お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年1月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年1月31日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

近鉄ハイキング

2024年1月14日 (日)

20230114近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と新春の寺内町散策」へ(一回完結)

Img_5603c_20240114154601  桑名では最低気温が-1.8℃とかなり冷えましたが、天気はよさそうでしたし、風もさほどではないという予報でしたので、予定通り、近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と新春の寺内町散策」に行ってきました。タイトルにあるように、専修寺では現在「お七夜」が行われています。専修寺は好みのお寺ですし、お七夜も気に入っているからです。津では、最高気温は6.8℃。歩いた前半はほとんど風もなく、むしろ暖かく感じたくらいでした。令和6(2024)年、初ハイキング/ウォーキングです。

Img_5526c_20240114154501 Img_5522c_20240114154701  近鉄桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行に乗車。白子駅に9時12分に着いて、9時14分の津新町行きに乗り換え。高田本山駅には9時30分に到着。¥830。受付開始も9時30分。コースマップを受け取って9時35分にスタート。

240114kintetsutakada  こちらが今日歩いてきたルート。近鉄ハイキングのホームページを見ても、約9㎞とあるのに、立ち寄り先は下津醤油直売所、一身田寺内町の館、高田本山専修寺、魚歳食品㈱はんぺい茶屋、三重県総合博物館のみ。「これはひたすら歩く」ということだなと思ったのですが、まさにその通りでした。このあたりは何度も行っていますので、よく承知のエリア。立ち寄り先をパスするつもりもあり、結局、専修寺と魚歳食品に立ち寄っただけで、ルートマップ上8.3㎞をひたすら歩いた感じでした。

Img_5532c_20240114154501 Img_5538c_20240114154501  高田本山駅から専修寺に向かう道は、一本道。西向かってまっすぐ進みます。伊勢鉄道東一身田駅のところで伊勢鉄道の高架をくぐります。

Img_5544c Img_5561c_20240114154601  高架をくぐってすぐに下津醤油の直売所。醤油は買ってくるなと厳命されていますが、ここの利兵衛団子は、おいしそう。醤油だれが好みです(というか、個人的には甘だれの団子は、団子ではないと思っています)。パスして、先に進みます。その先に一身田寺内町の館。一身田寺内町における地域固有の歴史、文化等を紹介しています。案内もここでお願いできます。何度も来ていますので、ここもパス。

Img_5565c_20240114154601  寺内町の館を過ぎると、専修寺が見えてきます。露店がたくさん並んでいて、けっこう賑わっています。数年前までは、植木屋さんも出ていたのですが、最近はまったく見なくなりました。亡くなった家内の父は、お七夜に行くと、必ず植木を買って帰ったそうです。

Img_5569c  専修寺には9時50分頃に到着。お七夜とは、報恩講のことです。親鸞上人の忌日は、本願寺派・高田派の本山では新暦で1月9日から16日に、他派の本山は旧暦で11月21日から28日まで行なわれるそうです。写真は、山門。重要文化財。2階建で、間口20m、奥行9m、高さ15.5mの大きな門です。

Img_5607c_20240114154601 Img_5583c_20240114154601  左の写真は、御影堂。780畳という大きな御堂。国宝。右は、如来堂。教義上はこちらが本堂だそうです。ご本尊として「証拠の如来」と呼ばれる阿弥陀如来立像(快慶作 国指定重要文化財)を祀ってあります。これも国宝。

Img_5596c_20240114161201  専修寺を訪ねたら、納骨堂にも必ずお参りしてきます。家内の父のお骨が納めてあるからです。義母のお骨は、家内や息子がまだ手元に置いておきたいということで、納骨はしていません。

240114100533155c 240115145703986c  さてお参りを済ませたら、お七夜土産。名物のおこしです。これを買わないと、お七夜にお参りした気がしないのです。ミックス5つ入りで¥900。総本家春乃舎さんのもの。創業250年だそうです。寺内町の館の隣にお店があります。専修寺は、これまでに何度も訪れ、一通りは見て回っていますので、今日のところはこれで次に向かいます。

Img_5614c_20240114154601 Img_5621c_20240114154601  JR一身田駅前を通り、窪田の常夜灯を眺めて田園地帯へ。一身田駅の駅舎は、大正12(1923)年12月に竣功し、平成3(1991)年に改修されました。趣のある駅舎です。窪田の常夜燈は高さ8.6mで、津市内最大の常夜灯。滋賀県の商人が資金を出して造り、当初は伊勢神宮まで運ぶつもりだったのが、大きすぎて運ぶのが困難になり、やむなくこの地に設置したものだといいます。文化14(1817)年のもの。

Img_5641c_20240114154601  魚歳食品に着くすぐ前、石積神社(いしづみじんじゃ)があります。以前来ましたので、パス(こちらをご覧ください)。創立は、延喜年間(901~923年)以前ですが、詳細は不詳。織田信長の兵火により灰儘に帰し、神霊は伊勢神宮に遷ったのですが、故あってこの旧社地窪田に奉遷。主祭神は、大山祇神(おおやまつみのかみ;山をつかさどる神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子)。

Img_5655c_20240114154601 Img_5652c_20240114154601  続いて魚歳食品はんぺい茶屋。ここでハイキング特典として、先着150名限定で揚げたての天ぷらの試食があるのです。150名に入れるかと気をもんだのですが、十分に間に合いました(ちなみに今日もらったコースマップの番号は#72でした)。残念ながら、揚げたてではなかったものの、おいしい揚げはんぺいでした。

Img_5658c_20240114163501  さて、ここからは三重県総合文化センターや三重県総合博物館のあるあたりに向かって県道10号線をひたすら歩きます。以前の近鉄ハイキングでは、 天台真盛宗の日照山勝久寺や、大乃己所神社(おおのこそじんじゃ)に立ち寄ったのですが、今日はそれはなし。写真は国道23号線中勢バイパスをくぐったところ。

Img_5665c_20240114154601 Img_5669c_20240114154601  総合文化センターの手前の信号で右折して坂道を登って行くと、上津部田城趾洞門があります。この上に上津部田城址があるそうです。上津部田城(こうづべたじょう)は、志登茂川流域の平地を見下ろす丘陵の北端部に位置する戦国時代の城です。城趾公園も整備されているのですが、ひたすら歩いてきて、いささか疲れていたので、パスしてしまいました。

Img_5677c_20240114154601  次の信号を曲がってから、この洞門のあたりを見るとこういう景色になっています。戦国時代には、こういう小高い丘に城といいますか、城館が築かれることが多かったようです。

Img_5681c_20240114154601 Img_5695c_20240114154601  11時20分頃、三重県総合博物館のあたりに来ました。魚歳食品ではんぺいをいただくときに短時間座っただけで、歩きづめでしたから、ここの駐車場の隅で小休止。博物館では、昭和のはじめ頃から現代にかけて、くらしのさまざまな場面で使われてきた道具を紹介する「くらしの道具」展が開かれており、コースマップを呈示すると観覧料金が2割引(¥520→¥410)になるということでしたが、これまたパス。

Img_5703c  その後、大谷町の住宅街や、三重県総合教育センター、三重県立美術館の近くを通って、11時40分を過ぎた頃、近鉄津駅にゴール。2時間ほどで8㎞以上を歩いてきたことになります。

Img_5707 1705200422873c  今日は家族から、「津駅に行くなら、蜂蜜まんじゅうを買ってくるように」という指令が出ていました。津駅東口(JR津駅側)に蜂蜜まん本舗の出張販売所があるのです。江戸橋に行く水曜日は定休日ですから、非常勤に行くときには買えません。今日こそはと勇んでいったら、「品切れ中」の表示。店の方に伺ったら、「入荷待ちですが、何時に入るかは分かりません」とのこと。

Img_5710c_20240114154601 240114115919591c  やむなく先に食事。津駅ビルチャムの2階にあるそじ坊へ。このお店、大のお気に入りなのです。先日、テレビか何かで見てから食べたかった「鴨南蛮」(¥1,200)をチョイス。とてもおいしく、また、体も温まりました。その後、3階にある別所書店を覗いて、再び蜂蜜まんじゅうが入荷していないか見に行ったものの、まだ。残念ながら、今日は手に入れられず。

Img_5714c_20240114154601  近鉄津駅12時40分発の名古屋行き急行に乗って、桑名駅には13時22分着。非常勤の授業の帰りによく乗る時間です。¥830。写真は、途中で撮った長太の大楠。以前よりも、葉っぱが出て来ている感じです。

Screenshot_20240114134627c  今日のGoogle Fitのデータ。19,110歩、12.29㎞となっています。よく歩きました。ということで、今日の近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と新春の寺内町散策」の記事は、これにて完結。

2023年12月30日 (土)

2023年ウォーキング/ハイキングのまとめ

 猛威を振るっていた新型コロナウイルス感染症も、今年5月8日からは5類感染症に位置づけられ、外出などの制限もなくなりました。JRさわやかウォーキングや、近鉄ハイキングも次第に復活してきましたので、それらにも参加しつつ「勝手にハイキング」にも出かけました。令和5(2023)年は、計22回のウォーキングに行っており、令和4(2022)年よりも5回増えました。以下、時系列に沿ってそのまとめをしています。リンクは、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」の記事に貼ってあります。

1.2023年1月21日:美濃街道ウォーキング「多度から石津」

 一般に美濃街道とは、尾張の東海道宮宿と美濃の中山道垂井宿をつなぐ脇街道のことをいいますが(こちらは「美濃路」とも呼ばれています)、江戸時代には、桑名から長良川に沿って美濃へと通じる街道を美濃街道と呼んでいました。美濃街道は、すでに桑名から多度までは歩きましたが、その先はルートがよく確認できず未踏でした。昨年になって調べがつきましたので、同級生K氏と話し合い、今年は、美濃街道から養老街道、美濃路を経て大垣まで歩こうということになったのです。この日がその第1回。美濃街道は、美濃国では伊勢街道あるいは桑名街道と呼ばれたようです。

B0bd64ef Dd42f59a この日歩いたのは、養老鉄道多度駅から石津駅まで。多度川にかかるみどり橋まではこれまでに歩きましたから、ここが実際にはスタート地点。空念寺、宇賀神社、柚井遺跡、八幡神社、御鍬神社、願超寺から山除川沿いを北上。子安・延命地蔵尊、天白神社と周り、石津駅の手前で杉生神社(写真)に立ち寄ってゴール。歩いたのは11.9㎞。電車賃は計¥730。この日は、途中、食堂も、コンビニも1軒もないルートでした。昼食は、桑名に戻って、桑名一番街にあるエンシュウヤで、日替わりランチ(味噌カツ)。¥750。

2023年1月21日:20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(予告編)

2023年1月22日:20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(その1)……多度駅をスタートし、空念寺と宇賀神社へ【空念寺について追記(1/29)】

2023年1月23日:20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(その2)……柚井遺跡、難儀した「ブッシュ・ウォーキング」を経て八幡神社、御鍬神社から願超寺へ

2023年1月24日:20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(その3)……山除川沿いの地蔵尊、天白神社から国道258号線を渡って杉生神社にお参りし、石津駅にゴールで「完」

2.2023年2月12日:近鉄ハイキング酒蔵みてある記「水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」

9564307b 21cc6c2c  近鉄蟹江駅をスタート&ゴールとする「酒蔵みてある記 水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」という企画でした。近鉄の「酒蔵みてある記」は人気企画でしたが、コロナ禍でハイキングそのものの企画がほとんどなくなっていました。2021~2022年冬シーズンは、「酒蔵立ち寄りハイキング」として少し復活し、今年は本格的に復活。この日は、いつもの同級生K氏と二人で。蟹江駅から銭洗尾張弁財天富吉神社、大相撲ストリート、蟹江町まちなか交流センター楽人、蟹江町観光交流センター祭人、冨吉建速神社・八剱社、蟹江山常楽寺龍照院から山田酒造へ。善教寺に立ち寄って、蟹江駅にゴール。山田酒造の試飲では、「何杯でも、何種類でもどうぞ」ということで2種類試飲した上で、さらに有料の「大吟醸 酔泉」も試飲(¥300)。土産には「本醸造酔泉 しぼりたて生原酒」(720ml)を買ってきました(税込み¥1,100)。歩いたのは、13.1㎞。電車賃は往復で¥600。近鉄蟹江駅あたりでは昼食を摂るところがなく、この日も桑名一番街にあるエンシュウヤで、日替わりランチ(味噌カツ)。¥750。

2023年2月12日:20230212近鉄ハイキング酒蔵みてある記「水郷 蟹江散策と山田酒造『醉泉』・『最愛』」へ(一回完結)

3.2023年2月26日:近鉄ハイキング酒蔵みてある記「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」

860f0bc4 F5efb3f0  この日の立ち寄り先は、ほぼ神楽酒造のみ。スタートは近鉄湯の山線伊勢松本駅。途中、春の丘、夏の広場を通りますが、今年は夏の広場で小休止。この2箇所は、「四郷地区風致地区 ふるさとの道」として整備されています。ただし、夏の広場近くで標高が68メートルあり(キョリ測によるデータ)、アップダウンはかなりキツく、運動量はけっこうなものでした。ゴールは、四日市あすなろう鉄道西日野駅。同級生K氏と二人旅。「神楽 特別純米生酒」(720ml入り、¥1,320)を買ってきました。あわせて300ml入りの「神楽」を1本買って、K氏とシェアして、ささやかな宴会をしてきました。歩いた距離は7.9㎞。電車賃は往復で¥970。昼食は、四日市駅で途中下車して、餃子の王将四日市ふれあいモール店にて「餃子の王将ラーメン」(¥572)。

