お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年3月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年3月31日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

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2023年5月

2023年5月31日 (水)

非常勤講師控え室前のコシアカツバメの巣でスズメが繁殖……サギソウ、いよいよ咲きそう

Dsc_7198c  5月も最終日。水曜ですから、江戸橋での非常勤の授業。今日で7回目。全15回ですから、ほぼ半分となりました。出勤の頃、桑名では雨は上がっていたのですが、江戸橋駅で電車を降りたら小雨に降られました。とはいえ、出勤コースのほぼ半分くらいまでで上がりました。気温は25℃ほどでしたが、ちょっと湿度が高めという感じです。

Dscn5966c  今日の講義は、理論的な話でしたが、なるべくかみ砕いて、いわば「アカデミック漫談」のような感じ(微苦笑)。理論的な話は来週まで続きます。前回は、欠席が多くて心配しましたが、今回は80%台に回復。ただ、どうしても途中から欠席気味になる学生が少数います。何らかの事情があるのか、単なるサボり癖なのかは、非常勤の立場ではよく分かりません。

Dscn5970c  Dscn5974c さて、非常勤講師控え室の前にコシアカツバメの巣があることは毎回のように書いています。今日、出勤したら、スズメのヒナらしき鳴き声が聞こえてくるのに気づきました。ドアに半分隠れてみていたら(不審人物そのものですが)、スズメがエサを加えてやって来ました。これはチャンスと思ったら、コンデジは電池切れ(爆)。巣に出入りするところは撮れず。助手の先生に伺ったところでは、昨日くらいから鳴き声が聞こえ始めたそうです。

Dscn5975cDscn5980c  今日は早めに終わりましたので、鳥はいないだろうとは思いつつ、志登茂川にも立ち寄ってきました。水鳥はいないのは覚悟していたのですが、サギも1羽も見当たりませんでした。いたのは、ハシボソガラス1羽のみ(苦笑)。早々に江戸橋駅に向かいました。

Dsc_7202c  帰宅して昼食を食べてから出欠チェック。Q&Aは、とりあえず、今日の補足説明の修正箇所や、出欠についての注意事項を書くところまで。Q&A本体はこれから着手します。

Dsc_7206c1  ところでサギソウのつぼみが膨らんできたと書きましたが(2023年5月29日:今日の散歩は、ホームセンターにて? ……早くも梅雨入りとは)、いよいよ咲くのも近いという雰囲気。「サギソウが咲きそう」などと、困ったオヤジギャグが頭に浮かんできますが、真面目なところは楽しみにしているというのと、ちょっと早すぎるんじゃないのかという心配と両方。

2023年5月30日 (火)

田町の商店にある巣でもツバメのヒナが3羽孵りました

Dsc06081c_20230530153101  梅雨入り2日目の今朝は6時台まで雨。その後、レーダーを見ていると、雨雲の端がかかっているようなのですが、ほとんど降っていませんでした。それ故、15分遅れの7時45分から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、内堀公園、京町、寺町、殿町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と6.1㎞。途中、少しだけ降られましたが、想定内。気温は28.8℃にもなり、蒸し暑くさえ感じます。

Dsc05743c_20230530153101 Dsc05934c_20230530153101  今日はまずツバメの話から。こちらは田町の商店にある巣。ヒナが3羽、孵っていました。まだ目が開いていませんし、ご覧のような状況ですから、たぶん孵ったばかり。親はせっせとやって来てエサを与えたり、様子を確認したりしています。ここの巣に着いたときには、親がおらず、しばらく待っていたら、ヒナが顔を覗かせていて、孵ったのに気づいた次第。

Dsc05442c_20230530153101  Dsc05545c_20230530153101 京町の呉服屋さんの巣のヒナはずいぶん成長してきました。4羽とも元気にしていて、巣からはみ出そうな雰囲気。押し合いへし合いをしています。これくらい大きくなりますと、右のような光景も見られます。そうなのです、糞をするときには、お尻を巣の外に突き出してことを済ませるのです。

Dsc05572c Dsc05612c  親がエサを運んでくると、大騒ぎになります。ここの巣で写真を撮ろうとしていると、親が巣に接近してくるのが後からとなりますので、それに気づきにくく、シャッターチャンスを逃すこともたびたび。しかし、今日はまあまあ。このときには、向かってもっとも左のヒナがエサをもらっていました。右の写真を拡大すると、口の中に何か入っているのが見えます。

Dsc05111c_20230530153201  さて、散歩の初めから。船津屋さんの裏手でホオジロのオス。ちょっと暗すぎました。このあと船津屋さんの裏庭の方へ飛び去って行きました。今日もよく見たのは、スズメ、ドバト、ムクドリなど。しかも、数はいずれも多くはありません。

Dsc05177c_20230530153201 Dsc05188c  九華公園のカワウたちは、まだ巣にとどまっています。左の写真が西側の、右の写真が東側の巣です。もう巣にいることはありませんが、巣の近くにいます。

Dsc05307c_20230530153101 Dsc05301c_20230530153101  ハシビロガモのオスは、土曜日は見かけなかったので(2023年5月27日:ハクセキレイの求愛行動か? ……御坊さんで菩提樹の花が咲き始めました)心配したのですが、吉之丸堀に突き出た松の木に上がっていました。

Dsc05214c_20230530153201  花菖蒲園の様子。3ヶ所花菖蒲園がありますが、これは管理事務所の南のところ。花はかなり咲いては来ましたが、生育状況はやはり今ひとつですし、その数も多くはありませんので、見栄えしません。一斉に咲きそろって、見事な景色というのは、ちょっと望めないと思います。

Dsc05224c Dsc05259c_20230530153101  部分的に見ると、これらのように、それなりの写真が撮れますが、ぜひご覧くださいとはとても書けません。奥平屋敷跡の入り口の菖蒲園も似たような状況。本丸跡の花菖蒲園は、もっと花が少なく、とても鑑賞には堪えられません。

Dsc05376c_20230530153101 Dsc05346c_20230530153101  貝塚公園、内堀南公園、内堀公園などでは、スズメやカワラヒワが少しいただけ。去年もこんなに鳥が少なかったのかと嘆きつつ歩いています(苦笑)。代わりに花。左の写真は、内堀の通りで見つけたタチアオイ。右は、九華公園の東のお宅に咲いていたアルストロメリア

Dsc05390c_20230530153101 Dsc05406c  アジサイもあちこちで見てきました。左の写真は内堀あたりで、右の写真は宮通の散歩友達のお宅にて。

Dsc05422c  カワラナデシコも、散歩友達のお宅にて。一昨日の日曜、松阪で「松阪撫子どんな花?祭り」があり(これにあわせてJRさわやかウォーキングも開催されていました)、それから思い出して、どこかで見たぞと探したのです。ちなみに、松阪撫子もJRさわやかウォーキングで見に行っています(2018年5月26日:20180526JRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」へ、なぜか近鉄で(予告編))。

Dsc05436c_20230530153101  ところで、桑名市博物館の前を通ったら、次回の展覧会のポスターが出ていました。初夏の企画展「生誕200年 帆山花乃舎」です。帆山花乃舎(ほやまはなのや:1823~1894年)は桑名出身で、䑳崇寺の住職を務めながら復古大和絵派の絵師として活躍した画僧。そのかたわら、萬古焼の再興に挑んだ初代森有節(1808~1882年)に絵を教えるなど、地域文化と芸術の発展に大きな貢献を果たした人物でもあります。

2023年5月29日 (月)

今日の散歩は、ホームセンターにて? ……早くも梅雨入りとは

230529weather 230529rain  東海地方は、梅雨入りしたそうです(こちら)。梅雨入り宣言がされるかもしれないと、テレビの気象情報でいっていましたが、まさかまだだろうと思っていました。5月に梅雨に入ったのは、10年ぶりとか。美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」の予定でしたが、昨日の時点で、どの天気予報を見ても終日雨となっていましたので、早々に延期を決めました。今日は、これまでのところはあまり降っていません。散歩に行けたかという気もするのですが、こういう日に私が散歩に出るとたいてい降られます。さすがに多少は学習しましたので、散歩には行っていません。

Dsc_7190c   その代わりにではありませんが、カインズみえ川越インター店へ行ったついでに店内でなるべく歩いてきました(といってもトータルでせいぜい2㎞半くらい)。10年あまり昔は、天気が悪いとホームセンターに歩きに行っていましたが、最近は控えています。エアダスターと、散歩用に使っているコクヨの野帳を買い、メダカやエビなどを眺めてきました。

Dsc05027c  雨の日の恒例、ベランダ園芸とベランダの住人の様子。アサガオは2鉢つくっていますが、ご覧のような状況。向かって左の方が、葉っぱが大きく、元気があります。2つの鉢で使った土の種類が異なります。左側の方はたしか、肥料が混ぜ込んであったはず。ベランダ園芸ですから、土をたくさん買うわけにはいかず、いつも100均ショップで野菜の土とか、花の土と称して売っているもの(2~3リットル入り)を買ってきますが、あれは土とは呼べない代物のように思えます。「土もどき」です。

Dsc05031c_20230529122501  Dsc05071c サギソウはご覧の通りです。16本ありますが、そのうち1本は早くからつぼみというのか、花芽というのかが出て来ています(右の写真)。まだ咲いてはいません。5月に咲いてしまっては、いくら何でも早すぎます。茎がちょっとひょろ長いのが気になっています。もう1本、これと同じように、つぼみが出て来ている株があります。

Dsc05068c  このもう1本の方は、つぼみは1つ。茎も上右の写真のものに比べたら、少し太いと思います。

Dsc05038c_20230529122501  こちらはメダカの睡蓮鉢。現在、親メダカ15匹ほどが棲んでいます。ビオトープ風にしようと思って熱帯スイレンとリラエオプシスとを入れましたが、どちらも茂ってきています。ホテイソウはすごい勢いで増えて、買ったときの10倍近くになりました(途中で、処分したりしていますし、産卵したものは別のプラスティック容器に移しました)。メダカの赤ちゃんも無数に孵っています(まだ小さくて、何匹いるかはカウント不可能。多すぎて、ちょっと失敗したかと反省しています)。

Dsc05022c  1685146563210c ほとんど余談ですが、昨日、これを準備しました。梅酒造りです。梅は、実は鎮国守国神社のお下がり。というか、先日訪ねたときに拝殿前に右の写真のように「1袋200円 お金を賽銭箱に入れてください」とありましたので、2袋を400円を投入していただいてきたのです。さて、うまく行くかどうか。冷暗所で保存しなければなりませんので、家内の実家へ運び、キッチンの床下収納に入れようかと思案中。

2023年5月28日 (日)

河口堰でカワセミ、長島町内でコチドリのヒナ

Dsc03832c_20230528161801  昨日はいつもの散歩でしたし、明日から土曜までは走り梅雨のような天気だそうですから、今日はプチ遠征。長良川河口堰、長島町内そして上之輪新田へ。7時前に出発、10時半前に帰宅。気温は26.5℃、ちょっと湿った感じの南風でした。

Dsc03556c Dsc02888c_20230528161601  長良川河口堰でカワセミ。九華公園では、去年11月以来、カワセミをまったく見なくなりましたので(2022年11月15日:今日もカワセミ、しかもオスもメスも)、ずいぶん久しぶりにカワセミを見ました。親水広場の方で、です。前後2回、会わせて20分ほど見ていたのですが、その間に小魚を2回ほどゲットしていました。

Dsc03584c_20230528161701  ダイビングシーンは、なかなか難しい(苦笑)。一応写っていたのが、こちら。分かりにくいのですが、このときにもかなり小さな魚をくわえています。という次第で、今日はバードウォッチングの吉日。

Dsc02607c_20230528161601 Dsc02615c  さて、長良川河口堰の話の最初から。東の魚道では、上流側にダイサギとコサギが1羽ずついただけで、これは失敗したかと思ったくらい。管理橋を渡っている途中、コアジサシが飛ぶのを3回見かけました。

Dsc02670c_20230528161601 Dsc02960c_20230528161701  西側に着いて、親水広場に降りていく坂道の柵にアオサギ。この頃から、西側にはダイサギやコサギが少しずつ集まってきました。

Dsc02968c_20230528161701  イソシギも、ちょっと遠かったものの、計2羽を確認できました。カワセミは、親水広場への行き帰りに2回に分けて観察しています。

Dsc02985c_20230528161701 Dsc03148c_20230528161701  親水広場の東側、上流西の監視塔近くにコアジサシが計4羽。2羽ずつ、分かれて止まっています。小魚をくわえてくるシーンもあったものの、メスに渡すということはなかったようです。

Dsc03046c Dsc03317c  中州からオオヨシキリの鳴き声はよく聞こえてきますが、今日もその姿は見えませんでした。今日の目的の1つだったので、残念。親水広場を歩いていたら、ホオジロのオスが地上に降りていました。トビも見たものの、これはイマイチの写真。カラスがちょっかいを出す場面もありました。

Dsc03780c_20230528161801 Dsc03842c_20230528161801  閘門のところの橋にアオサギが2羽。奥のアオサギさんは、若者のようです。管理橋を渡って東側でも、魚道のところにアオサギさん。河口堰では、以上。

Dsc03906c_20230528161801 Dsc03924c_20230528161801  続いて、長島町内某所その1(数字は、これまでの記事と同じ)。前回と同じく、ケリ2羽から威嚇されました。しかし、卵もなく、ヒナもいないようでした。

Dsc03993c_20230528161801 Dsc04020c_20230528171901  ほかには、コチドリ。計3羽を見ましたが、うち2羽はペアで、もう1羽はそこへの侵入者と思われました。

Dsc04084c Dsc04504c  某所その2。前回来たときと同じあたりで、ケリが座っています。これは確実に卵を抱いていると考えられます。ほかにもう1羽のケリがいて、どうもコチドリと威嚇合戦をしているように見えました。

Dsc04445c Dsc04376c_20230528161801  よくよく見たら、コチドリのヒナが1羽だけいました。コチドリはこれを守ろうとし、ケリは卵を守ろうとしていたのでしょう。守りvs.守りが上記のバトルになっていたと思われます。

Dsc04626c  「ちなみに」扱いになってしまいますが、ここにもヒバリ。揚げ雲雀から降りてきたところを撮影したのが、この写真。

Dsc04677c  続いて長島町内を巡回。ブロ友のひらいさんがアマサギが登場したと書いておられましたので(久しぶりのネタ公開、お散歩週報)、ちょっとだけ、狭い範囲をチェック。はっきりと確認できたのは、この1羽のみでしたが、今シーズン初アマサギ。

Dsc04799c Dsc04734c_20230528161901 巡回のあと、某所その3~5を見てきました。前回はその4、その5でケリが座っていましたが、今日は確認できませんでした。ただし、その4でケリから威嚇されました。ケリの営巣や、威嚇についてはよく分からないところがあります。

Dsc04953c  このあとは、上之輪新田へ。どういう訳か、近鉄のひのとりが通過する時間帯になります。今日も撮り鉄の方がお二人ほどいらっしゃいました。上之輪新田は、田植えが行われたばかりのようです。

Dsc04860c_20230528161901 Dsc04905c_20230528161901  上之輪新田にいたのは、ケリ2羽×2組。ただし、辺りを見回しても巣はありませんでした。ほかにはハクセキレイやツバメ。ツバメは泥を取りに来ていました。

 

Dsc03836c_20230528183701 明日から土曜までは雨模様の天気という週間予報です。台風2号の余波もありそうですし、走り梅雨だともいいます。明日、美濃街道ウォーキング「養老~美濃高田」を計画していましたが、中止せざるを得ませんでした。6月4日に延期です。水曜は江戸橋での非常勤ですが、雨時々曇りの予報です。

2023年5月27日 (土)

20230527院生OG会

Dsc_7169c  その昔、教員をしていました(12年ほど前に退職しました)。当時、大学院も担当しており、ありがたいことにその時の教え子の皆さん四人の方から久しぶりに会いたいという連絡をいただき、夕方、名古屋まで行ってきました。久しぶりにというのは、実に11年ぶりです(2012年1月16日:院生OG会(1/15))。名古屋に行くのも久しぶり。去年5月24日以来ですから(2022年5月24日:予定通り、名古屋で講師)、ほぼ1年ぶり。すっかり田舎者になってしまっていて、我ながら笑えます。

Dsc_7166c  17時半からということでしたが、早めに着きましたので、会場近くにあるナナちゃんも見てきました(微笑)。この5月24日からは「BABY YELL 子育てナナちゃん」だそうです。ナナちゃんは、昭和48(1973)年に登場したのですが、この年、私は大学に入学しています。当時は、名鉄バスターミナル内には、メルサがありました。ちなみにメルサは造語で、「Meitetsu Elegance Ladies Shopping Avenue」の頭文字をとって名付けられています。このあたり、屁理屈、講釈好き故、ご容赦ください。

Dsc_7170c  それはさておき、会場は名鉄グランドホテルの四季という和食レストラン。OGの皆さんが院生の頃、私は体調が悪くなってきていて、十分なことができず、内心ではたいへん申し訳なかったと思っています。OGの皆さんには、院生時代には色々とあったと拝察しているのですが、とても良い時間を過ごしたと思ってもらっているようです。教員ー院生という関係も、当然人間関係の一つのあり方ですから、そこには社会的相互作用が生じています。したがって院生であった皆さんに私から一方的に影響したということはありません。OGの皆さんから私にも、さまざまな作用(働きかけ)があったからこそ、それなりの相互作用が生じたのです。OGの皆さんからは大変感謝していただいたのですが、私の方こそ感謝しなければならないと思うのです。

Dsc_7174c  屁理屈がすぎましたが、OGの皆さんにはたいへん良くしていただき、また、皆さんそれぞれに活躍している様子も聴くことができました。前期高齢者になってからは変化が少ない生活を送っていますが、最近なかったような楽しい時間を過ごさせてもらいました。とくに自分が知らない世界の話を聞かせてもらえることは、私にとってはとてもありがたい経験です。

Dsc_7181c Dsc_7177c  結局、2次会の喫茶店も含め4時間ほど、一緒させてもらいました。花束や記念品までいただいてしまい、恐縮至極です。そういえば、現職当時も3時になると「お茶の時間」と称して、教員と院生が集まって、放っておけば何時間でもしゃべっていそうな勢いがありました。当時からあまり進歩していないところもあるようです(微笑)。私自身は、これまで自分ではあまり自覚していませんが、周りの方に影響を及ぼすところがあるようです。散歩友達の方も何人かは、バードウォッチングをするようになっています(爆)。悪影響ではないことを願っています。

ハクセキレイの求愛行動か? ……御坊さんで菩提樹の花が咲き始めました

Dsc02139c  はっきりしない天候が続きましたが、今日は散歩日和になりました。土曜日にはプチ遠征をすることが多かったのですが、今日はいつも通り、7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、寺町、御坊さん、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と6.0㎞。

Dsc01697c Dsc01775c  船津屋さんの裏手でホオジロのオス。つい先日も同じあたりで見かけました。さらに三の丸水門のところでハクセキレイ。何か、虫を捕まえたようでした。しばらくハクセキレイもほとんど見ていませんでした。

Dsc01901c_20230527135201 Dsc01877c  九華公園のカワウは、公園に着いたときには西の巣には1羽、東の巣には2羽しか見えませんでしたので、巣立ち始めたかと思ったのですが、違いました。西の巣(左の写真)では1羽が少し離れたところにいました。東の巣(右の写真)では、ヒナが親についていったん出ていったものの、戻ってきたようです(散歩友達の観察)。

Dsc01994c Dsc02045c  奥平屋敷跡でもずいぶん久しぶりにハクセキレイを見ました。よく見たら、どうも求愛行動をしているのではないかと思われました。ちょっと遠かったので、これくらいの写真しか撮れず。オスは体を膨らませて羽を広げてちょっと羽を震わせながらメスに近づいて行くことを繰り返していました。メスはそれを見定めている感じ。結局、このオスのプロポーズは受け入れてもらえなかったようで、メスに追い払われて退場。

Dsc01918c Dsc01852c_20230527135201  奥平屋敷跡では、ほかにスズメとカワラヒワ。カワラヒワもしばらくほとんど見かけませんでした。2~3羽が連れ立ってやって来ました。

Dsc01845c  ハナショウブは、相変わらず。写真を撮りに来ている方もありましたが、パッとしませんからそうそうに諦めてしまわれたようでした。このあと貝塚公園、内堀南公園では、スズメ、ムクドリくらいしかいません。

Dsc02156c Dsc02195c_20230527135001  京町の呉服屋さんの巣のヒナは4羽とも元気です。親は入れ替わり立ち替わりエサを運んできますが、たまに巣の近くの電線に止まって一休みをしているようにみえます。

Dsc02272c_20230527135001  こちらは田町の商店にある巣。私が着いたときには親はいなかったのですが、すぐに飛んできて、しばらく巣の様子を見てから巣に就いていました。ヒナが孵るには、もう少し時間がかかると思います。

Dsc02401c_20230527135001 Dsc02488c  桑名七里の渡し公園では、今日はせせらぎに水が流れ、カワラヒワやスズメが水浴びに来ていました。

Dsc02514c_20230527135001  ムクドリの幼鳥もいましたので、1枚パチリ。親たちと同じく、賑やかです。この近くにコシアカツバメの巣があるのですが、今年はまだ姿を見ません。やってこないのかという気がしています。

Dsc02237c_20230527135001  ところで、御坊さん(桑名別院本統寺)では、菩提樹の花が咲き始めていました。まだつぼみの方が多く、本当に咲き始めたばかりという感じです。これまでは気づくのが遅れ、よく見逃していたのですが、ここ2~3年は菩提樹の花が見られています。

 

2023年5月26日 (金)

寺町でイソヒヨドリのオス

Dsc00773c_20230526150701  朝6時頃に雨が降りましたが、いつも通りに7時半から、住吉神社、江戸町、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、寺町、田町、三崎通、七里の渡し公園と6㎞を歩いてきましたが、途中で2回くらい通り雨に見舞われました。相変わらず、野鳥は少なく、張り合いがありません。冒頭の写真は七里の渡し跡にある伊勢一の鳥居。ここから江戸町へ。

Dsc00811c Dsc00816c  江戸町の歌行燈本店のアジサイを見に行ったのですが、ご覧のような様子で、今年はちょっと寂しいままと思われます。アジサイはポツポツとさいていますし、お店の北側の美濃街道沿いにもたくさん置かれています。

Dsc00865c_20230526150701 Dsc00873c_20230526150701  九華公園でも鳥が少ないので、カワウが頼みの綱。左の写真が西側の巣、右の写真が東側の巣。ヒナは皆まだいます。ときおり羽ばたく練習をしています。

Dsc00934c_20230526150601 Dsc00973c  奥平屋敷跡で管理人さん、散歩友達のWさんと話していたら、スズメが寄ってきました。エサでももらえないかと思ったのでしょう。ハシビロガモのオスは、今日も野球場南のしだれ桜の下にいました。

Dsc00899c_20230526150701 Dsc00918c  ハナショウブの咲き具合について、管理事務所へはかなりたくさん、電話で問い合わせがあるそうです。よく咲いているところでは左のような写真が撮れますが、全体としてはやはりパッとしません。管理人さんは苦し紛れに「まだこれからです」とお答えになっているようです。

Dsc01099c_20230526150601  貝塚公園、内堀南公園でもスズメ、ムクドリくらいしかいません。毎日同じで笑えてきます。京町の呉服屋さんの巣では、4羽のヒナが元気にしています。行ったときには3羽しか見えず心配しましたが、1羽は奥に追いやられていました。ヒナにも個体差があり、活発なものとそうでないものとがいます。

Dsc01102c_20230526150601 Dsc01117c  親は4羽に平等にエサを与えているのかどうか、よく分かりません。このときは、向かって右から3羽目がチョウか、ガのようなものをもらっていましたが、このあと口を空いてしまい、逃げられていました。しかし、その逃げたガを親が再び捕まえ、別のヒナに与えていました。

Dsc01483c_20230526150501  寺町商店街東の寺町掘のところで、イソヒヨドリのオス。カメムシのようなものを捕まえて、食べた後の写真(これは仏眼院の墓地にて)。最近、ときどき見るようになりました。子育てが一段落したのでしょうか。

Dsc01525c_20230526150501 Dsc01539c  田町の商店にある巣では、今日も親ツバメが巣に就いていました。三崎通のお宅にあるツバメの巣は、壊れたままです。もうここには戻ってこないような気がします。残念。博物館の巣にもツバメは来ませんので、散歩コースで営巣しているのは、2ヶ所。

Dsc01641c  諸戸氏庭園の前まで戻ってきたら、シジュウカラファミリー。ヒナが数羽いました。あちこちで鳴いているので、どれを捕ろうか迷ってしまいました。迷っているうちに順番に諸戸氏庭園の方に戻って行きました。

Dsc01489c Dsc00993c  雨にも降られ、散歩友達もほとんどおらず、2時間あまりで帰宅。明日の夕方は、現職時代の院生たちと久しぶりに会うことになっています。退職してしばらくの間に何人かには会ったのですが、10年ぶりくらいでしょうか。楽しみです。左の写真のアジサイは八間通にて、右は九華公園の東にて。

20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その3)……高札場跡、鬼面山谷五郎生誕之地、専明寺、白山神社を経て養老駅にゴールにて「完」

Minotsuya3  5月22日に行ってきた美濃街道ウォーキング(美濃津屋~養老)の本編その3です。その2では、海津市から養老町に入り、西林寺、大神宮常夜灯、観音寺、福勝寺、大神宮常夜灯、八幡神社から小倉谷隧道を越えたところまででした。その3では、高札場跡、鬼面山谷五郎生誕之地、専明寺、白山神社を経て養老鉄道養老駅にゴールします。

Img_5151c_20230522173801  上多度小学校のあたりでスタートから5㎞。少しいくと、高札場跡があります。養老町の史跡なのですが、あまり目立ちませんから見逃しそうでした。

Img_5166c_20230522173801  6㎞を過ぎたあたりの小さなY字路のところに「十三代横綱鬼面山谷五郎生誕之地」という石柱が立っています。鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう:文政9(1826)~明治4(1871)年)は、養老町鷲巣の出身で、明治になって初めての、また、岐阜県出身でただ一人の横綱でした。身長186㎝、体重140㎏もあったといいます。初め京都力士となり、25歳のとき、江戸の相撲武隅部屋に入門し修行。幕内成績は27場所143勝24敗16分で、優勝相当成績7回という輝かしい成績を残しています。明治2(1869)年に横綱になりましたが、翌年に引退。さらに引退後1年たたずに亡くなりました。この横綱の名前に記憶があったのですが、養老公園の入り口のところに「横綱鬼面山碑」があるのです。4年あまり前の近鉄ハイキングで見てきました(2018年12月4日:20181110近鉄ハイキング「親孝行のふるさと『養老フェスタ』」へ(その4)……元正天皇行幸遺跡、養老寺、養老説教場から大菩提寺を経て、勝手に養老駅にゴール変更(完))。

