お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年1月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年1月31日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

酒蔵

2023年12月19日 (火)

20231216「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキング(その3)……大黒屋光太夫漂流記壁画、徳本上人御堂、若松漁港開港記念碑から清水清三郎商店を見て、西運寺、深田神社、弘善寺を経て伊勢若松駅にゴールにて「完」

Kodayu2 Kodayu1  12月16日に行ってきた「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキングの本編その3です。その2では、小川神社、心海寺、大黒屋光太夫記念館、大黒屋光太夫供養碑から開国曙光碑(2代目)を回ってきました。開国曙光碑(2代目)は近鉄千代崎駅に近いところにありますが、その3ではそこから若松に戻り、大黒屋光太夫漂流記壁画を見て、しばらく堤防道路を歩き、徳本上人御堂・若松漁港開港記念碑、清水清三郎商店、西運寺、深田神社、弘善寺と回って、近鉄伊勢若松駅にゴール。

Img_4359c_20231216193001  若松緑地の堤防に「大黒屋光太夫漂流記壁画」が描かれています。200mほどに渡って、10枚の壁画が並んでいます。壁画は、金属板に描かれたもの。

Img_4380c Img_4390c_20231218032701  途中、堤防工事のために少し迂回しましたが、ここからは堤防道路を歩いて北に向かいます。退屈するかと思いましたが、海岸や海の景色を楽しめました。対岸にあるセントレアも遠望できます。

Img_4399c_20231218032701  セグロカモメの姿も数羽、見えます。

Img_4427c_20231216193101  若松漁港の手前に徳本上人御堂と若松漁港開港記念碑が並んでいます。若松漁港は、昭和30(1955)年に漁港指定を受けています。

Img_4431c_20231218033401 Img_4440c_20231218033401  徳本上人は、宝暦8(1758)年、現在の和歌山県日高町志賀に生まれました。数えでわずか2歳の年、姉に抱かれながら、月に向かって「南無仏」と唱えたとか、4歳のころ、仲のよかった隣家の子どもの急死に無常を感じ、常に念仏を唱えるようになったとかの逸話が残っています。天明4(1784)年に出家した後は、草庵に住み、1日1合の豆粉や麦粉を口にするだけで、ひたすら念仏を唱え続けました。また、水行をしたり、藤の蔓につかまって崖をよじ登るなど、他に例のない過酷な修行をしたことも伝えられており、行場跡も多く残っています。寛政6(1794)年ころから始められたといわれる全国行脚は、紀伊・河内・摂津・京都・大和・近江・江戸・相模・下総・信濃・飛騨・越後・越中・加賀など、驚くほど広い範囲に及んでいます。上人の足跡を物語る石碑(名号碑)は、全国各地に千基以上あるといいます。

Img_4452c_20231216193501 Img_4458c_20231218034101  徳本上人御堂の西に清水清三郎商店があります。商店という名前ですが、酒蔵。知る人ぞ知るかも知れませんが、伊勢志摩サミットで供された「(ざく)」の蔵元がここのです。まだ呑んだことはありません。例えばこちらで通販がありますが、それなりのお値段なのです。

Img_4466c_20231218034301 Img_4463c_20231216193901  清水清三郎商店の南西に若松山西運寺。真宗高田派。近鉄のあみま倶楽部のハイキングマップ「潮風満喫鈴鹿コース」によれば、ここはもともと地元の豪農が建立したといいます。もとは目前庵と称し、寛文元(1661)年に現在の寺名に改名しています。

Img_4470c_20231218035601  西運寺の北に深田(ふかた)神社。塩浜街道(県道6号線)沿いに建つ社号標は、大きくて目立ちます。創祀などについては不詳ですが、延喜式内社ですので、1,000年以上前の平安時代にはすでにあったものと考えられます。神社の西のあたりを深田と呼んだのが、社名の起こりであるといわれています。

Img_4478c_20231218035601  天正15(1587)年、慶安2(1649)年、元禄10(1697)年、享保6(1711)年、安永7(1779)年の122枚の棟札があり、式年での造営が行われてきているそうです。現在も20年ごとに社殿の改修、境内整備、40年ごとに本殿の建て替えがおこなれています。訪ねたこの日、鳥居が新しいことが目を引きましたが、今年、本殿、手水舎、鳥居が新築されています。

Img_4490c_20231216194301  明治5(1872)年に村社となり、明治41(1908)年6月村内の無格社17社を合祀しています。主祭神は、豊宇迦能賣命(とようかのめのみこと)。外宮のご祭神である豊受大神の異称です。相殿神は、素盞雄尊(すさのおのみこと)、大山津見命(おおやまつみのみこと)、保食神(うけもちのかみ)、五男三女神(ごなんさんじょしん)、誉田別命(ほむだわけのみこと)、大物主神(おおものぬしのかみ)、菅原道真(すがわらのみちざね)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと)、火産霊命(ほむすびのみこと)、大井神(おおいのかみ)、宇賀之御魂神(うかのみたまのかみ)の12柱。境内社には、酒井神社(大井神/おおいのかみ)、菅原社(菅原道真公)、山神社(大山祇命/おおやまずみのみこと)、浅間社(木花咲耶姫命/このはなさくやひめのみこと)。

Img_4482c_20231216193801  深田神社の鳥居をくぐったところには、先ほど見てきた清水清三郎商店がつくっている「作(ざく)」と「鈴鹿川」の薦樽が並んでいました。

Img_4492c_20231218041601 Img_4498c_20231216194401  最後の立ち寄り先は仏誓山弘善寺。真宗高田派。ここのお寺、ネットでは、特に情報は出て来ませんでしたし、現地にも案内板はありません。すでに来月、高田本山専修寺で行われる「お七夜」(報恩講)のポスターが貼ってありました。

Img_4520c_20231216194501 Img_4532c_20231216194601   伊勢若松駅に戻ってきたのは、12時50分頃。途中で2回ほど休憩していますから、歩いたのは実質3時間余り。この駅周辺には飲食店がありませんので、今日の昼食は、ファミマで仕入れてきた弁当 。「おむすび&焼きそばセット」、¥390。おにぎり2個と焼きそばが少し。食べすぎはよくありません(微苦笑)。駅の待合室を借りて、ランチタイム。13時16分の名古屋行き急行に乗車して、桑名駅着は13時40分。¥530。

Screenshot_20231216140610c  この日のGoogle Fitのデータ。12.1㎞で、21,560歩。自宅から桑名駅までの往復を含みます。マップ上、現地では8㎞ほどでしたが、実際には9㎞あまりを歩いてきたことになります。これにて、今年のウォーキング納め。

2023年11月 3日 (金)

20231103近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”(概要編)

Img_2966c_20231103184401  桑名では夏日にはなりませんでしたが、その寸前の24.9℃。予定通り、近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”に行ってきました。あま市と蟹江町を歩いてきたのですが、愛西市にあるアメダスでは最高気温は25.2℃でした。歩き始めてすぐに「ウィンドブレーカーはいらないな」と思ったくらい。半袖で歩いている若い方もたくさんありました。今日も同級生K氏と二人旅。今回は概要編です。冒頭の写真は、今年7月1日にデビューした特急南紀の新型車両であるHC85系。桑名駅で見ました。

Img_2973c_20231103183601 Img_2977c_20231103183601  近鉄ハイキングですが、桑名からスタート地点の名鉄津島線木田駅に行くには、JRで弥富まで行き、名鉄に乗り換えます。JR桑名駅発8時38分の名古屋行き普通に乗車。弥富には8時45分着。¥200。名古屋行きのJR電車は2番線につきますが、向かい側の3番線が名鉄弥富駅。8時49分発の豊明行き普通に乗り換え。名鉄津島線木田駅には9時10分に到着。¥410。名鉄に乗るのも久しぶりですし、弥富から津島線に乗ったのはたぶん20年ぶり以上。

231103kintetsuhikingkida0  こちらが今日歩いたルートマップ。マップ上、約11㎞。名鉄木田駅をスタートし、あま市七宝焼 アートヴィレッジ、佐藤醸造(あまの蔵・海部のくちどけ)、七宝焼原産地道標、蟹江町観光交流センター「祭人」、龍照院、山田酒造、お漬物若菜とめぐって、近鉄名古屋線蟹江駅がゴール。

Img_3006c_20231103183701  最初の立ち寄り先であるあま市七宝焼きアートヴィレッジ。「尾張七宝」として伝統的工芸品の指定を受け、人々に親しまれてきた「七宝焼」について、見て・触れて・学んで・体験することができる総合施設です。七宝焼き、実は少しだけやったことがあります。最初の勤務先である某国立療養所で、作業療法のような形で患者さんとブローチのようなものを作ったことがある程度で、本格的に取り組んだわけではありません。

Img_3073c_20231103183701  あま市遠島にある八幡神社。創建は不詳。ご祭神は品陀和気尊。天正12(1584)年の蟹江合戦の際に、この地を訪れた滝川一益が、戦勝祈願のために名剣を奉納したと伝えられています。立ち寄り先ではありませんが、寺社仏閣を見つけたら、立ち寄ることにしているのです。表参道から鳥居をくぐったところには、蕃塀がありました。三重県北勢地方では見たことがありません。伊勢神宮、熱田神宮のほか、愛知県尾張地方でよく見る気がします。

Img_3033cc Img_3054c_20231104033901  今日の近鉄ハイキングは、事前にはコースが分かりませんので、何も調べて行かなかったのですが、このあと訪ねた七宝焼原産地道標の説明板の記述によれば、この八幡神社に「七宝焼起源碑」がありました。神社の東側にです。明治20(1887)年、当時の遠島村をはじめ近隣の村々の七宝製造業者の団結の証として建立されています。また、この神社にはラカンマキ(羅漢槙)の大木があります。樹齢300年以上を経ており、昭和30(1955)年に県の天然記念物に指定されています。

Img_3081c_20231103183701  八幡神社のあたりからは、名駅前の高層ビル群がよく見えました。このあたり、土地勘はほとんどありません。東名阪をクルマで走るか、JR関西線、近鉄名古屋線を電車で通るくらいですから。ルートマップを描いて改めて見ると、なるほど割と近いと思い当たったくらいです。

Img_3088c_20231103183701 Img_3095c_20231103183701  次の立ち寄り先は、佐藤醸造。創業明治7(1874)年の七宝味噌・醤油の蔵元。豚汁を振る舞っていただけました。

Img_3126c_20231103183701  今日は、木田駅から近鉄蟹江駅に向かって、ほぼ南下していきます。佐藤醸造の南で七宝焼原産地道標。七宝小学校のすぐ北にあります。尾張七宝は、誕生の直後から海外向けの販売を主にしていたこともあり、明治15(1882)年頃から外国人が遠島およびその周辺の窯元を訪れ、作品を鑑賞、購入する姿が見られたため、同28(1895)年に建立されたこの碑には、当時としては珍しく上部に“Shippoyaki Toshima”のローマ字が刻まれています。窯元に通う外国人のために刻まれた文字ですが、当時の尾張七宝の隆盛を今に伝え残す貴重な石碑です。

Img_3216c_20231103183801  続いてはおなじみ、蟹江町観光交流センター「祭人」。もう何度来たか分からないくらい。今日は、スイーツフェアをしていたのですが、ここに来るまでにある公園で休憩し、甘い物を食べてしまいましたので、何も買わず、何も食べず。

Img_3171c_20231103183801  祭人から蟹江川を東に渡ったところに蟹江山常楽寺龍照院。私はここもすでに何度も訪ねていますが、今日は、近鉄・名鉄ハイキング開催にあたって、国指定重要文化財である「十一面観世音菩薩立像」が特別にご開帳されていました。普段であれば60年に一度しかご開帳はありません。

Img_3179c_20231103183801 Img_3184c_20231103183801  もちろん撮影は許されていませんので、外での様子のみ撮影。ある程度の人数がまとまったら、順番に拝観が許されていました。高さ173cm、桧材、一木造(いちぼくづくり)、漆箔(しっぱく)。昭和8(1933)年の修理の際、胎内空洞の背面に「常楽寺造立新仏十一面観世音  藤原末信 寿永元年壬寅六月十八日」の墨書銘が見つかっています。寿永元年は1182年。愛知県下在銘の仏像中では古いものの一つです。前のパラグラフのリンク先で画像が見られます。

Img_3257c_20231103183801 Img_3254c_20231103183801  そして、今日のメインイベントは、山田酒造。酔泉、最愛の醸造元として有名。すでに何度となく訪ねていますが、弥富、蟹江あたりの酒蔵の中では、もっとも気に入っているところです。無料試飲があり、何度でも可ということでしたが、さすがに右の写真にあるように小ぶりの紙コップに5mm程度ずつ。お金を払うと、純米大吟醸の酔泉や、最愛スパークリングが80ccいただけましたが、それは¥200、¥300でした。

231103121303651c Img_3262c_20231103183801  酔泉の一合瓶を買ってキッチンカースペースでK氏と楽しんで来ました。呑もうと思えばもっと呑めましたが、このあと、ゴールの近鉄蟹江駅までさらに2km以上歩かねばなりませんでしたので、これくらいが適量。出店していたお店の方々は皆さん、フレンドリーで親切でした。結局、これが昼食代わり(苦笑)。

Img_3262c_20231103183801 Img_3311c_20231103183601  ゴールの近鉄蟹江駅には、13時5分頃に到着。今日のコースマップには個別番号が割り振られていて、ゴールで抽選会がありました。山田酒造の最愛スパークリングが当たるということだったのですが、残念ながら2番違いではずれ。私のマップの番号は、#655でしたが、当選番号は、下二桁が13、57、79でした。K氏は#654でやはり当たらず。

Img_3314  蟹江駅を13時10分に出る宇治山田行き急行で帰宅。桑名駅には13時21分に到着、¥360。

Img_3324c_20231103183601  今日の土産は、こちら。試飲した中でもっとも好みのものを購入してきました。「最愛」の純米生酒。720mlで¥1,600。

Screenshot_20231103134417c  今日のGoogle Fitのデータ。歩いた距離は、16.04㎞。歩数は、24,231になっています。たぶん、近鉄ハイキング・JRさわやかウォーキングを通じて、最長の距離を歩いたくらいと思います。これで3週連続で、週末ウォーキングに行っています。本編を書くか、補遺編にするかはまたよく考えて、それは明日以降に。

2023年2月26日 (日)

20230226近鉄ハイキング酒蔵みてある記「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」(一回完結)

Img_0116c_20230226160401  冬の寒さに加えて、桑名では、最大風速7.1m/sという強風の1日でした。天気は良かったので、予定通り、近鉄ハイキング酒蔵みてある記銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」に行ってきました。同級生K氏と二人で、です。

Img_0007c_20230226160501  近鉄桑名駅9時2分発の松阪行き急行に乗車。四日市駅に9時14分着、9時29分発の湯ノ山行き普通に乗り換え。伊勢松本駅には、9時34分着。¥380。われわれが着いたとき、受付には、すでに100人をはるかに超える大行列。去年も来ましたが、その3倍くらいの人が並んでいる感じ。

Img_0017c_20230226160502 Img_0022c_20230226160502  しばらく並んで、コースマップを受け取り、スタートできたのは9時45分を過ぎた頃。もらったコースマップについた番号は、#165でした。去年は#52ですから、やはり3倍以上。コースは、去年と同じ。

6d7149c3_20230226162301  こちらが歩いたコースを描いたもの(去年のものを流用しています)。立ち寄り先は、ほぼ神楽酒造のみ。途中、春の丘、夏の広場を通ります。去年はどちらにも立ち寄りませんでしたが、今年は夏の広場で小休止。この2箇所は、「四郷地区風致地区 ふるさとの道」として整備されています。ただし、夏の広場近くで標高が68メートルあり(キョリ測によるデータ)、アップダウンはかなりキツく、運動量はけっこうなもの(苦笑)。

Img_0027c_20230226160501 Img_0034c_20230226160502  左の写真は、松本街道から右折したときわ4丁目あたりの住宅街。このあたりは、住宅で風もさえぎられ、平坦なところでしたから、歩きやすい。右の写真は、鹿化川沿いを歩いているところ。去年は、ダイサギやカワセミを見たのですが、今年は、ムクドリとハクセキレイくらいしかいませんでした。

