神社

2021年7月19日 (月)

鎮国守国神社の夏越しの大祓は、今日でした

Img_3870c_20210719145901  今日も暑くなっています。15時までの時点で、最高気温は、33.3℃。朝は、いつものように7時半から散歩を始めたのですが、その頃にはすでに28℃近く。風もなく、歩き始めてしばらくがもっとも蒸し暑い気がしました。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町から新築公園、京町、吉津屋町に戻って、定休日の寺町商店街を通過して帰宅。5.6㎞。いったん帰ったあと、駅前で用事を済ませ、ついでに三洋堂書店桑名店へ。先日、アピタの新光堂書店で買えなかった文庫本その他をゲット。冒頭の写真は、散歩途中、吉津屋町あたりで見上げた空。

Img_3851c_20210719145901 Img_3832c  昨日、鎮国守国神社に茅の輪が設置され、祓え串を氏子の方のお宅に配っていたと書きました(鎮国守国神社に茅の輪)。いつもの例に倣って、夏越しの大祓は明日・7月20日と書いてしまいましたが、散歩友達で神社係をしているYさんに今朝伺ったら、今日の午後が夏越しの大祓だそうでした。お詫びして訂正します(微苦笑)。朝、すでに祓え串が何本か納めてありました。いつもの例なら、16時から御神事。今日は暑いので大変でしょう。

Img_3672c_20210719145901 Img_3703c_20210719151201  さて、7時半にはすっかり夏の空。左の写真は、住吉神社の少し南から見た、長良川河口堰方面。手前の川は揖斐川。野鳥は、ほとんどいません。これもいつものことではあるものの、ちょっと寂しい。変わって、今の時期の主人公は、クマゼミ。あちこちで大合唱。先日も、クマゼミが鳴いているところで電話を受けたら、話ができませんでした(爆)。

Img_3713c_20210719151401 九華公園について、北門近くの堀をしばし覗き込んできました。これらは、たぶんボラの子ども。堀を覗き込んだのは、昨日、前管理人のKさんが、テナガエビがいるとおっしゃったから。しかし、昨日も、今日もまだ見つけられません。堀の周りには、シオカラトンボの他、ウチワヤンマがたくさん飛んでいます。サギは、先日以来見ていません。

Img_3793c_20210719151901 Img_3745c_20210719151901  奥平屋敷跡など、公園内では、スズメ、ドバト、ムクドリを少し見るだけ。本丸跡でチラリとカワラヒワを見られました。しばし待っても、鳥は現れず。九華すずめ食堂へのお客もいつもより少ない気がします。奥平屋敷跡にあるハギは、チラホラ花がついています。

Img_3860c_20210719145901  堀には、カワウが1羽。暑そうです。口を開けて、のどをブルブルと震わせていました。今日も、カルガモがいたという情報もあったのですが、私は見られず。

Img_3865c  貝塚公園、内堀南公園、新築公園ではほとんどクマゼミのみ。鳥は見当たらず。ヒマワリは、九華公園の南にあるお宅で、プランターに植えられていました。

Img_3874c_20210719145901  京町Mのツバメの巣も見てきました。ヒナは4羽とも元気そうでした。ツバメの巣は、車庫の上にあるので日陰ですが、これを見られるのは、旧東海道からで、日陰なし。親ツバメが来るのを待つという元気はありません。暑すぎます(苦笑)。

Img_3887c  それにしても暑い。散歩していても出遭うのは、いつもいつも、毎日毎日歩いている散歩友達か、顔見知りの人ばかりです。この暑さでは、たまに歩こうとか、いきなり歩こうという方には、散歩はとても勧められません。ある程度修行を積んだ方であれば大丈夫でしょうが……。三重県にも、今日は、「熱中症警戒アラート」が出ておりますので、所要&買い物の後は、エアコンが効いた室内で過ごしています。

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20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その2)……鈴鹿市に入り、階段付常夜燈や神戸見附跡を訪ねる

210717oiwake3 Img_3146c  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回その2です。その1では、四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、内部川を渡って、河原田の町を歩きました。光明山常超院の先で、鈴鹿市に入ります。常超院は県道103号線沿い。そのまま県道を進み善誓寺に立ち寄ったあと、伊勢街道に戻ります。鈴鹿市高岡町を進んでいます。高岡城址にある高岡神社と大福田寺にも行こうと思ったものの、かなり長い階段が見えて、断念。関西線沿いの常夜燈、鈴鹿川を高岡橋で渡って階段付常夜灯へというのが、詳細なコースマップその3。

Img_3150c_20210717171201 Img_3154c_20210717171201  鈴鹿に入って最初の立ち寄り先は、善誓寺。臨済宗妙心寺派のお寺。近鉄ハイキングの時にも立ち寄ったのですが、記事では言及していません(2019年4月11日:20190411近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅3日目~東海道、旅人気分で四日市宿から伊勢路へ」(予告編))。平成30(2018)年の台風21号で大きな被害を受けたようで、山門、本堂、鐘楼とも立ち入らないようにという注意書きがありました。由緒のあるお寺と思うのですが、荒れているのはとても残念。ネット検索では詳しい情報は出て来ません。

Img_3162c_20210717171201  善誓寺の先では、JR関西線沿いを歩きます。この北にJR河原田駅があります。この駅で、関西線と伊勢鉄道線が別れ、伊勢街道は2つの路線の間を進んでいます。ちょうど、伊勢鉄道線を名古屋行きの快速みえが走っていきました。伊勢鉄道は河原田から津までの路線。関西線の名古屋方面と紀勢本線の津以南を短絡するため、昭和48(1973)年9月に国鉄伊勢線として開業したのですが、昭和62(1987)年3月から第三セクター「伊勢鉄道」に継承されています。特急「南紀」や快速「みえ」がここを通っています。

Img_3164c_20210718194501  関西線沿いに右手に「大泉源之助翁彰功碑」があります。これについてネットで検索すると、「大泉式稲作法(大泉源之助著、大正8(1919年、神戸町(三重県)」という本が出て来ました(こちら)。この著者の顕彰碑かと思うものの、確証はありません。

Img_3171c_20210718194901 Img_3178  県道103号線をくぐったところに高岡神社の社号標。その西、JR関西線の踏切の手間に、高岡神社の一の鳥居。大福田寺(臨済宗東福寺派)、高岡神社に立ち寄ろうと思ったものの、河原田神社と同じく、かなり階段を登っていかないといけないことが判明。断念しました(苦笑)。ここは、高岡城址。高岡城は神戸城の北の支城として築かれた城で、神戸城主・神戸友盛の家老、山路弾正種常が城主をつとめ、永禄10(1567)年と翌年の2度にわたって北伊勢に侵攻してきた織田信長の軍勢に攻められたものの、落城しませんでした。その後、三男・織田信孝の養子を条件に両者は和睦しました。その後、謀反の企てなどがあったのですが、失敗に終わり、信孝の異母兄弟にあたる小島兵部が城主となっています。本能寺の変後に、信孝が岐阜城主になると兵部は神戸城へ移り、廃城となり、現在は、城址の一部が「高岡城跡公園」として整備されており、わずかに土塁や空掘が残っているといいます。

Img_3181c_20210718195301  その先、JR関西線沿いに常夜燈が見えます。これは、寛政11(1799)年に建立されたもの。このあと渡る高岡橋の北詰にあったもののようで、江戸から寄進されたと伝わっています。

Img_3192c_20210717171201 Img_3199c_20210718195501  高岡橋で鈴鹿川を渡ります。江戸時代には、この高岡橋あたりは、嘉永6(1853)年に無銭渡しの木橋がかけられるまでは、橋はなく、大変不便であったといいます。橋は、現在の高岡橋よりも少し西(上流側)にあったようです。ほとんど余談ですが、高岡神社の一の鳥居当たりから、この高岡橋を渡ったところまでは、ウグイスがたくさんいて、あちこちで鳴いていました。右の写真は、高岡橋の下流側。

Img_3213c_20210717171201 Img_3202c_20210717171201  高岡橋を渡って、スタートから5.5㎞ほどのところに常夜燈。この常夜燈には、点火用の階段がついています。「太神宮常夜燈」「国土安穏」などと刻まれています。文化4(1807)年の建立。点火用の階段がついた常夜燈は、ここでしか見た記憶がありません。階段部分は傷んでしまったようで、平成11(1999)年に修復されています。「平成十一年十月吉日修復 大泉源之」とありました。平成の世の中になっても、こういうものを修復してくださる奇特な方がいたんだと感激しました。

Img_1390c  これを書いていて、思いついたのですが、先の顕彰碑は「大泉源之助」さんのもの。同じ名字ということは、修復した「大泉源之」さんは、「大泉源之助」の子孫なのでしょうか?(勝手な推測で、たまたま同じ名字の他人かも知れません)。この写真は、平成31(2019)年4月11日の撮影。

Img_3219c_20210717171201 Img_3231c_20210717171301  常夜燈のところから下って、高岡の町に入っていきます。「みえの歴史街道」の伊勢街道のマップの説明には、このあたりは「古代条里制の面影が残り、一直線に進んでいる」という説明があります。条里制とは、7~8世紀頃、全国的に平野部を区画した地割のこと。幅六町(約654メートル)の直交する条と里(り)によって、大区画を作り、これで囲まれた正方形の各辺を六等分した幅一町の線で面積を36等分します。この一辺一町の小区画が面積一町で、これをさらに長地形、半折形に10等分して一段になります。

210717oiwake4  詳細なコースマップはその4。十宮に入ると常夜燈があり、7㎞を過ぎたところには、神戸見附跡。その東に阿自賀神社社号標、すぐのところに旅館加美亭があります。

