文化・芸術

2022年9月21日 (水)

九華公園でコサメビタキ……桑名市博物館で秋季企画展「秋、ものや想ふ」を見てくる

Dsc05634c  日中は27.3℃になりましたが、朝は、なんと18.8℃。涼しいというか、肌寒いくらいでした。一気に秋になった感じ。いつものように、7時半から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、桑名市博物館、京町、常盤町、御坊さん、寺町と6.3㎞。涼しくなったから、今日こそ鳥が出てくるか、と期待しましたが、さてどうだったでしょう?

Dsc05674c Dsc05725c  住吉神社の前から長良川河口堰の方を見たら、ダイサギらしき姿。超証拠写真(苦笑)。遠すぎます。このほか、コサギが1羽、通過していったのですが、気づくのが遅れ、上手く撮れず。ずっとあまり鳥はおらず、柿安コミュニティパークで、ハクセキレイが1羽。

Dsc05919c  九華公園では、アオサギさんは、神戸櫓跡の松の木のてっぺんに。この色模様からすると、いつもは九華橋の近くの樹上にいるアオサギさんと思います。今日は、ヒヨドリがけっこうたくさんいました。涼しくなって戻ってきたように思います。

Dsc05895c  奥平屋敷跡も静かで、ハシボソガラスが2羽いたのみ。しばらくすると、南東側のエリアに小型の野鳥。コサメビタキ。スズメより小さく、13㎝。夏鳥として日本に来ます。九華公園では、9月から10月初めくらいに見ることがあります(たとえば、2021年10月5日:九華公園でコサギとコサメビタキ……貝塚公園も重点観察地域に勝手に指定(微笑))。去年は、9月の終わりから10月初めにかけて滞在していました。しばらくいてくれると嬉しいところ。

Dsc06150c Dsc06254c_20220921170301  ほかには、神戸櫓のところでシジュウカラの群れ。5~6羽くらい。若者と成鳥とが入り交じっていました。かなり高いところを移動していましたので、見上げて写真を撮っていたら、首が痛くなりました(苦笑)。

Dsc06262c_20220921170301  カルガモのアーちゃん(たぶん)は、野球場の南の堀のところにいました。久しぶりに見ました。このあと、貝塚公園にはハシボソガラスしかいませんし、内堀公園ではヒヨドリとスズメ。

Dsc06319c Akimonoposter  桑名市博物館。9月10日から10月10日まで秋季企画展「秋、ものや想ふ―中世もののふ物語をそえて―」が開催されていますので、これを見てきました。今回の展示は、とくに紅葉と月が取り上げられています。月を眺めてもの想うのは、昔から変わらないようで、名歌、名画がたくさんあります。唐の都から大和を偲んだ阿部仲麻呂を描いた「望郷図」や、月明りに見える故郷の道に想いを馳せる「いつか来た道」などが出品されています。また、「もののふ物語」に関連しては、平家物語や北条時頼・曽我兄弟などの逸話を題材にした絵画を見ることができます。2階では、「北村けんじ―ぼくがサムライになった日―」と、「刀剣セレクション3―四日市市立博物館所蔵刀剣より―」とが併せて開催されています。北村けんじさんは、地元・多度の小学校教員を務めながら、児童文学作家でもありました。『ぼくがサムライになった日(金の星社、1983年)』、『うりんこの山(理論社、1968年)』などの作品があります。右の画像は、桑名市博物館のサイトからお借りしました。

Dsc06321c_20220921170201  こちらは、いつも博物館1階に展示されている、1点だけ撮影可能な出品。「短刀 銘 村正」とあります。村正の特長としては、薄い重ねや、表裏そろいの刃文、ふくらの枯れた刃先、茎(なかご)がたなごといったことがあります。この短刀は、重ねが厚く、切っ先の肉付きもあって、がっしりとした印象があり、村正の特長から外れるところもあるものの、全体的には村正のと口調を備えているそうです。2階の「刀剣セレクション3」では、「刀 銘 河内守国助」の刃文が印象的でした。

Dsc06330c Dsc06332c  昨日からお彼岸になりましたので、御坊さんにお参りしてきました。わが家は真宗大谷派で、実家の方に檀那寺はあるものの、遠いので、最近は御坊さんにお参りしています。 

Dsc05804c Dsc05963c  ヒガンバナ。あまり代わり映えはしませんが、アングル、背景など、ちょっとだけ工夫しています。

Dsc05715c  明日は、朝から雨の予報で、金曜も1日雨となっています。「晴歩雨読」ですから、サボっている管理組合の仕事や、非常勤の講義のレジメでもつくることにしましょう。ウォーキングは、土曜以降に延期せざるをえないでしょう。

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2022年9月 6日 (火)

昨日の罪滅ぼしか、九華公園にアオサギ2羽

Dsc08379c_20220906155701  アメダスでは、朝5時台と7時台に雨の記録があります。6時前には、今日も西の空に虹が出ていました。天気は色々。曇りあり、雨あり、晴れありで、風は次第に強くなってきている印象。台風11号の余波でしょう。朝、いつも通り、7時半から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、入江葭町、吉津屋町、寺町と5.6㎞。途中、外堀辺りを歩いている時と、寺町に入る直前と2回降られました(苦笑)。

Dsc08429c  住吉神社の前から見た東の空。いかにも安定しない空模様が見て取れます。風が強いので、珍しい鳥でも飛んできていないかと思ったのですが、そういうことはありません。逆に、いつもより少ないくらい。スズメが少しだけ。

Dsc08446c Dsc08562c  九華公園では、今日はアオサギさんが復活。左の写真は、いつもの九華橋の近くにいるアオサギさん。この写真を撮って、ビックリ。奥にもう1羽いるではありませんか! 昨日、「救いの神」に見放された償いかも知れません。右がもう1羽のアオサギさん。

Dsc08554c  2羽の位置関係は、こんな風。写真に向かって右が南側。経は、散歩友達どころか、ほとんど誰も歩いていません(苦笑)。風が強く、7時台雨が降ったためでしょう。鳥も、ドバト、キジバト、スズメが少しずついただけ。カワセミもちらっと見た気がしたのですが、あれは幻想かも(苦笑)。

Dsc08623c  貝塚公園でも鳥はいません。代わりにイチモンジセセリ。蝶です。茶色く、後翅に白い斑点がつながった「一文字模様」を持っています。

Dsc08629c_20220906155701  貝塚公園近くのお宅で、あのヘクソカズラが、塀の外にまで進出してきているのを発見。本当に悪臭を放つかどうか、確かめてみました。「葉や茎を傷つけると、顔をしかめるような悪臭を放つ」とされるのです。茎を折ったり、葉っぱをちぎったりしてみましたが、悪臭というほどの臭いは感じられませんでした。もっともんでみたりしないといけないのかも知れません。もう1回、確かめてみようかとも思うのですが、その悪臭が取れないと困るな、という気もしてちょっと迷います。

Dsc08462c  九華公園で見つけた、桑名市博物館の次回の展覧会のポスター。9月10日(土)~10月10日(日)まで「
秋季企画展 秋、ものや想ふ-中世もののふの物語をそえて-」という展覧会が開かれます。詳しい内容は、博物館のサイトにもまだ上がっていません。絵画と「もののふ」ですから、武士の話?? 併せて、【特集陳列】「北村けんじーぼくがサムライになった日ー」と「刀剣セレクションⅢ」が、これらは2回で展示されるのでしょう。北村けんじさんは、多度在住であった児童文学作家です。

04059a86 E9571613  帰宅後は、昨日の市民大学ゼミナール郷土史学科の資料整理と、まとめづくりを開始。昨日の話の中に、近くの専正寺の話題が出て、文化財2件があるから是非見てくるようにということでした。その1つは、蛤墳(こうふん)。蛤供養のために建てられたもの。専正寺のあたり一帯は江戸初期には漁村で、蛤の貝殻で厚く地面は覆われていました。文政年間、この地の住人谷氏がこれら無尽蔵の貝殻を見て、蛤に対する感謝と供養のため建てられたと伝えられています。もう1つは、鳥居強右衛門(とりいすねえもん)一族の墓。鳥居強右衛門は、長篠合戦で活躍した人物で、奥平松平家の家臣でした(奥平松平家は、宝永7(1710)年から文政6(1823)年まで桑名藩主でした)。その縁で、専正寺に墓があります。蛤墳は見たことがありますが(2017年4月11日:明日から「新学期」……専正寺の「蛤墳」についても)、鳥居強右衛門一族の墓は確認していません。リンク先に詳しい説明があります。写真は、この2017年4月11日の記事から。

