散歩

2021年7月27日 (火)

猛暑の中、花菖蒲一輪

Img_5780c  今日は、仕事はありません。仕事がないというと、英気を養うということになるかと思うのですが、この暑さではなかなか難しい。結局、いつも通りの散歩(知恵がないというか、我ながら笑えます)。7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築町、吉津屋町、京町、寺町とちょうど6.0㎞。10時半に帰宅。歩き始めから暑いなと思ったのですが、7時にすでに29℃を越えていました。結局、最高気温は、34.8℃と今日もまた、ほぼ予報通りでした。

Img_6023c_20210727151801  季節はずれの珍しいものから。目を疑いました(笑)。間違いはありません、今日咲いていたものです。九華公園の奥平屋敷跡への入り口にある花菖蒲園で見つけました。花菖蒲は、早いと5月半ばに咲き始めますから、かなり時期がずれてしまっています。

Img_5793c_20210727151801 さて、住吉神社の前の高水敷で「ヘンな鳥」。と思ったのですが、よく見たらヒバリ。身繕いをしているようで、膨らんでいたので、「ヘンな鳥」に見えたのです。揖斐川沿いでは、夏でもヒバリを見ることがありますが、今日は久しぶりでした。最近、揖斐長良川の中洲からはオオヨシキリの鳴き声はほとんど聞こえなくなりました。

Img_5881c Img_5933c_20210727151801  散歩をしていても、相変わらずです。何が変わらないかというと、暑いのと、人がいないのと、鳥もいないことです(苦笑)。人がいないとはいえ、今日は、散歩友達でずいぶん久しぶりに会うご夫婦がありました。「毎日来てる?」「どっかよそへばっかり行ってない?」などと聞かれましたが、ちょっとタイミングがずれると、すれ違いということはよくあります。写真は、クマゼミですが、九華公園の中、あらゆるところで超大合唱。とくに賑やかなのは、奥平屋敷跡の九華すずめ食堂がある辺り。クマゼミの鳴き声が、頭上から矢のように降り注いでくる、という気がします。

Img_6001c  鳥はいません。今日、九華公園で見たのはスズメ、ムクドリ、ドバトとハクセキレイだけ。昨日は、ゴイサギがいたそうですが、今日はサギはまったくいません。カワセミも現れず。現れたのは、野菜をプレゼントして下さる方、お二人(微笑)。前管理人のOさんがキュウリを、公園の隣にお住まいのNさんがトマトとシシトウを、結構たくさんくださいました。何れもご自宅でつくっておられるもの。

Img_6095c_20210727151901  貝塚公園ではムクドリとキジバトがいたのみ。公園はまだ日陰もあり、風が通るところもありますが、町の中は暑い。人も歩いていません。京町Mのツバメの巣を見てきました。もうかなり成長していて、親ツバメと変わらないくらいの大きさ。姿もツバメらしくなっています。巣立ちは近い、という感じ。明日、明後日は仕事で散歩できません。その間に巣立ってしまうかも。

Img_6056c_20210727151901 Img_6046c_20210727151901  明日は、江戸橋での授業、前期最終回となります。カウンセリングが行われる領域、心理の資格そして授業のまとめの予定。授業の最後には、期末試験の予告をしますが、これが明日、最重要の内容。試験は、来週、8月第1週に実施予定。私が学生であった頃は、7月に入ると、前期の途中で夏休み。9月に再開。2回ほど授業をして、その後、期末試験でした。教員になってしばらくも同じやり方でしたが、いつの頃からか、夏休み前までに前期の期末試験まで済ませるようになりました。試験まで済ませた方が、学習効果は高いとは思うのですが、梅雨明けの猛暑の中では、学生たち、試験準備は大変でしょう。ムクゲの写真は九華公園の外周遊歩道の南にて。右の写真も九華公園で撮ったのですが、ヒルガオでしょうか。

| | | コメント (0)

2021年7月25日 (日)

九華公園にアオサギ

Img_5759c_20210725120701 正午に31.6℃ほどになっています。この分では、今日も33℃を越えるくらいになりそう。朝、家事を少し済ませ、8時過ぎから散歩。8時の気温は28℃ちょうど。いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園とまわり、内堀南公園、外堀、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と、今日は5.7㎞。ちょっとだけ控えておきました、というか、スタートが遅かっただけです(笑)。相変わらず、鳥も、散歩する人も少なくなっています。

Img_5603c_20210725120801 が、旅館山月の裏手でホオジロのオス。このあたりから三の丸水門付近によくいるホオジロのように思います。この暑いのに、木のてっぺんでさえずっていました。七里の渡し跡では、ハクセキレイ。若い個体です。

Img_5646c_20210725120801 九華公園について、鎮国守国神社の社務所裏で、今日も、一瞬だけカワセミを目撃。しかし、ビワの木の奥に入ってしまい、出て来ません。相撲場近くの堀にカルガモが1羽。このところ、カルガモさんが九華公園に戻って来ています。以前からずっといるカルガモさんのように思います。ミドリガメがよく甲羅干しをしている石の上から、何やら覗き込んでいるふうでした。肉眼では分からなかったのですが、カルガモの視線の先にあったのは、ミドリガメ。堀から頭を覗かせていたのです。

Img_5657c_20210725120801 奥平屋敷跡では、散歩友達のWさん、Mさん、前管理人のOさんに女性がお一人。今日は、コゲラは現れず。スズメとムクドリ、ハシボソガラスのみ。クマゼミは無限にいるように思えます。大合唱のはるかに上を行くくらいの大音量で、頭も耳も痛くなります。この女性、先日もお目にかかって話をしたのですが、野鳥に興味がおありのようで、いろいろと聞かれました。「カワセミがいた」というと、「見てきます」と。だんだんと仲間が増えてきます(微笑)。

Img_5680c_20210725120801  公園内を半周して、再び、相撲場の東の堀へ。カワセミは出て来ませんでしたが、社務所裏より南の木の上にアオサギがいるのを見つけました。肉眼では寝ているように見えたのですが、起きていました。ただし、何だか不機嫌そうな顔。かなり距離がありましたから、起こしてしまったということはないと思うのですが……。

Img_5705c_20210725122401 Img_5694c_20210725120801  九華公園の外周遊歩道の東へ行くと、アブラゼミが増えてきています。ただし、鳴き声はほとんど聞かれません。ニイニイゼミは今日も、姿を確認できず(一応、毎日、歩きながら探してはいるのですが……)。

Img_5711c Img_5722c_20210725120701  他の公園でもクマゼミの最盛期。9時を過ぎたら、鳥の姿はあまり見なくなる気がします。入江葭町にある「桑名港」の交差点で見上げた空。右は、京町Mのツバメの巣。ヒナ3羽は、今日も元気そうでした。

Img_5738c_20210725120701  10時頃、拙宅前の住吉入江に戻って来ました。いつものところで、小休止。ここでも、クマゼミはよく鳴いていて、うるさいくらい。

Img_5524c Img_5535c_20210725123401  ベランダ園芸の近況。アサガオは、2鉢とも葉っぱが青々として、ツルも伸びてきて、元気なのですが、つぼみはまだ。サギソウは、ちょっとアヤシいかも知れません。去年は、ちょうど今日、1輪咲いたのですが(2020年7月25日:サギソウが1輪咲きました)、今年は、まだつぼみと言えるものが見えてきません。伸びてきた茎も細い気がします。

