後、ふと見たら、ご覧のような動物が出て来て、ビックリ。イタチかとも思ったのですが、どうも違うということで、帰宅して今日になってから調べたところ、ニホンアナグマと判明。「体型はずんぐりしている。 食性はタヌキとほとんど同じ」「本州、四国、小豆島、九州地域の里山に棲息する。11月下旬から4月中旬まで冬眠する」「体長は40 - 60cm程度。尾長11.6 - 14.1cm。体重12~13㎏」だそうです。「同じ穴の狢」といいますが、タヌキとともに「狢(むじな)」扱いされるとか。実家の裏山に棲んでいるのでしょう。

Img_4418c_20210506152101 この日は、午後からツバメが2羽、実家にやって来て、玄関先、車庫、裏口あたりを飛び交っていました。巣をつくる場所を探している様子。玄関先には、巣がかけやすいようにと思って、受け皿がつくってあるのですが、ツバメはどうも車庫が気に入ったようです。しかし、車庫に巣をつくられると、シャッターが閉められなくなり、不用心。玄関のところか、勝手口につくってくれないかとこちらは思っていますが、どうなりますか。

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2021年5月 3日 (月)

実家でも散歩(微苦笑)……県立美術館で若冲も見る

Img_3694c_20210506132701 Img_3711c_20210506132701  大型連休は、5月2日の午後から5日まで家内の実家に行っておりました。どこへ行っても、毎朝することは同じ(笑)。散歩です。これしかありません。実家の田んぼは、田植が終わっていました。といっても、よその方にお願いして作ってもらっているのです。そのため、米も買うことになっています。この日も、いつものように、朝7時半から散歩開始。西に見える青山高原には、風力発電の風車がたくさん見えます。よく晴れて散歩日和。気持ちよい天気。町内一周、4.5㎞ほど。

Img_3725c_20210506132701  あちこちでツバメが飛び交っています。巣のあるお宅もけっこうたくさん。家内の母は、自分のところにも来て、巣をつくってくれないかと熱望しています。

Img_3731c Img_3744c_20210506132701  貝石山のふもとを川が流れ、そこに湯香里橋がかかっています。去年でしたか、塗り直してきれいになっています。その上流にキセキレイが1羽。3年前には、ここでオシドリ夫婦を見たので、また見たいと思ったものの、そうそううまい話はありません。

Img_3751c_20210506132701  湯香里橋のさらに上流側に掛子橋。このあたりは山里ですから、ここまで来ると、セキレイもセグロセキレイがかなりたくさん見られ、ときどきキセキレイもいるという感じになります。バードウォッチングとしては、まぁ好スタート。

Img_3765c_20210506132701  続いては、実家へ行くといつもお参りする氏神様の射山神社。主祭神は、大己貴命(おおあなむちのみこと:大国主神)、少彦名命(すくなひこなのみこと:農業・酒造・医薬・温泉の神)、天照大神。式内社。大己貴命と少彦名命が、温泉大明神として古くから祀られてきました。

Img_3777c_20210506132801  この日散歩をしていて、気づいたのがこちら。憲法記念日でしたが、何軒かのお宅で、日の丸が掲げられていたのです。私が子どもの頃は、どこのお宅でも祝日には日の丸を玄関先に掲げていましたし、祝日を「旗日(はたび)」と呼んでいました。今では、我が家あたりや、いつもの散歩コースではほとんど見られなくなりました。

Img_3814c Img_3837c_20210506132801  ずっと歩いて、湯の瀬(榊原自然の森 温泉保養館)の東まで来ました。最近、この季節にはあちこちで鯉のぼりがたくさん泳いでいるのを見ますが、ここにも。ちょっと小規模ではありますが……。湯の瀬は、今年秋からリニューアル工事に入るようです。家内の実家あたりでは、飛びをたくさん見ます。ここでも頭上を飛んでいました。

Img_3861c_20210506132801 Img_3874c_20210506132801  湯の瀬からさらに東に行くと、実家の菩提寺。真宗高田派髙福山清浄光院圓城寺。花も、線香も、蝋燭も持ってきませんでしたが、墓参りというか、お墓にご挨拶という感じで立ち寄って来ました。西に布引の山並みが見えて、気持ちの良いところにあります。

Img_3902c_20210506132801  お寺近くの榊原川でダイサギ。尺ヶ寺橋あたりで見つけました。橋のすぐ下にいたのが、かなり遠くまで逃げられてしまい、この証拠写真。橋の西にある小公園で休んでいたら、ヤマガラが出てきたものの、うまく写真には撮れず、残念。

Img_3917c_20210506132801  実家に戻る方向に歩いています。途中に「キッチンしろ」。ローストビーフ専門店。去年10月にオープン。食べログなどではかなりの評判。150gのローストビーフ丼が¥850。テイクアウトもできますので、機会があれば是非と思っているのです。ちなみに、以前、ここは飲み屋さんでした。

Img_3953c Img_4081c_20210506132801  キッチンしろの少し先から西へ。秘密の場所(笑)へ。子どもの頃、探検したようなところ。榊原川に沈下橋が架かっているのです。旅館清少納言などの裏手。人はほとんどきません。温泉の源泉があります。この日は、ここで右のように、セキレイのひなを見つけました。ハクセキレイなのか、セグロセキレイなのかと思っていたら……。

Img_4073c_20210506132901Img_3972c_20210506150301  親鳥がやって来ました。セグロセキレイのひなでした。真っ黒ではなく、灰色をしているのです。親鳥が右の写真のように、餌をくわえてやって来ましたので、給餌シーンが撮れるかと、かなり粘って、移動したのにもついていったものの、結局、失敗。残念。左の写真は、ヒナに餌を与えたあとでした(苦笑)。セグロセキレイの親子は、上流へ移動してしまい、どこへ行ったのやら? ということで、セグロセキレイで30分。9時半頃帰宅。

Img_4130c_20210506132901  その後、家内、娘と3人で三重県立美術館へ。4月10日から5月23日まで行われている「若冲と京の美術―京都 細見コレクションの精華―」を見に行きました。といっても、家内は別行動。この展覧会、見たいと思っていたのですが、先日、江戸橋に仕事に行ったとき、助手の先生から「美学の先生がご紹介くださったので」とパンフレットをいただいていたのです(美学の先生は、後期の授業のとき、同じ時間帯なのです。細見美術館の研究員でいらっしゃいました)。

