20230702美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」(その1)……美濃青柳駅をスタートし、六社神社、正円寺他を周り美濃路との追分の塩田橋まで
7月2日の美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃青柳~大垣」の本編その1です。この日は、梅雨の晴れ間で好天。桑名では最高気温が33.9℃という蒸し暑い日でした。養老鉄道美濃青柳駅から大垣駅までを歩き、美濃街道(養老街道)ウォーキングもいよいよ最終回。美濃街道(養老街道)ウォーキングは、2021年2月27日に桑名市川口町の東海道との追分から歩き始めました(20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完))。以来、間が空いたりしましたが、この日までに合計9回。いよいよ大垣まで到達。三重県でいう「美濃街道」(岐阜では伊勢街道、桑名街道と呼ぶようです)は、関ヶ原で中山道に至るのですが、美濃高田近くからは、美濃街道は鉄道の駅からは離れ「電車で行って電車で帰る」スタイルで歩くのは困難となります。そこで、美濃高田あたりから養老街道に入り、大垣を目指すことにしたのです。今回も同級生K氏と二人旅。
こちらがこの日歩いたルートマップ。美濃青柳駅から、前回、養老街道を離れた綾野まで、杭瀬川を越えて1㎞あまり。そこから杭瀬川沿いに北上。3㎞ほどで杭瀬川を渡る塩田橋に行き当たります。ここが養老街道と美濃路との追分。ここからは美濃路をたどって大垣の市街地へ。8㎞地点が大垣城東口惣門。美濃路はここで東に向かいますので、ここまでが街道歩き。ゴールに設定した大垣駅に向かいます。現地で歩いたのは8.7㎞でした。
桑名駅を8時9分に出る大垣行き普通に乗車。美濃青柳駅には9時20分に到着。この日は普通に乗車券を買うと、合計¥1,530となり(桑名~美濃青柳が¥700、大垣~桑名が¥830)、1日フリー切符(¥1,500)の方が、わずかながら安いので(¥30)そちらを利用。
美濃青柳駅を9時20分過ぎにスタート。杭瀬川を渡り、前回、養老街道から離れた綾野を目指します。冒頭の写真は、杭瀬川を渡っているときに通過した東海道新幹線を撮ったもの。左の写真は青柳橋、右の写真は綾野の県道96号線から養老街道が右に逸れるところ。
くわしいルートマップその1。美濃青柳駅をスタートし、杭瀬川を青柳橋で渡ります。綾野の町にある浄徳寺、真照寺、報恩寺の3つのお寺は前回立ち寄りました。東海道新幹線の線路をくぐって杭瀬川に沿って北上します。2㎞を過ぎたところにある六社神社にまずは向かいます。
東海道新幹線の高架を潜り、杭瀬川沿いを北上します。写真で分かるように、上天気。堤防の上の道を歩いていますので、暑いこと。
スタートから2㎞あまりで六社神社。ご祭神は素戔男命、大己貴命(大国主命)、少彦名命の3柱に、地主神の出早雄神(いずはやおのみこと:長野県内の民間信仰の神で、諏訪地方では建御名方神(諏訪大社の祭神)の御子神とされています)、塩野神、和世田神の6柱。文明2(1470)年、旧塩田村開発のときに、開拓者であった塩田一族が、発祥地である信濃国塩田邑の産土神である塩野神社(長野県上田市にある塩野神社と思われる)の御霊を勧請したといいます。その塩野神社は、白鳳元(673)年4月 出雲大社から分霊を勧請して、塩田地方の産子神としたと伝わっています。
境内の南方に山神跡があり、そこは往古より、”おしゃもり”さんと俗称され神厳で、信濃諏訪大社信仰による『御左口神』で、国津神である健御名方命を祀ったものと推察できるそうです。この御左口神(みさこじしん)は、現在は、本殿の北に遷座しています。この神は、中部地方を中心に関東・近畿地方の一部に広がる民間信仰(ミシャグジ信仰)で祀られる神(精霊)といいます。長野県にある諏訪地域はその震源地とされており、実際には諏訪大社の信仰(諏訪信仰)に関わっていると考えられています。全国各地にある霊石を神体として祀る石神信仰や、塞の神・道祖神信仰と関連があるとも考えられているそうです。