2023年02月26日:20230226近鉄ハイキング酒蔵みてある記「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」(一回完結)

4.2023年3月4日:JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」

749c67fb 38cf6b02  同級生K氏と二人旅。このときと同じコースのJRさわやかウォーキングは、毎年企画があり、以前から行ってみたいと思っていたのですが、何といっても遠いのです。二見浦は、今は伊勢市になりましたが、旧・二見町にあり、伊勢と鳥羽の間なのです。この日は、JR参宮線松下駅がスタート。民話の駅蘇民、松下社、伊勢シーパラダイス(水族館)、二見興玉神社と夫婦岩(写真)、賓日館、御塩殿神社などを歩いて、参宮線二見浦駅がゴール。歩いた距離は、9.5㎞、昼食は、伊勢市駅で途中下車して、外宮参道にある「じろべえ」にて。伊勢うどんとビールしかメニューがないお店。「月見伊勢うどん(¥650)」をチョイス。この日は桑名から伊勢市の間は近鉄を利用し、伊勢市から松下、二見浦から伊勢市はJR参宮線を利用。運賃は、往復で¥2,860。

2023年3月4日:20230304JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」(予告編)

2023年3月7日:20230304JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」(その1)……松下駅をスタートし、民話の駅蘇民、松下社、太江寺から伊勢シーパラダイス、伊勢夫婦岩めおと横丁へ

2023年3月8日:20230304JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」(その2)……夫婦岩、二見興玉神社から二見浦記念碑へ

2023年3月9日:20230304JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」(その3)……賓日館、御塩殿神社を回って二見浦駅にゴール、伊勢市駅で昼食にて「完」

5.2023年3月11日:勝手にハイキング「四日市旧港から四日市市立博物館へ……『昭和のくらし 昭和のおもちゃ』展で昔を懐かしむ」

0e1d83c1 Ddb3e864  同級生K氏とともに四日市に行ってきました。当初は、四日市市立博物館で開催中の「昭和のくらし 昭和のおもちゃⅡ」と「四日市代官所跡出土品展」を見て、東海道四日市宿資料館を訪ねようと思っていたのですが、資料館は日曜しか開館していませんでした(この日は土曜日)。そこで、急遽、四日市旧港あたりを回ってから博物館に行くことにした次第。JR四日市駅から東へ。国道23号線を越えて、四日市港へ。このあたりが、稲葉三右衛門が最初に開発した港で、「四日市旧港」と呼ばれます。大師之寺、納屋運河跡地、末広橋梁(写真)、臨港橋を回って、稲葉翁記念公園・波止改築紀念碑・潮吹き堤防を見て、大師寺に立ち寄って、再び23号線を超え、「どうする家康」の思案橋へ。JR四日市駅近くの3つのお寺(得願寺、不動寺、善光寺四日市別院)を回ってから、四日市市立博物館で「昭和のくらし 昭和のおもちゃ」展を見てきました。昼食は、アピタ四日市店にある若鯱屋で五目うどん(¥814)。若鯱屋といえばカレーうどんなのですが、あいにく白い服を着ていたのです。近鉄四日市駅から帰宅。帰りにアピタ桑名店に立ち寄りましたので、歩いたのは11.8㎞。電車賃は、合計¥600。

2023年3月11日:20230311勝手にハイキング「四日市旧港から四日市市立博物館へ……『昭和のくらし 昭和のおもちゃ』展で昔を懐かしむ」(一回完結)

6.2023年4月9日:美濃街道ウォーキング「石津から駒野」

C24e3f57 A8a33559  この日は、養老鉄道石津駅をスタートし、ほぼ養老鉄道や揖斐川に沿って北上。円成寺、金毘羅大権現、願海寺、清浄寺、卜全塚、存徳寺、八幡神社、西浄寺、寒窓寺、白鬚神社、春日神社、羽沢貝塚と回り、駒野駅にゴール。養老鉄道でいえば、2駅分。途中、3ヶ所の天井川で、川の下を養老鉄道がくぐるところもあり(写真)、なかなかおもしろいウォーキングでした。昼食は駒野駅から200mほどのところにあるカフェレスト千代乃へ。駅近では、ここしか選択肢はありません。昔ながらの洋食屋さんでオムライス(¥600)。懐かしい感じのオムライスでした。おみやげにハッサクをいただき、ラッキー。10.7㎞を歩きました。運賃は往復で¥890。同級生K氏と二人旅。

2023年4月9日:20230409美濃街道ウォーキング「石津~駒野」(予告編)

2023年4月11日:20230409美濃街道ウォーキング「石津~駒野」(その1)……石津駅をスタートし、円成寺、金毘羅大権現、願海寺から般若谷川を越えて清浄寺へ

2023年4月12日:20230409美濃街道ウォーキング「石津~駒野」(その2)……卜全塚に寄り道のあと、存徳寺、八幡神社へ

2023年4月13日:20230409美濃街道ウォーキング「石津~駒野」(その3)……養老鉄道が天井川をくぐるところを確認して、西浄寺、寒窓寺、白鬚神社を訪ねる

2023年4月15日:20230409美濃街道ウォーキング「石津~駒野」(その4)……大専寺で親鸞上人縁の梅の木、春日神社、羽沢貝塚から南明寺を経て駒野駅にゴール(完)

7.2023年4月16日:美濃街道ウォーキング「駒野から美濃津屋」

Ca98eac7 526408b5  養老鉄道の駒野駅から美濃津屋駅まで、1駅分でしたが、11.3㎞を歩きました。駒野駅をスタートし、市神神社、八幡宮、駒野城跡、庭田貝塚、円満寺、神明神社、春日神社、天満神社、若宮八幡神社と神社を訪ね、綜蓮庵、善教寺、住吉神社。臨迎寺、志津龍神神社、神明神社と回って、美濃津屋駅にゴール。同級生K氏と二人旅。この日もコースには食堂もコンビニもありませんので、あらかじめ買っておいたファミマの明太海苔弁当(エコ割の¥100引きで¥385)を待合室でいただきました。電車賃は往復で¥1,000。

2023年4月16日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(予告編)

2023年4月17日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(その1)……駒野駅をスタート、市神神社、徳永寺、八幡宮から駒野城跡へ

2023年4月18日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(その2)……哲学と彫刻の広場、庭田貝塚、円満寺、神明神社、浄厳寺から春日神社へ

2023年4月19日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(その3)……皆善寺、天満神社、若宮八幡神社から綜蓮庵、善教寺、住吉神社へ

2023年4月20日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(その4)……桂林寺、臨迎寺、志津龍神神社から神明神社を経て美濃津屋駅にゴールにて「完」

8.2023年5月5日:JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」

45fb571f E25cb15d  このさわやかウォーキングでは、伊勢本街道を歩けるということと、田丸城跡を訪ねられるというのが魅力でした。田丸城跡には以前から一度は訪ねてみたいと思っていたのです。一人旅。松阪までは近鉄を利用。松阪から多気へはJR紀勢本線。多気まで来たのは2回目。多気駅から、しあわせの宮、七度狐の森、伏拝坂の切り通しと石燈籠、正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯、田丸神社と歩いて、田丸城跡(写真)がゴール。ゴールでは「神領 玉城水」(500mlペットボトル)と、「参宮線130周年記念さわやかウォーキング参加証」をいただきました。「しろあとマルシェ」が行われていたのですが、念のため買っておいたファミマの助六寿司(¥480)で昼食。その後、田丸駅へ。15.5㎞も歩きました。帰りは、田丸駅から松阪駅まではJR参宮線。松阪からは近鉄に乗ったもの運転トラブルに遭い、桑名駅の1つ手前の益生駅で電車は停車したまま動かず。ここで臨時に、しかも運転席から下車させてもらうというレアな体験もしました。運賃合計は、¥3,120。

2023年5月5日:20230515JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(予告編)

2023年5月6日:20230515JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(その1)……多気駅をスタートし、坂倉遺跡から伊勢本街道に入り、しあわせのの宮、七度狐の森、伏拝坂の切り通しへ

2023年5月7日:20230515JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(その2)……正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、田丸神社へ

2023年5月8日:20230515JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(その3)……田丸城跡でゴールし、田丸駅から参宮線で帰宅へ(完)

9.2023年5月22日:美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」

1286868f 0d663714  珍しく月曜日に出かけました。とくにこれという理由はありませんが、同級生K氏との相談で今日ということになったのです。美濃街道ウォーキングの続きで、養老鉄道美濃津屋駅から養老駅までを歩いてきました。養老鉄道の線路沿いに北上。白山神社、津屋川龍神、本慶寺(津屋城跡、写真)、清水池ハリヨ生息地、慈眼寺、諏訪神社、西林寺、観音寺、福勝寺、八幡神社、高札場跡、十三代横綱鬼面山谷五郎生誕之地、専明寺、白山神社を経て養老駅に到着。トータルで歩いた距離は9.6㎞。電車賃合計は、¥1,110。養老駅前にある「きび羊羹本家」で土産にきび羊羹一棹(¥850)を購入。昼食は桑名駅まで戻って、桑名駅自由通路にある「伊勢ノ国食堂しちり」で「鶏天おろしうどん」。¥960(税込み)。

2023年5月24日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その1)……美濃津屋駅をスタートし、白山神社、津屋城跡の本慶寺、清水池ハリヨ生息地、慈眼寺から諏訪神社へ

2023年5月25日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その2)……養老町に入り、西林寺、大神宮常夜灯、観音寺、もう1つの大神宮常夜灯、福勝寺、八幡神社から小倉谷隧道へ

2023年5月26日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その3)……高札場跡、鬼面山谷五郎生誕之地、専明寺、白山神社を経て養老駅にゴールにて「完」

10.2023年6月4日:美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」

2bec1637_20231229034901 0f9c49f2  この日は、養老駅から1駅、美濃高田駅まで、ほぼ養老鉄道の路線に沿って歩きました。途中、石畑の大桑神社あたりまでは美濃街道でしたが、この神社のところから美濃街道は関ヶ原に向かいます。この先、関ヶ原まで鉄道はありませんので、ここから養老街道に入って大垣を目指します。それ故、この日のウォーキングは、正確には「美濃街道・養老街道ウォーキング」になります。養老街道は、大垣の美濃路追分から養老に至る脇街道。立ち寄り先は、養老神明神社、大菩提寺(写真)、千人塚1号古墳、境松(傘松)跡、浄誓寺、大桑神社、八幡神社、乾崇寺、田代神社、神明神社、皇大神社。美濃高田駅には、食事をするところはありませんので、桑名に戻ってとんかつ銀座で味噌カツランチ(¥1,100)。歩いたのは、9.3㎞。電車賃は、普通に買うと往復で¥1,280でしたが、桑名駅の改札で係の方から「『養老公園県営100周年記念 往復割引切符』を買うと、養老まで1,000円で往復できる。帰りは美濃高田から養老まで1駅分¥210の切符を買うと、合計¥1,210となって、¥70安くなる」と教えていただいて、それにしたがいました。同級生K氏と二人旅。

2023年6月4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編)

2023年6月7日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(その1)……養老駅をスタート、養老神明神社、金妙寺跡、千人塚1号古墳、大菩提寺、浄誓寺へ

2023年6月7日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(その2)…養老街道との追分から西福寺、八幡神社、専念寺、乾崇寺で芭蕉句碑を見て、田代神社ほかを周り、美濃高田駅にゴール(完)

11.2023年6月25日:美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」

22b6c3d6 8bc14db9  この日は養老鉄道美濃高田駅から美濃青柳(みのやなぎ)駅まで。この間、養老鉄道の駅は、烏江、大外羽、友江と3つあります。蒸し暑かった上に、自分でつくったコースなのに、コースミスをしでかし、余計に疲れました(苦笑)。今回も同級生K氏と二人旅。美濃高田駅をスタートし、南直江渡し跡、西光寺跡、馬頭観音、大神宮常夜灯、北直江渡し跡、蓮光寺、旧多芸小学校跡、小畑川ダム、大神宮常夜灯・小畑橋跡、蛇持経塚跡、浄徳寺、真照寺、報恩寺(写真)、徳勝寺、経説寺。本来は、大神宮常夜灯・小畑橋跡から養北小のすぐ北に出て、そこから北東に進み、蛇持経塚跡に向かうはずでしたが、コースミスをしでかし寺社2つほどすっ飛ばす羽目に。さらにその余波で渡し場跡1ヶ所も見忘れました。養老道美濃青柳駅に着く前にハシンというカフェでランチ。オムカレーライスにハムカツ(¥800)。歩いたのは、14.6㎞。 運賃は往復で¥1,400。

2023年6月25日:20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(予告編)

2023年6月27日:20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(その1)……美濃高田駅をスタートし、南直江渡し跡、金光寺跡、北直江渡し跡、蓮光寺から多芸公民館へ

2023年6月28日:20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(その2)……小畑川ダム、常夜灯を見てコースミス、蛇持経塚跡から養老橋を渡っていよいよ大垣市へ

2023年6月29日:20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(その3)……大垣市に入り、大神宮常夜灯から6つの寺をめぐって美濃青柳駅にゴールにて「完」

