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2020年10月14日 (水)

20201014勝手に養老鉄道ハイキング「多度山に登ろう」

Img_3204c_20201014183701  「思い立ったが吉日」と申します。以前から漠然と考えていたものの、なかなか実行に移せずにいたのですが、つい2~3日Img_3868c 前、「多度山なら、どのコースで登っても、1時間もあれば、頂上に行けますよ」といわれ、その気になってしまいました(爆)。後で良く考えたら、これをおっしゃった方は、キャンプの達人でした(苦笑)。多度山は、我が家の玄関先からもよく見えています。

Img_3207c  朝、養老鉄道播磨駅まで送ってもらい、8時47分の大垣行きに乗車。やって来た電車は、「近鉄ラビットカImg_3216c_20201014183901 ー」の600系。近鉄の時代に導入された車両で、名古屋線や大阪線を走っていたそうです(こちら)。昭和40年代製とか。

Img_3223c_20201014183901  多度駅には、8時58分に到着。¥310。今日は、近鉄ハイキングの「多度山水郷展望コースImg_3226c_20201014183901 のマップを利用して、多度山に登っていくつもりで、拡大コピーした自作マップを持参。9時にスタート。

201014tadoyama  こちらが、今日、多度で歩いたルートマップ。市の観光案内では、「眺望満喫コース」となっています。これを歩いて、多度山の頂上へ。帰りも途中までこれを辿ってきたのですが、途中第1見晴台の下から「のんびりコース」へ。愛宕神社にお参りして、そこからは「健脚コース」を下ってきました。

Img_3229c_20201014183901  多度駅から北に向かいます。多度川を多度橋で渡って、Img_3232c_20201014183901 600mあまり行くと、宇賀神社の一の鳥居があり、そこが多度山に登るコースの入り口の一つになっています。多度橋から見た多度山が右の写真。標高は403m。

Img_3242c  宇賀神社の一の鳥居。向かって右の常夜燈の陰になっていますが、オレンジ色の看板で「入り口 多度山上公園/自然教室・Img_3258c_20201014185401 水郷展望ハイキングコース」と大書されています。その、向かって右の常夜燈の背後に石碑があったのですが、良く読めず、残念。碑表には、名前が刻まれているようでしたので、忠魂碑のようなものかも知れません。碑陰には、「明治39年7月建之」とともに、西田さんという名字の方5名の他、「取持 宮守中・消防組」「肝煎 字総代」とあります。この一の鳥居のところを左折し(西に向かい)、多度山の登山道に入っていきます。ここの交差点でスタートから650m。

Img_3261c_20201014183901  200mほど行くと、宇賀神社があります。元々は、有力者を祀っていたのが、後に農耕神として宇迦之御魂神を祀るようになImg_3267c_20201014185601 ったといわれています。正面にはシイの巨木群があります。主祭神は、宇賀御魂神。相殿神は、大山津見神火之迦具土神、火之夜芸速男神、火之炫毘古神(以上の2神は、火之迦具土神に同じ)、表筒男神、中筒男神、底筒男神(以上の3神は、いわゆる住吉大神)、大己貴命少彦名命

Img_3276c Img_3283c_20201014185601  古くは「天田社」といったといい、天田はあがたの訛ではないかとされています。「県の神」として農耕神を祀り五穀豊熟を祈つた社ではなかったかと推測されるのです。延喜式内社で明治43(1910)年、境内、区内の神々を合祀し、現在の宇賀神社となっています。大正年間に村社より郷社に昇格したのですが、遠く、仁寿元(851)年すでに神階正六位に叙せられています。農事、山と火の安全、舟便、医薬の神として崇められているといいます。

Img_3270c_20201014190701  ちなみに、正面にシイの巨木群があります。拝殿の前にも、ご覧のように巨木が立っています。教育委員会による「シイの巨Img_3290c 樹からなる宇賀神社の森」という説明板もありました。

Img_3296c_20201014191001 Img_3293c_20201014191001  宇賀神社から登山ルートに入ると、そこには「農道竣工の碑」がありました。

Img_3303c  ポケットパークの駐車場の手前に、こんな石碑がありまImg_3322c_20201014191901 す。昭和4年11月2日に神社に畑を寄附したという記念碑でした。こういう畑を寄附した記念碑は、初めて見ました。ここからいよいよ本格的に登りになります。

Img_3402c_20201014192001  途中、お地蔵様。2.5㎞地点にある「中央地蔵」と思いますが、詳細は不明。このあとは、ひたすら登りでしたので、割愛して、一気に、頂上近くまでワープします。