Img_5729c_20210725123001  ところで、今週は、月、木と市役所の仕事で、終日缶詰めの予定。水曜日は、江戸橋での授業の最終回。授業とは別に期末試験がもう1回あります(8/4)。ということで、今週は、私にしては珍しく3日も仕事をします。週末は、伊勢詣りツアーの第6回に出かける予定。台風8号は、今のところ、関東地方を向いて進む見通しということで、ちょっと安心。オリンピックには影響があるかも知れませんね。

Img_5761c_20210725170501 Img_5770c_20210725170501 【追記】 夕方、16時過ぎから、久しぶりにメダカの水替え。100均で買ってきた食品保存容器、これまで4つあったのを3つに集約。春から夏にかけて、メダカの数が減ったためです。この他に樹脂製の睡蓮鉢が1つあります。今年は、卵は、ホテイアオイの根っこに産んであったものの、今のところ孵った様子はありません。以前は、卵を見つけると別の容器に移し替えていましたが、余りにも増えすぎますので、それは止めています。

| | | コメント (2)

2021年7月24日 (土)

今日のご褒美は、コゲラ

Img_5034c_20210724164501  今日も33℃となり、暑さが続いています。朝3時台から強い雨が降って、朝方は若干気温も低く、風もあったのですが、日が昇るにつれ、暑くなりました。7時15分から散歩開始。いつもの週末であれば、揖斐川の堤防を歩く人ももう少しいるのですが、暑いためか、散歩する人はいつも歩いている人くらい。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、吉津屋町、寺町からバロー桑名東店にある100均ショップに寄って帰宅。今日もたくさん歩きました。6.7㎞。

Img_5070c_20210724164501 Img_5095c_20210724164501  住吉神社の前から、揖斐川の下流を眺めたら、川口水門のところ(七里の渡し跡の入り口)にアオサギさん。最近は、どこかでアオサギを1羽は見られるようになりました。ただし、揖斐長良川の中洲からオオヨシキリの鳴き声は聞こえなくなってきています。三の丸水門のところで、ハクセキレイ。3羽ほどいましたが、これは若い個体のようです。

Img_5181c  九華公園には7時半に到着。昨日、カワセミを見られましたので、「二匹目のドジョウ」を狙ったのです。北門から入った堀のところで、カワセミが飛ぶのが見えたのですが、どこへ行ったか見失ってしまい、失敗。このあと、公園内を半周して、再度、見に来てしばらく粘ったのですが、今日は再登場はなし。

Img_5218c_20210724164401 Img_5425c_20210724164401  しかし、よいこともありました。奥平屋敷跡では、コゲラが久しぶりに登場。ここの西側エリアにある木にコゲラが開けたような穴がありましたので、来ていると思っていたのですが、なかなか確認できませんでした。コゲラは2羽。左右の写真、同じ個体なのか、別個体なのかちょっと判別できていませんが、2羽同時にいるのを確認しています。どちらも熱心にエサ探しをしていました。

Img_5163c_20210724164501  九華公園で他には、スズメ、ドバト、ムクドリ、ハシボソガラスなど。一瞬カワラヒワらしき鳥も見たのですが、はっきりとはせず。散歩友達のWさんが「頬が黄色くて、スズメよりかなり大きい鳥がいたぞ」とおっしゃるのですが、私が行ったときにはおらず、何であるかは不明。

Img_5454c_20210724164401  貝塚公園。写真は、南側のエリアにある四阿。ちょっと小高いところにあります。秋から春先は、ここに座って、鳥が来ないか、観察する場所にしています。今日は、ムクドリしかいません。ここでもよく出会う、散歩友達のSさん。しばし歓談。内堀公園では、スズメ。

Img_5464c Img_5476c_20210724164401  京町Mのツバメの巣。いつもヒナが元気でいることを確認するだけでしたが、今日はちょうど親ツバメが餌を運んでくるところに遭遇。去年の記録を見ていたら、今時分、京町Sの巣でもヒナがいました(2020年7月26日:ヒマワリは、青空のもとで見たい)。

Img_5505c_20210724164401 Img_5513c_20210724164401  バロー桑名東店。我が家のすぐ北にあります。徒歩5分ですが、よほどの用がなければ行きません(^_^) 園芸用の「ふるい」が欲しかったのです。もっとも園芸用に使うのでなく、メダカの水槽を掃除したときにゴミを漉し採るのに流用しています。よくよく思い出してみれば、前回もここのWattsで買ったのでした(苦笑)。無事にゲット。

Img_5208c_20210724164401  それにしても、毎年の事ながら、梅雨明けのあと、しばらくの暑いこと。ゴイサギ、アオサギが九華公園に戻って来てくれると、もう少しモチベーションが上がると思うのですが……。来週は、台風8号が来るかも知れないとか。来週は、市役所の仕事が2日、江戸橋での仕事が1日ありますので、天候が気になります。そうそう、六華苑の早朝庭園無料公開、今の時期、私にはとくに見るところはないかという気がしてきました。

| | | コメント (0)

2021年7月23日 (金)

修行に励んでいます……その成果はカワセミの写真

Img_4655c  連休2日目、スポーツの日だそうです。今日も暑くなっています。最高気温は、33.4℃。このところ、毎日これくらいの暑さです。いつものことですが、今時分の散歩は、まさに修行です(苦笑)。その修行、今朝も7時半から開始。この時間たぶんすでに28℃。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築町からアピタ桑名店(100均ショップへ)、再び新築町から、吉津屋町を通って京町へ。寺町商店街は三八市でしたから、東側の寺町堀沿いを通って帰宅。6.8㎞。アピタへ行ったので、かなり歩きました。

Img_4917c_20210723144901  お陰様で、今日、修行の成果が早速現れました。九華公園で久しぶりに、カワセミをバッチリ見られたのです。九華公園に着いたときも、飛んでいるのを見て、遠くに豆粒くらいの大きさで写っている写真を撮ったのですが、幸いなことに、公園を半周して、再び、鎮国守国神社の社務所裏へ出ようとしたら、目の前にカワセミ嬢がいたのです。7月に入ってから2回ほど、カワセミの姿は見ていたのですが、写真には撮れずにいました。

Img_4634c_20210723145001 Img_4663c_20210723145001  さて、散歩の初めに戻って。枝かぶりではありますが、カワラヒワ。散歩に出てすぐ、諸戸氏庭園前の桜並木にて。最近、このあたりでは鳥を見なかったので、つい嬉しくて。さらに、住吉水門のところでは、アオサギさん。写真には入れませんでしたが、向かって右にはカワウもいました。

Img_4691c_20210723145001  蟠龍櫓の東では、ホオジロのオス。船津屋さんの裏手から、三の丸水門あたりでときどき、ホオジロのオスを見ます。同じ個体のように思えます。

Img_4824c_20210723144901 Img_4800c_20210723144901  九華公園に到着したのは8時前。上述のようにチラッとカワセミを見ましたので、しばらく探したのですが、どこへ行ったか分からなくなりました。奥平屋敷跡で、散歩友達のオールスターミーティング(苦笑)。Wさん、Mさん、Yさんと、前管理人Oさん。他に用事がなければ、ほぼ毎日来園。今日は、シルバーの皆さんが草刈りなどをする日で、Mrさん、Mkさんも。「暑いと、さすがに鳥は来ないねぇ」「スズメだけだ」などなど。Oさんが九華すずめ食堂に餌をやるのが、今のところ、ここでの楽しみ。もうそろそろ、アオサギや、ゴイサギが戻ってくると思います。

Img_4809c_20210723144901  九華すずめ食堂支店。Oさんが、「最近、誰かがパンを置いていってる」とおっしゃるので、見たらこんな風に置いてありました。餌台の横側の桟のところに細かくちぎったパンが置いてあるのです。