Img_4142c_20210506132901  1時間もあれば見て回れるかと思ったら、娘がけっこう熱心に見て回り、結局、2時間近く(苦笑)。家内からは、「私の存在は、忘れられたかと思った」と言われてしまいました。

5bea9888 F8e0f16b 帰りには、大門近くの蜂蜜まん本舗に立ち寄りました。ここの名物「蜂蜜まんじゅう」を買うため。蜂蜜まん本舗は、養蜂業の傍ら昭和28(1953)年に創業しました。蜂蜜まんの人気が高まるとともに、昭和40(1965)年ごろには養蜂業をやめ、蜂蜜まんの製造・販売一本に絞り、以来、津を代表する菓子として愛されています。我が家でも皆の好物。これは、絶品。実は、今回実家に行くとき、道の駅津かわげでも売っていないか探したのですが、売り切れていたのです。店舗の写真は、去年2月2日のJRさわやかウォーキングの時に撮ったものです(20200202JRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」へ(予告編))。

【お断り】 記事は、5月6日に、5月3日付けで投稿しています。

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2021年5月 2日 (日)

連休ですが、鳥も散歩友達もいません

Img_3490c_20210502101201  安定しない天気のようです。一応、晴れ間はあるものの、散歩の間は雲も多く、風も吹いていて、少し寒い感じでした。いつも通り、7時半から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、寺町と回って5.4㎞。出かけようと思っていますので、2時間で帰宅。いつもなら、5月2~3日は、鎮国守国神社の金魚まつりなのですが、去年に続いて、中止。九華公園、鎮国守国神社は静かでした。

Img_3541c_20210502101201 Img_3551c  野鳥もいません。冬の鳥たちは、まったくいなくなりました。それ以外にも、九華公園までに見られたのは、ドバト、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、カワラヒワなど。三の丸水門で揚げ雲雀。写真は撮ったものの、ピンぼけでボツ。九華公園も静か。鳥もいませんし、散歩する人も少ないのです。奥平屋敷跡にも、コゲラが来たものの、それ以外にこれという鳥は来ず。

Img_3603c_20210502101201  管理人Kさん、散歩友達Wさん、前管理人Oさんに会ったくらい。ツツジは、1本の木でも下の方では花が咲いていない感じ。満開になったとはいえません。写真は、サツキ。管理事務所の北にあります。今日見たところでは、2輪が開花。蕾が膨らんで、ピンク色になっているものもいくつかありました。それにしても、鳥も、散歩友達もいませんから、散歩が速く進むこと(苦笑)。

Img_3616c_20210502101201 Img_3621c_20210502101201  貝塚公園でも、ムクドリ、カワラヒワくらいしかいません。ここでは、散歩友達のSさんに会っただけ。今から、桑名駅の西の方まで歩いてくるとおっしゃっていました。今年のツツジ、九華公園よりも、貝塚公園(左の写真)や、内堀公園の方が見事です。

Img_3644c Img_3657c  帰り道、京町あたりでツバメの巣チェック。博物館の巣と、お宅その1では、巣にいませんでした。お宅その2とその3には親ツバメが巣に就いていました。

Img_3611c_20210502102801  去年は今頃、スズメのヒナが登場していたのですが、今年はまだ。

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2021年5月 1日 (土)

コアジサシとムナグロを確認……長島プチ遠征&上之輪新田へ【鳥名を訂正しました(5/2)】

Img_2842c_20210501152901  朝のうちは晴れて、昼頃からは雨という予報でしたが、午後になってもときどきパラつくくらいです。雨雲レーダーを見ると(15時半現在)、もうじき降ってきそうです。昨日も書きましたように、プチ遠征に行ってきました(微笑)。長良川河口堰(左の写真)を始め、長島町内と、帰りにふと思いついて、上之輪新田にも立ち寄って来ました。これが大正解でした。

Img_2675c_20210501152901 Img_2651c_20210501152901  長良川河口堰では、コアジサシが数羽、飛んでいるのが見えました。最近は、超望遠コンデジしか持っていきません。かなりたくさん撮ったものの、なかなか。飛びものを撮るのに、もっと修行が必要です(苦笑)。写真を撮りながら、どちらの方向へ往き来するのかも気にしていたのですが、不明。昨年の今頃は、右岸の監視塔近くのフロートに降りてきたのですが、今日はそういう場面は見られませんでした。左の写真のコアジサシ、魚を咥えています。今日は、ダイビングシーンの撮影はうまく行かず。

Img_2495c_20210501152801 Img_2563c  親水広場に回って、オオヨシキリが見えないかと思って探しました。しかし、鳴き声は聞こえるものの、姿は見えず。その鳴き声も、管理橋から親水広場に降りる坂道の西側あたりまでしか聞こえません。伊勢大橋の架け替え工事が、親水広場のすぐ北側で行われていることが影響しているのでしょう。

Img_2573c_20210501152801 Img_2600c_20210501152801  親水広場で見られたのは、イソシギ。また、キアシシギが2羽、こちらは、長良川右岸側の監視塔近くのフロートの上にいました。他には、ツバメがかなりたくさん飛び交っていましたし、ハクセキレイが1羽いました。

Img_2456c_20210501152701 Img_2464c_20210501152801  話しの順序が逆になりましたが、魚道周辺には、コサギやダイサギがいました。これらの写真は、コサギ。目元や足先がピンク色ですから、繁殖期のサイン。

Img_2490c_20210501155201 Img_2530c_20210501155301  ダイサギ、コサギ、カワウが揃い踏みというシーンもありました。ズームアップしてはいますが、実際にもかなり接近していたようです。ダイサギも目元が緑色になっていて、やはり繁殖期真っ最中。コサギも、ダイサギも繁殖期なのに、河口堰にいてよいものでしょうか?

