お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2023年8月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2018年1月以降の記事を残し、2017年12月以前の記事は削除しました(2018年1月1日から2023年8月31日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

旅行・地域

2023年9月18日 (月)

20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)その2……北原白秋歌碑、豆馬亭、元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場から横綱鬼面山谷五郎碑を見て養老駅に戻って「完」

Yoro2_20230916160001  9月15日に行ってきた「養老の滝ウォーキング」の本編その1です。この日のウォーキングは、「美濃街道ウォーキングオプショナルツアー」の#1です。記事その1では、養老駅をスタートし、聖武天皇巡幸記念碑、せせらぎ街道から妙見堂を経て養老の滝から養老神社まで来ました。このその2では、北原白秋歌碑、元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場、鬼面山谷五郎碑などを経て養老駅に戻ります。

7ce36c41 滝を過ぎてからは下る一方ですから、楽でした。養老神社のところから、寄り道へ。前回来たときには(2018年12月4日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その3)……養老神社、菊水泉あたりの石碑など、歴史ある旅館)、養老神社からほど近いところに旅館・掬水があったのですが、今回は見当たりません。掬水があったあたりでは、砂防工事が行われていました。創業明治23(1890)年という歴史のある料理旅館でした(左の写真は、2018年11月10日に撮影)。養老町観光協会のサイト(こちら)には掬水は載っていませんので、閉業したのだろうと思われます。

Img_1267c_20230915165701 Img_1271c_20230917121601  神社の表参道を東に向かい、一の鳥居のところに北原白秋歌碑があります。昭和55(1980)年に建碑されたというのですが、苔生していて、かなり古びていて歌はほとんど読めない状態。碑には「紫闌 さいていささか 紅き石の しま目に見えて 寿々し 夏去りにけり」という歌が刻されています。昭和2(1927)8月、大阪毎日新聞が行った「日本新八景」の人気投票の審査のため、子息を同伴して養老を訪ねた際に詠まれた歌の一つ。このとき、白秋は、木曽川、養老、長良川、多度などを訪ねたといいます。

Img_1277c_20230917122101 Img_1293c_20230917123101 白秋歌碑の西に千歳楼(せんざいろう)があります。宝暦14(1764)年に開業した旅館。その名は、この年が元正天皇行幸から一千年に当たることに由来するそうです。皇太子時代の大正天皇、有栖川宮、山岡鉄舟、横山大観など錚々たる方々がここを訪れています(こちら)。千歳楼の下、道路沿いに池がありましたが、ここにはハリヨが生息しているようでした。ハリヨは、トゲウオ目トゲウオ科の魚で、岐阜県と滋賀県の湧水のある河川に分布しています。美濃街道ウォーキングのときには、清水池というハリヨの生息地を見てきています(2023年5月24日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その1)……美濃津屋駅をスタートし、白山神社、津屋城跡の本慶寺、清水池ハリヨ生息地、慈眼寺から諏訪神社へ)。

Img_1284c_20230917123701  千歳楼の少し先には、豆馬亭(とうまてい)という旅館。創業明治13(1880)年、北原白秋をはじめ、数々の著名人が訪れたといいます。北原白秋、野口雨情の扁額が掛っているそうです。養老山系の猪、鹿が食べられるといいます。道路に面した壁面にイノシシやシカの頭蓋骨が飾られていました。

Img_1296c_20230915170101  豆馬亭からほど近いところに、元正天皇行幸遺跡があります。元正天皇は、霊亀3(717)年9月、近江国を経て美濃国当耆郡(多芸郡)にいたり、多度山の美泉に浴されました。この年11月に詔勅を出し、この多度山の美泉について、病が癒えるなどの効験が大きく、これは大瑞であると述べ、「養老」への改元を布告しておられます。行幸の際に行宮が造られたとされますが、その場所は不明。また、「美泉」が指すものは、養老の滝と、現養老神社内の湧水との二説があるといいます。

Img_1299c_20230915170101  現在ここにはお社があります。かつては、ここに多岐行宮(あんぐう)神社(御祭神は、元正天皇、聖武天皇)がありました。元正天皇行幸の時、この地に神輿を駐輦された古跡といいます。多岐行宮神社は、明治41(1908)年9月、養老神社へ合祀されました。その後、多岐行宮神社之諸施設はそのまま存置され、養老神社の御旅所として現在に至っています。

Img_1314c_20230917130701  この遺跡の辺りに大鍬神社があるというのですが(ルートマップにも記載しました)、よく分かりませんでした。帰ってから調べたら、御旅所の背後にあった小さな祠がそれのようでした。祭神は豊受姫神(とようけひめのかみ)です。現在は行われていないのですが、農耕の神様として最も重要な神様で五穀豊饒を願う祭礼が毎年10月に行われていたといいます。

Img_1317c_20230917131001  さらにこのあたりは、旧濃州多芸郡白石村といい、孝子伝説の源丞内の出身地だそうで、元正天皇行幸遺跡の近くにこのような石碑があります。この石碑は、開村500年を記念して平成16(2004)年12月に木碑を立て、平成22(2010)9月に石碑に建て直したとありました。

Img_1331c_20230917131501  寄り道はここまで。再び養老神社のところに戻って、滝沿いの道をさらに下っていきます。往きは右岸側でしたが、帰りは左岸側の道。土産物店などが多数あります。養老サイダーという看板が目立ったのですが、これ、日本で最初のサイダーだそうです。明治23(1890)年から製造開始し、平成12(2000)年に製造中止。その後会社も消滅したのですが、その後、平成29(2017)年が養老改元1300年にあたることから、復活プロジェクトが動きはじめ、現在は「養老サイダー復刻合同会社」によって販売され、製造は桑名の鈴木鉱泉が行っているそうです。飲んだことがないので、飲んでくればよかったかと反省。

Img_1352c_20230915170301  滝寿山元正院養老寺。養老公園内にあります。奈良時代の元正天皇の御代、孝子源丞内が開いた寺とされます。天平時代には七堂伽藍も整い、多芸七坊の一つに数えられていましたが、永禄年間(1558~1569)に織田信長のために焼かれてしまい、その後慶長12(1607)年、高須藩主・徳永寿昌(とくなが ながまさ)が再建しました。再建以前は法相宗に属していましたが、再建されるとき真宗大谷派に改宗し今日に及んでいます。ご本尊は、十一面千手観音立像。1mたらずの寄木造りですが、鎌倉初期のみごとなものだそうですし、「銘国光」の太刀があり、ともに国指定重要文化財となっています。西美濃三十三霊場の第二十五番札所。写真は不動堂です。

 Img_1337c_20230915170301 境内には、孝子源丞内のものとされる墓もあります。お参りしてきました。養老寺の境内には、句碑などが多数あります。前回来たときの記事にその一部が取り上げてあります(2018年12月4日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その4)……元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場から大菩提寺を経て、勝手に養老駅にゴール変更(完))。

Img_1391c_20230915170601 72b6d791  養老寺から下って駐車場のところへ出て来ます。ここに養老説教場があります。坂道を上っていかねばなりませんので、ちょっとキツいのですが、行ってきました。浄土真宗の説教場です。ここの設置計画は、当時の岐阜県令小崎利準に支援されたこともあり、美濃国全域から多額の浄財が集ったそうです。養老説教場には現在の海津市である高須藩から移築された御殿があり、高僧等を招くために作られたそうです。養老説教場は養老郡の、また、土地は県の所有で、養老町内の浄土真宗の寺院が持ち回りで管理しています。前回来たときには、紅葉がとてもきれいでした(右の写真、2018年11月10日)。

Img_1394c_20230915171101  最後の立ち寄りスポットは、養老公園駐車場の入り口付近にある横綱鬼面山谷五郎碑。鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう)は、第13代横綱。岐阜県で唯一の、また、明治になって初めての横綱です。養老町鷲巣の出身で、美濃街道ウォーキングの時には生家跡を見てきました(2023年5月22日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編))。身長は186cm、体重140kgの巨漢。初め京都力士となり、25歳のとき、江戸の相撲武隅部屋に入門し修行。幕内成績は27場所143勝24敗16分で、優勝相当成績7回という輝かしい成績を残しています。明治2(1869)年に横綱になりましたが、翌年に引退。さらに引退後1年たたずに亡くなりました。

Img_1423c_20230915170601 230915130037277c  これで立ち寄り先は、コンプリート。昼食は、前回、美濃街道ウォーキングのときに休みで(2023年5月22日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編))、行けなかった「そば処たみと」さんへ。12時45分くらいの到着。なかなかよい感じのお店です。「ざる蕎麦(白)」を頼みましたが、十割蕎麦です。写真のように美しい蕎麦で、腰もしっかりしていましたし、味と香りも十分。こんなにおいしい蕎麦をいただいたのは、久しぶり。税別¥950。

Img_1415c_20230917133401  人気店のようで、われわれが食べ終えて店の外に出たら、「本日分完売」とありました。十二分に満足。もう少し遅かったら、食べ損ねるところでした。この日も、オーダーのときに「黒」はもう売り切れているといわれたくらい。

Img_1430c_20230915170601 Img_1454c_20230915170601  養老駅には、13時20分頃、戻ってきました。次の桑名行きは13時31分でちょうどよい時間。桑名着は14時18分。¥580。

Screenshot_20230915144208c  この日のGoogle Fitのデータ。11.15㎞、17,979歩でした。高低差がかなりありましたので、普通に11㎞を歩いたよりも運動量ははるかに多くなっています。いつもより足がだるくなっています(苦笑)。美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#2は、行基寺に行く予定です。養老鉄道美濃山崎駅から往復するつもりですが、「キョリ測」で見ると、美濃山崎駅の標高は5m、行基寺は124m。今回よりは高低差は少ないのですが、途中、海津の「杖つき坂」もあり、難所かも知れません。

2023年9月17日 (日)

20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)その1……養老駅をスタートし、聖武天皇巡幸記念碑、せせらぎ街道から妙見堂を経て養老の滝から養老神社へ

Img_0927c_20230915163301  9月15日に行ってきた「養老の滝ウォーキング」の本編その1です。この日のウォーキングは、「美濃街道ウォーキングオプショナルツアー」の#1です。「美濃街道ウォーキング」は、今年1月から7月にかけて、多度から大垣まで歩いたものです。正確には、養老から美濃街道を外れ、養老街道を歩いています。というのも、養老から先美濃街道は関ヶ原に向かうのですが、途中鉄道が通っていませんので、このように変更したのです。美濃街道を歩きながら、同級生K氏と養老の滝や、行基寺にも行ってみたいと話していたのですが、まずは大垣まで歩き通すことを優先したのです。7月2日に美濃青柳から大垣まで歩いて、これは目標を達成。夏場にかなり高低差のあるところを歩くのはやめようということで、「養老の滝ウォーキング」はこの日になった次第。しかし、予想外に暑くて大変でした。同級生K氏と二人旅。

Yoro0_20230916040901  こちらがこの日歩いたルートマップ。マップ上では、6.4㎞。養老公園から聖武天皇巡幸記念碑、妙見堂、養老の滝を経て、養老神社・菊水泉、北原白秋歌碑、元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場、鬼面山谷五郎碑などを経て養老駅に戻るというコースです。養老駅あたりの標高が20m、養老の滝が270m(いずれもキョリ測による数値)で、高低差は250mという高齢者にとってはいささか難コースであった上に、この日は猛暑日一歩手前という、9月中旬にしては例外的な暑さで大変でした(苦笑)。なお、私自身は、養老の滝には5年前に近鉄ハイキングで来ています。その時の記事については、予告編(2023年9月15日 :20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)(予告編))の末尾にリストをつけてあります。今回の記事では、文学碑などはほとんど省略しますので、そちらをご覧ください。また、養老の滝近辺の石碑の一覧は、こちらにあります。

