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2023年1月24日 (火)

20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(その3)……山除川沿いの地蔵尊、天白神社から国道258号線を渡って杉生神社にお参りし、石津駅にゴールで「完」

Tado3  1月21日にってきた美濃街道ウォーキング「多度~石津」の本編その3です。その2では、願超寺まで来ました。その前に訪ねた御鍬神社は、標高約45mでしたが、一気に下って、願超寺あたりでは標高は8mほど。願超寺を過ぎると山除川に出ます。しばらくこの川沿いに北上して、途中、子安・延命地蔵尊と、天白神社に立ち寄ります。

Img_9335c_20230121184901 Img_9368c_20230121184901  こちらは、願超寺から山除川沿いに出たあたり。川の名前をなんと読むのか疑問だったのですが、表示板がありました。「やまよけがわ」でした。海津市南濃町太田から松山を経て、三重・岐阜県境をなし、県境付近でUターンして揖斐川に注ぐ川です。ネットで調べると、バス釣りのポイントがあると出て来ます。

Img_9352c_20230123074001 Img_9400c_20230121184901  護岸がコンクリートやブロックで固められているところも多いのですが、上流方向に進むにつれ、昔のままの土になっているところもありました。春や夏になると、いろいろな生き物が見られそうです。カルガモ、キンクロハジロ、オカヨシガモ(と思われる)などカモも何種類か見ましたし、同級生K氏はカワセミが飛んだといっていました。

Img_9343c_20230121202701  Img_9346c_20230123074201 スタートから5㎞のところ、山除川の右岸に地蔵堂があります。「子安・延命地蔵尊」で、傍らの石柱には「四國第十九番立江寺子安延命地蔵尊」と刻まれています。立江寺は、四国八十八箇所巡りの19番札所。ここから勧請したものなのだろうと思います。立江寺は、聖武天皇の勅願寺で、天平19(747)年に行基菩薩が光明皇后のご安産の念持仏として、勅命により「延命地蔵尊」を本尊として建立開基した寺です。

Img_9341c_20230123075001  山除川沿いには立ち寄りポイントは少ないのですが、キョロキョロしているといろいろなものが目に入ります。「庭園都市 海津市」という看板があります。「庭園都市」とはなかなかのキャッチフレーズと思って調べたら、平成17(2005)年3月28日、海津町、平田町及び南濃町の3町が合併して「海津市」が誕生することに伴い、海津市の将来像に「光と風と水のふれあい庭園都市」を掲げたようでした(こちら)。

Img_9358c_20230123075401 Img_9365c_20230121184901  山除川には、こんな昔風の橋も残っていました。「石津橋」で、昭和28年12月竣工とありました。われわれが子どもの頃、故郷の小さな川にもこういう橋がたくさんかかっていました。ちなみに、この石津橋には、下流側にライブカメラが設置されています(こちら)。山除川、石津橋、さらにこの東にある三切池が見えます。

Img_9375c_20230121184901 Img_9393c_20230121184901  地蔵尊からさらに1㎞ほど歩くと、やはり山除川から少し西に入ったところに天白神社があります。ご祭神は、天白神。創立は不詳ですが、社殿にある棟札には「宝永4(1707)年6月22日奉造営天白大明神」とあり、これ以前に創立されたと考えられます。一説には、三重県員弁郡藤原から遷したといいます。天白神は、海や川を鎮める神様とされます。

Tado4  天白神社の先で国道258号線を超えます。スタートから7㎞。ここからコースマップはその4へ。もうゴールは目と鼻の先ですが、石津駅の手前で杉生神社に立ち寄ります。

Img_9414c_20230121203701 Img_9410c  国道258号線太田交差点。交差点の手前の美濃街道沿いに、右の標識があります。「桑名16㎞ 大垣23㎞」と書かれています。大垣まではかなり距離があると思っていましたので、けっこう近いものなのだなというのが、この標識を見たときの印象。

Img_9431c_20230121184901  最後の立ち寄り先である杉生(すぎお)神社。南側の参道が、社の正面ですから、こちらが表参道と思います。御祭神は、須佐之男命。創建年月は不詳ですが、この郷は元多芸郡河戸庄太田郷と称し、建久元(1190)年、当時上野河戸に居を構えた平家の士・河戸七郎が社殿を造営したといいます。ちなみに、河戸七郎については、次のようなエピソードがあります。海津市南濃町上野河戸にかつて、平治元(1159)年頃、河戸七郎によってつくられた河戸城(こうずじょう)という城がありました。河戸城は河の関所と呼ばれて、かなり重要視されていたそうです。その守りを任されていた河戸七郎は、平家の者でありながら平治の乱では、敗れて柴船に乗って落ちてゆく源義朝(源頼朝の父)を、調べもせずに見逃してやったといいます。そのため、建久4(1194)年、源頼朝が平氏の残党を追悼した際、河戸七郎は見逃されています。この話、どこかで聞いたぞと思ったら、去年11月5日に参加したJRさわやかウォーキング「地酒と文化に触れる蟹江町散策」で訪ねた源氏塚公園でのエピソードとつながりました(2022年11月5日:20221105JRさわやかウォーキング「地酒と文化に触れる蟹江町散策」(一回完結))。源氏塚公園のあたりは、平安時代の末期ころは海だったそうです。平治元(1159)年、平治の乱で平清盛に敗れた源義朝一行が、東国に落ちに延びる折、美濃の国⻘墓(現在の大垣市⻘墓)から養老、荷の上を通り、内海の庄野間へ船で向かう途中、ここにあった⼩島にしばし船を⽌め休息し、蟹江の漁⺠のもてなしを受け、漁船により内海に送り届けられたという話。

Img_8359  さらなる余談。河戸城は、海津市にある日本武尊の杖衝坂あたりにあったそうです。杖衝坂といえば、四日市市采女と思っていたのですが、このあたりにもそういう話があったとは、まったく知りませんでした。海津市南濃町上野河戸にも「日本武尊の杖衝坂」があると伝わっています。海津市のWebサイトの説明では、日本武尊の杖衝坂とは、日本最古の歴史書「古事記」に日本武尊が伊吹山で冷たい氷雨に合い重病になり、養老山地の東側にあった伊勢街道を通って故郷・大和国に帰る途中、このあたりが急な坂道だったので杖にすがりつきながらあえぎあえぎ進んだという言い伝えのある場所だとなっています。南濃町上野河戸は、養老鉄道美濃山崎駅の北西にあります。次のときにできれば立ち寄ることにしましょう。写真は、こちらからお借りしました。

Img_9453c_20230121184901  杉生神社の話に戻ります。上述のように、平治元年頃、河戸七郎によってつくられたとされますが、元々は、太田郷総社と言われましたが、度重なる戦乱や水害等によって記録は少なく、わずかに残る棟札等に「元久元暦甲子卯月(1204年)」「永録元年戊午葵月(1558年)」等の年号が記されているといいます。

Img_9461c_20230123083101 Img_9464c_20230123083101  境内には、八幡神社(ご祭神:誉田別命(応神天皇))、春日神社(ご祭神:建御賀豆智神外三柱神)、住吉神社(ご祭神:上筒男神外二柱神)、津島神社(ご祭神:素盞男命)、山神神社(ご祭神:大山祇神)も祀られています。

Img_9483c_20230123083801  こちらは、「柑橘翁伊藤東太夫碑」。明治10(1877)年、みかん苗木200本余りを和歌山より購入し、急斜面を開墾してミカン園をつくり、同村石津地区の特産となる南濃みかん栽培の基礎を作ったのが、伊藤東太夫(弘化3(1846)~大正6(1917)年、明治~大正時代の殖産家)。その業績を讃える石碑が、大正9(1920)年、地元有志により、杉生神社境内に建立されたものです。伊藤は、ここ美濃太田村の庄屋から太田戸長となりました。

Img_9515c_20230121184901 Img_9508c_20230123084301  東参道には、ケヤキの大木があり、ご神木になっています。岐阜県天然記念物にも指定されています。樹齢800年以上といい、樹高約25m、根元幹周囲約6.2m。このほか、海津市天然記念物のヒトツバタゴ(通称、ナンジャモンジャ)もあったのですが、見逃しました。余談ですが、東参道から杉生神社にお参りするには、養老鉄道の踏切を渡っていかなければなりません。養老鉄道沿線の寺社には、こういうところがたくさんあります。寺社があるところに鉄道を後から通したということです。

Img_9527c_20230121185001 Img_9556c_20230121205001  ゴールの養老鉄道石津駅には、12時半少し前に到着。多度駅からは2駅。7.8㎞を3時間あまりで歩いた計算(途中、八幡神社で小休止しましたから)。12時34分発の桑名行き普通に乗車。桑名には、12時58分着。¥420。

Dsc_6985c Img_9578c_20230121185001  今日は途中、食堂も、コンビニも1軒もないルートでした。弁当を買っていってどこかで食べようかとも思ったのですが、寒風吹きすさぶ中、冷えた弁当を食べるのもどうかということで、結局、昼食は、桑名に着いてから。何回か行った目利きの銀次に行こうと思ったら、営業していません。そこで、桑名一番街にあるエンシュウヤで、日替わりランチ。¥750。昭和の雰囲気が残る店で、賑わっていました。

Screenshot_20230121141025c  Google Fitによるこの日のトータルの歩行距離と歩数。11.9㎞は、過大評価のような気もします。歩数は、18,773歩ですが、「からだメイト」で見ると20,000歩を超えていました。今日のハイライトは、「ブッシュ・ウォーキング」だなぁと同級生K氏と話していました。

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2023年1月23日 (月)

20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(その2)……柚井遺跡、難儀した「ブッシュ・ウォーキング」を経て八幡神社、御鍬神社から願超寺へ

Tado2 1月21日に出かけた美濃街道ウォーキング「多度から石津」の本編その2です。その1では、多度駅をスタートし、空念寺と宇賀神社を回ってきました。その2では、NTN多度製作所の先にある柚井遺跡を眺めた後、「ブッシュ・ウォーキング」を経て、県境を越え、岐阜県海津市へ。海津市南濃町松山あたりで八幡神社、御鍬神社さらに願超寺と回ります。

Img_9156c_20230121184701  スタートから2.2㎞ほど、NTN多度製作所の南で美濃街道は左折します。その先に、柚井(ゆい)遺跡。昭和3(1928)年、耕地整理の際、木簡が出土しています。日本で最初に見つかった木簡です(くわな史跡めぐり)。ほかに、「萬」「福」などの吉祥句を書いた墨書土器も多く、近隣の多度神社及び多度山と関係する祭祀品一括と考えられています。木簡の材質は杉材と思われ、上端と下端に切り込みをもつ典型的な付札木簡で、「櫻樹郷守部春□□□籾一斛」の墨書があるそうです。この向こうの堤防に伊勢国と美濃国の国境を示す石柱があるそうです。「くわな史跡めぐり」によれば、伊勢国側の堤防の中央部に15㎝ほど突き出た石柱があるといいます。江戸時代に堤防の高さをめぐる争いがあり、伊勢国側の堤防の高さを制限する定杭とされます。場所が、わかりにくそうでしたのでパスしてしまいました。