Img_0045c_20230226160501 Img_0049c_20230226160501  吉田橋で左折し、橋を渡るとだんだんと上り坂になります。この写真は、某老人ホームの手前あたり。登り道になっているのがお分かりかと思いますが、この先で右折して、春の丘、夏の広場に向かうところは、さらにキツくなります。同級生K氏いわく、「采女の杖衝坂に負けないな」と。確かに。

Img_0068c_20230226160501 Img_0069c_20230226160501  坂登りの途中は、余り写真を撮る余裕もありませんが、こんな竹林の中も通っていきました。右は、夏の広場。まさに広場になっています。写真にある小高いところからは、木々の間から伊勢湾などが眺められるようでした。ここで水分補給などのため、小休止。ここに着いたのが10時半少し前。ここからは神楽酒造はさほど遠くはありません。

Img_0085c_20230226160501 Img_0091c_20230226160501  ただし、このような竹林の中の急な坂を下っていかねばなりません。去年も書きましたが、高齢者には足元に十分注意しないと危ないところ。10分もかからず、右の写真のように眺望が開けたところに来ます。神楽酒造の裏手、四日市市室山町に来ました。かつて住んでいた笹川団地の方がよくみえるところ。

Img_0101c_20230226160501 Img_0105c_20230226160401  道を回り込んで神楽酒造に行こうとしたら、手前の交差点の手前から(日本語がヘン)行列。受け付けや、抽選のためにならんでいるようでした。今日は、最初の受付から大行列。並ぶようになっている日のようです(苦笑)。角を曲がってもまだ右の写真のように、行列は続いています。

Img_0109c_20230226160501 Img_0113c_20230226160401  ここまで来るのに10分以上、並んだというか、待機したというか(苦笑)。それなのに、抽選会では、はずれ。かすりもしませんでした。コースマップの番号で抽選なのです。来るときの電車で、K氏が「今度も当たらないだろうなぁ」といったからかも(苦笑)。

Img_0123 Img_0130c_20230226160401  試飲も行列。今回は、濁り酒をチョイス。写真は、飲む前なのにピンボケになりました(ご愛敬)。酒粕の感じがするというとヘンな表現ですが、そんな感じ。試飲のあとは、即売会場へ。ところが、ここでも10分以上行列。普段なら並んで何かを食べたり、買ったりすることなどあり得ませんが、酒蔵は例外。いつもと同じく、「神楽 特別純米生酒」(720ml入り、¥1,320)を買ってきました。あわせて300ml入りの「神楽」を1本買って、K氏とシェアして、ささやかな宴会をしてきました。「火入 本醸造」のもの。これもおいしいお酒でした。

4c7145f4  小宴会をして、満足。ゴールの四日市あすなろう鉄道西日野駅に向かいます。もう立ち寄るところはありません。途中、左手に四郷郷土資料館が見えます。私は、5年あまり前のJRさわやかウォーキングで来たことがありますが、今は耐震工事で入れません(2017年12月19日:雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その3、完))。写真は、このときのもの。四日市の四郷地区は、見どころがたくさんありますから、改めて歩きに来てもいいかも知れません。

Img_0152c_20230226160401Img_0160c  西日野駅には、11時27分に到着。次の四日市行きは11時半で、すでにホームに電車が待っています。四日市あすなろう鉄道もいわゆるナローゲージで、小さい電車です。1年半あまり前からICカードが使えるようになり、便利になりました。四日市駅には11時39分着。¥270。

Img_0171c_20230226160401Dsc_0535c  食事をしようと、以前も来た近鉄四日市駅南改札口の外にあるうどん・そばの「四日市庵」を探したら、去年3月末で閉店していました(こちら)。ちょっとウロウロしたのですが、北口の外にあるふれあいモールへ。ここに餃子の王将四日市ふれあいモール店があります。「餃子の王将ラーメン」(¥572)をいただいてきました。

Screenshot_20230226135900c Img_0182c_20230226160401  近鉄四日市駅を13時28分に出る名古屋行き急行で帰宅。桑名には、13時40分着。¥300。今日歩いた距離と歩数は、左の画像の通り。Google Fitのデータですが、歩いたのは7.9㎞、歩数は、14,281歩。去年よりどちらもやや多めでした。右の写真は、今日の土産。「神楽 特別純米生酒」(720ml入り、¥1,320)。今日の晩酌(微笑)。

2023年2月12日 (日)

20230212近鉄ハイキング酒蔵みてある記「水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」へ(一回完結)

20230212c  今日は、今シーズン2回目の「近鉄ハイキング酒蔵みてある記」へ。近鉄蟹江駅をスタート&ゴールとする「水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」という企画です。近鉄の「酒蔵みてある記」は人気企画でしたが、コロナ禍でハイキングそのものの企画がほとんどなくなっていました。昨シーズンは、「酒蔵立ち寄りハイキング」として少し復活し、今シーズンはさらに本格的に戻ってきました。昨年12月10日に弥富の青木酒造へ行きましたが(2022年12月10日:20221210近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗』を訪ねて(酒蔵みてある記)」(1回完結))、それに続いて2回目の参加。この時は一人で参加しましたが、今日は、いつもの同級生K氏と二人で。桑名での最高気温は15.9℃。曇りがちでしたが、暑いくらいでした。今回の記事は、一回完結です。

Img_9642c_20230212153601  近鉄桑名駅発9時4分の名古屋行き急行に乗車。近鉄蟹江駅には、9時15分着、¥300。受付は9時半開始なのですが、われわれが着いたときにはすでに70人くらいが並んで待っていました。駅前の歩道は狭く、受付開始頃には、2列縦隊で待つことになりました。

Kanie0  こちらが実際に歩いたルートマップ。配られたコースマップでは、約8㎞となっていましたが、立ち寄り先で歩いた、細かいところを除けば、「キョリ測」では7.7㎞でした。蟹江では、JRさわやかウォーキングもよく開催されますので、過去に5回も来ていますから、初めて訪ねるところはありません。今日の目的地の山田酒造も、5年前に訪れています(2018年3月4日:今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))。

Img_9659c_20230212153601  近鉄蟹江駅を9時半にスタートし、西に向かいます。細い道沿いの昔ながらの商店街を抜けていくのですが、たぶん昔の駅前商店街だろうと思います。

Img_9668c_20230212153601 Img_9683c_20230212153601  スタートから15分ほどで銭洗尾張弁財天富吉神社。私自身は、4回目の訪問。尾張で唯一の銭洗弁財天です。室町時代、永享年間、北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を洗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられています。100円玉4個を洗ってきました。同級生K氏が、「今までお金を洗って、金持ちになったか?」と聞きます。「小銭しか洗っていないので、大金持ちにはなっていない。せいぜい小金持ちだ」と返すと、そばにいた女性まで大笑い。洗ったお金は、大切にしまっておくのではなく、使わないといけないそうです。

Img_9690c_20230212153501 Sweetsmarchec  記念橋で蟹江川を渡ります。去年11月にも訪ねた甘強酒造が北の方に見えます。今日は、あとで訪ねる観光交流センター祭人でマルシェが開催され、ここの「純米吟醸 大寒仕込み 朝しぼり」という、今朝絞ったばかりの生原酒の販売もあるのですが、酒ばかり買って帰ると叱られそうです(微苦笑)。

Img_9698c_20230212153501 Img_9702c_20230212153501  1㎞を過ぎて、源氏島公園の近くで右折し、北へ向かいます。このあたりも昨年11月のJRさわやかウォーキングで歩いていますが(2022年11月5日:20221105JRさわやかウォーキング「地酒と文化に触れる蟹江町散策」(一回完結))、「大相撲ストリート」があります。二子山部屋・高砂部屋の力士16名の足型が路上に設置されていますが、今回は、道路の反対側を通過。その先に「足湯かにえの郷」があります。これも見ただけ。

Img_9705c_20230212153501 Img_9719c_20230212153601  学戸公園を回って、町役場の近くにある「蟹江町まちなか交流センター楽人」へ。一通り見て回り、コースに戻って北上。JR関西線を超え、須西小学校のところで、水分補給と小休止。途中、タイミング良く公園などがありませんので、道路脇のスペースにて。

Img_9723c_20230212153501  天王橋のところに「蟹江町観光交流センター祭人」。ここもよく立ち寄りスポットになります。上記のように、ここでスイーツマルシェが行われ、「純米吟醸 大寒仕込み 朝しぼり」を売っていたのですが、購入は泣く泣く断念。スイーツも、買わず。

Img_9727c_20230212153501 Img_9747c_20230212153501  2階に「須成祭」の展示がありますので、それを見てきました。須成祭は、このすぐ近くにある冨吉建速神社(とみよしたけはやじんじゃ)・八剱社(はっけんしゃ)両社の祭礼。津島の天王祭と同じく、まきわら舟が出るのです。こういうお祭りは見たことがありませんので、1回は見てみたいものです。

Img_9770c_20230212153501  天王橋を渡ったところに、その冨吉建速神社・八剱社と蟹江山常楽寺龍照院がありますが、ここも昨年11月のJRさわやかウォーキングで来ましたので、パス。

Img_9774c Img_9778c_20230212153501  蟹江川を下って、いよいよ今日のメイン・イベントである山田酒造へ。ところが、行列(笑)。たぶん試飲の行列だろうとおとなしく並びます。

Img_9795c_20230212153501  途中で試飲用のカップを配ってもらい、その際、「何倍でも、何種類でもどうぞ」と。太っ腹。2種類試飲した上で、「もうちょっとほしいよなぁ。せっかくだから」ということで、有料の「大吟醸 酔泉」の試飲をしてきました(左の写真)。さすがに有料(¥300)だけあってコップにいっぱいついでもらえました。無料試飲は、もう少し小さめのカップでしたが、そちらも2種類(計2杯)いただいてきました(微笑)。試飲は大賑わいでした。

Img_9803c_20230212153501 Img_9801c_20230212153501  例によって、土産を買うべく、直売所へ。ここも賑わっていました。右の写真にある「本醸造酔泉 しぼりたて生原酒」(720ml)を買ってきました。税込みで¥1,100。「敷地内飲食禁止」で、小宴会はできないかと思っていたのですが、山田酒造さんの東の空き地にキッチンカーンも来て、飲食できるスペースがありました。が、試飲を3杯飲んだので、今回は断念。

Img_9815c_20230212153501 Img_9808c_20230212153501  山田酒造の隣に真宗大谷派の江閣山善教寺がありますので、ちょっと立ち寄ってきました。敷地も広く、立派なお寺ですが、由緒書などはありません。ネット検索では、これという情報はありません。これで、立ち寄り先はコンプリート。蟹江川に沿って南下、県道29号線に出て左折し、東へ。消防署のあるところで右折し、近鉄蟹江駅方面へ。

Img_9827c_20230212153501  近鉄蟹江駅には、12時20分過ぎに到着。3時間弱で、キョリ測では7.7㎞を歩いてきました。立ち寄り先が少ない(パスしたところも多々あります)ので、比較的早くゴールインできました。

 Img_9833c_20230212153501 Img_9830c_20230212153501 今日は、蟹江駅で抽選会があるということでしたので、ちょっと楽しみにしてきました。コースマップに付された番号が抽選番号。私は、「71」。しかしながら、「清酒720ml」のところには、私も、同級生K氏も番号はなし。近かったのは「77」。「しまかぜふぁいる」「ひのとりものさし」もはずれ(苦笑)。

Img_9838c_20230212153401  ガックリしつつ、昼ご飯を食べられるところを探したものの、駅のすぐ近くにはありません(居酒屋は、それなりにあるのですが、ランチ営業はしていないのです)。最近、やむなく桑名まで戻って食べることに。桑名駅の周りも同じような状況なのですが…。12時37分発の四日市行き準急に乗車。桑名駅には12時53分に到着。¥300。

Img_9852c_20230212153401 Dsc_7036c  前回の美濃街道ウォーキングのときと同じく、桑名一番街にあるエンシュウヤで、日替わりランチ。¥750。今日は、味噌カツ。ここは人気の店のようで、大賑わいです。われわれも気に入りました。

Screenshot_20230212135810c Img_9869c  14時前に帰宅。Google Fitで見ると、13㎞あまりを歩いたことになっています。歩数は、18,879歩(こちらは妥当な数値だろうと思います)。土産の純米生原酒は、今日の晩酌(微笑)。来週は、伊勢朝日駅から川越の早川酒造部へ行く「銘酒早川酒造部をたずねて」がありますから、それにも行こうと思っています。同級生K氏とは、再来週の伊勢松本駅から神楽酒造を訪ねる企画(銘酒「神楽」神楽酒造をたずねて)に行く約束をしています。

2023年1月 8日 (日)

2022年ウォーキング/ハイキングのまとめ

 2022(令和4)年も新型コロナウィルス感染症はまだ治まらず、JRさわやかウォーキングや近鉄ハイキングの企画は、コロナ禍以前ほどたくさんはありませんでした。そこで、2021年同様、「勝手にハイキング」も行いつつ、JR、近鉄のウォーキング/ハイキングにも参加するということで計17回のウォーキングに出かけました。以下、時系列に沿ってそのまとめをしています。リンクは、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」の記事に貼ってあります。

1.2022年1月10日:高田本山お七夜

2022年1月10日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(予告編)

2022年1月11日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(その1)……専修寺でまずはお庭を拝見し、太鼓門、御影堂、如来堂、通天橋へ

2022年1月12日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(その2)……専修寺で御廟、御廟拝堂、納骨堂、外へ出て窪田の常夜燈、一身田寺内町の館、一御田神社からランチ

2022年1月13日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(その3)……専修寺を出て、聖俗の結界を抜け、仲之町商店街から橋向通を経て、臼井織布さんを見てゴールの伊勢鉄道・東一身田駅

89e63e82 D4041c75  真宗高田派の本山である専修寺は、私の好きなお寺です。その周囲は一身田寺内町を形成していて、なかなか良い感じの街になっています。さらに、専修寺のお七夜(大谷派でいう報恩講。親鸞上人のご命日の法要)もたびたび出かけるほど気に入っています。一度、庭園を拝観したいと思っていたら、この年のお七夜では、一身田寺内町の館のほっとガイド会の方が雲幽園(うんゆうえん)と茶室である安楽庵を案内してくださるということで、ぜひ見たいと思って出かけたのです。同級生K氏と2人旅。近鉄高田本山駅から高田本山へ。専修寺境内を周り、少し足を伸ばして、窪田の常夜燈、一身田寺内町の館、一御田神社、高田会館にある和彩あかりで昼食、土産を買って、釘貫門から中之町商店街を経て、道標1基を見て、黒門跡から伊勢別街道へ。伊勢木綿の臼井織布の建物を見て、伊勢鉄道・東一身田駅にゴール。歩いたのは9.6㎞。電車賃が計¥1,560、昼食は高田会館和彩あかりで「まぐろとろろ丼」(¥1,300)、土産は「高田山サブレ(定価¥850のところ、賞味期限が近いということで35%ディスカウントで¥595)」と、昔ながらのお七夜土産である「桜おこし」。岡田屋さんで¥800。

2.2022年2月5日:東海道ウォーキング「日永の追分~加佐登(かさど)」

2022年2月5日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(予告編)

2022年2月9日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その1)……四日市あすなろう鉄道・追分駅から、三寺めぐりを済ませ、内部川へ

2022年2月10日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その2)……杖衝坂で日本武尊や芭蕉に思いを馳せ、采女一里塚跡から鈴鹿に入り、自由が丘でランチ

2022年2月11日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その3)……石薬師宿に入り、北町地蔵堂、小澤本陣跡、佐佐木信綱記念館へ

2022年2月12日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その4)……浄福寺、石薬師寺、蒲冠者範頼之社、蒲桜を見て石薬師一里塚跡からゴールの関西線加佐登駅へ(完)