Img_4762c_20210723144901  奥平屋敷跡にあるハギ。少しだけ花が咲いています。毎年梅雨明けの頃や、8月頃にチラホラ咲いています。公園内は、木も多いので木陰がたくさんあります。また、堀がありますから、風が通るところが何ヶ所もあります。ただ、最近、散歩する人は少なく、ほとんどが毎日歩きに来る人だけ。この猛暑では、歩き慣れていないと体調を崩すこと必至です。

Img_4828c_20210723144901  九華公園に隣接して、市民プールがあります。去年は営業していなかったと思いますが、今シーズンは営業中。ただし、新型コロナウィルスの影響で7月21日から8月31日までだそうです。写真は、営業が始まる直前に撮りました。スタッフの方の姿があるのみですが、公園を通ってプールに行くと思われる子どもたちが少しいました。

Img_4957c_20210723144901 Img_4965c  貝塚公園、内堀公園では鳥はおらず。クマゼミが鳴いているのみ。貝塚公園では、散歩友達お二人に遭遇、しばし歓談。アピタ桑名店では、100均ショップで欲しいものがあったのですが、ここには置いてありませんでした。新光堂書店も覗きましたが、こちらでもめぼしいものはなし。昔は、文藝春秋など総合雑誌を読んだのですが、最近はすっかりご無沙汰。雑誌も、あまりおもしろいと思うものはなくなりました。ただし、雑誌そのものの要因だけではなく、私の方の興味、関心その他の影響も大なのでしょう。連休中でしたが、アピタはいつもの平日くらいの混雑。

Img_4977c_20210723144901  京町Mのツバメの巣。ヒナ3羽は、かなりツバメらしくなってきていました。孵った時期から考えると、巣立ちまでにはまだ1週間くらいあると思います。

Img_4952c_20210723144901 Img_5002c_20210723144801  ところで、九華公園では、アブラゼミを発見。ただし、鳴き声はほとんど聞かれません。現時点では、クマゼミの天下というか、クマゼミが制覇しているというか。奥平屋敷の一角に行くと、耳が痛いくらいたくさんのクマゼミが鳴いています。

Img_4679c_20210723145001  ちょっとだけ余談。今晩、東京オリンピックは開会式だそうですが、組織委員会の一部理事が、五輪開会式の中止や規模縮小を求める意見を武藤敏郎事務総長に伝えていたというニュースが流れています(こちら)。いやぁ、実にいろいろとあります。J-CASTニュースでは、“東京五輪「トラブル年表」”という記事をまとめており、「迷走だらけの8年」というサブタイトルをつけています。個人の過去の不始末に言及するのは、どうかと思いますが、武藤事務総長は、大蔵省時代の1998年、大蔵省接待汚職事件、通称「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」で官房長として対処に当たったのですが、調査が身内に甘く、トラブってしまい、いったんは降格処分を受けた方。後出しじゃんけんのようなことをいって恐縮ですが、私自身は、武藤さんが組織委員会の事務総長になったと聞いたとき、これを思い出して、大丈夫かよぉ?と思ったことを覚えています。それにしても、諸々あり過ぎて、選手の皆さんがお気の毒。

| | | コメント (2)

2021年7月22日 (木)

大暑の今日は、撮り鉄……近鉄12200系特急

Img_4534c_20210722153101  今日7月22日は、二十四節気では「大暑」です。夏至を過ぎて約30日で、夏の暑さが頂上に達する夏の盛りのころという意味です。今から、立秋(今年は、8月7日)までが暑さのピーク。今日も最高気温は、33℃。しかし、まったく余計な話ですが、この猛暑の時期によくオリンピックを開催することにしたものです。今回の東京オリンピック、あれこれ、いろいろとあってグダグダになってしまっています。オリンピックについて書き始めると長くなりますから、止めておきますが、IOCのバッハ会長は今さらながら掌返しのようなことを言い始めていますし(たとえば、こちら)、リオでマリオの扮装までして盛り上げていた安倍さんは開会式に参加しないそうです(こちら)。最後まで責任を持てよ、と思います。

Img_4319c_20210722153501 Img_4325c_20210722153201  さて、今日の散歩は、いつもと趣向をまったく一新(とまでは行っていませんが)。撮り鉄もどき(笑)。上之輪新田まで出かけて行きました。しかし、家を出る頃は雲も少しあったのに、現地では、右の写真のようによく晴れていました。新田ですので、日陰はまったくありません(苦笑)。撮り鉄といっても、左の写真のような電車を撮りに行ったのではありません。

Img_4378c_20210722153201 12200_20210722153101  目的は、こちら。「何だ、近鉄特急か」とおっしゃるかも知れません。しかし、ただの近鉄特急ではありません(俄仕込みの知識ですから、間違っているかも知れませんが)。これは、近鉄12200系(新スナックカー)という「名車」。は昭和44年から8年間にわたって製造し、近鉄特急車の中では最多の166両の車両群でした。「でした」と書きましたが、実は惜しまれつつ、今年2月で定期運行からは引退しています(たとえばこちら)。私も現役時代には、何度も乗り、ずいぶんお世話になりました。3月以降は、臨時列車、運転体験などのイベントがあったのですが、いよいよ8月7日に本当のラストランを迎えるそうです。近鉄のFacebookから右の企画を見つけ、名古屋線を走るというので、写真を撮ってこようと思った次第。

Img_4383c_20210722153301  現地には、8時40分頃到着。右上の画像にありますように、今日はまず、名古屋8時36分発の賢島往き特急として運用されます。この電車、桑名発は8時56分となっていますので、上之輪新田あたりを通るのは、8時50分過ぎ。予測していなかったのですが(このあたりが、俄鉄ちゃんの悲しさ)、名古屋行きのひのとりとちょうどすれ違うところが見られました。これには、大喜び。

Img_4390c_20210722153301 Img_4401c_20210722153301  私以外に5組ほど、写真を撮りに来た方がいらっしゃいました。線路にはもっと近づけ、さらに迫力のある写真も撮れるのですが、私は少し離れたところから撮っていました。この1時間あとにもう1本、賢島往き特急として走る予定ですが、この炎天下で1時間待ちをしたら、熱中症間違いなし。不要不急の存在であるジジイが世間様に迷惑をかけてはいけませんので、これにて撤退。まだまだ撮影のチャンスは残されていますし。

Img_4332c_20210722155201 Img_4356c_20210722153201  ちなみに、練習のためアーバンライナーの写真や、セントレアに向かっていたANAのジェット機の写真を撮ったりもしてきました(飛行機撮影がなぜ練習になるのか?)。

Img_4527c_20210722153301  ちなみにのあとに、余談。帰宅途中、東方にある大きな眼科病院の前を通っていたら、その敷地の向こうに大阪行きのひのとりが通過して行くのが見えました。向かって左が大阪方面ですので、最後部の写真。

Img_4444c_20210722155701 Img_4509c_20210722153101  往きはあるところまで娘に乗せていって貰い、帰りは上之輪新田から歩いてきました。住所でいうと、播磨、福島、東方のあたり。左は、上之輪神社。ここでいったん休憩。日陰があるから(笑)。このあと、沢南橋で鳥がいないか見たものの、さすがに何もいません。

Img_4452c_20210722155901 Img_4501c_20210722153101  鳥はいなかったものの、ハグロトンボが数羽いました。沢南橋と、そのすぐ上流の人自転車専用橋の間です。あまりよく撮れた写真ではありません。このハグロトンボも、チョウのようにヒラヒラと飛ぶトンボです。オスの胴体は金緑色に輝き、キラキラしてとてもきれいです。メスは全身黒。

