お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年9月30日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年9月30日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

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2021年7月

2021年7月31日 (土)

20210731「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第6回「鈴鹿・神戸~鈴鹿・白子」(予告編)

210731suzukasi0  桑名では、最高気温33.9℃と相変わらずの猛暑の中、今日は、「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第6回に行ってきました。前回(2021年7月17日:20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(予告編))ゴールした鈴鹿・神戸から同じく鈴鹿の白子まで。具体的には、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅から、近鉄名古屋線白子駅まで。三重県では、熱中症警戒アラートが出ていましたが、それをものともせず(苦笑)。年寄りの冷や水とならないよう、途中、何度も休憩し、水分補給をしつつ、現地では9.3㎞を歩いてきました。冒頭の画像は、今日歩いたコース。前回に続き、伊勢街道を歩いています。

Img_6566c_20210731191701  こちらが今日のスタート地点である近鉄鈴鹿市駅。近鉄桑名駅8時42分発の五十鈴川行き急行に乗車。伊勢若松駅に9時6分着。鈴鹿線に乗り換え。伊勢若松駅9時19分発平田町行きで、鈴鹿市駅には、9時24分着。¥500。9時28分にスタート。この時点でたぶん30℃を越えていました。

Img_6583c_20210731191701  鈴鹿市駅から340mで真宗高田派神戸別院。堯円上人の御代、寛政5(1793)年4月に建立されています。「神戸の御坊さん」と称して親しまれています。明治13(1880)年7月3日、明治天皇の行在所となりました。境内には、その御殿が残っているといいます。門が開いておらず、参拝はできませんでした。

Img_6597c_20210731191701 Img_6614c_20210731191701  神戸別院の先に、真宗高田派願行寺(左の写真)。光明本尊は、南北朝時代の作といいます。享保6(1771)年、神戸町内の161軒を焼いたという信濃屋の火事で類焼し、天明7(1787)年に再建されました。右の写真は、荒木萬福寺。真宗大谷派。

Img_6632cImg_6635c_20210731191701  萬福寺の先で伊勢街道は、左折。すぐに終南山善導寺。浄土宗。山門が写真のように、鐘楼門のような簡素な門であるのが、印象的。境内はきれいに手入れされていたのですが、無住のような印象(確認はしていません)。善導寺の隣には、善昌寺。真宗高田派。鐘楼も本堂も真新しい感じでした。このあと地子町公民館に道標(元禄2(1699)年建立)と、嘉永2(1849)年に建立され、明治18(1849)年の洪水で倒れ、竿部分だけ残った常夜燈があるというので見に行ったものの、分からず。帰ってから確認すると、もう少し南にあったようでした。

Img_6651c_20210731191701  村瀬病院の北に道標。上述の、嘉永2(1849)年に建立され、明治18(1849)の洪水で倒れた後、地元・地子町の人々が再建した常夜燈です。それにしても大きい常夜燈です。

Img_6674c_20210731191701 Img_6667c  1㎞を過ぎて、矢橋一丁目交差点を渡ったところに矢椅(やぎ)神社。主祭神は、大穴牟遅神(おおなむちのかみ:大国主命の別名)。寛文2(1662)年の棟札には八王子社とあり、そう呼ばれていたと思われます。式内社。

Img_6677c  矢椅神社の先で伊勢鉄道の高架をくぐります。ちょうど名古屋行きの快速みえが通過して行きました。このすぐ北に鈴鹿駅があります。

Img_6704c_20210731191801 Img_6688c_20210731191801  伊勢鉄道をくぐると、宇気比(うけひ)神社。主祭神は天之忍穂耳命(アマノオシホミミノミコト)。交通安全、海上安全の神様として崇敬されています。由緒は明らかではありませんが、「河芸郡史」「神戸平原地方郷 土史」などには、旧名八王子祠、由緒不詳と記されているそうです。

Img_6712c_20210731191801 Img_6716c_20210731191801  宇気比神社前の交差点を渡ったところに、山の神の鳥居、燈籠があります。ここから先、何ヶ所か山の神があります。右の写真は、1.5㎞を過ぎたところにあるもの。

Img_6727c_20210731191801 Img_6769c_20210731191801  この山の神の先には、道標(左の写真)。「右若松道……」とありますが、読めなくなっている部分もあります。国道23号線を肥田町交差点のところで地下道をくぐって越えます。その先に天白神社(右の写真)。ここには、他に山の神と表忠碑があります。表忠碑は、木々に覆われてしまって見えなくなっていますし、土台部分などが崩れかかっているところもありました。

Img_6797c_20210731191801 Img_6809c_20210731191801  4㎞ほどのところに正信寺。真宗高田派。本堂の前に大きな楠があります。本堂は、大正3(1914)年の建立。正信寺の手間、道をはさんだ右側に道標があります。「右さんくう道」とあります。文化4(1807)年に建てられています。

Img_6816c Img_6820c_20210731191801  伊勢街道は再び国道23号線の近くを通って左折。スタートから4.5㎞ほどで、弥都加伎(みずかき)神社。ここの主祭神は、大土御祖神。土を司る神様です。天平13(741)年に創祀。山田原の土宮の御霊を海部村に勧請し、その後現地へ奉祭したといいます。「山田原の土宮」は、伊勢神宮の外宮の別宮である「土宮(つちのみや」かと思います。土宮の説明には、「御祭神は大土乃御祖神。古くから山田原の鎮守の神でした」という記述があります。延喜5(905)年に社名を土宮から現名称へ変更。

Img_6896c_20210731191801 Img_6880c_20210731191801  弥都加伎神社の境内では、花手水や、傘のオブジェなどがありました。インスタ映えスポットです。境内で休憩していたら、若い女性の二人連れの方が、写真を撮りに来ていました。手水舎には風鈴も下げられていて、涼やかな音を響かせていました。

Img_6937c_20210731191801Img_6948c_20210731191801  4.5㎞を過ぎると、左手(東側)にフジクラの事業所があります。その西側を進み、6.5㎞地点に菅原社。主祭神はもちろん、菅原道真。創祀の事情及び年代は不詳ですが、集落の産土神(うぶすながみ)として古くから信仰を集め、地区民の心のより処となってきたそうです。

Img_6965c_20210731191801  5.5㎞ほどのところ、白子保育所の北東に「老農水原政次翁彰功碑」があります。これは、近鉄ハイキングの伊勢詣りツアーで通ったときには、見逃しています。水原政次は、弘化4(1847)年、鈴鹿市木田町に生まれ、農業をなし、上京して農学社に学び、32才から30余年、三重県農事試験場などに勤め、農事に関する知識の普及や農事改良に尽くしました。この碑は、農学博士横井時敬(ときたか)の筆によって翁の功績を称え、大正13(1924)年に建てられました。

Img_6975c_20210731191801  7㎞地点で近鉄名古屋線の線路を越え、そこに北の端の地蔵堂。約800年前、鎌倉時代のもの。石像本体周囲に六體の菩薩が刻まれていました。六體とは五翼の優世に六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)に迷う衆生を救う六分身を表します。この地蔵は、江戸時代から北の端の地蔵と呼ばれ、江戸時代、寺家、白子などから江戸方面に型紙等の行商に出る人らはこのお地蔵さんで無事を祈り、見送りをしたといいます。「北の端」というのは、白子の町から見ると北の端にあったからのようです。

Img_6995c_20210731191801  北の端の地蔵堂から道をはさんだ東に役行者神変大菩薩があります。修験道の開祖である「役行者神変大菩薩」が祀られたお社。寛政11(1799)年に、朝廷から役行者に対して神変大菩薩という諡号(しごう)が贈られています。

Img_7017c_20210731191901 Img_7024c_20210731191901  さらに伊勢街道を進むと、江島若宮八幡神社に着きます。主祭神は、大鷦鷯命品陀和気命息長帯比売命。平安時代初期、禁中に奉祀せられていた若宮八幡宮(京都石清水八幡宮の分霊)を醍醐天皇が、神意に問いて伊勢宗廟(皇大神宮)の戌亥の方なる当地に奉遷せられたことに始まります。ちょうど今日が、夏越しの大祓で、茅の輪が設けられていました。今年3回目の茅の輪くぐりをしてきました(何回お祓いをしたらよい位の汚れがあるのか?(爆))。右は、この江島若宮八幡神社の南にある常夜燈。江戸時代、神社の東南まで入江があり、この常夜燈は灯台の役割も兼ねたようです。

Img_7044c_20210731202401 Img_7050c  伊勢街道に戻ります。街道沿いに、江島陣屋跡、安濃津治安裁判所・登記所・法務局跡などがあります。このあたりは、天領だったこともありますが、その後は、紀州藩や亀山藩の藩領になっています。江島村は、紀州藩旗本の小笠原肥前守の知行地で、享保年中、このあたりに陣屋が建てられたのです。明治になって、私有財産権が認められたことにともない、土地田畑等の登記を行うのに、明治21(1888)年ここに登記所が置かれました。

D2903db4  このあと、久住屋菓舗さんに立ち寄って、大はら木(おはらぎ)とかりんとまん(かりんとう饅頭)をゲット。このあたり、久住屋菓舗さんの他、大徳屋長久さん、田中観月堂さんで銘菓「おはらぎ」が売られています。伊勢街道を通ったら、どこかでおはらぎを買って帰ります。また、かりんとう饅頭は娘の大好物で、白子へ行くというと買ってくるよう指令が出るのです。

Img_7060c_20210731191901 Img_7064c  久住屋菓舗さんからは、體用山(たいゆうざん)青龍寺。真宗高田派。天長7(830)年、弘法大師によって開創。寛正元(1460)年、真慧上人に帰依し、真宗高田派に改宗しています。このお寺には、徳川吉宗作の「紅梅白梅図(掛け軸)」、「弘法大師の手形」、第11次朝鮮通信使(延享3(1746)年)の通訳官・朴徳源の肉筆による「體用山」の額があります。

Img_7088c_20210731191901 Img_7084c_20210731191901  最終の立ち寄りポイントは、勝速日(かつはやひ)神社。通称は、「勝手さん」だそうです。近鉄白子駅の北東にあり、すぐ裏を近鉄名古屋線が通っています。神社の由緒書きによれば、文明年間(1469~1486年、室町時代)の創建といわれ、創建時には八重賀岐神社として素戔嗚尊(スサノオノミコト、牛頭天王)と稲田姫命(イナダヒメノミコト)が祀られていました。寛永11(1671)年、八重垣神社の神域に龍源寺の境内に祀られていた勝手明神(天之忍穂耳命(アマノオシホミミノミコト)、天御蔭命(アマノミカゲノミコト)の2柱を遷し、元禄に至るまで2社を並べて祭祀していました。元禄以降、一社殿としています。さらに、明治41(1908)年、春日神社他附近の小祀6社を合祀しています。

Img_7092c_20210731191901  13時40分、今日のゴールである近鉄名古屋線白子駅に到着。スタートからここまで8.9㎞を歩いてきました。途中、フジクラ鈴鹿事業所の辺りでは、北の空でゴロゴロと音がしていましたが、雨には降られず。猛暑の中をよく歩いてきたと思います。

Img_7097c_20210731191901 1627707106964c  昼食は、白子駅の自由通路を渡って、駅西の商店街へ。私が鈴鹿で働いていた頃は、かなり賑やかな商店街だったのですが、今はご多分に漏れず、シャッター商店街化してきています。探したら、ラーメン屋さんがあり、冷麺がメニューに載っていましたので、ここ「ラーメンだいどんでん」へ。「冷やし塩レモン」をチョイス。¥980。イタリアンみたいな不思議なラーメン。とても美味しい。絶品といえるかもしれません。

Img_7112c_20210731191901  白子駅を14時28分に出る名古屋行き急行に乗車。桑名には15時2分着。¥500。15時半前に帰宅。今日の歩数は、22,426歩。現地で、昼食を含め9.3㎞を歩き、自宅から桑名駅往復が2.4㎞、合計11.7㎞。今日のところは、予告編。明日以降、またいつものように、本編をボチボチと書くつもり。

 

2021年7月30日 (金)

ニイニイゼミをやっと見つけました……奥平屋敷跡の鳥小屋のセキセイインコのヒナ、出るのか出ないのか??

Img_6458c_20210730163601  いうまでもなく、今日も暑くなっています。桑名では、33.9℃。午前中はまだ北寄りの風だったのですが、昼くらいから南寄りの湿った風になり、蒸し暑くなりました。今週の仕事、先ほど、江戸橋での授業の補足説明を書き終え、メールで送って、お陰様で片がつきました。自画自賛ではありますが、よく働きました。こういう次第で、今週はあまり歩いていませんでしたが、今日はいつも通り。7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町、南魚町、田町、三崎通、宝殿町から桑名七里の渡し公園に寄って、5.9㎞。冒頭の写真は、桑名七里の渡し公園にて、10時20分頃の北の空。

Img_6534c_20210730163601  今日は、まずこれ。セミが鳴き始めてからずっと探していたのですが、今日、やっとその姿を発見できました。ニイニイゼミです。諸戸氏庭園前の桜並木や、九華公園でも鳴いているのですが、その辺りではなく、何と、拙宅マンションの小公園にある木に止まっているのを見つけました。「灯台下暗し」のような感じ。灰褐色のまだら模様が特徴の小ぶりのセミ。サクラの木によく集まるといいます。

Img_6190c_20210730163701  今の時期は、やむを得ませんが、今日も鳥はあまりいません。救いの神は、ホオジロのオス。三の丸水門のところにいました。ずっとこのあたりから船津屋さんの裏手で見かけるホオジロのオスと思います。

Img_6312c_20210730163701  九華公園でも、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、カワラヒワくらい。カワラヒワは、本丸跡に少数がいたものの、写真は撮れませんでした。唯一というか、唯二というか、賑わっているのは、九華すずめ食堂のみ。

Img_6258c_20210730163701  奥平屋敷跡に行くと、鳥小屋を必ずしばらく覗いて来ます。複数の巣箱にセキセイインコのヒナがいるのですが、なかなか巣立ってきません。金網越しの写真ですから、今イチクリアではありませんが、その代表はこちら。かなり前から頻繁に顔出ししています。しかし、せいぜいこれくらいしか姿を現しません。口の悪い散歩友達は、「太りすぎて、巣箱の穴を通り抜けられないんじゃないか」といいますが、まさかそれはないでしょう。

Img_6334c_20210730163701  今日は、もう1羽、別のヒナがこんな風に出て来て、「オイ、早く出て行ってよ。僕が出られないじゃないかぁ」とでもいっているような雰囲気(笑)。しかし、いったいいつになったら、巣立ってくるのでしょう。

Img_6282c_20210730163701 Img_6223c_20210730163701  元気なのは、相変わらずクマゼミたち。九華公園でも、貝塚公園でも頭上から、さすようにクマゼミの鳴き声が降り注いできます。右は、九華公園管理事務所近くのアサガオ。かなり花がたくさん咲くようになって来ました。我が家のアサガオは、去年、九華公園の花菖蒲を株分けしたものの頒布会でもらってきたものですから、ここのものと同じはず。それなのに、我が家ではまだ咲きません。

Img_6398c_20210730163601  九華公園の外周遊歩道の南にあるお宅の庭では、柿の実がかなり大きくなってきています。よそのお宅のものであるものの、果物は気になります(苦笑)。

Img_6404c_20210730163601  貝塚公園では、散歩友達のSさんに遭遇。「ちょうどよかった」とスマホを取り出されました。ガラケーから最近、変えたそうです。「QRコードって、どうやって読み取るの?」などなど、質問。「Google Playからアプリをダウンロードして、インストールしないと使えませんよ」といったら、「アプリって何?」というところから説明。私より5才、年長のはず。「暑いのに済まないね」とおっしゃるのですが、お互い様。「1回に聴くのは、1つか2つにするわ。たくさん聞いても、理解できないから」ということで、続きはまた今度会ったときに。

Img_6431c_20210730163601  京町Mのツバメの巣。もう、皆、巣立ってしまったかと思っていたら、まだ2羽がいました。これだけ大きく成長していますから、もう1羽はすでに巣立ったものと思われます。見た目は、親ツバメと同じ。散歩コースでは、ここが最後のヒナ。

Img_6447c_20210730163601 Img_6491c_20210730163601  猛暑ですが、明日は、歩いて伊勢詣りツアーの予定。前回の続きで、近鉄鈴鹿市駅から伊勢街道を歩いて、近鉄白子駅までのつもり。三重県には、熱中症警戒アラートが出ましたが、水分と塩分補給など熱中症対策をしっかりと取って、ユルユルと歩いてこようと思っています。

2021年7月29日 (木)

私にしてはよく働いております(微苦笑)

Dsc_0168c  今週は、私にしてはよく働いております(苦笑)。今日は、市役所での仕事、2日目。9時から始まり、幸い、15時頃終了しました。内容はここにはもちろん書けませんが、資料に目を通して、それに基づいて判断を下すのに参加しているということであります。ときどき意見や、参考となるであろう内容を述べますし、指名されることもあります。資料は、かなりの分量にのぼりますので、目とアタマを酷使してきたという次第。久しぶりに、アタマが飽和したという感じを味わっています。しかし、まぁたまには、リミット一杯か、それを越えるくらいアタマを使わないと、錆びつくでしょうから、これも私にとってはよい機会。

1627528776884c  毎度のことながら、缶詰状態の時は、昼ご飯が楽しみであることはいうまでもありません。今日も3択でした。ロールキャベツと、トンカツ、ちらし寿司でしたので、ちらし寿司をチョイス。いつもの¥500弁当です。分量はちょっと少なめでしたが、動いていませんので、これで十分。

Dsc_0166c  昼休みはちょっと短かったので、今日も昼散歩はしていません。庁舎の周りを半周しただけ。きょうは34.1℃で風もややあったものの、暑いのには変わりません。が、外に出た方が気分が変わると考えたのです。左の写真は、その昔(子どもたちが小さかった頃)は、図書館があったところ。比較的最近まで水道関係の部局が使っていたのですが、今は何にも使われていないようです。冒頭の写真は、庁舎の南玄関。今年、三重県で開催予定のとこわか国体の宣伝が掲げられています。オリンピックは強行されましたが、国体はどうなるでしょう?

Img_6122c_20210729164801 Img_6130c_20210729164801  ベランダ園芸。アサガオは、相変わらず葉っぱは繁って、ツルも伸びてはいるものの、つぼみはありません。種を蒔いてから2ヶ月半ですから、そろそろかと期待しています。サギソウは、今年はやはりダメそうです。残念。江戸橋の最終回の授業の補足説明資料づくりが、途中になっていますが、この飽和したアタマでは、作業は捗りそうもありませんから、また明日かと思っています。これを終えたら、久しぶりの週3日仕事も完了の運び。

【付記(7/30)】 とこわか国体に言及しましたが、今朝の中日新聞三重版によれば、実行委員会は、競技スタート3週間前に病床使用率が30%以上に達した場合などに、中止を視野に入れるとしているといいます。オリンピック組織委員会より賢明で、明確な基準で運営されるように思えます。

2021年7月28日 (水)

前期の授業は、無事に(たぶん)終了

Dscn4380c 「いうまいと思えども……」であります。今日の桑名は、35.5℃(13時40分)。しかし、14時40分現在の全国の最高気温ランキングを見ますと、トップ10はすべて北海道。36℃、37℃を越えています。猛暑、お見舞申し上げます。私自身も、若くはありませんから、気をつけなくてはなりません。桑名の35.5℃は、13時40分の記録、ちょうど桑名駅を降りて、自宅に向かっている頃でした。道理で暑かったわけです。自宅にたどり着いたら、ヘトヘトでしたから。

Dscn4369c  今日は、江戸橋での授業、前期の最終回でした。学生諸君の出席票に書かれた感想や、コメントも概ね好評で、胸をなで下ろしています(お世辞という可能性も否定はできませんが……)。あとは、来週水曜日に試験をするだけですが、採点や成績評価に悩まないよう、しっかり準備して試験に臨んでもらいたいと切に願っています。昔、私が学生であった頃は、楽勝科目の教員は、「老人、外人、非常勤」といわれていました(微苦笑)。この3つの条件のうち、私には2つが当てはまっています(爆)。最近は、給付制の奨学金の導入などにともなって、出席管理や、成績評価を厳格にするようにというお達しがあります。それ故「単位をバラまく」などといった所業に及ぶことは憚られます。しかし、その一方で心情的には、「あれだけ熱心に聴講していたのだから……」という気持ちもあります。試験では、意地悪な問題や、ひねった問題は出題せず、素直に基本的な知識を問う問題にしてあります(少なくとも、私としては、そのつもり)。と、授業を終え、試験を前にしてあれこれ思っています。

Dscn4364c Dsc_0165c  非常勤講師控え室の前のツバメの巣。控え室に出入りするときに、この巣から親ツバメが飛び出してくることがよくありますので、カメラを持っていても、構える暇なし(苦笑)。来週もう1回、出勤しますから、その時がラストチャンス。もう1ヶ所の巣は、助手の先生からの情報で、ワラなどが敷かれているということで、授業が終わってから見てきました。スマホで撮ったので、右のような写真で、よく分からないかも知れません。ツバメは、ワラなどは敷きませんから、他の鳥が入り込んでいるのかも知れません。こちらも、また来週、チェックしてきます。

Dscn4372c  ツバメの巣を見ていましたので、いつもより、1本遅い、12時40分の電車になりました。しかし、猛暑でしたので、今日も志登茂川には寄り道はせず。帰宅して、昼食を摂ったものの、疲れてしまい、30分ほど午睡(苦笑)。その後、出欠チェックを済ませ、補足説明書きに着手。まだ1/4くらいしか進んでいません。明日は、再び、市役所での仕事の予定ですから、明日中の完成は難しいところです。

Img_6052c_20210728173701  余談。新型コロナ、東京での今日の新規感染者数は、過去最多の3,177人だそうです。埼玉や、沖縄も大変な状況のようです。全国では、新規感染者数は9,000人を越え、これまた最多とか。三重県は、今日は37人(こちら)、愛知県は265人(こちら)。専門家は、繁華街の人出はやや減少しているが、感染力の強いインド由来のデルタ株が拡大している影響から、東京五輪期間中の8月3日ごろに最多の水準に上る可能性を指摘しているそうです(こちら)。オリンピックを強行した上で/ものの、コロナ対策は相変わらず後手後手というか、辻褄の合わないこと(オリンピック関係だけ、特別扱いをするようなこと)をやっていますから、国民もマジメに感染対策を採ろうと思わなくなっていると私は考えています。利権、思惑ばかりにまみれたオリンピックを強行して、どうするの? と思うのであります。それにしても、マスコミは見事な掌返しで、恐れ入りました。とくにテレビは、かねてから思っていたように、「事あれば、大騒ぎするのが仕事」というきわめて個人的な仮説が検証できた気がしています。深刻な表情でコロナのニュースを伝えた直後に、「金メダル量産!」と嬉しそうに話しているのは、どうも信用なりません。私のような下々の者は、浮かれていないで、猛暑にも、コロナにも気を緩めず気をつけます。

2021年7月27日 (火)

猛暑の中、花菖蒲一輪

Img_5780c  今日は、仕事はありません。仕事がないというと、英気を養うということになるかと思うのですが、この暑さではなかなか難しい。結局、いつも通りの散歩(知恵がないというか、我ながら笑えます)。7時半から住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、新築町、吉津屋町、京町、寺町とちょうど6.0㎞。10時半に帰宅。歩き始めから暑いなと思ったのですが、7時にすでに29℃を越えていました。結局、最高気温は、34.8℃と今日もまた、ほぼ予報通りでした。

Img_6023c_20210727151801  季節はずれの珍しいものから。目を疑いました(笑)。間違いはありません、今日咲いていたものです。九華公園の奥平屋敷跡への入り口にある花菖蒲園で見つけました。花菖蒲は、早いと5月半ばに咲き始めますから、かなり時期がずれてしまっています。

Img_5793c_20210727151801 さて、住吉神社の前の高水敷で「ヘンな鳥」。と思ったのですが、よく見たらヒバリ。身繕いをしているようで、膨らんでいたので、「ヘンな鳥」に見えたのです。揖斐川沿いでは、夏でもヒバリを見ることがありますが、今日は久しぶりでした。最近、揖斐長良川の中洲からはオオヨシキリの鳴き声はほとんど聞こえなくなりました。

Img_5881c Img_5933c_20210727151801  散歩をしていても、相変わらずです。何が変わらないかというと、暑いのと、人がいないのと、鳥もいないことです(苦笑)。人がいないとはいえ、今日は、散歩友達でずいぶん久しぶりに会うご夫婦がありました。「毎日来てる?」「どっかよそへばっかり行ってない?」などと聞かれましたが、ちょっとタイミングがずれると、すれ違いということはよくあります。写真は、クマゼミですが、九華公園の中、あらゆるところで超大合唱。とくに賑やかなのは、奥平屋敷跡の九華すずめ食堂がある辺り。クマゼミの鳴き声が、頭上から矢のように降り注いでくる、という気がします。

Img_6001c  鳥はいません。今日、九華公園で見たのはスズメ、ムクドリ、ドバトとハクセキレイだけ。昨日は、ゴイサギがいたそうですが、今日はサギはまったくいません。カワセミも現れず。現れたのは、野菜をプレゼントして下さる方、お二人(微笑)。前管理人のOさんがキュウリを、公園の隣にお住まいのNさんがトマトとシシトウを、結構たくさんくださいました。何れもご自宅でつくっておられるもの。

Img_6095c_20210727151901  貝塚公園ではムクドリとキジバトがいたのみ。公園はまだ日陰もあり、風が通るところもありますが、町の中は暑い。人も歩いていません。京町Mのツバメの巣を見てきました。もうかなり成長していて、親ツバメと変わらないくらいの大きさ。姿もツバメらしくなっています。巣立ちは近い、という感じ。明日、明後日は仕事で散歩できません。その間に巣立ってしまうかも。

Img_6056c_20210727151901 Img_6046c_20210727151901  明日は、江戸橋での授業、前期最終回となります。カウンセリングが行われる領域、心理の資格そして授業のまとめの予定。授業の最後には、期末試験の予告をしますが、これが明日、最重要の内容。試験は、来週、8月第1週に実施予定。私が学生であった頃は、7月に入ると、前期の途中で夏休み。9月に再開。2回ほど授業をして、その後、期末試験でした。教員になってしばらくも同じやり方でしたが、いつの頃からか、夏休み前までに前期の期末試験まで済ませるようになりました。試験まで済ませた方が、学習効果は高いとは思うのですが、梅雨明けの猛暑の中では、学生たち、試験準備は大変でしょう。ムクゲの写真は九華公園の外周遊歩道の南にて。右の写真も九華公園で撮ったのですが、ヒルガオでしょうか。