Img_5203c_20230522173801 Img_5188c_20230525195201  鬼面山谷五郎生誕之地の石碑をすぎると、段々とゴールの養老鉄道養老駅に近づきますが、養老駅の手前で街道を東の方に外れ、まずは、勢至山専明寺。真宗大谷派。創建などについては不明ですが、古くは勢至村に境内を構え、勢至山光堂寺と号する天台宗の寺院だったといいます。寛正5(1464)年に真宗に改めています。往時は多芸七坊の一翼を担っていましたが、その後衰退し、江戸時代初期の寛永年間(1624~1645年)に現在地に遷っています。

Img_5235c_20230522173801  専明寺から北に神社が見えます。白山神社です。ご祭神は、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冉命(いざなみのみとこ)、そして菊理姫命(くくりひめのみこと:黄泉国からにげる伊奘諾尊が黄泉平坂(よもつひらさか)で伊奘冉尊と争ったとき、二神の主張を聞きいれ、助言した。石川県白山比咩(しらやまひめ)神社の主祭神)。ちなみに、白山神社の境内には、キョリ測では光明寺があると、また、Googleマップで見ると薬師如来堂があると書かれています。それは神社の社務所の南の位置なのですが、今日は、何もありませんでした。廃されたと思われます。

Img_5223c_20230522173801 Img_5228c_20230525195601  この写真で、拝殿の手前に並んでいる両側の常夜灯は、鬼面山谷五郎が奉納したものです。

Img_5276c_20230525195701  境内には大木が何本もあったようですが、かなりが伐採されていました。その中の一つに「夫婦欅」という札が掲げられていました。Googleマップでチェックすると、1年ほど前の写真には、寄り添うように立つ2本の欅の写真が載っていました。

Img_5284c_20230525200101 Img_5297c  境内の北側には、延珠観世音菩薩が祀られています。大蔵重兵衛という、長年病気療養をしていた方の夢枕に観音様が立ち、拝殿前のムクノキの大木の根元で眠っていて、太陽が拝めないところに閉じ込められていると告げられたそうです。そこで知人に頼み、その根元を念入りに調べたところ、木の洞(うろ)に観音様がおられるのを見つけたといいます。観音様を拝めるようにしたところ、重兵衛さんは日増しに回復し、自分でお参りでき、働けるまでに回復したので、ここに遷したと説明板にありました。中央の洞の中に石仏が左を向いて鎮座しておられます。

Img_5324c_20230522173801 Img_5352c_20230525201101  美濃街道に戻り、養老駅を目指しますが、鷲巣公民館のところから養老駅の南の踏切までが坂道。ゴール目前に試練が課されました(苦笑)。が、無事に12時15分に到着。3時間15分ほどで8.5㎞を歩いてきたことになります。養老駅は、なかなかハイカラなのですが、建てられたのは大正2(1913)年7月31日に初代の養老鉄道(後の近鉄養老線)が養老駅から池野駅までの間、開通したとき駅ができ、開業しています。設立時の養老鉄道の本社がここに置かれ、駅舎入口の入母屋にはアルファベットのY(養老の「Y」)が刻まれた瓦も使われています。

Img_5332c_20230522173901  電車の時刻を確認しておいて、昼食のため、県道56号線方面へ。写真のマンションの1階にそば屋さんと喫茶店があり、両者とも営業しているはずでした。養老駅から「こどもの国」前の信号交差点までも登り坂でしたし、ここを横断するには地下道を使うしかありません。という次第で、昼食にありつくために最後の力を振り絞ったのですが、そば屋さんは20~26日は臨時休業、喫茶店はこの日に限って、12時で営業終了。無駄足を踏みましたが、これはまぁ結果論ですからやむを得ません。あまりにショックで店舗前で写真を撮るのを忘れました。桑名まで戻って昼ご飯にすることにしました。

Img_5339c Dsc_7122c 養老駅に戻って、まずは土産を入手するために駅前の「きび羊羹本家」へ。事前に調べたら「不定休」となっていましたので、心配したのですが、営業しておられました。毎朝、手作りしているといいます。一棹が¥850。「きいきび」と「寒天」と「はくざら(砂糖)」の3つの原料だけでつくり、添加物は一切使われていません。自然食品で身体にやさしくおいしい羊羹だといいます。お店の名物おばちゃんが、養老駅の説明とともに、羊羹についても話してくださったのです。

Img_5372c Img_5376c_20230525201701  養老駅12時51分発の桑名行きに乗車。桑名駅には13時38分着、¥580。帰りの電車は、空き空きで申し訳ないくらいでした。

Img_5389c_20230522173901 Dsc_7119c  桑名駅自由通路に「伊勢ノ国食堂しちり」があります。しばらく行っていませんでしたので、ここで「鶏天おろしうどん」。¥960(税込み)。14時前になってようやく昼ご飯にありつけました(微笑)。

Screenshot_20230522143511c Kibiyokan  帰宅してGoogle Fitを確認したら、歩いた距離は9.6㎞、歩数は21,111歩となっていました。暑い中、これだけ歩いたら、疲れます(苦笑)。きび羊羹は、家内が待ち構えていて、早速この日のおやつに。柔らかめで、伺ったとおり、やさしくて美味しい羊羹でした。最近、若い方は冷凍にしておいてシャーベットのようにして食べるのだそうです(きび羊羹本家で聞いてきました)。これも試してみることにしましょう。右のきび羊羹の写真は、きび羊羹本家さんのサイトからお借りしました。

 

 

2023年5月25日 (木)

ホオジロのオス

Dsc00747c_20230525182601 アメダスのデータには出ていませんが、午前中は通り雨がありました。それも、散歩に出ようとしたときと、帰ってきてもうすぐわが家というところで、でした。朝は家事を済ませ、8時半近くからほぼ2時間。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、常信寺、御坊さん、常盤町、寿町、参宮通と6㎞ちょうど。ほぼ曇り空でした。

Dsc00353c 船津屋さんの裏手で、ホオジロのオス。前にも書きましたが、船津屋さんの裏庭あたりで繁殖したのではないかと思っています。鳥は今日もあまりおらず、柿安コミュニティパークでムクドリを見たくらい。

Dsc00460c_20230525182701 Dsc00427c_20230525182701  九華公園の神戸櫓跡のカワウの巣には、2つともまだヒナがとどまっています。これらの2枚の写真は、西側にある巣。1羽のヒナはまだ親からエサをもらっていました。

Dsc00469c_20230525182701 こちらは、東側にある巣。3羽ともヒナと思います。ときどき巣に戻ることはありますが、ほとんどの時間は巣の外で過ごすようになっています。Wikipediaの説明では、巣立つまでに30~45日を要するそうです(こちら)。どちらの巣もヒナが孵ったのは4月下旬でしたから、もうしばらくは巣立ちはなさそうです。

Dsc00553c ハシビロガモのオス、今日は野球場の南のところにいました。元気そうです。見守るくらいしかできることはありませんが、なんとか暑い時期を乗り越えてほしいものです。今日は、奥平屋敷跡で巣立ったハシボソガラスのヒナは見当たりませんでした。

Dsc00482c_20230525182701 Dsc00541c  ハナショウブは相変わらず芳しくはありません。咲いているものしか載せていませんので、想像がつかないかも知れません(微苦笑)。全体像の写真はとてもとても載せられない状況です。ハナショウブは、桑名市の花に指定されているのですから、もう少し気合いを入れて手入れなどをして欲しいと思います。リンク先に「九華公園は、県内でも有数のハナショウブを育てている場所です」と書いてあるのが恥ずかしく思えます。

Dsc00422c  今日は、ツツジの剪定が行われていました。管理人さんは1週間くらいかけて作業が行われるとおっしゃっていました。昨日くらいから始まったのでしょう。ただ、刈った後を見ると、刈り方がちょっと乱暴ではないかと見えます。素人の勘違いであれば良いのですが……。クレームばかりつけているようで、恐縮ですが、いつも散歩に行っている公園ですからきちんと整備してもらいたいと思うのです。

Dsc00623c  貝塚公園、内堀公園ではスズメ、ムクドリくらいしかいませんでした。今日は、京町あたりだけツバメの巣を見てきました。博物館の巣には相変わらずツバメは来ていません。京町の呉服屋さんにある巣のヒナは、ずいぶん大きくなりました。が、この様子、私にはどうしてもオッサンたちに見えてしまいます。「お茶の水博士」の頭を連想するのです。今日のバードウォッチングは以上。去年の今頃はもう少したくさんの鳥を見たのに、今年は少ないですねぇ。

Dsc00610c Dsc00616c  こちらは、宮町にある散歩友達のお宅のアジサイ。いつも四季の花々が咲いており、しかも丁寧に手入れされていて、勝手に楽しませてもらっているのです。散歩友達が在宅していればおしゃべりをしてきますが、「いつでも写真は撮っていっていいよ」といってもらっていますので、今日も勝手に撮ってきました。

Dsc00671c_20230525182801 Dsc00688c  常信寺でもアジサイ。左はヤマアジサイだと思います。右はカシワバアジサイ

Dsc00719c  菩提樹の花が咲いてないか気になりましたので、御坊さんにもよってきました。以前はよく見逃していたのです(苦笑)。去年は、5月31日に咲き始めています(2022年5月31日:御坊さんで菩提樹の花が咲き始めました……ホオジロの親子も)。

Dsc00733c_20230525185401  昨日の授業のQ&Aは、今日になって取りかかり、夕方までになんとか一通り仕上げました。プリントアウトして、これからチェック。質問、感想を読んで回答やコメントを書くのですが、これが頭をけっこう使います。思わぬ発想に出会うこともありますし、ちゃんと聞いていないのかとガッカリすることもよくあります。まぁいろいろとあった方が刺激されて良いのでしょう(微苦笑)。

20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その2)……養老町に入り、西林寺、大神宮常夜灯、観音寺、もう1つの大神宮常夜灯、福勝寺、八幡神社から小倉谷隧道へ

Minotsuya2  5月22日に行ってきた美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」の本編その2です。その1では、養老鉄道の美濃津屋駅を9時にスタートし、白山神社、津屋川龍神、本慶寺、清水池ハリヨ生息地、慈眼寺、諏訪神社と歩いて、海津市から養老町に入りました。その2では、西林寺、大神宮常夜灯、観音寺、別の大神宮常夜灯、福勝寺、八幡神社から小倉谷隧道を通過します。

Img_4981c_20230522173701 Img_4991c_20230522173701  3㎞の手前で西林寺。真宗大谷派。もとは南濃町津屋の山脇というところにあり、西林坊といいました。養老町の浄土真宗の寺の中には天台宗から転派した所も多いそうですが、西林寺は元から浄土真宗で、改宗したという記録はありません。こちらのサイトによれば、檀家は6軒と書かれています(ただし、いつの記録なのかは不明)。山門は多良の水行奉行・高木家搦め手(からめて)門を移したものであるという記録が残っています。ちなみに、高木家は江戸時代の交代寄合で、美濃国石津郡多良郷(現在の岐阜県大垣市)を所領としており、西高木家2,300石を筆頭に、東高木家1,000石、北高木家1,000石の高木氏3家からなっていました。高木家は17世紀前半の寛永年間(1624~1644年)から江戸幕府滅亡まで、木曽・長良・揖斐の三大河川地域における幕府の「川通御用」を勤め、治水のための新規・修復の工事の国役普請や、御手伝普請に際して普請奉行または普請見廻役として工事を監督する一方、同地で発生した水争いや境界争いなど各種村方争議における論所見分を行って意見書・報告書を評定所へ提出しました。また、宝永2(1705)年からは流域川通りの定期巡検を実施して河道維持に努めていました。宝暦治水にも携わっています。

Img_4998c_20230524041801  Img_5001c_20230524041801西林寺の先で古い看板が残っているお宅がありました。こういう古い看板には多少興味があり、街道歩きをしていて見つけると、写真を撮ってきます。左の写真で中央に「羽田」という結納用品店の看板があります。実はこのお店は、桑名や四日市の富州原にあったのです。北勢地方ではかなり広範囲にこの看板が残っていますが、養老町でも見られるとは思ってもみませんでした。お店はもう存在しないと思われます。そのほかは養老町高田の仏壇店や大垣の夕鶴衣装店御首(みくび)神社などの看板がありました。

Img_5008c もう一つ余談。屋根の上の鍾馗さんもところどころで見ました。鍾馗さんは鬼より強いというので、疫病退散などを願って、守り神として鎮座しています。桑名でもときどき見かけますが、もとは関西、特に京都での風習のようです。

Img_5012c_20230522173701  3㎞を過ぎて、大神宮常夜灯。「ご成婚記念」「大正十三年(1924年)」とありますので、昭和天皇のご結婚を記念して建てられたものと考えられます。

Img_5029c_20230522173701 Img_5038c_20230524044101  常夜灯の先で三峰山観音寺。臨済宗妙心寺派。詳細はわかりません。多くのお寺は西に向いてお参りするよう建てられていますが、この観音寺は、南向きに本堂が建てられていました。境内には庭園があります。

Img_5048c_20230524044601 Img_5044c_20230524044601  観音寺の北となりに神社がありました。鳥居はもとは朱塗りだったようですから、稲荷社と思われますが、ここについても、詳しい情報はまったく分かりません。観音寺との間には出入り口のあるフェンスがありましたから、観音寺と関わりがあるのかも知れません。

Img_5071c_20230522173701 Img_5079c_20230524044601  観音寺の先で東に入ったところに小倉山福勝寺。真宗大谷派のお寺なのですが、ここについても、これという情報が得られませんでした。

Img_5051c_20230522173701  福勝寺の東に常夜灯があったので気になって見てきました。「大神宮」と刻まれています。大神宮の文字が東に向かって刻まれています。東には津屋川。その昔、このあたりに湊でもあってそこから美濃街道に向かう目印だったのかというのは、勝手な想像。

Img_5094c_20230522173801  いったん美濃街道に戻って再び東へ。八幡神社です。創建は不詳ですが、延宝2(1673)年の棟札があるそうです。ご祭神は、応神天皇。境内には、御鍬神社ともう一社も祀られています。表参道は、ずっと東の方でしたが、暑かったので横着をして、「横入り」。

Img_5107c_20230524063901 Img_5111c_20230524063901  本殿裏には、鳥居に掲げられていたと思われる、割れた額が置かれていました。「八幡」と「元帥伯爵東郷平……」と読めます。あの東郷平八郎が揮毫したものでしょう。その脇には、古い社号標。「郷社 八幡神社」とあります。

Img_5121c_20230522173801 Img_5125c_20230524064401  美濃街道に戻って、スタートから5㎞地点に小倉谷隧道。小倉谷川という天井川を潜る水底トンネルです。岐阜県道56号線(南濃関ヶ原線)の旧道が、養老町の天井川である小倉谷川を潜るために建設されました。養老鉄道も、この西で同じように小倉谷川の下をくぐっています。ここで、ルートマップその2が終わりますので、その2はここまで。

2023年5月24日 (水)

江戸橋で授業のあと、三重県総合博物館で「親鸞と高田本山 専修寺国宝からひろがる世界」を見る

Dsc_7132c  水曜日で、江戸橋方面での非常勤の授業です。今日で6回目でしたが、なぜか出席率が一気に低下。前回まで90%台をキープしていたのに、今日は70%あまり。私が学生の頃や、現役の教員だった頃にはこういう現象はなかったように思うのですが、ここ2~3年、たまによく分からないまま欠席が多いときがあります。エアポケットに落ちたように休みたくなる学生がいて、それが重なるということなのかと思っていますが、実際、どうなのかはよく分かりません。

Dscn5958c Dscn5964c  出勤のとき、グラウンドにヒバリがいました。1時間近く経って、授業を始めてしばらくした頃には、揚げ雲雀が聞こえてきました(微笑)。まさに「バードウォッチングができる学校」なのです。昨日、一昨日とグラウンドでは草刈りが行われたそうですが、営巣している/しようとしているのではないかと思っています。非常勤講師控え室の前にあるコシアカツバメの巣は、手直ししたあとはあるのですが、コシアカツバメが来ているところはまだ見ていません。これからやって来て営巣するのか、出勤したときにきちんと確認します。以前は、校舎2階の入り口あたりにも営巣していたのですが、今年は確認できていません。

Dsc_7141c Shinran  ところで、三重県総合博物館で開催中の「親鸞と高田本山 専修寺国宝からひろがる世界」を見に行こうと思っていると何度も書きましたが、ようやく、三度目の正直にして、今日、実現しました(笑)。大人は¥800。6月18日まで。高田本山専修寺所蔵の国宝 西方指南抄・国宝 三帖和讃、重要文化財の親鸞聖人消息・専修寺聖教を中心に、日本の文化史・思想史上重要な位置を占める親鸞が紹介されています。私が特に見たかったのは、親鸞上人のご真筆。これらの宝物を伝える高田本山の歴史も、重要文化財専修寺文書を中心に紹介されています。平日でしたが、多くの方が拝観しておられました。

Dsc_7149c  三重県総合博物館や、以前には三重県立美術館で親鸞上人や高田本山専修寺に関わる展覧会は折に触れて開かれています。いまを去ること30数年前、私が結婚して間もない頃には、三重県立美術館で「高田本山専修寺展-歴史と美術」という展覧会が開かれ、亡くなったオヤジを連れて行ったことがありました(平成3(1991)年のことでした)。仏教に興味があり、わが家の宗派である真宗大谷派や、親鸞上人について独学していたオヤジがとても喜んだことを憶えています。とくに親鸞上人の真筆を見られたことをです。展覧会を見たあと、専修寺にもお参りしました。ヘンな記憶なのですが、そこで私たち夫婦とオヤジとで「スイカアイス」を食べたことを、なぜか鮮明に記憶しています。人間の記憶とは面白いものです。

Dsc_7147c Dsc_7153c  三重県総合博物館には13時過ぎから小1時間滞在。これは、個人的にお約束となっているのですが、ミエゾウの骨格標本と、博物館唯一の生きている展示物であるオオサンショウウオのさんちゃんを見てきました。さんちゃん、今日は割とよく動いていました。ミュージアムショップで図録を購入してきましたので、また時間があるときにゆっくりと眺め、読もうと思っています。

Screenshot_20230524145642c Dsc_7137c  三重県総合博物館に行くに当たって、授業のあとですと疲れて挫折しますので(苦笑)、実家に行く家内に来てもらって車に乗せていってもらいました。授業は正午に終わりますので、博物館に行く前に腹ごしらえ。家内が調べ、江戸橋近くにあるウレタノ・カフェへ。12時15分頃着きましたので、ちょうどお昼時で小1時間待ちました。今日のランチである「ひじきと鶏そぼろのサラダ風混ぜご飯とスープランチ」をいただきました。女性が多いお店でしたので、量が足らないかと思ったのですが、けっこうたくさんあり、オッサンも満腹。もちろんとても美味しくて、楽しめました。これで¥715ですから、ちょっと信じられないくらい。

Dsc_7139c  さらにオーナーシェフが、「長く待ってもらいましたから」ということで、コーヒーをつけてくださいました。私たちは、ちょうど昼時でしたから、1時間くらい待つ覚悟をしていましたので、これには大恐縮。ウレタノさん、雰囲気もよく、料理も美味しく、また、シェフの接遇もよく、とても満足しました。お勧めです。

Dscn5962c  という次第で、今日は授業だけでなく、ランチ、博物館見学といろいろあり、帰宅は16時半過ぎ。いつもより3時間ほど遅くなりました。そのため、まだ出欠チェックも終えていません。今日使ったファイルはGoogleクラスルームにアップロードしていますが、これから/明日、Q&A作成に大車輪となります。

20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(その1)……美濃津屋駅をスタートし、白山神社、津屋城跡の本慶寺、清水池ハリヨ生息地、慈眼寺から諏訪神社へ

Img_4748c_20230522173601 Minotsuya0  5月22日に行ってきた美濃街道ウォーキング(美濃津屋~養老)の本編その1です。珍しく平日に街道ウォーキングに出かけました。とくにこれという理由はありませんが、同級生K氏との相談で今日ということになったのです。ほぼ1ヶ月ぶりとなりましたが、4月16日の美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」の続きです(2023年4月16日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(予告編))。当初は、駒野から養老まで通して歩こうと思っていたのですが、コースマップ上で9㎞以上あり、しかも立ち寄りポイントもたくさんでしたので、2回に分けたものです。養老鉄道美濃津屋駅から養老駅までを歩いたのですが、桑名のアメダスでは30.4℃と真夏日となりました。歩いているときも暑く、いささかへばりました。年を取って体力も低下してきたのかも知れません(笑)。冒頭の写真は、美濃津屋駅で、乗ってきた電車を見送った写真。

Img_4738c_20230523043801  いきなりの余談ですが、養老鉄道に乗るために桑名駅に行ったところ、自由通路が大混雑していました。この日の朝6時前に近鉄名古屋線で人身事故があり、近鉄は相当遅れていたようで、JRで振替輸送が行われていたからです。新しくなってから、桑名駅がこれほど混雑しているのは見たことがありませんでした。

Img_4757c Img_4765c  桑名駅を8時9分に出る養老鉄道大垣行きの普通電車に乗車。平日でしたので、通学の高校生がたくさん乗っています。美濃津屋には8時55分着。¥530。ほぼ1ヶ月ぶりの街道ウォーキングですが、この日は養老の山並みがかなり近くに見えました。9時にスタートします。右の写真は、美濃津屋駅から美濃街道(岐阜では伊勢街道とか、桑名街道と呼ぶようです)に出たところ。北を向いて撮ったもので、この向きに歩いて行きます)。

Minotsuya1  この日歩いたルートの詳しいマップその1。養老鉄道の路線に沿って北上しました。白山神社、津屋川龍神、本慶寺、清水池ハリヨ生息地、慈眼寺、諏訪神社と訪ね、諏訪神社の先で海津市から養老町に入ります。今回は、寺社仏閣、名所旧跡を訪ねるだけでなく、自然観察も含まれるのです。なお、キョリ測のマップでは、白山神社が「白口神社」となっていましたので、ここに示したマップでは訂正してあります。

Img_4754c_20230523155801  初めの方から余談を重ねるのもどうかと思いますが、気になる看板がありましたので。美濃津屋駅の大垣方面のホームに「氷砂糖資料館(中日本氷糖株式会社)」という看板があったのです。そういえば氷砂糖をどうやってつくるか知りません。中日本氷糖株式会社南濃工場がここから1㎞ほどのところにあり、そこにこの資料館があります。予約制で大人一人¥300。創業100周年記念で平成7(1995)に開館しています。ちなみにリンク先に氷砂糖の作り方が載っていました。原料のグラニュー糖を溶かして、精製、ろ過したものを加熱して氷砂糖の結晶を作るそうです。 氷砂糖は、砂糖の中でも最も純度が高く、ショ糖分100%の高級品だとか。こちらにその製造過程があります。

Img_4767c Img_4777c_20230523160601  さて、話を進めます。美濃津屋駅からすぐに大神宮常夜灯があります。明治12(1879)年に建てられたもの。ここを入って行くと、白山神社があります。Googleのストリート・ビューで見たときは、どこから入るのかよく分かりませんが、案ずるより産むが易し。現地に行って実際に歩いたら、すぐ分かりました。やはり現地現物は重要。

Img_4771c_20230522173601 Img_4774c_20230523160801  創建は不詳ですが、寛文8(1668)年に再興したという棟札があるそうですから、かなり古い神社です。ご祭神は、伊弉冉尊(いざなみのみこと)。うっそうとした木々に囲まれています。そういえば、今回は多度から美濃街道を歩き始めたのですが、ここまでの道中たくさんの神社を訪ねてきましたが、どこもご神木も含め、大木がたくさんありました。町中の神社ではなかなかこういう景色は見られません。大木があると歴史を感じさせますし、いかにも神社らしい雰囲気を醸し出しています。

Img_4782c_20230522173601  白山神社を出たところで東の方、すぐのところに川というか、堤防が見えましたので、行ってみることにしました。グラウンドゴルフ場のところに津屋川龍神という石碑が建っています。由緒などは分かりませんが、龍神は雨・水力をつかさどる龍を神力を有する神様ですから、洪水などがないように願ったものかと思います。

Img_4786c_20230523161501  こちらは、津屋川龍神の先のあたり。北側。なかなかよい景色ですし、水もきれい。湧き水もありました。キショウブ(黄菖蒲)があちこちに咲いています。しっかりと意識していなかったのですが、ここが津屋川。川幅が、地図で見るともっと広い感じだったのですが、よく見れば地図の通りの形でした(微苦笑)。津屋川といえばヒガンバナの群生が有名ですが、撮影スポットはもう少し南のようです。

Img_4807c_20230522173601 Img_4815c_20230523162501  美濃街道に戻る前で歩き始めて1㎞。街道に戻ってすぐのところに獅子吼山本慶寺。真宗大谷派のお寺なのですが、ここは津屋城跡。津屋城には関ヶ原の合戦まで高木八郎左衛門正家が居城していたのですが、西軍にしたがったため没落し、廃城となっています。境内にある説明板によれば、八郎左衛門正家は、高須城主高木十郎左衛門の縁者で、十郎左衛門は『高須旧記』によると、文禄元(1592)~慶長5(1600)年まで高須城主で、豊臣秀吉の麾下と伝わります。城跡は、現在は、慶長8(1603)年に当時の領主徳永法印寿昌之許しを得て移された本慶寺となっています。

Img_4824c_20230523162501 Img_4827c_20230522173701  寺を中心とした一帯が城跡で、主郭部は境内にありますが、付近は道路が通じた住宅が建ち、全容は明らかにされていないといいます。境内には、本堂・庫裏の敷地が二の曲輪と考えられ、その南に三の曲輪があり、大手門があったと考えられています。津屋城跡は、北勢四十八家の城と城地条件や縄張り形式が相似しており、歴史的連携が窺われるそうです。右の写真は、本堂東のあたり。

Img_4821c_20230523162501 Img_4833c_20230524041001  山門は、長屋門のような形式で、城門を移築したという話も伝わっているそうです(こちら)。いささか余談ですが、本堂に向かって左に大きな太鼓がつるされています。喚鐘は、別につるされていましたが、この太鼓は何に使ったのでしょう。喚鐘と同じように、法会の始まりなどを知らせたのでしょうか。

Img_4849c_20230523164101  最初にコースマップをつくったときには見落としていたのですが、改めてコースの予習をしたら、本慶寺の近くにハリヨの生息地があることに気づきました。清水池ハリヨ生息地といいます。本慶寺から100mほどですから、これは見なくてはなりません。

Img_4902c_20230523164101 Img_4905c_20230522173701  本慶寺から100mほど東、津屋川の手前にこの生息地があります。ちょうど小学生たちが先生に引率されて校外学習に来ていました。一緒に混じって、ハリヨを見てきました。

Img_4873c_20230523164301 Img_4882c_20230522173701  こちらがハリヨ(たぶん)。かなりたくさんいるのが見えました。全長6cmで背ビレに独立した棘を3本、腹ビレに1対の長い棘をもっています。岐阜県と滋賀県に分布するそうで、岐阜県では大垣周辺にいるといいます。ということで歴史散歩でありながら、自然観察も。

