20210323勝手にハイキング「浪漫の明治村へ」(補遺編)
3月23日に行ってきた明治村への勝手にハイキングの補遺編です。当日の記事に書きましたが、招待券をいただいていましたので、いつ行こうかと考えているうちに期限ギリギリになった次第。9時過ぎに出て、クルマで東名阪、名二環、名古屋高速経由で小牧北ICへ。そこから41号線に降りたのですが、かなり込んでいて、明治村に着いたのは10時半頃。明治村駐車場に近い北門から入村。今回は、印象に残った、あるいは、興味深かったものごとについて、まったく主観的に選んで書いています。こちらに明治村の地図があります。ちなみに調べて見たら、前回、明治村に出かけたのは15年前の11月でした(2006年11月4日:昨日の散歩は,special)。
北門を入ると、SL東京駅があります。15年前、子どもたちを連れて来たときに乗ったことがありますが、この日は、火曜日で運休(3月は火、水がメンテナンスのため運休でした)。密かに、できれば乗ってみたいと思って来たのですが、残念。
こちらは、内閣文庫とその東にある皇居正門石橋飾電灯。明治44(1911)年の建物。内閣文庫は、明治6(1873)年に赤坂離宮内に太政官文庫という名で開設された明治政府の中央図書館です。明治23(1890)年、内閣制度の制定とともに内閣文庫と改称されました。こういう明治の建物の前に飾電灯がある景色は、なかなかいい感じです。
川崎銀行本店。昭和2(1927)年完成。ルネッサンス様式を基調とした、当時の銀行・会社の本店建築の中でも本格的銀行建築だそうです。鉄筋コンクリート(一部鉄骨)造、外壁は御影石積で地上3階、地下1階建、間口約38m、高さ約20m。関東大震災以前の大正10(1921)年に起工され、6年間を費やして昭和2(1927)年に竣工しました。日本橋のシンボルとして永く人々に親しまれてきたそうですが、昭和61(1986)年、ビル立て替えのため取り壊され、正面左側角の外壁部分が明治村へ移築されました。「展望タワー」と書いてあったのですが、入ってはいません。登って見ればよかったと、ちょっと心残り。
帝国ホテルの中央玄関の前に池があり、その東、少し下ったところに、こんな撮影スポットが設けられていました。ハートマークの向こうにベンチ、こちらにはカメラを置く台。さて、私たちは、ここで撮影したでしょうか??
金沢監獄正門。金沢監獄が造られたのは明治40(1907)年でした。南北250m、東西190mの敷地はレンガ造の高い塀で囲われ、唯一西面に開けられていたのがこの門だったそうです。レンガ造に石の帯状装飾を入れるのは当時の洋風建築の流行です。監獄とか、その正門とか、なぜか興味があります。一昨年の5月、近鉄ハイキングで津へ行ったときにも、三重刑務所で保存されている「安濃津監獄」の正門に見入っていましたし(2019年5月7日:20190428近鉄ハイキング「『阿漕』砂浜ハイキングと津グルメ散策」へ(その1)……津新町駅をスタートし、三重刑務所、真教寺・閻魔堂と市杵島姫神社へ)、名古屋市政資料館にある留置場も何度も見に行っています(2018年3月11日:ウィルあいちで支援員養成講座の講師……終わって市政資料館で留置場を見て、名古屋ウィメンズマラソンにも遭遇)。
監獄続きで、左は、前橋監獄雑居房。明治21(1888)年に前橋監獄につくられたもの。十字放射型配置の舎房がつくられたのですが、和洋折衷の構造で、洋小屋に越屋根を載せているものの、房廻りの構造は江戸時代以来の日本の牢屋の形式をそのまま伝えています。右は、金沢監獄中央看守所・監房。明治40(1907)年のもの。八角形の中央看守所を中心に、左右及び正面奥と左右斜め奥に五つの舎房が放射状に配されています。移築されているのは、中央看守所、第五舎房の一部。
呉服座(くれはざ)の裏手にカタクリの群生地があったことはすでに書きましたが(2021年3月23日:20210323勝手にハイキング「浪漫の明治村へ」)、そこにはショウジョウバカマも混じっていました。
工部省品川硝子製造所(登録有形文化財)。明治10(1877)年頃の建物。品川興業社硝子製造所を明治9(1876)年工部省が買い上げ、官営とし、その後この建物等が建てられました。壁体はレンガ造イギリス積、屋根には瓦を葺いています。ここには品川硝子ショップとデンキブラン汐留バーがあります。デンキブラン、昔来たときにも土産に買いました。ちょっと一杯引っかけるのもよいのですが、あいにく、クルマで来ています(デンキブランは、帰りに土産に買いました)。
こちらは、工部省品川硝子製造所近くに置いてあった「水道管」。明治44(1911)年生のもので、名古屋市守山区の庄内川の川底に埋設されていたものです。直管は、明治13(1880)年創業の「官営釜石製鉄所」で製造されたもので、仕切弁は、スコットランド製。こういうヘンなものに興味があるのです(苦笑)。