Img_9160c_20230121184701 Img_9164c_20230121184701 柚井遺跡の先にある三叉路で、美濃街道は向かって左の道をたどります。当初、勘違いをして向かって右が美濃街道と思い込んだのですが、前日にGoogleマップを見ていて、勘違いに気づいた次第。左の道に入ってすぐのあたりには、紅梅がたくさん咲いていたりして、いいところだななどと話していました。

Img_9175c_20230122164101  家畜の飼育でも行っていたと思われるところの片隅に、小さな地蔵堂。背後には、飼料を保管していたと思われる大きな容器が残っています。

Img_9180c_20230121184801 Img_9192c  ここまではよかったのですが、この先でとんでもない事態が待ち受けていました(爆)。勝手に同級生K氏を登場させましたが、「ブッシュ・ウォーキング」でした。200mあまりでしたが、最近はほとんど人が通っていないような印象。右はここを通り抜けたあと、振り返ってみた写真。トゲのあるつる性の植物も多くて、まさに難儀しました。

Bush1c Bush2c  そういえば、Googleのストリート・ビューを見たとき、こんな画像が載っていました。左の画像は、2021年12月とあり、しばらく前だから大丈夫かと思ってしまったのです(これ、「正常性バイアス」の一種だったかも知れません)。右の画像は、その先のあたり。ただし、こちらは2013年1月の画像でした。2021年にはこの先、ストリート・ビューの撮影ができなかったということなのでしょう。丁寧に確認しておけばよかった。

Img_9229c_20230121184801 Img_9246c_20230121184901  ブッシュを乗り越え、スタートから3㎞を過ぎると、三重・岐阜県境を越えます。この先、標高数mくらいから40mほどを登る、かなりキツい坂みちになります。その途中に八幡神社。ご祭神は、応神天皇。創立は不詳であるものの、300年以上前と考えられています。1時間半ほど歩いてきましたので、ここで20分ほど小休止。境内には、五穀神社と、山神神社があります。ちなみにこの八幡神社あたりで、標高は36m(キョリ測による)。

Img_9268c_20230122170801  八幡神社のすぐ裏手で美濃街道は右折し、もう少し登っていきます。この写真のあたりが、この日の最高地点。標高45mほどのところ。東側(向かって右)は、なだらかな斜面になっていて、眺望がよく利きました。西側(向かって左)は、養老の山並み。多度山の北側になります。

Img_9261c_20230121184901 Img_9264c_20230121184901  東を眺めた写真。かなりズームアップしてとっていますが、左の写真の中央には、木曽御嶽山が見えます。右は、名古屋方面。名駅前の高層ビル群などがよく見えています。

Img_9273c_20230122171101 Img_9277c_20230122171101  同じあたりから広角21mmで撮ると、こんな景色が見えます。揖斐川、長良川から濃尾平野が一望できるのです。

Img_9304c_20230122171301 Img_9293c_20230121184801  さらに進み、スタートから4㎞を過ぎたところに御鍬神社。鳥居は、神社から東に下ったところにあります。元は、松山村下組の氏神だったのですが、ここのすぐ北にある諏訪神社が創立されたときに創立されたといいます。

Img_9287c_20230121184801  社頭には、この写真のような由来が書かれた案内板がありました(下記の引用の通り)。神亀元(724)年、聖武天皇が養老に行幸されたとき、天皇の御後にが安産なさったことに由来するといいます。この神亀元年に聖武天皇は、元正天皇から譲られて即位し、天平感宝元(749)年、娘の阿倍内親王(のちの孝謙天皇)に譲位するまで26年間在位。聖武天皇は、天平12(740)年10月に伊勢へ行幸。11月に美濃国多度山の美泉をご覧になり、不破郡の宮処寺・曳常泉・美濃国府・不破関を巡幸されたといいますが、神亀元年に美濃国に行幸されたかどうか、私が調べた限りでは不明。ちなみに、元正天皇は、霊亀3(717)年9月、近江国を経て美濃国当耆郡(多芸郡)にいたり、多度山の美泉を見、駕に随う国司らに物を与え、不破・当耆・方県・務義諸郡の百姓に減税などの恩恵を施した。同年11月には詔勅を出し、この多度山の美泉について、病が癒えるなどの効験が大きく、これは大瑞であると述べ、養老への改元を布告しています。

 さらに、下記の引用中、「御後」ということばがあります。これもよく分かりません。「後(あと)」を調べると、コトバンクに「後妻。のちぞい」という意味が載っています(精選版 日本国語大辞典)。聖武天皇は藤原不比等の娘光明子を妃としたこと、また、県犬養広刀自を夫人としたことが「朝日歴史人名辞典」に載っていますが、よく分かりません。聖武天皇が神亀元年に養老に巡行されたかなどについて詳しい方がいらっしゃれば、ぜひともご教示くださるようお願いいたします。

 奈良朝時代(紀元724年)神亀元年第45代聖武天皇が、養老の霊泉へ行幸の途路、天皇の御後がこの地に於いて安産なされた。

 (旧暦8月12日)このとき湯をいやために御後が鍬にて泉を掘られ召し上がられたるところ、神秘的に母乳が豊となり慈後の、お肥立ちも健やかなるを拝し付近住人、その鍬を拝領し御霊として、御鍬神社を興し信仰を高めた、その御神徳は、古くより五穀豊穣家内安全の、乳神様として、その霊験灼かなることが知られ遠近をとわず母乳不足の婦人が参詣されるようになり、以来氏子と崇敬し居る社なり、ほかに同境内に八幡神社、及び山の神社も併せてお祭りされ、春夏秋冬を通して、郷土一帯の山川を治め賜ふ御社として鎮座されてゐる。

Img_9331c_20230121184801Img_9317c_20230121184801  御鍬神社から東へ下ったところに松壽山願超寺。真宗大谷派のお寺。ここもいろいろとネットで調べたものの、詳しいことは分かりませんでした。

Img_9320c_20230121184801  このお寺にも見事なロウバイが咲いていました。この日歩いたコースのあちこちでロウバイが咲いていました。この寒い時期、花が少ないので、ロウバイの花は目を楽しませてくれます。

Img_9308c_20230123072501  願超寺付近で見た民家の石積み。さほど大きくない石を丁寧に積んであります。コンクリートやモルタルなどはほとんど使ってありませんので、かなり昔のものと思われます。ここまで、傾斜地に建つお宅や、ミカン畑など、こうした石積みがあちこちで見られました。願超寺から東に進み、山除川沿いを歩いて行きますが、それは、その3にてということで、その2はここまで。

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2023年1月22日 (日)

20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(その1)……多度駅をスタートし、空念寺と宇賀神社へ【空念寺について追記(1/29)】

 1月21日に行ってきた美濃街道ウォーキング「多度から石津」の本編その1です。一般に美濃街道とは、尾張の東海道宮宿と美濃の中山道垂井宿をつなぐ脇街道のことをいいますが(こちらは「美濃路」とも呼ばれています)、江戸時代には、桑名から長良川に沿って美濃へと通じる街道を美濃街道と呼んでいました。美濃街道は、すでに桑名から多度までは歩きましたが、その先は未踏(2021年2月27日:20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完)、2021年3月14日:20210314勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(下深谷~多度)」(完))。同級生K氏と話し合い、今年は、美濃街道で養老まで行き、そこから養老街道、美濃路を経て大垣まで歩こうということになり、今日がその第1回。桑名市多度町から海津市石津町までを歩いてきました。今回は、その予告編。なお、美濃街道は、美濃国では伊勢街道あるいは桑名街道と呼ばれたようです。

Tado0  こちらは歩いたコースの全体図。養老鉄道多度駅から石津駅まで、現地で歩いたのは、7.8㎞ほど。多度川にかかるみどり橋まではこれまでに歩きましたから、ここが実際にはスタート地点。空念寺、宇賀神社、柚井遺跡、八幡神社、御鍬神社、願超寺から山除川沿いを北上。子安・延命地蔵尊、天白神社と周り、石津駅の手前で杉生神社に立ち寄ってゴール。

Img_9026c_20230121184601 Img_9015c_20230122062701  桑名駅を8時45分に出る大垣行きに乗車。今日のスタートである養老鉄道多度駅には、8時58分着。¥310。そういえば同級生K氏が最初に近鉄ハイキングに行ったのは、この駅から細川酒造を訪ねるハイキングでした(2020年1月26日:20200126近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 細川酒造の銘酒『上げ馬』と多度大社・追儺祭」へ……祝ご当選!でめでたく「完」)。

Tado1  詳しいコースマップその1。多度駅の来たから小山の尾津神社の前を経てみどり橋へ。もちろん江戸時代には、橋はかかっていません。ここまで前回(2021年3月14日)、来ていますので、ここがこの日の実際のスタート地点。橋を渡って養老鉄道の高架をくぐって空念寺。西に向かい、いったん美濃街道からはずれ、宇賀神社にお参り。街道に戻って北上。NTN多度製作所の先で美濃街道は左折していきます。

Img_9042c_20230121184701 Img_9045c_20230121184701  多度川にかかるみどり橋です。三重県では「みえの歴史街道」というサイトがあり、県内の街道についての詳しい情報があります。多度までは美濃街道の詳しい情報がありますが、多度から先はいろいろと調べたものの、美濃街道についての情報はネットではあまり載っていません。岐阜県に入ってからのルートを特定するのにもかなり苦労しました。また、たとえば「美濃街道(美濃国での伊勢街道)を歩いた」というブログにも行き当たりませんでした。その意味では、美濃街道(伊勢街道)を歩くのは、かなりオリジナリティが高いかも知れません。

Img_9075c_20230122064101 Img_9072c  養老鉄道の高架をくぐって空念寺に向かうところにこのような立派な長屋門のあるお宅がありました。前回の美濃街道ウォーキングで見てきた西田家住宅に似た作りのお屋敷です(2021年3月14日:20210314勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(下深谷~多度)」(完))。西田家は、戸津村の庄屋を代々世襲されたお宅です。こちらもそういうお宅かと思うのですが、詳細は不明。多度町内、あちこちのお宅でロウバイがよく咲いていました。

