20190403近鉄ハイキング「木曽岬町の採れたてトマトを食すハイキング 鍋田川堤の桜トンネルと『きそさきトマト』」へ(その2)……JAみえきた木曽岬でトマトの試食、筏川桜緑地で山口誓子句碑、服部擔風漢詩碑、六門橋を見て、愛知県埋蔵文化財センターと弥富市歴史民俗資料館を訪ね、近鉄弥富駅にゴール(完)
4月3日に行ってきた近鉄ハイキング「木曽岬町の採れたてトマトを食すハイキング 鍋田川堤の桜トンネルと『きそさきトマト』」のその2です。その1では、鍋田川堤桜並木を歩き、源盛院と常在院の2つのお寺を訪ねました。その2は、まずは、JAみえきた木曽岬支店へ。常在院からは1.6㎞。田園地帯をひたすら歩いて行ったという印象。ですが、同行のMさんと話をしながらですから、退屈はしません。途中、揚げ雲雀を何度も見ました。
11時にJAみえきた木曽岬に到着。JAは、今でも正式には農業協同組合といいます。それ故、JAみえきたは、三重北農業協同組
合。JAいなべ、JAくわな、JAながしま、JA三重四日市の4つのJAが、平成25(2013)年に合併して発足。余談ながら、農協、どこも合併して巨大化していますが(こちらにJAみえきたの概要あり)、やりくりは大変なのでしょうねぇ。それはさておき、ここでトマトの試食。木曽岬町は、トマトが名産品。リンク先のパンフレットによれば、木曽岬町のブランドは「ハウス桃太郎」。試食は、小振りのトマトの1/4カット。やや固めでしたが、瑞々しくて美味しいトマトでした。
試食会場のとなりには、農産物直売所。トマトの他にいろいろな農産物や、食品などを売っています。木曽岬町のトマト、家内の知人から時々いただいていますので、「買ってこなくてよい」という指令でしたから、直売所は一通り見ただけ。
JAみえきた木曽岬の直売所を出て、水路沿いに北上。この先、弥富の筏川桜緑地まで立ち寄りポイントは設定されていません。コース通りに行けば、4㎞ほどをひたすら歩くことになります。予習したとき、獅吼山(ししくざん)了清寺という真宗大谷派のお寺があって、そこにも行けるかと期待したのですが、あいにく水路の向こう側で、近くには橋もありませんでした。ここには、芭蕉の句碑があるのです(「永き日を囀(さえず)りたらぬ雲雀(ひばり)かな」、宝暦8年(1758年)3月建立)が、泣く泣く断念して、歩き続けます。余談ですが、このあたりで強風でコースマップを吹き飛ばされ、水路に没してしまうというアクシデント(涙)。
11時40分頃(JAみえきた木曽岬を出て40分、ひたすら歩いてきました)、9.6㎞地点に到着。まだ木曽岬町内ですが、鍋田川温泉の南で、もうすぐ弥富に入るあたりの桜並木。またもや余談ですが、この鍋田川温泉、けっこうよいお湯のようです(同行のMさんは、昨日(ハイキング翌日)早速行ってこられたそうです)。
桜並木の先、スタートから9.8㎞のところに加路戸諏訪神社がありました。由緒は必ずしも明確ではないのですが、天文11(1542)年、諏訪中務郷の源近芳が加路戸に定住して社司となり、この頃勧請されたと社伝にあるといいます。天正13(1585)年、天正地震)により加路戸は壊滅、神社も荒廃しましたが、寛文13(1673)年、再び勧請されています。宝永5(1708)年には暴風雨により社殿が流失し、翌年造営されたとも伝わっています。明治43(1909)年、加路戸神社を含め、10余社を近江島神社跡に合祀し、木曽岬神社(現在は、近江島神社)(現在の木曽岬神社は、伊勢湾台風の被災者の霊、戦没者の霊、村の開拓者の霊を慰める目的で昭和35(1960)年に創始)としましたが、昭和21年(1946)年、分祀され、現在地に再度ご鎮座。
11時50分過ぎ、ようやく筏川桜緑地が見えてきました。手前の桜が咲いているところが緑地公園で、奥の建物は弥富市社会教育センターです。JAみえきた木曽岬を出て50分かかりました。公園の手前を流れるのが、筏川。筏川沿いには桜が約230m連なり、ここで春まつりも開催されます。周辺には水郷地帯である弥富の水とのかかわりを伝える歴史的史跡があります。左の写真には写っていませんが、この右手にある橋を渡っていきます。
歴史的遺跡の一つが、こちらの「六門橋」です。もとは、明治39(1906)年に木曽三川下流域の水害対策のためにつくられ た樋門ですが、現在ではその機能は果たしていません。六門ですから橋脚は5本あります。そのうち、北側の3本はレンガ製で、これが最初につくられたところ。南側の2本の橋脚はその後追加されたもの。ゲートが嵌るところは、石柱を半丸状に繰り抜いてあります。写真はいずれも上流側から撮っています。この下流には、「立田輪中人造堰樋門(明治34(1901 )年、輪中の用排水管理のためつくられた樋門)」もあるようで、こちらも見たかったのですが、コースからはかなり離れていました。
