酒蔵

2022年3月 5日 (土)

20220305近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「銘酒『三重の寒梅』丸彦酒造をたずねて」へ(1回完結)

Img_5728c_20220305170501  桑名では、最高気温が17.4℃にもなりました。午前中から14時頃まではよく晴れていて、まさにハイキング日和。先週に引き続き、近鉄の酒蔵立ち寄りハイキングに行ってきました。今日は、「銘酒『三重の寒梅』丸彦酒造をたずねて」ということで、四日市市川島町にある丸彦酒造さんへ行ってきました。丸彦酒造さんの「三重の寒梅」は、鈴鹿山系の地下水と酒造りに最適な山田錦をつかった美味しいお酒。私は、これまでに2回、近鉄の「酒蔵みてある記」で訪ねましたが(2018年1月30日:酒蔵みてある記“銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(その3)……河島神明神社、西福寺そしていよいよ丸彦酒造へ(完)、2019年1月26日:20190126近鉄ハイキング“酒蔵みてある記 銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて”へ(予告編))、今日は同級生K氏と2人で。

Img_5609c_20220305170501 Img_5606c_20220305170501  先週と同じく、近鉄湯の山線・伊勢松本駅で9時40分~10時40分が受け付けでしたので、桑名駅を9時2分に出る松阪行き急行に乗車。四日市には9時15分着。9時29分発の湯の山温泉行き普通に乗り換え。伊勢松本駅には、9時34分着。¥380。着いたときには、前回よりやや多い人たちが並んでいました。

Img_5613c_20220305170501 220305maruhikomap  左の写真は、今日のコースマップ。近鉄ハイキングのパンフレットでは約6㎞となっていましたが、実際には約5㎞でした。過去2回とはコース設定が異なり、丸彦酒造さんを眺めながら遠回りしていたところがカットされていました。これで、美味しいお酒を目の前に「お預け」をくらった状態にならずに済みそうです。右の画像は、実際に歩いてきたルート。伊勢松本駅から南へ。松井神社を経て(このあと鹿化川沿いに出るまで、境内で寄り道をし、少しコースを外れています)、鹿化川沿いを歩いて、上布田遺跡の説明板、鹿化川千本桜並木を歩いて、丸彦酒造さんへ。その後、コースマップでは伊勢川島駅へ向かうのですが、「もうちょっと歩いても良いな」ということになり、西福寺、伊勢三郎首塚、河島御厨神明神社まで足を伸ばしてきました。ちなみに、もらったコースマップのナンバーは#65。

Img_5619c_20220305170501  スタートしたのは9時40分。左の写真は、松本街道を渡るところ。スタート直後は、けっこう賑わっていますが、このあと、酒蔵に直行する人、コースマップ通りに歩く人、最初の立ち寄り先の松井神社であれこれ見て回る人と、いろいろに分かれます。

Img_5625c_20220305170501 Img_5629c  われわれは、せっかく来たからにはあちこち見て回ろうというタイプ。まずは、松井神社。ここは、Googleマップでは「松本神社」と表示されますが、キョリ測では松井神社と神明松乃神社の2つがあるとされます。神社検索(三重)のサイトにはありませんので、神社庁には登録していないと思われます。四日市市の常磐地区ホームページによれば(こちら)、「神明松乃神社(ご祭神:天照大神豊受毘売之命(卜ヨウケヒメノミコト))と、松井須賀神社(ご祭神:健速須佐之命(タケハヤスサノオノミコト))が一つになり松本神社となった。大正15年(1926)に八阪神社(赤堀)から分祠された」とあります。赤堀の八阪神社は、京都の八坂神社の分社で、御祭神は健速須佐之命。さらに八阪神社は、豊受大神宮(外宮)と縁があり、ご遷宮の際、鳥居を下賜されているといいます(こちら)。

Img_5636c  この神社があるところは、松本城跡。「松本城跡」という石碑は、平成15(2005)年10月に常磐地区社会福祉協議会が建てたもの。碑陰には、“「吾妻鏡」に「……まず進士三郎基度の朝明郡富田之館を襲い挑発数刻にして、基度及び舎弟松本三郎盛光・同四郎・同九郎らを誅した……」とあり、1204年に起きた三日平氏の乱で松本氏が本城を拠点にして戦った”とあります。三重県教育委員会編「三重の中世城館」によれば、「松本の西方丘陵の末端、団地造成のため丘陵も削平され、残る丘陵の上にも遺構はない」そうです。

Img_5659c_20220305170501 Img_5662c  中世の城館跡はたいてい小高い丘の上にあります。松本城跡も30メートルほどの丘の上にありました。神社を出て下っていくと鹿化川(かばけがわ)に行き当たります。ここからほぼ鹿化川に沿って西に向かいます。北側には、青葉台、松が丘、松本台などの住宅団地が広がっています。途中、スタートから1.2㎞ほどのところに「上布田遺跡(じょうふでんいせき)」と書かれた看板が立っていました。このあたりから須恵器、土師器、山茶碗などが出土したそうです。土師器は、古墳時代に属する可能性があるようですが、他は、平安時代後期から鎌倉時代にかけての遺跡と考えられています。「上布田」という名は、松本御厨(松本町付近にあったと推定;伊勢神宮に神饌を貢進する所領)から、神宮に納められた「上分米(じょうぶんまい)」を収穫する水田を意味すると考えられています。

Img_5674c_20220305170501 Img_5670c_20220305170501  鹿化川沿いには、千本桜並木があります。以前来た時にも思いましたが、桜の季節には見事な眺めになるでしょう。右の案内板にありますように、昭和の終わり頃、川島老人会が桜の苗木を植えたものが、ここまで育ったということです。

Img_5689c_20220305170501 Img_5700c_20220305170501  丸彦酒造さんへの途中で、キセキレイとカワセミ。キセキレイは、以前にもここで見かけましたが、カワセミは、もう少し上流に「カワセミがいる川」という看板があったものの、過去2回のハイキングでは見られませんでした。今日は、延べ2回目撃。2回目に見たとき、われわれがいたところから少し下流側の護岸に止まったのです。それが右の証拠写真。

Img_5696c_20220305170501 Img_5719c_20220305170501  カワセミを見たところから振り返ると、今日の目的地である丸彦酒造さんが見えます。以前の2回のハイキングでは、これを見ながら、鹿化川をさらに上流の方に歩いて、歴明寺、伊勢三郎首塚、河島御厨神明神社、西福寺と回ってから丸彦酒造さんに行ったのですが、今日のコースは、この交差点から直行(微笑)。丸彦酒造さんの東にあるお宅で、見事なしだれ梅。これは相当手入れが行き届いているはず。たくさんのハイキング参加者が写真を撮っていました。

Img_5732c_20220305170501 Img_5736c_20220305170501  冒頭の写真のところが、丸彦酒造さんへの入り口。スタートからほぼ3㎞、10時半頃到着。50分しか歩いていません(微苦笑)。以前来た時より、空いています。まずは、抽選会へ。もらったコースマップに付された番号で当選が決まるのですが、残念ながら、今回は見事にハズレ。「2度あることは3度ある」を期待したのですが……。ワンカップは下1桁が「2」、徳利は同じく「8」。二人とも討ち死に(大げさな!)。参加賞のピーナッツをもらってきました。

Img_5746c_20220305170501 Img_5739c_20220305170501  続いては、期待の試飲。丸彦酒造さんでは、毎回、有料。1杯¥100なのですが、さすがに有料だけあって、まずはコップのサイズが大きい。そして、そこになみなみとついでもらえるのです(喜)。こぼさないように細心の注意が必要になります。座るところを探して、参加証でもらったピーナッツをつまみに、何はともあれ乾杯! ここで、同級生K氏が、リュックから取り出したのが、奥様が持たせてくれたというつまみ。ありがたい。たまたま隣に来られた方にもお裾分けして、ひっそりと盛り上がりました。ちなみに、この方御年80代半ばにして、毎日朝夕と20㎞以上も散歩するとか、70代半ばの時に思い立って東海道を歩き通したとかおっしゃり、われわれ2人は脱帽(苦笑)。

1646445216601  話が弾み、「ちょっと足らないな」ということになって、もう¥100ずつ払って、追加の試飲。試飲は、三重の寒梅の「蔵出し原酒」。薦に「肴よし 酒よし 友よし 寿福無量 ここにきわまれり」とあったのですが(上左の写真をご覧ください)、まさにそんな感じ。三重の寒梅、「酒臭さ」があまりありません。今風にいうと、フルーティーでマイルド。透明度も高く、洗練された感じです。私好みの酒です。ちなみに、左の写真では、紙コップが重なっていますが、これが2杯目の証拠(^_^)

Img_5756c_20220305170501 Dsc_0007c  試飲のあとは、これまたお約束の即売会へ。「三重の寒梅 初しぼり」(¥1,400)と、ワンカップ(¥300)を買ってきました。「三重の寒梅 初しぼり」が、試飲したものにもっとも近いそうです。という次第で、結局、丸彦酒造さんには1時間ほど滞在してしまいました。余談ながら、今日の晩酌には、ワンカップをいただきました。普段アルコールを口にしない娘も、「これは飲みやすい」といっています。

Img_5760c_20220305170501 Img_5764c_20220305170501  土産を買って、リュックも重くなったのですが、もう少し歩こうということになり、丸彦酒造さんから西へ。伊勢三郎首塚などを見てくることにしたのです。その前に、真宗大谷派の永角山西福寺へ。創立年代は不明ですが、もとは金剛寺といい、浄土真宗大谷派に改宗して西福寺というようになったそうです。こちらには、「一度焼かれたともいわれるものの、実際のことかどうか分からない」とありました。

Img_5776c_20220305190801  西福寺には、伊勢三郎の墓所があります。ここ三重郡川島村は、江戸時代初期には亀山藩領であり、藩主の石川昌勝の命によって慶安4(1651)年に、ここに伊勢三郎義盛の墓が作られたといいます。中には宝篋印塔(ほうきょういんとう:宝篋印陀羅尼という呪文を収めた塔。のちに供養塔,墓碑塔として建てられた)が納められています。

Img_5816c Img_5812c_20220305191101  西福寺からさらに西に行った、水田のまん中に伊勢三郎首塚があります。伊勢三郎(?~文治2(1186)年)は、源義経の家来で、四天王の一人。出身は伊勢とも上野(こうずけ:群馬県)ともいわれるようですが、ここの案内板には、「平安時代末期に三重郡郡司・俊盛の子として、菰野町福村に生まれた」とあります。三郎は、通称で、名は能盛とも書きます。戦に敗れて自刃した伊勢三郎の首を家臣の川島村の者が生地に持ち帰り首を埋めたとのことです。

Img_5841c_20220305170601 Img_5834c_20220305170601  伊勢三郎首塚のすぐ北に河島御厨神明神社。川島には、ここ河島御厨神明神社と、御園川島神社の2つの神社があります。こちらは、俗に「東の宮さん」と呼ばれているようです。この河島御厨神明神社は、「御厨」とありますように、伊勢神宮の神領でした。御祭神は、天照大御神建速須佐之男命大山祇神大日孁貴(おおひるめのむち:天照大神の異称)です。

Img_5831c_20220305170601 Img_5828c_20220305170601  ここの拝殿には、江戸時代、3つの算額が奉納されていて、市指定の有形文化財になっています。算額は、数学の問題を解いて、神社仏閣に奉納した絵馬の一種です。このあたりの人たちが、和算を学んでいたことを示しています。左の写真で、向かって右は、もっとも古い寛政2(1790)年のもので、三重県最古だそうです(こちら)。この寛政2年の額には3問が取り上げられ、第1問は『闡微算法(せんびさんぽう)』(武田濟美著、寛永3(1750)年)にある問題を解いたものだそうです。第2問は、菱形に3つの縁を内接させた図形に関するもの、第3問は、直角三角形に5つの縁を内接させた図形に関する問題で、いずれも三平方の定理を繰り返し用いて、解答しているといいます。天保15(1844)年の額は「當社産子 柳川安左衛門」の奉納で出題した問題を門人の「清水中治」が文久4(1864)年に回答したことが裏面に記されているそうです。右の写真で、左から2つ目は、文久3(1863)年の額で、清水貞信が出題したものですが、題意は不明ということです。左端にある新しい算額は、四日市大学関孝和数学研究所が、平成29(2017)年に奉納したものです。「小川粋直門人六名」という名前になっています。6名の方が、1問ずつつくったようで、6問が載っていました。ただし、小生には理解困難。

Img_5848c_20220305170601 Img_5859c_20220305170601  河島御厨神明神社で12時を過ぎた頃。さらに西に行くと、歴明寺などがありますが、今日はここまで。ゴールの近鉄湯の山線・伊勢川島駅に向かいます。丸彦酒造さんの方に戻り、さらに三滝台の住宅団地を通って、伊勢川島駅には、12時45分頃に到着。時刻表を見たら、12時51分に四日市行き普通がありましたので、それに乗車。四日市には12時59分に到着。¥230。

Img_5878c Dsc_6343c  昼食を摂ることとし、南改札口の外にあるうどん・そばの「四日市庵」へ。丸彦酒造さんで試飲を2杯のみ、つまみも食べていましたから、軽くという次第。天ぷらきしめん(¥380)をチョイス。駅ナカのうどん、そばの店はたいていハズレがありません。ここも美味しかった。

Img_5910c_20220305170601  近鉄四日市発13時28分の名古屋行き急行に乗車し、桑名駅には13時40分着。¥300。現地で歩いたのは、6.6㎞。我が家から桑名駅往復が2.2㎞ですから、合計8.8㎞。歩数は、16,026歩。

Img_5854c_20220305170601  余談をいくつか。まずは、先週、伊勢松本駅前にあのKINGと書かれた謎のおじさんロゴがあしらわれた自動販売機を見つけましたが(2022年2月27日:20220227近鉄ハイキング「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」へ(完)……ほぼ2年ぶりの近鉄ハイキングに参加、オマケはKINGの自販機の話)、今日は、伊勢川島駅前でも発見。テイスターという会社のもの。ヒョッとしたら、近鉄湯の山線の各駅に設置されているのか、という気がしてきました。当てずっぽうですから、確認が必要です。

Img_5585c Img_5592c_20220305170501  余談その2。これは、JR桑名駅の切符売り場の前にありました。国鉄時代に製造されたJR東海の車両が今月、全て姿を消すそうですが、その最後の車両が在来線の211系0代です。昭和から令和(1986~2022年)まで走り抜いたことになります。この車両は、この地方では東海道線、中央線、関西線を走っていて、私も、何度も利用したことがあります。この「惜別」のパネル、亀山駅にも色違いのバージョンがあるそうです。

