お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年1月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年1月31日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

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2023年6月

2023年6月30日 (金)

今日はヒヨドリに遭遇……カラスやスズメばかりではありませんでした

Dsc07962c  昼前から昼過ぎにかなりの雨が降りましたが、明日にかけては雨という予報です。朝は家事を済ませ、8時45分から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、内堀公園、京町、寺町と6.5㎞ほど。今日も時間が遅かったので、散歩友達にはほとんど会いませんでした。

Dsc07990c  今日もまた、あちこちで見るのは、スズメばかりで、他の鳥は少なく、残念。というか、蒸し暑いので「修行」に励んだような気分。三の丸水門のところでハクセキレイ。幼鳥のようでした。

Dsc08008c Dsc08030c  九華公園で散歩友達&鳥見の大先輩のSさん。スズメにエサをやっておられました。「コミュニティバスに乗り遅れたから、こんなことをしているんだ」とか。いつも散歩ついでにコミュニティバスに乗って市内漫遊をしておられます。

Dsc08040c Dsc08099c_20230630150101  カラスは、この頃九華公園にたくさんいます。というのも、私たちが毎日見ていた、奥平屋敷跡にハシボソガラスの巣があったほか、朝日丸跡と鎮国守国神社にも1つずつ烏の巣があったのです。これらはハシボソか、ハシブトか不明。3つも巣があって、皆巣立ったようですから、九華公園生まれの烏たちがたくさんいるからのように思います。ハシビロガモのオスは、いつものように野球場の南の堀にいました。どうしているか心配して見に来る方がたくさんあります。

Dsc08118c  公園の外周遊歩道の南で、久しぶりにヒヨドリ数羽に遭遇。あんなにたくさん、うるさいほどたくさんいたのに春先からいなくなっています。繁殖のためかと思っていますが、堂なのでしょう。真相は不明。このあとの公園では、いずれもスズメくらいしかいませんでした。

Dsc08155c  京町のお宅のツバメの巣。今日は、親ツバメは私が見に行ったときには留守。これまで他の巣でも経験していますが、ずっと巣に就いているわけではなさそうです。

Dsc08132c  という次第でヒヨドリには出会ったものの、他はいつも通り。以前から、この時期から「散歩は修行に変わる」と書いていますが、まさにその通りの展開。花も同じようなもので、ワンパターン。散歩友達のWさんはこれを「犬の卒倒」といいます(苦笑)。

Dsc08213c  明日は雨のようですが、美濃街道(養老街道)ウォーキングの最終回を予定している日曜は晴れて暑くなるようです。ありがたいようなそうでもないような。まあ天気についてぜいたくはいえませんから、良しとしましょう。

2023年6月29日 (木)

カラスとスズメのみ(苦笑)

Dsc07952c  今日も真夏日で31.0℃。午前中は曇りがちでしたが、午後からは晴れ間も出て来ました。相変わらず蒸し暑くて閉口します。朝8時半からいつものS理容院さんへ散髪に。「いつもの通りで?」「はい、お願いします」で済むのが何といってもありがたいのです。9時20分に散髪を終え、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、新築町、寿町、八間通と6.5㎞。11時前に帰宅。いつもより1時間半くらい遅くからの散歩ですので、散歩友達もほとんどいませんし、今日もまた鳥はいません。

Dsc07845c_20230629155601 Dsc07852c_20230629155601  九華公園で見たのは、カラスとスズメとハシビロガモのオス(苦笑)。これらは、ハシブトガラス(嘴太烏)。くちばしが太い。額が出っぱっていて、くちばしとは段になって見えます。右の写真は、今年生まれの幼鳥。親にエサくれアピールをしています。

Dsc07912c  Dsc07889c スズメは九華公園内のあちこちにいます。ハシビロガモのオスは、いつものように野球場南の堀にいました。ほかにはカワラヒワ、ムクドリくらい。コゲラの鳴き声を聞いたものの、姿は見えませんでした。

Dsc07834c Dsc07862c_20230629155601  花菖蒲はほとんど終わってしまっていますが、まだぽつりぽつりと咲いています。鎮国守国神社の境内でヒマワリ。ベルベット・クイーンというらしい。

Dsc07927c  京町のお宅にあるツバメの巣。今日は、親ツバメがいましたが、後ろ向きでこちらにはお尻を見せていました。寿町方面では所用1件を済ませ、帰宅。

Dsc07944c_20230629155601  昨日の授業(演習)のQ&Aは、今朝早くに完成。すでにメールで送って印刷をお願いしました。感想がほとんどでしたので、早く作業を終えられました。あとはどんなレポートが出てくるか、ドキドキしながら待つことにします(来週の授業で提出)。「感想文ではありません」とか「自分だけ分かっているような書き方は駄目です」「書いたものがすべてで、提出されたもので採点するので、『そういう意味ではありません』などの言い訳は通用しません」などなどと注意を与えてありますし、書き方のポイントも示してあります。しかし、1、2年生ばかりですからさほどたくさんレポートを書いた経験はなさそうで、気になります。

Dsc07954c Dsc07958c  オマケはベランダ園芸。アサガオ2鉢の内、1鉢は元気いっぱい。種を蒔いてからまだ2ヶ月にもなりませんので、つぼみは出ていません。もう1鉢は、ちょっと元気なし。サギソウは、これまでつぼみがついたものはすべて花が咲きました。残り2鉢には、これからだろうと期待しています。なんと言っても普通なら、7月後半に咲くのですから。

Dsc07956c_20230629155601  メダカの睡蓮鉢。熱帯スイレンとホテイソウがすごい勢いで成長中。ホテイソウは、ずいぶん処分をしました。メダカは元気ですし、赤ちゃんや少し成長した子どもも別の水槽で元気にしています。一体どれだけいるか、不明。数えられません。

20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(その3)……大垣市に入り、大神宮常夜灯から6つの寺をめぐって美濃青柳駅にゴールにて「完」

Minotakada4  6月25日の美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」の本編その3です。その2では、コースミスをしでかし、いくつか予定した立ち寄り先をパスせざるを得なかったものの、何とか大垣市に入りました。8㎞手前から大神宮常夜灯を見てからお寺を6ヶ所めぐっていよいよゴールの美濃青柳駅に向かいます。

Img_7043c_20230627115601  大垣市綾野にある大神宮常夜灯。いつ建てられたかは分かりませんが、「村内安全」と掘られています。この常夜灯の先で県道96号線から離れ、西に入って、3つのお寺をめぐっていきます。

Img_7046c_20230625190101 Img_7053c_20230627115601  まずは、扶桑山浄徳寺。真宗大谷派のお寺です。由緒書きもありませんし、ネットで検索してもこれという情報は出て来ませんでした。

Img_7058c_20230627115601  境内に「桑原房枝刀自報恩之碑」がありましたが、ネットでは情報は出て来ません。「刀自(とじ)」とは、家事をつかさどる婦人。主婦。また、女性を尊敬または親愛の気持をこめて呼ぶ称です。銘文をざっと読みますと、この浄徳寺の人で、故あって寡婦となったものの門徒を薫化したり、裁縫を教えたりし、また、温情にあふれた人であったことを顕彰しているものでした。昭和33(1958)年に77歳で亡くなり、この報恩の碑は昭和35(1960)年に建てられています。

Img_7076c_20230627115601 Img_7087c_20230625190101  こちらは、亀甲山真照寺。ここも真宗大谷派のお寺ですが、詳しいことは分かりません。このお寺もそうですが、浄徳寺も山門が長屋門になっています。美濃街道沿いのお寺では、こういう長屋門があるところをよく見ます。

Img_7096c_20230627115601 Img_7106c  これら2つの寺の北にあるのが、補陀山報恩寺。曹洞宗のお寺。永禄元(1558)年3月、薩摩の僧一元和尚が創建。明暦3(1657)年5月、昌山和尚によって再建されています。再建当時は多数の雲水が修行する僧堂をはじめ、七堂伽藍が建ち並んでいたそうですが、洪水や火災、地震等により、往時の面影を喪失しました。

Img_7104c_20230627115601  薬師堂には円空の彫った薬師三尊十二神将が安置されています。西美濃三十三霊場第二十三番札所でもあります。

Img_7121c_20230625190801 Img_7148c_20230625190801  報恩寺から次の目的地に行くには県道96号線を越えて、杭瀬川を渡ります。杭瀬川の川幅そのものはさほど広くないのですが、河川敷は広く、北を見ると東海道新幹線の鉄橋がよく見えます。そこで「俄撮り鉄」となったのですが、いざ待っていると列車はなかなかやって来ません。何本か撮影してから、青柳橋を渡ります(右の写真)。いわゆる沈下橋になっていました。河川敷には畑がたくさん作られています。

Img_7164c Img_7176c_20230627115701  杭瀬川を渡ってすぐに青柳山徳勝寺。真宗大谷派。創建は不詳ですが、応永32(1425)年、勝円により真宗に改宗。弘安3(1280)年に元寇を調伏するために南宮大社で鋳造された梵鐘(通称、弘安祈願の鐘、重要文化財)を所蔵しています。この梵鐘は南宮大社からその神宮寺である朝倉山真禅院へ伝わり、その後大垣八幡神社へ移されました。しかし、明治6(1873)年の神仏分離運動により神社では所蔵できなくなったため、当寺へ譲られたものです。岐阜県最古の有銘梵鐘。右の建物にこの鐘が保管されていると思われます。

Img_7180c_20230625190901 Img_7185c_20230627115801  徳立寺。こちらも真宗大谷派。由緒書きもありませんし、ネットでもとくに情報は出て来ませんでした。

Img_7189c_20230625191201  さらに、もう1ヶ所は、日蓮正宗経説寺(きょうせつじ)。こちらも詳しいことは分かりません。概観を拝見しただけです。これで、コースミスをしたところを除いて目的地はコンプリート。

Img_7196c_20230625191001 Img_7200c  ゴールの美濃青柳(みのやなぎ)駅に行く前に昼食タイム。駅近くに2軒のカフェがありましたので、そのうちのハシンさんへ。「モーニング&ランチ HASHIN」とあります。13時15分頃に入店。

230625133016091c  この日は日曜でしたが、日曜もランチがありました。数量限定とあったので心配したのですが、見事ゲット。ランチメニューは、オムカレーライスにハムカツ。これで¥800は安い。オッサン(ジジイ?)二人は、これで満腹。食べ過ぎたかも知れません。

Img_7209c_20230627115801 Img_7219c_20230625192001  ゴールの養老鉄道美濃青柳駅には13時45分過ぎに到着。上下兼用のホームが1本あるだけで、切符の販売機もありません。飲料自販機はあります。乗車票をとって電車に乗ります。

Img_7230c_20230627150901 Img_7232c_20230625192001  13時54分に桑名行きの普通があります。桑名には、14時58分に到着。美濃高田から4駅分歩いてきたのですが、電車賃は、美濃高田~桑名と変わらず、¥700。

Screenshot_20230625152820c  この日のGoogle Fitの記録。歩いた距離は14.56㎞、歩数は22,425歩。よく歩きました。蒸し暑かったのでいささかお疲れです(微苦笑)。実は、この日からスマホを新しくしたのですが、今日まで見ていますと、Google Fitの歩行距離のデータは、少し多めにカウントしているかもしれないという気がしています。それはともかく、今回で大垣市に入りました。次回、養老街道と美濃路の追分に達し、大垣駅に最終的にゴールできる見込みです。

2023年6月28日 (水)

今日の授業は、楽しい演習

230628110048115c 230628110417338c  熱帯夜にはなりませんでしたが、最低気温は24.0℃で蒸し暑い夜でした。今日の江戸橋方面の授業は、楽しい演習。テーマは「傾聴」。これまで10回の授業で座学、DVD視聴などを通して学んだことを、実地にトライするという趣旨。説明をしている間、学生諸君はかなり緊張した様子で、いつも以上に真剣に私の話を聞いていました。しかし、実際に演習に入ったところ、けっこう楽しんでやっている様子が見られました。たまにはいいでしょうから、演習の場面の写真も載せてみました。3人で1組となって、3つの役割を順次交代しつつ経験していくのです。残りの&最大の課題は、今日の成果をレポートにまとめ、来週の授業で提出するということ。これまたけっこう難しいのですが、フォーマットを配って、そこに文章で書き込むというスタイルを採っています。どんなレポートが出てくるか、楽しみです。

230628123731349c  授業のあと津駅まで行って、また駅ビルにある別所書店で文庫本と新書をゲットしてきました。買ってすぐ戻るというとんぼ返り。13時半過ぎに帰宅して、昼食を摂り、出欠チェックを済ませ、Q&Aに取りかかったところです。出席票をざっと読んだ印象では、「聞くのと実際にやってみるのとでは大違い」という感想に集約できます。もう少し簡単にできるとか、もっとやれると思っていたようですが、傾聴する、理解的態度で聴くというのは、実はけっこう難しいのです。自分の価値観というフィルターを通して聴いて理解していたり、途中で何かいいたくなったり、「次に何をいおう」などと余計なことを考えていたりして、きちんと聞いて、相手がいわんとすることを正しく理解していないということが案外多いのです。

Raderc 230628142127757c  ところで今日の天気予報は、曇りであるものの大気が不安定なので、昼過ぎから雨や雷に注意というものでした。授業が終わって江戸橋駅まで行く途中、遠くで雷鳴が響いていましたが、帰宅するまでは大丈夫でした。昼食を食べている頃から桑名でもゴロゴロいい始め、雨雲レーダーがご覧のようになってきて、土砂降りと雷。幸い10数分で雨も雷も通り過ぎていきましたが、アメダスによれば14mmほど降ったということでした。

230628134015998c  Q&Aは、今回も前回のDVD視聴のときに続いて、学生諸君の感想、コメントを中心にして、私のコメントはさほど書かなくても良い見込み。ほかの学生たちが何を考え、どう感じたかを知ることはとても勉強になるはずなのです。

20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(その2)……小畑川ダム、常夜灯を見てコースミス、蛇持経塚跡から養老橋を渡っていよいよ大垣市へ

Minotakada2  6月25日の美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」の本編その2です。その1では、養老鉄道美濃高田駅をスタートし、南と北の直江渡し跡から、蓮光寺、多芸公民館などを経て、名神高速道路の下をくぐりました。その2では、水田地帯を進み、小畑川ダム、大神宮常夜灯を経たのち、北東方向に養老街道をたどって遺跡、祐泉寺、八幡神社などから蛇持経塚跡へ行くコースをつくったのですが、小畑川のところでコースミス。いささか大回りして蛇持(じゃもち)経塚跡に到達しています(苦笑)。

Img_6841c_20230627044801 Img_6830c_20230627044801  名神高速道路をくぐった先の町の様子は、公民館があった方とはかなり違った印象でした。花屋さんや歯科医院があります。名神高速道路は昭和38(1963)~昭和40(1965)年にかけて順次開通しています。私がちょうど小学生の頃ですから、60年ほどになります。これだけの時間が経つと町の様子もずいぶん変わったものと思います。

Img_6844c_20230625183801 Img_6852c_20230627045301  小畑川までは水田の中を通っていきます。比較的最近田植えが行われたようで、田んぼには水が入っていました。無数のオタマジャクシがいたり、淡水魚が泳いでいる田んぼもありました。田植えが終わって、田んぼに水が入っている光景は、どこか懐かしく、また、ホッとするものがあります。子どもの頃、自宅の裏にも水田が広がっていて、そこでよく遊んだことも思い出します。

 Img_6862c_20230625184001 水田を通り抜けると、小畑川に行き当たります。Img_6856c_20230627061801養老町金屋を水源として杭瀬川に合流する4.7㎞ほどの短い川です。流量は少なめでした。北側は色目川との間に蛇持輪中、南側は牧田川との間に飯積輪中があったそうです。この川の小畑橋のすぐ上流に、小さな小畑川ダムがあります。昭和8(1933)年からの改修工事でつくられたのですが、昭和の後半頃までは小学生たちの水泳場で、この周辺はホタルの名所だそうです。

Img_6894c_20230625184101 Img_6873c_20230627062401  ダムの少し上流に大神宮常夜灯があります。このあたりには小畑橋がかかっていました。明治13(1880)年に養老公園が開設され、その公園道として利用されました。明治43(1910)年には統寺皇太子であった大正天皇がこの橋を人力車で渡っています。また、このあたりの小畑川は、江戸時代中頃の曲がりくねったままだそうですし、昭和初年まではアユも遡上したといいます。余談ですが、この常夜灯のあたりにカイツブリが2羽いました。

Img_6901c_20230627062601  さて、ここから予定したルートは東に向かうはずでしたが、何を思ったのか、北に向かってしまいました。同級生K氏は、「道の曲がり方が違うんじゃないのか?」といったのですが、「いやこっちでしょう」とコースミス。曲がり角に縁起地蔵さんがいらしたのですが、このお地蔵さんにお参りして、落ち着いてコースマップを見れば、間違えなかったかも知れません(爆)。

Img_6922c_20230627062901  水田地帯を進み、伊吹山も見えるななどとのんきに構えていたのですが、いつまで経っても養北小学校が見えてきませんので、さすがに「これは道を間違えたか?」と気づきました。コースミスをはっきりと認識したのは、ルートマップに4㎞と書いたあたり。戻るには、かなり来てしまっていましたので、そのまま直進。イオン養老ショッピングセンターが見えるところまで来て、地図を見直したところ、ここから東に向かうと、当初予定していた蛇持方面に行けることがわかり、方針を変更。蛇持交差点に向かうことにしました。この結果、当初立ち寄ることにしていた井ノ下遺跡小畑小学校跡祐泉寺八幡神社には行けず。アヤシいときには、きちんと確認しなくてはいけません。

Img_6944c_20230627063701  5㎞の手前で「養老公園」という案内標識がありました。これは県道96号線を通って養老公園に行Img_6933c_20230627063701 けることを示しています。そのすぐ先で、蛇持交差点。ここを右に行くと(右の写真では右奥に続く道)、養老公園に行けます。

Img_6947c_20230627063901  Img_6954c_20230625184601 自動車屋さんの敷地に巨大な恐竜のオブジェ。ここから当初計画したコースに戻ることも考えましたが、蛇持交差点を左に曲がって、色目川に行き当たって右折すれば、次の目的地である蛇持経塚跡に行けますから、そうすることに。「色目川(いろめがわ)」とはまた変わった名前なのですが、その由来は不明。

Img_6962c_20230627064201 Img_6971c_20230627064301  色目橋の手前東側に蛇持経塚跡への案内の石柱がありました。400mほど行くと、杮(こけら)池の北側に出ます。「蛇持経塚跡」を示す石碑がありますが、草が生い茂っていてそこまで降りていくことはできませんでした。

Img_6974c_20230625184701  昭和8(1933)年に低地干拓事業で、およそ8m位の池底を掘っていたところ、柿経(こけらぎょう)がたくさん発掘されたそうです。柿経というのは、ヒノキ材を削った30cm内外の細片(柿)に経文を墨書したものです。この池は古い時代からあったようですが、現在は排水機が設置され、遊水池となっています。発掘以来地元の人達は、この池を柿経池と呼ぶようになったといいます。蛇持経塚跡を見て、ようやく計画したコースに戻れました。

Minotakada3  ここから実際に歩いたルートマップは、その3に入ります。初めから、この範囲では立ち寄るところは設定していませんでした。東海環状道の下をくぐって、相川沿いを歩いて養老橋を渡り、大垣市に入ります。

Img_6997c_20230625185201 Img_7007c_20230625185401  美濃高田あたりからも見えていたのですが、ここ色目川まで来ると、この削られた山がよく見えてきます。帰宅して調べたら、金生山(かなぶやま、通称:きんしょうざん)でした。大垣市赤坂町から揖斐郡池田町にまたがる、伊吹山地の南東端に位置する山でした。掘削前の最高標高は217.1 m、東西1km、南北2kmの丘陵で、日本一の石灰石生産地として山の大部分が削り取られたのだそうです。かなり歩いてきましたから一休みしたかったのですが、日陰がありません。やむなく東海環状自動車道の高架下の日陰で小休止(苦笑)。車も人もほとんど通らず、JRさわやかウォーキングの景品でいただいたミニ三脚チェアを重宝しています。

Img_7015c_20230627112501 Img_7025c_20230625185801  相川沿いを遡って養老橋を渡ります。ここが大垣市と養老町の境目。橋を渡ったところに「大垣市」という案内標識があります。いよいよ大垣市に入ります。ここに来るまで、かなり間が空いたこともありましたが、美濃街道と東海道の追分からは、計8回をかけて大垣にやって来たという次第。2021年2月27日に東海道と美濃街道の追分をスタートし(2021年2月27日:20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完))、3月14日には多度まで行きました(2021年3月14日:20210314勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(下深谷~多度)」(完))。多度から先の美濃街道も歩きたかったのですが、岐阜県内の美濃街道についてのまとまった資料がなく、多度から先を歩き始めたのは今年1月21日でした(2023年1月21日:20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(予告編))。それ以来、多度からここまで6回かけて歩いてきたのです。

Img_7035c_20230627113901 Img_7032c_20230627113901  大垣市に入ってしばらく「天命ハクモクレン街道」(県道96号線、大垣養老公園線)を歩くのですが、しばらく立ち寄るところはなく、ひたすら歩きます。ということでその2はここまで。その3は常夜灯を見て、お寺巡りです。

2023年6月27日 (火)

今日は、ほとんど「坊主」

Dsc07821c  相変わらず蒸し暑い日が続いています。今日はまた真夏日で、湿度も高いのです。昔から、湿度が高いのが苦手で、大嫌いなのです。ただし、今のところ、わが家ではまだエアコンは使っていません。いつものように7時半から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、寺町と歩いて、6.9㎞。

Dsc07596c_20230627154301 Dsc07697c_20230627154301  住吉神社の前でスズメの親子。この時期に見られるスズメのヒナは、二番仔だろうと思います。あちこちにいます。九華公園について、相撲場の土俵のカバーに溜まった水でスズメが水浴び。スズメしかいないといってよいほど、スズメしかいません。

Dsc07675c Dsc07775c_20230627154301  相撲場近くでハクセキレイのオス。昨日は、鎮国守国神社の社務所の裏からホシゴイが飛び出してきましたが、今日はその気配もなし。社務所裏の堀では、カワウの若者が翼を広げて乾かしていました。奥平屋敷跡その他でも、ほとんど鳥はいません。同級生K氏に「釣りでいえば、坊主だな」と冷やかされましたが、まさにその通りで、反論の余地はありません。ちなみに、この釣りでいう「坊主」は、「坊主の頭に毛が一本もないというところから」と『精選版 日本国語大辞典』の説明にあります。

Dsc07793c_20230627154301  ハシビロガモのオスは、今日も野球場の南の堀のところに。甲羅干しをするミドリガメたちと並んでいました。このあと歩いた公園でも鳥はほとんどいませんでしたし、京町のお宅の巣でも、今日は親ツバメの姿はありませんでした。

Dsc07810c_20230627154301  ところで、明日の江戸橋方面の授業は、演習(というか、実習というか)を予定しています。毎年、演習に入る前の説明の時には、学生たちは、皆、緊張していますが、演習そのものは楽しくやっています。これもまた毎年恒例なのですが、出席票の感想や、コメントには、一言で言えば「聞くとやるとでは大違いだった」と書かれているものが大半。さて、明日はどうなるでしょう?

