お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年3月31日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年3月31日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

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2019年4月 7日 (日)

20190407近鉄ハイキング「春を彩る 鈴鹿さくら祭りと伊奈冨神社のつつじ」(予告編)

Img_0226c 近鉄ハイキング「春を彩る 鈴鹿さくら祭りと伊奈冨神社のつつじ」へ行ってきました。九華公園の賑わいを避けたのと、伊奈富神社へ訪ね、つつじを見たいという次第です。今日のところは予告編。三重県知事と三重県議会議員の選挙の投票を済ませて、出発です。本日の受付、スタートは、近鉄名古屋線・鼓ヶ浦駅。9時半から10時半ということで、桑名駅を9時1分の五十鈴川行き急行に乗車。白子駅に9時31分着。9時36分の普通電車・津新町行きに乗り換え、次の鼓ヶ浦で下車。9時38分着。¥560。

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 こちらが本日のコースマップ。鼓ヶ浦駅を出て、子安観音寺(ここには不断桜があります)、稲生民俗資料館に立ち寄って、伊190407kintetsuhikingtudumigaura 奈冨神社にお参り。最後に、鈴鹿さくら祭り会場に行き、近鉄鈴鹿線・平田町駅がゴールという、マップ上約11㎞のコース。あまり立ち寄り先が設定されていませんので、前回に続いて、ひたすら歩く羽目になりそう(微笑)。また、今回は、ここに上がっていたところしか予習をしていませんので、途中の勝手な道草は、出たとこ勝負(笑)。右が、実際に歩いたコースの実測ルートマップ。鈴鹿市の海岸近くから、繁華街まで横断したというイメージ。勝手に立ち寄ったところは、神社2ヶ所、お寺が1ヶ所。鈴鹿サーキットは、通過したのみ。鈴鹿サーキットからゴールの平田町あたりは、鈴鹿で働いていた頃何度も訪ね、土地勘もありますが、伊奈富神社あたりは初めてで、神社を出てから鈴鹿サーキット稲生駅に行くのに、若干迷ってしまいました。

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 鼓ヶ浦駅を9時45分にスタートして、5分で白子観音に着きます。ここと、次に立ち寄った比佐豆知神社は、去年3月17日の近Img_0277c 鉄ハイキングで来ています(2018年3月17日:近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ(予告編)、2018年3月19日:近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ(その1)……子安観音寺【加筆修正しました(3/19)】、2018年3月20日:近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ(その2)……比佐豆知神社、西方寺の山口誓子句碑、レトロな風呂屋などを見て鼓ヶ浦海水浴場と、伝統産業会館へ)。子安観音寺、地元では「白子の子安観音」で親しまれています。その名の通り、安産祈願で有名。高野山真言宗。聖武天皇の命令で藤原不比等が建立したと伝えられ、1250年以上の歴史があります。詳しくは、リンク先をご覧ください。

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 今日は、不断桜を見たいと思っていました。天然記念物に指定されています(大正6(1923)年3月指定)。樹齢についてはImg_0267c 諸説ありますが、江戸時代にはすでに「一年中葉や花が途絶えない不思議な桜」として著名な木だったといいます。すずかし観光ガイドには、真夏以外は梢のあちらこちらにちらほらと花をつけ、四季を通じて桜の花が咲くことから不断桜と名付けられたとあります。3月~4月には薄桃色の花が一面満開となるそうですが、今日はご覧の通り。やや遅かったのかも知れません。

