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2020年1月11日 (土)

20200111JRさわやかウォーキング「あいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」(予告編)

Img_7162c_20200111172001 Img_7166c  令和2年になって、初めてのウォーキング/ハイキング、JRさわやかウォーキングあいち・なごや生物多様性EXPOと宮の渡し跡から熱田神宮」に行ってきました。今回は、名鉄のハイキングとの共同開催。名鉄名古屋本線山王駅で8時半から11時が受付。桑名駅を8時31分に出る近鉄名古屋行き普通電車に乗車。近鉄名古屋に9時12分着、¥450。名鉄名古屋本線に乗り換えます。名鉄名古屋駅を9時24分に出る東岡崎行き普通で、山王駅に9時26分着、¥170。

Img_7158c_20200111172001  山王駅は、かつては「中日球場前駅」、「ナゴヤ球場前駅」という名称で、平成8(1996)年まで中日ドラゴンズのホームグラウンドだったナゴヤ球場への最寄り駅でした。しかし、ホームグラウンドが平成9(1997)年からナゴヤドームに移転したため、利用客も激減し、平成17(2005)年に開業当時と同じ現在の駅名に改称しました。中日球場、ナゴヤ球場の時代、いずれもドラゴンズの試合を見に来たことがあり、かなり懐かしい駅です。ナゴヤ球場は、中日ドラゴンズ二軍の本拠地球場および練習場となっています。ホームから南西に見えますが、一軍の本拠地だった頃とはかなり変貌してしまっています。

Img_7180c_20200111172001 Img_7187c_20200111172001  名古屋でのJRさわやかウォーキングは、いつも大混雑ですが、今日は、名鉄のハイキングとの共同開催ということもあってか、狭い山王駅の改札前は大混雑でした。受付を済ませ、スタートしたのは、9時33分。駅の目の前が信号というのも、混雑に拍車をかける要因。今日は、気温はさほど上がりませんでしたが(名古屋で12.1℃)、風もなく、暖かいというより、少々暑いくらい。汗を掻きました。

200111jrwalkingsannou  左は、配布されたコースマップ。右は、実際に歩いたルートマップです。山王駅をスタートして松重閘門200111jrwalkingsannou0 へ。その後は、堀川沿いをずっと歩いて、名古屋国際会議場に行きます。「あいち・なごや生物多様性EXPO」が、今日・明日と開催されています。ついで、白鳥庭園、白鳥公園を経て、宮の渡し跡へ。個人的には、ここ宮の渡し跡へ行くのが目的で参加しています。その後は、秋葉山円通寺がゴール。オプションコースとして、熱田神宮に参拝しますが、宝物館が割引料金で入れることになっています。熱田さん参拝のついでに、宝物館も観てこようと思って出かけました。帰りは、名鉄神宮前駅から電車に乗るつもり。

Img_7192c_20200111172801  スタートして、北へ。名古屋駅方向です。中川運河に突き当たって右折し、松重閘門に向かいます。歩き始めImg_7218c_20200111172801 てすぐの写真が左のもの。名古屋駅前の高層ビル群が遠くに見えています。スタートして500mほどで松重閘門に到着。去年(令和元(2019)年9月28日のJRさわやかウォーキングでも来ています(20190928JRさわやかウォーキング「名古屋の二大庭園とてづくり朝市を訪ねて」へ(予告編))。中川運河が開削されたとき、堀川とを結ぶためにつくられたもの(昭和5(1930)年(供用開始は、翌年)。両河川は水位が2メートルほど違ったそうです。東西長さ90mの水路の両端に高さ約20mの塔が2棟ずつあり、一対の塔をつなぐ橋に吊られた40トンの鉄板を上げ下げしました。塔の内部には鋼板を動かすのに使う錘が入っています。日本の閘門では、扉式が多いそうですが、このように両側に塔を建設するやり方は珍しいとされます。

Img_7266c_20200111174701  松重閘門のところの南北橋をわたって、堀川の左岸に出て、ずっと南下していきます。その距離2.3㎞あまり。立ち寄る所はImg_7287c ありませんが、私は、堀川にかかる橋を眺めながら歩いてきました。古い橋は、親柱や照明が凝ったデザインで楽しめるのです。右の写真は、住吉橋。昭和12(1937)年にかけられています。左は、JRAのウィンズ名古屋の東にかかる鉄道橋(スタートから1.8㎞)。JR東海道線、中央線、名鉄名古屋本線が並んでいます。ちょうど、中央線の特急しなのが通過して行きました。

