20230304JRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」(その3)……賓日館、御塩殿神社を回って二見浦駅にゴール、伊勢市駅で昼食にて「完」
3月4日のJRさわやかウォーキング「早春の開運&良縁祈願で運気up! 海辺の海獣・ひな祭とふれあい神宮参り前の『禊』へ」の本編その3です。ルートマップは、その2。3㎞を過ぎたところに賓日館があります。ここで建物とひな人形(この日、「おひなさまめぐりin二見」が行われており、賓日館はそのメイン会場)を見て、二見浦参道を歩きながら、五十鈴勢語庵、朝日館、二見浦海水浴場を眺め、御潮殿神社へ。ここが最終目的地。その後、JR参宮線二見浦駅を目指します。
賓日館。国指定重要文化財です。個人的にはここがメインの目的地です。3月5日まで伊勢市二見町では、「おひなさまめぐりin二見」が行われており、賓日館はそのメイン会場といっても良いところですが、私が見たかったのは建物です。賓日館は、明治20(1887)年、伊勢神宮に参拝する賓客の休憩・宿泊施設として、神宮の崇敬団体・神苑会が建てました。明治天皇の母にあたる英照皇太后のご宿泊に間に合うようにと、明治19(1886)年12月に着工、翌年2月19日に竣工。その後、明治末期から大正初期にかけてと昭和初期の2回の大増改築を重ね、現在の状態となっています。
明治24(1891)年7月29日から3週間余り、ご幼少時の大正天皇が避暑や療養、水泳訓練などを兼ねて滞在されたのをはじめ、歴代諸皇族、各界要人が数多く宿泊されました。明治44(1911)年23月には隣接する二見館に払い下げられ、二見館の別館として平成11(1999)年まで宿泊所とされてきました。二見館の廃業後、平成15(2003)年に二見町に寄贈。 賓日館では、建物だけでなく庭園も含めて、当時一流の建築家による品格のある洗練されたデザイン、選び抜かれた材料やそれに応える職人たちの技など、日本の伝統建築の粋を目の当たりにすることができます。
こちらは大広間。桃山式折上格天井の大広間は120畳敷です。格天井は、格間によって形成された天井で、分割された各区分の格間は、多くの場合、絵画、装飾文様で飾られます。社寺あるいは高級な書院造に用いられます。折上は、 斜の材によって天井を高くするような構造。天井の中央平面が周囲より高くなっています。電灯にはシャンデリアが使われています。本格的な能舞台が設けられていて、現在もコンサート等に利用されているそうです。われわれが訪ねたときは、マジックショーが行われていました。
大広間の床の間です。床脇や違い棚もこの右手にあります。床の間の床框は螺鈿の輪島塗。天井板の中央には(右の写真)、屋久杉の一枚板が、また、両脇の4枚には欅が使われています。
御殿の間です。格式を尊ぶ部屋に用いる二重格天井や、輪島塗に螺鈿が装飾された床框のある床の間など創建当時のままに残っています。神宮の紋である花菱紋の装飾がいたるところに見られました。皇族方が利用され、広い庭園と二見浦が一望できる部屋です。
ところで、この日、夫婦岩表参道あたりでは「おひなさまめぐりin二見」というイベントが行われていて、賓日館はそのメイン会場という感じでした。実にたくさんのひな人形が飾られていました。江戸時代のものから、種々様々です。
こちらは、御殿の間に飾られていた「大正天皇おひな様」。説明には、結婚式が神前で行われるようになったのは、明治33(1900)年の大正天皇のご成婚が初めてといわれること、また、大正天皇は、即位の礼の際、西洋にならって向かって左にお立ちになり、昭和天皇も同様に並ばれたこと、これらの写真が出回るようにあって、ひな人形の並び方も今のように、男びなが向かって左に変わったこと画家枯れていました。