12.2023年7月2日:美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」

D7b70f02 9aede48f  美濃街道ウォーキングもいよいよゴールへ。この日は、養老鉄道美濃青柳駅から大垣駅まで。美濃街道(養老街道)ウォーキングは、2021年2月27日に桑名市川口町の東海道との追分から歩き始めました(20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完))。以来、間が空いたりしましたが、この日までに合計9回で大垣まで到達。三重県でいう「美濃街道」(岐阜では伊勢街道、桑名街道と呼ぶようです)は、関ヶ原で中山道に至るのですが、美濃高田近くからは、美濃街道は鉄道の駅からは離れ、「電車で行って電車で帰る」スタイルで歩くのは困難となります。そこで、美濃高田あたりから養老街道に入り、大垣を目指すことにしたのです。今回も同級生K氏と二人旅。美濃青柳駅から杭瀬川に出て、川沿いに北上します。六社神社、正円寺、法永寺、長源寺、塩田橋(養老街道と美濃路との追分。ここからは美濃路を歩きます。写真)、徳円寺、求浄庵、久瀬川神社、愛宕神社、正覚寺、常楽寺、誓雲寺、奥の細道むすびの地、御朱印地遮那院跡、大垣城東惣門跡(ここまでが美濃路)を経て大垣駅にゴール。金蝶製菓総本家大垣駅前本店で水まんじゅうを土産に購入。このあと、JR大垣駅ビルにある「おらが蕎麦」で昼食。「ちくわ天おろしぶっかけ蕎麦」(¥690)。歩いたのは14.0㎞。普通に乗車券を買うと合計¥1,530ですので、1日フリー切符(¥1,500)を利用。

2023年7月3日:20230702美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」(予告編)

2023年7月7日:20230702美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」(その1)……美濃青柳駅をスタートし、六社神社、正円寺他を周り美濃路との追分の塩田橋まで

2023年7月9日:20230702美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」(その2)……徳円寺、求浄庵、久瀬川神社、水神神社の夜泣き松、愛宕神社、正覚寺で芭蕉木因遺跡へ

2023年7月10日:20230702美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」(その3)……常楽寺、大泉寺、誓運寺、常隆寺から御朱印地遮那院跡を経て大垣駅にゴールで「完」

13.2023年7月15日:伊勢河崎ウォーキング

904407eb 4d881dda  梅雨の晴れ間、曇りがちでしたが蒸し暑い日でした。同級生K氏と二人旅。近鉄宇治山田駅がスタート&ゴール。宇治山田駅から伊勢の河崎の町並みを通り抜けて、二軒茶屋餅本店へ。倉田山公園の野球場を経て松尾観音寺から倭姫宮、日蓮聖人誓願の井戸、正寿院、光明寺を回り、宇治山田駅にあるまんぷく食堂で昼食。プチからあげ丼(¥650)。ここは伊勢でも有名なB級グルメの店で、一度食べてみたかったところです。 電車賃は往復で¥2,900。歩いたのは、10.1㎞。写真は、伊勢河崎商人館。

2023年7月15日:20230715伊勢河崎ウォーキング(超予告編)

2023年7月18日:20230715伊勢河崎ウォーキング(その1)……宇治山田駅をスタートし、金水橋、旭湯から河崎の町で庚申堂、播田屋、道標ほか

2023年7月19日:20230715伊勢河崎ウォーキング(その2)……河邊七種神社、伊勢河崎商人館、川の駅・河崎から二軒茶屋へ

2023年7月20日:20230715伊勢河崎ウォーキング(その3)……倉田山公園、松尾観音寺、倭姫宮、日蓮聖人誓願の井戸、正寿院、光明寺を経て宇治山田駅へゴールにて「完」

14.2023年7月31日:西別所ウォーキング

99ade8a2 D76f1f12  名古屋へのウォーキングも考えていたのですが、真夏にコンクリートジャングルを歩くと猛暑で熱中症になるかも知れないと危惧し、田舎を歩くことにしました。三岐鉄道北勢線西別所駅から在良駅まで、2駅、現地で実際に歩いたのは5.4㎞でした。夏場ですから、短めの距離にしたのです。同級生K氏と二人。私は、西桑名駅を8時5分に出る東員行きの電車に乗って、西別所駅には8時12分着。この電車は、今時珍しくエアコンなしで扇風機が回っているレアもの(苦笑)。西別所駅から延寿院、万機庵跡(藪がひどくて入っていけませんので、眺めただけ)、西別所城跡、八幡神社、蓮花寺川沿いから山神社、蓮花寺、白山神社、蓮花寺東城跡、宇賀神社、額田神社旧跡、源流寺、額田神社(増田、写真)から三岐鉄道北勢線在良駅にゴール。西桑名駅まで移動し、エンシュウヤで「今日のランチ」。おろしソースのハンバーグ(¥750)。歩いたのは7.5㎞。電車賃は往復で¥400。

2023年7月31日:20230731西別所ウォーキング(一回完結)

15.2023年8月29日:赤尾・在良ウォーキング

1108e1b4 518eba0c  「赤尾・在良ウォーキング」とは、出発地点とゴール地点の地名を取って命名しています。同級生K氏と二人旅。7.5㎞と距離は短かったのですが、夏場はこれくらいにしておいた方がよいでしょう。八風バス志知線の羽田(はねだ)バス停から照順寺、鞆尾神社、御厨神社、圓授寺を周り、坂井橋を渡ります。坂井橋駅跡、貞昭院、額田廃寺跡碑(写真)、額田神社(額田)と周り、三岐鉄道北勢線在良駅がゴールなのですが、その前にファミリーキッチン馬車屋さんで昼食。前回(2023年7月31日:20230731西別所ウォーキング)のときは定休日(月曜日)でしたので、この日はリベンジ。家内の強い勧めにしたがい、ハンバーグ定食(¥1,000)をチョイス。バス代・電車賃合計で¥610。

2023年8月29日:20230829赤尾・在良ウォーキング(予告編)

2023年8月30日:20230829赤尾・在良ウォーキング(その1)……羽田バス停から照順寺、鞆尾神社、中河御厨神社、圓授寺へ

2023年8月31日:20230829赤尾・在良ウォーキング(その2)……坂井橋を渡り、北勢線坂井橋駅跡、貞昭院、額田廃寺跡から額田神社にて「完」

16.2023年9月9日:近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』

4ecde91e 52c81962  三岐鉄道との合同企画です。朝日町へは、近鉄ハイキングでも、個人的な「勝手にハイキング」でも何度か訪れ、めぼしいところはかなり回りました。しかし、今回は初めてのところが2ヶ所含まれていましたので、参加したという次第。今回は、一人旅。三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、移田(うつしだ)神社、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て近鉄名古屋線・伊勢朝日駅がゴール。語らいの広場での抽選会では、見事当選! 若松園さんのお菓子が1つということで、みやこまんじゅうをいただきました。土産は、稲垣酒造場の樽酒。「御山杉」の純米酒を樽に詰めたものをさらに瓶詰めにして販売。¥1,800。今日は、自宅にて昼食。運賃合計は¥730。右の画像は、あみま倶楽部のデジタルスタンプ。

2023年9月9日:20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(予告編)

2023年9月11日:20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その1)……大矢知駅から八風街道の常夜灯、朝明川堤防を経て移田神社へ

2023年9月12日:20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その2)……井後神社、若松園、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館へ

2023年9月13日:20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その3)……浄泉坊、朝日小学校の円形校舎、朝日町資料館から語らいの広場で抽選会を経て伊勢朝日駅にゴールにて「完」

17.2023年9月15日:「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)

5b42cdde 26179ba5  1月から7月にかけて歩いていた「美濃街道ウォーキング」のオプショナルツアーの1つです。美濃街道を歩きながら、同級生K氏と養老の滝や、行基寺にも行こうと話していたのですが、まずは大垣まで歩き通すことを優先しました。養老駅をスタートし、養老公園から妙見堂、養老の滝(写真)を経て、養老神社・菊水泉、北原白秋歌碑、元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場、鬼面山谷五郎碑などを経て養老駅に戻るというコースです。養老駅あたりの標高が20m、養老の滝が270m(いずれもキョリ測による数値)で、高低差は250mという高齢者にとってはいささか難コース。昼食は、前回、美濃街道ウォーキングのときに休みで(2023年5月22日:美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」)、行けなかった「そば処たみと」さんで「ざる蕎麦(白)」(¥950)。十割蕎麦です。運賃は往復で¥1,160。

2023年9月15日:20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)(予告編)

2023年9月17日:20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)その1……養老駅をスタートし、聖武天皇巡幸記念碑、せせらぎ街道から妙見堂を経て養老の滝から養老神社へ

2023年9月18日:20230915「養老の滝ウォーキング」(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#1)その2……北原白秋歌碑、豆馬亭、元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場から横綱鬼面山谷五郎碑を見て養老駅に戻って「完」

18.2023年10月20日:行基寺ウォーキング(美濃街道ウォーキングオプショナルツアー#2)

36cdb10e A14986d8  今年1月から歩いていた「美濃街道ウォーキング」のオプショナルツアーその2です。養老鉄道美濃山崎駅から行基寺までを往復。高低差は125mほど(キョリ測のデータ)。同級生K氏と二人旅。養老鉄道美濃山崎駅から浄国寺、宝珠院、龍芳寺、杖つき坂を回って行基寺(写真)へ。寺内、庭園を拝観し、御山の燈台を見てから覚法寺、八幡神社を経て美濃山崎駅へ戻ってきました。美濃山崎駅あたりでは食事をするところがありませんので、朝、ファミマで買ってきた「明太海苔弁当」(¥460)を待合室で食べてきました。歩いたのは9.8㎞。運賃は往復で¥840。

2023年10月20日:20231020行基寺ウォーキング

2023年10月22日:20231020行基寺ウォーキング……行基寺は素晴らしい

19.2023年10月28日:名古屋ウォーキング

6a537a38 E5bfd444  夏前から考えていたのが、この名古屋ウォーキング。しかし、猛暑の時期はさすがによくないだろうとこの日になりました。JR名古屋駅をスタート&ゴールとし、丸の内から名古屋東照宮、那古野神社、愛知県護国神社(写真)、名古屋市市政資料館から名古屋城の南を歩いて、四間道と円頓寺商店街へ。四間道で屋根神と子守地蔵尊、円頓寺商店街では真宗高田派愛知別院から金刀比羅神社、円頓寺を、また、円頓寺本町商店街では多賀宮などを回ってきました。同級生K氏と二人旅。昼食は、途中の円頓寺商店街にあるスペイン料理Bar Dufiで、ローストビーフ丼(¥880)。電車賃は往復で¥700。

2023年10月28日:20231028名古屋ウォーキング(予告編)

2023年10月31日:20231028名古屋ウォーキング(その1)……JR名古屋駅をスタートし、白山神社、那古野神社、名古屋東照宮、愛知県護国神社へ

2023年11月2日:20231028名古屋ウォーキング(その2)……愛知県議員会館、名古屋市市政資料館から四間道、円頓寺商店街、円頓寺本町商店街へ(完)

20.2023年11月3日:近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”

 73bf022f 959222cc 桑名からスタート地点の名鉄津島線木田駅に行くには、JR関西線で弥富まで行き、名鉄に乗り換えます。名鉄木田駅をスタートし、あま市七宝焼 アートヴィレッジ、佐藤醸造(あまの蔵・海部のくちどけ)、七宝焼原産地道標、蟹江町観光交流センター「祭人」、龍照院、山田酒造、お漬物若菜とめぐって、近鉄名古屋線蟹江駅がゴール。同級生K氏と二人旅。山田酒造で、それぞれ酔泉の一合瓶を買ってキッチンカースペースで楽しんで来ました(写真)。これが昼食代わり(苦笑)。酒とつまみで¥400。土産は、もっとも好みであった「最愛」の純米生酒。720mlで¥1,600。運賃は合計¥970。

2023年11月3日:20231103近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”(概要編)

2023年11月5日:20231103近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”(補遺編にて完)

21.2023年11月25日:20231125「菰野ウォーキング」

E0b6e836 0e754a76  前日から寒くなり、今日がその寒さの底だという予報でしたが、同級生K氏と二人で菰野を訪ね歩いてきました。歩き始めは晴れていたのですが、途中、鈴鹿の山にかかる雪雲からみぞれのようなものが飛んできたり、冷たい風に吹かれたりということもありました。近鉄湯の山線菰野駅から見性寺、廣幡神社、菰野城跡、瑞龍寺、廣幡神社御旅所(旧菰野神社)、五郎兵衛地蔵、蟹池(智積養水の水源地、写真)、二分八分、三十三限筒と周り、湯の山線桜駅がゴール。昼食は、桜駅の北側にある韓丼四日市インター桜店で「温玉カルビ丼(並み)」(¥720)。歩いたのは13.0㎞。運賃は、合計で¥1,070。

2023年11月25日:20231125「菰野ウォーキング」(予告編)