Img_9096c_20230121184701 Img_9089c_20230121184701  般若山空念寺。真宗大谷派のお寺。元来は天台宗の聖徳山空然寺として多度山中にあったという伝承を持つといいます。山中より当地に下りて後、顕如上人により浄土真宗に改宗して現在に続いています。本堂余間に蓮如上人の木像を奉安しています。また、外陣狭間には中国の二十四孝(24の孝行話)の故事を題材にした装飾彫刻(江戸時代)を掲げるそうです。

Img_9093  空念寺で目を引いたのは、本堂に向かって右手にある建物(書院でしょうか)の2階部分。左の写真で中央に写っています。花頭窓(火灯窓とも)があります。長島の願證寺(真宗本願寺派)でも同じものを見ています(2022年12月26日:20221223長島ウォーキング(本編その2)……正敬寺、花林院、善明寺、蓮生寺、明治の東海道道標、又木神明社、願證寺、深行寺から水辺のやすらぎパーク・旧久我屋敷へ)。

Img_9099  空念寺の先で美濃街道は右折して、北に向かいます。そこに宇賀神社の一の鳥居。ここは、多度山への登山口の一つにもなっています。オレンジ色の看板に「入り口 多度山上公園/自然教室・水郷展望ハイキングコース」と大書されています。一昨年10月、多度山に登ったときも、ここから入って行きました(2020年10月14日:20201014勝手に養老鉄道ハイキング「多度山に登ろう」)。

Img_9131c_20230121184701 一の鳥居から西へ200mほど行くと、宇賀神社があります。美濃街道からは少しはずれますが、立ち寄っていきます。元々は、有力者を祀っていたのが、後に農耕神として宇迦之御魂神を祀るようになったといわれています。正面にはシイの巨木群があります。主祭神は、宇賀御魂神。相殿神は、大山津見神火之迦具土神、火之夜芸速男神、火之炫毘古神(以上の2神は、火之迦具土神に同じ)、表筒男神、中筒男神、底筒男神(以上の3神は、いわゆる住吉大神)、大己貴命少彦名命。住吉大神が祀られているということは、このあたり、昔は舟運で栄えたのかも知れません。

Img_9109c_20230121184701  古くは「天田社」といい、天田はあがたの訛ではないかとされています。「県の神」として農耕神を祀り五穀豊熟を祈つた社ではなかったかと推測されるのです。延喜式内社で明治43(1910)年、境内、区内の神々を合祀し、現在の宇賀神社となっています。大正年間に村社より郷社に昇格したのですが、遠く、仁寿元(851)年すでに神階正六位に叙せられています。農事、山と火の安全、舟便、医薬の神として崇められているといいます。地元では、「椎の宮さん」と呼ばれているそうです。

Img_9109c_20230122072801 Img_9121c_20230122072801  ちなみに、正面にシイの巨木群があります。拝殿の前にも、ご覧のように巨木が立っています。教育委員会による「シイの巨樹からなる宇賀神社の森」という説明板もありました。

Img_9135c_20230121184701 Img_9140c_20230121184701  宇賀神社の近くで、白梅が咲き始めていました。日当たりのよいところです。右の写真は、宇賀神社から美濃街道に戻ったあたり。これからこの北の方角に歩いて行きます。その1は、ここまで。その2は、柚井遺跡から。

【追記(1/29)】空念寺で興味を持った建物(書院?の2階部分)は、形としては、太鼓楼に似ています。真宗系のお寺にはよくあるそうです。

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2023年1月21日 (土)

20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(予告編)

 気温は8.7℃と低く、風も強かったものの、天候には恵まれましたので、予定通り、美濃街道ウォーキング(多度~石津)に行ってきました。一般に美濃街道とは、尾張の東海道宮宿と美濃の中山道垂井宿をつなぐ脇街道のことをいいますが(こちらは「美濃路」とも呼ばれています)、江戸時代には、桑名から長良川に沿って美濃へと通じる街道を美濃街道と呼んでいました。美濃街道は、すでに桑名から多度までは歩きましたが、その先は未踏。同級生K氏と話し合い、今年は、美濃街道から養老街道、美濃路を経て大垣まで歩こうということになり、今日がその第1回。桑名市多度町から海津市石津町までを歩いてきました。今回は、その予告編。なお、美濃街道は、美濃国では伊勢街道あるいは桑名街道と呼ばれたようです。

Tado0  こちらが今日歩いたコース。養老鉄道多度駅から石津駅まで、現地で歩いたのは、7.8㎞ほど。多度川にかかるみどり橋まではこれまでに歩きましたから、ここが実際にはスタート地点。空念寺、宇賀神社、柚井遺跡、八幡神社、御鍬神社、願超寺から山除川沿いを北上。子安・延命地蔵尊、天白神社と周り、石津駅の手前で杉生神社に立ち寄ってゴール。

Img_9026c_20230121184601  桑名駅を8時45分に出る大垣行きに乗車。今日のスタートである養老鉄道多度駅には、8時58分着。¥310。そういえば同級生K氏が最初に近鉄ハイキングに行ったのは、この駅から細川酒造を訪ねるハイキングでした(2020年1月26日:20200126近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 細川酒造の銘酒『上げ馬』と多度大社・追儺祭」へ……祝ご当選!でめでたく「完」)。

Img_9042c_20230121184701 Img_9045c_20230121184701  多度川にかかるみどり橋です。以前、桑名から多度まで美濃街道を歩いたときのゴールがここでした。三重県では「みえの歴史街道」というサイトがあり、県内の街道についての詳しい情報があります。多度までは美濃街道の詳しい情報がありますが、多度から先はいろいろと調べたものの、美濃街道についての情報はネットではあまり載っていません。「美濃街道(美濃国での伊勢街道)を歩いた」というブログにも行き当たりませんでした。

Img_9089c_20230121184701 Img_9096c_20230121184701  多度川を越えてまずは、般若山空念寺。真宗大谷派のお寺。元来は天台宗の聖徳山空然寺として多度山中にあったという伝承を持つといいます。山中より当地に下りて後、浄土真宗に改宗して現在に続いています。本堂余間に蓮如上人の木像を奉安しています。また、外陣狭間には中国の二十四孝(24の孝行話)の故事を題材にした装飾彫刻(江戸時代)を掲げるそうですが、それは見られません。

Img_9131c_20230121184701 Img_9109c_20230121184701  空念寺の西には宇賀神社。多度山登山口に位置します。2020年に多度山に登ったとき、参拝しています(2020年10月14日:20201014勝手に養老鉄道ハイキング「多度山に登ろう」)。創祀並に由緒については不詳。式内社。濃尾平野を見下ろすあたりにあります。主祭神は、宇賀御魂神。相殿神は、大山津見神、火之迦具土神、火之夜芸速男神、火之炫毘古神(以上の2神は、火之迦具土神に同じ)、表筒男神、中筒男神、底筒男神(以上の3神は、いわゆる住吉大神)、大己貴命、少彦名命。正面にシイの巨木群があります。

Img_9135c_20230121184701 Img_9140c_20230121184701  宇賀神社の東で、白梅が咲いていました。日当たりのよいところ。右の写真は、宇賀神社から美濃街道に戻ったあたり。これからこの方角に歩いて行きます。

Img_9156c_20230121184701  NTNの多度製作所の先に柚井遺跡。昭和3(1928)年耕地整理の際、木簡が出土しています。確か日本で最初に見つかった木簡だったと思います「萬」「福」などの吉祥句を書いた墨書土器も多く、近隣の多度神社及び多度山と関係する祭祀品一括と考えられています。材質は杉材と思われ、上端と下端に切り込みをもつ典型的な付札木簡で、「櫻樹郷守部春□□□籾一斛」の墨書あるそうです。この向こうに伊勢国と美濃国の国境を示す石柱があるそうですが、わかりにくそうなのでパス。

Img_9160c_20230121184701 Img_9164c_20230121184701  この先で道が二股に分かれています。向かって左が美濃街道。グーグルのストリートビューで予習したとき、細い道でけっこう雑草が繁っているのを見たのですが、何とか行けそうでしたのでそちらに進みます。すぐのところには紅梅も咲いていて、気楽に歩いていたのですが……。

Img_9180c_20230121184801 Img_9192c  その先で、とんでもないことに(爆)。勝手に同級生K氏を登場させましたが、「ブッシュ・ウォーキング」でした。200mあまりでしたが、最近はほとんど人が通っていないような印象でした。右はここを通り抜けたあと、振り返ってみた写真。トゲのあるつる性の植物も多くて、まさに難儀しました。

Img_9229c_20230121184801 Img_9246c_20230121184901  柚井遺跡の先で県境を越え、岐阜県に入ります。岐阜に入ってすぐ、八幡神社。ご祭神は、応神天皇。創立は不詳であるものの、300年以上前と考えられています。ここで小休止。

Img_9261c_20230121184901 Img_9264c_20230121184901  八幡神社から坂道を上り、本日の最高地点を過ぎると、御鍬神社に至るのですが、そこから東の眺望が素晴らしい。今日の最高地点で、「キョリ測」によれば、標高約45mほど。木曽御嶽山や、名古屋駅前の高層ビル群がよく見えます。

Img_9287c_20230121184801  御鍬神社です。Img_9284c_20230121184801 元は、松山村下組の氏神だったのですが、ここのすぐ北にある諏訪神社が創立されたときに創立されたといいます。右の写真にあるように、神亀元(724)年、聖武天皇が養老に行幸されたとき、天皇の御後にが安産なさったことに由来するといいます(ただし、聖武天皇が養老に行幸されたのが史実かどうかは、不明)。本編を書くまでにもう少し調べることにします。

Img_9317c_20230121184801 Img_9331c_20230121184801  御鍬神社から東に下ると、松壽山願超寺。真宗大谷派のお寺。ここもいろいろとネットで調べたものの、詳しいことは分かりませんでした。

Img_9320c_20230121184801  願超寺の境内に咲いていたロウバイ。今日歩いたコースのあちこちでロウバイが咲いていました。この寒い時期、花が少ないので、ロウバイの花は目を楽しませてくれます。

Img_9335c_20230121184901 Img_9368c_20230121184901  願超寺からすぐに山除川沿いに進みます。なんと読むのかと思ったら、途中、右のような看板があり、「やまよけがわ」と判明。先ほど触れた諏訪神社に大楠があったのですが、通り過ぎてしまい、戻るとしたら500m。ちょっとなぁということで、断念。

Img_9343c_20230121202701  養老鉄道美濃松山駅の西を通って、地蔵尊。「子安・延命地蔵尊」とあります。傍らに「四国第十九番札所立江寺延命・子安地蔵尊」という石碑が建っています。立江寺は、四国八十八箇所巡りの19番札所。ここから勧請したものなのだろうと思います。