六社神社から再び杭瀬川の堤防道路に戻り、北に向かいます。 くわしいルートマップはその2へ。静里の町に入って、正円寺、法永寺、長源寺の3つの寺を訪ねた後、塩田橋へ。ここが美濃路と養老街道との追分。常夜灯、道標、旧盬田橋親柱があります。ここからは美濃路をたどり、徳円寺、求浄庵、久瀬川神社に向かいます。
まずは、真宗大谷派の七峰山正円寺。お寺の創建など詳しいことは分かりませんが、古くは七峯山宗暁寺といったようです。
本堂の南に「正円寺経塚(県史跡)」があります。経塚の敷地は約4㎡で、周囲は柵で囲まれ、その中に碑が建っています。高さ70cm、台石の幅50cm。文治5(1189)年の築造と推定されています。近郷の僧俗多数の方の協力があったそうです。
続いて、曹洞宗の法永寺。ネットでは詳細な情報はありませんでしたが、ここの住職を務められた小沢道雄師(大正9(1920)~昭和53(1978)年)が、第2次大戦後のシベリア抑留で両足を失ったにも関わらず、たくましく生き抜く生涯を描いた自伝小説「本日ただいま誕生-苦しむのは比べるからだ-」を書いておられるそうです。この小説は昭和54(1979)年に映画化もされ、植木等さんが主人公を演じています(こちら)。
真宗大谷派の長源寺。ここもネットでは詳細な情報はありません。
ここ長源寺の山門前に「蒼立 空海師 卅保院(?) 徧照山功徳光院長源教寺」というやや古い石柱が建っています。これもネットで調べたものの、特に情報は出て来ませんでした。もとは空海が創立したということなのでしょうか?? 山門に向かって左には、右の写真のように「大谷派由緒地長源教寺」と刻まれた石柱も建っていますが、これもまたよく分かりません。分からないことばかりです(苦笑)。
さらに境内には、「大日本国 仏暦開祖 普門律師の碑」と刻まれた石碑が建っています。普門律師(建暦2(1212)~正応4(1291)年)は、鎌倉中期の臨済宗の僧と思われます。南禅寺派の祖で、長野の人。40歳のときに入宋、帰国後再び円爾弁円に随侍しています。弘安4(1281)年東福寺第三世。正応4(1291)年亀山上皇の帰依を受けて南禅寺開山となりました。この石碑は、天保10(1839)年の建立。「推歩傳持」という名前が右面にあります。「推歩」は、辞書的には、「たどるようにして歩くこと」ですが、名前か雅号かも知れません。「伝持」は、 仏教で、法をうけ伝えて維持することです。
3ヶ寺からすぐ近くに塩田橋があります。ここにはかつて塩田湊がありました。明治の頃、桑名湊と赤坂湊との間は舟運が盛んで、塩田湊はその中継箇所として常時20~30艘の船が停泊し、船頭相手の銭湯、米屋、雑貨屋等の店が軒を並べ大変賑わったそうです。明治12(1880)年8月に杭瀬川を往来する船の安全祈願と航路標識、伊勢両宮への献灯として湊の西側に塩田湊常夜灯が建立されました。ただ、この常夜灯は、残念なことに平成30(2018)年9月4日の台風21号によって被害を受けてしまっています。
この常夜灯のところに旧盬田橋の親柱と、養老街道の道標もあります。旧盬田橋の親柱には、木製と鉄の欄干との接続に鉄板が使われたため、くびれがあり、その跡がはっきりと残っています。道標は明治13(1880)年に建てられたもので、碑表には「從是 養老公園道」、また、右面には「養老へ三里 高田へ弐里」とあります。東面には「明治十三年十月 大垣本町 久保田鐵蔵 建立」とあります。
塩田橋を渡ってさらに進みますが、長くなりますからその1はここまでとします。その2は、この先の徳円寺から。この塩田橋からは、美濃路をたどっていきます。
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