文化・芸術

2021年10月25日 (月)

20211016「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」(その4)……松阪駅手前で寺めぐりで「完」

Rokken4  10月16日に出かけた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」もいよいよ本編のその4。松阪駅の北西で寺めぐりをしていきます。詳しいルートマップは、前回と同じくその4です。継松寺、龍華寺、清光寺、常念寺と回り、駅弁のあらたけ本店とまつさか物産交流館に立ち寄り、松阪駅にゴール。駅にあるパン屋さんでやっと昼食。

Img_1707c_20211016181701   まずは、岡寺山継松寺(おかでらさんけいしょうじ)だけを取り上げます。高野山真言宗のお寺。ご本尊は、如意輪観世音菩薩。通称「岡寺さん」。天平15年(743年)に聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したと伝わっています。東大寺建立の大事業が無事成功することを祈願するために建てられた寺院でした。元来は市内石津町にあったのですが、江戸時代初期の慶長17(1612)年、時の松坂藩主古田重治により現在地に移転されました。

Img_1717c_20211024155901 Img_1724c_20211024155901  継松寺は、厄除け、開運の観音さまとして知られていますし、もう一つは、3月の初午大祭で有名です。初午大祭は、3月初めの午の日を中心に前後3日間に渡って行われ、県内の仏教寺院としては最大の規模だそうです。厄年の男女、特に振袖で着飾った19歳の女性で賑い、厄落としと称してハンカチを境内に落としていく習わしがあります。

28f33192 F33fac53  本堂には、奉納された絵馬がいくつかありました。いずれもかなり古そう。右の写真の絵馬には、「江戸 岩城屋」と書いてあります。調べてみたら、「岩城屋江戸店」の絵馬でした(こちら)。もとは近江商人で、麹町に江戸店があったようです。寺宝もいろいろとあります。それらはこちら
D1b0a86b  継松寺の筋塀(すじべい)。白い水平線が入った土塀で、御所や門跡寺院などに用います。格式により数が増え、5本が最高ですので、岡寺山継松寺は格式の高いお寺ということ。継松寺には、2018年5月26日にも来ています(2018年7月7日:20180526JRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」へ、なぜか近鉄で(その5)……松阪もめん手織りセンター、岡寺山継松寺を経て松阪駅)。

Img_1730c_20211024155901  継松寺の南には、弥勒山龍華寺。曹洞宗の養泉寺(このあと訪ねます)の末寺。天正16(1588)年、松ヶ島から現在地に移転しています。当所は、名庵寺と称しましたが、正保4(1647)年、龍華寺と改称。御堂の写真は、残念ながらピンぼけ(苦笑)。正面の御堂の扁額には「豊川稲荷御分霊」とありました。豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)を祀っているようでした。寺の本堂はその向かって左手と思われます。

Img_1767c_20211024155901 Img_1751c  龍華寺の南が、その本寺である龍松山養泉寺。曹洞宗。養泉寺の前身も、松ヶ島にあった天台宗のお寺だったそうで、松坂開府とともに職人町に移転され、曹洞宗に改宗されたといいます。ちなみに、曹洞宗で同じ名前のお寺は40ほどあるようで、「精神修行により、心を養い、泉のように満たす」という意味があるそうです。

Img_1776c_20211024155901 Img_1795c  養泉寺の次に、三縁山信阿院清光寺(せいこうじ)。浄土宗のお寺。開山は超誉察道上人。もとは神光寺といい、行基の開基と伝わっています(749年(天平21年・天平感宝元年・天平勝宝元年)創建)。のち真言宗の寺として松ケ島にあったものを、大永3(1523)年、察道上人が浄土宗に改宗。天正年間(1573~1592年)、津川玄蕃(織田信雄の家臣)・蒲生氏郷両氏の菩提所となりました。元和年間(1615~1624年)、紀州藩主・徳川頼宣の帰依にて現在地に移転。本堂は、明治43年(1910)建立。本尊阿弥陀如来座像は重要文化財、観音・勢至両菩薩像は市の文化財となっており、いずれも京都から遷座したものといわれます。

Img_1813c_20211024155901  境内には、参宮線六軒事故(昭和31(1956)年10月15日に参宮線六軒駅で発生した列車衝突事故)で亡くなった42名の追悼碑があります。この事故は、当時は国鉄参宮線、現在はJR紀勢本線の六軒駅で、名古屋発鳥羽行き下り快速列車が安全側線に突っ込み脱線したところへ、鳥羽発名古屋行き上り快速列車が進入し、はみ出ていた下り列車の客車に衝突、これを破壊しながら機関車と客車が脱線転覆した結果、42名の死者、94名の重軽傷者を出す惨事となったものでした。下り快速列車に乗車中で、修学旅行の途上であった東京教育大学附属坂戸高等学校(現在の筑波大学附属坂戸高等学校)の生徒が多数犠牲になっています。横転した蒸気機関車のボイラーから漏れた熱湯を浴びて、ひどい火傷を負った者もいたそうです。

Img_1818c_20211024155901  清光寺には、今では珍しい塔頭(たっちゅう)があります。塔頭は、寺内にある寺。九品院。寺号も山号も九品院となっています。詳細は分かりませんでしたが、九品とは、仏教における九等級の品位のことで、上上品・上中品・上下品・中上品以下、下下品までの9段階をいいます。観無量寿経などに基づいて、浄土へ往生する人のあり方を九品に分けたりするそうです。

Img_1828c_20211024155901 Img_1839c_20211024160001  続いて、清光寺の西にある護法山常念寺。真宗高田派のお寺。ここも立派なお寺ですが、詳細は分かりませんでした。

Img_1858c_20211024160001 Img_1853c_20211024182201  こちらは、本覚寺。真宗高田派。ここも、松阪市中町(旧町名は職人町)にあります。ここも、松坂開府の時に松ヶ島から移築したと伝えられています。高田派の準連枝(じゅんれんし:連枝は、浄土真宗で、法主の一族の称)で代々名僧が住んだと言われます。墓地には宣長の孫・伊豆夫婦の墓があります。

Img_1880c_20211016181701  今日のゴールに設定した松阪駅には、14時45分に到着。左の写真は、JR松阪駅。写真の中央に写っているのは、驛鈴のモニュメント。これは本居宣長ゆかりの遺品「七古鈴(ななこれい;七種鈴とも)」の1つ、驛鈴を模ったもの。宣長から源氏物語の講釈を聴くために松坂を訪れた石見国浜田藩主・松平康定が寛政7(1795)年に宣長に贈ったもの。

Img_1884c_20211017122901  松阪駅の前には、いくつか松阪牛のモニュメントがあります。この日は、ハロウィーン仕様で、マスク着用。

Img_1897c_20211016181701  ここまで休憩はしたものの、昼ご飯は食べておらず。松阪駅にあったヴィ・ド・フランス 松阪店でカレーパンその他をイートイン。お腹が空いていたので、写真を撮る前に食べてしまいました(苦笑)。

Img_1868c_20211016181701 Img_1931c_20211016181701  ゴールインの前に、重要な使命を果たしてきました(苦笑)。まずは、駅弁のあら竹本店。娘に今日は、松阪駅まで歩くといったら、「モー太郎弁当」が食べたい! とキョーレツな要望。¥1,500もする松阪ブランドの黒毛和牛を使った弁当。私は2年前に食べたのですが、その時、家族は実家に行っていて誰も食べてはいません。我が家では「伝説の駅弁」になっていて、今回、強力な要望があった次第。本店に買いに行くと、その場で作ってもらえ、ホカホカでした。

Img_1888c_20211016181701 Saraoi  松阪駅にある「まつさか交流物産館」。いつもここでお土産をゲットしています。とはいえ、私の松阪土産は決まっていて、老伴(柳屋奉善)。今日は、6個入り(¥1,080)を1個。同級生K氏も、私が勧めましたので、これの3個入りを購入。写真は、柳屋奉善さんのサイトからお借りしました。