2021年7月26日 (月)

市役所での仕事、第1日目でした

Dsc_6202c  今日の桑名は、熱中症警戒アラートが出ており、暑さ指数は34(気温ではありません)。この暑さ指数は、31以上が「危険」で、「高齢者においては安静状態でも(熱中症が)発生する危険性が大きい。外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する」といいます。最高気温もほぼ予報通り、36.4℃と猛暑日でした(全国第5位)。今日は、9時から17時まで市役所の仕事でしたから、散歩に行く暇はありません。終日、居眠りもせず、缶詰めでマジメに仕事に従事。写真は、昼休みに市役所から南の空を見たもの。いつもなら、昼休みには、外に出て少し歩いてくるのですが、今日の暑さではそれは止めておきました。会議は、木曜日にもう1日あります。

Dsc_6201c  缶詰状態ですと、楽しみは、お昼ご飯。今回は、担当の先生方の工夫で、3択でした。唐揚げ、鮭、寿司の3種類から選択。ということで、この年になりますと、家ではあまり出てこない唐揚げ弁当をチョイス(微苦笑)。インスタント味噌汁、ペットボトルのお茶付きで¥500。美味しくいただけ、お腹も満ちました。

Dsc_6203c  台風8号が接近していますが、「あす27日(火)の昼前から夜にかけて 関東から東北に接近、上陸か」ということで(こちら)、幸い我が家あたりにはあまり影響はなさそうです。天気予報も、昼前後に曇りとなっている以外は、晴れ。最高気温も、今日よりは低く、32℃という予想。明日は、いつも通り、散歩生活ができそうです。

2021年7月25日 (日)

九華公園にアオサギ

Img_5759c_20210725120701 正午に31.6℃ほどになっています。この分では、今日も33℃を越えるくらいになりそう。朝、家事を少し済ませ、8時過ぎから散歩。8時の気温は28℃ちょうど。いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園とまわり、内堀南公園、外堀、入江葭町、吉津屋町、京町、寺町と、今日は5.7㎞。ちょっとだけ控えておきました、というか、スタートが遅かっただけです(笑)。相変わらず、鳥も、散歩する人も少なくなっています。

Img_5603c_20210725120801 が、旅館山月の裏手でホオジロのオス。このあたりから三の丸水門付近によくいるホオジロのように思います。この暑いのに、木のてっぺんでさえずっていました。七里の渡し跡では、ハクセキレイ。若い個体です。

Img_5646c_20210725120801 九華公園について、鎮国守国神社の社務所裏で、今日も、一瞬だけカワセミを目撃。しかし、ビワの木の奥に入ってしまい、出て来ません。相撲場近くの堀にカルガモが1羽。このところ、カルガモさんが九華公園に戻って来ています。以前からずっといるカルガモさんのように思います。ミドリガメがよく甲羅干しをしている石の上から、何やら覗き込んでいるふうでした。肉眼では分からなかったのですが、カルガモの視線の先にあったのは、ミドリガメ。堀から頭を覗かせていたのです。

Img_5657c_20210725120801 奥平屋敷跡では、散歩友達のWさん、Mさん、前管理人のOさんに女性がお一人。今日は、コゲラは現れず。スズメとムクドリ、ハシボソガラスのみ。クマゼミは無限にいるように思えます。大合唱のはるかに上を行くくらいの大音量で、頭も耳も痛くなります。この女性、先日もお目にかかって話をしたのですが、野鳥に興味がおありのようで、いろいろと聞かれました。「カワセミがいた」というと、「見てきます」と。だんだんと仲間が増えてきます(微笑)。

Img_5680c_20210725120801  公園内を半周して、再び、相撲場の東の堀へ。カワセミは出て来ませんでしたが、社務所裏より南の木の上にアオサギがいるのを見つけました。肉眼では寝ているように見えたのですが、起きていました。ただし、何だか不機嫌そうな顔。かなり距離がありましたから、起こしてしまったということはないと思うのですが……。

Img_5705c_20210725122401 Img_5694c_20210725120801  九華公園の外周遊歩道の東へ行くと、アブラゼミが増えてきています。ただし、鳴き声はほとんど聞かれません。ニイニイゼミは今日も、姿を確認できず(一応、毎日、歩きながら探してはいるのですが……)。

Img_5711c Img_5722c_20210725120701  他の公園でもクマゼミの最盛期。9時を過ぎたら、鳥の姿はあまり見なくなる気がします。入江葭町にある「桑名港」の交差点で見上げた空。右は、京町Mのツバメの巣。ヒナ3羽は、今日も元気そうでした。

Img_5738c_20210725120701  10時頃、拙宅前の住吉入江に戻って来ました。いつものところで、小休止。ここでも、クマゼミはよく鳴いていて、うるさいくらい。

Img_5524c Img_5535c_20210725123401  ベランダ園芸の近況。アサガオは、2鉢とも葉っぱが青々として、ツルも伸びてきて、元気なのですが、つぼみはまだ。サギソウは、ちょっとアヤシいかも知れません。去年は、ちょうど今日、1輪咲いたのですが(2020年7月25日:サギソウが1輪咲きました)、今年は、まだつぼみと言えるものが見えてきません。伸びてきた茎も細い気がします。

Img_5729c_20210725123001  ところで、今週は、月、木と市役所の仕事で、終日缶詰めの予定。水曜日は、江戸橋での授業の最終回。授業とは別に期末試験がもう1回あります(8/4)。ということで、今週は、私にしては珍しく3日も仕事をします。週末は、伊勢詣りツアーの第6回に出かける予定。台風8号は、今のところ、関東地方を向いて進む見通しということで、ちょっと安心。オリンピックには影響があるかも知れませんね。

Img_5761c_20210725170501 Img_5770c_20210725170501 【追記】 夕方、16時過ぎから、久しぶりにメダカの水替え。100均で買ってきた食品保存容器、これまで4つあったのを3つに集約。春から夏にかけて、メダカの数が減ったためです。この他に樹脂製の睡蓮鉢が1つあります。今年は、卵は、ホテイアオイの根っこに産んであったものの、今のところ孵った様子はありません。以前は、卵を見つけると別の容器に移し替えていましたが、余りにも増えすぎますので、それは止めています。

2021年7月24日 (土)

今日のご褒美は、コゲラ

Img_5034c_20210724164501  今日も33℃となり、暑さが続いています。朝3時台から強い雨が降って、朝方は若干気温も低く、風もあったのですが、日が昇るにつれ、暑くなりました。7時15分から散歩開始。いつもの週末であれば、揖斐川の堤防を歩く人ももう少しいるのですが、暑いためか、散歩する人はいつも歩いている人くらい。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、吉津屋町、寺町からバロー桑名東店にある100均ショップに寄って帰宅。今日もたくさん歩きました。6.7㎞。

Img_5070c_20210724164501 Img_5095c_20210724164501  住吉神社の前から、揖斐川の下流を眺めたら、川口水門のところ(七里の渡し跡の入り口)にアオサギさん。最近は、どこかでアオサギを1羽は見られるようになりました。ただし、揖斐長良川の中洲からオオヨシキリの鳴き声は聞こえなくなってきています。三の丸水門のところで、ハクセキレイ。3羽ほどいましたが、これは若い個体のようです。

Img_5181c  九華公園には7時半に到着。昨日、カワセミを見られましたので、「二匹目のドジョウ」を狙ったのです。北門から入った堀のところで、カワセミが飛ぶのが見えたのですが、どこへ行ったか見失ってしまい、失敗。このあと、公園内を半周して、再度、見に来てしばらく粘ったのですが、今日は再登場はなし。

Img_5218c_20210724164401 Img_5425c_20210724164401  しかし、よいこともありました。奥平屋敷跡では、コゲラが久しぶりに登場。ここの西側エリアにある木にコゲラが開けたような穴がありましたので、来ていると思っていたのですが、なかなか確認できませんでした。コゲラは2羽。左右の写真、同じ個体なのか、別個体なのかちょっと判別できていませんが、2羽同時にいるのを確認しています。どちらも熱心にエサ探しをしていました。

Img_5163c_20210724164501  九華公園で他には、スズメ、ドバト、ムクドリ、ハシボソガラスなど。一瞬カワラヒワらしき鳥も見たのですが、はっきりとはせず。散歩友達のWさんが「頬が黄色くて、スズメよりかなり大きい鳥がいたぞ」とおっしゃるのですが、私が行ったときにはおらず、何であるかは不明。

Img_5454c_20210724164401  貝塚公園。写真は、南側のエリアにある四阿。ちょっと小高いところにあります。秋から春先は、ここに座って、鳥が来ないか、観察する場所にしています。今日は、ムクドリしかいません。ここでもよく出会う、散歩友達のSさん。しばし歓談。内堀公園では、スズメ。

Img_5464c Img_5476c_20210724164401  京町Mのツバメの巣。いつもヒナが元気でいることを確認するだけでしたが、今日はちょうど親ツバメが餌を運んでくるところに遭遇。去年の記録を見ていたら、今時分、京町Sの巣でもヒナがいました(2020年7月26日:ヒマワリは、青空のもとで見たい)。

Img_5505c_20210724164401 Img_5513c_20210724164401  バロー桑名東店。我が家のすぐ北にあります。徒歩5分ですが、よほどの用がなければ行きません(^_^) 園芸用の「ふるい」が欲しかったのです。もっとも園芸用に使うのでなく、メダカの水槽を掃除したときにゴミを漉し採るのに流用しています。よくよく思い出してみれば、前回もここのWattsで買ったのでした(苦笑)。無事にゲット。

Img_5208c_20210724164401  それにしても、毎年の事ながら、梅雨明けのあと、しばらくの暑いこと。ゴイサギ、アオサギが九華公園に戻って来てくれると、もう少しモチベーションが上がると思うのですが……。来週は、台風8号が来るかも知れないとか。来週は、市役所の仕事が2日、江戸橋での仕事が1日ありますので、天候が気になります。そうそう、六華苑の早朝庭園無料公開、今の時期、私にはとくに見るところはないかという気がしてきました。

2021年7月23日 (金)

修行に励んでいます……その成果はカワセミの写真

Img_4655c  連休2日目、スポーツの日だそうです。今日も暑くなっています。最高気温は、33.4℃。このところ、毎日これくらいの暑さです。いつものことですが、今時分の散歩は、まさに修行です(苦笑)。その修行、今朝も7時半から開始。この時間たぶんすでに28℃。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築町からアピタ桑名店(100均ショップへ)、再び新築町から、吉津屋町を通って京町へ。寺町商店街は三八市でしたから、東側の寺町堀沿いを通って帰宅。6.8㎞。アピタへ行ったので、かなり歩きました。

Img_4917c_20210723144901  お陰様で、今日、修行の成果が早速現れました。九華公園で久しぶりに、カワセミをバッチリ見られたのです。九華公園に着いたときも、飛んでいるのを見て、遠くに豆粒くらいの大きさで写っている写真を撮ったのですが、幸いなことに、公園を半周して、再び、鎮国守国神社の社務所裏へ出ようとしたら、目の前にカワセミ嬢がいたのです。7月に入ってから2回ほど、カワセミの姿は見ていたのですが、写真には撮れずにいました。

Img_4634c_20210723145001 Img_4663c_20210723145001  さて、散歩の初めに戻って。枝かぶりではありますが、カワラヒワ。散歩に出てすぐ、諸戸氏庭園前の桜並木にて。最近、このあたりでは鳥を見なかったので、つい嬉しくて。さらに、住吉水門のところでは、アオサギさん。写真には入れませんでしたが、向かって右にはカワウもいました。

Img_4691c_20210723145001  蟠龍櫓の東では、ホオジロのオス。船津屋さんの裏手から、三の丸水門あたりでときどき、ホオジロのオスを見ます。同じ個体のように思えます。

Img_4824c_20210723144901 Img_4800c_20210723144901  九華公園に到着したのは8時前。上述のようにチラッとカワセミを見ましたので、しばらく探したのですが、どこへ行ったか分からなくなりました。奥平屋敷跡で、散歩友達のオールスターミーティング(苦笑)。Wさん、Mさん、Yさんと、前管理人Oさん。他に用事がなければ、ほぼ毎日来園。今日は、シルバーの皆さんが草刈りなどをする日で、Mrさん、Mkさんも。「暑いと、さすがに鳥は来ないねぇ」「スズメだけだ」などなど。Oさんが九華すずめ食堂に餌をやるのが、今のところ、ここでの楽しみ。もうそろそろ、アオサギや、ゴイサギが戻ってくると思います。

Img_4809c_20210723144901  九華すずめ食堂支店。Oさんが、「最近、誰かがパンを置いていってる」とおっしゃるので、見たらこんな風に置いてありました。餌台の横側の桟のところに細かくちぎったパンが置いてあるのです。

Img_4762c_20210723144901  奥平屋敷跡にあるハギ。少しだけ花が咲いています。毎年梅雨明けの頃や、8月頃にチラホラ咲いています。公園内は、木も多いので木陰がたくさんあります。また、堀がありますから、風が通るところが何ヶ所もあります。ただ、最近、散歩する人は少なく、ほとんどが毎日歩きに来る人だけ。この猛暑では、歩き慣れていないと体調を崩すこと必至です。

Img_4828c_20210723144901  九華公園に隣接して、市民プールがあります。去年は営業していなかったと思いますが、今シーズンは営業中。ただし、新型コロナウィルスの影響で7月21日から8月31日までだそうです。写真は、営業が始まる直前に撮りました。スタッフの方の姿があるのみですが、公園を通ってプールに行くと思われる子どもたちが少しいました。

Img_4957c_20210723144901 Img_4965c  貝塚公園、内堀公園では鳥はおらず。クマゼミが鳴いているのみ。貝塚公園では、散歩友達お二人に遭遇、しばし歓談。アピタ桑名店では、100均ショップで欲しいものがあったのですが、ここには置いてありませんでした。新光堂書店も覗きましたが、こちらでもめぼしいものはなし。昔は、文藝春秋など総合雑誌を読んだのですが、最近はすっかりご無沙汰。雑誌も、あまりおもしろいと思うものはなくなりました。ただし、雑誌そのものの要因だけではなく、私の方の興味、関心その他の影響も大なのでしょう。連休中でしたが、アピタはいつもの平日くらいの混雑。

Img_4977c_20210723144901  京町Mのツバメの巣。ヒナ3羽は、かなりツバメらしくなってきていました。孵った時期から考えると、巣立ちまでにはまだ1週間くらいあると思います。

Img_4952c_20210723144901 Img_5002c_20210723144801  ところで、九華公園では、アブラゼミを発見。ただし、鳴き声はほとんど聞かれません。現時点では、クマゼミの天下というか、クマゼミが制覇しているというか。奥平屋敷の一角に行くと、耳が痛いくらいたくさんのクマゼミが鳴いています。

Img_4679c_20210723145001  ちょっとだけ余談。今晩、東京オリンピックは開会式だそうですが、組織委員会の一部理事が、五輪開会式の中止や規模縮小を求める意見を武藤敏郎事務総長に伝えていたというニュースが流れています(こちら)。いやぁ、実にいろいろとあります。J-CASTニュースでは、“東京五輪「トラブル年表」”という記事をまとめており、「迷走だらけの8年」というサブタイトルをつけています。個人の過去の不始末に言及するのは、どうかと思いますが、武藤事務総長は、大蔵省時代の1998年、大蔵省接待汚職事件、通称「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」で官房長として対処に当たったのですが、調査が身内に甘く、トラブってしまい、いったんは降格処分を受けた方。後出しじゃんけんのようなことをいって恐縮ですが、私自身は、武藤さんが組織委員会の事務総長になったと聞いたとき、これを思い出して、大丈夫かよぉ?と思ったことを覚えています。それにしても、諸々あり過ぎて、選手の皆さんがお気の毒。

2021年7月22日 (木)

大暑の今日は、撮り鉄……近鉄12200系特急

Img_4534c_20210722153101  今日7月22日は、二十四節気では「大暑」です。夏至を過ぎて約30日で、夏の暑さが頂上に達する夏の盛りのころという意味です。今から、立秋(今年は、8月7日)までが暑さのピーク。今日も最高気温は、33℃。しかし、まったく余計な話ですが、この猛暑の時期によくオリンピックを開催することにしたものです。今回の東京オリンピック、あれこれ、いろいろとあってグダグダになってしまっています。オリンピックについて書き始めると長くなりますから、止めておきますが、IOCのバッハ会長は今さらながら掌返しのようなことを言い始めていますし(たとえば、こちら)、リオでマリオの扮装までして盛り上げていた安倍さんは開会式に参加しないそうです(こちら)。最後まで責任を持てよ、と思います。

Img_4319c_20210722153501 Img_4325c_20210722153201  さて、今日の散歩は、いつもと趣向をまったく一新(とまでは行っていませんが)。撮り鉄もどき(笑)。上之輪新田まで出かけて行きました。しかし、家を出る頃は雲も少しあったのに、現地では、右の写真のようによく晴れていました。新田ですので、日陰はまったくありません(苦笑)。撮り鉄といっても、左の写真のような電車を撮りに行ったのではありません。

Img_4378c_20210722153201 12200_20210722153101  目的は、こちら。「何だ、近鉄特急か」とおっしゃるかも知れません。しかし、ただの近鉄特急ではありません(俄仕込みの知識ですから、間違っているかも知れませんが)。これは、近鉄12200系(新スナックカー)という「名車」。は昭和44年から8年間にわたって製造し、近鉄特急車の中では最多の166両の車両群でした。「でした」と書きましたが、実は惜しまれつつ、今年2月で定期運行からは引退しています(たとえばこちら)。私も現役時代には、何度も乗り、ずいぶんお世話になりました。3月以降は、臨時列車、運転体験などのイベントがあったのですが、いよいよ8月7日に本当のラストランを迎えるそうです。近鉄のFacebookから右の企画を見つけ、名古屋線を走るというので、写真を撮ってこようと思った次第。

Img_4383c_20210722153301  現地には、8時40分頃到着。右上の画像にありますように、今日はまず、名古屋8時36分発の賢島往き特急として運用されます。この電車、桑名発は8時56分となっていますので、上之輪新田あたりを通るのは、8時50分過ぎ。予測していなかったのですが(このあたりが、俄鉄ちゃんの悲しさ)、名古屋行きのひのとりとちょうどすれ違うところが見られました。これには、大喜び。

Img_4390c_20210722153301 Img_4401c_20210722153301  私以外に5組ほど、写真を撮りに来た方がいらっしゃいました。線路にはもっと近づけ、さらに迫力のある写真も撮れるのですが、私は少し離れたところから撮っていました。この1時間あとにもう1本、賢島往き特急として走る予定ですが、この炎天下で1時間待ちをしたら、熱中症間違いなし。不要不急の存在であるジジイが世間様に迷惑をかけてはいけませんので、これにて撤退。まだまだ撮影のチャンスは残されていますし。

Img_4332c_20210722155201 Img_4356c_20210722153201  ちなみに、練習のためアーバンライナーの写真や、セントレアに向かっていたANAのジェット機の写真を撮ったりもしてきました(飛行機撮影がなぜ練習になるのか?)。

Img_4527c_20210722153301  ちなみにのあとに、余談。帰宅途中、東方にある大きな眼科病院の前を通っていたら、その敷地の向こうに大阪行きのひのとりが通過して行くのが見えました。向かって左が大阪方面ですので、最後部の写真。

Img_4444c_20210722155701 Img_4509c_20210722153101  往きはあるところまで娘に乗せていって貰い、帰りは上之輪新田から歩いてきました。住所でいうと、播磨、福島、東方のあたり。左は、上之輪神社。ここでいったん休憩。日陰があるから(笑)。このあと、沢南橋で鳥がいないか見たものの、さすがに何もいません。

Img_4452c_20210722155901 Img_4501c_20210722153101  鳥はいなかったものの、ハグロトンボが数羽いました。沢南橋と、そのすぐ上流の人自転車専用橋の間です。あまりよく撮れた写真ではありません。このハグロトンボも、チョウのようにヒラヒラと飛ぶトンボです。オスの胴体は金緑色に輝き、キラキラしてとてもきれいです。メスは全身黒。

Img_4547c_20210722160201 Img_4559c_20210722153101  沢南橋からエディオン、三洋堂書店の間を南下。昔はよく散歩に来たあたりですが、東方と福島の境あたりを歩いてきました。大橋通一丁目で、お地蔵さん。修徳小学校の北で桑名運河に行き当たります。この運河は、昭和初期に、桑名駅で降ろした木材を福島まで運ぶために、材木商組合が掘削したものだそうです。以前ここでも何度かカワセミを見たことがあります。

Img_4563c_20210722153101 Img_4567c_20210722153101  修徳小学校。小中高校は、昨日から夏休み。コロナでなければ、子どもたちが元気に遊び回っているのでしょうが、今日はどこを歩いていても、部活に行くらしい中学生は見かけても、小学生の姿はありません。小学校の少し南に畷公園。我が家の近くに美濃街道と八丁畷との追分があります(美濃街道は、もっとも最近では、今年2月27日に歩いています(20210227勝手に養老鉄道ハイキング「桑名の美濃街道再び(川口町~下深谷)」(完))が、リンク先の記事に、この追分や八丁畷への言及があります。ここ畷公園は、たぶん八丁畷に近いため、このように命名したと思っています(推測ですから確かではありません)。昔は、こんなにマンションに囲まれてはいませんでした。最近、桑名駅の東口は、マンションがたくさん建ち並んでいます。

Img_4604c_20210722153101 Img_4608c_20210722161001  畷公園で一休みしてから、国道1号線に出ます。1号線の参宮町交差点を渡って、珍しく10時前に帰宅。ですが、恒例により、拙宅前の住吉入江沿いのベンチでも小休止。今日歩いたのは、4.7㎞とやや短め。しかし、大暑だけに暑かったこと。世の中、4連休中です。六華苑では、この4連休の間、早朝庭園無料開放をしています(朝7時半~8時半)。それにも行きたいと思っていますし、博物館の「神社の来歴ー棟札を中心とした長島八幡神社のご神宝ー」展も見に行きたいと、暑い中あれこれ、考えています。夏休みを迎えた子どものようで、お恥ずかしい気もしますが……。

 猛暑の時期故に、皆様もご自愛のほど、お祈り申し上げます。

2021年7月21日 (水)

江戸橋での前期の仕事も終盤

Dscn4328c 水曜日、江戸橋での仕事の日であります。前期14回目。梅雨明けから4日目で、天候も安定してきて、真夏の空。桑名での最高気温は、32.6℃。往きは、桑名駅発8時40分の五十鈴川行き急行、江戸橋駅には9時22分到着。歩いて10分あまり。夏でも、江戸橋あたりは、朝のうちはたいてい風が吹いていて、多少は楽ですが、さすがに今日は着くまでに汗をかきました。14回目ですので、講義の内容のメインはほぼ終わり。来週、15回目は、カウンセリングの行われる領域や心理の資格について話した後、授業のまとめと試験について。去年はほとんど遠隔授業でしたから、2年生も筆記試験は未経験が多いようです。1年生は当然、初めての試験になります。皆、試験は気になるようで、出席票にも、「試験はどういう風ですか?」といった質問がチラホラ。

Dscn4348c 授業は12時までですから、帰りは、炎天下。こんなに天気がよくなくても良いのに、と思うくらい。ただし、今日は、風がけっこうありましたので、江戸橋駅まで戻るに汗だくとはなりませんでした。暑いので、志登茂川へ鳥見に道草する元気はありません(苦笑)。12時19分の名古屋行き急行で帰宅。桑名駅から自宅までが暑くて、汗だく。桑名も、川沿い、海沿いなのですが、江戸橋の方が風があって楽でした。夏場、気温を見ても、最高気温も津の方が、桑名よりやや低めという気がします。伊勢湾のもっとも奥にあるという地理的条件が関係しているような気がしますが、あくまでも推測。

Dscn4343c 来週が、前期の最終の授業。8月第1週に前期の定期試験。そういえば、来週は、月、木と市役所の仕事が入っています。私にしては珍しく、週3日も(!)仕事です。今日の出欠は確認済み。暑くなってきたせいか、先週、今週と出席率がやや低下。今日は、試験の予告の予告をしたのに、大丈夫でしょうか(微苦笑)。これから、出席票の感想、質問を読んで補足説明を書き始めます。

Dscn4330c  オマケ。非常勤講師控え室の前にあるツバメの巣。親ツバメ(コシアカツバメ)は出入りしているものの、巣から顔を出しているような写真は撮れません。ヒナがいると思うのですが、それはまったく見られません。今日は、道すがら、これという花も咲いていませんでしたので、写真には、色気はありません。

2021年7月20日 (火)

今日も暑い……アオサギが1羽いて救われた感じ

Img_3936c_20210720121101  正午までに32℃を越えました。今日も真夏日。テレビでは、「全国的に危険な暑さになる」といっています。三重県では、今日は熱中症警戒アラートは出ていませんが、暑かったです。いつものように7時半から散歩。この時点ですでに28℃。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、寺町商店街と5.5㎞。暑かったので歩く距離を少し控えたつもりでしたが、昨日とさほど変わりませんでした。

Img_3947c_20210720121101 Img_4006c_20210720121101  九華公園までの途中、鳥はほとんどいません。揖斐長良川の中洲からも、オオヨシキリの鳴き声は聞こえてきません。見たのは、わずかなスズメとドバト、ムクドリくらい。どこも、クマゼミが主役。耳どころか、頭が痛くなるほどたくさん鳴いているところもいます。

Img_3976c_20210720121101  九華公園では、アオサギさんが1羽。管理事務所南の花菖蒲園の西側にひっそりと佇んでいました。危うく見逃すところ。アブナイ、アブナイ。散歩&鳥見友達のYさんが教えてくださいました。朝から暑かったのですが、このアオサギさんがいてくれて、救われた感じです(微笑)。