Img_2846c_20210501152901 Img_2468c_20210501155701  アクアプラザながらの周りでも、ツバメがかなり飛んでいて、建物の西側の入り口の軒下にも入って行くのですが、巣はありませんでした。カモ、カンムリカイツブリ、オオバンの姿はゼロ。カルガモが、右岸に1羽いたのみ。

Img_2612c_20210501152801 Img_2822c  おもしろかったのは、コサギのこんな体勢。管理橋の東西で、別々のコサギが同じような体勢で、餌の魚を狙っていたのです。ただし、今日は、コサギの漁のシーンは見られませんでした。

Img_2471c_20210501152801 Img_2515c_20210501152801  あのアユのぼりも、健在でした。管理橋を渡って、西側の親水広場に行く途中、名古屋行きのひのとりが行くのが見えました。近鉄も、ゴールデンウィーク中、特急列車の運休をするようですが(こちら)、名阪特急は例外のようです。しかし、連休明けからは、ひのとりにも運休があります(こちら)。

Img_2940c_20210501152901  河口堰では1時間半弱過ごし、その後、長島町内をあちこち見て回って来ました。まずは、某駐車場その1。ケリが合計4羽。どういう関係かは、不明。最初は、ケリ同士でトラブっているのかとも思ったのですが、このように集まってみたり、私のクルマに対して警告するような行動をとってみたり……。他には、ヒバリが1羽。

Img_3016c_20210501153001 Img_3055c_20210501153001  さらに、某駐車場その2へ。コチドリの鳴き声が聞こえます。確認できたのは、2羽。1羽がしゃがみ込む様子も見えたのですが、卵があるかどうかは分かりません(勝手に侵入できません故)。見ていると、このうち1羽が、近くの水田へ移動。

Img_3103c_20210501153001  某駐車場その3。ここは、ブロ友のひらいさんが、「ケリが卵を抱いている」と教えてくださったところ。ケリは、抱卵・ヒナ養育にそれぞれ約1ヶ月ほどかかるといいます。無事にヒナが孵って、育って欲しいと思います。

Img_3113c_20210501153001 Img_3121c_20210501161501  水田へ。ここもひらいさんに教えていただいたところ。ヒナがいたということだったのですが、残念ながら、見つけられず。かなり離れたところにいても、警戒行動の対象になってしまいました(苦笑)。このほか、水田を2箇所ほど見てきたのですが、ケリも、コアジサシも見当たらず。

Img_3198c_20210501161901 Img_3252c  10時15分頃になりましたので、帰宅しようと思ったのですが、伊勢大橋を渡っているときに、ふと「上之輪新田にも行ってみよう」という気になりました。別に天の声が聞こえて来たわけではありません。何気なく、そう思ったのです。これが大正解でした。第一印象は、「変わった鳥がいるな」でしたが、単眼鏡で見て、望遠で撮影して、分かりました。ムナグロです。初見、初撮影の鳥で、鳥図鑑+1! シベリアとアラスカ西部のツンドラで繁殖し、冬は東南アジアやオーストラリア、インド、アフリカ東部などへの渡りをおこない越冬します。かなりの長距離を移動することになります。日本へは、旅鳥として春と秋の渡りの時期に全国に飛来するのですが、マサカここで見られるとは、ラッキー。

Img_3296c_20210501153101  水田の一角に、15~6羽がいました。全長24cm、翼を開くと67cmにもなるといいます。チドリの仲間で、とても長い翼をしています。上面は黄褐色と黒褐色のまだら模様で、胸など下面は夏羽では黒色、冬羽ではうすい黄褐色をしています。全体に黄色っぽい個体もいましたが、これは、若い鳥かと思います。現場に私が到着して、10分もしないうちに姿を消してしまいました。思いつき、とても重要です(微笑)。

Img_3355c_20210501153101 Img_3430c_20210501153101  上之輪新田では、他に、ケリが計2羽。ただし、単独行動中で、ヒナの姿はありませんでした。揚げヒバリも、2箇所で見られました。休耕田もあり、そのあたりに営巣しているようです。

Img_3395c_20210501153101 Img_3413c_20210501153101  ついでにまたもや俄撮り鉄。ちょうど10時半頃でしたので、しまかぜが来るのを待ちました。あいにくの曇天でしたが、それなりに撮れて、まぁ満足。私の他にももうお一人、電車の撮影をする方がいらっしゃいました。

Img_3476c_20210501162901 Dscn3835c  帰宅後、寺町商店街まで足を伸ばし、花屋さんでホテイソウを買ってきました。メダカハウスに入れるのですが、去年からのものがほとんど枯れてしまったのです。一部残ったものが復活しないかと期待していたのですが、難しいようなので、買ってきたという次第。根が長い方が、メダカが卵を産むのによいので、そういうものを選んできました。

Suntorybird 【余談】 バードウィーク(5月10日~16日)に因んで、サントリーが“「愛鳥週間」に、あなたの性格に似た鳥を探そう!”というWebコンテンツを提供しています。エニアグラムの性格分類を軸に性格診断の専門家が作成し、(公財)日本鳥類保護連盟が鳥の監修をしています。私も試しにやってみたのですが、「ヤマガラタイプ」と判定されました。ヤマガラは好みの鳥の1種です(微笑)。人懐っこくて、好奇心旺盛、こまめだそうです。

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2021年4月30日 (金)

九華公園でセンダイムシクイ、揖斐川沿いでホオジロ

Img_2437c_20210430153701  昨日とは打って変わってよく晴れ、22℃を越えました。2日間行けませんでしたので、何はなくとも、散歩です(微笑)。7時半からいつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、南魚町、田町、三崎通、船場町、桑名七里の渡し公園と6.3㎞。ほぼ3時間コース。

Img_2087c_20210430153801 Img_2105x  今日は、何といってもこちらから。九華公園の奥平屋敷跡にセンダイムシクイが数羽いました。「チヨ チヨ ビィー」と聞こえる声でさえずっていましたから、間違いなし。この鳴き声、「焼酎1杯グイ」「鶴千代君(つるちよぎみ)」と聞きなしがされています。九華公園でムシクイの仲間を見たのは、3年ぶり(2018年10月17日:休耕田のコスモス畑発見……モズ、カワセミ、ゴイサギ、ムシクイ、ヤマガラ、エゾビタキ、ミサゴ、ジョウビタキと鳥も盛りだくさん(微笑)、2018年5月28日:歌行燈本店のアジサイ、野花菖蒲に桑名別院の菩提樹の花、2018年4月22日:研究会で某女子大へ……東名阪自動車道のサギ山、九華公園でセンダイムシクイ(?))。小1時間、楽しめました。

Img_2152c_20210430153801 Img_2148c  コゲラの巣の話し。先日書いた巣は、結局、2~3日後からコゲラが来なくなってしまいました。今日、そこから少し離れた別の木で巣穴を発見。この下には、新しい木くずが散乱していますので、新たにここに巣をつくっていると思われます。