Img_4547c_20210722160201 Img_4559c_20210722153101  沢南橋からエディオン、三洋堂書店の間を南下。昔はよく散歩に来たあたりですが、東方と福島の境あたりを歩いてきました。大橋通一丁目で、お地蔵さん。修徳小学校の北で桑名運河に行き当たります。この運河は、昭和初期に、桑名駅で降ろした木材を福島まで運ぶために、材木商組合が掘削したものだそうです。以前ここでも何度かカワセミを見たことがあります。

Img_4563c_20210722153101 Img_4567c_20210722153101  修徳小学校。小中高校は、昨日から夏休み。コロナでなければ、子どもたちが元気に遊び回っているのでしょうが、今日はどこを歩いていても、部活に行くらしい中学生は見かけても、小学生の姿はありません。小学校の少し南に畷公園。我が家の近くに美濃街道と八丁畷との追分があります(美濃街道は、もっとも最近では、今年2月27日に歩いています(20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完))が、リンク先の記事に、この追分や八丁畷への言及があります。ここ畷公園は、たぶん八丁畷に近いため、このように命名したと思っています(推測ですから確かではありません)。昔は、こんなにマンションに囲まれてはいませんでした。最近、桑名駅の東口は、マンションがたくさん建ち並んでいます。

Img_4604c_20210722153101 Img_4608c_20210722161001  畷公園で一休みしてから、国道1号線に出ます。1号線の参宮町交差点を渡って、珍しく10時前に帰宅。ですが、恒例により、拙宅前の住吉入江沿いのベンチでも小休止。今日歩いたのは、4.7㎞とやや短め。しかし、大暑だけに暑かったこと。世の中、4連休中です。六華苑では、この4連休の間、早朝庭園無料開放をしています(朝7時半~8時半)。それにも行きたいと思っていますし、博物館の「神社の来歴ー棟札を中心とした長島八幡神社のご神宝ー」展も見に行きたいと、暑い中あれこれ、考えています。夏休みを迎えた子どものようで、お恥ずかしい気もしますが……。

 猛暑の時期故に、皆様もご自愛のほど、お祈り申し上げます。

| | | コメント (2)

2021年7月20日 (火)

今日も暑い……アオサギが1羽いて救われた感じ

Img_3936c_20210720121101  正午までに32℃を越えました。今日も真夏日。テレビでは、「全国的に危険な暑さになる」といっています。三重県では、今日は熱中症警戒アラートは出ていませんが、暑かったです。いつものように7時半から散歩。この時点ですでに28℃。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、寺町商店街と5.5㎞。暑かったので歩く距離を少し控えたつもりでしたが、昨日とさほど変わりませんでした。

Img_3947c_20210720121101 Img_4006c_20210720121101  九華公園までの途中、鳥はほとんどいません。揖斐長良川の中洲からも、オオヨシキリの鳴き声は聞こえてきません。見たのは、わずかなスズメとドバト、ムクドリくらい。どこも、クマゼミが主役。耳どころか、頭が痛くなるほどたくさん鳴いているところもいます。

Img_3976c_20210720121101  九華公園では、アオサギさんが1羽。管理事務所南の花菖蒲園の西側にひっそりと佇んでいました。危うく見逃すところ。アブナイ、アブナイ。散歩&鳥見友達のYさんが教えてくださいました。朝から暑かったのですが、このアオサギさんがいてくれて、救われた感じです(微笑)。

Img_4114c_20210720121101  奥平屋敷跡、小1時間いたものの、やって来たのは、スズメばかり。しかもいつもよりはるかに少ないのです。九華すずめ食堂は、Oさんが餌を置くと、間髪を入れずスズメがやって来たものの、いつもよりお客の数は少ない印象。半分くらいかと思います。

Img_4048c_20210720121101 Img_4085c_20210720121101  やむなく鳥小屋を眺めていたら、まずは、巣箱からヒナが顔を出しているのを確認。もう一つは、いつぞや、鳥小屋の中にいる野を見つけたクマゼミ。今日もまだいました。鳴かないので、やはりメスと思われます。右の写真なら、鳥小屋の中にいるのが分かります。

Img_4156c_20210720121101 Img_4170c_20210720121101  鎮国守国神社は、やはり昨日16時から茅の輪くぐりでした。左、右、左と回ってから拝殿に向かい、祓え串を捧げてからお祓いを受けると書かれています。6月28日に春日さんで茅の輪くぐりはして来ましたが(2021年6月28日:春日さんで「夏越しの大祓」……「九華すずめ食堂」本店は大賑わい)、念のためもう一度、鎮国さんでもくぐってきました(別に悪いことを人よりたくさんやってきたということはありません)。

Img_4212c_20210720121001  このあと、貝塚公園では、カワラヒワのヒナらしき姿を見たものの、写真は撮れず。公園は今日も、どこもクマゼミの天下。先日も書きましたが、ニイニイゼミを探しているものの、まだ見てはいません。写真は、京町Mのツバメの巣のヒナ。3羽しかいないように見えます。4羽いたはずなのに。

Img_4217c_20210720121001 Img_4236c_20210720121001  住吉入江でスズメのヒナ。1羽だけでいましたから、もう自立したのでしょう。拙宅マンション前の電線にはカワラヒワが2羽。毎年この時期は、鳥がいないのは分かってはいるものの、やはり何となく張り合いがありません(笑)。修行だけに励むのもよいのですが、今日のアオサギさんのように救いの神がいてほしいもの。

Img_4188c_20210720121101  明日は、江戸橋での仕事。梅雨が明けましたから天気はよいでしょうが、明日も暑いでしょうねぇ。皆様も気をつけましょう。

| | | コメント (2)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その3)……神戸の町を歩いて、鈴鹿市駅へゴール(完)

210717oiwake5  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回、その3です。その2では、鈴鹿市に入り、高岡町を歩いてきました。階段付常夜燈や、神戸見附跡を見て、神戸の町に入りました。「神戸」は「かんべ」と読みます。詳細なコースマップは、その5。ご覧いただいてお分かりのように、ゴールに設定した鈴鹿市駅はすぐ近くですが、ちょっと通り越して、札の辻などを見てからゴール。マップでいうと、札の辻などがある三叉路で伊勢街道は左折(東へ)。次の安倍歯科のところで街道は右折しますが、この日の伊勢街道歩きはここまで。

Img_3283c_20210719042901  旅館加美亭の先は、神戸の古くからの町。古いものがいろいろと目に入ってきます。左は、桑名の町でも見る「祭車庫」。常磐町祭車庫とありました。ここ神戸にも石取祭があります(神戸石取祭)。その歴史は明治30(1897)年頃、常盤町・北萱町・南萱町(橋北三町)が、石取祭発祥の地である桑名より祭車を譲り受け、それまで行われていた夏祭とあわせ、祭車を曳き石取祭へと変遷したものと伝えられています。神館飯野高市本多神社(神戸宗社;鈴鹿市神戸2丁目)のお祭りとして挙行されます。ちなみに、この神舘飯野高市本多神社は、倭姫命ゆかりの神社で、ご巡幸の折、この地にしばらく滞在されたといいます。それが、「神舘」という名前に残っているのでしょう。

Img_3286c_20210719042901  その先で、古い看板や、昔のクーラーの室外機を見つけました。ペプシコーラやコカコーラの看板があります。「セーフガード」の広告看板には、「ひと息に、ヘルシー」と書かれていますし、「あゝ 未知の味。」とあるのは、100円販売機でお馴染み、チェリオのスウィーティー。室外機、これはまだエアコンではなく、クーラー(要するに冷やす専用)のものと思います。