2023年11月29日:20231125「菰野ウォーキング」(その1)……西覚寺、見性寺、廣幡神社、旧横山家住宅、菰野城隅櫓跡から菰野城跡へ

2023年12月6日:20231125「菰野ウォーキング」(その2)……札の辻、廣幡神社庄部御旅所、五郎兵衛地蔵から湧水池でカワセミを見る

2023年12月7日:20231125「菰野ウォーキング」(その3)……蟹池、二分八分、三十三限筒から智積養水記念公園を経て桜駅にゴールにて「完」

22.2023年12月16日 :「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキング

Kodayu0_20231229152301 Img_4057c_20231216185201_20231229152301  この日は、ロシアを初めて見た日本人である大黒屋光太夫のふるさと・伊勢若松を歩いてきました。いつものように同級生K氏と二人旅にして、今年のウォーキング納め。伊勢若松駅がスタート&ゴール。緑芳寺、観誘寺、台蓮寺、春日稲荷神社、開国曙光碑(3代目)、若松小学校、小川神社、心海寺、大黒屋光太夫記念館、宝祥寺、大黒屋光太夫供養碑、開国曙光碑(2代目)、大黒屋光太夫漂流記壁画、徳本上人御堂・若松漁港開港記念碑、清水清三郎商店、西運寺、深田神社、弘善寺と回ってきました。伊勢若松駅は急行停車駅で、また、鈴鹿線が分岐するところですが、駅の近くには食事をするところがありません。昼食は、ファミマで仕入れてきた弁当。「おむすび&焼きそばセット」(¥390)を待合室を借りて食べてきました。電車賃は、往復で¥1,060。右の写真は、伊勢若松駅前にある大黒屋光太夫の銅像。

2023年12月16日:20231216「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキング(予告編)

2023年12月17日:20231216「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキング(その1)……伊勢若松駅をスタートし、菩提寺の緑芳寺、観誘寺、台蓮寺、春日稲荷神社、開国曙光碑(3代目)、若松小学校の大黒屋光太夫座像を見る

2023年12月18日:20231216「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキング(その2)……小川神社、心海寺、大黒屋光太夫記念館、宝祥寺、大黒屋光太夫供養碑、開国曙光碑(2代目)へ

023年12月19日:20231216「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキング(その3)……大黒屋光太夫漂流記壁画、徳本上人御堂、若松漁港開港記念碑から清水清三郎商店を見て、西運寺、深田神社、弘善寺を経て伊勢若松駅にゴールにて「完」

 以上、22回のうち19回は同級生K氏との二人旅。つき合ってもらえることに感謝。

 なお、「大黒屋光太夫ゆかりの地をめぐる」ウォーキングの記事のリンクは、この記事執筆当初は、ココログになっていましたが、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」の記事のものに変更しました(2024/01/01)。

2023年12月29日 (金)

2017ウォーキング/ハイキングの記録

 何を今さらと思うのですが、2017(平成29)年のウォーキング/ハイキングの記録を作っておきます。というのも、2017年はJRさわやかウォーキングと近鉄ハイキングにデビューした年ですが、それは11月も終わりの頃でした。2017年末までには鉄道会社のイベントには3回しか参加していませんでしたので、とくにまとめはつくってなかったのです。それ以外も含めて4回のウォーキング/ハイキングの記録です。

1.2017年10月5日:朝日町歴史散歩

Fc5bb588 1f8e91d7  このときは、この先「歴史散歩」にハマるとは思ってもいませんでした。桑名駅にあった「JR関西本線ウォーキングガイド 朝日駅編」というパンフレットを入手し、一度行ってみようと思っていたのですが、涼しくなってきたので、ようやく実現した次第。桑名からJR関西線に乗って一駅、三重郡朝日町へ。朝日町は、小さな町ですが、弥生時代の遺跡があり、壬申の乱の時には、この付近で大海人皇子(天武天皇)が伊勢神宮を遥拝し、戦勝祈願をしたと伝わっています。また、縄生廃寺からは、国の重要文化財に指定された出土した舎利具などの遺物が発掘されています。町名は、天武天皇が壬申の乱の際に付近で朝日を拝んだという、日本書紀の故事によるといいます。JR朝日駅から西光寺、浄専坊、橘守部生誕の地、小向神社、初代森有節の墓、朝日町歴史博物館、柿城跡を回って来ました。帰りは、朝日町歴史博物館まで家内に迎えに来てもらい、天ぷら兎波で味噌天丼を食べて帰宅。往きのJRの運賃は¥190。歩いた距離は5.1㎞。

2017年10月5日:朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼

2.2017年11月25日:JRわやかウォーキング「~四日市市制120周年記念~ 家族みんなで楽しめる四日市旧港街歩き」

F8d6c3d6 3ab895a7  この日、朝5時過ぎに起き出してネット検索をしていたら、今日、JR四日市駅出発でJR東海の「さわやかウォーキング」があるということを知ったのです。「~四日市市制120周年記念~ 家族みんなで楽しめる四日市旧港街歩き」というもの。コースは、「駅がスタート、駅がゴール」という宣伝文句の通り、JR四日市駅から四日市旧港を回る、約6.6㎞、2時間ほどのコース。思案橋、稲葉翁記念公園、臨港橋、末広橋梁の他、みなと公園近くの桟橋では、「清掃船じんべい」やタグボート「ちとせ丸」見学会もあり、この辺りで見たいと思っていたところが網羅されていましたので、これは行くしかないと思って出かけたのです。いまから思えば、これが鉄道会社主催のウォーキング/ハイキングイベントにハマったきっかけでした。

2017年11月25日:どういうわけか、JRさわやかウォーキングへ……~四日市市制120周年記念~ 家族みんなで楽しめる四日市旧港街歩き

3.2017年12月17日:JRさわやかウォーキング「醸造文化(味噌・醤油・酒)が残る四日市を丸ごと体験ウォーク」

8beaea6b Fffd4eaf  この日は、関西線南四日市駅がスタート&ゴール。ただし、桑名で最高気温が5.8℃(ただし、真夜中の0時13分)、最低気温は1.0℃(9時45分)。歩いている途中、雪もちらつくという悪条件でした。とても「さわやか」とは行きません。歩いたコースは、四日市市南部の日永、泊、四郷あたりです。伊勢蔵、東海道日永郷土資料館、日永の追分(写真)、白鬚神社、南部丘陵公園、登城山、夢菓子工房ことよ、神楽酒造、室生神社、法蔵寺、四郷郷土資料館、日永神社、薬師堂、西昌寺、日永一里塚跡、東海道名残の一本松をへて南四日市駅へ。11.5㎞を歩きました。電車賃は往復で¥640。

2017年12月17日:雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その1)

2017年12月18日:雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その2)

2017年12月19日:雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その3、完)

4.2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」

A0e6a572 57585e40  近鉄ハイキングへのデビューでした。名古屋線の川越富洲原駅を出発、霞ヶ浦駅まで約8㎞というコースです。コースは、川越富洲原駅を出発し、田村寺(写真)、薬師寺、常照寺、茂福神社、伊賀留我神社、浄恩寺から垂坂公園を経て、名古屋線・霞ヶ浦駅まで。現地で実際に歩いたのは、10.8㎞。自宅から桑名駅までの往復を入れると、13.0㎞。電車賃は合計で¥520。

2017年12月22日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」へ(その1)

2017年12月23日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」(12/22)へ(その2)

2017年12月24日:近鉄ハイキング「巨大かぼちゃ『中風封じの田村寺』と垂坂公園を訪ねて!!」(12/22)へ(その3で完)

 2017年は、以上の4回、ウォーキング/ハイキングに行ってきたのですが、これが今日に至る、私の主な趣味の1つになっているのです。人生、何がきっかけに変わるのか、分からないものです。早起きして、ネット検索をしていたのが、現在に至るとは、まったくの想定外でした。が、今となっては、とてもよかったと思っています。

2023年12月13日 (水)

講義途中でパソコン不調……放っておいたら勝手に回復し、原因不明

231213093124472c  水曜日ですので、江戸橋での授業日。気温は上がりそうでしたが、風が出てくるとかで、服装に迷ったものの、ジャケットにマフラーで出かけることに。自宅を出た頃は風も弱かったのですが、江戸橋駅で電車を降りたら、3~4m/sの風でちょっと寒く感じました。今日で12回目。講義は、これで残り3回。年内は来週まで。年始は、去年は仕事始めの1月4日からでしたが、今年は10日がスタート。

231213102613529c  今日のテーマは、ストレスと人間関係。途中で、パソコンのマウス操作ができなくなって困りました。パワーポイントのファイルをQ&Aから今日の講義のものに切り替えるとき、マウスポインターが画面から消えてしまい、マウスも、トラックパッドも操作が効かなくなってしまったのです。パワポがないと講義ができないことはないのですが、不便です。しばらく印刷して配ったレジメによって話をしていて、パソコンのディスプレイをふと見たら、マウスポインターが再登場していて、それからは、無事に復活。いったい何だったのでしょう?

Dscn6171c Dscn6173c  帰りにはいつものように、志登茂川へ。ちょうど12時過ぎが四日市港では干潮の時刻。左の写真は、上流方向。アオサギ、ダイサギのほか、カモやユリカモメが見えます。

Dscn6175c  ユリカモメの向こうにいるのは、ほとんどがカルガモのようでしたが、ここに写っていないところには、コガモもいました。

Dscn6179c Dscn6181c  こちらは下流方向。こちらにもサギたちが見えていました。江戸橋駅に向かうには、この方向に歩くのですが、私が近づいていくと、サギたちは逃げてしまいましたが、アオサギとダイサギでした。

Dscn6191c Dscn6196c  堤防にあがって休んでいたのは、すべてヒドリガモ。コンデジではなかなか上手く撮れませんが(液晶ビューでは、被写体に狙いをつけてズームするのが難しいのです)、ホシハジロもいました。ほかには、コガモ、キンクロハジロも少数。

Dscn6200c  さらに、今までも見ていたのですが、これこそコンデジでは撮れなかったのが、たぶんイソシギ。

231213122352748c  このあと、津駅まで行って別所書店へ。文庫本2冊と新刊書1冊をゲット。もう1冊、文庫本を探したのですが、そのシリーズの文庫本は扱っていませんでした。

231213122606716c  オマケ。江戸橋駅のホームの掲示板にありました。すでに12月2日からはじまっていますが、「酒蔵みてある記」。「酒蔵と史跡を訪ねるハイキング」というのがお気に入りのポイント。ただし、近いところはすべて行ったことがあり(2度、3度と訪ねたところもあります)、新しいところへと思うと、遠いのが難点。

2023年11月 5日 (日)

20231103近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”(補遺編にて完)

Img_2980c_20231104154701  11月3日に行ってきた近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”の補遺編です。概要編を書いてから少し考えましたが、後半の蟹江町はこれまでに何度も行ったところですし、立ち寄ったところも多くはありませんので、本編として詳しく書くほどでもないという考えに至りました。そこで、若干追加することで「補遺編」としてまとめます。

Img_3022c_20231104154701 Img_3026c_20231104154701  あま市遠島に八幡神社がありましたが、その北のあたりには七宝業者さんがたくさん集まっているようでした。左の写真のところは廃業してしまっていますが、右の写真の七宝店は営業しているようです。七宝焼は、金属の表面に色とりどりのガラス質の釉薬をのせて焼き付けたものですが、その始まりは古代エジプトで、ヨーロッパ、中国を経て伝わったとされます。現在知られている近代七宝焼は、オランダからの七宝皿をもとに、尾張藩士梶常吉が製法を確立したものといいます。こちらに詳しい説明があります。

Img_3018c_20231104154701  余談も。木田駅から八幡神社のあたりなどに、この幟旗が並んでいます。国府宮神社はだか祭あま市奉賛会から大鏡餅が奉納されるようです。

Img_3073c_20231103183701 Img_3069c_20231104164401  八幡神社。表参道から鳥居をくぐったところには、蕃塀(ばんぺい)がありました。蕃塀は、神社の一施設で、通常は参道上で拝殿の前に存在する短い塀です。「不浄除け」、「透垣」、「籬」などとも呼ばれます。正殿を直視しない(できない)ようにするとか、不浄なものの侵入を防ぐために造られたと考えられています。三重県北勢地方では見たことがありません。伊勢神宮、熱田神宮のほか、愛知県尾張地方でよく見る気がします。

Img_3061c_20231103183701  創建は不詳。ご祭神は品陀和気尊。天正12(1584)年の蟹江合戦の際に、この地を訪れた滝川一益が、戦勝祈願のために名剣を奉納したと伝えられています。

Img_3033cc  近鉄ハイキングは、事前にはコースが分かりませんので、何も調べて行かなかったのですが、このあと訪ねた七宝焼原産地道標の説明板の記述によれば、この八幡神社に「七宝焼起源碑」がありました。神社の北東側にです。明治20(1887)年、当時の遠島村をはじめ近隣の村々の七宝製造業者の団結の証として建立されています。碑面は風化が進んでおり、ほとんど読めない状態です。

Img_3033c_20231104165701  この隣には、「林庄五郎翁顕彰碑」が並んでいます。尾張七宝の開祖といわれるのは梶常吉ですが、その尾張七宝の技を広めたのは、遠島村(現あま市七宝町遠島)の林庄五郎(1835~1896)でした。庄五郎は安政3(1856)年に梶常吉より七宝製法を伝授されましたが、これは、完全なものではありませんでした。氏はこれを完成したものにするべく日夜努めたのですが、自身は七宝を完成させるところに至ることができないまま、失意のうちに、名古屋で亡くなっています。しかし、庄五郎がその技術を伝えた塚本貝助など、遠島村の後継者らによって七宝製作技術は完成して、この地は七宝の一大産地となりました。こうした庄五郎の功績をたたえて、昭和37(1962)年に、七宝組合らの手によってこの顕彰碑が遠島八幡社境内に建立されています。

