お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2026年3月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2021年1月以降の記事を残し、2020年12月以前の記事は削除しました。2021年1月1日以降の記事は、両方にあります。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

勝手にハイキング

2025年12月22日 (月)

2025年ハイキング/ウォーキングのまとめ

 令和7(2025)年も、近鉄ハイキングやJRさわやかウォーキングに参加する一方で、自分で計画した「勝手にハイキング」にも出かけました。計18回。令和6(2024)年と同じ回数(2024年12月28日:2024年ハイキング/ウォーキングのまとめ)。以下、時系列に沿って、今年のハイキング/ウォーキングのまとめをしています。リンクは、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」の記事に貼ってあります。

1.歴史ドライブ「伊勢奥津駅・北畠神社・君ヶ野ダム」(2025/1/1)

Img_7773c_20250105170301 Img_8075c_20250101163001  元旦、午後からドライブがてら、新年初回の歴史散歩へ。といっても、あまり歩いてはいません。強いていうならば、「歴史ドライブ」(笑)。まずは、JR名松線伊勢奥津(いせおきつ)駅へ給水塔を見に行きました。この給水塔は、蒸気機関車(SL)に水を注ぐために使われていたもので、国の登録有形文化財に指定されたのです(こちら)。続いて、北畠神社と、君ヶ野ダムを回ってきました。北畠神社は、奥一志の多気(たげ)御所として栄華を誇った伊勢国司の北畠顕能を祀っている、「太平記」ゆかりの神社でもあります。

歴史散歩ならぬ、歴史ドライブへ……伊勢奥津駅、北畠神社、君ヶ野ダムへ(予告編)

2.近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 伊藤酒造『鈿女(うずめ)』」(2025/1/5)

250105kintetsuhikingkomono Img_8681c  今年初の近鉄ハイキングの「酒蔵みてある記 伊藤酒造『鈿女』」へ行って来ました。酒蔵みてある記は、人気のハイキングで、今回も大賑わい。伊藤酒造へは、何度も訪れています。菰野駅をスタートし、明福寺菰野城跡見性寺と回って、伊藤酒造で酒蔵見学。ゴールは、同じ湯の山線の桜駅。マップ上、約6㎞のコース。抽選会は、ハズレ。土産に「絞りたて鈿女 無濾過 生原酒 特別本醸造」の720ml詰めを1本購入。¥1,400。帰りに近鉄四日市駅で途中下車して近鉄百貨店四日市店で「赤福ぜんざい」を購入。3つ入りで¥2,300。酒よりいいお値段(笑)。近鉄料金は、往復で、¥1,240。

20250105近鉄ハイキング酒蔵みてある記 伊藤酒造「鈿女」へ(一回完結)

3.近鉄あみま倶楽部ハイキング「七里の渡・大福田寺コース」(2025/2/6)

250206kuwanawalkingmap Img_8970c  名古屋から大学時代の同級生である友人が、「桑名散策に行きたい」ということで来てくれました。近鉄あみま倶楽部のアプリ対応コースに「七里の渡・大福田寺コース」がありますので、このコースを歩くことに。桑名駅東口から、海蔵寺本統寺、寺町商店街、六華苑、住吉神社、七里の渡跡、九華公園、春日神社大福田寺、照源寺を回って、桑名駅西口がゴール。9時過ぎにスタートし、春日神社から大福田寺に行く途中、昼食を食べ、桑名駅西口には14時前にゴール。私にとっては、勝手知ったるところですから、mamekichiバージョンの「ブラ桑名」のようなもの。昼食は、寺町商店街の南口にある「てらまちダイニングUOSUE」で刺身定食(¥1,375)。

20250206近鉄あみま倶楽部ハイキング「七里の渡・大福田寺コース」へ(一回完結)

4.近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」(2025/2/9)

250209kintetsuhikingtomida0 Img_9091c_20250209141401  前日降り積もった雪が残る中、予定通りに近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」に行って来ました。近鉄富田駅から富貴堂鳥出神社、水と緑のせせらぎ広場、杵福本舗を経て、早川酒造部へ。その後、八幡神社へ立ち寄って、近鉄川越富洲原駅までという、約5㎞のコース。今回も抽選会では、はずれ。土産には、「純米酒 天一」(720ml、¥1,200)をゲット。近鉄料金は、往復で¥600。

20250209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(一回完結)

5. 近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 神楽酒造『神楽』」(2025/2/23)

Img_9395c 250223isekawashimarout  風が強くて、寒い中、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 神楽酒造『神楽』」に行ってきました。伊勢川島駅から吉野地蔵尊(実は、コースミスをしでかして、行ってはいません)、鹿化川沿いを歩いて、神楽酒造へ。神楽酒造からは、ほぼ1㎞で四日市あすなろう鉄道西日野駅に至ります。これで約5㎞というコース。今回も抽選には当たらず。このところはずればかり。試飲をした後、「火入 特別純米酒 神楽」(¥1,200)を1本、買ってきました。鉄道料金は、¥1,240。

20250223近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 神楽酒造『神楽』」へ(一回完結)

6.近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】いなべの桜・貨物鉄道博物館と「おふろcaféあげき温泉」でととのう」(2025/4/5)

250405kintetsuhikingnyugawa0 Img_9868c  絶好のハイキング日和。近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】いなべの桜・貨物鉄道博物館と「おふろcaféあげき温泉」でととのう」に行って来ました。三岐鉄道三岐線丹生川駅からほぼ真北にある三岐鉄道北勢線の阿下喜駅を目指します。貨物鉄道博物館を見て、員弁川に沿って植えられた桜並木を愉しみながら歩き、いなべ菓子店八舎いなべ阿下喜ベースに立ち寄ってゴールの阿下喜駅へ。5.6㎞のコース。いなべ阿下喜ベースにある新上木食堂にあるショップでいなべ蕎麦を土産にゲット(¥480)。おふろcaféあげき温泉には入っていませんので、実はととのってはおりません(苦笑)。鉄道料金は、合計で¥1,320。

20250405近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】いなべの桜・貨物鉄道博物館と「おふろcaféあげき温泉」でととのう」へ(一回完結)

7.JRさわやかウォーキング「リニア中央新幹線『勝川非常口』見学コース」(2025/4/20)

250420routmap 250420103254567c  私の年齢ではリニア中央新幹線に乗ることはできないかも知れませんから、せめて関連施設だけでも見たいと思って出かけたのが、このJRさわやかウォーキング「リニア中央新幹線『勝川非常口』見学コース」。JR中央線勝川駅がスタート&ゴール。立ち寄り先は、道風記念館(書聖・小野道風の記念館)、太清寺、リニア中央新幹線勝川非常口の3ヶ所のみ。あとはひたすら7.7㎞を歩くという設定でした。昼食は、帰り道、名古屋駅で乗り換えの間に、中央線7・8番ホームにある立ち食いきしめんの店「きしめん住よし」で、かき揚げきしめん(¥660)。JR料金は、往復で¥1,220。春日井市に行ったのは、人生初でした。

20250420JRさわやかウォーキング「リニア中央新幹線『勝川非常口』見学コース」へ……ハイキング/ウォーキング200回記念(一回完結)

8.近鉄ハイキング「【JR東海合同企画】海山道神社から東海道へいつもと違うコースを歩く」(2025/4/26)

Img_0900c_20250426143001 250426siohama0  天気は良く、気温も23.4℃まで上がり、ハイキング日和。近鉄ハイキング「【JR東海合同企画】海山道神社から東海道へいつもと違うコースを歩く」に行ってきました。JRさわやかウォーキングとの共同企画。7.6㎞。近鉄塩浜駅から、塩浜一六三八市場海山道神社中央緑地公園へ。その後、しばらく旧東海道を歩き、この味本舗へ。再び、旧東海道に入り、旧東海道にあるスワマエ商店街から太白永餅の金城軒に立ち寄って、JR関西線四日市駅がゴール。太白永餅を6本を購入(¥720)鉄道料金は、合計で¥680。

20250426近鉄ハイキング「【JR東海合同企画】海山道神社から東海道へいつもと違うコースを歩く」へ(一回完結)

9.近鉄あみま倶楽部ハイキング「津・一身田寺内町コース」(2025/5/8)

250508ishindenmap Img_1162c  好天で風も弱いという予報でしたので、近鉄あみま倶楽部が常設コースとして設定している「津・一身田寺内町コース」を歩いてきました。このコースあたりは、何度でも歩いたところですが、1つには、三重県総合博物館で開催されている「トピック 展『伊勢路がみたい 伊勢参宮名所図屏風の世界』 」を見たいと思ったのと、高田本山専修寺(せんじゅじ)に最近、お参りしていないなと思ったからです。津駅をスタートし、三重県総合博物館(MieMu)一身田寺内町高田本山専修寺、高田本山駅と、コースマップ上は7.2㎞。アプリ連動ハイキングで、ここにあげたところが、チェックポイントでした。近鉄料金は、¥1,780。

20250508近鉄あみま倶楽部ハイキング「津・一身田寺内町コース」へ(一回完結)

10.勝手にハイキング「離宮院跡を訪ねて」(2025/5/20)

250520hikingmiyagawa Img_1601c_20250520154001  「新ブラタモリ」で、タモリさんが斎宮跡を訪ねたのを見て(第五夜▼ついにゴールの神宮へ!斎宮・二見浦)、そういえば「歩いて伊勢参りツアー」をしたときに、離宮院跡を見逃したのを思い出しました。この近くを伊勢街道が通っていて、街道沿いに看板があったにもかかわらず、「まぁいいか」と通り過ぎたのです。この離宮院跡は、斎宮の関連施設があったところなのです。やり残した宿題を解消しようという感じで、離宮院跡と官舎神社を訪ね、ついでにへんばや本店でへんば餅その他を買おうと思って、出かけてきました。JR参宮線宮川駅から離宮院跡、官舎神社を訪ね、へんばやに立ち寄って、近鉄山田線明野駅がゴール。へんばやでは、へんば餅と、昆布の佃煮、さわ餅を買ってきました(合計¥2,200)。鉄道料金は、合計で¥2,840。昼食は、ファミマのおにぎり&焼きそばセット(¥430)を明野駅の待合室にて。

20250520勝手にハイキング「離宮院跡を訪ねて」(一回完結)

11.JRさわやかウォーキング「刈谷市制施行75周年 刈谷城下町&ご褒美マルシェ満喫散歩」(2025/5/31)

250531aiduma0 Img_2067c_20250531160001   曇りという天気予報でしたし、桑名では、朝、晴れ間も出ていましたので、これなら大丈夫だろうと思って、JRさわやかウォーキング「刈谷市制施行75周年 刈谷城下町&ご褒美マルシェ満喫散歩」に行ってきました。ところが、受付のJR東海道線逢妻駅に着く頃には、雨。車内放送でも「さわやかウォーキングにご参加のお客様には、雨が降り始めましたので、足元にお気をつけてお歩きください」というアナウンスが流れたくらい(苦笑)。コースは、逢妻駅→刈谷市歴史博物館亀城公園市原稲荷神社郷土資料館秋葉社松秀寺→刈谷駅がゴール。結局、傘が手放せませんでした。亀城公園内にある十朋亭は、高校を卒業して最初の同窓会を行ったところでしたが、外見以外はまったく記憶になし。また、亀城公園に隣接して、刈谷球場があり、たぶん小学校6年生を卒業した春休みに中日ドラゴンズのオープン戦を同級生S君と一緒に見に来たのですが、いまは見違えるほど立派な球場になっていました。マップ上は5.4㎞。JR料金は、¥1,580。

20250531JRさわやかウォーキング「刈谷市制施行75周年 刈谷城下町&ご褒美マルシェ満喫散歩」へ(一回完結)

12.JRさわやかウォーキング「東海道亀山宿と花しょうぶ園を訪ねて」(2025/6/8)

250608jrwalkingidagawa Img_2508c_20250608141401  曇りという予報でしたので、予定通りに、JRさわやかウォーキング「東海道亀山宿と花しょうぶ園を訪ねて」へ行ってきました。幸い、今回は雨には降られず。JR関西線井田川駅から、石上寺亀山ローソクタウン旧亀山城多聞櫓亀山公園の花菖蒲園で開催されている花しょうぶ祭、旧舘家住宅、加藤家長屋門と回って、亀山駅がゴール。JR料金は、¥1,770。土産は、亀山駅前にある瑞宝軒で、「亀乃尾」を買ってきました。江戸後期から続く銘菓だそうです。8個で税込み¥860。昼食は、昼には少し早かったものの、多聞櫓が見える小公園で早昼。ファミマの「おむすび&焼きそばセット(税込み¥430)」。

20250608JRさわやかウォーキング「東海道亀山宿と花しょうぶ園を訪ねて」へ(一回完結)

13.勝手にハイキング「津・円光寺で沙羅双樹の花を見る」(2025/6/12)

250612kawage Img_3319c  6月11日の中日新聞朝刊に「沙羅双樹、はかなき美しさ 津・円光寺で見頃」という記事が載っていましたので、早速出かけてきました。近鉄名古屋線千里駅から伊勢街道に入り、田中地蔵堂、田中川河川改修竣功記念碑・常夜灯跡、上野公民館(明治天皇御休所址)、最勝寺、上野神社から円光寺へ。さらに、伊勢上野城跡(本城山青少年公園)、枡形・道路改修記念碑、弘法井戸、道路元標跡、満流寺から近鉄名古屋線豊津上野駅まで、3.6㎞のコースです。近鉄料金は、¥1,340。

20250612勝手にハイキング「津・円光寺で沙羅双樹の花を見る」(一回完結)

14.勝手にハイキング「 四日市あすなろう鉄道内部駅でリュウゼツランを見てくる」(2025/7/26)

250726utsube Dsc08322c_20250726144101  四日市あすなろう鉄道内部駅構内でリュウゼツランが咲くという情報(こちら)に接し、これは是非とも見てきたいと思って、行ってきました。リュウゼツランは、メキシコなどが原産の植物で、数十年かけて成長して、一度だけ花を咲かせまるのです。この日の2日ほど前の「四日市あすなろう鉄道同好会」のFacebookに「咲き始めた」と載っていましたので、久々に同級生K氏と出かけてきました。鉄道料金は、合計で¥1,2560。昼食は、近鉄百貨店四日市店1Fにある「尾鷲しおラーメン モクモクしお学舎」へ。「特製尾鷲和風しおつけ麺」(¥1,080)をいただいてきました。

250726四日市あすなろう鉄道内部駅でリュウゼツランを見てくる(一回完結)

15.勝手にハイキング「巡礼道を行く」(2025/9/23)

Junreimichi011 Img_4524c  ずいぶん涼しくなりましたので、試しに出かけてみました。この日歩いてきた「巡礼道」は、「みえの歴史街道」の「伊勢街道」のルートマップに描かれている古い街道です。津市河芸町東千里で伊勢街道から分かれ、国道23号線や近鉄名古屋線の東側、海寄りを通る街道です。古伊勢街道、浜街道、下街道などとも呼ばれ、伊勢街道よりも古い道と考えられます。全長7.2㎞ほどの短い街道で、津市栗屋町屋町で伊勢街道に合流します。ネットでブログ記事などを検索しても、通しで歩いたという記事はあまりヒットしません。その意味では、ちょっと珍しいところを歩いてきました。近鉄名古屋線千里駅から、伊勢街道と巡礼道の追分のすぐ南にある甕釜冠地蔵堂へ。そこから、信光寺、尾前(おざき)神社、田中川、中別保の八雲神社、松林寺、丹羽虎太郎顕彰碑、影重の八雲神社、白郷稲荷神社、白塚の八雲神社菓子処前田屋千王神社から伊勢街道と巡礼道の追分に到着。ここから近鉄名古屋線江戸橋駅へ。9.5㎞。菓子処前田屋さんで名物「白塚まんじゅう」1個¥135、8個を土産にお買い上げ。さつまいものあんこがおいしい。近鉄料金は、¥1,510。