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 白子観音のすぐ南に、比佐豆知神社(ひさずちじんじゃ)があります。式内社。主祭神は、五十猛命(イタケルノミコト)。素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子で、木種(こだね)をもって天降り、大八洲国(おおやしまぐに)をことごとく青山にしたといいます。このほか、次の9柱の神様も祀られています:大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト、樹木の女神)、抓津姫命(ツマツヒメノミコト、樹木の女神)、少彦名命(スクナビコノナノミコト、山や丘の造物者であり、命名神)、天照大神(アマテラスオオミカミ)、伊弉冉尊(イザナミノミコト、伊弉諾尊(イザナギノミコト)と結婚し、国生みと神生みを行った女神。火神を生んで死に、黄泉国(よもつくに)を支配する黄泉大神となった)、誉田別尊(ホンダワケノミコト、応神天皇)、天児屋命(アマノコヤネノミコト、天照大神が天の岩屋に隠れたとき、祝詞を奏した神)、速玉男命(ハヤタマノオカミ、絶命して黄泉国へ去ったの伊奘冉尊を伊奘諾尊が訪れたとき、見ないで欲しいといわれたその姿をみてしまい、離縁することになったが、その約束をかためるためにはいた唾から生まれた神)、事解男命(コトサカノオノミコト、伊弉諾尊、伊弉冉尊の関係を掃う神。速玉男命 ともども熊野速玉大社の御祭神)。なお、大屋津姫命と抓津姫命は姉妹で、兄が五十猛命。

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 比佐豆知神社を出て、国道23号線を渡って北東へ向かいます。このあたりは、曲がるところはなく、道なりに進めばよいのですが、次に立ち寄り先に指定されていたのは、伊奈冨神社。この間、何も見るべきところがなければ、3㎞以上、黙々と歩かねばなりません。3㎞ひたすら歩くのは、なかなか大変(笑)。

Img_0307c  と思っていたら、まさに救いの神が登場してくれました(微笑)。鈴鹿市稲生塩屋で、加和良神社を発見しました。コースマップにはありませんが、これは立ち寄らなければなりません。スタートから1.7㎞、10時20分。主祭神は、木花之咲耶姫命(コノハナノサクヤビメ、大山祇命の娘で、富士山の神。浅間神社に祀られています)。相殿神は、武内宿禰命(たけしうちのすくね、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代(第12代から第16代)の各天皇に仕えたという伝説上の忠臣。紀氏・巨勢氏・平群氏・葛城氏・蘇我氏など中央有力豪族の祖ともされる)、高良玉垂命(こうらたまだれのみこと、高良大社のサイトによれば、厄除け・延命長寿・交通安全はじめ生活全般を守る神で、武運長久の神や、芸能の神としても崇敬されるとあります)、品陀和気命(ホンダワケノミコト、応神天皇)、須佐之男命(スサノオノミコト、天照大神の弟。多くの乱暴を行ったため、天照大神が怒って天の岩屋にこもり、高天原から追放された)、八街比古命、八街比売命(ヤチマタヒメノミコト、集落や道の要所にすわり、八衢比古神(やちまたひこのかみ)とともに邪神・悪霊の侵入をふせぐ神)です。

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 創祀は不詳ですが、奈良時代の天平年間になる「大安寺資料帳」には「高良社」とあり、既にこの頃には祀られていたと思われます。平安時代中期に成立した「延喜式神名帳」にも登載されており、いわゆる延喜式内社です。江戸期には社名も失われていたといいます。明治41(1908)年11月に須賀神社を、また大正3(1914)年2月には八幡社を、さらに大正5(1916)年2月には伊達神社を合祀しています。大正11(1922)年7月、河原の南方からこの地に遷座し、今に至っています。「高良社」と称する祠が、加和良社と訛傳したと思われます。

Img_0330c

 加和良神社から400m足らずのところに面白い幟が出たお寺がありました。東光山(とうこうさん)福楽寺といい、幟にはImg_0347c 「家康の落馬地蔵」と大書してあるのです。高野山真言宗の仏教寺院。本尊は薬師如来。聖武天皇(在位724年~749年)が東大寺の大仏を建立する際、神意奉詞のため伊勢神宮へ行基菩薩を遣わしました。途中、この地方で悪疫が流行しているのを知った行基は、薬師如来像を自ら彫刻し、開眼供養、平癒祈願を行ったところ、悪疫は平癒したといわれ、これが当山の起こりであると伝えられます。織田信長の伊勢進攻の兵火により焼失しましたが、本尊は難を免れたといいます。現在の本堂は、明治期に再建されたものです。