Img_7311c_20200111175301  歩き始めて3㎞を過ぎた所で旗屋橋を渡って、名古屋国際会議場に向かいます。ここで、「名鉄のハイキング×さわやかウォImg_7313c_20200111175301 ーキング 2020.1.11共同開催記念」のカードが配布されました。裏に番号が記されていて、名鉄のハイキングゴール受付で抽選会があるのです。

Img_7317c  名古屋国際会議場には、10時半に到着。スタートからは3.3㎞。ここは、学会でも何度か来Img_7327c_20200111175601 ましたし、前職の時代には、入学式・卒業式が行われたところ。さらには、ポンキッキや、ユーミンなどのコンサートでもたびたび来ています。

Img_7331c_20200111175601  懐かしかったので、ちょっと中に入って、ロビーあたりを一回り。さらには、一休みしてきました(微笑)。ちなみに、「あいち・なごや生物多様性EXPO」は、スルー(苦笑)。前職の時、評議員をしていた時期がありましたので、入学式・卒業式では、舞台の上でセレモニーに参列したことがあります。好き好んでではありません(笑)。立場上の役目として。その頃は、冗談半分に「いらないことと居眠りをしないで、おとなしく座っているのが仕事」といっていました。

Img_7351c  名古屋国際会議場を過ぎると、白鳥公園。このあたりは昔は貯木場(白鳥貯木場)と国鉄白鳥駅でした。平成元(1989)年Img_7395c のデザイン博の時はその会場となっています。昭和58(1983)年から平成3(1991)年までかけて整備した白鳥庭園が、公園の中心です。白鳥庭園は、去年9月のJRさわやかウォーキングで訪ねましたので(20190928JRさわやかウォーキング「名古屋の二大庭園とてづくり朝市を訪ねて」へ(予告編))、今回は、パス。

Img_7353c_20200111180701  白鳥庭園に行く途中にある旧・白鳥貯木場の「太夫堀 中水門」あたりにはユリカモメが並んでいました。9月に予想したとImg_7368c おり(微笑)。通り過ぎてから振り返ると、餌をやる人があったようで、大騒ぎになったりしていました。また、カモもたくさんいました。キンクロハジロが多かったのですが、ホシハジロや、ハシビロガモもいましたし、カルガモの姿もありました。

Img_7424c_20200111181001  堀川沿いをさらに下り、白鳥橋の下を潜って、宮の渡し跡に向かいます。左の写真は、白鳥橋より1つ下流にある大瀬古橋から上流方向を振り返ったもの。堀川に浮かんでいるのは、ユリカモメと、セグロカモメ。水があって、広々とした空間は、私の好み(微笑)。

Img_7458c_20200111181001  宮の渡し跡には、11時20分に到着。スタートから5.7㎞ほど。前からずっと、一度は来てみたいと思っていたところです。宮の渡しは、いうまImg_7446c_20200111181601 でもなく、東海道五十三次のうち41番目の宿場である宮宿にあった渡し場。42番目の宿場である桑名宿に行くには、船で海路を行かねばなりませんでした。その距離は当時の単位で七里。そのため「七里の渡し」と呼ばれていたのです。宮の宿は、東海道最大の宿場で、たくさんの人で栄えました。

Img_7475c  今は、ここには当時の常夜燈や時の鐘、船着場などが復元され、「宮の渡し公園」となっています。左はその常夜燈。常夜燈Img_7488c は、寛永2(1625)年、犬山城主である成瀬正房が熱田須賀浦太子堂(聖徳寺)の隣地に建立したものの、風害で破損。承応3(1654)年からは、現在の位置で宮の渡しの安全を見守ることとなりました。しかし、またしても火事で焼失。ほどなくして再建されたもののすぐに荒廃。昭和30(1955)年になってやっと当時とほぼ同じ位置に復元されました。右は、時の鐘。こちらは、延宝4(1676)年、尾張藩主・徳川光友の命によって作られたもので、熱田の住民や東海道をゆく旅人に時刻を知らせる役目を担いました。江戸時代に使われていた鐘は、今も蔵福寺に保管されているそうです。昭和58(1983)年に宮の渡し公園内に復元されました。

Img_7460c  この写真の先が海。昔の東海道の旅は、ここから船に乗って、海上七里を桑名に向かったのです(こちら)。満潮時には、陸地沿いの航路が約7里(27㎞)で、干潮の時には、沖を廻る航路となり、こちらは約10里(39㎞)だったといいます。所要は、3時間から4時間と推定されています。渡し賃は、正徳元(1711)年の規定では乗合船一人当り、宮~桑名は45文(1,125円)であったといいます(換算にあたっては、1両=米180㎏=100,000円とみなし、「keisan 生活や実務に役立つ高精度計算サイト」によりました)。