Img_4114c_20210720121101  奥平屋敷跡、小1時間いたものの、やって来たのは、スズメばかり。しかもいつもよりはるかに少ないのです。九華すずめ食堂は、Oさんが餌を置くと、間髪を入れずスズメがやって来たものの、いつもよりお客の数は少ない印象。半分くらいかと思います。

Img_4048c_20210720121101 Img_4085c_20210720121101  やむなく鳥小屋を眺めていたら、まずは、巣箱からヒナが顔を出しているのを確認。もう一つは、いつぞや、鳥小屋の中にいる野を見つけたクマゼミ。今日もまだいました。鳴かないので、やはりメスと思われます。右の写真なら、鳥小屋の中にいるのが分かります。

Img_4156c_20210720121101 Img_4170c_20210720121101  鎮国守国神社は、やはり昨日16時から茅の輪くぐりでした。左、右、左と回ってから拝殿に向かい、祓え串を捧げてからお祓いを受けると書かれています。6月28日に春日さんで茅の輪くぐりはして来ましたが(2021年6月28日:春日さんで「夏越しの大祓」……「九華すずめ食堂」本店は大賑わい)、念のためもう一度、鎮国さんでもくぐってきました(別に悪いことを人よりたくさんやってきたということはありません)。

Img_4212c_20210720121001  このあと、貝塚公園では、カワラヒワのヒナらしき姿を見たものの、写真は撮れず。公園は今日も、どこもクマゼミの天下。先日も書きましたが、ニイニイゼミを探しているものの、まだ見てはいません。写真は、京町Mのツバメの巣のヒナ。3羽しかいないように見えます。4羽いたはずなのに。

Img_4217c_20210720121001 Img_4236c_20210720121001  住吉入江でスズメのヒナ。1羽だけでいましたから、もう自立したのでしょう。拙宅マンション前の電線にはカワラヒワが2羽。毎年この時期は、鳥がいないのは分かってはいるものの、やはり何となく張り合いがありません(笑)。修行だけに励むのもよいのですが、今日のアオサギさんのように救いの神がいてほしいもの。

Img_4188c_20210720121101  明日は、江戸橋での仕事。梅雨が明けましたから天気はよいでしょうが、明日も暑いでしょうねぇ。皆様も気をつけましょう。

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その3)……神戸の町を歩いて、鈴鹿市駅へゴール(完)

210717oiwake5  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回、その3です。その2では、鈴鹿市に入り、高岡町を歩いてきました。階段付常夜燈や、神戸見附跡を見て、神戸の町に入りました。「神戸」は「かんべ」と読みます。詳細なコースマップは、その5。ご覧いただいてお分かりのように、ゴールに設定した鈴鹿市駅はすぐ近くですが、ちょっと通り越して、札の辻などを見てからゴール。マップでいうと、札の辻などがある三叉路で伊勢街道は左折(東へ)。次の安倍歯科のところで街道は右折しますが、この日の伊勢街道歩きはここまで。

Img_3283c_20210719042901  旅館加美亭の先は、神戸の古くからの町。古いものがいろいろと目に入ってきます。左は、桑名の町でも見る「祭車庫」。常磐町祭車庫とありました。ここ神戸にも石取祭があります(神戸石取祭)。その歴史は明治30(1897)年頃、常盤町・北萱町・南萱町(橋北三町)が、石取祭発祥の地である桑名より祭車を譲り受け、それまで行われていた夏祭とあわせ、祭車を曳き石取祭へと変遷したものと伝えられています。神館飯野高市本多神社(神戸宗社;鈴鹿市神戸2丁目)のお祭りとして挙行されます。ちなみに、この神舘飯野高市本多神社は、倭姫命ゆかりの神社で、ご巡幸の折、この地にしばらく滞在されたといいます。それが、「神舘」という名前に残っているのでしょう。

Img_3286c_20210719042901  その先で、古い看板や、昔のクーラーの室外機を見つけました。ペプシコーラやコカコーラの看板があります。「セーフガード」の広告看板には、「ひと息に、ヘルシー」と書かれていますし、「あゝ 未知の味。」とあるのは、100円販売機でお馴染み、チェリオのスウィーティー。室外機、これはまだエアコンではなく、クーラー(要するに冷やす専用)のものと思います。

Img_3289c_20210719042901 Img_3292c_20210719042901  さらに、軒先の瓦屋根。しかも、粘土瓦を使い、土葺がされています。昔は、これが普通だったのですが、今となっては珍しい。瓦屋根はずいぶん減ってしまいましたし、今、屋根を瓦で葺くとしても、防水シートを敷いて、薄くて軽い瓦を載せます。また、ガルバリウム鋼板を使った金属製の屋根もあります。右は乳母車。今でも保育園での散歩に子どもたちが乗っているところを見かけますが、一般的には見なくなりました。

Img_3299c_20210719053201  近鉄鈴鹿線の踏切を越えたところに「ナショナル」の看板。今はPanasonicブランドになっていますが、その昔は松下電器/松下電工でした。

Img_3303c_20210717171301 Img_3307c  ナショナルの看板があったところの手前、7.5㎞地点で近鉄鈴鹿線を越えています。その先に大橋。神戸小学校のすぐ東で、六郷川という小さい川を渡る橋です。このあたりは、かつては神戸藩士の水練場であったといいます。今では、こんなところで泳げたのか、という気がするくらいです。しかし、これは現代のわれわれの感想に過ぎません。ここはまた、蛍の名所でもあったそうです。

Img_3325c_20210717171301  大橋から200m、札の辻が見えてきます。江戸時代には、高札場があったところ。油伊(あぶい)旅館がありますが、その手前に里程標と道路元標があります。

Img_3334c_20210717171301 Img_3338c_20210719061201  里程標には、「大正三年拾壱月 三重縣」、「日永村へ 壱里貳拾町拾六間  白子町へ 壱里貳拾貳町四拾四間  神戸町」、「距 津市元標五里参拾四町拾七間」、「距 三重縣桑名郡長島村大字押付管轄境七里参拾壱町五拾間」とあります。また、里程標の手前にあるのが、「神戸町道路元標」で、大正3(1914)年の建立。

Img_3354c_20210717185801  油伊旅館も営業しています。築150年。素泊まりは¥4,000~だそうです。3年前に内装と水回りのリフォームを終えているといいます。先ほどの加美亭といい、この油伊旅館といい、こういうところに一度は泊まってみたいものです。

Img_3351c_20210719061301 Img_3348c_20210719061301  油伊旅館にも、いろいろ昔のものが残っていました。「松竹 東宝○○」「上映中」「次週上映」という文字が読めます。昔の映画館の看板がかかったのだと思います。

Img_3370c_20210719061601  軒下を見上げると、電線。実家の昔の家でも、こういう風に配線してありました。プラスとマイナスと別々の電線がこのように平行に、碍子を使って走っていたのです。

Img_3386c_20210717171301  この日の伊勢街道歩きは、油伊旅館の東の三叉路まで。伊勢街道は、マップで安倍歯科とあるところで右折して南に向かいます。ゴールに設定した近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅に向かいます。と書きましたが、実は、昼食を摂るところを探して、若干ウロウロしました(苦笑)。予め調べて行ったものの、行列ができていたり、店に入ったものの店の方がいなかったり(^_^)。近鉄ハイキングで来たときに入った喫茶店は、営業していませんでした(休業や閉店ではなさそうでしたが)。ウロウロした挙げ句、結局、駅横ファミマで軽食をゲットし、イートイン(神戸見附跡で休憩したときに、おやつをかなり食べたのです……爆)。一応、近鉄鈴鹿市駅には13時15分頃到着。30分の休憩を含め、3時間35分ほどで8.0㎞を歩いてきました。

Img_3383c_20210717171301 Img_3397c_20210717171301  電車は、13時38分発の伊勢若松行きに乗車。伊勢若松に13時42分着。ここで名古屋線の急行に乗り換え。名古屋行き急行は、13時55分。待ち時間がそれなりにありますが、まあ遊びに来ていますから、気になりません。桑名駅には、14時22分に到着。¥500。左の写真は鈴鹿市駅の改札、右は乗り換えた伊勢若松駅のホーム。

Img_3411c_20210717171301  この日の歩数。スマホのALKOOのデータでは、20,145歩。20,000歩越えは久しぶり。よく歩きました。あすなろう追分駅から近鉄鈴鹿市駅までが8.0㎞、自宅から桑名駅往復が2.2㎞。合計10.2㎞を歩いたという次第。暑くなって大丈夫かとちょっと心配しましたが、日頃の修行の成果はあるようです。

2021年7月19日 (月)

鎮国守国神社の夏越しの大祓は、今日でした

Img_3870c_20210719145901  今日も暑くなっています。15時までの時点で、最高気温は、33.3℃。朝は、いつものように7時半から散歩を始めたのですが、その頃にはすでに28℃近く。風もなく、歩き始めてしばらくがもっとも蒸し暑い気がしました。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町から新築公園、京町、吉津屋町に戻って、定休日の寺町商店街を通過して帰宅。5.6㎞。いったん帰ったあと、駅前で用事を済ませ、ついでに三洋堂書店桑名店へ。先日、アピタの新光堂書店で買えなかった文庫本その他をゲット。冒頭の写真は、散歩途中、吉津屋町あたりで見上げた空。

Img_3851c_20210719145901 Img_3832c  昨日、鎮国守国神社に茅の輪が設置され、祓え串を氏子の方のお宅に配っていたと書きました(鎮国守国神社に茅の輪)。いつもの例に倣って、夏越しの大祓は明日・7月20日と書いてしまいましたが、散歩友達で神社係をしているYさんに今朝伺ったら、今日の午後が夏越しの大祓だそうでした。お詫びして訂正します(微苦笑)。朝、すでに祓え串が何本か納めてありました。いつもの例なら、16時から御神事。今日は暑いので大変でしょう。

Img_3672c_20210719145901 Img_3703c_20210719151201  さて、7時半にはすっかり夏の空。左の写真は、住吉神社の少し南から見た、長良川河口堰方面。手前の川は揖斐川。野鳥は、ほとんどいません。これもいつものことではあるものの、ちょっと寂しい。変わって、今の時期の主人公は、クマゼミ。あちこちで大合唱。先日も、クマゼミが鳴いているところで電話を受けたら、話ができませんでした(爆)。

Img_3713c_20210719151401 九華公園について、北門近くの堀をしばし覗き込んできました。これらは、たぶんボラの子ども。堀を覗き込んだのは、昨日、前管理人のKさんが、テナガエビがいるとおっしゃったから。しかし、昨日も、今日もまだ見つけられません。堀の周りには、シオカラトンボの他、ウチワヤンマがたくさん飛んでいます。サギは、先日以来見ていません。

Img_3793c_20210719151901 Img_3745c_20210719151901  奥平屋敷跡など、公園内では、スズメ、ドバト、ムクドリを少し見るだけ。本丸跡でチラリとカワラヒワを見られました。しばし待っても、鳥は現れず。九華すずめ食堂へのお客もいつもより少ない気がします。奥平屋敷跡にあるハギは、チラホラ花がついています。

Img_3860c_20210719145901  堀には、カワウが1羽。暑そうです。口を開けて、のどをブルブルと震わせていました。今日も、カルガモがいたという情報もあったのですが、私は見られず。

Img_3865c  貝塚公園、内堀南公園、新築公園ではほとんどクマゼミのみ。鳥は見当たらず。ヒマワリは、九華公園の南にあるお宅で、プランターに植えられていました。

Img_3874c_20210719145901  京町Mのツバメの巣も見てきました。ヒナは4羽とも元気そうでした。ツバメの巣は、車庫の上にあるので日陰ですが、これを見られるのは、旧東海道からで、日陰なし。親ツバメが来るのを待つという元気はありません。暑すぎます(苦笑)。

Img_3887c  それにしても暑い。散歩していても出遭うのは、いつもいつも、毎日毎日歩いている散歩友達か、顔見知りの人ばかりです。この暑さでは、たまに歩こうとか、いきなり歩こうという方には、散歩はとても勧められません。ある程度修行を積んだ方であれば大丈夫でしょうが……。三重県にも、今日は、「熱中症警戒アラート」が出ておりますので、所要&買い物の後は、エアコンが効いた室内で過ごしています。

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その2)……鈴鹿市に入り、階段付常夜燈や神戸見附跡を訪ねる

210717oiwake3 Img_3146c  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回その2です。その1では、四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、内部川を渡って、河原田の町を歩きました。光明山常超院の先で、鈴鹿市に入ります。常超院は県道103号線沿い。そのまま県道を進み善誓寺に立ち寄ったあと、伊勢街道に戻ります。鈴鹿市高岡町を進んでいます。高岡城址にある高岡神社と大福田寺にも行こうと思ったものの、かなり長い階段が見えて、断念。関西線沿いの常夜燈、鈴鹿川を高岡橋で渡って階段付常夜灯へというのが、詳細なコースマップその3。

Img_3150c_20210717171201 Img_3154c_20210717171201  鈴鹿に入って最初の立ち寄り先は、善誓寺。臨済宗妙心寺派のお寺。近鉄ハイキングの時にも立ち寄ったのですが、記事では言及していません(2019年4月11日:20190411近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅3日目~東海道、旅人気分で四日市宿から伊勢路へ」(予告編))。平成30(2018)年の台風21号で大きな被害を受けたようで、山門、本堂、鐘楼とも立ち入らないようにという注意書きがありました。由緒のあるお寺と思うのですが、荒れているのはとても残念。ネット検索では詳しい情報は出て来ません。

Img_3162c_20210717171201  善誓寺の先では、JR関西線沿いを歩きます。この北にJR河原田駅があります。この駅で、関西線と伊勢鉄道線が別れ、伊勢街道は2つの路線の間を進んでいます。ちょうど、伊勢鉄道線を名古屋行きの快速みえが走っていきました。伊勢鉄道は河原田から津までの路線。関西線の名古屋方面と紀勢本線の津以南を短絡するため、昭和48(1973)年9月に国鉄伊勢線として開業したのですが、昭和62(1987)年3月から第三セクター「伊勢鉄道」に継承されています。特急「南紀」や快速「みえ」がここを通っています。

Img_3164c_20210718194501  関西線沿いに右手に「大泉源之助翁彰功碑」があります。これについてネットで検索すると、「大泉式稲作法(大泉源之助著、大正8(1919年、神戸町(三重県)」という本が出て来ました(こちら)。この著者の顕彰碑かと思うものの、確証はありません。

Img_3171c_20210718194901 Img_3178  県道103号線をくぐったところに高岡神社の社号標。その西、JR関西線の踏切の手間に、高岡神社の一の鳥居。大福田寺(臨済宗東福寺派)、高岡神社に立ち寄ろうと思ったものの、河原田神社と同じく、かなり階段を登っていかないといけないことが判明。断念しました(苦笑)。ここは、高岡城址。高岡城は神戸城の北の支城として築かれた城で、神戸城主・神戸友盛の家老、山路弾正種常が城主をつとめ、永禄10(1567)年と翌年の2度にわたって北伊勢に侵攻してきた織田信長の軍勢に攻められたものの、落城しませんでした。その後、三男・織田信孝の養子を条件に両者は和睦しました。その後、謀反の企てなどがあったのですが、失敗に終わり、信孝の異母兄弟にあたる小島兵部が城主となっています。本能寺の変後に、信孝が岐阜城主になると兵部は神戸城へ移り、廃城となり、現在は、城址の一部が「高岡城跡公園」として整備されており、わずかに土塁や空掘が残っているといいます。

Img_3181c_20210718195301  その先、JR関西線沿いに常夜燈が見えます。これは、寛政11(1799)年に建立されたもの。このあと渡る高岡橋の北詰にあったもののようで、江戸から寄進されたと伝わっています。

Img_3192c_20210717171201 Img_3199c_20210718195501  高岡橋で鈴鹿川を渡ります。江戸時代には、この高岡橋あたりは、嘉永6(1853)年に無銭渡しの木橋がかけられるまでは、橋はなく、大変不便であったといいます。橋は、現在の高岡橋よりも少し西(上流側)にあったようです。ほとんど余談ですが、高岡神社の一の鳥居当たりから、この高岡橋を渡ったところまでは、ウグイスがたくさんいて、あちこちで鳴いていました。右の写真は、高岡橋の下流側。

Img_3213c_20210717171201 Img_3202c_20210717171201  高岡橋を渡って、スタートから5.5㎞ほどのところに常夜燈。この常夜燈には、点火用の階段がついています。「太神宮常夜燈」「国土安穏」などと刻まれています。文化4(1807)年の建立。点火用の階段がついた常夜燈は、ここでしか見た記憶がありません。階段部分は傷んでしまったようで、平成11(1999)年に修復されています。「平成十一年十月吉日修復 大泉源之」とありました。平成の世の中になっても、こういうものを修復してくださる奇特な方がいたんだと感激しました。

Img_1390c  これを書いていて、思いついたのですが、先の顕彰碑は「大泉源之助」さんのもの。同じ名字ということは、修復した「大泉源之」さんは、「大泉源之助」の子孫なのでしょうか?(勝手な推測で、たまたま同じ名字の他人かも知れません)。この写真は、平成31(2019)年4月11日の撮影。

Img_3219c_20210717171201 Img_3231c_20210717171301  常夜燈のところから下って、高岡の町に入っていきます。「みえの歴史街道」の伊勢街道のマップの説明には、このあたりは「古代条里制の面影が残り、一直線に進んでいる」という説明があります。条里制とは、7~8世紀頃、全国的に平野部を区画した地割のこと。幅六町(約654メートル)の直交する条と里(り)によって、大区画を作り、これで囲まれた正方形の各辺を六等分した幅一町の線で面積を36等分します。この一辺一町の小区画が面積一町で、これをさらに長地形、半折形に10等分して一段になります。

210717oiwake4  詳細なコースマップはその4。十宮に入ると常夜燈があり、7㎞を過ぎたところには、神戸見附跡。その東に阿自賀神社社号標、すぐのところに旅館加美亭があります。

Img_3237c  スタートから6.6㎞、十宮(とみや)に入ったところに常夜燈。文化14(1817)年に建立されたもの。大正9(1920)年に再建されています。十宮村三軒屋の入り口にあります。ここで、同行のK氏が、「常夜燈の内側はどうなっているんだろう?」といいます。確かに、疑問。この記事を書くに当たって、ネットでいろいろと調べて見たら、台座のところは、外側は石が並べられていますが、もともとは砂が詰められているようでした(たとえば、常夜燈の据付直し工事 | 山本石材の近状報告ブログ)。現代、修理するときは、台座の内部はコンクリートで埋め、石の継ぎ目はボンドで貼り付け、目地はモルタル仕上げになるようです。

Img_3242c_20210717171301 Img_3245c_20210718202101  神戸(かんべ)見附跡。伊勢街道の両側に土塁と石垣を築いたものが残っています。ここが神戸宿の入り口。町の治安を守るために番人がいて、夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたといわれています。

F5d81910 Img_3254c  明治2(1869)年の絵図にこの見付の様子が描かれています。絵図では、上が神戸の町。石垣が両側にあり、両開きの木戸が描かれています。街道の両側の石垣には木戸の柵を支えた溝が今も残っています(右の写真)。

Img_3269c_20210718204301  東側の土塁・石垣の傍らには、阿自賀神社社号標があります。「式内阿自賀神社 距此凡三町」とありました。明治2(1869)年建立。阿自賀(あじか)神社は、鈴鹿市須賀一丁目に現在もあります。距離がありましたので、行ってはいませんが、主祭神は品陀和気命、創建は建暦2(1212)年3月以前と考えられています。

Img_3273c_20210717171301  神戸見附跡で12時15分。ここまで休憩を取ってきませんでしたので、小休止。見附跡の西側は小公園になっていて、桜並木があり、ちょうど日陰になっていて、座れます。見附跡の西側の土塁が目の前にあり、またもやK氏から「土塁はどうやって作ってあるんだろう?」と。土塁は、もちろん「土を盛り上げて築いたとりで」。敵などの侵入を防ぐために築かれた、主に盛土による堤防状の防壁です。「城のつくり方図典(三浦正幸著)」によれば、平地に土塁を築く場合には、当然、よそから土を運んでこなければなりません。この神戸見附跡の場合、どのようにしたかは分かりませんが、城に土塁を作る場合、ほとんどの場合、土塁の横に堀を掘りますから、堀を掘った拝土を盛ったそうです。土塁の法面を保護するためには、草を植えるか、叩き固めるかの2つの方法があります。臨戦態勢では、叩きの方が堅固ですが、ひと雨降るごとに修復が必要になるので、やむを得ず草を植えたといいます。叩き土塁を築くには、厚さ数センチずつ層状に土砂を盛り上げ、各層ごとに叩き固める「版築(はんちく)」という工法が用いられました。この工法でつくって、乾燥すると大変強固な地盤となるそうです。土塁に植えられた草は、芝・小笹・麦門冬(ばくもんどう:ジャノヒゲまたはリュウノヒゲ)などが多かったといいます。余談が過ぎましたが、ここで30分ほど休憩。風がよく通って、暑かったものの、気持ちよいところでした。

Img_3279c_20210717171301  神戸見附跡のすぐ先、西側に、旅館加美(かみ)亭。創業250年以上のようです。主屋は明治13年に建てられたものですが、内部は、その後何度も改装されたそうです。今も営業しており、1泊4,000円。神戸は、十日市町(現神戸2丁目)が中心で、本陣や問屋もそこに集中していました。幕末には旅籠は19軒あり、常磐町(現神戸8丁目)に14軒もあったといいます。賀美亭は、当時は「紙屋」という屋号だったといいます。こちらに実際に泊まった方のブログ記事があります。

 ゴールは近いのですが、キリも良いので、その2はここまで。その3では神戸の町を歩きます。

2021年7月18日 (日)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(その1)……四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、内部川を越え、河原田へ

Isemap  7月17日に行ってきた「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」の第5回です。前回が5月22日でしたから、2ヶ月ぶり(2021年5月22日:20210522「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第4回「四日市~日永の追分」(予告編))。サボっていたわけではなく、諸般の事情があったということです。5月22日には、四日市にある日永の追分まで来ています。この日永の追分は、東海道伊勢街道(参宮街道)の分岐点です。この日からは、伊勢街道を歩いていきます。距離は、およそ18里(約70km)で、脇街道として整備されています。江戸時代、多くの人が伊勢参りに来ています。時には500万人もの人々が熱狂的に伊勢を目指したのが、この伊勢街道。東海道に次いで交通量が多く、物資や文化、情報の行き交う賑やかな街道であったといいます。また東海道、伊勢別街道伊賀街道和歌山街道初瀬(はせ)街道など多くの街道と合流するこの街道は、伊勢国の幹線道路として、旅人だけでなく地元の人々にも利用されていました。マップは、みえの歴史街道からお借りしました

210717oiwake0  四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅まで。東海地方は、この日がやっと梅雨明け。桑名では最高気温は31.6℃でしたが、風が吹いていて「猛暑」という感じではありませんでした。今日は、いつものように「予告編」。同級生K氏との二人旅の続きです。左の画像が、この日歩いたコースの全体マップ。追分駅から旧伊勢街道である県道13号線を南下します。日永の追分の少し南からです。この日は、立ち寄るところは少なめ。とくに、内部川を越えて、河原田の町に入るまではほとんどありません。河原田の町で、又兵衛橋、里程標、河原田神社、忘帰處、常超院。その先で鈴鹿市に入り、善誓寺、鈴鹿川を渡って、階段付常夜燈、常夜燈、神戸見附跡。ここから神戸(かんべ)の町に入り、旅館加美亭、大橋、札の辻、里程標、道路元標、油伊旅館を経て、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅へゴール。8㎞となりました。ひたすら歩くという感じでしたが、あまりあちこち立ち寄らなかったせいか、さほど疲れたという感じはありません。

Img_2895c_20210717171001 Img_2898c_20210718164401  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行に乗車。近鉄四日市駅で下車(8時55分着、¥300)。四日市あすなろう鉄道に乗り換えます。これらの写真は、あすなろう四日市駅。鉄道キャラクターの「鉄道むすめ『追分あすな』」ちゃんがいます(右の写真)。今年の3月にデビューしたとか。

Img_2902c_20210717171101Img_2906c  あすなろう四日市駅9時23分発の内部線の電車で追分駅まで行きます。左は、四日市あすなろう鉄道の電車。ここも、三岐鉄道北勢線と同じく、ナローゲージ。スピードもゆっくりで、いかにも電車に揺られているという感覚がたっぷり。

Img_2920c_20210717171101  今日のスタートである四日市あすなろう鉄道追分駅。追分駅には、9時35分着、¥270。9時40分にスタートします。

210717oiwake1  こちらが詳細なコースマップのその1。追分駅は、日永の追分のすぐ南西にあります。旧伊勢街道は、今は県道13号線。追分3丁目の交差点から県道13号線に入り、しばらくは、立ち寄るところはありません。工場地帯をひたすら南に歩いて行きます。

Img_2923c_20210717171101 Img_2926c  ここが追分3丁目の交差点。左は、日永の追分の方向を見たもの。残念ながら、道が少し曲がっていて、日永の追分は見えません。右の写真は、これから進む県道13号線の南の方面。時々、道ばたの水路を覗き込んで、魚や水生昆虫がいないか見るのですが、なかなか見つからず。

210717oiwake2  早くも詳細なコースマップその2。本来の伊勢街道は、このマップで大宗建設のところから萩野メタルワークスのある方向に進みます。しかし、今は、旧道に橋はなく、川原田橋を渡りますので、そのまま県道を直進。また、この本来の伊勢街道を行くと、大治田3丁目一里山に表忠碑と平和之礎があったのですが、県道からはそれは見えません。内部川を越えて、又兵衛橋、河原田小学校の北で里程標、小学校のところで孝女森田いと刀自像。河原田小学校の南西隅には、伊勢街道最初の一里塚があったそうですが、今は何もありません。その先で、河原田神社と忘帰處、また、常超院に立ち寄ります。

Img_2948c Img_2958c_20210718171901  河原田橋。内部川にかかっています。本来の伊勢街道のルートは、もう少し上流側。木橋がかかっていたそうです。右の写真で、小さい橋(NTTの電話ケーブルが通っています)のあたり。

Img_2971c_20210717171101 Img_2974c_20210717171101  河原田橋をわたってすぐに右折。堤防道路から降りて河原田の町に入っていきます。右が又兵衛橋。内部川のすぐ南側にある谷川を跨ぐ幅5.8m,長さ6.8mの小さな橋です。名前の由来は、橋の改修に尽力された石崎又兵衛という方からきています。昭和13(1938)年に鉄筋コンクリートで造られ、当時としては、数少ない石橋で河原田自慢の橋であったそうです(こちら)。