Img_3237c  スタートから6.6㎞、十宮(とみや)に入ったところに常夜燈。文化14(1817)年に建立されたもの。大正9(1920)年に再建されています。十宮村三軒屋の入り口にあります。ここで、同行のK氏が、「常夜燈の内側はどうなっているんだろう?」といいます。確かに、疑問。この記事を書くに当たって、ネットでいろいろと調べて見たら、台座のところは、外側は石が並べられていますが、もともとは砂が詰められているようでした(たとえば、常夜燈の据付直し工事 | 山本石材の近状報告ブログ)。現代、修理するときは、台座の内部はコンクリートで埋め、石の継ぎ目はボンドで貼り付け、目地はモルタル仕上げになるようです。

Img_3242c_20210717171301 Img_3245c_20210718202101  神戸(かんべ)見附跡。伊勢街道の両側に土塁と石垣を築いたものが残っています。ここが神戸宿の入り口。町の治安を守るために番人がいて、夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたといわれています。

F5d81910 Img_3254c  明治2(1869)年の絵図にこの見付の様子が描かれています。絵図では、上が神戸の町。石垣が両側にあり、両開きの木戸が描かれています。街道の両側の石垣には木戸の柵を支えた溝が今も残っています(右の写真)。

Img_3269c_20210718204301  東側の土塁・石垣の傍らには、阿自賀神社社号標があります。「式内阿自賀神社 距此凡三町」とありました。明治2(1869)年建立。阿自賀(あじか)神社は、鈴鹿市須賀一丁目に現在もあります。距離がありましたので、行ってはいませんが、主祭神は品陀和気命、創建は建暦2(1212)年3月以前と考えられています。

Img_3273c_20210717171301  神戸見附跡で12時15分。ここまで休憩を取ってきませんでしたので、小休止。見附跡の西側は小公園になっていて、桜並木があり、ちょうど日陰になっていて、座れます。見附跡の西側の土塁が目の前にあり、またもやK氏から「土塁はどうやって作ってあるんだろう?」と。土塁は、もちろん「土を盛り上げて築いたとりで」。敵などの侵入を防ぐために築かれた、主に盛土による堤防状の防壁です。「城のつくり方図典(三浦正幸著)」によれば、平地に土塁を築く場合には、当然、よそから土を運んでこなければなりません。この神戸見附跡の場合、どのようにしたかは分かりませんが、城に土塁を作る場合、ほとんどの場合、土塁の横に堀を掘りますから、堀を掘った拝土を盛ったそうです。土塁の法面を保護するためには、草を植えるか、叩き固めるかの2つの方法があります。臨戦態勢では、叩きの方が堅固ですが、ひと雨降るごとに修復が必要になるので、やむを得ず草を植えたといいます。叩き土塁を築くには、厚さ数センチずつ層状に土砂を盛り上げ、各層ごとに叩き固める「版築(はんちく)」という工法が用いられました。この工法でつくって、乾燥すると大変強固な地盤となるそうです。土塁に植えられた草は、芝・小笹・麦門冬(ばくもんどう:ジャノヒゲまたはリュウノヒゲ)などが多かったといいます。余談が過ぎましたが、ここで30分ほど休憩。風がよく通って、暑かったものの、気持ちよいところでした。

Img_3279c_20210717171301  神戸見附跡のすぐ先、西側に、旅館加美(かみ)亭。創業250年以上のようです。主屋は明治13年に建てられたものですが、内部は、その後何度も改装されたそうです。今も営業しており、1泊4,000円。神戸は、十日市町(現神戸2丁目)が中心で、本陣や問屋もそこに集中していました。幕末には旅籠は19軒あり、常磐町(現神戸8丁目)に14軒もあったといいます。賀美亭は、当時は「紙屋」という屋号だったといいます。こちらに実際に泊まった方のブログ記事があります。

 ゴールは近いのですが、キリも良いので、その2はここまで。その3では神戸の町を歩きます。

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2021年7月18日 (日)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その1)……四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、内部川を越え、河原田へ

Isemap  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回です。前回が5月22日でしたから、2ヶ月ぶり(2021年5月22日:20210522「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第4回「四日市~日永の追分」(予告編))。サボっていたわけではなく、諸般の事情があったということです。5月22日には、四日市にある日永の追分まで来ています。この日永の追分は、東海道伊勢街道(参宮街道)の分岐点です。この日からは、伊勢街道を歩いていきます。距離は、およそ18里(約70km)で、脇街道として整備されています。江戸時代、多くの人が伊勢参りに来ています。時には500万人もの人々が熱狂的に伊勢を目指したのが、この伊勢街道。東海道に次いで交通量が多く、物資や文化、情報の行き交う賑やかな街道であったといいます。また東海道、伊勢別街道伊賀街道和歌山街道初瀬(はせ)街道など多くの街道と合流するこの街道は、伊勢国の幹線道路として、旅人だけでなく地元の人々にも利用されていました。マップは、みえの歴史街道からお借りしました

210717oiwake0  四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅まで。東海地方は、この日がやっと梅雨明け。桑名では最高気温は31.6℃でしたが、風が吹いていて「猛暑」という感じではありませんでした。今日は、いつものように「予告編」。同級生K氏との二人旅の続きです。左の画像が、この日歩いたコースの全体マップ。追分駅から旧伊勢街道である県道13号線を南下します。日永の追分の少し南からです。この日は、立ち寄るところは少なめ。とくに、内部川を越えて、河原田の町に入るまではほとんどありません。河原田の町で、又兵衛橋、里程標、河原田神社、忘帰處、常超院。その先で鈴鹿市に入り、善誓寺、鈴鹿川を渡って、階段付常夜燈、常夜燈、神戸見附跡。ここから神戸(かんべ)の町に入り、旅館加美亭、大橋、札の辻、里程標、道路元標、油伊旅館を経て、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅へゴール。8㎞となりました。ひたすら歩くという感じでしたが、あまりあちこち立ち寄らなかったせいか、さほど疲れたという感じはありません。

Img_2895c_20210717171001 Img_2898c_20210718164401  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行に乗車。近鉄四日市駅で下車(8時55分着、¥300)。四日市あすなろう鉄道に乗り換えます。これらの写真は、あすなろう四日市駅。鉄道キャラクターの「鉄道むすめ『追分あすな』」ちゃんがいます(右の写真)。今年の3月にデビューしたとか。

Img_2902c_20210717171101Img_2906c  あすなろう四日市駅9時23分発の内部線の電車で追分駅まで行きます。左は、四日市あすなろう鉄道の電車。ここも、三岐鉄道北勢線と同じく、ナローゲージ。スピードもゆっくりで、いかにも電車に揺られているという感覚がたっぷり。

Img_2920c_20210717171101  今日のスタートである四日市あすなろう鉄道追分駅。追分駅には、9時35分着、¥270。9時40分にスタートします。

210717oiwake1  こちらが詳細なコースマップのその1。追分駅は、日永の追分のすぐ南西にあります。旧伊勢街道は、今は県道13号線。追分3丁目の交差点から県道13号線に入り、しばらくは、立ち寄るところはありません。工場地帯をひたすら南に歩いて行きます。

Img_2923c_20210717171101 Img_2926c  ここが追分3丁目の交差点。左は、日永の追分の方向を見たもの。残念ながら、道が少し曲がっていて、日永の追分は見えません。右の写真は、これから進む県道13号線の南の方面。時々、道ばたの水路を覗き込んで、魚や水生昆虫がいないか見るのですが、なかなか見つからず。

210717oiwake2  早くも詳細なコースマップその2。本来の伊勢街道は、このマップで大宗建設のところから萩野メタルワークスのある方向に進みます。しかし、今は、旧道に橋はなく、川原田橋を渡りますので、そのまま県道を直進。また、この本来の伊勢街道を行くと、大治田3丁目一里山に表忠碑と平和之礎があったのですが、県道からはそれは見えません。内部川を越えて、又兵衛橋、河原田小学校の北で里程標、小学校のところで孝女森田いと刀自像。河原田小学校の南西隅には、伊勢街道最初の一里塚があったそうですが、今は何もありません。その先で、河原田神社と忘帰處、また、常超院に立ち寄ります。

Img_2948c Img_2958c_20210718171901  河原田橋。内部川にかかっています。本来の伊勢街道のルートは、もう少し上流側。木橋がかかっていたそうです。右の写真で、小さい橋(NTTの電話ケーブルが通っています)のあたり。

Img_2971c_20210717171101 Img_2974c_20210717171101  河原田橋をわたってすぐに右折。堤防道路から降りて河原田の町に入っていきます。右が又兵衛橋。内部川のすぐ南側にある谷川を跨ぐ幅5.8m,長さ6.8mの小さな橋です。名前の由来は、橋の改修に尽力された石崎又兵衛という方からきています。昭和13(1938)年に鉄筋コンクリートで造られ、当時としては、数少ない石橋で河原田自慢の橋であったそうです(こちら)。

Img_2981c_20210717171101  又兵衛橋の先の伊勢街道。たぶん昔と同じくらいの道幅。いかにも旧街道というイメージです。伊勢までまだ約68㎞。先は長いのですが、ユルユルと参りましょう(微笑)。

Img_2999c Img_2989c  スタートから2.4㎞ほど、河原田の郵便局の近くに里程標があります。ここは、采女道(うねめみち)との交差点。「距 名古屋市 十五里十一町 守山町 十七里十五町」、「距 宇治山田市 十七里四町 久居町 八里三十二町」、「距 津市 六里三十二町 海蔵村 二里八町」と刻まれています。中央あたりで割れたのか、継いだ跡があります。これを観ていたら、散歩していた地元の高齢者の方が声をかけてこられました。「伊勢街道を歩いているの? この里程標は、20年の地震で折れてつないだんや」とおっしゃいました。20年の地震というのは、三河地震(昭和20(1945)年1月13日)かと思って尋ねたのですが、耳が遠いようで、返事はいただけませんでした。