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(予告編)

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その1)……近鉄千里駅から、伊勢街道との追分を経て、汐見橋まで

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その2)……田中川を越え、中別保の八雲神社、松林寺、丹羽虎太郎顕彰碑、満願寺、西教寺、本昌寺、影重の八雲神社へ

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その3)……白郷稲荷神社、白塚の八雲神社から白塚の町で寺巡り

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その4)……千王神社、専称寺から伊勢街道との追分に到着し「完」

16.JRさわやかウォーキング「子供から大人まで楽しめる関ヶ原の歴史と自然を満喫しよう」(2025/10/12)

251012jralkingsekigahara0 Img_5262c_20251012165601  JRさわやかウォーキング「子供から大人まで楽しめる関ヶ原の歴史と自然を満喫しよう」へ行ってきました。関ヶ原古戦場には、興味があり、一度は訪ねてみたいと思っていました。しかし、自分で出かけるとなると、ちょっと遠く、なかなか実現できませんでした。この日、大垣までは養老鉄道を利用し、JR東海道線に乗り換えて関ヶ原駅へ。関ケ原駅をスタートし、東首塚陣場野公園関ケ原古戦場開戦地フジバカマの花畑関ケ原ウォーランド関ケ原古戦場決戦地から岐阜関ケ原古戦場記念館と回って、関ケ原駅がゴールでした。約5.5㎞で、家族向けのコース設定ですが、これで関ヶ原古戦場の主なところは見て回ることができました。また、フジバカマの畑では、たくさんのアサギマダラも見られました。途中、笹尾山ステージでは、鉄砲隊の演武が行われており、本物の火縄銃による発砲シーンも見学。土産は、関ヶ原駅前にある関ヶ原観光交流館で。まずは、「日清どん兵衛 東西セット」(¥570)。関ケ原は食の世界でも天下分け目の地だということです。壬申の乱(672年)の後にこのあたりには、東山道(後の中山道)の不破関が設けられました。ここから関の東を「関東」と呼んだのです。日清のどん兵衛も、関西は「かつおと昆布だしがベースの色のうすいつゆ」、関東は「かつおだしベースの色の濃いつゆ」ということで、ここだけのオリジナルパッケージでセット販売されていました。もう1つは、「信長のえびしょっぱい」(8枚入り¥562)。「パイ」なのに「せんべい」と思う食感。大垣駅ビルにあるアスティ大垣のおらが蕎麦で昼食。鶏天蕎麦、¥890。このおらが蕎麦、お気に入りなのです。鉄道料金は、合計で¥1,980(養老鉄道は、1日フリー乗車券を使用)。

20251012JRさわやかウォーキング「子供から大人まで楽しめる関ヶ原の歴史と自然を満喫しよう」へ(予告編)

20251012JRさわやかウォーキング「子供から大人まで楽しめる関ヶ原の歴史と自然を満喫しよう」へ(その1)……東首塚、陣場野公園から関ヶ原合戦開戦地へ

20251012JRさわやかウォーキング「子供から大人まで楽しめる関ヶ原の歴史と自然を満喫しよう」へ(その2)……フジバカマの花畑でアサギマダラを見て、関ケ原ウォーランド、笹尾山ステージで鉄砲隊演武、関ヶ原合戦決戦地を経て、岐阜関ケ原古戦場記念館にて「完」

17.JRさわやかウォーキング「桑名を満喫!!東海道お手軽ウォーキング」(2025/10/13)

251013jwalkingkuwana Img_5461c_20251013142301  2日連続でJRさわやかウォーキングに出かけました。この日のJRさわやかウォーキングは、地元・桑名での開催で、「桑名を満喫!!東海道お手軽ウォーキング」。いつもの散歩コースに近いものなのですが、これは行かない手はありません(微笑)。桑名駅をスタートし、浄土寺六華苑住吉神社七里の渡し九華公園桑名宗社(春日神社)桑名市博物館寺町通商店街三八市)を経て、桑名駅にゴール。約4.8㎞。ご近所の方と一緒でした。浄土寺であれこれ講釈を垂れていたら、それをお聞きになった女性が「ご一緒してもよろしいか?」ということで、3人で一緒に。「旅は道連れ、世は情け」を実践(微笑)。

20251013JRさわやかウォーキング「桑名を満喫!! 東海道お手軽ウォーキング」へ(一回完結)

18.近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】コスモス畑と地元まごころ農産物」へ(2025/11/01)

251101kintetsuhikingtoinrout Img_5823c  晴れて、20℃を超えるという予報でしたので、近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】コスモス畑と地元まごころ農産物」に行ってきました。三岐鉄道北勢線の東員駅から大泉駅まで約5㎞というコース。東員駅をスタートし、圓光寺、浄源寺東員町中部公園コスモス畑猪名部神社まこと商店ふれあいの駅 うりぼうを経て、大泉駅がゴール。コスモス畑を見たいのと、まこと商店に行ってみたかったのです。そのまこと商店では、サツマイモマドレーヌミニ4個(1個税込み¥180)をお買い上げ。大泉駅に隣接する「ふれあいの駅 うりぼう」で、まずは、ジェラート屋さんの「ジェラートの駅 うりぼーの」で、「石榑(いしぐれ)茶のジェラート」をワンカップ(¥380)。ついで、うりぼうで土産を物色。お腹が空いていたので、そばと寿司とを買ってしまいました(苦笑)。「いなべ蕎麦半生(¥580)」と、「押し寿司・巻き寿司セット(¥530)」。寿司は、帰宅して昼ご飯に(微笑)。

20251101近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】コスモス畑と地元まごころ農産物」へ(一回完結)

20251101近鉄ハイキング「【三岐鉄道合同企画】コスモス畑と地元まごころ農産物」へ(補遺編)

2025年9月27日 (土)

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その4)……千王神社、専称寺から伊勢街道との追分に到着し「完」

Junreimichi14  9月23日に行ってきた勝手にハイキング「巡礼道を行く」の本編その4です。その3では、詳しいルートマップその4の途中になりましたが、白郷稲荷神社、八雲神社を回り、菓心庵前田屋さんで白塚まんじゅうを買い、白塚町内で5ヶ所の寺を巡りました。今回は、まずは、ルートマップその4で残っている千王神社から。

Img_4445c Img_4454c  千王神社は、創立不詳ですが、持統天皇の伊勢行幸の際(持統6(692)年)に田を賜ったという伝説があります。また、慶長6(1601)年に、領主から社領1石を寄付されたといいます。明治41(1908)年。境内社などを合祀しています。

Img_4457c_20250925162201  写真のように参道は、なかなか気持ちのよい空間でした。

 Img_4465c主祭神は、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれひこのみこと=神武天皇)。相殿神は、大山祇命倉稲魂命天照皇大神建速須佐之男命豊宇気毘売命天之菩卑命火雷命。この千王神社の祭礼行事(雨乞神事)では、巨大龍踊り(町屋百人衆)が奉納されます。巨大龍は、自作されたもので、日本一の長さを誇る全長55メートル(参道の長さ)の電飾が施してあり、龍の口からは炭酸ガスが吹き出します。毎年7月上旬に催されるこの巨大龍踊りは、伊勢街道を練り歩き、国道23号線で舞い踊ります(今年、テレビのニュースで見ました)。

Img_4500c  境内社には一目連神社があります。一目連は、ひとつめむらじとも呼ばれ、片目がつぶれた竜神です。江戸時代には、海難防止の祈願と、雨乞が盛んに行われました。洪水から難を防ぐ神でもあります。地元では水神さんと呼ばれているといいます。

Img_4492c  Img_4488cほかに境内にあったのは、「皇居遙拝所」(左の写真)、「神宮遙拝所」(右の写真)。神宮は、もちろん伊勢神宮。

 Img_4496c さらに、「畝傍山陵 橿原神宮 遙拝所」。ここは、神武天皇が主祭神ですから、これら畝傍山陵と、橿原神宮とを遙拝するところがあるのは、納得です。 

Junreimichi15  ここから、詳しいルートマップは、その5になります。専称寺を経て、いよいよ伊勢街道と合流します。ここは、津市栗屋町屋町。この追分が巡礼道歩きとしては、ゴールです。その後は、近鉄江戸橋駅に向かいます。途中、江戸橋を渡り、伊勢別街道と伊勢街道の追分にある常夜灯、道標を見ていきます。

 伊勢街道との追分の手前に、真宗大谷派の松林山専称寺。Img_4513c Img_4510cここも詳しいことは分かりません。ネット検索では、情報は得られませんでした。

Img_4524c  スタートから8㎞で、巡礼道は、伊勢街道に合流します。左の写真は、巡礼道から見た追分。ここには、常夜灯、名残の松、忠魂碑、道標があります。

Img_4562c  Img_4542c_20250925165301 この追分を南から撮った写真が左のもの。右の写真は、ここにある常夜燈。常夜燈は、高さ4.2m、笠の南面に「両宮常夜燈」、東面に「天保10(1839)年巳亥正月」と刻まれています。武州(武蔵国)の木綿業者が寄進したもので、西面に「武州 岩槻 木綿問屋中」と彫られています。当時の伊勢国は、木綿の産地として有名で、武蔵国の木綿問屋が伊勢にも来ていたのかもしれません。

Img_4529c_20250923192101 Img_4560c  こちらは、道標。道標には「右 白塚豊津道」、「左 上野 白子 神戸 四日市道」とあります。「青年會町屋支部」が建てたもの。道標の写真は、南から北向きに撮りましたので、「右 白塚豊津道」とある方が、巡礼道を示しています。忠魂碑の碑表はほとんど読めませんでした。碑陰の撰文をざっと読むと、数名の兵士の名前と、日清戦争(1894~95年)に従軍した旨が刻まれていました。明治35(1902)年5月に建立されていますので、日清戦争に参戦された方の忠魂碑と思われます。

Img_4571c  ここからは伊勢街道を歩きます。このあたりは、これまでに2回、歩いています(2021年9月12日:20210912「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第9回「津・一身田~津駅」(その1)……雨にも負けず、高田本山駅から巡礼道との追分、孟夏の常夜燈を経て、三重大学前へ、2019年9月7日:20190901近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅6日目~伊勢街道、旅人気分で河芸から潮風薫る江戸橋へ」(その2)……逆川神社、巡礼道との追分、孟夏の常夜灯から江戸橋へ)。

Img_4575c_20250925170001  追分のすぐ南には、「孟夏の常夜燈」があります。一身田中学校国児分校の西。かなり荒い彫りの山燈籠で、高さは約2.8m。正面に「両宮常夜燈」とあります。「嘉永四年辛亥孟夏 五穀成就」とあります(1851年)。飢饉が続いたあと、ようやく穀物が実った喜びの表現と思われます。ちなみに「孟夏」とは、初夏あるいは陰暦4月の異称だそうで、これが「孟夏の常夜燈」といわれる所以でしょう。

Img_4586c Img_4598c_20250923192501  孟夏の常夜燈の先で、国道23号線の三重大学前交差点に出ます。この交差点の東を入ると、三重大学のキャンパスが広がっています。伊勢街道は、江戸橋のところまで国道23号線と重なります。

Img_4579c  閑話休題。三重大学前交差点に出る手前に、サンドウィッチのおいしいパンリッチというパン屋さんがあったのですが、閉店していました。営業していれば、ここにも立ち寄って、パンやサンドウィッチを買おうと思っていたのに、残念至極。

Img_4604c Img_4637c  国道23号線から右(西)に逸れて行き、江戸橋を渡ります。志登茂川にかかっています。津にあるのに、なぜ江戸橋というのかというと、津藩主・藤堂氏が参勤交代で江戸に向かうとき、家臣などがこの橋のたもとまで見送りに来たことから江戸橋と名づけられたとされます。

Img_4612c Img_4640c_20250925171401  そのため、江戸橋には、この写真のような参勤交代のレリーフが飾られています。こちらの江戸橋は、市道に架かるもの(国道23号線の方は、新江戸橋)。平成31(2019)年の春、この新しい橋が完成しています。江戸橋を渡った先の信号交差点が、伊勢別街道と伊勢街道の追分です。ここには、常夜燈と、高田本山への道標が立っています。常夜燈は、安永6(1777)年に建立された、津市内最古の常夜燈です(津市指定文化財)。高田本山への道標には「左 高田本山道」と刻まれています。高田本山専修寺へはここから北へ、伊勢別街道をたどっておよそ3㎞。明治22(1889)年に「愛知縣名古屋市別院下請講中」によって再建されたと刻まれています。

Img_4662c  近鉄江戸橋駅。この近くにある某短大に、この3月まで非常勤講師として9年間通いましたので、懐かしい駅であり、慣れ親しんだ駅でもあります。ここまで9.4㎞+αを歩いて、11時45分頃に到着。

 Img_4675c江戸橋駅を12時2分に発車する名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、12時40分着。¥830。

Screenshot_20250923125943c  この日のGoogle Fitのデータ。約12㎞を歩いて、歩数は23,340でした。久しぶりによく歩きました。

250923145013133c  土産に買ってきた前田屋さんの白塚まんじゅう。白塚芋の旨さと、風味を活かしたまんじゅうです。きめ細かく、柔らかな生地の中に、黄金色をした芋餡がたっぷり入っています。素朴であっさりした味わい。いくらでも食べられそうでした。おいしいまんじゅうです。

 

 

2025年9月26日 (金)

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その3)……白郷稲荷神社、白塚の八雲神社から白塚の町で寺巡り

Img_4094c_20250925140201  9月23日に行ってきた勝手にハイキング「巡礼道を行く」の本編その3です。その2では、巡礼道を歩いて、田中川を越え、中別保の八雲神社、松林寺、丹羽虎太郎顕彰碑、満願寺、西教寺、本昌寺、影重の八雲神社まで来ました。津市白塚町に来ています。冒頭の写真は、旧河芸町のマンホール蓋。町のマスコットキャラクター「河夢(カーム)ちゃん」と町章が描かれています。その2で触れた本昌寺の近くで撮影。

Junreimichi14  詳しいルートマップは、その4となります。近鉄白塚駅の南で、スタートから6㎞を過ぎます。そこに白郷稲荷神社。7㎞の手前に八雲神社、東海寺、信行寺、薩摩寺が集まっています。八雲神社を出たところで菓心庵前田屋に立ち寄って、土産をゲット。7㎞を過ぎて、巡礼道から少し離れたところにある長安寺と、万年寺に立ち寄り、続いて、千王神社へ。