Img_0336c

 こちらが「神君家康の落馬地蔵」です。説明板によれば、天正10(1582)年6月2日の本能寺の変に際して、家康が堺から三Img_0337c 河まで伊賀越えの帰還を試みたとき、6月4日、途中、ここ稲生の里で落馬した際、地元の百姓の青年に助けられ、後ほどその者に疋田の姓を授けたといいます。家康没後、村民は平和制定の感謝の念を込め、落馬した場所に地蔵を祀っていたのですが、それが、今は福楽寺に移されたそうです。お地蔵様は、右の写真のお姿。しかし、「家康没後、村民は平和制定の感謝の念を込め、落馬した場所に地蔵を祀っていた」というのが、もう一つよく分からない気がします。とくに「平和制定の感謝の念を込め」というところ。検索しても、ブログ記事ばかりが出てきて、仔細は不明。

Img_0386c

 福楽寺から1.5㎞ほど稲生の町を歩いて、伊奈富神社の鳥居前に到着。鳥居の東に稲生歴史民俗資料館がありますので、まずはImg_0387c そちらを観てきました。「稲生」という地名にちなんで、稲や農業に関係ある資料を中心に展示しています。水車や唐箕(とうみ)など、今では見ることのできない農機具の展示や、稲の品種改良に功績のあった人物の紹介、古代米の一種の赤米や黒米、珍しい紫米も展示しています。子どもの頃見た農機具や、生活用品などもあって、懐かしく見てきました。

Img_0404c スタートから3.8㎞ほど。といっても、稲生民俗資料館のすぐとなり。一の鳥居は、ステンレス製(改めてよく調べたら、チタン合金製でした)。県内でも屈指の歴史がありますし、ムラサキツツジでも有名。鈴鹿で働いていた30数年前から知ってはいたのですが、訪れる機会がありませんでした。ようやく念願が叶ったということです。

Img_0491c

 御祭神は、保食神大國道命(ウケモチノカミオオクニミチノミコト、五穀をつかさどる神)。相殿神は、豊宇賀能賣命(トヨウケビメノカミ、豊受大神の異称)、稚産靈神(ワクヒムスヒノカミ、火の神軻遇突智神と土の神埴山姫の子。頭に蚕と桑が、臍の中に五穀が生じたという)、鳴雷光神(雷神、雷の猛威に対する畏れや稲妻と共にもたらされる雨の恵みについての神)、大山祇命(オオヤマツミノミコト、山の神)。崇神天皇の御代、天皇が霊夢の告を受け、その勅旨によって、社地が選定され、創祀された古社といいます。あるいは、雄略天皇治天五年に、はじめて稲生神社大国道命の神号を賜ったという説もありまであった。。三代実録(清和、陽成、光孝天皇三代の編年体の正史)によると、貞観7(865)年4月15日従四位下に叙せられました。当時は椿大神社(正五位下)よりも社格は上でした。往古の神領は、東は白子浜、西は国府、南は秋永、北は野町に及ぶ広大な領域であったといいます。

Img_0521c

 ツツジには早いかと思ったのですが、ムラサキツツジがかなり咲いてきていました。境内には、5,000株あるそうです。境内Img_0474c を一回りしつつ楽しんできました。拝殿の裏手には、ツツジのトンネルになっているところもありましたし、石碑、忠魂碑などもたくさんあり、歴史もあるだけにまさにワンダーランドのような神社。

Img_0410c

 鳥居脇には、県指定名勝の七島池があります。その名の通り、7つの島を浮かべた、全長72mの細長い神池があります。弘法大師が一夜にして掘られたとの伝説が残され、その様相は大八洲(日本の美称)をあらわしたものなど諸説が伝わります。九州・宇佐神宮の神池と類似した直線多島式で、日本庭園の原型とも評されるほど素朴な様相の古代庭園です。現在、島の修復が行われていました。

Img_0599c

 伊奈富神社から伊勢鉄道・鈴鹿サーキット稲生駅の方へ向かうのですが、地図がわかりにくくて迷いました。他にも同世の男Img_0641c 性が1名。伊奈富神社で50分もウロウロしていて、他の参加者の姿はありません。が、ここでスマホが役に立ちました(微笑)。グーグルマップで検索して、事なきを得たのです。遠くに鈴鹿サーキットを見ながら先に進みました。鈴鹿サーキット稲生駅近くからサーキット道路に出て、鈴鹿サーキットの方へ向かいます。鈴鹿で働いていたとき、患者さんのレクレーションでも何度も来ましたし、子どもたちが小さいときに遊びに来ています。今日は、通過するだけ。

