20211016「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」(その1)……JR紀勢線・六軒駅を降りて、市場庄の古い町並みへ
「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」も10月16日に行ってきた「松阪・小津~松阪駅」で第12回となりました。今年の4月9日に桑名の七里の渡し跡をスタートし(20210409「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第1回「七里の渡し跡~朝日」その1……七里の渡し跡から七曲見附跡)、6ヶ月かかって松阪駅までやって来ました。冒頭の画像は、コースの全体像。東海道と伊勢街道(参宮街道)のみを通って、桑名・七里の渡し跡から伊勢神宮・内宮まで辿ったもの。全行程で約94㎞。七里の渡し跡から松阪駅西の日野町交差点までが68.7㎞ありますから残りは25.3㎞。いよいよ内宮に近づいた気がしてきます。
さて、この日歩いたコースは、こちらです。前回のゴールであったJR紀勢線・六軒駅をスタートし、南へ。三渡川(みわたりがわ)を越えて六軒追分。ここは初瀬街道との追分。市場庄の古い町並みを抜けて、松ヶ崎駅近くの舟木家長屋門と柳福寺に立ち寄り、さらに薬師寺。川井町を過ぎるといよいよ松阪市街地に入ります。旧小津清左衛門家、本居宣長旧宅跡、旧長谷川治郎兵衛家と名家を廻り、松阪駅の西にある岡寺山継承寺などのお寺を巡って、松阪駅にゴール。歩いたのは、8㎞でした。天気予報では、曇りでしたが、実際には晴れて、暑いくらいでした。
いつものように、桑名駅を8時42分に出る近鉄の五十鈴川行き急行に乗車。津駅に9時24分着。JR紀勢線に乗り換えます。前回と同じく9時42分の鳥羽行き普通に乗って、JR六軒駅には、10時ちょうどに到着。近鉄が¥700、JRが¥240。JR六軒駅を10時5分にスタート。余談ですが、JR紀勢線の普通列車は、基本的にワンマン運転。運転台の後部に料金表と料金箱とがあります。列車を降りるのも、1両目の最前部の扉から。乗るのは、1両目の最後部の扉からで、整理券をとります。六軒駅は、参宮鉄道の駅として、明治27(1894年)1月に開業しています。参宮鉄道そのものは、明治26(1893)年12月31日に津~相可(現・多気)~宮川間が開通していますが、六軒駅は建設中でした。
実際に歩いたルートマップのその1。六軒駅の東からが伊勢街道。三渡橋で三渡川を渡ります。渡ったところが初瀬街道との追分で、道標と常夜燈があります。ここから近鉄山田線の高架をくぐるあたりまで、2㎞弱にわたって市場庄の古い町並みが続きます。途中2㎞の手前に神楽寺、市場公会所、道十という屋号の江戸時代は茶道具商だった店、そこから少し東に忘井があります。
三渡橋。一昨年、近鉄ハイキングで来たときは、橋の架け替え工事中でした(2019年10月1日:20190922近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅8日目~伊勢街道、旅人気分で垂水から雲出へ」(その4)……三渡川を渡って常夜燈、市場庄のまち並み、忘井を見て斎王に思いをはせ、いよいよゴールの松ヶ崎駅へ)。左の写真は、下流方向(伊勢湾の方角)。右は橋を渡ったところの西側。
最初から余談続きで恐縮ですが、三渡橋でバードウォッチング(微笑)。渡り鳥のヒドリガモのペア1組、アオサギの他、カルガモなどがいました。ときどきブログに書いていますが、バードウォッチングは、いつでもどこでも楽しめます。一緒に歩いている同級生K氏も、最近、私の悪影響をモロに受けて、「オイ、あれはアオサギだな」などというようになりました(微苦笑)。三渡川の名は、中世に渡しが3ヶ所あったことに因みます。
三渡川を渡ったところが、初瀬街道(はせかいどう)との追分。京・大和方面と伊勢を結ぶ初瀬街道は、ここ松阪市六軒から青山峠を越え、名張を経て奈良県の初瀬(長谷)へと至ることからその名が付いています(左の写真で、奥の方に続く道が初瀬街道)。古くは「青山越」「阿保越」、参宮表街道、参宮北街道とも呼ばれ、古代には大海人皇子が名張に至った道であり、また斎王が伊勢へと赴いた道でもありました。