Img_4258c  白郷稲荷神社Img_4187cです。主祭神は、倉稲魂命。昭和6(1931)年に京都の伏見稲荷大社から許可を得て、五社稲荷大神の神号を得たといいます。それなりに由緒はありそうな神社なのですが、ネット検索ではこれ以上の情報は出て来ません。境内には、摂社か、末社かよく分からないのですが、多数の社が並んでいます。中には朽ちかけた社もありましたし、笠木が落ちてしまった朱塗りの鳥居もあります。そもそも、一の鳥居からして、額束が落ちて、鳥居脇に置いてあったくらいです。境内には、「○○明神」「○○大神」「○○大明神」と刻まれた石も多数並んでいます。

Img_4283c Img_4296c  7㎞の手前で、巡礼道の東に八雲神社があります。創建、由緒ともに不詳ですが、天正時代(1573~1592年)以前と伝わっています。社伝によれば、往古は、大梵天王(だいぼんてんのう)と称し、村名は古里(ふるさと)と呼ばれていました。かつて高波に襲われ、村人は船で避難しましたが、潮が引いて戻ってみると、村は白い砂浜に変わってしまっていたものの、神社だけは難を逃れたので、もとの地に戻って復興を果たし、村名を白塚に改めたといいます。その後、置之(おきの)神社と呼ばれたこともありましたが、明治になって須佐之男命を祀る八雲神社に変更されています。

 Img_4321c Img_4326c 主祭神は、須佐之男命。相殿神は、木花佐久耶姫命事代主命彦火火出見命猿田比古命大山津見命大日孁貴命伊邪那美命蛭子命大宮姫命大田神金山彦命大国主命市杵島姫命稲倉魂命足名椎命、手名椎命。拝殿は垣に囲まれ、左の写真のような門があります。

Img_4292c_20250925142801 Img_4316c_20250925142901  境内社には、明治の神社合祀令によって村内から移った霞浦(かすみがうら)神社と、菅原神社とがあります。

Img_4309c  毎年、例祭日の夜には、「やぶねり」神事が行われます。これは、祭神の須佐之男命が退治した八岐大蛇をまねた青竹を束ねて作った「やぶ」をかついで町中を 練り歩き、悪病退散などを願うエネルギッシュな行事だそうです。また、江戸時代中期に伝わったとされる厄除けの獅子舞神事もあるといいます(白塚獅子舞)。獅子舞は、毎年3月の初午祭の前後3日間に、町内西町地区の若者によって演じられ、厄歳に関係する氏子の家々を中心に門舞を斎行し、厄除けのご神札を授けます。

 Img_4332c境内には、「畝傍山陵 橿原神宮 遙拝所」があります。畝傍山陵は神武天皇の陵墓であり、橿原神宮は神武天皇が創建しています。しかし、ご祭神に神武天皇はありませんし、由緒にも神武天皇は関わっていません。それなのに、なぜこの遙拝所があるのでしょうか? 

Img_4305c_20250925142901 Img_4296c  このほか、「征清祈念碑」と、「明治三十七八年 戦没祈念碑」があります。征清祈念碑には、日清戦争従軍者のお名前が刻まれており、明治30(1897)年7月の建立。明治三十七八年戦没祈念碑は、日露戦争の戦没者を記念するものでしょう。こちらは碑蔭を見るのを失念。

Img_4340c  八雲神社の南にある駐車場の一画にも、「慰霊塚」がありました。碑蔭には、戦没者として多数の方のお名前がありましたので、こちらは太平洋戦争のものではないかと思います。

Img_4356c Img_4353c_20250923191201  八雲神社のすぐ南に「菓心庵 前田屋」さんがあります。事前にこの巡礼道を調べていたとき、ここの白塚まんじゅうが名物だと知り、ぜひとも買って帰ろうと思っていたのです。月曜・火曜が定休日となっていたのですが、お彼岸だからやっているだろうと見込んでいたら、大正解。芋餡のまんじゅう。1個¥135(税込み)を8個買ってきました。

Img_4369c_20250925153801 Img_4377c_20250925153801 お土産も無事に入手しましたので、このあたりでお寺巡り。ただし、5ヶ所のお寺ともに、詳しい情報が得られていません。まずは、真宗高田派の鷲峰山薩摩寺。無住なのか、境内はちょっと荒れていました。

Img_4383c Img_4396c_20250925153801  続いて、同じく真宗高田派の西光山東海寺。

Img_4406c  さらに、こちらも真宗高田派の信行寺。500年以上前の創建だそうです。本堂は、江戸時代中期に築かれたものを平成27(2015)年に改修しています。山門の写真も撮ったのですが、ピンボケ(苦笑)。それにしても、高田本山専修寺に近いとはいえ、高田派のお寺が3軒も隣り合ってあるとは、ちょっと驚きでした。

Img_4423c Img_4427c_20250925154901  巡礼道の西側にもお寺がありますので、そちらにも回ってきました。まずは、真宗高田派の松樹山長安寺。ここも詳細は不明。

 Img_4431c Img_4436c 長安寺の南に真宗高田派の万年寺(ばんねんじ)。ここも詳しいことは分からなかったのですが、白塚愛児園を営んでおられるようでした。

 詳しいルートマップその4の途中ですが、この先を書くと長くなりますので、その3はここまでとします。本編その4は、千王神社から。

2025年9月25日 (木)

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その2)……田中川を越え、中別保の八雲神社、松林寺、丹羽虎太郎顕彰碑、満願寺、西教寺、本昌寺、影重の八雲神社へ

Img_3845c_20250924150101  9月23日に行ってきた、勝手にハイキング「巡礼道を行く」本編その2です。その1では、近鉄千里駅をスタートし、甕釜冠地蔵堂、信光寺、尾前神社、正法寺と歩いて、田中川を汐見橋で渡りました。汐見橋を渡ってすぐがスタートから2㎞。ここから1㎞ほどは立ち寄るところはありません。田中川に行き当たるまでは、細い、田舎道でしたが、汐見橋から先は、住宅地になっていて、道もよくなっています。

Junreimichi12  こちらが詳しいルートマップその2。スタートから3㎞のところで西にある八雲神社へ。八雲神社はたくさんあり、ここは中別保の八雲神社。その先で松林寺。豊津小学校の脇に豊川稲荷神社があります。4㎞を過ぎると、万願寺、西教寺と、影重の八雲神社。

Img_3857c_20250924155201   Img_3861c 巡礼道沿いに中別保の八雲神社の一の鳥居があります。ここの鳥居は、背が低くて、太い感じがします。神社はこの鳥居から200mあまり先のこんもりした森のところ。故老の言によると、「天正年間(1573~1592年)に、尾張方面から上野城主であった織田氏を慕って来た野島精次郎なる者が領主となって、牛頭天王を勧請したのが当社の創始である」といいます。織田信包が上野に城(伊勢上野城)を築いたのが元亀元(1570)年、その4年後に天正が始まることから考え合わせると、天正年間の創建は間違いないとされています。牛頭天王は、須佐之男命。勧請したもとは、津島神社と考えられます。

Img_3887c_20250924155201 Img_3892c_20250924155201  主祭神は、須佐之男命。相殿神は、倉稲魂命

Img_3872c_20250924161401  境内社には、山神社がありました。

Img_3908c_20250924155201 Img_3904c_20250924155201  八雲神社から巡礼道に戻って少し行くと、大きな松が見えてきます。旧河芸町(現在は、津市に合併)の保存樹木第1号に指定されていた木です。

Img_3912c_20250924155201 Img_3921c_20250924155201  この松があるのが、松林寺。真宗大谷派。ここもネット検索では特に情報はヒットしません。

Img_3938c_20250924155201  松林寺の先に大きな顕彰碑が建っていました。丹羽虎太郎顕彰碑です。丹羽虎太郎という人は、戦前の河芸の漁業組合長。当時、河芸漁港は、イワシや小女子(こうなご)の水揚げ量が全国トップだったこともあったといいます。イワシを獲るのに「巾着網漁」という、長い網で囲い込む漁法を用いていたのですが、無制限にすると魚をすべて獲ってしまいますから、各村の漁業組合長を集め、漁獲量の調整を行い、水産資源を残しつつ、漁を続ける方法を模索した方だそうです。ちなみに、誰の筆かを見て驚きました。「若槻禮次郎筆」とあったのです。若槻礼次郎といえば、大正15(1926)年、総理大臣になった政治家。あちこちを歩いて、昔の顕彰碑をたくさん見てきましたが、その多くが、高名な政治家や、著名な軍人に依頼して書いてあります。

Img_3956cImg_3964c 津市立豊津小学校の東に豊川稲荷神社。ここの詳細は分かりませんが、鳥居脇に建っていた「豊川吒枳尼(だきに)真天分霊」と刻まれた石柱には、「昭和6(1931)年3月吉日」とありました。

Img_3996 Img_4004  スタートから4.2㎞ほどのところにお寺が2つ並んでいます。まずは、真宗高田派の光明山満願寺。ここもネットでは、これという情報は出て来ませんが、珍しかったのは、塀が煉瓦製ということ。煉瓦塀のお寺というのは、初めて見た気がします。

Img_4014 Img_4022  その南にあるのが、真宗大谷派の西教寺。ここも残念ながら特に情報は出て来ませんでした。このあと、大チョンボ(苦笑)。この2つのお寺の西にも八雲神社(一色の八雲神社)があるのですが、コースマップを作るとき、キョリ測のメニューに隠れていて見落としたのです(苦笑)。ただ、この一色の八雲神社は、6年前の近鉄ハイキングで訪ねていました(2019年2月11日:20190202近鉄ハイキング「名所・旧跡めぐり お江の里と海の幸」へ(その2)……伊勢上野城跡、光勝寺から八雲神社でお祓いを受ける)。そのときにはお祓いまで受けています。一色の八雲神社には、「ざるやぶり神事」が伝わっています。

Junreimichi13  この先、詳しいルートマップは、その3に入ります。4.5㎞あたり、里山学院のところに本昌寺。そこを西に入ったところに、影重の八雲神社があります。5.5㎞地点には、稲荷神社・山の神。

Img_4037c  恭敬山本昌寺は、天台真盛宗のお寺。境内には、神社もあります。周囲を里山学院の施設が取り囲んでいます。

Img_4045c_20250924165701 Img_4050c  まずは、神社。両側に立つ石柱には「白毛大明神」「御追号影繁大明神」とあります。「大明神」とは、 神号の1つで、神名の下につけ、明神をさらに尊んでいう称です。「明神」は、神の尊称。神仏習合説による、仏教側からの神祇のいい方。向かって左にある石柱の右側には、「里山伊奈利大明神」とありますから、もとはお稲荷さんかと思えます。鳥居も朱塗りですし。向かって右の石柱の左側には「漁事万足海上安穏」とありますから、豊漁と、漁業の安全を祈る文言のように考えられます。

Img_4071c Img_4067c  こちらが本昌寺の本堂と思われます。里山学院の法人情報を見ますと、里山学院の創設に天台真盛宗の寺院、僧侶が関わっているようです。その関係で本昌寺と里山学院が一体となったような配置になっているのでしょう。本昌寺については、詳しいことはネット検索では分かりません。

Img_4098c_20250924171701 Img_4115c_20250924171701  本昌寺から西に行ったところにも八雲神社。ここは、影重の八雲神社。ご祭神は、天穂日之命天兒屋根命建速須佐之男命

 Img_4119c 境内社には、山神社がありました。

Img_4103c この神社には、写真のような案内がありました。このあたりでは、「影重の名犬」という物語が伝わっています。「影重の名犬」とは、ここ河芸町影重(現在の三重県津市河芸町)で優れた猟犬を得たと伝えられる伝説で、その犬が後に義犬として語り継がれているのです。この一帯を治めていた長野氏の家臣で、鹿間という侍が、影重で犬を手に入れました。鹿間は、狩が好きで犬を連れてよく狩をしていたのですが、あるとき、夢のお告げで名犬を手に入れ、その犬を連れて山に入りました。この犬の働きで獲物を多く捕ったその帰り道、犬が激しく吠えたてて鹿間の行く手を阻みます。怒った鹿間が刀で犬の首を刎ねると、犬の首は宙を飛び、木の上から鹿間を狙っていた大蛇の喉に噛みついたといいます。名犬のおかげで命拾いをした鹿間は、その行いを悔いて、犬の首を埋めて地蔵堂を建てたとされており、それが、「影重の名犬」として伝わっているのです。神社では、この掲示にあるように、人、個人家族(犬)とともに参拝を促しています。

 Img_4155c_20250924171301 Img_4164c さらに歩き続け、スタートから約5.5㎞のところ、巡礼道の傍らに、小さな木製の常夜灯があります。ここの藪の奥に、稲荷神社と山の神が祀られています。といっても、祠は傾いてしまっており、世話が行き届いていない感じ。ここも詳しいことは分かりませんが、祠の左手にあった賽銭箱に個人名が書かれていましたので、個人で祀ったものなのかという気がします。このあたりは、津市白塚町。その2はここまで。

2025年9月24日 (水)

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(その1)……近鉄千里駅から、伊勢街道との追分を経て、汐見橋まで

Rekishikaidohigasichisato  猛暑でハイキング/ウォーキングを控えていましたが、ずいぶん涼しくなりましたので、9月23日(火・祝)に試しに出かけてみました。「巡礼道」という名前の道は、たぶんあちこちにあると思いますが、今日歩いてきたのは、「みえの歴史街道」の「伊勢街道」のルートマップに描かれている古い街道です。冒頭の画像は、その伊勢街道のコースマップの「東千里」の一部。津市河芸町東千里で伊勢街道から分かれ、国道23号線や近鉄名古屋線の東側、海寄りを通る街道です。左の画像では、緑色のラインで描かれています。赤いラインが、伊勢街道。巡礼道は、古伊勢街道、浜街道、下街道などとも呼ばれ、伊勢街道よりも古い道と考えられます。全長7.2㎞ほどの短い街道で、津市栗屋町屋町で伊勢街道に合流します。ネットでブログ記事などを検索しても、通しで歩いたという記事はあまりヒットしません(巡礼道を歩く【栗真町屋町→東千里】(2011年11月27日)伊勢街道(巡礼道-脱線有))。また、この巡礼道についての情報も出て来ません。津市史とか、河芸町史を調べると、何か書いてあるかもしれないと思っています。その意味では、ちょっと珍しいところを歩いてきました。

Junreimichi011  いつものように、最寄りの駅まで電車で出かけ、歩いて、最寄りの駅から電車で帰るというパターンです。今回は、近鉄名古屋線千里駅から伊勢街道を750mほど北に歩いて、巡礼道との追分まで行きます。巡礼道が伊勢街道に合流したところからは、同じく江戸橋駅まで1.4㎞を歩くことにしました。全体のルートは、左の画像の通りです。今日は、本編のその1です。

Img_3627c Img_3632c  近鉄桑名駅を7時32分に発車する松阪行き急行で白子駅まで。白子には8時2分着、8時11分発の津新町行き普通に乗り変え。千里駅に8時17分に到着。¥680。千里駅を9時20分にスタートし、しばらくは伊勢街道を歩きます。

Junreimichi11  詳しいルートマップその1です。甕釜冠地蔵堂のすぐ北東が追分です。信光寺、尾前神社、正法寺と立ち寄っていきます。本福寺は、4年前に立ち寄っていますので、パス(2021年8月22日:20210822「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第7回「鈴鹿・白子~河芸・千里」(予告編))。