Img_7468c  ちなみに、ここの桟橋にもユリカモメが集まって、船を待っていました(微笑)。というわけはありませんが、ユリカモメがImg_7502c 集まっていたのは、事実。宮の渡し跡では、15分かけてあちこち見て回り、海を眺め、堪能してきました。次は、七里の渡しを船で渡ってみたいと思っています。

Img_7550c_20200111184001  11時35分に七里の渡し跡をでて、ゴールに向かいます。途中、伝馬町交差点を通過。「伝馬」は、江戸時代、街道の宿駅に常備され、公用の人や荷物の継ぎ送りにあたった馬をいいます。渡し場&宿場の近くにあるはず。桑名でも伝馬町という地名があるのですが、それは、七里の渡し跡からは1.7㎞ほど行ったところ。ちょっと離れている気がします。

Img_7568c Img_7580c_20200111185001  ゴールは、秋葉山円通寺。曹洞宗の寺院。山号は補陀山(ほださん)。ご本尊は釈迦如来。一般には秋葉山円通寺(あきはさんえんつうじ)などの呼び名で知られています。予習をしていきませんでしたので、お堂が二つある!?など、今ひとつよく分からなかったのですが、始まりは尾張国の豪族であった尾張氏が熱田社に神宮寺として建立したものとされます。弘仁年間(810~824年)に当地を訪れた空海がこの地に小宇を築いて、自ら彫った十一面観音像を安置したと伝わっています。宝暦7(1757)年に伽藍の大造営が行われましたが、明治24(1891)年の濃尾地震で全壊。明治40(1907)年に本堂が建て直されるなどしたものの、これらは昭和20(1945)年の名古屋大空襲によって焼失、戦後に再建されました。寺が開かれて多くの修行僧が集まった中に、一人の僧に姿を変えた秋葉三尺坊がおり、長年の修行を経て永享年間(1429~1441年)、ついに鎮防火燭の秘法を得たといいます。喜びのあまり本当の姿を見せた三尺坊は寺の守護を誓したと伝わり、これに由来して、秋葉三尺坊大権現や羽休の秋葉などの通称で呼ばれています。

Img_7553c  JRさわやかウォーキングのゴールは、寺の南側に設けられていました。ゴールに着いたのは、11時50分。ここまでで歩いたImg_7558c のは、6.8㎞(円通寺は、ゴールしてからお参りしました)。完歩記念のパネルも、撮影しました(微笑)。ゴール受付は、けっこうな賑わい。名古屋でのJRさわやかウォーキングは、参加者が半端ありません。途中でもらった抽選カードの番号は、03136でしたから。

Img_7564c  その抽選カードは、名鉄のハイキングのゴール受付でチェック。残念ながら、「円通寺賞」Img_7566c ということで、「ともしび 秋葉総本山熱田秋葉山 神佛用マッチ」が当選。名鉄のハイキングの完歩券もいただきました。

Img_7642c  マッチは、ご覧のようなもの。「守護 鎮防火燭」とあります。秋葉山のImg_7590c ものですから、火除けに霊験があるかも知れません。一人暮らしをしている家内の母に進呈しようかと思っています。受付を済ませてから、拝殿にお参りしてきました。

Img_7591c  これでゴールはしました。熱田神宮は、オプションコースになっていましたが、ここまで来Img_7628c_20200111195101 て素通りはできません。地元で初詣は済ませていましたが、せっかくの機会ですから、熱田さんにもお参り。東門から入り、本宮拝殿へ直行しますが、人出と、露店の多さには驚きました。

Img_7599c_20200111195101  本宮拝殿前は、このようになっていました。賽銭箱ではなく、賽銭投げ入れ広場という感じ。大賑わいですから、幅広いとImg_7603c_20200111195701 ころからお参りできるようにということでしょう。テレビなどでは、こういう場面を見たことがありましたが、実際にこの目で見るのは初めて。お神籤、お守り、破魔矢などを授与してもらう方多数。私は、よほどのことがなければ、そういうものはいただかなくなっています。