私の興味を引いたのは、創作プレ展示「懐かしの修学旅行」でした。二見浦は伊勢神宮に参拝する小学校の修学旅行の宿泊地として、いわば「修学旅行のメッカ」となっていました。昭和30年代の修学旅行を再現しようというのが、この展示。左の写真は、子どもたちが入浴、夕食後買い物に出かけた様子を、また、右の写真は、宿に戻って宿泊する大広間で「枕投げ」をして遊ぶ様子が再現されています。このほか、翌朝早く起きて、夫婦岩から日の出を見学するシーンもありました。
賓日館を割と丁寧に見て回ったため、50分近く滞在していました。見終えて出て来たのは、12時25分頃。右は、この日のチケット。¥400でしたが、JRさわやかウォーキング割引のお陰で¥360。
賓日館の門前に「二見浦浴潮場石」が建っています。「皇大神が俗界に降りて、太陽の光が夜明けを告げる。この二見浦の海潮に浸ると、神の恩恵を得た波が打ち寄せ、医療効果、治癒効果がある」という内容が刻まれています。書いたのは、時の衛生局長長与専斎(天保(1838)~明治35(1902)年)。肥前国大村藩出身の蘭方医。緒方洪庵の適塾で学び、衛生局の初代局長になっています。「衛生」ということばも、長与が初めて用いたといいます。明治15(1882)年10月、長与により禊場であった立石浜(夫婦岩付近の浜)に日本初の国指定海水浴場が開設されたのです。当寺の海水浴は、浴活といい、医療が目的でした。波が強く皮膚を摩擦するので、体に良いと考えられたのだそうです。その後浴活客が増加したため、明治17(1884)年、海水浴場は旧二見館前の砂浜に移設されています。こうした海水浴場開設を記念して、明治18(1885)年4月にこの石碑が建てられています。
賓日館からさらに西に、表参道を歩いて行きます。左の写真は少し進んだところから、賓日館・夫婦岩の方を振り返った写真。右は、立ち寄り先になっていた五十鈴勢語庵。二見の海から汲み上げて作られた塩を使った「二見浦 岩戸の塩ようかん」のお店ですが、パスしてきました。
続いて朝日館。立ち寄り先ではなく、コースマップに載っていたので、気にして見てきたのです。中国の清王朝のラスト・エンペラー溥儀や、昭和天皇もお泊りになったという、創業300年の旅館です。部屋からは、二見浦の絶景がよく見えそうです。
朝日館を過ぎ、スタートから4㎞前後のところが、現在の二見浦海水浴場です。まさに白砂青松の美しい景色。いささか余談ですが、この手前にJR東海の職員の方が、右の写真のような顔出しパネルを設定して、「写真、撮りますよ」と呼びかけておられました。丁重に辞退してきたのですが、撮ってくれば良かったか??
二見中学校の西側を通って、最終の目的地へ。二見中学校は、中日から楽天で活躍した小山伸一郎さんや、ソフトバンクにいた江川智晃さんといった野球選手の母校です。
御塩殿神社(みしおどのじんじゃ)が、この日の最終目的地。御塩の神様である御塩殿鎮守神(みしおどののまもりのかみ)が御祭神です。ご祭神は、塩筒翁(しおつつおきな)/塩土翁(しおづちのおじ)という説もあるようです。伊勢神宮内宮の所管社で、神宮の祭典で使用する堅塩(かたしお/きたし)を作るところです。具体的な創建時期は不明ですが、延暦23(804)年の『延暦儀式帳』に御塩殿と御塩焼殿が記されているといいます。
こちらは、本殿の背後にある御塩焼所と御塩汲入所。御塩のもとになる高濃度の塩水は、御塩殿神社域内の御塩焼所で煮つめて荒塩となり、御塩殿で型に入れて焼き固められます。毎年10月には御塩殿祭が行われています。あとで知ったのですが、この日から3月の御塩焼固が始まったそうです(こちら)。そういえば、拝殿の奥に堅塩が20個ほど並べられていました。ちなみに、塩田である「御塩浜」は神社の境外の二見町西にあります(こちら)。