20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(その1)……美濃高田駅をスタートし、南直江渡し跡、金光寺跡、北直江渡し跡、蓮光寺から多芸公民館へ

Img_6607c  6月25に行ってきた美濃街道ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」の本編その1です。美濃高田駅の手前で、美濃街道からは離れて養老街道に入っていますので、正確には「養老街道ウォーキング」です。薄い雲がかかっていたものの、真夏日。桑名では最高気温は30.2℃。湿度がかなり高い感じでした。6月4日の続きで(2023年6月4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編))、この日は養老鉄道美濃高田駅から美濃青柳(みのやなぎ)駅まで。この間、養老鉄道の駅は、烏江、大外羽、友江と3つあります。現地で歩いたのは、ルートマップ上10㎞。蒸し暑かった上に、自分でつくったコースなのに、コースミスをしでかし、余計に疲れました(苦笑)。今回も同級生K氏と二人旅。

Minotakada0  こちらがこの日歩いてきたルートの全体像です。途中の立ち寄り先に言及するのは割愛しますが、本来は3㎞を過ぎたところにある大神宮常夜灯・小畑橋跡から養北小のすぐ北に出て、そこから北東に進み、蛇持経塚跡に向かうはずでした。歩いた距離はさほど変わらないと思いますが、東へ向かうところを北に行ってしまいました。遺跡1ヶ所(井ノ下遺跡)、寺社2つ(祐泉寺、八幡神社)ほどすっ飛ばす羽目に。さらにその余波で渡し場跡1ヶ所(段海の渡し跡)も見忘れました。

Img_6605c_20230625172001 Img_6617c_20230625173801  桑名駅を8時9分に出る大垣行きの普通電車に乗車。最近の美濃街道ウォーキングでは、いつもこの電車を利用しています。美濃高田駅には9時6分に到着。¥700。ここを9時10分にスタートします。

Minotakada1  歩いたルートの詳しいマップその1です。ミズノテクニクスの養老工場のところまでは前回歩いたルートですので、立ち寄り先はありません。その1の範囲では、牧田川を越え、直江野町にから名神高速道路をくぐるところまで。

Img_6633c_20230625174001 Img_6636c_20230626163201  美濃高田駅から西へ進み、前回養老街道から離れたミズノテクニクスの養老工場へ。前回、工場敷地内にサギ山が見えたのですが、この日もサギの姿がありましたし、あたりをサギが飛び回っていました。工場と駐車場の間の細い道をたどって、五日市川という細い川を渡っていきます。ちなみに、この工場、もとは昭和18(1943)年に美津濃株式会社が牧田川の廃川地を利用して養老航空機工場を新設し、飛行機の木製プロペラを製作したといいます。それが戦後、スポーツ用品の製作に転身したのです。

Img_6659c_20230625174201 Img_6648c_20230625174201  五日市川の堤防に行き当たりますが、そのあたりが南直江渡し跡です。養老街道にあり、牧田川の支流を挟む南直江と島田を舟で結んでいました。水位が約60㎝以下の時は板で仮橋を架けて通行し、それ以上約1.5mまでのときだけ渡船し、1.5m以上のときは渡船も停止していました。渡しは、大正初期に廃止されました。南直江渡し跡のすぐ西に大神宮常夜灯があります。五日市川を渡る目安でした。大正天皇もこの脇を通り、高田小学校で小休止されたそうです。ちなみに、この南直江渡し跡の北にも小規模なサギ山がありました。

Img_6667c_20230625174401 Img_6660c_20230626164401  南直江渡し跡のすぐ北に西光寺跡碑。西光寺は養老町唯一の時宗の寺でしたが、平成20(2008)年2月に廃寺となりました。詳しい事情は分からないのですが、時宗に改宗したのは、応永17(1410)年であるということと、この西光寺の祠が、谷汲山華厳寺(揖斐川町)の境内のどこかにあるらしいといいます。西光寺には浅野恵明(あさの えめい)という説教の名手がいたともいいます。右の地蔵堂は、西光寺の跡地にあったもの。

Img_6676c_20230626165101 Img_6699c_20230625174401  ここから牧田川の右岸堤防に上がります。牧田川は、養老町を流れる一級河川で、途中で藤古川、相川、杭瀬川、水門川と合流し、養老町大巻で揖斐川に合流します。高田橋南交差点の近くにも大神宮常夜灯がありました。美濃街道、養老街道のルートやその近くにある寺社名所などについてのまとまった情報がありませんでしたので、実際に歩いて見て初めてその存在に気づくものがけっこうあります。また、逆に、この交差点近くにあるはずの「佐竹直太朗之碑」は、高田橋の掛け替えにともない、交差点南の集落に移転していたということも分かりました。ネットの情報も最新のものばかりではありません。

Img_6729c_20230626170201 Img_6715c_20230626170201  高田橋を渡る途中、上流方向を見ると、養老の山並みが牧田川で途切れているように見えます。途切れた先には関ヶ原があるはずです。川を見ますと、アオサギが何羽も降りてきていました。サギ山から来て、エサ探しをしているようです。

Img_6752c_20230625174801  高田橋を渡って左折。上流方向に向かいます。直江の集落に入る前に左岸堤防上に馬頭観音と大神宮常夜灯が見えてきます。このあたりが直江北渡し跡です。この渡し場は、明治初期頃まであったのですが、それ以降は板橋がかけられました。旧養老街道を通行する人に多く利用されたのですが、昭和の初期に高田橋がかけられ、渡し場はその役割を終えています。

Img_6759c_20230626165901 Img_6767c_20230626165901  馬頭観音と大神宮常夜灯。常夜灯の手前から河原に降りていけるようになっていましたが、このあたりが渡し場の跡かと想像を膨らませてきました。現地であれこれ想像するというのも、歴史散歩、街道歩きの楽しみです。

Img_6779c_20230625175001 Img_6786c_20230625175001  堤防道路を少し戻って、直江の集落に降りていきますと、霊瑞山蓮光寺。真宗大谷派のお寺です。創建は文明11(1479)年です。ご本尊は阿弥陀如来。日野了善(ひの りょうぜん)という豪族が京都の本願寺に詣でて本願寺8世蓮如の教化を信じ、真宗に帰依して蓮光寺と号しました。本堂は明治年代に再建されています。塀には5本筋が入っていますので、格式の高いお寺と思われます(筋塀)。

Img_6790c_20230625175001 本堂の手前、向かって左に、タラヨウ(多羅葉)の木があります。タラヨウは近畿以西、四国、九州の暖い山地に生える常緑樹で、岐阜県ではやや珍しいそうです。「タラヨウ」の由来は、先の尖ったもので葉の裏側に文字を書くと黒く跡が残る性質が、インドで仏教の経文を書くのに使われた貝葉の原料であるヤシ科のタラジュ(多羅樹)と同様であるために名付けられたといいます。忍者が手紙として利用したという言い伝えもあります。

Img_6801c_20230625183201 Img_6805c_20230625183201  蓮光寺の先に多芸公民館があり、その敷地内に旧多藝小学校跡記念碑と二宮尊徳像があります(こちら)。旧多芸小学校は、地元の人たちが、将来を担う村の子ども達があちこちばらばらに小学校に通う現状を憂いて大正10(1921)年設立されました。しかしながら、昭和44(1969)年までの48年間という短い期間でその役割を終え、子ども達はまたそれぞれの小学校へ通うようになっています。余談ですが、養老山麓一帯を多芸野(たぎの)と呼びます。前回訪ねた大菩提寺(大悲閣)の入口に「当芸野(たぎの)標柱」がありましたが、これは日本武尊の故事を現在に伝えています。『古事記』によれば、日本武尊が伊吹山の悪神征伐の帰途、このあたりへ来たとき、足の痛みを『我が足、当芸当芸(タギタギ)しく成りぬ』と嘆いたといいます。その後、このあたりが「当芸野(または多芸野)」と呼ばれるようになったのです。この公民館で水分補給。

Img_6824c_20230625183801  多芸公民館のすぐ先で名神高速道路の下をくぐります。名神の向こうもまだ養老町です。その1はここまで。

2023年6月26日 (月)

春日さんで茅の輪くぐり……シジュウカラ、コゲラにイソヒヨドリで鳥見も満足

Dsc06880c  薄曇りで、蒸し暑い日になっています。最高気温は、28.4℃。昨日は蒸し暑い中、長い距離を歩いて疲れた感じがしていましたが、今日はまたいつも通り、7時半から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、吉津屋町、新築公園、常盤町、京町、春日さん(桑名宗社)、田町、三崎通と、何と7.4㎞(土曜日にスマホの機種更新をしたのですが、以前と同じく、Google Fitのデータですから、信用することにしました)。

Dsc07258c Dsc07286c  春日さん(桑名宗社)のインスタで、茅の輪が設置されたと出ていましたので、早速、「茅の輪くぐり」に行ってきました。勝手に「夏越の大祓」をしてきたという次第です。今年前半の心身の穢れ、罪や過ちを祓い清めることができたと思います。大祓のご神事は6月30日(金)15時から執り行われるそうです。

Dsc06900c  さて、散歩の始めから。これだけ見ると、一体何をしているのか? と思えるでしょうが、スズメが身繕いをしている途中の一コマ。九華公園に着くまでに見たのは、スズメを少数とカワウ。

Dsc06924c_20230626151001  九華公園について最初に見たのもスズメ。ヒナがたくさんいました。鎮国守国神社の社務所の裏のビワの木からホシゴイが1羽、飛び出してきました。カメラを構える余裕も与えてもらえませんでしたが、久しぶりにサギの仲間を見ました。

Dsc07013c Dsc07095c_20230626150901  奥平屋敷では30分ほどウロウロしたあと、ようやくコゲラとシジュウカラのヒナが登場してくれました。シジュウカラは4羽ほどいましたが、すべてヒナというか、今年巣立った幼鳥でした。

Dsc07131c_20230626152401  他に奥平屋敷跡で見たのは、カワウ。幼鳥のように見えますが、どうでしょう? 幼鳥は、褐色で腹部が白いなどの特徴があります。ステージの裏の角地にいます。ここには以前からアオサギや、カワウがよく止まっていました。カワセミを毎日期待しているのですが、今日も、全く登場してくれませんでした。

Dsc07146c_20230626150901  公園内の野球場のフェンスでは、ツバメのヒナたち4羽ほどが休んでいました。グラウンド内に降りているヒナもいましたし、芝生すれすれに親ツバメは飛んでエサをとっていました。

Dsc07190c_20230626150901 Dsc07201c  ハシビロガモのオスは、今日も野球場の南に。頭部のきれいな青い色が褪めてきた感じです。繁殖シーズンが終わったからなのかと思います。ハシビロガモの近くには、カワウも3羽いました。このあとの公園では、今日もまた、これという野鳥はいませんでした。

Dsc07230c_20230626150901  京町にあるお宅のツバメの巣の様子。ずっと巣に就いていますから、卵を抱いているのは、確実と思います。今年、ツバメのヒナがきちんと巣立つのを見たのは、1ヶ所だけでしたので、それだけに期待しています。

Dsc07424c  拙宅近くの住吉入江に戻ってきたら、イソヒヨドリがいました。ぱっと見にはメスかと思ったのですが、幼鳥なのかも知れません。先日見たのもメスと書きましたが、オスの幼鳥かも知れません(2023年6月24日:イソヒヨドリのメス……サギソウはトータルで9輪咲いています)。ネットであれこれ調べてみたものの、今ひとつ確信は持てていません。さらに勉強が必要。

Dsc07543c_20230626150901  さらにコゲラも登場。今日は、結果的にコゲラ・デーといっても良いかも知れません。コゲラは少し離れたところにもう1羽いましたが、最終的には諸戸氏庭園の方に飛び去りました。

230626052308054c230626052337855c  ところで、わが家のサギソウは、花盛りになっています。土曜日にトータルで9輪咲いたと書きましたが、その後今朝までに、もう2輪咲きました。現在わが家では、サギソウが3本ある鉢で計4輪、また、2本ある別の鉢で2輪が咲いており、合計6輪咲いています。すでに散ったものが計3輪、家内の実家で現在咲いているものが2輪で、トータルでは11輪咲いたことになります。わが家にある鉢で、まだこれからと期待されるのは、2鉢あります。

Dsc07253c_20230626150901  今週は、水曜に江戸橋での授業、土曜日の夜は管理組合理事会にオブザーバー参加。土曜は、もう7月になります。早くも今年も後半になってしまいます。花は、ルリマツリというようです。

1687741604278c 1687740907551c  オマケ。若鮎が食べたくなりましたので、常盤町にある明月堂さんで買ってきました。1個¥130(税別)。寺町商店街の西にあります。これからの時期、葛製アイス「葛玉」もあり、これもまた試してみたいと思っています。

2023年6月25日 (日)

20230625美濃街道(養老街道)ウォーキング「美濃高田~美濃青柳」(予告編)

Img_6607c  薄い雲がかかっていましたが、今日も真夏日。桑名では最高気温は30.2℃。湿度がかなり高い感じでした。蒸し暑い中、美濃街道(養老街道)ウォーキングに行ってきました。6月4日の続きで(2023年6月4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編))、今日は養老鉄道美濃高田駅から美濃青柳(みのやなぎ)駅まで。この間、養老鉄道の駅は、烏江、大外羽、友江と3つあります。現地で歩いたのは、ルートマップ上10㎞。蒸し暑かった上に、自分でつくったコースなのに、コースミスをしでかし、余計に疲れました(苦笑)。今回も同級生K氏と二人旅。今日のところは、予告編。

Minotakada0  こちらが今日歩いてきたルートの全体像。途中の立ち寄り先に言及するのは割愛しますが、本来は3㎞を過ぎたところにある大神宮常夜灯・小畑橋跡から養北小のすぐ北に出て、そこから北東に進み、蛇持経塚跡に向かうはずでした。歩いた距離はさほど変わらないと思いますが、東へ向かうところを北に行ってしまいました。寺社2つほどすっ飛ばす羽目に。さらにその余波で渡し場跡1ヶ所も見忘れました。

Img_6617c_20230625173801 Img_6633c_20230625174001  桑名駅を8時9分に出る大垣行きの普通電車に乗車。美濃高田駅には9時6分に到着。¥700。駅から西に向かい、前回も通ったミズノテクニクスの前へ。ここからが養老街道になります。

 Img_6659c_20230625174201 Img_6648c_20230625174201 ミズノテクニクスの工場と駐車場の間の細い道を抜けて行ったあたりが、南直江渡し跡。牧田川の支流を挟む南直江と島田とを結んでいました。渡船は常時ではなく、水位が増えたときのみ。それ以外のときは板で仮橋を架けていました。この渡しがあったところに大神宮常夜灯。五日市川を渡る目安だったそうで、大正天皇もここを通られ、高田小学校で小休止されたといいます。

Img_6667c_20230625174401 Img_6699c_20230625174401  そのすぐ北に時宗の西光寺跡。高田で唯一の時宗のお寺だったそうですが、平成20(2008)年に廃寺になったそうです。高田橋のすぐ西にも大神宮常夜灯があります。この近くに佐竹直太朗之碑があったのですが、高田橋の掛け替えに伴って移設されてしまい、今はありません。佐竹直太朗は、郡会議員、県会議員、国会議員などを務め、牧田川改修工事などに尽力したそうです。

Img_6752c_20230625174801 Img_6755c_20230625174801  牧田川にかかる高田橋を渡り、西へ。直江の町へ降りていく道があるあたりに馬頭観音と大神宮常夜灯があります。このあたりは、北直江渡し跡です。明治初期まで渡し場があったといいます。明治以降は板橋が掛けられたのですが、昭和初期に高田橋がかけられ、渡し場はその役割を終えています。

Img_6779c_20230625175001 Img_6786c_20230625175001  霊瑞山蓮光寺。真宗大谷派のお寺です。創建は文明11(1479)年です。ご本尊は阿弥陀如来。蓮光寺の由緒は昔日野了善(ひの りょうぜん)という豪族が京都の本願寺に詣でて本願寺8世蓮如の教化を信じ、真宗に帰依して蓮光寺と号しました。本堂は明治年代に再建されています。

Img_6790c_20230625175001  境内には、タラヨウ(多羅葉)の木があります。タラヨウは近畿以西、四国九州の暖い山地に生える常緑樹で、岐阜県では、やや珍しいそうです。「タラヨウ」の由来は、先の尖ったもので葉の裏側に文字を書くと黒く跡が残る性質が、インドで仏教の経文を書くのに使われた貝葉の原料であるヤシ科のタラジュ(多羅樹)と同様であるために名付けられたといいます。忍者が手紙として利用したという言い伝えもあります。

Img_6801c_20230625183201  Img_6805c_20230625183201 蓮光寺の北に多芸公民館があります。ここは旧多芸小学校跡で、記念碑と二宮尊徳像が建っています。余談ですが、養老山麓一帯を多芸野と呼びます。前回訪ねた大菩提寺(大悲閣)の入口に「当芸野(たぎの)標柱」がありましたが、これは日本武尊の故事を現在に伝えています。『古事記』によれば、日本武尊が伊吹山の悪神征伐の帰途、このあたりへ来たとき、足の痛みを『我が足、当芸当芸(タギタギ)しく成りぬ』と嘆いたといいます。その後、このあたりが「当芸野(または多芸野)」と呼ばれるようになったのです。この公民館で水分補給。