Img_3054c_20231104033901  また、この神社にはラカンマキ(羅漢槙)の大木があります。樹齢300年以上を経ており、昭和30(1955)年に県の天然記念物に指定されています。樹高13m、枝は東西11.2m、南北14mになる、まさに大木です。ラカンマキはイヌマキというマキ科マキ属の変種で、イヌマキより全体に小型の常緑性高木。名前の由来は、実の形が袈裟をまとった僧侶(羅漢)に見えるからだそうです。

Img_3113c_20231103183701  佐藤醸造さんでは、豚汁をいただいた話を予告編に書きましたが、ここには「海部のくちどけ」と、「あまの蔵」があります。海部のくちどけは、食パン専門店。あまの蔵で売っていた「ジューシー味噌カツサンド」や、「カレー味噌」が気になったのですが、結局、見ただけで何も買いませんでした。

Img_3126c_20231103183701  こちらは佐藤醸造から南へ300mほどいった、佐屋街道沿いにある「七宝焼原産地道標」。尾張七宝は、誕生の直後から海外向けの販売を主にしていたこともあり、明治15(1882)年頃から外国人が遠島およびその周辺の窯元を訪れ、作品を鑑賞、購入する姿が見られたため、同28(1895)年に建立されたこの碑には、当時としては珍しく上部に“Shippoyaki Toshima”のローマ字が刻まれています。窯元に通う外国人のために刻まれた文字ですが、当時の尾張七宝の隆盛を今に伝え残す貴重な石碑です。ここの説明板には、さらに、遠島八幡神社に「七宝焼起源碑」と「林庄五郎翁顕彰碑」があることが記されています。

Img_3171c_20231103183801 Img_3179c_20231103183801  蟹江に入って、蟹江山常楽寺龍照院で国指定重要文化財である「ご本尊の十一面観世音菩薩立像」の特別ご開帳を拝観させていただきました。普段であれば60年に一度しかご開帳はありませんが、この日は、近鉄ハイキング・名鉄ハイキングに協賛して、特別公開でした。龍照院には何度も訪れています。詳しいことは、2019年11月8日の記事をご覧ください(20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その3)……観光交流センター・祭人、冨吉建速神社・八劔社、龍照院で秀吉御手植えの大イチョウを見て、ゴールのはつらつ公園へ(完))。ちなみに、龍照院は、真言宗智山派。寺伝では天平5(733)年、行基菩薩の草創。寿永元(1182)年、木曾義仲が本堂はじめ一山一八坊の堂塔伽藍を造立し、寺領は76町歩余(753,719平方メートル余)もあったといいます。

Img_3203c  ここで、「かにえガイドボランティ夢案内人」の方達が、カワラケツメイ(河原決明)のお茶(通称、弘法茶)を接待していらっしゃいましたので、いただいてきました。カワラケツメイは、河原、土手、道ばたなど日当りのよい草地に生えるマメ科の一年草ですが、最近は、自生しておらず、栽培していらっしゃるそうです。利尿、通便、消化不良に効果がある健康茶として利用されます。カワラケツメイの茶粥(コメジャ)は、蟹江の郷土料理です。これは、秀吉と、信雄・家康連合軍が天正12(1584)年、蟹江城をめぐって争った蟹江合戦の際、籠城していた秀吉方の侍たちが朝食を炊く閑を惜しみ、煮えたぎった大釜に玄米を入れてかゆを作って食べたことに由来するようです。

Img_3251c_20231104183301  以上、11月3日に行ってきた近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”の補遺編です。また思いだしたことがあれば、追記するかも知れません。写真は、山田酒造での有料試飲のところの様子。

2023年11月 3日 (金)

20231103近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”(概要編)

Img_2966c_20231103184401  桑名では夏日にはなりませんでしたが、その寸前の24.9℃。予定通り、近鉄ハイキング“名古屋鉄道合同企画 「佐藤醸造」と「山田酒造」尾張の醸造文化に触れる”に行ってきました。あま市と蟹江町を歩いてきたのですが、愛西市にあるアメダスでは最高気温は25.2℃でした。歩き始めてすぐに「ウィンドブレーカーはいらないな」と思ったくらい。半袖で歩いている若い方もたくさんありました。今日も同級生K氏と二人旅。今回は概要編です。冒頭の写真は、今年7月1日にデビューした特急南紀の新型車両であるHC85系。桑名駅で見ました。

Img_2973c_20231103183601 Img_2977c_20231103183601  近鉄ハイキングですが、桑名からスタート地点の名鉄津島線木田駅に行くには、JRで弥富まで行き、名鉄に乗り換えます。JR桑名駅発8時38分の名古屋行き普通に乗車。弥富には8時45分着。¥200。名古屋行きのJR電車は2番線につきますが、向かい側の3番線が名鉄弥富駅。8時49分発の豊明行き普通に乗り換え。名鉄津島線木田駅には9時10分に到着。¥410。名鉄に乗るのも久しぶりですし、弥富から津島線に乗ったのはたぶん20年ぶり以上。

231103kintetsuhikingkida0  こちらが今日歩いたルートマップ。マップ上、約11㎞。名鉄木田駅をスタートし、あま市七宝焼 アートヴィレッジ、佐藤醸造(あまの蔵・海部のくちどけ)、七宝焼原産地道標、蟹江町観光交流センター「祭人」、龍照院、山田酒造、お漬物若菜とめぐって、近鉄名古屋線蟹江駅がゴール。

Img_3006c_20231103183701  最初の立ち寄り先であるあま市七宝焼きアートヴィレッジ。「尾張七宝」として伝統的工芸品の指定を受け、人々に親しまれてきた「七宝焼」について、見て・触れて・学んで・体験することができる総合施設です。七宝焼き、実は少しだけやったことがあります。最初の勤務先である某国立療養所で、作業療法のような形で患者さんとブローチのようなものを作ったことがある程度で、本格的に取り組んだわけではありません。

Img_3073c_20231103183701  あま市遠島にある八幡神社。創建は不詳。ご祭神は品陀和気尊。天正12(1584)年の蟹江合戦の際に、この地を訪れた滝川一益が、戦勝祈願のために名剣を奉納したと伝えられています。立ち寄り先ではありませんが、寺社仏閣を見つけたら、立ち寄ることにしているのです。表参道から鳥居をくぐったところには、蕃塀がありました。三重県北勢地方では見たことがありません。伊勢神宮、熱田神宮のほか、愛知県尾張地方でよく見る気がします。

Img_3033cc Img_3054c_20231104033901  今日の近鉄ハイキングは、事前にはコースが分かりませんので、何も調べて行かなかったのですが、このあと訪ねた七宝焼原産地道標の説明板の記述によれば、この八幡神社に「七宝焼起源碑」がありました。神社の東側にです。明治20(1887)年、当時の遠島村をはじめ近隣の村々の七宝製造業者の団結の証として建立されています。また、この神社にはラカンマキ(羅漢槙)の大木があります。樹齢300年以上を経ており、昭和30(1955)年に県の天然記念物に指定されています。

Img_3081c_20231103183701  八幡神社のあたりからは、名駅前の高層ビル群がよく見えました。このあたり、土地勘はほとんどありません。東名阪をクルマで走るか、JR関西線、近鉄名古屋線を電車で通るくらいですから。ルートマップを描いて改めて見ると、なるほど割と近いと思い当たったくらいです。

Img_3088c_20231103183701 Img_3095c_20231103183701  次の立ち寄り先は、佐藤醸造。創業明治7(1874)年の七宝味噌・醤油の蔵元。豚汁を振る舞っていただけました。

Img_3126c_20231103183701  今日は、木田駅から近鉄蟹江駅に向かって、ほぼ南下していきます。佐藤醸造の南で七宝焼原産地道標。七宝小学校のすぐ北にあります。尾張七宝は、誕生の直後から海外向けの販売を主にしていたこともあり、明治15(1882)年頃から外国人が遠島およびその周辺の窯元を訪れ、作品を鑑賞、購入する姿が見られたため、同28(1895)年に建立されたこの碑には、当時としては珍しく上部に“Shippoyaki Toshima”のローマ字が刻まれています。窯元に通う外国人のために刻まれた文字ですが、当時の尾張七宝の隆盛を今に伝え残す貴重な石碑です。

Img_3216c_20231103183801  続いてはおなじみ、蟹江町観光交流センター「祭人」。もう何度来たか分からないくらい。今日は、スイーツフェアをしていたのですが、ここに来るまでにある公園で休憩し、甘い物を食べてしまいましたので、何も買わず、何も食べず。

Img_3171c_20231103183801  祭人から蟹江川を東に渡ったところに蟹江山常楽寺龍照院。私はここもすでに何度も訪ねていますが、今日は、近鉄・名鉄ハイキング開催にあたって、国指定重要文化財である「十一面観世音菩薩立像」が特別にご開帳されていました。普段であれば60年に一度しかご開帳はありません。

Img_3179c_20231103183801 Img_3184c_20231103183801  もちろん撮影は許されていませんので、外での様子のみ撮影。ある程度の人数がまとまったら、順番に拝観が許されていました。高さ173cm、桧材、一木造(いちぼくづくり)、漆箔(しっぱく)。昭和8(1933)年の修理の際、胎内空洞の背面に「常楽寺造立新仏十一面観世音  藤原末信 寿永元年壬寅六月十八日」の墨書銘が見つかっています。寿永元年は1182年。愛知県下在銘の仏像中では古いものの一つです。前のパラグラフのリンク先で画像が見られます。

Img_3257c_20231103183801 Img_3254c_20231103183801  そして、今日のメインイベントは、山田酒造。酔泉、最愛の醸造元として有名。すでに何度となく訪ねていますが、弥富、蟹江あたりの酒蔵の中では、もっとも気に入っているところです。無料試飲があり、何度でも可ということでしたが、さすがに右の写真にあるように小ぶりの紙コップに5mm程度ずつ。お金を払うと、純米大吟醸の酔泉や、最愛スパークリングが80ccいただけましたが、それは¥200、¥300でした。

231103121303651c Img_3262c_20231103183801  酔泉の一合瓶を買ってキッチンカースペースでK氏と楽しんで来ました。呑もうと思えばもっと呑めましたが、このあと、ゴールの近鉄蟹江駅までさらに2km以上歩かねばなりませんでしたので、これくらいが適量。出店していたお店の方々は皆さん、フレンドリーで親切でした。結局、これが昼食代わり(苦笑)。

Img_3262c_20231103183801 Img_3311c_20231103183601  ゴールの近鉄蟹江駅には、13時5分頃に到着。今日のコースマップには個別番号が割り振られていて、ゴールで抽選会がありました。山田酒造の最愛スパークリングが当たるということだったのですが、残念ながら2番違いではずれ。私のマップの番号は、#655でしたが、当選番号は、下二桁が13、57、79でした。K氏は#654でやはり当たらず。

Img_3314  蟹江駅を13時10分に出る宇治山田行き急行で帰宅。桑名駅には13時21分に到着、¥360。

Img_3324c_20231103183601  今日の土産は、こちら。試飲した中でもっとも好みのものを購入してきました。「最愛」の純米生酒。720mlで¥1,600。

Screenshot_20231103134417c  今日のGoogle Fitのデータ。歩いた距離は、16.04㎞。歩数は、24,231になっています。たぶん、近鉄ハイキング・JRさわやかウォーキングを通じて、最長の距離を歩いたくらいと思います。これで3週連続で、週末ウォーキングに行っています。本編を書くか、補遺編にするかはまたよく考えて、それは明日以降に。

2023年9月13日 (水)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その3)……浄泉坊、朝日小学校の円形校舎、朝日町資料館から語らいの広場で抽選会を経て伊勢朝日駅にゴールにて「完」

230909oyachi2  9月9日の近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』の本編その3です。その2では、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館と回りました。残る立ち寄り先は、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)で、ゴールは近鉄名古屋線・伊勢朝日駅です。

Img_0770c_20230909170501  朝日町歴史博物館のエアコンが効いたロビーで休憩し、11時に再スタート。白梅の丘など住宅地の方を回って、小向山浄専坊(おぶけざんじょうせんぼう)に向かいます。浄土真宗本願寺派のお寺。由緒書きによれば、正治元年(1199)年、正治寺として小向御厨神明宮(現在の小向神社か? こちらを参照)の別当寺として建てられました。当初は禅宗であったといいます。その後、愛洲宗貫が小向に城を構え、延元4(1339)年に朝明郡の地頭職に補せられ、伊勢守を名乗り、この寺を菩提寺にして愛洞山と称しました。寛正の頃(1460~1465年)、伊勢左衛門尉真弘のの末裔が出家して小向坊浄泉といって、正治寺に住み、応仁元(1467)年、蓮如上人が関東から帰洛の際、その教化を受けたと言います。天正年間、沼木宗喜(柿城主)、飯田庄之助(小向城主)の城が寺院付近にあり、それを攻めた滝川一益の兵火にかかって焼失しました。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭(伊勢氏の末裔)が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称し、寛永15(1638)年、西本願寺から木仏と寺号の公称を受けています。

Img_0781c_20230912044101 Img_0777c_20230909175001  徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。浄泉坊は、東海道に面しており、参勤交代でここを通った大名は、この寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。また、この寺の書院は、旧桑名城の三の丸御殿を移築したものだといわれています(西羽晃著「郷土誌を訪ねて」,pp.134~135)。寺では対面所として使われていたといいます。