Img_3289c_20210719042901 Img_3292c_20210719042901  さらに、軒先の瓦屋根。しかも、粘土瓦を使い、土葺がされています。昔は、これが普通だったのですが、今となっては珍しい。瓦屋根はずいぶん減ってしまいましたし、今、屋根を瓦で葺くとしても、防水シートを敷いて、薄くて軽い瓦を載せます。また、ガルバリウム鋼板を使った金属製の屋根もあります。右は乳母車。今でも保育園での散歩に子どもたちが乗っているところを見かけますが、一般的には見なくなりました。

Img_3299c_20210719053201  近鉄鈴鹿線の踏切を越えたところに「ナショナル」の看板。今はPanasonicブランドになっていますが、その昔は松下電器/松下電工でした。

Img_3303c_20210717171301 Img_3307c  ナショナルの看板があったところの手前、7.5㎞地点で近鉄鈴鹿線を越えています。その先に大橋。神戸小学校のすぐ東で、六郷川という小さい川を渡る橋です。このあたりは、かつては神戸藩士の水練場であったといいます。今では、こんなところで泳げたのか、という気がするくらいです。しかし、これは現代のわれわれの感想に過ぎません。ここはまた、蛍の名所でもあったそうです。

Img_3325c_20210717171301  大橋から200m、札の辻が見えてきます。江戸時代には、高札場があったところ。油伊(あぶい)旅館がありますが、その手前に里程標と道路元標があります。

Img_3334c_20210717171301 Img_3338c_20210719061201  里程標には、「大正三年拾壱月 三重縣」、「日永村へ 壱里貳拾町拾六間  白子町へ 壱里貳拾貳町四拾四間  神戸町」、「距 津市元標五里参拾四町拾七間」、「距 三重縣桑名郡長島村大字押付管轄境七里参拾壱町五拾間」とあります。また、里程標の手前にあるのが、「神戸町道路元標」で、大正3(1914)年の建立。

Img_3354c_20210717185801  油伊旅館も営業しています。築150年。素泊まりは¥4,000~だそうです。3年前に内装と水回りのリフォームを終えているといいます。先ほどの加美亭といい、この油伊旅館といい、こういうところに一度は泊まってみたいものです。

Img_3351c_20210719061301 Img_3348c_20210719061301  油伊旅館にも、いろいろ昔のものが残っていました。「松竹 東宝○○」「上映中」「次週上映」という文字が読めます。昔の映画館の看板がかかったのだと思います。

Img_3370c_20210719061601  軒下を見上げると、電線。実家の昔の家でも、こういう風に配線してありました。プラスとマイナスと別々の電線がこのように平行に、碍子を使って走っていたのです。

Img_3386c_20210717171301  この日の伊勢街道歩きは、油伊旅館の東の三叉路まで。伊勢街道は、マップで安倍歯科とあるところで右折して南に向かいます。ゴールに設定した近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅に向かいます。と書きましたが、実は、昼食を摂るところを探して、若干ウロウロしました(苦笑)。予め調べて行ったものの、行列ができていたり、店に入ったものの店の方がいなかったり(^_^)。近鉄ハイキングで来たときに入った喫茶店は、営業していませんでした(休業や閉店ではなさそうでしたが)。ウロウロした挙げ句、結局、駅横ファミマで軽食をゲットし、イートイン(神戸見附跡で休憩したときに、おやつをかなり食べたのです……爆)。一応、近鉄鈴鹿市駅には13時15分頃到着。30分の休憩を含め、3時間35分ほどで8.0㎞を歩いてきました。

Img_3383c_20210717171301 Img_3397c_20210717171301  電車は、13時38分発の伊勢若松行きに乗車。伊勢若松に13時42分着。ここで名古屋線の急行に乗り換え。名古屋行き急行は、13時55分。待ち時間がそれなりにありますが、まあ遊びに来ていますから、気になりません。桑名駅には、14時22分に到着。¥500。左の写真は鈴鹿市駅の改札、右は乗り換えた伊勢若松駅のホーム。

Img_3411c_20210717171301  この日の歩数。スマホのALKOOのデータでは、20,145歩。20,000歩越えは久しぶり。よく歩きました。あすなろう追分駅から近鉄鈴鹿市駅までが8.0㎞、自宅から桑名駅往復が2.2㎞。合計10.2㎞を歩いたという次第。暑くなって大丈夫かとちょっと心配しましたが、日頃の修行の成果はあるようです。

| | | コメント (0)

2021年7月19日 (月)

鎮国守国神社の夏越しの大祓は、今日でした

Img_3870c_20210719145901  今日も暑くなっています。15時までの時点で、最高気温は、33.3℃。朝は、いつものように7時半から散歩を始めたのですが、その頃にはすでに28℃近く。風もなく、歩き始めてしばらくがもっとも蒸し暑い気がしました。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町から新築公園、京町、吉津屋町に戻って、定休日の寺町商店街を通過して帰宅。5.6㎞。いったん帰ったあと、駅前で用事を済ませ、ついでに三洋堂書店桑名店へ。先日、アピタの新光堂書店で買えなかった文庫本その他をゲット。冒頭の写真は、散歩途中、吉津屋町あたりで見上げた空。

Img_3851c_20210719145901 Img_3832c  昨日、鎮国守国神社に茅の輪が設置され、祓え串を氏子の方のお宅に配っていたと書きました(鎮国守国神社に茅の輪)。いつもの例に倣って、夏越しの大祓は明日・7月20日と書いてしまいましたが、散歩友達で神社係をしているYさんに今朝伺ったら、今日の午後が夏越しの大祓だそうでした。お詫びして訂正します(微苦笑)。朝、すでに祓え串が何本か納めてありました。いつもの例なら、16時から御神事。今日は暑いので大変でしょう。

Img_3672c_20210719145901 Img_3703c_20210719151201  さて、7時半にはすっかり夏の空。左の写真は、住吉神社の少し南から見た、長良川河口堰方面。手前の川は揖斐川。野鳥は、ほとんどいません。これもいつものことではあるものの、ちょっと寂しい。変わって、今の時期の主人公は、クマゼミ。あちこちで大合唱。先日も、クマゼミが鳴いているところで電話を受けたら、話ができませんでした(爆)。

Img_3713c_20210719151401 九華公園について、北門近くの堀をしばし覗き込んできました。これらは、たぶんボラの子ども。堀を覗き込んだのは、昨日、前管理人のKさんが、テナガエビがいるとおっしゃったから。しかし、昨日も、今日もまだ見つけられません。堀の周りには、シオカラトンボの他、ウチワヤンマがたくさん飛んでいます。サギは、先日以来見ていません。

Img_3793c_20210719151901 Img_3745c_20210719151901  奥平屋敷跡など、公園内では、スズメ、ドバト、ムクドリを少し見るだけ。本丸跡でチラリとカワラヒワを見られました。しばし待っても、鳥は現れず。九華すずめ食堂へのお客もいつもより少ない気がします。奥平屋敷跡にあるハギは、チラホラ花がついています。

Img_3860c_20210719145901  堀には、カワウが1羽。暑そうです。口を開けて、のどをブルブルと震わせていました。今日も、カルガモがいたという情報もあったのですが、私は見られず。

Img_3865c  貝塚公園、内堀南公園、新築公園ではほとんどクマゼミのみ。鳥は見当たらず。ヒマワリは、九華公園の南にあるお宅で、プランターに植えられていました。

Img_3874c_20210719145901  京町Mのツバメの巣も見てきました。ヒナは4羽とも元気そうでした。ツバメの巣は、車庫の上にあるので日陰ですが、これを見られるのは、旧東海道からで、日陰なし。親ツバメが来るのを待つという元気はありません。暑すぎます(苦笑)。

