相も変わらず(苦笑)
熱帯夜は免れましたが、日中は期待したほど気温は下がりませんでした。今日も30.9℃で真夏日が続いています。明日も暑そうですが、本当にいい加減にして欲しいところ。しかし、散歩帰りの空は、夏と秋が入り交じった、まさに「行合いの空」という感じでした。その散歩は、家事を済ませ、8時20分から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、常盤町、常信寺、寺町と5.9㎞。汗をかく量は、確かに減りました。
住吉神社の前から揖斐長良川の中州を見ると、あの木のところにアオサギが2羽見えていました。1~2羽はいるのですが、それ以上には増えません。
九華公園に着いたのは8時40分頃。ドバトがたむろしていました。スズメはごくわずか。アオサギ、今日は1羽のみ。九華橋近くの、いつもの樹上にいます。
ダイサギも、今日も来ていました。管理事務所南にある花菖蒲園の西側。堀の対岸から前管理人のOさんがずっとカメラを構えておられました。何回もエサをとろうとしたものの、今日は失敗ばかりだったそうです。奥平屋敷跡を回っている間にどこかに行ってしまいました。その奥平屋敷跡では、コサメビタキらしき鳥を見かけましたが、写真は撮れませんでしたし、はっきりと確認することもできませんでした。
今日も鳥は少なく、ヒヨドリ2羽、ドバト、ムクドリを少し見たくらい。私よりも前に公園を歩いた、散歩友達のYさんはカワセミ、カワラヒワ、コサメビタキを見たそうですが、私は、カワセミは見られませんでした。ハシビロガモのオス、今日は野球場の南の堀にいました。最近は、近寄っても逃げません。毎日のように会っていますから、私のことを覚えたのかなどと勝手に思っています。このあと、鳥はほとんど見ませんでした。以下、余談のようなもの。
三之丸を歩いていて、バス停をふと見たら、とんでもない掲示が出ていました。ここは、三重交通バスの市内循環線のバス停です。ずっと以前は、A・Bの2つの循環線(同じルートを逆回りしています)があり、どちらも1時間に2本走っていたのですが、最近は、平日のみ、1日6本になっていました。これが、10月1日から平日に1本のみにするという予告でした。路線も、赤須賀方面を回る部分は廃止です。利用客の減少(コロナ禍以降、顕著に減少しているということです)と、コスト(主に燃料費)の高騰がその理由として書かれています。平日は、萱町を14時15分に出るB循環桑名駅前行き1本のみの運行になりますから、利用する人はほとんどなくなるような気がします。三交バスといえば、私は冬から春先にかけて、日の出橋方面にバードウォッチングに行くのに利用していますが、そちらは大丈夫なのでしょうか。
寺町にある西福寺の掲示板。ここは真宗大谷派のお寺。「浄土はあるかないかの上にある」と書いてありました。浄土について、『精選版 日本国語大辞典』の説明には次のように書かれています:
浄土 じょう‐ど ジャウ 〘名〙 仏語。① 仏がその悟りによって形造った、仏の住む国土。三毒(貪欲・瞋恚・愚痴)、五濁(ごじょく)(=劫濁・見濁・命濁・煩悩濁・衆生濁)のない清浄な国土。その数は二一〇億といわれるが、最も代表的なものは、阿彌陀仏の極楽浄土。また転じて、彌勒菩薩の住む兜率天(とそつてん)や観世音菩薩の補陀落山(ふだらくせん)をいう。⇔穢土(えど)。
つまり、一切の煩悩 やけがれを離れた、清浄な国土。 仏の住む世界ということですが、それが、あるかないかの上にあるというのは、一瞬、納得しかけたのですが、よく考えると訳が分からなくなりました。まぁ、凡人が考えることですから、たぶんそれは「下手の考え休むに似たり」なのでしょう。 ちなみに「穢土」も仏語で、「煩悩にけがれたものが住む迷いの世界。凡夫の住む娑婆世界」。ということで凡人か、凡夫(仏教の道理をまだ十分理解していない者)かのどちらか/あるいは両方である私は、空を見上げて、ため息をついて寺町を後にした次第。明日は、週末恒例でプチ遠征に行きたいと思うのであります。
余談を追加(9/22夜)。夕方のテレビニュースで、自転車の事故が夕方に多発しているという内容を放映していました。毎日飽きもせず歩いている立場からすると、クルマよりも自転車の方が歩行者にとっては危険な存在だといえます。自転車に乗っている方は、ご自身を「歩行者に毛が生えたくらいの存在」と思っているのでしょうが、これは誤った認識です。歩いているすぐそばを後から音もなく追い越していくとか、歩道を歩いていると、後ろから来る自転車にベルを鳴らされることもよくあります。自転車が歩道を走行できるのはあくまでも例外です。そもそも根本的には、自転車は軽車両と位置づけられ、クルマの仲間という扱いです。まったく個人的な意見をいえば、自転車は歩道走行を禁止してもらいたいと思っています。
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