Img_1938c_20210430163401  さて、散歩の初めから。諸戸氏庭園あたりにはカワラヒワ、桑名七里の渡し公園にはムクドリ(あの白変種の1羽もいました)。住吉入江にも、揖斐川にも水鳥の姿はなくなりました。しかし、揖斐長良川の中洲からは、複数のところからオオヨシキリの鳴き声が聞こえていました。毎年、大型連休の頃から聞こえるようになります(2020年5月4日:オスのキンクロハジロ1羽は、居残りか?)。河口堰まで行くと姿が見られます。長島方面でケリのヒナや、抱卵、コアジサシも見られるそうですから、プチ遠征したいところ。

Img_1962cImg_1975c_20210430153801  揖斐川の堤防を歩いていたら、船津屋さんの裏手でホオジロのペア。最初にオスを見つけたのですが、遠目には「何だ、スズメか」と思ってしまいました(苦笑)。少し近づいたら、ホオジロであると判明。オスは虫を咥えているようでしたが、メスは巣材にするのか、枯れ草か何かを運んでいました。このあたりで繁殖するのかも知れません。

Img_2003c_20210430153801  七里の渡し跡や、三の丸公園、柿安コミュニティパークあたりには野鳥はほとんどいません。コミュニティパークにドバトが10羽ほどいたのと、三の丸水門にハクセキレイが1羽いたくらい。

Img_2054c  九華公園も、野鳥は少なく、北門から相撲場あたりでは、カラスの鳴き声が聞こえてくるのと、カワラヒワやスズメが少しいただけ。奥平屋敷跡に近づいたら、初めの方に書きましたように、あちこちからセンダイムシクイの鳴き声が聞こえ、小躍りしてしまいました(笑)。その奥平屋敷跡では、コゲラも1羽登場。

Img_2204c_20210430153801 Img_2165c_20210430153801  さらに今日は、スズメのほかに、カワラヒワの姿が割とよく見られました。ただし、ヒナは未確認。そして、メジロがあたりに響き渡るような大きな声で囀っていました。ちょっと驚くくらい。

Img_2240c Img_2231c_20210430153801  スズメのヒナがそろそろ出てこないかと待っているのですが、今日はまだ見られませんでした。親スズメはけっこうあちこちで見ますし、餌が欲しそうな感じで近くに寄ってきます。九華公園の堀、カモの姿はありません。皆、帰ってしまったものと思われます。オオバンが1羽だけ、まだやって来ています。

Img_2277c_20210430153701 Img_2263c_20210430153701  貝塚公園では、ツグミがまだ1羽いました。ひょっとしたらいるかも知れないとは思ったのですが、ちょっとうれしい(微笑)。ここでも、カワラヒワの鳴き声がよく聞こえていました。しかし、ヒナの姿はありませんでした。

Img_2323c_20210430153701 京町から田町、三崎通では、ツバメの巣チェック。左の写真は、博物館にある巣。先日、巣の補修途中だと書きましたが(2021年4月27日:カモはいなくなりました@九華公園……カワラヒワのヒナ、3ヶ所で巣に就くツバメ)、それは終わったようで、2羽のツバメが来ていました。

Img_2357c Img_2378c_20210430153701 京町のあるお宅でも、親ツバメが巣に就いていました。ここは毎年ツバメが来ますし、先日も、巣に就いており、また、近くにもう1羽がいました(2021年4月27日:カモはいなくなりました@九華公園……カワラヒワのヒナ、3ヶ所で巣に就くツバメ)。さらに、もう1軒のお宅でも、ツバメが巣に就いていました。ここのお宅では、今シーズン、ツバメが近くに来ているのは見ていませんでした。田町、三崎通あたりの3箇所の巣には、今日はツバメは来ていません。近くでも見当たりませんでした。

Img_2412c_20210430153701Img_2416c  桑名七里の渡し公園。昨日、大雨が降りましたので、せせらぎに水がたまって、鳥が水浴びに来ているのではないかと思って見に行ったのですが、残念。今日は、小学生が遠足に来ていて賑やか。鳥の姿はほとんどありませんでした。そういえば、ここに遠足で子どもたちが来ているのを見たのは、初めて。休憩所には、右の写真のように、「七里の渡し公園休憩所」という看板が出ていました。

Img_2259c_20210430153701 午後からは、定例の内科受診。主治医&友人のところへ。「ワクチン、打つ?」と聞かれ、「そのつもり」と答えたら、予約方法について説明してくれました。5月10日から予約可能ですが、当座は混雑するでしょうから、少し経ってから予約することにします。しかし、河野大臣が説明しているように、連休明けからは、ワクチンは順調に入ってくるんでしょうねぇ??

Img_2235c_20210430153801  コロナ対策もアヤシい、オリンピックがホントのところ、どうなるのか、どうしたいのかよく分かりません。もろもろアヤシいこと、ワケが分からないこと多々あります。合理的な説明をほとんどしないことと、やってることの辻褄が合っていないことが、今の政権の特徴と思います。合理的な説明は、それをしないのではなく、できないのでしょう。説明できないことや、辻褄の合わないことは、やってはいけないと個人的には考えています。コロナについては、個人のレベルでは今のところ、自分でできる感染予防対策をきっちりするしかないと考えています。

Img_2255c_20210430153701  ぼやきはともかく、天気は下り坂のようですが、プチ遠征したいと思っています。唐突ですが、鯉のぼりの季節です。九華公園近くのお宅で見つけて、思い出しました。最近は、散歩していても、鯉のぼりが上がっているのをほとんど見なくなりました。

 

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2021年4月27日 (火)

20210425「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第2回「伊勢朝日駅~近鉄富田駅」(その2)……松寺の小公園、松寺御厨神明社、タカハシ酒造、松寺立場跡、輝子頌徳記念碑、蓮証寺、宝性寺、蒔田御厨神明社、長明寺から鏡ヶ池跡へ

Iseasahi2  4月25日の「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第2回「伊勢朝日駅~近鉄富田駅」の本編その2です。朝明川を越えて四日市へ入ります。松寺の御厨神明社のあと、酒造会社を見つけ、行ったものの直売所は休み(残念)。松寺立場跡・輝子頌徳記念碑、蓮証寺、宝性寺、蒔田の御厨神明社へ。ここで小休止の後、長明寺、鏡ヶ池跡。その2はここまで。このあと、八風街道をちょっと冨田方向に道草して、田村寺に行ったりしましたが、これ以降はその3にて。