Img_0933c_20230915163301 Img_1438c_20230916153901  桑名駅を8時45分に出る養老鉄道大垣行きに乗車。養老駅には9時27分着。¥580。9時35分に養老駅をスタート。美濃街道ウォーキングで来たときには(2023年6月4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編))、「養老公園県営100周年記念往復割引切符」があったのですが(往復で¥1,000)、それは予定数に達して、買えませんでした。

Yoro1_20230916154201  あまり意味がないかも知れませんが、こちらが詳しいルートマップその1。養老公園のあたりは、往復とも同じルートをたどっています。聖武天皇巡幸記念碑まで養老公園の中を通っていきます。岐阜県こどもの国、養老天命反転地、養老ランドなどがありますが、何れにも立ち寄っていません。

Img_0947c Img_0957c_20230916154901  養老駅を出てすぐの辺り。すでに上り坂です。ここから先、養老の滝までは多少のアップダウンはあるものの、基本的には上り坂が続きます。右の写真は、こどもの国の入り口にある案内看板。養老天命反転地は、世界的に活躍したアーティスト荒川修作氏とそのパートナーで詩人のマドリン・ギンズ氏の構想を実現したテーマパーク。広大な敷地には、水平、垂直な線は極力排除され、人工的な地平線が数多く配置されるなど、至る所に人間の平衡感覚や遠近感を混乱させる仕掛けが施されています。というところですから、高齢者が行くには不適切(笑)。

Img_0965c_20230916154901  Img_0952c_20230916160301 途中に養老ランドがあります。広い敷地に多数の遊具があるのが見えました(こちら)。現役の遊園地です。昭和48年(1973)年から営業を続けているそうです。上り道がずっと続いています。

Img_0972c_20230915163901  スタートからほぼ1㎞で聖武天皇巡幸記念碑があります。天平12(740)年に聖武天皇が巡幸された折、「天狗の小場」と称されるこのあたりに行宮(あんぐう)が造営され、4日間駐留されたと伝わっているそうです。碑は、平成30(2018)年3月に建立された、新しいもの。

Yoro2_20230916160001  詳しいルートマップは、聖武天皇巡幸記念碑の先からその2になります。ルートマップは、キョリ測で描いていますが、このエリア、未知がきちんとすべて載っているわけではありませんので、概略で描いたところがあります。

Img_0983c_20230915163901 Img_0986c_20230916160201  聖武天皇巡幸記念碑の先からせせらぎ街道に入ります。妙見堂へと続く、1㎞ほどの道で、モミジがたくさんありますので、秋の紅葉は見事と思われます。一般に養老の滝に上る道からは1本奥にありますので、隠れた紅葉スポットだろうと思えます。

 いきなりの余談ですが、5年前に近鉄ハイキングできたとき、このせせらぎ街道に入るところでコースミスをしでかしました(2018年11月28日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その1)……養老駅から養老公園へ、コース間違いで余分に2㎞歩く(笑))。私だけではなく、近くを歩いていた参加者10数人がみんな間違えたのです。しばらく歩くと、どうも方角が違うという話になりました。養老の滝に向かうには、西の方へ、しかも少しずつ登るはずが、南に向いているのです。しかもかなり平坦な道。近くにいた方が公園の仕事をしている人に確認して、間違いに気づいたということがありました。このときは、結局2㎞ほど余分に歩いてしまい、私は設定されたゴールの美濃高田駅に向かうのを断念し、勝手に養老駅に戻って、ゴールしたことにしました(苦笑)(2018年12月4日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その4)……元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場から大菩提寺を経て、勝手に養老駅にゴール変更(完))。

Img_0989c_20230915163901 Img_1004c_20230916160601  2㎞ほど歩くと妙見堂に至ります。この妙見堂は、明治13(1880)年、岐阜県県令小崎利準(こさき としなり/ おざき りじゅん)氏が日鑑上人(身延山久遠寺第74世)を招き、堂宇を建立したのが始まりとされます。この年は、養老公園が開設されています。説明板によれば、この地は370年あまり前、久遠寺第21世寂照院日乾上人が、大干魃が続いたときに雨乞いの霊場として開かれたものが始まりです。ちなみに、小崎利準は、幕末の伊勢亀山藩士、明治期の内務官僚(天保9(1838)~大正12(1923)年)。

Img_1131c_20230916161101 Img_1044c_20230916161201  妙見堂の先でいったん下って、通常の滝に上る道に入ります。ここからが大変でした。途中、2回ほど小休止。途中は割愛しますが、妙見堂から川沿いを600mほど上って、「養老の滝はまだか?」と思った途端に視野が開け、右の写真のように滝が見えました。このときはさすがに「オーッ!」と声が出ました。

Img_1064c_20230915165201  ここには、5年ぶりに来ました(2018年11月10日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ……予告編)。養老の滝は、落差32m、幅4mと見事なものです。この日は水量もあって、見応えがありました。滝のすぐ目の前まで上って、そこにあったベンチに座り、しばし滝を眺めながら休憩をしてきました。水と緑、勢いのある滝の流れ、時間さえあれば、いつまでも眺めていられそうです。平日でしたが、観光客の方もそれなりにありました。

Img_1122c_20230917061901 Img_1151c_20230917062001  しばし休憩しながら滝を眺めてから養老神社に向かいます。ここからは下り。来るときに比べかなり楽になります。途中では「丁石(ちょういし)」。滝まで上る人に向けて、残りの距離を示しています。また、「観光リフトのりば」の建物も見えています。養老ロープウェイが営んでいたのですが、平成27(2015)年以降、施設老朽化のため運行停止中。養老公園の妙見橋付近(養老神社)から養老の滝付近の駐車場を結ぶ、固定循環式の一人乗りリフトだったそうです。全長約200 mを約3分17秒で結んでいました。

Img_1161c_20230915165301 Img_1192c_20230915165301  養老神社には裏参道から入りました。「養老孝子伝説」の源丞内ゆかりの神社といわれ、奈良時代養老年間以降の創建と推測されます。平安時代、美濃国神明帳には「養老明神」とあり、菊理媛命(くくりひめのみこと)が祭神とも伝わっています。永正元(1504)年、菅原道真を合祀し、養老天神といわれていました。明治初期、近くの元正天皇・聖武天皇祭場を移転し、合祀。この際、養老神社に改称しています。現在のご祭神は、天照皇大神元正天皇聖武天皇菅原道真

Img_1197c_20230915165301 Img_1200c_20230917063201  境内には、今もこんこんと湧いている清水があります。それが菊水泉。孝子源丞内が汲んで老父にすすめたところ酒になったという伝説の水は、この水だといわれています。この菊水泉の周りにも文学碑その他が多数ありますが、今回は割愛。5年前の記事(予告編にリストを載せてあります)をご覧ください。

Img_1222c_20230915165301  この泉の水、養老神社を降りたところで飲んでみました。無色無臭でしたが、味はまろやか。この日は暑かったので、まさに甘露という感じでした。ここで出会った男性は、毎日のようにこの水を汲みに来るとおっしゃっていました。

 ここらでキリがよいので、その1はここまで。その2は、この先ちょっと寄り道をして、北原白秋歌碑、元正天皇行幸遺跡・大鍬神社などから。

2023年9月15日 (金)

20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)(予告編)

Img_0927c_20230915163301  予想していたよりかなり暑い日になりました。桑名では最高気温が34.8℃。危うく全国のトップテン入りしそうな気温。これほど暑くなるとは思わず、以前から予定していた「養老の滝ウォーキング」に行ってきました。今年1月から7月にかけて歩いていた「美濃街道ウォーキング」のオプショナルツアーの1つです。美濃街道を歩きながら、同級生K氏と養老の滝や、行基寺にも行ってみたいと話していたのですが、まずは大垣まで歩き通すことを優先したのです。7月2日に美濃青柳から大垣まで歩いて、これは目標を達成。夏場にかなり高低差のあるところを歩くのはやめようということで、「養老の滝ウォーキング」は今日になった次第。しかし、暑くて大変でした。同級生K氏と二人旅、今日の記事は予告編。

Img_0933c_20230915163301Yoro0_20230916040901  桑名駅を8時45分に出る養老鉄道大垣行きに乗車。養老駅には9時27分着。¥580。9時35分に養老駅をスタート。右が、今日歩いたルートマップ。マップ上では、6.4㎞。養老公園から妙見堂、養老の滝を経て、養老神社・菊水泉、北原白秋歌碑、元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場、鬼面山谷五郎碑などを経て養老駅に戻るというコースです。養老駅あたりの標高が20m、養老の滝が270m(いずれもキョリ測による数値)で、高低差は250mという、高齢者にとってはいささか難コース。

Img_0947c Img_0972c_20230915163901  養老駅を出てすぐのあたり。すでに登り坂。養老の滝までの間、多少のアップダウンはありますが、基本的にはずっと上り。せせらぎ街道に入るところに「聖武天皇巡幸記念碑」があります。碑陰の説明によれば、天平12(740)年に聖武天皇が巡幸された折、「天狗の小場」と称されるこのあたりに行宮(あんぐう)が造営され、4日間駐留されたと伝わっているそうです。碑は、2018年3月に建立。

Img_0983c_20230915163901 Img_0989c_20230915163901  聖武天皇巡幸記念碑の先からせせらぎ街道に入ります。妙見堂(右の写真)へと続く、1㎞ほどの道で、モミジがたくさんありますので、秋の紅葉は見事と思われます。一般に養老の滝に上る道からは1本奥にありますので、隠れた紅葉スポットだろうと思えます。妙見堂の創建は明治15(1882)年、当時の岐阜県令・小崎利準氏が日鑑上人(身延山久遠寺第74世)を招き堂宇を建立したのが始まりとされます。

Img_1053c_20230915164801 Img_1064c_20230915165201  妙見堂の先でいったん下って、通常の滝に上る道に入ります。ここからが大変でした。途中、2回ほど小休止。途中は割愛しますが、妙見堂から川沿いを600mほど上って、「養老の滝はまだか?」と思った途端に視野が開け、左の写真のように滝が見えました。このときはさすがに「オーッ!」と声が出ました。5年ぶりに来ました(2018年11月10日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ……予告編)。養老の滝は、落差32m、幅4mと見事なものです。今日は水量もあって、見応えがありました。滝のすぐ目の前まで上って、そこにあったベンチに座り、しばし滝を眺めながら休憩をしてきました。時間さえあれば、いつまでも眺めていられそうです。

Img_1161c_20230915165301 Img_1192c_20230915165301  養老の滝から降りて、養老神社に向かいます。「養老孝子伝説」の源丞内ゆかりの神社といわれ、奈良時代養老年間以降の創建と推測されます。平安時代、美濃国神明帳には「養老明神」とあり、菊理媛命(くくりひめのみこと)が祭神とも伝わっています。永正元(1504)年、菅原道真を合祀し、養老天神といわれていました。明治初期、近くの元正天皇・聖武天皇祭場を移転し、合祀。この際、養老神社に改称しています。

Img_1197c_20230915165301 Img_1222c_20230915165301 境内には、今もこんこんと湧いている清水があります。菊水泉。孝子源丞内が汲んで老父にすすめたところ酒になったという伝説の水は、この水だといわれています。この泉の水、養老神社を降りたところで飲んでみました。無色無臭でしたが、味はまろやか。ここで出会った男性は、毎日のようにこの水を汲みに来るとおっしゃっていました。