04b27b42_20230107172201 C2aaf39f  2021年は、同級生K氏と17回に分けて桑名・七里の渡し跡から伊勢神宮・内宮まで歩いて参拝しました(2022年1月5日:2021年「東海道・伊勢街道歩いて伊勢参りツアー」のまとめ)。「今年はどうしようか?」と考えた結果が、まずは、四日市の日永の追分から関宿あたりまで東海道を歩こうということでした。私自身、この区間は、部分的には歩いていますが、通して歩いたことがありませんでした。この東海道ウォーキングも、同級生K氏と二人旅。初回のこのときは、四日市・日永の追分から杖衝坂を上り、石薬師宿を通って、庄野宿の手前の鈴鹿・加佐登まで東海道を歩いて来ました。歩いたのは、12.6㎞。電車賃は計¥1,080、昼食は自由が丘のレストランミヤコで日替わりランチ(¥990)。このあたり、実は、大学院を修了して就職した病院からほど近いところで、懐かしいところ。レストランミヤコのランチも何度も食べました。近くのレストランスオーや、来来憲(とんてきで有名)にも来ていました。いわば、ちょっとしたセンチメンタルジャーニー(微笑)。

3.2022年2月17日:四日市市立博物館「昭和のくらし 昭和のおもちゃ」展

2022年2月17日:20220217勝手にハイキング「四日市博物館で”昭和のくらし 昭和のおもちゃ”展を見て、鵜の森公園」へ

4f9001fc  四日市市立博物館で「昭和のくらし 昭和のおもちゃ」展が開かれていましたので、それを見たついでに鵜の森公園に行ってきました。四日市市立博物館では、毎年、新年に「昭和の暮らし」などを巡る展覧会が開かれますので、私はここ数年、毎年見ています。小学生向けの学習支援展示ですが、昭和生まれの私にとっては懐かしいものが見られるのです。展覧会を見たあと、鵜の森公園へ。ここは浜田城跡で、現在は、泗水庵という茶室と鵜の森神社があります。同級生K氏と出かけてきました。歩いたのは、5.6㎞。電車賃は計600円。昼食は、寒かったので、諏訪の商店街にある東京荻窪ラーメン・えびすや四日市店で、「おぎくぼラーメン」(¥795)。四日市近鉄百貨店に立ち寄って、土産に出張販売に出ていた木村屋の「季節のあんぱん」5種類の詰め合わせ(¥1,182)。

4.2022年2月27日:近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「神楽酒造(神楽)」

2022年2月27日:20220227近鉄ハイキング「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」へ(完)……ほぼ2年ぶりの近鉄ハイキングに参加、オマケはKINGの自販機の話

6d7149c3 C0599c6b  ほぼ2年ぶりに近鉄ハイキングに参加してきました。この前に行ったのは、新型コロナウィルス感染症が蔓延し始めたころ出かけた「酒蔵みてある記」でした(2020年2月9日:20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完))。「酒蔵みてある記」は人気があり、再開希望がたくさん寄せられたようで、2022年、「酒蔵立ち寄りハイキング」として復活しました。神楽酒造は、四日市市室山町にあります。近鉄湯の山線・伊勢松本駅から、春の丘、夏の広場を経て神楽酒造に立ち寄り、四日市あすなろう鉄道・西日野駅がゴール。歩いたのは7.4㎞。電車賃は計¥950。試飲を1杯、土産は「神楽」という特別純米生酒の4合瓶1本(¥1,320)。昼食は、自宅にて。

5.2022年3月5日:近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「丸彦酒造(三重の寒梅)」

2022年3月5日:20220305近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「銘酒『三重の寒梅』丸彦酒造をたずねて」へ(1回完結)

107c9837 726e5edf  丸彦酒造さんの「三重の寒梅」はなかなかの銘酒と思います。四日市市川島町にある酒蔵です。同級生K氏と2人旅。伊勢松本駅から南へ。松井神社を経て(このあと鹿化川沿いに出るまで、境内で寄り道をし、少しコースを外れています)、鹿化川沿いを歩いて、上布田遺跡の説明板、鹿化川千本桜並木を歩いて、丸彦酒造さんへ。その後、コースマップでは伊勢川島駅へ向かうのですが、「もうちょっと歩いても良いな」ということになり、西福寺、伊勢三郎首塚、河島御厨神明神社まで足を伸ばしてきました。丸彦酒造さんで、1杯¥100の有料試飲を2杯。内緒ですが、小宴会(微笑)。歩いたのは、8.8㎞。電車賃は計¥910。直売所では、「三重の寒梅 初しぼり」(¥1,400)と、ワンカップ(¥300)を購入。昼食は、近鉄四日市駅で途中下車して、駅ナカにあるうどん・そばの「四日市庵」で天ぷらきしめん(¥380)。

5.2022年3月19日:東海道ウォーキング「加佐登~井田川」

2022年3月19日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(予告編)

2022年3月22日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(その1)……加佐登駅から庄野宿へ

2022年3月23日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(その2)……汲川原から西冨田の福萬寺へ

2022年3月24日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(その3)……西富田町から井田川駅にゴール(完)

05ea0822 E916bc31  2月5日の東海道ウォーキングの続きとして、鈴鹿市加佐登町から亀山市井田川町まで。JR関西線・加佐登駅から庄野宿に入ります。善照寺、庄野宿資料館、妙法寺、集会所・本陣跡、常楽寺、川俣神社でスダジイの大木(ちなみに、川俣神社という名前の神社が、このあたりには4社あります)、平野道道標、いぼとり地蔵、真福寺、神戸藩領界石・女人堤防碑、川俣神社・中冨田一里塚跡碑、清光寺、常念寺、福萬寺、道標(ひろせ道)、川俣神社・無上冷水井戸跡、弘法井戸、川俣神社、和泉公民館で地蔵尊、道標(のゝぼり道)、地蔵尊、明治天皇御小休所碑・観音堂跡、地福寺と実にたくさん見て回って、JR関西線・井田川駅がゴール。歩いたのは10.1㎞。電車賃は計¥1,100。昼食は、国道1号線沿いの「すき家1国亀山店」で、「クリーミーオニサラ牛丼」にお新香セットをつけて、計¥700。
 このときは、途中の庄野町集会所にいらした女性から「お茶でもどうですか?」と呼び込まれ、温かい梅昆布茶を頂き、いろいろと話を伺っていたら、「庄野 寄っといで音頭」をつくったといって、生歌を聴かせていただき、さらにそれを収録したCDまで頂戴してきました。炭坑節の替え歌でした。

6.2022年4月23日:東海道ウォーキング「井田川~亀山」

2022年4月23日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(予告編)

2022年4月25日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(その1)……井田川駅を降りて、和田一里塚跡へ

2022年4月26日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(その2)……能褒野神社二の鳥居・露心庵跡から姫垣外苑まで

2022年4月27日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(その3)……亀山城址にて多門櫓、明治天皇行在所旧蹟、亀山演武場などを見て、亀山駅にゴール(完)

066e6f35  「東海道ウォーク」の3回目。JR関西線・井田川駅から西信寺、正福寺、谷口法悦供養塔、幸福寺、福禅寺、石上寺、和田一里塚、巡検道との追分、亀山宿の江戸門口跡、福泉寺、法因寺、弘法院、樋口本陣跡、高札場跡、大手門跡、亀山城跡、亀山神社、石井兄弟亀山敵討石碑からJR関西線亀山駅がゴール。亀山駅前では、リニア開通を見越して、駅前の整備とともに、マンションの建設などが行われていました。歩いたのは、10.2㎞。電車賃は計¥1,270。昼食は、亀山駅前で食べるところがなかなか見つからず、ウロウロしましたが、結局、駅前にあった「瑞宝軒」という和菓子屋さんがやっているカフェで。最初は、和菓子屋さんだから昼ご飯はないなと思って、いったん通り過ぎたものの、ほかに飲食店はなく、戻って来て「食事ができますか?」と聞いたら、ランチがありましたので、それをチョイス。コーヒー付きで¥1,100。サワラのフライとハンバーグ。

7.2022年5月7日:東海道ウォーキング「亀山~関」

2022年5月7日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(超予告編)

2022年5月11日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その1)……亀山駅をスタートし、武家屋敷などを見て、京口門跡あたりまで

2022年5月12日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その2)……野村から太岡寺畷へ

2022年5月13日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その3)……いよいよ念願の関宿へ

2022年5月14日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その4)……念願の関宿はおもしろい(完)

602d8e55 3de10ec1  関宿は、江戸時代の町並みがよく保存されていますので、ずっと以前から一度は訪ねてみたいと思っていた、念願の地です。JR関西線・亀山駅から、加藤家屋敷、西之丸庭園、青木門跡、飯沼慾斎生家跡と道標2基、旧舘家住宅、善導寺、西之丸堀跡、京口門跡、梅厳寺、照光寺、旧佐野家住宅、光明寺、慈恩寺から野村の一里塚、亀山藩大庄屋打田権四郎昌克旧宅跡、毘沙門天、布気神舘大神社、昼寝観音、清福寺、太岡寺畷と回って、いよいよ関宿へ。関宿では、関の小萬の碑、関宿東の追分(伊勢別街道との追分)、長谷屋資料館、宝林寺、御馳走場跡、関の山車会館、延命寺、関まちなみ資料館、百六里庭(ひゃくろくりてい)・眺関亭(ちょうかんてい)、関宿旅籠玉屋歴史資料館、深川屋(銘菓関の戸を製造販売)、高札場跡、福蔵寺、地蔵院と回って、道の駅・関宿で昼食を摂って、JR関西線・関駅にゴール。歩いたのは、11.7㎞。電車賃は計¥1,450。昼食は、道の駅・関宿にある「定食屋みくら」で「冷やし海老おろしうどん」(¥840)。土産は、深川屋関の戸。和三盆と抹茶の6個ずつの詰め合わせ(¥1,118)。ちなみに、深川屋さんは創業約380年で、「忍びの隠れ蓑」だそうです。「関の戸」は、忍者の末裔・服部伊予保重が考案した餅菓子です。

8.2022年5月22日:JRさわやかウォーキング・近鉄ハイキング合同企画「四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ」

2022年5月22日:20220522JRさわやかウォーキング・近鉄ハイキング共同企画「四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ第2弾!!」(完)

2de6d852 41b22aed  この日は、JRさわやかウォーキング・近鉄ハイキングの共同企画である「四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ第2弾!!」に娘と2人で参加してきました。近鉄富田駅をスタートし、浜園緑地、四日市港ポートビル、霞ヶ浦緑地、四日市競輪場、稲葉翁記念公園、JR貨物四日市駅を経て、JR四日市駅がゴールというコース。四日市競輪場で、バンクが特別開放されたのですが、そのためにこのウォーキングに参加したようなもの(微笑)。バンクは1周400m。直線コースが62.4mと、他の競輪場に比べ長いそうです。ここのバンクの傾斜角度(カント)は、コーナーでは32° 15′ 07″だそうですが、見た目では45°くらい傾いているように見えました。このバンクを歩いて1周。もう1つの楽しみは、JR貨物四日市駅での鉄道・バスマルシェ。ここに松阪の駅弁屋さんである「あら竹商店」さんが出店。あの「モー太郎弁当」を是非とも買いたかったのです。娘はゴールが近づくにつれ、早足になっていました。歩いたのは11.2㎞。電車賃は計¥500。モー太郎弁当は、1個が¥1,500を3個お買い上げ。

9.2022年5月28日:勝手にハイキング「松阪ウォーキング」

2022年5月28日:20220528松阪ウォーキング(予告編)

2022年5月30日:20220528松阪ウォーキング(その1)……縁切り不動、八雲神社、松阪大映、松阪撫子を見て来迎寺へ

2022年5月31日:20220528松阪ウォーキング(その2)……樹敬寺で本居宣長墓・原田二郎墓所、松阪三珍花の発祥地をめぐり、原田二郎旧宅、松阪工業高校の赤壁校舎から御城番屋敷へ

2022年6月1日:20220528松阪ウォーキング(その3)……本居宣長ノ宮、松阪神社、松坂城跡から不二屋で焼きそばにて「完」

533749d7 Bb254857  2022年は、東海道ウォーキングとして、四日市の日永の追分(東海道と伊勢街道との追分)から関宿まで歩きましたが、この先は、JR関西線と東海道とが離れてしまい、「電車で行って歩き、電車で帰る」というスタイルで行けるのは関まで(三重県にはもう1箇所、坂下宿があり、その先は鈴鹿峠越えになります)。次のウォーキングはと考え、取り敢えず、この日は松阪へ。松阪駅から八雲神社、来迎寺、常教寺、樹敬寺(本居宣長の墓があります)、御城番屋敷、松坂城跡などを巡ってきました。同級生K氏との二人旅。歩いたのは、8.7㎞。電車賃は計¥1,920。昼食には不二屋の焼きそば(¥800)。土産は、いつもの柳屋奉善老伴。6個入りで¥1,140。

10.2022年6月12日:勝手にハイキング「水の都・大垣ウォーキング」

2022年6月12日:20220612水の都・大垣ウォーキング(予告編)

2022年6月17日:20220612水の都・大垣ウォーキング(その1)……大垣城、郷土館、藩校敬教堂跡から八幡神社へ

2022年6月18日:20220612水の都・大垣ウォーキング(その2)……四季の路を通り、円通寺から船町川湊、奥の細道むすびの地へ

2022年6月21日:20220612水の都・大垣ウォーキング(その3)……船町川湊から美濃路を歩いてゴールの大垣駅へ(完)

74eecb4c Beac5431  当初は前日に予定していたものの、天気があまり良くないという予報で、この日に延期しました。大垣は、水の都といわれますが、まさにその通りで、とても良いところでした。養老鉄道大垣駅がスタート&ゴール。大垣城、郷土館、大垣藩校敬教堂跡、八幡神社、円通寺、奥の細道むすびの地、住吉神社、船町港跡・港灯台、船町道標、美濃路大垣宿本陣跡、大手門跡、堀抜井発祥の地、愛宕神社・岐阜町道標などを回ってきました。現地で歩いたのは、6.3㎞ほどでしたが、あちこちで資料館なども見て回り、4時間半も滞在。この日も同級生K氏と二人旅。歩いた合計距離は、8.7㎞。電車賃は、養老鉄道の1日フリー切符を購入し、¥1,500。昼食は、大垣駅ビルのアスティ大垣にある「おらが蕎麦」でちくわ天おろしそば(¥660)。土産に「金蝶園製菓総本家」で、大垣名物水まんじゅう。

11.2022年7月17日:勝手にハイキング「堀川・宮の渡し・熱田神宮ウォーキング」

2022年7月17日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング

2022年7月18日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング(その1)……アオサギを見つけ、松重閘門から堀川沿いを下り、闇之森八幡社、堀川橋梁へ

2022年7月19日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング(その2)……尾頭橋他から断夫山古墳、白鳥古墳へ

2022年7月20日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング(その3)……被爆堤防・空襲跡、宮の渡し跡、円通寺、熱田神宮から神宮前駅でゴール(完)

41cc9858 5551fb0d  同級生K氏と二人で、名鉄名古屋本線山王駅から松重閘門、そこから掘川沿いを歩いて下り、熱田神宮公園で断夫山古墳と、すぐ近くにある白鳥古墳を見て、宮の渡し跡へ。その後、円通寺と熱田神宮にお参りしてきました。歩いたのは合計10.5㎞。電車賃は計¥1,300。昼食は、熱田神宮内にある宮きしめん神宮店で、冷やし宮きしめん(¥800)。ここできしめんを食べたかったのですが、これまでは大賑わいで諦めていました。ようやくリベンジ。土産は、定番のきよめ餅。5個入りで¥750。

12.2022年9月2日:勝手にハイキング「壬申の乱1650年記念大矢知ウォーキング」

2022年9月2日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(予告編)

2022年9月5日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(その1)……霞ヶ浦駅から志氐神社、明円寺そして大膳寺跡へ

2022年9月7日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(その2)……浄恩寺、南北伊賀留我神社、荒木十兵衛頌徳碑から浄恩寺道道標へ

2022年9月8日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(その3)……久留倍官衙遺跡・くるべ古代歴史館、長倉神社、照恩寺、忍藩大矢知陣屋跡から龜屋佐吉でかき氷を食べて大矢知駅にゴール(完)