Img_1909c_20211016181701 Img_1923c  松阪駅を15時17分に発車する名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、16時22分着。1時間5分も乗ってきました。1時間以上乗車すると、さすがに電車に乗ったという気がします。運賃は、¥960。この日の歩数は、19,479歩。現地で歩いたのは8.0㎞。自宅から桑名駅往復が、2.2㎞。合計10.2㎞を歩いてきました。

Img_1937c_20211016190001  夕食には、モー太郎弁当を美味しくいただきました(微笑)。余談ですが、このモー太郎弁当は、メロディー弁当。どういうことかというと、蓋を開けると、「ふるさと」のメロディーが流れるのです。明るさのセンサーがついていると思います。

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2021年8月22日 (日)

20210822「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第7回「鈴鹿・白子~河芸・千里」(予告編)

210822shiroko0  曇りで、午後3時過ぎから雨という予報でした。昨日から順延した「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第6回に行ってきました。三重県も新型コロナの感染者数が急増し、まん延防止等重点措置が発令されてはいますが、旧街道歩きをしている人はめったにいません。とくにこの暑い時期は、街道歩きの人はほぼゼロ。電車も換気が行われていますし、昼食は時間がずれていて、店は空いており、しかも黙食。感染予防には十分注意した上で、今日は、鈴鹿の白子から津・河芸の千里まで、7.3㎞。コースは、左の画像の通り。近鉄白子駅を9時20分にスタート。伊勢型紙資料館、龍源寺を経て、伊勢街道に出ます。高札場跡・旧河芸郡役所跡、久留真神社、唯信寺、道標、鈴鹿市伝統産業会館、西方寺、子安観音寺、道標2つ、楳荘翁碑、村社八幡神社、津市河芸町に入って、甕釜冠地蔵、八葉山本福寺、丹羽君碑を見て、近鉄千里駅にゴール。千里駅の前が、今日の伊勢街道の終点。駅近くの創作中華料理・昇龍でランチ。桑名では最高気温30.9℃。雨には降られずに済みましたが、湿度が高く、蒸し暑く、けっこう疲れました。

Img_0948c_20210822172901  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行で白子駅に9時12分に到着。¥500。駅の東口を9時20分にスタートします。閑散としていました。

Img_0951c_20210822172901  まずは、伊勢型紙資料館を目指したものの、残念ながら、開館は10時。ここは、江戸時代末期の建物で白子屈指の型紙問屋であった「寺尾斎兵衛家」の住宅を修復して、平成9(1997)年に開館しています。寺尾家は江戸時代から、伊勢型紙の生産から販売までを行い、東北地方から関東一円に行商をしていたそうです。

Img_0963c_20210822172901 Img_0975c_20210822172901  伊勢型紙資料館の東100mほどのところに瑞雲山龍源寺臨済宗妙心寺派のお寺。開創は平安時代と伝わっているものの、由緒は不詳。しかし、境内には平家ゆかりの「青葉の笛(平敦盛秘蔵の笛)」に関わる旧跡「青葉の竹林」が伝承されています。また、鎌倉時代の「涅槃図」「地蔵菩薩半跏像」なども所蔵しているそうですから、800年の歴史があると思われます。こちらに寺の由緒があります。白隠禅師(貞享2(1686)~明和5(1769)年)、臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧)がこのお寺に来たことがあったといいます。

Img_0992c 龍源寺の先で伊勢街道に出ます。ちょっと戻って、白子東町公園にある旧河芸郡役所跡。明治になり県政が敷かれ、明治26(1893)年4月ここに河芸郡役所が置かれたそうです。

Img_0997c_20210822172901 Img_1001c_20210822172901  その東に高札場跡があります。江戸時代、白子代官所が高札を掲示したところでした。高札場跡のあるところは、伊勢街道は枡形になっています。白子は、天領であったこともありますし、徳川御三家の一つ、紀州藩領であったこともあります。そのためか、あちこちに枡形が残っています。

Img_1071c_20210822172901 Img_1029c_20210822172901  こちらは、久留真神社。主祭神は、大己貴尊(オオアナムチノカミ)。大国主命(オオクニヌシノミコト)の別称。往昔は、已貴尊と須世理姫尊(スセリビメノミコト、大国主命の妻)の2柱の神さまを通称伊勢の森(現在の白子・御殿町一帯)という神奈備(神域)にお祀りして福徳さんと称え奉ったそうです。久留真神社で9時50分過ぎ、スタートから1.3㎞ほど。

Img_1075c_20210822173001 Img_1089c_20210822173001  久留真神社の西には、山中山唯信寺。真宗高田派のお寺。ここは、ガイドマップや、みえの歴史街道にも情報は出て来ません。本堂はコンクリート造りで、鐘楼堂や、梵鐘も新しい。唯信寺のところも枡形。寺の西には、道標。「さんぐう道」「神戸(かんべ:鈴鹿市神戸(かんべ)四日市道」と刻まれ、指のかたちの矢印が描かれています。このあたりは曲がり角が多いため、参宮客などが迷わないようにということで、道標を和田さんという方が建てたのだそうです。何度も倒され、立て直しを繰り返した結果、現在は(昭和30年代以降)、高さ2mあまりとなったそうです(説明板による)。

Img_1114c_20210822173001 Img_1117c_20210822173001  このあと、同級生K氏が、「伊勢型紙についてちゃんと知りたい」ということで、鈴鹿市伝統産業会館へ立ち寄りました。ここは、鈴鹿市が誇る「鈴鹿墨」と「伊勢形紙」の伝統工芸を紹介して、優れた技術を後世に伝えるために、昭和58(1983)年に開設されました。鈴鹿墨や、小紋・友禅などの図柄を着物の生地に染めるために用いる伊勢形紙の作品・製造道具などが展示紹介されています。ちょうど、伊勢型紙を彫る伝統技能士の方がデモンストレーションをしておられ、いろいろと伺うことができました。伊勢型紙のビデオを見たりして、30分ほど滞在。小休止しようと思ったら、目の前に「飲食禁止」の貼り紙(爆)。

Img_1152c_20210822173001 Img_1129c_20210822173001  伝統産業会館は、伊勢街道からちょっと外れます。戻って、子安観音寺に向かいますが、ここで、伊勢街道は2つに分かれます。というか、新旧2つのルートがあります。子安観音に向かうのは、古い道。その途中で、西方寺に立ち寄ります。真宗高田派のお寺。境内に山口誓子の代表作「海に出て 木枯帰る ところなし」の句碑があります(昭和53(1988)年建立)。この句にちなんで誓子が命名した書院「木枯亭」が本堂に隣接してあります(右の写真)。内部の写真は、こちらにあります。誓子は、ここで俳句教室を開いたり、句会に通ったりしていたそうです。武家造りで江戸中期に建てられたものを明治の初めに移築しています。

Img_1163c_20210822173001 Img_1185c_20210822173001  西方寺の西に子安観音寺。地元では、「白子の子安観音」で親しまれています。その名の通り、安産祈願で有名。高野山真言宗。聖武天皇の命令で藤原不比等が建立したと伝えられ(道證上人の開山によります)、1250年以上の歴史があります。本尊は、「白衣観世音菩薩」。縁起によれば、「この浦(鼓ヶ浦)に鼓の音あり、怪しみて網を下ろしけるに、鼓に乗り、観世音の尊像上がらせ給う、帝これを聞こしめし、伽藍建立ありて勅願寺となりぬ。妊婦安産の霊験あり」と記されているそうです。異説には、鼓ヶ浦の海の中から赤ん坊に背負われてご本尊が現れたという話もあります。境内には山口誓子の句碑、不断桜など見どころがいくつもあります。子安観音寺でほぼ3㎞、ここに着いたのは11時15分。既に歩き始めて2時間近くなので、30分ほど小休止。