Img_0803c_20230909170501  次の目的地は、朝日町資料館ですが、コースマップに「朝日小学校の円形校舎がよく見えるポイント」と書かれていました。円形校舎そのものは何度も見たのですが、「ビューポイント」であるなら、立ち寄ろうと行ってきました。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_0822c_20230912045201 Img_0830c_20230909170501  続いて朝日町資料館。毎週水曜と土曜日に開館しています。ここも初めて訪ねます。大正5(1916)年に朝日村役場として建てられました。木造2階建の寄棟造瓦葺きで、1階には事務関係の諸室が配置され、2階には議場が設けられていました。内部の改造も少なく、地方建築の特徴をよく留めている建造物として平成12(2000)年に国の登録有形文化財となりました。現在は農耕・養蚕関係の資料など民俗資料を展示しています。右の写真の金庫には「朝日村役場」と書かれています。

Img_0835c_20230912045301 Img_0852c_20230912045301  朝日町資料館の先でまた東海道に出ます。このあたりの東海道は、これまでに何度も歩きました。道幅も、昔の街道そのままのような印象です。昔ながらの建物も残っています。

Img_0838c Img_0841c_20230912045301  コースマップに「東海道沿いの小向地区では民家に竹の花挿しが飾られている」とあります。よく見たら、その通り。地区全体での取り組みと思いますが、街道歩きにホッとするひとときを与えてくれます。桑名でもこういう取り組みがあるといいなと思います。

Img_0863c_20230912061601  語らいの広場の手前にエノキがあります。樹齢300年を超えるといわれます。東海道を往来した旅人たちを見てきたのでしょう。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったそうですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。ところが、松は、太平洋戦争末期、松根油をとるために傷つけられたり、その後の松食い虫の被害などによって激減したのです。

Img_0875c_20230909170601 Img_0872c_20230909170601  エノキの北に語らいの広場があります。ここで抽選会とコースマップにありました。ここは、平成10(1998)年に「東海道ポケットパーク」として整備されたところでしたが、令和2年に改修整備され、「語らいの広場」となっています。コースマップに番号が付与されており、その下1桁が、3、7、9であれば当り。私のマップは、#103でしたので、見事当選! 若松園さんのお菓子が1つということで、みやこまんじゅうをいただきました。若松園さんでは1度も買い物をしていませんので、なんだか申し訳ない気がします。

Img_0879c_20230909170601 Img_0889c_20230909175901  語らいの広場からすぐに近鉄伊勢朝日駅。ここがこの日のゴール。11時半過ぎに到着。キョリ測で見ますと、7.0㎞を歩いてきました。11時43分に名古屋行き準急がありましたので、それに乗車。桑名駅には、11時48分着。¥240。この日は、自宅にて昼食。

Screenshot_20230909121201c  この日のGoogle Fitのデータ。8.8㎞を歩いていますが、キョリ測では、現地では7.0㎞ほどとなっています。歩数は、16,220。暑い中、よく歩きました。

230909144048413  土産は、稲垣酒造場の純米樽酒。御山杉の純米酒を樽に詰めたものをさらに瓶詰めにして販売。¥1,800。色合いはわずかに黄色。甘さはわずかで、すっきりしており、やや苦みがあるかなという感じ。ちなみに、初めて飲むと思ったら、娘から桑名のすし道場で飲んでいたという指摘がありました(苦笑)。そういえば、そうかも知れません。

Screenshot_20230909114053 Screenshot_20230909114031  さらに、今回から参加証は、あみま倶楽部のアプリで。便利ですねぇ。あらかじめ参加するハイキングにログインしておき、指定されているスポットでチェックインするとスタンプがもらえます。指定スポットをコンプリートすると、踏破賞がいただけます。左は踏破賞の記録、右はチェックポイント4ヶ所でのデジタルスタンプ。

2023年9月12日 (火)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その2)……井後神社、若松園、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館へ

230909oyachi2  9月9日の近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』の本編その2です。その1では、三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、八風街道の常夜灯、朝明川堤防を経て移田神社まで来ました。その2では、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て、ゴールの近鉄名古屋線・伊勢朝日駅を目指します。

Img_0638c_20230911162401 Img_0641c_20230911162401  埋縄から柿に入り、のどかな田園地帯を歩いて行きます。日陰がないので、暑いこと。汗だくです。この日の桑名の最高気温は、32.8℃でした。

Img_0648c_20230909170401  スタートから3.7㎞、10時25分頃、2番目の立ち寄り先である井後(いじり)神社に到着。ここも以前、移田神社を訪ねたときに来ています(こちら)。創祀は不詳ですが、元は柿村大字井戸尻の田間に鎮座し、貴船大明神とも称したようです。延喜式内社とされています。明治41(1908)年、柿神社及び山神社を合祀したのですが、狭く、低地で洪水等の恐れがあり、かつ人家より離れていたため、明治44(1911)年、移田神社を合祀するにあたり、現在地すなわち旧柿神社に移転しています。井後神社旧址も、2020年12月11日に訪れています(こちら)。

Oldijirishrine 7ead3b60  余談になりますが、井後神社旧址は、左の地図に示した場所にあります。現在の井後神社から東南東へ約500mほどのところです。キョリ測で見ると、旧址の標高は4m、現在の井後神社のそれは20mあまり。井後神社旧址は、「コーポラス貴船」の駐車場の一角にあります。周囲は、水田地帯だったところに住宅やアパートが建ってきたという印象。上に井後神社は、貴船大明神とも称したと書きましたが、井後神社旧址に立つアパートが「コーポラス貴船」というのは、歴史を知ってか知らずか、興味あるところ。右の写真は、2020年12月11日の撮影。

Img_0659c_20230909170401  話を戻して、井後神社の主祭神は、高龗神(たかおかみのかみ:水を司る神)。相殿神は、建速須佐之男命(たけはやのすさのおのみこと)、大山祇神(オオヤマツミノカミ:山を司る神)の2柱。上述のように、江戸時代までは貴船大明神と称して高龗神を祀っていたといいます。京都の貴船神社は玉依姫命が水神を祀ったのが始まりとされる古い神社で、現在の祭神は高龗神。ちなみに、九華公園にある鎮国守国神社にも、高龗神を祀る小さな社があります。水の神である高龗神を祀ったのは、旧址が低地で洪水の恐れがあったから、それを鎮めたいということでしょうか。

Img_0655c_20230909170401  拝殿で参拝を済ませたら、「どうぞお持ち帰りください」と、御朱印をいただいてしまいました。たいていの場合、300円ほどの初穂料を納めるのでしょうが、今日は、お賽銭だけでいただいてしまい、恐縮至極。

De9c29f7 境内には、拝殿に向かって左(南)に多賀大社が祀られています(写真は、2020年12月11日の撮影)。弘化3(1846)年に、滋賀県の多賀大社から勧請した神社をここに合祀したそうです。御朱印に「多賀大社常夜灯」が描かれています。多賀大社常夜灯は、東海道が北勢バイパスをくぐるところの柿交差点の近くにあります(2017年11月9日:旧・東海道ウォーク(安永~富田)へ(前編))。多賀大社から勧請したことと関連があるのでしょう。常夜灯は、もとは東海道沿いにあったのですが、昭和46 (1971)年に街道から30m西の現在地に移転されています。

Img_0680c_20230911175101 D9816227  ここには表参道から上ってくると、「山城門」という扁額がかかっている随身門(ずいじんもん)があります。随身門は、神社を守護する門守神(かどもりのかみ)を安置した神門。桑名宗社(春日神社)にもあります。随身門の南東脇には、「力石」があります。この井後神社は、標高20mほどの小高い丘の上にあり、古墳か、城館でもあったところかと思われますが、神社の西に「城ノ広遺跡」という前方後円墳があったようです。右の写真(2020年12月11日撮影)は、神社の南西にある井後神社交差点のところですが、向かって右が神社、左の奥に写っている、やや高くなった住宅地の辺りに古墳があったようです。これらについて、詳しくは、こちらをご覧ください。

Img_0687c_20230911175601 Img_0691c_20230911175601  井後神社から東に下ると、JR関西線に行き当たります。JRの踏切には、固有名詞がついていますが、ここは「桑名道踏切」。前にも書いたのですが、なぜ桑名道なのかは、不明。というか、ネットでは関連する情報が出て来ません。この先で東海道に出て、桑名につながりますから、その関連かという気がします。

Img_0700c_20230911183601 Img_0703c_20230911183601  東海道に出ました。左の写真は、桑名の方を向いて撮ったもの。朝日町あたりの東海道には、右の写真のように、よく分かる「東海道」の表示板があります。

Img_0714c_20230909170501  次の立ち寄り先は、若松園。近鉄ハイキングでは恒例の立ち寄り先です。和菓子屋さんですが、申し訳ないとは思うものの、これまで、何も買ったことがありません。

Img_0718c_20230909170501 Img_0721c_20230911183901  若松園の向かいに稲垣酒造場。今まで、近鉄ハイキングなどで何度もここの前を通ったのですが、立ち寄るのは初めて。「御山杉」というお酒を造っています。私は決して大酒飲みではありませんが(少なくとも、主観的には、ですが……)、いろいろなお酒を飲んでみるのは、楽しみにしています。

Img_0725c_20230909170501  純米酒、純米樽酒ともに、カップ¥300、グラス¥150で試飲もあったのですが、こんなに暑い日に試飲とはいえ、途中で酒を飲んだら、このあと歩けなくなると思い、ここは我慢。土産に樽酒を買ったのみ。

Img_0731c_20230911184401  今度は、JR関西線の「住宅踏切」を越えて、朝日町歴史博物館へ。「住宅踏切」とは、これいかに? 公営住宅とか、社宅とかがこの近くにあったのかと勝手に想像するのですが、これもまた由来は不明。

Img_0738c_20230911184501 Img_0747c_20230909170501  こちらが朝日町歴史博物館。朝日町教育文化施設の中にあります。ここは何度も来ています。9月、10月は、江戸時代の日本書紀研究、日本画家・水谷立仙萬古焼の展示があります(こちら)。ざっと拝見してきましたが、ここで気に入っているのは、縄生廃寺の模型。エアコンが効いていましたので、ロビーでしばし休憩させてもらいました。ちなみに、縄生廃寺跡には5年前に行っています(2018年6月24日:20180624勝手に近鉄・三交バスハイキング「朝日町天神山、苗代神社、縄生廃寺跡から東海道を江場まで」)。

 キリがよいので、ルートマップその2の途中ですが、その2の記事はここまで。その3は、浄泉坊から。

2023年9月11日 (月)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(その1)……大矢知駅から八風街道の常夜灯、朝明川堤防を経て移田神社へ

230909091051483c  9月9日に行ってきた近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』の本編その1です。三岐鉄道との合同企画です。朝日町は、タイトルにもあるように三重県でもっとも小さな町で(面積は5.99平方キロメートル。ちなみに、川越町が8.73平方キロメートル、桑名は136.68平方キロメートル)。桑名の南隣にあります。お隣ということもあって、朝日町へは、近鉄ハイキングでも、個人的な「勝手にハイキング」でも何度か訪れ、めぼしいところはかなり回り、私としては、桑名に次いでよく歩いているところです。しかし、今回は初めてのところが2ヶ所含まれていましたので、参加したという次第。今回は、一人旅。

230909oyachi0  こちらが当日歩いてきたコース。三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、移田(うつしだ)神社、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て近鉄名古屋線・伊勢朝日駅がゴール。コースマップ上は、6.3㎞。

Img_0477c_20230909170301 Img_0448c_20230911145401  桑名駅発9時2分の松阪行き急行に乗車。近鉄富田駅に9時9分着。ここで三岐鉄道三岐線に乗り換え。9時28分発の西藤原行きで、大矢知駅には9時32分着。運賃は合計で¥490。けっこうな賑わい。小さいホームに人があふれるほどでした。7~8月は近鉄ハイキングは休みでしたので、再開第1回ということもあるのでしょう。もらったコースマップの番号は、#103。大矢知駅を9時35分過ぎにスタート。

230909oyachi1  歩いたルートの詳しいマップその1。大矢知駅から移田神社までですが、この中で立ち寄り箇所は、移田神社のみ。大矢知駅を出てすぐ、ごくわずかに八風街道を通ります。常夜灯を見て、市神社陣屋集会所のところで右折して朝明川の堤防道路へ。国道1号線北勢バイパスにあがって、朝明川を渡ります。

Img_0483c_20230909172801 Img_0486c_20230911150501  八風街道。四日市市富田一色が起点。すぐに東海道と交差し、大矢知、平津を経て菰野町田光で巡見道と合流する道です。そこから西は、八風越の道が八風峠を越え、滋賀県に至り、近江八幡市武佐町(中山道武佐宿)まで続いています。このあたり、いかにも昔の街道という道幅。常夜灯も残っています。この常夜灯は、天保4(1833)年建立。正面に「常夜燈」、裏面に「天保四癸巳年八月吉日」とあります。

