20231028名古屋ウォーキング(その1)……JR名古屋駅をスタートし、白山神社、那古野神社、名古屋東照宮、愛知県護国神社へ
10月28日に行ってきた勝手にハイキングシリーズ「名古屋ウォーキング」の本編その1です。この日は、昼頃から風が強くなってきましたが、天気は良く、桑名での最高気温は22.6℃。冒頭の写真は、わが家の玄関先から見た名古屋駅あたり。この日は、これらの高層ビル群の向こう側を歩いてきました。
歩いたルートはこのマップの通り(細かい立ち寄り先は割愛してあります)。JR名古屋駅をスタート&ゴールとし、丸の内から名古屋東照宮、那古野神社、愛知県護国神社、名古屋市市政資料館から名古屋城の南を歩いて、四間道と円頓寺商店街へ。四間道で屋根神と子守地蔵尊、円頓寺商店街では真宗高田派愛知別院から金刀比羅神社、円頓寺を、また、円頓寺本町商店街では多賀宮などを回ってきました。ルートマップ上では、8.3㎞ほどでした。同級生K氏と二人旅。
JR桑名駅を8時10分に出る名古屋行き普通に乗車し、JR名古屋駅には8時10分着。¥350。9時20分頃、名古屋駅の桜通口をスタートし、桜通を東に向かいます。私が名古屋に来たのは、5月27日以来(2023年5月27日:20230527院生OG会)。名古屋にはすっかり足が遠のいてしまっています。たまに来ると人の多さに圧倒されるようになってしまいました。ちなみにJRを利用したのは、名古屋までの運賃が近鉄のそれ(¥530)に比べ、はるかに安いから。
こちらが詳しいルートマップその1。都会の地図ですから、色々な施設などがあり、立ち寄り先を記入するのに苦労しました。
江川線・泥江(ひじえ)町交差点、国際センタービルを過ぎて、1㎞の手前で堀川を桜橋で渡ります。昭和12(1937)年、名古屋汎太平洋平和博覧会が開催された時に、名古屋駅の正面から東へ延びる桜通を完成させ、近代都市名古屋をアピールするための意欲を現した記念的な橋です。その名の通り、親柱や橋灯、高欄などに桜をモチーフにした装飾が施されています。古い橋では、この桜橋のように、親柱、橋灯、高欄などに独自のデザインで装飾が施されているのを見るのも、ウォーキングの楽しみです。
ie丸の内ビルと、中京銀行の間にひっそりと(という感じ)白山(はくさん)神社があります。御祭神は、菊理媛命(くくりひめのみこと)。元は白山権現と称しました。創建は明らかではありませんが、加賀国の白山比咩(しらやまひめ)神社を勧請したのが始まりといわれます。応永・永禄の頃(1394~1569)は、泥江縣神社(広井八幡宮;中区錦一丁目)の境内続きの末社でしたが、慶長の検地の際に境内が二分されたといいます。昭和12年、桜通の開通によって境内地が大幅に減少し、昭和39年現在地に移ったといいます(教育委員会による現地説明板による)。
境内は細長く、奥まったところに拝殿があり、拝殿に向かう参道の左側(西側)に末社8社が並んでいます。右隣には、白玉稲荷社もあります。狭い境内にこれだけの神様がいらっしゃるというのは、歴史を辿るといろいろ興味深いことがありそうです。白山(はくさん)神社のリンク先(名古屋神社ガイド)もご覧ください。戦前までは境内が173坪あったといいます。
この神社で私の目を引いたのは、狛犬。珍しいタイプ。左の写真は向かって左に立つ狛犬、右は向かって右に立つもの。無角の獅子と有角の狛犬とが一対になっていたり、阿吽の一対になっていたり、子取り玉取りになっているのが多いのですが、いささか異なります。獅子が手にしているものは、右は子獅子と思われますので、左は「玉取り」になると思うのですが、穴あき銭をヒモに通したようなものでした。いや、面白い。詳細は、全く不明。説明書きにもありません。ここには、 4年前にJRさわやかウォーキングで来ています(2019年12月29日:20191221JRさわやかウォーキング「歴史や文化が見える市政資料館と輝く金のシャチホコ 名古屋城を歩こう」へ(その1)……桜通、桜橋、白山神社)。詳細は、リンク先にあります。
