20220612水の都・大垣ウォーキング(その2)……四季の路を通り、円通寺から船町川湊、奥の細道むすびの地へ
6月12日の「水の都・大垣」ウォーキングの本編その2です。その1では、養老鉄道大垣駅をスタートして、大垣城、郷土館、大垣藩校・敬教堂跡、八幡神社と回ってきました。この先は、水門川に沿って南に歩いて行きます。水門川沿いには、四季の路がもうけられ、花木が植えられ、芭蕉の句碑がいくつも建っています。スタートから2㎞ほどのところには、大垣藩主・戸田家の菩提寺である円通寺、大垣市役所を過ぎると、奥の細道むすびの地に至ります。

左の写真は、四季の路から眺めた水門川の流れ。右は、四季の路にある芭蕉の句碑の1つ。句碑には、芭蕉が奥の細道で詠んだ俳句が刻まれています。この写真の句碑には、「一家に 遊女も寝たり 萩と月」の句が刻まれています。市振(新潟県糸魚川市)で詠んだものです。
こちらは、旭光山円通寺。浄土宗のお寺で、大垣藩主戸田氏歴代の菩提寺です。慶長6(1601)年)に膳所藩主であった戸田氏鉄(うじかね)が膳所で建立し、その後、戸田氏鉄が元和2(1616)年、尼崎藩主となると尼崎へと移転しています。さらに寛永12(1635)年に大垣藩へ転封となった際に、大垣城の西側へ移されました。以降、歴代大垣藩主の墓所が設けられました。大垣藩へ転封となった時、尼崎の本寺から伽藍を移したそうです。山門は、その後、雷火のために数回焼失したのですが、天保年間(1830~1844年)に再建されたもの。市指定文化財です。
一部の藩主の墓所は蓮光寺にあったのですが、後にここ円通寺に分骨が行われています。また、多くの大垣藩家臣の墓所もあります。右の写真は、初代の戸田氏鉄の墓所。
四季の路を歩いていると、大垣市役所の西にある清水口橋のところに「神の田(かみのた)地蔵」がありました。その昔、ここは地域の守り神である八幡神社の神田(しんでん)だったそうです。鎌倉期の大井荘(おおいのそう:東大寺領の荘園)の文書に「八幡宮の神楽田(しんがくでん)」とあり、これが今の神田のもとかも知れないと説明板にありました。
スタートから2.5㎞ほどのところで、水門川は枡形のように曲がっています。総合福祉会館、秋葉神社、水都公園などに囲まれたエリア。川には大きな鯉がたくさん泳いでいました。虹の橋を渡ったところに四阿があり、そこでしばし休憩。時刻は、12時少し前。
その四阿からは、伊吹山も遠くに見えていました。桑名からは、伊吹山は多度山の陰になって見えません。伊吹山があちこちから見えるのは、ちょっとうらやましい気がします。
奥の細道むすびの地の手前にこんなものがありました。左の写真は、今ひとつで、なんだかよく分かりませんが、右の写真には、「明治16年2月 大垣・桑名間汽船開通 大垣水運の歴史のひとこま ここに記す 大垣水とライオンズクラブ」とあります。左の写真は、桑名・大垣間の蒸気船が開通した頃の、ここの湊の様子と思います。西羽晃先生の「桑名港の『みなと文化』」によれば、「に大垣と桑名間は明治 15 年に小型蒸気船による定期航路が開かれた。22 年には東京-神戸間に東海道鉄道が開通したので、桑名から汽船で大垣へ行き、大垣駅から鉄道を利用すれば、東西への旅が非常に便利になった」とあります。
その先に、道標と句碑。道標は「木因俳句道標」で、「南 いせくわなへ十り ざいがうみち」とあります。ただし、この道標はレプリカで、本物はこの西にある「奥の細道むすびの地記念館」に保存されています。手前の句碑には、「い勢にまかりけるを ひとの送りけれは 蛤のふたみに別行秋そ」とあります。この「蛤のふたみに別行秋そ」は、芭蕉がここで詠んだ句。「ハマグリの殻と身とを引き剥がすように、又再び悲しい別れの時が来たことだ。千住出発の折りの歌『行く春や鳥なき魚の目は泪』と対をなす。『ふたみ』は、『双身』とこれから行く『二見ヶ浦』にかけている」ということです。さらにその奥にあるのは、木因の句碑で、そこには「惜ひひげ剃たり窓に夏木立 白桜下木因」とあります。谷木因は、江戸前期の俳人。大垣の船問屋を業とする富裕な商人でした。