Img_4914c_20230522173701 Img_4925c_20230523164601  美濃街道に戻って下多度小学校をすぎたところに福聚山慈眼寺。浄土宗。元は藤内寺と称していましたが、その後円通寺と改称。その後、慶長10(1605)年に天台宗より浄土宗へ改宗した折に、慈眼寺と名を改めまています。往時は、船路の街道であった津屋湊からも善男善女が慈眼寺に参拝したといいます。また、多芸七坊のうちの一寺でもありました。門は、長屋門のようなものでした。境内は、右の写真のように、木々や雑草が生い茂っていて、草刈りなどをしようにも、どこから手をつけたら良いか途方に暮れそうなくらいでした。

Img_4922c_20230524041501  鐘楼に行くところも、このように雑草が繁りすぎていて、とても鐘をつきには行けそうもありませんでした。歴史のあるお寺なのに、ちょっと残念。これを書いているときに思ったのですが、「津屋」という地名自体が、河川の要港で貨物の保管、販売を行い、口銭をとった倉庫業者を意味しますから、美濃津屋のあたりには川湊があったということでしょう。などと愚考してから、よく調べたらこれについて考察したサイトがありました(笑)。それによれば、「地名の由来は、古くは当地が伊勢湾に臨む港であったことによるという。『三河国猿投神社古図』にも海浜に津屋の名を記す。津屋川沿いの水田地帯はしばしば冠水による被害を受けた」とあります。津屋川龍神の謎も解けた気がします。

Img_4929c_20230522173701 Img_4940c_20230523170001  慈眼寺のすぐ先、2㎞を過ぎたところを東に入ると諏訪神社。創建は不詳です。ご祭神は、南方刀美神(みなかたとみのかみ:大国主命の子で諏訪大社のご祭神である建御名方神(たけみなかたのかみ)に同じ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ:諏訪大社のご祭神で南方刀美神の妃神)、天照大神豊受姫神

Img_4939c_20230523170401  この境内も大木があります。拝殿の脇には、イチョウの大木。かなりの樹齢と思われますが、境内には説明などはありませんし、ネットにも出て来ませんでした。

Img_4968c_20230523041301  諏訪神社の先、スタートから2.4㎞あまりのところで美濃街道は津屋川を渡りますが、ここが海津市南濃町と養老町との境目。キリがよいので、その1はここまで。その2は、養老町に入って、西林寺、大神宮常夜灯、福勝寺などへ進みます。

2023年5月23日 (火)

京町のツバメのヒナは4羽でした

Dsc00326c_20230523143301  午前中は曇りで、弱い通り雨が降りましたが、昼くらいからは晴れてきました。よく寝て、昨日の疲れもとれ、今日はいつも通り7時半から、住吉神社、風呂町、江戸町、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、南魚町、田町、三崎通と5.3㎞。風呂町などに行ったのは、アジサイを見るため。貝塚公園で通り雨に出会い、しばらく雨宿りしていました。

Dsc09910c  船津屋さんの裏手の揖斐川の堤防で、ホオジロのオス。船津屋さんの裏あたりで営巣していたのではないかと思っています。ときどき堤防にある木々に出て来て鳴いています。

Dsc09935c Dsc09957c  風呂町にある美容室のところで毎年、アジサイが何種類か育てられているのを見ます。今年もそろそろかと思って、散歩コースからははずれますが、見てきました。なかなか見事になっていました。歌行燈本店さんのところは、先日と様子はあまり変わっていません。

Dsc00004c  九華公園には8時に到着。北門を入ってすぐの堀に、ハシビロガモのオス。バードウォッチングをしない方の間でもその存在が知られてきて、「あの鳥、どうしたの?」と聞かれることがあります。今日も、ある女性から尋ねられました。

Dsc00108c_20230523143301 Dsc00102c  神戸櫓跡にあるカワウの巣の様子。まずは、西側の巣。ヒナは巣から出て来ました。巣の東側、少し離れたところにいます。右の写真でそれがよく分かります。向かって左の方に巣があり、右の方にカワウのヒナ2羽がいます。

Dsc00068c  こちらは、東側の巣。どれがヒナで、どれが親か分かりにくいのですが、3羽のヒナがいます。たいてい巣からは離れていますが、ときどき巣に戻っていることもあります。今日の九華公園も鳥は少なく、ドバト、ムクドリ、スズメを少しずつみたくらい。スズメは、この間まであちこちでヒナを連れていましたが、今日はほとんど見かけませんでした。貝塚公園ではセンダイムシクイの囀りではないかと思われる鳴き声が聞こえていたのですが、姿はチラッと見えただけで、確認は取れませんでした。

Dsc00170c_20230523143301 Dsc00280c_20230523143301  ツバメの巣も巡回してきましたが、博物館の巣は不在。手直しをしていたようにみえたのですが、今のところ営巣していません。こちらは、京町の呉服屋さんの巣。先日は、ヒナは3羽と思ったのですが、4羽いました。右の写真は、エサをやったあと、近くの電線で休んでいる親ツバメ。ヒナの食欲は旺盛ですから、エサ探しも大変でしょう。

Dsc00306c Dsc00315c  左の写真は、田町の商店にある巣。親ツバメがいるのが、かろうじて分かります。右は、三崎通のお宅にある巣。何と! 崩落してしまっていました。日曜日(5月21日)の午前中には、巣は無事でしたから、その後このようになったのですが、事故か、故意に壊されたのかは不明。巣の下に残骸がありましたが、あまり散らばってはいませんでした。けっこう古い巣でした。

Dsc00079c_20230523143301 Dsc00096c  九華公園のハナショウブ。相変わらず、あちこちでポツポツと咲いているという感じです。前管理人Oさんの観察によれば、1つ1つの花がしぼむのが早いそうです。生育状況が良くないためではないかと、私は考えます。今年は、残念ながら、ハナショウブが一斉に咲きそろうという風にはならないと思います。

Dsc09970c  昨日、いつもとは違って平日に美濃街道ウォーキングに行きましたので、曜日の感覚が何となくズレた気がします(苦笑)。明日は忘れないで、非常勤の授業に行かなければなりません。なんだか備忘録みたいですが……。

 

2023年5月22日 (月)

20230522美濃街道ウォーキング「美濃津屋~養老」(予告編)

Img_4748c_20230522173601  珍しく平日に街道ウォーキングに出かけました。とくにこれという理由はありませんが、同級生K氏との相談で今日ということになったのです。美濃街道ウォーキングの続きで(2023年4月16日:20230416美濃街道ウォーキング「駒野~美濃津屋」(予告編))、養老鉄道美濃津屋駅から養老駅までを歩いてきました。桑名のアメダスでは30.4℃で、今日は真夏日となりました。歩いているときも暑く、いささかへばりました。年を取ってきたのかも知れません(笑)。今日のところは、とりあえず予告編。

Img_4757c  桑名駅を8時9分に出る養老鉄道大垣行きの普通電車に乗車。通学の高校生がたくさん乗っています。美濃津屋には8時55分着。¥530。ほぼ1ヶ月ぶりの街道ウォーキングです。9時にスタートします。

Minotsuya0  こちらが今日実際に歩いたルートマップ。養老鉄道の線路沿いに北上します。寄り道を考慮しなければ4㎞あまりのコースなのですが、あちこちウロウロした結果、現地では8.5㎞を歩いてきました。今日は、寺社仏閣、名所旧跡を訪ねるだけでなく、自然観察も含まれます。

Img_4767c Img_4771c_20230522173601  美濃津屋駅から美濃街道に出てすぐのところに大神宮常夜灯があります。ここを右折して東に入って行くと、白山神社。創建は不詳ですが、寛文8(1668)年に再興したという棟札があるそうですから、かなり古い神社です。ご祭神は、伊弉冉尊(いざなみのみこと)。

Img_4782c_20230522173601  予定にはなかったのですが、白山神社から東へ。津屋川の方です。グラウンドゴルフ場のところに津屋川龍神がありました。由緒などは分かりませんが、龍神は雨・水力をつかさどる龍を神力を有する神様ですから、洪水などがないように願ったものかと思います。

Img_4807c_20230522173601  美濃街道に戻ってすぐに獅子吼山本慶寺。真宗大谷派のお寺なのですが、ここは津屋城跡。津屋城には関ヶ原の合戦まで高木八郎左衛門が居城していたのですが、西軍にしたがったため没落し、廃城となっています。現在、本慶寺境内に主郭の土塁、堀などが残っています。

Img_4852c Img_4905c_20230522173701  最初にコースマップをつくったときには見落としていたのですが、改めてコースの予習をしたら、本慶寺の近くにハリヨの生息地があることに気づきました。清水池ハリヨ生息地といいます。本慶寺から100mほど。これは見なくてはなりません。ちょうど小学生たちが校外学習に来ていました。

Img_4882c_20230522173701  これがたぶんハリヨ。かなりたくさんいるのが見えました。全長6cmで背ビレに独立した棘を3本、腹ビレに1対の長い棘をもっています。岐阜県と滋賀県に分布するそうで、岐阜県では大垣周辺にいるといいます。

Img_4914c_20230522173701 Img_4929c_20230522173701  下多度小学校のすぐ先に福聚山慈眼寺。浄土宗。門は、長屋門のようなものでした。境内は、木々や雑草が生い茂っていて、ちょっと残念。本編で境内の写真を載せますが、草刈りなどをしようにも、どこから手をつけたら良いか途方に暮れそうなくらいでした。慈眼寺のすぐ先を東に入ると、諏訪神社。創建は不詳です。ご祭神は、南方刀美神(みなかたとみのかみ:大国主命の子で諏訪大社のご祭神である建御名方神(たけみなかたのかみ)に同じ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ:諏訪大社のご祭神で南方刀美神の妃神)、天照大神豊受姫神

Img_4968c_20230523041301  諏訪神社の先、スタートから2.4㎞あまりのところで津屋川を渡りますが、ここが海津市と養老町の境。同級生K氏と美濃街道を歩き始めたのは、2021年2月27日でした(20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完))。その後、2021年3月14日に多度まで歩いています(20210314勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(下深谷~多度)」(完))。三重県内の美濃街道は、「みえの歴史街道」にコースマップがありますが、岐阜県内についてはまとまった資料の入手が難しく、ようやく今年になって、1月21日に多度から石津というコースで、再開しました(20230121美濃街道ウォーキング「多度から石津」(予告編))。「ようやく養老まで来たか」という感慨もいささかあります。

Img_4981c_20230522173701 Img_4991c_20230522173701  3㎞の手前で西林寺。真宗大谷派。もとは南濃町津屋の山脇というところにあり、西林坊といいました。山門は多良の水行奉行(木曽三川などの河道の維持がその役割)高木家の搦手(からめて)門(城の裏門)を移したものであるという記録が残っています。どこかのサイトに檀家が6軒しかかないと書かれていましたが、ご覧のように手入れが十分ではありませんでした。

Img_5012c_20230522173701 Img_5029c_20230522173701  3㎞を過ぎて街道の西側、ここにも大神宮常夜灯。今日は「大神宮常夜灯」と刻まれた常夜灯がたくさんあります。その先で三峰山観音寺。臨済宗妙心寺派。

Img_5071c_20230522173701 Img_5051c_20230522173701  観音寺のすぐ先、街道の東に小倉山福勝寺。真宗大谷派のお寺なのですが、これという情報が得られませんでした。福勝寺の東に常夜灯があったので気になって見てきました。「大神宮」と刻まれています。大神宮の文字が東に向かって刻まれています。東には津屋川。その昔は、湊でもあってそこから美濃街道に向かう目印だったのかというのは、勝手な想像。

Img_5121c_20230522173801  福勝寺のあたりで4㎞を過ぎました。小倉谷隧道の手前で右折し、八幡神社へ。創建は不詳ですが、延宝2(1673)年の棟札があるそうです。ご祭神は、応神天皇。ちなみに、小倉谷隧道は、岐阜県道56号線(南濃関ヶ原線)の旧道が、養老町の天井川である小倉谷川を潜るために建設されたものです。養老鉄道の線路も、この西で小倉谷川の下をくぐっていきます。

Img_5151c_20230522173801 Img_5166c_20230522173801  上多度小学校のあたりでスタートから5㎞。少しいくと、高札場跡があります。養老町の史跡なのですが、あまり目立ちませんから見逃しそうでした。6㎞を過ぎたあたりの小さなY字路のところに「十三代横綱鬼面山谷五郎生誕之地」という石柱が立っています。鬼面山谷五郎(文政9(1826)~明治4(1871)年)は、養老町鷲巣の出身で、明治になって初めての、また、岐阜県出身でただ一人の横綱でした。身長186㎝、体重140㎏もあったといいます。

Img_5203c_20230522173801  鬼面山谷五郎の生誕の地をすぎると、もう養老駅は近くになります。駅の手前で街道を東の方に外れ、まずは、勢至山専明寺。真宗大谷派。創建などについては不明ですが、古くは勢至村に境内を構え、勢至山光堂寺と号する天台宗の寺院だったといいます。寛正5(1464)年に真宗に改めています。往時は多芸七坊の一翼を担っていましたが、その後衰退し、江戸時代初期の寛永年間(1624~1645年)に現在地に遷っています。

Img_5235c_20230522173801Img_5223c_20230522173801  専明寺から北に神社が見えます。白山神社です。ご祭神は、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冉命(いざなみのみとこ)、そして菊理姫命(くくりひめのみこと:黄泉国からにげる伊奘諾尊が黄泉平坂(よもつひらさか)で伊奘冉尊と争ったとき、二神の主張を聞きいれ、助言した。石川県白山比咩(しらやまひめ)神社の主祭神)。右の写真で、拝殿の手前に並んでいる両側の常夜灯は、鬼面山谷五郎が奉納したもの。ルートマップを描くのに使った「キョリ測」では、ここに光明寺があると書いてあったのですが、何もありません。Googleマップで見ると、白山神社の境内に薬師如来堂があると書かれています。それは神社の社務所の南の位置なのですが、今日は、何もありませんでした。廃されたと思われます。

Img_5324c_20230522173801  養老鉄道養老駅には、12時15分に着きました。3時間15分ほどで8㎞ほどを歩いてきたことになります。養老駅は、なかなかハイカラなのですが、建てられたのは大正2(1913)年7月31日に初代の養老鉄道(後の近鉄養老線)が養老駅から池野駅までの間、開通したとき駅ができ、開業しています。

Img_5332c_20230522173901  電車の時刻を確認しておいて、昼食のため、県道56号線方面へ。そば屋さんと喫茶店があり、両者とも営業しているはずでした。養老駅から「こどもの国」前の信号交差点まで登り坂でしたし、ここを横断するには地下道を使うしかありません。という次第で、昼食にありつくために最後の力を振り絞ったのですが、そば屋さんは20~26日は臨時休業、喫茶店は今日に限って、12時で営業終了。無駄足を踏みましたが、これはまぁ結果論ですからやむを得ません。あまりにショックで店舗前で写真を撮るのを忘れました。

Img_5339c Dsc_7122c  養老駅に戻って、まずは土産を入手するために駅前の「きび羊羹本家」へ。調べたら「不定休」となっていましたので、心配したのですが、今日は営業しておられました。毎朝、手作りしているといいます。一棹が¥850。「きいきび」と「寒天」と「はくざら(砂糖)」の3つの原料だけでつくり、添加物は一切使われていません。自然食品で身体にやさしくおいしい羊羹だそうです。

Img_5372c  昼ご飯は、桑名駅まで戻って摂ることとし、養老駅12時51分発の桑名行きに乗車。桑名駅には13時38分着、¥580。帰りの電車は、空き空きで申し訳ないくらいでした。

Img_5389c_20230522173901 Dsc_7119c  桑名駅自由通路に「伊勢ノ国食堂しちり」があります。しばらく行っていませんでしたので、ここで「鶏天おろしうどん」。¥960(税込み)。14時前になってようやく昼ご飯にありつけました(微笑)。

Screenshot_20230522143511c Kibiyokan  帰宅してGoogle Fitを確認したら、歩いた距離は9.6㎞、歩数は21,111歩となっていました。暑い中、これだけ歩いたら、疲れます(苦笑)。きび羊羹は、家内が待ち構えていて、早速今日のおやつに。柔らかめで、伺ったとおり、やさしくて美味しい羊羹でした。最近、若い方は冷凍にしておいてシャーベットのようにして食べるのだそうです(きび羊羹本家で聞いてきました)。これも試してみることにしましょう。右のきび羊羹の写真は、きび羊羹本家さんのサイトからお借りしました。

 本編はまた改めて少しずつ書いていきます。

2023年5月21日 (日)

ツバメのヒナが孵りました

Dsc09808c_20230521135001  今日も暑くなりました。28.6℃です。いつものように7時半から、住吉神社、江戸町、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、南魚町、田町、三崎通、桑名七里の渡し公園と6.4㎞を散歩。夏のような空が見えます。冒頭の写真は、桑名七里の渡し公園にて。

Dsc09601c_20230521135001 Dsc09721c_20230521135001  待望のツバメのヒナが孵っていました。京町にある呉服屋さんの巣で、です。3羽のようです。まだ目が開いていませんので、孵って間もないと思われます15分ほど見てきましたが、親は次々とエサを運んできていました。去年は、5月6日ヒナが孵っていますから、今年はそれに比べると、かなり遅くなりました(2022年5月6日:ツバメのヒナが登場……「桑名城下切絵図」を入手)。

Dsc09089c_20230521135101 Dsc09091c_20230521135101  さて、散歩の始めから。鳥は相変わらず少なく、スズメ、ドバト、ムクドリを少しずつ見るくらいです。ヒヨドリはほとんど見ません。住吉神社の手水場にあった龍の吐水口が、今年1月、盗難に遭ったのですが、10日ほど前に新たに設置されました。防犯カメラも取り付けられています。神社のものを盗むという不届きな輩は許されません。

Dsc09158c Dsc09174c_20230521135101  七里の渡し跡から江戸町の歌行燈本店へ。アジサイは、いくつも咲いてきています。毎年見事で、楽しみにしています。

Dsc09145c 9de3ea48  ただし、お店の前は、先日と同じ状況でした。例年ですと、あふれるほど多種多様なアジサイの鉢が並べられているのですが、今年は違うようです(2022年5月19日:アジサイの季節になりつつあります)。右は、去年5月30日の写真(2022年5月30日:三崎通のお宅のツバメの巣では、巣立ちが始まっていました)。

Dsc09451c Dsc09458c  九華公園もやはり静かでした。カワウのヒナは、2つの巣ともまだ巣立っていません。左の写真は西側の巣。こちらのヒナ2羽は、まだ巣のあたりにおり、羽ばたく練習もしていません。右の写真は、東側の巣。ここの3羽のヒナは巣からは出ていますし、ときおり羽ばたく練習もしています。巣立ちは近いとは思うのですが、いつ頃になるでしょう?

Dsc09380c_20230521135001 Dsc09357c  奥平屋敷跡にあるハシボソガラスの巣からは雛は巣立ちました。今日は、奥平屋敷跡へ入るあたりの樹上にカラスのヒナが3羽いました。昨日は、奥平屋敷の中の、巣がある木とは別の木にいたそうです。ときどき動くものの、同じあたりでおとなしくしています。

Dsc09428c_20230521135001  30分くらい見ていたら親ガラスがやって来て、エサを与えていました。ちょっと気を抜いたときで、ピントが甘い(苦笑)。昨日も30~40分くらいに1回来て、エサを与えていたそうです。

Dsc09400c_20230521135001  奥平屋敷跡、鳥はやって来ませんが、ミドリガメが3~4匹上陸してきていました。うち1匹は、産卵するためと思われる穴を掘りかけていました。しばらく見ていたのですが、それが気になったのか、途中でやめて堀に戻って行ってしまいました。これから、緑が目の産卵の季節です。

Dsc09179c Dsc09531c_20230521135001  鳥は少なく、スズメ、ムクドリ、ドバトくらい。スズメはヒナがいますが、今日は写真は上手く撮れず。ハシビロガモのオスは、今日は、野球場南のしだれ桜の下にいました。

Dsc09251c_20230521135001 Dsc09286c  ハナショウブは、公園内の3ヶ所の花菖蒲園のすべてで咲き始めました。先日も書きましたが、心配していただけに、これで一安心です。

Dsc09247c_20230521135001  ただし、3ヶ所とも花菖蒲園全体を見ると、こんな感じで、まだまだ「咲き始めたばかり」という状態です。これは、管理事務所南の花菖蒲園の様子。

Dsc09519c Dsc09741c  九華公園内でも、アジサイが咲いてきました(左は、鎮国守国神社のところ)。まさに、アジサイの季節となりつつあります。散歩コースのあちこちでアジサイが見られます。右は、南魚町あたりのお宅で。貝塚公園、内堀南公園ではスズメくらいしかいませんでした。

Dsc09760c_20230521135001 Dsc09073c_20230521142601  ツバメの巣を巡回してきましたが、博物館、三崎通の巣には親ツバメはいませんでした。こちらは、田町の商店にある巣。ここの巣は深いので、親ツバメの顔が見えないときもよくあるのですが、今日は顔を覗かせていました。ツバメの巣ついでに、住吉ポンプ場にあるコシアカツバメの巣(右の写真)。コシアカツバメが来ないか、散歩の度に確認しているのですが、まだ姿を現しません。最近、スズメは出入りしていないようです。

Dsc09828c Dsc09818c_20230521135001  桑名七里の渡し公園は、ときどき帰りに通過します。最近、せせらぎに水が流れているようです。しばらくご無沙汰していましたので、今日気づきました。水が流れていると、小型野鳥がせせらぎに水浴びに来るのです。今日もカワラヒワ2羽が水浴びに来ていました。さらに、ここには昔の諸戸水道の共用水栓のレプリカがあります。今日はここからも水が流れていました(右の写真)。

Dsc09489c_20230521135001  今週は、明日、美濃街道ウォーキングの続き。美濃津屋から養老まで、5㎞弱の予定。ただし、少し高低差があり、登り道のはず。水曜は、江戸橋での非常勤の講義。そうそう、帰りがけに歴史案内人のKさんにお目にかかり、色々とお話ししたのですが、諸戸氏庭園のハナショウブは昨日くらいから咲き始めたばかりだそうです。見頃は、まだ先ということ。写真のハナショウブは、九華公園にて。

2023年5月20日 (土)

カイツブリは営巣を始めていました

Dsc07957c  好天で気温も上がり、29.1℃。散歩日和です。今日は、プチ遠征。長良川河口堰、長島町内、三ツ又池公園へ行ってきました。現地で歩いたのは、5.0㎞。冒頭の写真は、長良川河口堰から見た桑名市内方面。雨上がりで、水が多く、鳥は少ないかもしれないとは思ったのですが、こういう広々としたところは気持ちよいですし、コアジサシやオオヨシキリを見たいと思ったのです。

Dsc07914c_20230520143101  河口堰東側の魚道。左の写真は上流側ですが、いたのはアオサギとコサギが、1羽ずつ。コサギがもう1羽いたものの、カメラを向けたら逃げていきました。下流側には、少し離れてダイサギが1羽。管理橋を渡る途中、コアジサシ2羽が、堰の下流側を東へ向かって飛んでいきました。

Dsc07999c Dsc08019c_20230520143401  堰の西側では、下流にはサギの仲間はまったくいませんでした。上流側には、コサギ(左の写真)、アオサギ(右の写真)、ダイサギ(右下の写真)など。予想通り、数は多くはありません。

Dsc08047c Dsc08199c_20230520143001  親水広場に降りていく坂道のところにハクセキレイ。オオヨシキリの鳴き声は、前回来たときは(2023年5月13日:河口堰、長島町内へ……コアジサシは6羽、サギの狩猟シーン、ケリに威嚇された話)、管理橋から南あたりの中州からしか聞こえませんでしたが、今日は、親水広場の南あたりの西側からも聞こえてきましたが、姿はかなり探したのに見つけられませんでした。

Dsc08111c Dsc08110c_20230520143001  その坂道の東の魚道のところにイソシギ。計4羽が、2羽ずつのペア2組のように見えました。非繁殖期は単独で行動しますが、繁殖期にはつがいで行動するそうです。水辺の草原にある植物の根元などに浅い窪みを掘り、枯草などを敷いた巣に産卵するといいますから、河口堰西の魚道あたりも可能性ゼロではない気がします。

Dsc08274c Dsc08218c_20230520143001  コアジサシは、親水広場の東にある監視塔近くにいましたが、今日は最多で4羽。2羽並んでいるシーンもありましたが、前回とは異なり、エサを運んでくる訳でもなく、休んでいるように見えます。親水広場の西でホオジロのオス。このあたりでよく見ます。

Dsc08311c Dsc08319c_20230520144601  帰り道、来るときに見たアオサギさんが、こんな体勢でいました。ごくたまに見かけます。左右の写真は、別の角度から撮ったもの。大きく曲げているのは、かかとです。

Dsc08383c Dsc08473c  続いて、長島町内某所その1へ(番号は、前回と同じ)。今日もケリが2羽。威嚇していましたが、私にだけでなく、近くにいたコチドリにも威嚇しているように見えました。ヒナはいませんでした。卵があるのかどうかは、不明。

Dsc08405c_20230520143001 Dsc08650c  そのコチドリ。2羽いました。卵を抱いていたり、ヒナがいたりする様子はありません。ほかには、揚げ雲雀。カワラヒワなどは今日はいません。右は、某所その2。ここはフェンスで覆われていて、近くには行けません。ケリが2羽。前回は、卵を抱いているように思ったのですが、今日は2羽とも歩いていて、ときおり警戒の発声。

Dsc08703c_20230520143001 Dsc08867c  さらに、三ツ又池公園。ちょっと早いかと思ったのですが、カイツブリが巣を作っているか、偵察。また、以前、ここでコアジサシが求愛給餌をするのを見ましたから、こちらに来ていないかとも考えたのです。カイツブリ、巣が準備してあったのは4ヶ所。カメが上がって休憩していたところが2ヶ所、工事中が1ヶ所。手つかずが1ヶ所となっていました。

Dsc08975c Dsc08897c  カイツブリは合計13羽を見ています。カルガモが、1羽。ちょっと色が濃い気がします。ほかには、ムクドリ、ツバメ、スズメなど。コサギが1羽、上空を通過したのですが、残念ながら、コアジサシの姿は確認できませんでした。

Dsc08919c  公園の西側でモズ2羽。揚げ雲雀も1羽。カイツブリが順調に営巣しているようでしたから、まあ良し。

Dsc_7110c  ところで、桑名市から新型コロナワクチンの接種券が届きました(6回目です)。新型コロナも5類の扱いになり、感染者数のきちんとしたフォローもされなくなったこともあってか、何となく危機感が薄らいだ感じで、ワクチン接種をどうしようか? と思ったりしています。ご近所の奥さんは、「ワクチンを打つと調子が悪くなるから、今回はとりあえず様子見」とおっしゃっていました。