本殿に向かって左にも小さい建物がありました。この御塩殿神社も、確か20年ごとに遷宮が行われますので、古殿地かと思ったのですが、写真で向かって左にある建物は御塩殿のようです(こちら)(向かって右は、本殿・拝殿)。
御塩殿神社の前に、大きな松の木があります。何か由緒があるのかと思ったのですが、松の木自体には由来はなさそうで、その根元に鴨長明の歌碑がありました。平安~鎌倉期の歌人・鴨長明が、文治2(1186)年頃に御潮殿神社を訪れて、次の歌を詠んだとされています。「二見潟 神さびたてる 御塩殿 幾千代みちぬ 松かげにして」
御塩殿神社からゴールのJR参宮線二見浦駅までは1㎞あまり。途中からは、朝日館のところから来る二見浦表参道を通ります。昔は、賑わったとおりだろうと思います。赤福の店もありますし、御福餅の本店もここにあります。
ゴールまでにもう一ヶ所、立ち寄り先が指定されていました。旭家酒素饅頭製造本舗です。酒素饅頭といえば、閉店してしまいましたが、名古屋の納屋橋饅頭や、桑名のとらや饅頭と同じ。ここも、失礼ながらパス。
JR参宮線二見浦駅に向かいます。ゴールには、13時5分を過ぎた頃に到着。変わった形の駅舎ですが、これは夫婦岩をモチーフにしたもので、平成5(1993)年に建て替えられました。「二見浦」は、地名としては「ふたみがうら」ですが、駅名は「ふたみのうらえき」と読みます。
恒例のゴール受付です。最近、参加ポイント付与は、スマホで会員番号を提示し、それを読みとってもらうことで手続き完了。ゴール看板も、いつも通り、撮影。日付と駅名が変わるだけですが、それでも記念になります。
幸い、13時15分発の快速みえ14号名古屋行きがありました。これに乗って、伊勢市駅まで。伊勢市駅で外宮参道にある店で昼食を摂ることにしたのです。二見浦駅から伊勢市駅までは、¥210。ホームには行列があったのですが、空いていて座れました。このまま桑名まで行っても良いのですが、¥1,860もかかりますし、桑名駅に着く14時38分まで昼ご飯がお預けになってしまいます。
伊勢市駅で降りて、外宮参道へ。伊勢うどんを食べようということで、「じろべえ」さんへ。テキトーに入ったお店でしたが、これが大当たり。ここはメニューが伊勢うどんとビールしかないというところ。かなりのこだわりがあるようで、隠れた人気スポットのようでした。帰ってから調べたところでは、伊勢うどん専門店は、伊勢でも珍しいそうです。メニューに「めかぶいり」があったのですが、女将さんは鳥羽の答志島のご出身とか。左の写真は、食べ終えて外に出て来たときのもの。4人の方が外で待っていました。私は、今日は「月見伊勢うどん(¥650)」をチョイス。ここの伊勢うどんは、なかなかのもので大満足。
伊勢市駅に戻り、またもや近鉄で、14時12分発の伊勢中川行き普通に乗車。松阪駅に14時40分着。ここで、松阪駅始発(14時54分)の名古屋行き急行に乗って桑名まで。桑名駅には16時3分着。¥1,220。一昨年の伊勢参りツアーのときと同じで、伊勢まで行くと、ウォーキングも1日かかります。
この日のGoogle Fitのデータ。二見浦で歩いた距離は、キョリ測では6.2㎞でした。これに昼食に歩いた分(0.7㎞ほど)と、自宅から桑名駅往復(2.4㎞ほど)が加わってトータルでは9.5㎞、18,060歩でした。
これは、受付の時、先着200名まで配られた「蘇民将来の厄除け」。裏には、志摩の海女さんが身につける魔除けである「ドーマン・セーマン」が描かれています。これは、普段からのウォーキングのお守りにちょうど良いと思い、早速使っています。もう一つは、ゴールの二見浦駅で、クイズに全問正答していただいた「JRさわやかウォーキング記念シール」の裏側。賓日館の説明、二見浦駅のモチーフについての説明が書かれています。表面は、二見浦駅の写真です。
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