Dsc08647c  台風11号は日本海を北東に進んでいるようです。わが家辺りの予報は、明日の朝まで雨。ずっと安定しない天候が続いていますから、そろそろすっきりした青空が拝みたいと思います。大気の状態が不安定なためでしょうが、予報も安定しません。先ほど見た気象協会の予報では、台風が過ぎ去ると晴れるとありましたが、今朝までは、この先もまだはっきりしない予報でした。いったいどうなる? 黄色い花は、外堀で見た、たぶんミズキンバイ(水金梅)。水路に生えていました。外来種だそうです。

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2022年7月17日 (日)

20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング

220717sanno0  今日は、3連休のうちでもっとも天気が良さそうでしたので、名古屋までウォーキングに行ってきました。名鉄名古屋本線山王駅から松重閘門、そこから掘川沿いを歩いて下り、熱田神宮公園で断夫山古墳と、すぐ近くにある白鳥古墳を見て、宮の渡し跡へ。その後、円通寺と熱田神宮にお参りするという2年前、コロナがまだ問題になる前に行ったJRさわやかウォーキングのルートをほぼたどってきました(2020年1月11日:20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(予告編))。同級生K氏と二人旅。今日は、超予告編。

Img_6308c_20220717203101 Img_6340c_20220717203101  桑名駅を8時25分に出る名古屋行き急行に乗車。近鉄名古屋駅には8時46分着。名鉄名古屋駅から、8時54分発の東岡崎行き普通に乗り換え。山王駅までは1駅で、8時56分着。近鉄が¥450、名鉄が¥170。9時にスタートしたのですが、このときはごく細かい雨がときどき、降っていました。松重閘門(右の写真)、私は3回目。中川運河が開削されたとき、堀川とを結ぶためにつくられたもの(昭和5(1930)年(供用開始は、昭和7(1932)年)。両河川は水位が2メートルほど違ったそうです。東西長さ90mの水路の両端に高さ約20mの塔が2棟ずつあり、一対の塔をつなぐ橋に吊られた40トンの鉄板を上げ下げしました。塔の内部には鋼板を動かすのに使う錘が入っています。日本の閘門では、扉式が多いそうですが、このように両側に塔を建設するやり方は珍しいものです。

Img_6379c_20220717203101 Img_6523c_20220717203901  ここからは、堀川に沿って南に下っていきます。ここから2㎞あまり立ち寄るところは、少ないのですが、堀川にかかる橋は、親柱や照明が凝ったデザインで楽しめます。右の写真は、住吉橋

Img_6409c_20220717203101  途中、古渡橋の東にある闇之森八幡社(くらがりのもりはちまんしゃ)に立ち寄り。創建は長寛年間(1163~1164年)。源為朝が石清水八幡宮を勧請したといいます。かつて神域には大木が鬱蒼と茂り、それは月の光も射さぬと句に詠まれるほどで、いつしか闇の森と呼ばれるようになったそうです。江戸時代、遊女小さんと畳職人喜八が心中未遂を起こし、これが「名古屋心中」として浄瑠璃になっています。

Img_6471c_20220717203201 Img_6494c_20220717203201  JRAウィンズ名古屋のところで、JR東海道線・中央線・名鉄名古屋本線の鉄橋をくぐります。詳しいことは、こちらにあり、また、本編に書くつもりですが、名鉄名古屋本線の鉄橋は、明治時代に東海道線の橋脚として作られたものを使っています。

Img_6545c_20220717205001  住吉橋の近くに妙安寺。臨済宗妙心寺派。もとは、現在の中川区富田町にあったのですが、寛文9(1669)年、現地に移転してきています。熱田四観音の1つといわれる観音堂があり、また、当寺の後園から西南の眺望は、名古屋三景の1つに数えられたそうです。

Img_6587c_20220717203201 Img_6624c_20220717203201  熱田神宮公園内に断夫山古墳。日本武尊が東征したとき、ここ尾張で豪族の娘・宮簀媛(ミヤズヒメ)と結婚の約束をかわしたのですが、東征の帰途、病気がもとで死に、白鳥となり飛去ったとあります。この白鳥となった日本武尊の墓が白鳥古墳(右の写真)であり、日本武尊への思いをいだいて死んだ宮簀媛の墓がこの断夫山古墳であると伝えられています。この事から夫を断つ山、断夫山古墳と名前がついたそうです。

Img_6652c  白鳥橋を越えて、愛知時計電機の敷地の東側、堀川沿いの遊歩道に古い護岸が保存されています。これは、昭和8(1933)年に築造された護岸の一部です。この表面には、昭和20(1945)年6月9日の「熱田空襲」の際の爆撃でできた跡が残っています。

Img_6726c_20220717203201  さらに南へ行き、大瀬子橋を渡ると、いよいよ宮の渡し跡へ。東海道五十三次のうち41番目の宿場である宮宿(みやしゅく、みやじゅく;宮の宿)にあった渡し場。スタートから6.5㎞、11時30分に到着。宮宿は、東海道にある宿場のなかでも最大級の規模でした。42番目の宿場である桑名宿(くわなしゅく、くわなじゅく)に行くには、船で海路を行かねばなりません。その距離が七里であったため「七里の渡し」と呼ばれていました。七里の渡しが始まったのは、元和2(1616)年といいます。

Img_6783c_20220717203201  宮の渡し跡から伝馬町を経て、秋葉山円通寺へ。曹洞宗のお寺で、秋葉山ですので、火の神様。尾張国の豪族であった尾張氏が熱田社に神宮寺として建立したものとされます。弘仁年間(810~824年)に当地を訪れた空海がこの地に小宇を築いて、自ら彫った十一面観音像を安置したと伝わっています。

Img_6797c_20220717203201 Img_6822c_20220717203201  熱田神宮。円通寺のすぐ北が熱田神宮になります。連休中ですが、けっこう参拝客はありました。何はともあれ、まず参拝へ。

Img_6833c_20220717203301  その後、信長塀。永禄3(1560)年、織田信長が桶狭間出陣の時、熱田神宮に必勝祈願をし、みごと大勝したので、そのお礼として奉納した築地塀(ついじべい)です。土と石灰を油で練り固め、瓦を厚く積み重ねたものです。兵庫西宮神社の大練塀、京都三十三間堂の太閤塀とともに日本三大土塀の一つ。

Img_6841c_20220717203301  次いで、宝物館へ。熱田神宮が所蔵する数多くの宝物を順番に展示しています。7月は、平常展として「熱田神宮宝物展」のほか、コーナー展として「尾張の名工」。熱田神宮に奉納された刀剣類がたくさん見られました。

Img_6855c_20220717203301 Img_6847c_20220717203301  そして、私自身は、過去2回にわたって果たせなかったことのリベンジ(微笑)。熱田神宮内にある宮きしめん神宮店で、きしめんを食べてきました。三度目の正直です。今日もそれなりに賑わっており、席を見つけるのに10分ほど待ちましたし、注文してから商品が提供されるまで15分ほど。冷やし宮きしめん(¥800)を食べてきました。

Dsc_0089c  土産は、定番のきよめ餅。宮きしめん近くの売店でゲット。抹茶風味のものもあったのですが、オーソドックスな方を選択。こしあんをやわらかい羽二重餅でくるんだお菓子。純白に「きよめ」の焼き印が押されています。5個入りが、¥750。

Img_6859c_20220717203301 Img_6878c  これで全てコンプリート。名鉄名古屋本線の神宮前駅に向かいます。駅ビルは、解体工事中でした。名鉄神宮前駅は、この駅ビルの裏側(東側)。13時30分に到着。ここまで9.4㎞を歩いてきました。13時33分発の準急可児往きに乗車。名鉄名古屋駅には13時40分着。近鉄名古屋駅を14時1分発の松阪行き急行に乗り換え。桑名駅には、14時22分着。名鉄が¥230、近鉄は¥450。