Dsc09011c  オマケ。今日の中日新聞朝刊の「学ぶ(教育欄)」に「『論文力』高校時代に養う」という記事が載っています。その中に大学生について「学生の書く力は-」という部分がありました。大学生の論文力について、「文章を書く力に問題がある。国語力低下を実感することが増えた。学生からのメールは、宛名やどんな件についての内容なのかの記述はなく「了解です」「分かりました」と一文だけ。文章を書かせると、主語と述語が対応する構文になっていない。授業のリポートに絵文字をつけて送ってくる学生もいる」といったことや、「調べたり、考察したりする力がついていない」、「意見やものの見方の違いに気づいても、その背景を考えられない」「言葉への関心が低い。知らないことばがあっても、辞書を引かず、インターネット検索すらしない」といったことが挙げられていました。「ただ、教員が手をかければ力が伸びる余地はある」とも述べられています。ほぼ、私が週1回の非常勤の授業でもつ印象と共通します。もちろん全ての学生がそうだということではありません。さまざまですが、多くはそうだということです。

2023年5月19日 (金)

雨読の日、写真展を拝見してきました

0519amedas 0519rain_20230519145501  終日、雨のようです。朝から降り続いていて、ときどきかなり強く降ります。これではとうてい散歩には出られません。気温は、朝8時前に最高気温を記録し(7時50分に21.7℃)、今のところ14時に最低気温(17.1℃)となっています。

Dsc_7105c Dsc_7107c  雨がよく降っていたのですが、午前中、写真展を拝見してきました。ブロ友のmakoさんが、桑名市大福にある「小さな喫茶店& ギャラリー 心響(ここね)」で5月30日まで「生き物係 & 写真俳句展」を開いていらっしゃるのです。先日、九華公園でお目にかかったとき、ご案内をいただいていました。

Dsc_7100c  こちらが写真展の様子。お店の方のご了解をいただいて、スマホ写真を撮ってきました(画像処理をしています)。makoさんは写真展のタイトルからもお分かりのように、生き物がお好きでその写真を撮っていらっしゃいますし、俳句もお詠みになります。写真のいくつかが、「写真俳句」となっています。すでにブログで拝見したものも多かったのですが、こうして一覧させていただくと、一段と映えていました。

Dsc_7102c  案内状を持参するとコーヒーをいただけるということで、図々しくもモーニングセットを頂戴してきました。お店はこじんまりとしていて、落ち着いた感じでしたし、コーヒーも入れ立てをいただけ、とても良い時間を過ごせました。

Dsc07896c_20230519145501  このあと、駅方面でやむを得ぬ所要を1つ済ませてから三洋堂書店桑名店で、先日、アピタでは入手できなかった文庫本を買って帰宅。帰ったとき、非常階段にハシボソガラスの姿が。雨に濡れたのが嫌だったのか、身震いして水滴を飛ばしていました。こんなところに来てもらっては困りますねぇ。

Dsc07869c_20230519145601 Dsc07874c  昨日も載せていますが、アサガオは順調ですし、サギソウも元気にしています。昨日も書きましたが、サギソウのうち1本だけ、茎が伸びてつぼみのようなものが出ています。ひょっとしたら、近いうちに咲くかも知れません。

Dsc07876c_20230519145601 Dsc07883c  メダカも元気ですが、あまり出て来ません。赤ちゃんは、無数にいます。小さくて、よく動いて、とても数えられません。右の写真をクリックして拡大していただくと、多少見えるかと思います。

Dsc07901c  明日は、好天でまた暑くなるという予報。暑くなるといっても28℃くらいのようです。散歩日和になりそうです。

 

2023年5月18日 (木)

九華公園で花菖蒲が咲き始めました……歌行燈本店のアジサイはこれから

Dsc07155c  今日も29.6℃と真夏日手前の暑さでした。明日は雨で気温も低いそうですから、体調管理に気を配らないといけません。朝は、家事を済ませ、8時から散歩へ。住吉神社、七里の渡しから江戸町を経て九華公園へ。その後、貝塚公園、内堀公園、京町、常盤町、アピタ桑名店、八間通、住吉入江と6.0㎞。汗をかきました。

Dsc07184c Dsc07213c_20230518160901  七里の渡し跡に隣接する旅館山月の跡地にツバメが来ていました。泥を取りに来たようでした。まだこれから巣を作るのか、あるいは手直しをするのか。ちょっと遅めのような気がしますが、頑張ってやってほしいと思います。

Dsc07254c  七里の渡し跡から江戸町に行ったのは、歌行燈本店さんのアジサイを見て来ようと思ったのです。去年も今頃から見に行くようになっています(2022年5月19日:アジサイの季節になりつつあります)。いつも店頭に沢山のアジサイの鉢が並ぶのですが、今年はまだ少なめでした。

Dsc07260c_20230518160801 Dsc07267c  それでもいくつかは咲いていました。いつも丁寧にお世話をなさって、見事な花を楽しませてもらっています。今年もこれからときどき見に行こうと思っています。

Dsc07291c  九華公園には8時20分頃到着。散歩友達は、今日は誰にも会いませんでした。今日もまた鳥は少なかったのですが、ハシビロガモのオスは、北門を入ったところの堀にいました。ここはとくに午前中は日があまり当たりませんので、暑さが多少はマシということを学習したのかも知れません。野球場南の堀は、日当たり良好すぎるのです。

Dsc07412c Dsc07375c  奥平屋敷跡にいたのは、スズメのヒナ。日陰でちょっとイマイチの写真。たびたび書いてきましたが、ここの松の木の高いところにハシボソガラスの巣がありますが、今日は親ガラスも来ませんし、巣を何度見上げても、ヒナたちの姿は見えませんでした。一昨日から昨日にかけて巣立ってしまったのでしょう。ちょっと残念というか、寂しい気がします。

Dsc07441c_20230518160801 Dsc07451c  神戸櫓跡の松の木のカワウの巣、どちらもまだヒナがいました。左の写真は西側の巣。こちらはまだ巣にいます。右の写真は、東側の巣。こちらのカワウの方が少し早く孵っています。成長も西側の巣のヒナより早いのか、すでにこの間より巣からでて、枝に止まっています。

Dsc07466c  二の丸跡でも、スズメのヒナ。何カ所かでスズメがヒナを連れているのを見ました。

Dsc07540c Dsc07713c  鎮国守国神社の境内では、シジュウカラがヒナ数羽を連れていました。なかなか写真を撮らせてくれず、苦労しました。

Dsc07560c  今までしっかり認識していなかったのですが、鎮国守国神社の境内の松の木にも、ハシボソガラスの巣がありました。ヒナや親ガラスの鳴き声で探したら、ご覧のように見えました。ハンガーも使ってつくったようです。

Dsc07340c Dsc07361c_20230518160801  さて、かねてから気になっていた九華公園のハナショウブ。2ヶ所の花菖蒲園で1輪ずつ咲き始めました。管理事務所の南と、奥平屋敷跡の北の花菖蒲園です。一安心なのですが、背が低く、ちょっと貧弱です。4月に補植したものですから、ぜいたくはいえません。今年、咲き終わったら、以前のように、株分けをするなど、必要な手入れをきちんとするようにしてもらえるとありがたいと思います。

Dsc07783c  貝塚公園、内堀公園でもスズメ、ムクドリなどしかいませんでした。アピタ桑名店へは文庫本の新刊を探しに行ったものの、目当てのものはなく、出たのを知らなかった、別の文庫本を1冊買ってきました。まぁこんなもの。

Dsc07842c_20230518160801 Dsc07845c_20230518160801  ところで、アサガオの芽はグングンと伸びています。発芽率は、いくつずつ種を蒔いたか記録していませんので、正確には分かりかねますが、50%を下回るくらいかと思います。もう少し様子を見て、間引きをしようか考えています。

Dsc07856c  サギソウは、1本だけ茎が伸びて、つぼみというか花芽というか、小さいのがついています。ちょっと早すぎますが、花は咲くのでしょうか。

2023年5月17日 (水)

今日も暑い……江戸橋での授業も1/3を終えました

Dsc_7089c  岐阜の揖斐川町では真夏日の35.1℃になったそうです。桑名では33.7℃、津では32.9℃で、やはり暑くなりました。今日は水曜で、江戸橋方面での非常勤の授業。前期の5回目となりました。出席率は、90%台をキープしています。学生諸君も真面目に、熱心に聞いてくれています。居眠りをしたり、スマホを触ったりしている学生はいません。まぁ、今回は30名ほどの受講者数ですから、目が行き届きやすいというのもありますが……。前回までで基礎的な内容は終え、今日からは本格的なところに入りました。5回目ですから、これで1/3が済んだことになります。

Dscn5955c  非常勤講師控え室の前にコシアカツバメの巣があることは何度か書いています。前回出勤したとき、修復した跡があるのに気づいたと書きました(2023年5月10日 :非常勤先のツバメの巣も修復中)。今日も、巣が壁に固定されているあたりに湿った泥が見えましたので、さらに修復しているようです。ただし、ツバメの姿は見ていません。

Dscn5949c  三重県総合博物館で開催している「親鸞と高田本山 専修寺国宝からひろがる世界」を見に行きたいと思っていると何度も書きましたが、今日も断念。やはり、マスクをして1時間半講義をすると疲れましたし、暑かったので。江戸橋駅まで行く10分あまりでも少し汗ばみました。実は、非常勤先から三重県総合博物館までは、直線距離で約1.2㎞、徒歩約20分。左の写真で中央あたりにマンションが見えていますが、その向こうにあるのです。近いのですが、高低差が22mほどあり(キョリ測での調べ)、登っていかねばならなりません。これも阻害要因。授業のついでというのは、再検討した方が良いかも知れません。

Dsc_7092c  ということで、江戸橋駅12時19分発の名古屋行き急行に乗って帰宅。昼食を済ませ、出欠チェックを行い、授業のファイルをGoogleクラスルームにアップロードしたところで、疲れて午睡(爆)。Q&Aはこれからです。歩いたのは、ほぼ4㎞。

2023年5月16日 (火)

今日は31.3℃になりました……アジサイ、あちこちで咲いていました

Dsc06539c_20230516145001  アメダスのデータによれば、今日の最高気温は31.3℃。今年最高の最高気温。いつものように、7時半から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、内堀公園、京町、南魚町、田町、三崎通と6.2㎞。これまたいつものように、鳥はいません(苦笑)。九華公園に行くまでに見たのは、スズメ、ドバト、ムクドリでしたが、かなり少ないのです。

Dsc06741c_20230516145001  九華公園も静かでした。スズメがもっとも多かったのですが、それは相対的にということ。ところどころでみます。こちらは、二の丸跡で見たスズメの親子。エサをもらっていました。ほかのところで、わずかにカワラヒワの鳴き声など。ドバトも、ムクドリもほとんどいませんし、ヒヨドリはサッパリ。上空をときどきツバメが飛び交っていたくらい。

Dsc06714c Dsc06670c    2つの巣のカワウのヒナは、ずいぶん大きくなりました。ときおり、羽ばたく練習をしているようでした。以前ほど親にエサを要求するような鳴き声、仕草も見られません。巣立ちが近いのかも知れません。

Dsc06642c_20230516145001  奥平屋敷跡にあるハシボソガラスの巣でも、ヒナが巣の外に出て来ていました。こちらは、少し前から翼をバタバタさせる様子が見られました。カラスの巣立ちも近いような気がします。こんなに野鳥が少ないのに、ハシボソガラスも、カワウも巣立ってしまったら、バードウォッチングの楽しみがなくなって、途方に暮れそうです。

Dsc06874c_20230516145001 Dsc06833c_20230516145001  ほかに九華公園で見たのは、シジュウカラ。公園の外周遊歩道を歩いていたら、目の前のソメイヨシノの木にやって来ました。ハシビロガモのオス、今日私が見かけたのは、吉之丸堀にかかる橋の橋脚のところ。身繕いを一所懸命にやっていました。

Dsc06820c_20230516145001 Dsc06771c  こちらは、鎮国守国神社のところにあるセンダンの木。今まではほとんど気にしたことはなかったのですが、花がたぶん満開。実は、ブロ友のじゅほうさんが、「樗(おうち、楝)の花」を投稿していらっしゃり(河川敷の花々)、気になっていろいろ調べたのです。はどこかで聞いたと思ったら、童謡「夏は来ぬ」の歌詞にあります。4番に「楝(おうち)ちる 川べの宿の門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して 夕月すずしき 夏は来ぬ」です。さらに調べたら、センダンの古名ということが判明(ただし、もともと中国の栴檀は、白檀だそうです)。それで、今日見てきたという次第。勉強と暇つぶしになりました。

Dsc06945c_20230516145101 Dsc07102c_20230516145101  ツバメの巣も回ってきましたが、昨日と同じく、親が巣に就いていたのは、京町の呉服屋さん(左の写真)、田町の商店、三崎通のお宅の3ヶ所。三崎通から住吉入江の南端まで来たら、ここでは初見。カルガモさんが1羽いました。迷い込んだのか、という気もします。

Dsc06924c Dsc06962c_20230516145101  昨日、アジサイのことを書きましたが、昨日とは少し違うルートを歩いたら、あちこちで咲き始めていました。左の写真は内堀公園の近くのお宅で、右の写真は南魚町の仏眼院というお寺にて。

Dsc07095c_20230516145101  さらに三崎通近くでは、こちら。散歩コースあたりでアジサイといえば、歌行燈本店さん。また近いうちに回り道をしてみてこようと思います。 

2023年5月15日 (月)

シジュウカラのヒナと、久しぶりのイソヒヨドリのオス

Dsc_7087c  雨は朝までには上がり、日中には晴れ間も出て来て、気温も予報以上に高くなり、24.5℃。昼過ぎには、冒頭の写真のように、夏の空かと思うような光景も見られました。いつものように、朝7時半から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築公園、常盤町、京町、南魚町、田町、三崎通と6.3㎞。

Dsc05175c_20230515152501  途中、やはり鳥は少なく、三之丸公園、柿安コミュニティパークあたりまでほとんど何もいませんでした。蟠龍櫓のところでスズメのヒナ。コミュニティパークには、スズメ、ムクドリ、ドバトなどがいたものの、数は多くありません。

Dsc05190c  九華公園に着いてすぐ、相撲場東の堀にハシビロガモのオスがいました。元気に泳ぎ回っています。このあと移動して、いつもの野球場南のしだれ桜の下にいました。そこが、定位置になっているようです。九華公園も静かで、ドバトが少しいたのと、スズメの鳴き声が少ししていたくらい。

Dsc05316c  奥平屋敷跡も静か。ドバトが2~3羽いたくらいでスズメも来ません。ハシボソガラスの巣には、親がやって来て、交代したようです。そのときに、ヒナはまだ巣立っていないようで、顔を覗かせたのですが、ここも静かです。巣立つまでは約1ヶ月かかるようです(こちら)。

Dsc05897c_20230515152401 Dsc05950c  二の丸跡の東端にクスノキの大木があります。そこからシジュウカラが出入りし、何かを捕まえてはクスノキに入るとうことを繰り返していました。耳を澄ませると、ヒナらしい鳴き声も聞こえてきます。そっと木の下に入ると、少なくとも3羽のシジュウカラのヒナがいました。

Dsc05934c Dsc05675c_20230515152401  かなり苦労して、ボツ写真も含めると数100枚撮ってきました。その中からの選りすぐりということではなく、それなりに撮れていたものを載せています(苦笑)。九華公園でシジュウカラのヒナを見たのは、久しぶりかも知れません。あとでよほどヒマがあったら、猫の欠伸研究室(アーカイブ)で調べてみます。

Dsc05232c_20230515152501  Dsc05324c カワウの巣にもまだヒナがいました。左の写真は西側の巣です。2羽のカワウが巣の中にいます。これはヒナと思います。右の写真は、東側の巣。見る角度によって何羽いるか分かりにくいのですが、あちこちから見た結果、ヒナは3羽ともまだいます。Wikipediaの記述によれば、巣立ちまでは30~45日とかなり幅があるようです。

Dsc05281c_20230515152501 Dsc05286c_20230515152501  ところで、九華公園のハナショウブがどうなるかが気になっています。というのも、去年は5月21日に(2022年5月21日:鳥がいないので、「とりてん」へ……万年青につぼみ出現)、一昨年は5月15日に(2021年5月15日:九華公園で花菖蒲が咲き始め、京町ではツバメのヒナが誕生……コロナワクチンの接種予約も無事完了)咲き始めているからです。ただし、最近は手入れがされないで、間際になって補植するという状況ですから、いつ咲いたかの比較はあまり意味がないかも知れません。3ヶ所のハナショウブ園とも、花芽が出てきましたが、ハナショウブの育ち具合は今ひとつ(背が低いのです)、花芽のついている茎も細いのです。

Dsc06209c  貝塚公園では草刈り機を使って、草刈りが行われていて、野鳥はいません。新築公園に立ち寄ったら、目の前に色鮮やかな野鳥が飛んできました。イソヒヨドリのオス。きちんと見たのは久しぶりです。先週、自宅にいるとき近所で鳴き声が聞こえ、チラッと見たのです。

Dsc06293c Dsc06366c_20230515152301  ツバメの巣チェック。左の写真は、京町の呉服屋さんの巣。ここがもっとも早くから巣に就いていますので、ヒナが孵るのも早いはず。右は、田町の商店の巣。ここはいつ見ても、親が巣についています。真面目な親かも知れません(微笑)。

Dsc06441c_20230515152301 Dsc06461c_20230515155701  次いで、三崎通のお宅にある巣。たまにいないことがありますが、巣には就いていますから、卵はあるだろうと思います。桑名市博物館の巣は手直しをしている様子は見ましたが、その後、巣に就いているところは見ていません。巣の話ついでに、住吉ポンプ場にあるコシアカツバメの巣。スズメはその後出入りしていないようです。コシアカツバメの姿はまだ見ていませんが、よく見ると、巣が建物にくっついているあたりに修復したような感じのところもあります。

Dsc05205c_20230515152501  ところで、九華公園ではサツキがほぼ満開となりました。管理事務所の北、道を挟んだところにソテツがあります。その周囲にサツキが植えられているのです。

Dsc06357c_20230515152302  常盤町ではヤマアジサイ(左の写真)、Dsc06256c 三崎通近くではガクアジサイが咲いてきていました。去年は5月19日にアジサイの記事を書いています(2022年5月19日:アジサイの季節になりつつあります)。江戸町にある歌行燈本店にいつも、多種多様なアジサイが並べられ、それを見に行くのです。

Dsc06081c_20230515152401  九華公園の外周遊歩道の東でも、アジサイがもうじき咲きそうな感じでした。今年ももうじきハナショウブ、アジサイの季節です。

Dsc_7085c Dsc_7086c  オマケは、わが家のアサガオ。グングンと伸びています。ただ、発芽したのは、まだ蒔いた種の数よりもかなり少なめです。

2023年5月14日 (日)

アサガオの芽は一晩でけっこう伸びました

0514amedas 0514rain  昨日の午後から雨が続いています。今日の午前中は止む時間帯もありましたが、こういうときに焦って散歩に出ると、たいてい降られますから、例によって「晴歩雨読」と、デスク周りの整理整頓。

Img_4698c_20230514112001  今日の「晴歩雨読」は、こちら。5月8日の市民大学郷土史学科の講義のまとめ。今年は、「史跡・名勝・伝説に見る桑名」というテーマです。第1回の講義は、多度大社などについて。配付された資料、講義のときのメモをもとにさらにあれこれ調べて、勝手に「講義録」をつくるのです。第1回の分は一通りできましたので、印刷してチェックをするところまで来ました。

Img_4612c_20230514112001 Img_4620c_20230514112001  雨の日恒例のベランダ園芸その他の様子。まずは、昨日発芽していたアサガオ(2023年5月13日 :河口堰、長島町内へ……コアジサシは6羽、サギの狩猟シーン、ケリに威嚇された話)。一晩経っただけですが、けっこう伸びて来たという印象です。2鉢に、それぞれかなりの種を蒔きました。伸び具合を見て、間引きをするつもりです。

Img_4632c_20230514112001 Img_4636c_20230514112001  続いては、サギソウ。お陰様で順調です。3月に株分けをしてちょうど2ヶ月が経ちました(2023年3月14日:ツバメ見参!……ようやくサギソウの株分けを完了)。意味があるのかどうか、よく分かりませんが、鉢の位置は順番にずらしています。まぁ、おまじないのようなものですが……(苦笑)。

Img_4660c  万年青は、とくに変わった様子はありません。万年青は、去年5月末、花が咲きました(2022年5月27日:揖斐河畔でホオジロのオス)。春先には、今年も咲くかと期待しましたが、この分では今年は咲きそうもありません。去年、花は咲いたものの、実はなりませんでした。あまりきちんと世話をしていないのが影響しているのでしょう。

Img_4642c_20230514112001 Img_4654c_20230514112001  こちらは、ベランダの住人、メダカ。ずっといるのは、15匹。熱帯スイレンと、リラエオプシスも元気です。もっとも元気なのは、ホテイソウ。何もしていないのにどんどん増えています。メダカは、最近になってよく食べるようになっています。本には、「5分で食べ尽くすくらいの量を与えるように」と書いてありますが、少なめにやると2分くらいでもうなくなります。やむなく、追加しています。

Img_4644c  今年生まれのメダカの赤ちゃん。よく見ていただくとお分かりになるかと思います。まだまだ細かく、たくさんいますから、いったい何匹いるのかは、まだ不明。親のいる睡蓮鉢にあるホテイソウを見たら、さらに卵が生まれていましたので、もう1つ、100均のシール容器で「保育園」をつくりました。これで保育園は2つ。増えすぎると困りますから、これから卵が産み付けられていても、特別な対応はしないつもりです。

Img_4653c_20230514112001  ヒメタニシ。たぶんホテイソウに付いてきたもの。これも繁殖力旺盛で、すごい数になっています。水槽掃除をしてくれるそうですから、そのままにしています。睡蓮鉢を見ていると、確かにグリーンウォーター化する速さが、かなり遅くなった印象があります。

Img_4688c_20230514112001  今週は、水曜日に非常勤の授業があるだけ。この日、できれば授業後に三重県総合博物館で開催中の「親鸞と高田本山 専修寺国宝からひろがる世界」を見に行きたいと思っていますが、またもや暑そう。徒歩30分弱で、途中から多少の坂道なのです。しかし、先送りしていると、行かなくなりそうな気もします。

Img_4709c_20230514163501 Img_4705c_20230514163501 【追記】 もとの記事は、正午前に書きましたが、夕方(16時15分頃)にベランダ園芸、メダカの様子を見たところ、アサガオがまたもや伸びているのを見つけました。上の写真(8時前に撮影)と比べてご覧になってください。

Img_4725c_20230514163501 Img_4632c2  さらに、朝はしっかりと認識しなかったのですが、サギソウにもこのような部分が出て来ていました。サギソウ6鉢が写っている縦置きの写真で、左側の中央にある鉢です。つぼみ?? だとしたら早すぎる。いったい何?? 