 Img_3649c Img_3653c 追分のすぐ手前(南西)に甕釜冠地蔵堂(かめかまかぶりじぞうどう)があります。この堂はもと光明院といって伊勢参宮の旅人の休憩所で、旅の無事安穏を祈願した場所です。宝形造りの仏堂の屋根の上には、露盤宝珠を置くのが普通ですが、この堂は炊事用の釜と水甕が伏せてあります。非常に珍しい形式で、堂の名前の由来となっています。この甕釜冠地蔵堂は、6年前の近鉄ハイキングで初めて見て以来(2019年5月25日:20190525近鉄ハイキング「昔も今もお伊勢参り~旅5日目~伊勢街道旅人気分で伊勢湾沿いの白子から河芸へ」(予告編))、妙に気に入っています。

Img_3664c  こちらが、伊勢街道と巡礼道の追分。この写真は、北から南を撮っています。右に向かう道が伊勢街道、左が巡礼道となっています。右端に甕釜冠地蔵堂が見えます。ここが今日の巡礼道歩きのスタート。

Img_3678c Img_3685c  巡礼道、歩き始めてしばらくは、普通の道。普通の道というのは、広さをいっています。真宗高田派の信光寺の南あたりを歩くのですが、右、左と曲がるうちに、道幅は軽自動車1台がやっと通れるくらいになります。民家の間の路地を歩いている感覚で、ここが街道であったとは思えないくらい。

Img_3646c Img_3642c_20250923174401  真宗高田派の信光寺。ネット検索では、これという情報はヒットしませんが、「みえの歴史街道」の「伊勢街道」のマップには、聖徳太子の創建と伝わると書いてあります。

Img_3693c Img_3704c_20250924143701  信光寺から巡礼道に戻りますが、相変わらずこのような細い道が続きます。

Img_3713c_20250923174301  その先を海側に入ったところに尾前(おざき)神社。式内社。垂仁天皇18(BC18)年、勅命によって今の千里ケ丘中尾前の地に神殿が建てられていましたが、鎌倉時代の後期に村人とともに現在地に移ったとみられています。霊験あらたかなとことから、天武天皇より「尾前土宮」の宮号を賜り、一名「土御前」と号しまた。

Img_3734c Img_3723c_20250924143801  主祭神は、速佐須良比咩神(はやさすらひめのかみ)。祓戸四神のうちの一神。相殿神は、塩椎神(しおつちのかみ:)、大山津見神品陀和気神。塩椎神は、山幸彦が兄の海幸彦から借りた釣り針を返せず困っていたときに、海神の宮へ行く道を教え、日向にあった神武天皇には東方に美しい地があることを教えた神ですが、この神様が祀られている神社には、初めてお参りしました。

Img_3730c  四年に一度を舞い年と決めた「獅子舞神楽」が有名です。これは東千里の氏子の中から選ばれた20数人が、1月1日から3日まで家内安全・五穀豊穣の門舞いを行うそうです。保存会の手によって、800年の伝統が受け継がれています(こちら)。宝物となっている獅子頭二口は、高倉天皇の御代に、朝廷から献じられたものと伝えられています。

Img_3742c Img_3738c_20250924143801  境内には、山の神3基と、「神宮・皇居遙拝所」があります(昭和55(1980)年3月建立)。

Img_3707c  神社の鳥居の西に尾前神社の境内を示すと思われる石標があります。中央には「○○尾前神社境内」、向かって右には「従是東境○」、左には「従是北境内」と刻んであるようです。

Img_3749c  巡礼道に戻りますが、道は相変わらず、細い、田舎道です。

 Img_3761c_20250924145601 Img_3770c_20250924145601 河芸マリーナの西に真宗高田派の潮音山正法寺。ここもネットではこれという情報はヒットしませんが、さすがに海の近くだけあって、山号が「潮音山」とは素晴らしい。

Img_3797c Img_3806c  この先で田中川に行き当たります。左の写真は下流側、ここから500mほどで海。右は上流側。近鉄名古屋線、国道23号線となります。

Img_3802c_20250924150101 Img_3818c_20250924150101  左の写真は、田中川に行き当たったところで、歩いてきた道を振り返ったもの。右は、田中川を渡る汐見橋。

Img_3834c  汐見橋を渡ると、巡礼道も普通の道路になります。詳しいルートマップその1は、ここまで。

2025年9月23日 (火)

20250923勝手にハイキング「巡礼道を行く」(予告編)

Img_3632c  猛暑でハイキング/ウォーキングを控えていましたが、ずいぶん涼しくなりましたので、今日は、試しに出かけてみました。「巡礼道」という名前の道は、たぶんあちこちにあると思いますが、今日歩いてきたのは、「みえの歴史街道」の「伊勢街道」のルートマップに描かれている古い街道です。津市河芸町東千里で伊勢街道から分かれ、国道23号線や近鉄名古屋線の東側、海寄りを通る街道です。古伊勢街道、浜街道、下街道などとも呼ばれ、伊勢街道よりも古い道と考えられます。全長7.2㎞ほどの短い街道で、津市栗屋町屋町で伊勢街道に合流します。ネットでブログ記事などを検索しても、通しで歩いたという記事はあまりヒットしません(巡礼道を歩く【栗真町屋町→東千里】(2011年11月27日)伊勢街道(巡礼道-脱線有))。その意味では、ちょっと珍しいところを歩いてきました。写真のチェックに手間取りましたので、今日のところは、超予告編です。冒頭の写真は、津市河芸町あたりの伊勢街道。南から北を見ています。

Img_3627c Junreimichi011 近鉄桑名駅を7時32分に発車する松阪行き急行で白子駅まで。8時2分着で、8時11分発の津新町行き急行に乗り変え。千里駅に8時17分到着。¥680。8時20分にスタート。全体のルートマップは、右の画像の通りです。立ち寄り先の位置は、おおよそのところとご理解ください。まずは、千里駅から伊勢街道と巡礼道の追分まで、北に向かって伊勢街道を750mほど行きます。

Img_3649c  追分のすぐ南に甕釜冠地蔵堂(かめかまかぶりじぞうどう)。この堂はもと光明院といって伊勢参宮の旅人の休憩所で、旅の無事安穏を祈願した場所です。宝形造りの仏堂の屋根の上には、露盤宝珠を置くのが普通ですが、この堂は炊事用の釜と水甕が伏せてあります。非常に珍しい形式で、堂の名前の由来となっています。

Img_3664c  ここのすぐ北に伊勢街道と巡礼道との追分があります。左の写真は、北から南を撮っています。右に向かう道が伊勢街道、左が巡礼道となっています。右端に甕釜冠地蔵堂が見えます。ここが今日の街道歩きのスタート。

Img_3678c Img_3685c  歩き始めてしばらくは、普通の道。普通の道というのは、広さをいっています。真宗高田派の信光寺の南あたりを歩くのですが、右、左と曲がるうちに、道幅は軽自動車1台がやっと通れるくらいになります。民家の間の路地を歩いている感覚で、ここが街道であったとは思えないくらい。

Img_3642c_20250923174401 ちなみに、こちらが真宗高田派の信光寺。聖徳太子創建と伝わるそうです。

 Img_3713c_20250923174301その先を海側に入ったところに尾前(おざき)神社。式内社。別名は、土御前。主祭神は、速佐須良比咩神(はやさすらひめのかみ)。祓戸四神のうちの一神。垂仁天皇18(BC18年)、今の千里ヶ丘中尾前の地に社殿を建て、その後、鎌倉後期に村人とともに現地に移転したとされます。4年に1度獅子舞神楽が奉納されます(こちら)。

Img_3806c  近鉄千里駅の南あたりまで来ると、田中川に行き当たります。汐見橋を渡り、さらに南に進みますが、ここからしばらくは名所旧跡、寺社仏閣はありませんので、ひたすら歩きます。ちなみに、伊勢街道は、この汐見橋の上流、近鉄名古屋線、国道23号線の西を通っています。

Img_3857c  スタートから2㎞半を過ぎたあたりを西に入ると、中別保の八雲神社があります。主祭神は、須佐之男命。天正15(1587)年に尾張から来た野島清次郎が牛頭天王を祀ったのが始まりだそうです。

Img_3908c_20250923174401Img_3921c_20250923185201  その先、松林寺に河芸町保存樹木第1号の松があります。由来は、今のところ調べがついていません。右の写真は、松林寺。真宗大谷派。

Img_3938c_20250923185301  こちらは、丹羽虎太郎顕彰碑。丹羽は、戦前の河芸町漁業組合長。当時、イワシとコウナゴの水揚げが多かったそうですが、無制限にすべて獲ってしまうのではなく、漁獲量の調整を行う方法を模索したといいます。文字を書いたのが、若槻禮次郎とありました。昔の顕彰碑の筆を執った人は、超有名人が多いのに驚きます。

Img_4115c  影重の八雲神社です。津市河芸町には、3社の八雲神社があります。八雲神社ですから、主祭神は、須佐之男命。祇園信仰の神社で、津島神社から勧請されたと伝わります。影重地区には、「主人を救った犬」の伝説が残り、個人家族(犬)とともに参拝を促す神社として知られています。ここからしばらく、またひたすら歩いてきました。

Img_4187c  5㎞を過ぎて、近鉄白塚駅の南あたりに白郷稲荷神社。主祭神は、倉稲魂命。昭和6(1931)年、伏見稲荷大社から許可を得て五社稲荷大神の神号を得たそうです。

 白塚の八雲神社Img_4283c創建は不詳。主祭神は、須佐之男命。主祭神の須佐之男命が退治した八岐大蛇をまねた青竹を束ねてつくった「やぶ」をかついで町中を練り歩き、悪病退散を願う「やぶねり」神事が行われます。

Img_4356c Img_4353c_20250923191201  八雲神社の先に「菓子処前田屋」さん。事前の調べでこの「白塚まんじゅう」が名物というのを知り、ぜひとも買って帰りたいと思ったのです。が、普通であれば、火曜定休。お彼岸だからやっているだろうと勝手に決めて出かけたのです。さつまいものあんこ。1個¥135。8個を土産にお買い上げ。

Img_4465c Img_4445c  栗真町屋町に入って、千王神社。創建は不詳ですが、持統天皇の伊勢行幸のとき、田を賜ったという伝説があります。主祭神は、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれひこのみこと=神武天皇)。夏祭りでは、巨大龍が伊勢街道を練り歩く「巨大龍踊り」が披露されます。これで、ゴールまですぐ。

Img_4524c Img_4562c  伊勢街道と巡礼道の追分に到着。11時20分頃です。左の写真は、巡礼道の側から見たところ。右の写真は、南から追分を撮ったもの。向かって右が、今日歩いてきた巡礼道。向かって左が伊勢街道。常夜灯、名残の松、道標などがあります。

Img_4529c_20250923192101  こちらは、道標。南側から撮っています。向かって右面には「右 白塚豊津道」とあります。左面には、「左 上野 白子/神戸 四日市道」とあります。この巡礼道、メインの旧街道ではありませんので、旧街道によくある古い建物や、蔵などはありませんでした。歩き始めのあたりは、細い道で、いかにも古い街道と思わせる雰囲気がありました。途中からは、住宅地によくある道という雰囲気になっていました。

 Img_4598c_20250923192501 Img_4637c このあとは、しばらく街道を歩きます。三重大学の前から国道23号線を経て、江戸橋へ。ここは、昨年度まで非常勤講師に行っていましたし、何度も歩きましたので、勝手知ったるあたり。

Img_4662c Img_4675c  近鉄名古屋線江戸橋駅には、11時45分過ぎに到着。歩き始めから3時間半ほどで到着。12時2分発の名古屋行き急行に乗車し、桑名駅には12時40分に到着。¥830。

250923145013133c  今日のお土産。前田屋菓子店さんの白塚まんじゅう。芋餡で美味しくいただきました。

 Screenshot_20250923125943c今日のGoogle Fitのデータ。歩いたのは、12㎞。歩数は、23,340歩。現地では、巡礼道がマップ上7.2㎞ですが、千里駅から伊勢街道と巡礼道の追分まで750m、栗真町屋町での追分から江戸橋駅までが1.5㎞ほど。あちこち立ち寄りましたので、この距離。この予告編も、明日以降修正する可能性があります。本編は、また明日以降ゆるゆると。

 

 

 

 

2025年7月26日 (土)

20250726四日市あすなろう鉄道内部駅でリュウゼツランを見てくる(一回完結)

Dsc08322c_20250726144101 Dsc08272c  7~8月は、JRさわやかウォーキングも、近鉄ハイキングも、暑いために企画がありません。「勝手にハイキング」も猛暑のため、シーズンオフを決め込んでいます。しかし、四日市あすなろう鉄道内部駅構内でリュウゼツランが咲くという情報(こちら)に接し、これは是非とも見てきたいと思って、今日、行ってきました。実は、4年前にも内部駅ではリュウゼツランが咲いたのですが(リュウゼツラン、数十年に1度の開花 四日市あすなろう鉄道・内部車庫 )、このときには見に行けなかったのです。リュウゼツランは、メキシコなどが原産の植物で、数十年かけて成長して、一度だけ花を咲かせまるのです。2日ほど前の「四日市あすなろう鉄道同好会」のFacebookに「咲き始めた」と載っていましたので、久々に同級生K氏と出かけてきました。

Dsc08551c_20250726144101 Dsc08179c_20250726144101  近鉄桑名駅を9時22分に出る松阪行き急行に乗車。近鉄四日市駅には9時35分着。¥360。四日市あすなろう鉄道四日市駅を10時2分に出る内部行きに乗り換えて、内部駅には10時18分に到着。

Dsc08079c_20250726144101 Dsc08397c_20250726144101  あすなろう鉄道は、ナローゲージの電車で知られています。私は、このナローゲージの電車、好きです。いかにも走っているという感じがしますし、カーブなどでは電車がコケるんじゃないかと思ったりしてスリルがあります。

250726utsube  リュウゼツランは、内部駅の構内にあります。あすなろう鉄道の電車からも見えますが、グルッと一回りして、南側にビューポイントがあります。左の地図で、内部駅を出て、時計回りに一回り、1.2㎞を歩いてきました。

Dsc08228c_20250726144101  Dsc08217c_20250726144101 内部駅の北東にある踏切のところで、「横井井堰(よこいいせき)の開発顕彰碑」を見つけました(こちらに言及があります)。江戸時代、内部川に堰をつくり、小古曽地区の水田を灌水する大工事が行われたのですが、それを顕彰しています。堰は、同じ場所に形を変えて今も存在し、取り込まれた水は台地を穿った水路を通して、現在も、小古曽地区の水田を潤しているそうです。この碑は、大正8(1919)年に建てられています。

Dsc08237c_20250726144101 Dsc08243c  さて、こちらがリュウゼツランです。わざわざこれを見に来ていたのは、われわれのみ。物好きというか、酔狂というか(笑)。暑いのにご苦労なことですと、自分でも思います。

Dsc08252c_20250726144101 Dsc08260c_20250726144101  花は、取り立ててきれいだとか、目立つとか、そういうことはありませんでした。

Dsc08141c_20250726144101  こちらの写真は、電車が内部駅に着く直前に車内から撮ったもの。車内からが、もっとも近くで見えます。

Dsc08545c_20250726150301  内部駅を11時5分に出るあすなろう四日市駅行きに乗車し、四日市駅には11時22分着、¥270。写真は、あすなろう四日市駅にて。鉄道むすめ「追分あすな」のパネルがあります。