Img_6893c_20220717203301  今日の歩数。20,650歩。現地で歩いたのが9.4㎞。帰りは、買い物のついでに迎えに来てもらいましたので、朝、自宅から桑名駅までが1.1㎞。合計10.5㎞を歩きました。本編は、また明日以降、ボチボチと。

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2022年5月21日 (土)

鳥がいないので、「とりてん」へ……万年青につぼみ出現

Img_2639c Img_2642c_20220521142701  アメダスの記録には出ないくらい弱い雨がときどき降っています。朝のうちは、雨雲レーダーを見ると、雲がかかっていましたので、散歩に出るのを迷っていました。しかし、9時過ぎからはしばらく大丈夫そうでしたので、出かけてきました。が、ジンクスではありませんが、九華公園あたりでポツポツと降られました(苦笑)。いつもとはコースを変え、三崎通、田町、九華公園、宮通、京町、桑名市博物館、寺町と4.1㎞。冒頭の写真2枚は、宮通の散歩友達の女性のお宅に咲いていたアジサイ。

Img_2592c_20220521142701  今日は、こちらから。ようやくというか、やっとというか九華公園の花菖蒲園で、花菖蒲が一輪開花しました。奥平屋敷跡のすぐ北にある菖蒲園で、です。去年は、5月15日に(2021年5月15日:九華公園で花菖蒲が咲き始め、京町ではツバメのヒナが誕生……コロナワクチンの接種予約も無事完了)、一昨年は5月9日に(2020年5月9日:九華公園で花菖蒲一輪開花)、それぞれ咲き始めています。

Img_2584c_20220521142801 Img_2586c_20220521142701  その花菖蒲園、ざっと見たところでは3ヶ所とも、もとがまばらであったところに補植したようでした。よく見てきたわけではありませんが、補植したものにつぼみはないような感じ。さてはて、これで花菖蒲まつりまでにつぼみが出て、花が咲くものか? というのが、散歩友達の一致した疑問。

Img_2546c_20220521142801 Img_2553c_20220521142801  さて、三崎通のお宅にあるツバメの巣では、5羽のヒナは、皆、元気にしていました。しばらく見ていても、親ツバメが来ないので不思議に思ったのですが、振り返ったら、近くの電線で身繕い中でした。

Img_2615c Img_2625c_20220521142701  九華公園では、北門を入ったところで、コゲラの鳴き声が聞こえ、目の前を1羽が飛んで行ったものの、すぐに見失ってしまいました。結局、写真が撮れたのは、スズメのヒナだけ(苦笑)。スズメのヒナは、公園のあちこちにいます。

Img_2605c_20220521142701  奥平屋敷跡にあるハシボソガラスの巣。今日は、巣にも、そのあたりにもカラスはいませんでした。ヒョッとしたら、巣立ってしまったのかも知れません。鳥たち、しっかり見守っていても、勝手に、黙って巣立って行ってしまいます。

Img_2667c_20220521142701 Img_2670c_20220521142701  鳥がいませんでしたので(というわけでもなく、期待して待っていたのですが)、桑名市博物館で今日から始まった初夏の企画展「とりてん」へ。館蔵品のコレクションから、活き活きと、色鮮やかに描かれた「鳥」たちの作品が56点も出品されています。日本画あり、洋画あり、掛け軸あり、萬古焼あり、また、松平定信、増山雪斎等の大名の描いたもの、帆山花乃舎や月僊などの画僧の絵、沼波弄山、森有節の萬古焼、地元桑名の小林研三の洋画も出ています。

Toriten2c Toriten1c  いささか余談ですが、展示を見ていたら、俳句短冊2辺の展示品と、説明とが入れ違っているのに気づいてしまいました(微苦笑)。帰りに受付の係の方に「入れ違っていませんか?」と伝えてきました。そういえば、4年ほど前にも、同様の経験をしています(2018年9月7日:散髪のあと桑名市博物館で「山林王の蔵の中」を見る……説明の入れ違いを発見(微笑)【9/8の中日新聞記事の写真に写り込んでいました】)。他人様のミスにすぐ目が行くというのは、我ながら嫌な性格をしているなぁと思えます。さらに、この4年前の時には、翌日の中日新聞朝刊に載ったこの展覧会の紹介記事の写真に我が身が写り込んでいるというハプニングもありましたっけ。

Img_2659c_20220521142701  桑名市博物館の展覧会では、いつも、ロビーに1点だけ写真撮影可の展示があります。村正の作と伝わる「脇差 無銘」(館蔵品)。村正の特徴を備えているといいます(直刃のなかに刀身の中程から茎(なかご)にかけて二度小さく波打つ心電図のような刃紋があり、その形が表裏で揃っている)。

Img_2684c_20220521142701Img_2530c_20220521142801  ところで、ベランダ園芸のその後。今日はまずは、万年青。いつだったか記憶がないのですが、家内の母からもらってきたもの。枯れずにいたのですが、初めてつぼみらしきものが出て来たのです。これは思わぬ成果となりそうです。

Img_2515c_20220521142801 Img_2517c_20220521142801  サギソウは、お陰様で順調です。5月11日に届いて10日目。今のところは、水が切れないように気を配っているだけですが、このままうまく行って欲しいと切に願っています。

Img_2521c_20220521142801  アサガオも順調です。まだまだ芽が出て来ますので、間引きはしていません。3鉢に蒔きましたが、写真で向かって左端にあるものは、家内の母に進呈することにし、本日、出荷(といっても家内が持っていきました)。

Img_2577c  余談。明日は、JRさわやかウォーキングと近鉄ハイキングの共同企画のイベントが四日市であります(四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ第二弾!!)。近鉄富田駅→浜園緑地→四日市港ポートビル→霞ヶ浦緑地→四日市競輪場→稲葉翁記念公園→JR貨物四日市駅→JR四日市駅という、8.6㎞コース。ポートビルの展望室に無料で上がれ、四日市競輪場でバンクが特別に開放され、JR貨物四日市駅で鉄道各社のグッズの他に「あら竹」(松阪市)の駅弁が販売されるのです。あら竹の駅弁は、人気商品ですから、遅いとゲットできないかも。

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2022年3月12日 (土)

貝塚公園で「ウメジロウ」……桑名市博物館にて「刀剣幻想曲・再演」も見てくる

Dsc06622c  何と22.8℃にもなりました。たぶん4月の中旬くらいの陽気です。寺町商店街の河津桜もさらに開花が進みました。まだ満開には間があります。今日も、7時半から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から、今日は、桑名市博物館で展覧会を見て、京町、常信寺、寺町と5.7㎞。11時に帰宅。

Dsc05761c Dsc05775c  住吉入江や、住吉水門の周りには水鳥は何もいません。水門下流の堤防にコガモが4羽。ヒドリガモなど、もう北の国に帰っていき始めているような気がします。旅館山月裏の高水敷には、今日もツグミ。揖斐川には、カンムリカイツブリが計2羽、中洲近くにキンクロハジロが20羽以上。

Dsc05789cDsc05886c  七里の渡し跡には、コガモが合計8羽。この時期、ペアなっていますから、4ペア。コミュニティパーク西の堀には、カンムリカイツブリ1羽(右の写真)、キンクロハジロ、オオバンが1羽ずつ。

Dsc05932c  九華公園は、静か。ヒヨドリがまた少なくなっています。イカルは、今日も鳴き声はしませんので、もういなくなってしまったと思われます。奥平屋敷跡では、メジロ1羽、カワラヒワ多数、ハシボソガラス、スズメ、ツグミ、ムクドリ、ハクセキレイ。今日は、モズも、カワセミもやって来ません。

Dsc06011c  奥平屋敷跡に植えられた薄墨桜、根付いたか心配していましたが、今日よく見たら、芽が出て来ていました。花芽ではなく、ここから葉が出てくると思います。