Img_5596c  次回のウォーキング/ハイキングは、3月中旬に、県内の東海道歩きの続きを予定しています。庄野宿から亀山宿までは見るべきところも多く、ちょっと大変ですので、途中のJR関西線・井田川駅までの見込み。写真は、往きに近鉄桑名駅で見た「かぎろひ」。クラブツーリズムの貸し切り専用列車。近鉄では、引退してしまった特急車12200系を団体専用列車15400系に改造したものです。

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2022年2月27日 (日)

20220227近鉄ハイキング「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」へ(完)……ほぼ2年ぶりの近鉄ハイキングに参加、オマケはKINGの自販機の話

Sakagura  ほぼ2年ぶりに近鉄ハイキングに参加してきました。インチキな「勝手にハイキング」ではなく、本物の近鉄ハイキングです。前回は、新型コロナウィルス感染症が蔓延し始めたころ出かけた「酒蔵みてある記」でした(2020年2月9日:20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完))。この「酒蔵みてある記」は人気があり、再開希望がたくさん寄せられたようで、今年、「酒蔵立ち寄りハイキング」として復活しました。うかつにも再開されたのを知らず(というのも、江戸橋方面での非常勤が、1月12日で打ち切られ、近鉄に乗る=近鉄の駅に行くチャンスがなくなり、駅にパンフレットが置かれているのに気づかなかったのです)、出遅れてしまいました。

Img_2885c_20220227155401 Img_2875c_20220227155401  今日は、「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」ということで、近鉄湯の山線・伊勢松本駅から、春の丘、夏の広場を経て神楽酒造に立ち寄り、四日市あすなろう鉄道・西日野駅がゴールという5.2キロのハイキング。桑名駅を9時2分に出る松阪行き急行に乗車。四日市には9時15分着。湯の山線に乗り換えるのですが、四日市駅に着く頃、小雨が降っていて、心配しましたが、9時29分発の湯の山温泉行き普通が出る頃には晴れてきました。伊勢松本駅には、9時34分着。着いたときにはすでに50名くらいが並んでいました。検温を受け、アルコール消毒をして、コースマップを受け取ります。

Img_2889c_20220227155401 220227isematsumoto0  こちらが今日のコースマップ。右は、いつものように、キョリ測で描いたもの。立ち寄り先は、ほぼ神楽酒造のみ。途中、春の丘、夏の広場を通りますが、立ち寄っては来ませんでした。この2箇所は、「四郷地区風致地区 ふるさとの道」として整備されています。小高い丘になっているかと思ったら、夏の広場近くで標高が68メートルあり(キョリ測によるデータ)、登り道はけっこう大変でした(苦笑)。

Img_2907c_20220227155401  伊勢松本駅をスタートしたのは、9時45分。松本街道を東へ。ときわ2丁目で右折し、南下します。住宅地を抜けて、鹿化川(かばけがわ)に行き当たるまで直進。左の写真は、ときわ4丁目あたり。

Img_2929c_20220227155401 Img_2918c  鹿化川に行き当たったところで右折し、西へ。途中で、ダイサギや、カワウを目撃。このあたりには、ハクセキレイや、ツグミもいました。鹿化川の下流でも野鳥が見られます。鹿化川の中流域の河岸には「千本桜並木」が並びます。この千本桜あたりは、来週の「酒蔵立ち寄りハイキング」で丸彦酒造に行くときに通るはず。

Img_2939c_20220227162001  吉田橋で右折し、再び南下します。コースマップには、吉田橋から少し行ったあたりに「登り坂」と書かれています。2㎞地点で、標高16メートル。

Img_2943c_20220227155401 Img_2951c_20220227155401  2.5㎞地点に「春の丘 のぼり口」という案内板がありますが、ここで標高41メートル。曲がった先が右の写真で、かなりの登りになっています。

Img_2947c_20220227155401  ちなみに、こちらが「散策マップ」。春の丘の手前には、梅並木とありますが、まだほとんど咲いていませんでした。花が咲いていれば、もう少し和んで、楽しみながら登ることができたような気がします。

Img_2959c_20220227155401 Img_2991c_20220227155401  春の丘。小高くなっていて、展望台や、四阿がありました。桜も植わっています。桜の季節には、よいところでしょうと思いつつ、上がってはみず、通過。このあたりで、スタートから2.8㎞。春の丘の先は、竹林。

Img_2997c_20220227155401 Img_3011c_20220227155401  散策路には案内標識があちこちに立てられていて、迷うことはありません。3㎞を過ぎたあたりに夏の広場がありました。ここも小高い丘になっています。先ほどの散策マップによれば、「ひまわり花壇」があるそうです。道沿いには、サザンカが咲いていました。

Img_3024c Img_3028c_20220227155401  スタートから約3.5㎞に「四郷保育園へ」という標識があり、ここから急な下り坂を行きます。落ち葉が積もっていて、歩くのには要注意。もはや前期高齢者ですから、足元を確かめつつ行かねばなりません(苦笑)。

Img_3034c_20220227155401  200メートルほど行くと、視界が開けます。かつて住んでいた笹川団地方面がよく見えるところ。ここまで来ると、神楽酒造のすぐ北になります。

Img_3052c_20220227155501  神楽酒造には、10時35分過ぎに到着。スタートから50分、3.8㎞。途中、どこにも寄り道をしていませんが、いかにも速い。アップダウンがありましたので、決しては楽ではありませんでした(苦笑)。

Img_3056c  着いて早々、受付で「くじ引き」。当たると、日本酒の4合瓶1本がもらえたようですが、残念ながら、はずれ。「惜しかったねぇ、甘酒を飲んでいって頂戴」でした。

Img_3060c_20220227155501 Img_3064c_20220227155501  コースマップに試飲券が付いており、1杯だけいただけます。1杯といっても、右の写真のように、小さな紙コップに1杯(微苦笑)。家内から「酔っ払うほど飲まないように」という注意を受けたのですが、これでは「嘗めてみただけ」です。有料試飲(1杯100円)もありましたが、今日はこれ以上は呑まず。

Img_3069c 1645926109605c  即売会の方へ。「神楽」という特別純米生酒の4合瓶を1本、お買い上げ。¥1,320。大事にリュックにしまって、持ち帰ってきました。試飲でも呑みましたが、生酒特有のフルーティな香りで濃厚な味わいです。キッチンカーが1台来ていましたし、いなべ市で採れたトマトや、焼きちくわなども売っていましたが、時節柄、宴会をする訳にもいきませんので(過去の酒蔵みてある記では、一人宴会も辞さなかったのですが……)、土産をゲットしたら、早々に退散。

Img_3076c_20220227164801  その前に、神楽酒造は、安政5(1858)年に、現在の地、四日市市室山町で創業しています。五代目小左衛門が「神楽」の酒名で酒造りを開始したそうです。また、ここには、かつてあった近鉄八王子線の室山駅の駅名板が保存されています。現在は、四日市あすなろう鉄道になっていますが、八王子線は、内部線の日永駅から、伊勢八王子駅まで運行していたのですが、昭和49(1974)年に天白川の集中豪雨による水害で日永駅~伊勢八王子駅間が休止となり、昭和51(1976)年、日永駅~西日野駅間は復旧したものの、西日野駅~伊勢八王子駅間(1.6km)は廃止されています。神楽酒造の南の天白川沿いに室山駅があったようです。

Img_3100c_20220227155501 Img_3113c_20220227155501  天白川沿いの道に出て、東に向かいます。途中、四郷(よごう)郷土資料館の建物が見えましたが、現在、修復工事中。四郷郷土資料館は、一度訪ねています(2017年12月19日:雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その3、完))。

Img_3128c Img_3132c_20220227155501  天白川沿いをほぼ1㎞歩くと、四日市あすなろう鉄道八王子線・西日野駅に至ります。四日市あすなろう鉄道は、昨年の「歩いて伊勢参りツアー」の時にも何回か乗ったのですが、それは内部線の方。私は、八王子線に乗るのは初めて。11時頃に着いたのですが、あいにく、ちょうど11時発のあすなろう四日市行きの電車が出ていくところ(苦笑)。ここまでで歩いたのは、5.2㎞。

Img_3152c_20220227155501 Img_3167c_20220227155501 結局、30分待ち。以前にも何回か書いていますが、ここもナローゲージ。線路幅が762mmしかない特殊狭軌で、電車もミニサイズ。11時30分発に乗車。西日野駅の次が日永駅。ここで内部線と合流。赤堀駅を経て、あすなろう四日市には、11時39分に到着。近鉄名古屋線に乗り換えます。11時51分の急行名古屋行きに乗車し、桑名駅には12時4分着。徒歩にて、12時20分には帰宅。朝、家を出たのが、8時30分過ぎでしたから、まさに「安・近・短」のハイキングです。気温は、桑名で13.6℃まで上がりましたが、途中、強風。桑名では、最大風速9.5m/s。しかし、アップダウンがあり、途中、汗を掻きました。

Img_3189c_20220227155501  歩数は、12,919歩。現地で歩いたのが5.2㎞、自宅~桑名駅往復が2.2㎞ですので、合計7.4㎞。普段の散歩よりやや多いくらいでした。来週土曜には、「酒蔵立ち寄りハイキング 銘酒「三重の寒梅」丸彦酒造をたずねて」があります。今日と同じ伊勢松本駅から。丸彦酒造さんには、過去2回、「酒蔵みてある記」で行っており、しかもその2回とも抽選会でワンカップを当てています。これも行かなくっちゃ(微笑)。

Img_2880c_20220227155401 Img_2896c  余談。伊勢松本駅の前に例の自販機がありました。KINGと書かれた謎のおじさんロゴがあしらわれた自動販売機です。テイスターという会社のもの。なかなか見かけないので、見かけたら必ず写真を撮ってきます。しかし、「噂のネボケKINGコーヒー」とあり、ちょっと引きました(苦笑)。

Img_2900c_20220227155401  未だかつてこの自販機で購入したことがありませんでしたので、今日は試しに缶コーヒー1本を買ってみました。これ、¥80。西日野駅で時間がありましたから、そこで飲んでみましたが、ごく普通の缶コーヒーでした。缶コーヒーの味などがどうのこうのと講釈を垂れるほどの通ではありませんので、悪しからず。

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2021年4月25日 (日)

20210425「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第2回「朝日~富田」(予告編)

 本日・4月25日は、「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第2回に行ってきました。前回の終点である近鉄伊勢朝日駅から東海道を歩いて、近鉄富田駅まで。第1回のときは、1回で完結できるだろうと書き始めたものの、予想外に記述が長くなり、急遽2回の記事になりました。反省して(微笑)、今日のところは、予告編。この伊勢詣りツアー、同級生K氏と二人旅。

Iseasahi0  こちらが、今日のコース全体のマップ。伊勢朝日駅をスタートしますが、伊勢朝日駅は東海道に沿ったところにあります。駅の側にポケットパークがあり、そこに樹齢300年以上のエノキ。朝日町内で浄泉坊、西光寺など寺を周り、北勢バイパス側で多賀大社常夜燈。朝明川を越えると、四日市に入ります。そこに小公園。御厨神明社のあと、酒造会社を見つけ、行ったものの直売所は今日は休み(残念)。松寺立場跡、蓮証寺、宝性寺、蒔田御厨神明社、長明寺、鏡ヶ池。さらに八風街道をちょっと冨田方向に道草して、田村寺。三光寺を出たところで、鳥居を見つけ、若宮八幡神社に立ち寄り、冨田一里塚跡碑、八幡神社、行啓道路記念碑と進み、玉吉稲荷神社。ゴールの近鉄富田駅に向かっていたとき、大きな松の木を見つけ、またもや道草。蓮光寺跡でした。現地で歩いたのは、6.9㎞。

Img_0791c_20210425165901 Img_0796c_20210425165901  スタートの近鉄伊勢朝日駅。桑名駅を8時44分に出る四日市行き準急に乗車。8時52分着、¥210。8時55分に伊勢朝日駅をスタート。ホームは対面式で、駅舎も上下線が別にあります。東海道に出てすぐに踏切を渡ります。その先にポケットパークがあり、この公園の南端に樹齢300年以上といわれるエノキ。東海道を往来した旅人たちを見てきたと思います。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったのですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。

Img_0805c_20210425165901  朝日町役場の北で「橘守部生誕地遺跡」を見たあと(今回は割愛)、浄泉坊。スタートから800mほど。真宗本願寺派。桑名藩にゆかりのあるお寺で、山門などに三ツ葉葵のご紋があります。参勤交代の大名は、ここで駕籠を降りて黙礼したと伝わります。朝日跨線橋東の交差点を過ぎ、JR関西線朝日駅の東に西光寺。真宗大Img_0842c_20210425165901 谷派。安永6(1777)年の銘のある梵鐘があります。ここのお寺には、以前来たときには、立派な松があり、松並木の名残かと思ったのですが(2017年10月5日:朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼、2019年3月10日:20190310近鉄ハイキング「昔も今もお伊勢参り~旅1日目~東海道、旅人気分で七里の渡しから富田へ」……雨天決行にて「完」)、今日は見当たりませんでした。切られてしまったのでしょうか。

Img_0800c_20210425172501 Img_0846c_20210425165901  朝日町内にも、東海道を案内する標識、看板がたくさんあります。左の写真は、浄泉坊より伊勢朝日駅よりにある小向神社を案内する社号標ですが、その脇に東海道の案内板が見えます。「みえ歴史街道」とありますから、行政が建てたものでしょう。西光寺の先、スタートから1.5㎞ほどのところで東海道は左折します。右の写真は、そこにあるもの。これは手作りですから、どなたかが掲げてくださったものと思います。

Img_0854c Img_0864c_20210425173201  スタートから2.2㎞で、伊勢湾岸自動車道&北勢バイパスの高架に来ます。柿交差点の北西に多賀大社常夜燈。弘化3(1846)に建立され、かつては燈籠番が毎夜火を灯したそうです。この先で、高架をくぐり、朝明川を朝明橋で渡ります。東征中の日本武尊が、このあたりで夜明けを迎え、朝明川の水で口をすすいだことから川の名が付いたという伝承もあります。さらに、余談というか、講釈というか(笑)。朝日町という地名、日本書紀に、天武天皇が壬申の乱のときに、この付近で朝日を拝んだという記述があるためだそうです。

Img_0871c_20210425165901 Img_0891c_20210425165901  四日市に入ってすぐ、川沿いに小公園。「ここは四日市の東海道 北玄関 松寺」と看板にあります。なぜかシーボルトが通ったことが取り上げて書かれています。近くには、力石。100㎏だそうです。2.8㎞地点に御厨神明社。「御厨」は、伊勢神宮の神領をいいます。「神明社」は、天照大神を御祭神とする神社。他の地方のことは承知していませんが、三重県北勢地方ではあちこちに「御厨神明社」があります。ここは松寺の御厨神明社、あとで蒔田の御厨神明社も訪ねています。