Img_0871c_20210425165901 Img_0875c_20210427065801  朝明川を渡ったところにある小公園。ここで2.6㎞。東海道の案内板、力石、ベンチなどが配されています。案内板には、「ここは四日市の東海道北玄関 松寺」とあり、簡単な地図が添えられています。なぜかシーボルトがここを通ったという説明もあります。シーボルトは、文政9(1826)年、オランダ商館長の江戸参府に随行し、同年3月26日夜遅く四日市に着き、翌27日、朝9時頃ここを通ったといいます。

Img_0879c_20210427065801 Img_0885c_20210427071201  こちらは、公園内に保存されている力石。江戸末期から明治初期にこの地で営まれていた茶店「橋南(はしみなみ)のつる」の主・大久保つるが残したものだそうです。石には「二十七メ」と刻まれ、その目方が27貫目(約100㎏)と思われます。北勢地方では、力石は神社仏閣の境内にあることが多いのですが、これは数少ない民家の軒先にあったものです。

Img_0891c_20210425165901 Img_0895c_20210427071901  公園の先で朝明川の河岸段丘を降りて、東海道は緩くカーブし、じきに松寺の御厨神明社があります。御厨という名称ですから、伊勢神宮に関わりのある土地であったことがわかります。主祭神は、豊受姫命(とようけひめのみこと:食物をつかさどる女神、伊勢神宮外宮に祀られている豊受大御神と同じとされる)、相殿神は、大山祇命(おおやまつみのみこと)。創立年代は不詳。静かで、小さな神社。

Img_0898c_20210427071901  境内には、山の神様が1基ありました。この神明社を過ぎると、薬師堂があると「ホントに歩く東海道」の地図にはあったのですが、見逃してしまいました。前回ここを歩いたときも見ていません。細い道の奥に入っていく必要があるのです(苦笑)。

Img_0905c_20210425182901 Img_0911c_20210425165901  次の目的地である蓮証寺に向かって歩いていたら、御厨神明社を出て100mあまりで、東海道の東に醸造所らしき建物。気になりました(微笑)。気づいたところや、気になったところは見てくるというのが、原則(笑)。タカハシ酒造でした。文久2年の創業だそうですから、1862年。江戸末期の激動の頃。直売所があったのですが、あいにく日曜は定休で残念。天遊琳・伊勢・伊勢物語・伊勢の白酒などの酒を造っています。今度見かけたら、買って、試してみることにしましょう。

Img_0933c_20210425165901 Img_0917c_20210427162001  蓮証寺の手前、東側に松寺立場跡という案内板と、輝子頌徳記念碑とがあります。江戸時代、桑名宿と四日市宿との間には、5カ所の立場があり、その一つがここ松寺でした。タカハシ酒造の南側あたりに立場があったと書かれていました。

Img_0921c_20210427162001  立場跡の案内板の奥に「輝子頌徳記念碑」があります。碑には「佐藤輝子碑」とあります。佐藤輝子は、大矢知村字松寺で佐藤庄九郎の娘として、弘化3(1846)年に生まれました。25歳の時に夫が他界した後は、裁縫の教育に携わり、門者は千数百人に及んだと言います(実際には三千人ほどの子弟がいたとも言われます)。輝子は、大正6(1917)年に亡くなったのですが、翌年3月門人によってこの碑が建てられました。女性の頌徳碑というのは、比較的少ないと思います。

Img_0937c_20210425165901Img_0944c  松栄山蓮証寺。真宗本願寺派。400年くらい前、ここにお堂があり、本堂も200年くらい前に建てられたといいます。松栄山蓮証寺という山号・寺号の最初と最後の文字をとると「松寺」となり、何か関係があるかと案内板にありました。

Img_0941c_20210427170801 Img_0948c_20210427171401  この寺で気になったものは、左の写真。手水鉢だと思うのですが、どうでしょう? 右は境内にあった碑。「昭和三十三年 御巡教記念」とあります。碑の左には「勝如上人御手植月桂樹(これまたちょっとアヤシい)」。勝如上人(明治44(1911)~平成14(2002)年)は、真宗本願寺派23世門主。

Img_0952c_20210427171401  また、こういう石碑もあります。「畢竟依」とあります。K氏と「どう読む?」という話になったのですが、「ひっきょうえ」という読みが浮かんできました。真宗の御経にあったような記憶があったものの、この時点では自信がありません。「畢竟(ひっきょう)」は、仏語で、「畢」も「竟」も終わる意味ですから、究極、至極、最終ということになります。などと調べていたら、「畢竟絵を帰命せよ」という文言が浮かんできました。親鸞上人の「浄土和讃」にあることば(最近、勤行をサボっていますので、記憶が朧気になっていました……苦笑。罰が当たるかも)。「畢竟依(ひっきょうえ)」とは、究極の依り所ということです。

5bf441c1 Img_0994c_20210425170001  さらに進み、松寺から蒔田に入りました。スタートから3.7㎞、10時35分、御厨神明社と、蒔田観音 龍王山宝性寺という2つの標柱が建ったところに来ます。中に入ると、鳥居の向こうにお寺の本堂があるという景色。以前に2回ほど来ていますので、私はどういうところか知っていましたが、初めて見ると、お寺と神社の名前が並んでいるので、不思議に思うかも知れません。隣り合ってというか、同じ境内にというか、神社とお寺があるのです(左の写真は、2017年11月10日に撮影したもの:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(後編))。

Img_0972c_20210425170001Img_0988c_20210427180201  まずは、龍王山宝性寺。本堂の建物は市の文化財。享保4(1719)年の棟札が残り、また、鬼瓦には文化十一年正月吉日の刻銘がありますので、本堂は文化11(1814)年に建立され、棟札はそれ以前にあった堂のものと考えられています。重層になった本堂は、立派です。言い伝えによると、宝性寺は天平12(740)年に聖武天皇の勅願によって創建されました。永禄11(1568)年に織田信長の家臣・滝川一益が、長島一向一揆を攻略した際、戦火に遭い、焼失した後、小堂が建立されたものの、正徳元(1711)年に再び焼失したといいます。境内には、阿弥陀堂もあります(右の写真)。現在は、蒔田第一自治会が管理しています。

Img_0991c_20210427180201  これは、「舟止石」だそうです。高さは約60㎝。変形した穴が通る硅灰岩(珪灰石か?)で、穴に縄を通し、海中に投入して、船の碇にしたと説明されています。この寺のご本尊と近江国石山寺の開基である良弁(ろうべん)僧正の縁により、石山寺から運ばれたものと思われるともありました。