Img_9400c_20230121184901  山除川は、ところどころで護岸が昔のままの土でした。いい感じです。川には、カルガモ、キンクロハジロ、オカヨシガモなどたくさんのカモがあちこちにいましたし、同級生K氏はカワセミが飛んでいたといいます。

Img_9375c_20230121184901 Img_9393c_20230121184901  6㎞を過ぎて、天白神社。ご祭神は、天白神。創立は不詳ですが、社殿にある棟札には「宝永4(1707)年6月22日奉造営天白大明神」とあり、これ以前に創立されたと考えられます。一説には、三重県員弁郡藤原から遷したといいます。

Img_9410c Img_9414c_20230121203701  この先で国道258号線を横断します。太田交差点。その手前に左の標識。桑名からは16㎞、大垣までは23㎞。大垣までも、けっこう近いなというのが、この標識を見たときの印象。

Img_9431c_20230121184901 Img_9453c_20230121184901  石津駅の手前に杉生(すぎお)神社。御祭神は、須佐之男命。創建年月は不詳ですが、この郷は元多芸郡河戸庄太田郷と称し、建久元(1190)年当時上野河戸に居を構えた平家の士河戸七郎が社殿を造営したといいます。

Img_9478c_20230121184901  境内には摂社末社もいくつかありました。こちらは、「柑橘翁伊藤東太夫碑」。明治10(1877)年、みかん苗木200本余りを和歌山より購入し、南濃みかん栽培の基礎を作ったのが、伊藤東太夫で、その業績を讃える石碑。大正9(1920年)地元有志により、杉生神社境内に建立されたものです。

Img_9515c_20230121184901  境内にはケヤキの大木があり、ご神木になっています。岐阜県天然記念物にも指定されています。樹齢800年以上といい、樹高約25m、根元幹周囲約6.2m。余談ですが、杉生神社にお参りするには、養老鉄道の踏切を渡っていかなければなりません。養老鉄道沿線の寺社には、こういうところがたくさんあります。寺社があるところに鉄道を後から通したということです。

Img_9556c_20230121205001 Img_9527c_20230121185001  養老鉄道石津駅には12時半少し前にゴール。多度駅からは2駅。7.8㎞を3時間あまりで歩いた計算(途中、八幡神社で小休止しましたから)。12時34分発の桑名行き普通に乗車。桑名には、12時58分着。¥420。

Img_9578c_20230121185001 Dsc_6985c  今日は途中、食堂も、コンビニも1軒もないルートでした。昼食は、桑名に着いてから。何回か行った目利きの銀次に行こうと思ったら、営業していません。そこで、桑名一番街にあるエンシュウヤで、日替わりランチ。¥750。

Screenshot_20230121141025c  Google Fitによる今日のトータルの歩行距離と歩数。11.9㎞は、過大評価のような気もします。歩数は、18,773歩ですが、「からだメイト」で見ると20,000歩を超えていました。今日のハイライトは、「ブッシュ・ウォーキング」だなぁと同級生K氏と話していました。本編はまたボチボチ書きます。

 

 

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2023年1月12日 (木)

ユリカモメの飛翔シーンの撮影を練習中

Dsc09648c_20230112165101 Dsc09667c_20230112164601  今日も朝は冷えたものの、日中は暖かくなりました。最高気温は13℃以上です。朝早く目が覚めましたので、昨日の授業のQ&Aを半分あまり書いて、食事、身支度を済ませ、7時半から散歩へ。この時刻、気温はまだ1℃台で寒い! 諸戸氏庭園の前の桜並木には、シジュウカラが1羽。小さい体には似合わないくらい、大きな鳴き声で、いったいどこにいるのか?と、かえって探してしまいました。散歩は、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、紺屋町、新築公園からアピタ桑名店で文房具を買い、寿町、八間通から住吉入江と6.5㎞。

Dsc09775c Dsc09805c  七里の渡し跡にはヒドリガモ14羽とコガモが4羽。ヒドリガモは皆、上陸して休んでいたり、草を食べていたり。コガモは一部は上陸し、一部は堀に浮いています。

Dsc09816c  さらには、オオバンも1羽やって来ていました。柿安コミュニティパークでは、ムクドリ、ドバトのほかにハクセキレイが1羽。昨シーズンまでは、ここや三の丸公園でツグミをよく見たのですが、今シーズンはこれまでのところ、ほとんど見ません。

Dsc09886c  揖斐川は波立っていましたが、シラウオ漁の舟が出ていました。1月7日の中日新聞朝刊にはシラウオ漁が始まり、競りが行われたという記事が載っていましたが、漁をしているところ、私は今シーズン初めて見ました。2隻の漁船で長く、大きな網をゆっくり曳くのですが、川岸から撮った写真でそれを分かりやすく表現するのは難しい(苦笑)。

Dsc09977c Dsc00190c_20230112164501  九華公園に着いて、鎮国守国神社の社務所裏を通ったら、コサギが飛び立っていきました。神戸櫓跡にコサギが2羽いました。奥平屋敷跡の入り口で、ヤマガラ、コゲラ、シジュウカラ、メジロの混群に久しぶりに出会ったのですが、藤棚の近くの松の木の中に入ってしまい、静かになりました。かなりたくさんの写真を撮ったのに、ものになったのはシジュウカラのもの1枚。

Dsc00124c_20230112164501  奥平屋敷跡では、シロハラらしき鳥がいたのに、堀の向こう、立教小学校の方に逃げてしまい、証拠写真。このほか、今日は奥平屋敷跡にはヒヨドリ、ムクドリ、ドバト以外は姿を現しませんでした。

Dsc00234c_20230112164501 Dsc00621c_20230112171401  アオサギがいないと思っていたら、野球場南の堀のところに。散歩友達のYさんは、最近、ここによくいるといっていました。今日は、揖斐川から堀に水を入れていましたので、魚が一緒に入ってくるのを狙っていたようです。右は、この後、そっと回って近づいて撮ったもの。獲物が来ないか、夢中になって、警戒心がおろそかになったのでしょう。

Dsc00458c_20230112164501 Dsc00487c_20230112164401  鎮国守国神社の境内でもヤマガラたち混群の鳴き声がしていたのですが、ここで撮れたのは、メジロとコゲラ。

Dsc00528c_20230112164401  本丸跡に出て来たら、ツグミが樹上にいました。何度も書きますが、例年ならあちこち地上に降りてエサを探しているのですが、今年は数も少なく、しかも樹上にいることが多いので、不思議。

Dsc00151c_20230112172001 Dsc00170c  カモ、今日は、合計77羽。キンクロハジロが62羽、ヒドリガモが2ペア、ハシビロガモは11羽。ホシハジロは、今日はいません。今年はなかなか居着いてくれません。

Dsc00658c  ユリカモメは27羽。今日も飛びもの撮影の練習。動くものにピントを合わせ続けてくれますから、カメラを上手く追随させるとそれなりのものが撮れます。が、「それなり以上」にするには練習して、何かしらのスキルアップを図らねばなりません。左の写真は、ダイビングして魚をゲットし、横取りされないよう、ほかのユリカモメから離れていくところ。

Dsc00712c Dsc00715c_20230112164401  こちらは、何羽かが飛んでいるところを狙ってシャッターを切ったもの。ブルーインパルス並というか、ブルーインパルスがユリカモメ並なのか、分かりませんが、2羽が接近して飛んでいるシーン。

Dsc00600c  もう1枚、ユリカモメの写真。野球場の南の堀端にある柵に降りていました。嘴を大きく開いて、何かしゃべっているかのよう。このあと、貝塚公園その他では、ヒヨドリ、スズメなどしかいません。何もいないかも知れませんが、行ってみないことにはわかりませんから、ルーチンのコースは回ってくるのです。

Dsc09674c_20230112164601 Dsc09679c  ところで、昨日、桑名宗社のインスタに住吉神社の手水舎の龍の水口が盗難に遭ったと載っていました。ほぼ毎朝、散歩で通り、参拝しています。確かに龍の水口は根元から、難というか根こそぎ盗られたという感じでした。あちこちでこういう被害が起きていますが、私の感覚では「バチあたりめ」です。散歩写真の控えを見たら、1月8日にはあったのに、9日の写真には写っていませんでした。住吉神社は、桑名宗社の境外末社です。桑名宗社の宮司さんには面識がありますから、お知らせしておこうと思います。

Dsc00934c_20230112164401  昨日の授業のQ&Aは、昼過ぎに完成し、チェックも終えましたので、メールで送って印刷をお願いしました。残り2回、体調を整えて、最後まで無事に務めたいと思っています。

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2023年1月 8日 (日)

2022年ウォーキング/ハイキングのまとめ

 2022(令和4)年も新型コロナウィルス感染症はまだ治まらず、JRさわやかウォーキングや近鉄ハイキングの企画は、コロナ禍以前ほどたくさんはありませんでした。そこで、2021年同様、「勝手にハイキング」も行いつつ、JR、近鉄のウォーキング/ハイキングにも参加するということで計17回のウォーキングに出かけました。以下、時系列に沿ってそのまとめをしています。リンクは、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」の記事に貼ってあります。

1.2022年1月10日:高田本山お七夜

2022年1月10日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(予告編)

2022年1月11日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(その1)……専修寺でまずはお庭を拝見し、太鼓門、御影堂、如来堂、通天橋へ

2022年1月12日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(その2)……専修寺で御廟、御廟拝堂、納骨堂、外へ出て窪田の常夜燈、一身田寺内町の館、一御田神社からランチ

2022年1月13日:20220110勝手にハイキング「高田本山専修寺のお七夜」へ(その3)……専修寺を出て、聖俗の結界を抜け、仲之町商店街から橋向通を経て、臼井織布さんを見てゴールの伊勢鉄道・東一身田駅

89e63e82 D4041c75  真宗高田派の本山である専修寺は、私の好きなお寺です。その周囲は一身田寺内町を形成していて、なかなか良い感じの街になっています。さらに、専修寺のお七夜(大谷派でいう報恩講。親鸞上人のご命日の法要)もたびたび出かけるほど気に入っています。一度、庭園を拝観したいと思っていたら、この年のお七夜では、一身田寺内町の館のほっとガイド会の方が雲幽園(うんゆうえん)と茶室である安楽庵を案内してくださるということで、ぜひ見たいと思って出かけたのです。同級生K氏と2人旅。近鉄高田本山駅から高田本山へ。専修寺境内を周り、少し足を伸ばして、窪田の常夜燈、一身田寺内町の館、一御田神社、高田会館にある和彩あかりで昼食、土産を買って、釘貫門から中之町商店街を経て、道標1基を見て、黒門跡から伊勢別街道へ。伊勢木綿の臼井織布の建物を見て、伊勢鉄道・東一身田駅にゴール。歩いたのは9.6㎞。電車賃が計¥1,560、昼食は高田会館和彩あかりで「まぐろとろろ丼」(¥1,300)、土産は「高田山サブレ(定価¥850のところ、賞味期限が近いということで35%ディスカウントで¥595)」と、昔ながらのお七夜土産である「桜おこし」。岡田屋さんで¥800。