Img_1243c Img_1224c_20210822173001  子安観音寺の先で、道標2基。左のものは、弘化4(1847)年建立。「左くわんおん道」「右さんくう道」とあり、子安観音寺と伊勢街道とを示すもの。右は、民家の手前にある小さな道標。「左いせみち」と刻まれています。頂上部分と北面はすり減ったくぼみがありますが、これは伊勢型紙彫りに使う砥石をならした跡といわれているそうです。

Img_1253c_20210822173001  堀切川の手前で新しい方の伊勢街道と合流します。そのすぐ東に楳荘翁碑。「楳荘翁」とは、儒者・別府梅荘翁の碑です。別府梅荘は、文政10(1827)年、河芸郡上野村(現在の津市河芸町上野)に生まれました。ここ寺家(鈴鹿市寺家)の住人で若い頃から絵をよくし、生け花や煎茶にも優れたそうです。明治28(1895)年、京都で没。門人らが明治29(1896)年12月、この碑を建てています。碑の撰は、富岡鉄斎の筆によります。このあと、近鉄名古屋線、国道23号線を越えて、鈴鹿市磯山地区に進みます。しばらくは立ち寄るところもありません。

Img_1306c_20210822173001 Img_1296c_20210822173001  スタートから5.2㎞で、磯山にある村社八幡神社。主祭神は、誉田別尊、金山毘古尊、素戔之男命、菅原道真、大山祇之命。太田忠左衛門という人の先祖が、御神体を字六人彫りの堀切川下流から背おって来て、安置したと伝わります。その時、獅子も一緒だったそうですが、忠左衛門の枕元に現れ「別保へ連れてって」というので、隣村の神社へ連れていったためこの神社には獅子がいないといいます。当社の創祀は不詳ですが、社伝によれば正安元(1299)年に社が創建されたとされているそうです。確かに狛犬というか、獅子はありませんでした。

Img_1320c_20210822173001  八幡神社の先、伊勢街道沿いの旧家。先日(江戸橋での仕事の最終日)、ゲットした伊勢参宮街道のガイドマップに、「幕板の旧家がある。軒先の庇の下にさらに庇を追加した建築様式で、板暖簾、大垂(おおだれ)ともいう。雨除け、日除けの役割を果たす」とあったのが、たぶんここ。磯山の先で国道23号線に出て、中ノ川を渡って、津市河芸町に入ります。

Img_1360c_20210822173101 Img_1365c_20210822173101  東千里交差点から東にそれ、近鉄名古屋線の踏切を渡ったところに、甕釜冠(かめかまかぶり)地蔵があります。ここは、近鉄ハイキングに来たときにもとても印象深かったところ。この堂はもと光明院といって伊勢参宮の旅人の休憩所で、旅の無事安穏を祈願した場所でした。宝形造りの仏堂の屋根の上には、露盤宝珠を置くのが普通ですが、この堂は炊事用の釜と水甕が伏せてあり、これが堂の名前の由来となっています。なぜこのような変わった建築をしたのか理由について諸説があり、確かなことはわかりません。ちなみに、この甕釜冠地蔵の手前で、伊勢街道と巡礼道との追分があります。巡礼道は、下街道あるいは浜街道とも呼ばれ、伊勢古街道です。

Img_1383c_20210822173101 Img_1386c_20210822173101  伊勢街道と巡礼道の間に寺がいくつかあるのですが、今回は、蒸し暑くて疲れていたこともあってパス。真宗大谷派の八葉山本福寺だけ立ち寄って来ました。というのも、ここには、「親鸞上人御𦾔跡」という石碑があるのです。碑陰には、「文化○○」とあるのですが、読めませんでした。文化年間(1804~1817年)に建てられたということかと思います。ネットでは情報は得られませんでした。ここ本福寺は、親鸞の弟子だった西念房が創建したといいます。西念房は、生涯聖人を思いながら念仏をひろめたといいます(こちらを参照しました)。

Img_1406c_20210822173101  スタートから7㎞ほどのところに「丹羽君碑」。この辺りには、江戸時代に紀州藩白子の大庄屋だった丹羽家があり、円応寺組十五か村の大庄屋を務め、また、兄弟で廻船問屋を営み、五十人同心として港を差配していたといいます。この碑は丹羽家何代目かの主を顕彰したもののようですが、碑文も風化して読めず、不明です。 

Img_1436c_20210822173101  7.3㎞で近鉄千里駅。ここが今日のゴール。伊勢街道は、このさき近鉄名古屋線と、国道23号線を越えて行きますが、それはまた次回。ゴールしたのは、13時10分頃。

Img_1432c_20210822173101 Dsc_6216c  ゴールした後は、昼食。事前のリサーチで、国道23号線沿いに飲み屋さん1件と、創作中華料理の店が1軒あることが分かっていたのですが、中華料理の昇龍へ。台湾料理がメインのようでした。暑かったので、今日も冷やし中華をチョイス。税込み¥858。ちょっと辛かったものの、美味しい。

Img_1447c  千里駅からは14時15分発の名古屋行き普通に乗車。14時22分に白子駅に到着。14時28分発の名古屋行き急行に乗り換えて、桑名駅には15時2分着。蒸し暑くて、疲れましたが、雨に降られることなく歩くことができてラッキーでした。というのも、帰宅後16時過ぎには大雨と雷。今日の歩数は、ご覧のように19,378歩。現地で7.3㎞、昇龍へ往復が0.6㎞、自宅から桑名駅往復が2.2㎞、合計10.1㎞を歩きました。電車で40分かかり、桑名からそれなりに離れると、旅気分も増してきます。本編は、また明日以降、書いていきます。

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2021年7月18日 (日)

鎮国守国神社に茅の輪

Img_3637c_20210718145201  昨日は、久しぶりに伊勢詣りハイキングに行き、合計10.2㎞を歩いてきましたが、日頃の修行の成果か、とくに疲れたということもなく済んでいます。今朝は、訳あって家事を済ませ、8時から散歩開始。いつもどおり、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築町、アピタ桑名店(新光堂書店)、常磐町、京町、吉津屋町、南魚町と6.7㎞も歩いてきました(苦笑)。そんなに歩かなくても良いのにと、我ながら思うくらい。最高気温は、32.1℃。午後からは少々蒸し暑い感じで、通り抜ける風も湿っています。

Img_3537c_20210718145301 Img_3603c_20210718145201  まずはこちら。鎮国守国神社では、夏越しの大祓は7月20日。今日、お参りに行ったら、茅の輪が設けられていました。ただし、まだくぐれないようにしてあります。このあと、内堀公園近くで、鎮国守国神社の氏子の方のお宅に祓え串を配っておられました。1軒ずつ、右の写真のようにポストに入れて回って行かれます。夏越しの大祓の前にこれに住所、氏名を書いて神社に納めるのです。

Img_3467c_20210718145301  さて、8時頃にはかなり気温が上がっていました。鳥影はほとんどありません。三の丸水門のところで、何やら動く様子。よく見たら、ヒバリが2羽。暑い時期にも見ることはありますが、結構珍しい。

Img_3558c_20210718145301 Img_3510c_20210718145301  九華公園で、6月まで管理人を勤めていたKさんに会いました。「時間を持て余しちゃってね」とおっしゃいました。公園内も鳥は少なく、スズメ、ドバト、ムクドリくらい。ずいぶん久しぶりにカルガモが1羽、姿を見せました。以前も1羽が滞在していましたが、そのカルガモかという気もします。暑いのに、陽がよく当たる元アヒル小屋のところに座っています。奥平屋敷跡では、散歩友達のWさん、Mさん。元管理人のOさんは現れずで、すずめ食堂は臨時休業。

Img_3477c_20210718145301 Img_3493c  クマゼミは相変わらず、九華公園でもあちこちで絶賛大合唱中。今のところ、アブラゼミの鳴き声は聞こえません。ニイニイゼミは少しだけ鳴いていますが、まだ姿は確認できていません。堀の周囲をウチワヤンマがパトロール。時々、石垣や木の上で休んでいます(右の写真)。