Img_3887c  それにしても暑い。散歩していても出遭うのは、いつもいつも、毎日毎日歩いている散歩友達か、顔見知りの人ばかりです。この暑さでは、たまに歩こうとか、いきなり歩こうという方には、散歩はとても勧められません。ある程度修行を積んだ方であれば大丈夫でしょうが……。三重県にも、今日は、「熱中症警戒アラート」が出ておりますので、所要&買い物の後は、エアコンが効いた室内で過ごしています。

| | | コメント (0)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その2)……鈴鹿市に入り、階段付常夜燈や神戸見附跡を訪ねる

210717oiwake3 Img_3146c  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回その2です。その1では、四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、内部川を渡って、河原田の町を歩きました。光明山常超院の先で、鈴鹿市に入ります。常超院は県道103号線沿い。そのまま県道を進み善誓寺に立ち寄ったあと、伊勢街道に戻ります。鈴鹿市高岡町を進んでいます。高岡城址にある高岡神社と大福田寺にも行こうと思ったものの、かなり長い階段が見えて、断念。関西線沿いの常夜燈、鈴鹿川を高岡橋で渡って階段付常夜灯へというのが、詳細なコースマップその3。

Img_3150c_20210717171201 Img_3154c_20210717171201  鈴鹿に入って最初の立ち寄り先は、善誓寺。臨済宗妙心寺派のお寺。近鉄ハイキングの時にも立ち寄ったのですが、記事では言及していません(2019年4月11日:20190411近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅3日目~東海道、旅人気分で四日市宿から伊勢路へ」(予告編))。平成30(2018)年の台風21号で大きな被害を受けたようで、山門、本堂、鐘楼とも立ち入らないようにという注意書きがありました。由緒のあるお寺と思うのですが、荒れているのはとても残念。ネット検索では詳しい情報は出て来ません。

Img_3162c_20210717171201  善誓寺の先では、JR関西線沿いを歩きます。この北にJR河原田駅があります。この駅で、関西線と伊勢鉄道線が別れ、伊勢街道は2つの路線の間を進んでいます。ちょうど、伊勢鉄道線を名古屋行きの快速みえが走っていきました。伊勢鉄道は河原田から津までの路線。関西線の名古屋方面と紀勢本線の津以南を短絡するため、昭和48(1973)年9月に国鉄伊勢線として開業したのですが、昭和62(1987)年3月から第三セクター「伊勢鉄道」に継承されています。特急「南紀」や快速「みえ」がここを通っています。

Img_3164c_20210718194501  関西線沿いに右手に「大泉源之助翁彰功碑」があります。これについてネットで検索すると、「大泉式稲作法(大泉源之助著、大正8(1919年、神戸町(三重県)」という本が出て来ました(こちら)。この著者の顕彰碑かと思うものの、確証はありません。

Img_3171c_20210718194901 Img_3178  県道103号線をくぐったところに高岡神社の社号標。その西、JR関西線の踏切の手間に、高岡神社の一の鳥居。大福田寺(臨済宗東福寺派)、高岡神社に立ち寄ろうと思ったものの、河原田神社と同じく、かなり階段を登っていかないといけないことが判明。断念しました(苦笑)。ここは、高岡城址。高岡城は神戸城の北の支城として築かれた城で、神戸城主・神戸友盛の家老、山路弾正種常が城主をつとめ、永禄10(1567)年と翌年の2度にわたって北伊勢に侵攻してきた織田信長の軍勢に攻められたものの、落城しませんでした。その後、三男・織田信孝の養子を条件に両者は和睦しました。その後、謀反の企てなどがあったのですが、失敗に終わり、信孝の異母兄弟にあたる小島兵部が城主となっています。本能寺の変後に、信孝が岐阜城主になると兵部は神戸城へ移り、廃城となり、現在は、城址の一部が「高岡城跡公園」として整備されており、わずかに土塁や空掘が残っているといいます。

Img_3181c_20210718195301  その先、JR関西線沿いに常夜燈が見えます。これは、寛政11(1799)年に建立されたもの。このあと渡る高岡橋の北詰にあったもののようで、江戸から寄進されたと伝わっています。

Img_3192c_20210717171201 Img_3199c_20210718195501  高岡橋で鈴鹿川を渡ります。江戸時代には、この高岡橋あたりは、嘉永6(1853)年に無銭渡しの木橋がかけられるまでは、橋はなく、大変不便であったといいます。橋は、現在の高岡橋よりも少し西(上流側)にあったようです。ほとんど余談ですが、高岡神社の一の鳥居当たりから、この高岡橋を渡ったところまでは、ウグイスがたくさんいて、あちこちで鳴いていました。右の写真は、高岡橋の下流側。

Img_3213c_20210717171201 Img_3202c_20210717171201  高岡橋を渡って、スタートから5.5㎞ほどのところに常夜燈。この常夜燈には、点火用の階段がついています。「太神宮常夜燈」「国土安穏」などと刻まれています。文化4(1807)年の建立。点火用の階段がついた常夜燈は、ここでしか見た記憶がありません。階段部分は傷んでしまったようで、平成11(1999)年に修復されています。「平成十一年十月吉日修復 大泉源之」とありました。平成の世の中になっても、こういうものを修復してくださる奇特な方がいたんだと感激しました。

Img_1390c  これを書いていて、思いついたのですが、先の顕彰碑は「大泉源之助」さんのもの。同じ名字ということは、修復した「大泉源之」さんは、「大泉源之助」の子孫なのでしょうか?(勝手な推測で、たまたま同じ名字の他人かも知れません)。この写真は、平成31(2019)年4月11日の撮影。

Img_3219c_20210717171201 Img_3231c_20210717171301  常夜燈のところから下って、高岡の町に入っていきます。「みえの歴史街道」の伊勢街道のマップの説明には、このあたりは「古代条里制の面影が残り、一直線に進んでいる」という説明があります。条里制とは、7~8世紀頃、全国的に平野部を区画した地割のこと。幅六町(約654メートル)の直交する条と里(り)によって、大区画を作り、これで囲まれた正方形の各辺を六等分した幅一町の線で面積を36等分します。この一辺一町の小区画が面積一町で、これをさらに長地形、半折形に10等分して一段になります。

210717oiwake4  詳細なコースマップはその4。十宮に入ると常夜燈があり、7㎞を過ぎたところには、神戸見附跡。その東に阿自賀神社社号標、すぐのところに旅館加美亭があります。

Img_3237c  スタートから6.6㎞、十宮(とみや)に入ったところに常夜燈。文化14(1817)年に建立されたもの。大正9(1920)年に再建されています。十宮村三軒屋の入り口にあります。ここで、同行のK氏が、「常夜燈の内側はどうなっているんだろう?」といいます。確かに、疑問。この記事を書くに当たって、ネットでいろいろと調べて見たら、台座のところは、外側は石が並べられていますが、もともとは砂が詰められているようでした(たとえば、常夜燈の据付直し工事 | 山本石材の近状報告ブログ)。現代、修理するときは、台座の内部はコンクリートで埋め、石の継ぎ目はボンドで貼り付け、目地はモルタル仕上げになるようです。

Img_3242c_20210717171301 Img_3245c_20210718202101  神戸(かんべ)見附跡。伊勢街道の両側に土塁と石垣を築いたものが残っています。ここが神戸宿の入り口。町の治安を守るために番人がいて、夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたといわれています。