続いては、那古野神社と名古屋東照宮。隣接してあります。スタートからは2㎞過ぎ。まずは、那古野神社。「なごやじんじゃ」と仮名が振られていることがほとんどなのですが(教育委員会による説明板も「なごやじんじゃ」でした)、「なごのじんじゃ」とされていることもあります。創建は醍醐天皇の御代、延喜11(911)年と伝わります。津島牛頭天王社(つしまごずてんのうしゃ、現在の津島神社)を総本社とする天王社の一つで、当初は亀尾天王社と呼ばれました。天文元(1532)年の合戦で社殿を焼失しましたが、天文8(1540)年、織田信秀により再建。文禄4(1595)年、豊臣秀吉が社領348石を寄進。元和6(1620)年、徳川義直が改めて同じ石高を寄進し、社殿を修造しています。創建時より若宮八幡社と隣接していたのですが、慶長15(1610)年の名古屋城築城の際に、当神社のみが三の丸の郭内に取り込まれ、若宮八幡社は城外に遷座しました。これ以降、三之丸天王社とも呼ばれ、城の総鎮守、城下町の氏神とされました。また、この時、新たに三之丸東照宮(現・名古屋東照宮)と隣接しています。
明治維新のとき、須佐之男神社と改称し、明治9(1876)年、名古屋鎮台が城内に置かれたのを機に、東照宮とともに旧藩校明倫堂跡地である現在地に遷座、明治32(1899)年に那古野神社と改称しています。神社は昭和20(1945)年3月19日の名古屋大空襲で本殿などを焼失、戦後再建されました。御祭神は、須佐之男命(すさのおのみこと)、奇稲田姫神(くしなだひめのかみ)、兵主神(ひょうすのかみ;弓矢を司る軍神)、八柱神。かつて、6月15・16日(現在は、7月15・16日)の例大祭には車楽(だんじり)が曳き出され、近隣からも山車が集まって賑やかだったといいます。
こちらは、名古屋東照宮。その名の通り、名古屋で徳川家康を祀る神社。尾張藩初代藩主・徳川義直が、父家康の三回忌である元和4(1618)年に大祭を行い、翌元和5(1619)、名古屋城内三の丸に取り込んだ亀尾天王社(現在の那古野神社)の隣地に東照宮を勧請し、成瀬正成、竹腰正信を奉行にし、南天坊天海を導師とし9月17日家康の神像を祀ったのが創祀。三之丸東照宮とも呼ばれ、創建当時の境内は3,600坪もありました。本殿の社殿には権現造、楼門、唐門、渡殿、祭文殿等があり、東照宮としてもっとも豪華であったといわれ、社殿などには極彩色がほどこされた華麗なものであったといいます。東照宮は、明治9(1876)年にここに遷されていますが、昭和20(1945)年の戦災により焼失しています。現在の社殿は、義edc3596f.jpg 直公の正室・高原院の霊廟で、万松寺内にあったものを大正3(1914)年、建中寺に遷し、さらに昭和28(1953)年に東照宮社殿として移建されたものです。棟札によると、慶安4(1651)年の建物だそうです。
なお、那古野神社、名古屋東照宮ともに私は4年前のJRさわやかウォーキングで訪ねています(2019年12月30日:20191221JRさわやかウォーキング「歴史や文化が見える市政資料館と輝く金のシャチホコ 名古屋城を歩こう」へ(その2)……名古屋東照宮、那古野神社、本町橋、大津橋を経て、名古屋市市政資料館へ)。詳細は、リンク先をご覧ください。
那古野神社・名古屋東照宮の北、すぐのところに外堀通り。この北に愛知県護国神社があります。私は、ここには初めて行きましたが、K氏は以前来たことがあり、「戦艦大和の大砲の弾があった」といいますので、それも見たかったのです。戊辰戦争から第二次世界大戦までの愛知県関係の戦没者9万3千余柱を祀っています。明治元(1868)年、尾張藩主徳川慶勝が戊辰戦争で戦死した藩士ら25人の霊を現在の愛知県名古屋市昭和区川名山に祀り、翌明治2(1869)年5月に「旌忠社」として祠を建てたのに始まります。明治8(1875)年に招魂社となり、明治34(1901)年には官祭招魂社となりました。さらに、大正7(1918)年、城北練兵場(現・名城公園北園内)に、また、昭和10(1935)年に現在地に遷座しています。昭和14(1939)年、愛知縣護國神社に改称しました。
主祭神は、愛知県ゆかりの戦没者9万3千余柱。この日は、「秋のみたま祭」が挙行されており、境内にはたくさんの方がいらっしゃっていました。
こちらが、戦艦大和記念碑。その主体が戦艦大和の主砲弾です。この記念碑は、戦艦「大和」乗組の英霊2,700余柱を顕彰のため、東海地区戦艦大和会が昭和42(1967)年4月に建立。戦艦大和の主砲弾とは、大和主砲(四六糎砲(46cm砲))弾の実物(91式徹甲弾)です。
愛知県護国神社の境内には、多数の慰霊碑や鎮魂碑があります(こちらを参照)。これは、パラオ海軍部隊慰霊碑。駆逐艦の碇がモニュメントになっています(艦名は、記載されていません)。こちらのWebサイトには、愛知県護国神社にある慰霊などのすべてが載っています。
キリがよいので、その1はここまで。その2は愛知県議員会館、名古屋市市政資料館から。
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