20220319東海道ウォーク「加佐登~井田川」(予告編)
雨は夜中に上がり、朝からほぼ晴れ。北風がやや強いものの、15℃を超え、ウォーキング日和。予定通り、東海道ウォークに行ってきました。今日は、2月5日の東海道ウォーク「日永の追分~加佐登」(2022年2月5日:20220205東海道ウォーキング(日永の追分~加佐登)(予告編))に続いて、加佐登から井田川まで歩いてきました。当初は、加佐登から庄野宿を経て、亀山まで10㎞あまりを歩こうかと考えていたのですが、立ち寄るところが多かったため、途中のJR関西線・井田川駅までとしたのです。冒頭の写真は、ウォークとは関係ありませんが、出がけに玄関先から見えた木曽御嶽山。はっきりと見えていました。
こちらが、今日、実際に歩いてきたルートマップ。JR関西線・加佐登(かさど)駅から500mほどで庄野宿の入り口に行きます。善照寺、庄野宿資料館、妙法寺、集会所・本陣跡、常楽寺、川俣神社でスダジイの大木(ちなみに、川俣神社という名前の神社が、このあたりには4社あります)、平野道道標、いぼとり地蔵、真福寺、神戸藩領界石・女人堤防碑、川俣神社・中冨田一里塚跡碑、清光寺、常念寺、福萬寺、道標(ひろせ道)、川俣神社・無上冷水井戸跡、弘法井戸、川俣神社、和泉公民館で地蔵尊、道標(のゝぼり道)、地蔵尊、明治天皇御小休所碑・観音堂跡、地福寺と実にたくさん見て回って、いったんJR関西線・井田川駅へ。ここまでで7.3㎞。電車の時刻を確認しておいて、国道1号線の方にあるすき家で昼食。井田川駅に戻って、結局、7.9㎞を歩きました。どこにも寄らなければ5㎞ほどのコース設定でしたが、今日は寄り道が多かったのです。
今日は、JR関西線を利用。桑名駅を8時14分に出る亀山行き普通電車に乗車。加佐登駅には、8時49分着。¥510。前回からほぼ1ヶ月半ぶり。8時55分にスタート。駅から西に向かい、踏切を越えて庄野宿の入り口へ(右の写真)。庄野宿の案内板や、石柱があります。石柱は、旧庄野小学校の門柱を利用したもの。ここまで500m弱。
まずは、真宗高田派の 筧口山善照寺(けんこうざんぜんしょうじ)。創建は、長禄年間(1457年頃)。このお寺には、庄野大念仏踊りが伝わっています。いつ頃から始まったかはっきりしませんが、およそ240年前のようです(天明2(1783)年頃と推察されています)。天明2(1783)年には、浅間山の大噴火と、それにともなう天明の大飢饉(1782〜1788年)のあった頃。地域の治安の悪化改善と地域住民の結束、死者の鎮魂を目的とする盆踊りとして始まったのではないかと考えられています(こちら)。
善照寺の先に庄野宿資料館 があります。ここには、旧小林家。油問屋を営んでいたといいます。庄野宿は東海道五十三次の45番目の宿で、歌川広重の「東海道五十三次」の版画の「庄野の白雨」でもよく知られています。館内には、庄野宿の本陣・脇本陣文書、宿駅関係資料をはじめ、高札場に掲げられていた本物の高札が保存されています(2018年12月6日:20181202近鉄ハイキング「鈴鹿の隠れた紅葉の名所「荒神山の喧嘩」で有名な荒神山観音寺を訪ねて」へ(その2)……庄野宿からJR関西線加佐登駅へ)。
続いて、臨済宗東福寺派の妙法寺。ここは事前のチェックからは外れていました。禅寺で、境内もきれいに整えられていて、気持ちの良いお寺でした。
その先に、庄野町集会所。ここは、沢田兵左衛門本陣跡であり、集会所の前には里程標があります。「距津市元標九里拾九町(約37.4㎞)」と刻まれています。ここにいらした女性から「お茶でもどうですか?」と呼び込まれました。温かい梅昆布茶を頂き、いろいろと話を伺っていたら、「庄野 寄っといで音頭」をつくったといって、生歌を聴かせていただき、さらにそれを収録したCDまで頂戴してきました。炭坑節の替え歌で、令和2年7月につくられたそうです。いらっしゃったのは、作詞者で唄を歌っておられるSさんでした。この集会所の周辺には、問屋場跡、高札場跡、郷会所跡などが並んでいます。