Img_3562c_20210718145301 Img_3570c_20210718145301  公園の野球場では、中学生の試合。木陰で応援する家族の姿が見えます。しばし、野球を眺め、貝塚公園に行こうとしたら、女の子たち10名ほどがランニングするのとすれ違いました。皆、挨拶をしてくれ、ジイ様はちょっとうれしい(微笑)。子どもたちは、元気です。

Img_3581c_20210718151801  貝塚公園も、内堀公園もクマゼミの合唱が聞こえるだけ。鳥はいません。アピタ桑名店の新光堂書店へ文庫本の新刊を見に行ったものの、売れてしまったようで、残念ながらありませんでした。東北フェアをしていたので覗いてみましたが、これはというものはなし。寺町は三八市。日曜と市の開催が重なると大賑わいですので、パス。ヒマワリは、九華公園の南のお宅にて。

Img_3608c_20210718145201  京町Mのツバメの巣。ヒナは4羽。元気そうでした。暑かったので、親が来るのは待たず、ヒナの写真を撮ってオシマイ。

Img_3629c_20210718151801  寺町交差点のところで見上げた北西の空。梅雨は明けたものの、県中南部では雨も降っているようですし、このあたりも雲がけっこう多くなっています。まだ大気は不安定なのかも知れません。

Img_3624c_20210718151801  今週の予定は、水曜日の江戸橋での仕事のみ。その他には、桑名市博物館で7月21日(水)から「学習支援展示 神社の来歴―棟札を中心とした長島八幡神社のご神宝―」と「刀剣コレクションⅡ―多度大社の宝刀―」が8月29日まで開催されます。長島八幡神社には獅子舞が伝わっています。元禄12(1699)年に北島地区氏子が獅子頭二頭と天狗面二面を奉納したことから始まったとされます。長島八幡神社は、寛元3(1245)年、光明峯寺家郷が、相州鎌倉から帰京の節、北島浦に船を寄せ、この地の景勝を愛でて、ここに鶴ケ岡八幡宮の御分霊を勧請奉祀したとの記録があり、棟札にもその事が記されているそうです。博物館の展示には、この棟札が出品されるものと思います。この神社には行ったことはあるものの(2017年9月14日:長島で鳥見、歴史散歩……河口堰と、長島城跡、蓮生寺、八幡社へ)、獅子舞はまだ見たことがありません。多度大社の宝刀について、多度大社のサイトを見ますと、室町時代の「正重(短刀)」があるといいます。天文年間(1532~1555年)のものと考えられているそうです。これが見られるのでしょう。見てこなくっちゃ。写真は、南魚町で見たサルスベリの花。

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2021年5月 9日 (日)

待ちに待ったヒナたち登場……散歩の終わりに博物館にて「能ある鷹は文化を残す―松平定信の文化史―」を見てくる

Img_6005c_20210509145201  昨日はよく歩いてきましたが、今日は今日でいつも通りに散歩です。ただし、時間はちょっと遅く8時から。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町あたりと回って、桑名市博物館へ。5月30日まで「能ある鷹は文化を残す―松平定信の文化史―」を開催中なのです。今日は、午前中に26.7℃となり、半袖でで歩いている人もよく見かけました。

Img_5650c_20210509145301 Img_5637c_20210509145301  まず、タイトル通り、鳥のヒナたち。「いよ、待ってました! パチパチ!!」という感じ(微笑)。船津屋さんの裏手からシジュウカラの鳴き声が盛んに聞こえて来ました。よく探したら、木々の間に親子。餌をもらっていたのですが、決定的瞬間はピンぼけ連発。ヒナが餌になる虫をもらって、一所懸命食べているところが何とか撮れました(ちょっと画像は粗いのですが……)。近くには、オスのシジュウカラがいました。

Img_5822c_20210509145201  貝塚公園では、何気なく撮ったカワラヒワが、ヒナでした。このところ、九華公園では、カワラヒワのヒナは見かけなくなりました。カワラヒワの鳴き声はしていますから、いないということはないと思います。

Img_5934c_20210509145201 Img_5972c_20210509145201  博物館で展示を見て、まさに帰り道、住吉入江の南の端で、スズメのヒナを見つけました。1羽のみ。左右の写真は、同じヒナです。嘴が黄色く、頬の黒い部分もまだ色が薄い。待ちに待ったスズメのヒナです。近くには、なぜか大人のスズメが3羽。

Img_5992c_20210509145201 Img_5995c_20210509145201  餌をもらうシーンも確認できました。上右の写真に雑草が写っていますが、それについている実をもらっているように見えました。去年は、九華公園で「スズメの学校」と名づけたシーンを見ましたが、今年も見たいものです(2020年5月22日:ミドリガメの産卵と「スズメの学校」……今年は桑名水郷花火大会も中止で残念至極)。なお、スズメのヒナは、三の丸公園でも樹上に2羽、止まっているのを見ました。

Img_5675c_20210509145301  さて、揖斐川の堤防を歩いていると、揖斐長良川の中洲からオオヨシキリの鳴き声が盛んに聞こえてきます。「また、河口堰に見に行くか」と思っていたら、三の丸公園のところで、オオヨシキリの鳴き声が聞こえてきました。西側の堀(七里の渡し跡の奥)に近いところ。公園内や、七里の渡し跡の方などから探したのですが、結局、オオヨシキリは見つけられませんでした。このあたりにも来てくれるなら、うれしい。弥富のM池公園でも、公園の外周遊歩道にある木で鳴いているのを見たことがあります。

Img_5725c_20210509145301 Img_5686c  九華公園では、北門を入ってすぐのところの水たまりで、スズメが水浴び。今日は、2羽が同時に来ています。割と無警戒で、側を人が通っても、私が少し近づいても逃げません。おもしろい写真が撮れないかと思って、何枚もシャッターを押したのですが、なかなかこれはという写真はありません。

Img_5762c_20210509145401 Img_5746c_20210509145401  左の写真は、パッと見では、スズメとは思えない気がします。スズメの水浴びを見ているとまずは、頭を下げ、水にくぐらせながら翼を羽ばたいて、身体を水にくぐらせるようにしているようです。動画で撮ってスロー再生して確認するとよいかも知れません。

Img_5808c Img_5812c_20210509145301  九華公園、ツツジは本当にオシマイ。気が早いので、花菖蒲が気になります。去年は、5月7日につぼみが福良なものがありました(2020年5月7日:スズメのヒナが親からエサをもらっていました)。写真は、本丸跡のところの花菖蒲園。春先に全面的に植え替えをしました。一部でつぼみが出て来ていました。去年、ここは貧弱だったのですが、この分なら咲きそうです(というか、全部植え替えて咲かなかったら却っておかしな話しになります)。

Img_5804c Img_5790c_20210509145301  こちらは、サツキ。咲き始めは早かったのですが、その後がスローペースのように思えます。ツツジも、咲くのは早かったのですが、咲きそろわず、また、満開に至らなかった木もありました。

Img_5832c_20210509145201 Img_5849c_20210509145201  京町では、この時期恒例、ツバメの巣チェック。左の写真は、京町H。右の写真は、京町S。どちらも、ときどきいないこともありますが、ほぼ巣に就いていますので、卵があるのではないかと思います。今日は、京町Mにも親ツバメがいましたが、京町Aは不在。

Img_5912c_20210509145201  ツバメの巣を見て回ってから、桑名市博物館へ。娘が付き合ってくれました。5月30日まで「能ある鷹は文化を残す―松平定信の文化史―」展を開催しています。桑名市博物館は、その前身である桑名市立文化美術館の開館から数え、今年が開館50周年です。桑名藩関係資料や古萬古、茶道具などのコレクションがありますが、その中心は、松平定信に関する資料です。文政6(1823)年に定信の嫡男定永が、白河から桑名へ国替えとなったことから、定信に関するものが多く桑名に伝わっているのです。定信が亡くなったのが5月ということで、定信の業績と、桑名にもたらした文化を振り返る展覧会という趣旨で企画されています。