Img_1267c_20230915165701  滝を過ぎてからは下る一方ですから、楽。養老神社の表参道の一の鳥居のところに北原白秋歌碑があります。昭和55(1980)年に建碑されたというのですが、苔生していて、かなり古びていて歌はほとんど読めない状態。碑には「紫闌 さいていささか 紅き石の しま目に見えて 寿々し 夏去りにけり」という歌が刻されています。昭和2(1927)8月、大阪毎日新聞が行った「日本新八景」の人気投票の審査のため、子息を同伴して養老を訪ねた際に詠まれた歌の一つ。

Img_1299c_20230915170101  養老神社からさらに北東へ向かうと、「元正天皇行幸遺跡」があります。元正天皇は、霊亀3(717)年9月、近江国を経て美濃国当耆郡(たぎぐん:多芸郡)にいたり、多度山の美泉に浴されました。この年11月に詔勅を出し、この多度山の美泉について、病が癒えるなどの効験が大きく、これは大瑞であると述べ、「養老(717~724年)」への改元を布告しておられます。

Img_1337c_20230915170301 Img_1352c_20230915170301  元正天皇行幸遺跡から養老神社に戻り、川沿いの道を下っていきます。元正院瀧寿山養老寺へ。孝子源丞内が開いた寺とされ、天平時代には七堂伽藍も整い、多芸七坊の一つに数えられていたものの、永禄年間(1558~1569)に織田信長のために焼かれてしまい、その後慶長12(1607)年、高須藩主・徳永寿昌が再建しました。再建される以前は法相宗のお寺でしたが、再建されるとき、真宗大谷派に改宗し今日に及んでいます。境内には、孝子源丞内のものとされる墓もあります。

Img_1391c_20230915170601  養老寺から養老公園駐車場の方に降りてきますと、駐車場入り口の近くに養老説教場。浄土真宗の説教場で、明治13(1880)年の養老公園開設時に創設されています。養老町内の真宗寺院が持ち回りで管理しています。前回来たときは、紅葉が見事でインスタ映えしそうなスポットでした。

Img_1394c_20230915171101  最後の立ち寄り先は、養老公園駐車場の入り口付近にある横綱鬼面山谷五郎碑。鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう)は、第13代横綱。岐阜県で唯一の横綱で、また、明治になって初めての横綱です。養老町鷲巣の出身で、美濃街道ウォーキングの時には生家跡を見てきました(2023年5月22日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編))。27場所143勝24敗16分で、優勝相当成績7回という輝かしい成績を残しています。明治2(1869)年に横綱になりましたが、翌年に引退。さらに引退後1年たたずに亡くなりました。

Img_1423c_20230915170601 230915130037277c  これで立ち寄り先は、コンプリート。昼食は、前回、美濃街道ウォーキングのときに休みで(2023年5月22日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編))、行けなかった「そば処たみと」さんへ。12時45分くらいの到着。なかなかよい感じのお店です。「ざる蕎麦(白)」を頼みましたが、十割蕎麦です。写真のように美しい蕎麦で、腰もしっかりしていましたし、味と香りも十分。こんなにおいしい蕎麦をいただいたのは、久しぶり。人気店のようで、われわれが食べ終えて店の外に出たら、「本日分完売」とありました。十二分に満足。

Img_1454c_20230915170601 Img_1430c_20230915170601  養老駅には、13時20分頃、戻ってきました。次の桑名行きは13時31分でちょうどよい時間。桑名着は14時18分。¥580。美濃街道ウォーキングで来たときには(2023年6月4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編))、「養老公園県営100周年記念往復割引切符」があったのですが(往復で¥1,000)、それは予定数に達して、買えませんでした。

Screenshot_20230915144208c  今日のGoogle Fitのデータ。11.15㎞、17,979歩でした。高低差がかなりありましたので、普通に11㎞を歩いたよりも運動量ははるかに多くなっています。いつもより足がだるくなっています。本編は、また明日以降書きます。

 なお、本文中にも書きましたが、養老の滝へは2018年11月10日に近鉄ハイキングで訪ねています。その時の記事は、次のようになっていますので、ご興味がおありでしたら、ご覧ください。今回は、文学碑などは割愛するつもりですが、これらの記事には詳しく書いてあります。

 2018年11月10日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ……予告編

 2018年11月28日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その1)……養老駅から養老公園へ、コース間違いで余分に2㎞歩く(笑)

 2018年11月29日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その2)……妙見堂、養老の滝から養老神社、菊水泉へ

 2018年12月4日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その3)……養老神社、菊水泉あたりの石碑など、歴史ある旅館

 2018年12月4日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その4)……元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場から大菩提寺を経て、勝手に養老駅にゴール変更(完)

 また、養老公園にある石碑をたどるハイキングコースが、ここにあります。文学碑などが網羅されています。

 ちなみに、「美濃街道ウォーキングオプショナルツアー」#1としましたが、#2として、行基寺へも行こうと計画しています。行基寺へは、養老鉄道美濃山崎駅から往復するつもり。

2023年9月13日 (水)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その3)……浄泉坊、朝日小学校の円形校舎、朝日町資料館から語らいの広場で抽選会を経て伊勢朝日駅にゴールにて「完」

230909oyachi2  9月9日の近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』の本編その3です。その2では、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館と回りました。残る立ち寄り先は、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)で、ゴールは近鉄名古屋線・伊勢朝日駅です。

Img_0770c_20230909170501  朝日町歴史博物館のエアコンが効いたロビーで休憩し、11時に再スタート。白梅の丘など住宅地の方を回って、小向山浄専坊(おぶけざんじょうせんぼう)に向かいます。浄土真宗本願寺派のお寺。由緒書きによれば、正治元年(1199)年、正治寺として小向御厨神明宮(現在の小向神社か? こちらを参照)の別当寺として建てられました。当初は禅宗であったといいます。その後、愛洲宗貫が小向に城を構え、延元4(1339)年に朝明郡の地頭職に補せられ、伊勢守を名乗り、この寺を菩提寺にして愛洞山と称しました。寛正の頃(1460~1465年)、伊勢左衛門尉真弘のの末裔が出家して小向坊浄泉といって、正治寺に住み、応仁元(1467)年、蓮如上人が関東から帰洛の際、その教化を受けたと言います。天正年間、沼木宗喜(柿城主)、飯田庄之助(小向城主)の城が寺院付近にあり、それを攻めた滝川一益の兵火にかかって焼失しました。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭(伊勢氏の末裔)が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称し、寛永15(1638)年、西本願寺から木仏と寺号の公称を受けています。

Img_0781c_20230912044101 Img_0777c_20230909175001  徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。浄泉坊は、東海道に面しており、参勤交代でここを通った大名は、この寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。また、この寺の書院は、旧桑名城の三の丸御殿を移築したものだといわれています(西羽晃著「郷土誌を訪ねて」,pp.134~135)。寺では対面所として使われていたといいます。

Img_0803c_20230909170501  次の目的地は、朝日町資料館ですが、コースマップに「朝日小学校の円形校舎がよく見えるポイント」と書かれていました。円形校舎そのものは何度も見たのですが、「ビューポイント」であるなら、立ち寄ろうと行ってきました。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_0822c_20230912045201 Img_0830c_20230909170501  続いて朝日町資料館。毎週水曜と土曜日に開館しています。ここも初めて訪ねます。大正5(1916)年に朝日村役場として建てられました。木造2階建の寄棟造瓦葺きで、1階には事務関係の諸室が配置され、2階には議場が設けられていました。内部の改造も少なく、地方建築の特徴をよく留めている建造物として平成12(2000)年に国の登録有形文化財となりました。現在は農耕・養蚕関係の資料など民俗資料を展示しています。右の写真の金庫には「朝日村役場」と書かれています。

Img_0835c_20230912045301 Img_0852c_20230912045301  朝日町資料館の先でまた東海道に出ます。このあたりの東海道は、これまでに何度も歩きました。道幅も、昔の街道そのままのような印象です。昔ながらの建物も残っています。

Img_0838c Img_0841c_20230912045301  コースマップに「東海道沿いの小向地区では民家に竹の花挿しが飾られている」とあります。よく見たら、その通り。地区全体での取り組みと思いますが、街道歩きにホッとするひとときを与えてくれます。桑名でもこういう取り組みがあるといいなと思います。

Img_0863c_20230912061601  語らいの広場の手前にエノキがあります。樹齢300年を超えるといわれます。東海道を往来した旅人たちを見てきたのでしょう。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったそうですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。ところが、松は、太平洋戦争末期、松根油をとるために傷つけられたり、その後の松食い虫の被害などによって激減したのです。

Img_0875c_20230909170601 Img_0872c_20230909170601  エノキの北に語らいの広場があります。ここで抽選会とコースマップにありました。ここは、平成10(1998)年に「東海道ポケットパーク」として整備されたところでしたが、令和2年に改修整備され、「語らいの広場」となっています。コースマップに番号が付与されており、その下1桁が、3、7、9であれば当り。私のマップは、#103でしたので、見事当選! 若松園さんのお菓子が1つということで、みやこまんじゅうをいただきました。若松園さんでは1度も買い物をしていませんので、なんだか申し訳ない気がします。

Img_0879c_20230909170601 Img_0889c_20230909175901  語らいの広場からすぐに近鉄伊勢朝日駅。ここがこの日のゴール。11時半過ぎに到着。キョリ測で見ますと、7.0㎞を歩いてきました。11時43分に名古屋行き準急がありましたので、それに乗車。桑名駅には、11時48分着。¥240。この日は、自宅にて昼食。

Screenshot_20230909121201c  この日のGoogle Fitのデータ。8.8㎞を歩いていますが、キョリ測では、現地では7.0㎞ほどとなっています。歩数は、16,220。暑い中、よく歩きました。

230909144048413  土産は、稲垣酒造場の純米樽酒。御山杉の純米酒を樽に詰めたものをさらに瓶詰めにして販売。¥1,800。色合いはわずかに黄色。甘さはわずかで、すっきりしており、やや苦みがあるかなという感じ。ちなみに、初めて飲むと思ったら、娘から桑名のすし道場で飲んでいたという指摘がありました(苦笑)。そういえば、そうかも知れません。

Screenshot_20230909114053 Screenshot_20230909114031  さらに、今回から参加証は、あみま倶楽部のアプリで。便利ですねぇ。あらかじめ参加するハイキングにログインしておき、指定されているスポットでチェックインするとスタンプがもらえます。指定スポットをコンプリートすると、踏破賞がいただけます。左は踏破賞の記録、右はチェックポイント4ヶ所でのデジタルスタンプ。

2023年9月12日 (火)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その2)……井後神社、若松園、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館へ

230909oyachi2  9月9日の近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』の本編その2です。その1では、三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、八風街道の常夜灯、朝明川堤防を経て移田神社まで来ました。その2では、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て、ゴールの近鉄名古屋線・伊勢朝日駅を目指します。

Img_0638c_20230911162401 Img_0641c_20230911162401  埋縄から柿に入り、のどかな田園地帯を歩いて行きます。日陰がないので、暑いこと。汗だくです。この日の桑名の最高気温は、32.8℃でした。

Img_0648c_20230909170401  スタートから3.7㎞、10時25分頃、2番目の立ち寄り先である井後(いじり)神社に到着。ここも以前、移田神社を訪ねたときに来ています(こちら)。創祀は不詳ですが、元は柿村大字井戸尻の田間に鎮座し、貴船大明神とも称したようです。延喜式内社とされています。明治41(1908)年、柿神社及び山神社を合祀したのですが、狭く、低地で洪水等の恐れがあり、かつ人家より離れていたため、明治44(1911)年、移田神社を合祀するにあたり、現在地すなわち旧柿神社に移転しています。井後神社旧址も、2020年12月11日に訪れています(こちら)。