78c5b717 5b2cfbe1  2022年は、壬申の乱(672年)から1350年ということで、「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」と銘打って出かけてきました。霞ヶ浦駅をスタートして、志氐(しで)神社、明円寺、大膳寺跡、浄恩寺、南北伊賀留我神社、荒木十兵衛頌徳之碑、天武天皇迹太川遙拝所跡、久留倍官衙遺跡・くるべ古代歴史館、長倉神社、照恩寺、大矢知興譲小学校(忍藩陣屋跡)、亀屋佐吉などを回って、三岐鉄道三岐線大矢知駅まで。歩いたのは、10.2㎞。電車賃は計¥710。暑い時期に大矢知に行くなら、何が何でも立ち寄ってかき氷を食べなくてはと思って、亀屋佐吉で「白玉和三盆金時みるく」(¥870)をいただいてきました。昼食は、桑名駅コンコースにある伊勢ノ国食堂しちりで、「天ぷら中華そば」(¥850)。同級生K氏と二人旅。

13.2022年9月24日:勝手にハイキング「笠寺観音を訪ねて」

2022年9月24日:20220924笠寺ウォーキング(超予告編)

2022年9月26日:20220924笠寺ウォーキング(その1)……名鉄桜駅をスタートし、桜神明社、富部神社、呼続公園の頼朝公旗掛松

2022年9月29日:20220924笠寺ウォーキング(その2)……長楽寺、東海道、笠寺観音へ

2022年9月30日:20220924笠寺ウォーキング(その3)……法性寺、笠寺公園で見晴台考古資料館、住居跡観察舎、笠寺高射砲陣地跡、きんさん桜・ぎんさん桜、笠寺一里塚跡、七所神社を巡る(完)

63d8472e 361873db  同級生K氏と前日に計画していたのですが、台風15号の影響で雨になりましたので、この日に順延。まさに台風一過で、よく晴れました。名鉄名古屋本線桜駅をスタート。桜神明社、富部神社、呼続公園、長楽寺から東海道を少し歩いて笠寺観音へお参り。続いて笠寺公園にある見晴台考古資料館から笠寺一里塚跡と七所神社を経て、名鉄名古屋本線本笠寺駅まで。名鉄線では1駅分でしたが、ぐるぐると回って、歩いた距離は8.5㎞。電車賃は計¥750。昼食は、笠寺駅近くの「珈琲ミハル」へ。創業60年を超えている、まさに昭和風の喫茶店で、和風ハンバーグランチ、コーヒー付きで¥850。

14.2022年10月9日:勝手にハイキング「桑名駅西ウォーキング」

2022年10月9日:20221009桑名駅西ウォーキング(一回完結)

C9f59c3f 0cf02eed  桑名駅集合で、円妙寺、大福田寺、円妙寺墓地、立坂神社𦾔跡、聖衆寺、秋葉三尺坊大権現から竹林を歩いて、式部泉を見て、高塚山古墳の麓へ行くつもりだったのですが、竹林が住宅工事で通れなくなっていて、予定変更。北別所神明社へショートカットし、さらに、旧桑名市民病院跡地を見て、岸西山へ。大正寺、岸西山遺跡、尾野神社北之社、尾野神社・立坂神社・舟着社、専明寺、照源寺と歩いてきました。歩いたのは、8.6㎞。全行程徒歩です。昼食は、目利きの銀次桑名駅前店であじフライ(¥700)。この日も名コンビの同級生K氏と。

15.2022年10月29日:JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」

2022年10月29日:20221029JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」(予告編)

2022年10月30日:20221029JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」(その1)……関西線河曲駅をスタートし、鈴鹿市考古博物館、伊勢国分寺跡、冨士山1号古墳、高岡山中央公園から高岡城跡へ

2022年11月1日:20221029JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」(その2)……常夜灯2基、神戸の見附跡、観音寺、龍光寺、神戸宗社、神戸城跡を経て伊勢鉄道・鈴鹿駅にゴール(完)

60828a9e 8d8aad39  JR関西線河曲(かわの)駅から鈴鹿市考古博物館、伊勢国分寺跡、冨士山1号古墳、高岡山中央公園、高岡城跡、常夜灯、神戸の見附跡、観音寺、龍光寺、神戸宗社、神戸城跡と回ってきました。長丁場でしたが、3箇所ほど寄り道をしてきました。今回も同級生K氏と二人旅。歩いたのは合計15.2㎞。電車賃は計¥1,060。昼食は、鈴鹿市駅の手前で、京都北白川 ラーメン 魁力屋 鈴鹿矢橋店に立ち寄り、「特製醤油味玉ラーメン(¥869)」。伊勢国分寺跡と、鈴鹿市考古博物館は訪ねてみたかったところです。高岡城跡からの眺めはかなりよいものでした。こういうところに城をつくりたくなるのはよく分かります。

16.2022年12月10日:近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗』を訪ねて(酒蔵みてある記)」

2022年12月10日:20221210近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗』を訪ねて(酒蔵みてある記)」(1回完結)

Ec25e466 F252419a  近鉄ハイキングでは、3年ぶりに「酒蔵みてある記」が復活し、今日がその初回。これはやはり行くしかありません。弥富駅を出て途中、薬師寺、難畑地蔵尊、興善寺地蔵に立ち寄り、東名阪自動車道を越えて、愛西市へ。青木酒造で試飲、抽選会、即売会。その後は、ひたすら弥富駅に戻るコースですが、帰り道に源空寺と聖覚寺にちょっとだけ寄ってきました。今回は1人。ちなみに、4年前に同じコースで青木酒造に行っています(2018年12月9日:20181209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 青木酒造の銘酒「米宗」をたずねて」へ(予告編)……いよいよ「酒蔵みてある記」の季節到来)。歩いた距離は、11.7㎞。電車賃は計¥520。青木酒造で「純米米宗」の720mmlを1本買ってきました(¥1,600)。昼食は、自宅にて。

17.2022年12月23日:勝手にハイキング「長島ウォーキング」

2022年12月23日:20221223長島ウォーキング(予告編)

2022年12月25日:20221223長島ウォーキング(本編その1)……近鉄長島駅から光岳寺、長島八幡社、小田江神崎神社、大智院、光栄寺、稲荷阿岐波神社、長島城跡へ

2022年12月26日:20221223長島ウォーキング(本編その2)……正敬寺、花林院、善明寺、蓮生寺、明治の東海道道標、又木神明社、願證寺、深行寺から水辺のやすらぎパーク・旧久我屋敷へ

2022年12月27日:20221223長島ウォーキング(本編その3)……長島川遊歩道を歩いて日神神社にお参りしなばなの里へゴールして地ビールで乾杯(完)

31bdc6b8 2953d50f  同級生K氏と二人で桑名市長島町をウォーキング。2022年のウォーキング納めです。近鉄長島駅から南のあたりの歴史散歩という次第。光岳寺、長島八幡社、小田江神崎神社、大智院、光栄寺、稲荷阿岐波神社、長島城跡、正敬寺、花林院、善明寺、蓮生寺、神明社、崇泉寺、願證寺、皇大神社、深行寺、旧久我屋敷・水辺のやすらぎパーク、長島川遊歩道、日神神社と回って、なばなの里がゴール。なばなの里では、今年のウォーキング納めを祝して、ビールで乾杯してきました(微笑)。「長島ビール園」で冬季限定のビールである「ボック」で祝杯を挙げた次第。歩いたのは、合計12.6㎞。電車賃・バス代は合計¥640。

2022年12月10日 (土)

20221210近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗』を訪ねて(酒蔵みてある記)」(1回完結)

Img_5387c_20221210144901  若干迷っていたのですが、結局、今日は、近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗(こめそう)』を訪ねて」に行ってきました。今日は、朝は4.9℃と冷えたものの、風も弱く暖かく、歩いていて汗ばんだくらいでした。桑名での最高気温は、15℃を超えています。近鉄ハイキングでは、3年ぶりに「酒蔵みてある記」が復活し、今日がその初回。これはやはり行くしかありません。

Img_5225c_20221210144801 Img_5221c_20221210144801  受付は、近鉄名古屋線弥富駅で9時30分からでしたので、桑名駅を9時21分に出る名古屋行き普通電車に乗車。弥富には、9時29分に到着。¥260。酒蔵みてある記ではよくあることですが、すでに受付は始まっていました。No.72の番号が附されたコースマップを受け取り、早速スタートします。

221210map  こちらが今日、歩いたルート。弥富駅を出て途中、薬師寺、難畑地蔵尊、興善寺地蔵に立ち寄り、東名阪自動車道を越えて、愛西市へ。青木酒造で試飲、抽選会、即売会。その後は、ひたすら弥富駅に戻るコースですが、帰り道に源空寺と聖覚寺にちょっとだけ寄ってきました。前回(2018年12月9日:20181209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 青木酒造の銘酒「米宗」をたずねて」へ(予告編)……いよいよ「酒蔵みてある記」の季節到来)、試飲のし過ぎもあってか、コースミスをしでかしましたが、今日は完璧(微苦笑)。

Img_5287c_20221210144801 Img_5280c_20221210144801  最初の立ち寄り先は、鯏浦山薬師寺。スタートから約1.4㎞。ここは、曹洞宗のお寺ですが、かつて織田信長が築いた鯏浦城と呼ばれる砦がありました。このあたりに勢力を持つ一向門徒・服部党(服部友貞が当主)を攻めるためです。信長の弟・信興が城主となったのですが、元亀元(1570)年、小木江城で戦死。怒った信長は大軍を送って、天正2(1574)年、ことごとく焼き尽くしたといいます。鯏浦城には信興の念持仏薬師如来を安置する御堂があり、それがこの薬師寺の前身です。右は、境内にある「鯏浦城跡」の石碑(昭和51(1976)年に建立)。この辺りは、昔は海岸線であり、荷之上集落とともに自然堤防上に立地し、蟹江城と並んで中世期城砦の最南に位置しており、織田が服部党に対峙する拠点だったのでしょう。

Img_5262c_20221210144801 Img_5266c_20221210144801  境内には、また、クスノキの大木があり、「薬師寺の大楠」として親しまれています。この大楠は、樹齢600年以上といわれます。かつてこの付近が海岸線だったことから磯部の楠として有名だったそうです。人々は、この楠の葉を薬として用い病を治したといわれ、 また一説には豊臣秀吉が舟をつないだとも伝えられています。樹下には小祠神明社が祀られ参拝者が跡を絶たなかったようですが、明治時代に弥富神杜に合祀されています。織田信長と一向門徒・服部党との戦いは、後の長島一向一揆にもつながるものです。

Img_5296c_20221210144801 Img_5306c  続いて、難畑地蔵尊。このお地蔵様は、織田信長と服部党・一向門徒との戦場となり多くの犠牲者を供養するために建立されたもので、もとは、この場所ではなく、この東にある東弥生台団地の一角にあったそうです。信長に一面焼き払われた「鯏浦下の割」古戦場は、その後、その後人骨や武具、矢刀などが掘り出され、耕作しようとしても大変難儀に合うことがあり、難畑と呼ばれていました。そのうちに遺骨などを集めて、地蔵尊を祀りました。明治になって、ある時、農家の娘が眼病になり、地蔵尊が「我を中地道の人通りに移してくれたらお前の眼病を治してやる」とその娘の夢枕にたったといいます。村人十数人が、そのとおり、中地道の傍らにお堂を建立し、道行く人にお参りさせたら娘の眼病はたちどころに治ったという言い伝えがあります。これは、前回来た時にボランティアガイドの方に伺った話。

Img_5316c_20221210144901 Img_5324c_20221210144901  西中地の交差点を左折し、東名阪自動車道弥富インターチェンジの方に向かいます。インターの手前に興善寺地蔵。このあたりは、「白頭(しらこうべ)」といい、蓮如上人の孫にあたる実正を養子に迎えたほどの由緒ある寺「荷上山(がじょうざん)興善寺」がありました。寺伝によると、桓武天皇の勅願で延暦14(796)年に創建されたといます。元は天台宗でしたが、永正年間(1504~1521年)に浄土真宗に改めています。信長の時代に長島の願證寺と組んで一揆を起こし、天正2(1574)年に焼き払われたものの、直ちに復興。しかし 寛永4(1627)年の大地震で倒壊し 清州に移転し、さらに名古屋に移りました。廃跡となったその後、白頭池からこの2体の石仏が掘り出され、「興善寺の地蔵」として、服部肇家と斎藤光男家が先代より代々この墓地に安置してきました。昭和51(1976)年に弥富の文化財に指定を受けてからは荷之上区が管理しています。弥富市に残るもっとも古い石仏だそうです。ちなみに、ネットで調べると、名古屋市中区新栄に真宗本願寺派の興善寺という寺があります。

Img_5364c_20221210144901   東名阪自動車道をくぐり、田園地帯に入って、多度山を遠くに見ながら進みます。4年前に同じコースのハイキングに来た日は、寒くて、多度山など養老山脈には雪が積もっていたのですが、今日は、初めにも書きましたように、暖かい。ネックウォーマーは、歩き始めてすぐに外したくらい。ダウンジャケットでなくてもよかったかもしれません。

Img_5380c_20221210144901 Img_5383c_20221210144901  スタートから4.4㎞ほど、10時25分くらいに青木酒造に到着。青木酒造さん、創業は江戸後期である文化2(1805)年。こちらに「蔵元のこだわり」がありますが、濃厚で強い酒、本醸造以上のお酒を製造し、酒母は山廃仕込(山卸廃止仕込み)、生酛仕込(山卸仕込み)をメインとしています。

Img_5392c_20221210152401 Img_5399c_20221210152501  まずは、抽選会場でチェック。勇んでいったものの、敢えなく敗退。前回も外れましたので、これで連敗です(苦笑)。1番違いの71番であれば、近鉄クリアファイルがもらえたのに。

Img_5406c_20221210144901 Img_5402c_20221210144901  続いて、試飲へ。純米初しぼりの「純米米宗」をいただきました。辛口で、トロッとした印象のお酒。美味い! 前回は、このほか、「活性手汲みどぶ 純米酒」や梅酒など、計4杯も試飲しましたが、そのあとコースミスをしましたので、今日は、この1杯だけ。ホントです。

Img_5410c_20221210144901 Img_5413c_20221210153101  即売会では、試飲した「純米米宗」の720mmlを1本買ってきました。4年前は、1本¥1,300でしたが、今回は¥1,600。たまにはちょっと贅沢をしても罰は当たらないでしょう。時節柄、敷地内での飲食は不可ですし、キッチンカーなども来ていませんでしたので、サッサと出て来ました。来年2月4日(土)にも酒蔵開放があるそうです。

Img_5438c_20221210144901  青木酒造から東へ300mほどのところに、稱名山源空寺。浄土宗のお寺。前回も勝手に立ち寄ったのですが、由緒などを記した看板もなく、ネットで検索しても何も出て来ませんでした。クスノキでしょうか、大木が印象的です。源空寺の先、2本目の交差点を曲がるのが正しいルート。前回は、なぜか「ここは違うな」と思い込んで、もう1本先まで行ってしまったのですが、今日は試飲も控え目にし、ストリートビューでも予習してきましたので、バッチリ(微苦笑)。

Img_5455c_20221210144901 Img_5459c_20221210144901  曲がったすぐのところに真宗大谷派の金剛山聖覚寺。ここも詳しいことは分かりませんでしたが、田園地帯にあり、自然環境のよいお寺。山門が、長屋門のような立派な門であるのが印象的でした。

Img_5513c_20221210145001  このあとは立ち寄るところはありません。途中からは、往きに通ったのと同じ道をたどって、近鉄弥富駅へ。11時20分頃到着。一回りしてきた訳ですが、歩いたのは7.9㎞。時間は2時間弱。ハイ・スピード・ハイキング(笑)。立ち寄り先が少なく、立ち寄ったところでも見て回る事もありませんでした。酒蔵も宴会ができませんでしたから、こんなもの。弥富まで電車で来て、酒蔵へ歩いて酒を買いに行ったという感じ。

Img_5534c_20221210154601 Img_5566c_20221210145001  弥富駅11時24分発の四日市行き準急に乗車。桑名駅には11時32分着。¥260。帰宅は、11時50分。朝、家を出たのが8時55分頃でしたから、全行程含めて、3時間。歩いた距離は、Google Fitのデータではトータルで11.7㎞。ちょっと実際よりも多い気がします。

Img_5508c_20221210145001  余談その1。前回の記事にも書きました。前回来た時「鯏」という漢字が読めませんでした。「ウグイ」です。ウグイは淡水魚ですが、昔このあたりにたくさんいたということかもしれません。