Img_0668c

 鈴鹿サーキット前の交差点で右折。鈴鹿サーキットと鈴鹿青少年の森の間を北東に進みます。地名でいうと、道伯あたりをひたすら歩きますが、南のサーキット側には、ソメイヨシノの桜並木が続きます。ただし、ずっと道なりに2.5㎞を歩かねばならないのは大変でした。算所町南交差点で左折。ここは、鈴鹿市中心部に近いところ。少し北には、鈴鹿にいた頃よく来た大きなショッピングセンターが2つあったあたり(1つは廃業)。

Img_0692c

 スタートから9.8㎞、時刻は13時15分、ようやく鈴鹿桜まつり(平田町商店会主催)の会場の南入口に到着。かなり汗を掻いImg_0703c ていますし、のども渇いています。昨日・今日と開催。会場は、旭化成鈴鹿製作所の桜並木と陸上グラウンド。ここは、あのサランラップをつくっているはず。入り口を入ったところから大賑わい。13時まででしたら、ソフトドリンク1本がもらえたのですが、15分遅れでもらえず、残念。

Img_0712c

 いやホントに大賑わい。人、人、人でした。ステージではコンサート。露店もたくさんでてはいたものの、どこも長蛇の行列Img_0713c です。今日は、ここでお昼を買って食べようと思って来たのですが、これではいけません。完全に当てが外れてしまいました。伊奈富神社でおにぎりは1個食べたものの、お腹も空き、のども渇いています。

Img_0717c

 一通り回って、もっとも空いていた店が、ビールを売っているところ(笑)。閃きました。まだ「一人花見」を実行していませんでしたので、缶ビール1本(¥350なり)をゲット。「一人花見」と、ここまでの頑張りを称えて(笑、自画自賛)、乾杯してきました(爆)。つまみもなしで、一気飲み。もうちょっとよく冷えていたらいうことなしでしたが、あまり贅沢を言うと、罰が当たります。

Img_0724c

 ここには、並木、グラウンドを合わせて300本の桜があるそうです(こちら)。一気に満開で、一部は風で散り始めていましたが、堪能しました。ご覧のような桜のトンネルも。この春は、あちこちで桜を楽しめていて、ラッキーです。勝手に乾杯を終えて、桜並木を北に向かって通り抜け、ゴールの近鉄鈴鹿線・平田町駅に向かいます。桜並木を通り抜けて200mあまり。

Img_0747c

 ゴールの平田町駅。13時40分に到着。しかし、伊勢若松行きの電車は5分前に出たばかり。お昼を食べようと思ったものの、駅前のうどん屋はハイキング参加者で満席。コンビニも近くにはありません。やむなく自販機でカレーパンその他をゲットしてそれで済ませました。14時5分発の伊勢若松行きに乗車、伊勢若松に14時15分着。14時17分の名古屋行き急行に接続していましたので、乗り換え。桑名には14時40分着。¥560。

Img_0775c 左は今日のALKOOのデータ。歩いた距離は、キョリ測では、11㎞ちょうど。自宅から桑名駅往復(朝は、投票のため、精義Img_0224c 小学校を経由)が2.1㎞でしたから、合計13.1㎞。歩数は、22,512歩。今日もよく歩きました。あみま倶楽部のスタンプは、14個目。順調です。

 次は、4月11日に「お伊勢さん参りハイキング 昔も今もお伊勢参り~旅3日目~東海道、旅人気分で四日市宿から伊勢路へ」に参加の予定。近鉄四日市駅から東海道を日永の追分まで。そこから伊勢街道に入って、鈴鹿市駅というコース。

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コメント

おユキさん、こんにちは。

ひたすら歩いて修行というハイキングでした(笑)。
鈴鹿桜まつりの会場で何かにありつけると思ったのが、どこも大行列で、当てが外れましたねぇ。

もっとも空いていた店が、ビールを売っているところと、捨てる神あれば拾う神あり、でした(笑)。

不断桜、去年も見たのですが、もう少し早い時期で、チラホラでした。
そのときは葉っぱがもっと少なかったと思います。
花は、おっしゃるように、ソメイヨシノよりもしっかりした感じですね。
ちょうどよい時期に行き当たるのは難しい。