真宗仏光寺派の常楽寺。ここは、ネット検索では情報はあまり出て来ません。現地でも、説明板などはありません。仏光寺派は、越後流罪に遭われた親鸞聖人が、赦免された翌年の建暦2(1212)年、京都に帰って、山科の地に草庵を結んだことに始まるそうです。末寺は約390といいます。
川俣神社とスダジイの大木。鈴鹿川の流域には、同じ名称の神社が6社あるといわれ、庄野にはそのうち3社があります。いずれも川の合流・分流点ですから、氾濫に悩まされた住民たちが治水を祈って建立したと思われます。由緒は、不詳ですが、江戸時代には貴船神社と称し、元禄16(1703)年に川東の門田より川西古屋敷(現在の字田中)に移つたといいます。「川俣神社のスダジイ(県天然記念物)」は、樹齢300年以上で、樹高約15m、幹周り約5m以上の巨木。川俣神社の先で、庄野宿の西の入り口を通ります。
汲川原町交差点で、県道643号の下をくぐります。このあたりで2㎞過ぎ。平野道道標が2.5㎞ほどのところにあります。平野は、鈴鹿川を挟んで対岸(南)の地名。この道標は、田中音吉が設けたもの。田中音吉は、実業家で、米穀・製茶業を営んでいたのですが、前橋や八王子の蚕糸業を視察し、明治20(1887)年、郷里の三重県鈴鹿郡亀山で製糸業を始めました。明治30(1897)年には、亀山共同社(のちの亀山製糸会社)を設立しています。さらに、ここを入ったところに「いぼとり地蔵」があるというので、これは見に行かねばなりません。いぼとり地蔵は、いぼと眼病に霊験あらたかという話です。いつ、どのようにして祀られるようになったかはふめいだそうですが、今も毎年8月には地蔵盆が行われています。
真宗本願寺派の富田山真福寺。ここについては、ネットで調べてもとくに情報は出て来ません。真福寺を過ぎると、神戸藩領界石があります。領界石は、東海道を挟んで両側にあります。北側には、山の神などもまつれているところがあります。
その向かいに女人堤防碑。汲川原(くみがわら)町の西端には、女性たちが死罪覚悟で築いたという伝説が語り継がれる女人(にょにん)堤防があります。ここは、鈴鹿川と安楽川の合流するあたりで、しばしば川の氾濫が起き人命が失われました。村人たちは堤防を築くことを神戸藩に願い出たものの許可されませんでした。そこで人々は、処罰覚悟で工事に踏み切ったのですが、村人の菊という女性が「工事にかかわった男たちは打ち首になり村は全滅する。私たち女だけで堤防をつくろう」と200人余の女性だけによって工事が行われたといいます。
2つ目の川俣神社には、中冨田一里塚跡碑があります。ここ中冨田一里塚は、江戸・日本橋から100番目の一里塚です。榎の大木があったと伝わっています。中冨田村は、亀山藩領の東端。川俣神社の創始は不明。主祭神は、大毘古命。
川俣神社の先にお寺が2つ。真宗高田派の清光寺。ここについて、詳しいことは分かりませんでした。小さなお寺でしたが、ちょうど法事か何かが行われていました。右の写真は、天台真盛宗の富光山常念寺。承応年間(1652~1654年)の開基と伝わり、当初は別の地にあったものの、安政の大地震で倒壊し、同じ村内にあって倒壊を免れた平建寺を買収して、現在地に移転したといいます。このあたりでスタートから3㎞、11時前。
少し歩いて、真宗高田派の福萬寺。文永11(1274)年の開創。天台宗に属していましたが、寛文元(1661)年、高田本山専修寺・第14世堯秀上人の化導により高田派に転向し、福萬寺と改めています。福萬寺の掲示板には、右のようなことばが書かれていました。なるほど「煩悩には、終わりがありませ」。
鈴鹿川の手前まで行ったところにも、
川俣神社。ここには、「無上冷水井跡」があります。織田信孝が神戸城主であった際、ここの水を好んだといいます。ここで11時20分頃、小休止。
