20211016「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」(その4)……松阪駅手前で寺めぐりで「完」
10月16日に出かけた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第12回「松阪・小津~松阪駅」もいよいよ本編のその4。松阪駅の北西で寺めぐりをしていきます。詳しいルートマップは、前回と同じくその4です。継松寺、龍華寺、清光寺、常念寺と回り、駅弁のあらたけ本店とまつさか物産交流館に立ち寄り、松阪駅にゴール。駅にあるパン屋さんでやっと昼食。
まずは、岡寺山継松寺(おかでらさんけいしょうじ)だけを取り上げます。高野山真言宗のお寺。ご本尊は、如意輪観世音菩薩。通称「岡寺さん」。天平15年(743年)に聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したと伝わっています。東大寺建立の大事業が無事成功することを祈願するために建てられた寺院でした。元来は市内石津町にあったのですが、江戸時代初期の慶長17(1612)年、時の松坂藩主古田重治により現在地に移転されました。
継松寺は、厄除け、開運の観音さまとして知られていますし、もう一つは、3月の初午大祭で有名です。初午大祭は、3月初めの午の日を中心に前後3日間に渡って行われ、県内の仏教寺院としては最大の規模だそうです。厄年の男女、特に振袖で着飾った19歳の女性で賑い、厄落としと称してハンカチを境内に落としていく習わしがあります。
本堂には、奉納された絵馬がいくつかありました。いずれもかなり古そう。右の写真の絵馬には、「江戸 岩城屋」と書いてあります。調べてみたら、「岩城屋江戸店」の絵馬でした(こちら)。もとは近江商人で、麹町に江戸店があったようです。寺宝もいろいろとあります。それらはこちら。
継松寺の筋塀(すじべい)。白い水平線が入った土塀で、御所や門跡寺院などに用います。格式により数が増え、5本が最高ですので、岡寺山継松寺は格式の高いお寺ということ。継松寺には、2018年5月26日にも来ています(2018年7月7日:20180526JRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」へ、なぜか近鉄で(その5)……松阪もめん手織りセンター、岡寺山継松寺を経て松阪駅)。
継松寺の南には、弥勒山龍華寺。曹洞宗の養泉寺(このあと訪ねます)の末寺。天正16(1588)年、松ヶ島から現在地に移転しています。当所は、名庵寺と称しましたが、正保4(1647)年、龍華寺と改称。御堂の写真は、残念ながらピンぼけ(苦笑)。正面の御堂の扁額には「豊川稲荷御分霊」とありました。豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)を祀っているようでした。寺の本堂はその向かって左手と思われます。
龍華寺の南が、その本寺である龍松山養泉寺。曹洞宗。養泉寺の前身も、松ヶ島にあった天台宗のお寺だったそうで、松坂開府とともに職人町に移転され、曹洞宗に改宗されたといいます。ちなみに、曹洞宗で同じ名前のお寺は40ほどあるようで、「精神修行により、心を養い、泉のように満たす」という意味があるそうです。
養泉寺の次に、三縁山信阿院清光寺(せいこうじ)。浄土宗のお寺。開山は超誉察道上人。もとは神光寺といい、行基の開基と伝わっています(749年(天平21年・天平感宝元年・天平勝宝元年)創建)。のち真言宗の寺として松ケ島にあったものを、大永3(1523)年、察道上人が浄土宗に改宗。天正年間(1573~1592年)、津川玄蕃(織田信雄の家臣)・蒲生氏郷両氏の菩提所となりました。元和年間(1615~1624年)、紀州藩主・徳川頼宣の帰依にて現在地に移転。本堂は、明治43年(1910)建立。本尊阿弥陀如来座像は重要文化財、観音・勢至両菩薩像は市の文化財となっており、いずれも京都から遷座したものといわれます。