Img_6824c_20230625183801 Img_6844c_20230625183801  公民館の先で名神高速道路の下をくぐります。その先は水田地帯を通り抜けて小畑川に向かうのですが、田んぼにはオタマジャクシがたくさんいたり、小さい川魚が泳いでいたりして、子どもの頃を思い出しました。

Img_6862c_20230625184001 Img_6894c_20230625184101  小畑川ダムですが、ダムというにはかなり小さいものでした。昭和8(1933)年からの改修工事でつくられたのですが、昭和の後半頃までは小学生たちの水泳場で、この周辺はホタルの名所だそうです。ダムの少し上流に大神宮常夜灯があります。このあたりには小畑橋がかかっていました。明治13(1880)年に養老公園が開設され、その公園道として利用されました。明治43(1910)年には統寺皇太子であった大正天皇がこの橋を人力車で渡っています。また、このあたりの小畑川は、江戸時代中頃の曲がりくねったままだそうですし、昭和初年まではアユも遡上したといいます。

Img_6922c_20230625184401 Img_6944c_20230625184501  このあと、痛恨のミス。自分でつくって、自分で描いたコースマップを読み間違え、コースをはずれました。伊吹山も見えて、なかなかよい景色などと喜んでいたのですが、いつまで経っても養北小学校が見えてこないので、アヤシいと思ったのです(苦笑)。やむを得ず、蛇持交差点へ。ここで予定したルートに至るのです。

Img_6954c_20230625184601 Img_6974c_20230625184701  蛇持交差点から北に進み、色目川に突き当たったところで東へ。柿(こけら)池のところに蛇持経塚跡があります。蛇持経塚跡は、中世(12世紀後半〜16世紀後半)の遺跡で、昭和8(1933)年におこなわれた救農土木工事の際に、色目川南堤防の南の池の底から、柿経(こけらぎょう)が多数出土しました。この付近からは、他にも弥生土器や花瓶形の焼き物が発見されたと伝えられています。養老町の史跡に指定されています。

Img_6997c_20230625185201 Img_7007c_20230625185401  美濃高田あたりからも見えていたのですが、ここ色目川まで来ると、この削られた山がよく見えてきます。帰宅して調べたら、金生山(かなぶやま、通称:きんしょうざん)でした。大垣市赤坂町から揖斐郡池田町にまたがる、伊吹山地の南東端に位置する山でした。掘削前の最高標高は217.1 m、東西1km、南北2kmの丘陵で、日本一の石灰石生産地として山の大部分が削り取られたのだそうです。かなり歩いてきましたから一休みしたかったのですが、日陰がありません。やむなく東海環状自動車道の高架下の日陰で小休止(苦笑)。

Img_7025c_20230625185801  相川の右岸を北上し、養老橋を渡ると、大垣市に入ります。このあたりで6㎞を過ぎており、時刻は12時をすぎた頃。しばらくは立ち寄るところもありませんので、ひたすら県道96号線を北東に向かって歩きます。

Img_7046c_20230625190101 Img_7087c_20230625190101  8㎞を過ぎ、綾野の町でお寺を3ヶ所訪ねます。左の写真は、扶桑山浄徳寺。右の写真は、亀甲山真照寺。いずれも真宗大谷派のお寺。

Img_7106c  これらのお寺の北に補陀山報恩寺。曹洞宗のお寺。永禄元(1558)年3月、薩摩の僧一元和尚が創建。明暦3(1657)年5月、昌山和尚によって再建されています。再建当時は多数の雲水が修行する僧堂をはじめ、七堂伽藍が建ち並んでいたそうですが、洪水や火災、地震等により、往時の面影を喪失しました。薬師堂には円空の彫った薬師三尊、十二神将が安置されています。

Img_7121c_20230625190801 Img_7148c_20230625190801  このあと、東に向かって杭瀬川を渡ります。ここから北を見ると東海道新幹線がよく見えます。ちょっとまって新幹線が通過する様子を撮影。右は、杭瀬川にかかる橋。川幅は普段はさほど広くはありません。橋に欄干はありませんから、大雨で水量が増えたときには、いわゆる「沈下橋」になると思われます。

Img_7164c Img_7180c_20230625190901  川を越えたところにまず、徳勝寺。真宗大谷派。創建は不詳。応永32(1425)年、勝円により真宗に改宗。弘安3(1280)年に元寇を調伏するために南宮大社で鋳造された梵鐘(通称、弘安祈願の鐘)を所蔵しています。右は、徳立寺。こちらも真宗大谷派。詳細は不明です。

Img_7189c_20230625191201  もう1ヶ所の立ち寄り先が残っています。それは、こちら。日蓮正宗の経説寺。門前だけ拝観してきました。このあともちょっとコースをはずれたりしましたが、すぐに元に戻っています。

Img_7200c Img_7196c_20230625191001  養老鉄道美濃青柳駅に行く前にカフェで昼食を摂ることにし、あらかじめ調べておいたハシンというお店へ。13時15分頃です。

230625133016091c  日曜も、ありがたいことにランチがありました。数量限定とあったのですが、間に合いました。今日のランチメニューは、オムカレーライスにハムカツ。これで¥800は安い。オッサン(ジジイ?)二人は、これで満腹。食べ過ぎたかも知れません。

Img_7219c_20230625192001 Img_7232c_20230625192001  養老鉄道美濃青柳駅には13時45分過ぎに到着。13時54分に桑名行きの普通があります。桑名には、14時58分に到着。美濃高田から4駅分歩いてきたのですが、電車賃は、美濃高田~桑名と変わらず、¥700。

 Screenshot_20230625152820c 今日のGoogle Fitの記録。歩いた距離は14.56㎞、歩数は22,425歩。よく歩きました。蒸し暑かったのでいささかお疲れです(微苦笑)。本編は、また明日以降、時間を見つけて書いていくことにします。

2023年6月24日 (土)

イソヒヨドリのメス……サギソウはトータルで9輪咲いています

Dsc06328c  梅雨の晴れ間というか、薄い雲がかかっていますが、今日も真夏日で30.5℃。暑いです(苦笑)。いつものように7時半から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、内堀公園、京町、御坊さん、寺町と5.4㎞。

Dsc06350c Dsc06468c  諸戸氏庭園前にスズメのヒナ(左の写真)。スズメはあちこちにいますし、ヒナ連れが多いのですが、他の鳥はサッパリ。右の写真は、三の丸水門のところにいたスズメのヒナ。

Dsc06429c  スズメ以外はサッパリと書きましたが、七里の渡し跡でイソヒヨドリのメス。九華公園でも鳥はいません。奥平屋敷跡でハクセキレイを久しぶりに見たものの、写真は撮れず。朝日丸跡ではシジュウカラを見たのに、暗くてペケ写真しか撮れません。

Dsc06528c_20230624151501 Dsc06683c  九華公園には今日も、ツバメのヒナをつれたファミリーが3組。左の写真は管理事務所近くにて、右は吉之丸堀の上空に架かっている電線にて。飛行訓練などに来ていると思います。本丸跡の鎮国守国神社前にもツバメがたくさん来て飛び回っています。これもヒナ連れ。エサをとる練習をしていると思います。写真を撮ろうとしたのですがことごとく失敗(苦笑)。

Dsc06669c_20230624151501  ハシビロガモのオスは、今日も辰巳櫓跡に近い松の木にいました。この松の木は、幹が次第に倒れてきていて、吉之丸堀の上にほぼ水平に出ています。最近は、ここにもよくいます。今日もカワセミが出てこないかと1時間ほど粘ったのですが、空振りでした。諦めずにやることにします。

Dsc06805c_20230624151501  京町にあるお宅では、今日もツバメが巣に就いていました。これで3日ほど見ていますから、たぶん卵を抱いているのは確実と思います。今日の野鳥は、以上。

Dsc06839c Dsc06833c_20230624151501  御坊さん(桑名別院本統寺)へは、キョウチクトウを見に行ってきました。今まで「赤い花が咲いているな」と思っただけでとくに気にとめていなかったのです(苦笑)。親鸞上人の銅像のところにあります。

Dsc06782c_20230624151501  ところで明日は、久しぶりに「美濃街道ウォーキング」へ行くつもりです。前回が6月4日でしたから20日ほど間が空きました(2023年6月 4日:20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編))。このときから養老街道(養老と大垣を結ぶ脇街道)に入っています。養老鉄道の駅でいうと、明日は、美濃高田から美濃青柳まで9㎞。明日も蒸し暑そうですから、暑さ対策、水分補給などに注意しなくてはなりません。

Dsc_0971c Dsc_0972c  昨日もサギソウが1輪、さらに咲いたと書きましたが、今日ももう1輪咲きました。現在、わが家では4輪咲いていますが、トータルでは7輪目。家内の実家に行っている息子に確かめたら、向こうでもさらに2輪咲いているということですから、これでトータル9輪となっています。

 

2023年6月23日 (金)

エレベーター点検で9階まで歩いて登る

Dsc05980c   朝のうちは、霧雨が残り、散歩に出られたのは9時前でした。今日は、10時から12時までエレベーター点検が予定されていましたから、この時間から散歩に出ると、帰りには9階まで歩いて登る羽目に陥ること必至です。しかし、それくらいのことなら散歩に出るメリットの方がはるかに大きいのです(微笑)。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、内堀公園、京町、南魚町、三崎通と5.5㎞。11時前に帰宅となりました。9階までは、途中で休むことなく登ってこられました。

Dsc05987c_20230623145101 Dsc06219c_20230623145101  今日も鳥は少なく、九華公園までの間に見たのは、ほとんどスズメばかり。左の写真は、住吉神社の前にいたスズメの子。九華公園ではスズメ、カワラヒワなどを見たものの、その数は極めて少なく、今日はほとんど通過してきたような有り様。ハシビロガモのオスは、今日も野球場南のしだれ桜の下にいました。カワセミは影も形もなし。

Dsc06269c_20230623145101  貝塚公園、内堀南公園、内堀公園のいずれにも鳥はほとんどいません。いたとしてもスズメか、ムクドリくらい。京町のお宅のツバメの巣には、今日も親ツバメが就いていました。ただし、後ろ姿です。博物館、呉服屋さんの巣にはツバメはいません。呉服屋さんの方に伺うと「よそへ行ったようだ」ということでした。田町の商店にあった巣は壊されています。三崎通の巣にも、今日はツバメはいませんでした。

Dsc06326c_20230623145001  最初に書きましたように、今日の午前中はエレベーター点検でした。最初から、帰りには9回まで歩いて登るつもりでしたから、まさに淡々と登ってきました。これもまた初めに書きましたが、途中で休むこともありませんでした。日々の散歩を続けている成果もあるのでしょう。「継続は力なり」かも(笑)。

Dsc06318c Dsc06320c_20230623145001  6階から7階の途中にある踊り場から北の方を撮った写真。いつものスーパーが写っていませんから、比較が難しいかも知れませんが、眺めた印象がかなり異なります。

Dsc06322c Dsc06324c  こちらが9階の玄関先からの眺め。上の2枚とは、1.5フロア分高いところからということ。

Dsc06239c_20230623145101  鳥もおらず、花もあまり代わり映えしたものもありませんが、グラジオラス。われわれが子どもの頃は、あちこちのお宅で見た記憶がありますが、最近は少なくなっています。ほかにいろいろな花があるようになったからでしょう。内堀のあるお宅にて。

Img_6588c_20230623165501 Dsc_0969c 【付記】 夕方、アサガオやサギソウに水をやろうとしたら、サギソウがさらに1輪咲いているのに気づきました。これでトータル6輪目です。2輪はすでに花が終わり、現在、自宅にあるのは3輪。もう1輪は、家内の実家に持って行っています。去年まで義母に見せようと思ってあれこれやったのですが、実家では上手く咲かなかったのです。

2023年6月22日 (木)

午後からアリバイ散歩へ……京町でツバメが巣に就いていました

0622amedas_20230622163801  午前中は割とよく降りましたが、午後からは雨も上がってきました。14時頃から住吉神社、九華公園、京町、寺町と3.5㎞ほどを歩いてきました。この時間ですと鳥も、散歩友達もいないのですが、ひょっとしたらカワセミがいるかとほのかに期待して、です。しかし、期待は大体裏切られます(苦笑)。

Dsc05575c_20230622163801 Dsc05611c  住吉神社から七里の渡し跡に行くあたりの堤防で、ハシボソガラスが3羽。この先、何もいないといけないと思って、保険を掛ける意味で撮影(笑)。三之丸水門のところでスズメ。スズメは今日もあちこちで見られました。

Dsc05696c_20230622163801 Dsc05757c_20230622163801  九華公園では、コゲラの鳴き声が聞かれたもののどこにいるかは分からず。吉之丸堀の上にある電線にツバメのヒナが1羽(左の写真)。本丸跡には、同じくツバメのヒナが3羽(右の写真はそのうちの1羽)。いずれも親ツバメに連れられて、たぶん飛行訓練その他に来たものと思います。

Dsc05930c_20230622163801  二の丸堀に珍しくカルガモのペア。ごくたまにカルガモがやって来ます。あの「アーちゃん」はもうずいぶん長い間見なくなっています。カワセミは、今日はまったく見られませんでした。

Dsc05938c_20230622163801  京町にあるお宅のツバメの巣に親ツバメが就いていました。今シーズン、ここで見たのは初めて。継続観察しないといけません。呉服屋さんの巣や、博物館の巣には何もいませんでした。

Dsc05620c  ところで昨日の授業のQ&Aは、午前中に仕上げ、散歩から帰って確認して完了。内容はあれこれ考えましたが、結局、教育効果を考えて、DVDの解説や字幕をメモしたと思われるもの以外はすべて取り上げました。私のコメントはいつもより少なく、分量も大体2/3程度に収まりました。写真は、柿安コミュニティパークのクチナシ。

Dsc05862c  明日は天気が回復するという予報ですから、いつも通り散歩に行こうと思っています。ただ、エレベーター点検がちょうど帰宅時間にかかっているのが、難点。また9階まで階段を上って、トレーニングする羽目になりそうです(苦笑)。この写真は、九華公園の東にあるお宅のアガパンサス。

2023年6月21日 (水)

今日の動画視聴はまさに「百聞は一見にしかず」

Dsc_7221c  夏至です。名古屋での日の出は4時38分、日の入りは19時10分だそうですが(こちら)、あいにくの曇天。今日は江戸橋での授業でしたが、桑名よりも津の方が雨が降りそうな天気でした。風は南から、気温は26.7℃でさほど暑くはありませんでした。

Dsc_0951c  今日の授業は、予定通りにDVDを利用しての学習。これまで基本的なことを座学でやってきましたので、それを見聞きして確認するという次第。これらを承けて来週は、傾聴の演習。学生諸君は、これまで以上に熱心に見入っていました。来週に乞うご期待です。

Dsc_0954c  帰り道、電車の時間まで少し余裕がありそうでしたので、久しぶりに志登茂川へ行ってみました。残念ながら水鳥その他は、ゼロ。代わりにご覧のように、貝取りをする方が4名ほど。秋から冬にも見ますが、生業にしていらっしゃるのでしょうか?

Dsc_0956c  今日は津駅などには立ち寄らず、そのまま帰宅。江戸橋駅12時19分発の名古屋行き急行に乗れました。この電車はやや混んでいるのですが、最近は優先席に遠慮なく座るようにしています(微笑)。

Dsc_0957c  帰宅後、昼食を済ませて、出欠確認。出席率は80%台前半。失格者がまたもや出てしまいました。欠席回数が1/3を越えると成績評価の対象外となるのです。われわれが学生の頃などは、出欠などとることはほとんどありませんでしたが、その筋からのお達しもあって今は厳格に運用されています。Q&Aは、これから着手するのですが、ざっと目を通したところでは、これまで学んだことを動画で視聴してそれぞれに確認したようです。まさに「百聞は一見にしかず」。来週、演習で実際にやるのですが、「言うは易く行うは難し」にならないように願います。写真は、桑名駅から帰宅途中に撮ったもの。

Dsc_7217c 【追記】 出席票に書かれた内容でかなり多かったのが、動画を見ながらメモしたと思われる内容でした。出席票はこれまで返却していません。その内容の主なものを転記して、私のコメントをつけて補足説明に使うのです。率直な感想は、「提出して返却されないものに、メモを書くかよぉ!?」です。それもメモは、それぞれにかなりの分量(文字が小さくて読みにくい!)。読みやすく転記されたものが、補足説明として配られるのを期待しているのか? と思ったり(笑)。なんだかよく分かりません。メモなら、授業のレジメなり、ノートなり、自分の手元に残るものにとらないといけません。作業量が増えますから、単なるメモと思われる記述は割愛し、その代わりに、今回分だけは来週、希望者に返却することにしようかと考えているところ。

2023年6月20日 (火)

九華公園で7ヶ月ぶりにカワセミを目撃……サギソウは計5輪に

Dsc05307c_20230620162701  若干雲が多かったものの、梅雨の晴れ間が今日も続いています。気温は27.6℃とさほど上がりませんでした。いつものように7時半から散歩。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、寺町と6.1㎞。相変わらず鳥たちはいません。九華公園で久しぶりに出会った女性のバーダーの方は、「私が来る時間にだけ鳥がいないんじゃないんですよね?」とおっしゃいましたが、そうなのです。そもそもいないのです(苦笑)。

Dsc05343c_20230620162701  住吉神社の前で最近知り合った男性(私よりも少し年長)としゃべっていたら、何と同じ大学のご出身(学部は違いました)で、職場も割と近いところだったことが判明。仕事の関係で私の故郷にもたびたび訪れたことがあるとか。思わぬところで縁のある方に出会うものです。このスズメは、われわれがしゃべっているそばにいました。

4a6c1b3a 1b42525b  九華公園では、ずいぶん久しぶりにカワセミを2回目撃しました。1回目は私一人の時に見ましたので、間違いかもと思ったのですが、2回目は散歩&鳥見友だちのYさんも確認しましたので、間違いはありません。ただし、写真は撮れず、とても残念。最後に見たのは、去年11月15日だったと思います(2022年11月15日:今日もカワセミ、しかもオスもメスも)。これらの写真は、その時に撮ったもの。この日は、オス、メス1羽ずつを見ています。これでまたカワセミを見られると思うと、ちょっと楽しくなります。

Dsc05410c Dsc05478c  それ以外、今日の九華公園もあまり鳥はいませんでした。あまり良く撮れていませんが、シジュウカラもヒナ、スズメもヒナ。シジュウカラは何か、ちょっと大きめの虫を捕まえたようで、懸命に食べていました。スズメは2羽が寄り添っていました。

Dsc05513c_20230620162701  カワウの巣は、最初は不在でしたが、そのうち1羽が戻ってきました。さらに見ていると、カラス(たぶんハシボソガラス)が4羽やって来て、ちょっかいを出しているのに気付きました。遠いこともあって決定的瞬間は撮れませんでした。カワウもけっこう反撃していて、カラスがたじろぐ様子も見られ、ちょっと面白いシーンでした。

Dsc05520c  ハシビロガモのオスは、今日は辰巳櫓跡近くの松の木にいました。低いところにはミドリガメたちが甲羅干しで占領して、上へ追いやられたような印象です。バードウォッチングは、以上(苦笑)。明日は、江戸橋での授業ですから、九華公園には行けませんが、それ以降は、カワセミが見られるかも知れませんから気合いを入れましょう。

Dsc_7216c  ところで、昨日の記事にサギソウが1輪開花して、計4輪になったと書きましたが、今朝、起きて見たら、もう1輪咲いていました。これでトータル5輪になります。この鉢には、ご覧のように、もう1本に2つつぼみがついています。これも近いうちに咲くでしょう。

2023年6月19日 (月)

ツバメの幼鳥は水浴びの練習か?……サギソウ4輪目が開花

Dsc04676c_20230619160801  梅雨の中休みが続いています。今日も暑くなり、桑名では32℃ちょうど。いつものように、朝7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、常信寺、御坊さん、寺町と5.4㎞。暑いので早々に帰宅。これでは先が思いやられますが、鳥もいないのでなんとも致し方なし(苦笑)。

Dsc04693c_20230619160801 Dsc04747c  拙宅マンション内のプレイロットでスズメの幼鳥。1羽だけでやってきていましたから、すでに親からは独立したものと思います。ちょっと飛んで、三の丸水門のところでハクセキレイ。ハクセキレイは、この頃ぼつぼつと見るようになりましたが、九華公園にはあまり来ていません。