Img_0490c_20230911151201  常夜灯のすぐ先に市神社・陣屋公民館があります。市神社も、陣屋公民館も、今のところよく分かりません。どちらもネットでは情報が出て来ません。「陣屋」というのは、江戸時代末期、現在の大矢知興譲小学校のところに忍藩の陣屋が置かれたことと関係しているのかも知れません。大矢知は江戸時代を通じて、ほとんどの時代、桑名藩領でしたが、文政6(1823)年、当時の桑名藩主・松平忠堯(ただたか)公が、武蔵国忍藩へ国替えとなったのです。しかし、忍藩では桑名に比べ石高が少なく、それを補うため、北勢四郡のうち72ヵ村(松寺、蒔田、西富田を除く)4万3,000石が忍藩領になりました。そのとき、ここ大矢知に陣屋が置かれ、忍藩が支配したのです。ちなみに、忍藩が大矢知を支配してからは、八風街道の起点・富田一色は、米の積み出し港として栄えました。

Img_0493c_20230911152801 Img_0497c_20230909170301  分からないことを残したまま、右折して朝明川の堤防に向かいます。いかにもハイキングに来たという風情に見えますが、この時点ですでにかなり暑くなっていました。

Img_0522c_20230911152901 Img_0526c_20230911152901  朝明川の右岸堤防沿いに「朝明川右岸用水完成記念碑」があります。昭和39(1964)年に鉄筋コンクリート製の堅牢な井堰(出来山井堰)が造られたときの竣工記念碑です。三重県知事田中覚。ました。右岸堤防上に立派な竣工記念碑が建っています。裏面には、建造に至った経緯、規模内容が縷々述べられているそうです(足場が悪かったので、見てきてはいません)(こちらを参照)。

Img_0536c_20230911153801 Img_0540c_20230909170301  県道26号線をくぐりしばらく行くと国道1号線北勢バイパスに行き当たります。自動車専用のはずなのに、どうする?と思っていたら、朝明川を渡る部分だけ歩道がありました。ただし、ご覧のように階段を上って行きます。高いところですので、見晴らしは良好。右の写真は、進行方向である北側を撮ったもの。南東方向には、四日市港もよく見えました。

Img_0577c_20230911154302 Img_0590c_20230911154301  北勢バイパスから降りて、2㎞を過ぎたあたりで伊勢湾岸自動車道の下をくぐります(左の写真)。右の写真は、湾岸自動車道をくぐって移田神社に続く坂道の途中から、通ってきたあたりを撮ったもの。

Img_0607c_20230909170401  スタートから2.6㎞を歩いて、10時10分頃、ようやく最初の立ち寄り先である移田(うつしだ)神社に到着。ここへは一度、2020年12月に来ています(2020年12月11日:20201211勝手にJRさわやかウォーキング三重・朝日町へ……朝日町歴史博物館の「古文書から歴史をよみとく-江戸時代の朝日-」を見て、井後神社、善照寺、移田神社、井後神社旧址へ)。

Img_0604c_20230909170401  延喜式内社。移田神社の主祭神は、神社検索三重のサイトでは、埴安姫神(はにやすひめ:土をつかさどる神)、応神天皇大山祇命の3柱となっています。しかし、神社にあった由緒書きには、建速須佐之男命天照大神、応神天皇、大山祇神となっています。その由緒書きには、「移田神社の祭神は神社に奉納されていた古い神名札に稲霊埴安神とあったといわれ、埴安姫神であったものをのちに天王といい、建速須佐之男命と呼ぶようになったと伝えられる」とあります。埴安姫神も、建速須佐之男命も、伊奘諾尊(いざなきのみこと)の子ですから、両者が結びついたのでしょうか。「天王」は、牛頭天王のことでしょう。そうであれば、それは、建速須佐之男命と習合しています。明治40(1907)年、神明社の境内一社と字北谷にある八幡社、字入ケ谷の山の神社を合祀しています。さらに、明治41(1908)年、井後神社に合祀されましたが、昭和27(1952)年、移田神社は分祀し、旧地に復帰しました。神殿、拝殿は、毘沙門天の跡に平成15(2003)年、新たに造営されています。ほかにも見どころがあり、とくに拝殿前の狛犬は、エジプトのスフィンクスのようなスタイルで興味あるものでした。詳しくは、こちらの記事(2020年12月11日)をご覧ください。

Img_0627c_20230909170401  移田神社から埋縄(うずなわ)地区の集落の中を下っていくと、移田神社の社号標のあるところに出ます。移田神社の社号標、案内の石柱と、善照寺の案内標識が立っています。案内の石柱には、「延喜式内移田神社 是ヨリ二丁」とあります。一丁は60間、 すなわち約109mですから、218m。光雲山善照寺は、今回は立ち寄り先になっていませんが、真宗本願寺派のお寺。寛永18(1641)年の創建。

 その1は、マップのキリもよいのでここまで。その2は、井後神社から。

2023年9月 9日 (土)

20230909近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』(予告編)

230909091051483c  今日は、好天で暑くなりましたが(桑名での最高気温は、32.8℃)、予定通りに近鉄ハイキング『三重県で一番小さな町「朝日町」を歩く』に行ってきました。三岐鉄道との合同企画です。朝日町へは、近鉄ハイキングでも、個人的な「勝手にハイキング」でも何度か訪れ、めぼしいところはかなり回りました。しかし、今回は初めてのところが2ヶ所含まれていましたので、参加したという次第。今回は、一人旅。今日の記事は予告編です。

230909oyachi0  こちらが今日歩いてきたコース。三岐鉄道三岐線大矢知駅をスタートし、移田(うつしだ)神社、井後(いじり)神社、若松園(和菓子)、稲垣酒造場、朝日町歴史博物館、浄泉坊、朝日町資料館、語らいの広場(抽選会あり)を経て近鉄名古屋線・伊勢朝日駅がゴール。コースマップ上は、6.3㎞。

Img_0477c_20230909170301  桑名駅発9時2分の急行松阪行きに乗車。近鉄富田に9時9分着。三岐鉄道三岐線に乗り換え。9時28分発の西藤原行きで、大矢知駅には9時32分着。運賃は合計で¥490。けっこうな賑わい。7~8月は近鉄ハイキングは休みでしたので、再開第1回ということもあるのでしょう。もらったコースマップの番号は、#103。大矢知駅を9時35分過ぎにスタート。

Img_0483c_20230909172801 Img_0497c_20230909170301  ハ風街道から朝明川の堤防へと向かい、堤防沿いを北勢バイパスの方へと歩いて行きます。途中、常夜灯1基、市神社陣屋集会所を通ります。朝明川にはアオサギや、ダイサギ、コサギなどが見えました。

Img_0540c_20230909170301 短い区間だけ北勢バイパスに上がってバイパス沿いの歩道を歩きます。あちこちよく見えてよい気持ち。しばらく立ち寄るところはありません。北勢バイパスから伊勢湾岸自動車道の下をくぐると、最初の目的地が近づいてきます。

Img_0607c_20230909170401 Img_0604c_20230909170401  それは、移田(うつしだ)神社。こことこのあと訪ねる井後神社は、2020年12月に来ています(2020年12月11日:20201211勝手にJRさわやかウォーキング三重・朝日町へ……朝日町歴史博物館の「古文書から歴史をよみとく-江戸時代の朝日-」を見て、井後神社、善照寺、移田神社、井後神社旧址へ)。延喜式内社。移田神社の主祭神は、埴安姫神(はにやすひめ:土をつかさどる神)、応神天皇大山祇命の3柱と神社検索三重のサイトではなっています。ここでスタートからほぼ2.6㎞。かなり汗をかいています。

Img_0648c_20230909170401 Img_0659c_20230909170401  つづいて、井後(いじり)神社。創祀は不詳ですが、元は柿村大字井戸尻の田間に鎮座し、貴船大明神とも称したようです。延喜式内社。明治41(1908)年、柿神社及び山神社を合祀したのですが、狭く、低地で洪水等の恐れがあり、かつ人家より離れていたため、明治44(1911)年、移田神社を合祀するにあたり、現在地すなわち旧柿神社に移転しています(この井後神社旧址も、2020年12月11日に訪ねています)。主祭神は、高龗神(たかおかみのかみ:水を司る神)。

Img_0655c_20230909170401 Img_0703c_20230909173901  拝殿で参拝を済ませたら、御朱印をいただきました。たいていの場合、300円ほどの初穂料を納めるのでしょうが、今日は、お賽銭だけでいただいてしまい、恐縮至極。井後神社から下っていくと、東海道に出ます。

Img_0714c_20230909170501  次の立ち寄り先は、若松園。近鉄ハイキングでは恒例の立ち寄り先です。和菓子屋さんですが、申し訳ないとは思うものの、何も買ったことがありません。

Img_0718c_20230909170501 Img_0725c_20230909170501  若松園の向かいに稲垣酒造場。今まで、近鉄ハイキングやJRさわやかウォーキングで何度もこの前を通ったのですが、立ち寄るのは初めて。「御山杉」というお酒を造っています。試飲もあったのですが、こんなに暑い日に試飲とはいえ、途中で酒を飲んだら、このあと歩けなくなると思い、ここは我慢。土産に樽酒を買ったのみ。

Img_0744c_20230909170501 Img_0747c_20230909170501  続いて、朝日町歴史博物館。ここは何度も来ています。9月、10月は、江戸時代の日本書紀研究、日本画家・水谷立仙、萬古焼の展示があります(こちら)。ざっと拝見してきましたが、ここで気に入っているのは、縄生廃寺の模型。エアコンが効いていましたので、ロビーでしばし休憩させてもらいました。

Img_0770c_20230909170501 白梅の丘の方を回って、小向山浄泉坊(おぶけさんじょうせんぼう)へ。浄土真宗本願寺派。正治元(1199)年、正治寺として小向御厨神明宮(現在の小向神社か? こちらを参照)の別当寺として建てられ、当初は禅宗でした。いろいろと経緯がありましたが、寛正の頃(1460~1465年)、伊勢左衛門尉真弘の末裔が出家して小向坊浄泉といって、正治寺に住み、応仁元(1467)年、蓮如上人が関東から帰洛の際、その教化を受けたといいます。天正年間、滝川一益の兵火にかかって焼失しましたが、慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称し、寛永15(1638)年、西本願寺から木仏と寺号の公称を受けています。

Img_0777c_20230909175001  徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。

Img_0803c_20230909170501  次の立ち寄り先である朝日町資料館へ行く前に、コースマップに「朝日小学校の円形校舎がよく見えるスポット」がありましたので、見てきました。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_0830c_20230909170501  こちらは、朝日町資料館。ここも初めて訪れました。大正5(1916)年に朝日村役場として建てられました。木造2階建の寄棟造瓦葺きで、1階には事務関係の諸室が配置され、2階には議場が設けられていました。内部の改造も少なく、地方建築の特徴を良く留めている建造物として平成12(2000)年に国の登録有形文化財となりました。現在は農耕・養蚕関係の資料など民俗資料を展示しています。

Img_0875c_20230909170601 Img_0872c_20230909170601  最後に、語らいの広場で抽選会。ここは、平成10(1998)年に「東海道ポケットパーク」として整備されたところでしたが、令和2年に改修整備され、「語らいの広場」となっています。コースマップに番号が付与されており、その下1桁が、3、7、9であれば当り。私のマップは、#103でしたので、見事当選! 若松園さんのお菓子が1つということで、みやこまんじゅうをいただきました。

Img_0879c_20230909170601 Img_0889c_20230909175901  ゴールの近鉄名古屋線伊勢朝日駅。11時半過ぎに到着。11時43分に名古屋行き準急がありましたので、それに乗車。桑名駅には、11時48分着。¥240。今日は、自宅にて昼食。

Screenshot_20230909121201c  今日のGoogle Fitのデータ。8.8㎞を歩いていますが、キョリ測では、現地では7.0㎞ほどとなっています。歩数は、16,220。暑い中、よく歩きました。

230909144048413  土産は、稲垣酒造場の樽酒。御山杉の純米酒を樽に詰めたものをさらに瓶詰めにして販売。¥1,800。色合いはわずかに黄色。甘さはわずかで、すっきりしており、やや苦みがあるかなという感じ。ちなみに、初めて飲むと思ったら、娘から桑名のすし道場で飲んでいたという指摘がありました(苦笑)。そういえば、そうかも知れません。

Screenshot_20230909114053 Screenshot_20230909114031  さらに、今回から参加証は、あみま倶楽部のアプリで。便利ですねぇ。あらかじめ参加するハイキングにログインしておき、指定されているスポットでチェックインするとスタンプがもらえます。指定スポットをコンプリートすると、踏破賞がいただけます。左は踏破賞の記録、右はチェックポイント4ヶ所でのデジタルスタンプ。

230909053508462c 230909053530561c  ついでの余談。拙宅ベランダ園芸のアサガオ。今朝は、合計6輪。今年の最多記録。勢いのある方に5輪。これで累計41輪。明日もまだまだ咲きます。

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  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

    磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)
    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

  • 佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)

    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

    佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)
    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

  • 安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)

    安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)
    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

  • 大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)

    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)

  • 國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
    ほぼ隠居状態ですから、暇と退屈には困りません(微笑)。それ故にこの本を手に取ったといっても、誤りではありません。著者がいうには、「暇」とは何か、人間はいつから「退屈」しているのだろうかといったなかなか答えにたどりつけない問いに立ち向かうとき、哲学が役に立つというのが著者のスタンス。哲学書なのに、読みやすいのです。スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど、その昔学生時代に取り組んで挫折した哲学者たちの論考を参照しつつ、現代の消費社会における気晴らしと退屈について鋭い指摘がされ、まさに蒙を啓かれます。 (★★★★)