2.2022年2月5日:東海道ウォーキング「日永の追分~加佐登(かさど)」

2022年2月5日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(予告編)

2022年2月9日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その1)……四日市あすなろう鉄道・追分駅から、三寺めぐりを済ませ、内部川へ

2022年2月10日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その2)……杖衝坂で日本武尊や芭蕉に思いを馳せ、采女一里塚跡から鈴鹿に入り、自由が丘でランチ

2022年2月11日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その3)……石薬師宿に入り、北町地蔵堂、小澤本陣跡、佐佐木信綱記念館へ

2022年2月12日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(その4)……浄福寺、石薬師寺、蒲冠者範頼之社、蒲桜を見て石薬師一里塚跡からゴールの関西線加佐登駅へ(完)

04b27b42_20230107172201 C2aaf39f  2021年は、同級生K氏と17回に分けて桑名・七里の渡し跡から伊勢神宮・内宮まで歩いて参拝しました(2022年1月5日:2021年「東海道・伊勢街道歩いて伊勢参りツアー」のまとめ)。「今年はどうしようか?」と考えた結果が、まずは、四日市の日永の追分から関宿あたりまで東海道を歩こうということでした。私自身、この区間は、部分的には歩いていますが、通して歩いたことがありませんでした。この東海道ウォーキングも、同級生K氏と二人旅。初回のこのときは、四日市・日永の追分から杖衝坂を上り、石薬師宿を通って、庄野宿の手前の鈴鹿・加佐登まで東海道を歩いて来ました。歩いたのは、12.6㎞。電車賃は計¥1,080、昼食は自由が丘のレストランミヤコで日替わりランチ(¥990)。このあたり、実は、大学院を修了して就職した病院からほど近いところで、懐かしいところ。レストランミヤコのランチも何度も食べました。近くのレストランスオーや、来来憲(とんてきで有名)にも来ていました。いわば、ちょっとしたセンチメンタルジャーニー(微笑)。

3.2022年2月17日:四日市市立博物館「昭和のくらし 昭和のおもちゃ」展

2022年2月17日:20220217勝手にハイキング「四日市博物館で”昭和のくらし 昭和のおもちゃ”展を見て、鵜の森公園」へ

4f9001fc  四日市市立博物館で「昭和のくらし 昭和のおもちゃ」展が開かれていましたので、それを見たついでに鵜の森公園に行ってきました。四日市市立博物館では、毎年、新年に「昭和の暮らし」などを巡る展覧会が開かれますので、私はここ数年、毎年見ています。小学生向けの学習支援展示ですが、昭和生まれの私にとっては懐かしいものが見られるのです。展覧会を見たあと、鵜の森公園へ。ここは浜田城跡で、現在は、泗水庵という茶室と鵜の森神社があります。同級生K氏と出かけてきました。歩いたのは、5.6㎞。電車賃は計600円。昼食は、寒かったので、諏訪の商店街にある東京荻窪ラーメン・えびすや四日市店で、「おぎくぼラーメン」(¥795)。四日市近鉄百貨店に立ち寄って、土産に出張販売に出ていた木村屋の「季節のあんぱん」5種類の詰め合わせ(¥1,182)。

4.2022年2月27日:近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「神楽酒造(神楽)」

2022年2月27日:20220227近鉄ハイキング「銘酒『神楽』神楽酒造をたずねて」へ(完)……ほぼ2年ぶりの近鉄ハイキングに参加、オマケはKINGの自販機の話

6d7149c3 C0599c6b  ほぼ2年ぶりに近鉄ハイキングに参加してきました。この前に行ったのは、新型コロナウィルス感染症が蔓延し始めたころ出かけた「酒蔵みてある記」でした(2020年2月9日:20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完))。「酒蔵みてある記」は人気があり、再開希望がたくさん寄せられたようで、2022年、「酒蔵立ち寄りハイキング」として復活しました。神楽酒造は、四日市市室山町にあります。近鉄湯の山線・伊勢松本駅から、春の丘、夏の広場を経て神楽酒造に立ち寄り、四日市あすなろう鉄道・西日野駅がゴール。歩いたのは7.4㎞。電車賃は計¥950。試飲を1杯、土産は「神楽」という特別純米生酒の4合瓶1本(¥1,320)。昼食は、自宅にて。

5.2022年3月5日:近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「丸彦酒造(三重の寒梅)」

2022年3月5日:20220305近鉄酒蔵立ち寄りハイキング「銘酒『三重の寒梅』丸彦酒造をたずねて」へ(1回完結)

107c9837 726e5edf  丸彦酒造さんの「三重の寒梅」はなかなかの銘酒と思います。四日市市川島町にある酒蔵です。同級生K氏と2人旅。伊勢松本駅から南へ。松井神社を経て(このあと鹿化川沿いに出るまで、境内で寄り道をし、少しコースを外れています)、鹿化川沿いを歩いて、上布田遺跡の説明板、鹿化川千本桜並木を歩いて、丸彦酒造さんへ。その後、コースマップでは伊勢川島駅へ向かうのですが、「もうちょっと歩いても良いな」ということになり、西福寺、伊勢三郎首塚、河島御厨神明神社まで足を伸ばしてきました。丸彦酒造さんで、1杯¥100の有料試飲を2杯。内緒ですが、小宴会(微笑)。歩いたのは、8.8㎞。電車賃は計¥910。直売所では、「三重の寒梅 初しぼり」(¥1,400)と、ワンカップ(¥300)を購入。昼食は、近鉄四日市駅で途中下車して、駅ナカにあるうどん・そばの「四日市庵」で天ぷらきしめん(¥380)。

5.2022年3月19日:東海道ウォーキング「加佐登~井田川」

2022年3月19日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(予告編)

2022年3月22日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(その1)……加佐登駅から庄野宿へ

2022年3月23日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(その2)……汲川原から西冨田の福萬寺へ

2022年3月24日:20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(その3)……西富田町から井田川駅にゴール(完)

05ea0822 E916bc31  2月5日の東海道ウォーキングの続きとして、鈴鹿市加佐登町から亀山市井田川町まで。JR関西線・加佐登駅から庄野宿に入ります。善照寺、庄野宿資料館、妙法寺、集会所・本陣跡、常楽寺、川俣神社でスダジイの大木(ちなみに、川俣神社という名前の神社が、このあたりには4社あります)、平野道道標、いぼとり地蔵、真福寺、神戸藩領界石・女人堤防碑、川俣神社・中冨田一里塚跡碑、清光寺、常念寺、福萬寺、道標(ひろせ道)、川俣神社・無上冷水井戸跡、弘法井戸、川俣神社、和泉公民館で地蔵尊、道標(のゝぼり道)、地蔵尊、明治天皇御小休所碑・観音堂跡、地福寺と実にたくさん見て回って、JR関西線・井田川駅がゴール。歩いたのは10.1㎞。電車賃は計¥1,100。昼食は、国道1号線沿いの「すき家1国亀山店」で、「クリーミーオニサラ牛丼」にお新香セットをつけて、計¥700。
 このときは、途中の庄野町集会所にいらした女性から「お茶でもどうですか?」と呼び込まれ、温かい梅昆布茶を頂き、いろいろと話を伺っていたら、「庄野 寄っといで音頭」をつくったといって、生歌を聴かせていただき、さらにそれを収録したCDまで頂戴してきました。炭坑節の替え歌でした。

6.2022年4月23日:東海道ウォーキング「井田川~亀山」

2022年4月23日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(予告編)

2022年4月25日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(その1)……井田川駅を降りて、和田一里塚跡へ

2022年4月26日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(その2)……能褒野神社二の鳥居・露心庵跡から姫垣外苑まで

2022年4月27日:20220423東海道ウォーク「井田川~亀山」(その3)……亀山城址にて多門櫓、明治天皇行在所旧蹟、亀山演武場などを見て、亀山駅にゴール(完)

066e6f35  「東海道ウォーク」の3回目。JR関西線・井田川駅から西信寺、正福寺、谷口法悦供養塔、幸福寺、福禅寺、石上寺、和田一里塚、巡検道との追分、亀山宿の江戸門口跡、福泉寺、法因寺、弘法院、樋口本陣跡、高札場跡、大手門跡、亀山城跡、亀山神社、石井兄弟亀山敵討石碑からJR関西線亀山駅がゴール。亀山駅前では、リニア開通を見越して、駅前の整備とともに、マンションの建設などが行われていました。歩いたのは、10.2㎞。電車賃は計¥1,270。昼食は、亀山駅前で食べるところがなかなか見つからず、ウロウロしましたが、結局、駅前にあった「瑞宝軒」という和菓子屋さんがやっているカフェで。最初は、和菓子屋さんだから昼ご飯はないなと思って、いったん通り過ぎたものの、ほかに飲食店はなく、戻って来て「食事ができますか?」と聞いたら、ランチがありましたので、それをチョイス。コーヒー付きで¥1,100。サワラのフライとハンバーグ。

7.2022年5月7日:東海道ウォーキング「亀山~関」

2022年5月7日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(超予告編)

2022年5月11日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その1)……亀山駅をスタートし、武家屋敷などを見て、京口門跡あたりまで

2022年5月12日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その2)……野村から太岡寺畷へ

2022年5月13日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その3)……いよいよ念願の関宿へ

2022年5月14日:20220507東海道ウォーキング「亀山宿~関宿」(その4)……念願の関宿はおもしろい(完)

602d8e55 3de10ec1  関宿は、江戸時代の町並みがよく保存されていますので、ずっと以前から一度は訪ねてみたいと思っていた、念願の地です。JR関西線・亀山駅から、加藤家屋敷、西之丸庭園、青木門跡、飯沼慾斎生家跡と道標2基、旧舘家住宅、善導寺、西之丸堀跡、京口門跡、梅厳寺、照光寺、旧佐野家住宅、光明寺、慈恩寺から野村の一里塚、亀山藩大庄屋打田権四郎昌克旧宅跡、毘沙門天、布気神舘大神社、昼寝観音、清福寺、太岡寺畷と回って、いよいよ関宿へ。関宿では、関の小萬の碑、関宿東の追分(伊勢別街道との追分)、長谷屋資料館、宝林寺、御馳走場跡、関の山車会館、延命寺、関まちなみ資料館、百六里庭(ひゃくろくりてい)・眺関亭(ちょうかんてい)、関宿旅籠玉屋歴史資料館、深川屋(銘菓関の戸を製造販売)、高札場跡、福蔵寺、地蔵院と回って、道の駅・関宿で昼食を摂って、JR関西線・関駅にゴール。歩いたのは、11.7㎞。電車賃は計¥1,450。昼食は、道の駅・関宿にある「定食屋みくら」で「冷やし海老おろしうどん」(¥840)。土産は、深川屋関の戸。和三盆と抹茶の6個ずつの詰め合わせ(¥1,118)。ちなみに、深川屋さんは創業約380年で、「忍びの隠れ蓑」だそうです。「関の戸」は、忍者の末裔・服部伊予保重が考案した餅菓子です。