Img_3479c が、一つだけ。パラグライダーが飛び立つ「飛行台(発射台?)」がありました。以前は、良く多度山からパラグライダーが飛んでくるのを見ました。

Img_3486c_20201014192301 Img_3491c  スタートから1時間半、10時半頃、山上公園に到着。このあたりで、約4.6㎞を歩いてきたはず。登り始めと、この近くがキツく、「来なければ良かった」と思わないでもありませんでした(苦笑)。途中、中間あたりは、平坦なところもあり、見晴台や休憩所もあり、休憩を取りつつ来ましたので、比較的楽でした。

Img_3497c_20201014192301  山上公園の広場を見て、いよいよ頂上へ。やっと403m(三角点の正式な高さは、402.7mとなっていました)を登り切れまImg_3513c_20201014192301 した。いや、天気が良くて良かった (^_^) 多度山には一度は登りたいと思っていましたので、念願を叶えられました(微笑)。

Img_3501c_20201014192301  こちらが、三角点や、「三本杉の相場振り」のところ。「三本杉の相場振り」というのは、電信電話がまだ発達していなかった明治の初期、大阪、桑名、名古屋、大垣の間の米相場は、「旗振り通信」で伝えられていました。相場の値段が決まると、高いところから赤・白の大きな旗(旗信号)を振って、その値段を伝えたのです。ここ三本杉にも信号所(中継所)が設けられていて、桑名米穀取引所から送られる旗信号を望遠鏡で確認して、同じ信号を振ると、四日市・名古屋・高須で見て、次々と中継されて各地に伝えられました。

Img_3506c_20201014192301  こちらが、「相場振り」の説明。「新桑名歴史散歩(西羽晃著)」によれば、桑名米穀取引所では、他の市場が閉店した後、夕市が開かれ、とくに注目されたといいます。あの初代諸戸清六氏は、大隈重信と懇意になり、情報を早く仕入れ、政府の公金を低利で借り入れ、米相場で成功しています。

Img_3517c_20201014193901  さて、山頂からの眺めは抜群。左の写真、中央あたりが、木曽三川公園木曽三川公園センター。川は、手Img_3530c_20201014193901 前から揖斐、長良、木曽の木曽三川。そのやや左上に名古屋駅前の高層ビル群がありますが、この写真でははっきりしません。右は、木曽三川の下流方向。中央やや上には、ナガシマスパーランドが見えますし、その手前には国道23号線の揖斐長良大橋。中央の左には、長良川河口堰、JR・近鉄の揖斐長良川鉄橋、東名阪高速道路の鉄橋なども見えます。ただ、この時間、南の方角はやや雲がかかっていましたし、逆光で今ひとつ。

Img_3574c 山頂には、高峯神社があります。神社の境内に三本杉があります。商売繁盛・家内安全・進学祈願の神様だそうです。

Img_3565c また、高峯神社の脇には、千体地蔵菩薩が安置されている御堂がありました。多度大社にお参りするものImg_3567c_20201014195001
は、ここに鎮座する高峯神社と、地蔵大菩薩に額づいて、心身を清めたそうです。高峯神社と千体地蔵菩薩との間には、「多度山古戦場跡戦没者総慰霊之碑」があります。詳細は不明。「壬申の乱に関わる」としているブログもありました(こちら)。山頂には、10時50分まで20分ほど滞在。

Img_3614c 山頂近くには、いくつもの無線中継所が立っています。山上公園の西側あたりです。ここから、来たルートを下っていきます。

Img_3655c 途中、木曽三川公園や名古屋駅方面がさらによく見えるところがありました。同じところかImg_3667c_20201014200101 ら、木曽三川の下流方面も眺めてみました。

Img_3650c_20201014200201 木曽三川公園の手前をよく見ますと、平野のあちこちに池や、曲がりくねった水路が残っているのが見えます。これらは、かつて河川が蛇行していた跡だそうです。「河跡湖(かせきこ)」あるいは「三日月湖」と呼ばれています。河川改修工事で、川の流路を変え、堤防を建設するなど、多くの治水工事をした結果、このような姿になったのです。

Img_3683c_20201014200101  登ってきたときの1.5㎞地点に戻って来ました。ここから「のんびりコース」にルート変更。まっすぐ行くと、多度大社に出Img_3690c_20201014200101 ます。名前の通り、起伏はあるものの、さほどではありません。右の写真は、赤谷川にかかる長尾橋。