鈴鹿川を和泉橋でわたります。このあたり、旧東海道には土橋がかけられていたといいます。和泉公民館近くに弘法井戸があるという看板がありましたので、見てきました。建屋は新しいのですが、井戸自体は古そうでした。
弘法井戸の南には、またもや川俣神社。これで4社目。いずれも鈴鹿川と接していますから、水害などから守ってもらいたいという気持ちの表れでしょう。右は、和泉町公民館。われわれが馴染んだ昭和風そのものの公民館。この敷地には、地蔵尊があります。このあたりでスタートから約4.0㎞
和泉西バス停の手前に道標2基。いずれにも「のゝぼり道」とありますが、両者とも半分以上埋まってしまっています。バス停の所に地蔵堂。
その先、地福寺の手前に明治天皇御小休所碑。明治13(1880)年7月13日に行われた陸軍大演習にいらっしゃったときのもの。かたわらには、古い和泉橋の親柱が保存されています。同じ敷地には、観音堂跡。
こちらは地福寺。浄土宗のお寺。かつては七堂伽藍の大きな寺だったそうですが、信長の兵火で焼失し、延宝5(677)年に再建されています。
県道641号線を越えて行くのですが、東海道は、この先で田舎道になります。昔ながらの街道なのですが、こんな風だったのかとか、ここを大名行列も通ったのかなどとも思います。
こんなところも通って、JR関西線の井田川踏切を越えると、今日のゴールにしていた井田川駅に至ります(右の写真)。取り敢えず、ここまでで7.3㎞。あちこち寄り道しましたので、案外たくさん歩いていました。12時30分に到着。名古屋行きの普通が出たばかりで、次は、13時29分発でしたから、昼食を食べに行くことに。
事前リサーチでは、井田川駅近くでは、国道1号線沿いのうどん屋さんか、すき家1国亀山店しかありませんでしたので、すき家へ。昨日あれこれ調べていて、クリーミーオニサラ牛丼と決めていました(微笑)。並盛りが¥550。お新香セット¥150をつけました。並盛りなのに、けっこうな量があり、満腹。
再び井田川駅に戻って、歩いたのは7.9㎞。13時29分発の名古屋行き快速に乗車。快速になるのは、四日市駅から。桑名には、14時5分着、¥590。写真は、井田川駅前にある日本武尊像。日本武尊の墓とされる能褒野王塚古墳(のぼのおうつかこふん)がここから北へ約2㎞行ったところにあるのです。
今日の歩数。19,000歩を越えました。現地で歩いたのが、7.9㎞。自宅から桑名駅往復が、2.2㎞で合計10.1㎞でした。本編は、また明日以降ボチボチを書きます。次回は、4月中旬以降。井田川駅から亀山まで歩きます。
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コメント
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しばっちゃん、おはようございます。
2017年の暮れにJRさわやかウォーキングとか、近鉄ハイキングというのがあるのを知り、ハマりました。
コロナ禍でこれらのウォーキング/ハイキングが中止されたのを機会に「勝手にハイキング」と名付け、自分で調べてあちこち名所旧跡などを訪ね歩いています。
事前に調べ留のも楽しく、さらに実際に歩いて、見てくること、帰ってから記事にまとめること、後でまたそれを読み返すことと何度も楽しめます。
投稿: mamekichi | 2022年3月20日 (日) 04時48分
すごーい! としか、言いようがありません。神社仏閣の歴史、うどん屋さんの献立までリサーチされていて。見ているだけで自分も行ったような気には・・・なかなかなりませんが。思わず、能褒野王塚古墳(のぼのおうつかこふん)をクリックしてみました。
楽しいですね。
投稿: しばっちゃん | 2022年3月19日 (土) 22時10分