Img_0905c_20210425182901 Img_0911c_20210425165901  御厨神明社を出て100mあまりで、東海道の東に醸造所らしき建物。見つけたらからには見に行かないといけません(笑)。タカハシ酒造でした。文久2年の創業だそうですから、1862年。江戸末期の激動の頃。直売所があったのですが、あいにく日曜は定休。残念。

Img_0933c_20210425165901 Img_0937c_20210425165901  その先に松寺立場跡と「輝子頌徳記念碑」。桑名宿から四日市宿までの間に、立場は5つあったといいます。朝日町小向、四日市の富田などです。「輝子頌徳記念碑」は、大矢知村で弘化3(1846)年に生まれた佐藤輝子を検証するもの。若くして夫を亡くしたものの、裁縫などを千数百人以上に教えたといいます。右の写真は、松栄山蓮証寺。真宗本願寺派。400年くらい前、ここに御堂があったといいます。

Img_0972c_20210425170001 Img_0984c  大矢知に入って、まずは、龍王山宝性寺と、蒔田の御厨神明社。隣り合って建っています。宝性寺は、天平12(740)年に聖武天皇の勅願で創建されたのが始まり。現在は、蒔田第一自治会が管理しています。本尊は十一面観音菩薩。本堂は市の文化財。阿弥陀堂もあります。本堂に向かって右手(北)に蒔田の御厨神明社。

Img_1006c_20210425170001  宝性寺と御厨神明社のすぐ南に朝明殿長明寺があります。浄土真宗本願寺派。立派な山門があるのと、寺の周りが、素掘りの環濠で囲まれているのが特徴。環濠に囲まれているのは、ここは文治年間(1185~90)に蒔田相模守宗勝が居城した、蒔田城(まいた)跡といわれるからです。

Img_1026c_20210425170001  蒔田の交差点を渡ったところに鏡ヶ池跡。聖武天皇が朝明頓宮に入る途中、池に差しかかられたとき、突風で天皇の笠が池に吹き落とされたのを村の少女が進み出て笠を拾い上げ、天皇に渡したという話が伝わっています。文明年間に東海道のコースが代わり、この池の真ん中を通るようになり、池は分断されたといいます。明治末期まで東海道の両脇にしばらくは池が残っていたそうです。

Img_1039c_20210425170001  鏡ヶ池の先で、東海道は八風街道に交わります。弘法山田村寺の話をしたら、行ってみようということになり、寄り道。八風街道を200mほど東に行ったところにあります。真言宗醍醐派。ここは、2度ほど訪ねています(たとえば、2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1))。冬至のとき、中風封じが行われ、巨大カボチャで有名。

Img_1043c_20210425170001 Img_1079c_20210425170001  関西本線の踏切を渡り、三岐鉄道三岐線の高架をくぐると、木下山三光寺。真宗本願寺派。平安時代末期、時の後鳥羽院守護職としてこの地を治めた蒔田相模守宗勝の墓碑があります。三光寺の先で東海道は左折するのですが、右を見たら、鳥居が見えました。年寄りの割に好奇心旺盛で、またもや行ってみようとなりました。若宮八幡神社です。元治元(1864)年、「氏子相計り應神天皇を鎮め神として奉祀」だそうです。

Img_1093c_20210425170001 Img_1117c_20210425170001  東海道に戻って、近鉄名古屋線・三岐鉄道三岐線の高架橋をくぐったところ、スタートから5.8㎞ほどのところに冨田一里塚跡碑があります。江戸・日本橋からは98里。JR関西線富田駅の西に八幡神社。康安2(1279)年に勧請されたといいますから、鎌倉時代。境内には、江戸時代から若者たちがトライしてきたという力石(100㎏)があります。

Img_1124c_20210425170001 Img_1140c_20210425190501  富田八幡社の先に、「行啓記念道路碑」。大正天皇が皇太子の時代、ここを通られたことを記念して建てられたもの。大正天皇は、明治43(1910)年11月、第三師団と第十五師団の対抗演習見学のためいらした途中、当時の三重県立第二中学校(旧制富田中学校、現在の四日市高校)に立ち寄られたのです。この碑の先で、東海道は右折。電柱に手作りの案内板が掲げられていて助かります。東海道は、さらに直進するのですが、今日は、次の交差点を右折し、ゴールの近鉄名古屋線・富田駅に向かいます。途中で、吉玉稲荷神社。明治39(1906)年に伏見稲荷大社から勧請してつくられました。

Img_1144c_20210425170101  そのまま富田駅に向かおうとしたら、K氏が「あの大きな松は何だ?」と。私自身、何回か見た記憶はあるのですが、さほど疑問を持たずにいました(苦笑)。やはり一人で行くよりも同行者がある方が、見ているものが違って、よいのです。冨松山(ふしょうざん)蓮光寺跡でした。かつての冨田城主南部家ゆかりの寺があったところ。寺は、平成10(1998)年に茂福に移転しています。現在は、公園。

Img_1151c_20210425170101  そして、スタートから6.9㎞を歩いて、12時15分を過ぎた頃、近鉄富田駅に到着。途中、宝性寺で休憩していますが、歩き始めからは3時間20分。薄曇りで、風はあったものの寒いということはありません。

Img_1163c_20210425170101 1619322033863c  駅の周りを見て回った結果、西口の前にある「達磨や」でお昼を食べることに。「四日市とんてき丼」をチョイス、¥660。とんてきは、四日市名物。リンク先にある「四日市とんてき」の定義からすると、ちょっと外れるところはあったものの、味はまさにとんてきでした。

Img_1189c_20210425192001  昼食を済ませ、近鉄富田駅12時56分発の名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、何と13時03分に到着。あっけない(苦笑)。¥260。今日は、最初に書いたように、現地で6.9㎞を歩き、桑名駅~自宅往復が2.2㎞、合計9.1㎞を歩いて、17,100歩でした。明日以降、本編を書きます。

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2020年11月 8日 (日)

20201108JRさわやかウォーキング「蟹江町を散策。寺社・史跡巡り」へ(完)

1108kanie

 新型コロナウィルス感染症のため、2月からJRさわやかウォーキングも、近鉄ハイキングも中止になっていましたが、11月に入ってどちらも再開。ただし、近鉄ハイキングはイベントタイプのものはまだ行われず、常設コースに近い形。JRさわやかウォーキングは、感染症対策を施して、3密にならないよう配慮された、イベントタイプで行われるようになりました。ほぼ9ヶ月ぶりに参加(微笑)(近鉄ハイキングは、2月9日以来:20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完);JRさわやかウォーキングは、2月2日以来:20200202JRさわやかウォーキング「~新春キャンペーン~令和2年2月2日に、津の真ん中ウォーク 藤堂高虎ゆかりの地と日本三観音『津観音寺』を訪ねて」へ(予告編))。

Img_9465c_20201108162201  今日のJRさわやかウォーキングは、JR関西線蟹江駅がスタート&ゴール。受付は、8時半~12時。桑名駅を9時2分に出る名古屋行き普通に乗車。蟹江駅には9時21分着のところ、3~4分遅れ。¥240。蟹江のウォーキングは、去年11月3日にも開催され、参加しています(2019年11月3日:20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(予告編))。

Img_9473c_20201108162201  駅前でコースマップ(冒頭の画像)と、「第3回蟹蟹フェア」のチラシを受け取ります。そして、久しぶりに「JRさわやかウォKanikani3 ーキング スタート」の看板を見られました。蟹江町のキャラクター「かに丸くん」がポーズを取ってくれます。受付開始から1時間経っていますが、参加者はコロナ以前よりも少ない印象があります。

20201108jrwalkingkanie  こちらは、今日歩いたルートの全体マップ。コースマップ上、7.8㎞となっていましたが、実際に歩いたのは、8.5㎞(実は途中で少しだけショートカットしているのですが)。蟹江でのJRさわやかウォーキングに参加するのは、上述の去年11月の他、2018年3月4日にも来ています(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))。それ故、3回目でかなり馴染みがあります。ほとんど訪ねたことがあるところですので、今回は1回完結の記事。

20201108jrwalkingkanie1  こちらは、コース前半部分の詳しいルートマップ。JR蟹江駅から南へ。蟹江城跡、蟹江神明社から、お楽しみの甘強酒造、銭洗尾張弁財天富吉神社にお参り。蟹江川を越えて、まちなか交流センター「楽人」、尾張温泉かにえ病院のところにある「足湯かにえの郷」と周り、JR関西線を越えます。

Img_9486c_20201108162201  蟹江駅前通に神社があったのですが、社号標も説明板もありません。ネットの地図にも載っておらず、不Img_9489c 明。三重県の神社については、「神社検索(三重)」というサイトがあって便利なのですが、これの愛知県バージョンはなさそう。右の写真は、駅前公民館の東あたりの様子。

Img_9499c_20201108162201  最初の立ち寄り先は、蟹江城跡。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時Img_9505c_20201108162201 任(ときとう)が城塞を築いたのが初めといわれます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。城跡の西、30mのところにで蟹江城本丸井戸跡。細い路地の、民家の軒先にあります。江戸時代の蟹江本町村絵図にも、ここに「古井」と記されています。この井戸跡が、蟹江城がここにあった証拠と考えられています。

Img_9507c_20201108162201  蟹江城本丸井戸跡のすぐ西には、秋葉社があり、氏子の方々が清掃奉仕をしていらっしゃいました。この秋葉社も、ネットの地図にも載っていませんし、ネット検索しても情報は出て来ません。しかし、地域の方が大事に守っていらっしゃる神社と思いました。以前のハイキングでも感じたことですが、蟹江のあたりには、秋葉社がたくさんあります。江戸時代に、火災予防のために祀ったのかも知れません。

Img_9532c_20201108162301  蟹江川沿いを歩いて、蟹江神明社へ。永享年間(1429~1441年)、北条時任が蟹江城築城の際、城の本丸Img_9518c_20201108162301 南の守護神として清洲から御薗神明社を迎えて祀ったのが始まり。天正12(1584)年、蟹江合戦で兵火に遭い、すべてが焼失し、元和5(1619)年に社殿を再興しました。御祭神は、天照大神。

Img_9535c_20201108162301  蟹江神明社の東隣には、「東照山」と山号のあるお堂と、地蔵堂がありますが、これもよく分かりません。「分からないのに何故書くのか?」と思われるでしょうが、その昔、研究者の端くれでした。研究をする上では、何が分かって、何が分からないかを区別しておくことが大切ですし、必要なのです。ひょっとしてご存じの方もいらっしゃるかも知れませんし、教えていただける可能性もゼロではないからなのです。

Img_9543c_20201108162301  続いて、私にとって、今日の最大の目的地・甘強(かんきょう)酒造。左の写真にある旧本社事務所の建物は、昭和12(1937)年建築で、登録有形文化財。味醂、清酒などをつくっておられます。去年11月にも来ています。

Img_9556c_20201108162301 Img_9558c_20201108162301  試飲を楽しみに来たのですが、去年同様、ミニカップでした(微苦笑)。名古屋正宗(本醸造)、いっこく(純米吟醸)(甘強酒造の日本酒のリストはここ)、里香梅 紅麹梅酒、味醂などから選べました。いっこくをいただいてきました。お願いすれば、他も試飲できそうでしたが、時節柄、自粛(苦笑)。

Img_9566c_20201108162301  直売も行われていましたが、今年はセット販売のみ。いっこく、名古屋正宗、あまさけの3本セット(いずれも350ml)を¥1,000でお買い上げ。¥3,000以上買うと、記念品(アルコール カンキョウ77:消毒用エタノールの代用品として、手指消毒に使用可能なもの。飲めませんし、火気厳禁だそうです。左の写真で右端に写っているのがそれ)がいただけ、抽選もできたのですが、さすがに荷物になりますからパス。

Img_9580c_20201108162301  甘強酒造さんの構内にも「蟹蟹フェア」の会場が設けられていました。かにかまの天ぷら、かにかま寿司もあったのですが、Img_9577c_20201108162301 気になったのは魚屋バーガーの蟹コロバーガー(蟹みそ入り)、¥600。「限定50食」とあって、並んでいる人もあり気になります(微苦笑)。元来、行列は大嫌いなのですが、さほど並んではいなかったので、少しだけ我慢。今日の昼ご飯にしようという算段(微笑)。これで、土産も買い、昼ご飯も用意しましたので、安心して歩けます。

Img_9598c_20201108162301  次に立ち寄るのは、銭洗尾張弁財天富吉神社。ここも、たぶん3回目の訪問。尾張で唯一の銭洗弁財天です。Img_9596c_20201108162301 室町時代、永享年間、北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を洗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられています。さすがにお札を洗うのは、憚られましたし、大金はありませんので、持っているだけの小銭を洗ってきました。

Img_9621c_20201108162401  蟹江川を渡り、蟹江町役場、蟹江町体育館の前を通って、スタートから2.7㎞ほどで、まちなか交流センター「楽人」。カワラケツメイ茶のサービスがあるということでしたが、よく分からず、通過。カワラケツメイ茶は、健康茶として飲まれているようです。あとで訪ねた蟹江山龍照院でも、提供されていました。

Img_9630c_20201108162401  尾張温泉かにえ病院に行くまでの道路の歩道に写真のようなものがあるのを見つけました。「大相撲ストリート」といって、ここ尾張温泉通りに、二子山部屋・高砂部屋の力士16名の足型が路上に設置されていましImg_9634c_20201108162401 た。貴乃花、若乃花、朝青龍などの足型もありました。

Img_9637c Img_9646c_20201108162401  尾張温泉かにえ病院のところには、「足湯かにえの郷」。源泉掛け流しの足湯で、無料で利用できます。ウォーキング参加者でも足を浸している方もありましたが、今日は、21℃を超え、この時期にしては少し暑いくらい。なので、パス。

Img_9649c Img_9656c_20201108162401  蟹江のハイキング・ウォーキングは3回目と思いますが、西の方に来たのは初めて。帰ってから地図を見て、ホントに尾張温泉近くまで行ったんだと実感。しかし、温泉には立ち寄りません。北上してJR関西線を越えます。右の写真は、JR関西線を越えたあたりの公園のそば。マップで「今西3」とあるあたり。この先に八幡神社や、地図にはありませんが、松秀寺があり、立ち寄ってみたいとは思いつつ、先を急ぎました。

20201108jrwalkingkanie2  詳しいルートマップは、その2へ。スタートから6㎞ほど、須西小学校のところで、再び蟹江川沿いを歩きます。この先に観光交流センター「祭人」。そのすぐ北東に富吉建速神社・八剣社と、蟹江山龍照院。ここが最後の立ち寄りスポット。龍照院を出てからは、1.3㎞ほど歩いてゴールのはつらつ公園へ。コロナの関係で、ゴール受付はあるものの、参加証へのスタンプ押印はなし。はつらつ公園から蟹江駅までは約300m。