Img_2981c_20210717171101  又兵衛橋の先の伊勢街道。たぶん昔と同じくらいの道幅。いかにも旧街道というイメージです。伊勢までまだ約68㎞。先は長いのですが、ユルユルと参りましょう(微笑)。

Img_2999c Img_2989c  スタートから2.4㎞ほど、河原田の郵便局の近くに里程標があります。ここは、采女道(うねめみち)との交差点。「距 名古屋市 十五里十一町 守山町 十七里十五町」、「距 宇治山田市 十七里四町 久居町 八里三十二町」、「距 津市 六里三十二町 海蔵村 二里八町」と刻まれています。中央あたりで割れたのか、継いだ跡があります。これを観ていたら、散歩していた地元の高齢者の方が声をかけてこられました。「伊勢街道を歩いているの? この里程標は、20年の地震で折れてつないだんや」とおっしゃいました。20年の地震というのは、三河地震(昭和20(1945)年1月13日)かと思って尋ねたのですが、耳が遠いようで、返事はいただけませんでした。

Img_3014c_20210717171101 Img_3021c_20210718183801  その南に河原田小学校。伊勢街道に沿ったフェンスに子どもたちが書いたと思われる校歌や、街道沿いの名所の絵があります。右の写真は、先ほど渡ってきた又兵衛橋が描かれたもの。

Img_3003c Img_3010c_20210718183901  小学校には付きものだったのですが、二宮金次郎像。一時は気になって、桑名市内だけでも小学校を回ってチェックしようと思ったことがありました(苦笑)。さらにその近くに「孝女森田いと刀自像」。森田いとという方については調べても分かりませんでした。孝女(こうじょ)は、孝行な娘。刀自(とじ)は、「家事をつかさどる婦人。主婦。いえとうじ、あるいは、女性を尊敬または親愛の気持をこめて呼ぶ称」です。孝女を顕彰する石碑は、たまに見かけます。たとえば、津市の偕楽公園には「孝女登瀬碑」が、また、弥富の三ツ又池公園近くには、「孝女曽與(そよ)宅址」があります。

Img_3026c_20210718184801  この河原田小学校の南西隅には、かつて伊勢街道最初の一里塚があったといいます。この写真は、東側の塚があったと思われる場所です。慶長9(1604)年につくられ、街道の西側には松が、東側には榎が植っていたようですが、明治2(1869)年に樹木が切られ、今はありません。

Img_3031c Img_3047c_20210717171101  河原田小学校のすぐ南、スタートから2.6㎞あたりのところの西に河原田神社があります。明治42(1909)年6月、八幡社(河原田村大字内堀中屋敷)と須賀社(河原田村大字貝塚字一ノ縄)を三神社(河原田村大字河原田字三神山)へ合祀し、村社河原田神社と改名しました。平成10(1998)年12月火災により本殿、拝殿、社務所を全焼し、平成12(2000)年に再建されています。神社は小高い丘の上にあり、約100段ほどの階段を登っていかねばなりません。

Img_3059c_20210717171101  ご祭神は、天照大神大国主神弥都波能売神(ミツハノメノカミ;伊奘冉尊が火神を生んで病んだとき、その尿より生まれ、水の神としてまつられます)、猿田毘古神宇迦之御魂神建速須佐之男命五男三女神天児屋根命品陀和気命上筒之男命中筒之男命底筒之男命仁徳天皇木花之開耶姫命市杵島比売命の他、神社検索三重のサイトによれば、不詳八座とあります。

Img_3063c_20210718190201  拝殿の北には、頌徳碑が2つ。向かって左は、「熊沢市兵衛翁頌徳碑」です。熊澤家は農家で河原田の旧家で地主で、代々津藩・藤堂家の御金御用達の役を務めていました。熊澤市兵衛は幕末に庄屋などを務めており、戊辰戦争で『撒隊士』という身分で東征にしたがい、明治になって四日市に帰郷しました。明治時代に若くして三重県議会議員になり、河原田村の村長などの名誉職にも就いています。熊澤市兵衛は、農村出身の農民の家柄でしたが、勉学の必要性に気づき学問を重視していました。明治42(1909)年には河原田尋常高等小学校の建築費の一部を寄付しています。大正時代、皇太子であった裕仁親王の成婚時には、河原田尋常高等小学校の講堂を新築する費用の寄付と、入学志願者が少なくて不振だった三重郡立農学校(現・三重県立四日市農芸高等学校)に対しても、長男の熊澤一衛と協力して3万円と広い敷地を寄付しました。さらに、『熊沢奨学資金』を新設して、貧困家庭の子供たちの学業の補助をしています。また、河原田地区の西部丘陵地帯には、明治後半に熊沢市兵衛翁がみかん栽培を伝え、今も「河原田みかん」として親しまれています。 境内には、他に「神武天皇遙拝所」もあります。

Img_3091c Img_3078c_20210717171201  神社の西、さらに少し登ったところに忘帰處(ぼうきしょ)があります。河原田神社のある三神山頂上にあります。ここから見る眺めは河原田随一の景勝地だそうで、田中光顕伯爵が熊沢市兵衛翁宅を訪れた際に、この地の風景の美しさに見とれて帰ることを忘れたということから「忘帰處」と名づけられています。標高41mあまりの山上に建てられている記念碑は、伯爵自らの筆によるもので、昭和8(1933)年10月、88歳になった熊沢市兵衛翁が建てています。山上からの眺めは一望千里に渡り、晴れた日には、知多半島から木曾御岳の山並みも望み見ることができる絶好の名勝地です。

Img_3074c_20210718190701  上左の写真が、「忘帰處」から見た東の方角。樹木がかなり茂っていて視界を妨げていました。木々がこれほど茂っていなければ、景色がよく見えると思います。見とれて帰るのを忘れるという気持ちは何となく分かります。我々は、ちょっと腰を下ろしてお茶を飲んだだけ。「帰るのを忘れないうちに、行こう」と降りていったのです(苦笑)。河原田神社、忘帰處の詳細は、こちらにあります。

Img_3118c_20210717171201  河原田神社から降りて来て、二の鳥居をくぐったところで、神社の前にある水路にアオサギさんを発見。何気なく佇んでいました。草が生い茂っていますが、餌の魚が捕れるのでしょうか?

Img_3112c_20210719065201  河原田神社に登っていく階段の下にも「森田いと女遺徳碑」があります。よほどその徳がすぐれていた刀のでしょう。ただ、木々や草が生い茂っていて、碑陰を確認できませんでした。どのような方か知りたかったのに、残念。

Img_3132c_20210717171201 Img_3136c_20210717171201  続いて、伊勢街道から少し外れ、光明山常超院に立ち寄りました。県道13号線に面しています。昇平3(応安元(1368))年に僧湛空の創建により、天台宗でしたが、寛永元(1624)年に真宗高田派に属しています。鐘楼門が大変立派なものでした。平成10(1998)年につくられたものと記憶しています。「鐘楼門といいながら、上がれないな。どうやって鐘をつくんだ?」などと思っていたら、門の内側に鐘をつくためのロープ(?)が下がっていました(苦笑)。伊勢街道には戻らず、そのまま県道13号線を進みます。

 その1は、ここまで。その2では、いよいよ鈴鹿市に入ります。

鎮国守国神社に茅の輪

Img_3637c_20210718145201  昨日は、久しぶりに伊勢詣りハイキングに行き、合計10.2㎞を歩いてきましたが、日頃の修行の成果か、とくに疲れたということもなく済んでいます。今朝は、訳あって家事を済ませ、8時から散歩開始。いつもどおり、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、新築町、アピタ桑名店(新光堂書店)、常磐町、京町、吉津屋町、南魚町と6.7㎞も歩いてきました(苦笑)。そんなに歩かなくても良いのにと、我ながら思うくらい。最高気温は、32.1℃。午後からは少々蒸し暑い感じで、通り抜ける風も湿っています。

Img_3537c_20210718145301 Img_3603c_20210718145201  まずはこちら。鎮国守国神社では、夏越しの大祓は7月20日。今日、お参りに行ったら、茅の輪が設けられていました。ただし、まだくぐれないようにしてあります。このあと、内堀公園近くで、鎮国守国神社の氏子の方のお宅に祓え串を配っておられました。1軒ずつ、右の写真のようにポストに入れて回って行かれます。夏越しの大祓の前にこれに住所、氏名を書いて神社に納めるのです。

Img_3467c_20210718145301  さて、8時頃にはかなり気温が上がっていました。鳥影はほとんどありません。三の丸水門のところで、何やら動く様子。よく見たら、ヒバリが2羽。暑い時期にも見ることはありますが、結構珍しい。

Img_3558c_20210718145301 Img_3510c_20210718145301  九華公園で、6月まで管理人を勤めていたKさんに会いました。「時間を持て余しちゃってね」とおっしゃいました。公園内も鳥は少なく、スズメ、ドバト、ムクドリくらい。ずいぶん久しぶりにカルガモが1羽、姿を見せました。以前も1羽が滞在していましたが、そのカルガモかという気もします。暑いのに、陽がよく当たる元アヒル小屋のところに座っています。奥平屋敷跡では、散歩友達のWさん、Mさん。元管理人のOさんは現れずで、すずめ食堂は臨時休業。

Img_3477c_20210718145301 Img_3493c  クマゼミは相変わらず、九華公園でもあちこちで絶賛大合唱中。今のところ、アブラゼミの鳴き声は聞こえません。ニイニイゼミは少しだけ鳴いていますが、まだ姿は確認できていません。堀の周囲をウチワヤンマがパトロール。時々、石垣や木の上で休んでいます(右の写真)。

Img_3562c_20210718145301 Img_3570c_20210718145301  公園の野球場では、中学生の試合。木陰で応援する家族の姿が見えます。しばし、野球を眺め、貝塚公園に行こうとしたら、女の子たち10名ほどがランニングするのとすれ違いました。皆、挨拶をしてくれ、ジイ様はちょっとうれしい(微笑)。子どもたちは、元気です。

Img_3581c_20210718151801  貝塚公園も、内堀公園もクマゼミの合唱が聞こえるだけ。鳥はいません。アピタ桑名店の新光堂書店へ文庫本の新刊を見に行ったものの、売れてしまったようで、残念ながらありませんでした。東北フェアをしていたので覗いてみましたが、これはというものはなし。寺町は三八市。日曜と市の開催が重なると大賑わいですので、パス。ヒマワリは、九華公園の南のお宅にて。

Img_3608c_20210718145201  京町Mのツバメの巣。ヒナは4羽。元気そうでした。暑かったので、親が来るのは待たず、ヒナの写真を撮ってオシマイ。

Img_3629c_20210718151801  寺町交差点のところで見上げた北西の空。梅雨は明けたものの、県中南部では雨も降っているようですし、このあたりも雲がけっこう多くなっています。まだ大気は不安定なのかも知れません。

Img_3624c_20210718151801  今週の予定は、水曜日の江戸橋での仕事のみ。その他には、桑名市博物館で7月21日(水)から「学習支援展示 神社の来歴―棟札を中心とした長島八幡神社のご神宝―」と「刀剣コレクションⅡ―多度大社の宝刀―」が8月29日まで開催されます。長島八幡神社には獅子舞が伝わっています。元禄12(1699)年に北島地区氏子が獅子頭二頭と天狗面二面を奉納したことから始まったとされます。長島八幡神社は、寛元3(1245)年、光明峯寺家郷が、相州鎌倉から帰京の節、北島浦に船を寄せ、この地の景勝を愛でて、ここに鶴ケ岡八幡宮の御分霊を勧請奉祀したとの記録があり、棟札にもその事が記されているそうです。博物館の展示には、この棟札が出品されるものと思います。この神社には行ったことはあるものの(2017年9月14日:長島で鳥見、歴史散歩……河口堰と、長島城跡、蓮生寺、八幡社へ)、獅子舞はまだ見たことがありません。多度大社の宝刀について、多度大社のサイトを見ますと、室町時代の「正重(短刀)」があるといいます。天文年間(1532~1555年)のものと考えられているそうです。これが見られるのでしょう。見てこなくっちゃ。写真は、南魚町で見たサルスベリの花。

2021年7月17日 (土)

20210717「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第5回「日永の追分~鈴鹿・神戸」(予告編)

Img_2902c_20210717171101  東海地方は、今日になってやっと梅雨明けが宣言されました。梅雨期の日数が62日と昭和26(1951)年の統計開始以降最長だったそうです。梅雨明けは、平年より2日、昨年より15日それぞれ早かったのですが、今年は梅雨入りが5月16日と平年より21日も早かったので、最長ということになったようです。梅雨明けを記念して、ということではありませんが、5月22日以来の「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」に行ってきました(2021年5月22日:20210522「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」第4回「四日市~日永の追分」(予告編))。今日は第5回。「日永の追分~鈴鹿・神戸」ということで、四日市あすなろう鉄道追分駅をスタートし、近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅まで。桑名では最高気温は31.6℃でしたが、風が吹いていて「猛暑」という感じではありませんでした。今日は、いつものように「予告編」。同級生K氏との二人旅の続きです。

210717oiwake0  こちらが今日歩いてきたコースの全体図。四日市市追分から、鈴鹿に入り神戸(かんべ)まで、実際に歩いたのは、8㎞+α。追分駅からほぼひたすら南に歩くというコース。今日からは、伊勢街道(参宮街道)になります。今日は、立ち寄りポイントはあまりなく、ひたすら歩くという感じでした。しかし、あちこち立ち寄らなかったせいか、コースマップ上の距離は、これまでで最も長かったものの、さほど疲れたという感じはありません。

Img_2895c_20210717171001 Img_2920c_20210717171101  桑名駅を8時42分に出る五十鈴川行き急行に乗車。近鉄四日市駅で下車し〈8時55分着、¥300)、四日市あすなろう鉄道に乗り換え。あすなろう四日市駅9時23分の内部線の電車で追分駅まで行きます。追分駅には、9時35分着、¥270。左は、四日市あすなろう鉄道あすなろう四日市駅、右は、今日のスタートである四日市あすなろう鉄道追分駅。9時40分にスタート。

Img_2923c_20210717171101 Img_2926c  追分三丁目の交差点から伊勢街道(県道13号線)に入ります。左の写真で向かって左から来て、手前に曲がりました。写真奥の方が、日永の追分。追分が見えないかと思ったのですが、道がカーブしていますので、残念ながら追分にある伊勢二の鳥居などは見えず。ここからしばらくは、立ち寄るところもありません。故にひたすら工場地帯の間を歩いて行くことになります。道沿いにある流れを時々眺めて、魚などが泳いでいないかを確かめるくらい。

Img_2948c Img_2971c_20210717171101  スタートから2㎞地点で内部川を渡ります。旧伊勢街道では、木橋がかかっていたのですが、今はありません。そのため、県道13号線にかかる河原田橋を渡ります。内部川を渡ると、河原田の町に入っていきます。

Img_2974c_20210717171101  河原田に入ってすぐに又兵衛橋。内部川のすぐ南側にある谷川を跨ぐ幅5.8m,長さ6.8mの小さな橋です。名前の由来は、橋の改修に尽力された石崎又兵衛という方からきています。昭和13(1938)年に鉄筋コンクリートで造られ、当時としては、数少ない石橋で河原田自慢の橋であったそうです(こちら)。

Img_2981c_20210717171101  又兵衛橋をわたったところから眺めた伊勢街道。県道13号線は、道幅も広く、交通量も多いので、昔の街道というイメージはほとんど感じられませんでしたが、このあたりからはいかにも旧街道という感じになります。

Img_2989c Img_2999c  スタートから2.4㎞ほど、河原田の郵便局の近くに里程標があります。ここは、采女道との交差点。「距 名古屋市 十五里十一町 守山町 十七里十五町」、「距 宇治山田市 十七里四町 久居町 八里三十二町」、「距 津市 六里三十二町 海蔵村 二里八町」と刻まれています。中央あたりで割れたのか、継いだ跡があります。これを観ていたら、散歩していた地元の高齢者の方が声をかけてこられました。「伊勢街道を歩いているの? この里程標は、20年の地震で折れてつないだんや」とおっしゃいました。20年の地震というのは、三河地震(昭和20(1945)年1月13日)かと思って尋ねたのですが、耳が遠いようで、返事はいただけませんでした。

Img_3014c_20210717171101 Img_3018c_20210717171101  その先に河原田小学校。敷地を囲うフェンスに「河原田小学校校歌」の他、伊勢街道や、近くの名所旧跡を示す絵が掲げられていました。たぶん子どもたちの手書き。こういうのは微笑ましくていい感じ。街道沿いの敷地内には、二宮金次郎像や、「孝女森田いく刀自像」がありました。また、河原田小学校の敷地南西隅には、伊勢街道最初の一里塚があり、西側には松、東側にはエノキが植わっていたそうですが、今は何もありません。

Img_3031c Img_3059c_20210717171101  河原田小学校のすぐ南、2.6㎞あたりのところの西に河原田神社があります。明治42(1909)年6月、八幡社(河原田村大字内堀中屋敷)と須賀社(河原田村大字貝塚字一ノ縄)を三神社(河原田村大字河原田字三神山)へ合祀し、村社河原田神社と改名しました。平成10(1998)年12月火災により本殿、拝殿、社務所を全焼し、平成12(2000)年に再建されています。ご祭神は、天照大神大国主神弥都波能売神(ミツハノメノカミ;伊奘冉尊が火神を生んで病んだとき、その尿より生まれ、水の神としてまつられます)、猿田毘古神宇迦之御魂神建速須佐之男命五男三女神天児屋根命品陀和気命上筒之男命中筒之男命底筒之男命仁徳天皇木花之開耶姫命市杵島比売命の他、神社検索三重のサイトによれば、不詳八座とあります。

Img_3078c_20210717171201 Img_3091c  河原田神社の西の、さらに高いところには忘帰處(ぼうきしょ)があります。ここは河原田随一の景勝地だそうで、田中光顕伯爵が熊沢市兵衛翁宅を訪れた際に、この地の風景の美しさに見とれて帰ることを忘れたということからと名づけられています。標高41mあまりの山上に建てられている記念碑は、伯爵自らの筆によるもので、昭和8(1933)年10月、88歳になった熊沢市兵衛翁が建てています。山上からの眺めは一望千里に渡り、晴れた日には、知多半島から木曾御岳の山並みも望み見ることができる絶好の名勝地とされます。ただ、今は、左の写真のように、木が生い茂ってしまい、眺めが少し妨げられています。ここは、2019年4月11日に近鉄ハイキングの「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り」で尋ねています(というか、そもそもこの伊勢詣りハイキングが、近鉄ハイキングのこの企画を再現しています(20190411近鉄ハイキング「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅3日目~東海道、旅人気分で四日市宿から伊勢路へ」(予告編))。

Img_3132c_20210717171201 Img_3136c_20210717171201  河原田神社、忘帰處から伊勢街道に戻り、続いて光明山常超院に立ち寄りました。伊勢街道からは外れて、県道13号線に面しています。昇平3(応安元(1368))年に僧湛空の創建により、天台宗でしたが、寛永元(1624)年に真宗高田派に属しています。鐘楼門が大変立派なものでした。記憶では、平成10(1998)年につくられています。「鐘楼門といいながら、上がれないな。どうやって鐘をつくんだ?」などと思っていたら、門の内側に鐘をつくためのロープ(?)が下がっていました(苦笑)。伊勢街道には戻らず、そのまま県道13号線を進みます。

Img_3146c  スタートから4㎞の手前で鈴鹿市に入りました。思えば、桑名を出発したのが、4月9日でした(20210409「東海道・伊勢街道歩いて伊勢詣りツアー」……第1回「七里の渡し跡~朝日」その1……七里の渡し跡から七曲見附跡)。朝日町、四日市市を経てここまで来られました。

Img_3150c_20210717171201 Img_3154c_20210717171201  鈴鹿に入って最初の立ち寄り先は、善誓寺。臨済宗妙心寺派のお寺。近鉄ハイキングの時にも立ち寄ったのですが、記事では言及していません。平成30(2018)年の台風21号で大きな被害を受けたようで、山門、本堂、鐘楼とも立ち入らないようにという注意書きがありました。ネット検索では詳しい情報は出て来ません。

Img_3178  善誓寺の先、県道103号線をくぐったところで大福田寺(臨済宗東福寺派)、高岡神社に立ち寄ろうと思ったものの、河原田神社と同じく、かなり階段を登っていかないといけないことが判明。断念しました(苦笑)。ここは、高岡城址。高岡城は神戸城の北の支城として築かれた城で、神戸城主・神戸友盛の家老、山路弾正種常が城主をつとめ、永禄10(1567)年と翌年の2度にわたって北伊勢に侵攻してきた織田信長の軍勢に攻められたものの、落城しませんでした。その後、三男・織田信孝の養子を条件に両者は和睦しました。その後、謀反の企てなどがあったのですが、失敗に終わり、信孝の異母兄弟にあたる小島兵部が城主となっています。本能寺の変後に、信孝が岐阜城主になると兵部は神戸城へ移り、廃城となり、現在は、城址の一部が「高岡城跡公園」として整備されており、わずかに土塁や空掘が残っているといいます。

Img_3192c_20210717171201  高岡橋で鈴鹿川を渡ります。江戸時代には、この高岡橋あたりは、嘉永6(1853)年に無銭渡しの木橋がかけられるまでは、橋はなく、大変不便であったといいます。橋は、現在の高岡橋よりも少し西(上流側)にあったようです。ほとんど余談ですが、高岡神社の一の鳥居当たりから、この高岡橋を渡ったところまでは、ウグイスがたくさんいて、あちこちで鳴いていました。

Img_3213c_20210717171201 Img_3202c_20210717171201  高岡橋を渡って、スタートから5.5㎞ほどのところに常夜燈。この常夜燈には、点火用の階段がついています。「太神宮常夜燈」「国土安穏」などと刻まれています。文化4(1807)年の建立。点火用の階段がついた常夜燈は、ここでしか見た記憶がありません。階段部分は傷んでしまったようで、平成11(1999)年に修復されています。「平成十一年十月吉日修復 大泉源之」とありました。平成の世の中になっても、こういうものを修復してくださる奇特な方がいたんだと感激しました。

Img_3231c_20210717171301 Img_3219c_20210717171201  常夜燈のところから下って、高岡の町に入っていきます。「みえの歴史街道」の伊勢街道のマップの説明には、このあたりは「古代条里制の面影が残り、一直線に進んでいる」という説明があります。

Img_3237c  スタートから6.6㎞、十宮(とみや)に入ったところに常夜燈。文化14(1817)年に建立されたもの。大正9(1920)年に再建されています。十宮村三軒屋の入り口にあります。

Img_3242c_20210717171301 Img_3254c  7.1㎞を過ぎたところ、常楽寺の東に神戸見附跡があります。伊勢街道神戸宿の入り口にあたり、両側に土塁と石垣を築いたものです。町の治安を守るために番人がいて、夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたといわれています。明治2(1869)年の絵図にこの見付の様子が描かれています。街道の両側の石垣には木戸の柵を支えた溝が今も残っています(右の写真)。この溝、近鉄ハイキングで来たときには見つけられませんでした(苦笑)。

Img_3273c_20210717171301  ここ、神戸見附跡の西側は、小公園として整備されています。ゴールまで1㎞もありませんでしたが、今まで休憩を取っていませんでしたので、ここで小休止。12時15分から30分ほど。桜の木がたくさん植えられており、春には花見ができそうです。風がよく通って、暑かったものの、気持ちよいところでした。

Img_3279c_20210717171301  神戸見附跡のすぐ先、西側に、旅館加美(かみ)亭。今も営業しており、1泊4,000円。神戸は、十日市町(現神戸2丁目)が中心で、本陣や問屋もそこに集中していました。幕末には旅籠は19軒あり、常磐町(現神戸8丁目)に14軒もあったといいます。賀美亭は、当時は「紙屋」という屋号だったといいます。こちらに実際に泊まった方のブログ記事があります。

Img_3303c_20210717171301 Img_3307c  7.5㎞地点で近鉄鈴鹿線を越えます。その先に大橋。神戸小学校の手前、六郷川という小さい川を渡る橋です。このあたりは、かつては神戸藩士の水練場であったといいます。今では、こんなところで泳げたのか、という気がするくらいです。しかし、これは現代のわれわれの感想に過ぎません。ここはまた、蛍の名所でもあったそうです。

Img_3325c_20210717171301 Img_3334c_20210717171301  大橋から200m、札の辻が見えてきます。江戸時代には、高札場があったところ。油伊(あぶい)旅館がありますが、その手前に里程標と道路元標があります。里程標には、「大正三年拾壱月 三重縣」、「日永村へ 壱里貳拾町拾六間  白子町へ 壱里貳拾貳町四拾四間  神戸町」、「距 津市元標五里参拾四町拾七間」、「距 三重縣桑名郡長島村大字押付管轄境七里参拾壱町五拾間」とあります。また、里程標の手前にあるのが、「神戸町道路元標」で、大正3(1914)年の建立。

Img_3354c_20210717185801  油伊旅館も営業しています。築150年。素泊まりは¥4,000~だそうです。3年前に内装と水回りのリフォームを終えているといいます。先ほどの加美亭といい、この油伊旅館といい、こういうところに一度は泊まってみたいものです。

Img_3386c_20210717171301  油伊旅館の先で、今日の伊勢街道歩きは区切り。ゴールに設定した近鉄鈴鹿線鈴鹿市駅に向かいます。と書きましたが、昼食を摂るところを探して、若干ウロウロしました(苦笑)。予め調べて行ったものの、行列ができていたり、店に入ったものの店の方がいなかったり(^_^)。近鉄ハイキングで来たときに入った喫茶店は、営業していませんでした(休業や閉店ではなさそうでしたが)。ウロウロした結果、駅横ファミマで軽食をゲットし、イートイン(神戸見附跡で休憩したときに、おやつをかなり食べたのです……爆)。

Img_3383c_20210717171301 Img_3397c_20210717171301  鈴鹿市駅あたりには13時15分頃に着いたのですが、このようにウロウロした結果、結局、電車は、13時38分発の伊勢若松行きに乗車。伊勢若松に13時42分着。ここで名古屋線の急行に乗り換え。名古屋行き急行は、13時55分。待ち時間がそれなりにありますが、まあ遊びに来ていますから、気になりません。桑名駅には、14時22分に到着。¥500。