0508sadanobu1 0508sadanobu2   2階展示室では、併せて、「越川(えっせん)の文化交流 ―長島藩主増山雪斎と桑名―」と、「刀剣コレクションⅠ」が行われています。前者について、桑名と長島は揖斐川や長良川に隔てられていますが、古くから交流も深く、江戸時代にも文化の交わりがありました。文化人として知られる長島藩主増山雪斎と、長島藩校設立を助けた十時梅厓(とときばいがい)、桑名の文化人魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)による、川を越えた3人の文化交流が紹介されています。増山雪斎は、先日、三重県立美術館で「若冲と京の美術―京都 細見コレクションの精華―」を見てきたときにも、出品されていました。

Img_5923c_20210509145201  これは、毎回の展覧会で1点ある「撮影可」の展示物。赤楽茶碗は、定信作。茶入れ(銘「あり明」)は、松平家伝来のもので、定信が命名。手前に半分写っているのは、楽字香合。これは、定信が青木木米(あおきもくべい:江戸後期を代表する京都の文人陶工、南画家)に注文してつくったもの。

 明日は、市民大学郷土誌学科の今年度第1回。開講式などがありますので、早めに行かないといけません。そして、桑名では、新型コロナのワクチン接種の予約開始日。私自身は、主治医&友人から、少し落ち着いた頃予約してくれといわれましたから、もう少し先でと思っています。

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2021年5月 3日 (月)

実家でも散歩(微苦笑)……県立美術館で若冲も見る

Img_3694c_20210506132701 Img_3711c_20210506132701  大型連休は、5月2日の午後から5日まで家内の実家に行っておりました。どこへ行っても、毎朝することは同じ(笑)。散歩です。これしかありません。実家の田んぼは、田植が終わっていました。といっても、よその方にお願いして作ってもらっているのです。そのため、米も買うことになっています。この日も、いつものように、朝7時半から散歩開始。西に見える青山高原には、風力発電の風車がたくさん見えます。よく晴れて散歩日和。気持ちよい天気。町内一周、4.5㎞ほど。

Img_3725c_20210506132701  あちこちでツバメが飛び交っています。巣のあるお宅もけっこうたくさん。家内の母は、自分のところにも来て、巣をつくってくれないかと熱望しています。

Img_3731c Img_3744c_20210506132701  貝石山のふもとを川が流れ、そこに湯香里橋がかかっています。去年でしたか、塗り直してきれいになっています。その上流にキセキレイが1羽。3年前には、ここでオシドリ夫婦を見たので、また見たいと思ったものの、そうそううまい話はありません。

Img_3751c_20210506132701  湯香里橋のさらに上流側に掛子橋。このあたりは山里ですから、ここまで来ると、セキレイもセグロセキレイがかなりたくさん見られ、ときどきキセキレイもいるという感じになります。バードウォッチングとしては、まぁ好スタート。

Img_3765c_20210506132701  続いては、実家へ行くといつもお参りする氏神様の射山神社。主祭神は、大己貴命(おおあなむちのみこと:大国主神)、少彦名命(すくなひこなのみこと:農業・酒造・医薬・温泉の神)、天照大神。式内社。大己貴命と少彦名命が、温泉大明神として古くから祀られてきました。

Img_3777c_20210506132801  この日散歩をしていて、気づいたのがこちら。憲法記念日でしたが、何軒かのお宅で、日の丸が掲げられていたのです。私が子どもの頃は、どこのお宅でも祝日には日の丸を玄関先に掲げていましたし、祝日を「旗日(はたび)」と呼んでいました。今では、我が家あたりや、いつもの散歩コースではほとんど見られなくなりました。

Img_3814c Img_3837c_20210506132801  ずっと歩いて、湯の瀬(榊原自然の森 温泉保養館)の東まで来ました。最近、この季節にはあちこちで鯉のぼりがたくさん泳いでいるのを見ますが、ここにも。ちょっと小規模ではありますが……。湯の瀬は、今年秋からリニューアル工事に入るようです。家内の実家あたりでは、飛びをたくさん見ます。ここでも頭上を飛んでいました。

Img_3861c_20210506132801 Img_3874c_20210506132801  湯の瀬からさらに東に行くと、実家の菩提寺。真宗高田派髙福山清浄光院圓城寺。花も、線香も、蝋燭も持ってきませんでしたが、墓参りというか、お墓にご挨拶という感じで立ち寄って来ました。西に布引の山並みが見えて、気持ちの良いところにあります。

Img_3902c_20210506132801  お寺近くの榊原川でダイサギ。尺ヶ寺橋あたりで見つけました。橋のすぐ下にいたのが、かなり遠くまで逃げられてしまい、この証拠写真。橋の西にある小公園で休んでいたら、ヤマガラが出てきたものの、うまく写真には撮れず、残念。

Img_3917c_20210506132801  実家に戻る方向に歩いています。途中に「キッチンしろ」。ローストビーフ専門店。去年10月にオープン。食べログなどではかなりの評判。150gのローストビーフ丼が¥850。テイクアウトもできますので、機会があれば是非と思っているのです。ちなみに、以前、ここは飲み屋さんでした。

Img_3953c Img_4081c_20210506132801  キッチンしろの少し先から西へ。秘密の場所(笑)へ。子どもの頃、探検したようなところ。榊原川に沈下橋が架かっているのです。旅館清少納言などの裏手。人はほとんどきません。温泉の源泉があります。この日は、ここで右のように、セキレイのひなを見つけました。ハクセキレイなのか、セグロセキレイなのかと思っていたら……。

Img_4073c_20210506132901Img_3972c_20210506150301  親鳥がやって来ました。セグロセキレイのひなでした。真っ黒ではなく、灰色をしているのです。親鳥が右の写真のように、餌をくわえてやって来ましたので、給餌シーンが撮れるかと、かなり粘って、移動したのにもついていったものの、結局、失敗。残念。左の写真は、ヒナに餌を与えたあとでした(苦笑)。セグロセキレイの親子は、上流へ移動してしまい、どこへ行ったのやら? ということで、セグロセキレイで30分。9時半頃帰宅。

Img_4130c_20210506132901  その後、家内、娘と3人で三重県立美術館へ。4月10日から5月23日まで行われている「若冲と京の美術―京都 細見コレクションの精華―」を見に行きました。といっても、家内は別行動。この展覧会、見たいと思っていたのですが、先日、江戸橋に仕事に行ったとき、助手の先生から「美学の先生がご紹介くださったので」とパンフレットをいただいていたのです(美学の先生は、後期の授業のとき、同じ時間帯なのです。細見美術館の研究員でいらっしゃいました)。

Img_4142c_20210506132901  1時間もあれば見て回れるかと思ったら、娘がけっこう熱心に見て回り、結局、2時間近く(苦笑)。家内からは、「私の存在は、忘れられたかと思った」と言われてしまいました。

5bea9888 F8e0f16b 帰りには、大門近くの蜂蜜まん本舗に立ち寄りました。ここの名物「蜂蜜まんじゅう」を買うため。蜂蜜まん本舗は、養蜂業の傍ら昭和28(1953)年に創業しました。蜂蜜まんの人気が高まるとともに、昭和40(1965)年ごろには養蜂業をやめ、蜂蜜まんの製造・販売一本に絞り、以来、津を代表する菓子として愛されています。我が家でも皆の好物。これは、絶品。実は、今回実家に行くとき、道の駅津かわげでも売っていないか探したのですが、売り切れていたのです。店舗の写真は、去年2月2日のJRさわやかウォーキングの時に撮ったものです(20200202JRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」へ(予告編))。

【お断り】 記事は、5月6日に、5月3日付けで投稿しています。

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2021年1月11日 (月)