Img_9678c_20201108162401  途中、割愛して、観光交流センター「祭人」。ここは大賑わい。ユネスコ無形文化遺産「須成祭」の展示もありますが、それImg_9681c_20201108162401 は以前見たのでパス。去年も買ったのですが、蟹江の味彩もへのさんが出展していたので、「蟹タクちらし」(¥300)をゲット。去年11月のJRさわやかウォーキングのとき、「小腹が空いていませんか?」と売り込まれ、思わず買っしまったのが、とても美味しかったのです。ただし、これ、今日は土産にするつもり。

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 「祭人」では蟹タクちらしを買っただけで、富吉建速神社・八剣社、蟹江山龍照院へ。本来設定されたコースでは、御葭橋まで戻って、蟹江川を東に渡って行くようになっていたのですが、ショートカット(苦笑)。割とマジメだと自認しているのですが、そこまで堅くはありません(微笑)。

Img_9694c  まずは、富吉建速(とみよしたけはや)神社・八剣(はっけん)社にお参り。両社とも、天平5(733)年に創建、木曽義仲が再建、織田信長が社殿を造営したといわれます。須成祭は、この両社の祭礼とImg_9699c_20201108162401 して行われる川祭です。津島神社の天王祭りと似たお祭です。

Img_9705c_20201108162401 Img_9708c_20201108162401  両社の北に蟹江山常楽寺龍照院真言宗智山派のお寺。天平5年に行基菩薩によって、本尊に十一面観世音菩薩を奉安し創建されたといわれています。御本尊十一面観世音菩薩像は、寿永元(1182年)年、仏師僧教円によって造立されたといい、国の重要文化財となっています。今日は、特別にご開帳があり、拝観してきました。

Img_9735c_20201108185501  境内には、大日如来堂があり、木曾義仲の菩提を弔うために巴御前が安置したといわれる大日如来坐像があります。巴御前は、木曾義仲とともに幼少のころから生涯をともにし、木曾義仲が平家追討の兵を上げたとき、義仲に従って上洛した女性です。義仲の妾(しょう)とされ、元暦元(1184)年1月、近江粟津の戦では敵の首をねじ捨てるなどの活躍をしたのですが、死を覚悟した義仲の命令で戦場を離脱しています。巴御前は、故郷の信濃に向かう途中義仲が建てた寺があることを知り、出家、剃髪し義仲を弔ったという話があり、それがここ常楽寺龍照院だといいます。

Img_9722c  龍照院にお参りしたら、お下がりだということで、飴とポケットティッシュをいただいてしまいました。実Img_9719c は、銭洗尾張弁財天富吉神社で洗った小銭しかなかったので、お賽銭を上げず、拝んだだけなので、気が引けました(苦笑)。

Img_9725c  旧・須成村は、新撰組隊士・佐野七五三之助(さのしめのすけ)の出身地だそうで、境内にはその展示パネルがあり、「かにえボランティア夢案内人」の方が出て、説明をしておられました。佐野七五三之助は、天保5(1834)年、尾張国海部郡須成村の神職、寺西伊予守家班(いよのかみいえのり)の嫡子として誕生。嘉永3(1850)年、父が死去したImg_9728c 後、尊王攘夷を志し、名前を佐野七五三之助と改め、江戸へ向かい、北辰一刀流を学び、元治元(18649年、30歳のとき、新選組の隊士となり京へ行きました。慶応3(1867)年、新選組総員の幕臣取立に抗議し、新選組からの離脱を企てたものの挫折。京都守護職邸で仲間3人とともに自刃。ほぼ即死状態だったといわれる状況で、遺体を運ぼうとした新選組隊士に自分ののどに刺さっていた小刀で斬りかかったといいます。驚いたほかの隊士によりわき腹にとどめを刺されたのですが、屯所に運ばれる途中にも、息絶えたはずの佐野が、縛られていた縄を噛んだといい、隊士たちを仰天させたという壮絶な最後が伝わっています。京都・光縁寺に埋葬されています。享年34。明治2(1869)年、故郷須成村に伝えられ、神葬祭が営まれ、須成天王橋西に墓があります。佐野七五三之助の甥(妹の子)が、第24代内閣・総理大臣加藤高明

Img_9770c_20201108162501  これですべて回りましたので、ゴールのはつらつ公園に向かいます。龍照院からは1.3㎞ほど。11時42分に到着。ゴールにImg_9778c_20201108162501 は、いつものJRさわやかウォーキングのゴールパネル。これを観たのも9ヶ月ぶり。

Img_9784c  はつらつ公園では、甘強酒造さんでゲットしてきた蟹コロバーガーを食べることに。昼食という次第。美味しかったのですが、味が淡泊で、ちょっともの足らない気もしました。蟹みそも入っているということでしたが、よく分からず。バンズは、「全粒粉入りオーガニック」ですから、健康志向のバーガー。味が薄いのもやむを得ないか?

Img_9801c_20201108162501  ゴールのはつらつ公園から蟹江駅までは約5分。11時55分に到着。蟹江駅までが、8.5㎞。割とよく歩いていました。12時ちょうどに四日市行き普通電車があり、それに乗って桑名まで。12時16分着。

Img_9823c_20201108162501  今日のALKOOのデータ。17,066歩。JRさわやかウォーキングで歩いたImg_9824c_20201108162501 のが、8.5㎞。桑名駅往復が2.2㎞。合計10.7㎞を歩きました。JRさわやかウォーキングは、コロナで中断していましたので、スタンプの有効期間は、1年延長されます。スタンプ、今日で6個目。延長のお陰で有効期間はまだ1年以上ありますから、10個はクリアできそう。

Img_9817c_20201108162501  蟹タクちらしは、晩ご飯の時に家族でシェア。甘強酒造で買ってきた土産から、「名古屋正宗」を晩酌に(微笑)。酒蔵に行ったのも、2月9日に早川酒造部に行って以来(20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完))。次は、11月21日(土)に開催予定の「戦国武将ゆかりの地を眺めながら、岐阜公園を訪ねて」に行きたいのですが、この日は相談会を調整中。

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2020年2月 9日 (日)

20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完)

Img_1337c_20200209163101  最低気温0.6℃、最高気温7.0℃、最大風速7.5m/sと昨日よりも寒くなりましたが、今日も近鉄ハイキング・酒蔵みてある記へ。念のためにお断りしておきますが、大酒飲みではありません。あちこち酒蔵を訪ね歩き、それぞれの酒の違いを楽しみたいということです(微笑)。今日は、「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」です。このコースも、昨日の伊藤酒造と同じく、3回目になります。以前の記事は、また末尾にリストアップします。工事中で通れなかったところを除いて、ほぼ同じコースでしたので、今日の酒蔵みてある記・早川酒造部も、一回で完結の記事です。ちなみに今日は、私一人で参加してきました。

Img_1321c Img_1334c_20200209163801  今日の受付は、近鉄名古屋線・伊勢朝日駅で、9時20分から11時でしたので、桑名駅を8時58分に出る塩浜行きの普通電車に乗車。伊勢朝日は、2つめの駅で9時6分着、¥210。いつもは伊勢朝日駅の南にあるポケットパークが集合場所ですが、工事をしていたため、駅から300mほど北にあるグラウンド脇の駐車場が受付場所でした。昨日ほどではありませんでしたが、すでに100人を越えるくらいの方が並んでおられました。酒蔵みてある記の人気は高いのです。

200209kintetsuhikingiseasahi  こちらは実際に歩いたルートマップ。伊勢朝日駅をスタートして、旧東海道を少し歩いて、まずは、朝日町歴史博物館へ。そこから若松園という和菓子屋さんに立ち寄って、北勢バイパスを潜って、川越町に入り、朝明川沿いを歩いて早川酒造部で酒蔵見学。さらに高松八幡神社山武食品を経て、近鉄名古屋線・川越富洲原駅がゴールとなります。コースマップでは、約7㎞となっていましたが、実際には、8.2㎞を歩きました。スタートしたのは9時25分、ゴールは12時15分、途中、早川酒造部にほぼ1時間滞在していました。

Img_1340c  受付場所からは、また伊勢朝日駅の方に戻ります。これですでに600mほど歩いています。伊勢朝日駅の踏切のところからが、Img_1345c_20200209171101 旧東海道。右の写真で左側に写っているのが、過去2回の受付があったポケットパーク。

Img_1347c_20200209171601  このポケットパークの南の端に推定樹齢300年のエノキが残っています。東海道を往来した旅人たちを見てきたのでしょう。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったそうですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。ところが、松は、太平洋戦争末期、松根油をとるために傷つけられたり、その後の松食い虫の被害などによって激減したのです。

Img_1357c_20200209171701  2㎞を過ぎ、9時45分に朝日町歴史博物館に到着。今月は、企画展は行われておらず、栗田真秀の新収蔵品や、萬古焼が展示Img_1361c されていました(リストはこちら)。栗田真秀は、朝日町出身の明治から大正時代の日本画家。萬古焼は、桑名の豪商沼波弄山(ぬなみろうざん)が、元文年間(1736年〜1740年)に朝明郡小向(あさけぐん おぶけ、現在の三重郡朝日町小向)で創始しています。私は、ここに展示されている飛鳥時代にあったという縄生廃寺の模型や、発掘現場のレプリカが気に入っています。

Img_1373c_20200209172601  朝日町歴史博物館を一通り見て、次の立ち寄り先である若松園さんに行く途中、JR関西線の踏切を渡りまImg_1372c_20200209172601 す。JRの踏切には、それぞれ名前がついています。多くは、その地名によるのですが、この踏切、「住宅踏切」となっていました。由来は不明です。さらに余談を重ねますが、踏切の写真をすべて撮ってネットに載せていらっしゃる方もあります(こちら)。他人様のことをどうこう申せませんが、実にいろいろなことに興味を持つ方がいらっしゃるものです。

Img_1374c  話を戻して、住宅踏切を越えると、すぐに若松園さん。呈茶サービスがあったのですが、通過。若松園さんから100mあまりImg_1376c_20200209172601 で再び、旧東海道に出て、北上(いったん戻る方向に向かいます)。このあたり、近鉄のハイキングその他で、何度も通った、馴染みのところです。

Img_1379c_20200209173401  旧東海道を歩くのは、200m足らず。県道66号線に出て、右折します。この交差点の北側に小向山浄泉坊があります。浄土真宗本願寺派。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称したのに始まります。徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。

Img_1382c  ここからは、県道66号線を北勢バイパスに向かって歩いて行きます。水田が広がり、住宅や学校もありますが、大きな建物Img_1385c はなく、鈴鹿おろしの風が冷たいのです。左の写真は、西の、鈴鹿山脈の方を撮ったもの。鈴鹿の山の方は、雪が降っているような雲がかかっていました。右の写真は、町立朝日小学校の円形校舎。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_1387c  朝日小学校を過ぎると、水田地帯をひたすら歩くことになります。今日は、晴れて、陽が当たっていましたので、まだ良かったのですが、過去のこのハイキングでは、冷たい風に吹かれまくった上に、時雨れたりとけっこう大変な思いをしました。

Img_1402c  途中割愛しますが、北勢バイパスの下を潜り、県立川越高校の脇から朝明川の堤防にあがります。近鉄の踏Img_1404c 切を越えると、神明神社。今日は立ち寄り先には指定されていませんが、過去2回、お参りしていますので、今日もご挨拶という感じで立ち寄って来ました。主祭神は、天照大御神。相殿神は、大山祇命(オオヤマツミノカミ)。創祀は、社伝よれば天正年間(1573~92)以前といいます。この神明神社では、7月の最終日曜日とその前日(土曜)に石取祭が行われます。ここの石取祭は、桑名の石取祭を取り入れて、約110年前に豊田一色地区が始めたことをきっかけに、現在では町内3地区に広まっています。

Img_1408c  その先、川越北小学校の近くには、里程元標があります。これも過去に見ています。「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十Img_1410c 里廿八町 川越村」と記されていました。左側には、「富田町 三・〇五四米 貳拾八町 四日市々 七・五二七米 壱里丗三町」と、また、右側には、「桑名町 七・二〇〇米 一里丗町 富州原町 二・二九一米 弐十壱町」と刻まれていました。この道路元標は、大正13(1924)年、昭和天皇(皇太子時代)の御成婚記念として建てられました。

Img_1414c  国道1号線と交差する「朝明橋北詰交差点」まで来ました。ここで4.5㎞、10時20分頃。過去2回は、この交差点を渡って右折し、朝明橋を渡り、朝明川の右岸を歩いたのですが、今回は、河川改修工事の関係で、右岸が通れないということで、そのまま左岸を進みます。

Img_1417c_20200209175501  交差点を渡って少し先に川越町郷土資料館があります。平成6(1994)年Img_1421c 6月に開館し、農具や漁具、生活用具、伊勢湾台風の時の写真などを展示しているそうです。一度訪ねたいと思うのですが、事前予約が必要ということで実現していません。郷土資料館の先には、我が家が車のことでお世話になっている共和モータースさんがあります。社長さんはユニークで面白い方、スタッフの方は皆、親切、丁寧なので、ここまで来ているのです。先日の点検もここでお願いしました。

Img_1426c  朝明川。国道1号線あたりから下流は河川改修工事中で、水鳥は全くいません。このあたりは、かつて「伊勢国朝明郡」でしたが、東征中の日本武尊が当地で夜明けを迎え、朝明川の水で口をすすいだことから川の名が付いた、とする伝承もあります。向こうに見える煙突は、中部電力川越火力発電所。かなり高いので、我が家からもよく見えます。

Img_1433c  福崎橋を渡ると、早川酒造部はすぐそこですが、福崎橋から西を見ると、鈴鹿の山には雪。向かって右端の山が、我が家からもよく見える藤原岳。雪雲らしき雲もかかっています。このあと、早川酒造部で出会った、津からいらした方に伺ったら、今朝、津では雪が積もり、四日市近くまで雪が降っていたとおっしゃっていました。

Img_1440c_20200209180701  いよいよ目的地の早川酒造部に到着。スタートからは5.6㎞、時刻は、10時35分。江戸時代から米穀商を営んでいた初代早川Img_1442c_20200209180701 半三郎が、明治6(1873)年に、現在の四日市市天カ須賀で酒造りを始めたのが最初。創業の地の地名の「天」と天下一品の酒を目指すという初代の願いから、主力銘柄は「天一」と命名されています。大正6(1917)年に、現在の朝明川の辺りに蔵ごと移築し、 以来百年近くにわたって、日本酒を醸し続けていいす。水は、朝明川の豊富な伏流水を用いているということです。「早川酒造部」という珍しい名前は、当初、米穀商の一部として酒造りが始まったからかも知れません。