Dsc04798c Dsc04902c_20230619161501  柿安コミュニティパークでカワラヒワの親子連れ。ヒナは、親に懸命にエサをねだっています。何かをもらったようなのですが、よく分かりません。

Dsc05209c_20230619160701 Dsc05000c  九華公園は、相変わらず野鳥はいません。本丸跡でコゲラ2羽を見たものの、すぐに逃げられ、見失ってしまいました。代わりにハシブトガラス。カラスの幼鳥はあちこちで見ます。今日は、奥平屋敷跡では、スズメとムクドリのみ。東側の堀沿いに、今日もハシビロガモのオスがいました。最近は、ここが定位置のようですが、写真のように日当たり良好なので、暑くないのか心配しています。

Dsc05090c_20230619160801 Dsc05125c_20230619160801  二の丸堀にツバメたちがやって来て、ダイビングというか水面に突っ込んで、飛び上がっていきます。写真で見るまでは良く分からなかったのですが、幼鳥でした。これは水を飲んでいるのではなく、水浴びの練習でもしているのかという気がします。

Dsc05250c_20230619160701 Dsc05259c_20230619160701  気温は9時頃にすでに26.9℃とかなり暑くなっていましたが、貝塚公園その他を回ってきました。が、どこでもいるのはスズメばかりなり(苦笑)。ムクドリ、ヒヨドリ、ドバトもほとんどいません。余計に疲れます。

Dsc05278c  御坊さん(桑名別院本統寺)でボダイジュの実。しばらく前から実がなっていたのですが、撮った写真がピンボケだったのです。以前も書いたことがありますが、この実を数珠にすると良いそうですが、高級品だといいます。

Dsc04757c_20230619160801 Dsc05229c_20230619160701  ところで柿安コミュニティパークの駐車場周りでは、ようやくクチナシがたくさん咲いてきました。右は、九華公園の外周遊歩道の東にあるお宅で見つけたグロリオーサ(調べて名前を知りました)。和名はキツネユリだそうです。

Dsc04653c_20230619160801  余談。長らく自分でクルマをいじったことがなかったのですが、コペンのワイパーブレードが傷んでしまい、交換しました。助手席側だけゴムがちぎれてきてしまったのです。Amazonで見つけたのは中国製。2つで¥1,740でした。大丈夫かなぁと多少不安を抱きながら購入したのですが、無事に交換、取り付けができました。プラスチック製ですから、耐久性に難ありかも知れませんが、ウォッシャー液で試したところ、無事に復活しました。これで当面はしのげるでしょう。

Dsc_0949c  【追記】 夕方見たら、サギソウ、4輪目が開花していました。写真に写っているこの鉢には3本ありますが、これ以外に計3輪のつぼみがついています。今年は全般に咲くのが早めです。

2023年6月18日 (日)

長良川河口堰でセッカ、鳥図鑑+1

Dsc03244c  今日も曇天で、気温は28.2℃。朝のうちは北寄りの風でしたが、昼前からは南風。恒例により、プチ遠征の日です。長良川河口堰、長島町内某所2ヶ所、三ツ又池公園と回ってきました。あちこちで歩いたのは、合計5.8㎞。長良川河口堰で、鳥図鑑+1を達成し、大満足で帰ってきました。

Dsc03717c_20230618160001  その鳥図鑑+1とは、こちら。セッカ(雪加)のオスです。長良川河口堰の親水広場でオオヨシキリが見えないか、探していたら、上空を「ジャッ ジャッ」と鳴きながら飛ぶ小型野鳥を見つけました。そのうち、葭原に降り、今度は、「ヒッ ヒッ ヒッ」という声が聞こえます。ラッキーなことにかなり近いところに出て来たのが、このセッカ。名前はもちろん知っていましたが、実物を見るのは初めて。これで鳥図鑑は115。

Dsc03160c_20230618160001 Dsc03186c  その長良川河口堰に着いたのは、6時45分。遠征の日はたいてい6時半くらいに家を出ます。堰の東側の魚道には、サギもカワウもいませんでした。「アユのぼり」はまだ活躍中。アユなどの遡上は、ピークというか、プラトーというか、最大地が続いています(こちら)。西側の閘門のところに来たら、アオサギさんが1羽。これは上流側の橋のところ。下流側にもアオサギ2羽と、カワウが3羽。今日、河口堰で見たサギは、これらのアオサギ3羽のみ。

Dsc03248c Dsc03288c  オオヨシキリは、河口堰の西側にある揖斐長良川の中州(十万山)から鳴き声がよく聞こえてきますが、姿はなかなか見えません。親水広場に降りていく途中に、スズメのヒナの兄弟。親水広場にある高い木でホオジロのオスがさえずっています。ここにホオジロがいるのは、珍しいこと。

Dsc03333c  コアジサシは、管理橋を渡る途中に双眼鏡で見たら、2羽のみ。親水広場に来て見ても、同じく2羽。今年、同時に見たコアジサシは最多で、4羽。おそらくこれ以上は増えないものと思います。

Dsc03469c_20230618160001 Dsc03499c_20230618160001  親水広場の西の中州で、ホオジロのオスとメス。少し距離を置いていました。オスは、木の上にいたものかも知れません。

Dsc03573c_20230618160001  オオヨシキリは、今日も遠くに見えました。たぶん100mほど向こう。今日見たのは、2羽。親水広場から西あたりにいると、肉眼でも見つけられます。管理橋の西側あたりからが、鳴き声がもっとも多く聞こえてきますが、橋の上から見下ろすということもあって、そこから見つけるのはほぼ不可能。

Dsc03861c_20230618155901  続いて、長島町内某所の臨駐へ行く途中、カルガモ。たぶんペアと思います。マッタリとしています。

Dsc03872c Dsc03896c_20230618155901  臨駐には、コチドリが2羽。他には、ヒバリが2羽。揚げ雲雀から下降してきて、もめていましたので、オス同士が縄張り争いをしているようにみえました。ケリの姿はありません。

Dsc03987c  アマサギ(猩々鷺、飴鷺)を探して、県道7号線を走っていたら、赤地交差点の先で見つけました。近くにも白いサギが2羽ほどいました。アマサギではないかと思うのですが、この写真の個体ほど飴色にはなっていませんでした。

Dsc04078c Dsc04538c  さらに三ツ又池公園。もちろんカイツブリ(鳰(にお)、鸊鷉(へきてい)、鸊鵜(へきてい)のヒナが目的。ここにはカイツブリが営巣できるように発泡スチロールが浮かせてありますが、営巣されたいたところは5ヶ所。そのうち、ヒナがいたのは、3ヶ所。

Dsc04458c_20230618155901 Dsc04169c_20230618155901  ヒナは、どの巣でも2羽ずつで、計6羽。前回も書きましたが(2023年6月10日:オオヨシキリに、カイツブリのヒナ)、遊歩道から離れたところに巣が浮いていることが多くて、なかなかヒナの姿を捉えられません。親の背中にヒナが乗っているシーンは、今回も見られませんでした。残念。

Dsc04353c Dsc04599c_20230618155901  三ツ又池公園ではいつも遊歩道を一回りしながら、周囲にも野鳥がいないか見てきました。北東の水田では、アオサギさんが2羽。駐車場の近くでハクセキレイ。2羽いました。

Dsc03145c_20230618164201  という次第で、セッカを初めて見られ、また、アマサギも1羽確認し、カイツブリのヒナも見られましたので、今日のバードウォッチングは満足。今週は、水曜日に江戸橋での非常勤。このときはDVD視聴。金曜午前中は、エレベーター点検ですが、今の週間予報では雨模様。来週日曜には、美濃街道ウォーキングの続きで、養老鉄道の美濃高田から美濃青柳まで養老街道を歩く予定です。

2023年6月17日 (土)

真夏日、午後から菰野町へ

Dsc02925c  梅雨の晴れ間で、またもや真夏日となりました。今日は、32.0℃。今頃からこんなに暑いと、先が思いやられます。今朝は、7時半から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、常信寺、御坊さん、寺町と5.9㎞。午後、出かけなければなりませんから、10時過ぎに帰宅。

Dsc03013c  昨日よりさらに鳥が少なく、途中で見たのは、少数のスズメ、ドバト、ムクドリくらい。九華公園に居残っているハシビロガモのオスは、奥平屋敷跡の東にいました。昨日、私は見つけられなかったのですが、やはりこのあたりにいたようです。

Dsc03025c  神戸櫓跡のカワウの巣。東側の巣では、相変わらず3羽がいます。よく考えてみると、営巣する以前から、カワウはこのあたりに集まっていました。集合場所か、塒かというところなのでしょう。そのすぐそばに営巣したと考えるのが妥当かも知れません。

Dsc02985c_20230617161701  このあと、貝塚公園、内堀南公園、新築公園でもほとんど鳥はいませんでした。途中、セブンイレブンに立ち寄って「スマホATM」の練習をしてきました(微笑)。以前調べた時よりも手続きは簡単になっていて、無事入金できました。出金もこれなら大丈夫そうです。給与や謝金を受け取るために某地銀に口座があるのですが、そのネットバンキングは使い勝手がイマイチですから、もうこれは解約して、ネット銀行だけでも良いかも知れません。

Dscn5997c  午後は、予定通り、菰野町にある社会福祉法人の評議員会へ。ついでにどこかカフェ巡りをしようという家内と娘も同行。早めにつきましたので、竹成の五百羅漢へ立ち寄ってきました。私は2年前の3月にも立ち寄っています(2021年3月28日:昨日の寄り道は、竹成五百羅漢)。竹成出身の照空上人の発願により、慶応2(1866)年に完成しています。

Dscn6003c  神仏混淆となっているのは全国でも珍しく、東入口付近には大地蔵菩薩と二童子・三蔵法師・弘法大師。南には照空上人、地獄の炎魔大王と十王。山上には大日如来と四方仏。その前に釈迦如来と普賢菩薩。北には七福神、役の行者、天照大神、猿田彦、羅漢諸仏などが見られます。現在は、469体が残っているそうです。

Dscn6005c  ここは大日堂の境内。もとは、大平山松樹院ですが、2体の大日如来像が安置されているため、大日堂と呼び習わされています。五百羅漢、照空上人、大日堂については2021年の記事に詳しく書いてあります。

2023年6月16日 (金)

今年もそろそろ散歩が修行に変わる頃か? ……パソコンのWi-Fiがつながらず、大慌て

Dsc02636c  梅雨の晴れ間で天気はよいものの、風がかなり強く吹いています。北西の風が5~6m/s。気温は28.8℃です。朝は、家事を済ませ、8時20分過ぎから散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、寺町と5.5㎞ほど。

Dsc02659c_20230616145901 Dsc02735c  諸戸氏庭園前の桜並木にシジュウカラが2羽。まだ幼い感じです。桜の木を飛び回ったあとは、諸戸氏庭園に入っていきました。相変わらず鳥はおらず、スズメばかり。右の写真のスズメは、住吉神社のところにて。

Dsc02755c Dsc02773c_20230616145901  三の丸水門のところでハクセキレイ。これも幼鳥のようです。柿安コミュニティパークで今日もまたクチナシの花。他になかなか撮るものがないのです。九華公園でよく会う高齢の女性が、会うたびに「今日は、何かいた?」と聞いてくれるのですが、このところ毎度毎度「何もいないよ」という返事(苦笑)。

Dsc02849c_20230616145901 Dsc02860c_20230616145901  九華公園でもスズメオンパレード。他に見たのは、少数のドバトとムクドリくらい。カワラヒワも、コゲラもいません。サギたちもまだ戻ってきません。カワウたちは皆、巣立ったようです。ハシボソガラスに続いて、カワウもヒナがいなくなった一方で、他の鳥は少なく、ひたすら歩くのに近い日々。蒸し暑くなってきましたから、今年もそろそろ散歩が修行に変わるシーズンなのかも知れません。

Wific  ところで今朝、起きてパソコンをつけたら、Wi-Fiが起動せず、デバイスマネージャを見ても、Wi-Fiのネットワークアダプターが表示されていません。昨晩までは、何も問題なく動作していたのですが……。あれこれ試したものの、復活せず。アダプターが物理的に壊れたのか? と思ったのですが、思わぬ伏兵にやられていました。タスクバーの右端にネットワーク接続状況を示すアイコンがありますが、ここにソフトウェア的なスイッチが隠れていて、Wi-Fiが、何故かオフになっていたのです。Wi-Fiがつながらない間、有線LANにしたのですが、それでもソニーのPC TV Plusがブルーレイレコーダにつながらず、パソコンからテレビや録画したものも見えなくなっていて参っていました。

Dsc02894c  明日は午後から、菰野町にある社会福祉法人の評議員会。この会議に行くときには、雨ということが多いのですが、久しぶりに好天のようです。

2023年6月15日 (木)

野鳥はいません(苦笑)

Dsc02302c_20230615145601  朝からずっと曇り。家事を済ませ、8時15分から散歩へ。いつもとは違って、三崎通、田町、風呂町、川口町、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、アピタ桑名店、常盤町、京町、寺町と5.4㎞。10時前に「間もなく雨が降る」ということで、急いで帰宅。しかし、ほとんど濡れないような霧雨が少しだけ。鳥も、散歩友達もいません(苦笑)。

Dsc02320c  三崎通から歩いたのは、先日、ツバメの巣にツバメがいたので確認に(2023年6月13日:久しぶりの青空は気持ちいい……三崎通のお宅にツバメが登場(再登場?))。ところが、何もいませんでした。たまたま来ていたということのようです。これだけ壊れていては、巣には使えないでしょう。

Dsc02344c_20230615145601  柿安コミュニティパークでは、少しずつクチナシが咲いてきています。といっても駐車場の周囲の植え込みになっているところにポツポツという感じで、ちょっと物足りません。

Dsc02419c Dsc02374c_20230615145601  九華公園では、スズメもドバトもヒヨドリもほとんどいません。シジュウカラを1羽見たのと、カワラヒワを数羽。カワウの巣、東側に1羽だけいましたが、ちょっと目を離したすきにいなくなりました。

Dsc02479c  ハシビロガモのオスは、辰巳櫓跡近くの、あの松の木にいました。今日は、本当に鳥がいません。天候のせいもあるのかもしれません。貝塚公園、内堀東公園、新築公園も同様。ほとんど鳥はいませんでした。アピタ桑名店では、新光堂書店へ。昨日も本屋に立ち寄ってきたのですが、そこで見逃していた文庫本の新刊1冊を見つけたのですが、調べたらこのシリーズの、その前のものをさらに見逃していたのです(苦笑)。それを探しに行ったのですが、あいにく在庫なし。代わりに今日発売の新刊文庫1冊を見つけ、それを買ってきました。発売日に入っていることもあるんだと、ちょっと感激。

Dsc02619c  拙宅前の住吉入江まで戻ってきたら、カミキリ虫が飛んできました。ゴマダラカミキリです。成虫が枝や葉を食害するということで、害虫になっているようです。

Dsc02513c_20230615145601  ところで、寺町商店街でこのポスターを見つけました。8月20日に寺町でクラフトビールフェアが開かれるそうです。こりゃぁいい! 後藤酒造の青雲も売られるようですし、BBQもあるようですから、一石二鳥か、三鳥。予定表に書いておかないと。

Dsc02312c_20230615145601  昨日の授業のQ&Aは、今日、昼までで一通り完成しました。これまでよりかなり早い(笑)。後ほどチェックして、できあがりという予定。来週は、DVD視聴で実際の場面を確認します。ノウゼンカズラは、相生町のお宅にて。寺町交差点の近くの、いつもノウゼンカズラが咲くお宅です。

2023年6月14日 (水)

9回目の授業も雨には降られずに済みました

Dsc_0930c  午前中はまだ雨が残るということでしたが、幸い、通勤時間帯には降りませんでした。江戸橋方面での非常勤も9回目。後半に突入し、講義内容もいよいよ佳境に入ってきました。出席率は80%台半ばですが、4回、5回と欠席していたり、最近、連続して欠席していたりする学生もいて気になります。今日は、重要なスキルについての解説。来週はそれをDVDで視聴して確認し、再来週は、演習で実際にどのくらいやれるか/やれないか、確認します。本来なら、欠席ゼロでやってもらいたいところなのです。

Dscn5996c  毎週必ずチェックしてくる非常勤講師控え室前の軒下にあるコシアカツバメの巣。最近は、スズメが使っており、先週はヒナの鳴き声が聞こえ、親スズメがエサを運んできていましたが、今日は静か。巣立ってしまったようです。助手の先生に伺っても、知らない間に鳴き声がしなくなりましたということでした。元気にしていてくれることを願っています。

Dsc_0938c  今日もまた、授業終了後、津駅まで行って駅ビルにあるチャムへ。ここの3階に別所書店が入っていて、そこで文庫本3冊をゲットしてきました。やはり大きな本屋さんはありがたい。新刊本も、発売日に必ず入荷しているからです。見逃していたものも1冊見つけました。ムシムシしていて疲れましたので、2階でよほど昼ご飯を食べようかと思ったのですが、外食も結構なお値段で、諦めました(微苦笑)。

Dsc_0940c  帰宅して昼食、出欠チェックだけを済ませました。Q&Aはこれから。一休みしたいなと思ってボンヤリしていると、案外時間が経ってしまっていたりします(苦笑)。困ったもの。気合いを入れ直しましょう。

Dsc_0946c Dsc_0947c  余談で。アサガオは、1鉢だけ行燈仕立てにしました。ツルを上手にはわせようと思ったものの、結局、放置していて、現状はこんな感じ。2本だけを残してあります。もう1鉢は、まだもう少し大きく成長してから行燈仕立てにしようと思っています。

Dsc_0948c  こちらはメダカの睡蓮鉢。メダカは最近、2匹ほど昇天してしまい。たぶん13匹。赤ちゃんは無数にいます。この睡蓮鉢、この頃熱帯スイレンとホテイソウがすごい勢いで成長しています。

 

2023年6月13日 (火)

久しぶりの青空は気持ちいい……三崎通のお宅にツバメが登場(再登場?)