境内には、参宮線六軒事故(昭和31(1956)年10月15日に参宮線六軒駅で発生した列車衝突事故)で亡くなった42名の追悼碑があります。この事故は、当時は国鉄参宮線、現在はJR紀勢本線の六軒駅で、名古屋発鳥羽行き下り快速列車が安全側線に突っ込み脱線したところへ、鳥羽発名古屋行き上り快速列車が進入し、はみ出ていた下り列車の客車に衝突、これを破壊しながら機関車と客車が脱線転覆した結果、42名の死者、94名の重軽傷者を出す惨事となったものでした。下り快速列車に乗車中で、修学旅行の途上であった東京教育大学附属坂戸高等学校(現在の筑波大学附属坂戸高等学校)の生徒が多数犠牲になっています。横転した蒸気機関車のボイラーから漏れた熱湯を浴びて、ひどい火傷を負った者もいたそうです。
清光寺には、今では珍しい塔頭(たっちゅう)があります。塔頭は、寺内にある寺。九品院。寺号も山号も九品院となっています。詳細は分かりませんでしたが、九品とは、仏教における九等級の品位のことで、上上品・上中品・上下品・中上品以下、下下品までの9段階をいいます。観無量寿経などに基づいて、浄土へ往生する人のあり方を九品に分けたりするそうです。
続いて、清光寺の西にある護法山常念寺。真宗高田派のお寺。ここも立派なお寺ですが、詳細は分かりませんでした。
こちらは、本覚寺。真宗高田派。ここも、松阪市中町(旧町名は職人町)にあります。ここも、松坂開府の時に松ヶ島から移築したと伝えられています。高田派の準連枝(じゅんれんし:連枝は、浄土真宗で、法主の一族の称)で代々名僧が住んだと言われます。墓地には宣長の孫・伊豆夫婦の墓があります。
今日のゴールに設定した松阪駅には、14時45分に到着。左の写真は、JR松阪駅。写真の中央に写っているのは、驛鈴のモニュメント。これは本居宣長ゆかりの遺品「七古鈴(ななこれい;七種鈴とも)」の1つ、驛鈴を模ったもの。宣長から源氏物語の講釈を聴くために松坂を訪れた石見国浜田藩主・松平康定が寛政7(1795)年に宣長に贈ったもの。
松阪駅の前には、いくつか松阪牛のモニュメントがあります。この日は、ハロウィーン仕様で、マスク着用。
ここまで休憩はしたものの、昼ご飯は食べておらず。松阪駅にあったヴィ・ド・フランス 松阪店でカレーパンその他をイートイン。お腹が空いていたので、写真を撮る前に食べてしまいました(苦笑)。
ゴールインの前に、重要な使命を果たしてきました(苦笑)。まずは、駅弁のあら竹本店。娘に今日は、松阪駅まで歩くといったら、「モー太郎弁当」が食べたい! とキョーレツな要望。¥1,500もする松阪ブランドの黒毛和牛を使った弁当。私は2年前に食べたのですが、その時、家族は実家に行っていて誰も食べてはいません。我が家では「伝説の駅弁」になっていて、今回、強力な要望があった次第。本店に買いに行くと、その場で作ってもらえ、ホカホカでした。
松阪駅にある「まつさか交流物産館」。いつもここでお土産をゲットしています。とはいえ、私の松阪土産は決まっていて、老伴(柳屋奉善)。今日は、6個入り(¥1,080)を1個。同級生K氏も、私が勧めましたので、これの3個入りを購入。写真は、柳屋奉善さんのサイトからお借りしました。
松阪駅を15時17分に発車する名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、16時22分着。1時間5分も乗ってきました。1時間以上乗車すると、さすがに電車に乗ったという気がします。運賃は、¥960。この日の歩数は、19,479歩。現地で歩いたのは8.0㎞。自宅から桑名駅往復が、2.2㎞。合計10.2㎞を歩いてきました。
夕食には、モー太郎弁当を美味しくいただきました(微笑)。余談ですが、このモー太郎弁当は、メロディー弁当。どういうことかというと、蓋を開けると、「ふるさと」のメロディーが流れるのです。明るさのセンサーがついていると思います。
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