Img_3014c_20210717171101 Img_3021c_20210718183801  その南に河原田小学校。伊勢街道に沿ったフェンスに子どもたちが書いたと思われる校歌や、街道沿いの名所の絵があります。右の写真は、先ほど渡ってきた又兵衛橋が描かれたもの。

Img_3003c Img_3010c_20210718183901  小学校には付きものだったのですが、二宮金次郎像。一時は気になって、桑名市内だけでも小学校を回ってチェックしようと思ったことがありました(苦笑)。さらにその近くに「孝女森田いと刀自像」。森田いとという方については調べても分かりませんでした。孝女(こうじょ)は、孝行な娘。刀自(とじ)は、「家事をつかさどる婦人。主婦。いえとうじ、あるいは、女性を尊敬または親愛の気持をこめて呼ぶ称」です。孝女を顕彰する石碑は、たまに見かけます。たとえば、津市の偕楽公園には「孝女登瀬碑」が、また、弥富の三ツ又池公園近くには、「孝女曽與(そよ)宅址」があります。

Img_3026c_20210718184801  この河原田小学校の南西隅には、かつて伊勢街道最初の一里塚があったといいます。この写真は、東側の塚があったと思われる場所です。慶長9(1604)年につくられ、街道の西側には松が、東側には榎が植っていたようですが、明治2(1869)年に樹木が切られ、今はありません。

Img_3031c Img_3047c_20210717171101  河原田小学校のすぐ南、スタートから2.6㎞あたりのところの西に河原田神社があります。明治42(1909)年6月、八幡社(河原田村大字内堀中屋敷)と須賀社(河原田村大字貝塚字一ノ縄)を三神社(河原田村大字河原田字三神山)へ合祀し、村社河原田神社と改名しました。平成10(1998)年12月火災により本殿、拝殿、社務所を全焼し、平成12(2000)年に再建されています。神社は小高い丘の上にあり、約100段ほどの階段を登っていかねばなりません。

Img_3059c_20210717171101  ご祭神は、天照大神大国主神弥都波能売神(ミツハノメノカミ;伊奘冉尊が火神を生んで病んだとき、その尿より生まれ、水の神としてまつられます)、猿田毘古神宇迦之御魂神建速須佐之男命五男三女神天児屋根命品陀和気命上筒之男命中筒之男命底筒之男命仁徳天皇木花之開耶姫命市杵島比売命の他、神社検索三重のサイトによれば、不詳八座とあります。

Img_3063c_20210718190201  拝殿の北には、頌徳碑が2つ。向かって左は、「熊沢市兵衛翁頌徳碑」です。熊澤家は農家で河原田の旧家で地主で、代々津藩・藤堂家の御金御用達の役を務めていました。熊澤市兵衛は幕末に庄屋などを務めており、戊辰戦争で『撒隊士』という身分で東征にしたがい、明治になって四日市に帰郷しました。明治時代に若くして三重県議会議員になり、河原田村の村長などの名誉職にも就いています。熊澤市兵衛は、農村出身の農民の家柄でしたが、勉学の必要性に気づき学問を重視していました。明治42(1909)年には河原田尋常高等小学校の建築費の一部を寄付しています。大正時代、皇太子であった裕仁親王の成婚時には、河原田尋常高等小学校の講堂を新築する費用の寄付と、入学志願者が少なくて不振だった三重郡立農学校(現・三重県立四日市農芸高等学校)に対しても、長男の熊澤一衛と協力して3万円と広い敷地を寄付しました。さらに、『熊沢奨学資金』を新設して、貧困家庭の子供たちの学業の補助をしています。また、河原田地区の西部丘陵地帯には、明治後半に熊沢市兵衛翁がみかん栽培を伝え、今も「河原田みかん」として親しまれています。 境内には、他に「神武天皇遙拝所」もあります。

Img_3091c Img_3078c_20210717171201  神社の西、さらに少し登ったところに忘帰處(ぼうきしょ)があります。河原田神社のある三神山頂上にあります。ここから見る眺めは河原田随一の景勝地だそうで、田中光顕伯爵が熊沢市兵衛翁宅を訪れた際に、この地の風景の美しさに見とれて帰ることを忘れたということから「忘帰處」と名づけられています。標高41mあまりの山上に建てられている記念碑は、伯爵自らの筆によるもので、昭和8(1933)年10月、88歳になった熊沢市兵衛翁が建てています。山上からの眺めは一望千里に渡り、晴れた日には、知多半島から木曾御岳の山並みも望み見ることができる絶好の名勝地です。

Img_3074c_20210718190701  上左の写真が、「忘帰處」から見た東の方角。樹木がかなり茂っていて視界を妨げていました。木々がこれほど茂っていなければ、景色がよく見えると思います。見とれて帰るのを忘れるという気持ちは何となく分かります。我々は、ちょっと腰を下ろしてお茶を飲んだだけ。「帰るのを忘れないうちに、行こう」と降りていったのです(苦笑)。河原田神社、忘帰處の詳細は、こちらにあります。

Img_3118c_20210717171201  河原田神社から降りて来て、二の鳥居をくぐったところで、神社の前にある水路にアオサギさんを発見。何気なく佇んでいました。草が生い茂っていますが、餌の魚が捕れるのでしょうか?

Img_3112c_20210719065201  河原田神社に登っていく階段の下にも「森田いと女遺徳碑」があります。よほどその徳がすぐれていた刀のでしょう。ただ、木々や草が生い茂っていて、碑陰を確認できませんでした。どのような方か知りたかったのに、残念。

Img_3132c_20210717171201 Img_3136c_20210717171201  続いて、伊勢街道から少し外れ、光明山常超院に立ち寄りました。県道13号線に面しています。昇平3(応安元(1368))年に僧湛空の創建により、天台宗でしたが、寛永元(1624)年に真宗高田派に属しています。鐘楼門が大変立派なものでした。平成10(1998)年につくられたものと記憶しています。「鐘楼門といいながら、上がれないな。どうやって鐘をつくんだ?」などと思っていたら、門の内側に鐘をつくためのロープ(?)が下がっていました(苦笑)。伊勢街道には戻らず、そのまま県道13号線を進みます。

 その1は、ここまで。その2では、いよいよ鈴鹿市に入ります。

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鎮国守国神社に茅の輪

Img_3637c_20210718145201  昨日は、久しぶりに伊勢詣りハイキングに行き、合計10.2㎞を歩いてきましたが、日頃の修行の成果か、とくに疲れたということもなく済んでいます。今朝は、訳あって家事を済ませ、8時から散歩開始。いつもどおり、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築町、アピタ桑名店(新光堂書店)、常磐町、京町、吉津屋町、南魚町と6.7㎞も歩いてきました(苦笑)。そんなに歩かなくても良いのにと、我ながら思うくらい。最高気温は、32.1℃。午後からは少々蒸し暑い感じで、通り抜ける風も湿っています。

Img_3537c_20210718145301 Img_3603c_20210718145201  まずはこちら。鎮国守国神社では、夏越しの大祓は7月20日。今日、お参りに行ったら、茅の輪が設けられていました。ただし、まだくぐれないようにしてあります。このあと、内堀公園近くで、鎮国守国神社の氏子の方のお宅に祓え串を配っておられました。1軒ずつ、右の写真のようにポストに入れて回って行かれます。夏越しの大祓の前にこれに住所、氏名を書いて神社に納めるのです。

Img_3467c_20210718145301  さて、8時頃にはかなり気温が上がっていました。鳥影はほとんどありません。三の丸水門のところで、何やら動く様子。よく見たら、ヒバリが2羽。暑い時期にも見ることはありますが、結構珍しい。

Img_3558c_20210718145301 Img_3510c_20210718145301  九華公園で、6月まで管理人を勤めていたKさんに会いました。「時間を持て余しちゃってね」とおっしゃいました。公園内も鳥は少なく、スズメ、ドバト、ムクドリくらい。ずいぶん久しぶりにカルガモが1羽、姿を見せました。以前も1羽が滞在していましたが、そのカルガモかという気もします。暑いのに、陽がよく当たる元アヒル小屋のところに座っています。奥平屋敷跡では、散歩友達のWさん、Mさん。元管理人のOさんは現れずで、すずめ食堂は臨時休業。

Img_3477c_20210718145301 Img_3493c  クマゼミは相変わらず、九華公園でもあちこちで絶賛大合唱中。今のところ、アブラゼミの鳴き声は聞こえません。ニイニイゼミは少しだけ鳴いていますが、まだ姿は確認できていません。堀の周囲をウチワヤンマがパトロール。時々、石垣や木の上で休んでいます(右の写真)。

Img_3562c_20210718145301 Img_3570c_20210718145301  公園の野球場では、中学生の試合。木陰で応援する家族の姿が見えます。しばし、野球を眺め、貝塚公園に行こうとしたら、女の子たち10名ほどがランニングするのとすれ違いました。皆、挨拶をしてくれ、ジイ様はちょっとうれしい(微笑)。子どもたちは、元気です。

Img_3581c_20210718151801  貝塚公園も、内堀公園もクマゼミの合唱が聞こえるだけ。鳥はいません。アピタ桑名店の新光堂書店へ文庫本の新刊を見に行ったものの、売れてしまったようで、残念ながらありませんでした。東北フェアをしていたので覗いてみましたが、これはというものはなし。寺町は三八市。日曜と市の開催が重なると大賑わいですので、パス。ヒマワリは、九華公園の南のお宅にて。

Img_3608c_20210718145201  京町Mのツバメの巣。ヒナは4羽。元気そうでした。暑かったので、親が来るのは待たず、ヒナの写真を撮ってオシマイ。