Img_5543c_20221210145001  余談その2。帰りに桑名駅に着いて、自由通路から三岐鉄道北勢線西桑名駅を眺めたら、「ヴィアティン三重」ペインティングの車両が止まっていました。この車両、きちんと撮影したことがありませんでした。急いで行ったのですが、発車直後になってしまい残念。来年3月末日まで運行されますから(こちら)、それまでの間にぜひ、きちんと撮影したいものです。

1670636005718c  こちらは、今日の晩酌にでもいただこうかと思っています(微笑)。

 【付記【12/10夜】 これは美味しい(微笑)。試飲のところで書いたとおり、辛口でトロッとしていて、堪りません。酒蔵のこだわり通り、濃くて強い酒。ついつい飲み過ぎそうです。ここはグッと我慢。明日以降にも残しておきます。

2022年3月 5日 (土)

20220305近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「銘酒『三重の寒梅』丸彦酒造をたずねて」へ(1回完結)

Img_5728c_20220305170501  桑名では、最高気温が17.4℃にもなりました。午前中から14時頃まではよく晴れていて、まさにハイキング日和。先週に引き続き、近鉄の酒蔵立ち寄りハイキングに行ってきました。今日は、「銘酒『三重の寒梅』丸彦酒造をたずねて」ということで、四日市市川島町にある丸彦酒造さんへ行ってきました。丸彦酒造さんの「三重の寒梅」は、鈴鹿山系の地下水と酒造りに最適な山田錦をつかった美味しいお酒。私は、これまでに2回、近鉄の「酒蔵みてある記」で訪ねましたが(2018年1月30日:酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その3)……河島神明神社、西福寺そしていよいよ丸彦酒造へ(完)、2019年1月26日:20190126近鉄ハイキング“酒蔵みてある記 銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(予告編))、今日は同級生K氏と2人で。

Img_5609c_20220305170501 Img_5606c_20220305170501  先週と同じく、近鉄湯の山線・伊勢松本駅で9時40分~10時40分が受け付けでしたので、桑名駅を9時2分に出る松阪行き急行に乗車。四日市には9時15分着。9時29分発の湯の山温泉行き普通に乗り換え。伊勢松本駅には、9時34分着。¥380。着いたときには、前回よりやや多い人たちが並んでいました。

Img_5613c_20220305170501 220305maruhikomap  左の写真は、今日のコースマップ。近鉄ハイキングのパンフレットでは約6㎞となっていましたが、実際には約5㎞でした。過去2回とはコース設定が異なり、丸彦酒造さんを眺めながら遠回りしていたところがカットされていました。これで、美味しいお酒を目の前に「お預け」をくらった状態にならずに済みそうです。右の画像は、実際に歩いてきたルート。伊勢松本駅から南へ。松井神社を経て(このあと鹿化川沿いに出るまで、境内で寄り道をし、少しコースを外れています)、鹿化川沿いを歩いて、上布田遺跡の説明板、鹿化川千本桜並木を歩いて、丸彦酒造さんへ。その後、コースマップでは伊勢川島駅へ向かうのですが、「もうちょっと歩いても良いな」ということになり、西福寺、伊勢三郎首塚、河島御厨神明神社まで足を伸ばしてきました。ちなみに、もらったコースマップのナンバーは#65。

Img_5619c_20220305170501  スタートしたのは9時40分。左の写真は、松本街道を渡るところ。スタート直後は、けっこう賑わっていますが、このあと、酒蔵に直行する人、コースマップ通りに歩く人、最初の立ち寄り先の松井神社であれこれ見て回る人と、いろいろに分かれます。

Img_5625c_20220305170501 Img_5629c  われわれは、せっかく来たからにはあちこち見て回ろうというタイプ。まずは、松井神社。ここは、Googleマップでは「松本神社」と表示されますが、キョリ測では松井神社と神明松乃神社の2つがあるとされます。神社検索(三重)のサイトにはありませんので、神社庁には登録していないと思われます。四日市市の常磐地区ホームページによれば(こちら)、「神明松乃神社(ご祭神:天照大神豊受毘売之命(卜ヨウケヒメノミコト))と、松井須賀神社(ご祭神:健速須佐之命(タケハヤスサノオノミコト))が一つになり松本神社となった。大正15年(1926)に八阪神社(赤堀)から分祠された」とあります。赤堀の八阪神社は、京都の八坂神社の分社で、御祭神は健速須佐之命。さらに八阪神社は、豊受大神宮(外宮)と縁があり、ご遷宮の際、鳥居を下賜されているといいます(こちら)。

Img_5636c  この神社があるところは、松本城跡。「松本城跡」という石碑は、平成15(2005)年10月に常磐地区社会福祉協議会が建てたもの。碑陰には、“「吾妻鏡」に「……まず進士三郎基度の朝明郡富田之館を襲い挑発数刻にして、基度及び舎弟松本三郎盛光・同四郎・同九郎らを誅した……」とあり、1204年に起きた三日平氏の乱で松本氏が本城を拠点にして戦った”とあります。三重県教育委員会編「三重の中世城館」によれば、「松本の西方丘陵の末端、団地造成のため丘陵も削平され、残る丘陵の上にも遺構はない」そうです。

Img_5659c_20220305170501 Img_5662c  中世の城館跡はたいてい小高い丘の上にあります。松本城跡も30メートルほどの丘の上にありました。神社を出て下っていくと鹿化川(かばけがわ)に行き当たります。ここからほぼ鹿化川に沿って西に向かいます。北側には、青葉台、松が丘、松本台などの住宅団地が広がっています。途中、スタートから1.2㎞ほどのところに「上布田遺跡(じょうふでんいせき)」と書かれた看板が立っていました。このあたりから須恵器、土師器、山茶碗などが出土したそうです。土師器は、古墳時代に属する可能性があるようですが、他は、平安時代後期から鎌倉時代にかけての遺跡と考えられています。「上布田」という名は、松本御厨(松本町付近にあったと推定;伊勢神宮に神饌を貢進する所領)から、神宮に納められた「上分米(じょうぶんまい)」を収穫する水田を意味すると考えられています。

Img_5674c_20220305170501 Img_5670c_20220305170501  鹿化川沿いには、千本桜並木があります。以前来た時にも思いましたが、桜の季節には見事な眺めになるでしょう。右の案内板にありますように、昭和の終わり頃、川島老人会が桜の苗木を植えたものが、ここまで育ったということです。

Img_5689c_20220305170501 Img_5700c_20220305170501  丸彦酒造さんへの途中で、キセキレイとカワセミ。キセキレイは、以前にもここで見かけましたが、カワセミは、もう少し上流に「カワセミがいる川」という看板があったものの、過去2回のハイキングでは見られませんでした。今日は、延べ2回目撃。2回目に見たとき、われわれがいたところから少し下流側の護岸に止まったのです。それが右の証拠写真。

Img_5696c_20220305170501 Img_5719c_20220305170501  カワセミを見たところから振り返ると、今日の目的地である丸彦酒造さんが見えます。以前の2回のハイキングでは、これを見ながら、鹿化川をさらに上流の方に歩いて、歴明寺、伊勢三郎首塚、河島御厨神明神社、西福寺と回ってから丸彦酒造さんに行ったのですが、今日のコースは、この交差点から直行(微笑)。丸彦酒造さんの東にあるお宅で、見事なしだれ梅。これは相当手入れが行き届いているはず。たくさんのハイキング参加者が写真を撮っていました。

Img_5732c_20220305170501 Img_5736c_20220305170501  冒頭の写真のところが、丸彦酒造さんへの入り口。スタートからほぼ3㎞、10時半頃到着。50分しか歩いていません(微苦笑)。以前来た時より、空いています。まずは、抽選会へ。もらったコースマップに付された番号で当選が決まるのですが、残念ながら、今回は見事にハズレ。「2度あることは3度ある」を期待したのですが……。ワンカップは下1桁が「2」、徳利は同じく「8」。二人とも討ち死に(大げさな!)。参加賞のピーナッツをもらってきました。

Img_5746c_20220305170501 Img_5739c_20220305170501  続いては、期待の試飲。丸彦酒造さんでは、毎回、有料。1杯¥100なのですが、さすがに有料だけあって、まずはコップのサイズが大きい。そして、そこになみなみとついでもらえるのです(喜)。こぼさないように細心の注意が必要になります。座るところを探して、参加証でもらったピーナッツをつまみに、何はともあれ乾杯! ここで、同級生K氏が、リュックから取り出したのが、奥様が持たせてくれたというつまみ。ありがたい。たまたま隣に来られた方にもお裾分けして、ひっそりと盛り上がりました。ちなみに、この方御年80代半ばにして、毎日朝夕と20㎞以上も散歩するとか、70代半ばの時に思い立って東海道を歩き通したとかおっしゃり、われわれ2人は脱帽(苦笑)。

1646445216601  話が弾み、「ちょっと足らないな」ということになって、もう¥100ずつ払って、追加の試飲。試飲は、三重の寒梅の「蔵出し原酒」。薦に「肴よし 酒よし 友よし 寿福無量 ここにきわまれり」とあったのですが(上左の写真をご覧ください)、まさにそんな感じ。三重の寒梅、「酒臭さ」があまりありません。今風にいうと、フルーティーでマイルド。透明度も高く、洗練された感じです。私好みの酒です。ちなみに、左の写真では、紙コップが重なっていますが、これが2杯目の証拠(^_^)

Img_5756c_20220305170501 Dsc_0007c  試飲のあとは、これまたお約束の即売会へ。「三重の寒梅 初しぼり」(¥1,400)と、ワンカップ(¥300)を買ってきました。「三重の寒梅 初しぼり」が、試飲したものにもっとも近いそうです。という次第で、結局、丸彦酒造さんには1時間ほど滞在してしまいました。余談ながら、今日の晩酌には、ワンカップをいただきました。普段アルコールを口にしない娘も、「これは飲みやすい」といっています。

Img_5760c_20220305170501 Img_5764c_20220305170501  土産を買って、リュックも重くなったのですが、もう少し歩こうということになり、丸彦酒造さんから西へ。伊勢三郎首塚などを見てくることにしたのです。その前に、真宗大谷派の永角山西福寺へ。創立年代は不明ですが、もとは金剛寺といい、浄土真宗大谷派に改宗して西福寺というようになったそうです。こちらには、「一度焼かれたともいわれるものの、実際のことかどうか分からない」とありました。

Img_5776c_20220305190801  西福寺には、伊勢三郎の墓所があります。ここ三重郡川島村は、江戸時代初期には亀山藩領であり、藩主の石川昌勝の命によって慶安4(1651)年に、ここに伊勢三郎義盛の墓が作られたといいます。中には宝篋印塔(ほうきょういんとう:宝篋印陀羅尼という呪文を収めた塔。のちに供養塔,墓碑塔として建てられた)が納められています。

Img_5816c Img_5812c_20220305191101  西福寺からさらに西に行った、水田のまん中に伊勢三郎首塚があります。伊勢三郎(?~文治2(1186)年)は、源義経の家来で、四天王の一人。出身は伊勢とも上野(こうずけ:群馬県)ともいわれるようですが、ここの案内板には、「平安時代末期に三重郡郡司・俊盛の子として、菰野町福村に生まれた」とあります。三郎は、通称で、名は能盛とも書きます。戦に敗れて自刃した伊勢三郎の首を家臣の川島村の者が生地に持ち帰り首を埋めたとのことです。

Img_5841c_20220305170601 Img_5834c_20220305170601  伊勢三郎首塚のすぐ北に河島御厨神明神社。川島には、ここ河島御厨神明神社と、御園川島神社の2つの神社があります。こちらは、俗に「東の宮さん」と呼ばれているようです。この河島御厨神明神社は、「御厨」とありますように、伊勢神宮の神領でした。御祭神は、天照大御神建速須佐之男命大山祇神大日孁貴(おおひるめのむち:天照大神の異称)です。

Img_5831c_20220305170601 Img_5828c_20220305170601  ここの拝殿には、江戸時代、3つの算額が奉納されていて、市指定の有形文化財になっています。算額は、数学の問題を解いて、神社仏閣に奉納した絵馬の一種です。このあたりの人たちが、和算を学んでいたことを示しています。左の写真で、向かって右は、もっとも古い寛政2(1790)年のもので、三重県最古だそうです(こちら)。この寛政2年の額には3問が取り上げられ、第1問は『闡微算法(せんびさんぽう)』(武田濟美著、寛永3(1750)年)にある問題を解いたものだそうです。第2問は、菱形に3つの縁を内接させた図形に関するもの、第3問は、直角三角形に5つの縁を内接させた図形に関する問題で、いずれも三平方の定理を繰り返し用いて、解答しているといいます。天保15(1844)年の額は「當社産子 柳川安左衛門」の奉納で出題した問題を門人の「清水中治」が文久4(1864)年に回答したことが裏面に記されているそうです。右の写真で、左から2つ目は、文久3(1863)年の額で、清水貞信が出題したものですが、題意は不明ということです。左端にある新しい算額は、四日市大学関孝和数学研究所が、平成29(2017)年に奉納したものです。「小川粋直門人六名」という名前になっています。6名の方が、1問ずつつくったようで、6問が載っていました。ただし、小生には理解困難。

Img_5848c_20220305170601 Img_5859c_20220305170601  河島御厨神明神社で12時を過ぎた頃。さらに西に行くと、歴明寺などがありますが、今日はここまで。ゴールの近鉄湯の山線・伊勢川島駅に向かいます。丸彦酒造さんの方に戻り、さらに三滝台の住宅団地を通って、伊勢川島駅には、12時45分頃に到着。時刻表を見たら、12時51分に四日市行き普通がありましたので、それに乗車。四日市には12時59分に到着。¥230。

Img_5878c Dsc_6343c  昼食を摂ることとし、南改札口の外にあるうどん・そばの「四日市庵」へ。丸彦酒造さんで試飲を2杯のみ、つまみも食べていましたから、軽くという次第。天ぷらきしめん(¥380)をチョイス。駅ナカのうどん、そばの店はたいていハズレがありません。ここも美味しかった。

Img_5910c_20220305170601  近鉄四日市発13時28分の名古屋行き急行に乗車し、桑名駅には13時40分着。¥300。現地で歩いたのは、6.6㎞。我が家から桑名駅往復が2.2㎞ですから、合計8.8㎞。歩数は、16,026歩。

Img_5854c_20220305170601  余談をいくつか。まずは、先週、伊勢松本駅前にあのKINGと書かれた謎のおじさんロゴがあしらわれた自動販売機を見つけましたが(2022年2月27日:20220227近鉄ハイキング「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」へ(完)……ほぼ2年ぶりの近鉄ハイキングに参加、オマケはKINGの自販機の話)、今日は、伊勢川島駅前でも発見。テイスターという会社のもの。ヒョッとしたら、近鉄湯の山線の各駅に設置されているのか、という気がしてきました。当てずっぽうですから、確認が必要です。

Img_5585c Img_5592c_20220305170501  余談その2。これは、JR桑名駅の切符売り場の前にありました。国鉄時代に製造されたJR東海の車両が今月、全て姿を消すそうですが、その最後の車両が在来線の211系0代です。昭和から令和(1986~2022年)まで走り抜いたことになります。この車両は、この地方では東海道線、中央線、関西線を走っていて、私も、何度も利用したことがあります。この「惜別」のパネル、亀山駅にも色違いのバージョンがあるそうです。

Img_5596c  次回のウォーキング/ハイキングは、3月中旬に、県内の東海道歩きの続きを予定しています。庄野宿から亀山宿までは見るべきところも多く、ちょっと大変ですので、途中のJR関西線・井田川駅までの見込み。写真は、往きに近鉄桑名駅で見た「かぎろひ」。クラブツーリズムの貸し切り専用列車。近鉄では、引退してしまった特急車12200系を団体専用列車15400系に改造したものです。

2022年2月27日 (日)

20220227近鉄ハイキング「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」へ(完)……ほぼ2年ぶりの近鉄ハイキングに参加、オマケはKINGの自販機の話