カワセミ、新年初登場……桑名市博物館で新春企画展「おひなさまと雛道具―新春の華やぎ―」、「寫眞館・笛橋堂 レンズ越しの桑名」を見る【魚之棚の場所について付記しました(1/12)】

Img_3408c_20210111152301  日照がほとんどなく、体感的には寒い日が続いています。今朝は、-0.4℃。それも7時22分に記録。最高気温は5.4℃でした。ベランダのメダカの水槽には氷はありませんでしたが、九華公園の堀には今日も氷が張っていました。それにはめげず、今日も7時40分から散歩開始。風は強くはありませんでしたので、寒くてたまらないということはありません。いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から今日は、桑名市博物館に立ち寄って展覧会を鑑賞。京町、寺町を通って11時前に帰宅。5.4㎞。

Img_3060c_20210111152401  今日は、遅れてお年玉をもらった気分(笑)。九華公園で、久しぶりにカワセミ嬢を見られたのです。実は、気づかず、何気なく堀に近づいてしまったのですが、足元近くから飛んだのがカワセミだったのです。鎮国守国神社の社務所裏あたりを移動しつつ、ときどきダイビングするのが見えました。

Img_2997c_20210111152401  さて、話を戻して、諸戸氏庭園、今日も静かです。ヒヨドリはほとんどいません。カワラヒワの声が少し聞こえるだけ。住吉水門の内側に、住吉キImg_3000c_20210111152401 ンクロウズが8羽、オオバンが2羽。揖斐川は、今日は赤須賀漁港の出漁日であちこちに漁船がいて、水鳥はまったくいません。シラウオ漁が1月5日に解禁されたのですが、まだ、漁をしているところは見ていません。

Img_3019c_20210111152401  途中、ほとんど鳥影を見ないまま三の丸公園。ようやくヒヨドリを見かけました。広い公園なのに、数は多くはありません。3羽ほど。皆、地上に降りてきています。が、食べるものはなかなかないようです。九華公園では、今日も堀の水を飲んでいるヒヨドリを数羽見かけました。

Img_3072c_20210111152301  九華公園には8時頃到着。カワセミを見たあと、ゴイサギをチェック。今日は、6羽。ホシゴイは見えませImg_3054c ん。もともと夜行性ですし、この寒さで、皆、保温体勢でお休み中。アオサギとは違って、声をかけても顔は上げてくれません(苦笑)。

Img_3113c  カモ。堀が凍っていて、九華橋近くにはまったくいません。二の丸堀にたImg_3208c_20210111152301 いてい集まっているのですが、今日はそこには14羽しかいません。一瞬、ガーン!! いなくなったのか? と思ったのですが、二の丸堀の西側には氷が張っていたためのようで、吉之丸堀の東側エリアに40羽以上がいました。

Img_3199cc  という次第で、カモは合計64羽。ハシビロガモはオス9羽、メス6羽。オスは、羽毛が男らしくなってきました。そして、ホImg_3350c_20210111152301 シハジロのオスが、今日は4羽もいたのです。その代わりなのか、ヒドリガモは見当たらず。他はキンクロハジロ。ユリカモメは、わずかに5羽ほど。寒いせいか、餌をやりに来る人は皆無。

Img_3090c  管理事務所近くで、オスのジョウビタキが登場(左の写真)。奥平屋敷跡では、ヤマガラ、Img_3184c_20210111152301 シジュウカラ、メジロが来たものの、高い松の木の上の方にいて、なかなか下の方には来ず。写真を撮ったものの、遠くて、暗くてダメ写真を量産。右は、ヤマガラの証拠写真。

Img_3118c_20210111152301  奥平屋敷跡では、ジョウビタキのオスもやってきました。しばらく割と近いところを移動していたので、楽しませてもらいました。

Img_3259c_20210111152301  鎮国守国神社にお参りし、社務所の裏も再チェックし、再び本丸跡へ。ここで、ヤマガラと、ジョウビタキImg_3316c_20210111152301 のオス。今日のジョウビタキのオスたち、皆、「ジョビボール」になっています。われわれも暖かくしたいもの。

Img_3344c_20210111152301  外周遊歩道では、メジロに出遭った後、ハクセキレイ。いつも地上にいるImg_3359c_20210111152301 気がしますが、ソメイヨシノの枝にやって来ました。貝塚公園に着いたのは、9時45分。いつもよりかなり遅く、静かでした。どこでウロウロしていたのか? メジロ、ヒヨドリがいたほか、シロハラも。ただし、ご覧のように証拠写真(苦笑)。内堀公園には何もおらず。

Img_3369c_20210111152301  桑名市博物館。新春企画展「おひなさまと雛道具―新春の華やぎ―」が1月9日から2月14日まで開催されています。お雛様や20210107185925 雛道具にも興味はあるのですが、今回もっとも興味があったのは、2階展示室で併催されている「寫眞館・笛橋堂(てっきょうどう) レンズ越しの桑名」という展示。笛橋堂は、写真師・納屋才兵衛が、明治12年(1879)に桑名・魚之棚で開いた写真館。桑名で初の写真館だそうです。変わった名前の写真館ですが、店の前に笛川という小川が流れ、石の橋がかかっていたことに因むといいます。納屋は、後に東京に出て、写真館・春光堂を根岸にて開業。正岡子規の晩年の姿を撮影した人物としても知られています。納屋の撮った写真が展示されており、その中に、現在の諸戸氏庭園(山田氏庭園)の写真もあり、興味深く見てきました。2階展示室では、「収蔵刀剣展Ⅲ」も行われていて、刀剣7振が展示されています。担当者のおススメは《太刀 無銘(伝千手院)》だそうです。素人の私がざっと見た中では、やはり村正に目が行ってしまいます(短刀)。ポスターは、博物館のサイトからお借りしました。

Img_3382c  博物館の展覧会では、毎回、ロビーに「写真撮影可」のものが1点、展示されています。今回は、「脇指 銘 桑名住国吉(くわなじゅうくによし)」。説明によれば、「身幅が補足大切先という少し変わった姿の脇指」とありました。国吉は、幕末期の桑名の刀工とされますが、作例は少ないといい、今後の研究が必要だそうです。

 余談。遠隔授業第11回の課題のチェックは、何とか終了。どのような課題を課すか、どのくらい説明をした上で回答を求めるかなどなど、けっこう難しいところです。

Genrokukuwana 【付記(1/12)】 笛橋堂の場所について、確認しました。「魚之棚」というのは、現在の南魚町のようです。左の画像は、「目でみる桑名の江戸時代(桑名市教育委員会・桑名市立文化美術館、昭和58(1983)年発行)」に掲載されている「元禄年間桑名街区復元図(pp.10~11)」。緑丸をつけたところが、「魚之棚」です。元禄年間は、1688~1704年ですから相当古いのですが、江戸時代を通して大きな変化はなかっただろうと思います。実際、「久波奈名所図会(享和2(1802)年頃の成立)」にも「魚町 油町の西町なり 南魚町といふ 又 魚の棚ともいふ」とあります(「影印校注 久波奈名所図会(久波奈古典籍刊行会、昭和52(1977)年))」、中巻、p.64)。「久波奈名所図会」にはさらに、「当町肴屋多し故に町名とす 魚店には四時とともに魚鰕夥敷ありて 絶る事なし 当所海浜の漁猟のみならず 紀州熊野浦・志州 鳥羽浦・南勢其外尾州・三州・近国の嶋々より運送し来て 肴の市は毎朝ゝ賑なり 依て当所より濃州・江州・越前・北国等の国々へ歩荷を仕立て運送す 冬分には白魚・蛤雁・鴨の類京都・大阪へも日々送り登あり しかし 当町の所属にあらす」と続きます。