F5d81910 Img_3254c  明治2(1869)年の絵図にこの見付の様子が描かれています。絵図では、上が神戸の町。石垣が両側にあり、両開きの木戸が描かれています。街道の両側の石垣には木戸の柵を支えた溝が今も残っています(右の写真)。

Img_3269c_20210718204301  東側の土塁・石垣の傍らには、阿自賀神社社号標があります。「式内阿自賀神社 距此凡三町」とありました。明治2(1869)年建立。阿自賀(あじか)神社は、鈴鹿市須賀一丁目に現在もあります。距離がありましたので、行ってはいませんが、主祭神は品陀和気命、創建は建暦2(1212)年3月以前と考えられています。

Img_3273c_20210717171301  神戸見附跡で12時15分。ここまで休憩を取ってきませんでしたので、小休止。見附跡の西側は小公園になっていて、桜並木があり、ちょうど日陰になっていて、座れます。見附跡の西側の土塁が目の前にあり、またもやK氏から「土塁はどうやって作ってあるんだろう?」と。土塁は、もちろん「土を盛り上げて築いたとりで」。敵などの侵入を防ぐために築かれた、主に盛土による堤防状の防壁です。「城のつくり方図典(三浦正幸著)」によれば、平地に土塁を築く場合には、当然、よそから土を運んでこなければなりません。この神戸見附跡の場合、どのようにしたかは分かりませんが、城に土塁を作る場合、ほとんどの場合、土塁の横に堀を掘りますから、堀を掘った拝土を盛ったそうです。土塁の法面を保護するためには、草を植えるか、叩き固めるかの2つの方法があります。臨戦態勢では、叩きの方が堅固ですが、ひと雨降るごとに修復が必要になるので、やむを得ず草を植えたといいます。叩き土塁を築くには、厚さ数センチずつ層状に土砂を盛り上げ、各層ごとに叩き固める「版築(はんちく)」という工法が用いられました。この工法でつくって、乾燥すると大変強固な地盤となるそうです。土塁に植えられた草は、芝・小笹・麦門冬(ばくもんどう:ジャノヒゲまたはリュウノヒゲ)などが多かったといいます。余談が過ぎましたが、ここで30分ほど休憩。風がよく通って、暑かったものの、気持ちよいところでした。

Img_3279c_20210717171301  神戸見附跡のすぐ先、西側に、旅館加美(かみ)亭。創業250年以上のようです。主屋は明治13年に建てられたものですが、内部は、その後何度も改装されたそうです。今も営業しており、1泊4,000円。神戸は、十日市町(現神戸2丁目)が中心で、本陣や問屋もそこに集中していました。幕末には旅籠は19軒あり、常磐町(現神戸8丁目)に14軒もあったといいます。賀美亭は、当時は「紙屋」という屋号だったといいます。こちらに実際に泊まった方のブログ記事があります。

 ゴールは近いのですが、キリも良いので、その2はここまで。その3では神戸の町を歩きます。

| | | コメント (0)

2021年7月18日 (日)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その1)……四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、内部川を越え、河原田へ

Isemap  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回です。前回が5月22日でしたから、2ヶ月ぶり(2021年5月22日:20210522「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第4回「四日市~日永の追分」(予告編))。サボっていたわけではなく、諸般の事情があったということです。5月22日には、四日市にある日永の追分まで来ています。この日永の追分は、東海道伊勢街道(参宮街道)の分岐点です。この日からは、伊勢街道を歩いていきます。距離は、およそ18里(約70km)で、脇街道として整備されています。江戸時代、多くの人が伊勢参りに来ています。時には500万人もの人々が熱狂的に伊勢を目指したのが、この伊勢街道。東海道に次いで交通量が多く、物資や文化、情報の行き交う賑やかな街道であったといいます。また東海道、伊勢別街道伊賀街道和歌山街道初瀬(はせ)街道など多くの街道と合流するこの街道は、伊勢国の幹線道路として、旅人だけでなく地元の人々にも利用されていました。マップは、みえの歴史街道からお借りしました

210717oiwake0  四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅まで。東海地方は、この日がやっと梅雨明け。桑名では最高気温は31.6℃でしたが、風が吹いていて「猛暑」という感じではありませんでした。今日は、いつものように「予告編」。同級生K氏との二人旅の続きです。左の画像が、この日歩いたコースの全体マップ。追分駅から旧伊勢街道である県道13号線を南下します。日永の追分の少し南からです。この日は、立ち寄るところは少なめ。とくに、内部川を越えて、河原田の町に入るまではほとんどありません。河原田の町で、又兵衛橋、里程標、河原田神社、忘帰處、常超院。その先で鈴鹿市に入り、善誓寺、鈴鹿川を渡って、階段付常夜燈、常夜燈、神戸見附跡。ここから神戸(かんべ)の町に入り、旅館加美亭、大橋、札の辻、里程標、道路元標、油伊旅館を経て、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅へゴール。8㎞となりました。ひたすら歩くという感じでしたが、あまりあちこち立ち寄らなかったせいか、さほど疲れたという感じはありません。

Img_2895c_20210717171001 Img_2898c_20210718164401  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行に乗車。近鉄四日市駅で下車(8時55分着、¥300)。四日市あすなろう鉄道に乗り換えます。これらの写真は、あすなろう四日市駅。鉄道キャラクターの「鉄道むすめ『追分あすな』」ちゃんがいます(右の写真)。今年の3月にデビューしたとか。

Img_2902c_20210717171101Img_2906c  あすなろう四日市駅9時23分発の内部線の電車で追分駅まで行きます。左は、四日市あすなろう鉄道の電車。ここも、三岐鉄道北勢線と同じく、ナローゲージ。スピードもゆっくりで、いかにも電車に揺られているという感覚がたっぷり。

Img_2920c_20210717171101  今日のスタートである四日市あすなろう鉄道追分駅。追分駅には、9時35分着、¥270。9時40分にスタートします。

210717oiwake1  こちらが詳細なコースマップのその1。追分駅は、日永の追分のすぐ南西にあります。旧伊勢街道は、今は県道13号線。追分3丁目の交差点から県道13号線に入り、しばらくは、立ち寄るところはありません。工場地帯をひたすら南に歩いて行きます。

Img_2923c_20210717171101 Img_2926c  ここが追分3丁目の交差点。左は、日永の追分の方向を見たもの。残念ながら、道が少し曲がっていて、日永の追分は見えません。右の写真は、これから進む県道13号線の南の方面。時々、道ばたの水路を覗き込んで、魚や水生昆虫がいないか見るのですが、なかなか見つからず。

210717oiwake2  早くも詳細なコースマップその2。本来の伊勢街道は、このマップで大宗建設のところから萩野メタルワークスのある方向に進みます。しかし、今は、旧道に橋はなく、川原田橋を渡りますので、そのまま県道を直進。また、この本来の伊勢街道を行くと、大治田3丁目一里山に表忠碑と平和之礎があったのですが、県道からはそれは見えません。内部川を越えて、又兵衛橋、河原田小学校の北で里程標、小学校のところで孝女森田いと刀自像。河原田小学校の南西隅には、伊勢街道最初の一里塚があったそうですが、今は何もありません。その先で、河原田神社と忘帰處、また、常超院に立ち寄ります。

Img_2948c Img_2958c_20210718171901  河原田橋。内部川にかかっています。本来の伊勢街道のルートは、もう少し上流側。木橋がかかっていたそうです。右の写真で、小さい橋(NTTの電話ケーブルが通っています)のあたり。

