20240126津島神社初詣ウォーキング(その2)……大イチョウ、総本家角政から津島神社、天王川公園へ
1月26日に行ってきた「津島神社初詣ウォーキング」の本編その2です。その1では、名鉄津島駅をスタートし、天王通を西に向かい、常楽禅寺、西方寺、円空千体仏、観光交流センター、成信坊、市神社から清正公遺跡などを回りました。冒頭に載せたルートマップその1では、中央からやや左のあたりまでです。その2では、大イチョウ(御旅所跡)から、ルートマップその2に入って、東鳥居脇の大イチョウ、総本家角政を経て、津島神社に初詣し、天王川公園へ。
津島神社の手前、神社の御旅所跡に大イチョウがあります。小高い丘の上に幹周囲5.41m、樹高30m、推定樹齢400年のイチョウがあり、実に見事です。大イチョウはもう1本、東鳥居の脇にもあります(右の写真)。こちらは、幹周囲5.30m、樹高25m、推定樹齢600年と。どちらも愛知県の天然記念物に指定されています。
さて、いよいよ津島神社にお参りというところなのですが、参道のところに総本家角政さんを見つけてしまいました。ここは津島銘菓である「くつわ」「あかだ」という伝統的なお菓子を製造販売しているお店の1軒。くつわは、「茅ノ輪くぐり」に使われる 茅ノ輪を型どったものであり、馬のくつわに形が 似ていてることから名がついたといわれます。一方の「あかだ」は平安時代から続く疫病除けの菓子。あかだは梵語で、無病息災の意があり(阿伽陀)、それがこのお菓子の名前になったと伝えられています。どちらもリンク先に詳しい説明がありますが、固いお菓子としても有名。お店の方に伺ったら、「口に入れてしゃぶっていると、柔らかくなります」ということで、歯の悪い私も安心してかってきました。ということで、お参りする前に土産を買ってしまうという周到さ(笑)。買ったのは、右の写真で右側にある「くつわ」「あかだ」がミックスされて少量ずつ入っている¥200のもの。
話が逸れましたが、ようやく津島神社へ。社格は、国幣小社。古くは津島牛頭天王社といいました。今日も一般に「お天王さま」と呼ばれています。社伝によれば、欽明天皇元(540)年の鎮座ですから。1500年近くの歴史があります。疫病や厄除けの神様として親しまれています。「西の八坂神社、東の津島神社」と並び称され、全国に3000余あるといわれる天王社の総本社です。「お伊勢さんに詣って天王さんを詣らぬのは片詣り」、「東の津島、西の八坂(祇園社)」といわれ、京都の八坂神社と並ぶ牛頭天王信仰の中心でした。この「伊勢に参って○○を詣らぬは片参り」というのは、あちこちにあります。Wikipediaで「片参り」を調べると、伊勢神宮については、多度大社、金剛證寺、香良洲神社、津観音、多賀大社、津島神社、熊野三山、出羽三山がリストアップされています。津島神社については「お伊勢参らば津島へ参れ、津島参らば片参り」、多度大社については「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」といわれています。
朱塗りの鳥居をくぐり、アーチ型の石橋を過ぎると檜皮葺き・入母屋造の楼門があります(東門、重要文化財)。天正19(1591)~20(1592)年に建立されたと考えられています。この楼門は、本殿の東に位置していますが、かつては神社の東側を天王川が流れ、神輿渡御の御旅所もあるため、一般にはこの門が正門としての役割を担っていて、門前町も東側に広がっていました。豊臣秀吉が寄進したという話も伝わっています。
こちらが拝殿。拝殿も檜皮葺きで、切妻造。この奥に祭文殿と釣殿(いずれも県文化財)、さらに本殿(重要文化財)があります。本殿は、檜皮葺き、三間社流造で、徳川家康の四男松平忠吉の妻が、病弱な忠義の健康を祈願して寄進したものです。棟札により慶長10(1605)年の迭営であることが分かっています。これらの建造物はほぼ左右対称に配置され、回廊で結ばれています。尾張造といわれるこの地方独特の形式のものです。江戸時代の『尾張名所図会』に描かれた姿が、現在もほぼ同じ形で残されているそうです。ご祭神は、建速須佐之男命。相殿神は、大穴牟遅命(大国主命)。
南門(県文化財)は、昭和34(1959)年の伊勢湾台風によって倒壊しましたが、復旧作業の際にみつかった墨書により、豊臣秀吉が発病した慶長3(1598)年に、秀頼が父の病気平癒を願って造営したことがあきらかになっています。