 250726113133086c 250726115855528c せっかくだからとランチも。近鉄百貨店四日市店1Fにある「尾鷲しおラーメン モクモクしお学舎」へ。事前にリサーチしておいたのです。「特製尾鷲和風しおつけ麺」(¥1,080)をいただいてきました。麺は、もちもちの太麺。普通の和風のつけだれと、ちょっとピリ辛の和風つけだれの2種類がついてきます。尾鷲特産の甘夏の果汁がついていて、これを麺につけるとおいしいこと。十二分に満足。

250726121153426c 250726140847048c  モクモクしお学舎の前に、ちょうどいい具合に「御座候」の店が……(笑)。土産に赤あんを4つお買い上げ。今時、1つ¥110とは、とてもお得。写真には、3つしか写っていませんが、写真を撮る前に我慢できずに食べた人がいるのです(笑)。

Dsc08108c_20250726144101  このあと、近鉄百貨店の地下1階にある丸善に立ち寄って本を購入。近鉄四日市駅を12時51分に発車する名古屋行き急行に乗って、桑名駅には13時3分着。¥360。写真は、日永駅で撮影。

Screenshot_20250726110859c Screenshot_20250726110908c  最近、四日市あすなろう鉄道にもエキタグが登場しましたので(こちら)、早速、四日市駅と内部駅でゲットしてきました。歴史を踏まえ、なかなかよく考えられたもので、素晴らしい。

Screenshot-2025_07_26-15_10_03c  今日のGoogle Fitのデータ。4.1㎞しか歩いていないことになっていますが、ほかのデータでは5.0㎞でした。歩数は、7,885。今日、桑名では最高気温は、34.7℃でした。

 

2025年6月12日 (木)

20250612勝手にハイキング「津・円光寺で沙羅双樹の花を見る」(一回完結)

250612094934657c  昨日(6月11日)の中日新聞朝刊に「沙羅双樹、はかなき美しさ 津・円光寺で見頃」という記事が載っていました。沙羅双樹の花については、あの平家物語の冒頭にも出てきますし、お釈迦様のご入滅された場所にはこの木が四方を囲んで植えられていたという話もあります。この記事を読んだら、沙羅双樹の花を見たいと思ってしまい、今日、早速出かけてきました。円光寺は、津市河芸町上野にありますが、このあたりは伊勢街道が通っています。ついでに伊勢街道も久しぶりに少し歩くかとも思ったのです。

 250612kawage 昨日のうちに、このコースをつくりました。近鉄名古屋線千里駅から伊勢街道に入り、田中地蔵堂、田中川河川改修竣功記念碑・常夜灯跡、上野公民館(明治天皇御休所址)、最勝寺、上野神社から円光寺へ。さらに、伊勢上野城跡(本城山青少年公園)、枡形・道路改修記念碑、弘法井戸、道路元標跡、満流寺から近鉄名古屋線豊津上野駅まで、3.6㎞のコースです。さらに、今朝、Googleマップを見ていましたら、豊津上野駅の近くに小伝塚という旧跡があるのを見つけ、そこにも立ち寄ってきたという次第。

Img_3165c  桑名駅を8時1分に出る近鉄四日市行きの準急に乗車。この電車、近鉄四日市駅に8時24分に着くのですが、この車両がそのまま8時31分発の白塚行き普通になるのです。通勤時間帯ですから、急行は混んでいますので、多少時間はかかっても、この方が楽チン。千里駅には9時10分に到着。¥680。9時15分にスタート。なお、千里駅から伊勢上野城跡までは、6年前の近鉄ハイキングで歩いています(2019年2月2日:20190202近鉄ハイキング「名所・旧跡めぐり お江の里と海の幸」へ(予告編))。詳しい記事は、その時のものをご覧ください(2019年2月8日:20190202近鉄ハイキング「名所・旧跡めぐり お江の里と海の幸」へ(その1)……千里駅をスタートし、上野神社、円光寺へ、2019年2月11日:20190202近鉄ハイキング「名所・旧跡めぐり お江の里と海の幸」へ(その2)……伊勢上野城跡、光勝寺から八雲神社でお祓いを受ける)。

Img_3174c Img_3186c_20250612143401  国道23号線を越えてじきに田中地蔵堂。民家の間に立っていますが、由緒などは不明。近くを流れる川が田中川であるための名前かという気がします。その先、大蔵橋で田中川を渡ります。渡ったところが、上野宿の北の入り口。橋を渡ったところに「田中川河川改修竣功記念碑(昭和59(1984)年の建立)」。昭和49(1974)年7月25日に豪雨があり、その水害からの復旧工事が終わったことを記念するものです。この脇に小さな説明板には、「常夜燈があり、向かい側には接待所・光明院もあった」と書かれていました。常夜燈は今はありません。

Img_3190c Img_3205c  初めにも書きましたが、今日歩いたところのほとんどは、伊勢街道で、上野宿に当たります。右は、上野公民館ですが、ここは元秋田家住居址であり、明治天皇御休所址です。2回ここでお休みになったそうです。

Img_3234c_20250612143401 Img_3240c  伊勢街道からいったん離れて、真宗高田派の金光山最勝寺。明応4(1493)年の創建とされます。20mほどの高台にあり、お寺からの眺めは良好で、伊勢湾までよく見えます。

Img_3258c Img_3271c_20250612143401  続いて、上野神社。創始年代は不詳ですが、伊勢の国司・北畠氏の祈願社として奉祀されたと伝えられています(建徳2(1371)年という説があります)。主祭神は、誉田別尊。境内社に八幡稲荷神社、さらに神宮・皇居遙拝所もあります。

Img_3439c Img_3305c  9時45分、本日の主たる目的地、萬松山円光寺に到着。臨済宗東福寺派のお寺です。ご本尊は、釈迦牟尼。延文3(1358)年、栗真庄中山(現在の津市栗真中山町)に後光厳天皇の勅願寺として開創されたと伝えられています。徳川秀忠の正室となったお江にゆかりのある寺として有名。竹林などに囲まれた、大変雰囲気のよいお寺です。沙羅双樹と、紅葉で知られています。

Img_3340c Img_3337c_20250612143501  沙羅双樹の木は、現在10本あるそうですが、咲いていたのは、まだ1本だけ。山門を入った、左手にある木でした。沙羅双樹は、フタバガキ科サラノキ属の常緑高木ですが、日本の寺院に聖樹として植わっている木のほとんどは、ナツツバキ(夏椿)だそうです。沙羅双樹は、耐寒性が弱く、育たないので、ナツツバキを沙羅双樹として扱うことが多いそうです(こちら)。

Img_3319c Img_3453c_20250612143501  沙羅双樹は、仏教の三大聖樹の1つで、お釈迦様が入滅された場所には、この木が四方を囲んで植えられていたのですが、入滅された際にこの木が枯れて、鶴の羽根のように白くなったとの伝説から、仏教では聖木とされています。また、朝に咲き、夕方には散ってしまう一日花で、はかなさを象徴しています。「平家物語」の冒頭にも取り上げられ、世の中の無常を表現していることでも有名です。以下に引用しておきますが、高校時代に習って、暗記している方も多いのではないでしょうか。右の写真は、山門を入って少し進んでから振り返ったもの。右手の山門より高い木が沙羅双樹です。

祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必滅の理をあらはす

おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし

Img_3377cImg_3348c_20250612143501 私が行ったとき、ちょうどご住職がいらっしゃり、お寺のことや、沙羅双樹の木のことなど、いろいろと話してくださいました。「桑名から来た」というと、たいそう驚かれ、「新聞に載ると、すごい影響力がありますな」とおっしゃっていました。さらに、ヒメシャラもあると教えていただいたのが、こちら。ヒメシャラ(姫沙羅)はツバキ科ナツツバキ属の落葉高木。ナツツバキに似ていますが、花も葉も小ぶりです。

Img_3355c  和名のヒメシャラは、誤って娑羅樹と伝えられたナツツバキ(別名:シャラノキ)よりも小さいことによるものだそうです。たしかにかわいらしい花でした。今日、私がいる間にも、新聞で見たという方など、数名が沙羅双樹の花を見にいらっしゃいました。毎年来ているという男性もあります。帰り際には、地元の三重テレビが取材に来ていました。

Img_3480c  円光寺から、伊勢上野城跡へ。織田信長の弟、織田信包が津城の仮城として元亀元(1570)年に築城しました。「賤ヶ岳の戦い」の後、お市の方の遺児である茶々・初・江の三姉妹はこの城で過ごしたといわれています。現在は、本城山青少年公園として整備されています。写真は、本丸跡。奥に見える展望台は、天守台跡に建っています。標高30mほどのところにあり、展望台に上るとかなりの眺望が利きます。

Img_3509c Img_3517c_20250612153101  伊勢上野城跡から降りて、再び伊勢街道に入ります。少し北に戻ったところに弘法井戸。弘法井戸は、長さ2mほどで、貯水槽のような形をしています。水面は、手を少し伸ばせば届きそうなところにあり、水深も1mほどの浅い井戸です。昔、上野村を通りかかった旅の高僧(弘法大師)が一軒の農家に立ち寄り、水を所望しました。その家の人が、このあたりは赤水しか出ないので、きれいな水を遠くまで汲みに行き、差し上げたところ、大師は大変喜ばれ、「さぞ日々の飲み水に困っている事でしょう。ここを掘ってみなさい」と錫杖でお指しになったところを掘ると、清水があふれ出たというのです。それを村人が「弘法井戸」と称して大切に使ってきました。弘法大師のお告げにより井戸を掘ったという伝説は全国各地にありますが、弘法大師の時代にはまだ伊勢街道はありませんでした。大師伝説とこの清水を結び付けて弘法井戸と名付けたと思われます。

Img_3505c 弘法井戸の南に枡形・道路改修記念碑があります。上野宿には戦国時代、戦術上3ヶ所の枡形がありました。道幅が狭く、直角に曲がっているため、時々人馬が衝突したので、有志が北角の家を購入し、道路を拡幅したときの記念碑だそうです。確かにここはクランクではなく、カーブが緩やかになっていました。記念碑は風化してしまい、読めません。

Img_3531c  Img_3540cさらに南に行くと、道路元標跡があります。上野村の道路元標があったところ。ここの道路元標は木製で、頂上部は銅板製。現物は損傷が激しいので、津市河芸公民館に保管されています。この道路元標跡があるあたりが、上野宿の中心で、本陣や問屋場があったところだそうです。

Img_3551c_20250612143601  その先に、真宗高田派の満流寺。ネット検索でも、伊勢街道のガイドブックにもこれという情報は載っていません。満流寺を過ぎて、左折し、国道23号線を再び越え、ゴールの豊津上野駅に向かいます。

Img_3577c_20250612143601 Img_3591c  豊津上野駅の北、駐輪場などの一角に小伝塚があります。現地の説明板によれば、伊勢上野城主の分部左京亮の家臣であった中条小伝の墓。禄は150石。慶長5(1600)年、津城の籠城に義父とともに、主君分部光嘉にしたがい、奮戦。その豪胆さに敵もその勇を賞したといわれます。慶長8(1603)年に没し、ここに心月宗光居士として葬られたといいます。

Img_3600c  ゴールの豊津上野駅には、10時45分過ぎに到着。普通しか停車しませんが、四日市行き普通は、10時40分に出たばかり。次は、11時13分の名古屋行き普通。これに乗って、白子駅に11時22分着。11時29分発の名古屋行き急行に乗り換え、桑名には12時3分着。¥760。

Screenshot_20250612122530c  Screenshot_20250612110614c 今日のGoogle Fitのデータ。6.9㎞で、10,519歩でしたから、普段の散歩より少しだけ長く歩いただけ。ただし、標高30mの伊勢上野城跡まで上り下りしましたから、運動量はいつもより多いでしょう。往きに降りた千里駅で、エキタグのデジタルスタンプをゲットしてきました。

2025年5月20日 (火)

20250520勝手にハイキング「離宮院跡を訪ねて」(一回完結)

Img_1601c_20250520154001  暑い日になりました。真夏日という予報もありましたが、桑名では28.5℃にとどまっています。先般放送された「新ブラタモリ」で、タモリさんが斎宮跡を訪ねたのを見て(第五夜▼ついにゴールの神宮へ!斎宮・二見浦)、そういえば「歩いて伊勢参りツアー」をしたときに、見逃したところがあったのを思い出しました。それが、離宮院跡。この近くを伊勢街道が通っていて、街道沿いに看板があったにもかかわらず、「まぁいいか」と通り過ぎたのです(2021年12月15日:20211211「東海道・伊勢街道歩いて伊勢参りツアー」第16回「明野からいよいよ伊勢神宮・外宮へ」(その1)……明野駅をスタートし、宮川を渡り、神領域へ)。この離宮院跡は、あとで触れますが、斎宮の関連施設があったところなのです。やり残した宿題を解消しようという感じで、離宮院跡と官舎神社を訪ね、ついでにへんば屋でへんば餅その他を買おうと思って、出かけてきました。

Img_1492c Img_1510c  離宮院跡と官舎神社の最寄り駅は、JR参宮線宮川駅。桑名から、まずは近鉄で松阪へ。桑名駅発8時40分の五十鈴川行き急行に乗車し、松阪駅には9時47分着。¥1,140。JR松阪駅発10時7分の鳥羽行き普通に乗り換え、宮川駅には10時47分に到着のはずでしたが、快速みえの遅れの影響を受け、8分ほど遅延。¥330。

 Img_1754c 宮川駅から1本道を隔ててすぐ南に森があります。この写真の左端に小さく写っているのが、宮川駅。大きな森が、離宮院跡と官舎神社。

250520hikingmiyagawa  今日歩いてきたルートマップ。現地では、マップ上は3.4㎞となっていますが、離宮院跡と官舎神社で歩き回りましたから、実際にはもっと歩いています。帰りは、近鉄山田線明野駅から電車に乗りますが、この道筋は、「歩いて伊勢参りツアー」でも歩いたルートとほぼ同じ(2021年12月15日:20211211「東海道・伊勢街道歩いて伊勢参りツアー」第16回「明野からいよいよ伊勢神宮・外宮へ」(その1)……明野駅をスタートし、宮川を渡り、神領域へ)。

Img_1623c Img_1618c 離宮院は、斎王(伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女・王女)が、伊勢神宮に奉仕する際に宿泊所としていた施設で、大神宮司の政庁や度会郡の駅家でもありました。元は、山田原沼木郷高河原(現在の伊勢市宮後、月夜見宮のあたり)にありましたが、水害によって、延暦16(797)年8月にこの地(湯田郷宇羽西村、現在の伊勢市小俣町)に移転しています。天長元(824)年に多気の斎宮(現在の斎宮跡)が不便なために、ここ離宮院を斎宮にあてたことがありましたが、承和6(839)年に火災で全焼し、斎宮は多気に戻っています。鎌倉時代以降、斎宮の廃絶によって、離宮院も次第に荒廃しましたた。大正13(1924)年に国の史跡に指定されています。

 Img_1570c 現地には、土塁が残っています。その表示もありますが、土塁ということばからは、もっと高い土の盛り上がりがあるかと思ったのですが、私にとっては必ずしもはっきりしませんでした。