Img_3411c_20210717171301  今日の歩数。スマホのALKOOのデータでは、20,145歩。20,000歩越えは久しぶり。よく歩きました。あすなろう追分駅から近鉄鈴鹿市駅までが8㎞、自宅から桑名駅往復が2.2㎞。合計10.2㎞を歩いたという次第。暑くなって大丈夫かとちょっと心配しましたが、日頃の修行の成果はあるようです。以上、予告編でした。明日以降、本編を書きます。

2021年7月16日 (金)

春日さんで「映えスポット」チェック……ハシボソガラスがミドリガメの卵を食べているところを確認

Img_2364c_20210716172101  朝5時頃には雨が降って、南の空には虹が出ていましたが、いつも通り散歩に出た7時半過ぎからはほぼ晴れ。最高気温は、31.1℃(14時過ぎ)。関東甲信、東北は梅雨明けが宣言されましたが、東海地方は今日もお預けです。授業のQ&Aは、今朝早くにチェックし、修正を施し完了。メールでお願いしました。

Img_2385c_20210716172101  その散歩、いつも通り、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園から今日は、桑名宗社(春日さん)、南魚町、京町、吉津屋町、寺町と回って、5.9㎞。歩き始めは北の風で少しは楽だったのですが、次第に南からの湿った風に変わり、かなり蒸し暑い日でした。

Img_2408c_20210716172101 Img_2421c_20210716172101  住吉神社の前から揖斐川を覗いたら、住吉水門と川口水門の間にアオサギさんがいました。繁殖シーズンも終わったようで、あちこちにアオサギが戻って来ているようで、喜ばしい限りです。船津屋さんの裏手の高水敷では、ホオジロのオス。これを撮った後すぐに逃げられ、証拠写真(苦笑)。

Img_2522c_20210716172001 Img_2472c_20210716172001  九華公園も相変わらずで、鳥は多くはありません。見かけたのは、スズメ、ドバト、ムクドリ、カワラヒワ、ハシボソガラスくらい。ただし、いずれも数は多くはありません。九華すずめ食堂本店は、いつにもまして大賑わい。コゲラが開けていると思われる木の穴は、今日は昨日とは変わりありませんでした。コゲラの鳴き声は、本丸跡を歩いているとき、少しだけ聞こえましたが、姿は見えず。

Img_2548c Img_2569c_20210716172001  「今日も、鳥はいないなぁ」とぼやきつつ、奥平屋敷跡の鳥小屋の裏を見に行ったら、ちょっと離れたところで、ハシボソガラスの親子連れ。よくよく見ると、親ガラスの足元に白い、小さな物体が見えます。子ガラスは、スズメなどと同じく、口を開け、翼をバタバタさせて「餌くれコール」。白い小さな物体は、たぶんミドリガメの卵。

Img_2469c_20210716173501  こちら、奥平屋敷跡のステージの前で見つけた光景。こうやって、ミドリガメが産んだ卵をカラスが掘り返して食べてしまうのです。それにしても、カラスが亀の卵を食べているシーンは初めて見ました。

Img_2528c_20210716172001  奥平屋敷跡のインコの鳥小屋では、ちょっと不思議なことに気づきました。写真の撮り方を失敗したのですが(インコや、鳥小屋内部も入れれば分かりやすかった)、鳥小屋の中にクマゼミが1匹いたのです。鳴かないので、メスだと思います。どこから入った? あるいは、鳥小屋の中で幼虫から変身した? 鳥小屋の床は、西半分はコンクリートで固められています。東半分の表面は土になっているものの、それが地中の奥まで続いているのかどうかは不明。ざっと見た限りでは、抜け殻は見当たりません。

Img_2648c_20210716172001 Img_2541c_20210716172001  クマゼミは、元気であちこちで大合唱を展開しています。ニイニイゼミの鳴き声も聞こえるのですが、今シーズンはまだその姿は見ていません。クマゼミも近くに行くと鳴き止みますが、ニイニイゼミの方がもう少し神経質な感じで、ちょっとでも近くに行くとすぐに黙ってしまうのです。

Img_2611c_20210716172001  奥平屋敷跡から二の丸跡へ行こうとしたら、二の丸跡の南の堀に、アオサギさん。二の丸跡にいるときは、鳥がやってこないかチェックするのに、ゆっくりと回って、あちこち見ているのですが、まったく気づかず。知らないうちにやってくるというのがアオサギの特徴。

Img_2658c_20210716172001  途中、貝塚公園、内堀公園ではクマゼミが鳴いていただけ。春日さんへ。あの「映えスポット」のその後と、さららにいろいろと映えるイベントをしているということでしたので、それらを見てこようと思ったのです(桑名宗社のインスタにあります)。

Img_2712c_20210716171901  まずは、ハート形をした『結』絵馬をかけるところと、お神籤を結ぶ神籤かけ。左は、その遠景。『結』絵馬も、お神籤も前回来たときより増えています(2021年7月1日:梅雨らしい日、散髪のあと春日さんとツバメの巣を見る)。

Img_2751c_20210716180501 Img_2747c_20210716171901  『結』絵馬、結構たくさん奉納されていました。『春日さんの壁をハートでいっぱいにしよう⭐️』が合言葉だそうです(微笑)。『結』絵馬を授与され方限定の『結』絵馬の柄の御朱印もあるそうです(取り敢えず9月30日までということです)。ちなみにハート型ですと、恋愛成就と思われるかも知れませんが、神様と人、人と人、願い事と人など、たくさんの縁をつなぐという趣旨といいます。

Img_2721c_20210716171901  こちらは、神籤かけ。普通のお神籤の他、写真の中央に写っているような子ども向けのバージョンもあるようです。

Img_2690c_20210716172001 Img_2725c_20210716172001  さらに他の映えるイベントもありました。まずその1つは、「夏詣(なつもうで)」。初詣の駄洒落かと、失礼なことも思ったのですが、「夏越しの大祓」を経て、「過ぎし半年の無事を感謝し来る半年の更なる平穏を願うべく、年の半分の節目として、7月1日以降にも神社・仏閣に詣でる。この新たな習慣を「夏詣」と称して、 我が国の守り伝えるべき風習となるよう、共に育てていきたい」という趣旨だそうです。7月15日~9月30日の期間限定で、特別の御朱印もあるとか。いろいろと考えておられます。

Img_2697c_20210716171901  もう1つが、こちら。Img_2707c_20210716182001竿で釣り上げるおみくじ『鯛みくじ』の恋みくじバージョン(右の写真)。ピンクと白の2種類の鯛みくじがあり、大きいオブジェには『しあわせになり鯛』と書かれています。申し訳ないと思いつつ、写真を撮らせていただいただけです(苦笑)。

Img_2778c_20210716171901  春日さんから県道に出て、めがね工房ごうじさんの前でヒマワリ。去年はもっと何本もあったと思うのですが、今年は今のところ、この1本のみ。

Img_2804c_20210716171901 Img_2834c  さらに、京町まで行って、京町Mのツバメの巣をチェック。散歩コースでは、唯一ここだけにヒナがいます。ヒナはやはり4羽。親は、せっせとエサを運んで来まていす。

2021年7月15日 (木)

九華公園でアオサギさん2羽、ヒマワリも咲いていますが梅雨明けはまだ

Img_2184c_20210715195501 0715tenkizu  朝5時前後には雨も降り、遠くで雷も光っていましたが、8時頃からはほぼ晴れ。30.3℃と真夏日になりました。梅雨明けはまだお預け。天気図を見ると、梅雨前線は消滅しているようですが、梅雨明けとはならないんですねぇ。まぁ、どっちでも構いませんが……(笑)。ヒマワリは、吉津屋町にて。

Img_2360c_20210715195501 Img_1752c_20210715195401  さて、散歩は7時半からいつも通り。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、寺町商店街、御坊さん(桑名別院本統寺)と5.6㎞。御坊さんに寄ったのは、今日が7月15日で新暦ではお盆だからです。御経が聞こえて来ましたので、本堂の前でしばらく聞いていました。右は、住吉神社前の景色。暑くなってきたせいか、平日に歩く人は減った感じ。

Img_1785c_20210715195401  今日も鳥は少なく、スズメもあまりいなかったのですが、三の丸水門にて、イソヒヨドリのメス。ラッキー!

Img_1856c_20210715195401 Img_1884c_20210715195401  九華公園には8時前に到着。何となく気になって、普段はあまり見ない、管理事務所南にある花菖蒲園の西側をチェック。勘もときには当たるもの(微笑)。アオサギさんがいました。しかも、ミドリガメと向き合ったようなところが撮れました。このアオサギさん、このあと、神戸櫓跡にある松の木のてっぺんに移動。さらにおもしろい写真も撮れたのですが、それはまたあとで。

Img_1930c_20210715195401 Img_1916c_20210715201901  奥平屋敷跡。すずめ食堂は、Oさんが来る前で、スズメたちはウロウロ。ここにある木にコゲラが開けたと思われる穴、さらに進展(?)がありました。右の写真に示しましたように、さらに下の方に穴を開けていたのです。やはり、コゲラが来ているようです。バードウォッチング好きのYさんには今日は合いませんでしたので、昨日のことは、確認できていません。

Img_1971c_20210715195401 Img_2051c_20210715195401  朝日丸跡の九華すずめ食堂支店も、早くからスズメが来て待っていました。ここでOさんに遭遇。餌をやると、すぐにスズメたちが寄って来ます。見ていると、まずやって来るのは、今年巣立ったヒナたち。若者の方が、警戒心が薄いのか、空腹に耐えられないのか?

Img_2105c_20210715195501  本丸跡ではカワラヒワのヒナを見たものの、遠くてクリアな写真にはならず。鎮国守国神社の社務所裏にもアオサギ。花菖蒲園から神戸櫓に行ったアオサギとは別です。ということで、今日は2羽のアオサギがやって来ていたのです。

Img_2138c_20210715195501  その神戸櫓跡のアオサギさん。松の木の下に行ったところで見上げたら、こんな写真が撮れました。今日は、久しぶりにアオサギさんで楽しませてもらえました。

Img_2216c Img_2230c_20210715195501  貝塚公園では散歩友達のSさんに会い、話をしていたのですが、遠くからゴロゴロという音が聞こえてきましたので、ちょっとヤバいと思って、早々に切り上げてきました。京町Mのツバメの巣。一昨日は、親ツバメはいませんでしたが、今日は、ヒナが孵っていました。ヒナは4羽。7月いっぱいくらいまでは楽しめそうです。

Img_2272c_20210715195501 Img_2264c_20210715202701  御坊さん。初めにも書きましたが、本堂から読経が聞こえて来ましたので、しばし聞き入っていました。最近、我が家ではお勤めをサボっておりますので、反省しなければなりません。 境内の池では、スイレンが1輪。

Img_2292c_20210715195501 Img_2351c_20210715195501  寺町交差点のすぐ北のお宅では、ノウゼンカズラ。いったん、ほとんど散ったのですが、また復活してきていました。住吉入江では、クマゼミの姿。今シーズン、正面(というか、背面というか)からきちんと撮ったのは、初めて。

Img_2323c_20210715195501 Img_2329c_20210715195501  夏の散歩で、帰宅前に一休みするのがここ。拙宅マンション前の住吉入江沿いにあるベンチ。ちょうどソメイヨシノの木の下で、日陰になるのです。ここから眺められる景色は、右の写真のようになっています。諸戸氏庭園から住吉ポンプ場が見えます。

Img_2315c_20210715203101  こちらは玉重橋から見た住吉入江越しの諸戸氏庭園の様子。入江は、住吉水門を経て揖斐川につながっています。今日は、水も多く、きれいでまあまあの眺め。

Img_2060c_20210715195501  いったん帰宅後、サンシパークにあるカインズとダイソーへ。今朝、起きてテレビをつけたら、電源は入ったものの、操作ができず。一瞬、「エッ! テレビまで壊れたか!?」と思ったのですが、リモコンが不良になっただけと思われたのです。それ故、買いに行ったという次第。新しいリモコンでテレビの操作は無事にでき、胸をなで下ろしました(笑)。越え鯉丈の出費は敵いません。その後は、昨日の授業のQ&A。夕方には一通り書き終えたのですが、「レポートを返却されて、不十分な点がよく分かった」というコメントがけっこうありました。1年生ではたぶんレポートを書いたのは初めて。レポートの書き方などアカデミックスキルに習熟してもらう必要があります。これは社会人になっても活かせるスキルですし。「話し言葉で書かないように」と昨日も注意したのですが、出席票には話し言葉のオンパレード(苦笑)。まぁさほど考えて書く時間的余裕はありませんから、無理はないかも。それにしても「レポートで減点くらって」などと書いてあると、考え込みます。

2021年7月14日 (水)

江戸橋、今日は降られず……桑名駅東口の旧駅舎の解体は完了

0713temrank  昨日の話の続き。桑名の最高気温が、35.4℃だったと書きましたが、これは全国でもっとも高くなっていました。こんなことで全国一というのは、返上したいものですが、桑名は、夏はかなり暑くなることがあります。鈴鹿山脈越えで、フェーン現象になって気温が上がるのだそうです(2010年8月16日中日新聞「空を見上げて(大和田先生のお天気講座)」による)。ちなみに、今日は、29.6℃

Dscn4285c Dscn4307c  それはさておき、今日の話。江戸橋での仕事の日でした。お陰様で雨には降られず。往きは晴れていたものの、授業をしている間に次第に曇ってきました。授業が終わった頃は、雲がけっこう厚くなっていて、遠くでゴロゴロという音も聞こえていました。助手の先生が「江戸橋駅まではもつと良いですね」というくらい。左の写真は、出勤したとき。右は、帰りの江戸橋駅。桑名の方が、津よりもまだ雲は薄く、降られずに済みました。

Dscn4301c  教室は冷房が入っているとはいえ、換気のため、ドアも窓もオープン。マスクもデフォルトですから、汗はかかないものの、さほど涼しいという感じはありません。加齢効果もあるのでしょうが、1コマ授業を終えてくると、けっこう疲れます。今日で15回のうち13回目が終了。去年は、1年間遠隔授業で、間が開きましたから、最初はどうなるかと心配しましたが、前期もゴールが見えてきました。授業は残り2回+試験1回。8月の第1週まで続きます。

Dscn4311c  さて、江戸橋からの帰り、桑名駅を降りると、いつもあの桑栄メイトと、旧桑名駅東口の駅舎があったところの間を通ってきます。ちなみに桑栄メイトは、閉館してそのまま残っています。長島観光開発(ナガシマスパーランド)がここにホテルを建てるというのですが、まだ工事が始Dscn4309cまる様子はありません。旧桑名駅の東口駅舎があったところは、先週まではまだ工事中で、中が見えないようになっていたと思うのですが、今日は、右の写真のように、金網のフェンスで覆われていて、工事はほぼ終わったようでした。

Dscn4314c  左の写真は、フェンスにピントがあってしまっていますが、古い駅舎はなくなりました。黒っぽいところは、自由通路。階段状になっているグレーの建物とその右にあるホームは、JR桑名駅。

Dscn4315c  こちらは、もう少し北から見た写真。旧駅舎のコンコースは2階にありました。そこへ上がっていく階段はまだ残っていますが、これは桑栄メイトの施設なのかも知れません。小林薬局は、桑名の調剤薬局チェーン。以前は、ここで薬局を営業していましたが、今は本社機能だけがあるようです。JRの駅舎を壊したスペース、フェンスで覆われていますが、何かに利用するのかどうかは、承知していません。駅西は最近行っていませんので分かりませんが、こちら、駅の東は駅前広場の整備はまだ途中。長島観光開発のホテルが建たないと整備は完了しないようです。

Mv_img_01  お陰様で、昨日騒動となった冷蔵庫は、無事に新しいものが入りました。まだ使い始めたばかりで、慣れていませんので、使い勝手その他は、また機会があれば紹介することにします。東芝ベジータです。キッチンの配置の関係で、600mm幅を選択。容量はもう少し多い方がよいかも知れませんが、幅を優先したので、さほど大きくはありません(写真は、東芝のサイトからお借りしました)。恐縮ながら、我が家の冷蔵庫の様子ではありません。

2021年7月13日 (火)

冷蔵庫が壊れた!??……最高気温35.4℃なのに

Img_1707c_20210713145401 0713nowcast  今日もナウキャストを見ると(14時45分現在)、あちこちで強い雨雲が発生し、雷も落ちていますが、三重県北勢地方辺りは、今のところ大丈夫そうです。それにしても、昨日の午後は、よく降り、雷もかつてないくらいひどいものでした。しかし、散歩友達の某氏は、昨日はずっとパチンコ屋さんにいて、何も知らなかったそうです(幸せ!)。今日の最高気温は、35.4℃(15:00)。暑い(笑)。朝夕は、玄関とベランダ側の窓を開けておくと風が通りますが、日中は風が止んでしまいます。

Img_1703c  散歩途中、家内から電話があって、「冷蔵庫が壊れたから帰ってくるように!」と。実は、土曜日の夕方、「水回りコンセント」のブレーカーを飛ばしてしまい、修復不可能になっていました。近くの電気工事屋さんにお願いして、今朝一番に修理してもらい、電源は復活。しかし、冷蔵庫はいったん動いたのに、すぐに止まったというのです。帰宅してあれこれ試しても、復活せず。この冷蔵庫、年代物。2002年に発売されたもので、たぶん2003年に購入。何と18年間稼動! 「仕方がない。新調しよう」ということで、開店を待って某家電量販店へ。最新型はさすがに省エネ。今までのものより、電気代は半分近くになるとか。ところが、今日の配達は無理で、明日の午後に。1日、冷蔵庫なしで過ごすのかと思って、昼前に帰宅。しかし、台所に行った家内が「ワーォ」とか何とか大きな声。どういう訳か、冷蔵庫が黙って、再び働き始めていたのです。何と申しましょうか……、というところ。まぁ、普通冷蔵庫の寿命は、12~3年とか。「新しいものに買い替えた」と思うことにします(微苦笑)。それにしても、我が家で冷蔵庫が不調になるのは、たいてい夏場。18年間使ってきたこれまでの冷蔵庫も、買ったのは、平成15(2003)年8月。しかし、さすがに冷蔵庫の出費は、痛い!

Img_1580c_20210713151401  ということで、ほぼいつも通り、7時半に散歩に出たものの、九華公園から引き返して来て、散歩としては何とも不消化。住吉神社から九華公園で引き返し、同じコースを戻って、3.8㎞。帰り道は、何だか疲れてトボトボと戻って来ました。左の写真は、住吉神社前から、揖斐川の上流の方向。いつもなら、何人か、歩いたり、走ったりする人があるのに、今日はゼロ。

Img_1679c_20210713145401 Img_1627cc  九華すずめ食堂は、今日も賑わっていました。今日は、往復とも、スズメ以外には、少数のドバトとムクドリを見たくらいです。ドバトは少しずつ増えている気がします。九華公園の奥平屋敷跡では、ハクセキレイ(右の写真)。ヒナのようです。

Img_1638c  昨日見つけたコゲラが掘ったと思われる穴、今日、再度チェックしたら、さらにその下に新しい穴が開いていました。我々が見ていない(来ていない)ときに、やって来て穴を開けているようです。木の下に木くずはありませんでしたから、たぶん昨日の昼過ぎくらいまでに新しい穴を開けたと思います(午後は、大雨でしたから)。

Img_1554c_20210713145401 Img_1557c  こんな風で、何となく調子が出ず、中途半端な日になっています(苦笑)。久しぶりにアサガオ日報とベランダ園芸の話。アサガオの大きい鉢は、ご覧のようになっています。もう1週間くらいすると、種を蒔いてから2ヶ月になります。去年のジャングルよりはマシな行灯仕立てになると思います。

Img_1564c_20210713145401  小さい鉢に植えたアサガオの方は、成長具合が、何だかイマイチ。もう少し様子を見ましょう。

Img_1561c Img_1567c_20210713145401  サギソウは、こんな風。たぶん例年並みと思いますが、茎が伸びてきたのは、2本だけ。小さいままのものもあります。このペースですと、花は咲いても2つだけかも知れません。

Img_1711c_20210713145401  九州北部と中国地方は、梅雨明けが宣言されたようです。天気図から梅雨前線が消えたからなのでしょう。東海地方は、まだまともに梅雨前線がかかっていますので、もうしばらく先になると思います。明日は、Yahoo!天気では曇り予報で、午後に雷マーク。江戸橋まで無事に行って帰ってこられますように(笑)。レポートの返却ですし。

Img_1595c  【ブレーカートラブルについてのオマケの話】 実は、水回りコンセントのブレーカー(正確には、回路用ブレーカーあるいは安全ブレーカーというようです)を飛ばしたのは、これまでに何回かありました。毎回、電気使用量の大きな電気製品をいくつも同時に使ってしまったというのが、原因です。我が家はトータルの電気容量は40Aになっていますが、個別のブレーカー(エアコン、水回り、電灯など分かれていると思います)は20A(2,000W)になっているそうです(中部電力ミライズに電話したときに確かめました……それにしても、ミライズといわれても、何の会社かピンときませんが、販売会社だそうです)。この水回りコンセントのブレーカーは、これまでの何回かのトラブルが積み重なって、とうとうブレーカー自体が復活不能に至ったということです(電気工事屋さんによれば「焦げている」)。

 そもそもブレーカー本体(全体)の耐用年数も10~15年といいますから、根本的にチェックが必要かも知れません。水回りコンセントのブレーカーは、パーツを交換してもらいました。

2021年7月12日 (月)

雷公、大暴れ

07111400rain  午後からは大気が不安定になって、にわか雨や雷があるという予報でした。まさにその通りというか、それ以上の大荒れになりました。冒頭の画像は、14時の「ナウキャスト(雨雲の雨後・雷・竜巻)」(気象庁)画像。雨雲の強さに、直前5分間の雷発生状況を重ねています。雨雲はご承知と思いますが、黄色の四角が落雷、黄色い×が空中放電を示しています。画面の中央上が桑名市辺り。雷もかなりあちこちに落ちています。

Img_1553c_20210712155701 0712amedas  その頃、南側のベランダは雨が吹き込んできて、網戸や窓ガラスもビッショリ。外も、少し離れたところが見えないくらいの豪雨。アメダスを見ますと、14時台に28mmも降っています。これが、ちょうど24時間雨量とイコール。これを書いている16時過ぎには、雲は薄く、空は明るくなっています。いやしかし、散歩など外出している時間帯でなくてよかったと思います。

Img_1272c_20210712155801  その散歩は、いつも通り、いつもと同じコースを歩いてきました。7時40分スタート。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、南魚町、田町、三崎通、住吉入江と5.6㎞。昨日に比べ、風があったので、少し楽。しかし後から思えば、風はやや涼しき、北から冷たい空気が入ってきたのでしょう。それで、午後の「雷光、大暴れ」の要因になった気がします。ちなみに、午前中は晴れ間もけっこうありました。

Img_1278c_20210712155801 Img_1281c_20210712155801  桑名七里の渡し公園、今日は休園。第2月曜が休み。草刈りなどの作業が、早くから行われていたのですが、先日、三の丸公園で見た「乗用草刈り機」が使われていました(たとえば、こちら。価格は、21万円以上)。「欲しい」とは思いませんが、先日も書きましたように、一度、これで仕事をしてみたいと思っていますので、しばし見入ってしまいました(笑)。

Img_1317c_20210712155801  住吉水門の内側の住吉入江に、船が2艘。ここには、浮き桟橋があり、船に乗り込めるようになっています。今日は、その桟橋の入り口が開けられて、そこにライフジャケットらしきものも積んでありました。クルーズなどのイベントがあるのでしょうか? ネット検索では不明。桑名の七里の渡から名古屋・宮の渡しまで、一度は船で行ってみたいと思っています。

Img_1302c_20210712155801  住吉神社では、スズメのヒナ。すでに単独行動。今日も暑いせいか、鳥の姿はありません。九華公園に行くまで(いってからも同様ですが)に見たのは、スズメ、ドバト、ムクドリ、ツバメ、カワウくらい。

Img_1337c_20210712155801  その九華公園では、管理人さんが植えたアサガオが1輪、咲いていました。ちょっと羨ましい。我が家は、まだ。去年、株分け会でもらってきたアサガオがなかなか咲かなかったのを思い出します。種を蒔いて2ヶ月ほど経たないと、花は咲きません。

Img_1382c_20210712155701 Img_1411c_20210712155701  九華すずめ食堂は、本店(左の写真)も、支店(右の写真)も、いつも通りに繁盛。今日は、Oさんがやって来られるのがいつもより20分くらい遅れ、スズメたちは待ちきれない様子でした。

Img_1340c_20210712155801 Img_1372c_20210712155801  奥平屋敷跡では、早くもハギの花が咲いていました。2輪だけですが。去年は7月20日にチラホラ咲いていました(2020年7月20日:散歩が修行に変わりゆく季節(苦笑))。毎年、梅雨明けの頃から8月にかけて、少し咲くのです。また、奥平屋敷跡では、コゲラが掘ったと思われる穴を見つけました。右の写真、下の方がそれ。新しい感じのところ。上にも古い穴があります。今までまったく気づきませんでした。いったい何を見ているのか?といつも思います。木の下には木くずがありましたので、最近、掘ったものと思えます。

Img_1440c_20210712155701 Img_1429c_20210712155701  クマゼミは、今朝も早くから鳴いているのが聞こえて来ました。九華公園でも、貝塚公園でもあちこちで鳴いています。九華公園では、まだ亀が上陸して来ています。右のミドリガメは、本丸跡で見つけたもの。堀から結構離れたところにも来ています。以前は、鎮国守国神社の境内でも何匹か見ました。産卵シーズンはそろそろ終わるように思います。

Img_1453c  貝塚公園に北9時半近くは、よく晴れて、蒸し暑く感じました。ここでも、上記のようにクマゼミが鳴いています。暑さが倍増します。

Img_1490c_20210712155701  京町Mのツバメの巣は、今日は不在。ズーッと巣に就いている訳ではありません。時々でかけていることがあります。餌でも採りに行くのでしょうか。田町の商店にあるツバメの巣(右の写真)は、空っぽ。たぶんあの2羽のツバメのヒナも巣立ったものと思います。挨拶はありません。勝手に巣立っていなくなります。