こちらは、蕃塀(県文化財)。何故か、蕃塀が気になるのです。蕃塀とは、神社の参道上にある塀で、社殿を直視できないようにするため、または不浄なものの侵入を防ぐために造られたとされます。桑名あたりの神社では、見たことはありませんが、これまでに私は、伊勢神宮、熱田神宮のほか、尾張地方のいくつかの神社で見ています。ほかにも県指定文化財の建造物として、祭文殿・廻廊、摂社弥五郎殿本殿・拝殿、居森社本殿、荒魂社本殿、八柱社本殿などがあるなど、文化財もたくさんあります。
境内末社の1つである菅原社に「三つ石」があります。直径2m、1.4m、3m短径1m前後の滑らかな硬砂岩の自然石3個が、巴状に並んでいます。この「三つ石」は、「尾張名所図会」の神社境内図にもほぼ現在の位置に描かれているそうです。古代祭礼の場としての磐境(いわさか)と考えられ、神社の鎮座と何らかの関わりがあるとされています。
津島神社の南の鳥居を出て、左折し東へ100mほど行くと、堀田家住宅(重要文化財)があります。江戸時代中期の正徳年間(1711~1716年)に建てられたといわれ、屋敷の構えや間取りなどには尾張の地方色がよく現れているといいます。堀田家は、津島神社の社家の系譜を引く一族で、初代は福島正則に仕えましたが、慶長5(1600)年、津島に戻り神職に就いたといいます。その後、手広い事業で財をなし、名家として名字帯刀を許されるほどの家柄になりました。今も、2,000平方メートルを越える敷地に、内玄関、茶室、卯建の上がった屋根などを備えているそうです。ただ、残念ながら、土・日・祝日の未公開で、われわれが訪ねたのは、金曜日で拝観できず。
堀田家住宅から目と鼻の先に天王川公園があります。木曽川の支流である佐屋川に合流する天王川が、江戸時代まで当時の町の中央を流れていましたが、江戸時代中期の河川改修で佐屋川が廃され、天王川はここに丸池として残りました。天王川公園は大正9(1920)年に完成し、日本歴史公園100選の1つに選ばれています。桜もきれいだそうですが、尾張津島藤まつりは有名ですし、夏には尾張津島天王祭が開かれます。どちらも私は来たことがないのですが、一度は見てみたいと思います。
その天王川公園の中之島にヨネ・ノグチ銅像があります。といってもご存じない方がほとんどのように思います。かく申す私も知りませんでした。が、この方、あの彫刻家イサム・ノグチのお父さんなのです。ヨネ・ノグチこと野口米次郎は、明治8(1875)年に津島市で生まれました。愛知一中から慶應義塾を中退してサンフランシスコへひとり旅立ち、北米の大詩人ホアキン・ミラーと出会い、詩作を始めます。明治29(1896)年の詩集「Seen and Unseen」、明治36(1903)年の「From the Eastern Sea」は、優美な情緒にあふれ、欧米で絶賛されましたが、日露戦争を機に日本に帰国。銅像は、佐織の梶浦正之らが発起人になり建立されました。
ヨネ・ノグチ銅像の近くに「石景 百六拾顆」があります。大正十二年六月と刻まれ、「志州答志島」とありますから、鳥羽の答志島から石を運んだということかと思われます。寄付者総代として、中村六右衛門、西川善之助のお二人の名前がありますが、ネット検索では情報は出て来ません。
公園の南西側に片岡春吉翁像が立っています。片岡春吉(かたおか はるきち:明治5(1872)~大正12(1923)年)は、岐阜県養老郡多良村(後の上石津町、現在の大垣市)出身の実業家で、毛織物製造や染色整理を行った片岡毛織の創業者です。「片岡式織機」を創り上げ毛織物の発展に貢献しました。尾西地域の毛織物業(尾州毛織物)の先駆者の一人として、「毛織物業界の父」と呼ばれています。
藤棚を見て、公園の南を回って東側に回ります。ここに入江のようになったところがあります。ここは津島湊跡。津島は尾張から伊勢を結ぶ天王川舟運の川湊として繁栄を極め、全国でも有数の商業地として発展しました。とくに室町時代には、津島湊に商人が集まり、多くの物資の集積場となっています。
津島湊跡のところに車河戸(くるまこうど)。「車」は天王祭の船のこと。祭船に乗せる屋形が石垣に囲まれた島に1年中置いてあります。これは江戸時代からのしきたりだそうです。宵祭りの提灯付けなどの祭の準備はここで行われるそうです。車河戸の南には、祭船が保管されています。
その2はここまで。その3では、瑞泉寺、六角地蔵、三養荘・屋根神など、本町筋に沿って昔の町屋や、旧跡などを見て回ります。
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