Sakagura  ほぼ2年ぶりに近鉄ハイキングに参加してきました。インチキな「勝手にハイキング」ではなく、本物の近鉄ハイキングです。前回は、新型コロナウィルス感染症が蔓延し始めたころ出かけた「酒蔵みてある記」でした(2020年2月9日:20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完))。この「酒蔵みてある記」は人気があり、再開希望がたくさん寄せられたようで、今年、「酒蔵立ち寄りハイキング」として復活しました。うかつにも再開されたのを知らず(というのも、江戸橋方面での非常勤が、1月12日で打ち切られ、近鉄に乗る=近鉄の駅に行くチャンスがなくなり、駅にパンフレットが置かれているのに気づかなかったのです)、出遅れてしまいました。

Img_2885c_20220227155401 Img_2875c_20220227155401  今日は、「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」ということで、近鉄湯の山線・伊勢松本駅から、春の丘、夏の広場を経て神楽酒造に立ち寄り、四日市あすなろう鉄道・西日野駅がゴールという5.2キロのハイキング。桑名駅を9時2分に出る松阪行き急行に乗車。四日市には9時15分着。湯の山線に乗り換えるのですが、四日市駅に着く頃、小雨が降っていて、心配しましたが、9時29分発の湯の山温泉行き普通が出る頃には晴れてきました。伊勢松本駅には、9時34分着。着いたときにはすでに50名くらいが並んでいました。検温を受け、アルコール消毒をして、コースマップを受け取ります。

Img_2889c_20220227155401 220227isematsumoto0  こちらが今日のコースマップ。右は、いつものように、キョリ測で描いたもの。立ち寄り先は、ほぼ神楽酒造のみ。途中、春の丘、夏の広場を通りますが、立ち寄っては来ませんでした。この2箇所は、「四郷地区風致地区 ふるさとの道」として整備されています。小高い丘になっているかと思ったら、夏の広場近くで標高が68メートルあり(キョリ測によるデータ)、登り道はけっこう大変でした(苦笑)。

Img_2907c_20220227155401  伊勢松本駅をスタートしたのは、9時45分。松本街道を東へ。ときわ2丁目で右折し、南下します。住宅地を抜けて、鹿化川(かばけがわ)に行き当たるまで直進。左の写真は、ときわ4丁目あたり。

Img_2929c_20220227155401 Img_2918c  鹿化川に行き当たったところで右折し、西へ。途中で、ダイサギや、カワウを目撃。このあたりには、ハクセキレイや、ツグミもいました。鹿化川の下流でも野鳥が見られます。鹿化川の中流域の河岸には「千本桜並木」が並びます。この千本桜あたりは、来週の「酒蔵立ち寄りハイキング」で丸彦酒造に行くときに通るはず。

Img_2939c_20220227162001  吉田橋で右折し、再び南下します。コースマップには、吉田橋から少し行ったあたりに「登り坂」と書かれています。2㎞地点で、標高16メートル。

Img_2943c_20220227155401 Img_2951c_20220227155401  2.5㎞地点に「春の丘 のぼり口」という案内板がありますが、ここで標高41メートル。曲がった先が右の写真で、かなりの登りになっています。

Img_2947c_20220227155401  ちなみに、こちらが「散策マップ」。春の丘の手前には、梅並木とありますが、まだほとんど咲いていませんでした。花が咲いていれば、もう少し和んで、楽しみながら登ることができたような気がします。

Img_2959c_20220227155401 Img_2991c_20220227155401  春の丘。小高くなっていて、展望台や、四阿がありました。桜も植わっています。桜の季節には、よいところでしょうと思いつつ、上がってはみず、通過。このあたりで、スタートから2.8㎞。春の丘の先は、竹林。

Img_2997c_20220227155401 Img_3011c_20220227155401  散策路には案内標識があちこちに立てられていて、迷うことはありません。3㎞を過ぎたあたりに夏の広場がありました。ここも小高い丘になっています。先ほどの散策マップによれば、「ひまわり花壇」があるそうです。道沿いには、サザンカが咲いていました。

Img_3024c Img_3028c_20220227155401  スタートから約3.5㎞に「四郷保育園へ」という標識があり、ここから急な下り坂を行きます。落ち葉が積もっていて、歩くのには要注意。もはや前期高齢者ですから、足元を確かめつつ行かねばなりません(苦笑)。

Img_3034c_20220227155401  200メートルほど行くと、視界が開けます。かつて住んでいた笹川団地方面がよく見えるところ。ここまで来ると、神楽酒造のすぐ北になります。

Img_3052c_20220227155501  神楽酒造には、10時35分過ぎに到着。スタートから50分、3.8㎞。途中、どこにも寄り道をしていませんが、いかにも速い。アップダウンがありましたので、決しては楽ではありませんでした(苦笑)。

Img_3056c  着いて早々、受付で「くじ引き」。当たると、日本酒の4合瓶1本がもらえたようですが、残念ながら、はずれ。「惜しかったねぇ、甘酒を飲んでいって頂戴」でした。

Img_3060c_20220227155501 Img_3064c_20220227155501  コースマップに試飲券が付いており、1杯だけいただけます。1杯といっても、右の写真のように、小さな紙コップに1杯(微苦笑)。家内から「酔っ払うほど飲まないように」という注意を受けたのですが、これでは「嘗めてみただけ」です。有料試飲(1杯100円)もありましたが、今日はこれ以上は呑まず。

Img_3069c 1645926109605c  即売会の方へ。「神楽」という特別純米生酒の4合瓶を1本、お買い上げ。¥1,320。大事にリュックにしまって、持ち帰ってきました。試飲でも呑みましたが、生酒特有のフルーティな香りで濃厚な味わいです。キッチンカーが1台来ていましたし、いなべ市で採れたトマトや、焼きちくわなども売っていましたが、時節柄、宴会をする訳にもいきませんので(過去の酒蔵みてある記では、一人宴会も辞さなかったのですが……)、土産をゲットしたら、早々に退散。

Img_3076c_20220227164801  その前に、神楽酒造は、安政5(1858)年に、現在の地、四日市市室山町で創業しています。五代目小左衛門が「神楽」の酒名で酒造りを開始したそうです。また、ここには、かつてあった近鉄八王子線の室山駅の駅名板が保存されています。現在は、四日市あすなろう鉄道になっていますが、八王子線は、内部線の日永駅から、伊勢八王子駅まで運行していたのですが、昭和49(1974)年に天白川の集中豪雨による水害で日永駅~伊勢八王子駅間が休止となり、昭和51(1976)年、日永駅~西日野駅間は復旧したものの、西日野駅~伊勢八王子駅間(1.6km)は廃止されています。神楽酒造の南の天白川沿いに室山駅があったようです。

Img_3100c_20220227155501 Img_3113c_20220227155501  天白川沿いの道に出て、東に向かいます。途中、四郷(よごう)郷土資料館の建物が見えましたが、現在、修復工事中。四郷郷土資料館は、一度訪ねています(2017年12月19日:雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その3、完))。

Img_3128c Img_3132c_20220227155501  天白川沿いをほぼ1㎞歩くと、四日市あすなろう鉄道八王子線・西日野駅に至ります。四日市あすなろう鉄道は、昨年の「歩いて伊勢参りツアー」の時にも何回か乗ったのですが、それは内部線の方。私は、八王子線に乗るのは初めて。11時頃に着いたのですが、あいにく、ちょうど11時発のあすなろう四日市行きの電車が出ていくところ(苦笑)。ここまでで歩いたのは、5.2㎞。

Img_3152c_20220227155501 Img_3167c_20220227155501 結局、30分待ち。以前にも何回か書いていますが、ここもナローゲージ。線路幅が762mmしかない特殊狭軌で、電車もミニサイズ。11時30分発に乗車。西日野駅の次が日永駅。ここで内部線と合流。赤堀駅を経て、あすなろう四日市には、11時39分に到着。近鉄名古屋線に乗り換えます。11時51分の急行名古屋行きに乗車し、桑名駅には12時4分着。徒歩にて、12時20分には帰宅。朝、家を出たのが、8時30分過ぎでしたから、まさに「安・近・短」のハイキングです。気温は、桑名で13.6℃まで上がりましたが、途中、強風。桑名では、最大風速9.5m/s。しかし、アップダウンがあり、途中、汗を掻きました。

Img_3189c_20220227155501  歩数は、12,919歩。現地で歩いたのが5.2㎞、自宅~桑名駅往復が2.2㎞ですので、合計7.4㎞。普段の散歩よりやや多いくらいでした。来週土曜には、「酒蔵立ち寄りハイキング 銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて」があります。今日と同じ伊勢松本駅から。丸彦酒造さんには、過去2回、「酒蔵みてある記」で行っており、しかもその2回とも抽選会でワンカップを当てています。これも行かなくっちゃ(微笑)。

Img_2880c_20220227155401 Img_2896c  余談。伊勢松本駅の前に例の自販機がありました。KINGと書かれた謎のおじさんロゴがあしらわれた自動販売機です。テイスターという会社のもの。なかなか見かけないので、見かけたら必ず写真を撮ってきます。しかし、「噂のネボケKINGコーヒー」とあり、ちょっと引きました(苦笑)。

Img_2900c_20220227155401  未だかつてこの自販機で購入したことがありませんでしたので、今日は試しに缶コーヒー1本を買ってみました。これ、¥80。西日野駅で時間がありましたから、そこで飲んでみましたが、ごく普通の缶コーヒーでした。缶コーヒーの味などがどうのこうのと講釈を垂れるほどの通ではありませんので、悪しからず。

2021年4月25日 (日)

20210425「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第2回「朝日~富田」(予告編)

 本日・4月25日は、「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第2回に行ってきました。前回の終点である近鉄伊勢朝日駅から東海道を歩いて、近鉄富田駅まで。第1回のときは、1回で完結できるだろうと書き始めたものの、予想外に記述が長くなり、急遽2回の記事になりました。反省して(微笑)、今日のところは、予告編。この伊勢詣りツアー、同級生K氏と二人旅。

Iseasahi0  こちらが、今日のコース全体のマップ。伊勢朝日駅をスタートしますが、伊勢朝日駅は東海道に沿ったところにあります。駅の側にポケットパークがあり、そこに樹齢300年以上のエノキ。朝日町内で浄泉坊、西光寺など寺を周り、北勢バイパス側で多賀大社常夜燈。朝明川を越えると、四日市に入ります。そこに小公園。御厨神明社のあと、酒造会社を見つけ、行ったものの直売所は今日は休み(残念)。松寺立場跡、蓮証寺、宝性寺、蒔田御厨神明社、長明寺、鏡ヶ池。さらに八風街道をちょっと冨田方向に道草して、田村寺。三光寺を出たところで、鳥居を見つけ、若宮八幡神社に立ち寄り、冨田一里塚跡碑、八幡神社、行啓道路記念碑と進み、玉吉稲荷神社。ゴールの近鉄富田駅に向かっていたとき、大きな松の木を見つけ、またもや道草。蓮光寺跡でした。現地で歩いたのは、6.9㎞。

Img_0791c_20210425165901 Img_0796c_20210425165901  スタートの近鉄伊勢朝日駅。桑名駅を8時44分に出る四日市行き準急に乗車。8時52分着、¥210。8時55分に伊勢朝日駅をスタート。ホームは対面式で、駅舎も上下線が別にあります。東海道に出てすぐに踏切を渡ります。その先にポケットパークがあり、この公園の南端に樹齢300年以上といわれるエノキ。東海道を往来した旅人たちを見てきたと思います。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったのですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。

Img_0805c_20210425165901  朝日町役場の北で「橘守部生誕地遺跡」を見たあと(今回は割愛)、浄泉坊。スタートから800mほど。真宗本願寺派。桑名藩にゆかりのあるお寺で、山門などに三ツ葉葵のご紋があります。参勤交代の大名は、ここで駕籠を降りて黙礼したと伝わります。朝日跨線橋東の交差点を過ぎ、JR関西線朝日駅の東に西光寺。真宗大Img_0842c_20210425165901 谷派。安永6(1777)年の銘のある梵鐘があります。ここのお寺には、以前来たときには、立派な松があり、松並木の名残かと思ったのですが(2017年10月5日:朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼、2019年3月10日:20190310近鉄ハイキング「昔も今もお伊勢参り~旅1日目~東海道、旅人気分で七里の渡しから富田へ」……雨天決行にて「完」)、今日は見当たりませんでした。切られてしまったのでしょうか。

Img_0800c_20210425172501 Img_0846c_20210425165901  朝日町内にも、東海道を案内する標識、看板がたくさんあります。左の写真は、浄泉坊より伊勢朝日駅よりにある小向神社を案内する社号標ですが、その脇に東海道の案内板が見えます。「みえ歴史街道」とありますから、行政が建てたものでしょう。西光寺の先、スタートから1.5㎞ほどのところで東海道は左折します。右の写真は、そこにあるもの。これは手作りですから、どなたかが掲げてくださったものと思います。

Img_0854c Img_0864c_20210425173201  スタートから2.2㎞で、伊勢湾岸自動車道&北勢バイパスの高架に来ます。柿交差点の北西に多賀大社常夜燈。弘化3(1846)に建立され、かつては燈籠番が毎夜火を灯したそうです。この先で、高架をくぐり、朝明川を朝明橋で渡ります。東征中の日本武尊が、このあたりで夜明けを迎え、朝明川の水で口をすすいだことから川の名が付いたという伝承もあります。さらに、余談というか、講釈というか(笑)。朝日町という地名、日本書紀に、天武天皇が壬申の乱のときに、この付近で朝日を拝んだという記述があるためだそうです。

Img_0871c_20210425165901 Img_0891c_20210425165901  四日市に入ってすぐ、川沿いに小公園。「ここは四日市の東海道 北玄関 松寺」と看板にあります。なぜかシーボルトが通ったことが取り上げて書かれています。近くには、力石。100㎏だそうです。2.8㎞地点に御厨神明社。「御厨」は、伊勢神宮の神領をいいます。「神明社」は、天照大神を御祭神とする神社。他の地方のことは承知していませんが、三重県北勢地方ではあちこちに「御厨神明社」があります。ここは松寺の御厨神明社、あとで蒔田の御厨神明社も訪ねています。

Img_0905c_20210425182901 Img_0911c_20210425165901  御厨神明社を出て100mあまりで、東海道の東に醸造所らしき建物。見つけたらからには見に行かないといけません(笑)。タカハシ酒造でした。文久2年の創業だそうですから、1862年。江戸末期の激動の頃。直売所があったのですが、あいにく日曜は定休。残念。

Img_0933c_20210425165901 Img_0937c_20210425165901  その先に松寺立場跡と「輝子頌徳記念碑」。桑名宿から四日市宿までの間に、立場は5つあったといいます。朝日町小向、四日市の富田などです。「輝子頌徳記念碑」は、大矢知村で弘化3(1846)年に生まれた佐藤輝子を検証するもの。若くして夫を亡くしたものの、裁縫などを千数百人以上に教えたといいます。右の写真は、松栄山蓮証寺。真宗本願寺派。400年くらい前、ここに御堂があったといいます。

Img_0972c_20210425170001 Img_0984c  大矢知に入って、まずは、龍王山宝性寺と、蒔田の御厨神明社。隣り合って建っています。宝性寺は、天平12(740)年に聖武天皇の勅願で創建されたのが始まり。現在は、蒔田第一自治会が管理しています。本尊は十一面観音菩薩。本堂は市の文化財。阿弥陀堂もあります。本堂に向かって右手(北)に蒔田の御厨神明社。

Img_1006c_20210425170001  宝性寺と御厨神明社のすぐ南に朝明殿長明寺があります。浄土真宗本願寺派。立派な山門があるのと、寺の周りが、素掘りの環濠で囲まれているのが特徴。環濠に囲まれているのは、ここは文治年間(1185~90)に蒔田相模守宗勝が居城した、蒔田城(まいた)跡といわれるからです。

Img_1026c_20210425170001  蒔田の交差点を渡ったところに鏡ヶ池跡。聖武天皇が朝明頓宮に入る途中、池に差しかかられたとき、突風で天皇の笠が池に吹き落とされたのを村の少女が進み出て笠を拾い上げ、天皇に渡したという話が伝わっています。文明年間に東海道のコースが代わり、この池の真ん中を通るようになり、池は分断されたといいます。明治末期まで東海道の両脇にしばらくは池が残っていたそうです。