Dsc06087c Dsc06158c  カモは、合計49羽。最近50羽を下回るようになりました。ヒドリガモは2ペア、ハシビロガモは8羽ほどで、もっとも多いときに比べ、半減。他はキンクロハジロ。キンクロさんも減っています。他にオオバンが1羽。

Dsc06040c  九華公園の堀には、あちこち、カメ。ほとんどがミドリガメ。石に上がったり、石垣にへばりついたりして甲羅干しをしているのも多いのですが、堀に浮かんでいるカメもいます。すっかり春の景色。

Dsc06449c Dsc06215c  貝塚公園では、今日もツグミを延べ5羽。ジョウビタキのオスも1羽。

Dsc06422c  さらに、貝塚公園でも「ウメジロウ」。今年は梅も咲くのが遅かったので、ウメジロウも今シーズン2回目くらい。

Dsc06504c  内堀公園でもツグミを2羽見ました。ツグミは、今シーズンかなり遅れてやって来て、今頃、あちこちでよく見るようになりました。

Dsc06665c  拙宅前の住吉入江に戻って来たら、カンムリカイツブリ。他にオオバンと、キンクロハジロのオスが1羽。住吉入江の護岸にも、ミドリガメなどがへばりついて、甲羅干しをしていました。まさに春です。

Dsc06517c Dsc06524c  ところで、桑名市博物館に立ち寄って来たと書きました。今日から、春の企画展として「刀剣幻想曲・再演(とうけんファンタジア・アンコール)」が5月8日まで開催されます。令和元年に企画されたものの、COVID-19の影響により中止となった展覧会を再度企画したというもの。高校生以上150円。桑名市文化財に指定されている「刀 銘 備前介藤原宗次(天武天皇社蔵)」の他、村正など桑名にゆかりのある刀工がつくった刀などが展示されています。2階では、特集陳列「桑名市出土品展-地面の下には何がある?-」が同時に開かれ、桑名における発掘調査の歩みが出土品とともに紹介されています。昨春、「勝手にハイキング」で出かけた額田廃寺跡から出土した土器類などがみられます。

Dsc06530c  いつものように写真撮影可の出品が1点ありました。「脇指(わきざし) 銘 勢州住千子正重(せいしゅうじゅうせんごまさしげ)」です。正重は、村正を祖とする刀工一門・千子派の一人で、村正と同じく、桑名を拠点に数代続きました。室町時代後期から江戸時代前期にかけて作例があります。これは、三代正重の咲くと考えられています。寛文年間(1661~1673年)のものとされます。

Dsc06471c Dsc06567c  オマケ。散歩途中のお宅で、モクレンがもう咲きそうでした。常信寺では、ジンチョウゲの花が一気に開花中。今晩は、マンションの管理組合の会議。エレベーターリニューアル工事に向けてのもろもろの準備についての話し合い。来月、再来月と2機のエレベーターのリニューアルを予定しているのです。

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2022年2月 1日 (火)

カワセミ、モズ、ジョウビタキにシロハラ……レポート提出締切でドキドキ(微笑)

Img_6756c  2月になりました。明後日が節分ですが、しばらくは寒さが続くという予報で、週末は一段と冷えるとか。今朝は、家事を済ませ、8時25分から散歩を開始。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、紺屋町、新築公園、常磐町、常信寺、寺町と6.0㎞。時間が遅いだけで、まったくいつもの通り(苦笑)。写真は、住吉水門から見た揖斐川、長良川河口堰方面。川面はきわめて穏やか。

Img_6760c_20220201153801 Img_6769c_20220201153801  住吉キンクロウも、オオバンもいませんでした。揖斐川には、カンムリカイツブリが6羽ほど。今日は、赤須賀の漁師さんは、休漁日。野鳥もお休みなのか、あまりいません。七里の渡し跡まで来たら、ヒドリガモが14羽とオオバンが1羽。8時半を過ぎたのに、歩いている人はあまり多くはありません。

Img_6799c_20220201153801 Img_6773c_20220201153801  柿安コミュニティパーク西の堀にカイツブリ。1月半ばに九華公園に来ていたカイツブリに似ている気がしますが、もちろん確かめる術はありません。ここにはキンクロハジロが3羽とオオバンが1羽。今年、オオバンがたくさん集まっているところを見ない気がします。いても2羽が一緒くらい。

Img_6780c_20220201153801  堀のそばの電柱にユリカモメが止まっていました。このユリカモメ、片脚で、釣り糸らしいものが見えます。この片脚&釣り糸は記憶があります。いつも九華公園に来ているユリカモメです。他にもユリカモメが1羽、飛んでいました。

Img_6879c_20220201153801 Img_6892c_20220201153801  九華公園には、8時45分頃到着。いつもより50分くらい遅い。ヒヨドリは少なく、メジロ、シジュウカラの鳴き声が聞こえます。奥平屋敷跡には、散歩&鳥見友達のYさんとWさん、前管理人Oさん。今日もモズが来たくらいで、何も来ないそうです。ここに着く前、管理事務所の南でカワセミを見ていたのですが、写真は撮れませんでした。残念に思っていたら、こちらにやって来てくれました(微笑)。モズのオスも登場。枝かぶりですが、載せておきます。

Img_6973c_20220201153801 Img_6919c  カモは相変わらずのメンバーで、合計64羽。ヒドリガモは、今日は1ペア。ハシビロガモは13羽で、他はキンクロハジロ。オオバンが1羽。

Img_6940c_20220201153801  ユリカモメは、今日は今シーズン最多。49羽。「お尻写真」を撮ろうと思ったら、睨まれました(苦笑)。例年、このお尻写真も、もっとたくさん並んだところを撮るのですが、今シーズンは、ここにも並ばないのです。

Img_6987c_20220201153801 Img_7019c_20220201153801  他に九華公園で見たのはカワラヒワと、メジロくらい。カワラヒワの周りには小さい虫が飛んでいるのが写っていました。左の写真にも写っているのですが、ピンぼけで分からないかも。

Img_7038c_20220201153801 Img_7059c_20220201153801  貝塚公園で鳥を探していたら、シルバー人材センターの方から来た男性が、「オーイ、久しぶり!」と声をかけてこられました。一瞬、誰だか分からなかったのですが、以前、ここの草刈りなどを担当しておられた方。この方も鳥好きで、その頃はよく話をしたものでした。しばし、最近の鳥見について話をしてきました。ここで、ジョウビタキのオス、メス1羽ずつ。他には、カワラヒワ、メジロ、シジュウカラ。ウグイスも見て、追いかけたのですが、写真は撮れず。

Img_7078c_20220201153701  ウグイスを追いかけた先で、シロハラ。今年3回目くらい。例年、九華公園にも来るのですが、今年はまだ貝塚公園と、拙宅マンションでしか見ていません。

Img_7110c_20220201153701 Img_7120c_20220201153701  常信寺で紅梅、寺町商店街で河津桜の様子を確認。常信寺の紅梅は、咲きそうでなかなか咲きません。いつぞや書いたように、期待が高過ぎなのかも知れません。寺町の河津桜、この間までよりつぼみが膨らんで来ていました。

Img_7142c_20220201153701 Img_7153c_20220201153701  拙宅マンション前の住吉入江に来たら、まずはカイツブリ。朝、柿安コミュニティパーク西の堀にいたカイツブリに似ています。さらには、カンムリカイツブリも登場。

Img_6744c_20220201153801  ところで、何度も書いていますが、今日が非常勤の授業のレポート提出締切。16時現在、提出者は70%あまり。朝から、数字はあまり伸びていません。すでに夕方ですから、これからというか、たぶん夜から夜中にかけてメールで届くのかと思います。ヒョッとしたら、締切ギリギリが多いかも知れません。昨年の遠隔授業のとき、毎回課題を課したのですが、締切に遅れる学生もたまにありました。そういうことはないように願います(こちらも困るからです)。

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2022年1月22日 (土)