Img_3707c_20201014200801  長尾橋を越えてしばらく行くと、約9㎞地点に愛宕神社があります。ここにも立ち寄りたかったのです。社伝によれば、勧請の年月は不詳であものの、古くから鎮座し、元亀年間の兵火に遭い、いったんは衰退したものを、元和2(1616)年、桑名藩主・松平定勝公が再興されたのを、松平定行公が寛永6(1629)年、再び社殿を造営し、毎年正月・5月・9月の3度家臣を遣わして厚く祭祀を厳修せしめたといいます。その後も、松平家によって崇敬され、手厚く庇護されたそうです。『多度大神本縁略記』には多度大社の第四別宮であったことが伝わっています。大正9(1920)年、境内社山神社、厳島社を合祀しています。

Img_3711c  御祭神は、火之夜芸速男神。境内には、合祀された神様を祀っていると思われる社がありましたが、説明板などはありませImg_3716c ん。

Img_3725c_20201014200801  愛宕神社から健脚コースへ降りていきます。道をはさんで、駐車場の脇に下に降りていく階Img_3727c 段がそれ。距離は約1,680メートルで、所要時間約40分と最短コースなのですが、これはとても登れそうにありません。短い間でしたが、下るのにも苦労しました。

Img_3745c  多度の町に降りてきました。予想通り、桔梗屋さんの東にある鳥居のところでした。多度のハイキングで、ここに鳥居があるのが気になっていました。ハイキングコースを調べると、たぶんここからが健脚コースだろうと思っていたのです。「いにしえコース」と石柱が建っています。昔の人たちはここを登ったということでしょうか。桔梗屋さんは、享保元(1716)年の和菓子の店。八壺豆(多度豆)などを売っていたと思います。写真で、左手に行くと多度大社、右手は多度駅方面。

Img_3773c_20201014200801  大黒屋さん。鯉料理のお店。過去に近鉄ハイキングで庭を拝見しています(2020年1月26日:20200126近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 細川酒造の銘酒『上げ馬』と多度大社・追儺祭」へ……祝ご当選!でめでたく「完」)。こちらにも詳しい案内があります。

Img_3792c  汗だくになって、多度駅にゴール。12時15分。3時間15分かかり、10.5㎞を歩いてきました。カッターがImg_3816c_20201014200801 濡れて気持ち悪かったので、着替えたくらい(苦笑)。桑名行きは、12時42分。¥310。電車は、養老鉄道7700系、通称「緑歌舞伎」でした。桑名には、12時58分着。

Img_3871c_20201014203101  いやぁ、よく歩きました。それに、400mの高低差(苦笑)。登りはさすがにキツかったですねぇ。現地で10.5㎞、桑名駅から自宅が1.1㎞ですから、合計11.6㎞ほど。スマホのALKOOでは、21,000歩あまりの記録。途中、私よりも高齢、70歳代と覚しき男性が自転車でスイスイと登っていくのを目撃。次の見晴台で休憩しておられたので、話しかけてみたら、何と電動自転車でした。脊柱管狭窄症を患い、10分も歩くとしびれるので、電動自転車なら登れるかと思って来たとおっしゃっていました。他にも走って登る人が3名。いろいろな方に出会いました。

 余談、こぼれ話はまだありますが、それらはまた明日以降のオマケに。

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コメント

ミリオンさん、こんにちは。

多度山登山、念願でした(微笑)。

昨日は、おっしゃるように暑くて、汗びっしょりになりました。
猿に注意という看板がたくさんありましたが、幸い、猿には出会いませんでした。
しかし、徒歩、走る、自転車で登る人は、かなりたくさんいらっしゃいました。

山頂からの眺めは抜群でした。
それに、昨日登ったルートでは3箇所ほど、見晴台があり、途中からでも、良い眺めでしたよ。

山頂ではおにぎりを1個食べて、しばし休憩して帰ってきました。

投稿: mamekichi | 2020年10月15日 (木) 13時07分

多度山登山お疲れさまでした。
昨日は天気も良かったから暑かったでしょう。
山頂からの眺めは木曾三川の流れも見えて眺めが良さそうですね。
以前多度山の駐車場まで車で行ったことはあるけど登る勇気はなかったのでやめました(笑)
道中猿に遭遇しませんでしたか?お弁当は食べずに帰られたのかな?

投稿: ミリオン | 2020年10月15日 (木) 11時26分

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