20210201勝手に養老鉄道ハイキング「桑名駅西歴史散歩」(その4)……尾野神社を経て、やっと養老鉄道播磨駅にゴールで「完」
2月1日の「勝手に養老鉄道ハイキング『桑名駅西歴史散歩』」の本編です。その3で終わるつもりが長くなり、ついにその4。尾野神社を経て、養老鉄道播磨駅にゴールで、今回で「完」。詳細なルートマップは、その1に戻りました。スタートしてすぐに歩いていたところから少し東のあたりです。
市立大成小学校の下を通って行きます。「下を通る」というのは、大成小学校は、小高い丘の上にあるからで
す。その大成小学校のすぐ北に尾野神社。尾野神社もやや小高い丘にありますが、ここは尾野山城跡でもあります。中世の城館跡で、遺構としては、郭が残っています。尾野神社もこれまでに何回か訪ねています(2006年1月28日:例によって例のごとくなど)。鳥居脇には、「縣社 式内尾野神社 式内立坂神社」という社号標が建っています。
鳥居をくぐってすぐ右に進むと拝殿があります。お社が2つ連なって建っていますが、向かって左が尾野神社、右の少し小さい方が立坂神社です。尾野神社は平安時代からこの地にあったようです。先日訪れた岸西山遺跡にあった尾野神社北之宮にもともとあったのが、こちらに移ったと考えられます(2021年1月15日:大山田川あたりでバードウォッチングとプチ歴史散歩……大正寺と尾野神社について付記、修正しました【1/18】)。
こちら、尾野神社。主祭神は、天押帯日子命(あめのおしたるひこのみこと:孝昭天皇の皇子。春日、大宅(おおやけ)、栗田、小野、柿本氏ら中央豪族の祖)。相殿神は、天照大御神、春日神(かすがのかみ:春日大社の祭神である以下の四柱の神の総称:武甕槌命(たけみかづちのかみ:経津主神とともに大国主神と談判し、国譲りをさせた神。鹿島神宮の祭神)、経津主命(ふつぬしのかみ:刀剣の神格化された神。武甕槌命とともに国譲りをさせた神)、天児屋根命(あまのこやねのみこと:天照大神が天の岩屋に隠れたとき、祝詞を奏した神)、比売神(ひめがみ:特定の神の名前ではなく、神社の主祭神の妻や娘、あるいは関係の深い女神を指すもの))、船戸神(ふなどのかみ:外部から邪霊が侵入するのを防ぐ神)、八幡大神(はちまんおおかみ:応神天皇、武家の守護神)、宇賀神(うがじん:古来、人間に福徳をもたらすと考えられている福の神たちの総称あるいは宇迦御魂(うかのみたま:食物、ことに稲の神霊)の異称)、山神(さんじん:山に鎮座する神。やまのかみ)となっています。神社検索(三重)によれば、創立は不詳。桑名市史には 「(前略)昔は入江村、田宮村、船戸村の三ヶ村の総社であったが、中古、三ケ村が合併して東方村と称し、入江村は尾野入江の辺に居住して尾野神社を祀り、(中略)。一説には尾野山の北の鼻山に鎮座してあったのを、後に船着大明神の社へ奉還して相殿としたという」とあります。尾野神社も、織田信長の伊勢侵攻の際に焼かれ、古文書などは失われたといいます。
立坂神社です。立坂神社は、もともと市内西方にあったのですが(その2で書きましたように、市立桑陽保育所のところに「立坂神社旧蹟」の石碑があります)、明治41(1908)年、ここ尾野神社に合祀されました。立坂神社は、別名、「草鞋社」といいます。海善寺の僧が修行に出る時、道中安全を祈願して草鞋を供えたといいますし、また、足止め信仰があったため、家出人があった場合には、ここに草鞋を供えて、家出人の足を止めることを祈願したともいいます。市内新矢田にも立坂神社がありますが、そちらは、もともとは矢田八幡社と称していました。桑名藩主本多忠勝の宗敬深く、以後代々の藩主の保護を受けています。明治以後は、この矢田八幡社が、式内立坂神社と称しています。
これは、ご神木。推定樹齢300年という梛(なぎ)の木がありました。相当の大木です。