Img_0984c Img_0980c_20210427180201  こちらは、御厨神明社。松寺のものと区別するため、蒔田の御厨神明社ともいわれます。『勢陽五鈴遺響』に「文治建久中(1185~1198年)富田庄六箇村ノ内の一でもある」と伝わっています。主祭神は、豊宇気毘売神(とようけひめのかみ:食物をつかさどる女神、伊勢神宮外宮に祀られている豊受大御神と同じとされる)。相殿神は、大山祇命(おおやまつみのみこと:山の神)、応神天皇天児屋根命(あまのこやねのみこと:天照大神が天の岩屋に隠れたとき、祝詞を奏した神)。境内には、山の神が1基あります。

Img_0999c  宝性寺と御厨神明社を一緒に撮った写真。お寺は、西に向かって拝むように造られています。神社は、南を向いています。伊勢神宮の方を向いているのかという気がしますが、それが本当かどうかは分かりません。

Img_1006c_20210425170001 C1b3df07  宝性寺と御厨神明社のすぐ南に朝明殿長明寺があります。浄土真宗本願寺派。立派な山門があるのと、寺の周りが、素掘りの環濠で囲まれているのが特徴(右の写真。これは、2017年11月10日に撮影したもの:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(後編))。環濠に囲まれているのは、ここは文治年間(1185~90)に蒔田相模守宗勝が居城した、蒔田城(まいた)跡といわれるからです。

Img_1023c_20210427192001  創立年代、開基などは不明ですが、寺誌によると、もと真言宗潮音寺と称し、近郷の豊田村(川越町豊田)にあったと考えられています。川越町豊田には、字長恩寺という地名があり、そこが旧地と伝わっています。文明4(1485)年、画像本尊を下付されたそうですので、その頃真宗に改宗したと思われます。慶安4(1651)年、領主松平隠岐守(松平定綱公と思います)から現在の寺地を賜り、翌年寺基を移したといいます。本堂は、昭和31(1956)年に再建。鐘楼は、延宝年間(1637~801年)に建立と伝わっています。

Img_1010c_20210427192001 Img_1020c  山門(昭和初年に建立)の前に石柱。何だか分からなかったのですが、山門前にある寺の案内板を読んで、分かりました。ヒントは、右の写真。新しい橋の下に古い、石造の橋があります。これが、案内板にある「部下3(1806)年に築造された参詣橋」と考えられます。左の写真の石柱には、「文化三年 丙寅二月」と刻まれています。ということは、これは橋の親柱なのでしょう。ちなみにこの寺の塀には、4本の筋が入っています。かなり格式の高いお寺と思います。

Img_1026c_20210425170001  長明寺を出てすぐにスタートから4㎞。その先で蒔田交差点。蒔田交差点を渡ってすぐ東(左)に鏡ヶ池跡。ここは、聖武天皇ゆかりの地です。聖武天皇の伊勢行幸の際(天平12(740)年11月23日に朝明郡の頓宮(とんぐう)にお着きになったといいます)、このあたりで天皇の笠が風で飛んで池に落ちたのを洗濯をしていた娘が拾い上げたそうです。翌日、旅立つ天皇と見送る娘の姿が池に映り、それが鏡のようだったとして鏡池と言うようになったとか。馬上豊かな天皇の姿と、天皇を伏し拝む少女の姿が共に池に映って絵に描いたような美しい光景だったと伝わっています。文明年間に東海道のコースが代わり、この池の真ん中を通るようになり、池は分断されました。明治末期まで東海道の両脇にしばらくは池が残っていたそうですが、現在では、この昭和8(1933)年建立の碑だけになっています。

 その2はここまで。マップには、三光寺と田村寺がありますが、それはその3にて。

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カモはいなくなりました@九華公園……カワラヒワのヒナ、3ヶ所で巣に就くツバメ

Img_1446c_20210427153501  朝は7.9℃と、この時期にしては冷えましたが、その後は19℃を越えました。今週、よい天気は今日までという予報。明日は、江戸橋での仕事ですが、昼前から雨の可能性もあるとか(苦笑)。いつぞや、水曜日に江戸橋に行くときに限って雨という年があったのを思いだしてしまいます。それはさておき、今日もいつも通り、7時半から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、内堀、京町、寺町と6.2㎞。京町あたりでは、ツバメの巣チェックをしてきました。

Img_1616c  今日も、鳥は少なく、桑名七里の渡し公園ではムクドリとカワラヒワ、住吉神社あたりでスズメとヒヨドリ、柿安コミュニティパークでドバト。九華公園につくまではこれだけ。九華公園も静かで、ヒヨドリの鳴き声はせず、メジロの鳴き声は聞こえたものの、木の高いところからで、姿は見えません。スズメは、公園内のところどころで見かけ、餌をねだるように近くへ寄ってきます。

Img_1518c_20210427153501 Img_1539c_20210427153501  奥平屋敷跡で待っていると、今日もカワラヒワのヒナが出て来ました。見ていると、1つのファミリーでヒナが2羽いるように見えます。鳥が少ない中、1時間ほど見ていたのですが、奥平屋敷跡やその周囲を移動しつつ、親が餌を採っては運んで来ているのが見えました。

Img_1620c_20210427153501 Img_1675c_20210427153501  ちょっと距離がありましたので、はっきりとは捕らえられていませんし、枝かぶりになってしまいましたが、これらの写真が撮れました。向かって左が、カワラヒワのヒナ。羽ばたいて、鳴き声を上げて餌をねだっています。右の写真は、餌をもらう瞬間。証拠写真であるのが、残念。

Img_1496c_20210427153501  シジュウカラも、1羽が、奥平屋敷跡や、二の丸跡を移動しています。声高らかに囀っているオスです。ペアの相手がまだ見つかっていないのかと、ちょっと気になります。余計なお節介ではありますが(苦笑)。上にも書きましたが、メジロの鳴き声は、九華公園でも、貝塚公園でも何か所かから聞こえるのですが、木の高いところからです。卵を抱いているか、ヒナの世話をしているのか、どちらかでしょうか。九華公園でのバードウォッチングは、以上(微苦笑)。ちなみに、昨日までいたキンクロハジロ、今日は見当たりませんでした。また、ツグミの姿もありませんでした。