Dsc01818c 0613amedas  かなり暑いなと思ったら、今日の最高気温は33.4℃になっていました。久しぶりに青空を見て、気持ちが良かったのですが、次第に薄い雲が広がってきました。3日ぶりにいつものように7時半から散歩へ。まさか3日分歩くわけにもいかず、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、南魚町、田町、三崎通と5.4㎞。もう少し歩きたいとは思ったのですが、蒸し暑くて今日は、これがせいぜい。

Dsc01853c  クチナシの花は、柿安コミュニティパークの駐車場のところにて。先日も書きましたが、つぼみは少なく、咲き始めが遅かったのでしょう。剪定を適切な時期にきちんとして欲しいものです。

Dsc01882c_20230613153001 Dsc02059c  九華公園。スズメ、カワラヒワ、ムクドリくらいで、ドバトはわずか。ヒヨドリはまったく見ません。最近ヒヨドリはほとんど見ていません。神戸櫓跡のカワウの巣は、西側は誰もいませんが、東側の巣には、まだヒナたち3羽が揃っています。未だにエサをもらおうとしている様子が見られ、なんだか不思議。ちなみに、花菖蒲はほぼ終わり。花がらを摘んで欲しいのですが、そういう作業は一切されていません。花がらを摘むとその下にあるつぼみからまた咲くのですがねぇ。眺めも悪いし、花も咲かないしで、ちょっとどうかと思っています。

Dsc01967c_20230613153001 Dsc02021c  奥平屋敷跡でシジュウカラ。3羽ほどいたのですが、よく動いてこれくらいの写真のみ。本丸跡でコゲラの鳴き声が聞こえ、とりあえず証拠写真として撮ったのが右の写真。回り込んでもう少しまともなアングルをと思ったら、逃げられました(苦笑)。

Dsc02131c_20230613153001 Dsc02169c_20230613153001  ハシビロガモのオスは、吉之丸堀を泳ぎ回った後は、いつものように野球場南のしだれ桜の下にいました。スズメは公園の外周遊歩道で撮りましたが、スズメたちはあちこちにいます。そのほかの公園では、スズメがいたり、いなかったりするくらいで、鳥の姿はあまり見られません。

Dsc02209c  三崎通のお宅にあるツバメの巣。先日までは、ツバメはいなかったのですが、今日、念のためにと思って立ち寄ったらいました。いったんは修復し、一時はツバメが巣に就いていたのですが、その後いなくなっていました。巣は少し崩れていたのですが、そこに今日はこのようにツバメがいたのです。卵があるのかどうかは不明。前にここに来ていたツバメが戻ってきたのかどうかも、分かりません。また、巡回することにします。

Dsc02231c_20230613153001 Dsc02275c_20230613153001  玉重橋近くにある駐車場にランタナなどが咲いています。チョウたちがよく蜜を吸いにきています。今日は、アゲハとモンシロチョウが来ていましたので、アゲハを狙ってみました。

Dsc02192c_20230613153001 Dsc01898c_20230613153001  こちらはGooglレンズで検索した上で調べると、スカシユリのようです。鳥も難しいのですが、花もかなり難しい。アジサイは、まだまだあちこちで咲いています。このアジサイは、九華公園の管理事務所の近くにて。

Dsc09606c  ところで、先週末、諸戸氏庭園でカルガモ親子を見てきましたが(2023年6月9日:20230609諸戸氏庭園の花菖蒲とカルガモ親子)、その後を確認したところ、何と、翌日から姿が見えなくなっているのだそうです(写真は、6月9日に撮影したもの)。どうなったのでしょう、心配です。

Highesttemperature  オマケ。かなり暑かったと書きましたが、今日の桑名の33.4℃という最高気温は、全国トップでした。

2023年6月12日 (月)

雨降り2日目

230612amedas  午後からは曇りになるかと期待したのですが、結局、終日ほぼ雨のようです。今日は、新聞休刊日ということもあって室外にはほとんど出ていません。玄関先から空模様を眺めたり、ベランダで園芸、メダカの世話をしたくらい。歩数は、1,000歩にも達しないかも知れません。

Img_6469c_20230612154901  アメダスのデータにもありますが、7時台にもっともよく降りました。2日連続で雨に降り込められ、散歩に出られないと、「土方(あるいはテキヤ)を殺すにゃ刃物は要らぬ。雨の3日も降ればいい」ということばが浮かんできます。ちなみに、この言い回しについて調べたのですが(こちら)、使われているものの、国語辞典などの辞典類には載っていないようで、リンク先の説明によれば、『小熊秀雄全集第5巻』に「土方を殺すにゃ……降ればいい、という俗謡がある」と書かれているようです。図書館のリファレンスのプロの方が調べた結果ですから、妥当性、信頼性は高いと思います。

Img_6455c_20230612154901  散歩友達の方の多くが、「雨に降られると何をするか、困ってウロウロする」といいます。似たようなものです。今日はとある仕事をしていたので、すべきことはあったのですが、若い頃に比べると、持続力、集中力などなどが低下し、能率も悪くなってきているのをはっきりと自覚します。ミスをしでかした上にそれに気づかないこともよくあります。過去にも何度か「老兵は死なずただ去りゆくのみ」と書いています(2021年2月11日:今日はカワセミに大接近……ジンチョウゲやミモザにも蕾で春近し、2021年12月5日:ミコアイサはおらず……プチ遠征【老害について付記しました(12/5)】)。同じことを何度も書くというのは、すでにジジイの証拠です。「おあとがよろしいようで……」というべき日も近いでしょうか?? 余談を重ねますが、寄席などで落語家の方などが締めの文句として「おあとがよろしいようで」とおっしゃるのは、「次の演者の準備が整いましたので、私はここら辺でご無礼します」という意味だそうです。やはり若い方に譲って、年寄りはフェードアウトでしょうねぇ。

Img_6461c_20230612154901  午前中、非常勤先からメールが届き、前期授業の補講希望の確認と、試験実施方法のアンケートその他の依頼、連絡がありました。毎回こういう連絡をもらうと「早いな」と思うのですが、すでに前期の授業も折り返し点をすぎています(2023年6月7日:江戸橋での授業も、半分を超えました)。休講はない見込みですから、補講はしないで済むでしょう。成績評価は、レポート1回(20点)と、筆記試験(80点)で評価します。

Img_6500c_20230612154901  明日は、晴れのち曇りの予報で3日ぶりに散歩に出られそうです。かといって3日分、歩きためておくとか、取り戻すというのもできませんから、まあ、いつも通りにということでしょうね。「淡々と飽きもせず……」です。

Img_6465c_20230612154901  あとからボソッと追記しています。ブログは、2005年10月26日に書き始め、それ以来ほぼ毎日書いています。開始当初の記事から今年5月末までのものは、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」にあります。その後、いろいろとあってFacebookや、インスタにも手を染めています。しかしながら、最近(たぶん去年の後半くらいから)、ネットやSNSがあまり面白くないなぁと思うようになっています。いわゆる「SNS疲れ」なのかも知れませんが、よく分かりません。ブログは続けるつもりですが、Facebookやインスタは、止めてもいいかという気がしているものの、踏ん切れないというところなのです。ネットはやはり道具であるということを改めて実感しているような気がします。このパラグラフ、思いつきのつぶやきですからどうなるかは自分でも分かりません。

2023年6月11日 (日)

雨の日の退屈しのぎ……サギソウが咲くプロセス

Img_6356c_20230611162601  終日、雨になっています。雨量はさほどではありません。せいぜい1時間に3.0mmくらい。朝早めの時間帯の方がよく降っており、散歩には出られませんでした。いつもは散歩に出られないとウロウロしますが、今日は楽しみを見つけました。

Img_6304c_20230611162601 Img_6362c_20230611162601  それはこちら。サギソウ。これなら今日中か、明日の朝には花が開くなと思ったのです。これが咲けば、3輪目になります。左の写真が、7時頃のもの。右の状態になるまでかなり時間がかかり、これは14時40分くらい。今日中の開花は無理かと思ったのですが……。

Img_6388c_20230611162601Img_6378c_20230611162601  15時頃に見たのが左の写真。少しスピードアップしてきた感じです。右は、15時50分くらい。

Img_6396c_20230611162701 Img_6414c_20230611162701  16時になるとかなり開きました。待ちきれずに20分くらい経った16時20分の写真が右のもの。

Img_6451c_20230611171401  追記。17時10分くらいの写真を追加しました。サギでいえば、翼の部分がさらに開いた感じです。

Img_6314c_20230611162601 Img_6443c_20230611171501  これまでにサギソウは2輪、咲いています。早くに咲いて、花が長持ちしている感じです。最初の1輪が咲いたのは、6月1日でした(2023年6月1日:サギソウが咲き始め、京町のツバメは巣立つ)。他にもつぼみが出て来ています。右の写真は、今日咲いたもの(手前)と、これまでに咲いたものを一緒に撮ってみました。

Img_6331c_20230611162601  アサガオは、1鉢だけテキトーに行燈仕立てしました。一昨日のことです。今年こそはきちんとやろうと思ったのですが、結局はテキトー。もう1鉢は、もっと育ってから仕立てます。

Dsc09700c_20230611164101  今週、水曜は江戸橋での授業。土曜日の午後に菰野の社会福祉法人での会議。花菖蒲は、6月9日に諸戸氏庭園で撮ったもの。

2023年6月10日 (土)

オオヨシキリに、カイツブリのヒナ

Dsc00199c Dsc00497c  週末恒例(微笑)の長良川河口堰そのほかへの遠征です。河口堰の後は、長島町内を回ってから三ツ又池公園へ。河口堰へは、6時55分に到着。遠征の日は、動き始めが早いのです。吹き流しはまだまだ「アユのぼり」です。アユの遡上状況をみると、ピークかも知れません。

Dsc00155c_20230610145501 Dsc00183c_20230610145501  今日の河口堰は、サギが計3羽。笑えるくらい少ない。左の写真は東・上流側の魚道にいたダイサギ、右は閘門のところで見たアオサギ。

Dsc00216c Dsc00376c  親水広場の西にホオジロのオス。さえずっていました。親水広場では、計4羽のハクセキレイ。

Dsc00301c_20230610145501  コアジサシ、今日は計3羽を確認。今シーズンは多くても4羽しか同時には見ていません。小魚を捕って持ってくるのですが、相手に渡すふうでもなく、しばらくすると自分で呑み込んでしまうということを繰り返していました。繁殖地があるのか、繁殖しているのか、不明。

Dsc00384c_20230610145501 Dsc00460c_20230610145501  さらに、ようやく今シーズン初めて、オオヨシキリの姿を確認しました。昨年までは親水広場の西あたりでもオオヨシキリが見られたのですが、今年はほとんど鳴き声もしていなかったのです。せいぜい、管理橋の西から下流あたりまで。遠くて、今ひとつクリアな画像ではないのですが、少し満足。帰り道、閘門のところにアオサギ。来るときに見たアオサギとは別人。他には、ヒバリ、スズメ、ムクドリなど。コチドリの鳴き声も聞こえたのですが、姿は見えず。

Dsc00510c_20230610145601Dsc00540c 長島町内某所その1では、先日と同じように、ケリ、ヒバリ、コチドリがいました。しかし、いずれもヒナは確認できていません。今日は、ここではケリから威嚇はされていません。ヒバリは、オス、メス1羽ずついました(右の写真はオス)。

Dsc00575c_20230610145601 Dsc00676c  コチドリは2羽。さらに今日は、ここその1の東でもケリ2羽を発見。こちらは少し威嚇されたのですが、ヒナはいないようでした。ここにもヒバリのオスが1羽。この後、某所その2にも行ったのですが、今日はケリもコチドリもいません。さらにアマサギがいないか、県道沿いを少し往復したのですが、見えたのはアオサギが1羽だけ。

Dsc00703c_20230610145601 Dsc01637c_20230610151501  三ツ又池公園には、8時40分着。蒸し暑くなってきていますから、ウォーキングやジョギングをする人は減っています。ここでの目当ては、もちろんカイツブリ。カイツブリは合計10羽くらいを確認しました。

Dsc01695c_20230610145701  ヒナは見てきた範囲では、計6羽。ただし、池の周囲の遊歩道からは離れたところの巣にいるのがほとんどで、撮影には苦労。今日は、親がヒナを背中に乗せるシーンは見られませんでした。もう1、2回行かないといけません。

Dsc01277c_20230610145701 Dsc01356c  ほかにはアオサギ2羽。池の北側のエリアと、北西にある水田のあぜ道にとで。カワウも20数羽、集団で来て漁をしていました。モズを一瞬見たものの、写真は撮れませんでした。他にはスズメ、ムクドリくらい。

Dsc00722c  こんなのもいました。スッポン。それも2匹を見つけました。1匹は、カイツブリが巣を作るために浮いている発泡スチロールの上にいました。ちなみに、今日は、ヌートリアには遭遇せず。

Dsc01299c Dsc01224c_20230610152501  アザミにモンシロチョウ。池の週にたくさんアザミが咲いていて、モンシロチョウが集まってきています。ベニシジミも(右の写真)。

Dsc01329c Dsc01322c_20230610145801  夜は、マンションの管理組合理事会へオブザーバーで出席してきます。私の前任者の方も、1年間オブザーバーで出席してくださり、ずいぶん助けられました。管理組合の理事は、1年交替ですから、理事会では事業や、検討課題の継続性や、積み重ねが必要となります。管理会社はもちろん、そのあたりはサポートしてくれますが、やはり実際に理事を務めた立場の者が出席した方がよいかなと考えているのです。アジサイも、三ツ又池公園にて。

2023年6月 9日 (金)

20230609諸戸氏庭園の花菖蒲とカルガモ親子

Dsc00135c  今日は、散歩帰りに諸戸氏庭園を訪ねてきました。日曜(6月11日)まで春の特別公開中なのですが、今年は花菖蒲が今ひとつという話を聞いていたので、行くのを迷っていました。そこへ今朝、「諸戸氏庭園にカルガモの親子がいる」という話を聞きつけ、それならという次第でカルガモを見がてら、花菖蒲も見てこようという次第です。10時に九華公園前管理人のOさんと待ち合わせ。

Dsc09606c Dsc00065c  まずは、カルガモ親子。親1羽が、ヒナ9羽をつれていました。見つかったのは、今朝早くだそうです。庭園内の水路にいました。親がヒナたちをかばうようにしています。親が移動するとヒナたちは、懸命についていくのがとてもかわいい。

Dsc09615c Dsc09653c  そして、花菖蒲。今日のような曇天の方が、花がきれいに見えます。旧知の歴史案内人のKさんに案内もしていただきました。

Dsc09684c_20230609141101 Dsc09714c_20230609142901  こちらは「愛知輝(あいちのかがやき)」。キショウブと花菖蒲の交配によってつくられたもの。右は、長生殿という種類。実に色々の種類が植えられています。

Dsc09963c_20230609141201 Dsc09776c_20230609143101  こちらは、推敲亭という茶室を通して眺めた景色。茶室には入れませんが、畳に座って眺めた気分で。あれこれ撮ってきたのですが、いざとなるとなかなかこれはという写真はないものです。

Dsc09721c_20230609141101  コウホネ。以前は限られたエリアにしかなかったのですが、最近は広い範囲に咲いているそうです。

Dsc00111c Dsc09432c  今日のメインの目的はカルガモと花菖蒲でしたので、建物はきちんと見てきたわけではありません。10年あまりに及ぶ大規模な修復工事が終わり、御殿の玄関(左の写真)や玉突場(右の写真)なども拝観できるようになっています。建物などについては、秋の公開の時にまたきちんと見てこようと思っています。

カルガモとメジロ

Dsc00141c_20230609144301  今朝も家事を済ませ、8時20分から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、吉津屋町、京町、寺町からいったん帰宅して、その後10時から諸戸氏庭園に行ってきました。諸戸氏庭園の記事はまた別に書きます。歩いたのは6.9㎞。諸戸氏庭園内でかなり歩き回りました。

Dsc09120c Dsc09147c  今日も鳥は少なく、スズメばかり。こちらのスズメのヒナは、住吉水門のところで。スズメのヒナは、巣立ってから確か1週間か10日くらいしか、親が世話をしてくれなかったと思います。周りに親スズメらしき姿はありませんでしたので、すでに独り立ちしていると思われます。三の丸水門の下流側の高水敷でカルガモ4羽。1羽は、体が小さい気がします。

Dsc09239c_20230609144301  九華公園には8時40分くらいに到着。相撲場のあたりでシジュウカラ数羽と、メジロ数羽。メジロはなんとか写真が撮れたのですが、シジュウカラは見ただけ(苦笑)。しかし、九華公園に鳥が戻ってきてくれたのであれば、嬉しい。

Dsc09292c_20230609144301  Dsc09272c_20230609144301 カワウの巣の様子。左の写真は、神戸櫓跡の西側の巣。昨日に引き続き、カワウの姿はありません。これはもう巣立ったと考えざるを得ません。右の写真は、東側の巣。こちらは、親2羽、ヒナ3羽とオールスター勢揃い。いつになったら巣立つのでしょう?

Dsc09359c Dsc09321c_20230609144301  ハシビロガモのオスは、今日も野球場南のあたりにいました。他にこれという被写体はなし。ハナショウブの花にモンシロチョウが来ていたくらい。

Dsc09378c  貝塚公園でも、スズメのヒナ。こちらは他にもいて、いずれも親スズメからエサをもらっていました。

Dsc09300c  水曜日の授業のQ&Aは、昨晩一通り完成し、今朝早くにチェックを済ませ、メールで助手の先生に送って印刷をお願いしました。明日も天気はよさそうですから、河口堰方面と、長島町内でアマサギ、三ツ又池公園でカイツブリなど見てきたいと思っています。写真は、九華公園でアジサイ。

2023年6月 8日 (木)

カワウのヒナは巣立ったのか?

Dsc09104c_20230608163301  15時半過ぎから雨になりましたが、それまでは曇天。朝は、家事・所用を済ませて8時半過ぎから散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、寺町、殿町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と5.4㎞。10時半前に帰宅。というのも、鳥もいませんし、時間がずれて散歩友達もいないのです。

Dsc08862c Dsc08856c  柿安コミュニティパークの駐車場の周りにはクチナシが植えられています。しかし、今年はほとんど咲いていません。今日、改めてよく見たら2輪だけ咲いていて、ほかにつぼみがまあまあ出て来ていました。去年は3月頃に剪定されてしまい、あまり咲きませんでした。今年もヘンな時期に剪定したのでしょう。

Dsc08942c Dsc08876c  九華公園のカワウの巣、西側の巣には今日は誰もいませんでした。巣立ったのかどうかは分かりません。東側の巣には、まだヒナと思われるカワウが3羽います。

Dsc08932c_20230608163301 Dsc08969c_20230608163301  管理事務所近くでコゲラの鳴き声が聞こえました。あちこち探したら、頭の真上にいたのです(苦笑)。奥平屋敷跡では、ハシボソガラスのみ。

Dsc08990c_20230608163301  ミドリガメがときどき上がってきています。産卵シーズンのは図なのですが、今年はその数が少ないのと、産卵シーンをほとんど見ないのが気になります。

Dsc09053c  ハシビロガモのオスは、今日もボッチではありましたが、元気そうでした。このあとはとくにこれという鳥は見られずに、歩くことにほぼ専念(苦笑)。

Dsc_0902c  午後からは市役所の会議に行ってきました。今年度も微力を尽くす所存です。

Dsc09079c_20230608163301 Dsc09084c  これから夜は、大雨になるといいます。来週初めには台風も接近するそうですから、要注意。

2023年6月 7日 (水)

江戸橋での授業も、半分を超えました

Dscn5988c  梅雨の晴れ間で、30.5℃と暑くなっています。江戸橋での非常勤の講義も今日で8回目。全15回ですからこれで半数を無事に終えられました。気温は上がりましたが、換気のためもあって教室の窓やドアは開けられていて、風が通り、さほど暑くはありませんでした。出席率は80%代前半という状況が続いています。3~4回欠席とか、このところ連続して欠席という学生もあり、ちょっと気になっています。授業内容もいよいよ佳境に入りますので、梅雨時ですが、めげずに出席してもらいたいところ。

Dscn5994c  毎回これを気にしていますから、何をしにいっているんだと思われていることでしょうが、楽しみもなくてはならないのです。非常勤講師控え室の前の軒下にあるコシアカツバメの巣です。今年はスズメが使っており、先週からヒナの鳴き声が聞こえています。今日も出勤したときからズーッとヒナの鳴き声が途切れません。ヒナの姿は撮れませんでしたが、親スズメがエサを運んできたところをちょうどうまい具合に1枚だけ撮ることができました(微笑)。

Dsc_0895c  帰り道、志登茂川へ寄り道することはやめて、津駅へ。駅ビルのチャムにある別所書店に行ってきました。近刊の文庫本2冊を買うため。ついでに新書も1冊ゲット。アピタ桑名店の書店では発売当日、もしくは2~3日では新刊が入荷しないのです。江戸橋駅12時22分発の五十鈴川行きに乗り、津駅まで1分。帰りは津駅発12時40分発の名古屋行き急行でというとんぼ返り(苦笑)。この電車、授業で遅くなったり、志登茂川に立ち寄ったりしたときに乗る電車。

Dscn5984c  帰宅後、昼食を摂って出欠チェックを済ませ、Q&A書きに着手したところです。明日は、午後から市役所で、短時間の会議がありますから、ちょっと早めに進めたいと思っています。ちなみに、今日、先日の美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」の2つの記事が予約投稿されました。本当は、その2は明日のつもりでしたが、手違いをやらかしました(苦笑)。いずれ載せるものですから、このままにしておきます。

 

20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(その2)…養老街道との追分から西福寺、八幡神社、専念寺、乾崇寺で芭蕉句碑を見て、田代神社ほかを周り、美濃高田駅にゴール(完)

Yoro2  6月4日に行ってきた美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」の本編その2です。その1では、養老駅をスタートし、養老町石畑にある浄誓寺まで来ました。その2では、美濃街道と養老街道の追分から養老街道に入り、西福寺、八幡神社、専念寺、乾崇寺、田代神社、神明神社を経てミズノテクニクスを眺め、皇大神社へ。自由軒で昼食を摂ろうと思ったものの、満員で断念。そのままゴールの美濃高田駅まで行き、桑名行きの電車に乗ります。