Oldijirishrine 7ead3b60  余談になりますが、井後神社旧址は、左の地図に示した場所にあります。現在の井後神社から東南東へ約500mほどのところです。キョリ測で見ると、旧址の標高は4m、現在の井後神社のそれは20mあまり。井後神社旧址は、「コーポラス貴船」の駐車場の一角にあります。周囲は、水田地帯だったところに住宅やアパートが建ってきたという印象。上に井後神社は、貴船大明神とも称したと書きましたが、井後神社旧址に立つアパートが「コーポラス貴船」というのは、歴史を知ってか知らずか、興味あるところ。右の写真は、2020年12月11日の撮影。

Img_0659c_20230909170401  話を戻して、井後神社の主祭神は、高龗神(たかおかみのかみ:水を司る神)。相殿神は、建速須佐之男命(たけはやのすさのおのみこと)、大山祇神(オオヤマツミノカミ:山を司る神)の2柱。上述のように、江戸時代までは貴船大明神と称して高龗神を祀っていたといいます。京都の貴船神社は玉依姫命が水神を祀ったのが始まりとされる古い神社で、現在の祭神は高龗神。ちなみに、九華公園にある鎮国守国神社にも、高龗神を祀る小さな社があります。水の神である高龗神を祀ったのは、旧址が低地で洪水の恐れがあったから、それを鎮めたいということでしょうか。

Img_0655c_20230909170401  拝殿で参拝を済ませたら、「どうぞお持ち帰りください」と、御朱印をいただいてしまいました。たいていの場合、300円ほどの初穂料を納めるのでしょうが、今日は、お賽銭だけでいただいてしまい、恐縮至極。

De9c29f7 境内には、拝殿に向かって左(南)に多賀大社が祀られています(写真は、2020年12月11日の撮影)。弘化3(1846)年に、滋賀県の多賀大社から勧請した神社をここに合祀したそうです。御朱印に「多賀大社常夜灯」が描かれています。多賀大社常夜灯は、東海道が北勢バイパスをくぐるところの柿交差点の近くにあります(2017年11月9日:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(前編))。多賀大社から勧請したことと関連があるのでしょう。常夜灯は、もとは東海道沿いにあったのですが、昭和46 (1971)年に街道から30m西の現在地に移転されています。

Img_0680c_20230911175101 D9816227  ここには表参道から上ってくると、「山城門」という扁額がかかっている随身門(ずいじんもん)があります。随身門は、神社を守護する門守神(かどもりのかみ)を安置した神門。桑名宗社(春日神社)にもあります。随身門の南東脇には、「力石」があります。この井後神社は、標高20mほどの小高い丘の上にあり、古墳か、城館でもあったところかと思われますが、神社の西に「城ノ広遺跡」という前方後円墳があったようです。右の写真(2020年12月11日撮影)は、神社の南西にある井後神社交差点のところですが、向かって右が神社、左の奥に写っている、やや高くなった住宅地の辺りに古墳があったようです。これらについて、詳しくは、こちらをご覧ください。

Img_0687c_20230911175601 Img_0691c_20230911175601  井後神社から東に下ると、JR関西線に行き当たります。JRの踏切には、固有名詞がついていますが、ここは「桑名道踏切」。前にも書いたのですが、なぜ桑名道なのかは、不明。というか、ネットでは関連する情報が出て来ません。この先で東海道に出て、桑名につながりますから、その関連かという気がします。

Img_0700c_20230911183601 Img_0703c_20230911183601  東海道に出ました。左の写真は、桑名の方を向いて撮ったもの。朝日町あたりの東海道には、右の写真のように、よく分かる「東海道」の表示板があります。

Img_0714c_20230909170501  次の立ち寄り先は、若松園。近鉄ハイキングでは恒例の立ち寄り先です。和菓子屋さんですが、申し訳ないとは思うものの、これまで、何も買ったことがありません。

Img_0718c_20230909170501 Img_0721c_20230911183901  若松園の向かいに稲垣酒造場。今まで、近鉄ハイキングなどで何度もここの前を通ったのですが、立ち寄るのは初めて。「御山杉」というお酒を造っています。私は決して大酒飲みではありませんが(少なくとも、主観的には、ですが……)、いろいろなお酒を飲んでみるのは、楽しみにしています。

Img_0725c_20230909170501  純米酒、純米樽酒ともに、カップ¥300、グラス¥150で試飲もあったのですが、こんなに暑い日に試飲とはいえ、途中で酒を飲んだら、このあと歩けなくなると思い、ここは我慢。土産に樽酒を買ったのみ。

Img_0731c_20230911184401  今度は、JR関西線の「住宅踏切」を越えて、朝日町歴史博物館へ。「住宅踏切」とは、これいかに? 公営住宅とか、社宅とかがこの近くにあったのかと勝手に想像するのですが、これもまた由来は不明。

Img_0738c_20230911184501 Img_0747c_20230909170501  こちらが朝日町歴史博物館。朝日町教育文化施設の中にあります。ここは何度も来ています。9月、10月は、江戸時代の日本書紀研究、日本画家・水谷立仙萬古焼の展示があります(こちら)。ざっと拝見してきましたが、ここで気に入っているのは、縄生廃寺の模型。エアコンが効いていましたので、ロビーでしばし休憩させてもらいました。ちなみに、縄生廃寺跡には5年前に行っています(2018年6月24日:20180624勝手に近鉄・三交バスハイキング「朝日町天神山、苗代神社、縄生廃寺跡から東海道を江場まで」)。

 キリがよいので、ルートマップその2の途中ですが、その2の記事はここまで。その3は、浄泉坊から。

2023年9月11日 (月)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その1)……大矢知駅から八風街道の常夜灯、朝明川堤防を経て移田神社へ

230909091051483c  9月9日に行ってきた近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』の本編その1です。三岐鉄道との合同企画です。朝日町は、タイトルにもあるように三重県でもっとも小さな町で(面積は5.99平方キロメートル。ちなみに、川越町が8.73平方キロメートル、桑名は136.68平方キロメートル)。桑名の南隣にあります。お隣ということもあって、朝日町へは、近鉄ハイキングでも、個人的な「勝手にハイキング」でも何度か訪れ、めぼしいところはかなり回り、私としては、桑名に次いでよく歩いているところです。しかし、今回は初めてのところが2ヶ所含まれていましたので、参加したという次第。今回は、一人旅。

230909oyachi0  こちらが当日歩いてきたコース。三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、移田(うつしだ)神社、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て近鉄名古屋線・伊勢朝日駅がゴール。コースマップ上は、6.3㎞。

Img_0477c_20230909170301 Img_0448c_20230911145401  桑名駅発9時2分の松阪行き急行に乗車。近鉄富田駅に9時9分着。ここで三岐鉄道三岐線に乗り換え。9時28分発の西藤原行きで、大矢知駅には9時32分着。運賃は合計で¥490。けっこうな賑わい。小さいホームに人があふれるほどでした。7~8月は近鉄ハイキングは休みでしたので、再開第1回ということもあるのでしょう。もらったコースマップの番号は、#103。大矢知駅を9時35分過ぎにスタート。

230909oyachi1  歩いたルートの詳しいマップその1。大矢知駅から移田神社までですが、この中で立ち寄り箇所は、移田神社のみ。大矢知駅を出てすぐ、ごくわずかに八風街道を通ります。常夜灯を見て、市神社陣屋集会所のところで右折して朝明川の堤防道路へ。国道1号線北勢バイパスにあがって、朝明川を渡ります。

Img_0483c_20230909172801 Img_0486c_20230911150501  八風街道。四日市市富田一色が起点。すぐに東海道と交差し、大矢知、平津を経て菰野町田光で巡見道と合流する道です。そこから西は、八風越の道が八風峠を越え、滋賀県に至り、近江八幡市武佐町(中山道武佐宿)まで続いています。このあたり、いかにも昔の街道という道幅。常夜灯も残っています。この常夜灯は、天保4(1833)年建立。正面に「常夜燈」、裏面に「天保四癸巳年八月吉日」とあります。

Img_0490c_20230911151201  常夜灯のすぐ先に市神社・陣屋公民館があります。市神社も、陣屋公民館も、今のところよく分かりません。どちらもネットでは情報が出て来ません。「陣屋」というのは、江戸時代末期、現在の大矢知興譲小学校のところに忍藩の陣屋が置かれたことと関係しているのかも知れません。大矢知は江戸時代を通じて、ほとんどの時代、桑名藩領でしたが、文政6(1823)年、当時の桑名藩主・松平忠堯(ただたか)公が、武蔵国忍藩へ国替えとなったのです。しかし、忍藩では桑名に比べ石高が少なく、それを補うため、北勢四郡のうち72ヵ村(松寺、蒔田、西富田を除く)4万3,000石が忍藩領になりました。そのとき、ここ大矢知に陣屋が置かれ、忍藩が支配したのです。ちなみに、忍藩が大矢知を支配してからは、八風街道の起点・富田一色は、米の積み出し港として栄えました。

Img_0493c_20230911152801 Img_0497c_20230909170301  分からないことを残したまま、右折して朝明川の堤防に向かいます。いかにもハイキングに来たという風情に見えますが、この時点ですでにかなり暑くなっていました。

Img_0522c_20230911152901 Img_0526c_20230911152901  朝明川の右岸堤防沿いに「朝明川右岸用水完成記念碑」があります。昭和39(1964)年に鉄筋コンクリート製の堅牢な井堰(出来山井堰)が造られたときの竣工記念碑です。三重県知事田中覚。ました。右岸堤防上に立派な竣工記念碑が建っています。裏面には、建造に至った経緯、規模内容が縷々述べられているそうです(足場が悪かったので、見てきてはいません)(こちらを参照)。

Img_0536c_20230911153801 Img_0540c_20230909170301  県道26号線をくぐりしばらく行くと国道1号線北勢バイパスに行き当たります。自動車専用のはずなのに、どうする?と思っていたら、朝明川を渡る部分だけ歩道がありました。ただし、ご覧のように階段を上って行きます。高いところですので、見晴らしは良好。右の写真は、進行方向である北側を撮ったもの。南東方向には、四日市港もよく見えました。

Img_0577c_20230911154302 Img_0590c_20230911154301  北勢バイパスから降りて、2㎞を過ぎたあたりで伊勢湾岸自動車道の下をくぐります(左の写真)。右の写真は、湾岸自動車道をくぐって移田神社に続く坂道の途中から、通ってきたあたりを撮ったもの。

Img_0607c_20230909170401  スタートから2.6㎞を歩いて、10時10分頃、ようやく最初の立ち寄り先である移田(うつしだ)神社に到着。ここへは一度、2020年12月に来ています(2020年12月11日:20201211勝手にJRさわやかウォーキング三重・朝日町へ……朝日町歴史博物館の「古文書から歴史をよみとく-江戸時代の朝日-」を見て、井後神社、善照寺、移田神社、井後神社旧址へ)。