8.2022年5月22日:JRさわやかウォーキング・近鉄ハイキング合同企画「四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ」

2022年5月22日:20220522JRさわやかウォーキング・近鉄ハイキング共同企画「四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ第2弾!!」(完)

2de6d852 41b22aed  この日は、JRさわやかウォーキング・近鉄ハイキングの共同企画である「四日市けいりんバンク特別開放と四日市の鉄道・バスグッズマルシェ第2弾!!」に娘と2人で参加してきました。近鉄富田駅をスタートし、浜園緑地、四日市港ポートビル、霞ヶ浦緑地、四日市競輪場、稲葉翁記念公園、JR貨物四日市駅を経て、JR四日市駅がゴールというコース。四日市競輪場で、バンクが特別開放されたのですが、そのためにこのウォーキングに参加したようなもの(微笑)。バンクは1周400m。直線コースが62.4mと、他の競輪場に比べ長いそうです。ここのバンクの傾斜角度(カント)は、コーナーでは32° 15′ 07″だそうですが、見た目では45°くらい傾いているように見えました。このバンクを歩いて1周。もう1つの楽しみは、JR貨物四日市駅での鉄道・バスマルシェ。ここに松阪の駅弁屋さんである「あら竹商店」さんが出店。あの「モー太郎弁当」を是非とも買いたかったのです。娘はゴールが近づくにつれ、早足になっていました。歩いたのは11.2㎞。電車賃は計¥500。モー太郎弁当は、1個が¥1,500を3個お買い上げ。

9.2022年5月28日:勝手にハイキング「松阪ウォーキング」

2022年5月28日:20220528松阪ウォーキング(予告編)

2022年5月30日:20220528松阪ウォーキング(その1)……縁切り不動、八雲神社、松阪大映、松阪撫子を見て来迎寺へ

2022年5月31日:20220528松阪ウォーキング(その2)……樹敬寺で本居宣長墓・原田二郎墓所、松阪三珍花の発祥地をめぐり、原田二郎旧宅、松阪工業高校の赤壁校舎から御城番屋敷へ

2022年6月1日:20220528松阪ウォーキング(その3)……本居宣長ノ宮、松阪神社、松坂城跡から不二屋で焼きそばにて「完」

533749d7 Bb254857  2022年は、東海道ウォーキングとして、四日市の日永の追分(東海道と伊勢街道との追分)から関宿まで歩きましたが、この先は、JR関西線と東海道とが離れてしまい、「電車で行って歩き、電車で帰る」というスタイルで行けるのは関まで(三重県にはもう1箇所、坂下宿があり、その先は鈴鹿峠越えになります)。次のウォーキングはと考え、取り敢えず、この日は松阪へ。松阪駅から八雲神社、来迎寺、常教寺、樹敬寺(本居宣長の墓があります)、御城番屋敷、松坂城跡などを巡ってきました。同級生K氏との二人旅。歩いたのは、8.7㎞。電車賃は計¥1,920。昼食には不二屋の焼きそば(¥800)。土産は、いつもの柳屋奉善老伴。6個入りで¥1,140。

10.2022年6月12日:勝手にハイキング「水の都・大垣ウォーキング」

2022年6月12日:20220612水の都・大垣ウォーキング(予告編)

2022年6月17日:20220612水の都・大垣ウォーキング(その1)……大垣城、郷土館、藩校敬教堂跡から八幡神社へ

2022年6月18日:20220612水の都・大垣ウォーキング(その2)……四季の路を通り、円通寺から船町川湊、奥の細道むすびの地へ

2022年6月21日:20220612水の都・大垣ウォーキング(その3)……船町川湊から美濃路を歩いてゴールの大垣駅へ(完)

74eecb4c Beac5431  当初は前日に予定していたものの、天気があまり良くないという予報で、この日に延期しました。大垣は、水の都といわれますが、まさにその通りで、とても良いところでした。養老鉄道大垣駅がスタート&ゴール。大垣城、郷土館、大垣藩校敬教堂跡、八幡神社、円通寺、奥の細道むすびの地、住吉神社、船町港跡・港灯台、船町道標、美濃路大垣宿本陣跡、大手門跡、堀抜井発祥の地、愛宕神社・岐阜町道標などを回ってきました。現地で歩いたのは、6.3㎞ほどでしたが、あちこちで資料館なども見て回り、4時間半も滞在。この日も同級生K氏と二人旅。歩いた合計距離は、8.7㎞。電車賃は、養老鉄道の1日フリー切符を購入し、¥1,500。昼食は、大垣駅ビルのアスティ大垣にある「おらが蕎麦」でちくわ天おろしそば(¥660)。土産に「金蝶園製菓総本家」で、大垣名物水まんじゅう。

11.2022年7月17日:勝手にハイキング「堀川・宮の渡し・熱田神宮ウォーキング」

2022年7月17日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング

2022年7月18日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング(その1)……アオサギを見つけ、松重閘門から堀川沿いを下り、闇之森八幡社、堀川橋梁へ

2022年7月19日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング(その2)……尾頭橋他から断夫山古墳、白鳥古墳へ

2022年7月20日:20220717堀川・宮の渡し跡・熱田神宮ウォーキング(その3)……被爆堤防・空襲跡、宮の渡し跡、円通寺、熱田神宮から神宮前駅でゴール(完)

41cc9858 5551fb0d  同級生K氏と二人で、名鉄名古屋本線山王駅から松重閘門、そこから掘川沿いを歩いて下り、熱田神宮公園で断夫山古墳と、すぐ近くにある白鳥古墳を見て、宮の渡し跡へ。その後、円通寺と熱田神宮にお参りしてきました。歩いたのは合計10.5㎞。電車賃は計¥1,300。昼食は、熱田神宮内にある宮きしめん神宮店で、冷やし宮きしめん(¥800)。ここできしめんを食べたかったのですが、これまでは大賑わいで諦めていました。ようやくリベンジ。土産は、定番のきよめ餅。5個入りで¥750。

12.2022年9月2日:勝手にハイキング「壬申の乱1650年記念大矢知ウォーキング」

2022年9月2日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(予告編)

2022年9月5日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(その1)……霞ヶ浦駅から志氐神社、明円寺そして大膳寺跡へ

2022年9月7日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(その2)……浄恩寺、南北伊賀留我神社、荒木十兵衛頌徳碑から浄恩寺道道標へ

2022年9月8日:20220902勝手にハイキング「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」(その3)……久留倍官衙遺跡・くるべ古代歴史館、長倉神社、照恩寺、忍藩大矢知陣屋跡から龜屋佐吉でかき氷を食べて大矢知駅にゴール(完)

78c5b717 5b2cfbe1  2022年は、壬申の乱(672年)から1350年ということで、「壬申の乱から1350年記念 霞ヶ浦~大矢知ウォーキング」と銘打って出かけてきました。霞ヶ浦駅をスタートして、志氐(しで)神社、明円寺、大膳寺跡、浄恩寺、南北伊賀留我神社、荒木十兵衛頌徳之碑、天武天皇迹太川遙拝所跡、久留倍官衙遺跡・くるべ古代歴史館、長倉神社、照恩寺、大矢知興譲小学校(忍藩陣屋跡)、亀屋佐吉などを回って、三岐鉄道三岐線大矢知駅まで。歩いたのは、10.2㎞。電車賃は計¥710。暑い時期に大矢知に行くなら、何が何でも立ち寄ってかき氷を食べなくてはと思って、亀屋佐吉で「白玉和三盆金時みるく」(¥870)をいただいてきました。昼食は、桑名駅コンコースにある伊勢ノ国食堂しちりで、「天ぷら中華そば」(¥850)。同級生K氏と二人旅。

13.2022年9月24日:勝手にハイキング「笠寺観音を訪ねて」

2022年9月24日:20220924笠寺ウォーキング(超予告編)

2022年9月26日:20220924笠寺ウォーキング(その1)……名鉄桜駅をスタートし、桜神明社、富部神社、呼続公園の頼朝公旗掛松

2022年9月29日:20220924笠寺ウォーキング(その2)……長楽寺、東海道、笠寺観音へ

2022年9月30日:20220924笠寺ウォーキング(その3)……法性寺、笠寺公園で見晴台考古資料館、住居跡観察舎、笠寺高射砲陣地跡、きんさん桜・ぎんさん桜、笠寺一里塚跡、七所神社を巡る(完)

63d8472e 361873db  同級生K氏と前日に計画していたのですが、台風15号の影響で雨になりましたので、この日に順延。まさに台風一過で、よく晴れました。名鉄名古屋本線桜駅をスタート。桜神明社、富部神社、呼続公園、長楽寺から東海道を少し歩いて笠寺観音へお参り。続いて笠寺公園にある見晴台考古資料館から笠寺一里塚跡と七所神社を経て、名鉄名古屋本線本笠寺駅まで。名鉄線では1駅分でしたが、ぐるぐると回って、歩いた距離は8.5㎞。電車賃は計¥750。昼食は、笠寺駅近くの「珈琲ミハル」へ。創業60年を超えている、まさに昭和風の喫茶店で、和風ハンバーグランチ、コーヒー付きで¥850。

14.2022年10月9日:勝手にハイキング「桑名駅西ウォーキング」

2022年10月9日:20221009桑名駅西ウォーキング(一回完結)

C9f59c3f 0cf02eed  桑名駅集合で、円妙寺、大福田寺、円妙寺墓地、立坂神社𦾔跡、聖衆寺、秋葉三尺坊大権現から竹林を歩いて、式部泉を見て、高塚山古墳の麓へ行くつもりだったのですが、竹林が住宅工事で通れなくなっていて、予定変更。北別所神明社へショートカットし、さらに、旧桑名市民病院跡地を見て、岸西山へ。大正寺、岸西山遺跡、尾野神社北之社、尾野神社・立坂神社・舟着社、専明寺、照源寺と歩いてきました。歩いたのは、8.6㎞。全行程徒歩です。昼食は、目利きの銀次桑名駅前店であじフライ(¥700)。この日も名コンビの同級生K氏と。