Img_1638c_20250520154001 Img_1630c  敷地はかなり広大で、現在は離宮院公園として整備されています。左の写真は、宮川駅のすぐ南あたりの様子。右は、離宮院跡の説明看板。正門と思われる八脚門や、それに続く垣(塀)や建物の跡が、昭和54(1979)年の発掘調査で見つかっているそうです。ただ、斎宮跡ほどきちんとした調査は行われていないような印象でした。

Img_1538c_20250520153901 Img_1550c  「力藤」と書かれた藤棚がありました。「力藤の伝説」があり、力藤の生存した時代に必ず一人、腕の強力な力士が生まれ、決して負けなかったそうですが、何をいいたいのか、今ひとつよく分かりませんでした。その近くには、梅園があります。

Img_1556c Img_1574c  官舎神社が離宮院跡の西側にあります。このようなところを通って、官舎神社の方へ歩いて行きます。東側からは、裏参道となっているようでした。途中には、皇大神宮遥拝所があります。

Img_1722c Img_1714c_20250520154001  官舎神社は、なかなかよい感じの神社でした。神社の説明板によれば、主祭神は建御雷之男神経津主神天児屋根尊、姫神です。延暦16(797)年8月3日、離宮院が創設されたとき、神宮祭主大中臣朝臣諸魚らが、中臣氏祖神・春日明神を大仏山東麓津島崎から離宮院西方に遷座。平安・鎌倉時代は、延喜式内「官舎神社」と同じ神として、歴代大宮司により氏神祭が行われたといいます。15世紀後半の離宮院廃絶にともない、この社も廃れ、中世末から、近世にかけては社殿もないまま離宮の神として祀られていたそうです。寛文3(1663)年、大宮司中臣精長が、離宮の一角に中臣氏社を再興し、離宮の神と一体のものとして明治に及びました。珍しい社名ですが、大宮司の庁院や斎内親王の離宮の「官舎」に由来すると伝えられています。

 Img_1658c「離宮さん」「旅の宮」「大漁宮」とも呼ばれ、航空・交通安全や、漁業者の方からの信仰も集めているといいます。

Img_1673c Img_1664c_20250520154001  目を引いたのは、狛犬。狛犬には詳しくありませんが、かなりグラマラスです。「足留め」といって、不幸や、悪事、厄災を止めるために「足留祈願紐」を狛犬の足にくくりつけると効果があるそうです。

Img_1705c  社務所の近くには、獅子岩が祀られていました。離宮院が盛んな頃、鬼門を守る災難除けとして、獅子頭に似た奇石を祀ったと思われるそうです。現在は鬼門の位置から社務所の近くに写され、石を撫でると災難除けになるといわれ、信仰を集めています。

Img_1776c Img_1784c_20250520154001  以上で、本日の目的地はほぼコンプリート。もっと見て回るところがあると思ったのですが、ちょっと当てが外れたというのが本当のところ。離宮院跡は、国の史跡ですからもう少し整備し、説明板なども充実して欲しい気がします。宮川駅の方を回って、伊勢街道に出ます。このあたりの伊勢街道は、2回歩きましたが、いずれも桑名方面から来ました。今日は、逆に桑名を向いて行きます。小俣小学校のところに小俣町道路元標(右の写真)。

Img_1806c_20250520154001  2.5㎞の手前に新出の庚申堂と、常夜灯。庚申堂は、安永年間(1772~1781年)の建立で、ここは新出村の南口。悪いものが入ってこないようにということであろうと思います。

Img_1848c  ほぼ3㎞地点にへんばや本店。今日の2つ目のミッションは、ここでへんば餅と、昆布の佃煮を買い、さわ餅を食べてくることでした。餅屋で佃煮?と思われるでしょうが、これがおいしいのです。さわ餅は、松阪から伊勢あたりの名物餅の1つ。残念ながら、工事中で店内に埃が立つことがあるので、店内飲食は取りやめているということで、さわ餅も2個パック1つを買ってきました。

Img_1844c  へんばやの向かいにシイの木が2本。昔は、椎の辻と呼ばれていて、このシイの木に触ると、祟りがあるといわれたそうです。

Img_1861c Img_1872c  3㎞あまりですから、割と早く、12時過ぎにゴールの近鉄山田線明野駅に到着。近鉄松阪駅の駅ナカファミマで「おむすび&焼きそばセット(¥430)」をゲットしておきましたので、待合室で昼食。明野駅発12時25分の普通電車伊勢中川行きで、松阪に12時42分に到着。12時54分発の急行名古屋行きに乗り換えて、桑名駅には14時3分に到着。¥1,370。それにしても、今日の目的地は、伊勢の手前(実際には、伊勢市内)でしたが、これはやはり遠い(笑)。

Screenshot_20250520143450c  今日は、やはり暑かったですね。トータルで7.78㎞を歩き、歩数は11,326。普段の散歩に毛が生えたくらいですが、暑くて、汗をかきましたし、500mlのペットボトルのお茶を飲み干しました。

Img_1875c_20250520154001 Img_1879c  こちらは、土産に買ってきたもの。左の写真で、向かって左にあるのが、さわ餅。四角に切ったのし餅に餡を挟んだシンプルなお餅です。白とよもぎの2種類があり、甘さもひかえめでした。へんば餅や、昆布の佃煮は、上のリンク先にきちんとした画像と説明があります。

250520082827156c_20250522031401  オマケその1。往きに桑名駅で電車を待っていたら、ミジュマルライナーがやって来ました。上之輪新田でミジュマルライナーの写真を撮っていたのですが(2025年4月12日:長良川河口堰、長島町そして上之輪新田へ……念願のミジュマルライナーの写真も撮れました)、間近で見るのは初めて。ちなみに、途中、白塚駅にある白塚車庫にポムポムプリンがペイントされた「三十三銀行ラッピングトレイン」(2025年4月27日:今年もコアジサシはやって来たか?)が留置してありましたが、これは写真は撮れず。

Img_1495c_20250522031401 Img_1498c_20250522031401  オマケその2。松阪駅から乗車した参宮線の電車は、ワンマン運転でした(2枚目の写真)。ワンマン列車への乗降はすでに慣れましたが(2021年10月15日:20211009「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第11回「津・高茶屋~松阪・小津」(その1)……JR高茶屋駅をスタートし、玉造院、明治天皇島貫御小休所跡、円福寺を見て、雲出川を渡って松阪へ、2021年10月20日:20211016「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」(その1)……JR紀勢線・六軒駅を降りて、市場庄の古い町並みへ)、最初は戸惑いました(笑)。これらの写真は、車内のものですが、車外にもドアの開閉ボタンがあります。ランプが点灯している間(つまり、停車中)にこれを押すと、ドアが開閉して、乗降できるのです。宮川駅で下車する際も、先頭車両の運転室のすぐ後のドアを利用するのですが、運転士さんに切符を渡したあと、自分で「開くボタン」を押して電車を降りました。

Img_1506c_20250522031401  こちらは、車内に掲示されている「ワンマン列車の乗降方法」です。ご参考までに(笑)。

2025年5月 3日 (土)

津の町をぶらり

250503101451750c 250503101550834c  昨日とは打って変わって、好天に恵まれました。よく晴れて、津の最高気温は24.3℃。実家暮らしも4日目で、いささか退屈してきたこともあって、津の町へ出てブラブラしてきました。三交バスで岩田橋まで。去年9月以来の津松菱にやってきました(2024年9月9日:「松菱古本市」へ)。あのときも実家で1週間ほど暮らしており、古本市を見に来たのでした。

250503102255497c 250503104142588c  今日は、娘が津松菱には一度も行ったことがないというので、同行。津松菱の店内を地下1階から7階まで探検。津松菱は、津市で唯一の百貨店。今年が創業70年だそうですから、私と同年齢(笑)。それ故、何となく親しみがあります。津松菱で私にとってもっとも印象的なのは、6階に茶室「松南軒」があること。去年9月9日の記事にも書きましたが、創業家が京都から移築したものだそうで、本格的な茶室です。さらに、今日は親子連れ、孫連れで大賑わいしていたのが、「ふれあいどうぶつ大集合&カブトムシ展」でした。開店から間もない時刻に津松菱に入ったのですが、この展覧会に入場するのに大行列が出来ていました。

250503112324748c 250503114125330c  店内を探検し終えてから、私が是非行ってみたかったこちらへ。期間限定で出店されている「銚寿庵」です。銚子電鉄がプロデュースしています。けっこう人気のあるお店で、11時半近くからは、次々とお客さんが入っていました。

250503112916299c  私はこちらをチョイス。ざる蕎麦にミニ天丼がついたセット。¥1,780。店内で、あのぬれ煎餅や、まずい棒などを売っていることもあると口コミサイトにあったのですが、今日はあいにく見当たらず。

250503120304170c  昼食を済ませ、1階にあるデザートカフェ「シューライル」で、コーヒータイム。アイスコーヒーが、¥500。例によって、ドンクのミニワンでミニクロワッサンを買って、次の目的地へ。

250503121713133c  途中、フェニックス通りを横断します。津市なぎさまちから津市中央を結んでいますが、写真のように、中央分離帯にフェニックスが植えられていますので、このように呼ばれています。

250503122121928c 250503145717952c  目的地は、こちら。蜂蜜まん本舗。ここで製造販売されているはちみつまんじゅうを買うため。津の名物饅頭で、焼き立てをいただくと、皮はパリッとしていて、中のこしあんはアツアツで、ほんのり蜂蜜の風味が広がります。地元で愛され、1個70円というのがうれしい。津のソウルフードです。

250503123236011c 250503123021506c  さらに、津観音にもお参りしてきました。私自身は、近鉄ハイキングや、「歩いて伊勢参りツアー」などで何度か来たことがあります。

250503123335089c 250503123409074c  今日訪ねたのは、桐の花を見たいと思ったからです。7年前、「勝手にハイキング」で来たときに見て以来(2018年5月1日:20180423勝手に近鉄ハイキング「名古屋線・津新町駅から松菱、お城公園など」(その2)……乱歩の墓のある浄明院、阿漕平治に関わる上宮寺、西来寺、大門商店街から津観音)。この7年前に初めて桐の花を見たのでした。という次第で、半日、津の町ぶらりを楽しんできました。

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  • 伊藤氏貴: 読む技法 詩から法律まで、論理的に正しく理解する (中公新書)

    伊藤氏貴: 読む技法 詩から法律まで、論理的に正しく理解する (中公新書)
    評判の本のようでしたので、読んでみました。本の帯に「『読めたつもり』が危ない!」とありますが、それはまさにその通り。30歳代半ばから教職にありましたので、それは実感しています。とくに60歳を過ぎてから短大の非常勤講師になってから、学生たちの読解力がアヤシいと思うようになっていました。読解力そのものも低下しているとともに、集中力が続かないことも影響しているように思っていました。きちんと読めて、書き手の意図することを正しく理解できないと、議論も思索も成り立ちません。この本は、解釈学、構造主義、ナラトロジーなどさまざまな読む技法を具体例に則して紹介しています。世の中、コスパ、タイパが重視される時代ですが、敢えて深く、論理的にじっくりと読み、考えることも大切と思います。 (★★★★)

  • 滝口 正哉: 江戸町奉行所 与力・同心の世界 (岩波新書)

    滝口 正哉: 江戸町奉行所 与力・同心の世界 (岩波新書)
    時代小説が好きでよく読みますので、町奉行所の与力や同心がどのように仕事し、いかに暮らしていたかには、とても興味があります。この本の帯には、「時代劇でおなじみ 江戸の町を守る『八丁堀の旦那』、その本当の姿 くらし、仕事、文化活動」とありますので、割と気楽に読めるかと思ったら、学術的に書かれていました。与力・同心の仕事は、治安維持が主なものではなく、もっと幅広い仕事をしていました。さらに、深い教養を身につけ、豊かな人脈に裏打ちされた文化活動を行う人たちもいたということには驚きました。さらに、明治維新以降の新しい時代と格闘しつつ、江戸を語り継いだ彼らの実像が明らかにされています。寝転がって読むのは、ちょっと難しいかなと思います。 (★★★★)

  • 森 章司: 仏教的ものの見方: 仏教の原点を探る

    森 章司: 仏教的ものの見方: 仏教の原点を探る
    仏教のものの見方の基本は「あるがまま」を「あるがまま」に見ることにあるとして、仏教の人間観、仏・菩薩観、世界観、人生観、見方、生き方を体系的に説いています。著者は、仏教学者で、東洋大学名誉教授。専門はインド仏教。元浄土真宗本願寺派僧侶です。大学時代の同級生に真宗本願寺派のお寺の住職を務めていた友人がいます。私が体調を崩していたとき、「仏教の勉強をするとよい」といわれ、それがずっと記憶に残っていました。いろいろ本を読んだり、テレビ番組を見たりしましたが、どうも今ひとつピンときませんでした.そういう中でこの本を知り、ようやく入手して、やっと読み終えました。初めに書きましたように、「あるがまま」を「あるがまま」に見ることは、簡単そうで難しい。 「あるがまま」を「あるがまま」に見ることが知ることだといいます。哲学も見ることだそうです。「小欲知足」が、仏教のもっとも基本的な生活態度であり、これが「戒」を導くといいますし、自己中心的な思いも減り、慈悲につながるそうです。これらが、つまらないことにこだわることもなくなり、行動の根源となる意思も、考えも、言葉も、行為も生活も正しいものとなり、偏見や固定観念、先入観が消え去って、「あるがまま」を「あるがまま」に見ることができるようになると説かれていました。読みやすい本とはいえませんが、ここに書いたエッセンスを頭に置いて読むと、いくらか分かりやすい気がします。私自身、今は分かったような気がしていますが、たびたび思い出して、振り返る必要があります。 (★★★★)

  • 林望: リンボウ先生 老いてのたのしみ (祥伝社新書)

    林望: リンボウ先生 老いてのたのしみ (祥伝社新書)
    リンボウ先生こと林望さんが実践する「令和老人生活要領」を説いた本です。リンボウ先生は、ちょっと変人で、群れない、威張らない、信念は曲げないという人。初めての老い(誰でも、自分にとってはそうですが)に対して、先手先手でいろいろと考え、対策、対応を考え、実行しています。その第一は危機管理。たとえばどこに行くのにも「誤嚥防止ボード」を持って行き、外食の際でもそれを目の前に立てながら食事をするそうです。他人がどう思おうが構わないとか。見ならいたいことはたくさん書かれていますが、ごく普通の老人には「それはちょっとなぁ」と思うことも多いでしょう。「流行には迎合しない」というのが、リンボウ先生のモットーの1つでもあります。老後の趣味の心得などについても触れられていて、参考になることもあるかと思います。 (★★★★)

  • 平凡社: 街道アトラス

    平凡社: 街道アトラス
    旧街道に興味があります。ただし、あまりあちこちの街道を歩いたわけではありません。この本では、東海道と中山道は各宿場も紹介されるなど、詳しく載っていますが、その他の街道はダイジェスト。いわば、旧街道のカタログ本といったところ。現代の道と比べたり、旧街道がどのようにつながっていたかを知るにはよい本です。ただし、この本だけを頼りに旧街道を歩くことは、ほぼ不可能でしょう。 (★★★)

  • 保阪正康: なぜ日本人は間違えたのか―真説・昭和100年と戦後80年―(新潮新書)