Img_1443c  昨日と同じく、ここも大賑わい。まずは、「お楽しみ抽選会」の会場へ。抽選は、抽選箱に入れられた、清酒の瓶の蓋を引くというやり方でした。「赤」が出ると「しぼりたて原酒720ml」が当たったのですが、残念ながら、3年連続で外れ(苦笑)。早川酒造部とは、相性が悪いのかも。

Img_1455c  抽選会の次は、試飲。早川酒造部さんは、2種類の試飲をさせてもらえます(^_^) 「しぼりたて 本醸造 蔵出し生原酒Img_1454c_20200209180701 と、たぶん「純米酒 天一」。2種類の飲み比べをさせていただけるのは、ありがたい。「しぼりたて 蔵出し生原酒」は、炭素濾過や火入れがされていません。アルコール度数は、19度以上20度未満。これ、堪りませんねぇ。

Img_1459c  今日も、即売会で土産を買ってきました。試飲をさせてもらった内、やはり「しぼりたて 蔵出し生原酒」Img_1531c_20200209191201 をチョイス。720ml入りが、1本¥1,000。

Img_1464c_20200209180701  今日は相方はなかったので、「一人宴会」をすることにしました(微笑)。ワンカップ(これは、「純米酒 天一」、¥200)と、山武食品が出店している店で焼きたて鯛蒲(¥300)をゲット。ここで、富田のオッちゃんに遭遇(実は、受付会場でも目撃しましたが)。今日はなぜか甘酒を飲んでおられました。どうやら早くに(たぶんこちらに直行)来て、すでにかなり飲んだ様子(爆)。小生の隣には、先に触れた津からの男性。この方、御年85歳! テニスやら、囲碁やら取り組んでおられるとか。津新町駅から5㎞ほどのところにお住まいで、帰りは駅から歩くとか。いやぁ、スゴい人はあちこちというか、身近にいらっしゃいるものです。「75歳までは現役で働け動け!」と発破をかけられてきました(苦笑)。

Img_1476c_20200209192101  早川酒造部を出たのが11時35分。ちょうど1時間滞在。皆さんほろ酔い気分で歩いているせいか、パスして行かれるのですImg_1484c_20200209192101 が、私は高松八幡神社に立ち寄って来ました。ここは、なかなかよい感じのお宮さんです。過去2回のハイキングでも立ち寄っています。御祭神は、応神天皇。相殿神は、菅原道真天目一箇神(あめのまひとつのかみ)他5柱。この神社の祭は、「足上げ祭」。こちらに動画があります。右の写真中央に写っている柱(しんばしら)の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩くという特異な祭りだそうです。

Img_1494c  こちらは、足上げ祭に使う太鼓。境内にある倉庫に保管されています。太鼓には、毎年、皮を1週間ほどかけて張るのだそうです(中央下にブルーシートにくるまれているのが、その皮)。太鼓の中にあるロープ1本で皮を張るので大変だそうです。それに、最近は、若い人が準備に参加しないそうで、準備そのものも、祭の継承もけっこう難しいと伺いました。

Img_1490c  神社では、昨年と同様、氏子の方に接待をしていただきました。早川酒造部で試飲2杯、一人宴会ワンカップ1本をいただいてきたのに、ここでも早川酒造部の「天一」をいただきました(微笑)。「もうかなりいただいてきた」と申し上げたら、「それはそれ、これはこれ。御神酒だからもらってもらわないと困る」などといわれ、あっさりと負けました(苦笑)。

Img_1511c  その後は、一時、四日市市内を通過し、山武食品さんの前へ。工場の近くに「海旬工房 矢馬竹」という店があるのです。こImg_1515c こも通過。「高松川原」交差点で国道1号線に出ます。左折して、四日市方向へ。マックと吉野家があるところで右折して、近鉄名古屋線・川越富洲原駅に向かいます。

Img_1518c  ゴールの川越富洲原駅東口には、12時15分到着。ここも何度も来ていますから、お馴染み。西口側には、お堂があったりして、それも見てみたいと思っているのですが、機会がありません。12時22分に名古屋行き普通がありましたので、それに乗車。桑名には、12時30分着。¥260。1駅でプラス¥50とは(微笑)。

Img_1535c  あみま倶楽部のスタンプは、昨日に続いてゲットで5個目。まぁ普通のペース。ALKOOのデータは、16,089歩。近鉄ハイキImg_1539c ングで8.2㎞、桑名駅往復が1.8㎞で、合計10㎞。

 さて、次のハイキング。京都(古墳と古代遺跡を渡り歩く歴史散策の旅)や、大阪(ご利益ハイキング第4弾 ごきげんさん富田林ごりやくハイキング)で近鉄ハイキングがあります。行ってみたい気持ちは十分あるのですが、さすがにちょっと遠い。2月16日(日)の「水郷 蟹江散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」」ですかねぇ(また、酒蔵みてある記か? というツッコミはなしでお願いします)。津からいらした85歳の男性も、これに行くとおっしゃっていましたし。

 遊んでばかりいるようですが、そろそろ確定申告の準備に着手しています。e-TAX利用で早めに済ませようと思っています。やり始めれば簡単なのですが、そこに至るまでがめんどくさい(苦笑)。その後、今月は、23日に支援員養成講座で話をします。レジメはすでに提出済み。当日のパワポ資料を確認するのみ。

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2020年2月 8日 (土)

20200208近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」へ(一回完結)

Img_1205c  昨日よりも暖かくなるという予報で、ハイキング日和かと思い、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」に行ってきました。桑名の最高気温は、11.6℃。ハイキングがスタートする10時頃の四日市は、風もほとんどなく、日もよく当たっていたのですが、次第に風は強くなってきました。帰り際には、ちょっと時雨れるという天気。しかし、同級生K氏と二人でしっかり楽しんできました。3回目のコースですので、記事は、今回で完結。

Img_1200c_20200208150101  今日の受付は、近鉄湯の山線・高角駅で9時50分~11時20分。桑名駅を9時1分に出る五十鈴川行き急行で四日市へ。9時14分着。9時30分発の湯の山温泉行き普通に乗り換え。まるで近鉄ハイキング専用列車の様相。高角駅には9時41分着。¥430。駅前も長蛇の行列。このコースに参加するのは、今回で3回目ですが、こんなに人が待っているのは初めて。もらったコースマップの番号は251番。100mほどの行列でした。

200208kintetsuhikingtakatsuno  実際に歩いたルートはこちら。過去2回と全く同じ。同じですので、目的地の神社、寺で歩き回るということはしませんでした。歩いた距離は、4.3㎞。高角駅を出て、南西へ。一生吹山(いっしょうぶきやま:標高109m)を上り、毘沙門天に参拝。北側へ下って、ユーユーカイカンの裏に出て、東名阪自動車道の下を潜ります。潜ったところに大師堂。そこから北上し、桜の町へ。ここで椿岸神社にお参り、智積養水を見て、西勝寺にも参詣。そしていよいよ伊藤酒造へ。酒蔵見学、試飲のあと、現地にて小宴会。ゴールの桜駅までは1㎞もありません。スタートしたのは9時55分、ゴールは12時20分。

Img_1210c  一生吹山に登り始めたところ。このあたりはまだ傾斜も緩く、登り始めたばかりなので楽です。近くには、早くも菜の花が咲いImg_1208c_20200208150701 ていて、「おぉ、いいねぇ」と二人とも余裕綽々。ところが、このあとは、もう傾斜がもう少しきつくなり、それが結構長く続くのです。「休憩するか?」「斜めのところで休憩したら、足を踏ん張らないといけないから、休憩にならない」などとしゃべりながら、頂上過ぎにある毘沙門天まで行って休むことに(苦笑)。

Img_1211c_20200208151001  頂上少し手前に、四日市市の一生吹山配水場、その向こうにNTTDocomonの携帯電話の基地局が見えます。ここまで来れば、上りはほぼ終了。K氏曰く、「100mくらいの山、大したことはないと思っていたが、これ、けっこうキツいな」。そうなのです、けっこう大変で、途中、口数も少なくなり、登るのに専念せざるを得なくなります。

Img_1213c  スタートから1.5㎞ほどで、一生吹山にある毘沙門天に到着。もとは、浅間神社が祀られていたのですが、明Img_1215c_20200208161901 治42(1909)年に明治政府の政策で「一村一社の神社合祀」が実施されて椿岸神社に合祀されました。昭和3(1928)年、有志によって、信貴山より毘沙門天が勧請され、今日に至っています。ここでしばし休憩。毘沙門天さまに、今日の抽選会で上首尾が得られるよう祈ってから、山を下ります。

Img_1220c  山を下って、2.2㎞を過ぎ、東名阪自動車道の下を潜ったところに大師堂があります。弘法大師を祀っています。江戸末期、このあたりを開墾し、田地化するさいに溜池をつくって灌漑しました。昭和初期、この水が永遠に絶えないことを祈って、徳志の人が、水に縁の深い弘法大師をここに祀ったといいます。

Img_1228c_20200208162201 Img_1224c_20200208162201  このあたりから智積(ちしゃく)町に入っています。矢合川を渡り、3.1㎞来たところに椿岸神社。主たる御祭神は、天鈿女命(天宇受売命、あめのうずめのみこと)。天照大神が天の岩屋に隠れたときに、その前で踊り、天照大神を誘い出した女神です。それ故、ここの御利益の一つには、「芸能」が揚げられています。これから行く伊藤酒造はこのすぐ近く。この天鈿女命が、伊藤酒造がつくっている「鈿女(うずめ)」という清酒の名前の由来。ここには、皇居遙拝所や、橿原神宮遙拝所があります。

Img_1235c  椿岸神社のすぐ北西に桜岡山西勝寺(浄土真宗本願寺派)。大変立派なお寺なのですが、ネットで調べた限りではとくにこれとImg_1232c_20200208162201 いう情報は出て来ません。西勝寺の門前に智積養水(ちしゃくようすい)が流れています。江戸時代につくられた灌漑用水で、昭和60(1985)年に環境省選定の「名水百選」に選ばれています。隣町の三重郡菰野町神森にある湧水池「蟹池」の水を引いています。智積養水路の全長は1,784m、幅は1~2m。ここに桜郷土史研究会による詳しい説明があります。

Img_1230c  水はかなりきれい。昨年来たときにも見ましたが、大きなコイが悠然と泳いでいました。

Img_1242c_20200208162201  西勝寺からは300mほどで、伊藤酒造に到着。スタートから3.7㎞、時刻は11時15分。1時間20分歩いてきました(ただし、一生吹山毘沙門天で10分ほど休憩)。創業は、弘化4(1847)年。まだ江戸時代。将軍は、第12代徳川家慶の頃。伊藤酒造さんのサイトによれば、「山田錦」を始め、三重県産の米を、また、仕込み水には、「智積養水の伏流水」を使用しているそうです。

Img_1249c_20200208162201  酒蔵に通していただき、そこで試飲させてもらいました。今回は、発酵タンクの見学はなくて、ちょっと残念。しぼりたてのImg_1308c 生原酒で、うまい。アルコール度数は18度。これまで同様蔵の中に即売会場がありましたので、試飲した「搾りたて生原酒 鈿女」の500ml入りを1本買ってきました。¥1,000。キャップに大きく「生」と書いてあるボトルです。

Img_1264c_20200208162201  試飲のあと、甘酒をいただいて、抽選結果の確認。コースマップの番号が、抽選番号になります。多度の細川酒造に行ったときには、「上げ馬720ml」をゲットしたので、今回も欲が出ましたが、そうそう毎回うまくは行きません。K氏もハズレ。悔しがっていましたが、二人ともハズレなので、イーブン。

Img_1270c_20200208162201  道を挟んだ北側にアンテナショップ「慕蔵(ぼくら)」と「わみん」があります。「わみImg_1272c_20200208162201 ん」で、つまみや酒を売っていますので、そこで、二人とも熱燗一合(¥300)と、おつまみセット(酒粕入り特製チヂミと枝豆;¥250)を買いあげ。吹きさらしの場所でしたが、小宴会。知り合いの「富田のオッちゃん」が、「遅いやんか、どこに行ってたんや?」と声をかけてきます。K氏、「どういう知り合い?」と不思議そう。

Img_1274c  周りでも、わみんで買った酒やつまみを楽しむ方多数。この雰囲気もよいのです。皆さん、空き地の隅に置いてある一升瓶を運ぶためのケースを持ってきて、即席の椅子、テーブルにしています。先ほどの富田のオッちゃん、われわれのところにやって来て、「ほな、お先に。明日も来なあかんでぇ」と言い残していかれました(微笑)。明日は、川越の早川酒造部で近鉄ハイキング酒蔵みてある記なのです(酒蔵みてある記(踏破賞対象)早川酒造部「天一」)。

Img_1280c_20200208162201  時間がありましたから、慕蔵も覗いてきました。「慕蔵」の方は、酒の販売の他、酒器やグッズ、酒粕漬、麹などの販売をしImg_1291c ています。結局、12時10分まで伊藤酒造に滞在。今回は、試飲プラス熱燗一合で満足し、ゴールの近鉄湯の山線・桜駅に向かいます。伊藤酒造から桜駅は、500mあまり。12時20分に到着。今回は、KIPSポイント100ポイントがもらえますので、ここであみま倶楽部の会員証とKIPSカードを呈示してポイントをゲット。次の四日市行きは12時45分でしたので、改札前で話をして時間つぶし。

Img_1293c  ホームにあがったら、先日、大羽根園駅で見たポスターにあった「撮影ポイント」を発見。あの「頑張れ受験生! サクラサクきっぷ」という企画のです。桜駅は工事中で、工事用のフェンスに掲げてあったのは、ちょっと残念。予定通り、12時45分の四日市行きに乗車。四日市には12時59分に到着。13時10分の名古屋行き急行に乗り換え、桑名には13時22分着。¥430。

Img_1302c_20200208162201  あみま倶楽部のポイントは、やっと4個目。ALKOOのデータは、12,516歩。ハイキングで4.3㎞、桑名駅往復が1.8㎞ですかImg_1313c_20200208162201 ら、合計6.1㎞。普段の散歩並の距離ですから、歩数もこれくらいでしょう。明日は、上述のように、早川酒造部での近鉄ハイキング。富田のオッちゃんが呼んでいます(微笑)。

Img_1310c_20200208162201  そうそう、最後にあの気合いの入った「生」と大書された「搾りたて生原酒 鈿女」のキャップの写真を載せておきましょう。

 過去の記事は、次のところをご覧ください:

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2019年11月 6日 (水)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その2)……甘強酒造で日本酒、みりんを試飲、銭洗尾張弁財天富吉神社で100円玉を洗って蟹江町役場、蟹江町体育館を通って再び蟹江川沿いでジョウビタキ、御葭橋を見る