  • 逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)

    逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)
    今さら、なぜこういう統計ソフトの本を読むのか? と訝られると思うのですが、その昔、現役の頃には統計パッケージソフトIBM SPSSを使ってデータを分析して論文を書いていました。ただ、SPSSを始め、統計パッケージソフトは、値段がバカ高いのです。退職する前からこのRというフリーの統計処理ソフトが出て来て、ずっと興味を持っていました。先日、文庫本を買おうと思って本屋に行ったらこの本を見つけてしまいました(微笑)。今さらこれを使ってバリバリやる訳ではありません。むしろボケ防止かも知れませんが、昔のデータはそのままパソコンにありますから、これを使って、昔はやらなかった分析をしてみようと思っています。何か成果が出るかどうかは極めてアヤシいのですが、まぁゆるりといろいろやってみることにします。 (★★★★)

  • 林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)

    林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)
    たまにはこういう本も読まないと、認知機能が退化するかもしれないと思って(微苦笑)。というよりも、もともと神経心理学に興味がありましたので、本屋の店頭で見つけ、これは面白そうだと思って購入しました。うつ、自閉スペクトラム障害、ADHD、統合失調症、双極性障害など、現代人を悩ませる心の病について、脳にどのような変化が起きているか、最新の知見がまとめられています。最前線の研究者たちがわかりやすく説明しているのですが、知識ゼロで読むのはかなりキツいかも知れません。私は現役をリタイアして10年以上になりますが、その間にこれほど研究が進んだのかというのが正直な感想。心の病の原因は、1つとは限りません。心の病は「症候群」と見た方がよいと考えます。私自身が関わる自閉スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害でもそうです。脳機能と心の病との関連について最新の知見を知りたい方にはおすすめ。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)

    磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)
    本の帯に「大河より面白い!」とありますが、本当にそうでした。午前中の散歩のついでに買ってきて、夕食までに一気に読み終えてしまいました。もったいない気がするくらい。松平元康がいかにして徳川家康になったか、さらに徳川将軍家がいかに続くよう礎を築いたかが、よく分かりますし、戦国時代から徳川幕府創世記までの歴史を見る目が養われる本です。それというのも、著者の磯田さんが古文書の権威で、一次史料を読みこなすだけでなく、場合によっては価値が怪しい資料まで傍証に用いて(怪しい資料でも使い道があるというのも良く分かりました)、ご自身の頭で考えた結果を実に分かりやすく解いてくれてあります。徳川家康の弱者の戦略のキーワードは、「武威」と「信頼」ということです。また、情報の取得、解読にも意を尽くしたことがよく分かります。混迷を深める世界情勢を読み解いて、我が国が進む方向を考える上でも役に立つ一冊。 (★★★★★)

  • 井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)

    井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)
    発達障害、とくに自閉スペクトラム症(ASD)の方では、感覚過敏や感覚鈍磨をよく伴います。「照明で目がチカチカする」「皆が話している教室では。音が鳴り響き絶えられない」「ケガをしてるのに、痛みを感じない」などさまざまな状況を呈します。著者は実験心理学や、認知神経科学を専門とし、ASDの方に見られる感覚過敏、感覚鈍磨は、脳機能の特性から来ていることを明らかにしてきています。ASDなど発達障害のあるご本人はもちろん、親御さん、教師など関わりを持つ方々は、このことをよく理解して支援にあたることがとても重要です。ASDを始めとして発達障害について、「わがまま」「自分勝手」「やる気がない」などと捉えてしまうと、支援どころか、理解もできなくなります。脳の働きによってさまざまなことが生じてきているという視点が必要不可欠です。この本は、感覚過敏・感覚鈍磨を手がかりにそういう視点について理解を深められます。 (★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)
    2022年12月のNHKのEテレ「100分de名著 中井久夫スペシャル」のテキストです。今頃(2023年2月)これをリストアップしているのはどうかという気もしますが、録っておいたビデオをみたのが最近なのです。中井久夫さんは、2022年8月にお亡くりになりましたが、日本を代表する精神科医のお一人であり、翻訳家、文筆家としても一流でした。現役の頃、中井さんの本はたくさん読みました。臨床心理学の分野でも「風景構成法」を導入した方として知られています。Eテレの講師である齋藤環さんは、中井さんを評して「義と歓待と箴言知の人」と書いておられますが、まさにそういう気がします。『最終講義』『分裂病と人類』『治療文化論』『「昭和」を送る』『戦争と平和 ある観察』が紹介されています。現在もウクライナで戦争が続いていますが、中井は「戦争は過程、平和は状態」とし、戦争は物語として語りやすく、とにかくかっこよくて美しい、それが問題だといいます。一方、平和は分かりにくく、見えにくいため、心に訴える力が弱いとします。「状態を維持する努力はみえにくい」のですが、戦争と平和に限りません。普段通りの日常生活を維持していくのも同じような気がします。戦争を経験していない人間が指導者層の多くを占めるようになると戦争に対する心理的抵抗が低くなるともいいます。「戦争には自己収束性がない」とも中井さんはいっています。われわれはやっかいな時代に生きていると痛感します。中井さんの本を多くの方が読むと、時代も変わるかも知れません。 (★★★★★)

  • 桑名三郎: 七里の渡しを渡った人達(久波奈工房)
    桑名と名古屋の宮を結んだ東海道唯一の海路「七里の渡し」をテーマにした歴史本です。船頭が旅人を案内しながら、七里の渡しを渡った歴史上の24人を紹介する内容。やさしい話し言葉で紹介されており、読みやすい本です。徳川家光、松尾芭蕉、明治天皇などが取り上げられています。著者は、桑名で歴史案内人をしながら、街の歴史を研究している、街道好きの方です。本は、桑名市内の書店とメルカリで¥1,200で販売。 (★★★★)
  • 磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)

    磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)
    磯田さんの本は面白い。というのも、話のもとには古文書があるからだと思う。その古文書も磯田さん自身が、古書店などで発掘してきたものがほとんどで、それ故、内容もオリジナリティが高くなる。この本は、戦国時代から幕末あたりを中心にさまざまな古文書の内容をもとに、例えば忍者の悲惨な死に方、江戸でカブトムシが不人気だった背景、赤穂浪士が吉良の首で行った奇妙な儀式などなど、興味深いエピソードを浮かび上がらせている。面白いので一気読みしてしまった。 (★★★★★)

  •  佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)

    佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)
    史跡や、寺社、町並み、城、美術工芸品等の見方がやさしく解説されている本です。「事典」となっていますが、いわゆる辞書とは違って、普通の本のスタイルです。索引が充実していますので、事典としても十分に使えます。最初の版をもっていますが、40年ぶりに改訂され、写真、図版も多く、歴史散歩の最強の味方です。 (★★★★★)

  • 日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)

    日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)
    今年1年、何の因果か(などと書くとお叱りを受けること必至ですが)、住んでいるマンションの管理組合の理事長を仰せつかっています。今年は、エレベーターリニューアル工事が最大のイベントで、それは無事に済んだのですが、前理事長から8年後に迫った第3回大規模修繕に向けて、修繕積立金が不足する見込みと申し送られました。確かにかなりの金額が不足しそうで、頭を悩ませていました。マンションに住みながら、そもそも基本的な知識が不足しており、管理会社のフロントマンの方の協力を得ながらシミュレーションなどをしていました。ネットであれこれ調べてはいたものの、それで得られる知識は体系的なものではありませんでした。この本は、事例を元にマンション管理について必要な知識が得られるように書かれており、まだすべて読み終えてはいないものの、とても役に立っています。任期残り2ヶ月半となって付け焼き刃ではあるものの、次の理事会に具体的に課題を申し送ることができるよう勉強中(笑)。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)

    宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」や「どうしても頑張れない人たち」の著者である宮口幸治さんの新刊です。前2著の内容をよりよく理解できるよう、「ドキュメント小説」として書かれたものです。主人公は、精神科医の六麦克彦。医局から派遣されて要鹿乃原少年院に勤務して5年。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちでした。この内容は、前の2冊のように普通の新書では書き尽くせるものではなく、物語の形を借りざるを得なかったのでしょう。ただし、普通の小説として読むのには少し苦労するかも知れません。特別支援教育が普及して、知的障害や、発達障害のある子どもへの教育や支援は、以前に比べれば改善されてはいますが、最近は、家族の養護能力が十分でなかったり、親など家族自身に支援が必要なケースもたくさんあります。こうした中には、この本で取り上げられたような結末に至ることがあっても不思議ではないという気がします。極端な事例が集められていると思われるかも知れませんが、社会全体として真剣に取り組むべき課題が突きつけられています。 (★★★★)

  • 本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)

    本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)
    本田秀夫先生によるこのSB新書の4冊目のシリーズ。今回は、発達障害のあるお子さんの学校選び、学級選び、友達関係、学習や学力の悩み、不登校など、発達障害のあるお子さんの学校生活全般にわたって、どのような考え方に基づいてサポートしたら良いかについてまとめられています。それぞれ、親と先生とが、どのように取り組むことが基本となるか、解説されています。対策よりも予防的な工夫をコミュニケーション(要求ではなく)に基づいて行う、「学校の標準」を緩める、登校や成績を気にしすぎず、社会に出るための土台作りを考える、発達の特性には寛容になる、学びを大切にするが学力にこだわりすぎない、親と先生とが気づきを伝え合い相談、調整する、子どものモチベーションを重視するなど、具体的に書かれていて、分かりやすくなっています。発達障害のあるお子さんが小中学校で充実した学習が進められるための基本的な考え方やヒントが詰まっていますので、親御さんにも、先生方にもお勧めできます。 (★★★★★)

  • 佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?

    佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?
    サンドウィッチマン&芦田愛菜ちゃんMCの「博士ちゃん」に「三国志博士ちゃん」、「日本の神様博士ちゃん」として2回出演した佐々木秀斗君の自由研究を本にしたもの。何故これをここに取り上げたかというと、私のブログに載せた立坂神社の緑色の鳥居について、写真を提供して欲しという依頼が出版社からあったのです。私が提供した写真は、本書の162ページに「提供:猫の欠伸研究室」として載っています。ざっと読みましたが、大人でも、古事記や神社についてよく知らない方が、最初に手に取って基本的なことがらを知るには、わかりやすくて良い本だと思います。 (★★★★★)

  • 森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)

    森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)
    ネットで見つけ、新刊かと思って購入したのですが、4年前の本でした(微苦笑)。 若い頃に森博嗣さんの小説をすべて読んでいました。いつの頃からか、小説は読まず、森さんのエッセイだけを読むようになっています。「読書の極意を教える」と帯にはあります。もちろんそれについて書かれているのですが、私にはある種の知的生産の技術について著者の方法を開示していると読めます。「何でも検索できる時代にも、本を読む意味がある」というのは、よく首肯できます。また、「教養とは保留できる能力をいう」というのも確かにそうだと思います。自分の問題として抱続けられ、また、考え続けられるのは、容易ではありませんから。 (★★★★★)

  • 井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)

    井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)
    愛媛県新居浜市にあった別子銅山は、元禄3(1690)年、伝説の切上り長兵衛によって発見されてから、昭和48(1973)年の閉山まで、283年間にわたり、累計65万トンの銅を産出しました。これは、世界の銅の産出量の1/6にも達するといいます。巨大財閥住友の礎となっただけでなく、日本の貿易や近代化にも大きく貢献したのがこの別子銅山です。江戸時代には貨幣改鋳にも深く関わった世界屈指の鉱山を舞台に、そこに関わった人達を鮮やかに描いた、本当の意味での大河小説です。徳間時代小説文庫で読みました。  (★★★★)

  • 養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)

    養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)
    養老孟司先生と池田清彦先生の対談であれば、外れはありません。サブタイトルのように、「はみ出し日本論」ではありません。ど真ん中の日本論といってもよい本で、楽しみながら読めます。しかし、それは、自分のアタマできちんと考えているからこそ論じられる内容だと思います。常識や、マスコミで報道されることがらだけをフォローしていては、こういう風に考えることはできません。きちんとした理論、知識、データに基づかなければなりません。さらには、物事を捉える大きな枠組み、私の世代にとっては「パラダイム」といえるものが必要。それも、確固たるパラダイムが必要です。私にとってそれはある種の理想なのですが、なかなか難しい。しかし、まぁ、年寄りになったからこそ見えるものや、年寄りなりの知恵も働くようになるということもありますから、養老・池田の「怖いものなし」コンビを1つの目安として、言うべきこともいえるようになりたいものです。 (★★★★★)

  • 土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)

    土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)
    先に同じく土井善晴さんの「一汁一菜でよいという提案」を挙げましたが、入手したのはこちらが先。「一汁一菜でよい」というスタイルに至るまでの土井さんの修行、出会い、発見、迷いなどなどが書かれています。「家庭料理に失敗なんて、ない」、「すべては人を幸せにする料理に繋がる」というのが基本。具だくさんの味噌汁はおかずの1つになる。余裕があれば、食べたいものや、食べさせたいものをその都度調べてつくればよい。一汁一菜を入り口にして、一つ一つおかずをつくってみて、10種類ほどでもできるようになれば、それで幸せに一生やっていける。といった話があり、へぇーと感心させられました。これだけで健康に健やかに自足できるとも述べられています。一汁一菜なら、私にもできる、でしょうか?? (★★★★★)