ウグイスの証拠写真……桑名市博物館で「やまと絵のしらべ―帆山花乃舎と復古大和絵―」

Img_0724c_20220122170801  今日も朝は冷え、氷点下1.0℃でしたが、日中は10℃を超えています。夜中に息子が「地震が来る」と言って起こしに来て、睡眠不足。朝6時まで寝ていました。桑名と、家内の実家のある津とをYahoo!防災速報に登録しているのですが、津に関しては「緊急地震速報」が届き、震度3の予想でしたが、幸い震度1で済みました。いつもよりやや遅れ7時50分から散歩開始。住吉神社、九華公園、貝塚公園から桑名市博物館に立ち寄り、京町、常信寺、寺町と5.6㎞。帰宅は11時過ぎ。「どこをウロウロしているの?」と叱られました(苦笑)。博物館で今日から始まった「やまと絵のしらべ―帆山花乃舎と復古大和絵―」を見てきたのです。

Img_0305c_20220122171101 Img_0343c_20220122171101  住吉水門の内側にも、外側にもヒドリガモがいました。内側に2ペア、外側に1ペア。揖斐川には、今日もあちこちにカンムリカイツブリの姿が見えます。その数、合計4羽。

Img_0379c  九華公園には8時10分に到着。北門あたりには、ムクドリや、カワラヒワがいました。北門近くの堀に今日は、ハシビロガモが5羽とキンクロハジロ1羽、オオバンも1羽。コサギが上空を通過していきました。

Img_0401c_20220122171001  奥平屋敷跡。散歩友達はWさんと、前管理人のOさん。この頃、ここに来る鳥はかなり少なくなっています。ドバトは多いのですが、スズメはほとんど来ていません。ヒヨドリや、ムクドリもあまり来ません。今日もなかなか来なかったのですが、8時半頃にカワセミが2回ほど近くを通過。9時近くになってモズのオスがやって来ました。これでまぁ、満足。

Img_0417c_20220122171001  二の丸跡で鳥の巣が落ちているのを見つけました。月曜日に奥平屋敷跡で見つけたのと同じような巣(2022年1月17日:梅のつぼみが膨らんで来ていました)。近くに松の木が何本かあります。そこにつくられていたカワラヒワの巣かと思います。ちなみに、この写真に写り込んでいるのは、散歩友達犬のJちゃん。女の子です。いつも寄ってきてくれ、「撫でてちょうだい」というのです。

Img_0424c Img_0487c_20220122171001  ユリカモメ、今日は34羽。例年に比べると少なめですが、今シーズンは多くてもこれくらい。今日は、餌をやる人が何組もあって、ユリカモメは大忙しでした。カモは、写真を撮ってきませんでしたが、合計68羽。ハシビロガモが12羽と他はキンクロハジロで、今日は、ヒドリガモは見当たらず。吉之丸堀にかかる橋を渡っていたら、またもやカワセミが通過。野球場南のしだれ桜の木に止まりました。遠くて、超証拠写真しか撮れず、割愛。

Img_0452c_20220122171001 Img_0529c_20220122184501  再び北門の堀を見に行くと、コサギが降りていました。本丸跡では、カワラヒワが6羽ほど地上に降りてエサ探し。カワラヒワは、公園の外周遊歩道の南でも登場。今日はよく見ました。カワラヒワの近くには、メジロも来たものの、ピンぼけ写真連発。

Img_0538c_20220122184501 Img_0592c  貝塚公園では、証拠写真ながら、ウグイスを捉えました。こんな写真ではあるものの、ここまで撮れるのは珍しい。その他は、ジョウビタキのメス。公園を出たところで、散歩友達のSさんに遭遇。

Img_0637c_20220122170801  内堀公園で一休みし、「そういえば、今日から新しい展覧会だ」と思いだし、このあと桑名市博物館へ。冒頭にも書きましたが、今日から2月27日まで「やまと絵のしらべ―帆山花乃舎と復古大和絵―」が開催されます。高校生以上は、入館料が¥500。桑名市博物館の前身・桑名市立文化美術館の開館50年を記念した展覧会です。

20220106185308  帆山花乃舎(ほやま・はなのや/1823-1894)は桑名にある、りん(舟ヘン+侖)崇寺(りんそうじ/真宗高田派)の住職を務めるかたわら、幕末から明治にかけて“王朝的な美意識”を特徴とする復古大和絵派の絵師として活躍した画僧です。幼いころから絵を好んだそうで、浮田一蕙渡辺清らに師事して土佐派の絵を学んでいます。この展覧会では、桑名市博物館の花乃舎作品とともに、国立博物館所蔵作品の復古大和絵派を代表する絵師たちの作品が見られます。左は展覧会のポスター。桑名市博物館のサイトからお借りしました。余談ではありますが、作品を見ていたら、桑員ホームニュースの記者さんから声をかけられ、写真のモデルになってきました(微苦笑)。2月12日発行のものに載るそうです。

0122yamatoe0 0122yamatoe1  自分の記憶のために出品リストを載せておきます。花乃舎が描いた出品#35の屏風「桜狩」「紅葉狩」の説明に「旧桑名藩主・松平定晴」という方の名前が出て来て、どこかで読んだ記憶はあったものの、思い出せなかったので、質問して来てしまいました(苦笑)。正確には「旧桑名藩主」ではありません。松平定敬の四男で、定教の養子(定教長女・榮子と結婚しています)でした。

0122kuwanacastle  博物館で「桑名城」と題した資料を販売していました。私にとって、これは買うしかありません。¥300。桑名城の歴史についてコンパクトにまとめられ、また、年表が付いています。令和元(2019)年度の市民大学郷土史学科で「城と城下町」の講義を聞きましたが(2019年5月13日:シジュウカラとツバメのヒナ……午後からは市民大学講座「城と城下町-桑名城を中心に-」へ)、それと関連深い内容です。

Img_0645c_20220122170801 Img_0690c_20220122170801  博物館には30分ほど滞在。京町公園で一休みし、常信寺へ。梅はまだでした。寺町の河津桜のつぼみは多少大きくなってきた気はしますが、こちらもまだまだ。住吉入江まで戻って来たら、ツグミがソメイヨシノの木にいました。

Img_0483c_20220122171001  明日は、この間の日曜のリベンジで町屋川でバードウォッチングと行きたいところですが、潮の具合がイマイチ。四日市港潮汐表では、満潮が9時21分、干潮は15時11分。どうしようか思案中。写真は、九華公園の吉之丸堀。

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2021年10月25日 (月)

20211016「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」(その4)……松阪駅手前で寺めぐりで「完」

Rokken4  10月16日に出かけた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」もいよいよ本編のその4。松阪駅の北西で寺めぐりをしていきます。詳しいルートマップは、前回と同じくその4です。継松寺、龍華寺、清光寺、常念寺と回り、駅弁のあらたけ本店とまつさか物産交流館に立ち寄り、松阪駅にゴール。駅にあるパン屋さんでやっと昼食。

Img_1707c_20211016181701   まずは、岡寺山継松寺(おかでらさんけいしょうじ)だけを取り上げます。高野山真言宗のお寺。ご本尊は、如意輪観世音菩薩。通称「岡寺さん」。天平15年(743年)に聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したと伝わっています。東大寺建立の大事業が無事成功することを祈願するために建てられた寺院でした。元来は市内石津町にあったのですが、江戸時代初期の慶長17(1612)年、時の松坂藩主古田重治により現在地に移転されました。

Img_1717c_20211024155901 Img_1724c_20211024155901  継松寺は、厄除け、開運の観音さまとして知られていますし、もう一つは、3月の初午大祭で有名です。初午大祭は、3月初めの午の日を中心に前後3日間に渡って行われ、県内の仏教寺院としては最大の規模だそうです。厄年の男女、特に振袖で着飾った19歳の女性で賑い、厄落としと称してハンカチを境内に落としていく習わしがあります。

28f33192 F33fac53  本堂には、奉納された絵馬がいくつかありました。いずれもかなり古そう。右の写真の絵馬には、「江戸 岩城屋」と書いてあります。調べてみたら、「岩城屋江戸店」の絵馬でした(こちら)。もとは近江商人で、麹町に江戸店があったようです。寺宝もいろいろとあります。それらはこちら
D1b0a86b  継松寺の筋塀(すじべい)。白い水平線が入った土塀で、御所や門跡寺院などに用います。格式により数が増え、5本が最高ですので、岡寺山継松寺は格式の高いお寺ということ。継松寺には、2018年5月26日にも来ています(2018年7月7日:20180526JRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」へ、なぜか近鉄で(その5)……松阪もめん手織りセンター、岡寺山継松寺を経て松阪駅)。