191102jrwalkingkanie1 11月2日に参加したJRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」のその2です。その1では、蟹江川沿いを歩いて、蟹江神明社まで来ました。さらに南下して、前から興味があった「甘強酒造」へ行きます。

Img_6015c  スタートして約1.7㎞、時刻は9時40分を過ぎた頃、甘強酒造に到着。電車の車窓から、「甘強みりん」というImg_6032c_20191102183701 大きな看板を何度も見たことがあり、たぶんその名前のインパクトで記憶に残ったと思います。それ故、機会があれば、一度訪ねてみたかったところ。JRさわやかウォーキングのサイトで見たコースマップには、試飲は10時からと書いてあったのですが、到着早々、スタッフの方が「もう試飲もやっていますから、どうぞ」とうれしいお言葉! 会場に行ってみたら、すでにけっこうな賑わい。物販ブースも出ていて、蟹江は川が5本流れていて、いろいろな川魚料理が名物。もろこの佃煮などの川魚料理を売っていました。個人的には、川魚はどうも苦手なので、ちょっとだけ味見したのみ。

Img_6017c  目的はこちら(苦笑)。日本酒の試飲であります。日本酒2種類と梅酒が試し飲みできまImg_6020c し た。左は、「純米吟醸酒 いっこく」というお酒。けっこう濃い感じでした。しかし、試飲のカップは、写真のようにかなり小ぶり(無料ですから、贅沢をいってはいけませんが……)。

Img_6029c  続いて、「本醸造 名古屋正宗」。愛知県産米を使用し、冷やまたは常温でがよいといいます。写真では違いはImg_6026c ほとんど分かりませんが、こちらの方が、純米吟醸よりも透明度が高い感じ。個人的な好みをいえば、どうも三重県の酒蔵の酒の方が好みです。あくまでも好みの問題ですので、ご了解あれ。この近くでは、山田酒造さん、青木酒造さんのものも試しましたが、個人的にはこういう結論。愛知県で生まれ24歳まで育ったものの、三重県在住40年で、すっかりこちらに馴染んだためかも。水の違いが大きいような気がします。

Img_6024c  といいつつ、梅酒もしっかり試飲してきました。「里香梅 紅麹梅酒」という銘柄。紅麹という、血圧やコレステロールなどの面でよい働きがあるといわれている麹を使っているそうで、オッサンにはこちらを買うべきだったかも知れません。

Img_6030c_20191105175701  直売コーナーがありましたので、ちょっと迷った末、「本醸造 名古屋正宗」の720ml瓶を1本買ってきました。¥900。この日の試飲&直売では、他で設けられているような、椅子・テーブルはありませんでしたので、酒蔵で宴会を楽しみたい方にはちょっと張り合いがなかったかも。甘強酒造は、このほか焼酎なども製造販売しています。

Img_6038c  土産もゲットしたので安心して、いったん外へ出て、旧本社事務所を見てきました。甘強酒造は、文久2(1862)年、初代山Img_6047c_20191105180701 田平八によってみりんの醸造元として創業しました。明治から大正にかけて業績を伸ばし、昭和10(1935)年に山田平左衛門商店から甘強酒造へと商号を改めるとともに株式会社として設立しています。戦後の昭和29(1954)年から清酒「四天王」の醸造販売を開始しました。「カンキョーみりん」は、主に料理店に出荷されているそうです。甘みや旨みの強い本物のみりんを造り続けるという想いから、「甘強みりん」と命名したといいます。この旧・本社事務所は、昭和12(1937)年の建築です。このほか、築敷地内には、江戸から昭和にかけて造られた蔵・作業場及び住宅、事務所があり、その歴史的価値を認められ、みりん工場(明治初年築)、旧本社事務所など4棟が文化庁の「登録有形文化財建造物」になっています。

Img_6055c_20191105191101  建築のことはよくは分からないのですが、古い建物を見るのは好きです。こちらのサイトによれば、「南北に細長い台形平面Img_6045c_20191105191401 のRC造3階建塔屋付であるが、堤防際のため、西面は2階建外観になる。窓は縦長の上げ下げ窓、外壁はスクラッチタイル張、頂部はコーニスを廻し、玄関はテラコッタ飾りで縁取る。地方における事務所建築の好事例」だそうです。

Img_6050c_20191105191501  こちらは、住宅主屋。社屋と工場の間にあります。2階建の和風住宅で、東西棟の入母屋Img_6111c 造、桟瓦葺、西面に玄関を設けた妻入です。2階には洋室もあるそうで、また、開放的な開口部が設けられ、当時の住宅の有様を示しているといいます。右の写真は、蟹江川の対岸、右岸から見たもの。

Img_6065c  さて、旧・本社事務所を見たあとコースマップをよくよく見たら、どうも指定されたコースImg_6068c を外れていると思えました。甘強酒造の工場内を抜けて行くようなコースになっていました。そこで、いったんもどってみたら、みりん工場の方へ進むという矢印を発見。いやぁ、よかった(苦笑)。道に迷うところでした。

Img_6071c_20191102183801  みりんの試飲もありました。料理は自分ではほとんどしませんので、みりんにどんな種類があるのかなど、Img_6073c 知るよしもありませんでした。しかし、実にいろいろとあるのにビックリ(こちらをご覧ください)。昔仕込本味醂、弐拾年熟成黒みりん、甘強本みりん、参年みりん、純醸本みりんなど。違うのは分かったのですが、何がどうかと聞かれると説明できるほどではありません(苦笑)。

Img_6077c  甘強酒造の工場内を抜けて、さらに南へ。スタートから2㎞のところに銭洗尾張弁財天富吉神社があります。Img_6083c ここは2回目(2018年3月4日:今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))。尾張で唯一の銭洗弁財天だそうです。室町時代の永享年間、北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を粗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられています。

Img_6091c  ここは、昭和39(1964)年、海門寺大池を埋め立てることとなり、約400年ぶりに尾張弁財天富吉神社として祀られましImg_6097c_20191105193901 た。また蟹江合戦の犠牲者を祀る、「蟹江城主、先祖代々供養塔」があります。詳細は、「JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(その2)……正一位秋葉神社と、銭洗尾張弁財天富吉神社」をご覧ください。ちょうど100円玉が5つありましたので、家族4人分プラス家内の母親の分として、洗ってきて、土産代わりに配りました。洗ったお金は使うのがよいと聞きました。

Img_6105c_20191105194001  銭洗尾張弁財天富吉神社を出て、記念橋で蟹江川を渡って西側へ。渡ったところのたもとに神社があります。去年3月4日にImg_6108c も見たのですが、ネットで調べても不明。キョリ測でも、Googleマップでも載っていないのです。あたりには、神社名などを示すものは何もありません。

Img_6115c_20191102193601  記念橋を渡って、蟹江町役場に行くまでの住宅街で、ジョウビタキの鳴き声が聞こえました。今年は、桑名でもよく見かけます。あるお宅のテレビアンテナに止まっていました。

Img_6119c  10時20分に蟹江町役場前を通過。さらにとなりにある蟹江町体育館も通過。ここでは、文Img_6122c 化祭が開かれていたようですが、書道、絵画、陶芸の展示やダンスということで、勝手ながらパス。

Img_6125c  3㎞手前で次の立ち寄りポイントであるまちなか交流センImg_6130c_20191102193601 ター・楽人。ここも2回目か、3回目。お茶がいただけたのですが、それも、店内も一周してそのまま通過。ずっと北上して、3.5㎞ほどでJR関西線の線路に行き当たり、左折。西へ向かいます。

Img_6137c  しばらく線路沿いに西に向かって歩きます。曲がってから最初の踏切を渡って、関西線の線路の北側に出ます。この踏切は、「八ヶ島(やつがしま)踏切」。JR線の踏切には、このようにそれぞれ「固有名詞」がついています。近鉄線は、たとえば「千代崎第1号」のようになっています。駅から上り方向に順に番号がついているのです。

Img_6145c  踏切を渡って、東へしばらく進み、今八島公園の先で左折して北へ。さらにその先で右折し……と歩いて、再Img_6150c_20191102194401 び蟹江川沿いに出ます。須西小学校のところにある飾り橋に出ます。ここで、4.7㎞。時刻は、10時50分頃。写真のような飾りが、親柱にありました。須成祭の時、飾られた祭船に役者や供の者が全員乗船し、ここから天王橋に向けて出発します。祭船を飾ったことから飾橋の名が付けられたといわれています(こちらを参照)。ここからは、また蟹江川沿いを、今度は北へ歩いていきます。

191102jrwalkingkanie2  ここらあたりから、実測ルートマップは、その2のエリアに入ります。「折り返し点」が近づいていますし、東名阪自動車道の近くまで歩いて行くことになります。

Img_6152c  須西小学校の敷地でまたもや、ジョウビタキのメスに遭遇。ウォーキングしながら、バードウォッチングができるとは、最高Img_6158c_20191105200401 です(微笑)。5㎞を過ぎて、真っ赤な橋が見えてきます。御葭橋(みよしばし)。この橋、実は、ワイヤーで跳ね上げられる「跳開橋」なのです。須成祭の時、「車楽船(だんじりぶね)」が上ってくるため、年に2日だけ跳ね上げられるのだそうです。こちらにそのときの写真が載っています。さて、その須成祭については、次に立ち寄る観光交流センター・祭人に展示説明がありましたが、それはその3にて。

 

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2019年11月 5日 (火)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その1)……蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址公園、蟹江城本丸井戸跡から蟹江神明社へ

Img_5869c_20191102180601  11月2日のJRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」の本編その1です。この翌日は、近鉄ハイキング(蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策)に行くつもりでしたので、ちょっと迷ったものの、JRさわやかウォーキングのスタンプが8個に留まっていました。賞品がもらえる10個達成を目指して、思い切って参加した次第。このコースは、去年3月4日のJRさわやかウォーキング(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))と一部で重複しています。このときは、山田酒造へ行きました。

Img_5871c_20191102175801  受付は、JR関西線・蟹江駅で8時半から11時でした。ただし、事前にネットに上がっていたコースマップを見Img_5862c たら、甘強酒造での試飲が10時からとなっていましたので、急いで行く必要はないと考え、桑名駅を8時38分に出る名古屋行き普通電車に乗車。蟹江駅には、8時55分に到着。¥240。この2分後には、名古屋から来る下り電車(桑名行き)も到着し、大賑わい。

Img_5868c_20191102180301  また、いきなりの余談ですが、蟹江駅は工事中でした。桑名駅と同じように、自由通路を設け、そこに改札口Img_6341c ができるようです。2020年末供用開始予定とか。

20191102jrwalkingkanie  こちらがこの日のコースマップ。蟹江駅を出て南へ。蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址公園(この2ヶ所は去年訪ねました)、蟹江城本丸井戸跡、蟹江神明社、甘強酒造(甘強みりんを製造販売、日本酒を造っているのは知りませんでした)、銭洗尾張弁財天富吉神社(ここも去年来ています)、文化祭が行われている蟹江町体育館(パスしました)、まちなか交流センター・楽人(ここも来ています)、観光交流センター・祭人を経て、はつらつ公園がゴール。マップ上は、約6.6㎞ということで、この日の散歩代わりという感じも。はつらつ公園からはJR蟹江駅まで、約500m。

191102jrwalkingkanie  実際に歩いたルート。余分に立ち寄ったのは、観光交流センター・祭人を出たあと、須成祭りが行われる富吉建速神社、八剣社、龍照院です。一方、文化祭が行われている蟹江町体育館は、前をそのまま通過し、立ち寄ってはいません。はつらつ公園までで7㎞、蟹江駅に戻って7.3㎞でした。

Img_5872c  スタートは9時ちょうど。この日は、冒頭の写真のように、併催イベントとして「蟹蟹フェア」が、このあと訪ねる観光交流センター・祭人で9時から14時まで開催されているということでした。ただし、グルメは提供数がかなり限定されていて、売り切れているかも知れません。まぁ、残っていればラッキーという気持ちで。

191102jrwalkingkanie1  実際に歩いたルートを詳しくした実測ルートマップ。蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址、蟹江城本丸井戸跡はすぐ近くに集まっています。そこから蟹江川沿いに出てさらになんか。蟹江神明社、甘強酒造、銭洗尾張弁財天富吉神社と進んでいきます。

Img_5879c  スタートから700mほどで蟹江町歴史民俗資料館に到着。蟹江町産業文化会館の中にありまImg_5886c す。今日は、「蟹江町130年の歩み」という特別展と、文化財パネル展を開催していました。ここの玄関先には、ほとんどが埋まった状態の「蟹江町道路元標」と、旧・日光大橋の親柱の「象」のモニュメントがおいてあります(2018年3月6日:JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(その1)……蟹江町歴史資料館、蟹江城址、秋葉神社他をご覧ください)。

Img_5898c  こちらが「蟹江町130年の歩み」展の会場。蟹江町は、その1/5が蟹江川、日光川など5本の河川によって占められており、ほとんどが海抜ゼロメートル地帯です。古くから水害に悩まされてきた一方で、町内には日本の名湯百選に選ばれた尾張温泉が湧き出ています。さらに、源氏泉緑地や日光川ウォーターパークといった河川と緑豊かな自然に恵まれた環境から「水郷の町」として知られ、小説家の吉川英治は「東海の潮来」と称したといいます。現在は、名古屋市のベッドタウン。明治22(1889)年に町制が施行され、今年で130年ということでした。

Img_5899c  展示はさまざまあり、また、130年の歩みの小冊子も置かれていました。個人的には、こちらの大きなホーロー看板が気になりました(微笑)。「水郷 蟹江温泉 観光旅館 太閤閣」とあります。この旅館は今はないようです。今あるのは、尾張温泉東海センターという日帰り入浴施設と、そこからお湯を提供された「足湯かにえの郷」と思われます。

Img_5901c  その他に気になったのは(蟹江町の歩みとはまったく関係なく、恐縮ですが)、古いテレビやラジオ、テーImg_5905c プレコーダーなど。オープンリールのテープレコーダーは、子どもの頃、オヤジが似たようなテープレコーダーを買って使っていましたので、懐かしい。中学校に入ったとき、こういうオープンリールのテープレコーダーで毎朝、NHK第2放送の基礎英語という番組を録音して勉強していました。ラジオも、真空管式のもの。ソノシートのプレイヤーもありました。ソノシートは、安かったので買ってもらったか、何かの付録に付いていたものを聞いていた記憶があります。