家康落馬地蔵は、こんなものがあるのかと思ったら、説明のような次第で、後からとってつけたような理屈でした。
浜松で武田との合戦のとき、負け戦で脱糞したという話もありますから、エラい人は大変です。

伊奈富神社の鳥居は、ステンレスで、予告編では載せませんでしたが、さるぼぼがたくさんぶら下げてありました。
ステンレスなら、長持ちしそうです。

九華公園でまだ一人花見を敢行しておりませんが、すでに露店は撤収し始めています。
どうなりますか?

スマホでルート検索はよいのですが、真っ昼間、太陽の下では画面が見えません(苦笑)。

mamekichi先生、おはようございます。

今回は、栄養補給のタイミングが合わなかったのですね。
暖かいというか、暑いくらいの陽気だったかと思いますので、陽光の中、ひたすら歩くわ、口は渇くわ、拝見しながら、こちらが干乾びてしまいました(笑)。
干乾びていたので、ビールで思い切り酔っ払ってしまいました。下戸ですし(爆)。

さて、不断桜の花、シャキッとしているんですね。
ソメイヨシノ他とは、ちょっと質感が違うように見えます。

家康落馬地蔵、面白いですね。
天下人になると、落馬のエピソードも祀られてしまうのか、と思いました。
「平和制定」、単純に、理由が欲しかったのかな、と。

伊奈富神社の一の鳥居、何故にステンレス!?良いんですか、これは。
うーん・・・鉄だから鉱物ということで、セーフなのでしょうか。
まさに、八百万ですねぇ。よくわかりませんが。

大須万松寺もハイテク寺院になっていますし、受け入れざるを得ないご時勢なのかしら。

一人花見もクリア、スマホも活用、ひらめきは大事ですね(微笑)。

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  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

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    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

  • 佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)

    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

    佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)
    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

  • 安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)

    安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)
    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

  • 大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)

    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)

  • 國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    國分功一郎: 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
    ほぼ隠居状態ですから、暇と退屈には困りません(微笑)。それ故にこの本を手に取ったといっても、誤りではありません。著者がいうには、「暇」とは何か、人間はいつから「退屈」しているのだろうかといったなかなか答えにたどりつけない問いに立ち向かうとき、哲学が役に立つというのが著者のスタンス。哲学書なのに、読みやすいのです。スピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど、その昔学生時代に取り組んで挫折した哲学者たちの論考を参照しつつ、現代の消費社会における気晴らしと退屈について鋭い指摘がされ、まさに蒙を啓かれます。 (★★★★)

  • 逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)

    逸見功: 統計ソフト「R」超入門〈最新版〉 統計学とデータ処理の基礎が一度に身につく! (ブルーバックス)
    今さら、なぜこういう統計ソフトの本を読むのか? と訝られると思うのですが、その昔、現役の頃には統計パッケージソフトIBM SPSSを使ってデータを分析して論文を書いていました。ただ、SPSSを始め、統計パッケージソフトは、値段がバカ高いのです。退職する前からこのRというフリーの統計処理ソフトが出て来て、ずっと興味を持っていました。先日、文庫本を買おうと思って本屋に行ったらこの本を見つけてしまいました(微笑)。今さらこれを使ってバリバリやる訳ではありません。むしろボケ防止かも知れませんが、昔のデータはそのままパソコンにありますから、これを使って、昔はやらなかった分析をしてみようと思っています。何か成果が出るかどうかは極めてアヤシいのですが、まぁゆるりといろいろやってみることにします。 (★★★★)

  • 林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)