15.2022年10月29日:JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」

2022年10月29日:20221029JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」(予告編)

2022年10月30日:20221029JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」(その1)……関西線河曲駅をスタートし、鈴鹿市考古博物館、伊勢国分寺跡、冨士山1号古墳、高岡山中央公園から高岡城跡へ

2022年11月1日:20221029JRさわやかウォーキング「伊勢鉄道線開業35周年記念 歴史と文化に触れる鈴鹿市を再発見!」(その2)……常夜灯2基、神戸の見附跡、観音寺、龍光寺、神戸宗社、神戸城跡を経て伊勢鉄道・鈴鹿駅にゴール(完)

60828a9e 8d8aad39  JR関西線河曲(かわの)駅から鈴鹿市考古博物館、伊勢国分寺跡、冨士山1号古墳、高岡山中央公園、高岡城跡、常夜灯、神戸の見附跡、観音寺、龍光寺、神戸宗社、神戸城跡と回ってきました。長丁場でしたが、3箇所ほど寄り道をしてきました。今回も同級生K氏と二人旅。歩いたのは合計15.2㎞。電車賃は計¥1,060。昼食は、鈴鹿市駅の手前で、京都北白川 ラーメン 魁力屋 鈴鹿矢橋店に立ち寄り、「特製醤油味玉ラーメン(¥869)」。伊勢国分寺跡と、鈴鹿市考古博物館は訪ねてみたかったところです。高岡城跡からの眺めはかなりよいものでした。こういうところに城をつくりたくなるのはよく分かります。

16.2022年12月10日:近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗』を訪ねて(酒蔵みてある記)」

2022年12月10日:20221210近鉄ハイキング「青木酒造の銘酒『米宗』を訪ねて(酒蔵みてある記)」(1回完結)

Ec25e466 F252419a  近鉄ハイキングでは、3年ぶりに「酒蔵みてある記」が復活し、今日がその初回。これはやはり行くしかありません。弥富駅を出て途中、薬師寺、難畑地蔵尊、興善寺地蔵に立ち寄り、東名阪自動車道を越えて、愛西市へ。青木酒造で試飲、抽選会、即売会。その後は、ひたすら弥富駅に戻るコースですが、帰り道に源空寺と聖覚寺にちょっとだけ寄ってきました。今回は1人。ちなみに、4年前に同じコースで青木酒造に行っています(2018年12月9日:20181209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 青木酒造の銘酒「米宗」をたずねて」へ(予告編)……いよいよ「酒蔵みてある記」の季節到来)。歩いた距離は、11.7㎞。電車賃は計¥520。青木酒造で「純米米宗」の720mmlを1本買ってきました(¥1,600)。昼食は、自宅にて。

17.2022年12月23日:勝手にハイキング「長島ウォーキング」

2022年12月23日:20221223長島ウォーキング(予告編)

2022年12月25日:20221223長島ウォーキング(本編その1)……近鉄長島駅から光岳寺、長島八幡社、小田江神崎神社、大智院、光栄寺、稲荷阿岐波神社、長島城跡へ

2022年12月26日:20221223長島ウォーキング(本編その2)……正敬寺、花林院、善明寺、蓮生寺、明治の東海道道標、又木神明社、願證寺、深行寺から水辺のやすらぎパーク・旧久我屋敷へ

2022年12月27日:20221223長島ウォーキング(本編その3)……長島川遊歩道を歩いて日神神社にお参りしなばなの里へゴールして地ビールで乾杯(完)

31bdc6b8 2953d50f  同級生K氏と二人で桑名市長島町をウォーキング。2022年のウォーキング納めです。近鉄長島駅から南のあたりの歴史散歩という次第。光岳寺、長島八幡社、小田江神崎神社、大智院、光栄寺、稲荷阿岐波神社、長島城跡、正敬寺、花林院、善明寺、蓮生寺、神明社、崇泉寺、願證寺、皇大神社、深行寺、旧久我屋敷・水辺のやすらぎパーク、長島川遊歩道、日神神社と回って、なばなの里がゴール。なばなの里では、今年のウォーキング納めを祝して、ビールで乾杯してきました(微笑)。「長島ビール園」で冬季限定のビールである「ボック」で祝杯を挙げた次第。歩いたのは、合計12.6㎞。電車賃・バス代は合計¥640。

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2023年1月 5日 (木)

九華公園にビンズイ登場……春日さんにも初詣して神社DXに遭遇

Dsc04416c_20230106144401  1月5日です。今日から仕事が始まるというところもあるかと思います。私は、いつも通り。7時半過ぎから散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、内堀公園、桑名宗社に初詣で5.9㎞。最低気温は2.9℃でしたが、藤原岳はご覧のように雪景色。

Dsc03667c_20230106144401  そういえば、住吉神社にも初詣でした。一昨日は、クルマで長島から九華公園方面に行きましたので。赤須賀漁港の漁船も、初出漁のようです。揖斐川でみえる範囲には5隻の漁船がでていました。シジミ漁をしているようでした。まもなくシラウオの漁も始まると思います。

Dsc03678c_20230106144401  七里の渡し跡では、コガモが7羽。オス3羽にメス4羽。上陸してお休み中。これは保温体勢。

Dsc03747c Dsc03767c_20230106144501  蟠龍櫓あたりから揖斐川や、十万山を見ますと、カンムリカイツブリが2羽ほど見えました。十万山の南の端には、アオサギさん。

Dsc03782c_20230106144501  柿安コミュニティパークに来たら、あちこちでツグミの鳴き声が聞こえるのですが、姿が見えたのは1羽のみ。今年はあまり見かけませんし、樹上にいるのがほとんどで、地上にいるのも見ません。コミュニティパーク西の堀には、キンクロハジロが4羽。


Dsc03834cDsc03868c_20230106144501  九華公園では、鎮国守国神社の社務所裏にゴイサギ3羽にホシゴイ2羽。社務所裏と書きましたが、社務所の裏よりやや北の木の上。ただし、この写真を撮ったあと、次々に飛び立ってしまいました。

Dsc03908cDsc03913c   飛び立ったあとは九華公園の近くを旋回しています。5羽が飛んでいました。このあと、北西方向に飛び去っていきました。管理事務所近くで、久しぶりにカワラヒワ。最近、九華公園ではあまり見ません。

Dsc04061c Dsc04038c  奥平屋敷跡では、ジョウビタキのオス。鳥小屋の裏に鳥小屋からの排水がでてくるのですが、そこに来て水を飲んでいました。

Dsc04025c  奥平屋敷跡のところの花菖蒲園の北にある木にツグミ。2羽やって来た内の1羽。このほか、ウグイスも姿を見せたのですが、一瞬の出来事。写真にはとても撮れませんでした。

Dsc04191c Dsc03998c_20230105181901  カモたち、今日は合計64羽。キンクロハジロが46羽、ハシビロガモは13羽、ヒドリガモは2ペア+オス1羽。右の写真はキンクロハジロを上から撮ったところ。右は、奥平屋敷跡の南。大きな木の枝が折れて堀に沈んでいます。そこが、最近、ヒドリガモやハシビロガモの休憩スポットになっています。

Dsc04215c  ユリカモメは、きちんとは数えられませんでしたが、確認できた範囲では38羽。堀に浮いていたり、野球場のフェンスで休んでいたり、です。

Dsc04236c  辰巳櫓跡でビンズイ。今シーズン初見、初撮影です。ただ、角を曲がったところにいましたので、気付くのが遅れ、樹上に逃げられた証拠写真(苦笑)。

Dsc04289c  さらに鎮国守国神社の境内でもジョウビタキのオス。木の実をついばんできたところ。このあと、丸呑みしていました。貝塚公園、内堀南公園、内堀公園では特にこれという鳥はいません。ヒヨドリ、スズメ、カワラヒワなど。

Dsc04397c Dsc04401c  春日さん(桑名宗社)ももう空いているだろうと思って、初詣に行ってきました。1月3日には、駐車場に入るのに渋滞していたといいますが、さすがに今日は空いていました。会社でまとまって参拝という方達が複数組ありました。宮司さんは走り回っておられたくらい。

Dsc04403c_20230106144701 Dsc04405c  中臣神社(向かって左)と桑名神社(右)にお参り。この2社を合わせて桑名宗社と呼んでいます。拝殿には、桑名高校書道部の高校生が書いた「卯」の文字が奉納されていました。これもぜひ見たいと思ったのです。

Dsc04407c  ところで参道を歩いていたら、掲示板が新しくなり、しかも一部は液晶でタッチパネルになっているのに気付きました。春日さんは御朱印などにも力を入れておられ、俗な言い方で恐縮ですが、ずいぶん儲けたのではないかと思われます。液晶パネルの上半分は、春日さんの案内、参拝の仕方などが表示されるようになっています。下半分は協賛企業のPR.

Dsc_6954c  試しに「境内案内」をタッチしたら、この表示が出て来ました。なかなかおもしろい試みで、神社DXの先取りといえるかと思います。ただし、ブログやSNSと同じで、内容を更新していく必要があるという気がします。

Dsc04163c  昨日の授業のQ&Aを書いています。今日夕方で8割方終了。このあともう少しやって、今日中に一応完成させ、明日の朝チェックして、明朝一番に送らないといけません。来週月曜は、成人の日で休みですから、遅れると迷惑をかけてしまうからです。

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2023年1月 3日 (火)

赤須賀漁港の大漁旗と鎮国守国神社への初詣

Dsc01889c  今朝の最低気温は1.6℃でしたが、実家にいるよりも寒くは感じませんでした。今日は、朝7時半から木曽川方面、赤須賀漁港、城東地区、九華公園と、あちこちへ。歩いたのは、合計で5.7㎞。冒頭の写真は、おなじみ、わが家から北の朝の景色。

Dsc03007c_20230103150401 Dsc03045c  まずは、これも正月恒例の赤須賀漁港の大漁旗。天気は良かったものの、8時50分頃、赤須賀漁港についたときは、ほぼ無風(苦笑)。これは失敗したかと思ったものの、しばらく待ってみることにしました。すると数分のうちに、風が出て来て、大漁旗はそれなりにはためいてくれました。赤須賀漁港の大漁旗を初めて撮ったのは、8年前(2015年1月3日:初歩きは、赤須賀漁港、九華公園へ……大漁旗、ユリカモメ、新たな屋根上の鍾馗さんなど)。それ以来、毎年見ています。

