20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(予告編)
薄い雲がかかっていましたが、今日も真夏日。桑名では最高気温は30.2℃。湿度がかなり高い感じでした。蒸し暑い中、美濃街道(養老街道)ウォーキングに行ってきました。6月4日の続きで(2023年6月4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編))、今日は養老鉄道美濃高田駅から美濃青柳(みのやなぎ)駅まで。この間、養老鉄道の駅は、烏江、大外羽、友江と3つあります。現地で歩いたのは、ルートマップ上10㎞。蒸し暑かった上に、自分でつくったコースなのに、コースミスをしでかし、余計に疲れました(苦笑)。今回も同級生K氏と二人旅。今日のところは、予告編。
こちらが今日歩いてきたルートの全体像。途中の立ち寄り先に言及するのは割愛しますが、本来は3㎞を過ぎたところにある大神宮常夜灯・小畑橋跡から養北小のすぐ北に出て、そこから北東に進み、蛇持経塚跡に向かうはずでした。歩いた距離はさほど変わらないと思いますが、東へ向かうところを北に行ってしまいました。寺社2つほどすっ飛ばす羽目に。さらにその余波で渡し場跡1ヶ所も見忘れました。
桑名駅を8時9分に出る大垣行きの普通電車に乗車。美濃高田駅には9時6分に到着。¥700。駅から西に向かい、前回も通ったミズノテクニクスの前へ。ここからが養老街道になります。
ミズノテクニクスの工場と駐車場の間の細い道を抜けて行ったあたりが、南直江渡し跡。牧田川の支流を挟む南直江と島田とを結んでいました。渡船は常時ではなく、水位が増えたときのみ。それ以外のときは板で仮橋を架けていました。この渡しがあったところに大神宮常夜灯。五日市川を渡る目安だったそうで、大正天皇もここを通られ、高田小学校で小休止されたといいます。
そのすぐ北に時宗の西光寺跡。高田で唯一の時宗のお寺だったそうですが、平成20(2008)年に廃寺になったそうです。高田橋のすぐ西にも大神宮常夜灯があります。この近くに佐竹直太朗之碑があったのですが、高田橋の掛け替えに伴って移設されてしまい、今はありません。佐竹直太朗は、郡会議員、県会議員、国会議員などを務め、牧田川改修工事などに尽力したそうです。
牧田川にかかる高田橋を渡り、西へ。直江の町へ降りていく道があるあたりに馬頭観音と大神宮常夜灯があります。このあたりは、北直江渡し跡です。明治初期まで渡し場があったといいます。明治以降は板橋が掛けられたのですが、昭和初期に高田橋がかけられ、渡し場はその役割を終えています。
霊瑞山蓮光寺。真宗大谷派のお寺です。創建は文明11(1479)年です。ご本尊は阿弥陀如来。蓮光寺の由緒は昔日野了善(ひの りょうぜん)という豪族が京都の本願寺に詣でて本願寺8世蓮如の教化を信じ、真宗に帰依して蓮光寺と号しました。本堂は明治年代に再建されています。
境内には、タラヨウ(多羅葉)の木があります。タラヨウは近畿以西、四国九州の暖い山地に生える常緑樹で、岐阜県では、やや珍しいそうです。「タラヨウ」の由来は、先の尖ったもので葉の裏側に文字を書くと黒く跡が残る性質が、インドで仏教の経文を書くのに使われた貝葉の原料であるヤシ科のタラジュ(多羅樹)と同様であるために名付けられたといいます。忍者が手紙として利用したという言い伝えもあります。
蓮光寺の北に多芸公民館があります。ここは旧多芸小学校跡で、記念碑と二宮尊徳像が建っています。余談ですが、養老山麓一帯を多芸野と呼びます。前回訪ねた大菩提寺(大悲閣)の入口に「当芸野(たぎの)標柱」がありましたが、これは日本武尊の故事を現在に伝えています。『古事記』によれば、日本武尊が伊吹山の悪神征伐の帰途、このあたりへ来たとき、足の痛みを『我が足、当芸当芸(タギタギ)しく成りぬ』と嘆いたといいます。その後、このあたりが「当芸野(または多芸野)」と呼ばれるようになったのです。この公民館で水分補給。
公民館の先で名神高速道路の下をくぐります。その先は水田地帯を通り抜けて小畑川に向かうのですが、田んぼにはオタマジャクシがたくさんいたり、小さい川魚が泳いでいたりして、子どもの頃を思い出しました。