    林(高木)朗子, 加藤忠史, 林(高木)朗子, 加藤忠史: 「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか (ブルーバックス)
    たまにはこういう本も読まないと、認知機能が退化するかもしれないと思って(微苦笑)。というよりも、もともと神経心理学に興味がありましたので、本屋の店頭で見つけ、これは面白そうだと思って購入しました。うつ、自閉スペクトラム障害、ADHD、統合失調症、双極性障害など、現代人を悩ませる心の病について、脳にどのような変化が起きているか、最新の知見がまとめられています。最前線の研究者たちがわかりやすく説明しているのですが、知識ゼロで読むのはかなりキツいかも知れません。私は現役をリタイアして10年以上になりますが、その間にこれほど研究が進んだのかというのが正直な感想。心の病の原因は、1つとは限りません。心の病は「症候群」と見た方がよいと考えます。私自身が関わる自閉スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害でもそうです。脳機能と心の病との関連について最新の知見を知りたい方にはおすすめ。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)

    磯田 道史: 徳川家康 弱者の戦略 (文春新書)
    本の帯に「大河より面白い!」とありますが、本当にそうでした。午前中の散歩のついでに買ってきて、夕食までに一気に読み終えてしまいました。もったいない気がするくらい。松平元康がいかにして徳川家康になったか、さらに徳川将軍家がいかに続くよう礎を築いたかが、よく分かりますし、戦国時代から徳川幕府創世記までの歴史を見る目が養われる本です。それというのも、著者の磯田さんが古文書の権威で、一次史料を読みこなすだけでなく、場合によっては価値が怪しい資料まで傍証に用いて(怪しい資料でも使い道があるというのも良く分かりました)、ご自身の頭で考えた結果を実に分かりやすく解いてくれてあります。徳川家康の弱者の戦略のキーワードは、「武威」と「信頼」ということです。また、情報の取得、解読にも意を尽くしたことがよく分かります。混迷を深める世界情勢を読み解いて、我が国が進む方向を考える上でも役に立つ一冊。 (★★★★★)

  • 井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)

    井手 正和: 発達障害の人には世界がどう見えるのか (SB新書)
    発達障害、とくに自閉スペクトラム症(ASD)の方では、感覚過敏や感覚鈍磨をよく伴います。「照明で目がチカチカする」「皆が話している教室では。音が鳴り響き絶えられない」「ケガをしてるのに、痛みを感じない」などさまざまな状況を呈します。著者は実験心理学や、認知神経科学を専門とし、ASDの方に見られる感覚過敏、感覚鈍磨は、脳機能の特性から来ていることを明らかにしてきています。ASDなど発達障害のあるご本人はもちろん、親御さん、教師など関わりを持つ方々は、このことをよく理解して支援にあたることがとても重要です。ASDを始めとして発達障害について、「わがまま」「自分勝手」「やる気がない」などと捉えてしまうと、支援どころか、理解もできなくなります。脳の働きによってさまざまなことが生じてきているという視点が必要不可欠です。この本は、感覚過敏・感覚鈍磨を手がかりにそういう視点について理解を深められます。 (★★★★)

  • 日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)

    日本放送協会,NHK出版: NHK 100分 de 名著 中井久夫スペシャル 2022年 12月 [雑誌] (NHKテキスト)
    2022年12月のNHKのEテレ「100分de名著 中井久夫スペシャル」のテキストです。今頃(2023年2月)これをリストアップしているのはどうかという気もしますが、録っておいたビデオをみたのが最近なのです。中井久夫さんは、2022年8月にお亡くりになりましたが、日本を代表する精神科医のお一人であり、翻訳家、文筆家としても一流でした。現役の頃、中井さんの本はたくさん読みました。臨床心理学の分野でも「風景構成法」を導入した方として知られています。Eテレの講師である齋藤環さんは、中井さんを評して「義と歓待と箴言知の人」と書いておられますが、まさにそういう気がします。『最終講義』『分裂病と人類』『治療文化論』『「昭和」を送る』『戦争と平和 ある観察』が紹介されています。現在もウクライナで戦争が続いていますが、中井は「戦争は過程、平和は状態」とし、戦争は物語として語りやすく、とにかくかっこよくて美しい、それが問題だといいます。一方、平和は分かりにくく、見えにくいため、心に訴える力が弱いとします。「状態を維持する努力はみえにくい」のですが、戦争と平和に限りません。普段通りの日常生活を維持していくのも同じような気がします。戦争を経験していない人間が指導者層の多くを占めるようになると戦争に対する心理的抵抗が低くなるともいいます。「戦争には自己収束性がない」とも中井さんはいっています。われわれはやっかいな時代に生きていると痛感します。中井さんの本を多くの方が読むと、時代も変わるかも知れません。 (★★★★★)