Img_1039c_20210425170001  鏡ヶ池の先で、東海道は八風街道に交わります。弘法山田村寺の話をしたら、行ってみようということになり、寄り道。八風街道を200mほど東に行ったところにあります。真言宗醍醐派。ここは、2度ほど訪ねています(たとえば、2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1))。冬至のとき、中風封じが行われ、巨大カボチャで有名。

Img_1043c_20210425170001 Img_1079c_20210425170001  関西本線の踏切を渡り、三岐鉄道三岐線の高架をくぐると、木下山三光寺。真宗本願寺派。平安時代末期、時の後鳥羽院守護職としてこの地を治めた蒔田相模守宗勝の墓碑があります。三光寺の先で東海道は左折するのですが、右を見たら、鳥居が見えました。年寄りの割に好奇心旺盛で、またもや行ってみようとなりました。若宮八幡神社です。元治元(1864)年、「氏子相計り應神天皇を鎮め神として奉祀」だそうです。

Img_1093c_20210425170001 Img_1117c_20210425170001  東海道に戻って、近鉄名古屋線・三岐鉄道三岐線の高架橋をくぐったところ、スタートから5.8㎞ほどのところに冨田一里塚跡碑があります。江戸・日本橋からは98里。JR関西線富田駅の西に八幡神社。康安2(1279)年に勧請されたといいますから、鎌倉時代。境内には、江戸時代から若者たちがトライしてきたという力石(100㎏)があります。

Img_1124c_20210425170001 Img_1140c_20210425190501  富田八幡社の先に、「行啓記念道路碑」。大正天皇が皇太子の時代、ここを通られたことを記念して建てられたもの。大正天皇は、明治43(1910)年11月、第三師団と第十五師団の対抗演習見学のためいらした途中、当時の三重県立第二中学校(旧制富田中学校、現在の四日市高校)に立ち寄られたのです。この碑の先で、東海道は右折。電柱に手作りの案内板が掲げられていて助かります。東海道は、さらに直進するのですが、今日は、次の交差点を右折し、ゴールの近鉄名古屋線・富田駅に向かいます。途中で、吉玉稲荷神社。明治39(1906)年に伏見稲荷大社から勧請してつくられました。

Img_1144c_20210425170101  そのまま富田駅に向かおうとしたら、K氏が「あの大きな松は何だ?」と。私自身、何回か見た記憶はあるのですが、さほど疑問を持たずにいました(苦笑)。やはり一人で行くよりも同行者がある方が、見ているものが違って、よいのです。冨松山(ふしょうざん)蓮光寺跡でした。かつての冨田城主南部家ゆかりの寺があったところ。寺は、平成10(1998)年に茂福に移転しています。現在は、公園。

Img_1151c_20210425170101  そして、スタートから6.9㎞を歩いて、12時15分を過ぎた頃、近鉄富田駅に到着。途中、宝性寺で休憩していますが、歩き始めからは3時間20分。薄曇りで、風はあったものの寒いということはありません。

Img_1163c_20210425170101 1619322033863c  駅の周りを見て回った結果、西口の前にある「達磨や」でお昼を食べることに。「四日市とんてき丼」をチョイス、¥660。とんてきは、四日市名物。リンク先にある「四日市とんてき」の定義からすると、ちょっと外れるところはあったものの、味はまさにとんてきでした。

Img_1189c_20210425192001  昼食を済ませ、近鉄富田駅12時56分発の名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、何と13時03分に到着。あっけない(苦笑)。¥260。今日は、最初に書いたように、現地で6.9㎞を歩き、桑名駅~自宅往復が2.2㎞、合計9.1㎞を歩いて、17,100歩でした。明日以降、本編を書きます。

2020年11月 8日 (日)

20201108JRさわやかウォーキング「蟹江町を散策。寺社・史跡巡り」へ(完)

1108kanie

 新型コロナウィルス感染症のため、2月からJRさわやかウォーキングも、近鉄ハイキングも中止になっていましたが、11月に入ってどちらも再開。ただし、近鉄ハイキングはイベントタイプのものはまだ行われず、常設コースに近い形。JRさわやかウォーキングは、感染症対策を施して、3密にならないよう配慮された、イベントタイプで行われるようになりました。ほぼ9ヶ月ぶりに参加(微笑)(近鉄ハイキングは、2月9日以来:20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完);JRさわやかウォーキングは、2月2日以来:20200202JRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」へ(予告編))。

Img_9465c_20201108162201  今日のJRさわやかウォーキングは、JR関西線蟹江駅がスタート&ゴール。受付は、8時半~12時。桑名駅を9時2分に出る名古屋行き普通に乗車。蟹江駅には9時21分着のところ、3~4分遅れ。¥240。蟹江のウォーキングは、去年11月3日にも開催され、参加しています(2019年11月3日:20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(予告編))。

Img_9473c_20201108162201  駅前でコースマップ(冒頭の画像)と、「第3回蟹蟹フェア」のチラシを受け取ります。そして、久しぶりに「JRさわやかウォKanikani3 ーキング スタート」の看板を見られました。蟹江町のキャラクター「かに丸くん」がポーズを取ってくれます。受付開始から1時間経っていますが、参加者はコロナ以前よりも少ない印象があります。

20201108jrwalkingkanie  こちらは、今日歩いたルートの全体マップ。コースマップ上、7.8㎞となっていましたが、実際に歩いたのは、8.5㎞(実は途中で少しだけショートカットしているのですが)。蟹江でのJRさわやかウォーキングに参加するのは、上述の去年11月の他、2018年3月4日にも来ています(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))。それ故、3回目でかなり馴染みがあります。ほとんど訪ねたことがあるところですので、今回は1回完結の記事。

20201108jrwalkingkanie1  こちらは、コース前半部分の詳しいルートマップ。JR蟹江駅から南へ。蟹江城跡、蟹江神明社から、お楽しみの甘強酒造、銭洗尾張弁財天富吉神社にお参り。蟹江川を越えて、まちなか交流センター「楽人」、尾張温泉かにえ病院のところにある「足湯かにえの郷」と周り、JR関西線を越えます。

Img_9486c_20201108162201  蟹江駅前通に神社があったのですが、社号標も説明板もありません。ネットの地図にも載っておらず、不Img_9489c 明。三重県の神社については、「神社検索(三重)」というサイトがあって便利なのですが、これの愛知県バージョンはなさそう。右の写真は、駅前公民館の東あたりの様子。

Img_9499c_20201108162201  最初の立ち寄り先は、蟹江城跡。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時Img_9505c_20201108162201 任(ときとう)が城塞を築いたのが初めといわれます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。城跡の西、30mのところにで蟹江城本丸井戸跡。細い路地の、民家の軒先にあります。江戸時代の蟹江本町村絵図にも、ここに「古井」と記されています。この井戸跡が、蟹江城がここにあった証拠と考えられています。

Img_9507c_20201108162201  蟹江城本丸井戸跡のすぐ西には、秋葉社があり、氏子の方々が清掃奉仕をしていらっしゃいました。この秋葉社も、ネットの地図にも載っていませんし、ネット検索しても情報は出て来ません。しかし、地域の方が大事に守っていらっしゃる神社と思いました。以前のハイキングでも感じたことですが、蟹江のあたりには、秋葉社がたくさんあります。江戸時代に、火災予防のために祀ったのかも知れません。

Img_9532c_20201108162301  蟹江川沿いを歩いて、蟹江神明社へ。永享年間(1429~1441年)、北条時任が蟹江城築城の際、城の本丸Img_9518c_20201108162301 南の守護神として清洲から御薗神明社を迎えて祀ったのが始まり。天正12(1584)年、蟹江合戦で兵火に遭い、すべてが焼失し、元和5(1619)年に社殿を再興しました。御祭神は、天照大神。

Img_9535c_20201108162301  蟹江神明社の東隣には、「東照山」と山号のあるお堂と、地蔵堂がありますが、これもよく分かりません。「分からないのに何故書くのか?」と思われるでしょうが、その昔、研究者の端くれでした。研究をする上では、何が分かって、何が分からないかを区別しておくことが大切ですし、必要なのです。ひょっとしてご存じの方もいらっしゃるかも知れませんし、教えていただける可能性もゼロではないからなのです。

Img_9543c_20201108162301  続いて、私にとって、今日の最大の目的地・甘強(かんきょう)酒造。左の写真にある旧本社事務所の建物は、昭和12(1937)年建築で、登録有形文化財。味醂、清酒などをつくっておられます。去年11月にも来ています。

Img_9556c_20201108162301 Img_9558c_20201108162301  試飲を楽しみに来たのですが、去年同様、ミニカップでした(微苦笑)。名古屋正宗(本醸造)、いっこく(純米吟醸)(甘強酒造の日本酒のリストはここ)、里香梅 紅麹梅酒、味醂などから選べました。いっこくをいただいてきました。お願いすれば、他も試飲できそうでしたが、時節柄、自粛(苦笑)。

Img_9566c_20201108162301  直売も行われていましたが、今年はセット販売のみ。いっこく、名古屋正宗、あまさけの3本セット(いずれも350ml)を¥1,000でお買い上げ。¥3,000以上買うと、記念品(アルコール カンキョウ77:消毒用エタノールの代用品として、手指消毒に使用可能なもの。飲めませんし、火気厳禁だそうです。左の写真で右端に写っているのがそれ)がいただけ、抽選もできたのですが、さすがに荷物になりますからパス。

Img_9580c_20201108162301  甘強酒造さんの構内にも「蟹蟹フェア」の会場が設けられていました。かにかまの天ぷら、かにかま寿司もあったのですが、Img_9577c_20201108162301 気になったのは魚屋バーガーの蟹コロバーガー(蟹みそ入り)、¥600。「限定50食」とあって、並んでいる人もあり気になります(微苦笑)。元来、行列は大嫌いなのですが、さほど並んではいなかったので、少しだけ我慢。今日の昼ご飯にしようという算段(微笑)。これで、土産も買い、昼ご飯も用意しましたので、安心して歩けます。

Img_9598c_20201108162301  次に立ち寄るのは、銭洗尾張弁財天富吉神社。ここも、たぶん3回目の訪問。尾張で唯一の銭洗弁財天です。Img_9596c_20201108162301 室町時代、永享年間、北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を洗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられています。さすがにお札を洗うのは、憚られましたし、大金はありませんので、持っているだけの小銭を洗ってきました。

Img_9621c_20201108162401  蟹江川を渡り、蟹江町役場、蟹江町体育館の前を通って、スタートから2.7㎞ほどで、まちなか交流センター「楽人」。カワラケツメイ茶のサービスがあるということでしたが、よく分からず、通過。カワラケツメイ茶は、健康茶として飲まれているようです。あとで訪ねた蟹江山龍照院でも、提供されていました。

Img_9630c_20201108162401  尾張温泉かにえ病院に行くまでの道路の歩道に写真のようなものがあるのを見つけました。「大相撲ストリート」といって、ここ尾張温泉通りに、二子山部屋・高砂部屋の力士16名の足型が路上に設置されていましImg_9634c_20201108162401 た。貴乃花、若乃花、朝青龍などの足型もありました。

Img_9637c Img_9646c_20201108162401  尾張温泉かにえ病院のところには、「足湯かにえの郷」。源泉掛け流しの足湯で、無料で利用できます。ウォーキング参加者でも足を浸している方もありましたが、今日は、21℃を超え、この時期にしては少し暑いくらい。なので、パス。

Img_9649c Img_9656c_20201108162401  蟹江のハイキング・ウォーキングは3回目と思いますが、西の方に来たのは初めて。帰ってから地図を見て、ホントに尾張温泉近くまで行ったんだと実感。しかし、温泉には立ち寄りません。北上してJR関西線を越えます。右の写真は、JR関西線を越えたあたりの公園のそば。マップで「今西3」とあるあたり。この先に八幡神社や、地図にはありませんが、松秀寺があり、立ち寄ってみたいとは思いつつ、先を急ぎました。

20201108jrwalkingkanie2  詳しいルートマップは、その2へ。スタートから6㎞ほど、須西小学校のところで、再び蟹江川沿いを歩きます。この先に観光交流センター「祭人」。そのすぐ北東に富吉建速神社・八剣社と、蟹江山龍照院。ここが最後の立ち寄りスポット。龍照院を出てからは、1.3㎞ほど歩いてゴールのはつらつ公園へ。コロナの関係で、ゴール受付はあるものの、参加証へのスタンプ押印はなし。はつらつ公園から蟹江駅までは約300m。

Img_9678c_20201108162401  途中、割愛して、観光交流センター「祭人」。ここは大賑わい。ユネスコ無形文化遺産「須成祭」の展示もありますが、それImg_9681c_20201108162401 は以前見たのでパス。去年も買ったのですが、蟹江の味彩もへのさんが出展していたので、「蟹タクちらし」(¥300)をゲット。去年11月のJRさわやかウォーキングのとき、「小腹が空いていませんか?」と売り込まれ、思わず買っしまったのが、とても美味しかったのです。ただし、これ、今日は土産にするつもり。

Img_9687c_20201108162401

 「祭人」では蟹タクちらしを買っただけで、富吉建速神社・八剣社、蟹江山龍照院へ。本来設定されたコースでは、御葭橋まで戻って、蟹江川を東に渡って行くようになっていたのですが、ショートカット(苦笑)。割とマジメだと自認しているのですが、そこまで堅くはありません(微笑)。

Img_9694c  まずは、富吉建速(とみよしたけはや)神社・八剣(はっけん)社にお参り。両社とも、天平5(733)年に創建、木曽義仲が再建、織田信長が社殿を造営したといわれます。須成祭は、この両社の祭礼とImg_9699c_20201108162401 して行われる川祭です。津島神社の天王祭りと似たお祭です。

Img_9705c_20201108162401 Img_9708c_20201108162401  両社の北に蟹江山常楽寺龍照院真言宗智山派のお寺。天平5年に行基菩薩によって、本尊に十一面観世音菩薩を奉安し創建されたといわれています。御本尊十一面観世音菩薩像は、寿永元(1182年)年、仏師僧教円によって造立されたといい、国の重要文化財となっています。今日は、特別にご開帳があり、拝観してきました。

Img_9735c_20201108185501  境内には、大日如来堂があり、木曾義仲の菩提を弔うために巴御前が安置したといわれる大日如来坐像があります。巴御前は、木曾義仲とともに幼少のころから生涯をともにし、木曾義仲が平家追討の兵を上げたとき、義仲に従って上洛した女性です。義仲の妾(しょう)とされ、元暦元(1184)年1月、近江粟津の戦では敵の首をねじ捨てるなどの活躍をしたのですが、死を覚悟した義仲の命令で戦場を離脱しています。巴御前は、故郷の信濃に向かう途中義仲が建てた寺があることを知り、出家、剃髪し義仲を弔ったという話があり、それがここ常楽寺龍照院だといいます。

Img_9722c  龍照院にお参りしたら、お下がりだということで、飴とポケットティッシュをいただいてしまいました。実Img_9719c は、銭洗尾張弁財天富吉神社で洗った小銭しかなかったので、お賽銭を上げず、拝んだだけなので、気が引けました(苦笑)。

Img_9725c  旧・須成村は、新撰組隊士・佐野七五三之助(さのしめのすけ)の出身地だそうで、境内にはその展示パネルがあり、「かにえボランティア夢案内人」の方が出て、説明をしておられました。佐野七五三之助は、天保5(1834)年、尾張国海部郡須成村の神職、寺西伊予守家班(いよのかみいえのり)の嫡子として誕生。嘉永3(1850)年、父が死去したImg_9728c 後、尊王攘夷を志し、名前を佐野七五三之助と改め、江戸へ向かい、北辰一刀流を学び、元治元(18649年、30歳のとき、新選組の隊士となり京へ行きました。慶応3(1867)年、新選組総員の幕臣取立に抗議し、新選組からの離脱を企てたものの挫折。京都守護職邸で仲間3人とともに自刃。ほぼ即死状態だったといわれる状況で、遺体を運ぼうとした新選組隊士に自分ののどに刺さっていた小刀で斬りかかったといいます。驚いたほかの隊士によりわき腹にとどめを刺されたのですが、屯所に運ばれる途中にも、息絶えたはずの佐野が、縛られていた縄を噛んだといい、隊士たちを仰天させたという壮絶な最後が伝わっています。京都・光縁寺に埋葬されています。享年34。明治2(1869)年、故郷須成村に伝えられ、神葬祭が営まれ、須成天王橋西に墓があります。佐野七五三之助の甥(妹の子)が、第24代内閣・総理大臣加藤高明

Img_9770c_20201108162501  これですべて回りましたので、ゴールのはつらつ公園に向かいます。龍照院からは1.3㎞ほど。11時42分に到着。ゴールにImg_9778c_20201108162501 は、いつものJRさわやかウォーキングのゴールパネル。これを観たのも9ヶ月ぶり。

Img_9784c  はつらつ公園では、甘強酒造さんでゲットしてきた蟹コロバーガーを食べることに。昼食という次第。美味しかったのですが、味が淡泊で、ちょっともの足らない気もしました。蟹みそも入っているということでしたが、よく分からず。バンズは、「全粒粉入りオーガニック」ですから、健康志向のバーガー。味が薄いのもやむを得ないか?