Img_5863c_20230604190101  その1の最後に訪ねた浄誓寺から先、石畑というところを進むと、美濃街道と養老街道の追分に行き当たります。左の写真で向かって左の道が美濃街道。関ヶ原に続きます。最初は、美濃街道をそのまま歩くことも考えたのですが、この先、鉄道がありません。美濃街道と中山道との追分はJR関ヶ原駅のすぐ南。そこまではここから直線距離で10㎞弱。ちょっとハードですので、ここから養老街道に入り、大垣に向かうことにしたのです。養老街道は右手へ。

Img_5873c Img_5901c_20230604181201  養老街道に進む前に、この追分のところにある大桑神社へ。創建は不明ですが、『養老郡志』によると最古の棟札には寛文7(1667)年と記されているそうです。祭神は古来は大已貴神(おおなむちのかみ=大国主命)であったとされています。また、この神社は狼明神(おおかみみょうじん)とも呼ばれたと伝えられています。1年の作物の取高を占う粥占いの祭礼行事が残っています。

Img_5888c_20230606150801 Img_5893c_20230606151501  拝殿に向かって右手前には養老町指定天然記念物のケヤキの木があります。盤根(ばんこん)が隆起して見事な景観を呈しています。目通りの幹の周囲4.9m、根廻り9.8m、幹の高さ17m。幹は地上約9mのところで2つに分れ、その1つは直立していますが、分れ目より8mくらいでとまっています。もう1つは少し東南に傾いて更に二分しています。これほど見事な盤根も、木もなかなか見られません。

Img_5937c_20230604181201 Img_5932c_20230606152301  養老街道に入って養老小学校の方に向かいますが、途中、北西方向に伊吹山が見えます。さすがにここまで来れば伊吹山もよく見えます。直線距離で20㎞弱くらいです。

Img_5955c_20230606152801  余談。大桑神社から養老小学校の方へ行くのに、県道56号線、通称「薩摩カイコウズ街道」を渡りますが、南の方、養老警察の手前に養老ミートが見えます。養老うまいもん広場BBQなどもあって、飛騨牛の焼肉も食べられるのです。ちょっと気になるのですが、昼間から焼肉にビールというわけにもいかず、先に進みます。

Img_5976c_20230604181201  養老小学校を過ぎ、4.5㎞ほどのところに常夜灯。火袋のところに内宮の御札が飾られていますし、竹に挟んだ、内宮の御札が2つ、常夜灯に捧げられています。この地方の風習なのかとも思ったのですが、今のところわかりません。

Img_5990c_20230604181201 Img_5983c_20230606153401  その先で法性山西福寺。真宗大谷派のお寺なのですが、詳細はわかりません。

Img_5995c_20230604181201 Img_6010c_20230606154001  美濃街道に戻って、八幡神社。ご祭神は応神天皇です。正確な創立年代は不詳ですが、口伝によると貞治年中(1362〜1367年)頃の創建といわれています。

Img_6018c  境内には、養老町指定天然記念物の「ナギの木」があります。ナギは、この地方では珍しい木だそうで、この地方では北限のものとされます。葉をお守り袋や、鏡の裏に入れ災難除けにしたりします。目通りの幹の周り1.85m、樹高15m。

Img_6044c  もう1つの文化財として、高札場跡があります。境内の金刀比羅宮社殿の横、神社の高塀に囲まれた所にあります。完全に残っている高札場の一つと考えられています。屋根もしっかりしていて、江戸時代末期に作られたものと伝わっています。幅272㎝、奥行90㎝、高さ140㎝で石垣の高さは100㎝あり、道路からは見上げるほどの位置にあります。

Img_6050c_20230606155101 Img_6076c_20230606155101  事前に調べたところでは、養老町押越から高田あたりでは、美濃街道は不必要ではないかと思えるくらいクランクのルートをたどっていました。見るべきところもないかということで、現地で相談して少しコースを修正しています。この常夜灯は、ルートマップで5㎞地点にあったもの。右は、次の目的地である専念寺に入る前、県道215号沿いにあった秋葉神社。文政12(1829)年に勧請し、安政6(1859)年に天満神を合祀しています。昭和12(1937)年、本殿を始め造営工事が竣工し、ここに移転したといいます。

Img_6065c_20230606155101 Img_6072c_20230606155101  県道215号は、高田のメインストリートのようです。左の写真は美濃高田駅の方向、右は反対の西の方角。大きなガラス店や、古市ラジオ店があります。このラジオ店、現役のPanasonicの販売店のようです。

Img_6111c_20230606160001Img_6088c_20230604181301  さて、こちらは、真宗大谷派の専念寺。創建は不詳ですが、高田で最大の寺院だったといいます。しかし、文化11(1814)年に失火により焼失。明治初年に現在の本堂が再建されています。

Img_6122c_20230604181301 Img_6151c_20230606160401  続いて、キョリ測のマップには「即心寺」とあります。かつては慶安4(1651)年創建の妙智山即心禅寺がありましたが、平成22(2010)年に上石津の乾崇寺と合併し、現在は、即心山乾崇(けんそう)寺になっています。臨済宗妙心寺派

Img_6135c_20230604181301  境内に「蓑虫の音を聞きに来よ草庵(くさのいお)」という句碑があります。貞亨4(1681)年秋、深川芭蕉庵での作だそうです。芭蕉は、この句をもって秋の虫の音を聴く会を開くべく俳友に芭蕉庵へ来るようにさそったといいますが、なぜここにこの句碑があるのでしょう? ちなみに、上野市西日南町に芭蕉の弟子服部土芳の別邸で「蓑虫庵」があります。芭蕉五庵のうち、現存する唯一のものだそうですが、土芳が新庵に移って8日目に芭蕉が初めて当庵を訪れ、その後、この句を与え、初五の文字を新庵の名としたそうです。

Img_6169c_20230604181301 Img_6184c_20230604181301  田代神社。創建年月は不詳ですが、加茂、春日、熊野、諏訪、八幡、白鬚、御鍬の7社を奉斎しており、1,000年以上の歴史があるといいます。 慶長6(1601)年に、本町字古宮から現在地に水害を避けて遷座しています。それに続い、て住民も全体的に水の付かないところに移動してきたそうです。境内摂社に神明神社、稲荷神社、また、境内社に金刀比羅神社が祀られています。

Img_6190c_20230604181301  ミズノテクニクスの南に神明神社。この場所にはかつて神明神社のみが祀られていたのですが、昭和18(1943)年、美津濃株式会社養老工場(現ミズノ テクニクス株式会社)が建設されるのにともない、牧田川河川敷に祀られていた大神宮(金刀比羅神社)と秋葉神社が合祀されています。大神宮と秋葉神社の正確な元位置は不明。大神宮の西面には香川県琴平町の象頭山中腹に鎮座する金刀比羅宮にちなんで象頭山と刻んであるそうです。養老街道の高田町への入口であったため、通行の安全を願ったのではないかと言われています。境内は旧牧田川の河川敷にあり、その辺りに直江の渡しがありました。直江の渡しは、次回訪ねる予定。

Img_6204c_20230604181301  ミズノテクニクス養老工場。ミズノ製品の製造を中心にさまざまな製品の製造に携わっていますが、バットの製造がとくに知られています(こちら)。一緒に行った同級生K氏は、ここにゴルフのスイングの診断に来たことがあるそうです。

Img_6222c_20230606163001 Img_6227c_20230604181301  最後の立ち寄り先は、皇大神社。明治6(1873)年創立。島田中組で、最初、皇太神宮大麻を奉祀していたのを、県の指令によって、明治15(1882)年、分霊を迎えています。このとき、寄附を受けたり、島田中組が協力したりして設備を整え、昭和4(1929)年に石造神門2基、石橋、外玉垣を竣工しています。

Img_6253c_20230604181301 これで今日の立ち寄り先は、コンプリート。昼食は、ミズノテクニクスに来た有名野球選手たちも食事に立ち寄ったという自由軒に行ったのですが、ちょうど昼時で大賑わい。「電話番号を書いて、車でお待ちください」といわれたものの、われわれは青空のもと立ちん坊で待機しなくてはなりません。それ故、ここでの食事は断念。美濃高田駅に向かうことにしました。

Img_6260c_20230606163901 Img_6264c_20230606164201  途中、高田駅前の交差点のガソリンスタンドの隣に神社。きれいに手入れされていますから、きちんとお世話する方がいらっしゃるようです。しかし、神社庁のリストにもなく、不明。残念。美濃高田駅に向かいますが、駅前通りにはこれという店もありません。

Img_6268c_20230604181301Img_6272c  養老鉄道美濃高田駅に到着するのとほぼ同時に、12時6分発の桑名行きが出てしまい、次は12時46分発。昼ご飯は、桑名に戻ってからとし、やむなく待合室で菓子を食べ、お茶を飲み、話をしながら時間つぶし(苦笑)。朝、桑名駅で教えてもらったとおり、美濃高田から養老までの切符を購入、¥210。これで養老からは、往復切符で乗車。

Img_6286c_20230604181301  12時46分発桑名行きに乗車。桑名には13時38分着。

Img_6289c_20230604181001 Dsc_0879c  桑名に戻ってようやく昼食にありつけるのですが、以前何度か行ったエンシュウヤに行ったら、この日だけ臨時休業(苦笑)。危うく昼食難民になりそうでしたが、すぐ近くのとんかつ銀座へ。ちょっと遅めの時間からとんかつはマズいかとは思ったのですが、ほかに選択肢はなし。味噌カツランチ、¥1,100なり。夕食を相当控えましたので、体重増はありませんでした。

Screenshot_20230604145016c  この日、帰宅した時点でのGoogle Fitのデータ。トータルで9.3㎞。現地では7㎞を歩いています。歩数は、18,264歩でした。

20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(その1)……養老駅をスタート、養老神明神社、金妙寺跡、千人塚1号古墳、大菩提寺、浄誓寺へ

Img_5599c_20230604181001  月替わりの頃、台風2号が来襲しましたが、週末は好天に恵まれました。6月4日、美濃街道ウォーキングの続きに行ってきました。前回、養老鉄道の美濃津屋駅から養老駅まで歩きましたので(2023年5月22日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編))、この日は養老駅から1駅、美濃高田駅まで。当初つくったコースマップでは4.8㎞となっていたのですが、あちこち立ち寄ったためと、桑名では29℃以上になり、けっこう暑かったので、疲れました。年を取って、体力も低下してきたのかも知れません。今回も同級生K氏と二人旅。

Img_5602c_20230604181001 Img_5609c_20230604181001  桑名駅を8時9分に出る養老鉄道大垣行きに乗車。養老駅には9時1分着。桑名駅では普通に養老駅までの切符を買ったのですが(¥580)、改札で係の方から「今なら、『養老公園県営100周年記念 往復割引切符』を買うと、養老まで1,000円で往復できる。帰りは美濃高田から養老まで1駅分¥210の切符を買うと、合計¥1,210となって、桑名~養老¥580+美濃高田~桑名¥700=¥1,280より¥70安くなる」と教えてもらい、それにしたがって左の写真の往復割引切符を購入。右は養老駅の改札口あたりの様子。名物のひょうたんがたくさん吊り下げられています。

Yoro0  こちらが今日歩いてきたルート全体のマップ。ほぼ養老鉄道の路線に沿って歩いています。途中、石畑の大桑神社あたりまでは美濃街道をたどっていきましたが、この神社のところから美濃街道は関ヶ原に向かいます。この先、関ヶ原まで鉄道はありませんので、ここから養老街道に入って大垣を目指します。それ故、今日のウォーキングは、正確には「美濃街道・養老街道ウォーキング」になります。養老街道は、大垣の美濃路追分から養老に至る脇街道ということです。

Yoro1  詳しいルートマップその1です。養老駅すぐのところに立川勇次郎君之碑。さらに養老神明神社、マップには金妙寺があるとなっていますが、廃寺になったようです。養老公園東の交差点の西で、美濃街道からはいったん離れ、千人塚1号古墳、久保寺寶円、大悲閣(現在は、養老山大菩提寺に改称)へ寄り道。このあたりは、2018年の近鉄ハイキングでインチキをして(苦笑)、歩いたところ(2018年11月10日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ……予告編)。このときは、養老公園内でコースミスをしでかし、2㎞ほど余分に歩いてから養老の滝へのぼりましたので、疲れてしまい、本来のゴールである美濃高田駅には向かわず、スタートの養老駅に戻って、勝手にゴールしたのです。それはさておき、美濃街道に戻って、養老古道いせ道の看板や、境松(傘松)跡、常夜灯から浄誓寺へ向かいます。

Img_5614c_20230604182301  養老駅を9時5分にスタート。駅前には「孝子源丞内の像」があります。老父を敬い大切にしていた源丞内は、毎日山に登り薪をとって売りながら老父を養っていましたが、貧しいがゆえに老父が好む酒を十分に買うことができませんでした。そんな源丞内が山奥で酒の湧き出ている泉を見つたという話が伝わっています(こちら)。源丞内の腰にはひょうたんが下げられています。このひょうたんに酒を入れて持ち帰ったというので、ひょうたんは養老名物になっています。

Img_5623c_20230604181001  養老駅のすぐそばに「立川勇次郎君之碑」。立川勇次郎(文久2(1862)~大正14(1925)年)は、岐阜県大垣市に生まれ、24歳のときに東京で代言人(弁護士)になりましたが、わずか3年で時代の流れを読み、実業家に転身。京浜急行電鉄の前進となる大師鉄道(現在の京急大師線)の専務取締役に就任した後、故郷の西濃地域を開発するため、養老鉄道株式会社(現在の養老鉄道とは、別の会社)を設立し、西濃地方の発展に貢献した人物です。地元の皆さんは、この鉄道の誕生を相当喜んだように思われます。というのも、この碑はかなり大きなものなのです。

Img_5640c_20230604181101 Img_5646c_20230604181101  県道56号線に向かう途中、民家の間の細い道を上っていったところに養老神明神社があります。大正9(1920)年に養老神風講社(しんぷうこうしゃ)が伊勢神宮などの神符を受け、民家の屋根に奉斎したことに始まり、昭和29(1954)年にここに遷ったそうです。ちなみに、神風講社は、明治になって始まった神道の普及活動に関わるもので、伊勢にある祖霊社が大きな関わりを持っていたようです(こちら)。

Img_5649c_20230604183801  神明神社の先に、ルートマップを描くのに用いている「キョリ測」によれば、上多度橋の手前に金妙寺があるとなっているのですが、実際には、この写真のように更地になっている上に「売物件」の看板がありました。金妙寺は、金峰山修験本宗の寺だったということですが、廃寺になったようです。

Img_5666c_20230605044601 Img_5669c_20230605044601  養老公園東の交差点を渡ったところに安田ひょうたん店が、さらにもう少し行ったところにひょうたん会館があります。養老駅前に「孝子源丞内の像」がありますが、この孝子源丞内の逸話から、ひょうたんは養老の名物になっているのです。工芸品もいろいろあるのですが、何も買ってはいません。

Img_5684c_20230604181101  ひょうたん会館の先で美濃街道をいったん外れます。ここは千人塚1号古墳。5世紀末~6世紀初頭につくられた全長35mの円墳。このあたりに日本武尊が滞在したという伝承があります。養老の滝に2㎞ともっとも近い古墳で、埋葬されたのはかなりの有力者だと推定できるといいいます。古墳は、今年度中に史跡に指定する予定だという掲示がありました。このあたりずっと登り坂で、けっこう大変でした。

Img_5696c_20230605063001 Img_5700c_20230605063001  その先に久保寺實円(くぼじじつえん?)というお寺らしきところがあります。神社・寺院検索サイト八百万の神には天台宗とされています。建物や境内はきれいに整備されているのですが、人がいる雰囲気は感じられませんし、高級乗用車も何台も止まっているものの、ナンバープレートがなかったり、タイヤがパンクしていたりしています。ということでよく分からないところでした。

Img_5709c_20230605063401 Img_5719c_20230604181101  その西に養老山大菩提寺。(ルートマップに使ったキョリ測では、「大悲閣」となっています)。昭和3(1928)年の創建で、臨済宗。大悲閣は当初の名前で、昭和28(1953)年に大菩提寺に改めたといいます。5年前の11月に訪ねたときは、ちょうど紅葉の時期で大変良い雰囲気でした(2018年11月10日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ……予告編)。西美濃三十三霊場の第24番札所になっています。

Img_5722c_20230604181101  伊吹山で負傷した日本武尊がこのあたりへ来たとき足が痛み始めたといい、境内に史跡の石碑「日本武尊史跡 当芸野(たぎの)」があります。いささか余談めきますが、日本武尊は、古事記によれば、当芸から、杖衝坂、尾津、三重村(岐阜南部から三重北部)と進んで行き、能煩野(三重県亀山市)に到って亡くなるのですが、具体的にはどのルートをたどったのでしょう。歩いたのか、それとも船を利用したのか、いろいろと疑問が湧いてきます。

Img_5729c_20230604184501 Img_5742c_20230604181101  寄り道をしましたので、ひょうたん会館近くまで戻って、美濃街道を進みます。写真で2本の道路が並行していますが、この正面の道が美濃街道です。スタートから2㎞を過ぎ、細い川にかかる橋を渡ったところに「養老古道いせ道」の看板があります。ネットで調べたときには、ここの1本東の道を美濃街道とするサイトがあったのですが、この日歩いた方が美濃街道で間違いなさそうです。

Img_5753c_20230604181101  2㎞半の手前で「境松(傘松)跡」の石碑。ここは、柏尾と白石と鷲巣(松栄町)の3村の境界で、それを確定していた松の跡地を示すものとして、平成17(2005)年9月に建てられました。ルートマップをよくご覧いただくと村の境であったことが窺われます。

Img_5765c_20230604181101  その先の交差点の南西の角に道標がありました。ただし、これは平成27年に養老町教育委員会が建てたもの。北から来てここを右折すると養老の瀧方面に行け(たき道)、直進すると美濃街道(いせ道)なのです。ちなみに美濃街道は、美濃国(岐阜)では、「伊勢街道」「桑名街道」などと呼ばれていたようです。

Img_5782c_20230604181101 Img_5792c_20230604181101  ここを右折して下っていきます。下る途中、西側に小学校の跡地かと思われる避難場所があります。下りきったとことに常夜灯が1基。常夜灯の手前に小さな地蔵堂があるはずなのですが、見れど探せど見つかりません。Googleマップのストリートビューでも確認していたのですが、撤去されてしまったのかも知れません。

Img_5829c_20230604181101
 3㎞の手前で椿井(つばい)山浄誓寺。養老町石畑にあります。Img_5839c_20230606113201創建年代は不詳です。現在は真宗大谷派ですが、往古は天台宗で誓願寺と号しましたが、明応4(1495)年、浄円という僧が本願寺8世蓮如に帰依して真宗に改め、浄誓寺となりました。本堂は安政元(1854)年のもの。養老町指定天然記念物の「イヌマキ」が浄誓寺の正門を入ってすぐ右手にあります(左の写真に写っています)。根元の周囲3.0m、目通の幹2.05m、樹の高さ2.5m、樹齢は800年を超えるとか。また、同じく天然記念物の「侘助椿」が本堂の南側にあるというのですが、見つけられませんでした。リンク先をご覧ください。

Img_5851c_20230606115801 Img_5822c_20230604181101  境内には、「瑞泉寺桜」という説明が付いた桜の木もあります。ネットで調べると、瑞泉寺冬桜という冬に咲く桜があるというのですが、それかどうかは定かではありません。ほかにはアジサイもたくさん咲いていました。

Img_5798c_20230606120301 Img_5806c_20230606120301  さらに裏参道のところに「奈良時代 行基菩薩 本願寺第八代蓮如上人 有縁の寺」「長島一向一揆守縁の石地蔵 南北朝から室町時代の石佛と石塔群」と書かれた標柱が立っており、その傍らに石仏、石塔が並んでいました。こちらの説明によれば、浄誓寺やその周辺で見つかった多くの石仏や石塔が地蔵堂に納められているとあります。何か、説明があるとありがたかったところです。

 その1はここまで。その2は、美濃街道と養老街道の追分から美濃高田の町へと進みます。

2023年6月 6日 (火)

常信寺でクチナシ

Dsc08532c_20230606123301  午後から明日の朝早くまで雨という予報です。午前中はほぼ曇りで、気温も23.4℃でしたがちょっと湿度が高い感じ。いつも通り7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、内堀公園、京町、常信寺、御坊さん、寺町、殿町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と5.7㎞。