Img_1441c_20210712155701  Yahoo!の天気予報では明日、明後日は晴れ。しかし、その後、木曜、金曜は曇りや、一時雨予報。梅雨明けはまだかも知れません。東海地方の平年の梅雨明けは、7月20日だそうです。オニユリは、九華公園の外周遊歩道の東のお宅にて。

2021年7月11日 (日)

船頭平河川公園でハスとチョウトンボ、ウグイス、治水神社でダイサギコロニー……上之輪新田のケリは稲が伸びてきて確認できず、残念

Img_1265c_20210711160401  梅雨明けかと思うくらいの好天になりましたが、お預けでした。明日は曇り予報。火、水曜は晴れとなっていますが、その後は、また曇りや雨のようです。最高気温は、32.9℃。若干迷ったのですが、長良川河口堰、船頭平河川公園、治水神社、上之輪新田と回って来ました。船頭平河川公園は愛知県、治水神社は岐阜県で、ちょっとだけ県境越え(久しぶりです)。船頭平ではハスとチョウトンボ、治水神社ではサギのコロニーを見ようと思ったのです。

Img_0320c_20210711160601 Img_0367c_20210711160601  長良川河口堰には7時40分に到着。サギが少しはいるかと思ったのですが、河口堰の施設や親水広場方面ではまったくいませんでした(苦笑)。カワウ、ハクセキレイ、ドバト、スズメが少しいただけで、ちょっとガッカリ。管理橋を渡って、西側へ行き、中洲を眺めたら、遠くにダイサギが1羽。

Img_0382c_20210711160601 Img_0429c_20210711160601  親水広場では、ホオジロのオスが1羽。この時は曇天で、証拠写真。このオス、あちこちをウロウロしていていました。オオヨシキリをもう一度見たかったのですが、チラッと見られたのが2度、3度。写真は撮れません。代わりによく見かけたのは、イソシギ。延べ5羽くらい。他には、ハクセキレイ。

Img_0494c_20210711160601 Img_0501c_20210711161801  親水広場から再び、管理橋の西の端へ。今度は、アオサギの姿が、先ほどダイサギがいた辺りに見えました。今日は、オオヨシキリの鳴き声は余り聞こえません。他には、カワウや、ダイサギが飛んでいたくらい。風はほとんどなく、すでに蒸し暑い(苦笑)。アユのぼりも、今日は元気なし。

Img_0517c_20210711160601  東側に戻って、魚道観察室方面を見たら、ハクセキレイの親子連れ。オスがヒナを連れていました。ヒナは餌をねだって、親のあとを付いて回っていましたが、餌はなかなかな見つからなかった様子。

Img_0882c Img_0612c_20210711160601  続いて、船頭平河川公園。到着したのは、8時50分。駐車場はあるのですが、9時30分にしか開きません。路上駐車がたくさんあったので、悪いとは思いつつ、見倣ってしまいました。ハスは、それなりに咲いていましたので、一通り見て歩きました。船頭平河川公園には、去年も6月23日に来ています(2020年6月23日:船頭平河川公園でハスの花、治水神社でサギのコロニー……愛知・岐阜両県へ遠征(微笑))。ハスの名前などは、リンク先にあります。

Img_0549c_20210711160601Img_0869c_20210711160701  ここは、品種別に植えられていて、それぞれに名前と説明があるのですが、今年はそれは確認してきませんでした。それ故、自分の気に入ったものをいくつか載せます。

Img_0944c_20210711162501Img_0951c_20210711160701  ご承知のようにハスの花は、早朝に開き、昼には閉じてしまいます。これを4日間繰り返して、花が散ります。

Img_0957c_20210711160701  ハチス。ハスの花の花托(茎が厚くなった、そこから花が育つ部分)。これも、おもしろい眺め。ちなみに、ハスは、7月の誕生花であり、夏の季語。花言葉は「雄弁」だそうです。

Img_0790c  公園内には、葦原もあり、オオヨシキリもあちこちで鳴いていたのですが、近くに行くと鳴き止んでしまい、姿は見えず。また、ウグイスもそこかしこで美しい鳴き声を聞かせていました。普通は、ウグイスも余り出てこないのですが、1羽だけ、目立つところで鳴いていました。しかし、姿を見てビックリ。とてもウグイスとは思えない色、模様。眉斑の白いのが見えますし、鳴き声は確かにウグイスでした。さらによく見たら、片足のようでした。

Img_0659c_20210711160501 Img_0723c_20210711160501  ハス池では、チョウトンボも舞っていました。いつもなら、東員町の万助溜公園へ見に行くのですが、今年はまだ出かけていません。ここでも見られるのです。数は、万助溜公園の方が多い印象。

Img_1012c_20210711160501 Img_1017c_20210711160501  せっかくですから、船頭平閘門も見てきました。木曽川と長良川をつなぐ閘門(こうもん)で、明治35年(1902)に完成しています。現役の閘門で、4年ほど前にこの船頭平閘門の舟巡りを経験しています(2017年4月3日:船頭平閘門舟めぐりへ……長良川河口堰にも立ち寄り【御衣黄について付記あります】)。

Img_1147c_20210711160401 Img_1128c_20210711160401  続いて、治水神社へ。国営木曽三川公園三川センターのすぐ南にあります。アオサギの小規模なコロニーがあるのです。というはずだったのですが、ここでもビックリ。アオサギは少数派に追いやられ、ダイサギのコロニーに代わってしまったようでした。

Img_1022c_20210711160501 Img_1038c_20210711160501  少しズームアップすると、こんな感じで、ダイサギばかりが目に入ってきます。そういえば、去年来たときも、ダイサギの方がたくさんいました(2020年6月23日:船頭平河川公園でハスの花、治水神社でサギのコロニー……愛知・岐阜両県へ遠征(微笑))。以前は、ほとんどアオサギコロニーでしたが(2019年4月15日:三重・岐阜・愛知三県御衣黃ツアーは成功したか?……木曽三川公園や、アオサギの様子なども【船頭平河川公園の御衣黃について付記しました(4/15)】)、時が経つと状況も変わるということです。

Img_1159c_20210711160401 Img_1070c  それはさておき、ダイサギもいろいろ、楽しませてくれました。左の写真は、暑かったためか、3羽が揃って口を開け、のどをブルブルしていたところ。木のてっぺんにいるダイサギもいます(右の写真)。

Img_1194c_20210711160401 Img_1079c_20210711160501  こちらのダイサギも御山の大将を気取っているのかも知れません。アオサギは、治水神社の鎮守の森では、2羽ほどしか見ませんでした(右の写真)。この他、神社の西の揖斐川の中洲には数羽のアオサギ(ヒナも含め)がいました。

Img_1123c_20210711160401 Img_1065c_20210711160401  木曽三川公園三川センターにもちょっとだけ立ち入ってきました。この正門辺りから、治水神社の鎮守の森、つまり、サギのコロニーがよく見えるのです。左の写真で、ゲートに向かって左手、道を1本はさんだところに治水神社があります。

Img_1238c_20210711160401 Img_1225c_20210711160401  さらに、このあと、上之輪新田へ。3週続けて行っていますが(2021年6月27日:上之輪新田でケリのヒナ、九華公園と貝塚公園でコゲラ……「茅の輪」は赤須賀神明社のものでした、2021年7月 4日:上之輪新田でケリのヒナ……先週とは別のヒナ【午後から散歩を追記】)、ケリのヒナが見られるかと思って、です。しかし、残念ながら、稲が生長してきて、大人のケリも左の写真くらいしか見えない状態。しかも、あちこちの畦道で草刈り作業が行われていて、見かけたケリはせいぜい数羽。威嚇もほとんどしてきませんでした。これでは、ヒナを探すのは困難と考え、すぐに撤収。

Img_0944c_20210711162501  上之輪新田の帰りにエディオンでプリンタのインクを、三洋堂書店桑名店で文庫本他を入手。午後からは、昨日採点を済ませたレポートの再チェックを済ませました。採点を一部修正したり、コメントを追加したり。これでレポートについては、作業完了。今週の授業で返却できます。ということで、今週は、いつも通り、水曜に江戸橋での仕事。天気予報は今のところ晴れて、31℃という予報。週末は、歩いて伊勢詣りツアーを再開する見込みですが、週間予報では曇りときどき雨。暑さも心配。

2021年7月10日 (土)

クマゼミはあちこちで合唱団……田町の商店のツバメのヒナはまだ残留組がいました

Img_0295c_20210710174801  朝5時過ぎには雨が降っていましたし、朝のうちは揖斐川には今日も、霧が出ていました。14時過ぎには少し雨が降ったのですが、日中は晴れている時間もけっこうありました。最高気温は32.7℃。蒸し暑い日でした。晴れていると、梅雨明けかと思うくらい。気温が上がるということでしたので、少しでも早くと思って、7時15分に散歩スタート。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、吉津屋町、京町、南魚町、田町、三崎通、宝殿町、桑名七里の渡し公園と、5.6㎞。汗だく(苦笑)。帰宅は10時半。娘から、「暑いけど無事なのか?」というLineが届いたくらい。最早、散歩は修行のステージに入ってきています。冒頭の写真は、帰りに立ち寄ったときの桑名七里の渡し公園。

Img_9810c_20210710174801  今日も鳥はいません。九華公園の鎮国守国神社の社務所裏でカワセミをみたものの、写真は撮れず。住吉入江辺り、九華公園では、蝉時雨というか、セミの合唱があちこちから聞こえて来ます。まだやかましいというほどではありませんが、賑やか。今は、散歩コースでは、クマゼミがほとんど。昨日も書いたと思いますが、今の時期、クマゼミはまだ木の高いところにいます。なかなか見つけられませんが、奥平屋敷跡でキャッチ。

Img_9737c_20210710174801Img_9780c_20210710174801  鳥はいませんが、スズメはあちこちで見ます。左は住吉神社にて、右は九華公園の奥平屋敷跡入り口にて。九華公園では、カワラヒワのヒナを見ましたが、イマイチ写真。シジュウカラの鳴き声は、今日も本丸跡方面から聞こえたものの、遠くて、高いところにしかいません。

Img_9933c Img_0006c_20210710174701  奥平屋敷跡の九華すずめ食堂は、今日も大賑わい。Oさんが餌をやって、10秒も経たないうちにワッと集まってきます。今日はとくに多い感じ。左の写真のようです。こんな光景は、初めて見ました。これだけ集まると、諍いも生じます(右の写真)。

Img_9838c_20210710174901 Img_0030c_20210710174701  奥平屋敷跡では、ハクセキレイも出てきましたし、ヒヨドリも来ました。が、これくらい(苦笑)。他には、ハシボソガラス。ヒナを連れてきていました。ハシボソも、ハシブトも、あちこちで子ガラス連れを見ます。

Img_0078c_20210710174701 Img_0054c_20210710174701  朝日丸跡の九華すずめ食堂支店もそれなりに流行っています。スズメや、九華すずめ食堂の写真を撮らないと、鳥の写真が撮れません(苦笑)。朝日丸跡では、アゲハが地上に降りてきていました。たぶん、吸水をしているのでしょう。

Img_0128c_20210710174701 Img_0134c_20210710174701  公園内を半周して、再び北門から入ったところにある水たまり。スズメたちが水浴びにやって来ていました。大人のスズメの背後で、ヒナがウロウロ(左の写真)。そのうち、マネをしたのか、ヒナも水浴び(右の写真)。

Img_0170c_20210710174701 Img_0196c_20210710190701  貝塚公園、内堀公園をすっ飛ばして、京町Mのツバメの巣。今日も、昨日と同じく、親ツバメはマジメに巣に就いていました。見ていたら、もう1羽がやって来て巣の周りを飛び回っていました。交代するのかと思ったら、それはなし。

Img_0224c_20210710174801 Img_0204c_20210710174801  田町の商店にあるツバメの巣。昨日は2羽になっていました。この2羽も巣立ってしまったかと思って見に行ったのですが、期待は外れました。まだ大きな顔をして、親ツバメから餌をもらっていました。右の写真は、餌を与えたあと、近くの電線で一休み中の親ツバメ。

Img_0292c  今日も、水浴びシーンが見られないかと思って、帰り道に桑名七里の渡し公園に立ち寄りました。拡張されたエリア(公園の南側)に、写真のように池がつくられています。せせらぎの水は流れていませんが、雨の後はここに水がたまり、野鳥の水浴びに好適と思われるのです。

Img_0239c_20210710174801 Img_0238c_20210710174801  カラス1羽と、カワラヒワが2羽、水浴びをしていました。スズメの水浴びと基本的に同じパターンのようです。ときどき、水浴びを中断して、周りを警戒します。水浴びをするときは、顔を水につけ、前傾姿勢をとって、ブルブルとしています。

Img_0280c_20210710174801  こちらは、水浴びを終えて、近くの岩の上に移動したところ。こういうところで身震いして、水滴を払っています。このあと、木の枝に移動して身繕いをするのをよく見ます。

Img_0309c_20210710174801  散歩から帰って、シャワーを浴びてスッキリして、いよいよレポートの採点作業。昼食、休憩をはさんで17時前には一通り終えられました。38名分。実質4時間半くらいを要しています(ということは、やる気スイッチさえ入れば、これくらいの時間で終えられる、ということ)。明日、もう一度見直すことにします。成績評価にも関わりますから、トータルでは3回、目を通しています。先日も書きましたが、自分で課したレポートとはいえ、採点するのは難儀。小さい声で言いますが、よく書けたレポートばかりではないのです。指示したことが書かれていないとか、書式が守られていないと、モチベーションが下がるのです。

【ボソッとつぶやき】 日刊ゲンダイの記事に「66歳児「安倍晋三」こそが反日 わが国の“内なる敵”なのだ」というものがありました。タイトルだけ見ても、言い得て妙と思いました。作家の適菜収さんの連載「それでもバカとは戦え」の1つ。安倍さんはしゃべりすぎ、管さんはしゃべらなさすぎ、と思います。コロナにしても、オリパラにしても、どちらも国民が納得するような物語をしていません。納得しなければ、自粛も、協力もできません。

2021年7月 9日 (金)

クマゼミの合唱始まり、田町の商店にあるツバメの巣は2羽だけ巣立った模様……五者協議でバッハ会長の驚くべき発言

0709amedas  午後1時台から2時台にかけてよく降り、雷も鳴っていました。大雨が降って、雷が鳴ると梅雨が明けると聞いた記憶があります。梅雨明け近しと思いたくなります。週間予報を見ますと、月曜くらいから晴れマークが並んでいます。梅雨が明けたら明けたで猛暑の日々となるとは思うものの、雨はもう十分という気になります。

Img_9723c_20210709172501  午前中はずっと曇りでしたので、まずは、いつも通り、7時半から散歩に出ました。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、吉津屋町、南魚町から八間通郵便局に立ち寄って、田町、宝殿町、桑名七里之渡し公園と回って来ました。取りも、散歩友達も少なかったので、2時間で帰宅。その後、11時前から駅方面へ所要で出かけてきました。合わせて7.2㎞。今月最長距離です。写真は、帰宅したときの北の空。

Img_9536c Img_9544c  朝5時頃は、濃霧でした。揖斐川も見えないくらいでしたから、見えていたのは300mほど。その向こうは、まさに霧の彼方。これらの写真は、7時50分くらいに住吉神社の前から撮ったもの。左は、長良川河口堰方面。右は、揖斐川と長良川が合流する辺り。中洲の十万山の南の端が見えています。墨絵のような感じ。

Img_9568c_20210709172501  九華公園までに見たのは、ハシボソガラス、ドバト少数、ムクドリ、スズメ、餌取りに飛んでいるツバメくらい。九華公園でも、北門辺りにドバトがいて、あとはスズメばかり。クマゼミが公園のあちこちで合唱。クマゼミは、今日行った公園すべてにおいて、合唱していました。梅雨が明けて、クマゼミの合唱を聴くと一段と暑く感じそうです。セミの姿は見つけられませんでしたが(この時期、木の上の方にいることが多いのです)、抜け殻1つを管理事務所近くで見つけました。

Img_9580c_20210709172501 Img_9615c_20210709172501  九華公園内では、管理人Nさんと掃除に来ておられるシルバー人材センターのMさん、散歩友達のIさん、そして、帰り際にOさんに会ったくらい。鳥も本当にいません。Oさんが餌をやられる前に通りましたので、九華すずめ食堂はスズメが待っていたのみ。

Img_9636c_20210709172501  本丸跡で、コゲラやシジュウカラの鳴き声を聞いたものの、これまた木の高いところにいるようで、姿はまったく確認できません。サギも来ていませんでした。本丸跡の花菖蒲園には、ヒナを連れたスズメファミリーが複数。ヒナの姿を見て和んできました(微苦笑)。

Img_9650c_20210709172501  貝塚公園では、散歩友達お二人。「ちょっと歩いただけで汗だくだ」という話。九華公園ではまだほとんど見ませんが、ここにはかなり前からヒヨドリが戻って来ています。何もいませんので、ヒヨドリも撮影(苦笑)。

Img_9660c_20210709172501  京町Mのツバメの巣。親が巣に就いていました。これから卵から孵るとすると、巣立ちは7月末になりそうです。かなり遅め。

Img_9682c_20210709172501  田町の商店にあるツバメの巣。昨日までは、ヒナが4羽いたのですが、今日は2羽のみ。2羽だけ巣立ってしまったのでしょう。親ツバメはエサを運んで来ています。巣立ったヒナの世話もいるでしょうから、親ツバメは余計に大変でしょう。

Img_9709c_20210709172501  帰りに桑名七里の渡し公園でハクセキレイのオス。せせらぎがあるのですが、拡張工事中から、その流れは止まったまま。もっとも南に池がつくられましたので、雨が降るとそこに水がたまり、水浴びにやって来る鳥がいます。それが見たくて、雨の後は立ち寄るのですが、最近は水浴びシーンは見られません。そもそも鳥があまりいないので、水浴びシーンに遭遇しないのだろうと思います。

Img_9655c_20210709172501  駅方面での所要は、1時間足らずで終了。今週の授業のQ&Aはすでに仕上げて送りました。レポートを読まないといけないのですが、イマイチ取りかかれません(苦笑)。困ったもの。勢いがつけば、さほど長時間はかからずに読めると思います。

Img_9672c  またもや、しつこくオリンピックについての余談で恐縮。昨晩の五者協議の席上、IOCのバッハ会長が、公開された協議冒頭部分の最後で「緊急事態宣言はどういうものなのか。それが五輪・パラリンピックにどのようなインパクトをもたらすのかをうかがいたい」と述べたそうです(こちら毎日新聞のサイト)。昔習った漢文調でいえば、「なにをか況んや」であります。今さら何を言っているのでしょう? 五者協議からも、IOCからも追放した方がよいのでは。呆れてものが言えないというのは、まさにこのこと。政府も何の手立ても立てずに、感染者の増減で「緊急事態宣言」を出したり、解除をしたりしているだけ。当たり前の事がきちんとできないがために、現状を招いていると思います。今の対応のままでは、何もしないままの日本政府が、日本国民を犠牲にして、無理矢理IOCとNBCのために開催したという意味で、記念すべきオリパラになるでしょう。オリンピック期間中に感染爆発となって、中止に追い込まれるといっている人もあります。私は、そろそろワクチンの効果が現れるかとは思いますが、マスク、手洗い、人の多いところには極力行かないで過ごすつもり。

2021年7月 8日 (木)

午後から、止み間散歩……やはり歩かないとアタマがスッキリしませんねぇ

Img_9445c_20210708162301  終日、雨模様でした。言わずもがなで、「雨読」の日です。昨日の授業の補足説明をまずは書いていました。午前中、わりと早めの時間にできあがり、その後は、レポートに一通り目を通し、補足説明のチェック、修正。これで補足説明はできあがり。あとでメールで送って、作業完了。レポートの採点作業に入ろうと思ったものの、目が疲れ、ショボショボ。目が疲れると、モチベーションも下がります(苦笑)。レポートの出来具合は、一通り目を通した印象では、例年並み(去年は、遠隔授業でしたから、演習そのものを実施していません)。それ故、気分転換の方に気持ちが向いてしまいました(爆)。

Img_9457c_20210708162301  午後からは雨が止む時間も出て来ました。15時頃、空も明るく、雨雲レーダーを見てもしばらく大丈夫そうでしたから、散歩に出て来ました。住吉入江、三崎通、田町、九華公園、七里の渡し跡、住吉神社、桑名七里の渡し公園と2.4㎞ほど。40分弱、ブラブラしてきました。

Img_9475c_20210708162301  まずは、田町の商店にあるツバメの巣で、ヒナたちの安否確認。4羽とも元気そうでした。向かって右から2羽目、ちょっと体が小さいような気もしますし、目をつむっていたようです。

Img_9484c_20210708162301 Img_9487c_20210708162301  その後、九華公園へ。ただし、公園内は、相撲場や鎮国守国神社の社務所裏まで行って、Uターン。サギが来ていないかだけ、チェック。残念ながら、アオサギも、ゴイサギもいません。左の写真は、北門のすぐ西にある舟入橋。昔は、舟入櫓があった辺りと思います。右は、相撲場を遠くから見ています。大相撲名古屋場所が始まっていますが、峰崎部屋は峰崎親方が定年退職して、部屋が消滅してしまいました。この時期、相撲の稽古が見られないのはちょっと寂しい。

Img_9494c_20210708162301 Img_9501c_20210708162301  三の丸水門あたりから見た揖斐・長良川の下流方向。散歩する人は、わずか。ツバメ以外、鳥のことを書いていませんが、ドバト、エサ探しに飛ぶツバメくらいしか見ていません。この天気で、午後の時間ですから、やむを得ません。右は住吉神社。2.4㎞でしたが、やはり歩いてくると、アタマもスッキリした感じ(苦笑)。散歩は、必須です。

Img_9389c Img_9393c_20210708162301  ところで、ベランダ園芸日報。まずはアサガオの大きい方の鉢。ツルはかなり伸びてきて、リング付支柱にからんでいます。ただ、ちょっと気を抜くと、右のようにツル同士が絡み合ってしまいます。ほどいて支柱や、リングの方に戻します。ツルは、何だか夜の間にググッと伸びているような気がします。

Img_9408c Img_9415c_20210708162301  サギソウ。まずは、1本だけ鉢に植えたもの。左の写真はクローズアップ。茎というか、花芽というか、伸びてきています。ちょっと細いかなど気になりますが、本当に細いかどうかは不明。

Img_9419c_20210708162301 Img_9429c_20210708162301  こちらはミニプランターに植えた方のサギソウ。1本だけ、伸びてきています。これらの2本、花が咲いてくれるものと期待しています。

Img_9441c_20210708162301  明日も日中は、雨の予報。明日も「雨読の日」になりそうです。マジメにレポートを読んで、採点しなければなりません。ヘタに止み間があると、気が散って困るかも知れません。などと勝手なことを思っています。

2021年7月 7日 (水)

コシアカツバメでした……江戸橋での仕事12回目

Dscn4281c  梅雨らしい1日でした。梅雨も末期の様相で、大雨が降っているところも多いようです。くれぐれも気をつけないといけません。江戸橋での仕事、12回目。桑名駅まで行くときはけっこう降っていましたが、その後は、授業中にかなり降った様子でしたが、江戸橋駅までや、桑名駅から自宅までの間は小雨でした。ということで、今日は「負け」(苦笑)。

Dscn4263c  15回の講義で、今日は12回目。先々週からDVDを見て、演習をしましたので、基本的なことがら、重要なスキルについて確認するという授業が、今日から3回続きます。そして、今日は、先週の「傾聴の演習」についてのレポート提出日。まだ、提出者を確認しただけで、内容は読んでいません。先にQ&Aをつくっています。写真は、非常勤講師控え室。また、今日は、試験問題の印刷を学生部にお願いしてきました。試験は8月に入ってからなのですが、印刷をお願いするとなると、来週火曜が締切なのです。

Dscn4266c Dscn4268c  ツバメの巣。非常勤講師控え室の前の軒下にあります。先週、撮った写真にはコシアカツバメらしい姿が映っていました。その後、助手の先生がときどき観察されたそうですが、巣から覗いているところは見られなかったそうです。今日は、出勤したとき、この巣からツバメが飛び出てきて、近くの電線に止まりました。それが右の写真。暗くて分かりにくいのですが、コシアカツバメに見られる胸の斑紋があります。やはり、この巣の主は、コシアカツバメで間違いなさそうです。

Dscn4276c  明日は、終日雨の予報。未明には、強く降るとなっています。Q&A書きと、レポート読みに適した1日になりそう(微苦笑)。レポートは読んで、採点するとともに、コメントを書こうと思っているのです。自分でレポートを課しておいて、こういうのも何ですが、けっこうなハードワークです。成績評価にも用いますから、1度チェックしてから、再チェックも必要です。まぁ、たまには仕事に励みましょう。写真は、帰宅途中、近所のお宅にて撮らせてもらいました。アジサイなのでしょうか?