境内社としては、康髙稲荷大神と祖霊社があります。康髙稲荷大神についての詳細は不明。祖霊社は、昭和55(1980)年7月に創建された新しいものです。由緒書きによれば、尾野神社が鎮座して以来、神社を崇敬守護した氏子すべての祖先の霊を永遠に祀るとともに、数代に渡って、昭和初期に至るまで神主を務めた鬼島家の霊、および戦火に倒れた氏子出身兵士の霊などを祀ったとありました。
そして、尾野神社と云えば、これが外せません。「船繋ぎ(ふなつなぎ)の松」です。あるいは「船着きの
松」とも呼ばれます。尾野神社は、1,000数百年前には、船着大明神と呼ばれていました。当時、この地は町屋川と大山田川が合流するところで(本多忠勝による慶長の町割によって、両河川は現在のところを流れるよう改修されています)、海陸交通の接点として船の出入りがあったといいます。
さて、この記事の初めの方にも書きましたが、ここは、尾野山城跡でもあります。写真は、一の鳥居をくぐったあたりの参道から西の様子。広場の向こうに登り口がありました。尾野神社の別当・尾野山正斎坊が築城したのですが、永録天正のころ、織田信長によって滅亡したとも、また永禄中には建部(渡部とも)掃部下介が居城したとも伝わっています。登ってみようとは思ったのですが、登っていくところがあまり手入れされていませんでしたので、やめておきました。これで、この日予定したところはすべて回り終えました。時刻は、11時15分。6㎞近くを歩いてきました。養老鉄道播磨駅に向かいます。
が、その途中で、これまた以前から気になっていたところがありましたので、ちょっとだけ確認。マップで、尾野山城跡と岸
西山遺跡とある中間あたりに、「最上稲荷山大祥寺」というところがあるのです。一時期、この「大祥寺」と、岸西山遺跡にある「大正寺」とを混同していたこともありました(苦笑)。アヤシげなお寺というか、お稲荷さんというからには神社か? と不思議に思っていたのです。
こちらが本堂のようで、そこにある看板をよく見ると、「最上稲荷山奥秘修法祈祷桑名教会」と書いてありました。「最上稲荷」を調べたら、岡山市にある「最上稲荷山妙教寺 (さいじょういなりさん みょうきょうじ)」という日蓮宗に属するお寺でした。そのWebサイトには、「伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷の一つ」とあり、1,200年以上の歴史を有するそうでした。今年の初詣の案内も貼ってありましたので、活動はしているようです。これで、ここは何かという疑問は解けましたので、安心してゴールへ。
ゴールは、養老鉄道播磨駅。11時25分に到着。6.5㎞を歩いてきたのですが、この日歩いたところはかなり高低差があり、い
ささかお疲れ。電車がなければ、家内に迎えに来てもらおうと思ったのですが、幸い、11時35分に桑名行きがありました。「センロク」と呼ばれる1600系電車。元は近鉄名古屋線を走っていたそうです。
桑名までは1駅、たった3分で、¥210。播磨駅は無人駅ですので、乗車票を取って、桑名駅で精算。11時38分着。
ちなみに、播磨駅から南西を見ると、こういう景色。踏切のすぐ向こうに見えているのが、岸西山遺跡。さらに「NTN」の青い看板の左手にあるのが、尾野山城跡・尾野神社。
桑名駅では、ついでに旧駅舎がどうなっているか、覗いてきました。この写真は、東口の少し北から
見たもの。名鉄タクシーの待機場があったあたり。左端に少し見えているのは、桑栄メイトの建物と、東口に上がる階段。駅舎や、通路はすでに取り壊されてしまっていました。右の写真は、名鉄タクシーの待機場跡。こちらも取り壊され、整地作業が行われていました。
12時前に帰宅。スマホのALKOOでは、歩数は16,091歩でした。現地で6.5㎞、桑名駅から自宅までなどが1.2㎞ですから、合計7.7㎞ほどを歩いてきました。
こちらは、照源寺で授与していただいてきたお守り。「利剣の名号」という名前。念仏の功徳を煩悩や徐魔を切り裂く鋭利な刀剣の文字で現したものだそうです。
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