Dsc08565c Dsc08597c_20230606123301  鳥はいよいよいません。田町の商店にある巣で悲劇があって、散歩コースからツバメのヒナはいなくなってしまいましたし…。左の若いムクドリは三の丸水門のところで、右のスズメは九華公園にて。

Dsc08606c Dsc08614c  九華公園でも、今日は、スズメ、ムクドリ、カワラヒワくらい。奥平屋敷跡の上空ではツバメはよく飛んでいました。ハクセキレイが一瞬、やって来たのですが、写真は撮れずという具合。神戸櫓跡にあるカワウの巣からヒナたちはまだ巣立っていません。東側の巣のヒナ(右の写真)は、時々出かけていますが、西側の巣(左の写真)のヒナはまだ巣の近くに止まったまま。今日も親からエサをもらっていました。

Dsc08749c  ハシビロガモのオスは、元気そうでした。野球場南のあたりが定位置です。散歩友達皆が、気にかけています。

Dsc08621c_20230606123301 Dsc08626c_20230606123301  管理事務所の近くでもアジサイが咲いてきました。鳥がいないので、花に目が向くというところがあるかも知れません。

Dsc08663c  ハナショウブはそれなりに咲いているのですが、残念ながら、「きれいに咲いたな」とは思えません。やはり普段からの手入れは大切です。

Dsc08768c_20230606123301  公園の外周遊歩道の東にあるお宅で、アガパンサスが咲き始めました。梅雨の頃から夏の初めの花というのが、私のイメージ。

Dsc08775c  常信寺でクチナシが咲いています。クチナシは、柿安コミュニティパークの駐車場の周囲にも植えられているのですが、今年はまだ咲いていませんので、「クチナシはまだなんだ」と思い込んでいました。市が管理しているところの植物は、時季はずれに選定したりしますので、きちんと咲かないことがあるのです。

Dsc08786c  同じく常信寺でも菩提樹の花がたくさん咲いてきています。御坊さん(桑名別院本統寺)よりも咲き始めは少し遅めなのです。

2023年6月 5日 (月)

シジュウカラのヒナ2組に遭遇……ツバメのヒナについての悲報も

Dsc07537c_20230605162001  昼過ぎまでは割とよく晴れていましたが、13時頃からは曇り空。それでも気温は、29.3℃になり、暑く感じます。午前中は、いつも通り7時半から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、春日さん(桑名宗社)、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と5.5㎞。冒頭の写真は、船津屋さんの裏手で見たホオジロのオス。最近、ここでよく見かけます。

Dsc07730c_20230605162001 Dsc07602c  柿安コミュニティパークでシジュウカラのファミリーに遭遇。ヒナが数羽いましたが、にぎやかでよく動くので、戸惑ってしまいました。シャッターチャンスにあまり恵まれず、この1枚のみ。近くでは、スズメのヒナ。親に連れられていました。

Dsc07919c  Dsc08077c_20230605162001 九華公園の奥平屋敷跡でも、シジュウカラの親1羽とヒナ2羽に遭遇。ちょっとどうかなとは思うのですが、親子揃ったところも、一応撮れました。クリアに写っていたらいうことがなかったのですが…。ヒナたちも、樹上や地上で自分でエサ探しをしていました。

Dsc08204c_20230605162001  二の丸跡のツツジの植え込みの上で、鳥の巣を見つけました。木の上から落ちてきたものと思います。これはたぶんカワラヒワの巣ではないかと思います(こちら)。カワラヒワの巣と思われるものは、九華公園で落ちているのを時々見かけます。

Dsc07828c  Dsc08113c カワウのヒナたちは、東西の巣で様子が異なってきました。西側の巣(左の写真)では、ひなはまだすのあたりにずっととどまっています。東側の巣では、ヒナが巣から離れている時間があるようになりました(右の写真)。散歩友達に確認すると、昨日からだそうです。

Dsc08184c  堀では、カワウのヒナたちが漁の練習をしていると思われる場面を見かけました。まだまだ熟練しておらず、太めの木の枝をくわえていて、笑えます。「頑張れよ」「早く覚えろよ」などと声をかけたくなってしまいます(微笑)。

Dsc08269c_20230605162001  ハシビロガモのオスは、今日は、野球場南のあたりにいましたが、近くではカワウが翼を広げて乾かしたりしていて、落ち着かない感じです。このあと、貝塚公園、内堀南公園では少数のスズメくらいしかいません。

Dsc08341c_20230605161901  田町の商店にあるツバメの巣では、何らかのアクシデントがあったようです。ちょっとグロいので苦手な方は、クリックなさらないでください。1羽のヒナの死骸と思われるものが、向かって左に見えます。5羽のヒナがいたのですが、ほかにヒナの姿はありませんし、しばらく待ったものの親ツバメも来ません。残念。

Dsc08522c_20230605163301 Dsc08456c  桑名七里の渡し公園には、この頃良く立ち寄ります。小型の野鳥が水浴びするのを見たいからです。今日も、カワラヒワとスズメが来ていました。ただし、今日はせせらぎに水は流れておらず、雨水がたまっていただけ。

Dsc08327c_20230605162001 Dsc08312c_20230605162001  春日さん(桑名宗社)にも立ち寄ってきましたが、インスタに石取祭の祭車の順番が決まったと投稿がありましたので、見てきたという次第。今年は、40台が参加するようです。今年は、8月5~6日に開催されます。以前は必ず写真を撮りにいったものですが、今年はどうしましょう? 大四日市まつり鯨船が勢揃いするというニュースもあって、それも見たい気がするのです(同じ日に開催)。

Dsc_0886c  午後からは、くわな市民大学郷土史学科の第2回の講義へ。今年は、「史跡・名勝・伝説に見る桑名」がテーマ。第2回目の今日は、多度を中心にした伝説のお話し。倭姫命、日本武尊、壬申の乱、うなぎと光田という内容でした。またいつものように、講義資料、講義内容をもとにあれこれ調べて、資料をつくるつもり。

Dsc08300c_20230605162001 Dsc_0877c  今週は、今日の市民大学のほか、水曜は江戸橋での非常勤、木曜午後は市役所での会議、土曜夜はマンションの管理組合理事会へのオブザーバー参加といろいろあります。私にしては予定が多い(苦笑)。まぁ、ボチボチとやりましょう。そうそう、載せるのを忘れていました。サギソウは、昨日の朝、もう1輪咲いて、1つの茎から2つの花となっています。

2023年6月 4日 (日)

20230604美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」(予告編)

Img_5599c_20230604181001  この週末は好天に恵まれました。今日は、美濃街道ウォーキング。前回、養老鉄道の美濃津屋駅から養老駅まで歩きましたので(2023年5月22日:20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編))、その続きで養老駅から1駅、美濃高田駅まで。当初つくったコースマップでは4.8㎞となっていたのですが、あちこち立ち寄ってきました。桑名では29℃以上になり、けっこう暑かったので、疲れました。年を取って、体力も低下してきたのかも知れません。今回も同級生K氏と二人旅。

Img_5602c_20230604181001 Img_5609c_20230604181001  桑名駅を8時9分に出る養老鉄道大垣行きに乗車。養老駅には9時1分着。桑名駅では普通に養老駅までの切符を買ったのですが(¥580)、改札で係の方から「今なら、『養老公園県営100周年記念 往復割引切符』を買うと、養老まで1,000円で往復できる。帰りは美濃高田から養老まで1駅分¥210の切符を買うと、合計¥1,210となって、桑名~養老¥580+美濃高田~桑名¥700=¥1,280より¥70安くなる」と教えてもらい、それにしたがって左の写真の往復割引切符を購入。

Yoro0  こちらが今日歩いてきたルート全体のマップ。ほぼ養老鉄道の路線に沿って歩いています。途中、石畑の大桑神社あたりまでは美濃街道をたどっていきましたが、この神社のところから美濃街道は関ヶ原に向かいます。この先、関ヶ原まで鉄道はありませんので、ここから養老街道に入って大垣を目指します。それ故、今日のウォーキングは、正確には「美濃街道・養老街道ウォーキング」になります。養老街道は、大垣の美濃路追分から養老に至る脇街道ということです。

Img_5614c_20230604182301Img_5623c_20230604181001  養老駅を9時5分にスタート。駅前には「孝子源丞内の像」があります。老父を敬い大切にしていた源丞内は、毎日山に登り薪をとって売りながら老父を養っていましたが、貧しいがゆえに老父が好む酒を十分に買うことができませんでした。そんな源丞内が山奥で酒の湧き出ている泉を見つたという話が伝わっています(こちら)。源丞内の腰にはひょうたんが下げられています。このひょうたんに酒を入れて持ち帰ったというので、ひょうたんは養老名物になっています。養老駅のすぐそばに「立川勇次郎君之碑」。立川勇次郎(文久2(1862)~大正14(1925)年)は、岐阜県大垣市に生まれ、24歳のときに東京で代言人(弁護士)になりましたが、わずか3年で時代の流れを読み、実業家に転身。京浜急行電鉄の前進となる大師鉄道の専務取締役に就任した後、故郷の西濃地域を開発するため、養老鉄道株式会社を設立し、西濃地方の発展に貢献した人物です。

Img_5646c_20230604181101 Img_5649c_20230604183801  その先で街道から少し入ったところに養老神明神社。大正9(1920)年に養老神風講社が伊勢神宮などの神符を受け、民家の屋根に奉斎したことに始まり、昭和29(1954)年にここに遷ったそうです。その先に「キョリ測」では金妙寺(金峯山修験本宗)があるとなっていますが、そこは更地で「売物件」の看板が立っています。廃寺になったと思われます。

Img_5684c_20230604181101  養老公園東の交差点をすぎると、「千人塚1号古墳」があります。5世紀末~6世紀初頭につくられた全長35mの円墳。日本武尊が滞在したという伝承があります。このあたりずっと登り坂で、けっこう大変でした。

Img_5719c_20230604181101 Img_5722c_20230604181101  養老山大菩提寺(ルートマップに使ったキョリ測では、「大悲閣」となっています)。昭和3(1928)年の創建で、臨済宗。大悲閣は当初の名前で、昭和28(1953)年に大菩提寺に改めたといいます。伊吹山で負傷した日本武尊がこのあたりへ来たとき足が痛み始めたといいます。境内に史跡の石碑「日本武尊史跡 当芸野(たぎの)」があります。

Img_5729c_20230604184501 Img_5742c_20230604181101  美濃街道からは少しはずれて大菩提寺まで来ていましたので、街道に戻ります。千人塚1号古墳の東から北上していき、2㎞を過ぎたあたり、小川を渡ったところに「養老古道いせ道」と書かれた木製の看板があります。説明はありませんでしたが、いかにも古い街道という感じのところです。

Img_5753c_20230604181101  Img_5765c_20230604181101 2㎞半の手前に「境松(傘松)跡」の石碑があります。ここは、柏尾と白石と鷲巣(松栄町)の3村の境界で、それを確定していた松の跡地を示すものとして、平成17(2005)年9月に建てられました。その先で道標。ただし、これは平成27年に養老町教育委員会が建てたもの。北から来てここを右折すると養老の瀧方面に行け(たき道)、直進すると美濃街道(いせ道)なのです。

Img_5792c_20230604181101  道標から右に逸れて、坂を下っていき、下りきったところに常夜灯。美濃街道の常夜灯は、かなり大きいものも見ましたが、養老町あたりでは、この写真のように割と小ぶりなものが多い気がします。

Img_5822c_20230604181101 Img_5829c_20230604181101  その先で椿井(つばい)山浄誓寺。真宗大谷派。もとは天台宗でしたが、蓮如上人の教化により明応4(1495)年に真宗に改宗し、浄誓寺と改称もしています。ここには町の天然記念物であるイヌマキの大木があります。

Img_5863c_20230604190101Img_5901c_20230604181201  美濃街道と養老街道の追分のところまできました。左の写真で向かって左の道が美濃街道。関ヶ原に続きます。養老街道は右手へ。ここに大桑神社。創建は不詳ですが、最古の棟札には寛文7(1667)年と記載されているそうです。

Img_5937c_20230604181201 Img_5976c_20230604181201 養老街道に入り、養老小学校の前を通っていくのですが、その前に北西に伊吹山らしき山が見えました。さすがにここまで来れば伊吹山もよく見えます。小学校の先の常夜灯。伊勢神宮の御札が掲げられています。ここから西福寺へ寄り道。

Img_5990c_20230604181201 Img_5995c_20230604181201  左の写真が西福寺。真宗大谷派。街道に戻って八幡神社へ。八幡神社の創始は不詳ですが、口伝によると貞治年中(1362~1367年)頃の創建といわれます。

 Img_6088c_20230604181301 事前に調べた範囲では、養老町押越から高田あたりでは、美濃街道は、不必要ではないかと思えるくらいクランクのルートをたどっていました。が、現地で相談して少しコースを修正しています。こちらは、真宗大谷派の専念寺。創建は不詳ですが、高田で最大の寺院だったといいます。しかし、文化11(1814)年に失火により焼失。明治初年に現在の本堂が再建されています。

Img_6122c_20230604181301 Img_6135c_20230604181301  続いて、キョリ測のマップには「即心寺」とありますが、現在は、即心山乾崇(けんそう)寺。平成22(2010)年に上石津の乾崇寺と、ここにあった即心寺が合併し、即心山乾崇寺になっています。臨済宗妙心寺派。境内に「蓑虫の音を聞きに来よ草庵」という句碑があるということでしたが、たぶん右の写真のもの

Img_6169c_20230604181301 Img_6184c_20230604181301  田代神社。創建年月は不詳ですが、加茂、春日、熊野、諏訪、八幡、白鬚、御鍬の7社を奉斎しており、1,000年以上の歴史があるといいます。

Img_6190c_20230604181301 Img_6227c_20230604181301  その先で神明神社と皇大神社(右の写真)とが続きます。神明神社の詳しいことはわかりません。皇大神社は、明治6(1873)年の創立です。

Img_6204c_20230604181301 Img_6253c_20230604181301  両神社の間、北側にはミズノテクニクス養老工場があります。ミズノ製品の製造を中心にさまざまな製品の製造に携わっていますが、バットの製造がとくに知られています(こちら)。これで今日の立ち寄り先は、コンプリート。昼食は、ミズノテクニクスに来た有名野球選手たちも食事に立ち寄ったという自由軒に行ったのですが、満員御礼でかなり待たなくてはならないということで、食事は断念。

Img_6268c_20230604181301 Img_6272c  養老鉄道美濃高田駅に到着したら、12時6分発の桑名行きがちょうど出てしまい、次は12時46分発。やむなく待合室で時間つぶし。朝、桑名駅で教えてもらったとおり、美濃高田から養老までの切符を購入、¥210。これで養老からは、往復切符で乗車。12時46分発桑名行きに乗車。桑名には13時38分着。

Img_6289c_20230604181001 Dsc_0879c  桑名に戻ってようやく昼食にありつけるのですが、以前何度か行ったエンシュウヤに行ったら、今日だけ臨時休業(苦笑)。昼食難民になりそうでしたが、すぐ近くのとんかつ銀座へ。ちょっと遅めの時間からとんかつはマズいかとは思ったのですが、ほかに選択肢はなし。味噌カツランチ、¥1,100なり。夕食を相当控えました(爆)。

Screenshot_20230604145016c  今日、帰宅した時点でのGoogle Fitのデータ。トータルで9.3㎞。現地では7㎞を歩いています。歩数は、18,264歩でした。本編は、また少しずつ書いていく予定です。

2023年6月 3日 (土)

アジサイとヒナたち

Dsc07477c Dsc06960c_20230603145501  正午現在、台風2号は関東の南にあるようですが、わが家あたりは、7~8m/sほどの強風となっているものの、天候は回復しました。大雨による被害や影響もたくさん出ています。被害に遭われた皆様にはお見舞い申し上げます。右の写真は、揖斐川で、向こうに長良川河口堰が見えていますが、水はかなり増えていて、雨量が多かったことを伺わせます。

Dsc06939c Dsc06954c  今朝は7時半から、住吉神社、風呂町、江戸町、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、京町、南魚町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と歩いて、ちょうど6.0㎞。スズメは、拙宅マンションのプレイロットにいました。桑名七里の渡し公園、昨日は、臨時休園となったようです(右の写真)。

Dsc06972c_20230603145501 Dsc06979c  九華公園までに回り道をしたのはアジサイを見ていくためです。これらは、風呂町にある美容室のところのアジサイ。道沿いにたくさん咲いています。今年は、歌行燈本店の前よりも多くなっています。

Dsc07008c_20230603145501 Dsc07016c_20230603145501  その歌行燈本店の様子。例年に比べると数が少なく、ちょっと寂しく感じてしまいます。アジサイはきちんと手入れなさっていて楽しむことができます。

Dsc07127c_20230603145501  九華公園は相変わらず鳥は少なく、今日も散歩友達のYさん、前管理人のOさんとひとしきりぼやいてきました。スズメはよく見ましたし、何組かはヒナを連れてきていました。カワラヒワも数羽。Yさんはコゲラをご覧になったそうですが、私は鳴き声を聞いただけ。奥平屋敷跡で、シジュウカラのヒナらしき鳴き声が聞こえたものの、見つけられませんでした。

Dsc07155c_20230603145501  ハシビロガモのオス、今日は奥平屋敷跡の東にやって来ていました。公園の堀をけっこうあちこち移動しているのかも知れません。

Dsc07178c Dsc07028c_20230603145501  カワウのヒナたちは、まだ粘っています(微苦笑)。親に向かってやかましくエサを要求する様子はほとんど見えませんが、巣の近くに滞在しています。貝塚公園などでも、スズメ、ムクドリなどくらい。

Dsc07259c Dsc07378c_20230603145501  京町の呉服屋さんのツバメの巣を覗いてきたら、なんとここにもスズメが入り込んでいました(写真は撮れず)。こちらは、田町の商店にある巣。ヒナは元気そうで、親ツバメは懸命にエサを運んできていますが、たまに右の写真のように巣の近くで一休みしていきます。

Dsc07449c  桑名七里の渡し公園では、せせらぎに野鳥が水浴びにきていないか、見に行ったのですが、今日はあちこちにムクドリがいたくらいで、水浴びする野鳥はいませんでした。ここは、8年前の11月にオープンしたのですが(2015年11月3日:「桑名七里の渡し公園」オープニングセレモニー)、木々もそれなりに伸びて、落ち着いた公園になってきました。ここで写真を撮っていた、私より高齢の男性に声をかけられ、「お宅も諸戸氏庭園に花菖蒲を見に行くのか?」と聞かれました。が、開園時間の10時を過ぎても諸戸氏庭園、今日はオープンしていませんでした。昨日の大雨の影響かも知れません。去年、私は6月2日に見に行っていますから、そろそろです(2022年6月2日:20220602諸戸氏庭園花菖蒲)。

Dsc07222c_20230603145501  昨日、6回目のコロナワクチン接種を済ませてきましたが、副反応は今のところとくになく、いつものように接種部位が痛いくらいで済んでいます。明日は、美濃街道ウォーキング(養老~美濃高田)を予定していますが、この分なら行けそうです。

2023年6月 2日 (金)

大雨の中、内科受診とコロナワクチン接種

230602rader0602amedas  台風の影響で朝から雨になっています。線状降水帯が発生しているところもありますので、注意が必要です。桑名でも12時台には20mmも降っていますが、風は強くはありませんので、まだ助かります。レーダー画像は10時20分のもの。アメダスは、15時現在のものです。

Img_5472c_20230602150901  雨で散歩に行けませんので、ウロウロしていたかといえばそうではありません。一昨日の授業のQ&Aは、昨晩仕上げて、メールで送って印刷をお願いしました。今朝は、今月中使うレジメ以外の資料〈これが何種類かあるのです〉の印刷をお願いすべく、メールで追加送信。その後は、ご相談の資料を読んでいました。

Img_5398c_20230602150901  雨の日恒例(というか、それ以外にネタはなかなかありません)、ベランダ園芸とベランダ住人の話題。アサガオはいよいよ生長してきて、とくに向かって左の鉢の方は、葉っぱも大きくなり、芽も伸びてきています。そろそろ間引きをして、行燈仕立てにした方がよさそうです。

Img_5434c_20230602150901  サギソウは、昨日、開花しましたが、ほかにも2つ、つぼみが膨らんできています。例年であれば、7月にならないと咲かないのですが、なぜ早くも咲いたのでしょう? よく分かりません。手入れはごく普通にしています。水を切らさないようにしているのと、月初めに1回、液肥を与えているだけなのです。