道標には、「い加ごへ追分 六けん茶や/右いせみち六軒茶屋/やまとめぐり加うや道/大和七在所順道」と刻まれています。「い加ごへ追分」のところ、「加」の漢字に濁点がついているという珍しい文字でした。この道標、橋の架け替え工事中は、撤去されていて、その時には探してウロウロした記憶があります(2019年10月1日:20190922近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅8日目~伊勢街道、旅人気分で垂水から雲出へ」(その4)……三渡川を渡って常夜燈、市場庄のまち並み、忘井を見て斎王に思いをはせ、いよいよゴールの松ヶ崎駅へ)。その意味では、2年越しでようやく、これを観るという目標をコンプリートできました。
道標の東には、常夜燈が1基あります。正面に「両宮/常夜燈」、右に「秋九月造建」、左に「文政元年戊寅」とあります。文政元年は、1818年。伊勢街道には、本当にたくさんの道標や、常夜燈があります。江戸時代は、おかげ参りなど、伊勢神宮にお参りする人が本当に多かったことを伺わせます。
ここから市場庄町に入ります。市場庄地区の伊勢街道沿いには、全国的にも珍しいといわれる妻入り(つまいり)と連子格子(れんじこうし)の町並が残り、当時の風情を漂わせています。左の写真は、道十の手前(北)にある合羽屋という屋号のお宅。軒には、雨除け・日除けのための幕板(大垂)もあり、屋号も掲げられています。「ちゃんと歩ける伊勢参宮道 善光寺街道(五街道ウォーク・八木牧夫著、山と渓谷社)」に詳しい紹介があります。また、こちらのサイトにも案内マップ。
丸ポストも残る伊勢街道を歩いて行きます。途中、「米銀よねぎん)跡」と書かれた蔵らしい建物。外壁がトタン板張りになっていますが、かなり古そうです。トタンで覆ってあるのはちょっと残念な気もしますが、そのさびたトタンにも味がある感じ。「味噌・醤油の米本銀蔵倉庫」の跡です。蔵の前にコンクリート製の用水桶が3つ。また、入り口の庇のデザインもいい感じ。
スタートから1.6㎞ほどのところに道十(どうじゅう)という屋号のお宅。このお宅は、妻入り、幕板、連子格子の典型的な建物で、神楽寺の西の三叉路に面しています。江戸時代には、「道十(どうじゅう」という茶道具商でした。道十の向かいにある蔵のところに道標があります。この道標は、米の庄神社への分岐点であり、「忘井之道」とまれています。宝暦元(1751)年に建てられたもの。「忘井」はこの道標から100mほど東にあります。斎王に関わる旧蹟ですから、これも見逃せません。
こちらが「忘井(わすれい)」。「忘井」とは、「忘れて捨てられた井戸」という意味なのですが、ここは、斎王群行(さいおうぐんこう;古代、天皇の即位ごとに伊勢神宮の斎宮へ斎王となる皇女が派遣され、その行列を斎王群行といいました)に同行した官女甲斐(かい)の詠んだ歌で有名です。「わかれ行く都の方の恋しきにいざむすび見んわすれゐの水」(千載和歌集)。官女甲斐は、伝説上の斎王を除き、大来皇女(おおくのこうじょ)から数えて49代目の斎王、あい子内親王(在任期間1108~1123;「あい」の文字は変換不能でした。斎宮歴史博物館の斎王一覧のサイトをご覧ください)にしたがってこの忘井を通った際、望郷の念やみがたく涙とともにこの歌を詠じたといいます。ちなみに、井戸そのものは現在は埋まってしまっています。右の写真で、忘井に向かって右にある石碑には、官女甲斐の和歌が刻まれているように思うのですが、はっきりとは読めませんでした(こちらの記述からすると、たぶん間違いないように思います)。
忘井の奥には、山の神などがあるのですが、これについては、説明板にも言及はなく、詳細は不明。
伊勢街道近くまで戻って、 護法山神楽寺(ごほうざん しんらくじ)。曹洞宗のお寺で、ご本尊は釈迦如来。市場庄公会所の東にあります(というよりも、市場庄公会所が、神楽寺の境内を利用して建てられたとされます)。神楽寺は、古くは旧米ノ庄村の熊野権現社の別当寺として権現坊護国院と称しており、その頃は熊野権現社の祭礼に際し、祭供を司り舞楽を演奏する道場であったといわれています。