Img_1730c_20211024155901  継松寺の南には、弥勒山龍華寺。曹洞宗の養泉寺(このあと訪ねます)の末寺。天正16(1588)年、松ヶ島から現在地に移転しています。当所は、名庵寺と称しましたが、正保4(1647)年、龍華寺と改称。御堂の写真は、残念ながらピンぼけ(苦笑)。正面の御堂の扁額には「豊川稲荷御分霊」とありました。豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)を祀っているようでした。寺の本堂はその向かって左手と思われます。

Img_1767c_20211024155901 Img_1751c  龍華寺の南が、その本寺である龍松山養泉寺。曹洞宗。養泉寺の前身も、松ヶ島にあった天台宗のお寺だったそうで、松坂開府とともに職人町に移転され、曹洞宗に改宗されたといいます。ちなみに、曹洞宗で同じ名前のお寺は40ほどあるようで、「精神修行により、心を養い、泉のように満たす」という意味があるそうです。

Img_1776c_20211024155901 Img_1795c  養泉寺の次に、三縁山信阿院清光寺(せいこうじ)。浄土宗のお寺。開山は超誉察道上人。もとは神光寺といい、行基の開基と伝わっています(749年(天平21年・天平感宝元年・天平勝宝元年)創建)。のち真言宗の寺として松ケ島にあったものを、大永3(1523)年、察道上人が浄土宗に改宗。天正年間(1573~1592年)、津川玄蕃(織田信雄の家臣)・蒲生氏郷両氏の菩提所となりました。元和年間(1615~1624年)、紀州藩主・徳川頼宣の帰依にて現在地に移転。本堂は、明治43年(1910)建立。本尊阿弥陀如来座像は重要文化財、観音・勢至両菩薩像は市の文化財となっており、いずれも京都から遷座したものといわれます。

Img_1813c_20211024155901  境内には、参宮線六軒事故(昭和31(1956)年10月15日に参宮線六軒駅で発生した列車衝突事故)で亡くなった42名の追悼碑があります。この事故は、当時は国鉄参宮線、現在はJR紀勢本線の六軒駅で、名古屋発鳥羽行き下り快速列車が安全側線に突っ込み脱線したところへ、鳥羽発名古屋行き上り快速列車が進入し、はみ出ていた下り列車の客車に衝突、これを破壊しながら機関車と客車が脱線転覆した結果、42名の死者、94名の重軽傷者を出す惨事となったものでした。下り快速列車に乗車中で、修学旅行の途上であった東京教育大学附属坂戸高等学校(現在の筑波大学附属坂戸高等学校)の生徒が多数犠牲になっています。横転した蒸気機関車のボイラーから漏れた熱湯を浴びて、ひどい火傷を負った者もいたそうです。

Img_1818c_20211024155901  清光寺には、今では珍しい塔頭(たっちゅう)があります。塔頭は、寺内にある寺。九品院。寺号も山号も九品院となっています。詳細は分かりませんでしたが、九品とは、仏教における九等級の品位のことで、上上品・上中品・上下品・中上品以下、下下品までの9段階をいいます。観無量寿経などに基づいて、浄土へ往生する人のあり方を九品に分けたりするそうです。

Img_1828c_20211024155901 Img_1839c_20211024160001  続いて、清光寺の西にある護法山常念寺。真宗高田派のお寺。ここも立派なお寺ですが、詳細は分かりませんでした。

Img_1858c_20211024160001 Img_1853c_20211024182201  こちらは、本覚寺。真宗高田派。ここも、松阪市中町(旧町名は職人町)にあります。ここも、松坂開府の時に松ヶ島から移築したと伝えられています。高田派の準連枝(じゅんれんし:連枝は、浄土真宗で、法主の一族の称)で代々名僧が住んだと言われます。墓地には宣長の孫・伊豆夫婦の墓があります。

Img_1880c_20211016181701  今日のゴールに設定した松阪駅には、14時45分に到着。左の写真は、JR松阪駅。写真の中央に写っているのは、驛鈴のモニュメント。これは本居宣長ゆかりの遺品「七古鈴(ななこれい;七種鈴とも)」の1つ、驛鈴を模ったもの。宣長から源氏物語の講釈を聴くために松坂を訪れた石見国浜田藩主・松平康定が寛政7(1795)年に宣長に贈ったもの。

Img_1884c_20211017122901  松阪駅の前には、いくつか松阪牛のモニュメントがあります。この日は、ハロウィーン仕様で、マスク着用。

Img_1897c_20211016181701  ここまで休憩はしたものの、昼ご飯は食べておらず。松阪駅にあったヴィ・ド・フランス 松阪店でカレーパンその他をイートイン。お腹が空いていたので、写真を撮る前に食べてしまいました(苦笑)。

Img_1868c_20211016181701 Img_1931c_20211016181701  ゴールインの前に、重要な使命を果たしてきました(苦笑)。まずは、駅弁のあら竹本店。娘に今日は、松阪駅まで歩くといったら、「モー太郎弁当」が食べたい! とキョーレツな要望。¥1,500もする松阪ブランドの黒毛和牛を使った弁当。私は2年前に食べたのですが、その時、家族は実家に行っていて誰も食べてはいません。我が家では「伝説の駅弁」になっていて、今回、強力な要望があった次第。本店に買いに行くと、その場で作ってもらえ、ホカホカでした。

Img_1888c_20211016181701 Saraoi  松阪駅にある「まつさか交流物産館」。いつもここでお土産をゲットしています。とはいえ、私の松阪土産は決まっていて、老伴(柳屋奉善)。今日は、6個入り(¥1,080)を1個。同級生K氏も、私が勧めましたので、これの3個入りを購入。写真は、柳屋奉善さんのサイトからお借りしました。

Img_1909c_20211016181701 Img_1923c  松阪駅を15時17分に発車する名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、16時22分着。1時間5分も乗ってきました。1時間以上乗車すると、さすがに電車に乗ったという気がします。運賃は、¥960。この日の歩数は、19,479歩。現地で歩いたのは8.0㎞。自宅から桑名駅往復が、2.2㎞。合計10.2㎞を歩いてきました。

Img_1937c_20211016190001  夕食には、モー太郎弁当を美味しくいただきました(微笑)。余談ですが、このモー太郎弁当は、メロディー弁当。どういうことかというと、蓋を開けると、「ふるさと」のメロディーが流れるのです。明るさのセンサーがついていると思います。

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2021年8月22日 (日)

20210822「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第7回「鈴鹿・白子~河芸・千里」(予告編)

210822shiroko0  曇りで、午後3時過ぎから雨という予報でした。昨日から順延した「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第6回に行ってきました。三重県も新型コロナの感染者数が急増し、まん延防止等重点措置が発令されてはいますが、旧街道歩きをしている人はめったにいません。とくにこの暑い時期は、街道歩きの人はほぼゼロ。電車も換気が行われていますし、昼食は時間がずれていて、店は空いており、しかも黙食。感染予防には十分注意した上で、今日は、鈴鹿の白子から津・河芸の千里まで、7.3㎞。コースは、左の画像の通り。近鉄白子駅を9時20分にスタート。伊勢型紙資料館、龍源寺を経て、伊勢街道に出ます。高札場跡・旧河芸郡役所跡、久留真神社、唯信寺、道標、鈴鹿市伝統産業会館、西方寺、子安観音寺、道標2つ、楳荘翁碑、村社八幡神社、津市河芸町に入って、甕釜冠地蔵、八葉山本福寺、丹羽君碑を見て、近鉄千里駅にゴール。千里駅の前が、今日の伊勢街道の終点。駅近くの創作中華料理・昇龍でランチ。桑名では最高気温30.9℃。雨には降られずに済みましたが、湿度が高く、蒸し暑く、けっこう疲れました。

Img_0948c_20210822172901  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行で白子駅に9時12分に到着。¥500。駅の東口を9時20分にスタートします。閑散としていました。