2023年5月13日 (土)

河口堰、長島町内へ……コアジサシは6羽、サギの狩猟シーン、ケリに威嚇された話

Dsc04111c_20230513151801 Dsc03227c_20230513151601  雨は午後からという予報でしたので、曇天にもかかわらず、長良川河口堰、長島町内、上之輪新田に行ってきました。7時前には河口堰に到着。朝早いので、すれ違った人は合計3名。サギはたくさん集まってきていましたし、コアジサシも数は少なかったものの見られました。

Dsc03171c_20230513152201 Dsc03195c  まずは、河口堰東側の魚道。下流側にはカワウしかいませんでしたが、上流側にはダイサギ、アオサギ、コサギとそろい踏み。なかなかの好スタートです。

Dsc03245c  管理橋を少し渡ったところで下流側を見て、驚きました。 何と、キンクロハジロのオスが2羽にメスが1羽いたのです。5月も半ばに、です。ただ、親水広場まで行って戻ってきたら、もういませんでした。管理橋を渡る途中、2度、コアジサシがいずれも堰の上流側から下流側に向かって飛ぶのが見えました。

Dsc03496c_20230513151701 Dsc03629c  河口堰の西側にもアオサギ、ダイサギ、コサギが合計20羽近く。繁殖を終えたサギたちが、戻ってきたということなのでしょう。

Dsc03603c Dsc03678c_20230513151701  今朝は、サギたちがエサをとるシーンがよく見られました。まずは、アオサギさんの狩猟シーン。魚道を小魚が遡上していくところを狙っているのです。

Dsc03699c Dsc03794c_20230513151801  そして、今日はいるかいないか気になっていたのが、こちら。コアジサシ。前回は、飛んでいるところを1回見ただけでしたが、今日は、合計6羽がいました。オスが小魚を捕ってくるのですが、求愛給餌シーンは確認できませんでした。

Dsc03820c  飛んでいるところも見られたのですが、写真はイマイチ。天気が良かったら、もう少しマシな写真になったかもしれません。残念ながら、ダイビングシーンは見られませんでした。昔に比べると、やってくる数は激減しました。大規模営巣地がなくなってしまったのでしょう。

Dsc03465c_20230513151701 Dsc04044c  西側の魚道では、イソシギの姿も見えました。オオバンを1羽(右の写真)、さらにカルガモも1羽見られました。ホオジロのオスもいたのですが、カメラを向けた途端に逃げられ、失敗。オオヨシキリは、管理橋の西あたりから下流のほうの中州で鳴き声がしています。親水広場の西側からは、声はまったく聞こえず、姿も見えませんでした。再チャレンジが必要です。

Dsc04062c_20230513151801  Dsc04083c 東側に戻りながら、サギを見ていきます。閘門の上流側の橋にアオサギ。ここ、サギが割とよくいます。その近くでハクセキレイ。ハクセキレイは、親水広場にもいました。

Dsc04133c_20230513151801  東側の魚道に戻ってきて、アオサギさん。左の写真では、上が下流側です。写真はリサイズしていますので、よく見ないと分かりませんが、アオサギの足元に小魚が遡上しているのが見えます。サギたちは、こういう小魚を狙っています。

Dsc04174c_20230513151901 Dsc04302c  上流側にはコサギが何羽も、漁をしていました。河口堰の様子は、ここまで。コアジサシと、オオヨシキリは、さらにチャレンジをしたいと思っています。

Dsc04365c_20230513151601 Dsc04465c_20230513151601  続いて、長島町内某所を巡回。まずは、某所その1。抱卵していていたり、ヒナがいたりする様子はないのに、ケリに烈しく威嚇されました。

Dsc04389c Dsc04481c  威嚇していたケリの近くには、コチドリ。前回(2023年5月3日:某所でケリ、コチドリが営巣……長良川河口堰のコアジサシはほとんど空振り)は、コチドリが抱卵しているようでしたが、今日はそういう雰囲気はありませんでした。さらに、ヒバリも1羽。

Dsc04541c_20230513151601  少し離れたところでは、カワラヒワが数羽いました。次の場所に向かおうとしても、まだケリは威嚇してきていました。

Dsc04585c_20230513151601 Dsc04686c  続いて某所その2(番号は、5月3日の記事と同じです)。ケリが1羽、座り込んでいました。卵を抱いているのかも知れません。もう1羽は、道を挟んだ水田にいたのですが、威嚇したあと、ここ、その2に降りてきました。

Dsc04639c  その2には、コチドリも1羽いました。前回は、ケリ2羽、コチドリ2羽で、営巣している様子はありませんでした。ケリが安心して営巣し、抱卵するのはなかな難しそうですし、それを見て、判断するのも難しい。

Dsc04743c  某所その3は、今日も何もいませんでした。その近くの某所その3’(その3ダッシュとしました)には、ケリが1羽(左の写真)。ここは1羽のみ。

Dsc04760c Dsc04794c_20230513151501  某所その4では、前回と同じように、ケリが草が生えたところに座り込んでいました。クルマの中から見ていた間は、座り続けていたのですが、クルマからちょっと出たら威嚇してきました(右の写真)。卵を抱いている可能性が高いように思います。

Dsc04821c  長島町内の最後、某所その5。前回の記事で、間違いなく抱卵中と書きましたが、今日も同じあたりに座り込んでいました。残念ながら、今日はケリのヒナも、コチドリの雛も確認できませんでした。

Dsc04886c  帰宅前に上之輪新田へ。前回、ケリをたくさんとムナグロ2群、計40羽以上を見たのですが、今日は遠くにケリが2羽いたのみ。田植えはまだ行われていませんが、トラクターで土起こしが行われたようでした。写真は、例によってついでの「俄撮り鉄」。揚げ雲雀も見られましたが、下に降りてくると、見つけられなくなります。ツバメは飛んでは来るものの、もう泥をとっていくものはいません。

Dsc05036c_20230513151501 Dsc05059c_20230513151501  北東エリアに麦を作っているところがあります。そこに案山子の集団。「へのへのもへじ」が顔に書かれた案山子もありましたが、今の子どもたち、「へのへのもへじ」を知っているのでしょうか。

Dsc05121c_20230513151501 Img_4603c_20230513151501  オマケは、アサガオの発芽の記録。5月8日にアサガオの種を蒔きました(2023年5月8日:市民大学郷土史学科の講座が始まる……ツバメは3ヶ所で巣に就いています)。今朝、発芽がはじまっているのを確認できました。 

2023年5月12日 (金)

今日はスズメのヒナ・デー

Dsc03135c  今日も23℃を超えて、散歩日和です。家事を済ませて、8時20分頃から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、新築公園、常盤町、常信寺、御坊さん、京町、南魚町、田町、三崎通と6.4㎞を歩いてきました。鳥はあまりおらず、2時間ほどの散歩でした。

Dsc02634c Dsc02698c_20230512122401  散歩に出てすぐ、諸戸氏庭園前の桜並木にメジロが3羽。この時は曇天で、残念ながらきれいには撮れず。揖斐川の堤防を歩いていますと、揖斐長良川の中州からオオヨシキリの鳴き声がよく聞こえてきます。そろそろ一度河口堰あたりに見に行きたいところです。

Dsc02781c_20230512122401 Dsc02742c  九華公園には8時40分に着いたのですが、着いたところで前管理人のOさんと出会いました。「何もいないので、もう一回りし終えた」とおっしゃいます。神戸櫓跡にある2つのカワウの巣には、今日も2羽、3羽のヒナがいます。大きさだけでは親と区別がつきません。巣立ちも近いかも知れません。奥平屋敷跡のカラスの巣、私が行ったときは静かでした。

Dsc02705c_20230512122401 Dsc02748c  公園内、鳥は少なかったのですが、相撲場のところでカワラヒワ。これはたぶんヒナであろうと思います。二の丸跡、朝日丸跡では、スズメのヒナの鳴き声がよく聞こえてきます。右の写真は、二の丸跡で撮ったもの。以前でしたら、カワラヒワやシジュウカラのヒナも見かけたのですが、今年は、カワラヒワのヒナを2回見たくらい。シジュウカラはサッパリ。エナガのヒナも見たいのですが、ここ何年も出会っていません。

Dsc02823c_20230512122301 Dsc02844c_20230512122301  ハシビロガモのオスは、今日も野球場南のしだれ桜の下にいました。公園の外周遊歩道でも、スズメのヒナが何羽もいました。

Dsc02888c  貝塚公園でもスズメのヒナがいたのですが、ピンボケ写真。さらに、内堀公園でもスズメのヒナ。親スズメがこれらの2羽を連れていました。今日はスズメのヒナ・デーのようです(微笑)。

Dsc02981c_20230512122301 Dsc02996c_20230512122301  ツバメの巣も一通り見てきました。まずは、京町の呉服屋さんの巣。ときどき尾を道路の方に向けて巣にいます。博物館の巣は不在で、右の写真は田町の商店にある巣。

Dsc03044c_20230512122301 Dsc03061c  さらに三崎通にあるお宅の巣にも、今日は親ツバメがいました。近くの電線にもう1羽が待機しています。

Dsc03091c Dsc03101c_20230512122301  諸戸氏庭園前まで戻ってきたら、ここでもスズメのヒナが2羽。やはり今日は、スズメのヒナ・デーです。

Dsc02929c Dsc02949c  常信寺でヤマボウシを見てきました。花が咲いていました。といっても花びらに見えるのは、総苞片(花のつけ根の葉)です。右はシャクヤクと思います。常信寺に咲いていました。今年は、長島水辺のやすらぎパークにボタンやシャクヤクを見に行っていません。ちょっと残念。里御坊さんでは菩提樹をチェック。花はまだです。

Dsc03117c_20230512122301  昨日ぼやきましたが、Q&Aはブログの記事を書いた後、仕上げました。少し考えた結果、よく意味が分からない質問やコメントにはそれを指摘することにし、また、勘違いしている場合にも、「勘違いしている」と明記することにしました。学生にはショックかも知れませんが、きちんと伝えることが重要だと判断したのです。もちろん、それだけでなく、必要な説明は書いています。「教育的指導」です(微笑)。

2023年5月11日 (木)

貝塚公園でセンダイムシクイの証拠写真……Q&Aは今回も難渋

Dsc02574c Dsc01978c_20230511170301  昨日ほどではありませんが、今日も26.7℃になっています。朝は家事を済ませて、8時15分から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、南魚町、田町、三崎通と5.5㎞。2時間ほど。あまり鳥がいないからです(苦笑)。去年はもう少しいたように思うのですが、ほとんどスズメばかり。右の写真は拙宅マンションの小公園にて。

Dsc02057c_20230511170301  九華公園に着いて奥平屋敷跡へ行くと、散歩友達のYさんと前管理人のOさんが松の木を見上げています。あのハシボソガラスの巣があるところ。「スズメとカラスしかいない」というお話しで、苦笑せざるを得ず。ハシボソガラスのヒナは3羽。かなり活動的になってきて、巣から身を乗り出したり、羽ばたく練習をしたりするのがよく見えるようになりました。とはいえ、ほぼ真下から見上げないと巣は見えませんので、こういう写真が精一杯。

Dsc02029c_20230511165801 Dsc02043c_20230511165802  カワウの巣にはまだヒナがいると思うのですが、図体がデカくなり、遠目ではなかなか親と区別がつかなくなっています。左の写真は西側の巣。巣にいますから、この2羽はヒナと思います。右の写真は東側の巣。巣には1羽しかいませんが、巣からでているのもヒナではないかと思っています。

Dsc02134c_20230511165801 Dsc02147c_20230511165801  ハシビロガモのオスは、今日は野球場南のしだれ桜の下にいました。右の翼は、やはり異常を来しています。見守るだけしかできませんが、元気に越夏してほしいと思います。九華公園では他に見たのは、ムクドリとカワラヒワを少々。ヒヨドリも、ドバトもいません。ツツジも終わり、本来であれば、花菖蒲が咲き始めても良い頃ですが、先日も書いたように、今年は期待薄。

Dsc02302c_20230511165801 Dsc02180c_20230511165801  貝塚公園では、センダイムシクイの鳴き声が2ヶ所からしていました。先だって「顔見世興行」があったものの、その後は九華公園でも、貝塚公園でもサッパリ見なくなっていました。あれこれ頑張っては見たものの、ほぼ真上にいて全くの証拠写真。同じあたりにメジロもいて紛らわしかった。

Dsc02362c_20230511165801  貝塚公園で他に見たのは、スズメのヒナ。この時期、バードウォッチングもなかなか難しい。何か他のものを考えた方がよいか??

Dsc02493c Dsc02515c_20230511165701  ツバメの巣も巡回してきましたが、今日、親が巣にいたのは2ヶ所。京町の呉服屋さん(左の写真)と、田町の商店にある巣(右の写真)。住吉ポンプ場にコシアカツバメの巣がありますが、今年はまだその姿を見ていません。

Dsc02554c  朝早くに目が覚めましたので早朝と、散歩から帰ってから、昨日の授業のQ&A作成に専念していました。今回も、前回同様に(木々の緑が目にしみます……Q&A作成は難渋)、難渋しました(苦笑)。昨日の授業の初めに、4月28日の記事に書いたような注意点を説明したのですが(2023年4月28日:京町でツバメが巣にいました)、功を奏さず(微苦笑)。順序立てて/道筋を追って/分けて/論理的に考えるということに慣れていないような気がしています。相談を書いてくる学生もいますが、少ない情報で問題や状況を正しく理解することはほとんど不可能ですし、プライバシーをQ&Aで公開することになりますから、回答はしないことにします。そもそも講義の依頼を受けているのであって、相談員として出かけているわけではありません。冷たいように受け取る方もおありかも知れませんが、このあたりははっきり区別しないとキリがありません。写真は、ツキミソウでしょうか(ヒルザキツキミソウ)。

Takuhai Takuhai2c  余談。5月9日にアマゾンで文庫本を3冊、発注し、今日、ネコポスで届くことになっていました。最終的には無事に届いたのですが、今朝、ヤマト運輸のサイトを見たら、3時30分に東静岡ベースで「調査中」になっているではありませんか。その後、アマゾンからは「配達が遅れるかもしれない」というメールが届く始末。たぶん、一時的に行方不明になったのでしょうね。どうなっているの?と思っていたら、その後、私宛の荷物は、13時38分にはいきなり桑名に現れ、「配達中」になりました(笑)。16時3分に無事にポストに投函されていました。

2023年5月10日 (水)

非常勤先のツバメの巣も修復中

Dscn5935c  ゴールデンウィークをはさんで2週間ぶりの江戸橋での非常勤の講義でした。好天に恵まれ、気持ちのよい日で、授業も気持ちよくやってこられました。受講登録者名簿が届きましたが、30名ほどとこれまででもっとも少ないのですが、出席率は90%台をキープしており、熱心な学生たちです。この調子で最後までやってもらいたいと思っています。

Dscn5931c  非常勤講師控え室の前の通路にコシアカツバメの巣があることは何度も書いています。先だってはスズメが営巣に使い、ヒナの姿も確認しました、すでに巣立っています。今日、この巣をよく見たら、新しい修復のあとがあるのに気づきました。スズメが泥を運んできて直すことはないでしょうから、これはたぶんツバメの仕業。今日は巣のあたりで姿は見ていませんが、来週以降確認する楽しみができました。今日はさらに、グラウンドの上空で揚げ雲雀を見ました。以前、「バードウォッチングのできる学校」と、冗談半分、本気半分で書きましたが、まさにその通りです。

Dscn5939c Dscn5944c  授業が終わってから、三重県総合博物館で開催中の「親鸞と高田本山 専修寺国宝からひろがる世界」を見に行こうかとも思ったのですが、今日の最高気温予想が桑名では28℃。非常勤先から博物館までは歩いて20数分。授業中からやや気温が高くていささか疲れ(マスクをつけて1時間半の講義は、老体には疲れるのです)、また、歩いて行くと汗をかきそうでしたから(津の最高気温は、27.1℃)12、今日は断念。6月18日までですから、仕切り直し。志登茂川に寄り道をしてきました。もう水鳥はほとんどいないのは分かっていたのですが……。左の写真は、おぼろタオルの工場の脇から見た上流側。案の定、ダイサギ2羽がいたのみ。

Dscn5945c  こちらは下流側。写真ではよく分かりませんが、遠くにやはりダイサギが1羽見えただけ。志登茂川での寄り道バードウォッチングは、後期までお休みであります。非常勤先で鳥を見ることにします(微笑)。

Dscn5947c  江戸橋駅を12時42分に出る名古屋行き急行に乗車して帰宅。昼食後、出欠チェックと、履修登録者の確認、そして配付資料をGoogleクラスルームにアップロードしました。Q&Aには、これから着手。

2023年5月 9日 (火)

スズメのヒナ

Dsc01969c_20230509142001  昨日ほど気温は上がっていませんが、朝のうちは風が弱く、歩いていると汗をかきそうなくらいでした。7時半から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築公園、アピタ桑名店、寿町、八間通と7.1㎞を歩いてきました。アピタでは、今日発売の文庫本が入荷していないかを見に行ったのですが、やはりまだ。田舎の本屋さんの弱点です。仮にAmazonで頼めば、明日には届くのに。

Dsc01335c_20230509142001 Dsc01738c  連日、鳥は少なめです。今日は、ドバトやムクドリさえほとんど見ませんでした。ただ、九華公園ではあちこちでスズメのヒナの鳴き声がしています。左の写真は奥平屋敷跡にて。右の写真は、朝日丸跡にて。カワラヒワも、ひと頃はヒナを連れているのを見ましたが、その後はサッパリ。以前は、シジュウカラがヒナを連れてくるのを見たこともありますが、最近は見ません。

Dsc01583c_20230509142001 Dsc01783c_20230509142001  カワウの巣。ヒナはまだまだ巣にいますが、大きさは親と変わらなくなっています。パッと見ただけでは区別がつきません。左の写真は西側の、右の写真は東側の巣です。いずれも、ヒナだけが留守番中。親が餌を運んでくると、今も、餌を要求して盛んにアピールし、鳴き声を上げています。

Dsc01432c  奥平屋敷跡のハシボソガラスの巣、今日もヒナ3羽がいるのが見えました。親ガラスはときどきやって来て、餌を与えています。ヒナは、おとなしくしているのですが、たまに顔を覗かせたり、羽ばたく練習をしたりしています。

Dsc01876c_20230509142001 Dsc01885c  貝塚公園も鳥は少なく、スズメがほとんど。あまり何もいませんので、ムクドリ。公園を出て、西側の道路を歩いていたら、メジロがやって来ました。このところ散歩コースではめったに見なくなっています。

Dsc01859c  明日は2週間ぶりの江戸橋での講義。天気はよさそうで、暑いくらいになるという予報です。連休は終わりました。祝日は海の日があるだけですが、これは月曜ですから、前期終了まで毎週水曜日に出講となります。

2023年5月 8日 (月)

市民大学郷土史学科の講座が始まる……ツバメは3ヶ所で巣に就いています

Dsc01206c  雨が上がり、よく晴れたものの、強風の1日です。最大風速は9.1m/s、最高気温は23.2だそうです。朝は、いつも通り、7時半から、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、京町、南魚町、田町、三崎通と6.2㎞を歩いてきました。このところ、撮りが少ない日々が続いてますが、オマケにこの強風で、九華公園までに見たのは、スズメ、ムクドリ、ドバトのみ。

Dsc00433c  九華公園でもスズメ、ドバトがほとんど。といっても数は少ないのです。奥平屋敷跡では、ほかにカワラヒワ、ハシボソガラスを見て、コゲラとシジュウカラの鳴き声を聞いたくらい。木々が生い茂ってきましたので、鳥を見つけにくくなっています。スズメのヒナの鳴き声も複数のところから聞こえ、たまに姿が見えるのですが、写真は撮れません。

Dsc00570c_20230508160501  その奥平屋敷跡にあるハシボソガラスの巣、営巣失敗かと心配したのですが、今日、ようやくヒナが3羽いることが確認できました。ただ、写真はピンボケでイマイチ(苦笑)。これは、前にも書きましたが、ほぼ真下から見上げないと巣が見えないからです。松の木の枝などにピントが合ってしまい、巣にはほとんど合わないのです。三脚は普段は持ち歩きません。手持ちで撮っています。親が餌を運んできてヒナに与えているのも、肉眼で確認できました。

Dsc00371c Dsc00851c_20230508160501  カワウの巣にも、まだヒナがいます。ただ、今日はタイミングがうまく合わず、ヒナの姿を捉えられてはいません。ほかにこれという鳥はいません。ハシビロガモのオスは元気そうにしています。

Dsc00355c_20230508160601  ツツジはほぼ終わりましたが、サツキが咲き始めました。管理事務所から道を挟んで北側のところにあります。

Dsc00401c_20230508160501 Dsc00407c  次は、花菖蒲の番ですが、これがどうでしょう? 花菖蒲園は公園内に3ヶ所あるのですが、ほとんどで「補植」しています。いつもの年なら、今自分には茎が伸びてきて、早い場合にはつぼみが見えてくるころなのですが、写真のように、花菖蒲自体がまだ成長していない印象です。

Dsc00867c  貝塚公園に行くのがいつもよりやや遅かったせいもあるのか、こちらでも鳥はほとんどいません。スズメとムクドリくらい。

Dsc00891c_20230508160501 Dsc01044c  これに対して、ツバメの巣の巡回では大いに成果がありました(微笑)。左の写真は桑名市博物館にある巣。2羽の親ツバメがやって来て、巣の手直しをしています。右は、京町の呉服屋さん。最近ずっと、親ツバメが巣に就いています。今日は、交代シーンも見られました。ここが最も早くから巣に就いていますので、ヒナの誕生も早いはず。

Dsc01093c_20230508160501 Dsc01171c  こちらは田町の商店にある巣。あまりよく見えないのですが、ここでも親ツバメが巣に就いていました。右の写真は、三崎通にあるお宅の巣ですが、ここも親ツバメがいました。昨日は、雨で散歩していませんので、土曜以降、今朝までの間に巣に就くようになったと思います。

Dsc_0863c  ところで午後からは、パブリック・センターで行われた市民大学郷土史学科の講座に行ってきました。本年度は今日から開始。12月までで全7回の講義があります。講義の前に開講式が行われ、パブリック・センター長さんの挨拶、必要な連絡事項の伝達など。

Dsc_0871c Dsc_0867c  今年のテーマは「史跡・名勝・伝説から見た桑名」です。第1回の今日は、多度大社や、多度の荘園、御厨など、多度についてのお話しでした。いつものようにワーキングメモリーをフルに使って(爆)、メモをとってきました。今年も、これまたいつものように、資料をまとめようと思っています。

Img_4596c_20230508170801  これだけでは何の写真なのか分かりませんが、自分の記録のためです。今日、アサガオの種を蒔きました。去年と同じく2鉢。蒔いた数はテキトー(微苦笑)。たくさん発芽すると思います。そこからよさそうなものを残して、間引くつもりです。

202305015JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(その3)……田丸城跡でゴールし、田丸駅から参宮線で帰宅へ(完)

230505jrwalking2  5月5日に行ってきたJRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」の本編その3です。その2では、正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯、田丸神社と訪ねました。この日は、次に訪れた田丸城跡がゴール。

Img_4099c_20230507112101 Img_4121c_20230507112701  田丸城は、戦国時代に多くの武将たちが居城した、南伊勢随一の名城といわれます。JRさわやかウォーキングでも田丸城跡を訪ねる企画は、毎年1回は必ずあり、ずっと以前から一度は行ってみたいところでした。しかし、玉城町というと桑名からはかなり遠いイメージがあり、二の足を踏んでいました。今回は、先延ばしにしているといつまでも行けないと重い腰を上げたのです。

Img_4367c_20230507141401 Img_4400c_20230507141601  田丸城は、北畠親房顕信父子が延元元(1336)年、玉丸山に城塞を築き、南朝の拠点としたと伝えられます。天正3(1575)年、織田信長の次男・信雄により平山城の田丸城が築かれます。信雄は田丸城を石垣や、三層の天守をもつ城へと大改築したのですが、天正8(1580)年、炎上し、信雄は松ヶ島城へと移りました。本能寺の変(天正10(1582)年)以降、田丸直息(のちの直昌)らは信雄に叛いて羽柴秀吉に味方し、蒲生氏郷とともに松ヶ島城を攻略します。天正12(1584)年、氏郷は伊勢の領主となって松ヶ島城へ移り、直昌は田丸城主に返り咲きました。天正18(1590)年、直昌は秀吉の命を受け、氏郷とともに東北地方へ移り、その後の田丸城は稲葉重通が城代となり、慶長5(1600)年の関ヶ原合戦の戦功により岩出城主・稲葉道通(みちとお)が城主となります。このとき岩出城を廃し、城郭の主要な建造物や石塁等を田丸に遷し、大改築をしたと伝わっています。元和3年(1617年)津城主藤堂高虎が、徳川氏より伊勢田丸城の地を加増され田丸領を支配します。元和5年(1619年)には紀州徳川家領となり、家老の久野宗成が田丸城主となり、明治まで続いています。明治2(1869)年に廃城。野面積みの石垣が美しい南北朝時代の城址で、平成29(2017)年、「続日本100名城」に選出されました。左の写真は、玉城町役場と田丸保育所の間の入り口、右の写真は旧大手橋。

Tamarucastleruin  こちらは現在の地図。この日のウォーキングでは城跡の北にある田丸神社の方から入り、お城広場のところを右折して、玉城中学校の西側から玉城城跡に登っていきました。城跡を見て、帰りはお城広場のところまで戻り、奥書院の西から玉城町役場の北にある大手橋を渡り、田丸保育所の東で左折して田丸駅に向かいました。

Img_4118c_20230507144701  お城広場から右折した先に富士見門(長屋門)があります。廃城当時(明治4(1871)年)、城内の建物は入札によりすべて取り払われることになり、現在の玉城中学校校庭付近にあった富士見門は、宮古の乙部氏邸に移されたものを昭和59(1984)年に町が譲り受け、ここに移築復元しています。もとは長屋門でしたが、乙部氏邸に移築した際、向かって右の部分は取り除かれ、左の侍溜は納屋として使われたそうです。江戸時代中期のもの。

Img_4129c_20230505174001  ちょっと余談気味ですが、玉城中学校駐車場では「しろあとマルシェ」が開かれていました。食べるものも売られていたのですが、残念ながら、私の好みのものではありませんでした。

Img_4134c_20230507145501Img_4138c_20230507145501 マルシェをちょっと覗いていたら、校庭の方に大木と看板が見えました。「田丸城跡・三の丸(井戸水源) 金明水 銀明水」とあります。かつて田丸城内には、「金明水」「銀明水」と呼ばれた井戸があり、豊富な湧き水があり、それを飲用水としていました。

Img_4154c_20230507150001 Img_4185c_20230505174001  玉城中学校の西から城跡に登っていきます。城跡を訪ねるといつも思うのですが、こうして石垣が残っている城跡はやはりいいなと。桑名城跡の九華公園には、石垣はほとんど残っていないのです。右の写真は、本丸への虎口のところ。虎口は、郭への入り口ですが、このように道を折り曲げて敵の侵入を防ぐ働きをします。

Img_4194c_20230507150401 Img_4198c_20230505174001  登り切ったところが本丸跡。田丸城跡もそうですが、平山城の本丸に達するにはけっこう登っていかなければなりません。キョリ測で見ますと、標高は45mほど。田丸神社前の道路で20mくらいでしたから25mほど高低差があります。天守台跡が右奥に見えますが、この日のJRさわやかウォーキングはここがゴールになっていましたので、何はともあれ、ゴール受付へ。

Img_4202c Img_4205c_20230505174001  最近、JRさわやかウォーキングの会員証はスマホのアプリ。自分のスマホでアプリを起動すると、QRコードが表示され、受け付けでそれをかざすと自動的に参加ポイントが付与されます。右は、恒例のゴール看板を撮影したもの。スタート看板とゴール看板を撮影しないと、JRさわやかウォーキングに参加した気にならないのです。ここまでで10㎞を歩き(Google Fitのデータ)、ゴールしたのは11時45分頃でしたから、2時間半で10㎞を歩くというかなりのハイペースでした(笑)。

Img_4562c_20230505174101 Img_4208c_20230505174001  今日のウォーキングではゴールするとプレゼントがいただけました。「参宮線130周年記念さわやかウォーキング参加証」と、「神領 玉城水」(500mlペットボトル)をいただきました。この参加証、写真ではわかりにくいのですが、昔の硬券の切符のようになっています。「神領 玉城水」は、清流宮川の近郊地下30mほどの深井戸で汲み上げ、玉城町山岡水源浄水場で浄水処理した水道水が使われています(こちら)。

Img_4292c_20230505174001  田丸駅から伊勢市駅に行く列車は、12時33分発でしたので、田丸城の本丸跡で昼食。今日は「しろあとマルシェ」が行われているのは知っていましたが、一応、コンビニ弁当(助六寿司)を手に入れていました。「しろあとマルシェ」もチラッと見たのですが、私にはこれというものはなく、まずは助六で昼食。そのあと本丸跡を見て回ることにしました。

Img_4213c_20230505174001 Img_4253c_20230507153801  こちらは天守台跡。野面積みの石垣がきれいです。さほど広くはありません。織田信雄が築いたのは、三層の天守だったそうです。天守台跡にも登れますので、登ってみました。

Img_4249c_20230507154501 Img_4246c_20230507154501  天守台跡から西の方の眺めです。遠くは、吉野や熊野の方角になりますが、400mから1,000mくらいの山並みが見えます。手前には水田地帯。これは、夕景がよさそうな感じ。

Img_4269c_20230507154501 Img_4281c_20230507154501  本丸跡には石碑が2基あります。左の写真のものは、玉城町(当時の田丸町)出身で、朝日新聞社を創設した村山龍平翁の自筆歌碑。「田丸町の久しく望める城山の 町有となりし時 幾千とせかはらぬことを祈るなり この城山はこのさとの神」とあります。もう1基は、歌人の岡野弘彦による「玉城町制十周年記念歌碑」。「田丸城の桜」と題し、「城山の桜すがしく匂ふなり ここに学びしわかき日の父」「伊勢熊野むすぶ道ベの城山に 父がまなべる世をおもふなり」とあります。岡野は、津市美杉町(当時の一志郡美杉村)出身で、令和3年に文化勲章を授与されています。

Img_4296c_20230507155301 Img_4300c_20230507155301  こちらは二の丸跡。藤棚があり、人だかりがしていますが、これはこの日から始まった「玉城町まちあるき謎解きゲーム 織田信雄からの挑戦状」(こちら)に参加している皆さん。このゲームでは謎解きをするのですが、指定された現地に行かないと解けない問題が出ているそうです。二の丸跡にあった説明板によれば、条件がよいと冨士山が見えるとありました。

Img_4311c_20230505174001 Img_4326c_20230507155801  これで田丸城跡も一通り回りましたので、田丸駅に向かいます。左の写真は、この「玉城町まちあるき謎解きゲーム 織田信雄からの挑戦状」のPRのためのもの。田丸城跡から田丸駅まではほぼ1㎞、約10分という表示。