 さらに、「桑名市史 本編」の「第4編 近世封建時代」の「第10章 城下町桑名の形成」にも言及があります(p.230)。「南魚町 俗称魚之棚 南北一条の街区、南は京町、北は桑名神社の西裏にて田町に、東は油町に接し、西は溝渠を限って今一色の寺町に界する。古来、魚菜の市場あり。西側に小路二条あり、旧藩士宅二区あり。(中略)当町は西側ことごとく魚肆にて、伊勢海は勿論、紀州熊野浦、志州鳥羽浦、南西から尾張三河地方の島々より漁獲物入荷して、毎朝市が賑やかに開かれ、又江濃北陸地方へ出荷し、陶器には白魚蛤雁鴨の類いが京阪地方へも日々需給した」とあります(久波奈名所図会の記述に依拠しています)。以上から、魚之棚は、南魚町で間違いないと考えられます。それにしても、江戸時代、魚之棚は賑やかなところだったようです。ちなみに、Googleで「江戸時代 魚之棚」で検索しますと、あちこちの城下町などで、魚屋が集まったところの名称として「魚の棚」が用いられていたことが伺えます。

Minamiuomachi  こちらの画像は、キョリ測を使った現代の地図。赤丸をつけたところが、南魚町。寺町商店街の東に位置しています。私も散歩でときどき通ります。「魚の棚」、地元の人たちは「うおんたな」というようです

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2020年11月22日 (日)

九華公園でアオサギ2羽……散歩ついでにメディアライブにて市民芸術文化祭を覗く

Img_4622c_20201122143501  気温は、17℃ほどになりましたが、曇りがちです。朝一番に家事を済ませ、8時20分頃から散歩に出ました。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園から外堀、吉津屋町へ。ここから、メディア・ライブへ足を延ばし、新築、常磐、老松公園、寺町と6.5㎞。10時半過ぎに帰宅。よく晴れていれば、諸戸氏庭園の紅葉を見てこようと思ったのですが、それはまた明日以降。

Img_4638c_20201122143501  揖斐川。今日は風もなく、川面も静かでした。住吉神社前には、キンクロハジロ4羽とオオバンが2羽浮かんでImg_4639c_20201122143501 いました。住吉水門の方へ近づいているところ。三の丸水門の近くまで来たら、カンムリカイツブリ。水門近くと、揖斐川のまん中あたりに1羽ずつ。ここで、散歩友達&鳥見友達のYさんに遭遇。一緒に九華公園へ。

Img_4653c_20201122143401  北門を入ってすぐの堀に、アオサギの姿。「堀に入らない あそばない!」という立て看板のすぐ脇にいまImg_4669c_20201122143401 す。まぁ、アオサギさんは遊んでいるのではなく、餌を採ろうとしているのですから、関わりはないかも(笑)。邪魔をしないよう、大回り。鎮国守国神社の社務所裏の木を見ると、逆光でよく分からなかったのですが、アオサギさんが1羽。九華公園に来て早々、アオサギ2羽とは幸先が良い(微笑)。

Img_4671c_20201122143401  相撲場近くの樹上には、ツグミ。しかし、幸運は、続かず(苦笑)。管理事務所の南にある、もとアImg_4680c_20201122143401 ヒル小屋にハクセキレイがいましたが、小型野鳥はあまりいません。

Img_4707c_20201122143401  奥平屋敷跡に入るあたりで、シメの鳴き声を聞いたのですが、姿は見つけられず仕舞い。奥平屋敷跡では、シジュウカラ、ヒヨドリ、カラス、ドバトくらいでガッカリ。

Img_4723c  カモたち、合計54羽。メンツは、いつも通り。ホシハジロのオス2羽、ヒドリガモのペア2Img_4740c_20201122143401 組、ハシビロガモのオス4羽、メス2羽。他はキンクロハジロ。今日は、日曜で餌をやる人があり、大騒ぎ。

Img_4736c_20201122143401  ユリカモメは、10羽。野球場の外野フェンスには5羽しかいなかったのですが、餌をやる人が来たら、いつの間にか10羽に増えていました。このあと、貝塚公園ではヒヨドリ、カワラヒワのみ。内堀南公園には、鳥は、ほとんど来ません。

Img_4819c_20201122143401  くわなメディアライブ市立図書館などが入っています。昨日から明日まで、ここの多目的ホールで「第29回くわな市民芸術文化祭 美術部門展」が開かれており、それを見に行ったという次第。絵画、書道、写真、工芸・彫刻画、陶芸、彫刻計85Img_4822c_20201122143401 点が出品されていますが、目当ては、写真。同じマンションの知り合いの方からお誘いをいただいたのです。全日写連のはまぐり支部、桑名支部の方の写真が計15点出ていました。コアジサシや、カワウをモチーフにしたものもあり、興味深く拝見してきました。

Img_4830c_20201122143401  帰り道、住吉入江のところで、メジロ。ここ2~3日、ジョウビタキをあまり見なくなりました。諸戸氏庭園の紅葉は明日以降、仕切り直しのつもり。遠隔授業のQ&Aと課題評価は、チェックを完了。Q&Aは、pdfにしましたので、これで第7回分は作業を終えました。それ故、午後からはゆるり。

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2020年11月12日 (木)

九華公園でツグミ28羽と、シロハラを一瞬目撃……桑名市博物館で「三重県刀剣紀行」

Img_0937c_20201112164301  朝は冷えたものの、日中は風も弱く、割と暖かい日になりました。昨日の記事に書きましたが、六華苑の「秋の早朝園庭無料開放」に行きたかったのですが、散歩に出た7時半頃は、曇り空。せっかく訪ねるのなら、晴天の方がよいと考え、明日以降に延期。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から、今日は、桑名市博物館へ。特別企画展「三重刀剣紀行」を見てきました。その後、京町から寺町商店街、八間通郵便局に立ち寄って来たく。5.8㎞。左の写真は、桑名七里の渡し公園の休憩所の工事の進捗状況。

 その桑名七里の渡し公園と諸戸氏庭園あたりには、ツグミが数羽。Img_0934c_20201112164301 鳴き声もよく聞こえてきます。揖斐川には、今シーズン2回Img_0959c_20201112164301 目、カンムリカイツブリの姿。ただし1羽のみ。他には、水鳥の姿はありません。

Img_0967c_20201112164301  曇っていて、久しぶりに天使の梯子。以前は気になって、よく写真を撮っていましたが、この頃はスルーすることが多かったのです。三の丸公園、柿安コミュニティパークあたり、この頃はヒヨドリか、ドバト、ムクドリ、たまにハクセキレイくらいしかいません。

Img_0993c_20201112164301  九華公園には、久しぶりにユリカモメがやって来ていました。しかし、その数、3羽のみ。まImg_1013c_20201112164301 だ餌をやる人が少ないためか、単に偵察に来ているだけなのか、よく分かりません。二の丸橋の欄干に並ぶ姿を、今シーズンも見たいもの。

Img_1007c_20201112164301  いつものように、奥平屋敷跡で、Yさんと鳥見。しかし、少数のドバトと、それなりの数のヒヨドリくらい。カワラヒワも時々やって来ます。「今日もダメか」と思ったら、一瞬だけ、シロハラが1羽。そっと近づいて写真を撮ろうと思ったら、立教小学校の方へ逃げられました。証拠写真はなく、目撃証言のみ(苦笑)。

Img_1239c_20201112164301  カモ、今日もさほど多くはありません。47羽。しかし、久しぶりにホシハジロのオスが1羽来ていました。他は、ヒドリガモImg_1021c_20201112164301 が2ペアと、ハシビロガモのオスが4羽、メスが2羽。他はキンクロハジロ。

Img_1073c_20201112164301  公園内を半周して、再び、北門近くの堀へ。九華公園では珍しいツー・ショット。アオサギImg_1106c_20201112164301 とコサギ。堀でエサ探し。このほか、ホシゴイも来たのですが、死角に入ってしまい、写真は撮れず。よく見たら、ゴイサギも1羽、登場。なかなか豪華メンバーだと喜んでいたら、カワセミが矢のように飛び、相撲場を越えて、西の堀も越え、三の丸の住宅街の西へ。