Img_3629c_20210718151801  寺町交差点のところで見上げた北西の空。梅雨は明けたものの、県中南部では雨も降っているようですし、このあたりも雲がけっこう多くなっています。まだ大気は不安定なのかも知れません。

Img_3624c_20210718151801  今週の予定は、水曜日の江戸橋での仕事のみ。その他には、桑名市博物館で7月21日(水)から「学習支援展示 神社の来歴―棟札を中心とした長島八幡神社のご神宝―」と「刀剣コレクションⅡ―多度大社の宝刀―」が8月29日まで開催されます。長島八幡神社には獅子舞が伝わっています。元禄12(1699)年に北島地区氏子が獅子頭二頭と天狗面二面を奉納したことから始まったとされます。長島八幡神社は、寛元3(1245)年、光明峯寺家郷が、相州鎌倉から帰京の節、北島浦に船を寄せ、この地の景勝を愛でて、ここに鶴ケ岡八幡宮の御分霊を勧請奉祀したとの記録があり、棟札にもその事が記されているそうです。博物館の展示には、この棟札が出品されるものと思います。この神社には行ったことはあるものの(2017年9月14日:長島で鳥見、歴史散歩……河口堰と、長島城跡、蓮生寺、八幡社へ)、獅子舞はまだ見たことがありません。多度大社の宝刀について、多度大社のサイトを見ますと、室町時代の「正重(短刀)」があるといいます。天文年間(1532~1555年)のものと考えられているそうです。これが見られるのでしょう。見てこなくっちゃ。写真は、南魚町で見たサルスベリの花。

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2021年7月17日 (土)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(予告編)

Img_2902c_20210717171101  東海地方は、今日になってやっと梅雨明けが宣言されました。梅雨期の日数が62日と昭和26(1951)年の統計開始以降最長だったそうです。梅雨明けは、平年より2日、昨年より15日それぞれ早かったのですが、今年は梅雨入りが5月16日と平年より21日も早かったので、最長ということになったようです。梅雨明けを記念して、ということではありませんが、5月22日以来の「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」に行ってきました(2021年5月22日:20210522「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第4回「四日市~日永の追分」(予告編))。今日は第5回。「日永の追分~鈴鹿・神戸」ということで、四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅まで。桑名では最高気温は31.6℃でしたが、風が吹いていて「猛暑」という感じではありませんでした。今日は、いつものように「予告編」。同級生K氏との二人旅の続きです。

210717oiwake0  こちらが今日歩いてきたコースの全体図。四日市市追分から、鈴鹿に入り神戸(かんべ)まで、実際に歩いたのは、8㎞+α。追分駅からほぼひたすら南に歩くというコース。今日からは、伊勢街道(参宮街道)になります。今日は、立ち寄りポイントはあまりなく、ひたすら歩くという感じでした。しかし、あちこち立ち寄らなかったせいか、コースマップ上の距離は、これまでで最も長かったものの、さほど疲れたという感じはありません。

Img_2895c_20210717171001 Img_2920c_20210717171101  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行に乗車。近鉄四日市駅で下車し〈8時55分着、¥300)、四日市あすなろう鉄道に乗り換え。あすなろう四日市駅9時23分の内部線の電車で追分駅まで行きます。追分駅には、9時35分着、¥270。左は、四日市あすなろう鉄道あすなろう四日市駅、右は、今日のスタートである四日市あすなろう鉄道追分駅。9時40分にスタート。

Img_2923c_20210717171101 Img_2926c  追分三丁目の交差点から伊勢街道(県道13号線)に入ります。左の写真で向かって左から来て、手前に曲がりました。写真奥の方が、日永の追分。追分が見えないかと思ったのですが、道がカーブしていますので、残念ながら追分にある伊勢二の鳥居などは見えず。ここからしばらくは、立ち寄るところもありません。故にひたすら工場地帯の間を歩いて行くことになります。道沿いにある流れを時々眺めて、魚などが泳いでいないかを確かめるくらい。

Img_2948c Img_2971c_20210717171101  スタートから2㎞地点で内部川を渡ります。旧伊勢街道では、木橋がかかっていたのですが、今はありません。そのため、県道13号線にかかる河原田橋を渡ります。内部川を渡ると、河原田の町に入っていきます。

Img_2974c_20210717171101  河原田に入ってすぐに又兵衛橋。内部川のすぐ南側にある谷川を跨ぐ幅5.8m,長さ6.8mの小さな橋です。名前の由来は、橋の改修に尽力された石崎又兵衛という方からきています。昭和13(1938)年に鉄筋コンクリートで造られ、当時としては、数少ない石橋で河原田自慢の橋であったそうです(こちら)。

Img_2981c_20210717171101  又兵衛橋をわたったところから眺めた伊勢街道。県道13号線は、道幅も広く、交通量も多いので、昔の街道というイメージはほとんど感じられませんでしたが、このあたりからはいかにも旧街道という感じになります。

Img_2989c Img_2999c  スタートから2.4㎞ほど、河原田の郵便局の近くに里程標があります。ここは、采女道との交差点。「距 名古屋市 十五里十一町 守山町 十七里十五町」、「距 宇治山田市 十七里四町 久居町 八里三十二町」、「距 津市 六里三十二町 海蔵村 二里八町」と刻まれています。中央あたりで割れたのか、継いだ跡があります。これを観ていたら、散歩していた地元の高齢者の方が声をかけてこられました。「伊勢街道を歩いているの? この里程標は、20年の地震で折れてつないだんや」とおっしゃいました。20年の地震というのは、三河地震(昭和20(1945)年1月13日)かと思って尋ねたのですが、耳が遠いようで、返事はいただけませんでした。

Img_3014c_20210717171101 Img_3018c_20210717171101  その先に河原田小学校。敷地を囲うフェンスに「河原田小学校校歌」の他、伊勢街道や、近くの名所旧跡を示す絵が掲げられていました。たぶん子どもたちの手書き。こういうのは微笑ましくていい感じ。街道沿いの敷地内には、二宮金次郎像や、「孝女森田いく刀自像」がありました。また、河原田小学校の敷地南西隅には、伊勢街道最初の一里塚があり、西側には松、東側にはエノキが植わっていたそうですが、今は何もありません。

Img_3031c Img_3059c_20210717171101  河原田小学校のすぐ南、2.6㎞あたりのところの西に河原田神社があります。明治42(1909)年6月、八幡社(河原田村大字内堀中屋敷)と須賀社(河原田村大字貝塚字一ノ縄)を三神社(河原田村大字河原田字三神山)へ合祀し、村社河原田神社と改名しました。平成10(1998)年12月火災により本殿、拝殿、社務所を全焼し、平成12(2000)年に再建されています。ご祭神は、天照大神大国主神弥都波能売神(ミツハノメノカミ;伊奘冉尊が火神を生んで病んだとき、その尿より生まれ、水の神としてまつられます)、猿田毘古神宇迦之御魂神建速須佐之男命五男三女神天児屋根命品陀和気命上筒之男命中筒之男命底筒之男命仁徳天皇木花之開耶姫命市杵島比売命の他、神社検索三重のサイトによれば、不詳八座とあります。

Img_3078c_20210717171201 Img_3091c  河原田神社の西の、さらに高いところには忘帰處(ぼうきしょ)があります。ここは河原田随一の景勝地だそうで、田中光顕伯爵が熊沢市兵衛翁宅を訪れた際に、この地の風景の美しさに見とれて帰ることを忘れたということからと名づけられています。標高41mあまりの山上に建てられている記念碑は、伯爵自らの筆によるもので、昭和8(1933)年10月、88歳になった熊沢市兵衛翁が建てています。山上からの眺めは一望千里に渡り、晴れた日には、知多半島から木曾御岳の山並みも望み見ることができる絶好の名勝地とされます。ただ、今は、左の写真のように、木が生い茂ってしまい、眺めが少し妨げられています。ここは、2019年4月11日に近鉄ハイキングの「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り」で尋ねています(というか、そもそもこの伊勢詣りハイキングが、近鉄ハイキングのこの企画を再現しています(20190411近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅3日目~東海道、旅人気分で四日市宿から伊勢路へ」(予告編))。

Img_3132c_20210717171201 Img_3136c_20210717171201  河原田神社、忘帰處から伊勢街道に戻り、続いて光明山常超院に立ち寄りました。伊勢街道からは外れて、県道13号線に面しています。昇平3(応安元(1368))年に僧湛空の創建により、天台宗でしたが、寛永元(1624)年に真宗高田派に属しています。鐘楼門が大変立派なものでした。記憶では、平成10(1998)年につくられています。「鐘楼門といいながら、上がれないな。どうやって鐘をつくんだ?」などと思っていたら、門の内側に鐘をつくためのロープ(?)が下がっていました(苦笑)。伊勢街道には戻らず、そのまま県道13号線を進みます。

Img_3146c  スタートから4㎞の手前で鈴鹿市に入りました。思えば、桑名を出発したのが、4月9日でした(20210409「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第1回「七里の渡し跡~朝日」その1……七里の渡し跡から七曲見附跡)。朝日町、四日市市を経てここまで来られました。

Img_3150c_20210717171201 Img_3154c_20210717171201  鈴鹿に入って最初の立ち寄り先は、善誓寺。臨済宗妙心寺派のお寺。近鉄ハイキングの時にも立ち寄ったのですが、記事では言及していません。平成30(2018)年の台風21号で大きな被害を受けたようで、山門、本堂、鐘楼とも立ち入らないようにという注意書きがありました。ネット検索では詳しい情報は出て来ません。