Img_4332c_20230507160001 Img_4339c  もう見るところはないかと思っていたのですが、さにあらず。お城広場のところには「代官所跡」という看板が立っていましたし、その一角には蒸気機関車のC58が保存されていました。C58414です。昭和21~22(1946~47)年にかけて製造された45両のうちの1両。昭和48(1973)年4月まで北海道で運行されていたそうです。この年は、参宮線田丸駅ができて80周年だったといいます。

Img_4419c_20230507160601 Img_4412c_20230507160701  さらに玉城町役場と、村山龍平記念館の間を通って、大手橋を渡ります。左の写真は町役場。写真奥が大手橋。大手橋を渡った交差点の南東角に「田丸勘定所跡」という看板が立っています。勢州久野領の事務一切を取扱処理した役所で、家老・用人・手代の役人たちが詰めていたところ。

Img_4435c Img_4431c_20230507161201  田丸保育所のところを左折して、県道530号線との交差点に「熊野街道 伊勢街道」「熊野街道 熊野古道伊勢路」という看板があります。ここは、左の写真でいうと、左右に熊野脇道が通っているところ。伊勢本街道と熊野街道が通るのは、大手橋から東に直進したところです。玉城まで来ると、「熊野古道」も近いのだなと実感。

Img_4455c_20230507161501 Img_4451c_20230507161501  さらに田丸駅に向かう途中のお宅の前に「御鳥見役屋敷跡」という石柱があります。紀州藩主は蔓を毎年将軍に献上するため、飼い慣らした鷹に鶴を捕らえさせるという鷹狩りを行っており、国東山一帯は鷹狩り場として鳥獣の雁ヶ禁止されていました。御鳥見役は、この鷹狩り場の取締と、鷹の餌差しなどの世話をする役人です。寛永年間(1624~1644年)、鷹場(御鳥見役屋敷)が城内から場外のこの地に移されたといいます。

Img_4463c_20230507162001  12時25分頃、田丸駅に到着したのですが、駅前にこういう石碑やモニュメントがあります。石碑には「熊野古道伊勢路出立の地」とあり、「をちこちに神を祀りてあたたかし」と書かれた句碑が並んでいます。この句碑は、俳人の黛まどか氏が詠んだもので、平成27(2015)年に玉城町町制施行60周年を記念して設置されています。もう一つは、昔の旅人の陶像です。背中には「西国三十三所」と書かれています。説明によれば、田丸は初瀬街道と熊野街道が合流し、伊勢本街道として伊勢神宮に通じる交通の要所でしたから、伊勢参りをしてから熊野詣や西国三十三所巡礼に向う旅人が多かったので、それを表しているのでしょう。

Img_4483c_20230505174001 Img_4488c_20230505174001  JR参宮線田丸駅です。明治26(1893)年12月31日、参宮鉄道が津~相可(現・多気)~宮川間で開業した際に設置されました。この駅舎は、大正元(1912)年頃に完成した木造平屋のもの。老朽化が進み、駅舎を改修した上で保存することも検討されたのですが、耐震診断の結果、保存は困難であることが分かり、2023年4月以降の取り壊しが決まったそうです。駅舎は、日本映画の巨匠・小津安二郎監督の映画「浮草」(1959年)のラストシーンの撮影でも使われたことがあります。

Img_4493c_20230505174001 Img_4495c_20230505174001  予定通り12時33分発鳥羽行きの普通に乗って、伊勢市駅へ向かいます。参宮線に乗るのは、今年3月のJRさわやかウォーキング以来、2回目(2023年3月4日:20230304JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」(予告編))。伊勢市駅までは、宮川、山田上口の2駅を経て、¥210。

Img_4538c_20230505174001 Img_4541c_20230505174001  12時44分着。伊勢市駅には何度も来ています。ここからまた近鉄で帰ろうという算段。名古屋行き急行は、13時18分までありません。特急に乗るのはもったいないですし、伊勢中川まで普通に行って乗り換えるのも面倒ですので、いったん駅の外へ。伊勢市駅前の信号を渡って、外宮の方向に少し行ったところにへんば屋さんの支店があります。駅からは2~3分。

Img_4593c_20230505174101  へんば餅を土産に買ってきました。5個入り¥450をお買い上げ。実は、へんば餅は私の大好物なのです。伊勢街道は、別名「餅街道」といわれるほど、各地に餅菓子がありますが、個人的には赤福よりも、このへんば餅や、伊勢の二軒茶屋餅、桑名の安永餅(永餅屋老舗安永餅本舗柏屋の2軒)の方が好きです。ただ、伊勢街道沿いにある餅菓子でまだ食べたことのないものもあります。

Img_4534c_20230507165101 Screenshot_20230505150254c  伊勢市駅発13時18分の名古屋行き急行に乗ったものの、途中から電車が遅れ始めました。名古屋線の伏屋駅構内で14時過ぎに線路安全確認が発生し、名古屋~富吉間の下り線で運転を見合わせ、塩浜~名古屋間の上り線でも大幅な遅れが生じているという事態に巻き込まれてしまいました。本来であれば、桑名には14時40分着。この間、緊急地震速報まで鳴って、大変でした。石川県能登地方での震度6強の地震(こちら)。ちなみに翌日の中日新聞朝刊によれば、近鉄のトラブルの原因は運転士さんの誤操作によるとか。

Img_4569c_20230505174101 Img_4583c_20230505174101  15時頃運転再開ということでしたが、益生駅に止まったまま20数分が経ちました。近鉄桑名駅の上り方向には7・8番線があるのですが、これも塞がってしまったということです。しばらくすると(15時過ぎ)、車掌さんが回ってきて、「益生駅で下車できる」ということになり、「エイヤッ」と降りることに。先頭車両の運転席のドアから下ろしてもらいました。このように、運転席のドアから乗り降りしたのは、初めて。家内にクルマで迎えに来てもらうようLINEしました。

Img_4580c_20230505174101  余談であります。江戸橋方面への通勤に使っている「オフピークチケット」が、有効期限内に1回分余ってしまうので、帰りに伊勢市駅で乗車するとき、これを使って乗車。回数券カードで乗っても乗り越し精算ができるのをあらかじめ確認したのです。値上げ前に買いましたので、700円のころの回数券。現在は、830円区間に仕えます。精算額は¥620。桑名まで乗っても同じ料金でした。

Screenshot_20230505152342c  という次第で、ウォーキングそのものはしっかりと楽しめ、最後には、電車が遅れ、急行が止まらない益生駅で運転席ドアから降ろしてもらうという珍体験までさせてもらい、忘れられないJRさわやかウォーキングとなりました。帰宅して確認したら、Google Fitでは15.5㎞も歩いたことになっています。歩数は、23,012歩。15㎞も歩いたのは、久しぶりではないかと思います。

Img_4504c_20230507165101 Img_4533c_20230507165101  ちなみに、参宮線(さんぐうせん)は、三重県多気郡多気町の多気駅から鳥羽市の鳥羽駅に至るJR東海の路線です。その名のように、伊勢神宮への参詣路線として、明治26(1893)年から明治44(1911)年にかけて開業しました。現在は、紀勢本線の多気駅から分岐していますが、もともと亀山駅~鳥羽駅間が参宮線とされ、紀勢本線が全通した昭和34(1959)年に、参宮線は多気駅~鳥羽駅間に変更されています。伊勢神宮参詣の重要路線として幹線並の扱いを受け、首都圏や西日本各地からの直通列車も運転されていたのですが、昭和34(1959)年、近鉄名古屋線と山田線の軌間統一による直通運転の開始や、さらに昭和45(1970)年の近鉄鳥羽線の開業によって乗客は激減し、一時は存廃問題にまで発展しました。収支は現在でも厳しく、2008年度の営業係数として推定された値は、JR東海の路線中でワースト2位の422.1(100円の収入を得るために422.1円の費用がかかる)とされています(ワースト1は同じ三重県内の名松線で、534.4)。

 以上、その3が想定より長くなりましたが、これにて5月5日のJRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」は完。

2023年5月 7日 (日)

ゴールデンウィーク最終日は、雨……朗報、メダカが孵りました

2305071010rain Dsc00166c  長い方では9連休だったそうですが、ゴールデンウィークもいよいよ最終日。しかし、残念ながら雨。私は、モットー通り「晴歩雨読」の日。明日の朝方まで雨で、明日の日中は晴れるという予報です。5月5日に行ってきたJRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」の本編の記事を書いたり、本を読んだりして過ごしています。

Dsc00190c_20230507101601 Dsc00198c  その他、そろそろやらないといけないと思っていたことにも着手。アサガオの種をまく準備です。種の芽切りをして水につけてあります。一晩おいて、種をまくつもり。芽切りは、タネの表面を傷つける作業です。アサガオの種は表皮が非常に固いので、芽を出してもこれを破れず、双葉が開かないときがあるので、芽切りをします。ただ、種は小さいので、毎年この作業には苦労します。

Dsc00176c Dsc00174c_20230507101601  雨の日の定番の内容は、ベランダ園芸。サギソウは、お陰様で順調です。6鉢で16本あります。月に1回くらい液肥を与えた方がよいということで、それは5月1日に完了。あとは水やりに気をつけていけば、大丈夫だろうと思います。そのほかは、ネギ、金のなる木、万年青があります。ネギは2回ほど切って食べましたが、またかなり伸びてきました。万年青、去年花が咲きましたが、今年はこの様子では難しいかも知れません。

Dsc00188c  ベランダの住人、メダカたちも元気でよく動き回り、オマケに食欲旺盛。ものの本によると、5分で食べ尽くすくらいの量を与えるようにと書かれていますが、最初に少なめに与えると2~3分で食べてしまい、もっとないかと探し回っているように見えます。そのため、毎回、さらに少し追加して与えています。ヒメタニシも少しずつ増えています。タニシがいないときに比べ、グリーンウォータ化しにくくなっているように思います。

Dsc00146c  さて、ゴールデンウィークも終わり、今週はまず月曜に市民大学郷土史学科の第1回講義があります。今年は、「史跡・伝説から見る桑名」というテーマ。計7回の講義で¥3,000です。水曜は、江戸橋方面での非常勤の講義、前期4回目。そろそろ受講者名簿が確定するでしょう。土曜には、管理組合理事会がありますから、またオブザーバーで出席しなくてはなりません。

 余談。今朝の中日新聞の「人生のページ」に愛知学院大学名誉教授の川口高風先生が「志 いまだ老いず㊦」に書いておられたことが印象に残りました。101歳で亡くなられた禅僧の松原泰道師は、「生涯現役、臨終定年」が座右の銘の一つであったそうです。さらにこう書いておられます:

今日は残りの人生で一番若い日。これから何年生きるかわからないが、志を持って今まで通り一日一日を一生懸命生きていこうと思っている。<中略>志はまだまだ老いずである。

Dsc00271c_20230507111101 Dsc00202c  記事を書いてからメダカの卵があるホテイソウを入れた水槽を見てみたら、赤ちゃんが孵っていました。朝一番には、まだいなかったと思いますので、孵ったばかりでしょう。まだ小さく、針の先くらいの大きさ。ここ何年か、卵を産んでも別にしてきませんでしたが、15匹ほどに減ってしまいましたので、今年は、ちょっと増やそうかと思ったのです。

202305015JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(その2)……正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、田丸神社へ

230505jrwalking2  5月5日、こどもの日に出かけたJRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」の本編その2です。その1では、多気駅をスタートし、坂倉遺跡、しあわせの宮、七度狐の森、伏拝坂の切り通しと進んできました。坂倉遺跡を過ぎ、JR参宮線の池辺踏切から伊勢本街道を歩いています。その2では、正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯、田丸神社と回って、田丸城跡がゴールになります。中央公民館をすぎて、田丸小学校の西あたりまでが伊勢本街道。その後、JR参宮線田丸駅まで行って帰途に就きます。

Img_3908c_20230507064901  今回のさわやかウォーキングでは、立ち寄るところは多くありません。伊勢本街道を歩いて、昔の旅人気分を味わいます(微苦笑)。とはいえ、その1 にも書きましたが、アップダウンもけっこうあって、楽な道ではありません。大和から伊勢への最短コースにあたるのですが、けわしい山道が多く、旅人に恐れられたそうです。本居宣長の紀行『菅笠日記』には、宣長が大和の旅を終えた帰路、榛原で一行に本街道越えを指示した際の様子が描かれていますが、一行はこの道を通るなど考えただけでも恐ろしい、とふるえあがったといいます。

Img_3916c_20230507065401  Img_3920c_20230507065401 私の印象では、今回歩いた街道沿いには古い建物などはあまり残っていませんでした。それでもところどころで蔵のある大きな尾屋敷を見ることができました。名所旧跡や寺社仏閣を訪ねるだけでなく、古い建物を見るのも、街道歩きの楽しみです。

Img_3954c_20230505174001 Img_3958c  七度狐の森から1㎞半以上を歩いて、正念僧・即身仏供養碑塚に至ります。今から200数十年前、この地で重い病にかかり、街道を往来する旅人の安全を祈って人柱に立ったといわれる僧・正念の供養のために建てられたと伝えられます。正念は、六部(ろくぶ)です。六部とは、法華経を書き写し66ヵ所のお寺に奉納する修業僧のことで紺木綿で包んだ鉢形の笠をかぶり、厨子入りの仏像を背負い鉦を鳴らして各地を歩いていました。

Img_3941c_20230505174001  正念がこの街道の上田辺(かみたぬい)の茶屋(ちゃや:地名)にさしかかった時、長旅の疲れが出て倒れてしまいました。村人の家で休ませてもらい元気を回復した正念は、村人の親切にお礼をするため街道を往き来する旅人たちの安全を祈って、人柱に立つことを決心したそうです。それからの伊勢本街道は、正念の信念が通じたかのように、軽い足取りで旅をする風景がみられるようになったといいます。玉城町の「正念塚-茶屋-」にこの詳しい話が載っています。

Img_3962c_20230507070201 Img_3966c_20230505174001  伊勢本街道もこのあたりまで来ますと、平坦な道がしばらく続きます。7㎞を過ぎたところに上田辺羽根遙拝場があります。鳥居と常夜灯1基があります。鳥居は東向きに建っており、当然、伊勢神宮を遙拝するところと思われますが、ネット検索でも、みえの歴史街道マップにも詳しいことは載っていません。

Img_3985c_20230505174001  次の立ち寄り先には、玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯(いせみやのがま)が指定されています。ここは、瀬戸にある美夜之窯で修行なさった方が開いた陶房。江戸時代中期に瀬戸で使われていた様式の二連の登り窯があり、展示室に作品があり即売もしているそうですが、スルーさせていただきました。

Img_3996c_20230507071401 Img_4002c_20230507071901  玉城の町にかなり近づいてきました。多気駅から8㎞ほどで、玉城町の中央公民館にやって来ました。このあたりまでが伊勢本街道です。このあと、田丸小学校の方に向かうのですが、そこまでは伊勢本街道を歩いたり、微妙にはずれたりしています。玉城町では、この日は「しろあとマルシェ」が行われるとともに、この日から6月6日まで「玉城町まちあるき謎解きゲーム 織田信雄からの挑戦状」が開催されています。

Img_4027c_20230507072401 Img_4021c_20230507072401  このあとコースマップでは田丸小学校の方へ回って、Uターンするようになっていました。これも意図がよく分からなかったのですが、創立150周年記念の行事が行われていました。

Img_4044c_20230505174001  田丸小学校から田丸神社へ。ここは田丸城跡の北にあたります。元禄15(1702)年2月、京都北野天満宮より菅原道真公の分霊を勧請し、天神社として祀ったのが創始とされます。それ以前は、大榎の大木を御神体とする天神様に降雨止雨を祈願する農耕神的性格を有していたと伝わっています。宝永6(1709)年以降、18世紀には田丸はほぼ20年ごとに大火があったため、天神社に祈願を行い、八心思兼神、忌部神を合祀して以来、大火がないと伝えられます。明治41(1908)年1月、近隣の神社を合祀し、大字下田辺天神山天神社へ合祀し田丸神社と単称。

Img_4066c_20230505174001 Img_4054c_20230507081001  菅原道真公を主祭神とし、19柱を祀っています:菅原道真公、事代主神素戔嗚尊神火之加具土神活津彦根命天穂日命市杵嶋姫命忌部神大物主神味耜高彦根命(あじすきたかひこねのかみ:大国主命の子)、譽田別尊熊野橡日命(くまのくすひのみこと:須佐之男命が天照大御神の持ち物である八尺瓊勾玉を譲り受けて化生させた五柱の神の一柱で、天照大御神の物実から生まれたので天照大御神の子であるとされた)、天津彦根神大山祇命八心思兼神(やごころおもいかねのかみ:高御産巣日神の子であり、天忍穂耳命の妻である万幡豊秋津師比売命の兄。もっとも有名な話では、岩戸隠れの際に、天の安原に集まった八百万の神に天照大御神を岩戸の外に出すための知恵を授けたされている)、倉稲魂神木花咲耶姫命天忍穂耳命湍津姫命(たぎつひめのみこと:宗像大社中津宮の祭神。天照大神と素戔嗚尊の誓約で、アマテラスがスサノオの剣を噛んで噴き出した霧により、田霧姫命(田心姫命)に次いで出現した女神)、田心姫命(たごりひめのみこと:天照大神と素戔嗚尊とが誓約して生んだ五男三女神のうちの一神。市杵島姫命、湍津姫命とともに、宗像神社の祭神)。本殿前には、ヒノキの大木の御神木があります。

Img_4081c_20230507081201  境内にあった「たまる石 払石」。神社で行われる祭儀は払えの行事から始まります。払えは重ねるほどよいとされ、払石(向かって右)はなでることにより悪しきためごとを祓い、向かって左のたまる石は、罪穢れを払った後、串に願いを託しこの石に捧げると福がたまるとされるそうです。

Img_4089c_20230507081201  さらに彰功碑も1基ありました。碑表の碑文をざっと読んでみますと、旧田丸町の町長を務めた?司守氏の功績をたたえるものでした(?の文字は、判読できていません)。大正3(1914)年3月の建立。山本雲樵の撰書。

 ルートマップその2の途中ですが、このあと訪ねた田丸城跡について書きますと、長くなりそうですから、その2はここまで。その3は田丸城跡から田丸駅まで。

 

2023年5月 6日 (土)

202305015JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(その1)……多気駅をスタートし、坂倉遺跡から伊勢本街道に入り、しあわせの宮、七度狐の森、伏拝坂の切り通しへ

230505jrwalkingtakic  5月5日、こどもの日にJRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」に行ってきました。JR紀勢線多気駅から参宮線田丸駅まで、JR東海から配られたコースマップでは約9.6㎞。私には、伊勢本街道を歩けるということと、田丸城跡を訪ねられるというのが魅力。田丸城跡には以前から一度は訪ねてみたいと思っていたのです。薄曇りで、桑名では最高気温24.3℃でしたが、現地で歩いていると、やや暑いくらい。

Img_3601c_20230506160101 Img_3595c_20230506160101  JRさわやかウォーキングでしたが、この日もまた松阪までは近鉄を利用。7時32分発松阪行き急行に乗車。ところがこの電車、伊勢中川駅で9分間も停車し、発車するのは8時38分。その間、大阪線から五十鈴川行き急行が来て、これが8時30分発というので乗り換え。松阪駅には8時37分着。いったん改札を出てJRの切符を購入。9時1分発の快速みえ51号に乗車。多気駅には9時8分に到着。ちなみに多気まで来たのは2回目(2019年11月10日:20191110JRさわやかウォーキング「晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、『おいないまつり』で多気の文化と食を楽しもう!」へ(予告編))。

Img_3624c_20230505173901 Img_3608c_20230506160501  こちらがJR多気駅。多気駅は、JR紀勢線と参宮線が分岐する駅で、快速みえや、特急南紀も停車します。明治26(1893)年12月に参宮鉄道が津駅~宮川駅間で開通した時に相可駅(初代)として開業しています。紀勢線は大正12(1923)年3月に紀勢東線が栃原駅まで開通し、相可駅(2代目)が開業したことにより、相可口駅に改称。さらに、昭和34(1959)年7月、多気駅に改称しています。今回のさわやかウォーキングは、参宮線130周年記念と銘打たれています。

Img_3612c_20230505173901 230505jrwalking0  9時15分頃にスタートします。右がこの日実際に歩いたルートマップ。現地では、11㎞以上を歩いてきました。立ち寄り先は、しあわせの宮、七度狐の森、伏拝坂の切り通しと石燈籠、正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯、田丸神社、田丸城跡。田丸城跡がゴール。さらにJR参宮線田丸駅まで約10分を歩いたという次第。

230505jrwalking1  さらに詳しいルートマップがこちら。多気駅から伊勢本街道に入るため、紀勢線沿いに南下。コース設定の意図がよく分かりませんが、ちょっと大回りして、参宮線の池辺踏切のところから伊勢本街道に入ります。しあわせの宮に立ち寄るところでは、伊勢本街道を少し外れています。

Img_3649c_20230506161201 Img_3652c_20230506161201  コースマップには載っていませんでしたが、多気駅から700mほどのところに坂倉遺跡という看板が見えましたので、見てきました。この遺跡は縄文時代早期(約8000年前)の集落跡とみられています。昭和49(1974)年の発掘調査で、食物を煮炊きする炉の跡、堅穴住居跡が発見され、ここには数軒ほどの集落があったと推定されています。現在は、その一部が「坂倉公園」として保存されています。

Img_3661c_20230506161401 スタートして1㎞ほどのところににあるJR紀勢線の第四東池上踏切で撮り鉄の方が数人、待機しておられました。これはひょっとして特急南紀が来るなと思ったら、大当たり。現在は、キハ85系ワイドビュー車両で運行されていますが、今年7月1日から新型車両HC85系に置き換えられます(こちら)。故に俄撮り鉄。たぶん本当は、車両の全景を入れた方がよいのでしょうが、とっさのことでこんな写真。

Img_3690c_20230506161801 Img_3699c_20230506162401  参宮線に沿って南東へ行くのですが、今度は名古屋行きの快速みえがやって来ましたので、またまた撮り鉄。とはいえテキトーにシャッターを押すだけ(苦笑)。事前に立ち寄り先は調べたのですが、伊勢本街道については調べが及ばず。このJR参宮線池辺踏切のところからが伊勢本街道でした。

Img_3711c_20230506180801 Img_3720c_20230505173901  調べが不十分だったため、伊勢本街道に入ったあたりでは写真を撮りませんでした。いかにも不覚。ダイヘンの三重事業所の先でとったのがこれらの写真。ダイヘン三重事業所は、大型変圧器をつくっています。多気駅からは2.4㎞ほどのところです。

Img_3744c_20230505173901 Img_3734c_20230506181601  その先の伊勢本街道は、こんな感じ。三重県内の東海道や伊勢街道とは異なり、けっこう田舎の道という感じで(ここの「田舎」は、ポジティブな意味で用いています)、いかにも江戸時代からの街道を歩いていると実感させてくれます。しばらく立ち寄るところはありません。右の写真は、土羽茶屋公民館。なかなかしゃれた建物です。

Img_3755c_20230505173901 Img_3786c_20230506183101  最初の立ち寄り先は、しあわせの宮。多気駅からは3.5㎞のところにあります。主祭神は地母神。地母神は、大地の生命力・生産力を神格化した女神です。ご神体は、付近のマイラ遺跡で昭和37(1962)年12月に出土した縄文時代中期の石棒。長さ29cm、幅14cmという、大きくずんぐりとした有頭石棒といいます。この石棒は男根を象ったものとされ、「マイラ」という遺跡名(地名)も男根を意味する「マラ」に由来するそうです。長寿、金運、出世、縁結びという4つ合わせの霊験ありと謳っています。昭和38(1963)年4月1日に創祀しています。社名は往時の流行歌『しあわせの歌』から僧の小林慈海が、広く人々をお守りするようにとの願いを込めて命名しました。お参りしたときには気付かなかったのですが、右の写真に写っている白い布で覆われているものが、ご神体かと思います。

Img_3789c_20230506183501  舞踊殿前に天鈿女命猿田彦命天手力男命、西に天照大神大己貴命(おおなむちのみこと)、少名彦命(すくなひこなのみこと)、倭姫命などを祀っています。

Img_3775c_20230506184301  Img_3800c_20230506184901 ここは上記のように新しい神社で、左の写真のようにいろいろとあるようでした。みえの歴史街道伊勢本街道のルートマップを見ますと、句碑が4つあるということでした。が、これまた予習不足により、見てきたのは上村点魚のもの1基だけです。「妹の齢 告げて幸乞う 春神事」とあります。

Img_3795c_20230506185301  ここで水分補給&おやつ。歩いているとけっこう暑かったのです。朝ご飯が早かったので(5時過ぎ)、小腹も減っていたのです。おやつは、ファミマの「よもぎ餅」。税込み¥108。最近は、和菓子の方が好みです。しあわせの宮には10時頃着いて、10分ほど滞在。

Img_3804c_20230506185801 Img_3810c_20230506190001  参宮線沿いを歩いて、伊勢本街道に戻っていきます。伊勢本街道に戻る途中で、多気駅から4㎞を歩いています。右の写真は、ルートマップで4㎞と書いてあるところの少し先の様子。

Img_3824c_20230505173901 Img_3838c_20230505173901  その先で七度狐の森があります。七度狐の森。七度狐は、上方落語の演目の一つである『七度狐』(しちどぎつね/ななたびきつね)または『七度狐庵寺潰し』(しちどぎつねあんでらつぶし)に由来します。その原話は、寛政10(1798)年に出版された笑話本・「無事志有意」の一遍である『野狐』。道中噺『東の旅』(本題『伊勢参宮神乃賑』)の一編。「野狐(やこ)」は、一般的には、日本に伝わる狐の妖怪。普通の野生の狐、人間を化かしたりする狐、神格を持たない狐などを差して野狐といいます。

Img_3833c_20230506190701 Img_3828c_20230506190701  喜六と清八のコンビが、伊勢参りの途中でとある煮売屋(昔の簡易食堂)に立ち寄ったところ、変な酒を飲まされ、頭にきた二人は手近にあった「イカの木の芽和え」を失敬し茶店を逃げ出しました。このイカの木の芽和えは売り物ではなく、村の寄合いから注文を受けた品でした。それが入っていたすり鉢を向こうの草むらへ放ったところ、そこで寝ていた狐の頭に当たったのですが、この狐、二つ名を『七度狐』といい、一度ひどい目に合わされたら、その相手を七度続けて化かすという執念深い狐だったという話。くわばらくわばら。2代目桂枝雀3代目笑福亭仁鶴桂文珍などが演じているそうです。地元の方が待機していて、説明してくださいました。それにしても、このあたり何となく寂しいところで、狐に化かされるというのも十分ありそうな感じです。