Img_5915c_20191102181201  蟹江町歴史民俗資料館を出て100mも行かないところに蟹江城址公園があります。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時Img_5920c_20191102181201 任(ときとう)が城塞を築いたのが始めといわれます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。蟹江合戦は、天正12(1584)年6月に起こった尾張国南西部における羽柴秀吉(豊臣秀吉)陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦いです。主に蟹江城における篭城戦でした。結果的に見て蟹江合戦は、小牧・長久手の戦いにおいて秀吉が合戦で家康に勝つ最後の機会だったようですが、秀吉は、長久手の戦いに加え、この蟹江合戦でも主戦力の投入に失敗し、これ以降攻勢にでることはなかったといいます。ここと次の蟹江城本丸井戸跡では、かにえガイドボランティア夢案内人の方々が案内をしてくださいました。城址公園では、右のようなCG(コンピュータ・グラフィック)で再現した合戦の様子も展示されていて、興味深く見られました。これはなかなかのアイデアです。

Img_5927c_20191102181201  城址公園から30mで蟹江城本丸井戸跡。細い路地の、民家の軒先にあります。ここは、去年、見逃したところで、今日は是非Img_5933c とも見たいと思っていました。蟹江城の本丸井戸跡と伝わり、江戸時代の蟹江本町村絵図にも、ここに「古井」と記されているということで、この井戸跡が、蟹江城がここにあった証拠と考えられています。

Img_5939c  蟹江城本丸井戸跡を見てさらに西へ。スタートから約1㎞の手前で蟹江川の左岸堤防に出ます。ここからは南へ。

Img_5945c  堤防道路を200mほど行くと、蟹江神明社に出ます。コースの関係で裏参Img_5950c 道から入るのですが、その前に神社の北側にあるエリアをチェック。改築記念碑や、昇格記念碑が並んでいます。

Img_5960c_20191104192301  その脇にひっそりと戦捷記念碑がありました。「明治二十七八役」とありましたので、日清戦争(明治27~28(1894~95)年)に参戦された方々を称える碑でした。

Img_5978c  蟹江神明社の拝殿。永享年間(1429~1441年)、北条時任が蟹江城築城の際、城の本丸南の守護神として清洲から御薗神明社を迎えて祀ったのが始まりといいます。天正12(1584)年、蟹江合戦で兵火に遭い、すべてが焼失し、元和5(1619)年に社殿を再興しました。社伝によれば、北条時任の祖父、時行が海路台風に遭い、暗闇の中一条の太陽が射す奇跡により、一命をとりとめたのですが、これは伊勢神宮のおかげと、天照大神を尊び敬っていたので、その孫、時任が城を築くにあたって、天照大神を祭神として神明社に祀ったとされます。その後、天正12(1584)年の蟹江合戦で、全村焼失し、翌年の天正大地震で城は崩壊し氏子は離散、潅木が茂るに任されていたのですが、徳川が天下を統一し、元和元(1615)年、蟹江の住民も氏神様を崇敬する心が戻り、神明社跡地の荒地を整備し、元和5(1620)年に社殿を再興しました。御祭神は、神明社ですので、天照大神。拝殿前の常夜燈、どこかで見たなと思ったら、伊勢神宮の外宮前にあるのと似た形でした(2018年12月11日:20181211伊勢神宮・外宮参拝へ……神宮暦を入手してきました)。

Img_5970c  境内には、拝殿とは別に小さなお社も2つあったのですが、いずれも詳細は不明。神社検索(三重)のようなサイトがあればImg_5983c よいのですが、愛知県については、調べた範囲では見つからないのです。

Img_5980c  拝殿前で気になったのが、賽銭箱。再選を投入するところが左の写真のようになっていたのです。まるで自販機の料金投入口のようでした。賽銭泥棒とか、賽銭箱ごと盗んでいく輩もいるようですから、神社も大変でしょう。

Img_5987c_20191104194801  拝殿前には、古い石柱などが集められていました。その中には、「軍人勅諭下賜五十年記念」と刻まれた石柱もありました。蟹江町軍人会が建立したもの。軍人勅諭が明治天皇から下賜されたのは、明治15(1882)年1月ですから、この石柱が建てられたのは昭和7(1932)年と考えられます。

Img_6000c  蟹江神明社の隣には、薬師如来堂がありました。ネットで検索しても詳細は不明。この北に西光寺というお寺がありますが、そこと関係があるのかどうかも、今ひとつはっきりしません。

Img_6002c  再び蟹江川沿いに南下しますが、蟹江神明社のすぐ西には、昇平橋。かつては蟹江橋があったのですが、昇Img_6004c 平という人が寄付して橋を新しくしたためこの名がついたといいます(こちら)。なかなか趣のある橋です。

 このあと、いよいよ甘強酒造へ。そこからはその2にて。

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2019年11月 3日 (日)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(予告編)

 今日は、JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」に行ってきました。明日は近鉄ハイキング(蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策)に行くつもりですから、ちょっと迷ったものの、JRさわやかウォーキングのスタンプが8個でした。賞品がもらえる10個達成を目指して、思い切って参加。今日のところは、予告編。今日のコースは、去年3月4日のJRさわやかウォーキング(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))と一部で重複しています。このときは、山田酒造へ行きました。

Img_5871c_20191102175801  受付は、JR関西線・蟹江駅で8時半から11時。ただし、コースマップを見たら、甘強酒造での試飲が10時からとなっていましたImg_5862c ので、桑名駅を8時38分に出る名古屋行き普通電車に乗車。蟹江駅には、8時55分に到着。¥240。この2分後には、名古屋から来る下り電車(桑名行き)も到着し、大賑わい。

20191102jrwalkingkanie  こちらが今日のコースマップ。蟹江駅を出て南へ。蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址公園(この2ヶ所は去年訪ねました)、蟹江城本丸井戸跡、蟹江神明社、甘強酒造(甘強みりんを製造販売、日本酒を造っているのは知りませんでした)、銭洗尾張弁財天富吉神社(ここも去年来ています)、文化祭が行われている蟹江町体育館(パスしました)、まちなか交流センター・楽人(ここも来ています)、観光交流センター・祭人を経て、はつらつ公園がゴール。マップ上は、約6.6㎞ということで、今日の散歩代わりという感じも。はつらつ公園からはJR蟹江駅まで、約500m。

Img_5872c  スタートは9時ちょうど。蟹江駅は、現在、新しく生まれ変わるために工事中でした。桑名駅Img_5868c_20191102180301 と同じように、自由通路ができるようです。2020年末供用開始予定。

Img_5869c_20191102180601  また、今日は、併催イベントとして「蟹蟹フェア」が、このあと訪ねる観光交流センター・祭人で9時から14時まで開催ということで、このチラシをいただきました。グルメ、提供数がかなり限定されていて、売り切れているかも知れませんが……。まぁ、残っていればラッキーという気持ちで。

Img_5886c  最初の立ち寄り先は、蟹江町歴史民俗資料館。スタートから800m弱。蟹江町産業Img_5898c 文化会館の中にあります。今日は、「蟹江町130年の歩み」という特別展と、文化財パネル展を開催していました。

Img_5899c  一通り見てきましたが、気になったのは、左の写真の「水郷 蟹江温泉 観光旅館 太閤閣」という巨大なImg_5901c ホーロー看板と、古いテレビやラジオ、テープレコーダーなど。オープンリールのテープレコーダーがありましたが、子どもの頃、オヤジが似たようなテープレコーダーを買って使っていましたので、懐かしい。ラジオも、真空管式のもの。ソノシートのプレイヤーもありました。ソノシートは、安かったので買ってもらったか、何かの付録に付いていたものを聞いていた記憶があります。

Img_5915c_20191102181201  歴史民俗資料館のすぐ近くに蟹江城址公園があります。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時任(ときとう)が城塞を築Img_5920c_20191102181201 いたのが初めといわれます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。ここと次の蟹江城本丸井戸跡では、かにえガイドボランティア夢案内人の方々が案内をしてくださいました。城址公園では、右のようなCG(コンピュータ・グラフィック)で再現した合戦の様子も展示されていて、興味深く見られました。これはなかなかのアイデアです。

Img_5927c_20191102181201  城址公園から30mで蟹江城本丸井戸跡。細い路地の、民家の軒先にあります。ここは、去年、見逃したところで、今日は是非とも見ていこうと思っていました。蟹江城の本丸井戸跡と伝わり、江戸時代の蟹江本町村絵図にも、ここに「古井」と記されています。この井戸跡が、蟹江城がここにあった証拠と考えられています。

Img_5945c  井戸跡から西へ進み、蟹江川の堤防に出ます。ここから南へ進み、蟹江神明社へ。スタートして、まだ1.2㎞くらい。コースの関係で、裏参道から入ります。永享年間(1429~1441年)、北条時任が蟹江城築城の際、城の本丸南の守護神として清洲から御薗神明社を迎えて祀ったのが始まり。天正12(1584)年、蟹江合戦で兵火に遭い、すべてが焼失し、元和5(1619)年に社殿を再興しました。

Img_5978c  御祭神は、神明社ですので、天照大神。拝殿前の常夜燈、どこかで見たなと思ったら、伊勢神宮の外宮前にあるのと似た形でした(2018年12月11日:20181211伊勢神宮・外宮参拝へ……神宮暦を入手してきました)。

Img_6015c  蟹江神明社からまた蟹江川の堤防を進みます。スタートから約1.7㎞、9時40分過ぎに甘強酒造に到着。「甘強みりん」という大きな看板を何度も電車から見て以来、気になっていたところ。たぶん「甘強」という名前のインパクトで気になったと思います。創業は、文久2(1862)年ですから、今年で157年。みりん専門と思っていたのですが、このウォーキングに向け、下調べをしたら、日本酒や、梅酒、漬床も造っているのを知りました(こちらに商品リストがあります)。

Img_6032c_20191102183701  10時からと思っていたのですが、スタッフの方から「試飲、どうぞ」と声をかけていただImg_6017c けました(微笑)。今日は、無料で、純米吟醸酒 いっこく(右の写真)、本醸造 名古屋正宗(これを土産にしました)(日本酒のリストはここ)、里香梅 紅麹梅酒をそれぞれ1杯ずつ(といっても、写真のようなミニカップ)頂戴しました(微笑)。

Img_6026c  土産にしたのは、こちら、本醸造 名古屋正宗(720ml入りが¥900)。愛知県産米を使用し、飲みやすいお酒ということです。ただ、個人的な好みをいえば、どうも三重県の酒蔵の酒の方が好み。あくまでも好みの問題ですので、ご了解あれ。この近くでは、山田酒造さん、青木酒造さんのものも試しましたが、私的な結論。愛知県で生まれ24歳まで育ったものの、三重県在住40年で、すっかりこちらに馴染んだためかも。水の違いが大きいような気がします。

Img_6068c  このあと、みりん工場にも周り、そちらでもみりんの試飲をしてきました。私はあまり関心がないので知りImg_6071c_20191102183801 ませんでしたが、昔仕込本味醂、弐拾年熟成黒みりんなど、さまざまありました。

Img_6043c  甘強酒造といえば、その旧本社事務所の建物が、昭和12(1937)年建築で、登録有形文化財。この旧本社Img_6060c_20191102183801 ビル事務所も含め、甘強酒造では、みりん工場(明治初年築)など4棟が登録有形文化財として登録されています。

Img_6077c  念願の甘強酒造に行けて気分も良好。続いては、甘強酒造からすぐ近くにある銭洗尾張弁財天富吉神社へ。ここも、去年3月のJRさわやかウォーキングで来ました。そのときと同様、100円玉を5個、洗ってきました。家族4人プラス家内の母の分。たまたま財布の中に100円玉が5個入っていたのです。

Img_6115c_20191102193601  このあと、蟹江川を渡って、川の西へ。住宅街の中でバードウォッチング(微笑)。というよりも、歩いていたら、ジョウビタキの鳴き声が聞こえてきました。町役場の南東あたり。ジョウビタキのメスがいました。今シーズンは、よく見ます。

Img_6119c  その後、蟹江町役場の前を通って、蟹江町体育館。体育館では、町民文化祭会場でしたが、Img_6122c 申し訳なく思いながら、そのまま通過。

Img_6125c  スタートから2.9㎞、10時25分頃、まちなか交流センタImg_6130c_20191102193601 ー・楽人。ここも以前に来ています。なので、立ち寄って中を見て、そのまま出て来ました。楽人を出てすぐに3㎞。JR関西線の線路までまっすぐ北上。

Img_6137c  線路を八ヶ島踏切で越えて(JRの踏切には、すべてこのように名前が付いています)、再び蟹江川沿いに出ます。蟹江川を上Img_6150c_20191102194401 流方向に歩いて行きます。

Img_6152c  須西小学校のところで、再びジョウビタキのメスが出て来ました。今シーズン、本当によくImg_6160c 見ます。スタートから約5.3㎞、11時前に観光交流センター・祭人に到着。ここは今までよく知らなかったのですが、須成祭に関する展示を行うミュージアム、物販・カフェスペースなどとなっていました。

Img_6168c_20191102194501  須成祭は、あまりよくは知らなかったのですが、この近くにある冨吉建速神社(とみよしたけはやじんじゃ)・八剱社(はっけんしゃ)両社の祭礼として行われる川祭で、8月第1土曜日に宵祭、翌日曜日に朝祭が行われImg_6173c ます。この祭は、「車楽船(だんじりぶね)の川祭」と「神葭(みよし)の神事」の2部から構成されており、7月「稚児定め」から10月「棚下し」まで約100日間にかけて数々の祭事が行われ、別名「100日祭」ともいわれています。津島神社の天王祭りと似たお祀りのようです。

Img_6162c  ここでは、山田酒造さんの最愛というお酒の試飲ができました(微笑)。スタッフの方に、「PRしておくImg_6165c_20191102194401 ね」と約束しました(笑)。右の写真が、この最愛という酒。山田酒造さんへは、去年3月4日のJRさわやかウォーキングで行っています(JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋で利き酒と蟹江のまちを散策」へ(その3)……日吉神社で「蕃塀」を見て、いよいよ山田酒造へ(続く))。

Img_6193c  さらに、ここ祭人では、スタートの時にもらったチラシにあったように、蟹蟹フェアが行われていました。Img_6228c 蟹蟹ラーメンや、蟹タクちらし、蟹デコSUSHIがまだありました。味彩もへののお姉さんの強力な売り込みがあり、蟹タクちらし(¥300)をお買い上げ。「小腹、空いていませんか?」といわれて、やられました(苦笑)。このあと立ち寄った冨吉建速神社・八劔社でいただくことになりました。

Img_6203c  その冨吉建速神社・八劔社。天平5(733)年に創建、木曽義仲が再建、織田信長が社殿を造営したといわれます。富吉建速Img_6213c_20191102200301 神社本殿は一間社流造・桧皮葺、八劔社本殿は、三間社流見世棚造桧皮葺で、それぞれ室町時代の特色をもった建物で国の重要文化財に指定されています。富吉建速神社の御祭神は、 素盞嗚尊(すさのおのみこと)。八剣社のそれは、草薙神霊(くさなぎのしんれい)。相殿神は、熱田五神(あつたごしん)。