スタートからここまできちんと休憩もせず歩きづめでしたので、桜の下のベンチで一休み。昼前で、小腹どころかお腹もかなり空いていましたし、水分も補給。近くにいた70代前半の男性が、話しかけてきて閉口。この日、春の高校野球の決勝戦でしたが、この方東邦高校のご出身で、あれこれご自慢をなさるのです。普段聞いてくれる人がないのでしょうねぇ。ホドホドに伺って早々に逃げ出すことに。写真は、休憩場所の近くにあったオランダ風車。平成17(2005)年の愛知万博の際、弥富のパートナー国がオランダであったこと、またその前年(平成16(2004)年)が、昭和の大合併(昭和30(1955)年)で当時の彌冨町が鍋田村および市江村楽平地区を合併して50年を迎えた記念としてつくられたモニュメント。高さは7.15m、羽根の直径は5m。
社会教育センターの脇にあるのが、「服部擔風(はっとりたんぷう)漢詩碑」です。服部擔風(慶応3(1867)~ 昭和39(1964))は、明治・大正・昭和にかけて活躍した漢詩人・書家。尾張国海西郡(現在の弥富市)の大地主の家に誕生。幼名は「粂之丞(くめのじょう)。尾張国出身の「儒者(じゅしゃ、儒教学者)」である「森村大朴(もりむらたいぼく)」に学び、漢詩と出会い、名を「擔風」と改めました。「日本芸術院賞」を受賞し、昭和39(1964)年、96歳での没後に「勲四等瑞宝章」を授与されるなど「漢詩」の分野において功績を残しました。この碑は平成6(1994)年建立。日には、次のような漢詩が刻まれています。蘇江は木曽川のこと。名声よりも自分らしく生きることを選ぶ良さをうたった内容で、「政府の高官とか名声とかは私には何の価値もない。功名を求めないと決意してからこのかた自己を裏切ることなく生きられたことをしあわせに思っている。春の水に浮かぶカモメと親しみ木曽川へりに漁をして生きる老人である」といった意味。
「台閣(たいかく)の功名(こうめい) 画餅(がへい)の如(ごと)し
操持(そうじ)して 幸いに未だ当初に負(そむ)かず
白鴎春水(はくおうしゅんすい) 忘機久(ぼうきひさ)し
我(われ)も亦(また) 蘇江(そこう)の一老魚(いちろうぎょ)」
ちなみに、 服部擔風の漢詩碑は、去年3月17日に出かけた近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」の時、鈴鹿の鼓ヶ浦海水浴場にもありました(2018年3月20日:近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ(その2)……比佐豆知神社、西方寺の山口誓子句碑、レトロな風呂屋などを見て鼓ヶ浦海水浴場と、伝統産業会館へ)
社会教育センターから愛知県埋蔵文化財センターへ行く歩道の南側に山口誓子句碑があります。「群金魚 曲流なして 槽廻る」(むれきんぎょ きょうくりゅうなして そうまわる」。昭和61(1986)年頃に弥富を訪れて金魚が槽(競りの時に使われるカンコ)の中を、紅い群れとなって回遊している様子を詠んだものです。山口誓子として全国で187番目の句碑であり、その絶筆の句といわれています。平成6(1994)年8月建立。山口誓子(明治34(1901)年~平成6(1994)年)は、ご存じ、京都府出身の俳人。戦後は「天狼」を主宰し現代俳句を牽引しました。
誓子は、昭和16(1941)年、四日市の冨田に移り、療養しています(肋膜炎のため)。その後、昭和23(1948)年から約5年は鈴鹿の白子に在住したこともあって、弥富にもしばしば訪れ、金魚や藤の句を作っています。弥富市内には、他にも、「おみよし松(日の出小学校校庭の東端にあるおみよし松の庭園)」に「金魚田の 中に人住む 家があり」という句碑があります(こちら)。
続いて、すぐとなりにある愛知県埋蔵文化財センターへ。ここでは、“春の埋蔵文化財展 「やとみ新発見展2019」”が開催されていました(4月14日まで)。愛知県埋蔵文化財調査センターが昨年度(平成30年度)に行った発掘調査についての展示です。同時に、「朝日遺跡」の重要文化財の春の特別公開も行われていました。朝日遺跡は、愛知県清須市から名古屋市西区にまたがる、弥生時代を代表する遺跡の一つで、数多くの住居跡、墓がみつかっており、有名な佐賀県吉野ヶ里遺跡にも匹敵する巨大な集落といいます。考古学には興味はあるものの、知識不足ですし、今回は展示内容にまで予習が及んでいませんでしたので、一通り見て来ただけ。ちょっともったいない。
愛知県埋蔵文化財センターと背中合わせにあるのが、弥富市歴史民俗資料館。弥富市は、かつては水郷地帯で、水害に苦しみながらも、豊かな水に恵まれ、漁業や海苔の養殖、そして特産の金魚養殖といった産業が発達したところ。このような水と関わりの深い郷土の歴史、民俗、産業、自然などを紹介しています。また、弥富は、高級金魚の産地でもありますので、ロビーの水槽には、22種類の金魚が展示されています。