Img_1486c_20210427155201 Img_1755c_20210427153501  公園内も、木々の葉が青々としてきています。左は、奥平屋敷跡の様子。今日も、九華公園で同級生K氏が、ツツジを見ていこうと思ったというのに出会いました。「お前の写真できれいそうだったからな」というのです(笑)。きれいなところを選んで写真を撮っていますので、「真を写している」ことに間違いはないのですが、全体ではなく、あくまで部分です。

Img_1790c  貝塚公園には、まだツグミがいました。その数、4羽ほど。しかし、例年の様子からすると、そろそろ姿は見られなくなる頃です。

Img_1764c_20210427153401 Img_1775c  少し前からトンボが飛び始めています。貝塚公園で、シオカラトンボを撮ってきました。左は、石に止まったメス。そして、何とすでに交尾をしているカップルがいたのには、ちょっと驚きました。考えてみれば、子孫を残すのが、大目的ですから、チャンスがあれば交尾するというのは当然かも知れません。

Img_1808c_20210427153401Img_1835c  ツバメの巣チェック。京町あたりで4箇所。左の写真は、桑名市博物館にある巣。3つありますが、そのうち1つの巣が、修復されているようでした。ここは、去年も繁殖していたところですから、今年も期待できます。右の写真は、京町にある呉服屋さんの巣。ここも3つの巣がありますが、そのうち1つに親がいました。

Img_1818c_20210427153401 Img_1832c_20210427153401  もう1ヶ所、京町のあるお宅の巣。ここでも、親ツバメが巣に就いていました。近くの電線にはもう1羽、ツバメの姿があります。田町、三崎通あたりの巣は、今日は見ていませんが、何回か見てきた限りでは、3ヶ所にある巣のうち、ツバメが来ていたのは、1ヶ所のみ。

Img_1895c_20210427153401  京町公園で一休みしていたら、イソヒヨドリの鳴き声が聞こえてきました。京橋町にある商店の屋上にいました。先日、御坊さん(桑名別院本統寺)の近くでも見ましたが、寺町、吉津屋町、拙宅近くから国道1号線の東側あたりを縄張りにしていると思います。今朝も、我が家の南の方角で早くから鳴き声が聞こえていました。

Nectablet  余談です。昨年末に、ちょっと迷った上でタブレットPCを新調しました(2020年12月24日:貝塚公園で今シーズン初めてシロハラ(ただし、証拠写真のみ)……年賀状は印刷、タブレットPCを新調)。NECのTE710/KAWです。快調に使っていたのですが、昨日、購入したビックカメラから葉書で、「不具合のお知らせ」が届きました。フルセグチューナーがついていて、地デジが見られるのですが、その不具合とか(ワンセグは見られるものの、TV機能の設定不良によりフルセグでのTV視聴ができないのだそうです)。タブレットPCで地デジは見ませんので、気づいていませんでした。フルセグだけの不具合なら、そのまま放置しておいてもいいなと思っていますが、どうしたものでしょう?

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2021年4月26日 (月)

20210425「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第2回「伊勢朝日駅~近鉄富田駅」(その1)……橘守部生誕地遺跡、浄泉坊、西光寺、豊田一色道標、桜並木から多賀大社常夜燈へ

 4月25日の「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第2回「伊勢朝日駅~近鉄富田駅」の本編その1です。今回のハイキングは、桑名から伊勢神宮まで、10数回に分けて、歩いてお参りに行こうというもの。平成31(2019)年に近鉄ハイキングの企画で開催された「昔も今もお伊勢参り」(2020年1月2日:2019年近鉄ハイキング「昔も今もお伊勢参り」の記録)に再挑戦。4月9日に第1回として、桑名・七里の渡し跡から朝日町にある近鉄伊勢朝日駅まで歩きました(2021年4月 9日:20210409「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第1回「七里の渡し跡~近鉄伊勢朝日駅」その1……七里の渡し跡から七曲見附跡、2021年4月11日:20210409「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第1回「七里の渡し跡~近鉄伊勢朝日駅」その2……天武天皇社からゴールの伊勢朝日駅へ(完))。

Iseasahi0   第2回の今回は、近鉄伊勢朝日駅から朝日町を歩き、四日市へ。松寺、大矢知、蒔田を経て、近鉄富田駅までの6.9㎞を歩いてきました。この日のコース全体のマップ。伊勢朝日駅をスタート。駅の側にポケットパークがあり、そこに樹齢300年以上のエノキ。朝日町内で浄泉坊、西光寺など寺を周り、北勢バイパスの手前で多賀大社常夜燈。朝明川を越えると、四日市に入ります。そこに小公園。松寺の御厨神明社のあと、酒造会社を見つけ、行ったものの直売所は休み(残念)。松寺立場跡・輝子頌徳記念碑、蓮証寺、宝性寺、蒔田の御厨神明社へ。ここで小休止の後、長明寺、鏡ヶ池跡。さらに八風街道をちょっと冨田方向に道草して、田村寺。続いて、三光寺を出たところで、鳥居を見つけ、若宮八幡神社にも立ち寄り、冨田一里塚跡碑、八幡神社、行啓道路記念碑と進み、玉吉稲荷神社。ゴールの近鉄富田駅に向かっていたとき、大きな松の木を見つけ、またもや道草。そこは蓮光寺跡でした。

Iseasahi1  こちらは、詳細なコースマップその1。伊勢朝日駅から多賀大社常夜燈まで。朝日町は、小さな町ですが、見どころはいろいろあります。ただし、この日歩いた東海道筋には、橘守部生誕地遺跡、浄泉坊、西光寺、豊田一色道標、桜並木(昔は松並木)、多度大社常夜燈くらい。朝日町は、何回か歩きに来ています(たとえば、2020年12月11日:20201211勝手にJRさわやかウォーキング三重・朝日町へ……朝日町歴史博物館の「古文書から歴史をよみとく-江戸時代の朝日-」を見て、井後神社、善照寺、移田神社、井後神社旧址へ、2018年6月24日:20180624勝手に近鉄・三交バスハイキング「朝日町天神山、苗代神社、縄生廃寺跡から東海道を江場まで」)。ちなみに、朝日町という地名は、日本書紀に、天武天皇が壬申の乱のときに、この付近で朝日を拝んだという記述があるためだそうです。

Img_0791c_20210425165901   近鉄桑名駅を8時44分に出る四日市行き準急に乗車。スタートの伊勢朝日駅は、2駅目。8時52分に到着、¥210。伊勢朝日駅のホームは対面式で、駅舎も上下線が別にあります。下りの改札を出たすぐが、東海道。8時55分にスタート。