Img_5528c_20230602150901 Img_5491c_20230602150901  こちらが昨日開花した花。右の写真は、下から撮ってみたもの。ヒガンバナやアジサイなどでよく遊んだパターン(苦笑)。ただし、撮ったものを上下逆さまに回転したものを載せています。

Img_5406c_20230602150901 Img_5422c_20230602150901  こちらはメダカの睡蓮鉢。ビオトープ風にしてありますが、熱帯スイレンも、リラエオプシスもさらに育ってきています。熱帯スイレンには、ここに入れた時にスイレン用の肥料を1個入れてあります(2023年4月24日:もう1箇所のカワウの巣でもヒナが孵りました……貝塚公園にはまだツグミが2羽)。ホテイソウは、買った時の10倍くらいに成長しています。熱帯スイレンやリラエオプシスも大きくなりましたので、ここには買った時くらいのサイズのホテイソウを1株だけにしました(かなり処分してしまいました)。

Img_5430c_20230602150901  メダカは、元気に泳ぎ回り、餌をよく食べます(こんなに食べるのか、と思うくらい)。食べ過ぎで太っているのかと思うメダカもいます(苦笑)。

Img_5541c_20230602150801 Img_5556c_20230602150801  メダカ保育園は、100均で買ってきた食品保存容器に2つ。数は、とてもではありませんが、数えられません。老眼のせいもありますし、あまりにも多いのです。ちょっと多すぎると思うくらいで、これからの世話を考えると、ちょっと失敗したと反省しています。

Img_5563c_20230602150801  ところで、午後からは内科へ定例受診と、新型コロナのワクチン接種に行ってきました。常用薬がなくなる頃に6回目のワクチン接種を予約すれば、一度に用事が済むと思ったのに、こんな天候になるとはとため息をついていました。が、幸いなことに、悪天候のせいで内科はガラガラ。診察は14時から、ワクチン接種は15時からなのですが、結局、診察前にワクチンを打ってもらえ、内科は20分ほどで終了。処方箋は薬局へファクスで送ってもらえますので、すぐに薬も出してもらえ、14時半にはすべて完了(微笑)。家を出て1時間足らずですべて終えられ、帰宅。内科受診の最速記録でした。

2023年6月 1日 (木)

サギソウが咲き始め、京町のツバメは巣立つ

Dsc06932c_20230601171401  今日、最大のトピックスは、こちら。サギソウが早くも1輪、咲いたのです。ちょっと早すぎます。そのためか、花は小さめです。朝見た時に、これは今日中に咲くかもしれないと思ったくらい、つぼみが膨らんでいたのですが、散歩から帰った11時頃に咲いているのを確認しました。

Dsc06260c_20230601171901 Dsc06426c_20230601171301  もう1つは、京町の呉服屋さんの巣からツバメが巣立っていたこと。見に行ったら、左の写真のように巣が空っぽでビックリしたのですが、近くの電線からツバメのヒナたちの鳴き声が聞こえてきたのです。4羽とも元気にしていました。曇天で、ここはけっこう交通量がある交差点に面していますので、写真を撮るのに苦労し、証拠写真で終わってしまったのはちょっと残念。雛が元気に巣立ったのは嬉しいのですが、巣が空っぽでちょっと残念。二番仔にも挑戦して欲しいと願っています。

Dsc06102c_20230601171201  さて、台風の余波でしょうか、晴れ間はあったものの、終日ほぼ曇り。気温は24.4℃。南からの湿った風が吹いていました。家事を済ませ、8時15分から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、常盤町、京町、寺町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と6.2㎞。

Dsc06138c  相変わらず鳥はいません。柿安コミュニティパークでハクセキレイを見たほかは、スズメ、ムクドリなどが少しずついただけです。散歩友達でバードウォッチングをするOさん、Yさんとぼやいています(苦笑)。

Dsc06217c Dsc06148c_20230601171301  九華公園のカワウたちは、まだまだ巣立っていません。巣からは出たものの、皆、巣の近くに滞在し、まだ親からエサをもらっているカワウもいます。4月下旬に孵りましたから、もうそろそろだと思うのですが……。

Dsc06224c  ハシビロガモのオス、今日は見当たりませんでした。公園の南西エリアには行っていませんので、そちらの堀にいたかも知れません。

Dsc06182c Dsc06192c_20230601171201  ハナショウブは、一応咲いてはいますが、あまり写真を撮ろうという気になりません(苦笑)。生育が悪く、そのせいか花の寿命も短いような印象があります。

Dsc06233c  貝塚公園でも鳥は少なく、このスズメのヒナを撮っただけ。足取りも重くなります(苦笑)。ほかの公園でも状況は同じ。

Dsc06564c_20230601171301 Dsc06679c  話はかなり飛んで、田町の商店にあるツバメの巣。5月30日の記事で3羽のヒナが孵ったと書きましたが(2023年5月30日:田町の商店にある巣でもツバメのヒナが3羽孵りました)、5羽いました。この巣は深いのでヒナが孵ったばかりの頃は、よく見えないのです。親はせっせとエサを運んできますが、まだ大きめの虫などはすぐには飲み込めないようで、やり直しをしたりしています。

Dsc06788c_20230601171401 Dsc06838c_20230601171401  桑名七里の渡し公園でスズメたちが水浴び。これらの2枚は、ヒナ。最初は水を飲んでいたのですが、そのうち、見た感じでは恐る恐る水浴びをしているようでした。親スズメのように派手に水しぶきを上げて水浴びは、まだできないようです。

Dsc06863c_20230601171401  こちらは成鳥のスズメ。ちょうどよいシーンは撮れませんでしたが、実に気持ちよさそうに水浴びをしていました。

Dsc06254c_20230601171301  朝早くと、散歩から帰ってから午後にかけて昨日の授業のQ&Aに大車輪で取り組みました(微苦笑)。16時前に一通り完成。あとで見直して、チェックするつもり。明日は、ないかの定例受診とコロナワクチンの6回目接種の予約が入れてありますが、台風の影響で大雨という予報。参りましたねぇ(苦笑)。

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  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

    磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)
    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

  • 佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)

    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

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    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

  • 安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)

    安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)
    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

  • 大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)

    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)

  • 國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
    ほぼ隠居状態ですから、暇と退屈には困りません(微笑)。それ故にこの本を手に取ったといっても、誤りではありません。著者がいうには、「暇」とは何か、人間はいつから「退屈」しているのだろうかといったなかなか答えにたどりつけない問いに立ち向かうとき、哲学が役に立つというのが著者のスタンス。哲学書なのに、読みやすいのです。スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど、その昔学生時代に取り組んで挫折した哲学者たちの論考を参照しつつ、現代の消費社会における気晴らしと退屈について鋭い指摘がされ、まさに蒙を啓かれます。 (★★★★)

  • 逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)

    逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)
    今さら、なぜこういう統計ソフトの本を読むのか? と訝られると思うのですが、その昔、現役の頃には統計パッケージソフトIBM SPSSを使ってデータを分析して論文を書いていました。ただ、SPSSを始め、統計パッケージソフトは、値段がバカ高いのです。退職する前からこのRというフリーの統計処理ソフトが出て来て、ずっと興味を持っていました。先日、文庫本を買おうと思って本屋に行ったらこの本を見つけてしまいました(微笑)。今さらこれを使ってバリバリやる訳ではありません。むしろボケ防止かも知れませんが、昔のデータはそのままパソコンにありますから、これを使って、昔はやらなかった分析をしてみようと思っています。何か成果が出るかどうかは極めてアヤシいのですが、まぁゆるりといろいろやってみることにします。 (★★★★)

  • 林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)

    林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)
    たまにはこういう本も読まないと、認知機能が退化するかもしれないと思って(微苦笑)。というよりも、もともと神経心理学に興味がありましたので、本屋の店頭で見つけ、これは面白そうだと思って購入しました。うつ、自閉スペクトラム障害、ADHD、統合失調症、双極性障害など、現代人を悩ませる心の病について、脳にどのような変化が起きているか、最新の知見がまとめられています。最前線の研究者たちがわかりやすく説明しているのですが、知識ゼロで読むのはかなりキツいかも知れません。私は現役をリタイアして10年以上になりますが、その間にこれほど研究が進んだのかというのが正直な感想。心の病の原因は、1つとは限りません。心の病は「症候群」と見た方がよいと考えます。私自身が関わる自閉スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害でもそうです。脳機能と心の病との関連について最新の知見を知りたい方にはおすすめ。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)

    磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)
    本の帯に「大河より面白い!」とありますが、本当にそうでした。午前中の散歩のついでに買ってきて、夕食までに一気に読み終えてしまいました。もったいない気がするくらい。松平元康がいかにして徳川家康になったか、さらに徳川将軍家がいかに続くよう礎を築いたかが、よく分かりますし、戦国時代から徳川幕府創世記までの歴史を見る目が養われる本です。それというのも、著者の磯田さんが古文書の権威で、一次史料を読みこなすだけでなく、場合によっては価値が怪しい資料まで傍証に用いて(怪しい資料でも使い道があるというのも良く分かりました)、ご自身の頭で考えた結果を実に分かりやすく解いてくれてあります。徳川家康の弱者の戦略のキーワードは、「武威」と「信頼」ということです。また、情報の取得、解読にも意を尽くしたことがよく分かります。混迷を深める世界情勢を読み解いて、我が国が進む方向を考える上でも役に立つ一冊。 (★★★★★)

  • 井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)

    井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)
    発達障害、とくに自閉スペクトラム症(ASD)の方では、感覚過敏や感覚鈍磨をよく伴います。「照明で目がチカチカする」「皆が話している教室では。音が鳴り響き絶えられない」「ケガをしてるのに、痛みを感じない」などさまざまな状況を呈します。著者は実験心理学や、認知神経科学を専門とし、ASDの方に見られる感覚過敏、感覚鈍磨は、脳機能の特性から来ていることを明らかにしてきています。ASDなど発達障害のあるご本人はもちろん、親御さん、教師など関わりを持つ方々は、このことをよく理解して支援にあたることがとても重要です。ASDを始めとして発達障害について、「わがまま」「自分勝手」「やる気がない」などと捉えてしまうと、支援どころか、理解もできなくなります。脳の働きによってさまざまなことが生じてきているという視点が必要不可欠です。この本は、感覚過敏・感覚鈍磨を手がかりにそういう視点について理解を深められます。 (★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)
    2022年12月のNHKのEテレ「100分de名著 中井久夫スペシャル」のテキストです。今頃(2023年2月)これをリストアップしているのはどうかという気もしますが、録っておいたビデオをみたのが最近なのです。中井久夫さんは、2022年8月にお亡くりになりましたが、日本を代表する精神科医のお一人であり、翻訳家、文筆家としても一流でした。現役の頃、中井さんの本はたくさん読みました。臨床心理学の分野でも「風景構成法」を導入した方として知られています。Eテレの講師である齋藤環さんは、中井さんを評して「義と歓待と箴言知の人」と書いておられますが、まさにそういう気がします。『最終講義』『分裂病と人類』『治療文化論』『「昭和」を送る』『戦争と平和 ある観察』が紹介されています。現在もウクライナで戦争が続いていますが、中井は「戦争は過程、平和は状態」とし、戦争は物語として語りやすく、とにかくかっこよくて美しい、それが問題だといいます。一方、平和は分かりにくく、見えにくいため、心に訴える力が弱いとします。「状態を維持する努力はみえにくい」のですが、戦争と平和に限りません。普段通りの日常生活を維持していくのも同じような気がします。戦争を経験していない人間が指導者層の多くを占めるようになると戦争に対する心理的抵抗が低くなるともいいます。「戦争には自己収束性がない」とも中井さんはいっています。われわれはやっかいな時代に生きていると痛感します。中井さんの本を多くの方が読むと、時代も変わるかも知れません。 (★★★★★)

  • 桑名三郎: 七里の渡しを渡った人達(久波奈工房)
    桑名と名古屋の宮を結んだ東海道唯一の海路「七里の渡し」をテーマにした歴史本です。船頭が旅人を案内しながら、七里の渡しを渡った歴史上の24人を紹介する内容。やさしい話し言葉で紹介されており、読みやすい本です。徳川家光、松尾芭蕉、明治天皇などが取り上げられています。著者は、桑名で歴史案内人をしながら、街の歴史を研究している、街道好きの方です。本は、桑名市内の書店とメルカリで¥1,200で販売。 (★★★★)
  • 磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)

    磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)
    磯田さんの本は面白い。というのも、話のもとには古文書があるからだと思う。その古文書も磯田さん自身が、古書店などで発掘してきたものがほとんどで、それ故、内容もオリジナリティが高くなる。この本は、戦国時代から幕末あたりを中心にさまざまな古文書の内容をもとに、例えば忍者の悲惨な死に方、江戸でカブトムシが不人気だった背景、赤穂浪士が吉良の首で行った奇妙な儀式などなど、興味深いエピソードを浮かび上がらせている。面白いので一気読みしてしまった。 (★★★★★)

  •  佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)

    佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)
    史跡や、寺社、町並み、城、美術工芸品等の見方がやさしく解説されている本です。「事典」となっていますが、いわゆる辞書とは違って、普通の本のスタイルです。索引が充実していますので、事典としても十分に使えます。最初の版をもっていますが、40年ぶりに改訂され、写真、図版も多く、歴史散歩の最強の味方です。 (★★★★★)

  • 日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)

    日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)
    今年1年、何の因果か(などと書くとお叱りを受けること必至ですが)、住んでいるマンションの管理組合の理事長を仰せつかっています。今年は、エレベーターリニューアル工事が最大のイベントで、それは無事に済んだのですが、前理事長から8年後に迫った第3回大規模修繕に向けて、修繕積立金が不足する見込みと申し送られました。確かにかなりの金額が不足しそうで、頭を悩ませていました。マンションに住みながら、そもそも基本的な知識が不足しており、管理会社のフロントマンの方の協力を得ながらシミュレーションなどをしていました。ネットであれこれ調べてはいたものの、それで得られる知識は体系的なものではありませんでした。この本は、事例を元にマンション管理について必要な知識が得られるように書かれており、まだすべて読み終えてはいないものの、とても役に立っています。任期残り2ヶ月半となって付け焼き刃ではあるものの、次の理事会に具体的に課題を申し送ることができるよう勉強中(笑)。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)

    宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」や「どうしても頑張れない人たち」の著者である宮口幸治さんの新刊です。前2著の内容をよりよく理解できるよう、「ドキュメント小説」として書かれたものです。主人公は、精神科医の六麦克彦。医局から派遣されて要鹿乃原少年院に勤務して5年。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちでした。この内容は、前の2冊のように普通の新書では書き尽くせるものではなく、物語の形を借りざるを得なかったのでしょう。ただし、普通の小説として読むのには少し苦労するかも知れません。特別支援教育が普及して、知的障害や、発達障害のある子どもへの教育や支援は、以前に比べれば改善されてはいますが、最近は、家族の養護能力が十分でなかったり、親など家族自身に支援が必要なケースもたくさんあります。こうした中には、この本で取り上げられたような結末に至ることがあっても不思議ではないという気がします。極端な事例が集められていると思われるかも知れませんが、社会全体として真剣に取り組むべき課題が突きつけられています。 (★★★★)

  • 本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)

    本田秀夫: 学校の中の発達障害 「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち (SB新書)
    本田秀夫先生によるこのSB新書の4冊目のシリーズ。今回は、発達障害のあるお子さんの学校選び、学級選び、友達関係、学習や学力の悩み、不登校など、発達障害のあるお子さんの学校生活全般にわたって、どのような考え方に基づいてサポートしたら良いかについてまとめられています。それぞれ、親と先生とが、どのように取り組むことが基本となるか、解説されています。対策よりも予防的な工夫をコミュニケーション(要求ではなく)に基づいて行う、「学校の標準」を緩める、登校や成績を気にしすぎず、社会に出るための土台作りを考える、発達の特性には寛容になる、学びを大切にするが学力にこだわりすぎない、親と先生とが気づきを伝え合い相談、調整する、子どものモチベーションを重視するなど、具体的に書かれていて、分かりやすくなっています。発達障害のあるお子さんが小中学校で充実した学習が進められるための基本的な考え方やヒントが詰まっていますので、親御さんにも、先生方にもお勧めできます。 (★★★★★)

  • 佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?

    佐々木秀斗: 小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの?
    サンドウィッチマン&芦田愛菜ちゃんMCの「博士ちゃん」に「三国志博士ちゃん」、「日本の神様博士ちゃん」として2回出演した佐々木秀斗君の自由研究を本にしたもの。何故これをここに取り上げたかというと、私のブログに載せた立坂神社の緑色の鳥居について、写真を提供して欲しという依頼が出版社からあったのです。私が提供した写真は、本書の162ページに「提供:猫の欠伸研究室」として載っています。ざっと読みましたが、大人でも、古事記や神社についてよく知らない方が、最初に手に取って基本的なことがらを知るには、わかりやすくて良い本だと思います。 (★★★★★)

  • 森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)

    森 博嗣: 読書の価値 (NHK出版新書)
    ネットで見つけ、新刊かと思って購入したのですが、4年前の本でした(微苦笑)。 若い頃に森博嗣さんの小説をすべて読んでいました。いつの頃からか、小説は読まず、森さんのエッセイだけを読むようになっています。「読書の極意を教える」と帯にはあります。もちろんそれについて書かれているのですが、私にはある種の知的生産の技術について著者の方法を開示していると読めます。「何でも検索できる時代にも、本を読む意味がある」というのは、よく首肯できます。また、「教養とは保留できる能力をいう」というのも確かにそうだと思います。自分の問題として抱続けられ、また、考え続けられるのは、容易ではありませんから。 (★★★★★)

  • 井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)

    井川香四郎: 別子太平記 : 愛媛新居浜別子銅山物語 (文芸書)
    愛媛県新居浜市にあった別子銅山は、元禄3(1690)年、伝説の切上り長兵衛によって発見されてから、昭和48(1973)年の閉山まで、283年間にわたり、累計65万トンの銅を産出しました。これは、世界の銅の産出量の1/6にも達するといいます。巨大財閥住友の礎となっただけでなく、日本の貿易や近代化にも大きく貢献したのがこの別子銅山です。江戸時代には貨幣改鋳にも深く関わった世界屈指の鉱山を舞台に、そこに関わった人達を鮮やかに描いた、本当の意味での大河小説です。徳間時代小説文庫で読みました。  (★★★★)

  • 養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)

    養老孟司, 池田清彦: 年寄りは本気だ―はみ出し日本論―(新潮選書)
    養老孟司先生と池田清彦先生の対談であれば、外れはありません。サブタイトルのように、「はみ出し日本論」ではありません。ど真ん中の日本論といってもよい本で、楽しみながら読めます。しかし、それは、自分のアタマできちんと考えているからこそ論じられる内容だと思います。常識や、マスコミで報道されることがらだけをフォローしていては、こういう風に考えることはできません。きちんとした理論、知識、データに基づかなければなりません。さらには、物事を捉える大きな枠組み、私の世代にとっては「パラダイム」といえるものが必要。それも、確固たるパラダイムが必要です。私にとってそれはある種の理想なのですが、なかなか難しい。しかし、まぁ、年寄りになったからこそ見えるものや、年寄りなりの知恵も働くようになるということもありますから、養老・池田の「怖いものなし」コンビを1つの目安として、言うべきこともいえるようになりたいものです。 (★★★★★)

  • 土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)

    土井 善晴: 一汁一菜でよいと至るまで (新潮新書)
    先に同じく土井善晴さんの「一汁一菜でよいという提案」を挙げましたが、入手したのはこちらが先。「一汁一菜でよい」というスタイルに至るまでの土井さんの修行、出会い、発見、迷いなどなどが書かれています。「家庭料理に失敗なんて、ない」、「すべては人を幸せにする料理に繋がる」というのが基本。具だくさんの味噌汁はおかずの1つになる。余裕があれば、食べたいものや、食べさせたいものをその都度調べてつくればよい。一汁一菜を入り口にして、一つ一つおかずをつくってみて、10種類ほどでもできるようになれば、それで幸せに一生やっていける。といった話があり、へぇーと感心させられました。これだけで健康に健やかに自足できるとも述べられています。一汁一菜なら、私にもできる、でしょうか?? (★★★★★)