Img_0604c_20230909170401  延喜式内社。移田神社の主祭神は、神社検索三重のサイトでは、埴安姫神(はにやすひめ:土をつかさどる神)、応神天皇大山祇命の3柱となっています。しかし、神社にあった由緒書きには、建速須佐之男命天照大神、応神天皇、大山祇神となっています。その由緒書きには、「移田神社の祭神は神社に奉納されていた古い神名札に稲霊埴安神とあったといわれ、埴安姫神であったものをのちに天王といい、建速須佐之男命と呼ぶようになったと伝えられる」とあります。埴安姫神も、建速須佐之男命も、伊奘諾尊(いざなきのみこと)の子ですから、両者が結びついたのでしょうか。「天王」は、牛頭天王のことでしょう。そうであれば、それは、建速須佐之男命と習合しています。明治40(1907)年、神明社の境内一社と字北谷にある八幡社、字入ケ谷の山の神社を合祀しています。さらに、明治41(1908)年、井後神社に合祀されましたが、昭和27(1952)年、移田神社は分祀し、旧地に復帰しました。神殿、拝殿は、毘沙門天の跡に平成15(2003)年、新たに造営されています。ほかにも見どころがあり、とくに拝殿前の狛犬は、エジプトのスフィンクスのようなスタイルで興味あるものでした。詳しくは、こちらの記事(2020年12月11日)をご覧ください。

Img_0627c_20230909170401  移田神社から埋縄(うずなわ)地区の集落の中を下っていくと、移田神社の社号標のあるところに出ます。移田神社の社号標、案内の石柱と、善照寺の案内標識が立っています。案内の石柱には、「延喜式内移田神社 是ヨリ二丁」とあります。一丁は60間、 すなわち約109mですから、218m。光雲山善照寺は、今回は立ち寄り先になっていませんが、真宗本願寺派のお寺。寛永18(1641)年の創建。

 その1は、マップのキリもよいのでここまで。その2は、井後神社から。

2023年9月10日 (日)

20230910長島ファームにて安永氷

230910100225360c 230910100246406c  散歩から帰って一息ついて、こちらへ。10時から営業なのですが、9時45分に着いてしまい、クルマでしばし待機。ナガシマファームです。ナガシマリゾートが運営する施設の1つ。

230910100158087c  目的は、こちら。安永氷(やすながごおり)です。きめ細かな氷に桑名の「安永餅」の名店・永餅屋老舗のつぶ餡をトッピングした夏の限定商品です。4種類ありますが、私は「オリーブ」を是非とも食べてみたいと思っていたのです。

230910100644290c  家内、娘と出かけたのですが、こちらの2品をチョイスして、シェア。オリジナル「苺~いちご~」(つぶ餡・白玉入り、¥850)と、オリジナル「オリーブ」(安永つぶあん白玉入り、¥850円)。「苺~いちご~」は、ナガシマファームで採れ、熟成したいちごで仕込んだシロップと、冷凍いちごをスライスした削りイチゴがトッピングされています。「オリーブ」は、みぞれ氷に、EXVオリーブオイルが贅沢にかけてあり、岩塩で甘みを引き立たせてあります。私は主に「オリーブ」を食べましたが、期待に違わず。絶品といっていいでしょう。オリーブオイルの香りと岩塩によって引き立たせられた、ほのかな甘みが堪りません。なお、安永氷は、「桑名かき氷街道2023」の1つでもあります。

230910100034643c 230910102047250c  もう1つ、ナガシマファームで見たかったのが、この樹齢2,000年を越えるというオリーブの大木。原産地は、スペインのカタルーニャ州タラゴナ県ゴダール。オリーブは、太古の昔から、平和、純潔、強さを象徴し「聖なる木」として崇められてきたそうですが、この存在感はなんともいえません。何度も近寄ったり、あちこちから眺めたりしてきました。不思議な力が満ちているような感じもしてきます。気に入ってしまいました。

230910102645572c 230910100112864c  巨樹には、タッチして、エネルギーをもらいたくなるのですが、囲いがあってすぐそばには行けませんでした。右の写真で手前に移っている大きな壺は、「アンフォラ(Amphora)」という、古代ギリシャ、ローマでオリーブオイルや、ワインなどの液体や穀物を運搬・貯蔵するために用いられた素焼きの陶器だそうです。

2023年9月 9日 (土)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(予告編)

230909091051483c  今日は、好天で暑くなりましたが(桑名での最高気温は、32.8℃)、予定通りに近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』に行ってきました。三岐鉄道との合同企画です。朝日町へは、近鉄ハイキングでも、個人的な「勝手にハイキング」でも何度か訪れ、めぼしいところはかなり回りました。しかし、今回は初めてのところが2ヶ所含まれていましたので、参加したという次第。今回は、一人旅。今日の記事は予告編です。

230909oyachi0  こちらが今日歩いてきたコース。三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、移田(うつしだ)神社、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て近鉄名古屋線・伊勢朝日駅がゴール。コースマップ上は、6.3㎞。

Img_0477c_20230909170301  桑名駅発9時2分の急行松阪行きに乗車。近鉄富田に9時9分着。三岐鉄道三岐線に乗り換え。9時28分発の西藤原行きで、大矢知駅には9時32分着。運賃は合計で¥490。けっこうな賑わい。7~8月は近鉄ハイキングは休みでしたので、再開第1回ということもあるのでしょう。もらったコースマップの番号は、#103。大矢知駅を9時35分過ぎにスタート。

Img_0483c_20230909172801 Img_0497c_20230909170301  ハ風街道から朝明川の堤防へと向かい、堤防沿いを北勢バイパスの方へと歩いて行きます。途中、常夜灯1基、市神社陣屋集会所を通ります。朝明川にはアオサギや、ダイサギ、コサギなどが見えました。

Img_0540c_20230909170301 短い区間だけ北勢バイパスに上がってバイパス沿いの歩道を歩きます。あちこちよく見えてよい気持ち。しばらく立ち寄るところはありません。北勢バイパスから伊勢湾岸自動車道の下をくぐると、最初の目的地が近づいてきます。

Img_0607c_20230909170401 Img_0604c_20230909170401  それは、移田(うつしだ)神社。こことこのあと訪ねる井後神社は、2020年12月に来ています(2020年12月11日:20201211勝手にJRさわやかウォーキング三重・朝日町へ……朝日町歴史博物館の「古文書から歴史をよみとく-江戸時代の朝日-」を見て、井後神社、善照寺、移田神社、井後神社旧址へ)。延喜式内社。移田神社の主祭神は、埴安姫神(はにやすひめ:土をつかさどる神)、応神天皇大山祇命の3柱と神社検索三重のサイトではなっています。ここでスタートからほぼ2.6㎞。かなり汗をかいています。

Img_0648c_20230909170401 Img_0659c_20230909170401  つづいて、井後(いじり)神社。創祀は不詳ですが、元は柿村大字井戸尻の田間に鎮座し、貴船大明神とも称したようです。延喜式内社。明治41(1908)年、柿神社及び山神社を合祀したのですが、狭く、低地で洪水等の恐れがあり、かつ人家より離れていたため、明治44(1911)年、移田神社を合祀するにあたり、現在地すなわち旧柿神社に移転しています(この井後神社旧址も、2020年12月11日に訪ねています)。主祭神は、高龗神(たかおかみのかみ:水を司る神)。

Img_0655c_20230909170401 Img_0703c_20230909173901  拝殿で参拝を済ませたら、御朱印をいただきました。たいていの場合、300円ほどの初穂料を納めるのでしょうが、今日は、お賽銭だけでいただいてしまい、恐縮至極。井後神社から下っていくと、東海道に出ます。

Img_0714c_20230909170501  次の立ち寄り先は、若松園。近鉄ハイキングでは恒例の立ち寄り先です。和菓子屋さんですが、申し訳ないとは思うものの、何も買ったことがありません。

Img_0718c_20230909170501 Img_0725c_20230909170501  若松園の向かいに稲垣酒造場。今まで、近鉄ハイキングやJRさわやかウォーキングで何度もこの前を通ったのですが、立ち寄るのは初めて。「御山杉」というお酒を造っています。試飲もあったのですが、こんなに暑い日に試飲とはいえ、途中で酒を飲んだら、このあと歩けなくなると思い、ここは我慢。土産に樽酒を買ったのみ。

Img_0744c_20230909170501 Img_0747c_20230909170501  続いて、朝日町歴史博物館。ここは何度も来ています。9月、10月は、江戸時代の日本書紀研究、日本画家・水谷立仙、萬古焼の展示があります(こちら)。ざっと拝見してきましたが、ここで気に入っているのは、縄生廃寺の模型。エアコンが効いていましたので、ロビーでしばし休憩させてもらいました。

Img_0770c_20230909170501 白梅の丘の方を回って、小向山浄泉坊(おぶけさんじょうせんぼう)へ。浄土真宗本願寺派。正治元(1199)年、正治寺として小向御厨神明宮(現在の小向神社か? こちらを参照)の別当寺として建てられ、当初は禅宗でした。いろいろと経緯がありましたが、寛正の頃(1460~1465年)、伊勢左衛門尉真弘の末裔が出家して小向坊浄泉といって、正治寺に住み、応仁元(1467)年、蓮如上人が関東から帰洛の際、その教化を受けたといいます。天正年間、滝川一益の兵火にかかって焼失しましたが、慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称し、寛永15(1638)年、西本願寺から木仏と寺号の公称を受けています。

Img_0777c_20230909175001  徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。

Img_0803c_20230909170501  次の立ち寄り先である朝日町資料館へ行く前に、コースマップに「朝日小学校の円形校舎がよく見えるスポット」がありましたので、見てきました。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_0830c_20230909170501  こちらは、朝日町資料館。ここも初めて訪れました。大正5(1916)年に朝日村役場として建てられました。木造2階建の寄棟造瓦葺きで、1階には事務関係の諸室が配置され、2階には議場が設けられていました。内部の改造も少なく、地方建築の特徴を良く留めている建造物として平成12(2000)年に国の登録有形文化財となりました。現在は農耕・養蚕関係の資料など民俗資料を展示しています。

Img_0875c_20230909170601 Img_0872c_20230909170601  最後に、語らいの広場で抽選会。ここは、平成10(1998)年に「東海道ポケットパーク」として整備されたところでしたが、令和2年に改修整備され、「語らいの広場」となっています。コースマップに番号が付与されており、その下1桁が、3、7、9であれば当り。私のマップは、#103でしたので、見事当選! 若松園さんのお菓子が1つということで、みやこまんじゅうをいただきました。

Img_0879c_20230909170601 Img_0889c_20230909175901  ゴールの近鉄名古屋線伊勢朝日駅。11時半過ぎに到着。11時43分に名古屋行き準急がありましたので、それに乗車。桑名駅には、11時48分着。¥240。今日は、自宅にて昼食。

Screenshot_20230909121201c  今日のGoogle Fitのデータ。8.8㎞を歩いていますが、キョリ測では、現地では7.0㎞ほどとなっています。歩数は、16,220。暑い中、よく歩きました。

230909144048413  土産は、稲垣酒造場の樽酒。御山杉の純米酒を樽に詰めたものをさらに瓶詰めにして販売。¥1,800。色合いはわずかに黄色。甘さはわずかで、すっきりしており、やや苦みがあるかなという感じ。ちなみに、初めて飲むと思ったら、娘から桑名のすし道場で飲んでいたという指摘がありました(苦笑)。そういえば、そうかも知れません。

Screenshot_20230909114053 Screenshot_20230909114031  さらに、今回から参加証は、あみま倶楽部のアプリで。便利ですねぇ。あらかじめ参加するハイキングにログインしておき、指定されているスポットでチェックインするとスタンプがもらえます。指定スポットをコンプリートすると、踏破賞がいただけます。左は踏破賞の記録、右はチェックポイント4ヶ所でのデジタルスタンプ。