Dsc03193c Dsc03213c  大漁旗を掲げる船は減ったものの、やはり正月に欠かせないシーンです。私にとっては、初日の出(本来は、拙宅マンションから見るか、住吉神社から見るもの)と、辰水神社のジャンボ干支と合わせて3つが、「正月吉例3点セット」です。3つの写真をセットにして、散歩友達などに差し上げたこともありました。ただ、このところ、正月は家内の実家で過ごしますので、初日の出は撮れないでいます。

Dsc03083c Dsc03247c_20230103150301  赤須賀漁港には、キンクロハジロのほかに、オオバンや、カンムリカイツブリがいました。ユリカモメやほかのカモメがいることもありますが、今日は見かけず。

Dsc01983c Dsc01993c  話の順序は逆になりますが、久しく行っていませんでしたが、木曽川方面の様子も見てきました。堤防道路から高水敷へ降りるところで、ハクセキレイが出迎えてくれました。

Dsc02055c Dsc02055c  川にもっともたくさんいたのは、コガモたち。あちこちにいます。

Dsc02063c_20230103150401  続いては、ヒドリガモ。これも結構たくさんいるのがみえました。

Dsc02133c_20230103150501 Dsc02154c  写真としてのできは良くないのですが、マガモもいました。マガモを見ると、なんだか嬉しくなります(理由は定かではありません……苦笑)。

Dsc02009c  もう1種類は、カンムリカイツブリ。1羽が浮いていました。サギは、コサギが1羽飛んでいるのを見ただけで、今日出かけたあたりでは、ほかにサギはいませんでした。長良川河口堰にも立ち寄りたいところですが、防災資料館アクアプラザながらが、年末年始で今日まで休み。駐車場には入れないのです。

Dsc02985c  臨時駐車場に立ち寄って、ケリ1羽を確認。ひらいさん情報で、ケリやヒバリがいるということでしたので。 城東地区へ行ったのは、先日会った知人が、保育所近くの水田にケリ数羽が来ていたといっていたからです。今日は、ハクセキレイとムクドリがいたのみ。また、機会を改めて出かけましょう。

Dsc03419c  最後に九華公園を半周。九華公園に着いたのは、9時40分を過ぎた頃。鎮国守国神社の社務所裏にコサギ。アオサギさんは、辰巳櫓跡の松の木に。お休み中でした。

Dsc03441cDsc03474c  奥平屋敷跡、この時間ではあまり鳥はいません。ハクセキレイが2羽いたのみ。シロハラの鳴き声が聞こえて探したのですが、姿は見えませんでした。

Dsc03510c_20230107054901  カモたちは、今日は合計64羽。キンクロハジロが55羽、ハシビロガモが8羽。そして、左の写真は、ホシハジロのメスのようにみえます。ヒドリガモは今日は見当たりませんでした。

Dsc03534c  ユリカモメは、24羽。今日は、あちこちでエサをやる人がいて、あっちへ行ったり、こっちへ来たりと大騒ぎ。写真が撮りにくいのです。

Dsc03568cDsc03574c_20230107054901  ところで、鎮国守国神社にも初詣をしてきました。今日と明後日は、かるた会が開かれます。今日は百人一首、明後日・5日は、桑名のみに伝えられ、保存されてきた「詩かるた」があり、「かるたとり」が開催されます。観光三重のサイトにも案内があります(こちら)。

Dsc03581c_20230107055001  拝殿やそのあたりも清められ、正月らしい飾り付けもされています。ただ、宮司さんの奥様に伺ったら、初詣の方は、だんだんと減ってきているそうです。

Dsc03595c Dsc03616c  こちらが、今年のウサギの飾り。いつものように、氏子の方の手作りと思います。昨日見てきた辰水神社のジャンボ干支のウサギのお尻にはハートマークがありましたが、こちらは久松松平家の家紋である「梅鉢紋」があしらわれています。

Dsc03621c Dsc03630c  さらに、今年はこういう照明が登場していました(なんと呼ぶものでしょう?)。これも手作りのようにみえました。

Dsc03014c  明日は、仕事始め。2週間ぶりの授業になりますから、このあとで予習をしないと(苦笑)。このはためく大漁旗の勢いで講義をしてくることにします(微笑)。

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2023年1月 2日 (月)

2023年辰水神社のジャンボ干支…ウサギ

Img_8560c_20230102135201 Img_8635c_20230102135201  毎年、正月の恒例となっています辰水神社(津市美里町家所)のジャンボ干支を見てきました。こちらに中日新聞の記事がありますが、全長3m、高さ2.8m、重さ200㎏のまさにジャンボサイズ。地元の「ふるさと愛好会」が作り始めて、38回目になるそうです。鉄骨で骨組みを作り、発泡スチロールで成形し、色が塗られています。右の写真のように大賑わい。臨時駐車場が設けられ、キッチンカーも出ているくらい。

Img_8576c_20230102135201  皆さん、あまり気づいていないようでしたが、お尻にハートマークがあります。これがカワイイ。

Img_8604c_20230102135201 Img_8626c_20230102135201  ジャンボ干支のほか、ウサギの顔出しパネルとアマビエの人形や、ミニサイズのウサギもおいてありました。顔出しパネルや、ミニサイズのウサギは、お子さん連れの家族に大人気。隙間を狙ってやっと写真が撮れたくらいでした。

Img_8660c_20230102135201  ジャンボ干支のウサギは、私はこちらのアングルの方が良いかなという気がします。ジャンボ干支のウサギは開運潜門となっていて、ここをくぐって神社に初詣に行きます。ただし、神社は山の上で、180段ある階段を上っていかなければなりません。3年前に1回だけ登って参拝しました(2020年1月4日:津市・辰水神社のジャンボ干支……金色のネズミ)。ちなみにご祭神は、鵜草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと;神武天皇の父とされています)。

 なお、今日も散歩に行き、バードウォッチングをしていますが、その記事は、後ほど別に書くつもりです。

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2022年12月27日 (火)

20221223長島ウォーキング(本編その3)……長島川遊歩道を歩いて日神神社にお参りしなばなの里へゴールして地ビールで乾杯(完)

20221223nagashima2 12月23日に行ってきた「長島ウォーキング」の本編その3です。その2の水辺のやすらぎパーク・旧久我屋敷までで主な立ち寄りポイントは回ってきました。

Img_6084c_20221223190201 Img_6080c_20221223190201  水辺のやすらぎパークでスタートからほぼ5㎞。そこからは長島川遊歩道を歩きます(右の写真)。近鉄長島駅の近くから、長島川に沿って遊歩道が整備されています。今回のように寒い時期はともかく、春、秋など季候の良い時期にはブラブラ歩くのに適しています。右の写真は、水辺のやすらぎパークあたりから北西方向の長島川と遊歩道を眺めたもの。

B4918894  スタートから6㎞を過ぎると、なばなの里花市場にやって来ます。なばなの里は、イルミネーションで有名。花市場は、フラワーショップ&ファーマーズマーケット。花市場にはたまに買い物に来ます。ここで売っている「押し寿司」(左の写真)は、私のソウルフードと同じものなので、食べたくなることがあるのです。

Img_6094c_20221223190201 Img_6090c_20221223190201  その花市場の駐車場の一角にあるのが、日神神社(ひがみじんじゃ)。初めて見つけた時には、なぜここに神社があるのか? と不思議に思いました。しかし、神社はよほどのことがなければ、ほかのところに遷るということはしませんから、もともとここに日神神社があって、その近くになばなの里ができて、駐車場の一角にこれが残されたということなのでしょう。天照大神を祀っています。由緒書きには、元和3(1617)年頃開墾された駒江新田に延宝6(1678)年、西外面(にしども)の八幡社の摂社として現在地に勧請されています。

Img_6116c_20221223190301 Img_6109c_20221223190301  そして、いよいよなばなの里へゴール。今の時期は、イルミネーションで賑わいます。今年のテーマは、「天空の船」だそうです。「国内最大級の煌めきがつくる、奇跡の絶景」というのがセールスポイント。イルミについては、ブロ友&鳥友のひらいさんが、詳しく記事を書いておられます(2022年度N里イルミ製作日記(2022.10.22 製作日記完結!))。

Img_6105c_20221223190301 Img_6102c_20221226040901  この日(12月23日)から12月25日は、「貸し切り営業」となっていました。誰が貸し切った?と思うのですが、「クリスマス特別営業」のため、14時でいったん閉園し、15時以降は、「クリスマス特別営業専用チケット」がないと入れないということ。このチケット、日付指定で、なんと¥5,000とか。なばなの里に着いたのは、12時20分頃で、同級生K氏のもつ年間パスポートで入りました。入るときに「14時までの営業です」と念押しされましたが、この日は園内を見て回る訳ではありません。6.8㎞を歩いてきました。

Img_6114c_20221223190301 1671765881508c  こちら、長島ビール園にほぼ直行。長島の地ビールが飲めるのです。その1にも書きましたが、今年のウォーキング納めのため、なばなの里で、ビールで乾杯しようというのが、この日の最大のミッションだったのです。

1671765866792c 1671768328600c  まずは、冬季限定「ボック」で祝杯。何を祝っているかといいますと、今年1年のウォーキングが無事に終えられたこと、です。続いて、デュンケル。こちらは、ドイツ・バイエルン地方で古くから伝わる下面発酵ビール。泡立ちも良く、口当たりはとても滑らかなビールでした。中ジョッキ2杯もいただいてしまいました(微笑)。

Img_6119c_20221223203401 Img_6134c_20221223190301  何ごともなくゴールし、ウォーキング納めも終えられました。イルミネーションが行われている期間には、なばなの里からは近鉄長島駅まで三重交通のバスが出ています。昼間は1時間に1本で、13時35分発に乗車。近鉄長島駅までは10分ほど。¥220。

Img_6143c_20221226042201 Img_6151c_20221226042201  近鉄長島駅では、13時49分に四日市行き準急があり、すぐに乗れました。桑名駅には13時53分着。¥210。桑名駅の自由通路で、先日設置されたベンチが気持ちよさそうでしたから、試しにちょっと座ってきました。このベンチ、中学生の提案で設置されたそうです。なかなかいい感じでした。

Img_6161c_20221223190301  この日歩いたのは、Google Fitのデータでは12.6㎞。現地で歩いたのが6.8㎞+αですから、この歩行距離はちょっと過大評価になっているかも知れません。これで年内のウォーキングは完了。来年は、美濃街道、養老街道などを通って、多度から大垣まで歩き通そうと話し合っています。コースは現在、調べて、検討中。美濃街道は岐阜県では、伊勢街道とか、桑名街道とか呼ばれているそうです。このルートはほぼ分かったものの、養老の先から養老街道に入りたいのですが、そのルートが今ひとつはっきりしません。養老街道で大垣市内に入り、その先は美濃路をたどるつもりです。

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