Img_7624c_20200111195101  お参りを済ませたら、宝物館へ、これまた直行。元旦から1月28日まで「日本書紀撰上 一三〇〇年 新春Img_7626c_20200111195101 特別展日本書紀の世界~熱田本日本書紀と共に ~」という展覧会を見てきました。熱田神宮は、14世紀の写本の「日本書紀」を所蔵しています(重要文化財)。巻第十一を欠いていますが、巻第一を上下に分け、巻第十五までの15巻が現存しているそうです。これらを見てきたという次第。

Img_7605c  宝物館を出て少し行ったところに熱田神宮会館が、出店を出していて、きよめ餅と宮きしめんを土産に売っImg_7606c ていました。きよめ餅は、年末にも買ってきましたが、宮きしめんは食べ損なっています(2019年12月15日:20191215近鉄ハイキング「名古屋の繁華街に残る古墳めぐり」(予告編))。迷わず、宮きしめんを買ってきました。しょうゆ味、半生、三人前で¥1,080。本当は、お店で食べたいところですが、熱田神宮内の宮きしめんの店は、超長蛇の列でした。熱田神宮には12時10分頃着いて、13時10分まで滞在。

Img_7630c  帰りは、当初の予定通り、名鉄名古屋本線神宮前駅から電車に乗ることにしました。ここまででトータル8.4㎞を歩いてきました。改札口に着いたのは、13時13分。13時15分に新鵜沼行きの快速特急があり、それに乗車。名鉄名古屋駅には13時22分着。¥230。近鉄に乗り換え。13時41分の五十鈴川行き急行で、桑名到着は14時1分、¥450。

Img_7647c_20200111195101  ALKOOのデータ。19,415歩を歩きました。歩いた距離は、JRさわやかウォーキングで8.4㎞、自宅から桑Img_7651c 名駅往復が1.8㎞ですから、合計10.2㎞。新年初のウォーキングとしては、まあまあでしょう。

 さて、明日は、近鉄ハイキング「高田本山専修寺「お七夜」と寺内町散策」に行ってきます。このコースは、2年前(2018年1月11日:近鉄ハイキング「高田本山専修寺『お七夜』と寺内町散策」へ(その1)……勝久寺、大乃巳所神社、魚歳食品など)にも歩いていますが、高田本山専修寺は、お気に入りのお寺ですし、現在、お七夜が行われています。お七夜は、いわゆる報恩講。親鸞聖人の命日のお勤め。1週間にわたって行われます。また、ここには、家内の父親のお骨が納めてありますから、納骨堂にお参りしてこようと思っています。天気予報は、曇りですので、無事に行けそうです。御非時をいただきたいのと、時間がうまく合えば(10時と13時の2回)、本山のお庭、雲幽園にある安楽庵の見学をしてきたいと思っています。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

いつもありがとうございます。

熱田神宮、年末年始とお参りできました。
去年の記事にも書きましたが、熱田さんにも蕃塀があったのですが、その位置が微妙で、どういう意味合いのものか疑問が深まってしまった感じです。

熱田さんの土産は、やはりきよめ餅ですね
年末に買いましたし、宮きしめんが食べたかったので、今回はきしめんにしました。

また明日以降、本編を書いていきますので、よろしくお願いします。

椿大神社もまだ賑わっているんでしょうね。
鈴鹿にいた頃以来、もう何十年も行っていませんので、一度またお参りに行きたいと思っています。

ところで、7日の日は午前中に本屋に行きました。
エディオンでプリンタのインクなどを買ったついでに立ち寄りました。
こころんさんとは、すれ違いだったんですね。
失礼しました。
また機会がありましたら、是非お目にかかりたいと思っています。

投稿: mamekichi | 2020年1月12日 (日) 19時53分

こんにちは
ゴールおめでとうございます!
熱田神宮を参拝できていいコースですね。
またゆっくりコースの地図を拝見して参考にしたいと思います。
お土産はやっぱりきよめ餅ですよね(^^)
はずせません。
また本編を楽しみにしてます。

仕事が落ち着いたので今日は椿大神社へ参拝に行きました。
もう正月から10日以上経っているので少ないだろうと
思ってましたが、日曜ですし車は満車で人いっぱいでした^^;。
おみくじ引いて草餅買って帰ってきました。

7日の雨の日は本屋さんにいらっしゃいましたか?
午前中だったと思います。
入口から左の方でお尻を店側にオープンカーが停まってましたのでもしかしたらと。
僕は1台開けて右側に停めました。
店内で見つけられませんでしたが、ちょっと立ち読みして帰るときにもう車がありませんでしたので行き違いぐらいだったかもしれません^^;。

投稿: こころん | 2020年1月12日 (日) 12時53分

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