Img_6235c  神社の隣に蟹江山常楽寺龍照院。真言宗智山派のお寺。天平5年に行基菩薩によって本尊に十一面観世音菩Img_6247c_20191102200401 薩を奉安し創建されたといわれています。御本尊十一面観世音菩薩像は、寿永元(1182年)年、仏師僧教円によって造立されたといい、国の重要文化財となっています。境内には、大日如来堂があり、木曾義仲の菩提を弔うために巴御前が安置したといわれる大日如来坐像 巴御前が安置されています。巴御前は、木曾義仲とともに幼少のころから生涯をともにし、木曾義仲が平家追討の兵を上げたとき、義仲に従って上洛した女性です。

Img_6261c_20191102200301  ここで見たかったのは、こちらの大イチョウ。「龍照院の大イチョウ」として、蟹江町の天然記念物。町内一、二の巨木といいます。太閤秀吉御手植えの銀杏という話が伝わっており、江戸時代の文献にもそのように記載されているといます。そうだとすれば、樹齢は400年を越えるでしょう。平成6(1994)年時点の樹高は23m、幹回りは3.5mだったそうです。冨吉建速神社・八劔社も、龍照院も立ち寄り先には指定されていませんでしたが、須成祭に関わると思って、寄り道。ここで5.5㎞。再び蟹江川に沿って行きます。

Img_6292c  5.8㎞地点、御葭橋のところで左折し、ゴールのはつらつ公園へ向かいます。途中、桜1丁目に入ったところImg_6301c にある調整池でもバードウォッチング(微笑)。カルガモとコガモがいました。ゴールまでもう立ち寄るところはありません。

Img_6311c  11時40分にゴールのはつらつ公園に到着。ここまででちょうど7.0㎞。いImg_6314c_20191102200401 つもの散歩+αの距離。スタンプカードに捺印してもらい、これで9個目。11月23日までにもう1個押印してもらえるとよいのですが、どうでしょう? 直近で近くというと、11月10日(日)、JR紀勢線・多気駅でのウォーキングがありますが(晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、「おいないまつり」で多気の文化と食を楽しもう!)、どうしましょう?と思案中。これに行けばスタンプ10個は達成。しかし、JR関西線・桑名駅からJR紀勢線・多気駅まではちょっと遠い。前日は、近鉄ハイキング(近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く(近鉄弥富駅~近鉄長島駅))参加を計画中。

Img_6327c  はつらつ公園には、物販スペースも出ていましたし、コーヒーショップも出店。物販スペースでは、蟹江町特産というイチジクを使ったお菓子を売っていました。しかし、これといってほしいものはありませImg_6323c_20191102203901 んでしたので、しばし休憩ののち、JR関西線・蟹江駅に向かいます。

Img_6337c_20191102200401  蟹江駅には、11時50分に到着。ここで、7.3㎞。12時ちょうどに四日市行き普通がありましたので、それに乗車、桑名駅には、12時16分着。¥240。蟹江駅でホームに出たら、私が「富田のオッちゃん」と呼んでいる知人に遭遇。この方、「よく遊び、よく学べ」の達人。密かに尊敬しています。きわめてフレンドリーで、誰とでも知人・友人になります。「ハマちゃん」みたいな人。「おぉ、久しぶり」と手をあげて挨拶されました。私より一回り年上なのですが、元気です。

Img_6349c_20191102200401  今日の歩数は、ALKOOによれば、15,529歩。まぁまぁです。足らないこともなく、歩きすぎることもなくですから。本編は、また改めて書き始めます。明日は、近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」。畏友M氏と行ってきます。私は去年の氏郷まつりも見に行きましたが(20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ……予告編)、M氏が「御城番屋敷を見てみたいlとおっしゃるので(他人様のせいにしてはいけませんが……)。

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2019年9月17日 (火)

20190914近鉄ハイキング「オクトーバーフェストな気分でハイキング 多度大社と細川酒造『上馬ビール』」(その3)……多度大社で謎を残したまま先に進み、細川酒造へ、六角地蔵堂を見て、帰りはハローキティラッピング電車を楽しみ「完」

 9月14日に行ってきた近鉄ハイキング「オクトーバーフェストな気分でハイキング 多度大社と細川酒造『上馬ビール』」のその3です。「オクトーバーフェスト」の謎は解明できたものの、多度大社をめぐっての謎、疑問は残したまま次へ進みます。別にビールの魅力に目がくらんでいるというわけではありません。

190914kintetsuhikingtado2  実測ルートマップは、その2になります。多度大社の境内を歩き回っている間にスタートから2㎞。大社前の丸繁さんを覗いただImg_9639c けで、何も買わずに先に進んでいます。多度川を大門橋で渡り(こころんさんのコメントに関連して、昔の地図を見たら、この多度大社から南に向かう道は、明治24年頃にはなかったようです。こちら。何ごとも、時間的、空間的な視点からの理解が必要だと思いました)、多度大社前の信号交差点を渡って、右折。西に向かいます。

Img_9645c 多度保育園、多度幼稚園の前を通って、3㎞を過ぎて左折。細川酒造に行くには、このまま直進した方が距離は短いのですが、Img_9646c ハイキングとしてはある程度歩け、ということなのでしょう(実際、直進していく人もたくさんいました)。多度町北猪飼の辺りを南に進みます。これを書くのに地図を見ると「ごんべえ溜」という溜池もあったりして気になりますが、当日はそんな余裕はありません。

Img_9650c  途中、諏訪神社という社号標と、神社に上がっていくらしい階段を見つけたものの、寄り道する元気はありImg_9667c_20190914161801 ません(苦笑)。このあたりの産土神。主祭神は、建御名方神。途中、あるお宅の前を通ったら、鶏の鳴き声。養鶏というほどの規模ではありませんでしたから、趣味で飼っていらっしゃるのかも知れません(金網越しでピンぼけ写真でした)。子どもの頃、我が家でも鶏を飼っていたことがありました。卵を取ることがで来たかどうかは、記憶がありません。さらに進んで、3.6㎞地点、北猪飼のKバス(桑名のコミュニティバス)バス停や、多度南郵便局のある辺りで右折。西へ。

Img_9670c_20190917195101  この先しばらくは、コースマップでは立ち寄り先は指定されていませんでした。しかし、3.9㎞ほどのところで大日如来堂を見つけました。大日如来堂、珍しくないと思って、一応見てきただけだったのですが、後で調べたら、桑名市内では、五反田、久米の島田と、ここ多度町猪飼の3か所のみに祀られているものだそうで、もっとしっかり見てくればよかったと反省(こちらの5ページ)。大日如来は、真言密教の教主とされます。宇宙の実相を仏格化した根本仏でありで一切の現実経験世界の現象はこの如来そのものであるといわれるほどの仏様。

Img_9682c_20190914175501  このあたり、立ち寄るところも、とくに他に見るところもなく、ひたすら肱江川沿いの道を歩いて行きます。コースマップにImg_9696c は、「肱江川 渓谷の眺め」とありましたが、草も生い茂っていて、渓谷の眺めは楽しめず。途中、5㎞の手前で大規模な採石場がありました。多度開発という会社が採石をしているようでした。

Img_9703c_20190914161801  11時20分頃、古野の信号に出ました。5.6㎞地点。ここまで来れば、細川酒造もすぐ近くImg_9707c のはず。信号を渡って、古野の町へ入っていきます。アタマの中は、ビール、ビール(苦笑)。暑くて、汗を掻いて、ビールがうまいぞというのが、このあたりを歩いていたときのモチベーションなのです。

Img_9727c  スタートから6.1㎞、時刻は11時半、やっとの思いで細川酒造に到着(微笑)。すでにたくさんの方たちがいて、「宴会」をして盛り上がっているグループもあります。暑い中を歩いてきましたので、のどが渇いていImg_9712c て、試飲が楽しみ(爆)。近鉄ハイキングの「酒蔵見てある記」ではお馴染みの光景。このハイキングで知り合った、四日市・富田の人も仲間の方たちと盛り上がっておられました。

Img_9714c_20190914161901  試飲会場へ直行。コースマップについている試飲券と引き替えにまずは一杯。試飲にいただいたのは、「上馬ビール ヘレス」。いわゆるラガーと思います。のどが渇いていましたし、試飲のカップが右の写真のようにミニサイズでしたので、ごくごくと一気に飲んでしまい、あまりよく味わっていません。上Img_9716c 馬ビールは、初めてではありませんが、まさに「麦酒」という感じがかなりします(素人表現丸出しで我ながら笑えます)。というのも、「上馬ビール」は、ドイツ直輸入の有機無農薬麦芽と有機ホップのみを使用したオーガニック原料のビールで、「有機無農薬麦芽100%」・「有機ホップ100%」で作られているのです。

Img_9721c_20190914161901  当然これだけでは足りませんでしたので、もう1杯。ワンコイン(¥500)を払って、「上馬ビール ドゥンケル」。普通にいう黒ビール。試飲用とは違って、大きめサイズ。それに、さすがにうまい! 値段はそれなりなのですが(へレス、ドゥンケルともに330mlで¥460)、いかにもビールという感じで美味しく飲めること請け合い。細川酒造では、地酒「上馬」もありますが、この時期まだ新酒はありませんから、今日は、土産その他のお買い上げはありません。多度土産と同じく、我が家近くでも買えるからです。あとから思い出すと、私がドゥンケルを待っているとき、前にいた女性が予告編で書いた「3杯飲んだ」方でした。私も、つまみも売っていて、もう少し飲もうかとも思ったのですが、帰りのことも考え、細川酒造滞在は10分ほどで、次へ(我ながら、もうちょっと後先を考えずにぱーっとやるようになってもいいか、という気もします)。

Img_9736c  細川酒造から300mほどのところに六角地蔵堂。案内板の説明によれば、六角形の花崗岩の各面にお地蔵様が彫られていまImg_9738c す。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天という6つの善悪の業を救済する姿が薄肉彫りにされています。昔、一人の行者が員弁郡中津原のススキの中に倒れていた地蔵を見つけ、それを背負って市之原、前山を通って古野の山まで来たとき、「もうここでけっこうだ」というお地蔵様の声がしたのでそこに下ろしたといいます。また、あるとき、古野の年貢米を運ぶ船が出るとき、突風で沈みそうになったとき、お地蔵様が「古野の個目を運んだ船が沈むぞ」と大声で3回叫び、それを聞きつけた若い衆が駆けつけ、事なきを得たといいます。以前は、肱江川の南の前の山に安置されていたものが、明治時代に現在の場所に移されたといいます。お堂は、昭和52年(1977)年3月に建て替えられています。

Img_9749c  六角地蔵堂からすぐ(200m足らず)、ほろ酔い気分で(足取りはアヤシくはありません……ただし、あくまでも主観ではあImg_9752c りますが)、この日のゴールというか、バス乗り場のふれあい広場・岩や姫。11時42分、スタートから6.7㎞。生活必需品の廉価販売やコミュニティ広場として開放されていますが、さらに、地元産の野菜や果物、手作り品など、様々な商品が売られているところ。ここから多度駅までの三重交通のバスが出ます。乗車券を買った上で乗るようにということでしたので、まずは¥340を払って乗車券を確保。バスが出るのは、12時10分。

Img_9753c  時間がありますし、腹も減ってきましたので、腹ごしらえをすることに。駐車場に出ていた店で赤飯、串カツなどいろいろとImg_9756c_20190914161901 売っていたのですが、焼きそばをゲット。¥350。こういうところで売っている食べ物は、けっこう美味しくいただけるものです。焼きそばを食べて、バスの到着を待ちます。路線バスではなく、この近鉄ハイキングのための臨時バス。お客が多かったので、同じ時刻に2台。お陰で座れました(微笑)。コースマップには、「熱中症注意! 水分補給!! お帰りはバスをご利用ください」「飲酒後の運動は危険です! お帰りはバスをご利用ください」とありましたので、素直にしたがうことにしました。

190914kintetsuhikingtadobusrout  多度駅から、ここふれあい広場・岩や姫までは、ほぼ2時間をかけて歩いてきたのですが、バスは、歩いてきたルートとは少Img_9769c し違うものの、10分あまりで多度駅まで行きました(苦笑)。「何だかなぁ」という気もしますが、まぁ世の中こんなものでしょう。好き好んで、この暑い中歩きに来たのですから、文句が言える次第ではありません。ということで、屁理屈はともかく、多度駅に12時21分着。バスを待つ間に一緒になった女性は、細川酒造で試飲以外に3杯飲んだ方で、「もう私、酔っ払ってます」とおっしゃっていました。羨ましいというか、負けたというか(爆)。私は、まだ修行が足らないようです。

Img_9775c  多度駅を12時42分に出る桑名行きがありましたので、それに乗車することに。帰りに、自販機ではなく、駅の窓口で切符をImg_9770c 買ったら、珍しく硬券でした。しかし、よく見ると「運賃変更」とスタンプがあり、かなり前のものを利用しているようでした。¥300の頃のもの(今は、¥310)。多度大社の上げ馬神事に因んだ駅名表示板を撮影(去年から設置されています)。こういうもの、好みなのです。

Img_9789c  やって来た電車が、こちら。ハローキティのラッピング電車。ラッピング電車が走っているのは、新聞記事で知っていたのですが、思わぬことでラッキー。ネットで調べればこのラッピング電車が運Img_9792c 行される時刻が公開されているようですが、そこまではしていませんでした。車内の、普段ならつり下げ広告があるところにも、キティばかり。桑名駅には、12時58分着。¥310。

Img_9796c  桑名駅で降りてから、乗客が途切れるのを待ってあれこれ撮って来ました。他にもスマホなどで撮っているImg_9798c 方、多数。いわゆる「インスタ映え」するのでしょう。7月から走り始め、11月いっぱいの期間限定だそうです。モチーフは沿線の観光スポットとキティちゃんのコラボです。

Img_9804c Img_9805c Img_9808c

 

 

 

 

 

Img_9814c  今日のALKOOのデータは、16,217歩。ハイキングで歩いたのが6.7㎞、自宅から桑名駅往復が1.8㎞で、合計8.5㎞。けっこう暑くて疲れたものの、多度大社の摂社・末社をコンプリートできました。鉾立社の位置、向きなど謎は残ったものの、芭蕉の句碑も見てこられましたので、まぁ満足。細川酒造も訪ねたかったところですから、今日もハイキングに出かけて楽しめたということです。9月になって、近鉄ハイキングが再開され、遊んでばかりのようではありますが、江戸橋での非常勤の準備もコツコツと進めております。

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