Img_8914c_20210706165501  【追記】そういえば、今日は七夕で、二十四節気は小暑。七夕ですが、旧暦では今日は、5月28日。旧暦で七夕となるのは、今年は8月12日です。小暑は、だんだん暑さが増していくという意味です。梅雨明けも近くなり、湿っぽさの中にも夏の熱気が感じられるようになる時期。今日も、湿度は高く、歩いていると汗をかきました。小暑と大暑を合わせたおよそ1か月が「暑中」で、暑中見舞いを出す期間とされています。が、暑中見舞いは、もうずいぶん昔から出しておりません。写真は、昨日撮ってきた六華苑のもの。

2021年7月 6日 (火)

六華苑で古代ハスとカルガモ……九華公園には久しぶりにアオサギが登場

0630chunichi  今日も、曇り空。6月30日の中日新聞北勢版に「六華苑で古代ハス見ごろ」という記事が載っていて、気になっていましたので、今日散歩の帰りに見に行ってきました。ということで、朝7時半スタート。いつもとは逆回りに住吉入江、三崎通、田町、京町、吉津屋町、九華公園、住吉神社、六華苑、桑名七里の渡し公園と5.3㎞。10時半帰宅。

Img_8800c_20210706165501  まずは、古代ハスから。この古代ハスは、平成9(1997)年3月に「桑名市市制施行60周年」を記念し、友好都市である埼玉県行田市より寄贈されたものです。桑名市は平成10(1998)年11月9日、埼玉県行田市、福島県白河市と友好都市提携を結んでいます。3市間には江戸時代の国替え(文政6年(1823年)、桑名藩・忍藩(行田)・白河藩)で藩主が入れ替わったという歴史的なつながりがあるからです。

Img_8854c_20210706165501 Img_8845c_20210706165501  行田市の「古代蓮(行田蓮)」は、天然記念物であり、また、市の花でもあるそうです。行田には「古代蓮の里」という公園もあると言います。古代蓮は、公共施設建設工事の際に蓮の種子が掘削地の池で自然発芽し、昭和48(1973)年に開花したものです。出土した地層の遺物や木片の放射性炭素年代測定から、約1,400年から3,000年前のものと推定されたので、古代蓮と呼ばれるようになったようです。今日は、3輪が開花していました。ハスの花の命は4日間と言われ、朝に開き、午後には蕾の状態に戻ります。これを繰り返し、4日目に花弁が散るのです。

0706instarokkaen  帰ってきてから、六華苑のインスタを見たら、「古代蓮は3輪開花しました。つぼみは0個でした。今年は、今咲いているお花で見納めになりそうです」とありました。何とか間に合った、というところでした(微笑)。

Img_9037c_20210706172101 Img_9042c_20210706165501  六華苑でもう1つ見たかったものがあります。左に古代ハスとのコラボ写真を載せましたが、小さくて分かりにくいかも知れません。それは実は、カルガモ。珍しくもなんともない鳥ですが、6月に入ってからこのカルガモのペアが飛来し、それ以来居着いているそうです(こちら)。私が行ったときには、池の端に上陸してお休み中。

Img_9361c  ちなみに、古代ハスは、このマップに描き入れたところにあります。池の西の端、防空壕のある近くです。今年はもう花には間に合わないかも知れませんが……。入苑料は大人一人¥460。開苑は、午前9時~午後5時(ただし入苑時間は午後4時まで)、原則として、月曜休苑。

Img_9311c_20210706165401 Img_9077c_20210706165501  六華苑は、もう何度も取り上げていますが、山林王として知られた実業家・二代目諸戸清六の新居として明治44 (1911)年に着工、大正2(1913)年に竣工しました。揖斐・長良川を望む約18,000 ㎡の広大な敷地に、洋館と和館、蔵などの建造物群と「池泉回遊式」庭園で構成されています。一部の改修と戦災を受けたものの、創建時の姿をほぼそのままにとどめています。中でも洋館は、鹿鳴館やニコライ堂などを手がけ「日本近代建築の父」とも呼ばれたイギリス人建築家 ジョサイア・コンドルが設計したもの。コンドルが設計した建物で地方に残っているのは、この六華苑の洋館のみといいます。

Img_8751c_20210706165501 Img_8759c_20210706165501  こちらは、入り口の長屋門を望んだもの。塀の上には諸戸家の家紋である「違い鷹羽」が入った瓦が乗っています。桑名市は平成3 (1991)年に土地を取得し、建物は諸戸家からの寄贈を受け、整備工事の後、平成5(1993) 年に「六華苑」という名称で一般公開しています。そのうち、洋館および和館が平成9(1997)年に国の重要文化財に指定され、他の6棟は三重県の有形文化財に指定されています。また庭園は、平成13(2001)年に国の名勝に指定されました。それにしても、入館者数はかなりのもの。驚きました。

Img_8437c_20210706165401 Img_8441c_20210706165401  さて、散歩は、帰りに六華苑に寄ろうと思いましたので、いつもとは逆回り。まずは、田町の商店にあるツバメの巣。ヒナ4羽はとても元気。ツバメらしくなってきています。親ツバメは、相変わらずせっせとエサを運んで来ます。このあと、京町Mのツバメの巣も覗いたものの、親ツバメは不在。

Img_8482c_20210706165501  九華公園に行く途中、歴史を語る公園も覗いてきました。このあたりは、片町。桑名城の堀に面していて、町が片側にしかなかったので、この名前。昔の石垣が残っているのですが、船が係留してあったりして、景観は今ひとつ。いつも残念に思うのですが、船を係留する権利もあるのだとか(聞いた話で、確実かどうかは不明)。

Img_8507c_20210706165501  九華公園には立教小学校の体育館の方から入ろうと思ったのですが、奥平屋敷跡から西側の堀をアオサギが飛んでいくのが見えました。アオサギは、管理事務所から奥平屋敷跡へ行くところの花菖蒲園の西側に降り立ちました。九華公園でアオサギを見たのは、久しぶり。これをきっかけに戻って来てくれると、楽しみが増えるのですが、どうでしょう。例年、7月半ばくらいから復帰してきます。

Img_8653c_20210706165501 Img_8592c_20210706165501  奥平屋敷跡で散歩友達のWさん、Mさん、前管理人のOさん、現管理人のNさんと遭遇。コゲラを見たものの、撮影には失敗。ハクセキレイのヒナと思いますが、ちょっと白っぽい感じ。ハクセキレイは、この他にオスの大人とヒナが1羽ずつ。写真は撮ってきませんでしたが、セキセイインコは46羽になったそうです。「九華すずめ食堂」は相変わらずの人気。右は本店の写真ですが、朝日丸跡にある支店も賑わっていました。

Img_8708c_20210706165501 Img_8730c_20210706165501  いつもと逆回りですので、九華公園から柿安コミュニティパークを経て揖斐川の堤防へ。三の丸水門から見ると、中洲にアオサギの姿が見えます。さらに、住吉神社の近くでは、ダイサギが見えました。九華公園にもアオサギが来ましたし、そろそろ繁殖シーズンを終え、あちこちにサギが出てくるのかも知れません。

Img_8719c_20210706165501  三の丸公園で草刈り作業が行われていました。子どもみたいでお恥ずかしいのですが、こういう「働くクルマ」が気になります(笑)。一度乗ってみたいというか、これで草刈り作業をしてみたいと思うのです。草刈りが終わったところには、ツバメやムクドリが早速やって来ていました。

Img_8810c_20210706174201  帰宅後は、昨日の郷土史講座のまとめと、明日の予習。明日は、今のところ、曇りの予報になっていますが、蒸し暑そう。まぁ、雨が降らなければ、それだけでもありがたいと思います。明日は、傾聴の演習のレポート提出。どんなレポートが出てくるでしょうか、楽しみでもあり、不安も若干ありというところ。

2021年7月 5日 (月)

クマゼミ初鳴き、京町Sの巣のツバメは巣立った模様……午後からは市民大学へ

Img_8112c_20210705164301  梅雨末期の豪雨被害が出ています。熱海での土石流の画像では、信じられないような光景が展開され、安否不明の方も、80名ほどと聞きます。心からお見舞い申し上げます。今朝は、スマホの充電が遅れ、散歩のスタートは7時45分。歩き始めた頃は、揖斐・長良川には霧。中洲もぼやけ、河口堰も見えないくらいでした。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀公園、京町、吉津屋町、南魚町、田町、宝殿町から桑名七里の渡し公園と5.6㎞。最高気温は31℃でしたが、蒸し暑くて、汗だく。いよいよ、散歩は修行の域に入りつつあります(苦笑)。10時に帰宅。

Img_8137c_20210705164301  相変わらずで、鳥はきわめて少ない。諸戸氏庭園前も、桑名七里の渡し公園も何もいません。ハクセキレイとハシボソガラスを見たくらい。最近、揖斐川の堤防ではヒバリも、ホオジロも見かけません。ツバメは飛びながら、餌を採っていますが、それくらい。柿安コミュニティパークではスズメとドバト、ムクドリ。これでこの頃のフルメンバー。そういえば、ボチボチとドバトの姿が増えている気がします。ヒヨドリは、貝塚公園にごく少数いますが、他では見ません。九華公園に来て撮ったスズメ。もう少しすると、アオサギ、ゴイサギが鎮国守国神社の社務所裏に戻ってくると期待しています。

Img_8173c_20210705164301 Img_8212c_20210705164301  奥平屋敷跡でもスズメとハクセキレイくらい。カワラヒワもいません。「九華すずめ食堂」は、今日も大繁盛。餌を置くと、10秒ほどでスズメたちが集まって来ます。餌やりにはいろいろな考え方があると思いますが、楽しみにしている方もありますし、これで野鳥に興味を持ってくれる方もあります。九華公園内では、コゲラやシジュウカラの鳴き声が聞かれましたが、遠くからで姿は確認できていません。そうそう、今日はいよいよというか、とうとうというか、クマゼミが鳴き始めていました。去年は、6月28日に初鳴きを観測しています(2020年6月28日:おいおい、もう登場かよぉ!?……早すぎるクマゼミの初鳴き【桑名宗社の茅の輪について付記しました(6/28)】)。ちなみにクマゼミの合唱があちこちで聞かれたのは、去年は7月15日からでした(2020年7月15日:セミの合唱、あちこちで始まる)。

Img_8265c_20210705164301  貝塚公園では、上記のようにヒヨドリ2~3羽と、カワラヒワ、スズメくらい。九華公園を歩いている間は晴れたり、曇ったりしていましたが、貝塚公園あたりからは青空。日が照ると、一段と蒸し暑くなります。

Img_8276c_20210705164301 Img_8281c_20210705164301  京町Sのツバメの巣。空っぽでした。あんなに心配して、ずっと見てきたのに、挨拶も、断りもなく巣立ったようです。とおもって、京町Mの巣を見に行こうと思ったら、旧東海道・吉津屋町近くの電線にツバメの親子がいました。向かって左側の2羽が、巣立ったばかりのヒナ。京町Sから100mも行かないところですから、この巣から巣立ったのかも知れません。

Img_8309c_20210705164301 Img_8317c_20210705164301  ヒナのうち、1羽の写真。いずれにしても、元気に成長してもらいたいと思います。右は、京町Mの巣。今日も、親ツバメは、巣に就いていました。

Img_8367c_20210705164301  こちらは、田町の商店にある巣。ヒナは4羽とも元気でした。このあたりでは、暑くて、汗ビッショリで、親ツバメが餌をやりに来るところを待っている元気がありませんでした(苦笑)。それ故、ヒナが無事なのを確認して、そのままパス。

Dscn4261c Img_8418c_20210705170501  午後からは、市民大学郷土史学科の講義へ。先月は、まん延防止等重点措置が発令されていたため、お休みでした。今日が今年度2回目。5月10日以来のパブリックセンター。今年度は、「桑名の事件簿」というテーマ。今日は、対幕府との構図の中での出来事:「お手伝い」「栄誉」という迷惑と、藩内を揺るがせた事件について。前者は、いわゆる御手伝い普請など。その他、桑名城には、江戸時代の初め、家康、秀忠、家光など将軍が何度も泊まっています。徳川四天王の一人である本多家、久松松平家と徳川ゆかりの藩主ですから、それだけ信頼されていたとは思いますが、将軍が来るとなると、お付きの家来も多数でしょうから、さぞ大変だっただろうと思います。後者は、野村増右衛門事件、一揆などについて。桑名でも仇討ちがあったとか、将軍上洛の準備に来た旗本同士が刃傷沙汰に及んだとか、今まで知らなかったこともあり、楽しく聞いてきました。

Img_8077c Img_8082c_20210705164301  今日は、サギソウ日報。ただし、写真は昨日の夕方撮ったもの。2本の株からつぼみがつく茎が伸びてきた気配。何とか花が咲いてもらいたいと祈るような気持ち(微笑)。

Img_8257c_20210705164301  明日は、今のところ、午後に雨という予報。その後水曜からは傘マークが並んでいます。梅雨末期の豪雨に注意が必要です。

2021年7月 4日 (日)

上之輪新田でケリのヒナ……先週とは別のヒナ【午後から散歩を追記】

Img_7867c_20210704120501 Img_7720c_20210704120501  アメダスには記録がありませんが、午前中はときどき雨。午後は曇り予報ですから、また散歩に行くかも知れませんが、朝一番に上之輪新田へ行ってきました。ケリのヒナが成長したところが見られないかと思ってです。上之輪新田には、7時半前に到着。30分くらいは雨には降られませんでした。

Img_7733c_20210704120501 前回、ケリの巣とヒナを見たあたりから「捜索」を開始したのですが、頭上をケリ3羽が飛び交って、威嚇してきます。辺りには、犬の散歩やご自身の散歩をする方が4~5名。近くに巣があるか、ヒナがいるということは確実と考えられたのですが、探しても巣も見つかりませんし、ヒナの姿もありません。もっとも、左の写真で分かるように、当然のことながら、稲も生長していますから、探しにくいのです。ケリは、上之輪水田全体では、10羽以上います。

Img_7783c_20210704120501 Img_7788c_20210704120501  西側にコサギが1羽。その周囲の畦道にも、ケリがあちこちにいます。単眼鏡でじっくりと見たものの、畦道にいるケリの近くには、ヒナの姿は見当たりません。北の端まで行って、東側まで見てきましたが、ヌートリアらしき動物に遭遇したのと、ヒバリがいたのみ。

Img_7893c_20210704121401Img_7884c_20210704121801  先日、休耕田はないと書いてしまいましたが(2021年6月20日:河口堰にてオオヨシキリとホオジロ、上之輪新田でケリの巣2ヶ所発見【オマケ:ロバのパン屋さん】)、ありました。大変失礼しました。以前のコスモスの名残で、かなりたくさんあって、花も少し咲いています。ただ、そのままずっと放置されている感じです。

Img_7898c_20210704121401  この他、コアジサシやコチドリ、ケリなどが営巣するのに良さそうな場所もありました。ただし、これらの鳥は、確認できませんでした。ちなみに、ここは、水田を埋めてしまったように見えます。

Img_7955c_20210704120501 Img_7926c_20210704120501  と回っている内に雨が降ってきました。空にも黒い雲。そろそろ諦めて帰るかと思いつつ、もう一度だけ、前回・前々回とケリの巣を見つけた方をよく見てきました。あるところで、ケリの親が地上に降りて、威嚇してくるところがありました。ここでピン!と来ました。近くを探したら、いました。1羽だけのヒナ。あいにく草がかぶってしまいましたが、ヒナは確認できました。先週の日曜に言ったときにまだあった巣から巣立ったのではないかと思います(2021年6月27日:上之輪新田でケリのヒナ、九華公園と貝塚公園でコゲラ……「茅の輪」は赤須賀神明社のものでした)。その先週見つけたヒナ3羽は、見つけられませんでした。

Img_7635c_20210704120601 Img_7639c_20210704120601  アサガオ日報。リング付支柱に蔓が巻き付き始めました。放っておくと、勝手に巻き付いてしまいますので、ときどき人力で修正しています。どっちがよいのかは分かりませんが(苦笑)。

Img_7984c_20210704162101  以下、追記。昼前から薄曇りで陽も照ってきましたので、14時から1時間半、歩いてきました。住吉神社、九華公園、京町、吉津屋町、新築町、アピタ桑名店(新光堂書店)、寺町と、朝と合わせて5.6㎞ほど。湿度が高く、かなり汗をかきました。

Img_8013c_20210704162101  この時間では鳥はほとんどいません。スズメがヒナをつれて、九華公園にたくさん。二番仔たちでしょう。

Img_8035c Img_8037c_20210704162101  九華すずめ食堂支店。先日、本店に設置してすぐ撤収された、あの看板がこちらにありました。覗いたら、パンを砕いたものが置かれていました。設置者のOさんが与える餌は、ホームセンターなどで売っている「鳥のエサ」ですので、他の方が置いて行かれたのでしょう。

Img_8041c_20210704162101  京町Sのツバメの巣。ヒナはかなり大きくなり、2羽なのに巣一杯。そろそろ巣立ちが近い気がします。この巣でヒナが孵ったのは、6月18日でした(2021年6月18日:京町のツバメの巣にヒナ……他は、ムクドリのヒナ・デーというところ)。17日目です。ツバメの巣内での育雛日数は20~24日といわれます。

Img_8004c_20210704162101  アピタでは新光堂書店で本を探したものの、欲しかったものはありませんでした。徒歩圏内というか、散歩コースに大きな書店があるとありがたいのですが、新光堂さんは、本店(田町)、エル店(サンファーレの東にありました)とも止めてしまいました。三洋堂書店桑名店も徒歩圏内ではあるものの、福島にあり、いつもの散歩コースではありません。

Img_8061c_20210704162101  午後からの散歩ですから、いつもの散歩友達には会わないと思ったら、鎮国守国神社でAさん、寺町商店街でIさんと、お二人に会いました。Aさんは、稲荷社の前で草取りの奉仕中。元畳職人で、神社の仕事をときどき手伝っておられます。Iさんは、電動自転車であちこち回っています。釣り好きなのですが、近年はなかなか釣れないとか。シジミなどもあまり採れないといっておられます。

Img_7761c_20210704120501  明日は、市民大学郷土史学科。先月は、まん延防止等重点措置が発令されていて中止になりましたので、今年度2回目。忘れないようにしないといけません(笑)。水曜は、江戸橋での仕事。先週の演習について、レポートを提出する日。さて、どのようなレポートが出てくるか、楽しみ。授業も残り4回。

2021年7月 3日 (土)

オニヤンマにセミの鳴き始め……余談は「神社に行こう!」というアプリ【付記:コロナワクチン接種券、届きました(7/3)】

Img_7605c_20210703161201 Img_7583c_20210703161201  日中は曇りで32℃の予報でしたが、8時頃から上天気。しかも、今日の最高気温は34.4℃まで上がりました。オマケに雨上がりで湿度も高く、蒸し暑いこと。散歩していたら、「氷」という吊り旗が気になりました(苦笑)。目が覚めた頃はまだ降っていましたが、晴れてきましたので、いつも通り、7時半から散歩。ほとんどビョーキであります。住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、外堀、吉津屋町、京町、南魚町、田町、三崎通と5.8㎞ほど歩いて、汗びっしょり。冒頭の写真は、田町交差点にて、南東の空。右の氷屋さんの吊り旗は、「桑名かき氷街道」にも参加しているFRUITS SNOW.さん。

Img_7342cImg_7295c_20210703161301  今日は、昆虫の話から。ずいぶん久しぶりに見ましたので、「ホントにそうか?」と思ったのですが、オニヤンマ。いつ見て以来か、記憶がないくらい。九華公園の奥平屋敷跡にて。また、これも驚くのですが、奥平屋敷跡ではセミの幼虫が地中から出て来ているのを発見。ちょっと小さい気がします。さらに、「もうセミが出てくるのか!?」と思いつつ、九華公園を歩いていたら、本丸跡でセミが何匹か鳴いているのを確認。ミンミンゼミだったように思うのですが、ここ何年か九華公園でミンミンゼミを見聞きした記憶はありません。去年は6月28日にクマゼミの初鳴きを確認しました(2020年6月28日:おいおい、もう登場かよぉ!?……早すぎるクマゼミの初鳴き【桑名宗社の茅の輪について付記しました(6/28)】)。

Img_7175c_20210703161301 Img_7198c_20210703161301  さて、鳥は相変わらず、いません。カワラヒワは、往きに桑名七里の渡し公園の前の電線で撮りました。他には、ところどころでスズメ、カラス、カワラヒワ、ムクドリを見て、ツバメが飛んでいるくらい。揖斐長良川の中洲からはオオヨシキリの鳴き声が聞こえてきます。ハクセキレイは、幼鳥。九華公園の奥平屋敷跡にて。奥平屋敷跡では、この他コゲラもいたのですが、枝かぶりで証拠写真以下。故に写真は割愛。

Img_7228c_20210703161301 Img_7278c_20210703161301  「九華すずめ食堂」には、断り書きがでました(微笑)。ところが、こんな小さい看板をつけただけで、スズメたちは警戒してしまって、餌を置いても寄って来ません。Oさんは、やむなくすぐにこの看板は撤収(苦笑)。

Img_7347c_20210703161301 Img_7351c_20210703161301  今日はまた、ミドリガメたちがたくさん上陸して来ていました。後ろ足を交互に器用に使って穴を掘ります。去年5月22日に産卵しているところの写真を撮っています(2020年5月22日:ミドリガメの産卵と「スズメの学校」……今年は桑名水郷花火大会も中止で残念至極)。

Img_7450c  朝日丸跡の「九華すずめ食堂」支店。こちらは、本店ほどではありませんが、ボチボチと来客はあります。

Img_7360c_20210703161301 Img_7393c_20210703161301  ツバメが飛行訓練にやって来ています。左の写真は、奥平屋敷跡から二の丸跡にかかっている橋の南側にて。ここは、電線がすぐ目の前ですので、よく撮れます。右は、吉之丸堀の四阿の西に通っている電線のところ。ここには、今日はヒナは3羽。

Img_7507c_20210703161301 Img_7516c_20210703161301  九華公園の外周遊歩道沿いにある知人宅。「半夏生」かと思ったのですが、葉っぱが白くなってきません。ウ~ン、私にはほぼお手上げ(苦笑)。ご存じの方がいらっしゃれば、是非ともご教示ください。外周の遊歩道の南でハクセキレイ。これも若い鳥。

Img_7527c_20210703161201 Img_7567c_20210703161201  貝塚公園にはカワラヒワ、スズメくらい。写真は撮らせてもらえず。左は、京町Mのツバメの巣。親ツバメは今日も、巣に就いていました。右は、京町Sの巣。ヒナ2羽は相変わらず元気。かなり大きくなってきましたので、巣立ちも遠くはなさそうです。

Img_7597c_20210703161201 Img_7614c  こちらは、田町の商店にあるツバメの巣。昨日の短時間散歩で、ヒナが4羽になったかも知れないと書きましたが、何度見てもやはり4羽しかいません。1羽、いなくなりました。

Img_7575c_20210703161201 Img_7578c_20210703161201  ところで、2枚目の「氷屋さんの吊り旗」は、FRUITS SNOW.さんの店頭にあったと書きました。初めにも書きましたが、ここも「桑名かき氷街道」の参加店。

0702kakigoori4c  昨日も載せた画像ですが、ここは「水もシロップも使わないフルーツかき氷(¥850)」が販売されます。果汁やミルクなどをミキサーし、強冷凍で一気に凍らせた氷を使ってかき氷を作っておられます。フワフワで溶けにくく、たいそうな人気商品。私は食べたことがないのですが、去年だったか、家内は食べて来て、「とっても美味しかった」と言っています。

Img_7118c_20210703161301 余談。久々に衝動買いをしました(苦笑)。Justmyshopからのメールで、「神社に行こう! Just MyShop特別版 特別優待」の案内があったのです。特別優待と詠うだけあって、何と定価の半額(¥1,980)。神社好きですから、「神社参拝がもっと充実するユーティリティーソフト」というのに惹かれて、ついついポチッとしてしまったのです。これが、昨日夕方届きました。約2万件のデータベースをもとにした全国神社マップで、自宅や旅行先周辺の神社を調べることができます。参拝した神社の情報を書き換えて自分だけの「神社データベース」を作成したり、「神社参拝日記」をつけることも可能です。

Jinja2c  JRさわやかウォーキング、近鉄ハイキング、勝手にハイキングでそれなりに県内の神社にはお参りしています。神社検索(三重)からデータをダウンロードして、参拝神社データベースでもつくろうかと思っていましたので、ある意味「渡りに船」(笑)。2万社のデータベースは少ないのですが(神社の数は、全国およそ8万8,000社以上に上ると言われます)、予めデータが入っていれば、楽かと思ったのです。データベースに入っている神社の数は、県などによってかなりバラツキがあるようですが、三重県は割と充実していました。また、必ずしも使いやすいとはいえないものの、自分で一からつくることを思えば、楽チン。

Jinja8c  ということで、これまでのブログ記事を参照しながら、ボチボチとデータベースづくり中。お気に入り、参拝済み、朱印などのチェックがつけられますし、メモが書けますので、メモ欄に参拝日、御祭神などを入力しています。データベースに登録されていない神社は、入力ができます。左の画像は、現在入力中の三重県四日市市のデータ。「久波奈名所図会」の読み下しも含め、暇つぶしに忙しい(爆)。

【付記:コロナワクチン接種券、ようやく届きました(7/3 19時)】 6月28日に発送するとされていた、桑名市の64歳以下を対象とした「新型コロナウィルスワクチン接種券」、ようやく本日、届きました。家内は7月21日から、子どもたちは7月28日からコールセンターまたはWebサイトで予約開始だそうです。遅いなと思って、桑名市のサイトを見たら、「対象者が多いため、接種券が全員に届くまでに10日程度かかることがあります」と書かれていました(こちら)。しかしながら、最近、ワクチン不足というニュースが流れています。予定通りに接種が行われるのかどうか、気になるところです。

2021年7月 2日 (金)

梅雨らしい1日の今日から「半夏生」……余談は「桑名かき氷街道」

Img_6953c_20210702153001 0702amedas  今日も梅雨らしい1日になっています。夜の間の方がよく降り、朝からは雨量は少なくなっています。しかし、降ったり止んだりで、止み間は短い。やむなく、午前中は「雨読」の日。例の「久波奈名所図会」の読み下し作業を続けています。「久波奈名所図会」の上巻、本文(原典の影印部分)は144ページありますが、一応、90ページ過ぎまで来ました。内容は列挙しないと分かりませんが、桑名別院本統寺など、寺町にあるお寺の話まで。もう少し整理できたら、一度機会を見てこの件についても書こうと思います。

07020935rain  気象庁のナウキャストの画像、9時35分のものですが、朝から16時前まで似たようなパターン。それでも14時前には、画像で勝手に推測するに1時間くらいは、雨は降りそうもありませんでしたので、散歩に出て来ました。住吉神社、九華公園の前、江戸町、田町、住吉入江と2.2㎞ほど。途中で会った散歩友達は1人と1匹(ワンちゃん)。もう少し歩きたかったものの、空が暗くなってきましたので、撤収してきました。

Img_6994c Img_7007c_20210702153001  柿安コミュニティパークのところで、イソヒヨドリ3羽に遭遇。メスが2羽。最初は、藤棚のところにメスが1羽。西の堀沿いに飛んで行きましたので、見に行ったら、メスはもう1羽。

Img_7042c  移動している間にオスもいたようでしたので、ちょっと待っていたら、出て来ました。ほぼ同じ辺りにいましたから、ファミリーという気がします。

Img_7058c_20210702153001 Img_7055c_20210702153001  九華公園。空模様があやしくなってきていましたので、今日は、北門をみただけで、中には入らず。右は、柿安コミュニティパーク駐車場のクチナシ。やはり、花は極端に少ないのです。推測通り、去年、剪定時期を間違えたと思います。このあと、八間通郵便局から寺町交差点の間、八間通の南側歩道にもクチナシがありましたが、そこは満開。