230909053508462c 230909053530561c  ついでの余談。拙宅ベランダ園芸のアサガオ。今朝は、合計6輪。今年の最多記録。勢いのある方に5輪。これで累計41輪。明日もまだまだ咲きます。

2023年9月 4日 (月)

九華公園にダイサギ……午後は市民大学郷土史学科の講義へ

Dsc04287c  散歩コースでは、ススキの穂も出て来たのに、今日もまた蒸し暑くなっています。猛暑日の一歩手前、34.9℃という気温。参ります。朝は、7時10分から散歩へ。寺町、京町、吉津屋町、外堀、内堀南公園、貝塚公園、九華公園、住吉神社と歩いてきました。午後からは、くわな市民大学郷土史学科の第4回講義に行ってきました。歩いたのは、合わせて6.0㎞ほど。

Dsc04193c Dsc04210c  貝塚公園を出て九華公園に行くまでに見た鳥は、スズメとシジュウカラ。シジュウカラは、わが家近くの玉重橋のところと、貝塚公園と2ヶ所にいました。はあぶ工房Togetherの近くでイソヒヨドリのメスが2羽。1羽は、民家の屋根で毛虫のようなものを食べようとしていました。

Dsc04248cDsc04333c_20230904160601  九華公園では、今日もカラスが出迎え(苦笑)。本当にたくさんいるのです。たぶん合計で20羽はくだらないでしょう。カワウは、数羽がいます。

Dsc04504c_20230904160601 Dsc04528c  奥平屋敷跡では、シジュウカラとカワラヒワ。いずれも証拠写真。ほかには、ハクセキレイ、ドバト、ムクドリ、ハシボソガラス。あまりたくさんは来ません。シジュウカラやカワラヒワもよく動いていたり、高いところにいたりして、なかなか撮れません。

Dsc04543c_20230904160501 Dsc04631c  あまりいないので帰ろうと思ったら、こちらの鳥さん。「ヘンな鳥!」と思ったのですが、ヒヨドリの若者のように思います。食べ物をあまり食べていないのか、ちょっと貧相に見えます。肉眼では草を振り回しているように見えたのですが、これは誤り。カマキリを捕まえて、弱らせようとして打ち付けていたのです(右の写真、ただしクリック注意です。拡大しますから、お嫌いな方は避けてください)。

Dsc04717c Dsc04864c  朝日丸跡を歩いていたら、対岸の野球場の南の堀にダイサギが来て、エサを探していました。残念ながら50m以上の距離がありますので、これくらいの写真になります。

Dsc04849c_20230904161501  ハシビロガモのオスは、吉之丸堀を元気に泳ぎ回っていました。このあと、鎮国守国神社の社務所裏でカワセミが飛ぶのを見たのですが、すぐに見失ってしまいました。これで3日連続の目撃。

230904125035027c 230904154332956c  午後からの市民大学郷土史学科、8月は夏休みでしたので、再開ということです。会場はいつものパブリックセンター。今回は、松尾芭蕉や、文学に取り上げられた桑名のお話し。芭蕉は、何度も桑名を訪ねています。野ざらし紀行のときにも訪ねていますし、奥の細道の旅を大垣で結んでから、伊勢神宮の遷宮を見に行くとき、長島にある大智院に逗留しています。桑名で詠んだ句もいくつか知られています。たとえば、桑名別院本統寺では句会を開き、「冬牡丹 千鳥よ 雪のほととぎす」をいう句を残しています。「明けぼのや 白魚白き事 一寸」というのも有名です。

Bumon1c 今日の講義では、講師の先生から、10月28日から11月26日に桑名市博物館で開かれる展覧会のPRもありました。「武門の遺産(レガシー)-徳川家を支えた忍・桑名・白河-」という展覧会です。今年は、三方領地替えから200年、また、行田市・桑名市・白河市友好都市締結25周年を迎えますので、それを記念し、これら3市の博物館を巡回する展覧会が開かれるのです。三方領地替えとは、文政6(1823)年に忍藩主阿部正権が白河へ、白河藩主松平定永が桑名へ、桑名藩主松平忠堯が忍へ国替えとなったことをいいます。この国替えが縁となり、平成10(1998)年に行田市・桑名市・白河市の3市が友好都市を締結しているのです。これは歴史好きには必見だと思います。

2023年9月 1日 (金)

ハシビロガモのオスの羽ばたきで翼の傷み具合を見る

Dsc03097c  朝夕は多少過ごしやすくなった気がしますが、それでもまだ熱帯夜が続いています。日中は相変わらず暑くて閉口。今日は、33.1℃。今朝も家事を済ませ、8時15分から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、アピタ桑名店、八間通と5.6㎞。空を見上げますと、秋と夏とが同居しているような感じがしています。ブロ友のじゅほうさんのブログで知りましたが、このように「二つの季節が行きかう空。ある季節が去り、次の季節に移り変わろうとする頃の空」を「行合(ゆきあい)の空」というそうです。

Dsc03070c  相変わらずというか、今日はいつもより鳥がいません。歩いた道中で見たのは、少数のスズメ、ドバト、ハシボソガラス、ムクドリくらい。九華公園のお隣の鎮国守国神社からシジュウカラとコゲラの鳴き声が聞こえましたが、姿は見えません。スズメもなかなか撮影できず、これは九華公園の外周遊歩道の南で出会ったスズメの若者。

Dsc02906c_20230901145201 Dsc02938c  結局、今日もまたハシビロガモのオスの安否確認をしてきたような感じ(微苦笑)。この頃は、たいてい野球場の南の堀にいます。近くには、カワウが3羽。今日のバードウォッチングは、ハシビロガモのオスとカワウのお陰で成り立っています。

Dsc02971c_20230901145201 Dsc02972c  ハシビロガモは、身繕いをしており、堀の上で羽ばたきを繰り返していましたので、写真を撮ったのですが、結果的にこれがよかった。というのは、翼の傷み具合が、今までよりもよく分かったのです。これら2枚の写真には、低い位置で翼を羽ばたかせていますが、左右ほぼ対照の動きをしています。

Dsc02967c_20230901145201 Dsc02979c_20230901145201  ところが、高い位置に翼を上げたときには、左右の翼の動く範囲がかなり違っていました。すなわち、右の翼が上がらないのです。翼が上がらないということは、上腕骨か、上腕骨が肩甲骨に繋がる部位などを傷めたのかな、というのが解剖学を知らない素人の推測。

Ec30fc57 A701f6a1  左の写真は5月11日(2023年5月11日:貝塚公園でセンダイムシクイの証拠写真……Q&Aは今回も難渋)、右の写真は7月14日(2023年7月14日:京町のお宅でツバメのヒナ誕生&イソヒヨドリのオスの幼鳥そろい踏み)に撮影したもの。いずれも右の翼がやや下がり気味であることが分かります。

230901094905611c 230901094917041c  ところで、アピタ桑名店へ行ったのは、100均ショップで欲しいものがあったのと、新光堂書店が9月10日までで閉店するという情報があったので、それも確かめたかったのです。発売日に新刊が入っていないなどと書いていましたが、徒歩圏内あるいは散歩コースの近くに本屋さんがなくなるのは寂しいことです。以前は、田町に本店があったほか、名古屋のユニモール、桑名駅近くにも大規模店舗があったのですが、これまでにすべて閉店し、アピタの店だけが残っていたのです。とくに桑名駅近くにあったエル新光堂は、品揃えも豊富でよく行きました。外商部だけは営業を続けるそうです。

より以前の記事一覧

2023年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

マイブックス

  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)

  • 國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
    ほぼ隠居状態ですから、暇と退屈には困りません(微笑)。それ故にこの本を手に取ったといっても、誤りではありません。著者がいうには、「暇」とは何か、人間はいつから「退屈」しているのだろうかといったなかなか答えにたどりつけない問いに立ち向かうとき、哲学が役に立つというのが著者のスタンス。哲学書なのに、読みやすいのです。スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど、その昔学生時代に取り組んで挫折した哲学者たちの論考を参照しつつ、現代の消費社会における気晴らしと退屈について鋭い指摘がされ、まさに蒙を啓かれます。 (★★★★)

  • 逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)

    逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)
    今さら、なぜこういう統計ソフトの本を読むのか? と訝られると思うのですが、その昔、現役の頃には統計パッケージソフトIBM SPSSを使ってデータを分析して論文を書いていました。ただ、SPSSを始め、統計パッケージソフトは、値段がバカ高いのです。退職する前からこのRというフリーの統計処理ソフトが出て来て、ずっと興味を持っていました。先日、文庫本を買おうと思って本屋に行ったらこの本を見つけてしまいました(微笑)。今さらこれを使ってバリバリやる訳ではありません。むしろボケ防止かも知れませんが、昔のデータはそのままパソコンにありますから、これを使って、昔はやらなかった分析をしてみようと思っています。何か成果が出るかどうかは極めてアヤシいのですが、まぁゆるりといろいろやってみることにします。 (★★★★)

  • 林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)

    林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)
    たまにはこういう本も読まないと、認知機能が退化するかもしれないと思って(微苦笑)。というよりも、もともと神経心理学に興味がありましたので、本屋の店頭で見つけ、これは面白そうだと思って購入しました。うつ、自閉スペクトラム障害、ADHD、統合失調症、双極性障害など、現代人を悩ませる心の病について、脳にどのような変化が起きているか、最新の知見がまとめられています。最前線の研究者たちがわかりやすく説明しているのですが、知識ゼロで読むのはかなりキツいかも知れません。私は現役をリタイアして10年以上になりますが、その間にこれほど研究が進んだのかというのが正直な感想。心の病の原因は、1つとは限りません。心の病は「症候群」と見た方がよいと考えます。私自身が関わる自閉スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害でもそうです。脳機能と心の病との関連について最新の知見を知りたい方にはおすすめ。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)

    磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)
    本の帯に「大河より面白い!」とありますが、本当にそうでした。午前中の散歩のついでに買ってきて、夕食までに一気に読み終えてしまいました。もったいない気がするくらい。松平元康がいかにして徳川家康になったか、さらに徳川将軍家がいかに続くよう礎を築いたかが、よく分かりますし、戦国時代から徳川幕府創世記までの歴史を見る目が養われる本です。それというのも、著者の磯田さんが古文書の権威で、一次史料を読みこなすだけでなく、場合によっては価値が怪しい資料まで傍証に用いて(怪しい資料でも使い道があるというのも良く分かりました)、ご自身の頭で考えた結果を実に分かりやすく解いてくれてあります。徳川家康の弱者の戦略のキーワードは、「武威」と「信頼」ということです。また、情報の取得、解読にも意を尽くしたことがよく分かります。混迷を深める世界情勢を読み解いて、我が国が進む方向を考える上でも役に立つ一冊。 (★★★★★)

  • 井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)