Img_3178  善誓寺の先、県道103号線をくぐったところで大福田寺(臨済宗東福寺派)、高岡神社に立ち寄ろうと思ったものの、河原田神社と同じく、かなり階段を登っていかないといけないことが判明。断念しました(苦笑)。ここは、高岡城址。高岡城は神戸城の北の支城として築かれた城で、神戸城主・神戸友盛の家老、山路弾正種常が城主をつとめ、永禄10(1567)年と翌年の2度にわたって北伊勢に侵攻してきた織田信長の軍勢に攻められたものの、落城しませんでした。その後、三男・織田信孝の養子を条件に両者は和睦しました。その後、謀反の企てなどがあったのですが、失敗に終わり、信孝の異母兄弟にあたる小島兵部が城主となっています。本能寺の変後に、信孝が岐阜城主になると兵部は神戸城へ移り、廃城となり、現在は、城址の一部が「高岡城跡公園」として整備されており、わずかに土塁や空掘が残っているといいます。

Img_3192c_20210717171201  高岡橋で鈴鹿川を渡ります。江戸時代には、この高岡橋あたりは、嘉永6(1853)年に無銭渡しの木橋がかけられるまでは、橋はなく、大変不便であったといいます。橋は、現在の高岡橋よりも少し西(上流側)にあったようです。ほとんど余談ですが、高岡神社の一の鳥居当たりから、この高岡橋を渡ったところまでは、ウグイスがたくさんいて、あちこちで鳴いていました。

Img_3213c_20210717171201 Img_3202c_20210717171201  高岡橋を渡って、スタートから5.5㎞ほどのところに常夜燈。この常夜燈には、点火用の階段がついています。「太神宮常夜燈」「国土安穏」などと刻まれています。文化4(1807)年の建立。点火用の階段がついた常夜燈は、ここでしか見た記憶がありません。階段部分は傷んでしまったようで、平成11(1999)年に修復されています。「平成十一年十月吉日修復 大泉源之」とありました。平成の世の中になっても、こういうものを修復してくださる奇特な方がいたんだと感激しました。

Img_3231c_20210717171301 Img_3219c_20210717171201  常夜燈のところから下って、高岡の町に入っていきます。「みえの歴史街道」の伊勢街道のマップの説明には、このあたりは「古代条里制の面影が残り、一直線に進んでいる」という説明があります。

Img_3237c  スタートから6.6㎞、十宮(とみや)に入ったところに常夜燈。文化14(1817)年に建立されたもの。大正9(1920)年に再建されています。十宮村三軒屋の入り口にあります。

Img_3242c_20210717171301 Img_3254c  7.1㎞を過ぎたところ、常楽寺の東に神戸見附跡があります。伊勢街道神戸宿の入り口にあたり、両側に土塁と石垣を築いたものです。町の治安を守るために番人がいて、夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたといわれています。明治2(1869)年の絵図にこの見付の様子が描かれています。街道の両側の石垣には木戸の柵を支えた溝が今も残っています(右の写真)。この溝、近鉄ハイキングで来たときには見つけられませんでした(苦笑)。

Img_3273c_20210717171301  ここ、神戸見附跡の西側は、小公園として整備されています。ゴールまで1㎞もありませんでしたが、今まで休憩を取っていませんでしたので、ここで小休止。12時15分から30分ほど。桜の木がたくさん植えられており、春には花見ができそうです。風がよく通って、暑かったものの、気持ちよいところでした。

Img_3279c_20210717171301  神戸見附跡のすぐ先、西側に、旅館加美(かみ)亭。今も営業しており、1泊4,000円。神戸は、十日市町(現神戸2丁目)が中心で、本陣や問屋もそこに集中していました。幕末には旅籠は19軒あり、常磐町(現神戸8丁目)に14軒もあったといいます。賀美亭は、当時は「紙屋」という屋号だったといいます。こちらに実際に泊まった方のブログ記事があります。

Img_3303c_20210717171301 Img_3307c  7.5㎞地点で近鉄鈴鹿線を越えます。その先に大橋。神戸小学校の手前、六郷川という小さい川を渡る橋です。このあたりは、かつては神戸藩士の水練場であったといいます。今では、こんなところで泳げたのか、という気がするくらいです。しかし、これは現代のわれわれの感想に過ぎません。ここはまた、蛍の名所でもあったそうです。

Img_3325c_20210717171301 Img_3334c_20210717171301  大橋から200m、札の辻が見えてきます。江戸時代には、高札場があったところ。油伊(あぶい)旅館がありますが、その手前に里程標と道路元標があります。里程標には、「大正三年拾壱月 三重縣」、「日永村へ 壱里貳拾町拾六間  白子町へ 壱里貳拾貳町四拾四間  神戸町」、「距 津市元標五里参拾四町拾七間」、「距 三重縣桑名郡長島村大字押付管轄境七里参拾壱町五拾間」とあります。また、里程標の手前にあるのが、「神戸町道路元標」で、大正3(1914)年の建立。

Img_3354c_20210717185801  油伊旅館も営業しています。築150年。素泊まりは¥4,000~だそうです。3年前に内装と水回りのリフォームを終えているといいます。先ほどの加美亭といい、この油伊旅館といい、こういうところに一度は泊まってみたいものです。

Img_3386c_20210717171301  油伊旅館の先で、今日の伊勢街道歩きは区切り。ゴールに設定した近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅に向かいます。と書きましたが、昼食を摂るところを探して、若干ウロウロしました(苦笑)。予め調べて行ったものの、行列ができていたり、店に入ったものの店の方がいなかったり(^_^)。近鉄ハイキングで来たときに入った喫茶店は、営業していませんでした(休業や閉店ではなさそうでしたが)。ウロウロした結果、駅横ファミマで軽食をゲットし、イートイン(神戸見附跡で休憩したときに、おやつをかなり食べたのです……爆)。

Img_3383c_20210717171301 Img_3397c_20210717171301  鈴鹿市駅あたりには13時15分頃に着いたのですが、このようにウロウロした結果、結局、電車は、13時38分発の伊勢若松行きに乗車。伊勢若松に13時42分着。ここで名古屋線の急行に乗り換え。名古屋行き急行は、13時55分。待ち時間がそれなりにありますが、まあ遊びに来ていますから、気になりません。桑名駅には、14時22分に到着。¥500。

Img_3411c_20210717171301  今日の歩数。スマホのALKOOのデータでは、20,145歩。20,000歩越えは久しぶり。よく歩きました。あすなろう追分駅から近鉄鈴鹿市駅までが8㎞、自宅から桑名駅往復が2.2㎞。合計10.2㎞を歩いたという次第。暑くなって大丈夫かとちょっと心配しましたが、日頃の修行の成果はあるようです。以上、予告編でした。明日以降、本編を書きます。

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2021年7月16日 (金)

春日さんで「映えスポット」チェック……ハシボソガラスがミドリガメの卵を食べているところを確認

Img_2364c_20210716172101  朝5時頃には雨が降って、南の空には虹が出ていましたが、いつも通り散歩に出た7時半過ぎからはほぼ晴れ。最高気温は、31.1℃(14時過ぎ)。関東甲信、東北は梅雨明けが宣言されましたが、東海地方は今日もお預けです。授業のQ&Aは、今朝早くにチェックし、修正を施し完了。メールでお願いしました。

Img_2385c_20210716172101  その散歩、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から今日は、桑名宗社(春日さん)、南魚町、京町、吉津屋町、寺町と回って、5.9㎞。歩き始めは北の風で少しは楽だったのですが、次第に南からの湿った風に変わり、かなり蒸し暑い日でした。

Img_2408c_20210716172101 Img_2421c_20210716172101  住吉神社の前から揖斐川を覗いたら、住吉水門と川口水門の間にアオサギさんがいました。繁殖シーズンも終わったようで、あちこちにアオサギが戻って来ているようで、喜ばしい限りです。船津屋さんの裏手の高水敷では、ホオジロのオス。これを撮った後すぐに逃げられ、証拠写真(苦笑)。

Img_2522c_20210716172001 Img_2472c_20210716172001  九華公園も相変わらずで、鳥は多くはありません。見かけたのは、スズメ、ドバト、ムクドリ、カワラヒワ、ハシボソガラスくらい。ただし、いずれも数は多くはありません。九華すずめ食堂本店は、いつにもまして大賑わい。コゲラが開けていると思われる木の穴は、今日は昨日とは変わりありませんでした。コゲラの鳴き声は、本丸跡を歩いているとき、少しだけ聞こえましたが、姿は見えず。

Img_2548c Img_2569c_20210716172001  「今日も、鳥はいないなぁ」とぼやきつつ、奥平屋敷跡の鳥小屋の裏を見に行ったら、ちょっと離れたところで、ハシボソガラスの親子連れ。よくよく見ると、親ガラスの足元に白い、小さな物体が見えます。子ガラスは、スズメなどと同じく、口を開け、翼をバタバタさせて「餌くれコール」。白い小さな物体は、たぶんミドリガメの卵。

Img_2469c_20210716173501  こちら、奥平屋敷跡のステージの前で見つけた光景。こうやって、ミドリガメが産んだ卵をカラスが掘り返して食べてしまうのです。それにしても、カラスが亀の卵を食べているシーンは初めて見ました。

Img_2528c_20210716172001  奥平屋敷跡のインコの鳥小屋では、ちょっと不思議なことに気づきました。写真の撮り方を失敗したのですが(インコや、鳥小屋内部も入れれば分かりやすかった)、鳥小屋の中にクマゼミが1匹いたのです。鳴かないので、メスだと思います。どこから入った? あるいは、鳥小屋の中で幼虫から変身した? 鳥小屋の床は、西半分はコンクリートで固められています。東半分の表面は土になっているものの、それが地中の奥まで続いているのかどうかは不明。ざっと見た限りでは、抜け殻は見当たりません。