第四高等学校物理化学教室。明治23(1890)年。明治19(1886)年に「中学校令」が公布され、東京大学予備門が第一高等中学校に、大阪の大学分校が第三高等中学校に改組され、引き続き、翌年には仙台に第二、金沢に第四、熊本に第五高等中学校が設置されました。明治27(1894)年の「高等学校令」により、いずれも高等学校に改称・改組された。この物理化学教室は高等中学校時代の明治23(1890)年に建てられ、以後、第四高等学校、金沢大学へと引き継がれてきた建物。
内部は、このように階段教室になっています。こうした階段教室が、物理、化学それぞれ1つ、用意室が付属しています。実験を含めた自然科学教育を充実させるための設備となっています。
校舎内の廊下には、「八高生青年像」があります。八高は、旧制第八高等学校。新制名古屋大学の前身校の一つで教養部の構成母体となりました。この像は、旧制八高創立80周年を記念して制作されたものです。旧制八高は、現在の名古屋市立大学の山の畑キャンパスにありました。関連した記事がこのブログに2編あります(2006年2月3日:剣ヶ森と八高生の像、2006年1月13日:八高古墳)。山の畑キャンパスには、この像のもとになっているであろう(私の推測)銅像(八高生の像)があります(2006年2月3日の記事をご覧ください)。
三重県庁(重要文化財)。明治12(1879)年のもの。間口が54mに及ぶ大きな建物で、玄関を軸に左右対称になっていて、正面側には二層のベランダが廻らされています。このスタイルは、当時の官庁建築の典型的なもので、明治9(1876)年、東京大手町に建てられた内務省庁舎にならったものです。ここも道路をはさんだ向かいに皇居二重橋飾電灯があり、これを入れるとよい景色。
聖ヨハネ教会堂(重要文化財)。明治40(1907)年、京都の河原町通りに建てられたプロテスタントの一派日本聖公会の京都五條教会で、二階が会堂に、一階は日曜学校や幼稚園に使われていました。
2階の会堂には、ステンドグラスがあったのですが、室内は大変明るく、聖ザビエル天守堂で見られたような、ステンドグラスから漏れた光が光景を織りなすということはなかったと思います。
名古屋衛戍(えいじゅ)病院(愛知県有形文化財)。全国の鎮台(明治の臨時軍政機関、鎮台府)配置に合わせて、陸軍衛戍病院が明治6(1873)年の東京を皮切りに順次整備されていったのですが、明治11(1878)年に建てられました。木造平家建桟瓦葺で、周囲に吹き放ちのベランダを廻らせた姿は大変開放的で明るく、清潔感にあふれた印象です。名古屋衛戍病院は、現在の国立病院機構名古屋医療センター。
歩兵第六聯隊(れんたい)兵舎。
明治6(1873)年建築。明治4(1871)年、東北から九州まで四分割された各区域にそれぞれに鎮台が置かれ、同6(1873)年には広島、名古屋にも鎮台が設けられました。各鎮台のもとには歩兵聯隊が置かれたのですが、名古屋鎮台の管内では名古屋と金沢に組織され、名古屋に置かれたものが歩兵第六聯隊です。この兵舎の建物には、親しみというか、興味があるのです。というのも、私の母校の研究室がスタートしたのが、この歩兵第六聯隊兵舎だったからです。名古屋城の一角にあり、実験室は馬小屋の跡に建てられたという話を「研究室小史」(初代主任教授の先生の退官記念につくられた冊子)で読んだ記憶があります。研究室小史には「蒼古として老朽化した兵舎そのままの文学部1号館の2階と2号館の1階の一隅にわび住まいをさせられていた」という記述があります。
聖ザビエル天主堂。本編にも書きましたが、ステンドグラスを通した光がつくる色模様がとてもおもしろく感じました。写真はたくさん撮ってきたのですが、なかなかこれはというものはありません。一つには技量の問題があると思っています。機会があれば、再チャレンジしなくては。
こちらも、聖ザビエル天主堂にて撮ったもの。私の他にもカメラを持って、アングルを工夫して撮っておられる方もいらっしゃいましたし、スマホで写真を撮っている方も多数。
土産のデンキブラン。写真は、前回行った時に買ったもの。今もまったく同じです。40度。ストレートで味わっています。ブランデーと香草の芳醇な匂いがします。一口飲むと強めの刺激がまず来たあとから、ジンやワインなどの他の配合してあるお酒の後味がじわっと感じられます。アマゾンなどでも買えるようです。他には、犬山名物の「げんこつ飴」を1袋(高田屋製菓)。犬山といえば、やはり、げんこつ飴です(個人の意見です……笑)。
本編よりも補遺編の方がはるかに長くなりましたが、私の場合、よくあること。ご笑覧くだされば、幸い。
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