    保阪正康: なぜ日本人は間違えたのか―真説・昭和100年と戦後80年―(新潮新書)
    今年は、昭和100年であり、戦後80年でもあるということで、新聞などでも特集記事が掲載されています。太平洋戦争は、日本という国を滅亡の一歩手前まで追い込みました。昭和という時代もそれが終わってから35年以上経ちますから、これからは歴史として語られるようになっていくはずです。この本は、二・二六事件、東京裁判、高度成長、田中角栄、昭和天皇など、時代を大きく変えた8つの事象を取り上げ、当事者たちの感情や思惑排して見つめ直すことを通して、これまでの通説、定説とは異なるそれらの真相を浮かび上がらせようとしています。読後感としては、私なども、何となくそうなのかと思っていたことがひっくり返されたような感じを抱いています。目的と手段を取り違えている、事実や科学的知見から目をそらしている、希望的観測を事実と思い込む、妙な精神論に陥るなど、今も続く認知、思考は、太平洋戦争のときの軍指導者から始まっているのかも知れません。いろいろな意味で「戦後」という概念については、根本的に再検討が必要ですし、日清戦争から太平洋戦争に至る数十年の戦争の時代は、何に由来し、そこから何を学ぶか、よくよく考えてみる必要があると思いました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 保阪正康と昭和史を学ぼう (文春新書)

    保阪 正康: 保阪正康と昭和史を学ぼう (文春新書)
    保阪正康さんは、一貫して近現代史を検証し続け、5,000人もの歴史の証人を取材してきています。この本は、月刊『文藝春秋』に掲載されたものから15編を選んでまとめられています。読み応えがあるのに、分かりやすい内容で、昭和史の証人として瀬島龍三、後藤田正晴などインタビューが、また、昭和の戦争7つの謎として無謀な開戦を決意した理由などが載せられています。その後、あの戦争と昭和史を語ろうということで、半藤一利さんなどとの対談が載っています。最後に、歴史をどう引き継ぐかということで、講演録があります。この講演では、江戸時代まで遡らなければ日本人は理解できない、江戸時代の260年を通じて、戦争をしなかったという事実から教訓、知恵を学ぶ必要があるなど、江戸時代に築かれた財産をもう一度取り戻すことの重要性が語られています。明治維新という、薩長の下級武士の暴力革命を経て、帝国主義国家が作られていく過程で、江戸自在の財産は放棄されたと著者はいいます。知識、技術は学び、取り入れたのに、哲学までには思いが至らなかったため、そうなっています。また、もう一つ、著者が強調するのは、天皇制の捉え方、論じ方です。天皇制は、本質的に戦争を嫌う制度だと著者はとらえています。これは、私には目から鱗の見方でした。さらに、天皇は何らかの形で京都にお住まいになって、政治の中心は東京にあってという江戸時代の知恵をもう一度取り戻すのもよいという提案は、真摯に検討する価値があると思います。 (★★★★★)

  • 芝村 裕吏: 関数電卓がすごい (ハヤカワ新書)

    芝村 裕吏: 関数電卓がすごい (ハヤカワ新書)
    関数電卓は持っていますし、その昔は、プログラム電卓で平均値、標準偏差などの計算をする簡単なプログラムを組んで使っていたこともあります。タイトルに惹かれて買ったのですが、ウ~ン、期待はずれでした。計算例が平方根以外にはほとんどありませんでした。関数電卓を片手に、その使い方や、どのような応用ができるかを知りたいと思ったのですが、そういう内容はあまりなくて残念でした。ただこの本を読んでよかったのは、数学の力と計算力とは別物であることが分かったこと。また、計算については、関数電卓などを駆使すればよいということでした。私自身、数学には自信がないのですが、「エェ!?、そうだったっけ?」と思う内容もありました(つまり、間違っているんじゃないの、と思える内容)。 (★)

  • 今尾 恵介: 地名散歩 地図に隠された歴史をたどる (角川新書)

    今尾 恵介: 地名散歩 地図に隠された歴史をたどる (角川新書)
    地名の由来については興味がありますから、この本を手に取ったのですが、読み始めたものの、すぐに「放置」していました。テーマごとに、それに関連する地名が列挙され、その由来について多少の説明(蘊蓄?)が書かれているのですが、列挙されている(例示されている)地名が煩雑で、読むのが面倒になってしまったのです。「地名マニア」の方であれば、これくらい何のそので読み進めたのでしょうが、私にはちょっと難行でした。2年くらい経って、気を取り直して、少々無理矢理に読み進めました。が、「不思議な名称には物語がある」という、帯の謳い文句には、いささか無理があるかなという気がします。物語というのであれば、個々の地名についてもうすこし物語って欲しい気がするのです。ただし、以上は、極めて個人的な感想です。 (★★)

  • piro piro piccolo: 意外と知らない鳥の生活 (コミックエッセイ)

    piro piro piccolo: 意外と知らない鳥の生活 (コミックエッセイ)
    本の帯に「あなたが毎日スルーしている鳥たちの素顔」「カラスも本当は人が怖い」とあります。ほとんど知っている内容でしたが、このように改めて、まとめてあると、いっそうよく分かりました。野鳥観察を始めたばかりの方、野鳥に興味を持ち始めた方には、最適な参考書の1つと思います。身近にいる鳥ばかりが取り上げられていますが、それだけに身近な鳥の行動や、特徴がよく分かって、野鳥がもっと好きになること請け合いです。タイトル通り、まさに「意外と知らない」です。自分では知っているつもりでも、意外と知らないことは多々ありそうです。 (★★★★★)

  • 五味 洋治: 高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン (文春新書)

    五味 洋治: 高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン (文春新書)
    高容姫という女性を知る人は多くはないかも知れませんが、本のサブタイトルにあるように、金正恩の母となった在日コリアンの女性です。北朝鮮では、日本から帰国した人間の社会的地位は低いため、その存在は公的には明らかにされていませんし、「国母」として崇拝されることもありません。これは、金正恩の弱点でもあり、コンプレックスにもなっているかも知れません。大阪の鶴橋で生まれ育った少女の数奇な運命をたどった、力作です。よくぞここまで取材したものだと思います。高容姫の人生をたどることで、北朝鮮の体制、社会、歴史にまで理解が及びます。ほとんど一気読みをしてしまいました。ちなみに、現在も大阪には、金正恩の伯父を始め、親戚が50名以上も暮らしているといいます。このことは、日朝関係の改善や、拉致問題の解決の手がかりになるのではないかという気がします。 (★★★★★)

  • 本郷 和人: 東大生に教える日本史 (文春新書)

    本郷 和人: 東大生に教える日本史 (文春新書)
    別に「東大生に教える」でなくてもよいのですが、この本の元になったのが、東京大学教養学部の学生たちに「暗記不要、歴史を考えるおもしろさを伝えたい」ということで行った連続講義ですから、そういうタイトルになっています。歴史、とくに高校時代に学んだ歴史は、やはり暗記科目でした。あれから50年以上経った今でも、そこから抜けきっていない気がします。そういう意味では暗記ではなく、時代を動かす原動力は何か、誰が時代を変えていくのかという視点から歴史を見て、考えるのは、新鮮です。史実は変わりませんが、それを材料に、自分の視点から、自分の見方で論理を組み立て、自分なりの歴史像を造ってみることを愉しめばよいという著者の考え方をしっかりと身につけられたらよいなというのが、読後感です。 (★★★★★)

  • 木村幹: 国立大学教授のお仕事 ――とある部局長のホンネ (ちくま新書)

    木村幹: 国立大学教授のお仕事 ――とある部局長のホンネ (ちくま新書)
    未だにこういう本を手にするということは、過去の仕事に未練があるのか、と思われそうです。確かに、健康問題がためとはいえ、定年のはるか前にリタイアせざるを得ませんでしたので、未練がまったくないとはいえません。部局長になったことはありませんでしたが、副学部長に相当する立場や、大学の評議員、セクハラマニュアル作成や、セクハラ実態調査を実施する責任者にはなりました。故に、1つの部局内だけではなく、全学的な立場での仕事も経験しました。ごく小さな研究会の会長をしたこともありますし、いくつかの学会で査読委員も依頼されたこともあります。自慢を書いているのではなく、この本の著者の経験と似たような経験もしてきたということです。世間でもたれている大学の教員のイメージは、著者が書いておられるように、実態に即したものというより、先入観がかなり先行したものと思います。現実には、多岐にわたり、大量の仕事、それも本来の業務である教育研究以外の仕事が占める比率が、年々高まっています。われわれが学生だった頃は、まさに古き良き時代でした。独法化されて以降は、教員受難時代といえるかも知れません。日本人は、大学に限らず、小中校ともに、教員に過剰に期待し、酷使していると私は考えています。専門性を尊重し、それが発揮できるような環境条件を整えてこそ、国も民も栄えるような気がします。大学の教員がどのような人達で、どのように働いているかを理解するには、好著と思います。 (★★★★)

  • デジタルカメラマガジン編集部: デジタルカメラマガジン 2025年5月号[雑誌]

    デジタルカメラマガジン編集部: デジタルカメラマガジン 2025年5月号[雑誌]
    ブロ友さんから教えていただきました。昔は、書店でよく立ち読みしていた雑誌です。2025年5月号の特集は、「野鳥撮影超入門ガイド」。内容はもちろん参考になることがたくさんありますが、載っている野鳥の写真がどれもきれいで、驚くくらい。これを眺めているだけでも楽しめるかも知れません。これで¥1,200なら、安い買い物といえるでしょう。 (★★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 3か月でマスターする 江戸時代 2025年 1月~3月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 3か月でマスターする 江戸時代 2025年 1月~3月 [雑誌] (NHKテキスト)
    NHKのEテレで放送された、同名の番組のテキストです。今年の大河ドラマ「べらぼう」の関連番組ともいえます。放送を見なくとも、このテキストを通読することによって、江戸時代の概要をおさらいし、さらに、学生時代に学んだ知識をアップデートすることができます。とくに私のように、学生時代から50年近く過ぎたものにとって、昔、教科書で学んだことが、今やまったく書き替えられていることもよくあります。図表、写真も多用されていて、とても分かりやすいものです。 (★★★★)

  • 田中 優子: 蔦屋重三郎 江戸を編集した男 (文春新書)

    田中 優子: 蔦屋重三郎 江戸を編集した男 (文春新書)
    今年の大河ドラマの主人公である蔦屋重三郎について書かれた本ですが、読み終えるのに難儀しました(苦笑)。蔦屋重三郎は、数多くの洒落本、黄表紙、狂歌を世に出し、歌麿、写楽を売り出した人物です。江戸最大のプロデューサーというか、編集者というか。大河ドラマの主人公になるくらいなら読んでみるかと思って、気楽に手に取ったものの、専門書ではないかと思えるような内容、記述で読むのに苦労しました。著者の田中優子さんは、法政大学総長も務めた日本近世文学、江戸文化の大家。 (★★★)

  • 岩波 明: 高学歴発達障害 エリートたちの転落と再生 (文春新書)

    岩波 明: 高学歴発達障害 エリートたちの転落と再生 (文春新書)
    高学歴、高機能の発達障害の方たちの人生は、かなり激しいアップダウンを示すことがよくあります。ダウンした、長いつらい時期を過ごさざるを得ない人達であっても、そこから這い上がり、復活して、成功をつかむことが可能な人達も多くいます。その一方で、長きにわたって低迷した状態から抜け出せない人や、失敗、挫折を何度もくり返してしまう人もいます。高学歴、高機能の人達は、理解がよく、必要な情報に容易にアクセスする能力を持っているのですが、この点がマイナスに作用することもあります。知識量が多くて混乱したり、自分の考えに固執して医師と対立関係になったりすることがあるからです。私自身は、発達障害のある人には、自覚と工夫が必要と考えていますが、この本を読み終えた現在も、その考えに大きな間違いはないと思っています。さらに、発達障害の特性があったとしても、広い意味での環境要因を整えることはとても重要です。専門家による専門的な援助はもちろん、学校、職場の環境調整、家族の適切なサポートなどがそれです。「工夫」をする際には、とくに力量のある専門家からの援助は不可欠です。ASDについては、中核的症状に対する、有効な薬剤がない現状では、心理教育や、認知行動療法、SSTが有用です。ADHDの諸症状には、有効な薬剤が複数ありますし、心理教育や、認知行動療法のアプローチも有用でしょう。苦手なことについてがんばろうとしないことや、自分の得意な事が上手く発揮できたり、活かせたりすることを考えることもとても大切です。この本は、当事者の方やご家族、関わりを持つ教師などの皆さんにとても参考になるでしょう。 (★★★★)

  • 外山滋比古: 人生の整理学 読まれる自分史を書く (イースト新書Q)

    外山滋比古: 人生の整理学 読まれる自分史を書く (イースト新書Q)
    著者は、私の出身高校が旧制中学であった時代の大先輩。『思考の整理学』ほか、多数のベストセラーを書いておられます。この本は、ほかの本を探しに書店に行ったときに見つけて、即買い。自分史を書こうとは思っていませんが、これまでの人生を振り返るのに、何か参考になるかも知れないと思って、買ってきました。「サクセスストーリーのほとんどが退屈」「言いたくてむずむずするところは抑える」「『私』をおさえて『間接話法」で書いてみる」「お手本の文章をみつけて、軟度も読む」「内田百閒『戦後日記』のようにさらっと書いてみる」などなど、首肯するところ多々ありました。 (★★★★)

  • 小松 正: なぜヒトは心を病むようになったのか? (文春新書)

    小松 正: なぜヒトは心を病むようになったのか? (文春新書)
    進化心理学とは、ヒトの心のはたらきを「自然淘汰による進化」という考え方によって統一的に説明しようとする分野です。私が現役の頃から発展してきた、新しい心理学の分野です。この本は、ヒトが陥る自己否定的な状態、他人に対する攻撃性、人間同士の対立や分断など、ネガティブな性質がなぜ進化の過程で残ったのかを考察しています。一言でいうと、それは生存や繁殖と深い関係があるというのです。進化心理学から捉えることで、これら、心のダークサイドがよりよく見えてきます。 (★★★★)

  • 林 望: 節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由 (朝日新書)

    林 望: 節約を楽しむ あえて今、現金主義の理由 (朝日新書)
    林望こと、リンボウ先生の本は、昔々、よく読みました。「イギリスはおいしい」などのエッセイは楽しみました。この本のタイトルをネットで見たとき、まさかあのリンボウ先生だとは思ってもみませんでした。リンボウ先生と節約というのが結びつかなかったのです。しかし、読んでみると、まがいもなくあのリンボウ先生の文章でした。ただの節約術の本ではなく、高齢になったときのライフスタイル、生き方について、リンボウ先生の考え方が展開されていました。筋金入りのへそ曲がりにして、頑固者のリンボウ先生らしい生き方です。キーワードを拾っただけでも、その一端が分かります。「銀行は信用してはいけません」「(お金を)知らない人に預ける危険性を考える」「高齢者は見栄を張らない」「冠婚葬祭は義理を欠く」「自然の調整機能に任せる」などなど。私はリンボウ先生ほど変人でも頑固でもないと思っていますが(多少は変人で、融通が利かないという自覚はあります)、なるほどと思ったことは参考にして行きます。 (★★★★)

  • 関裕二: アマテラスの正体(新潮新書)