Img_2648c_20210716172001 Img_2541c_20210716172001  クマゼミは、元気であちこちで大合唱を展開しています。ニイニイゼミの鳴き声も聞こえるのですが、今シーズンはまだその姿は見ていません。クマゼミも近くに行くと鳴き止みますが、ニイニイゼミの方がもう少し神経質な感じで、ちょっとでも近くに行くとすぐに黙ってしまうのです。

Img_2611c_20210716172001  奥平屋敷跡から二の丸跡へ行こうとしたら、二の丸跡の南の堀に、アオサギさん。二の丸跡にいるときは、鳥がやってこないかチェックするのに、ゆっくりと回って、あちこち見ているのですが、まったく気づかず。知らないうちにやってくるというのがアオサギの特徴。

Img_2658c_20210716172001  途中、貝塚公園、内堀公園ではクマゼミが鳴いていただけ。春日さんへ。あの「映えスポット」のその後と、さららにいろいろと映えるイベントをしているということでしたので、それらを見てこようと思ったのです(桑名宗社のインスタにあります)。

Img_2712c_20210716171901  まずは、ハート形をした『結』絵馬をかけるところと、お神籤を結ぶ神籤かけ。左は、その遠景。『結』絵馬も、お神籤も前回来たときより増えています(2021年7月1日:梅雨らしい日、散髪のあと春日さんとツバメの巣を見る)。

Img_2751c_20210716180501 Img_2747c_20210716171901  『結』絵馬、結構たくさん奉納されていました。『春日さんの壁をハートでいっぱいにしよう⭐️』が合言葉だそうです(微笑)。『結』絵馬を授与され方限定の『結』絵馬の柄の御朱印もあるそうです(取り敢えず9月30日までということです)。ちなみにハート型ですと、恋愛成就と思われるかも知れませんが、神様と人、人と人、願い事と人など、たくさんの縁をつなぐという趣旨といいます。

Img_2721c_20210716171901  こちらは、神籤かけ。普通のお神籤の他、写真の中央に写っているような子ども向けのバージョンもあるようです。

Img_2690c_20210716172001 Img_2725c_20210716172001  さらに他の映えるイベントもありました。まずその1つは、「夏詣(なつもうで)」。初詣の駄洒落かと、失礼なことも思ったのですが、「夏越しの大祓」を経て、「過ぎし半年の無事を感謝し来る半年の更なる平穏を願うべく、年の半分の節目として、7月1日以降にも神社・仏閣に詣でる。この新たな習慣を「夏詣」と称して、 我が国の守り伝えるべき風習となるよう、共に育てていきたい」という趣旨だそうです。7月15日~9月30日の期間限定で、特別の御朱印もあるとか。いろいろと考えておられます。

Img_2697c_20210716171901  もう1つが、こちら。Img_2707c_20210716182001竿で釣り上げるおみくじ『鯛みくじ』の恋みくじバージョン(右の写真)。ピンクと白の2種類の鯛みくじがあり、大きいオブジェには『しあわせになり鯛』と書かれています。申し訳ないと思いつつ、写真を撮らせていただいただけです(苦笑)。

Img_2778c_20210716171901  春日さんから県道に出て、めがね工房ごうじさんの前でヒマワリ。去年はもっと何本もあったと思うのですが、今年は今のところ、この1本のみ。

Img_2804c_20210716171901 Img_2834c  さらに、京町まで行って、京町Mのツバメの巣をチェック。散歩コースでは、唯一ここだけにヒナがいます。ヒナはやはり4羽。親は、せっせとエサを運んで来まていす。

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2021年7月 3日 (土)

オニヤンマにセミの鳴き始め……余談は「神社に行こう!」というアプリ【付記:コロナワクチン接種券、届きました(7/3)】

Img_7605c_20210703161201 Img_7583c_20210703161201  日中は曇りで32℃の予報でしたが、8時頃から上天気。しかも、今日の最高気温は34.4℃まで上がりました。オマケに雨上がりで湿度も高く、蒸し暑いこと。散歩していたら、「氷」という吊り旗が気になりました(苦笑)。目が覚めた頃はまだ降っていましたが、晴れてきましたので、いつも通り、7時半から散歩。ほとんどビョーキであります。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、南魚町、田町、三崎通と5.8㎞ほど歩いて、汗びっしょり。冒頭の写真は、田町交差点にて、南東の空。右の氷屋さんの吊り旗は、「桑名かき氷街道」にも参加しているFRUITS SNOW.さん。

Img_7342cImg_7295c_20210703161301  今日は、昆虫の話から。ずいぶん久しぶりに見ましたので、「ホントにそうか?」と思ったのですが、オニヤンマ。いつ見て以来か、記憶がないくらい。九華公園の奥平屋敷跡にて。また、これも驚くのですが、奥平屋敷跡ではセミの幼虫が地中から出て来ているのを発見。ちょっと小さい気がします。さらに、「もうセミが出てくるのか!?」と思いつつ、九華公園を歩いていたら、本丸跡でセミが何匹か鳴いているのを確認。ミンミンゼミだったように思うのですが、ここ何年か九華公園でミンミンゼミを見聞きした記憶はありません。去年は6月28日にクマゼミの初鳴きを確認しました(2020年6月28日:おいおい、もう登場かよぉ!?……早すぎるクマゼミの初鳴き【桑名宗社の茅の輪について付記しました(6/28)】)。

Img_7175c_20210703161301 Img_7198c_20210703161301  さて、鳥は相変わらず、いません。カワラヒワは、往きに桑名七里の渡し公園の前の電線で撮りました。他には、ところどころでスズメ、カラス、カワラヒワ、ムクドリを見て、ツバメが飛んでいるくらい。揖斐長良川の中洲からはオオヨシキリの鳴き声が聞こえてきます。ハクセキレイは、幼鳥。九華公園の奥平屋敷跡にて。奥平屋敷跡では、この他コゲラもいたのですが、枝かぶりで証拠写真以下。故に写真は割愛。

Img_7228c_20210703161301 Img_7278c_20210703161301  「九華すずめ食堂」には、断り書きがでました(微笑)。ところが、こんな小さい看板をつけただけで、スズメたちは警戒してしまって、餌を置いても寄って来ません。Oさんは、やむなくすぐにこの看板は撤収(苦笑)。

Img_7347c_20210703161301 Img_7351c_20210703161301  今日はまた、ミドリガメたちがたくさん上陸して来ていました。後ろ足を交互に器用に使って穴を掘ります。去年5月22日に産卵しているところの写真を撮っています(2020年5月22日:ミドリガメの産卵と「スズメの学校」……今年は桑名水郷花火大会も中止で残念至極)。

Img_7450c  朝日丸跡の「九華すずめ食堂」支店。こちらは、本店ほどではありませんが、ボチボチと来客はあります。

Img_7360c_20210703161301 Img_7393c_20210703161301  ツバメが飛行訓練にやって来ています。左の写真は、奥平屋敷跡から二の丸跡にかかっている橋の南側にて。ここは、電線がすぐ目の前ですので、よく撮れます。右は、吉之丸堀の四阿の西に通っている電線のところ。ここには、今日はヒナは3羽。

Img_7507c_20210703161301 Img_7516c_20210703161301  九華公園の外周遊歩道沿いにある知人宅。「半夏生」かと思ったのですが、葉っぱが白くなってきません。ウ~ン、私にはほぼお手上げ(苦笑)。ご存じの方がいらっしゃれば、是非ともご教示ください。外周の遊歩道の南でハクセキレイ。これも若い鳥。

Img_7527c_20210703161201 Img_7567c_20210703161201  貝塚公園にはカワラヒワ、スズメくらい。写真は撮らせてもらえず。左は、京町Mのツバメの巣。親ツバメは今日も、巣に就いていました。右は、京町Sの巣。ヒナ2羽は相変わらず元気。かなり大きくなってきましたので、巣立ちも遠くはなさそうです。

Img_7597c_20210703161201 Img_7614c  こちらは、田町の商店にあるツバメの巣。昨日の短時間散歩で、ヒナが4羽になったかも知れないと書きましたが、何度見てもやはり4羽しかいません。1羽、いなくなりました。

Img_7575c_20210703161201 Img_7578c_20210703161201  ところで、2枚目の「氷屋さんの吊り旗」は、FRUITS SNOW.さんの店頭にあったと書きました。初めにも書きましたが、ここも「桑名かき氷街道」の参加店。

0702kakigoori4c  昨日も載せた画像ですが、ここは「水もシロップも使わないフルーツかき氷(¥850)」が販売されます。果汁やミルクなどをミキサーし、強冷凍で一気に凍らせた氷を使ってかき氷を作っておられます。フワフワで溶けにくく、たいそうな人気商品。私は食べたことがないのですが、去年だったか、家内は食べて来て、「とっても美味しかった」と言っています。

Img_7118c_20210703161301 余談。久々に衝動買いをしました(苦笑)。Justmyshopからのメールで、「神社に行こう! Just MyShop特別版 特別優待」の案内があったのです。特別優待と詠うだけあって、何と定価の半額(¥1,980)。神社好きですから、「神社参拝がもっと充実するユーティリティーソフト」というのに惹かれて、ついついポチッとしてしまったのです。これが、昨日夕方届きました。約2万件のデータベースをもとにした全国神社マップで、自宅や旅行先周辺の神社を調べることができます。参拝した神社の情報を書き換えて自分だけの「神社データベース」を作成したり、「神社参拝日記」をつけることも可能です。

Jinja2c  JRさわやかウォーキング、近鉄ハイキング、勝手にハイキングでそれなりに県内の神社にはお参りしています。神社検索(三重)からデータをダウンロードして、参拝神社データベースでもつくろうかと思っていましたので、ある意味「渡りに船」(笑)。2万社のデータベースは少ないのですが(神社の数は、全国およそ8万8,000社以上に上ると言われます)、予めデータが入っていれば、楽かと思ったのです。データベースに入っている神社の数は、県などによってかなりバラツキがあるようですが、三重県は割と充実していました。また、必ずしも使いやすいとはいえないものの、自分で一からつくることを思えば、楽チン。