Img_3870c_20230505173901 Img_3888c_20230505174001  スタートの多気駅から5㎞を過ぎたあたりに、伏拝坂の切り通し。伊勢本街道は東池上(多気町)から土羽茶屋を経て、当時の面影を残す切通しの古道を伊勢へ向かうのですが、その左手の丘に「両宮遥拝所 伏拝み」の石柱が建っています。昔、伊勢まいりの旅人がここまできて、村人に神宮までの道のりを尋ねたところ、「三里山道 五里(なわて)」と聞き、まだ八里もあるかと驚いて、ここから神宮を伏し拝んで残念そうに帰っていったというのです。近くには、両宮遙拝所献灯があるそうです。

Img_3882c_20230505174001  「両宮遙拝所 伏拝み」の石碑は、切り通しの上にあります。ネットで調べていたら、ここを登って石碑を間際でご覧に行かれた方もあるようですが、さすがにこれは登れません。私は、写真を撮っただけ。年寄りは、無理をしてはいけないのです。

Img_3891c_20230506191501 Img_3894c_20230506191501  伏拝坂の切り通しを抜けると、ほぼ平らな道が続きます。北の方には、メガソーラーも見えます。しかし、このあたりは標高25m前後。伏拝坂の切り通しのところは、キョリ測で見ると、標高は47~48mほどで、この日のウォーキングで最高地点。伊勢本街道とはいえ、楽な道ではありません。伊勢参りの旅人がここで諦めたというのは、何となく分かります。

 ルートマップその1はここまでですので、記事もここで区切りをつけましょう。その2は正念僧・即身仏供養碑塚から。

今日は立夏……スズメのヒナが登場

 Dsc09698c_20230506125101 今日は、立夏だそうです。昨日もそれなりに暑かったのですが、今日も正午現在で最高気温が25.1℃。冒頭の写真は、散歩に出て揖斐川の堤防で撮ったものですが、夏の空のような感じもしています。プチ遠征も考えたのですが、さすがに昨日15㎞以上も速いペースで歩いたので、いささかお疲れ(苦笑)。そのためいつも通り、7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、吉津屋町、新築公園、常盤町、京町、南魚町、田町、三崎通と歩いて、7.5㎞。また歩きすぎです。

Dsc09803c Dsc09818c  まずはこちら。スズメのヒナが、九華公園に登場しました。朝日丸跡で、2羽ずつが2組。左の写真は枝かぶりになってしまいましたが、まん丸でモフモフ。かわいさも倍増以上。ほかにも歩いていたら、スズメのヒナと思われる鳴き声が聞こえていました。

Dsc09626c  また、住吉水門のところでは、かなり久しぶりにヒバリを見ました。去年は住吉水門あたりから三の丸水門あたりの間で春によく見かけました。

Dsc09566c_20230506125101 Dsc09528c  さて、その住吉水門のところでカワラヒワが巣の材料にするのでしょう、懸命に羽毛のようなものを集めていました。そばには、もう1羽のカワラヒワもいます。

Dsc00002c Dsc09758c  相変わらず鳥は少なく、九華公園でも見られるのは、スズメがほとんど。ただし、数は多くありません。ドバト、ムクドリ、ヒヨドリはほとんどいません。奥平屋敷跡にもほとんど何も来ません。ここにあるハシボソガラスの巣では、今日は親の出入りがほとんどありませんでした。営巣失敗かもしれないと思います。

Dsc09784c Dsc09724c  一方、カワウの巣ではヒナはまだいますが、親と変わらないくらいの大きさで、遠目には区別が難しくなっています。左の写真は、神戸櫓跡にある2つの巣のうち、東側のもの。写っている3羽はすべてヒナと思います。私がいた間は、ずっとヒナだけで留守番。右は、同じく西側。こちらはまだ親から餌をもらっており、餌を要求する鳴き声がときどき聞こえてきています。

Dsc09880c_20230506125101  Dsc00038c  九華公園で、たぶんオオシオカラトンボのメス。今日は、あちこちでトンボを見かけています。貝塚公園でもスズメ、ムクドリくらいしか見ませんでした。シジュウカラが1羽だけ、高い木のてっぺんで鳴いていました。

Dsc00094c  ツバメのもチェックしているところ、すべてを巡回してきましたが、親ツバメが巣にいたのは、京町の呉服屋さんの巣だけでした。ほかの巣では、巣どころか、その近くにもツバメはいません。ちなみに、1年前の今日は、この京町の呉服屋さんでツバメのヒナが孵っていました(2022年5月6日:ツバメのヒナが登場……「桑名城下切絵図」を入手)。

Dsc09980c_20230506125001  夜からは雨という予報で、明日は終日雨。強く降る時間帯もあるとか。江戸橋に行く水曜は、晴れて気温も上がるようですから、まあよし。いつも連休明けくらいから、次第に散歩で汗をかくようになっていきます。「修行」シーズンも近い(苦笑)。しかし、それにしても今シーズンは、例年になく、散歩コースでは鳥が少ない気がします。写真は、鎮国守国神社に咲いていたアヤメ。

 

2023年5月 5日 (金)

202305015JRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(予告編)

230505jrwalkingtakic  薄曇りで、桑名では最高気温24.3℃でした。予定通りにJRさわやかウォーキング「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」に行ってきました。JR紀勢線多気駅から参宮線田丸駅まで、コースマップ上約9.6㎞。私には、伊勢本街道を歩けるということと、田丸城跡を訪ねられるというのが魅力。田丸城跡には以前から一度は訪ねてみたいと思っていたのです。今日のところは、いつものように予告編。

Img_3624c_20230505173901 Img_3612c_20230505173901  JRさわやかウォーキングですが、今日もまた松阪までは近鉄を利用。7時32分発松阪行き急行に乗車。ところがこの電車、伊勢中川駅で9分間も停車し、発車するのは8時38分。その間、大阪線から五十鈴川行き急行が来て、これが8時30分発というので乗り換え。松阪駅には8時37分着。いったん改札を出てJRの切符を購入。9時1分発の快速みえ51号に乗車。多気駅には9時8分に到着。ちなみに多気まで来たのは2回目(2019年11月10日:20191110JRさわやかウォーキング「晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、『おいないまつり』で多気の文化と食を楽しもう!」へ(予告編))。

230505jrwalking0  9時15分頃にスタートします。これが今日実際に歩いたルートマップ。現地では、11㎞以上を歩いてきました。立ち寄り先は、しあわせの宮、七度狐の森、伏拝坂の切り通しと石燈籠、正念僧・即身仏供養碑塚、上田辺羽根遙拝場、玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯、田丸神社、田丸城跡。田丸城跡がゴール。さらにJR参宮線田丸駅まで約10分を歩いたという次第。

Img_3673c_20230505173901  スタートして1㎞ほどのところにJR紀勢線の第四東池上踏切のところで撮り鉄の方が数人、待機しておられました。これはひょっとして特急南紀が来るなと思ったら、大当たり。現在は、キハ85系ワイドビュー車両で運行されていますが、今年7月1日から新型車両HC85系に置き換えられます(こちら)。故に俄撮り鉄。たぶん本当は、車両の全景を入れた方がよいのでしょうが、とっさのことでこんな写真。

Img_3720c_20230505173901 Img_3744c_20230505173901  今日歩いた伊勢本街道は、上のルートマップに付記しましたが、JR参宮線の池辺踏切のところから、玉城町立玉城小学校あたりまででした(このあたりはイベントの関係で伊勢本街道から微妙にはズレたりしています)。歩いたコースのあちこちに「伊勢本街道」というサインが掲げられていました。右の写真のように、いかにも江戸時代の街道を歩いているという気分がしっかりと味わえます。

 スタートから3.5㎞ほどでしあわせの宮Img_3755c_20230505173901主祭神は地母神。ご神体は、付近のマイラ遺跡で昭和37(1962)年12月に出土した縄文時代中期の石棒。長さ29cm、幅14cmという、大きくずんぐりとした有頭石棒といいます。この石棒は男根を象ったものとされ、「マイラ」という遺跡名(地名)も男根を意味する「マラ」に由来するそうです。このほか天鈿女命猿田彦命などを祀り、長寿、金運、出世、縁結びという4つ合わせの霊験ありと謳っています。昭和38(1963)年4月1日に創祀しています。社名は往時の流行歌『しあわせの歌』から僧の小林慈海が、広く人々をお守りするようにとの願いを込めて命名しました。ここで水分補給。歩いているとけっこう暑かったのです。

Img_3824c_20230505173901 Img_3838c_20230505173901  しあわせの宮から1㎞あまり歩くと、七度狐の森。七度狐は、上方落語の演目の一つである『七度狐』(しちどぎつね/ななたびきつね)または『七度狐庵寺潰し』(しちどぎつねあんでらつぶし)に由来します。その原話は、寛政10(1798)年に出版された笑話本・「無事志有意」の一遍である『野狐』。道中噺『東の旅』(本題『伊勢参宮神乃賑』)の一編。喜六と清八のコンビが、伊勢参りの途中でとある煮売屋(昔の簡易食堂)に立ち寄ったところ、変な酒を飲まされ、頭にきた二人は手近にあった「イカの木の芽和え」を失敬し茶店を逃げ出しました。このイカの木の芽和えは売り物ではなく、村の寄合いから注文を受けた品でした。それが入っていたすり鉢を向こうの草むらへ放ったところ、そこで寝ていた狐の頭に当たったのですが、この狐、二つ名を『七度狐』といい、一度ひどい目に合わされたら、その相手を七度続けて化かすという執念深い狐だったという話。くわばらくわばら。2代目桂枝雀、3代目笑福亭仁鶴桂文珍などが演じているそうです。

 さらに0.6㎞ほど行ったあたりが、伏拝坂の切り通しImg_3870c_20230505173901伊勢本街道は東池上から土羽茶屋を経て、当時の面影を残す切通しの古道を伊勢へ向かうのですが、その左手の丘に「両宮遥拝所 伏拝み」の石柱が建っています。昔、伊勢まいりの旅人がここまできて、村人に神宮までの道のりを尋ねたところ、「三里山道 五里畷(なわて)」と聞き、まだ八里もあるかと驚いて、ここから神宮を伏し拝んで残念そうに帰っていったというのです。近くには、両宮遙拝所献灯があるそうです。

Img_3882c_20230505174001 Img_3888c_20230505174001  「両宮遙拝所 伏拝み」の石碑は、切り通しの上にあります。ネットで調べていたら、ここを登って石碑を間際でご覧に行かれた方もあるようですが、さすがにこれは登れません。写真を撮っただけ。

Img_3954c_20230505174001 Img_3941c_20230505174001  続いて正念僧・即身仏供養碑塚。今から200数十年前、この地で重い病にかかり、街道を往来する旅人の安全を祈って人柱に立ったといわれる僧・正念の供養のために建てられたと伝えられます。正念がこの街道の上田辺(かみたぬい)の茶屋(ちゃや:地名)にさしかかった時、長旅の疲れが出て倒れてしまいました。村人の家で休ませてもらい元気を回復した正念は、村人の親切にお礼をするため街道を往き来する旅人たちの安全を祈って、人柱に立つことを決心したそうです。それからの伊勢本街道は、正念の信念が通じたかのように、軽い足取りで旅をする風景がみられるようになったといいます。

Img_3966c_20230505174001  こちらは上田辺羽根遙拝場。もちろん伊勢神宮を遙拝するところでしょうが、ネット検索でも、「みえの歴史街道」にも詳しいことは載っていません。鳥居と常夜灯があります。普通の遙拝所では、石碑が建っているだけということが多いので、鳥居と常夜灯があるのはなぜなのか、気になります。

Img_3985c_20230505174001 Img_3999c_20230505174001  玉城まちかど博物館伊勢美夜之窯も立ち寄り先になっていましたが、スルーさせていただきました。その先にある玉城町中央公民館の敷地を通過して、次に進みます。玉城町では、今日は「しろあとマルシェ」が行われるとともに、今日から「玉城町まちあるき謎解きゲーム 織田信雄からの挑戦状」が始まりました(こちら)。

Img_4044c_20230505174001 Img_4066c_20230505174001  ゲームには参加せず、田丸神社へ。元禄15(1702)年2月、京都北野天満宮より勧請し、天神社として祀ったのが創始とされます。それ以前は、大榎の大木を御神体とする天神様に「降雨止雨」を祈願する農耕神的性格を有していたと伝わっています。宝永6(1709)年以降、18世紀には田丸はほぼ20年ごとに大火があったため、天神社に祈願を行い、八心思兼神、忌部神を合祀して以来、大火がないといわれています。明治41(1908)年1月、近隣の神社を合祀し、大字下田辺天神山天神社へ合祀し田丸神社と単称。菅原道真公を主祭神として19柱を祀っています。

Img_4185c_20230505174001 Img_4198c_20230505174001  そして、いよいよ田丸城跡へ。北畠親房顕信父子が延元元(1336)年、玉丸山に城塞を築き、南朝の拠点としたといいます。天正3(1575)年、織田信長の次男・信雄により平山城の田丸城が築かれ、その後稲葉氏、藤堂氏、久野氏と城主が変わり、明治2(1869)年に廃城。春には桜、夏には大賀蓮、秋には紅葉、冬にはライトアップと、一年を通じて、景観が楽しめます。野面積みの石垣が美しい南北朝時代の城址で、南伊勢随一の名城といわれます。平成29(2017)年、「続日本100名城」に選出されました。

Img_4202c Img_4205c_20230505174001  今日は、この田丸城跡がさわやかウォーキングのゴール。ここまででルートマップ上、10㎞を歩いてきました。ゴールしたのは、11時45分頃でしたから、2時間半で10㎞を歩くというかなりのハイペースでした(笑)。

Img_4208c_20230505174001 Img_4562c_20230505174101  ゴールではさわやかウォーキングのポイントをいただいたほか、「神領 玉城水」(500mlペットボトル)と、「参宮線130周年記念さわやかウォーキング参加証」をいただきました。この参加証、写真ではわかりにくいのですが、昔の硬券の切符のようになっています。

Img_4292c_20230505174001  田丸駅から伊勢市駅に行く列車は、12時33分発でしたので、田丸城の本丸跡で昼食。上述のように、今日は「しろあとマルシェ」が行われているのは知っていましたが、一応、コンビニ弁当(助六寿司)を手に入れていました。

Img_4483c_20230505174001 Img_4488c_20230505174001  昼食を食べ、12時10分過ぎにJR参宮線田丸駅へ向かいました。明治26(1893)年12月31日、参宮鉄道が津~相可(現・多気)~宮川間で開業した際に設置されました。この駅舎は、大正元(1912)年頃に完成した木造平屋のもの。老朽化が進み、駅舎を改修した上で保存することも検討されたのですが、耐震診断の結果、保存は困難であることが分かり、2023年4月以降の取り壊しが決まったそうです。駅舎は、日本映画の巨匠・小津安二郎監督の映画「浮草」(1959年)のラストシーンの撮影でも使われたことがあります。

Img_4495c_20230505174001 Img_4538c_20230505174001  12時33分発鳥羽行きの普通に乗って、伊勢市駅へ。12時44分着。伊勢市駅には何度も来ています。ここからまた近鉄で帰ろうという算段。名古屋行き急行は、13時18分までありません。特急に乗るのはもったいないですし、伊勢中川まで普通に行って乗り換えるのもどうかということで、いったん駅の外へ。

Img_4541c_20230505174001 Img_4593c_20230505174101  こちらへ行って、へんば餅を土産に買ってきました。伊勢市駅前の信号を渡って、外宮の方向に少し行ったところにへんば屋さんの店があるのです。5個入り¥450をお買い上げ。

Screenshot_20230505150254c  伊勢市駅発13時18分の名古屋行き急行に乗ったものの、途中から電車が遅れ始めました。名古屋線の伏屋駅構内で14時過ぎに線路安全確認が発生し、名古屋~富吉間の下り線で運転を見合わせ、塩浜~名古屋間の上り線でも大幅な遅れが生じているという事態に巻き込まれてしまいました。本来であれば、桑名には14時40分着。この間、緊急地震速報まで鳴って、大変でした。石川県能登地方での震度6強の地震(こちら)。ちなみに今朝の中日新聞によれば、近鉄のトラブルは運転士さんの誤操作によるとか。

Img_4569c_20230505174101 Img_4583c_20230505174101  15時頃運転再開ということでしたが、益生駅に止まったまま20数分が経ちました。近鉄桑名駅の上り方向には7・8番線があるのですが、これも塞がってしまったということです。しばらくすると(15時5分頃)、益生駅で下車できるということになり、「エイヤッ」と降りることに。先頭車両の運転席のドアから下ろしてもらいました。このように、運転席のドアから乗り降りしたのは、初めて。家内にクルマで迎えに来てもらうようLINEしました。

Img_4580c_20230505174101  余談であります。江戸橋方面への通勤に使っている「オフピークチケット」が、有効期限内に1回分余ってしまうので、帰りに伊勢市駅で乗車するとき、これを使って乗車。回数券カードで乗っても乗り越し精算ができるのをあらかじめ確認したのです。値上げ前に買いましたので、700円の頃の回数券。現在は、830円区間に仕えます。精算額は¥620。

Screenshot_20230505152342c  という次第で、ウォーキングそのものはしっかりと楽しめ、最後には、電車が遅れ、急行が止まらない益生駅で運転席ドアから降ろしてもらうという珍体験までさせてもらい、忘れられないJRさわやかウォーキングとなりました。帰宅して確認したら、Google Fitでは15.5㎞も歩いたことになっています。歩数は、23,012歩。15㎞も歩いたのは、久しぶりではないかと思います。本編の記事は、また明日以降、ゆらゆらと書いていきます。

 

2023年5月 4日 (木)

鳥は少なく、桑名市博物館で春の企画展「火焔―六古窯から茶道具へ―」を見てくる

Dsc09067c  正午現在、23.9℃ですが、最高気温の予想は25℃です。午前中、いつものように7時半から散歩へ。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、桑名市博物館、京町、南魚町、田町、三崎通と5.1㎞。鳥はほとんどいませんので、博物館に寄って「火焔」という展覧会を見てきたのです。道中、もっともよく見たのはスズメ。といってもさほど多くはありません。ヒヨドリ、ムクドリ、ドバトもほとんどいないのです。

Dsc09216c Dsc09230c_20230504115901  九華公園では、この頃のメインイベンターであるカワウ。北門を入ったあたりからヒナが餌を要求する鳴き声が聞こえてきます。左の写真が西側の巣、右の写真が左側の巣。ヒナはいずれも、親と変わらないくらいの大きさになってきています。ということは、巣立ちの日も近いかも知れません。

Dsc09134c_20230504120001  こちらは奥平屋敷跡にあるハシボソガラスの巣。親がときどき交代するほか、とくに変わった様子は見受けられません。そろそろヒナが孵ってもいいのではないかと思うのですが、真下しか見えませんので、詳しいことは不明。

Dsc09271c_20230504115901  ハシビロガモのオスは、今日も野球場の南の堀にいます。保温&休憩の体勢なのですが、目は開いていてこちらを警戒しているようです。

Dsc09237c_20230504115901 Dsc09255c_20230504115901  金魚まつり、散歩友達のWさんは、昨日午後いらしたそうですが、人出は段々と減っているなとおっしゃっていました。氏子町内では、提灯などを片づけておられました。今頃気付いたのですが、拝殿前には「奉祝 御遷座二百年」と書かれた提灯が掲げられていました。

Dsc09324c  貝塚公園、内堀南公園でも、鳥はほとんどいませんでした。こちらは、内堀南公園で見た花。Googleレンズで調べ、さらに確認したところ、ワトソニアの仲間だそうです。昔、「知っていることは何でも知っているけど、知らないことは何も知らない」などとふざけていっていましたが、知らないことが多々あります。

Dsc09338c_20230504115901  Dsc09440c ツバメの巣チェックの結果。左の写真は、桑名市博物館にある巣。今日はツバメ2羽が、枯れ草をくわえてきて、巣の手直しをしていました。右は、京町の呉服屋さんの巣。親が、ずっと巣に就いていますから、卵があるのは確実。今日も通りにお尻を向けています。このポジションが落ち着くのでしょうか。

Dsc09405c_20230504115901 Dsc09400c_20230504115901  ところで、桑名市博物館で現在開催されているのは春の企画展「火焔―六古窯から茶道具へ―」。日本の古窯の歴史と、それがいかに茶道具へ発展したかを探り、また、海外の焼物に影響を受けた色絵・古萬古も紹介するという展覧会です。5月28日(日)まで。

230504hakubutsu1 230504hakubutsu2  こちらは、出品リストの一部(上記の展覧会名のリンク先に出品リストがpdfで載っています)。左は、「火焔」のリストの1ページ目。右は、特集陳列の「美しき植物画―愛でる・観る・描く―」と、「刀剣セレクションI―刀鍛冶の郷・桑名の刀工―」のリスト。「植物画」では、松平定信の《池のにしき》(個人蔵)や神内染吉の《牡丹写生三枚図》(桑名市博物館蔵)などが、また、「刀剣」では、初出品である《脇指 銘 勢州桑名藤原勝吉/於播州姫路作是》(四日市市立博物館蔵)など、桑名ゆかりの刀工の作品が展示されています。

Dsc09384c_20230504115901  毎回、1点だけ撮影可の展示品があります。今回は、《脇指 銘 桑名住國吉》。國吉は桑名の刀工と思われます。桑名市博物館が所蔵する國吉の刀剣はこれ一振りで、貴重なものだそうです。

Dsc09491c  明日は、久々にJRさわやかウォーキングに出かけたいと思っています。「参宮線130周年記念 大和と伊勢神宮を結ぶ最古の道・伊勢本街道を歩いて」(リンクは、明日・5/5まで有効)というJR紀勢線多気駅から参宮線田丸駅までの約9.7㎞コース。ゴールの田丸城跡に一度行ってみたいとかねてから思っていたのです。田丸城は、延元元(1336)年、北畠親房が築城し、天正3(1575)年には、織田信長の伊勢侵攻に伴い、北畠氏を継いだ織田信雄(のぶかつ)が三層の天守を築き城主となり、明治維新で廃城となった南伊勢随一の名城とされています。

2023年5月 3日 (水)

某所でケリ、コチドリが営巣……長良川河口堰のコアジサシはほとんど空振り

Dsc06960c  今日の九華公園は金魚まつりですので、そちらはパスして、6時半過ぎから長良川河口堰へ。コアジサシ狙いですが、先に結果を書いてしまうと、ほとんど空振りでした。1羽が飛んでいるの一瞬見たものの、1時間あまりの間に続きはなし。2回連続で空振りですから、今年はコアジサシは厳しいかも知れません。歩いたのは、3.5㎞と申し訳程度(笑)。

Dsc06868c_20230503152801 Dsc07008c_20230503152801  サギたちは、コサギがもっとも多く、ダイサギもそれなりに今した。アオサギは2羽という状況。今日は、河口堰の東にはサギは少なく、西の下流側にたくさん集まっていました。カワウももちろんいます。左の写真のダイサギは堰の東にて、右のコサギは西にて。

Dsc06998c_20230503152801  アオサギは、堰西の魚道・上流側にて撮影。魚を捕る体勢でしたので待ったのですが、不動(苦笑)。待ちくたびれて、魚を捕るシーンを見るのは諦めました。親水広場を歩いていたら、自転車で来ていた方から話しかけられました。同じく桑名の方だそうです。しばらく前に某珍鳥狙いの人がたくさん来ていたなどなど。

Dsc07102c Dsc07126c  親水広場では、ハクセキレイ2羽と、ホオジロのオス1羽。ほかにはスズメ、ヒヨドリ、ムクドリ。西側の魚道では、オオバンも2羽見かけました。今日は、猛禽類の姿はありません。1時間あまり滞在して、長島町内某所(複数)を巡回。

Dsc07244c_20230503152801 Dsc07385c_20230503152801  某所その1では、ケリが2羽(某所のナンバーは、4月23日の記事と同じ(性懲りもなく、またプチ遠征へ……ケリのヒナを確認))。巣はなさそうでした。ケリが移動した先で、コチドリが大騒ぎ。しばらくしてケリが離れ、状況が落ち着くと、コチドリが座り込みました。これは間違いなく、卵を抱いています。無事にヒナが孵って、元気に育って欲しいものです。

Dsc07422c_20230503152801 Dsc07485c  続いて某所その2。前回は、何もいませんでしたが、今日はケリが2羽とコチドリが2羽。ただし、どちらも営巣はしていないようでした。ケリも、コチドリもこうした砂利が敷かれた広い土地に巣を作りますから、カラスなどに襲われたりすることもあり、安全とはいえません。某所その3は、前々回ケリのヒナが3羽いたのに、前回は何もいなくなっていました。今日も、何もいませんでした。

Dsc07859c  さらに某所その3の近くを探し回ったところ、某所その4とその5でケリを見つけました(その4、5は、今日新たに見つけたところ)。まずは、某所その4でケリがこのような体勢をとっていたのですが、卵を抱いているのかどうか、ちょっとアヤシいような印象でした。

Dsc07682c_20230503152901 Dsc07730c_20230503152901  某所その4の北に某所その5。こちらはたぶん間違いなく抱卵中。その証拠に遠くから写真を撮っていたのにもかかわらず、威嚇されたのです。という次第で、5ヶ所の某所を回りましたが、ケリが卵を抱いているのが確実と思われるところが1ヶ所、可能性ありが1ヶ所、コチドリが抱卵していると思われるところが1ヶ所でした。

Dsc08488c Dsc08399c  最後に、上之輪新田へ。ここにもケリがいますので様子を見てきました。ケリは、4ヶ所に合計8羽。うち1ヶ所では、計6羽がいました。

Dsc08545c_20230503152901  遠かったので、こんな写真しか撮れませんでしたが、これは抱卵中かも知れません。ここはいつも田植えが遅めなのですが、それまでにヒナが孵るでしょうか。

Dsc08571c_20230503152901 Dsc07955c  こちらも上之輪新田にいました。ムナグロと思われます。ちょっと遠い上に、草の陰。トラクターか何かの轍の近く、2ヶ所に20羽あまりずつ2つの集団で休んでいました。

Dsc09061c_20230503152901  イワツバメも飛んできて、ときどき水田におりて泥をとっていっていました。たぶん新宮西橋のところに営巣しているイワツバメでしょう。

Dsc06876c  ということで、コアジサシはほとんど見られませんでしたが、長島町内と上之輪新田でケリ、コチドリ、ムナグロを見られました。ケリとコチドリは営巣しているところもあり、無事にヒナを孵してもらいたいものです。

2023年5月 2日 (火)

今日は貝塚公園でセンダイムシクイ

Dsc05860c  真夏日に近い気温になりましたが、今日も北西の風が強く吹いています。朝、散歩に出て揖斐川の堤防を歩いていたときは寒いくらいでした。今日も7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、内堀公園、京町、常盤町、新築公園、南魚町、田町、三崎通と7.4㎞。よく歩きました。