    井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)
    発達障害、とくに自閉スペクトラム症(ASD)の方では、感覚過敏や感覚鈍磨をよく伴います。「照明で目がチカチカする」「皆が話している教室では。音が鳴り響き絶えられない」「ケガをしてるのに、痛みを感じない」などさまざまな状況を呈します。著者は実験心理学や、認知神経科学を専門とし、ASDの方に見られる感覚過敏、感覚鈍磨は、脳機能の特性から来ていることを明らかにしてきています。ASDなど発達障害のあるご本人はもちろん、親御さん、教師など関わりを持つ方々は、このことをよく理解して支援にあたることがとても重要です。ASDを始めとして発達障害について、「わがまま」「自分勝手」「やる気がない」などと捉えてしまうと、支援どころか、理解もできなくなります。脳の働きによってさまざまなことが生じてきているという視点が必要不可欠です。この本は、感覚過敏・感覚鈍磨を手がかりにそういう視点について理解を深められます。 (★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)
    2022年12月のNHKのEテレ「100分de名著 中井久夫スペシャル」のテキストです。今頃(2023年2月)これをリストアップしているのはどうかという気もしますが、録っておいたビデオをみたのが最近なのです。中井久夫さんは、2022年8月にお亡くりになりましたが、日本を代表する精神科医のお一人であり、翻訳家、文筆家としても一流でした。現役の頃、中井さんの本はたくさん読みました。臨床心理学の分野でも「風景構成法」を導入した方として知られています。Eテレの講師である齋藤環さんは、中井さんを評して「義と歓待と箴言知の人」と書いておられますが、まさにそういう気がします。『最終講義』『分裂病と人類』『治療文化論』『「昭和」を送る』『戦争と平和 ある観察』が紹介されています。現在もウクライナで戦争が続いていますが、中井は「戦争は過程、平和は状態」とし、戦争は物語として語りやすく、とにかくかっこよくて美しい、それが問題だといいます。一方、平和は分かりにくく、見えにくいため、心に訴える力が弱いとします。「状態を維持する努力はみえにくい」のですが、戦争と平和に限りません。普段通りの日常生活を維持していくのも同じような気がします。戦争を経験していない人間が指導者層の多くを占めるようになると戦争に対する心理的抵抗が低くなるともいいます。「戦争には自己収束性がない」とも中井さんはいっています。われわれはやっかいな時代に生きていると痛感します。中井さんの本を多くの方が読むと、時代も変わるかも知れません。 (★★★★★)

  • 桑名三郎: 七里の渡しを渡った人達(久波奈工房)
    桑名と名古屋の宮を結んだ東海道唯一の海路「七里の渡し」をテーマにした歴史本です。船頭が旅人を案内しながら、七里の渡しを渡った歴史上の24人を紹介する内容。やさしい話し言葉で紹介されており、読みやすい本です。徳川家光、松尾芭蕉、明治天皇などが取り上げられています。著者は、桑名で歴史案内人をしながら、街の歴史を研究している、街道好きの方です。本は、桑名市内の書店とメルカリで¥1,200で販売。 (★★★★)
  • 磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)

    磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)
    磯田さんの本は面白い。というのも、話のもとには古文書があるからだと思う。その古文書も磯田さん自身が、古書店などで発掘してきたものがほとんどで、それ故、内容もオリジナリティが高くなる。この本は、戦国時代から幕末あたりを中心にさまざまな古文書の内容をもとに、例えば忍者の悲惨な死に方、江戸でカブトムシが不人気だった背景、赤穂浪士が吉良の首で行った奇妙な儀式などなど、興味深いエピソードを浮かび上がらせている。面白いので一気読みしてしまった。 (★★★★★)

  •  佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)

    佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)
    史跡や、寺社、町並み、城、美術工芸品等の見方がやさしく解説されている本です。「事典」となっていますが、いわゆる辞書とは違って、普通の本のスタイルです。索引が充実していますので、事典としても十分に使えます。最初の版をもっていますが、40年ぶりに改訂され、写真、図版も多く、歴史散歩の最強の味方です。 (★★★★★)

  • 日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)

    日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)
    今年1年、何の因果か(などと書くとお叱りを受けること必至ですが)、住んでいるマンションの管理組合の理事長を仰せつかっています。今年は、エレベーターリニューアル工事が最大のイベントで、それは無事に済んだのですが、前理事長から8年後に迫った第3回大規模修繕に向けて、修繕積立金が不足する見込みと申し送られました。確かにかなりの金額が不足しそうで、頭を悩ませていました。マンションに住みながら、そもそも基本的な知識が不足しており、管理会社のフロントマンの方の協力を得ながらシミュレーションなどをしていました。ネットであれこれ調べてはいたものの、それで得られる知識は体系的なものではありませんでした。この本は、事例を元にマンション管理について必要な知識が得られるように書かれており、まだすべて読み終えてはいないものの、とても役に立っています。任期残り2ヶ月半となって付け焼き刃ではあるものの、次の理事会に具体的に課題を申し送ることができるよう勉強中(笑)。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)

    宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」や「どうしても頑張れない人たち」の著者である宮口幸治さんの新刊です。前2著の内容をよりよく理解できるよう、「ドキュメント小説」として書かれたものです。主人公は、精神科医の六麦克彦。医局から派遣されて要鹿乃原少年院に勤務して5年。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちでした。この内容は、前の2冊のように普通の新書では書き尽くせるものではなく、物語の形を借りざるを得なかったのでしょう。ただし、普通の小説として読むのには少し苦労するかも知れません。特別支援教育が普及して、知的障害や、発達障害のある子どもへの教育や支援は、以前に比べれば改善されてはいますが、最近は、家族の養護能力が十分でなかったり、親など家族自身に支援が必要なケースもたくさんあります。こうした中には、この本で取り上げられたような結末に至ることがあっても不思議ではないという気がします。極端な事例が集められていると思われるかも知れませんが、社会全体として真剣に取り組むべき課題が突きつけられています。 (★★★★)

  • 本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)

    本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)
    本田秀夫先生によるこのSB新書の4冊目のシリーズ。今回は、発達障害のあるお子さんの学校選び、学級選び、友達関係、学習や学力の悩み、不登校など、発達障害のあるお子さんの学校生活全般にわたって、どのような考え方に基づいてサポートしたら良いかについてまとめられています。それぞれ、親と先生とが、どのように取り組むことが基本となるか、解説されています。対策よりも予防的な工夫をコミュニケーション(要求ではなく)に基づいて行う、「学校の標準」を緩める、登校や成績を気にしすぎず、社会に出るための土台作りを考える、発達の特性には寛容になる、学びを大切にするが学力にこだわりすぎない、親と先生とが気づきを伝え合い相談、調整する、子どものモチベーションを重視するなど、具体的に書かれていて、分かりやすくなっています。発達障害のあるお子さんが小中学校で充実した学習が進められるための基本的な考え方やヒントが詰まっていますので、親御さんにも、先生方にもお勧めできます。 (★★★★★)

  • 佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?

    佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?
    サンドウィッチマン&芦田愛菜ちゃんMCの「博士ちゃん」に「三国志博士ちゃん」、「日本の神様博士ちゃん」として2回出演した佐々木秀斗君の自由研究を本にしたもの。何故これをここに取り上げたかというと、私のブログに載せた立坂神社の緑色の鳥居について、写真を提供して欲しという依頼が出版社からあったのです。私が提供した写真は、本書の162ページに「提供:猫の欠伸研究室」として載っています。ざっと読みましたが、大人でも、古事記や神社についてよく知らない方が、最初に手に取って基本的なことがらを知るには、わかりやすくて良い本だと思います。 (★★★★★)

  • 森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)

    森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)
    ネットで見つけ、新刊かと思って購入したのですが、4年前の本でした(微苦笑)。 若い頃に森博嗣さんの小説をすべて読んでいました。いつの頃からか、小説は読まず、森さんのエッセイだけを読むようになっています。「読書の極意を教える」と帯にはあります。もちろんそれについて書かれているのですが、私にはある種の知的生産の技術について著者の方法を開示していると読めます。「何でも検索できる時代にも、本を読む意味がある」というのは、よく首肯できます。また、「教養とは保留できる能力をいう」というのも確かにそうだと思います。自分の問題として抱続けられ、また、考え続けられるのは、容易ではありませんから。 (★★★★★)

  • 井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)

    井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)
    愛媛県新居浜市にあった別子銅山は、元禄3(1690)年、伝説の切上り長兵衛によって発見されてから、昭和48(1973)年の閉山まで、283年間にわたり、累計65万トンの銅を産出しました。これは、世界の銅の産出量の1/6にも達するといいます。巨大財閥住友の礎となっただけでなく、日本の貿易や近代化にも大きく貢献したのがこの別子銅山です。江戸時代には貨幣改鋳にも深く関わった世界屈指の鉱山を舞台に、そこに関わった人達を鮮やかに描いた、本当の意味での大河小説です。徳間時代小説文庫で読みました。  (★★★★)

  • 養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)

    養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)
    養老孟司先生と池田清彦先生の対談であれば、外れはありません。サブタイトルのように、「はみ出し日本論」ではありません。ど真ん中の日本論といってもよい本で、楽しみながら読めます。しかし、それは、自分のアタマできちんと考えているからこそ論じられる内容だと思います。常識や、マスコミで報道されることがらだけをフォローしていては、こういう風に考えることはできません。きちんとした理論、知識、データに基づかなければなりません。さらには、物事を捉える大きな枠組み、私の世代にとっては「パラダイム」といえるものが必要。それも、確固たるパラダイムが必要です。私にとってそれはある種の理想なのですが、なかなか難しい。しかし、まぁ、年寄りになったからこそ見えるものや、年寄りなりの知恵も働くようになるということもありますから、養老・池田の「怖いものなし」コンビを1つの目安として、言うべきこともいえるようになりたいものです。 (★★★★★)

  • 土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)

    土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)
    先に同じく土井善晴さんの「一汁一菜でよいという提案」を挙げましたが、入手したのはこちらが先。「一汁一菜でよい」というスタイルに至るまでの土井さんの修行、出会い、発見、迷いなどなどが書かれています。「家庭料理に失敗なんて、ない」、「すべては人を幸せにする料理に繋がる」というのが基本。具だくさんの味噌汁はおかずの1つになる。余裕があれば、食べたいものや、食べさせたいものをその都度調べてつくればよい。一汁一菜を入り口にして、一つ一つおかずをつくってみて、10種類ほどでもできるようになれば、それで幸せに一生やっていける。といった話があり、へぇーと感心させられました。これだけで健康に健やかに自足できるとも述べられています。一汁一菜なら、私にもできる、でしょうか?? (★★★★★)

  • 土井善晴: 一汁一菜でよいという提案(新潮文庫)

    土井善晴: 一汁一菜でよいという提案(新潮文庫)
    著者の土井善晴先生は、私と同世代。そして、私の世代にとってはあの土井勝さんの息子というイメージが強くあります。テレビなどにもよく出ておられ、なかなか面白い視点でものを見る人だなと思っていました。この本は,出版された当時(2016年秋)から知っていたのですが、手に取ったのはごく最近。文庫本を探していたのですがなかなか遭遇しなかったのです。「一汁一菜でよい」というのは、ご飯と具だくさんの味噌汁があればよいということです。家庭料理についての提案なのですが、実は、この本はもっと奥深いことを述べています。一言で言えば、日本文化や日本人の哲学について述べる中で、食や生活、生き方などについても論じられています。解説を書いておられる養老孟司先生は、それを「自足の思想」と表現していらっしゃいます。優しい、わかりやすい本ですが、実は奥が深い。著者の端正さもよく表れています (★★★★★)

  • 奥山 景布子: 流転の中将

    奥山 景布子: 流転の中将
    幕末の桑名藩主・松平定敬を描いた歴史小説。定敬は、実の兄で会津藩主である容保とともに徳川家のために尽くそうとしたものの、最後の将軍・徳川慶喜に振り回され、裏切られてしまいます。定敬は、それでも抗おうとしたのですが、国元の家臣たちはいち早く恭順を決め、藩主の座も追われてしまいます。朝敵といわれ、越後、箱館から上海まで流浪した定敬の波乱に満ちた人生と、秘めたる思いが生き生きと書かれています。定敬については、歴史講座で学んだり、本で読んだりしてきましたが、小説家の手にかかるとこのように立体的に、活き活きと動き出すものなのだと実感します。 (★★★★★)