Jinja8c  ということで、これまでのブログ記事を参照しながら、ボチボチとデータベースづくり中。お気に入り、参拝済み、朱印などのチェックがつけられますし、メモが書けますので、メモ欄に参拝日、御祭神などを入力しています。データベースに登録されていない神社は、入力ができます。左の画像は、現在入力中の三重県四日市市のデータ。「久波奈名所図会」の読み下しも含め、暇つぶしに忙しい(爆)。

【付記:コロナワクチン接種券、ようやく届きました(7/3 19時)】 6月28日に発送するとされていた、桑名市の64歳以下を対象とした「新型コロナウィルスワクチン接種券」、ようやく本日、届きました。家内は7月21日から、子どもたちは7月28日からコールセンターまたはWebサイトで予約開始だそうです。遅いなと思って、桑名市のサイトを見たら、「対象者が多いため、接種券が全員に届くまでに10日程度かかることがあります」と書かれていました(こちら)。しかしながら、最近、ワクチン不足というニュースが流れています。予定通りに接種が行われるのかどうか、気になるところです。

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2021年7月 1日 (木)

梅雨らしい日、散髪のあと春日さんとツバメの巣を見る

0701amedas 0701rain  7月に入りました。年を取ったせいなのか、コロナでメリハリがない生活を送っているせいなのか、時間が経つのが一段と早く感じられます。今年も、半分が過ぎてしまいました(苦笑)。いったい何をしてきたのか? と思います。雨は明け方まででいったん上がったものの、10時過ぎからまた降り始めました。昨日の授業のQ&Aは、朝早くに仕上げられ、すでにメールで送って、お願いしました。来週の授業の際に、前期の試験問題の原稿を持参して、印刷をお願いしなければなりませんので、このあと、その準備をしようと思っています。

Img_6844c_20210701105501  終日雨という予報ですし、雨雲レーダーを見ても散歩は難しそうでしたから、予定通り、9時前から散髪へ。いつものS理容院さんへ。私が髪を切ってもらっている間、入れ替わりはあったものの、他にもお客さんがありました。大将は、「たまには忙しいこともあるさ」と笑っておられました。最近は、安価で散髪できるチェーン店を利用する方も多いようですが、座って、ひと言「いつものようにお願いします」でサッパリできるのはありがたいのです。桑名に来た頃からずっとお世話になっていますので、もう28年くらいになります。散髪を終えて、スマホでYahoo!天気を見たら、「もうすぐ雨が降ってきます」とありましたが、春日さんと、田町の商店にあるツバメの巣だけ見て帰ることに。写真は、理容院近くの田町交差点。歩いたのは、わずか1.6㎞(笑)。

Img_6854c_20210701105501  春日さん(桑名宗社)、7月になったら「映えスポット」がオープンするということでした(2021年6月26日:「九華すずめ食堂」支店に早速、来客あり……午後からはコロナワクチン2回目)。7月になりましたので、見てこようと思った次第。パッと見、前回見たときとあまり変わりはありませんでしたが……。

Img_6851c Img_6857c_20210701105501  上の写真で向かって左側、赤いパネルのところは、「絵馬かけ」でした。サンプルにあるように、ハートの絵馬をかけるところ。向かって右は、お神籤を結ぶところでした。白いテントの下には、赤い椅子も置かれています。こういう真っ赤なものは、今まで春日さんにはありませんでした。

Img_6875c_20210701105501  田町の商店にあるツバメの巣。この頃には小雨が落ちて来始めましたので、ゆっくりとは写真を撮れませんでしたが、ヒナたちは元気そうでした。

Img_6806c_20210701105501 Img_6810c_20210701105501  ところで、ベランダ園芸の状況&アサガオ日報。アサガオの鉢の大きい方は、先日、リング付支柱を立てました(2021年6月28日:春日さんで「夏越しの大祓」……「九華すずめ食堂」本店は大賑わい)。蔓は、1本だけ支柱に絡み始めています。他にも伸びてきた蔓があるのですが、それはまだ。右は、シラサギカヤツリ。花は、これまで最多3輪のみですが、葉は伸びてきて、だんだんといい感じになってきています。

Img_6814c_20210701105501  サギソウ、7月に入りましたので、これまでの経験では、そろそろ茎が伸びてくるはず。成長具合は、株によってさまざまですから、この先どうなるか、若干の不安はありますが、これだけあれば何本かは花を咲かせてくれると期待しています。

Img_6818c_20210701105501  コロナとオリンピック、もろもろ気になっています。以前、オリンピックについてはもう書かないと宣言しました(そもそも、東京でオリンピックをやる意義はないと考えていました)。しかし、やっていることがその場しのぎ。1年延期したのに、その間いったい何をしていたのか? と思えます。バブル方式もあやしい。アメリカのNBAで採用された元祖バブル方式とは似て非なるもののようです。それに私たち世代ですと、「バブルは崩壊する」ことを知っています。また、オリパラ大臣、自分の言っていることの意味が分かっているのか? と思えます。「五輪食事会場に監視員とアクリル板」は不見識で破綻が見えているという指摘もあります(こちら リンク先にも元祖バブル方式について言及されています)。都知事は、敵前逃亡したのかと勘ぐりたくなります。オリンピック、いずれにしても、コロナに限らず、問題多発で大混乱に陥るのではないかという気がしてなりません。

Img_6881c_20210701105501  まぁ、小人である私は、「閑居して不善を為す」ということにならないよう、今日は「雨読」の日に専念いたします(微苦笑)。この間から細々と進めている「久波奈名所図会」の解読作業がおもしろいのです(2021年6月19日:雨読の日は、「久波奈名所図会」の解読他)。上巻を読み進めていますが、今私が住んでいるあたりの話が書かれていますので、興味が尽きないのです。

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2021年6月28日 (月)

春日さんで「夏越しの大祓」……「九華すずめ食堂」本店は大賑わい

Img_5438c_20210628163501  台風崩れの低気圧は、北海道の東にあり、梅雨前線は南の海の上。午前中は良く晴れていましたが、昼からは雲が多くなってきました。夜は雨になるようです。いつも通り、7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、春日さん(桑名宗社)、京町、寺町商店街、御坊さん(桑名別院)、田町、宝殿町、船場町と回って、6.7㎞。ほぼ3時間。春日さんにまた行ったのは、茅の輪が設置されたとインスタに上がっていたからです。

Img_5922c_20210628163201  まずは、春日さん。土曜日に来たばかりですが……(2021年6月26日 :「九華すずめ食堂」支店に早速、来客あり……午後からはコロナワクチン2回目)。「茅の輪くぐり」というか、「夏越しの大祓」は、最近、私にとっては欠かせない行事になっています。この半年の間に、知らず知らずに被ってしまった罪や穢れがありますし、去年からは、新型コロナウイルス退散も願っていますし、何れにしましても、我が身を祓い清め、残り半年を清々しく、幸せに過ごせるように祈るのです。

Img_5961c_20210628163201 Img_5965c  毎年のこともあって、もう唱え文句もかなり暗唱しました。「水無月の夏越の祓ひする人は 千歳(ちとせ)の命 延(の)ぶといふなり」と唱えながら、8の字を書くように、左、右、左とくぐり、拝殿にお参りします。ちなみに、桑名宗社の拝殿は、向かって右に桑名神社、左に中臣神社があります。

Img_5950c_20210628163201  いきなりの余談になりますが、茅の輪くぐりをして、さぁお参りをしようと思ったら、イソヒヨドリのメスがやって来ました(微笑)。茅の輪くぐりで御利益というのもおかしな話しですが、ラッキーでした。ちなみに、土曜日にみた新しい「映えスポット」は、まだ工事は進んでいませんでした。

Img_5560c_20210628163401 Img_5592c_20210628163301  さて、話を戻しますが、九華公園までは(九華公園もですが)、鳥はほとんどいません。わずかにスズメ。ムクドリ、ドバトは最近ほとんどみないのですが、桑名七里の渡し公園にはなぜかムクドリ集団(写真は撮りません)。そこで、いきなり「九華すずめ食堂」の話へ。本店というか、一号店というか、餌を置くとすぐさまスズメたちがやって来て、ご覧のような賑わい。みていたら、多いときには10羽ほどがやって来ています。そのため、餌を置いてから25分後には、右の写真のように、ほぼ食べ尽くされてしまいました。これには、Oさんも、散歩友達のYさんも、私もビックリ。Oさん、ちょっと迷ったものの、「かわいそうだから、少しだけ追加するか」と。

Img_5465c_20210628163401 Img_5786c_20210628163201  「九華すずめ食堂」の支店の方も朝、確認すると、餌は完食されています。散歩中に見ている限りでは、スズメたちがたくさん来る様子はまだありません。知られていないのか、新奇なものですからまだ警戒されているのか、どちらかでしょう。今日はOさんが餌を置いてから、1時間近く経ってから見に行ったところ、右の写真のように、最多で4羽が来ていました。そのうち、ヒナが3羽。スズメも若い方が好奇心が旺盛なのか、それとも怖さを知らないためなのか、はたまた、「楽して食べよう」と思うのか??