Dsc05884c  相変わらず鳥は少なく、散歩友達にもあまり会いませんでした。柿安コミュニティパーク西の堀にオオバンが1羽。去年までは、オオバンは散歩コースでは5月には見なくなっていました。留鳥化して、このあたりでも通年で見られるようになればそれもいいかなという気がします。

Dsc06171c_20230502144401 Dsc06177c_20230502144501  九華公園では、今日、明日の金魚まつりに向けて露店が増え、鎮国守国神社では氏子の皆さんがまつりの準備をしておられました。金魚まつりは、コロナ禍もあって4年ぶりの開催です(2019年5月2日:晴れて散歩日和……つつじを楽しんできました、2018年5月3日:長島町内プチ遠征と、金魚まつり……楽翁公百年祭記念宝物館一般公開も見てきました)。金魚まつりに合わせて、宝物館の公開もあります。いろいろお宝がたくさんあります。

Dsc06006c  奥平屋敷跡では8時頃から15分ほど、センダイムシクイの鳴き声が2ヶ所から聞こえてきました。チラッと姿は見えたものの、今日は写真には撮れませんでした。遠目にセンダイムシクイかと思って、一所懸命撮っていたら、メジロだったというのが今日のオチ(苦笑)。ほかにここに来たのは、スズメ、ドバト、ハシボソガラス(巣の番を交代しています)くらい。カワウの巣にもとくに変わりはありません。

Dsc06192c Dsc06213c_20230502143901  ハシビロガモのオスは、今日は野球場の南の堀の石の上で、カメたちと並んでいました。多かったのは、スズメたち。しかし、まだスズメのヒナは見ていません。

Dsc06121c_20230502143901  ツツジの花(ちょっと傷んでいますが)にアゲハチョウが2匹やって来て、蜜を吸いながら動きがシンクロしていました。

Dsc06461c_20230502143901  貝塚公園では散歩友達のSさんに出会い、しばし歓談。最近、Sさんのパソコン・コンサルタントを務めています。私が務められるくらいですから、さほどたいしたことはしていません。四阿の方でセンダイムシクイの声が聞こえました。探すと1羽を発見。膨大な写真を撮った中の1枚がこれ。空振りになるかと思った今日の鳥見が、これで救われました。

Dsc06692c_20230502143801 Dsc06762c  京町、田町、三崎通では今日もツバメの巣を巡回してきました。左の写真は、京町の呉服屋さんの巣。今日は、お尻を通りの方に向けていました。右の写真は、三崎通にあるお宅の巣。博物館や、田町の商店では今日はツバメはいません。

Dsc05397c_20230501152301 Dsc06798c  ところで、昨日、内堀公園の白い藤の花の写真を載せました。今日、蔓の巻き方を確認してきましたが、上から見て左巻きでしたので、これはヤマフジ。右の写真は、三崎通近くで咲いていたジャーマンアイリス

2023年5月 1日 (月)

九華公園でセンダイムシクイとオオルリのオス……ちょっと無理矢理ながら鳥図鑑プラス1

Dsc05807c_20230501152301  27.1℃と夏日になりました。これほど気温が上がったのはたぶん今年初めて。早くも5月。なぜか「目には青葉山ホトトギス初鰹」という俳句が浮かびます。調べてみたら、山口素堂という江戸時代前期の俳人によるもの。それはさておき、いつも通り、7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、内堀公園、京町、南魚町、田町、三崎通と5.7㎞の散歩。

Dsc04992c  天気も良くて、揖斐川沿いも気持ちよく歩けます。船津屋さんの裏手でホオジロのオスがいたものの、後ろ姿でしたから回り込んで撮ろうと思ったら、逃げられました。揖斐長良川の中州から、オオヨシキリの鳴き声が聞こえてきました。今シーズン初めて。去年は4月29日から(2022年4月29日:揖斐長良川の中洲からオオヨシキリの声)。

Dsc05155c_20230501152401  九華公園も相変わらず鳥は少なかったのですが、奥平屋敷跡ではセンダイムシクイの鳴き声が3ヶ所ほどから聞こえてきました。「チヨ チヨ ビィー」と聞こえる声でさえずりますが、「ツル チヨ ギミ―(鶴千代君)」と聞きなすことがあります。けっこう苦労してようやくその姿を捉えました。去年は5月2日に登場しています(2022年5月2日:センダイムシクイ、九華公園に登場……午後からは市民大学郷土史学科へ)。

Dsc05078c  さらにセンダイムシクイがいた近くで、さらに別の鳥が動くのが見えました。貝塚公園では目撃談を何回か聞いたので、一度は見たいと思っていたオオルリのオスでした。が、写真は上手く撮れず、証拠写真に終わってしまい、残念。しかし、まぁ鳥図鑑はこれでプラス1としてしまいます(トータル114のはず)。夏鳥で、山地沿いの渓流に多い鳥ですから、九華公園は通過するだけかなと思いますが、明日も探してみましょう。ほかに、先日も、今日も「ツキヒー」という鳴き声を聞いています。サンコウチョウの鳴き声のような感じもするのですが、正体は見極められていません。サンコウチョウは、九華公園と貝塚公園で見ています(2022年9月11日:サンコウチョウ、ヒガンバナ、アオサギ3連発(微笑)、2014年9月30日:9月28日(日)の散歩写真から……コサメビタキ、ヤマガラ、コゲラ、シジュウカラ、センダイムシクイ(?)、正体不明の鳥など)。いつものコース散歩でも、ときどき幸運が舞い込みます。

Dsc05326c_20230501152401  Dsc05277c カワウのヒナはずいぶん成長してきています。この写真は、神戸櫓跡の東側の松の木にある巣。向かって左は親、右の3羽がヒナ。見ていると、親なのか、ヒナなのかよく区別がつかないこともあります。ハシビロガモのオスは今日も元気でした。今日も、吉之丸堀にかかる橋の橋脚にいたり、泳いでいたりで、今のところは元気そうです。

Dsc05359c  九華公園にはツツジを見に来られたと思われる方もいらっしゃいますが、昨日も書きましたように、もう遅いくらい。個人的には「今年は、もうオシマイ」という感じ。花菖蒲が気になりますが、今年、ほとんど「補植」といって、植え直しをしています。以前のように見事に咲くというのは、難しいかなという気がしています。

Dsc05372c_20230501152401  貝塚公園にはとくに鳥はいません。さすがにツグミも、シロハラもいなくなったようです。カワラヒワやメジロの声が聞こえたくらい。北門のところにシランが咲いています。

Dsc05384c Dsc05397c_20230501152301  内堀公園では、ツツジがまだ見頃でした。ここの藤棚には白い藤の花が咲きます。これは、かなり見事。ずっと昔、野田藤、山藤などの区別を調べたことがありますが、蔓の巻き方が違ったはずと帰ってきてから思い出したくらいで、もう一度チェックしてこないといけません。

Dsc05452c Dsc05472c  内堀公園では、やむなくムクドリとスズメを撮影。ムクドリは、よく見るとかわいいのです(微苦笑)。

Dsc05587c Dsc05485c_20230501152301  ここからはツバメの巣チェック。今日は、博物館の巣にツバメが来ていました。ここには2つの巣がありますが、去年も使っていた北側の巣にです。2羽が来ていましたので、ペアでしょう。

Dsc05703c  京町の呉服屋さんの巣には、親ツバメがずっと就いています。このあと、三崎通にある巣でも親ツバメが巣に座っていたのですが、ちょっと近づいたら巣から飛び出して行ってしまいました。田町の商店にある巣は、今日は不在。うまくいくと散歩コースの4ヶ所の巣で営巣しそうで、楽しみです。

Dsc05814c_20230501152301  オマケは、またもやメダカの話。昨日も写真を載せていますが、この睡蓮鉢の風景、気に入っています(微苦笑)。自画自賛の類いですが、熱帯スイレンとリラエオプシス、ホテイソウがあって、その間をメダカが泳いでいるのを見ていると、時を忘れられます。

 さらなるオマケ(長文につき、ご興味がおありの方のみどうぞ)。内田樹さんが「豊かな社会とは」という評論を書いておられます。「診療研究」という東京保険医協会が発行する雑誌の587号(2023年5月)に載ったものだそうです。たとえば、次の引用のような内容があります。

 ある時期から日本人は「貧乏くさく」なった。「貧乏くさい」というのは経済状態のことではなくて、心の貧しさのことである。他人の富裕を羨むのもそうだし、自分のわずかばかりの財産をしっかり退蔵して、誰とも分かち合わないのもそうだ。何よりも「公共財」としてみんなが共有する富から自分の「割り前」をできるだけ多めに切り取ろうとするふるまいが最も「貧乏くさい」。

 内田さんも書いておられますが(内田さんは、私より約5歳年長。学年でいえば4年違い)、われわれの子どもの頃は多くの人が貧乏でした。しかし、隣近所が助けあって暮らしており、それはそれで楽しく、心豊かに生活していたと記憶しています。それが高度経済成長以降、暮らしが豊かになるにつれ、皆が貧乏くさくなったと内田さんは書いておられます。

 現代日本の際立った特徴は富裕層に属する人たちほど「貧乏くさい」ということである。富裕層に属し、権力の近くにいる人たちは、それをもっぱら「公共財を切り取って私有財産に付け替える」権利、「公権力を私用に流用する権利」を付与されたことだと解釈している。公的な事業に投じるべき税金を「中抜き」して、公金を私物化することに官民あげてこれほど熱心になったことは私の知る限り過去にない。

 私はもうこの貧乏くささにうんざりしている。貧しくてもいい。「貧乏くさくない社会」に暮らしたい。
 それなら、どういう社会が「貧乏くさく」ないのか。とりあえず私が敗戦後の日本で見聞した「共和的な町内」はそうだった。他人の富裕を羨まない、弱者を見捨てない、私財を退蔵せずに分かち合う、公共財ができるだけ豊かになるように努力する。言ってみればそれだけのことである。現に大人たちがそのようにふるまい、それが「ふつう」なのだと子どもたちが思うなら、その社会は、たとえ物質的に貧しくても、「貧乏くさく」はない。私はできるならそのような社会に暮らしたい。

Dsc04431c  わが家のお隣に諸戸氏庭園があります。ここは山林王・初代諸戸清六氏の邸宅でした。諸戸家は、清六の父親の代に事業に失敗し、莫大な負債を背負ったものの、安政7(1860)年、18歳で諸戸家を継いだ清六は(この時受け継いだのは、布団・衣類・道具と約20石積の船1隻、そして1,000両を超える莫大な借金であったといいます)、米の仲買いを行いながら、わずか2年(3年とするものもあります)ですべての借金を返済し、商売の基礎を着実に固めていきました。明治11(1878)年には大蔵省御用の米買付方となり、明治23(1890)年、三重県多気郡大台町三瀬谷山林を購入し、植林事業を開始しています(現在の諸戸林業、諸戸ホールディングスの出発点)。時間を無駄にすることと、無駄金を使うことを極端に嫌っていたといいますし、財をなしてからも「食事時には予め2杯の飯椀を用意しておかわりの時間を省いた」「人力車に飛び乗ると同時に走り出さないと不機嫌になった」などの話や、渋沢栄一が訪問した際に渋茶一杯しか出さなかったなどという話もあるそうです。その一方で、治水事業の一環として荒れた山林を購入して植林を行ったり、学生への学費援助などを行ったりしていますし、また、水道(諸戸水道)を敷設して桑名の水事情を改善したりもしています。明治期から戦前には、ほかにも全国各地にとてつもなく裕福だった方は多いでしょうが、諸戸清六氏のようにそれを自分のためのみに使ったり、自分だけがぜいたくをするのではなく、公共に資するお金の使い方をした人たちが多いような気がします。

 貧乏は、経済状態のことで、心の持ちようとは別。貧乏くさいのが内田さんがいうように、「心の貧しさ」を現すとすれば、私自身は貧乏は構わないが(子どもの頃の状態に戻るだけですから)、貧乏くさいのは嫌だなと思います。以上、内田樹さんの文章から思いついた、長~い余談にて、失礼。余談の部分については、どうぞお構いなく。ご関心がおありの方は、内田さんのブログをお読みください。

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  • 文藝春秋: 定年後に読む不滅の名著200選 (文春新書)

    文藝春秋: 定年後に読む不滅の名著200選 (文春新書)
    この本の帯には「これが定年後の知の道しるべ!」とありますが、私自身はさほど大上段に構えたつもりで読んではいません。どのような本が選ばれているかにももちろん興味はあったのですが、それらがどのように紹介されているかといった方面に興味があって読みました。本を紹介している方々はいろいろな分野で功なり、名を挙げた方ばかり。それらの方がどんな本を読み、どのように唱歌していらっしゃるかが知りたかったのです。ちょっと邪道な読み方ではありましたが、しっかりと楽しめました。 (★★★★)

  • 石田泰弘(編著): 街道今昔 佐屋路をゆく (東海の街道2) (爽BOOKS 東海の街道 2)

    石田泰弘(編著): 街道今昔 佐屋路をゆく (東海の街道2) (爽BOOKS 東海の街道 2)
    さほど本格的に取り組んでいるわけではありませんが、昔の街道を歩くのは好きです。この本のテーマである佐屋路(佐屋街道)も歩きたいと思って調べています。佐屋路は、東海道佐屋廻りとも呼ばれたように、東海道の迂回路でした。江戸時代に東海道宮宿と桑名宿の間を、陸路万場宿、佐屋宿の陸路を経て、佐屋から桑名宿への水路三里の渡しによって結んでいた街道です。実際に歩いて書かれたと考えられますが、旅人目線で書かれたウォーキングガイドです。津島街道、高須道も取り上げられています。部分的には歩いたところがありますが、佐屋路はいずれ、歩いてみたいと思い、計画中ですので、とても参考になりました。実際に歩かなくとも、歴史読み物としても楽しめます。 (★★★★★)

  • 柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)

    柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)
    東京都心にたくさんのカワセミが棲んでいるというのは、最近割とよく知られるようになっています。清流の鳥というイメージがあるかも知れませんが、東京の「野生」環境をうまく利用して繁殖もしています。そのカワセミが暮らす街は東京屈指の高級住宅街ばかりだそうです。すなわちカワセミも、人間も好む環境は同じというのです。カワセミが暮らす街は、人間にとってもよい街ということです。カワセミの存在に気付いたことから、「小流域源流」をキーワードに「新しい野生」と「古い野生」の繋がりを論じています。カワセミの生態も詳しく観察されていますので、私も今までよく知らなかったことが多々書かれていて、興味深く読みました。 (★★★★)

  • 内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)

    内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)
    私は、内田樹先生の評論が好きで割とよく読みます。「コモン(common)」とは、形容詞としては「共通の、共同の、公共の、ふつうの、ありふれた」という意味ですし、名詞としては「町や村の共有地、公有地、囲いのない草地や荒れ地」を意味します。昔は、ヨーロッパでも日本でも村落共同体はそういう「共有地」を持っていました。コモンを管理するには「みんなが、いつでも、いつまでも使えるように」という気配りが必要になるのですが、近代になって怒った「囲い込み」によって「コモンの私有化」が起こり、村落共同体が消え、集団的に維持されていた儀礼、祭祀、伝統芸能、生活文化が消えてしまったのです。著者は、このコモンを再生することが市民の原子化、砂粒化、血縁、地域共同体の瓦解、相互扶助システムの不在という索漠たる現状を何とかするために必要と考えています。ちなみに、マルクスとエンゲルスによるコミュニズムは、著者によれば「共同体主義」と訳した方がよく、彼らは「コモンの再生」が必要と提言したといいます。「共産主義」と訳されてしまったがため、なんだかよく分からないことになっているのです。「共有主義」あるいは「共同体主義」と意訳してくれていたら、もろもろが変わっていたかも知れないという話には、膝を打ちました。 (★★★★★)

  • 本田 秀夫: 知的障害と発達障害の子どもたち (SB新書)

    本田 秀夫: 知的障害と発達障害の子どもたち (SB新書)
    児童精神科医の本田先生の最新刊です。今回は知的障害が取り上げられています。これまでの本田先生の御著書では、発達障害が主に取り上げられてきたのですが、実は知的障害を持つ子どもたちも一定数存在していますし、発達障害と知的障害を合わせ持つ子どもたちもいます。その意味で、発達に困難のある子どもたちのことをきちんと理解して、適切な支援をする上では、両者を視野に入れることが重要です。著者は、知的障害の支援では、「早く」と「ゆっくり」がキーワードになると書いておられます。これは私もそうだと思います。可能な限り早期から支援を受けた方がよく、一方で、発達のスピードに合わせて「ゆっくり」としたペースで支援をすることが大切になります。発達障害の子どもたちにも「本児のペースに遭わせた支援が必要」とおっしゃる方がありますが、発達障害の子どもたちの理解/支援の上でのキーワードは「アンバランス」です。この本は、発達が気になるお子さんをお持ちの保護者の方、特別支援教育に携わる教員の方々にとって、基本的なテキストといえます。 (★★★★★)

  • BIRDER編集部: お手本でわかる!野鳥撮影術 (BIRDER SPECIAL)

    BIRDER編集部: お手本でわかる!野鳥撮影術 (BIRDER SPECIAL)
    バードウォッチングや野鳥撮影を趣味にしています。とはいえ珍鳥を追うのではなく、主に自宅近くを散歩しながら、いわば「定点観測」のように野鳥を見ています。自分の写真の撮り方を振り返ると、図鑑的に撮ることがほとんどです。なぜそうなのかを考えてみると、研究者の端くれであったことが関わっている気がします。つまり、写真を撮ることを、観察した記録やデータと見ているからではないかということに思い当たりました。野鳥撮影の「幅を広げたい」と思っていたら、この本が出版されました。ざっと目を通したところ、「色とりどりの花と鳥」「木の実レストラン」「やわらかい表情を追う」などさまざまなテーマで鳥とその周辺を撮る方法が載っています。これを参考に、自分の野鳥写真の世界を広げられたらいいなと思える本です。 (★★★★★)

  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

    磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)
    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

  • 佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)

    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

    佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)
    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

  • 安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)

    安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)
    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

  • 大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)

    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)

  • 國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
    ほぼ隠居状態ですから、暇と退屈には困りません(微笑)。それ故にこの本を手に取ったといっても、誤りではありません。著者がいうには、「暇」とは何か、人間はいつから「退屈」しているのだろうかといったなかなか答えにたどりつけない問いに立ち向かうとき、哲学が役に立つというのが著者のスタンス。哲学書なのに、読みやすいのです。スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど、その昔学生時代に取り組んで挫折した哲学者たちの論考を参照しつつ、現代の消費社会における気晴らしと退屈について鋭い指摘がされ、まさに蒙を啓かれます。 (★★★★)

  • 逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)

    逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)
    今さら、なぜこういう統計ソフトの本を読むのか? と訝られると思うのですが、その昔、現役の頃には統計パッケージソフトIBM SPSSを使ってデータを分析して論文を書いていました。ただ、SPSSを始め、統計パッケージソフトは、値段がバカ高いのです。退職する前からこのRというフリーの統計処理ソフトが出て来て、ずっと興味を持っていました。先日、文庫本を買おうと思って本屋に行ったらこの本を見つけてしまいました(微笑)。今さらこれを使ってバリバリやる訳ではありません。むしろボケ防止かも知れませんが、昔のデータはそのままパソコンにありますから、これを使って、昔はやらなかった分析をしてみようと思っています。何か成果が出るかどうかは極めてアヤシいのですが、まぁゆるりといろいろやってみることにします。 (★★★★)

  • 林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)

    林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)
    たまにはこういう本も読まないと、認知機能が退化するかもしれないと思って(微苦笑)。というよりも、もともと神経心理学に興味がありましたので、本屋の店頭で見つけ、これは面白そうだと思って購入しました。うつ、自閉スペクトラム障害、ADHD、統合失調症、双極性障害など、現代人を悩ませる心の病について、脳にどのような変化が起きているか、最新の知見がまとめられています。最前線の研究者たちがわかりやすく説明しているのですが、知識ゼロで読むのはかなりキツいかも知れません。私は現役をリタイアして10年以上になりますが、その間にこれほど研究が進んだのかというのが正直な感想。心の病の原因は、1つとは限りません。心の病は「症候群」と見た方がよいと考えます。私自身が関わる自閉スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害でもそうです。脳機能と心の病との関連について最新の知見を知りたい方にはおすすめ。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)

    磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)
    本の帯に「大河より面白い!」とありますが、本当にそうでした。午前中の散歩のついでに買ってきて、夕食までに一気に読み終えてしまいました。もったいない気がするくらい。松平元康がいかにして徳川家康になったか、さらに徳川将軍家がいかに続くよう礎を築いたかが、よく分かりますし、戦国時代から徳川幕府創世記までの歴史を見る目が養われる本です。それというのも、著者の磯田さんが古文書の権威で、一次史料を読みこなすだけでなく、場合によっては価値が怪しい資料まで傍証に用いて(怪しい資料でも使い道があるというのも良く分かりました)、ご自身の頭で考えた結果を実に分かりやすく解いてくれてあります。徳川家康の弱者の戦略のキーワードは、「武威」と「信頼」ということです。また、情報の取得、解読にも意を尽くしたことがよく分かります。混迷を深める世界情勢を読み解いて、我が国が進む方向を考える上でも役に立つ一冊。 (★★★★★)

  • 井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)

    井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)
    発達障害、とくに自閉スペクトラム症(ASD)の方では、感覚過敏や感覚鈍磨をよく伴います。「照明で目がチカチカする」「皆が話している教室では。音が鳴り響き絶えられない」「ケガをしてるのに、痛みを感じない」などさまざまな状況を呈します。著者は実験心理学や、認知神経科学を専門とし、ASDの方に見られる感覚過敏、感覚鈍磨は、脳機能の特性から来ていることを明らかにしてきています。ASDなど発達障害のあるご本人はもちろん、親御さん、教師など関わりを持つ方々は、このことをよく理解して支援にあたることがとても重要です。ASDを始めとして発達障害について、「わがまま」「自分勝手」「やる気がない」などと捉えてしまうと、支援どころか、理解もできなくなります。脳の働きによってさまざまなことが生じてきているという視点が必要不可欠です。この本は、感覚過敏・感覚鈍磨を手がかりにそういう視点について理解を深められます。 (★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)
    2022年12月のNHKのEテレ「100分de名著 中井久夫スペシャル」のテキストです。今頃(2023年2月)これをリストアップしているのはどうかという気もしますが、録っておいたビデオをみたのが最近なのです。中井久夫さんは、2022年8月にお亡くりになりましたが、日本を代表する精神科医のお一人であり、翻訳家、文筆家としても一流でした。現役の頃、中井さんの本はたくさん読みました。臨床心理学の分野でも「風景構成法」を導入した方として知られています。Eテレの講師である齋藤環さんは、中井さんを評して「義と歓待と箴言知の人」と書いておられますが、まさにそういう気がします。『最終講義』『分裂病と人類』『治療文化論』『「昭和」を送る』『戦争と平和 ある観察』が紹介されています。現在もウクライナで戦争が続いていますが、中井は「戦争は過程、平和は状態」とし、戦争は物語として語りやすく、とにかくかっこよくて美しい、それが問題だといいます。一方、平和は分かりにくく、見えにくいため、心に訴える力が弱いとします。「状態を維持する努力はみえにくい」のですが、戦争と平和に限りません。普段通りの日常生活を維持していくのも同じような気がします。戦争を経験していない人間が指導者層の多くを占めるようになると戦争に対する心理的抵抗が低くなるともいいます。「戦争には自己収束性がない」とも中井さんはいっています。われわれはやっかいな時代に生きていると痛感します。中井さんの本を多くの方が読むと、時代も変わるかも知れません。 (★★★★★)

  • 桑名三郎: 七里の渡しを渡った人達(久波奈工房)
    桑名と名古屋の宮を結んだ東海道唯一の海路「七里の渡し」をテーマにした歴史本です。船頭が旅人を案内しながら、七里の渡しを渡った歴史上の24人を紹介する内容。やさしい話し言葉で紹介されており、読みやすい本です。徳川家光、松尾芭蕉、明治天皇などが取り上げられています。著者は、桑名で歴史案内人をしながら、街の歴史を研究している、街道好きの方です。本は、桑名市内の書店とメルカリで¥1,200で販売。 (★★★★)
  • 磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)

    磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)
    磯田さんの本は面白い。というのも、話のもとには古文書があるからだと思う。その古文書も磯田さん自身が、古書店などで発掘してきたものがほとんどで、それ故、内容もオリジナリティが高くなる。この本は、戦国時代から幕末あたりを中心にさまざまな古文書の内容をもとに、例えば忍者の悲惨な死に方、江戸でカブトムシが不人気だった背景、赤穂浪士が吉良の首で行った奇妙な儀式などなど、興味深いエピソードを浮かび上がらせている。面白いので一気読みしてしまった。 (★★★★★)

  •  佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)

    佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)
    史跡や、寺社、町並み、城、美術工芸品等の見方がやさしく解説されている本です。「事典」となっていますが、いわゆる辞書とは違って、普通の本のスタイルです。索引が充実していますので、事典としても十分に使えます。最初の版をもっていますが、40年ぶりに改訂され、写真、図版も多く、歴史散歩の最強の味方です。 (★★★★★)

  • 日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)

    日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)
    今年1年、何の因果か(などと書くとお叱りを受けること必至ですが)、住んでいるマンションの管理組合の理事長を仰せつかっています。今年は、エレベーターリニューアル工事が最大のイベントで、それは無事に済んだのですが、前理事長から8年後に迫った第3回大規模修繕に向けて、修繕積立金が不足する見込みと申し送られました。確かにかなりの金額が不足しそうで、頭を悩ませていました。マンションに住みながら、そもそも基本的な知識が不足しており、管理会社のフロントマンの方の協力を得ながらシミュレーションなどをしていました。ネットであれこれ調べてはいたものの、それで得られる知識は体系的なものではありませんでした。この本は、事例を元にマンション管理について必要な知識が得られるように書かれており、まだすべて読み終えてはいないものの、とても役に立っています。任期残り2ヶ月半となって付け焼き刃ではあるものの、次の理事会に具体的に課題を申し送ることができるよう勉強中(笑)。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)

    宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」や「どうしても頑張れない人たち」の著者である宮口幸治さんの新刊です。前2著の内容をよりよく理解できるよう、「ドキュメント小説」として書かれたものです。主人公は、精神科医の六麦克彦。医局から派遣されて要鹿乃原少年院に勤務して5年。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちでした。この内容は、前の2冊のように普通の新書では書き尽くせるものではなく、物語の形を借りざるを得なかったのでしょう。ただし、普通の小説として読むのには少し苦労するかも知れません。特別支援教育が普及して、知的障害や、発達障害のある子どもへの教育や支援は、以前に比べれば改善されてはいますが、最近は、家族の養護能力が十分でなかったり、親など家族自身に支援が必要なケースもたくさんあります。こうした中には、この本で取り上げられたような結末に至ることがあっても不思議ではないという気がします。極端な事例が集められていると思われるかも知れませんが、社会全体として真剣に取り組むべき課題が突きつけられています。 (★★★★)