Img_0951c_20210822172901  まずは、伊勢型紙資料館を目指したものの、残念ながら、開館は10時。ここは、江戸時代末期の建物で白子屈指の型紙問屋であった「寺尾斎兵衛家」の住宅を修復して、平成9(1997)年に開館しています。寺尾家は江戸時代から、伊勢型紙の生産から販売までを行い、東北地方から関東一円に行商をしていたそうです。

Img_0963c_20210822172901 Img_0975c_20210822172901  伊勢型紙資料館の東100mほどのところに瑞雲山龍源寺臨済宗妙心寺派のお寺。開創は平安時代と伝わっているものの、由緒は不詳。しかし、境内には平家ゆかりの「青葉の笛(平敦盛秘蔵の笛)」に関わる旧跡「青葉の竹林」が伝承されています。また、鎌倉時代の「涅槃図」「地蔵菩薩半跏像」なども所蔵しているそうですから、800年の歴史があると思われます。こちらに寺の由緒があります。白隠禅師(貞享2(1686)~明和5(1769)年)、臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧)がこのお寺に来たことがあったといいます。

Img_0992c 龍源寺の先で伊勢街道に出ます。ちょっと戻って、白子東町公園にある旧河芸郡役所跡。明治になり県政が敷かれ、明治26(1893)年4月ここに河芸郡役所が置かれたそうです。

Img_0997c_20210822172901 Img_1001c_20210822172901  その東に高札場跡があります。江戸時代、白子代官所が高札を掲示したところでした。高札場跡のあるところは、伊勢街道は枡形になっています。白子は、天領であったこともありますし、徳川御三家の一つ、紀州藩領であったこともあります。そのためか、あちこちに枡形が残っています。

Img_1071c_20210822172901 Img_1029c_20210822172901  こちらは、久留真神社。主祭神は、大己貴尊(オオアナムチノカミ)。大国主命(オオクニヌシノミコト)の別称。往昔は、已貴尊と須世理姫尊(スセリビメノミコト、大国主命の妻)の2柱の神さまを通称伊勢の森(現在の白子・御殿町一帯)という神奈備(神域)にお祀りして福徳さんと称え奉ったそうです。久留真神社で9時50分過ぎ、スタートから1.3㎞ほど。

Img_1075c_20210822173001 Img_1089c_20210822173001  久留真神社の西には、山中山唯信寺。真宗高田派のお寺。ここは、ガイドマップや、みえの歴史街道にも情報は出て来ません。本堂はコンクリート造りで、鐘楼堂や、梵鐘も新しい。唯信寺のところも枡形。寺の西には、道標。「さんぐう道」「神戸(かんべ:鈴鹿市神戸(かんべ)四日市道」と刻まれ、指のかたちの矢印が描かれています。このあたりは曲がり角が多いため、参宮客などが迷わないようにということで、道標を和田さんという方が建てたのだそうです。何度も倒され、立て直しを繰り返した結果、現在は(昭和30年代以降)、高さ2mあまりとなったそうです(説明板による)。

Img_1114c_20210822173001 Img_1117c_20210822173001  このあと、同級生K氏が、「伊勢型紙についてちゃんと知りたい」ということで、鈴鹿市伝統産業会館へ立ち寄りました。ここは、鈴鹿市が誇る「鈴鹿墨」と「伊勢形紙」の伝統工芸を紹介して、優れた技術を後世に伝えるために、昭和58(1983)年に開設されました。鈴鹿墨や、小紋・友禅などの図柄を着物の生地に染めるために用いる伊勢形紙の作品・製造道具などが展示紹介されています。ちょうど、伊勢型紙を彫る伝統技能士の方がデモンストレーションをしておられ、いろいろと伺うことができました。伊勢型紙のビデオを見たりして、30分ほど滞在。小休止しようと思ったら、目の前に「飲食禁止」の貼り紙(爆)。

Img_1152c_20210822173001 Img_1129c_20210822173001  伝統産業会館は、伊勢街道からちょっと外れます。戻って、子安観音寺に向かいますが、ここで、伊勢街道は2つに分かれます。というか、新旧2つのルートがあります。子安観音に向かうのは、古い道。その途中で、西方寺に立ち寄ります。真宗高田派のお寺。境内に山口誓子の代表作「海に出て 木枯帰る ところなし」の句碑があります(昭和53(1988)年建立)。この句にちなんで誓子が命名した書院「木枯亭」が本堂に隣接してあります(右の写真)。内部の写真は、こちらにあります。誓子は、ここで俳句教室を開いたり、句会に通ったりしていたそうです。武家造りで江戸中期に建てられたものを明治の初めに移築しています。

Img_1163c_20210822173001 Img_1185c_20210822173001  西方寺の西に子安観音寺。地元では、「白子の子安観音」で親しまれています。その名の通り、安産祈願で有名。高野山真言宗。聖武天皇の命令で藤原不比等が建立したと伝えられ(道證上人の開山によります)、1250年以上の歴史があります。本尊は、「白衣観世音菩薩」。縁起によれば、「この浦(鼓ヶ浦)に鼓の音あり、怪しみて網を下ろしけるに、鼓に乗り、観世音の尊像上がらせ給う、帝これを聞こしめし、伽藍建立ありて勅願寺となりぬ。妊婦安産の霊験あり」と記されているそうです。異説には、鼓ヶ浦の海の中から赤ん坊に背負われてご本尊が現れたという話もあります。境内には山口誓子の句碑、不断桜など見どころがいくつもあります。子安観音寺でほぼ3㎞、ここに着いたのは11時15分。既に歩き始めて2時間近くなので、30分ほど小休止。

Img_1243c Img_1224c_20210822173001  子安観音寺の先で、道標2基。左のものは、弘化4(1847)年建立。「左くわんおん道」「右さんくう道」とあり、子安観音寺と伊勢街道とを示すもの。右は、民家の手前にある小さな道標。「左いせみち」と刻まれています。頂上部分と北面はすり減ったくぼみがありますが、これは伊勢型紙彫りに使う砥石をならした跡といわれているそうです。

Img_1253c_20210822173001  堀切川の手前で新しい方の伊勢街道と合流します。そのすぐ東に楳荘翁碑。「楳荘翁」とは、儒者・別府梅荘翁の碑です。別府梅荘は、文政10(1827)年、河芸郡上野村(現在の津市河芸町上野)に生まれました。ここ寺家(鈴鹿市寺家)の住人で若い頃から絵をよくし、生け花や煎茶にも優れたそうです。明治28(1895)年、京都で没。門人らが明治29(1896)年12月、この碑を建てています。碑の撰は、富岡鉄斎の筆によります。このあと、近鉄名古屋線、国道23号線を越えて、鈴鹿市磯山地区に進みます。しばらくは立ち寄るところもありません。

Img_1306c_20210822173001 Img_1296c_20210822173001  スタートから5.2㎞で、磯山にある村社八幡神社。主祭神は、誉田別尊、金山毘古尊、素戔之男命、菅原道真、大山祇之命。太田忠左衛門という人の先祖が、御神体を字六人彫りの堀切川下流から背おって来て、安置したと伝わります。その時、獅子も一緒だったそうですが、忠左衛門の枕元に現れ「別保へ連れてって」というので、隣村の神社へ連れていったためこの神社には獅子がいないといいます。当社の創祀は不詳ですが、社伝によれば正安元(1299)年に社が創建されたとされているそうです。確かに狛犬というか、獅子はありませんでした。

Img_1320c_20210822173001  八幡神社の先、伊勢街道沿いの旧家。先日(江戸橋での仕事の最終日)、ゲットした伊勢参宮街道のガイドマップに、「幕板の旧家がある。軒先の庇の下にさらに庇を追加した建築様式で、板暖簾、大垂(おおだれ)ともいう。雨除け、日除けの役割を果たす」とあったのが、たぶんここ。磯山の先で国道23号線に出て、中ノ川を渡って、津市河芸町に入ります。