201022155014_3 Img_0796c_20210425165901  踏切を越えてじきにポケットパークがあります。と書きましたが、調べたら、改修されて令和2年4月から「語らいの広場」という名前に変わっていました(写真は、朝日町のサイトからお借りしました)。木陰がもう少しあるといいなとは思ったものの、よい公園です。この公園の南端には樹齢300年以上といわれるエノキがあります。このあたり、小向(おぶけ)にも、焼き蛤を売る茶屋があり、立場になっていたといいます。東海道中膝栗毛にも、小向や縄生(なお)の地名とともに、蛤が名物であることが出てきます。

Img_5871c_20210426131301  スタートから800mほど、ちょうど朝日町役場の北の東海道沿いに「橘守部生誕地遺跡」があります(写真は、2017年10月5日撮影:朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼)。橘守部(1781~1849年)は、江戸後期の国学者。17歳のとき、一家離散のため江戸に下り、20歳を過ぎてから学問を志したのですが、香川景樹、平田篤胤、伴信友とともに「天保の国学四大家」の一人に数えられるに至っています。ここの裏手にある町役場の敷地の一角に「橘守部翁生誕の地」の石碑が建っています。

Img_0805c_20210425165901Img_0836c_20210426132201  この遺跡からすぐ、朝日跨線橋東交差点の手前、西側に小向山浄泉坊(おぶけさんじょうせんぼう)。浄土真宗本願寺派のお寺。由来書きによれば、正治元年(1199)年、正治寺として小向御厨神明宮の別当寺として建てられました。当初は禅宗であったといいます。その後、愛洲宗貫が小向に城を構え、延元4(1339)年に朝明郡の地頭職に補せられ、伊勢守を名乗り、この寺を菩提寺にして愛洞山と称しました。寛正の頃(1460~1465年)、伊勢左衛門尉真弘のの末裔が出家して小向坊浄泉と言って、正治寺に住み、応仁元(1467)年、蓮如上人が関東から帰洛の際、その教化を受けたと言います。天正年間、沼木宗喜、飯田庄之助の城が寺院付近にあり、それを攻めた滝川一益の兵火にかかって焼失しました。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称し、寛永15(1638)年、西本願寺から木仏と寺号の公称を受けています。

Img_0808c_20210426132201  徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。

Img_0812c  ここは何度か訪ねたのですが、いつもすっかり失念して、見ていないところがあります(かといって、突然行っても見られないと思うのですが)。この寺の書院が、旧桑名城の三の丸御殿を移築したものだといわれているのです(西羽晃著「郷土誌を訪ねて」,pp.134~135)。

Img_0823c_20210426132201  境内には、「明治廿七八年戦役従軍者紀念碑(大迫尚敏書)」、「日露戦役従軍者記念碑(大山巌書)」「殉難之碑(と私には読めますが、かなりアヤシい)(靖国神社宮司 筑波藤麿為)」の3つの碑があります。大山元帥が揮毫したこういう碑、この地方でもかなりよく見ます。いったいどのくらい書かれたのでしょう。

Img_0839c Img_0842c_20210425165901  朝日跨線橋東交差点を渡ってさらに進み、スタートから1.2㎞のところに朝明山西光寺。真宗大谷派のお寺。確実な証跡はないものの、現存する絵像ご本尊の裏書きからは、明応5(1496)年に開基されたと考えられています。その後、貞享2(1685)年、大谷派に転じ現在に至ったといいます。現在の建物は、明治10~23年にかけて建立されたもの。

31a68bfc  このお寺、以前立ち寄ったときには、街道沿いに立派な松があり、松並木の名残かという気がしたのですが、この日は、松の木は見当たりませんでした。写真は、平成29(2017)年10月5日に撮ったもの(朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼)。一昨年の近鉄ハイキング「昔も今も伊勢参り」で通ったときも松はありました(2019年3月10日:20190310近鉄ハイキング「昔も今もお伊勢参り~旅1日目~東海道、旅人気分で七里の渡しから富田へ」……雨天決行にて「完」)。ちょっと残念な気がしつつ、歩き続けます。

Img_0846c_20210425165901 7ba5b98a  スタートから1.5㎞のところで、東海道は左折となります。そこに「東海道はこちらでござる」という看板。地元の方の手作りと思いますが、ありがたいご配慮。4年ほど前にみたものと違って、新しくなったなと思ったら、やはりそうでした(右の写真は、2017年11月9日に撮影:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(前編))。

D0a511fe  341a785e その先、1.8㎞あたりの道路脇に、見逃しそうな小さな道標があります。「豊田一色」への道を示しています。豊田一色は、川越町の地名。ここから南東側にあります。道標から、柿交差点のところまでは、現在は桜並木になっていますが(右の写真。ただし、これは2017年11月9日に撮影:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(前編))、明治の地図では、このあたりは、東海道の両側は水田だったようです。「ホントに歩く東海道」の解説には、「当時は民家は一軒もなかった。郷土資料「大矢知地区幕末・明治生まれの実話」には、「追い剥ぎ、辻切り、乞食」の出没する寂しい道だったとある」と書かれています。

Img_0854c  柿交差点の西に多賀大社常夜燈があります。弘化3(1846)年に、滋賀県の多賀大社から勧請して祀られた神社(現在は、井後(いじり)神社に合祀)の神殿前に建てられていたものといいます。元々は、東海道沿いにあったものでしたが、昭和46 (1971)年に街道から30m西の現在地に移転されています。「お多賀さんの灯籠」と親しまれ、かつては燈籠番が毎夜、火を灯していたそうです。ここは、伊勢湾岸自動車道や、北勢バイパスの高架のすぐ下。右手(西)には、鈴鹿の山並みがよく見えますが、今でも水田がたくさんあり、江戸時代などは、さみしいところだったと思われます。

Img_0861c_20210426173301 Img_0864c_20210425173201  柿交差点を渡り、伊勢湾岸自動車道&北勢バイパスの高架をくぐると、朝明橋で朝明川を渡ります。東征中の日本武尊が当地で夜明けを迎え、朝明川の水で口をすすいだことから川の名が付いた、とする伝承があります。右の写真は、朝明川の上流方向。鈴鹿の山並みも見えます。

 キリが良いので、その1は、朝日町内を歩いた、ここまで。その2では、四日市に入り、松寺、大矢知、蒔田と進みます。

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