  • サトウタツヤ: 臨床心理学小史 (ちくま新書)

    サトウタツヤ: 臨床心理学小史 (ちくま新書)
    たまには専門のアカデミックな本も取り上げます(微笑)。本屋でみつけ、購入。この本は、同じ著者が東大出版会から昨年刊行した「臨床心理学史」で果たせなかったことを果たそうと構想されたもの。果たせなかったのは、日本の臨床心理学史に触れることと、コンパクトな歴史記述だそうです。東大出版会の本は、読んでみたい気もしますが、¥7,000もしますし、内容もハードそうです。こうして臨床心理学の歴史を俯瞰してみますと、やはり実験心理学を抜きにしては臨床心理学も語れないといえます。私個人の考えでも、臨床心理学を学び、実践するには、実験心理学を学び、実験・調査などの方法で研究をした経験が必須です。臨床心理士、公認心理師の資格に関わり、心理学を志す人は多く、また、大学でも臨床心理学部や臨床心理学科もあります。しかし、私は、自分自身の経験からもやはり、実験心理学などの基礎心理学を抜きにして、臨床心理学は成り立たないと考えますし、学生も実験心理学を含めた基礎心理学を、少なくとも学部段階ではきちんと修得した方がよいと思います。本書を読んで、その考えはいっそう強くなりました。 (★★★★★)

  • 昭文社 旅行ガイドブック 編集部: 三重のトリセツ

    昭文社 旅行ガイドブック 編集部: 三重のトリセツ
    本屋に別の本を買いに行って見つけ、即買い(微苦笑)。私の好むタイプの本です。三重県の地形や地質、歴史、文化、産業などを、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント本。地図も歴史も文化も好きなのです。地図で読み解く三重の大地、三重を駆ける充実の交通網、三重の歴史を深読み!の3部構成。2017年11月にたまたまみつけたJRさわやかウォーキング「~四日市市制120周年記念~ 家族みんなで楽しめる四日市旧港街歩き」に行って以来、JRさわやか、近鉄ハイキング、勝手にハイキングで県内や近郊のあちこちに電車で行って電車で帰るハイキング/ウォーキングをしています。それによって訪ねたあちこちのことが改めてまとめられていて、とても楽しめます。各県のバージョンが出ているようです (★★★★★)

  • 磯田道史: 歴史とは靴である (講談社文庫)

    磯田道史: 歴史とは靴である (講談社文庫)
    歴史家・磯田道史さんが、鎌倉女学院高校で行った特別授業の記録と、ビリギャルの小林さやかさんなどとの対談を収めてあります。基本的には、「歴史の見方」についての本なのですが、それに留まりません。ものの見方、考え方を説いた内容です。むしろ、ものの見方、考え方を学びたい方にお勧めしたいと思うくらいです。ちなみに、タイトルは、「歴史は好きか嫌いかの嗜好品ではなく、安全に世の中を歩くためのむしろ実用品である」という意味です。これは、歴史の見方について、あまりよく理解されていないポイントと思います。講義録ですから、読みやすく、しかも大変おもしろい本です。 (★★★★★)

  • 久住 祐一郎: 江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩「江戸日記」 (インターナショナル新書)

    久住 祐一郎: 江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩「江戸日記」 (インターナショナル新書)
    この著者の前著「三河吉田藩・お国入り道中記」で読んだ、三河吉田藩(豊橋)の参勤交代の話も大変おもしろく読めましたし、江戸時代の藩邸の様子、殿様や家臣の仕事、暮らしなどに興味があったので、読んでみました。三河吉田藩に残る「江戸日記」などの古文書から、江戸の大名屋敷がどのようなところであったか、江戸で働く武士の状況、江戸の藩邸で起きた事件のいろいろ、藩邸の奥向きの様子、さらには、明治維新後の藩邸から子爵邸への変化について、リアルな武士の暮らしのもろもろがまとまっていて、とても興味深く読めました。三河吉田藩は、現在の愛知県豊橋市にあり、松平伊豆守家が長く藩主を務めています。松平伊豆守家は、「知恵伊豆」の異名を持つ松平伊豆守信綱を初代とし、忍藩、川越藩、古河藩、吉田藩、浜松藩と国替えを繰り返した後、寛延2(1749)年から明治維新まで三河吉田を治めています。 (★★★★)

  • 安藤 優一郎: 江戸の旅行の裏事情 大名・将軍・庶民 それぞれのお楽しみ (朝日新書)

    安藤 優一郎: 江戸の旅行の裏事情 大名・将軍・庶民 それぞれのお楽しみ (朝日新書)
    サブタイトルに「大名・将軍・庶民 それぞれのお楽しみ」とあり、さらに、オビには「300年前は えっ!? 今よりもっと愉快な旅行天国」ともあります。ただし、旅行を心から楽しめたのは、庶民に限られていたようです。参詣者を増やしたい各地の寺社、温泉、宿泊業者が積極的に営業したからです。一方、武士や大名は、トラブルメーカーだったといいます。公用で旅行したり、参勤交代したりなのですが、宿泊料のダンピング、備品の破壊などなどトラブルをまき散らしながらの旅であったり、権威を笠に着たりで、あまり歓迎されなかったようです。江戸時代の旅のエピソード満載で、楽しめる本です。 (★★★★)

  • 藤田 和弘, 熊谷 恵子, 熊上 崇, 星井 純子, 熊上 藤子: 心理検査のフィードバック

    藤田 和弘, 熊谷 恵子, 熊上 崇, 星井 純子, 熊上 藤子: 心理検査のフィードバック
    この本は、WISC-ⅣやKABC-Ⅱなどの知能検査の結果(アセスメント情報)を「子どもの自立と社会参加」により役立つものにしていくには、どのように伝えたらよいか(フィードバック)についてまとめられています。過去には、保護者、学校の担任、子どもたち自身に知能検査の結果を伝えることはされていませんでした。しかし、現在では、苦戦している子どもたちが、自分のことを理解し、自分なりにも工夫して、学習や生活スキルを向上させ、将来の自立と社会参加につなげるために、知能検査の結果(アセスメント情報)を子どもたち自身にも伝えるようになってきています。私も、相談では、お子さんに直接、フィードバックを行い、子どもたち自身が自己理解を深め、意欲的、積極的に取り組めるようにしています。この本は、子どもと支援をつなぐ、支援者をつなぐという視点から、心理検査のフィードバックについて基礎から応用、事例を含んでその全体像を把握できる、優れたものとなっています。 (★★★★★)

  • 新潮文庫: 文豪ナビ 藤沢周平 (新潮文庫)

    新潮文庫: 文豪ナビ 藤沢周平 (新潮文庫)
    藤沢周平の作品案内、小説に見られる名言集、映像化された作品の出演者や、関係者による評伝などによって藤沢周平の作品についてすべてとはいいませんが、かなりが分かります。私は、藤沢周平の小説が好きで、たぶんほとんど読んだと思います。ただそれは、15~6年以上前のことで、リストアップもしていませんから、すべて読んだかどうかについては、不確か。こういう本を読むと、もう一度読もうかという気になります。この本では、娘の遠藤展子さんの「父にとっての家族」がもっとも興味深く読めました。また、藤沢周平の言葉で私が気に入っているのは、「普通が一番」です。ほかにも、「挨拶は基本」「いつも謙虚に、感謝の気持ちを忘れない」「謝るときは素直に非を認めて潔く謝る」「派手なことは嫌い、目立つことはしない」「自慢はしない」という言葉が、遠藤さんが父から言われて心に深く残っていることばだそうです。 (★★★★)

  • 千正康裕: 官邸は今日も間違える(新潮新書)

    千正康裕: 官邸は今日も間違える(新潮新書)
    新型コロナのまん延にともなって、政治的な判断や、もろもろの政策は、迷走したといってもよいと思います。突然の全国一斉休校要請、いわゆるアベノマスクの配布や、閣議決定をやり直した一律給付金など、なぜああいうドタバタになるのか、国民の信頼が得られなかったというか、失ったというのか、ずっと疑問を抱いていました。著者は、元厚生官僚で、社会保障・労働分野で仕事をし、現在はコンサルティング会社を経営。この本では、最近のコロナ禍での出来事の背景を記述する中から、官僚主導から官邸主導への変化に、政治の仕組みの変化がついて行けていないからだとしています。これに関して、政治家、官僚ともに仕事のやり方を変えることが必要であるとともに、国民の側にも良い政策をつくるためには望まれることがあるといいます。 (★★★★)

  • 嶋田 哲郎, 森本 元: 知って楽しいカモ学講座 : カモ、ガン、ハクチョウのせかい

    嶋田 哲郎, 森本 元: 知って楽しいカモ学講座 : カモ、ガン、ハクチョウのせかい
    「観察するのが面白くなる! ガンカモ類のひみつ」というキャッチコピーです。私がほぼ毎日散歩に行く九華公園の堀には、秋が深まるとカモたちがやってきます。キンクロハジロが最も多く、次いでハシビロガモ。他にはヒドリガモやホシハジロも数少ないものの来ています。カルガモ、カイツブリ、オオバンなども来ることがあります。これらカモやその仲間、近縁種についてもっとよく知り、観察のポイントを増やしたいと思って、この本を読んだ次第。著者は、宮城県の伊豆沼・内沼をフィールドとする専門の研究者。形態的な特徴と行動との関連性、渡り、繁殖地での暮らし、越冬地での生活など、ガン・カモ類について、ちょっと専門的な部分も多いものの、一通りの知識を得られ、また、行動観察などの方法についても知ることができました。 (★★★★)

  • 田中優子: 遊廓と日本人 (講談社現代新書)

    田中優子: 遊廓と日本人 (講談社現代新書)
    「江戸学の第一人者による「遊郭入門」の決定版!」と帯に書かれていて、ついつい手に取ってしまいました。遊郭にはとても興味があります。などと書くと「好色な人物か」と思われるかも知れません(苦笑)。遊郭や遊女は、今日の人権やジェンダーの観点からすると、許されない存在です。これは間違いのないことですが、一方で、たとえば、江戸時代の吉原遊郭の花魁と呼ばれたようなハイクラスの遊女は、高い教養を持ち、芸事や生け花、茶道にも通じていました。ある意味で日本文化の守り手でもあったという面も持っているのです。こうした観点から著者は、「遊郭は二度とこの世に出現すべきではなく、造ることができない場所であり制度である」と述べています。ちなみに、「好色」ということばの意味は、平安時代以来、和歌や琴、舞などの風流、風雅を好む人を「色好み」と呼んでいたことによります。「色」には恋愛や性愛という意味もありますが、もともとは恋愛と文化的美意識が組み合わさったものだそうです。 (★★★★)

  • 養老孟司: ヒトの壁(新潮新書) 「壁」シリーズ

    養老孟司: ヒトの壁(新潮新書) 「壁」シリーズ
    養老先生が、コロナ禍の2年間でお考えになったことの集大成です。新型コロナウイルス感染症が蔓延し始めた頃、NHKのBSの番組「まいにち 養老先生、ときどき まる」だったかで、「老人は、もともと不要不急の存在だ」とおっしゃった気がしますが、この本は「人生は不要不急か」という章から始まっています。これがたぶんコロナ禍や、養老先生ご自身のご病気(心筋梗塞)を経験し、お考えになった結論の1つ。さらに、不要不急の人生ではあるものの、それでも生きる価値はどこにあるか様々な視点から考察されています。「人生とはそんなもの」と思いつつ、自分に居心地の良い場所をつくりながら、万事テキトーに終わるのが良さそうです。 (★★★★★)