    関裕二: アマテラスの正体(新潮新書)
    著者の前著『スサノヲの正体』も、興味深く読みました。斬新な着眼点と発想で、思いもかけない結論に至っています。読み物としてはとてもおもしろいという点で、☆を5つとしました。ネタバレになりますから、詳しいことを書くのは控えておきますが、著者は、伊勢神宮に祀られているのは、いわゆる「天照大神」ではなく、別の霊威の強い(祟る)、二柱の神だとしています。祟るが故に、伊勢に放逐されたのだと主張するのです。ただ、著者の肩書きは、歴史作家にして、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェローであり、仏教美術に関心をもち、奈良に通ううち、独学で日本古代史を研究したということですから、現在の歴史学や考古学が明らかにした内容と整合性がとれている主張なのかどうかは、私には判断はできかねます。それ故、「読み物としてはおもしろい」と評価しています。 (★★★★★)

  • 小塩真司: 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学 (ちくま新書)

    小塩真司: 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学 (ちくま新書)
    タイトルに惹かれて読みました。ただし、初めにお断りしておきますが、図表こそないものの、心理学の専門書といっても良いくらいの、分厚い記述になっていますので、馴染みのない方にとっては読みやすいものではありません。「性格が悪い」ことについて、最近研究が進んできた「ダークな性格」を中心にまとめられています。ダークな性格とは、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム、サディズムの4つの特性です。これらの特性とリーダーシップ、社会的成功との関連、身近な人間関係中でのダークな性格、ダークな人物の内面、ダークな性格の遺伝、ダークさとは何かについて、文献を引用しつつ論じられています。その上で、性格の良し悪しは、その内容ではなく、どのような結果に結びつくかで判断されるというのが、著者の結論でした。 (★★★★)

  • 和田 秀樹: 老いるが勝ち! (文春新書)

    和田 秀樹: 老いるが勝ち! (文春新書)
    和田秀樹さんは、もともと高齢者専門の精神科医です。浴風会病院というところで35年間勤務され、6,000人以上の高齢者の方を診てこられました。その臨床経験から、高齢者については、理屈通りに行かないと思うことがたくさんあるといっておられます。タバコをたくさん吸っていても100歳まで生きる人もいれば、検査データはすべて正常なのにガンで亡くなる人もいるのだそうです。医者にいわれて血圧その他に注意していたのに、脳卒中を起こす人もいます。和田さんはこの本で80歳を過ぎたら我慢せず、好きな物を食べ、行きたいように生きることを勧めています。また、医療に関わらない方が長生きできる共書いています。不摂生を勧めておられるわけではありませんが、常識にとらわれず、自由に生きた方が楽しみも見つかってよいのではないかと思います。養老孟司先生流にいえば「なるようになる」のですから。 (★★★★★)

  • 彬子女王: 赤と青のガウン オックスフォード留学記 (PHP文庫)

    彬子女王: 赤と青のガウン オックスフォード留学記 (PHP文庫)
    彬子女王殿下の英国留学記です。彬子女王は、ヒゲの寛仁親王のご長女。殿下は、女性皇族として初めての博士号をオックスフォード大学で取得されました。この留学記は、ネットで話題になっていましたので、ぜひとも読んでみたいと思っていました。今上天皇の「テムズとともに」も読んだことがありますが、皇族の皆様は、どなたも誠実で朗らかで、それでいてユーモア溢れるお人柄をお持ちのようですが、殿下も同様でいらっしゃり、それがよく感じられる文章で楽しく拝読し、爽やかな読後感を持ちました。 (★★★★★)

  • 石井光太: ルポ スマホ育児が子どもを壊す

    石井光太: ルポ スマホ育児が子どもを壊す
    タイトルに惹かれて買ったのですが、帯にあるように「衝撃の現場報告」でした。この本に書かれているエピソードのうち、いくつかはこれまでにもマスコミ報道などで接していましたが、これだけのことがらが一度に示されると圧倒されます。現代の子どもたちは、まさに私たちが知っている(知っていた)子どもではなくなっているといえるようです。たとえば、「2歳児のネット利用率は58.8%」「子守歌はアプリで聞く赤ちゃん」「ヘッドガードの制服化」「教室の『アツ』に怯える小学生」「褒められ中毒はエスカレートする」などなど。スマホが登場して16年でその影響は大ですが、子どもたちの特徴に影響しているのはスマホだけではなく、現代社会や、大人達のありようも大きく影響しているといえます。「『将来の夢は交通整理のバイト』と言う女子高生」などはその例でしょう。私が教えている学生も、「『アツ』がすごい」ということがあり、いったい何だ?と思っていましたが、よく分かりました。すでに若い先生方は、デジタル・ネイティブ世代になっていますし、この本に登場する若者達が社会に出て、その中核を担うのも遠い将来のことではありません。これらの若者は、高い情報処理能力を持ち、周囲に適応する力もあり、コンプライアンス能力も高いのですが、それらを認めた上で、彼らが自立した大人になるために何が必要か見極め、それを提供することが必要とされるのでしょう。その意味では、大人の世代にも彼らを適切に理解し、必要な支援を提供する責任があります。 (★★★★)

  • 養老 孟司, 中川 恵一: 養老先生、再び病院へ行く

    養老 孟司, 中川 恵一: 養老先生、再び病院へ行く
    『養老先生、病院へ行く』の続編です。医療とは距離をとっておられる養老先生が、再診のため1年3ヶ月ぶりに東大病院に行かれました。大病から復活された今だからこそ語ることができる老い、医療、健康、死との付き合い方について、養老先生ご自身と、教え子にして主治医の中川恵一先生がお書きになっています。養老先生のスタイルをそのまままねすることは、凡人には不可能であり、よろしくはありません。しかし、健康についての考え方や、死についてのとらえ方などはとても参考になります。私が啓蒙されたことがらは、「健康法は人の数だけ存在する」「養老先生は抜け道の天才」「不連続な体調の変化に気をつける」「具合が悪いときは一週間様子を見ると医者に行くべきかどうか分かる」「お酒はもはや百薬の長ではないが飲む飲まないは自分で決めてよい」などでした。 (★★★★★)

  • 宮口幸治: 歪んだ幸せを求める人たち―ケーキの切れない非行少年たち3―(新潮新書)

    宮口幸治: 歪んだ幸せを求める人たち―ケーキの切れない非行少年たち3―(新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」シリーズの3冊目です。本の帯には「『幸せを求めて不幸を招く人』の戦慄ロジック」とあります。「みんな幸せになりたい」という動機は万人がもつものでしょう。しかし、幸せの形は人それぞれですし、幸せになりたいと強く願うものの、かえって生きづらさや苦悩を抱える人たちもたくさんいます。著者は、人は幸せになりたいが故に、結果的に他人が不幸になることでもやってしまうといいます。さらに、幸せになりたいのだけれど、そのやり方がよくない」と考える、結果的に他人を不幸にする人たちを理解できるともいいます。著者が長年関わってきた非行少年達にもそれは共通するそうです。歪んだ幸せを求める人たちの背景にある要因として、著者は、怒りの歪み、嫉妬の歪み、自己愛の歪み、所有欲の歪み、判断の歪みの5つの歪みを取り上げ、事例も含めて考察しています。これを読むと、こうした5つの歪みは、ごく普通の人びとも多少とももっているものといえます。最終章では、自分と他者の「ストーリー」という概念を用いて、歪んだ幸せを求める事についてどう向き合えばよいか、提案されています。 (★★★★)

  • 森永 卓郎: 書いてはいけない

    森永 卓郎: 書いてはいけない
    他の本を買いに行った時、書店で平積みになっていましたので、思わず買ってしまいました。メディアのタブーに触れつつ、現在の日本が凋落している要因を3つ指摘しています。サブタイトルは、「日本経済墜落の真相」となっています。3つは、ジャニーズの性加害、財務省のカルト的財政緊縮主義、日本航空123便の墜落事件。この3つについては、関係者は皆知っているものの、触れてはいけない、本当のことをいってはいけないタブーになっているといいます。メディアで触れたら、瞬時にメディアには2度と出られなくなるそうです。ジャニーズ問題は、BBCの報道のためにオープンになってしまいましたが、著者の森永さんは、ご自身が病を得られたこともあって、現状を打破するためにこの本を書かれました。財務省による必要以上の財政緊縮政策と、日航123便の事故のお陰で日本がアメリカに対してどんどん主権を失っていったことが、日本経済の衰退の主たる要因と主張しています。たぶんそれは本当だろうなというのが、私の読後感。 (★★★★)

  • 立木 康介: フロイト『夢判断』 2024年4月 (NHKテキスト)

    立木 康介: フロイト『夢判断』 2024年4月 (NHKテキスト)
    何を今さら勉強しているのか? と思われるかも知れませんが、ちょっと前に流行った言葉でいえば、リスキリングに相当するかも知れません。学生時代に読みましたが、しっかり理解したかといえば、アヤシいのです。学生時代からは50年近い月日が経っていますので、その後の研究成果も含め、新しいことがあるだろうと思ったのです。100分de名著というNHK Eテレの番組のテキストです。講師の立木先生は、パリ第8大学で精神分析の博士号を取得され、京大人文科学研究所の教授。精神分析は「昨日までとは違う自分を手に入れるために行う」とおっしゃっていました。この番組でもっとも印象に残ったのは、あの有名な「エディプス・コンプレックス」よりも、今日、重要なフロイトが提案した概念は、「両性性」であるということでした。これは、いかなる個人も与えられた解剖学的性にしばられないセクシュアリティの自由を持つことをうたうものです。この視点に立てば、同性愛も、トランスジェンダーもいわば当たり前の存在であるということになります。これらを踏まえると120年間に書かれた「夢判断」の内容は、きわめて今日的な意義を持ってくると再認識する必要があります。 (★★★★★)

  • 諸富 祥彦: NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧

    諸富 祥彦: NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧
    フランクルのこの本は、改めて紹介するまでもないほど、有名な本です。私も学生時代、霜山徳爾先生の翻訳で読みましたが、ことばでは書き尽くせないほどの衝撃を受けたことを、いまでもよく覚えています。第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に収監された経験をもとに、精神医学者・フランクルが、人生の目的を明確にし、その実現に向けて没頭する心理療法を紹介する本です。原題を直訳すると「それでも人生に然りと言う:ある心理学者、強制収容所を体験する」となります。実存心理学の名著であり、極限の環境におかれたとしても、何かが、あるいは、誰かがあなたを待っているということを主張しています。絶望して終わるのではなく、人生が何をわれわれに期待しているのかが問題であり、私たちはそれを学ぶことが重要だとしています。何度か読み直すことによって、人生への理解が深まる気がします。 (★★★★★)

  • 松田 忠徳, 増田 晋作: 枕草子の日本三名泉 榊原温泉

    松田 忠徳, 増田 晋作: 枕草子の日本三名泉 榊原温泉
    榊原温泉は、全国的に有名とはいえないかも知れませんが、名湯です。それは、枕草子に「湯は七栗の湯 有馬の湯 玉造の湯」にある、七栗の湯が榊原温泉と考えられるからです。最近、日本三名泉といえば、有馬温泉/兵庫県、草津温泉/群馬県、下呂温泉/岐阜県とされますが、枕草子に取り上げられたのはそれよりも古く、「元祖日本三名泉」といえます。榊原温泉の湯は、肌がきれいになる「美人の湯」というだけでなく、抗酸化作用もある健康の湯でもあります。この本は、日本一の温泉教授・松田先生と、地元を知り尽くした増田さんの共著で、「何もない」といわれていた榊原温泉の魅力を語り尽くしています。ちなみに、私にとっては家内の実家を知る上で格好のガイドブックです。 (★★★★)

  • 文藝春秋: 定年後に読む不滅の名著200選 (文春新書)

    文藝春秋: 定年後に読む不滅の名著200選 (文春新書)
    この本の帯には「これが定年後の知の道しるべ!」とありますが、私自身はさほど大上段に構えたつもりで読んではいません。どのような本が選ばれているかにももちろん興味はあったのですが、それらがどのように紹介されているかといった方面に興味があって読みました。本を紹介している方々はいろいろな分野で功なり、名を挙げた方ばかり。それらの方がどんな本を読み、どのように唱歌していらっしゃるかが知りたかったのです。ちょっと邪道な読み方ではありましたが、しっかりと楽しめました。 (★★★★)

  • 石田泰弘(編著): 街道今昔 佐屋路をゆく (東海の街道2) (爽BOOKS 東海の街道 2)

    石田泰弘(編著): 街道今昔 佐屋路をゆく (東海の街道2) (爽BOOKS 東海の街道 2)
    さほど本格的に取り組んでいるわけではありませんが、昔の街道を歩くのは好きです。この本のテーマである佐屋路(佐屋街道)も歩きたいと思って調べています。佐屋路は、東海道佐屋廻りとも呼ばれたように、東海道の迂回路でした。江戸時代に東海道宮宿と桑名宿の間を、陸路万場宿、佐屋宿の陸路を経て、佐屋から桑名宿への水路三里の渡しによって結んでいた街道です。実際に歩いて書かれたと考えられますが、旅人目線で書かれたウォーキングガイドです。津島街道、高須道も取り上げられています。部分的には歩いたところがありますが、佐屋路はいずれ、歩いてみたいと思い、計画中ですので、とても参考になりました。実際に歩かなくとも、歴史読み物としても楽しめます。 (★★★★★)

  • 柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)

    柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)
    東京都心にたくさんのカワセミが棲んでいるというのは、最近割とよく知られるようになっています。清流の鳥というイメージがあるかも知れませんが、東京の「野生」環境をうまく利用して繁殖もしています。そのカワセミが暮らす街は東京屈指の高級住宅街ばかりだそうです。すなわちカワセミも、人間も好む環境は同じというのです。カワセミが暮らす街は、人間にとってもよい街ということです。カワセミの存在に気付いたことから、「小流域源流」をキーワードに「新しい野生」と「古い野生」の繋がりを論じています。カワセミの生態も詳しく観察されていますので、私も今までよく知らなかったことが多々書かれていて、興味深く読みました。 (★★★★)

  • 内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)

    内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)
    私は、内田樹先生の評論が好きで割とよく読みます。「コモン(common)」とは、形容詞としては「共通の、共同の、公共の、ふつうの、ありふれた」という意味ですし、名詞としては「町や村の共有地、公有地、囲いのない草地や荒れ地」を意味します。昔は、ヨーロッパでも日本でも村落共同体はそういう「共有地」を持っていました。コモンを管理するには「みんなが、いつでも、いつまでも使えるように」という気配りが必要になるのですが、近代になって怒った「囲い込み」によって「コモンの私有化」が起こり、村落共同体が消え、集団的に維持されていた儀礼、祭祀、伝統芸能、生活文化が消えてしまったのです。著者は、このコモンを再生することが市民の原子化、砂粒化、血縁、地域共同体の瓦解、相互扶助システムの不在という索漠たる現状を何とかするために必要と考えています。ちなみに、マルクスとエンゲルスによるコミュニズムは、著者によれば「共同体主義」と訳した方がよく、彼らは「コモンの再生」が必要と提言したといいます。「共産主義」と訳されてしまったがため、なんだかよく分からないことになっているのです。「共有主義」あるいは「共同体主義」と意訳してくれていたら、もろもろが変わっていたかも知れないという話には、膝を打ちました。 (★★★★★)