Img_2971c_20210717171101 Img_2974c_20210717171101  河原田橋をわたってすぐに右折。堤防道路から降りて河原田の町に入っていきます。右が又兵衛橋。内部川のすぐ南側にある谷川を跨ぐ幅5.8m,長さ6.8mの小さな橋です。名前の由来は、橋の改修に尽力された石崎又兵衛という方からきています。昭和13(1938)年に鉄筋コンクリートで造られ、当時としては、数少ない石橋で河原田自慢の橋であったそうです(こちら)。

Img_2981c_20210717171101  又兵衛橋の先の伊勢街道。たぶん昔と同じくらいの道幅。いかにも旧街道というイメージです。伊勢までまだ約68㎞。先は長いのですが、ユルユルと参りましょう(微笑)。

Img_2999c Img_2989c  スタートから2.4㎞ほど、河原田の郵便局の近くに里程標があります。ここは、采女道(うねめみち)との交差点。「距 名古屋市 十五里十一町 守山町 十七里十五町」、「距 宇治山田市 十七里四町 久居町 八里三十二町」、「距 津市 六里三十二町 海蔵村 二里八町」と刻まれています。中央あたりで割れたのか、継いだ跡があります。これを観ていたら、散歩していた地元の高齢者の方が声をかけてこられました。「伊勢街道を歩いているの? この里程標は、20年の地震で折れてつないだんや」とおっしゃいました。20年の地震というのは、三河地震(昭和20(1945)年1月13日)かと思って尋ねたのですが、耳が遠いようで、返事はいただけませんでした。

Img_3014c_20210717171101 Img_3021c_20210718183801  その南に河原田小学校。伊勢街道に沿ったフェンスに子どもたちが書いたと思われる校歌や、街道沿いの名所の絵があります。右の写真は、先ほど渡ってきた又兵衛橋が描かれたもの。

Img_3003c Img_3010c_20210718183901  小学校には付きものだったのですが、二宮金次郎像。一時は気になって、桑名市内だけでも小学校を回ってチェックしようと思ったことがありました(苦笑)。さらにその近くに「孝女森田いと刀自像」。森田いとという方については調べても分かりませんでした。孝女(こうじょ)は、孝行な娘。刀自(とじ)は、「家事をつかさどる婦人。主婦。いえとうじ、あるいは、女性を尊敬または親愛の気持をこめて呼ぶ称」です。孝女を顕彰する石碑は、たまに見かけます。たとえば、津市の偕楽公園には「孝女登瀬碑」が、また、弥富の三ツ又池公園近くには、「孝女曽與(そよ)宅址」があります。

Img_3026c_20210718184801  この河原田小学校の南西隅には、かつて伊勢街道最初の一里塚があったといいます。この写真は、東側の塚があったと思われる場所です。慶長9(1604)年につくられ、街道の西側には松が、東側には榎が植っていたようですが、明治2(1869)年に樹木が切られ、今はありません。

Img_3031c Img_3047c_20210717171101  河原田小学校のすぐ南、スタートから2.6㎞あたりのところの西に河原田神社があります。明治42(1909)年6月、八幡社(河原田村大字内堀中屋敷)と須賀社(河原田村大字貝塚字一ノ縄)を三神社(河原田村大字河原田字三神山)へ合祀し、村社河原田神社と改名しました。平成10(1998)年12月火災により本殿、拝殿、社務所を全焼し、平成12(2000)年に再建されています。神社は小高い丘の上にあり、約100段ほどの階段を登っていかねばなりません。

Img_3059c_20210717171101  ご祭神は、天照大神大国主神弥都波能売神(ミツハノメノカミ;伊奘冉尊が火神を生んで病んだとき、その尿より生まれ、水の神としてまつられます)、猿田毘古神宇迦之御魂神建速須佐之男命五男三女神天児屋根命品陀和気命上筒之男命中筒之男命底筒之男命仁徳天皇木花之開耶姫命市杵島比売命の他、神社検索三重のサイトによれば、不詳八座とあります。

Img_3063c_20210718190201  拝殿の北には、頌徳碑が2つ。向かって左は、「熊沢市兵衛翁頌徳碑」です。熊澤家は農家で河原田の旧家で地主で、代々津藩・藤堂家の御金御用達の役を務めていました。熊澤市兵衛は幕末に庄屋などを務めており、戊辰戦争で『撒隊士』という身分で東征にしたがい、明治になって四日市に帰郷しました。明治時代に若くして三重県議会議員になり、河原田村の村長などの名誉職にも就いています。熊澤市兵衛は、農村出身の農民の家柄でしたが、勉学の必要性に気づき学問を重視していました。明治42(1909)年には河原田尋常高等小学校の建築費の一部を寄付しています。大正時代、皇太子であった裕仁親王の成婚時には、河原田尋常高等小学校の講堂を新築する費用の寄付と、入学志願者が少なくて不振だった三重郡立農学校(現・三重県立四日市農芸高等学校)に対しても、長男の熊澤一衛と協力して3万円と広い敷地を寄付しました。さらに、『熊沢奨学資金』を新設して、貧困家庭の子供たちの学業の補助をしています。また、河原田地区の西部丘陵地帯には、明治後半に熊沢市兵衛翁がみかん栽培を伝え、今も「河原田みかん」として親しまれています。 境内には、他に「神武天皇遙拝所」もあります。

Img_3091c Img_3078c_20210717171201  神社の西、さらに少し登ったところに忘帰處(ぼうきしょ)があります。河原田神社のある三神山頂上にあります。ここから見る眺めは河原田随一の景勝地だそうで、田中光顕伯爵が熊沢市兵衛翁宅を訪れた際に、この地の風景の美しさに見とれて帰ることを忘れたということから「忘帰處」と名づけられています。標高41mあまりの山上に建てられている記念碑は、伯爵自らの筆によるもので、昭和8(1933)年10月、88歳になった熊沢市兵衛翁が建てています。山上からの眺めは一望千里に渡り、晴れた日には、知多半島から木曾御岳の山並みも望み見ることができる絶好の名勝地です。

Img_3074c_20210718190701  上左の写真が、「忘帰處」から見た東の方角。樹木がかなり茂っていて視界を妨げていました。木々がこれほど茂っていなければ、景色がよく見えると思います。見とれて帰るのを忘れるという気持ちは何となく分かります。我々は、ちょっと腰を下ろしてお茶を飲んだだけ。「帰るのを忘れないうちに、行こう」と降りていったのです(苦笑)。河原田神社、忘帰處の詳細は、こちらにあります。

Img_3118c_20210717171201  河原田神社から降りて来て、二の鳥居をくぐったところで、神社の前にある水路にアオサギさんを発見。何気なく佇んでいました。草が生い茂っていますが、餌の魚が捕れるのでしょうか?

Img_3112c_20210719065201  河原田神社に登っていく階段の下にも「森田いと女遺徳碑」があります。よほどその徳がすぐれていた刀のでしょう。ただ、木々や草が生い茂っていて、碑陰を確認できませんでした。どのような方か知りたかったのに、残念。

Img_3132c_20210717171201 Img_3136c_20210717171201  続いて、伊勢街道から少し外れ、光明山常超院に立ち寄りました。県道13号線に面しています。昇平3(応安元(1368))年に僧湛空の創建により、天台宗でしたが、寛永元(1624)年に真宗高田派に属しています。鐘楼門が大変立派なものでした。平成10(1998)年につくられたものと記憶しています。「鐘楼門といいながら、上がれないな。どうやって鐘をつくんだ?」などと思っていたら、門の内側に鐘をつくためのロープ(?)が下がっていました(苦笑)。伊勢街道には戻らず、そのまま県道13号線を進みます。

 その1は、ここまで。その2では、いよいよ鈴鹿市に入ります。

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