Img_9801c_20201108162501  ゴールのはつらつ公園から蟹江駅までは約5分。11時55分に到着。蟹江駅までが、8.5㎞。割とよく歩いていました。12時ちょうどに四日市行き普通電車があり、それに乗って桑名まで。12時16分着。

Img_9823c_20201108162501  今日のALKOOのデータ。17,066歩。JRさわやかウォーキングで歩いたImg_9824c_20201108162501 のが、8.5㎞。桑名駅往復が2.2㎞。合計10.7㎞を歩きました。JRさわやかウォーキングは、コロナで中断していましたので、スタンプの有効期間は、1年延長されます。スタンプ、今日で6個目。延長のお陰で有効期間はまだ1年以上ありますから、10個はクリアできそう。

Img_9817c_20201108162501  蟹タクちらしは、晩ご飯の時に家族でシェア。甘強酒造で買ってきた土産から、「名古屋正宗」を晩酌に(微笑)。酒蔵に行ったのも、2月9日に早川酒造部に行って以来(20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完))。次は、11月21日(土)に開催予定の「戦国武将ゆかりの地を眺めながら、岐阜公園を訪ねて」に行きたいのですが、この日は相談会を調整中。

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  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

    磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)
    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

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    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

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    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

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    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

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    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)

  • 國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
    ほぼ隠居状態ですから、暇と退屈には困りません(微笑)。それ故にこの本を手に取ったといっても、誤りではありません。著者がいうには、「暇」とは何か、人間はいつから「退屈」しているのだろうかといったなかなか答えにたどりつけない問いに立ち向かうとき、哲学が役に立つというのが著者のスタンス。哲学書なのに、読みやすいのです。スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど、その昔学生時代に取り組んで挫折した哲学者たちの論考を参照しつつ、現代の消費社会における気晴らしと退屈について鋭い指摘がされ、まさに蒙を啓かれます。 (★★★★)

  • 逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)

    逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)
    今さら、なぜこういう統計ソフトの本を読むのか? と訝られると思うのですが、その昔、現役の頃には統計パッケージソフトIBM SPSSを使ってデータを分析して論文を書いていました。ただ、SPSSを始め、統計パッケージソフトは、値段がバカ高いのです。退職する前からこのRというフリーの統計処理ソフトが出て来て、ずっと興味を持っていました。先日、文庫本を買おうと思って本屋に行ったらこの本を見つけてしまいました(微笑)。今さらこれを使ってバリバリやる訳ではありません。むしろボケ防止かも知れませんが、昔のデータはそのままパソコンにありますから、これを使って、昔はやらなかった分析をしてみようと思っています。何か成果が出るかどうかは極めてアヤシいのですが、まぁゆるりといろいろやってみることにします。 (★★★★)

  • 林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)

    林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)
    たまにはこういう本も読まないと、認知機能が退化するかもしれないと思って(微苦笑)。というよりも、もともと神経心理学に興味がありましたので、本屋の店頭で見つけ、これは面白そうだと思って購入しました。うつ、自閉スペクトラム障害、ADHD、統合失調症、双極性障害など、現代人を悩ませる心の病について、脳にどのような変化が起きているか、最新の知見がまとめられています。最前線の研究者たちがわかりやすく説明しているのですが、知識ゼロで読むのはかなりキツいかも知れません。私は現役をリタイアして10年以上になりますが、その間にこれほど研究が進んだのかというのが正直な感想。心の病の原因は、1つとは限りません。心の病は「症候群」と見た方がよいと考えます。私自身が関わる自閉スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害でもそうです。脳機能と心の病との関連について最新の知見を知りたい方にはおすすめ。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)

    磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)
    本の帯に「大河より面白い!」とありますが、本当にそうでした。午前中の散歩のついでに買ってきて、夕食までに一気に読み終えてしまいました。もったいない気がするくらい。松平元康がいかにして徳川家康になったか、さらに徳川将軍家がいかに続くよう礎を築いたかが、よく分かりますし、戦国時代から徳川幕府創世記までの歴史を見る目が養われる本です。それというのも、著者の磯田さんが古文書の権威で、一次史料を読みこなすだけでなく、場合によっては価値が怪しい資料まで傍証に用いて(怪しい資料でも使い道があるというのも良く分かりました)、ご自身の頭で考えた結果を実に分かりやすく解いてくれてあります。徳川家康の弱者の戦略のキーワードは、「武威」と「信頼」ということです。また、情報の取得、解読にも意を尽くしたことがよく分かります。混迷を深める世界情勢を読み解いて、我が国が進む方向を考える上でも役に立つ一冊。 (★★★★★)

  • 井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)

    井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)
    発達障害、とくに自閉スペクトラム症(ASD)の方では、感覚過敏や感覚鈍磨をよく伴います。「照明で目がチカチカする」「皆が話している教室では。音が鳴り響き絶えられない」「ケガをしてるのに、痛みを感じない」などさまざまな状況を呈します。著者は実験心理学や、認知神経科学を専門とし、ASDの方に見られる感覚過敏、感覚鈍磨は、脳機能の特性から来ていることを明らかにしてきています。ASDなど発達障害のあるご本人はもちろん、親御さん、教師など関わりを持つ方々は、このことをよく理解して支援にあたることがとても重要です。ASDを始めとして発達障害について、「わがまま」「自分勝手」「やる気がない」などと捉えてしまうと、支援どころか、理解もできなくなります。脳の働きによってさまざまなことが生じてきているという視点が必要不可欠です。この本は、感覚過敏・感覚鈍磨を手がかりにそういう視点について理解を深められます。 (★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)
    2022年12月のNHKのEテレ「100分de名著 中井久夫スペシャル」のテキストです。今頃(2023年2月)これをリストアップしているのはどうかという気もしますが、録っておいたビデオをみたのが最近なのです。中井久夫さんは、2022年8月にお亡くりになりましたが、日本を代表する精神科医のお一人であり、翻訳家、文筆家としても一流でした。現役の頃、中井さんの本はたくさん読みました。臨床心理学の分野でも「風景構成法」を導入した方として知られています。Eテレの講師である齋藤環さんは、中井さんを評して「義と歓待と箴言知の人」と書いておられますが、まさにそういう気がします。『最終講義』『分裂病と人類』『治療文化論』『「昭和」を送る』『戦争と平和 ある観察』が紹介されています。現在もウクライナで戦争が続いていますが、中井は「戦争は過程、平和は状態」とし、戦争は物語として語りやすく、とにかくかっこよくて美しい、それが問題だといいます。一方、平和は分かりにくく、見えにくいため、心に訴える力が弱いとします。「状態を維持する努力はみえにくい」のですが、戦争と平和に限りません。普段通りの日常生活を維持していくのも同じような気がします。戦争を経験していない人間が指導者層の多くを占めるようになると戦争に対する心理的抵抗が低くなるともいいます。「戦争には自己収束性がない」とも中井さんはいっています。われわれはやっかいな時代に生きていると痛感します。中井さんの本を多くの方が読むと、時代も変わるかも知れません。 (★★★★★)

  • 桑名三郎: 七里の渡しを渡った人達(久波奈工房)
    桑名と名古屋の宮を結んだ東海道唯一の海路「七里の渡し」をテーマにした歴史本です。船頭が旅人を案内しながら、七里の渡しを渡った歴史上の24人を紹介する内容。やさしい話し言葉で紹介されており、読みやすい本です。徳川家光、松尾芭蕉、明治天皇などが取り上げられています。著者は、桑名で歴史案内人をしながら、街の歴史を研究している、街道好きの方です。本は、桑名市内の書店とメルカリで¥1,200で販売。 (★★★★)
  • 磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)

    磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)
    磯田さんの本は面白い。というのも、話のもとには古文書があるからだと思う。その古文書も磯田さん自身が、古書店などで発掘してきたものがほとんどで、それ故、内容もオリジナリティが高くなる。この本は、戦国時代から幕末あたりを中心にさまざまな古文書の内容をもとに、例えば忍者の悲惨な死に方、江戸でカブトムシが不人気だった背景、赤穂浪士が吉良の首で行った奇妙な儀式などなど、興味深いエピソードを浮かび上がらせている。面白いので一気読みしてしまった。 (★★★★★)

  •  佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)

    佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)
    史跡や、寺社、町並み、城、美術工芸品等の見方がやさしく解説されている本です。「事典」となっていますが、いわゆる辞書とは違って、普通の本のスタイルです。索引が充実していますので、事典としても十分に使えます。最初の版をもっていますが、40年ぶりに改訂され、写真、図版も多く、歴史散歩の最強の味方です。 (★★★★★)

  • 日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)

    日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)
    今年1年、何の因果か(などと書くとお叱りを受けること必至ですが)、住んでいるマンションの管理組合の理事長を仰せつかっています。今年は、エレベーターリニューアル工事が最大のイベントで、それは無事に済んだのですが、前理事長から8年後に迫った第3回大規模修繕に向けて、修繕積立金が不足する見込みと申し送られました。確かにかなりの金額が不足しそうで、頭を悩ませていました。マンションに住みながら、そもそも基本的な知識が不足しており、管理会社のフロントマンの方の協力を得ながらシミュレーションなどをしていました。ネットであれこれ調べてはいたものの、それで得られる知識は体系的なものではありませんでした。この本は、事例を元にマンション管理について必要な知識が得られるように書かれており、まだすべて読み終えてはいないものの、とても役に立っています。任期残り2ヶ月半となって付け焼き刃ではあるものの、次の理事会に具体的に課題を申し送ることができるよう勉強中(笑)。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)

    宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」や「どうしても頑張れない人たち」の著者である宮口幸治さんの新刊です。前2著の内容をよりよく理解できるよう、「ドキュメント小説」として書かれたものです。主人公は、精神科医の六麦克彦。医局から派遣されて要鹿乃原少年院に勤務して5年。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちでした。この内容は、前の2冊のように普通の新書では書き尽くせるものではなく、物語の形を借りざるを得なかったのでしょう。ただし、普通の小説として読むのには少し苦労するかも知れません。特別支援教育が普及して、知的障害や、発達障害のある子どもへの教育や支援は、以前に比べれば改善されてはいますが、最近は、家族の養護能力が十分でなかったり、親など家族自身に支援が必要なケースもたくさんあります。こうした中には、この本で取り上げられたような結末に至ることがあっても不思議ではないという気がします。極端な事例が集められていると思われるかも知れませんが、社会全体として真剣に取り組むべき課題が突きつけられています。 (★★★★)

  • 本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)

    本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)
    本田秀夫先生によるこのSB新書の4冊目のシリーズ。今回は、発達障害のあるお子さんの学校選び、学級選び、友達関係、学習や学力の悩み、不登校など、発達障害のあるお子さんの学校生活全般にわたって、どのような考え方に基づいてサポートしたら良いかについてまとめられています。それぞれ、親と先生とが、どのように取り組むことが基本となるか、解説されています。対策よりも予防的な工夫をコミュニケーション(要求ではなく)に基づいて行う、「学校の標準」を緩める、登校や成績を気にしすぎず、社会に出るための土台作りを考える、発達の特性には寛容になる、学びを大切にするが学力にこだわりすぎない、親と先生とが気づきを伝え合い相談、調整する、子どものモチベーションを重視するなど、具体的に書かれていて、分かりやすくなっています。発達障害のあるお子さんが小中学校で充実した学習が進められるための基本的な考え方やヒントが詰まっていますので、親御さんにも、先生方にもお勧めできます。 (★★★★★)

  • 佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?

    佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?
    サンドウィッチマン&芦田愛菜ちゃんMCの「博士ちゃん」に「三国志博士ちゃん」、「日本の神様博士ちゃん」として2回出演した佐々木秀斗君の自由研究を本にしたもの。何故これをここに取り上げたかというと、私のブログに載せた立坂神社の緑色の鳥居について、写真を提供して欲しという依頼が出版社からあったのです。私が提供した写真は、本書の162ページに「提供:猫の欠伸研究室」として載っています。ざっと読みましたが、大人でも、古事記や神社についてよく知らない方が、最初に手に取って基本的なことがらを知るには、わかりやすくて良い本だと思います。 (★★★★★)

  • 森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)

    森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)
    ネットで見つけ、新刊かと思って購入したのですが、4年前の本でした(微苦笑)。 若い頃に森博嗣さんの小説をすべて読んでいました。いつの頃からか、小説は読まず、森さんのエッセイだけを読むようになっています。「読書の極意を教える」と帯にはあります。もちろんそれについて書かれているのですが、私にはある種の知的生産の技術について著者の方法を開示していると読めます。「何でも検索できる時代にも、本を読む意味がある」というのは、よく首肯できます。また、「教養とは保留できる能力をいう」というのも確かにそうだと思います。自分の問題として抱続けられ、また、考え続けられるのは、容易ではありませんから。 (★★★★★)

  • 井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)

    井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)
    愛媛県新居浜市にあった別子銅山は、元禄3(1690)年、伝説の切上り長兵衛によって発見されてから、昭和48(1973)年の閉山まで、283年間にわたり、累計65万トンの銅を産出しました。これは、世界の銅の産出量の1/6にも達するといいます。巨大財閥住友の礎となっただけでなく、日本の貿易や近代化にも大きく貢献したのがこの別子銅山です。江戸時代には貨幣改鋳にも深く関わった世界屈指の鉱山を舞台に、そこに関わった人達を鮮やかに描いた、本当の意味での大河小説です。徳間時代小説文庫で読みました。  (★★★★)

  • 養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)

    養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)
    養老孟司先生と池田清彦先生の対談であれば、外れはありません。サブタイトルのように、「はみ出し日本論」ではありません。ど真ん中の日本論といってもよい本で、楽しみながら読めます。しかし、それは、自分のアタマできちんと考えているからこそ論じられる内容だと思います。常識や、マスコミで報道されることがらだけをフォローしていては、こういう風に考えることはできません。きちんとした理論、知識、データに基づかなければなりません。さらには、物事を捉える大きな枠組み、私の世代にとっては「パラダイム」といえるものが必要。それも、確固たるパラダイムが必要です。私にとってそれはある種の理想なのですが、なかなか難しい。しかし、まぁ、年寄りになったからこそ見えるものや、年寄りなりの知恵も働くようになるということもありますから、養老・池田の「怖いものなし」コンビを1つの目安として、言うべきこともいえるようになりたいものです。 (★★★★★)

  • 土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)

    土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)
    先に同じく土井善晴さんの「一汁一菜でよいという提案」を挙げましたが、入手したのはこちらが先。「一汁一菜でよい」というスタイルに至るまでの土井さんの修行、出会い、発見、迷いなどなどが書かれています。「家庭料理に失敗なんて、ない」、「すべては人を幸せにする料理に繋がる」というのが基本。具だくさんの味噌汁はおかずの1つになる。余裕があれば、食べたいものや、食べさせたいものをその都度調べてつくればよい。一汁一菜を入り口にして、一つ一つおかずをつくってみて、10種類ほどでもできるようになれば、それで幸せに一生やっていける。といった話があり、へぇーと感心させられました。これだけで健康に健やかに自足できるとも述べられています。一汁一菜なら、私にもできる、でしょうか?? (★★★★★)