小畑川ダムですが、ダムというにはかなり小さいものでした。昭和8(1933)年からの改修工事でつくられたのですが、昭和の後半頃までは小学生たちの水泳場で、この周辺はホタルの名所だそうです。ダムの少し上流に大神宮常夜灯があります。このあたりには小畑橋がかかっていました。明治13(1880)年に養老公園が開設され、その公園道として利用されました。明治43(1910)年には統寺皇太子であった大正天皇がこの橋を人力車で渡っています。また、このあたりの小畑川は、江戸時代中頃の曲がりくねったままだそうですし、昭和初年まではアユも遡上したといいます。
このあと、痛恨のミス。自分でつくって、自分で描いたコースマップを読み間違え、コースをはずれました。伊吹山も見えて、なかなかよい景色などと喜んでいたのですが、いつまで経っても養北小学校が見えてこないので、アヤシいと思ったのです(苦笑)。やむを得ず、蛇持交差点へ。ここで予定したルートに至るのです。
蛇持交差点から北に進み、色目川に突き当たったところで東へ。柿(こけら)池のところに蛇持経塚跡があります。蛇持経塚跡は、中世(12世紀後半〜16世紀後半)の遺跡で、昭和8(1933)年におこなわれた救農土木工事の際に、色目川南堤防の南の池の底から、柿経(こけらぎょう)が多数出土しました。この付近からは、他にも弥生土器や花瓶形の焼き物が発見されたと伝えられています。養老町の史跡に指定されています。
美濃高田あたりからも見えていたのですが、ここ色目川まで来ると、この削られた山がよく見えてきます。帰宅して調べたら、金生山(かなぶやま、通称:きんしょうざん)でした。大垣市赤坂町から揖斐郡池田町にまたがる、伊吹山地の南東端に位置する山でした。掘削前の最高標高は217.1 m、東西1km、南北2kmの丘陵で、日本一の石灰石生産地として山の大部分が削り取られたのだそうです。かなり歩いてきましたから一休みしたかったのですが、日陰がありません。やむなく東海環状自動車道の高架下の日陰で小休止(苦笑)。
相川の右岸を北上し、養老橋を渡ると、大垣市に入ります。このあたりで6㎞を過ぎており、時刻は12時をすぎた頃。しばらくは立ち寄るところもありませんので、ひたすら県道96号線を北東に向かって歩きます。
8㎞を過ぎ、綾野の町でお寺を3ヶ所訪ねます。左の写真は、扶桑山浄徳寺。右の写真は、亀甲山真照寺。いずれも真宗大谷派のお寺。
これらのお寺の北に補陀山報恩寺。曹洞宗のお寺。永禄元(1558)年3月、薩摩の僧一元和尚が創建。明暦3(1657)年5月、昌山和尚によって再建されています。再建当時は多数の雲水が修行する僧堂をはじめ、七堂伽藍が建ち並んでいたそうですが、洪水や火災、地震等により、往時の面影を喪失しました。薬師堂には円空の彫った薬師三尊、十二神将が安置されています。
このあと、東に向かって杭瀬川を渡ります。ここから北を見ると東海道新幹線がよく見えます。ちょっとまって新幹線が通過する様子を撮影。右は、杭瀬川にかかる橋。川幅は普段はさほど広くはありません。橋に欄干はありませんから、大雨で水量が増えたときには、いわゆる「沈下橋」になると思われます。
川を越えたところにまず、徳勝寺。真宗大谷派。創建は不詳。応永32(1425)年、勝円により真宗に改宗。弘安3(1280)年に元寇を調伏するために南宮大社で鋳造された梵鐘(通称、弘安祈願の鐘)を所蔵しています。右は、徳立寺。こちらも真宗大谷派。詳細は不明です。
もう1ヶ所の立ち寄り先が残っています。それは、こちら。日蓮正宗の経説寺。門前だけ拝観してきました。このあともちょっとコースをはずれたりしましたが、すぐに元に戻っています。
養老鉄道美濃青柳駅に行く前にカフェで昼食を摂ることにし、あらかじめ調べておいたハシンというお店へ。13時15分頃です。
日曜も、ありがたいことにランチがありました。数量限定とあったのですが、間に合いました。今日のランチメニューは、オムカレーライスにハムカツ。これで¥800は安い。オッサン(ジジイ?)二人は、これで満腹。食べ過ぎたかも知れません。
養老鉄道美濃青柳駅には13時45分過ぎに到着。13時54分に桑名行きの普通があります。桑名には、14時58分に到着。美濃高田から4駅分歩いてきたのですが、電車賃は、美濃高田~桑名と変わらず、¥700。
今日のGoogle Fitの記録。歩いた距離は14.56㎞、歩数は22,425歩。よく歩きました。蒸し暑かったのでいささかお疲れです(微苦笑)。本編は、また明日以降、時間を見つけて書いていくことにします。
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