Img_5606c_20210628163301 Img_5476c_20210628163401  この他、奥平屋敷跡では、今日もコゲラが見られました。ちょうど良く晴れていましたので、昨日よりははるかに綺麗に撮れています。みた印象では、若い個体のように思えます。奥平屋敷跡から二の丸跡にかかっている橋の南の堀にも電線が通っています。そこにツバメのヒナが1羽。ときどき親ツバメがエサを運んで来ています。これから、空中で餌の受け渡しをするなど、飛行訓練というか、自律訓練が始まるでしょう。

Img_5452c_20210628163401 Img_5456c_20210628163401  ツバメは、吉之丸堀の上にある電線にも来ています。左の写真は、親子。向かって右が親ツバメ。右の写真は、子ツバメの方をクローズアップしたもの。今日は、この2羽のみ。

Img_5566c_20210628170101  奥平屋敷跡の鳥小屋に来たオカメインコ(2021年6月25日:「九華すずめ食堂」に支店が開業し、鳥小屋にはニューフェースが登場)。登場して丸3日経ち、慣れてきたようです。鳥小屋内を飛び回ったり地面に降りて来て餌を拾ったりしています。

Img_5909c_20210628163201  貝塚公園では、カワラヒワのヒナ。合計4羽はいました。この他には、ヒヨドリが2羽。このところ、ヒヨドリもほとんどみません。このあと、春日さんへ。

Img_6011c_20210628163201 Img_6051c_20210628163201  春日さんから京町へ。京町Sの巣のヒナ2羽は、元気。親ツバメがせっせとエサを運んで来ます。ここには、他に2つの巣があります(1つは今年崩落、もう1つは最近使われていません)。使われていない方の巣に、親ツバメが止まっているのを目撃。ただし、営巣しようとしているのか、単に止まって休んでいたのかなどは不明。右は、京町Mの巣。今日も親ツバメが巣に就いていました。

Img_6078c Img_6094c  田町の商店にあるツバメの巣。ヒナは5羽。目は開いてきたようで、少し鳥らしくなった気がします。ときどき親が来ていなくても、「餌くれコール!」をしています(黄色い嘴を開けて、鳴き声を立ててアピール)。音が聞こえたり、何かが動いたりすると、これをする気がします。親ツバメは交代でエサを運んで来ますが、5羽のヒナがいると、餌運びも大変でしょう。

Img_5406c_20210628163501 Img_6120c  アサガオ日報。小バエが寄ってくるのを嫌がられ、ベランダの外側の方へ追いやられています(苦笑)。大きい鉢の方は、今日午後から、リング付支柱を立てました。今のところ、アサガオ4本を残しています。もうちょっと減らした方が、見栄えが良いと思いますので、さらに減らすことを考えています。種を蒔いてから2ヶ月ほどで花が咲き始めるといいますから、あと半月ほどと思われます。大きい鉢から1本を抜いて小さい鉢の方へ植え替えています。小さい鉢は、まだ育ってきていませんので、もう少し大きくなってから摘芯の予定。

Img_5985c_20210628171101  午後からは、定例受診。いつものクスリを処方してもらって来ました。こちらもコロナワクチン接種で土曜日に行ったばかり。玄関先にツバメの巣があって、ヒナ(多分、二番仔)が4羽、しばらく眺めてきました。

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2021年6月27日 (日)

上之輪新田でケリのヒナ、九華公園と貝塚公園でコゲラ……「茅の輪」は赤須賀神明社のものでした

Img_4858c_20210627143501  昨日午後、新型コロナワクチンの第2回接種を終えました。散歩友達のほとんどの方によれば、1回目よりも2回目の方が接種部位の痛みがきついという話でした。しかし、私の場合、2回目の今回の方が痛みは楽でした。昨晩から接種してもらったところはやや張った感じがしますが、少し痛いくらいで済んでいます。左側を下にして横になると、接種部位に当たってちょっと痛いなと思うくらい。左腕をあげるとやや痛みを感じますが、1回目ほどではないという状況です。個人によって違いがあるということかと思っています。これを書いているのは、丸1日を過ぎた27日の14時半過ぎ。痛みは軽いので、1回目よりも楽に過ぎそうです。

Img_4566c_20210627143501 Img_4572c_20210627143501  さて、昨日、ブロ友のひらいさんが「上之輪新田にケリのヒナがいた」と書いておられましたので(2021.06.26 食堂!)、早速見に行きました。6時45分にクルマで出発。5分弱で到着。ケリはあちこちにいました。合計10羽以上。巣は、前回来たときには2ヶ所ありましたが(2021年6月20日:河口堰にてオオヨシキリとホオジロ、上之輪新田でケリの巣2ヶ所発見【オマケ:ロバのパン屋さん】)、今日は、ひらいさんが昨日書いていたように1ヶ所しかありません。

Img_4770c_20210627143501 Img_4786c_20210627143501  巣がある(あった)エリアでは、ケリの親が警戒、威嚇の鳴き声。これは、ヒナがいるに違いないと、よくよく探したら、いました。ちょっと苦労しましたが、3羽のヒナを発見。いつも思うのですが、小さい内は、とれもケリのヒナとは思えない、かわいらしさです。

Img_4815c_20210627143501  親が呼んでいたようで、少しずつ親鳥の方に近づいていって、最終的には、親のお腹の下に隠れました。

Img_4557c Img_4688c_20210627143501  上之輪新田では、他に、カルガモ2羽とダイサギ。ダイサギまではちょっと距離があったのですが、その周囲にもケリがいました。写真には、6羽写っていますが、この左手にも3羽いたのです。

Img_4664c_20210627143501 Img_4598c_20210627145101  上之輪新田へ行くと、なぜか電車の写真を撮りたくなります(微苦笑)。私のような素人にはちょうど良い撮り鉄スポット。水田の北の端へ行くと、JR、近鉄とも線路がグッとカーブしていますから、もっと迫力のある写真が撮れそうです。いつか試してみましょう。

Img_4551c_20210627143501  7時半を過ぎて、いったん戻って、クルマを駐車場に入れ、いつものように徒歩にて散歩。上之輪に行く頃は晴れていたものの、この頃には曇ってきました。住吉神社、九華公園、赤須賀神明社、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、南魚町、田町、桑名七里の渡し公園。合計6.3㎞。

Img_5194c_20210627143601 Img_5184c_20210627143601  まずは、こちら。昨日、鎮国守国神社でつくられていた「茅の輪」は、ここ赤須賀神明社で使うものだったようです。鎮国さんの宮司さんが赤須賀神明社も兼務しておられるのです。残念ながら、まだ「茅の輪くぐり」はできないようになっていました。

Img_4907c_20210627143501  今日も、散歩コースでは鳥は少なく、サッサと歩けます(苦笑)。九華公園までで見たのは、スズメ、ムクドリ、カワラヒワと相変わらず。九華公園・奥平屋敷跡の「九華すずめ食堂」本店。昨日、ひらいさんもご覧になったそうですが、10時半には「完食」だったそうです。Oさんが餌を置いてから2時間足らず。「モーニングサービス専業」といった感じ。

Img_4947c_20210627143501 Img_5140c_20210627143601  朝日丸跡の「九華すずめ食堂」支店。Oさんが、止まり木を追加するとともに、支えの板を黒く塗っておられました。ちなみに、昨日は、お客はあまりいませんでしたが、Oさんがいらしたときには、完食されていたそうです。予想外に早く、スズメたちに知られたようです。ただし、今日、私が、前後2回、合計20分あまり見ていた範囲では、下に落ちたエサを拾いに来たスズメばかりでした。

Img_4917c_20210627143601 Img_4986c_20210627143601  今日は、珍しく、奥平屋敷跡でコゲラの鳴き声。追いかけていったら、二の丸跡でキャッチできました。九華公園でコゲラを見たのは、久しぶり。吉之丸堀の上空の電線には、今日も巣立ってきたツバメのヒナが集合。たぶん2組。4羽と3羽。曇天であまりきれいには撮れません。

Img_5058c_20210627143601 Img_5099c  この間も冗談半分に書きましたが、最近は「スズメ写真家」(苦笑)。神戸櫓跡と辰巳櫓跡の間のベンチで休んでいると、スズメがよく寄って来ます。持ってきたパン屑を与えると、くわえてちょっと離れたところへ移動して食べます。左右の写真で、ヒナは同じ個体。時分で食べられるのに、親からももらっています(笑)。

Img_5274c_20210627143601  赤須賀神明社に立ち寄ったあとで貝塚公園へ。ここでもコゲラの鳴き声がしていました。半分枯れたような木で、移動しながら幹をつついていました。後ろ姿の写真ばかりでしたが、中にこんなものも。幼いコゲラのような印象があります。

Img_5292c_20210627143701 Img_5298c_20210627143701  京町Sのツバメの巣。2羽のヒナが元気。かなり成長してきて、ツバメらしさが見えてきました。親ツバメがやって来ると、右の写真のように、それぞれ猛アピール。黄色の嘴も精一杯開けていますし、目も見開いているような気がします。

Img_5280c  京町Mの巣では、今日も親ツバメがマジメに巣に就いています。

Img_5352c_20210627143701 Img_5377c_20210627143701  田町の商店にあるツバメの巣。ヒナはやはり5羽でした(左の写真でお分かりになります)。ここでもちょうど親ツバメが2羽続いて、エサを運んで来ました。餌やりシーンは撮れませんでしたが、「記念写真」(微笑)。ヒナたち、まだ目は完全には開いていない感じです。

Img_5325c_20210627143701  冒頭に書きましたように、新型コロナワクチンの接種は、お陰様でどうやら無事に終えられたと言えそうです。しかし、昨日の記事にも書きましたように、これでオールマイティではありませんので、引き続き感染予防はきちんとしなければなりません。今週は、水曜日にいつものように江戸橋での仕事。この日は、「傾聴の演習」をする予定。木曜には、早くも7月に入ります。散歩友達のWさんと、今朝、「もう今年も残すところあと6ヶ月と言えますねぇ」などと話していました(笑)。ワクチン接種に行ったばかりですが、常用薬が切れますから、できれば週の前半には定例の受診に行かねば。

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