もう一つ弥富の特産というと、文鳥があります。白文鳥発祥の地とされます。資料館のロビーには、ここのマスコットである 白文鳥の「ぶんちゃん」がいます。お願いすると手に載せたりすることができるそうです。ただ、残念なことに最近は、文鳥を飼育する人は減って、文鳥飼育農家も激減しているようです(こちら)。2017年7月時点で文鳥飼育農家は、2軒といいます(こちら)。愛知県立佐屋高校には、文鳥プロジェクトがあります。市内鯏浦地区には、手乗り文鳥の載った電話ボックスもあります(撮影は、2017年9月23日夕方)。これで立ち寄り先はすべてコンプリート。弥富市歴史民俗資料館でスタートから11㎞、ここを出て来たのが13時過ぎ。
同行のMさんと、さすがにお腹が空いたので、どこか食べるところがあったら食事をしようということになりました。国道1号
線沿いにはめぼしい店がなく、弥富駅から150mほど手前にあった「コーヒーブラック」に。13時過ぎ。70代半ばのご夫婦が営んでおられます。ちょっとどうかとは思ったものの(どうかというのは、炭水化物ばかりで大丈夫か?ということ)、焼きそば定食、¥680なりをオーダー。テレビで高校野球の決勝戦を見ながら、また、店の奥さんや、女性のお客さんとおしゃべりで大盛り上がり(テキトーなことを言い放題にしてきました……笑)。奥さんにも、お客さんにも大ウケで、ゆで卵をあげるとサービスしてもらい、お世辞かどうか分かりませんが、「また近くに来たら、必ず立ち寄ってね」と何度も念を押されました(笑)。珍道中であります。ちなみに、このお店、若いお客さんは少ないようで、ネット検索しても情報は出て来ません(食べログなど)。昭和の喫茶店というイメージ。
おしゃべりに熱が入り、また、高校野球の決勝戦が終わるのを見届けてから店を出て、ゴールの近鉄弥富駅へ。キョリ測では、12.1㎞。14時15分到 着。すぐに(14時16分)松坂行き急行が来て、それに乗って桑名駅到着は、14時22分。¥260。寒くて、ひたすら歩いたハイキングでしたが、Mさんのお陰もあって愉しく歩けました。ALKOOのデータでは、23,184歩。この17.7㎞はちょっとアヤシい。というのも、GPS計測の移動ルートを見ますと、歩いていないところまで行ったことになっていたからです。桑名駅往復が、1.8㎞ですから、合計13.9㎞。よく歩きました。
あみま倶楽部のスタンプは、13個目。順調です(微笑)。無理をせず、サボらずにやることが肝心。この日は、KIPSポイントも100ポイントもらえました。ということで、4月3日の近鉄ハイキング「木曽岬町の採れたてトマトを食すハイキング 鍋田川堤の桜トンネルと『きそさきトマト』」も、その2で無事に「完」。
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コメント
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こころんさん、こんばんは。
ここは見事な桜並木で、桜のトンネルにもなっていました。
こころんさんがいらしたときに比べると、よりいっそう見応えがするかも知れません。
喫茶店は、自転車で乗り付けるお店という感じでした(微笑)。
近所の年配の方々が集まってくるところという感じですが、私にはこの方が親しめます。
投稿: mamekichi | 2019年4月 6日 (土) 19時50分
ゴールおめでとうございます
桜並木は何年か前に名四側から一号線まで
車で走ったことあります。
あれから数年経ってるので木も大きく
枝も繁って桜の花の数も増えたでしょうね。
車で寄るという感じの喫茶店ではなさそうですね。
別に駐車場があるのでしょうか?
地元の人がお客さんという感じでしょうかね。
投稿: こころん | 2019年4月 6日 (土) 18時16分
ミリオンさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
この日は、楽しみにしていた鍋田川堤桜並木を訪ねられたものの、強風で寒くて、それに耐えながらひたすら歩いたという感じでした。
水郷公園のように、水があるところの公園は気持ちが良いところですね。
鍋田川堤の桜並木、道沿いで、クルマも通りますが、静かで楽しめますね。
九華公園のようなところもよいのですが、こういうところで静かに花を楽しむのもよいものです。
投稿: mamekichi | 2019年4月 5日 (金) 20時53分
こんばんは、木曽岬町・弥冨への近鉄ハイキングお疲れさまでした。
以前、弥富市歴史民俗資料館へ行った時迷って
筏川桜緑地近くの水郷公園を彷徨ったことあります。
でも水路があって景色が良かったので苦ではなかったです。
川沿いの桜並木は街中とは違って静かで景色も良くいいですね。
投稿: ミリオン | 2019年4月 5日 (金) 20時24分