Img_7069c_20210702153001  田町の商店にあるツバメの巣も見てきました。ヒナは、4羽しか見えないような気がします。5羽いたと思うのですが……。あまりゆっくりとは見てきませんでしたからまた確認しないといけません。巣の横の方から撮ると親が餌をやるところがよく分かるかと思ったのですが、失敗(苦笑)。親ツバメしか写りませんでした。

0702kakigoori1 0702kakigoori2  ところで、午前中、雨読の傍ら、ネットを見ていたら、左の写真のようなイベントを見つけました。「桑名かき氷街道」が、7月3日(土)から9月30日(木)の3ヶ月間にわたって開催されるというのです。市内の15店舗が参加し、個性豊かなかき氷が提供されます。スタンプラリーやSNSへの写真投稿によりオリジナルグッズなどが当たるイベントもあるとか。市内芳ヶ崎には、業務用かき氷機の国内シェアトップメーカー(株)中部コーポレーションがあるそうで、それもこのイベントに関連しています。

0702kakigoori3 0702kakigoori4_20210702155601  左の画像には、The Funatsuyaさんの「桃山」という桃を丸ごと1個上に乗せ、シロップにも桃の果肉を使用した豪華なかき氷が載っています。何と¥1,800。ちょっとよすぎるお値段。柿安本店や歌行燈本店も参戦しています。私が気になっているのは、右の画像にある、宿場の茶店ハジメの「岡村農園のあまりこと和三盆のかき氷(¥600)」です。あまりこは、甘いプチトマト。気になっている理由は、和三盆が使ってあるところ。四日市の大矢知に「亀屋佐吉」という和菓子屋さんがあり、ここで食べた「白玉和三盆金時みるく」や「和三盆みるく」のかき氷がとても美味しかったのを忘れられないのです(2016年7月3日:コアジサシの営巣地で給餌シーン……なばなの里ではコチドリが抱卵、午後からは龜屋佐吉で氷(苦笑)、2018年7月24日:20180714近鉄ハイキング「湖面を渡る風が心地よい夏の伊坂ダムを訪ねて」(その2)……旧・大矢知村役場跡、龜屋佐吉でかき氷、八郷小学校の3つの石碑から東名阪自動車道まで)。¥600なら、まあまあ。とらや饅頭さんの「伊勢茶氷」もよさげ。

Img_6894c_20210702153001  タイトルに書きましたが、七十二候では、今日から「半夏生」。先だって、何度か写真を載せた半夏生の花とは別物。夏至(6月21日頃)から数えて11日目の7月2日頃から七夕(7月7日)頃までの5日間が半夏生。田植えは半夏生に入る前に終わらせるものとされ、この頃から梅雨が明けるといいます。「半夏生」の「半夏」は「烏柄勺(からすびしゃく)」という薬草のことだそうで、この薬草が生える時期を指した名称だといわれています。烏柄杓の地下にある球茎の皮を取って乾燥したものが漢方薬の生薬「半夏」。

Img_6898c_20210702153001  オマケ。先日、非常勤先から「大学でのワクチン職域接種」の準備を進め、政府への申請を行ったが、接種を受ける意向があるかという調査がメールで届きました。政府の予想を超える職域接種希望が全国から寄せられていますから、職域接種が予定通りに実施できるかどうかは分からないという前提です。予定は7月末から8月。ワクチンは、モデルナ製。お陰様で私自身は、先週土曜日に2回目の接種を終えましたから、希望はしません/できませんが、家内や娘などは「家族もしてくれないのか?」などと言っています。桑名市では、64歳以下の市民を対象にした接種券を6月28日(月)に発送するということなのですが、今日の午前中までにはまだ届いていません。このところ、コロナワクチンについて、政府の対応がアヤシいので、早く受けたいという気持ちは分かります。愚息は、会社で職域接種があると言っていました。最後の2枚の写真は、私のベランダ園芸のもので、内容とは関係ありません。最後は、万年青。名前の通り、青々と元気なのですが、花は咲きそうにありません。

2021年7月 1日 (木)

梅雨らしい日、散髪のあと春日さんとツバメの巣を見る

0701amedas 0701rain  7月に入りました。年を取ったせいなのか、コロナでメリハリがない生活を送っているせいなのか、時間が経つのが一段と早く感じられます。今年も、半分が過ぎてしまいました(苦笑)。いったい何をしてきたのか? と思います。雨は明け方まででいったん上がったものの、10時過ぎからまた降り始めました。昨日の授業のQ&Aは、朝早くに仕上げられ、すでにメールで送って、お願いしました。来週の授業の際に、前期の試験問題の原稿を持参して、印刷をお願いしなければなりませんので、このあと、その準備をしようと思っています。

Img_6844c_20210701105501  終日雨という予報ですし、雨雲レーダーを見ても散歩は難しそうでしたから、予定通り、9時前から散髪へ。いつものS理容院さんへ。私が髪を切ってもらっている間、入れ替わりはあったものの、他にもお客さんがありました。大将は、「たまには忙しいこともあるさ」と笑っておられました。最近は、安価で散髪できるチェーン店を利用する方も多いようですが、座って、ひと言「いつものようにお願いします」でサッパリできるのはありがたいのです。桑名に来た頃からずっとお世話になっていますので、もう28年くらいになります。散髪を終えて、スマホでYahoo!天気を見たら、「もうすぐ雨が降ってきます」とありましたが、春日さんと、田町の商店にあるツバメの巣だけ見て帰ることに。写真は、理容院近くの田町交差点。歩いたのは、わずか1.6㎞(笑)。

Img_6854c_20210701105501  春日さん(桑名宗社)、7月になったら「映えスポット」がオープンするということでした(2021年6月26日:「九華すずめ食堂」支店に早速、来客あり……午後からはコロナワクチン2回目)。7月になりましたので、見てこようと思った次第。パッと見、前回見たときとあまり変わりはありませんでしたが……。

Img_6851c Img_6857c_20210701105501  上の写真で向かって左側、赤いパネルのところは、「絵馬かけ」でした。サンプルにあるように、ハートの絵馬をかけるところ。向かって右は、お神籤を結ぶところでした。白いテントの下には、赤い椅子も置かれています。こういう真っ赤なものは、今まで春日さんにはありませんでした。

Img_6875c_20210701105501  田町の商店にあるツバメの巣。この頃には小雨が落ちて来始めましたので、ゆっくりとは写真を撮れませんでしたが、ヒナたちは元気そうでした。

Img_6806c_20210701105501 Img_6810c_20210701105501  ところで、ベランダ園芸の状況&アサガオ日報。アサガオの鉢の大きい方は、先日、リング付支柱を立てました(2021年6月28日:春日さんで「夏越しの大祓」……「九華すずめ食堂」本店は大賑わい)。蔓は、1本だけ支柱に絡み始めています。他にも伸びてきた蔓があるのですが、それはまだ。右は、シラサギカヤツリ。花は、これまで最多3輪のみですが、葉は伸びてきて、だんだんといい感じになってきています。

Img_6814c_20210701105501  サギソウ、7月に入りましたので、これまでの経験では、そろそろ茎が伸びてくるはず。成長具合は、株によってさまざまですから、この先どうなるか、若干の不安はありますが、これだけあれば何本かは花を咲かせてくれると期待しています。

Img_6818c_20210701105501  コロナとオリンピック、もろもろ気になっています。以前、オリンピックについてはもう書かないと宣言しました(そもそも、東京でオリンピックをやる意義はないと考えていました)。しかし、やっていることがその場しのぎ。1年延期したのに、その間いったい何をしていたのか? と思えます。バブル方式もあやしい。アメリカのNBAで採用された元祖バブル方式とは似て非なるもののようです。それに私たち世代ですと、「バブルは崩壊する」ことを知っています。また、オリパラ大臣、自分の言っていることの意味が分かっているのか? と思えます。「五輪食事会場に監視員とアクリル板」は不見識で破綻が見えているという指摘もあります(こちら リンク先にも元祖バブル方式について言及されています)。都知事は、敵前逃亡したのかと勘ぐりたくなります。オリンピック、いずれにしても、コロナに限らず、問題多発で大混乱に陥るのではないかという気がしてなりません。

Img_6881c_20210701105501  まぁ、小人である私は、「閑居して不善を為す」ということにならないよう、今日は「雨読」の日に専念いたします(微苦笑)。この間から細々と進めている「久波奈名所図会」の解読作業がおもしろいのです(2021年6月19日:雨読の日は、「久波奈名所図会」の解読他)。上巻を読み進めていますが、今私が住んでいるあたりの話が書かれていますので、興味が尽きないのです。

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  • 関裕二: アマテラスの正体(新潮新書)

    関裕二: アマテラスの正体(新潮新書)
    著者の前著『スサノヲの正体』も、興味深く読みました。斬新な着眼点と発想で、思いもかけない結論に至っています。読み物としてはとてもおもしろいという点で、☆を5つとしました。ネタバレになりますから、詳しいことを書くのは控えておきますが、著者は、伊勢神宮に祀られているのは、いわゆる「天照大神」ではなく、別の霊威の強い(祟る)、二柱の神だとしています。祟るが故に、伊勢に放逐されたのだと主張するのです。ただ、著者の肩書きは、歴史作家にして、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェローであり、仏教美術に関心をもち、奈良に通ううち、独学で日本古代史を研究したということですから、現在の歴史学や考古学が明らかにした内容と整合性がとれている主張なのかどうかは、私には判断はできかねます。それ故、「読み物としてはおもしろい」と評価しています。 (★★★★★)

  • 小塩真司: 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学 (ちくま新書)

    小塩真司: 「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学 (ちくま新書)
    タイトルに惹かれて読みました。ただし、初めにお断りしておきますが、図表こそないものの、心理学の専門書といっても良いくらいの、分厚い記述になっていますので、馴染みのない方にとっては読みやすいものではありません。「性格が悪い」ことについて、最近研究が進んできた「ダークな性格」を中心にまとめられています。ダークな性格とは、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズム、サディズムの4つの特性です。これらの特性とリーダーシップ、社会的成功との関連、身近な人間関係中でのダークな性格、ダークな人物の内面、ダークな性格の遺伝、ダークさとは何かについて、文献を引用しつつ論じられています。その上で、性格の良し悪しは、その内容ではなく、どのような結果に結びつくかで判断されるというのが、著者の結論でした。 (★★★★)

  • 和田 秀樹: 老いるが勝ち! (文春新書)

    和田 秀樹: 老いるが勝ち! (文春新書)
    和田秀樹さんは、もともと高齢者専門の精神科医です。浴風会病院というところで35年間勤務され、6,000人以上の高齢者の方を診てこられました。その臨床経験から、高齢者については、理屈通りに行かないと思うことがたくさんあるといっておられます。タバコをたくさん吸っていても100歳まで生きる人もいれば、検査データはすべて正常なのにガンで亡くなる人もいるのだそうです。医者にいわれて血圧その他に注意していたのに、脳卒中を起こす人もいます。和田さんはこの本で80歳を過ぎたら我慢せず、好きな物を食べ、行きたいように生きることを勧めています。また、医療に関わらない方が長生きできる共書いています。不摂生を勧めておられるわけではありませんが、常識にとらわれず、自由に生きた方が楽しみも見つかってよいのではないかと思います。養老孟司先生流にいえば「なるようになる」のですから。 (★★★★★)

  • 彬子女王: 赤と青のガウン オックスフォード留学記 (PHP文庫)

    彬子女王: 赤と青のガウン オックスフォード留学記 (PHP文庫)
    彬子女王殿下の英国留学記です。彬子女王は、ヒゲの寛仁親王のご長女。殿下は、女性皇族として初めての博士号をオックスフォード大学で取得されました。この留学記は、ネットで話題になっていましたので、ぜひとも読んでみたいと思っていました。今上天皇の「テムズとともに」も読んだことがありますが、皇族の皆様は、どなたも誠実で朗らかで、それでいてユーモア溢れるお人柄をお持ちのようですが、殿下も同様でいらっしゃり、それがよく感じられる文章で楽しく拝読し、爽やかな読後感を持ちました。 (★★★★★)

  • 石井光太: ルポ スマホ育児が子どもを壊す

    石井光太: ルポ スマホ育児が子どもを壊す
    タイトルに惹かれて買ったのですが、帯にあるように「衝撃の現場報告」でした。この本に書かれているエピソードのうち、いくつかはこれまでにもマスコミ報道などで接していましたが、これだけのことがらが一度に示されると圧倒されます。現代の子どもたちは、まさに私たちが知っている(知っていた)子どもではなくなっているといえるようです。たとえば、「2歳児のネット利用率は58.8%」「子守歌はアプリで聞く赤ちゃん」「ヘッドガードの制服化」「教室の『アツ』に怯える小学生」「褒められ中毒はエスカレートする」などなど。スマホが登場して16年でその影響は大ですが、子どもたちの特徴に影響しているのはスマホだけではなく、現代社会や、大人達のありようも大きく影響しているといえます。「『将来の夢は交通整理のバイト』と言う女子高生」などはその例でしょう。私が教えている学生も、「『アツ』がすごい」ということがあり、いったい何だ?と思っていましたが、よく分かりました。すでに若い先生方は、デジタル・ネイティブ世代になっていますし、この本に登場する若者達が社会に出て、その中核を担うのも遠い将来のことではありません。これらの若者は、高い情報処理能力を持ち、周囲に適応する力もあり、コンプライアンス能力も高いのですが、それらを認めた上で、彼らが自立した大人になるために何が必要か見極め、それを提供することが必要とされるのでしょう。その意味では、大人の世代にも彼らを適切に理解し、必要な支援を提供する責任があります。 (★★★★)

  • 養老 孟司, 中川 恵一: 養老先生、再び病院へ行く

    養老 孟司, 中川 恵一: 養老先生、再び病院へ行く
    『養老先生、病院へ行く』の続編です。医療とは距離をとっておられる養老先生が、再診のため1年3ヶ月ぶりに東大病院に行かれました。大病から復活された今だからこそ語ることができる老い、医療、健康、死との付き合い方について、養老先生ご自身と、教え子にして主治医の中川恵一先生がお書きになっています。養老先生のスタイルをそのまままねすることは、凡人には不可能であり、よろしくはありません。しかし、健康についての考え方や、死についてのとらえ方などはとても参考になります。私が啓蒙されたことがらは、「健康法は人の数だけ存在する」「養老先生は抜け道の天才」「不連続な体調の変化に気をつける」「具合が悪いときは一週間様子を見ると医者に行くべきかどうか分かる」「お酒はもはや百薬の長ではないが飲む飲まないは自分で決めてよい」などでした。 (★★★★★)

  • 宮口幸治: 歪んだ幸せを求める人たち―ケーキの切れない非行少年たち3―(新潮新書)

    宮口幸治: 歪んだ幸せを求める人たち―ケーキの切れない非行少年たち3―(新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」シリーズの3冊目です。本の帯には「『幸せを求めて不幸を招く人』の戦慄ロジック」とあります。「みんな幸せになりたい」という動機は万人がもつものでしょう。しかし、幸せの形は人それぞれですし、幸せになりたいと強く願うものの、かえって生きづらさや苦悩を抱える人たちもたくさんいます。著者は、人は幸せになりたいが故に、結果的に他人が不幸になることでもやってしまうといいます。さらに、幸せになりたいのだけれど、そのやり方がよくない」と考える、結果的に他人を不幸にする人たちを理解できるともいいます。著者が長年関わってきた非行少年達にもそれは共通するそうです。歪んだ幸せを求める人たちの背景にある要因として、著者は、怒りの歪み、嫉妬の歪み、自己愛の歪み、所有欲の歪み、判断の歪みの5つの歪みを取り上げ、事例も含めて考察しています。これを読むと、こうした5つの歪みは、ごく普通の人びとも多少とももっているものといえます。最終章では、自分と他者の「ストーリー」という概念を用いて、歪んだ幸せを求める事についてどう向き合えばよいか、提案されています。 (★★★★)

  • 森永 卓郎: 書いてはいけない

    森永 卓郎: 書いてはいけない
    他の本を買いに行った時、書店で平積みになっていましたので、思わず買ってしまいました。メディアのタブーに触れつつ、現在の日本が凋落している要因を3つ指摘しています。サブタイトルは、「日本経済墜落の真相」となっています。3つは、ジャニーズの性加害、財務省のカルト的財政緊縮主義、日本航空123便の墜落事件。この3つについては、関係者は皆知っているものの、触れてはいけない、本当のことをいってはいけないタブーになっているといいます。メディアで触れたら、瞬時にメディアには2度と出られなくなるそうです。ジャニーズ問題は、BBCの報道のためにオープンになってしまいましたが、著者の森永さんは、ご自身が病を得られたこともあって、現状を打破するためにこの本を書かれました。財務省による必要以上の財政緊縮政策と、日航123便の事故のお陰で日本がアメリカに対してどんどん主権を失っていったことが、日本経済の衰退の主たる要因と主張しています。たぶんそれは本当だろうなというのが、私の読後感。 (★★★★)

  • 立木 康介: フロイト『夢判断』 2024年4月 (NHKテキスト)

    立木 康介: フロイト『夢判断』 2024年4月 (NHKテキスト)
    何を今さら勉強しているのか? と思われるかも知れませんが、ちょっと前に流行った言葉でいえば、リスキリングに相当するかも知れません。学生時代に読みましたが、しっかり理解したかといえば、アヤシいのです。学生時代からは50年近い月日が経っていますので、その後の研究成果も含め、新しいことがあるだろうと思ったのです。100分de名著というNHK Eテレの番組のテキストです。講師の立木先生は、パリ第8大学で精神分析の博士号を取得され、京大人文科学研究所の教授。精神分析は「昨日までとは違う自分を手に入れるために行う」とおっしゃっていました。この番組でもっとも印象に残ったのは、あの有名な「エディプス・コンプレックス」よりも、今日、重要なフロイトが提案した概念は、「両性性」であるということでした。これは、いかなる個人も与えられた解剖学的性にしばられないセクシュアリティの自由を持つことをうたうものです。この視点に立てば、同性愛も、トランスジェンダーもいわば当たり前の存在であるということになります。これらを踏まえると120年間に書かれた「夢判断」の内容は、きわめて今日的な意義を持ってくると再認識する必要があります。 (★★★★★)

  • 諸富 祥彦: NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧

    諸富 祥彦: NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧
    フランクルのこの本は、改めて紹介するまでもないほど、有名な本です。私も学生時代、霜山徳爾先生の翻訳で読みましたが、ことばでは書き尽くせないほどの衝撃を受けたことを、いまでもよく覚えています。第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に収監された経験をもとに、精神医学者・フランクルが、人生の目的を明確にし、その実現に向けて没頭する心理療法を紹介する本です。原題を直訳すると「それでも人生に然りと言う:ある心理学者、強制収容所を体験する」となります。実存心理学の名著であり、極限の環境におかれたとしても、何かが、あるいは、誰かがあなたを待っているということを主張しています。絶望して終わるのではなく、人生が何をわれわれに期待しているのかが問題であり、私たちはそれを学ぶことが重要だとしています。何度か読み直すことによって、人生への理解が深まる気がします。 (★★★★★)

  • 松田 忠徳, 増田 晋作: 枕草子の日本三名泉 榊原温泉

    松田 忠徳, 増田 晋作: 枕草子の日本三名泉 榊原温泉
    榊原温泉は、全国的に有名とはいえないかも知れませんが、名湯です。それは、枕草子に「湯は七栗の湯 有馬の湯 玉造の湯」にある、七栗の湯が榊原温泉と考えられるからです。最近、日本三名泉といえば、有馬温泉/兵庫県、草津温泉/群馬県、下呂温泉/岐阜県とされますが、枕草子に取り上げられたのはそれよりも古く、「元祖日本三名泉」といえます。榊原温泉の湯は、肌がきれいになる「美人の湯」というだけでなく、抗酸化作用もある健康の湯でもあります。この本は、日本一の温泉教授・松田先生と、地元を知り尽くした増田さんの共著で、「何もない」といわれていた榊原温泉の魅力を語り尽くしています。ちなみに、私にとっては家内の実家を知る上で格好のガイドブックです。 (★★★★)

  • 文藝春秋: 定年後に読む不滅の名著200選 (文春新書)

    文藝春秋: 定年後に読む不滅の名著200選 (文春新書)
    この本の帯には「これが定年後の知の道しるべ!」とありますが、私自身はさほど大上段に構えたつもりで読んではいません。どのような本が選ばれているかにももちろん興味はあったのですが、それらがどのように紹介されているかといった方面に興味があって読みました。本を紹介している方々はいろいろな分野で功なり、名を挙げた方ばかり。それらの方がどんな本を読み、どのように唱歌していらっしゃるかが知りたかったのです。ちょっと邪道な読み方ではありましたが、しっかりと楽しめました。 (★★★★)

  • 石田泰弘(編著): 街道今昔 佐屋路をゆく (東海の街道2) (爽BOOKS 東海の街道 2)

    石田泰弘(編著): 街道今昔 佐屋路をゆく (東海の街道2) (爽BOOKS 東海の街道 2)
    さほど本格的に取り組んでいるわけではありませんが、昔の街道を歩くのは好きです。この本のテーマである佐屋路(佐屋街道)も歩きたいと思って調べています。佐屋路は、東海道佐屋廻りとも呼ばれたように、東海道の迂回路でした。江戸時代に東海道宮宿と桑名宿の間を、陸路万場宿、佐屋宿の陸路を経て、佐屋から桑名宿への水路三里の渡しによって結んでいた街道です。実際に歩いて書かれたと考えられますが、旅人目線で書かれたウォーキングガイドです。津島街道、高須道も取り上げられています。部分的には歩いたところがありますが、佐屋路はいずれ、歩いてみたいと思い、計画中ですので、とても参考になりました。実際に歩かなくとも、歴史読み物としても楽しめます。 (★★★★★)

  • 柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)

    柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)
    東京都心にたくさんのカワセミが棲んでいるというのは、最近割とよく知られるようになっています。清流の鳥というイメージがあるかも知れませんが、東京の「野生」環境をうまく利用して繁殖もしています。そのカワセミが暮らす街は東京屈指の高級住宅街ばかりだそうです。すなわちカワセミも、人間も好む環境は同じというのです。カワセミが暮らす街は、人間にとってもよい街ということです。カワセミの存在に気付いたことから、「小流域源流」をキーワードに「新しい野生」と「古い野生」の繋がりを論じています。カワセミの生態も詳しく観察されていますので、私も今までよく知らなかったことが多々書かれていて、興味深く読みました。 (★★★★)

  • 内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)

    内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)
    私は、内田樹先生の評論が好きで割とよく読みます。「コモン(common)」とは、形容詞としては「共通の、共同の、公共の、ふつうの、ありふれた」という意味ですし、名詞としては「町や村の共有地、公有地、囲いのない草地や荒れ地」を意味します。昔は、ヨーロッパでも日本でも村落共同体はそういう「共有地」を持っていました。コモンを管理するには「みんなが、いつでも、いつまでも使えるように」という気配りが必要になるのですが、近代になって怒った「囲い込み」によって「コモンの私有化」が起こり、村落共同体が消え、集団的に維持されていた儀礼、祭祀、伝統芸能、生活文化が消えてしまったのです。著者は、このコモンを再生することが市民の原子化、砂粒化、血縁、地域共同体の瓦解、相互扶助システムの不在という索漠たる現状を何とかするために必要と考えています。ちなみに、マルクスとエンゲルスによるコミュニズムは、著者によれば「共同体主義」と訳した方がよく、彼らは「コモンの再生」が必要と提言したといいます。「共産主義」と訳されてしまったがため、なんだかよく分からないことになっているのです。「共有主義」あるいは「共同体主義」と意訳してくれていたら、もろもろが変わっていたかも知れないという話には、膝を打ちました。 (★★★★★)

  • 本田 秀夫: 知的障害と発達障害の子どもたち (SB新書)

    本田 秀夫: 知的障害と発達障害の子どもたち (SB新書)
    児童精神科医の本田先生の最新刊です。今回は知的障害が取り上げられています。これまでの本田先生の御著書では、発達障害が主に取り上げられてきたのですが、実は知的障害を持つ子どもたちも一定数存在していますし、発達障害と知的障害を合わせ持つ子どもたちもいます。その意味で、発達に困難のある子どもたちのことをきちんと理解して、適切な支援をする上では、両者を視野に入れることが重要です。著者は、知的障害の支援では、「早く」と「ゆっくり」がキーワードになると書いておられます。これは私もそうだと思います。可能な限り早期から支援を受けた方がよく、一方で、発達のスピードに合わせて「ゆっくり」としたペースで支援をすることが大切になります。発達障害の子どもたちにも「本児のペースに遭わせた支援が必要」とおっしゃる方がありますが、発達障害の子どもたちの理解/支援の上でのキーワードは「アンバランス」です。この本は、発達が気になるお子さんをお持ちの保護者の方、特別支援教育に携わる教員の方々にとって、基本的なテキストといえます。 (★★★★★)

  • BIRDER編集部: お手本でわかる!野鳥撮影術 (BIRDER SPECIAL)

    BIRDER編集部: お手本でわかる!野鳥撮影術 (BIRDER SPECIAL)
    バードウォッチングや野鳥撮影を趣味にしています。とはいえ珍鳥を追うのではなく、主に自宅近くを散歩しながら、いわば「定点観測」のように野鳥を見ています。自分の写真の撮り方を振り返ると、図鑑的に撮ることがほとんどです。なぜそうなのかを考えてみると、研究者の端くれであったことが関わっている気がします。つまり、写真を撮ることを、観察した記録やデータと見ているからではないかということに思い当たりました。野鳥撮影の「幅を広げたい」と思っていたら、この本が出版されました。ざっと目を通したところ、「色とりどりの花と鳥」「木の実レストラン」「やわらかい表情を追う」などさまざまなテーマで鳥とその周辺を撮る方法が載っています。これを参考に、自分の野鳥写真の世界を広げられたらいいなと思える本です。 (★★★★★)

  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

    磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)
    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

  • 佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)

    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

    佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)
    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

  • 安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)

    安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)
    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

  • 大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)

    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)