Img_1360c_20210822173101 Img_1365c_20210822173101  東千里交差点から東にそれ、近鉄名古屋線の踏切を渡ったところに、甕釜冠(かめかまかぶり)地蔵があります。ここは、近鉄ハイキングに来たときにもとても印象深かったところ。この堂はもと光明院といって伊勢参宮の旅人の休憩所で、旅の無事安穏を祈願した場所でした。宝形造りの仏堂の屋根の上には、露盤宝珠を置くのが普通ですが、この堂は炊事用の釜と水甕が伏せてあり、これが堂の名前の由来となっています。なぜこのような変わった建築をしたのか理由について諸説があり、確かなことはわかりません。ちなみに、この甕釜冠地蔵の手前で、伊勢街道と巡礼道との追分があります。巡礼道は、下街道あるいは浜街道とも呼ばれ、伊勢古街道です。

Img_1383c_20210822173101 Img_1386c_20210822173101  伊勢街道と巡礼道の間に寺がいくつかあるのですが、今回は、蒸し暑くて疲れていたこともあってパス。真宗大谷派の八葉山本福寺だけ立ち寄って来ました。というのも、ここには、「親鸞上人御𦾔跡」という石碑があるのです。碑陰には、「文化○○」とあるのですが、読めませんでした。文化年間(1804~1817年)に建てられたということかと思います。ネットでは情報は得られませんでした。ここ本福寺は、親鸞の弟子だった西念房が創建したといいます。西念房は、生涯聖人を思いながら念仏をひろめたといいます(こちらを参照しました)。

Img_1406c_20210822173101  スタートから7㎞ほどのところに「丹羽君碑」。この辺りには、江戸時代に紀州藩白子の大庄屋だった丹羽家があり、円応寺組十五か村の大庄屋を務め、また、兄弟で廻船問屋を営み、五十人同心として港を差配していたといいます。この碑は丹羽家何代目かの主を顕彰したもののようですが、碑文も風化して読めず、不明です。 

Img_1436c_20210822173101  7.3㎞で近鉄千里駅。ここが今日のゴール。伊勢街道は、このさき近鉄名古屋線と、国道23号線を越えて行きますが、それはまた次回。ゴールしたのは、13時10分頃。

Img_1432c_20210822173101 Dsc_6216c  ゴールした後は、昼食。事前のリサーチで、国道23号線沿いに飲み屋さん1件と、創作中華料理の店が1軒あることが分かっていたのですが、中華料理の昇龍へ。台湾料理がメインのようでした。暑かったので、今日も冷やし中華をチョイス。税込み¥858。ちょっと辛かったものの、美味しい。

Img_1447c  千里駅からは14時15分発の名古屋行き普通に乗車。14時22分に白子駅に到着。14時28分発の名古屋行き急行に乗り換えて、桑名駅には15時2分着。蒸し暑くて、疲れましたが、雨に降られることなく歩くことができてラッキーでした。というのも、帰宅後16時過ぎには大雨と雷。今日の歩数は、ご覧のように19,378歩。現地で7.3㎞、昇龍へ往復が0.6㎞、自宅から桑名駅往復が2.2㎞、合計10.1㎞を歩きました。電車で40分かかり、桑名からそれなりに離れると、旅気分も増してきます。本編は、また明日以降、書いていきます。

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2021年7月18日 (日)

鎮国守国神社に茅の輪

Img_3637c_20210718145201  昨日は、久しぶりに伊勢詣りハイキングに行き、合計10.2㎞を歩いてきましたが、日頃の修行の成果か、とくに疲れたということもなく済んでいます。今朝は、訳あって家事を済ませ、8時から散歩開始。いつもどおり、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築町、アピタ桑名店(新光堂書店)、常磐町、京町、吉津屋町、南魚町と6.7㎞も歩いてきました(苦笑)。そんなに歩かなくても良いのにと、我ながら思うくらい。最高気温は、32.1℃。午後からは少々蒸し暑い感じで、通り抜ける風も湿っています。

Img_3537c_20210718145301 Img_3603c_20210718145201  まずはこちら。鎮国守国神社では、夏越しの大祓は7月20日。今日、お参りに行ったら、茅の輪が設けられていました。ただし、まだくぐれないようにしてあります。このあと、内堀公園近くで、鎮国守国神社の氏子の方のお宅に祓え串を配っておられました。1軒ずつ、右の写真のようにポストに入れて回って行かれます。夏越しの大祓の前にこれに住所、氏名を書いて神社に納めるのです。

Img_3467c_20210718145301  さて、8時頃にはかなり気温が上がっていました。鳥影はほとんどありません。三の丸水門のところで、何やら動く様子。よく見たら、ヒバリが2羽。暑い時期にも見ることはありますが、結構珍しい。

Img_3558c_20210718145301 Img_3510c_20210718145301  九華公園で、6月まで管理人を勤めていたKさんに会いました。「時間を持て余しちゃってね」とおっしゃいました。公園内も鳥は少なく、スズメ、ドバト、ムクドリくらい。ずいぶん久しぶりにカルガモが1羽、姿を見せました。以前も1羽が滞在していましたが、そのカルガモかという気もします。暑いのに、陽がよく当たる元アヒル小屋のところに座っています。奥平屋敷跡では、散歩友達のWさん、Mさん。元管理人のOさんは現れずで、すずめ食堂は臨時休業。

Img_3477c_20210718145301 Img_3493c  クマゼミは相変わらず、九華公園でもあちこちで絶賛大合唱中。今のところ、アブラゼミの鳴き声は聞こえません。ニイニイゼミは少しだけ鳴いていますが、まだ姿は確認できていません。堀の周囲をウチワヤンマがパトロール。時々、石垣や木の上で休んでいます(右の写真)。

Img_3562c_20210718145301 Img_3570c_20210718145301  公園の野球場では、中学生の試合。木陰で応援する家族の姿が見えます。しばし、野球を眺め、貝塚公園に行こうとしたら、女の子たち10名ほどがランニングするのとすれ違いました。皆、挨拶をしてくれ、ジイ様はちょっとうれしい(微笑)。子どもたちは、元気です。

Img_3581c_20210718151801  貝塚公園も、内堀公園もクマゼミの合唱が聞こえるだけ。鳥はいません。アピタ桑名店の新光堂書店へ文庫本の新刊を見に行ったものの、売れてしまったようで、残念ながらありませんでした。東北フェアをしていたので覗いてみましたが、これはというものはなし。寺町は三八市。日曜と市の開催が重なると大賑わいですので、パス。ヒマワリは、九華公園の南のお宅にて。

Img_3608c_20210718145201  京町Mのツバメの巣。ヒナは4羽。元気そうでした。暑かったので、親が来るのは待たず、ヒナの写真を撮ってオシマイ。

Img_3629c_20210718151801  寺町交差点のところで見上げた北西の空。梅雨は明けたものの、県中南部では雨も降っているようですし、このあたりも雲がけっこう多くなっています。まだ大気は不安定なのかも知れません。

Img_3624c_20210718151801  今週の予定は、水曜日の江戸橋での仕事のみ。その他には、桑名市博物館で7月21日(水)から「学習支援展示 神社の来歴―棟札を中心とした長島八幡神社のご神宝―」と「刀剣コレクションⅡ―多度大社の宝刀―」が8月29日まで開催されます。長島八幡神社には獅子舞が伝わっています。元禄12(1699)年に北島地区氏子が獅子頭二頭と天狗面二面を奉納したことから始まったとされます。長島八幡神社は、寛元3(1245)年、光明峯寺家郷が、相州鎌倉から帰京の節、北島浦に船を寄せ、この地の景勝を愛でて、ここに鶴ケ岡八幡宮の御分霊を勧請奉祀したとの記録があり、棟札にもその事が記されているそうです。博物館の展示には、この棟札が出品されるものと思います。この神社には行ったことはあるものの(2017年9月14日:長島で鳥見、歴史散歩……河口堰と、長島城跡、蓮生寺、八幡社へ)、獅子舞はまだ見たことがありません。多度大社の宝刀について、多度大社のサイトを見ますと、室町時代の「正重(短刀)」があるといいます。天文年間(1532~1555年)のものと考えられているそうです。これが見られるのでしょう。見てこなくっちゃ。写真は、南魚町で見たサルスベリの花。

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