  • 桑名三郎: 七里の渡しを渡った人達(久波奈工房)
    桑名と名古屋の宮を結んだ東海道唯一の海路「七里の渡し」をテーマにした歴史本です。船頭が旅人を案内しながら、七里の渡しを渡った歴史上の24人を紹介する内容。やさしい話し言葉で紹介されており、読みやすい本です。徳川家光、松尾芭蕉、明治天皇などが取り上げられています。著者は、桑名で歴史案内人をしながら、街の歴史を研究している、街道好きの方です。本は、桑名市内の書店とメルカリで¥1,200で販売。 (★★★★)
  • 磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)

    磯田 道史: 日本史を暴く-戦国の怪物から幕末の闇まで (中公新書 2729)
    磯田さんの本は面白い。というのも、話のもとには古文書があるからだと思う。その古文書も磯田さん自身が、古書店などで発掘してきたものがほとんどで、それ故、内容もオリジナリティが高くなる。この本は、戦国時代から幕末あたりを中心にさまざまな古文書の内容をもとに、例えば忍者の悲惨な死に方、江戸でカブトムシが不人気だった背景、赤穂浪士が吉良の首で行った奇妙な儀式などなど、興味深いエピソードを浮かび上がらせている。面白いので一気読みしてしまった。 (★★★★★)

  •  佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)

    佐藤信(編): 新版 図説歴史散歩事典(山川出版社)
    史跡や、寺社、町並み、城、美術工芸品等の見方がやさしく解説されている本です。「事典」となっていますが、いわゆる辞書とは違って、普通の本のスタイルです。索引が充実していますので、事典としても十分に使えます。最初の版をもっていますが、40年ぶりに改訂され、写真、図版も多く、歴史散歩の最強の味方です。 (★★★★★)

  • 日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)

    日下部理絵: 60歳からのマンション学 (講談社+α新書)
    今年1年、何の因果か(などと書くとお叱りを受けること必至ですが)、住んでいるマンションの管理組合の理事長を仰せつかっています。今年は、エレベーターリニューアル工事が最大のイベントで、それは無事に済んだのですが、前理事長から8年後に迫った第3回大規模修繕に向けて、修繕積立金が不足する見込みと申し送られました。確かにかなりの金額が不足しそうで、頭を悩ませていました。マンションに住みながら、そもそも基本的な知識が不足しており、管理会社のフロントマンの方の協力を得ながらシミュレーションなどをしていました。ネットであれこれ調べてはいたものの、それで得られる知識は体系的なものではありませんでした。この本は、事例を元にマンション管理について必要な知識が得られるように書かれており、まだすべて読み終えてはいないものの、とても役に立っています。任期残り2ヶ月半となって付け焼き刃ではあるものの、次の理事会に具体的に課題を申し送ることができるよう勉強中(笑)。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)

    宮口 幸治: ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ (新潮新書)
    「ケーキの切れない非行少年たち」や「どうしても頑張れない人たち」の著者である宮口幸治さんの新刊です。前2著の内容をよりよく理解できるよう、「ドキュメント小説」として書かれたものです。主人公は、精神科医の六麦克彦。医局から派遣されて要鹿乃原少年院に勤務して5年。彼がそこで目にしたのは、少年院に堕ちてきた加害者ながら、あらゆる意味で恵まれず、本来ならば保護されてしかるべき「被害者」と言わざるを得ない少年たちでした。この内容は、前の2冊のように普通の新書では書き尽くせるものではなく、物語の形を借りざるを得なかったのでしょう。ただし、普通の小説として読むのには少し苦労するかも知れません。特別支援教育が普及して、知的障害や、発達障害のある子どもへの教育や支援は、以前に比べれば改善されてはいますが、最近は、家族の養護能力が十分でなかったり、親など家族自身に支援が必要なケースもたくさんあります。こうした中には、この本で取り上げられたような結末に至ることがあっても不思議ではないという気がします。極端な事例が集められていると思われるかも知れませんが、社会全体として真剣に取り組むべき課題が突きつけられています。 (★★★★)