さらにすぐ南に、「芭蕉翁と木因翁」と題した、芭蕉と木因とが向き合う銅像。ここには、右の写真のように、「史跡 奥の細道 むすびの地」と刻まれた石碑が建っています。ご承知のように、松尾芭蕉は、江戸時代の元禄2(1689)年3月27日に、弟子の曽良とともに江戸を出発し、東北・北陸地方を巡り、8月21日に大垣で「奥の細道」の旅を終えています。このとき、芭蕉46歳。その道のりは、およそ2,400㎞に及び、旅の体験や感想をもとに俳句と紀行文を組み合わせた「奥の細道」という文学作品を書いています。芭蕉が東北・北陸地方をめぐる「奥の細道」の旅を終えた地が大垣です。芭蕉は、2週間ほど大垣の人々と交流してすごしたあと、伊勢神宮の遷宮参拝のため、水門川を舟でくだり桑名へ旅立ちました。そのときに詠んだのが、上掲の「蛤のふたみに別行秋そ」という俳句です。
この奥の細道むすびの地に「奥の細道むすびの地記念館」があります。この記念館は、平成24(2012)年4月にオープン。「奥の細道」の解説をはじめ、芭蕉の人となりや旅に生きた人生を紹介する「芭蕉館」、大垣の歴史や文化・芸術を築き上げた幕末の先賢の偉業を紹介する「先賢館」、幕末の大垣藩藩老・小原鉄心(おはらてっしん)の別荘で、市指定文化財である「無何有荘大醒榭」などがあります(右の写真)。
このあたりは、「おくのほそ道の風景地 大垣船町川湊」として、国指定の名勝になっています。揖斐川の支流水門川の両岸に川湊の趣の残る風景地です。船町川湊は、大垣藩により慶長年間(1596~1615年)に大垣城下船町に設置されて以降、西濃地域の人・物資・文化の交流拠点として人々の生活を支えてきました。現在川湊としての機能は失われていますが、このあたりは、静かな水面にソメイヨシノの並木が生える桜の名所となっています。
橋を渡って対岸に行くと、まずは住吉神社があります。 ご祭神は、上筒男命(うわつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)及び底筒男命(そこつつのおのみこと)のいわゆる住吉三神。天保11(1840)年創建。
住吉神社の北に船町港灯台。高さは8m、寄棟造りで上部に油紙障子を填め込んであります。もとは、元禄年間(1688〜1704年)に建造された灯台で、現存する灯台は明治20(1887)年の再建。大垣〜桑名間は明治15(1882)年に小型蒸気船による定期航路が開設され、大正8(1919)年に桑名〜大垣間に養老鉄道が開通するまで通船が続いていました。昭和初期には年間1万もの船が行き来していたという記録が残っています。
このあたりは、住吉公園となっていました。芭蕉の木が植えられていて、花が咲いていたり、「芭蕉送別の連句塚」があったりします。連句塚には、次の4句が刻まれています:
秋の暮行先々ハ苫屋哉(木因)
萩にねようか荻にねようか(芭蕉)
霧晴ぬ暫ク岸に立給へ(如行)
蛤のふたみへ別行秋そ(芭蕉)
如行は、江戸時代前期~中期大垣の俳人・近藤如行(じょこう)。大垣藩士。
この連句塚があるのは、貝殻橋のたもと。ここで行きに立ち寄らなかった桃源山全昌寺へ。曹洞宗のお寺。もとは、戸田氏鉄の室・大誓院がその叔父の戸田甚五郎(法名:徳翁全昌)の菩提を弔うため、摂津尼崎に建立した寺です。この寺は、戸田氏が大垣藩へ移された際に大垣で新たに創建されたものであり、尼崎の全昌寺は本院にあたります。尼崎全昌寺の住職であった照岩文鏡が大垣全昌寺の開山となり、大垣鷹匠町に創建されました。その後、慶安4(1651)年に現在地に移転。元禄元(1688)年、時の大垣藩主戸田氏定より50俵を与えられています。元禄5(1692)年、火災により灰燼に帰したのですが、5世住持の単伝清和の下で中興を果たしたものの、明治24(1891)年の濃尾地震で壊滅的被害を受けました。明治29(1896)年に本堂と庫裏を再建されましたが、昭和20(1945)年の大垣空襲によって再び伽藍が焼失。現在の堂宇はその後再建されたものです。
ここにお地蔵さんがあったのですが、「みたらし地蔵」と書いてあるのです。面白いと思ったのですが、そのいわれは、ちょっともの悲しい話でした。「歯痛でぽっくりと亡くなった小僧を哀れんでまつった地蔵で、それを知った町の人が、歯痛で食べ物が食べられなくひもじい思いをした小僧を弔ってみたらし団子を供えるようになったそうです。歯痛の子がいる際は、団子の代わりに箸を一本供えると歯痛が治ると信仰されています」ということでした(こちら)。このあと、下調べの時に、この西に江月寺という臨済宗妙心寺派のお寺があると地図にあったので、見に行ったのですが、廃寺になってしまったようで、広い駐車場でした。ということで、その2はここまで。
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