慶長16(1611)年3月、越中新川郡布目村(現富山県富山市)大安寺の5世聖山巌祝が曹洞宗に改め、寺号を神楽寺と改称して開山しました。本堂・山門ともに江戸時代中期の建立とされます。山門(左上の写真)は黄檗宗の山門に似ており、切妻造りの中央部分の屋根を切り上げてつくられています。宝暦7(1757)年の銘がある瓦も残されているそうで、本堂・山門の建立時期もそれ以前と考えられています。
境内には、村の入り口にあったという青面金剛(ショウメンコンゴウ)像と、庚申塔があります。青面金剛は、帝釈天の使者の金剛童子。身体は青色で、六臂(ろっぴ)または二臂、四臂(「臂」は腕。六臂は、腕が六本ということ)、目は赤くて三眼で、怒りの形相をとります。病魔を退散させる威力があり、俗に庚申会(こうしんえ)の本尊で、猿の形相をしているもの。この御堂には、文字庚申も入っています。ちなみに、「庚申」は、もとは道教の守庚申より出た庚申(かのえさる) の年または日の禁忌行事を伴う信仰。庚申の夜には、人の体内にいる三尸(さんし) の虫が、その体内を抜け出して天帝にその人の罪過を告げると信じられ、これを防ぐため道士たちは不眠の行を行いました。これが守庚申で、日本の民間信仰では庚申待、庚申講として伝えられています。
いささか余談ですが、第11回の歩いて伊勢参りツアーで、円福寺の立派な蘇鉄を見て以来、お寺に行くと蘇鉄が気になるようになりました(2021年10月15日:20211009「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第11回「津・高茶屋~松阪・小津」(その1)……JR高茶屋駅をスタートし、玉造院、明治天皇島貫御小休所跡、円福寺を見て、雲出川を渡って松阪へ)。ここ神楽寺の本堂の前にも立派な蘇鉄がありました。
もう一つの余談。「敷居が高い」ということばがあります。「不義理や面目のないことがあって、その人の家へ行きにくい」というのが本来の意味ですが、最近では、「高級すぎたり、上品すぎたりして、入りにくい」と理解している人の方が多くなったそうです。現在、私たちが「敷居」といっているのは、「襖や障子などの建具を立て込むために開口部の下部に取り付ける、溝やレールがついた水平材」ですが、本来「敷居」とは、門の内外を分けるために敷く横木のことです。長々と屁理屈を書いていますが、この神楽寺の山門のところで見つけた、これが、敷居を填めていたところではないかという話になったのです。寺の山門にはこの敷居があるところがありますが、ここのものは、取り外せるようになっていたのだろうと、二人であれこれ思案(微笑)。
市場庄公会所。大正7(1918)年に建てられ、昭和30(1955)年まで米ノ庄村役場として利用されていました。外壁が下見板張りの寄棟造桟瓦葺平屋建で、正面中央に切妻造起り屋根(むくりやね)の玄関が組み合わされています。建物の門前には、石製の門柱が立てられており、いかにも役場という雰囲気を感じさせます。現在は、公会所として利用されています。
市場庄公会所の前には、「皇太子殿下御誕生紀念」と刻まれた石柱があります。これを建てたのは、「帝国在郷軍人會 米ノ庄村分會第二斑」でした(石柱の正面、下に刻まれています)。日付などは読めませんでしたが、現在の上皇陛下がお生まれになったときに、記念植樹をしたのでしょう。石柱の周囲にある木がそれではないかと思います。
市場庄公会所の先の伊勢街道。蔵が残っているお宅もたくさんあります。右の蔵のあるお宅で、ちょうどこの家の方が出てこられ、蔵などについていろいろと伺うことができました。維持していくのはかなり大変だそうです。お子さんたちは、結婚を機に独立することも多いそうですが、中には、広い敷地を活かして、離れを建てて同居する方もあるそうです。
その1はここまで。その2では、近鉄山田線の高架をくぐった先から。市場庄のまち並みの案内や、地蔵尊があります。
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