Img_1116c_20201112164301  そこへ、ツグミも1羽。8時前に公園に来たときから、鳴き声はしていました。これくらいの時間には、相撲場や、鎮国守国Img_1185c_20201112164301 神社あたりによくいます。本丸跡で、ヒタキの鳴き声。ジョウビタキのオスが1羽。

Img_1192c_20201112164301  このあと、野球場のグラウンドで、驚くような光景を目撃。九華公園では初めて見る光景。Img_1201c_20201112164301 ツグミが、グラウンドに数えられただけで28羽も集結。昨シーズン、北勢中央公園などでは見たことがありますが、九華公園でこれだけの数のツグミを一度に見たのは、初めて。

Img_1254c_20201112164301  ツグミ続きで、貝塚公園でも今シーズン初めて、ツグミを確認。証拠写真ではありますが(苦笑)。2~3羽ほどいたと思います。今年はツグミが多いのでしょうか? 内堀公園では、スズメくらい。

Img_1288c_20201112164301  このあと、桑名市博物館へ。11月29日まで特別企画展「三重県刀剣紀行」を開催中。ウロウロしていて見逃すといけませんのImg_1271c_20201112164301 で(微笑)。今年が、文化財保護法制定70周年にあたることを記念して、地元・桑名を中心に三重県ゆかりの刀工を紹介する展覧会を開催するという趣旨。 神館神社が所蔵する「勢州桑名藤原朝臣村正作」や、桑名宗社の「銘 勢州桑名郡益田庄藤原朝臣村正作」など、刀、太刀、脇差しが40振、鍔が16点出品されています。刀は何となく怖い感じもするのですが、よい刀、たとえば村正などは、見ていると吸い込まれそうな気がします。館内は撮影禁止ですが、毎回、例外として1点だけ、ロビーにあるものは写真が撮れます。右がそれ。「短刀 銘 村正」。説明には、「平造(ひらづくり)・庵棟(いのりむね)。鍛(きた)えは板目肌(いためはだ)、刃文は互の目(ぐのめ)。鞘書(さやがき)に「奉献 玉鉾(たまぼこ)神社 村正 太刀 壱口(ひとくち)」「明治二十年十一月一日 正遷宮之際寄附件如(しょうせんぐうのさいきふ くだんのごとし) 本町産子(ほんまちうぶこ) 安達仁兵衛 謹言」とあり、桑名在住の氏子より神社に奉献されたものであったことが伺える」とあります。個人蔵だそうです。ちなみに、刀剣については、刀剣ワールドというサイトがあり、その中に刀剣用語集があります。 

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2020年11月 1日 (日)

20201101三重県朝日町・川越町同時サプライズ花火

Img_7836c  今日、19時30分から10分ほど、朝日町と川越町とで、同時サプライズ花火が打ち上げられました。我が家のベランダからも、2箇所から花火が打ち上げられるのが見えました。例によって、超望遠コンデジCanon powershot SX60HSにて、手持ち夜景モードで撮影しました。f/4.5、SS=1/5秒、ISO感度=3,200。

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2020年9月18日 (金)

散歩、博物館「巡る季節-四季の風景-」展、バローとウロウロ(微笑)

Img_8597c_20200918160101  今日も安定しない天候です。朝の内は晴れ間もあったものの、曇りがち。南の風でかなり蒸し暑い。夕方には、強い雨を降らせる雲が接近中という警報メールが来ています。朝は、いつも通りに散歩です。7時45分スタートで、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、入江葭町、新築公園。ここまで来て、LINEで指令が来ましたので、コンビニに立ち寄って、いったん帰宅。すぐにまた、桑名七里の渡し公園から住吉神社前まで行き、同じコースを辿って戻って来ました。6.4㎞。10時半頃、再帰宅。

Img_8606c_20200918160101  歩き始めた頃は、雲も高く、雨は大丈夫そうでしたので、超望遠コンデジとデジイチを持参。しかし、うまく行かないもので、蒸し暑いせいか、小型野鳥はあまりいません(苦笑)。何ごともなかなか思うとおりには行かないものです。ハクセキレイは、柿安コミュニティパークや、九華公園で1羽ずつ。写真は、九華公園の北門近くの堀にて。

Img_1150c_20200918160201  その九華公園、まずは、アオサギ。今日は1羽のみ。九華橋の近くの高いところに。いつも来ているアオサギのImg_1146c_20200918160201 ように見えます。休憩か、居眠りをしていたり、痒いのか、足で首の辺りを掻いていたり。見ていると退屈しません。

Img_8613c  ゴイサギは2羽いたものの、ホシゴイは見当たりません。ただ、木陰に上手にImg_1139c_20200918160201 隠れていますから、見つけられなかっただけかも知れません。

Img_8644c  イソヒヨドリ、今日も見かけました。今日は、九華公園に隣接する柿安本社ビルの上。やはり避雷針のてっぺんに止まっています。辺りを見回していましたから、縄張りに侵入者がいないか、チェックしているような感じ。

Img_1121c_20200918160201  鎮国守国神社の境内のヒガンバナ。あの赤ちゃんは、見つけた一昨日の3倍以上に成長(左の写真、中央)。スゴい成長力(微笑)。周りにもたImg_8632c くさんニョキニョキ出て来ています(右の写真)。二の丸橋の南のたもとにも少し出て来ました。

Img_8693c_20200918160201  シルバー人材センターのヒガンバナで遊んできました(微笑)。とはいえ、いつもの、ワンImg_8705c パターン。ここは、2~3本しかありません。鎮国守国神社の境内でたくさん咲いたら、違うパターンにチャレンジします。

Dscn3510c  午後からは、まずは、桑名市博物館へ。現在、「秋季企画展『巡る季節―四季の風景―』」を開催中(10月4日まDscn3506c で)。「今一度日本の四季の移ろいを堪能してください」という趣旨。あわせて、2階展示室では、「陶芸乱舞」と「収蔵刀剣展Ⅱ」が開かれています。「陶芸乱舞」では、人間国宝14代柿右衛門をはじめ、初期から現代までの伊万里焼13点が展示されています。「収蔵刀剣展Ⅱ」では、虎徹の刀など江戸時代前期の刀剣が6振展示されています。これで大人は、¥150。1時間近く楽しめます。

Dscn3504c  いつも一点だけ写真撮影可能の作品が、1階ロビーに展示されています。「春 梅文蒔絵堤重」です。木製の漆、蒔絵。取り皿、重箱、銚子、盆など宴会道具一色が組み合わさったもの。一面に梅の絵が施されています。大名や、裕福な商人などが花見など、野外で用いたもの。

Dscn3518c  博物館からは、我が家北にあるバローへ。今日までリニューアル工事中なのですが、100均ショップ、フーDscn3512c ドコート、あかのれんなどは営業しています。時間つぶしのため、フードコートへ。スガキヤは、休業中。さすがに、お客はほとんどありません。一人でこういうフードコートに行くのは、まずありません(微笑)。うどん屋でアイスコーヒー、1杯¥160。

Dscn3520c  我が家の玄関先からも見えて気になっていたものを間近で見てきました(爆)。高さは、大人の身長の3倍近くあります。バロー、すでに商品がかなり搬入されていました。散歩友達の方の中にも、新装オープンを楽しみにしている方がたくさんいらっしゃいます。明日からの連休は、きっと大賑わいになるでしょう。

Dscn3522c  と、今日は午前中の散歩以外に、午後から博物館、バローとウロウロしていました。昨日の記事に「ささやかなリフォームを予定している」と書きましたが、実は、トイレをリニューアルしました。といってもリニューアル前の写真がありませんから、「ふ~ん」という話し(苦笑)。これを書いている時点では、未使用。知人の大工さんを通して、リフォーム業者さんを紹介していただき、親切&格安、1日で工事をしていただいたという、ありがたい次第。

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