お知らせ

  • データの移行について
    2005年10月26日のブログ開始当初から、2024年11月30日までの記事は、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に移行しました(http://blog.livedoor.jp/taichimaru151/)。 このココログの「猫の欠伸研究室」には、2019年1月以降の記事を残し、2018年12月以前の記事は削除しました(2019年1月1日から2024年11月30日までの記事は、両方にあります)。

レンズを通した自然観察

  • この「レンズを通した自然観察」ということばは、恩師のお一人が、私の趣味を形容しておっしゃったものです。2023年2月7日のブログに書きましたが、実はときどき思い出していることばです。お世話になった先生方はたくさんいらっしゃいますが、この恩師は、就職のことから学位論文の執筆、審査に至るまで本当にお世話になった先生です。「写真の撮り方を指南してもらいたい」ともおっしゃったのですが、これはお世辞と理解しています。私はほぼ隠居状態となって10年以上になりますが、今、改めてこのことばをかみしめています。この先生には結婚式の際に「理論と臨床をつなぐ仕事をするように」ということばをいただきました。体調を崩してそれには十分に応えられませんでしたので、せめてこの「レンズを通した自然観察」については、極めるとまでは行かないにしても、もう少し精進したいと考えています。

ブログ名の由来

  • ブログ名の「猫の欠伸研究室」は、中日新聞の夕刊に連載されている「紙つぶて」というコラム(平成22(2010)年1月13日)に、元新党さきがけ代表の武村正義さんが書いていらっしゃった「人生は猫の欠伸である」というコラムによります。武村さんは、“チベットで鳥葬を取り仕切る僧侶が、「人の生涯は猫の欠伸のようなもの」と語った”と書いていらっしゃいます。「猫の欠伸のようなもの研究室」としたかったのですが、ちょっと間延びしますので、「猫の欠伸研究室」とした次第です。「研究室」とつけたのは、過去、大学に勤めていたことがあるということやら、知らないこと、分からないことがあると何でも調べずにはいられない性分であること、屁理屈、講釈が大好きであることからであります。しかし、「人生の研究をしている」のではありません。「大所高所」からのご高説を開陳できるほどの力量はないが故、「小所低所」からの戯れ言をつぶやくのが精一杯(苦笑)。身の程に合わせ、勝手なことを書き綴っていますので、御用とお急ぎでない皆様には、今後ともご交誼のほど、お願いいたします。是非ともコメントを頂戴し、少しでも世間を広げたいと熱望しております。

モットー

  • 座右の銘というほど立派なものはありませんが、過去に体調を崩し、療養生活を送った経験から、私なりのモットーをつくっています。その一つは、「淡々と飽きもせず……」です。自分では、「……」と余韻を残しているところが気に入っています。こだわりすぎや、やり過ぎはよくありません。若い頃はムキになってやったこともありますが、今はこのように「淡々と飽きもせず……」が自分に合っていると思っています。もう一つは「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨読」です。マンション暮らし故、耕すところはありません。代わりに歩いています。そして、最近(令和3(2021)年に入った頃から)追加したのが、「散歩生活、ときどき仕事」。NHKのテレビ番組に「晴れ、ときどきファーム!」というものがあります。これのもじり。浅学非才の身ですので、ご交誼の上、いろいろとご教示をお願いします。

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2019年2月 7日 (木)

20190127JRさわやかウォーキング「新春に二千年の時を刻む大神宮へのおかげ参り」へ(その4)……月読宮にお参りして御幸道路をひたすら歩き伊勢市駅へゴール(完)

20190127jrwalkingiseshi6

 1月27日のJRさわやかウォーキング「新春に二千年の時を刻む大神宮へのおかげ参り」の記事もいよいよ終盤です(ようやくかも?)。内宮別宮である月読宮へ立ち寄ります。ここは今回のコースにもありましたし、行ってみたかったところ。13時半を過ぎていて、ゴール受付時刻(15時まで)が気になったものの、お参りすることに。
Img_0610c 月読宮(つきよみのみや)。御幸道路に面した一の鳥居から300mあまりの参道を進んでいきます。伊勢神宮の別宮はどこも、これくらいの参道を歩きますから、次第に神聖な領域へ進んでいくという気持ちが高まっていきます。ここの御祭神は4柱いらっしゃり、お社も4社が並んでます。
Img_0613c まずは、「月読宮」。ここには、「月読尊(つきよみのみこと)」が祀られています。Img_0612c 天照大御神の弟神で外宮別宮「月夜見宮」のご祭神と同じです。「月を読む」という名のとおり、月の満ち欠けを教え、暦を司る神です。4社ありますが、これから書く順序にお参りするよう注意書きがありました。
Img_0615c 2番目は、左の写真にある「月読荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)」。御祭神は、「月読尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)」。月読尊の荒御魂が祀られています。
Img_0618c 3番目は、「伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)」で、ここには「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」が、また、4番目は「伊佐奈弥宮(いざなみのみや)」で、こちらには「伊弉冉尊(いざなみのみこと)」が祀られています。月読宮は、内宮に比べると、訪れる人も少なく、静かでした。
Img_0625c 月読宮の参拝を終えて、時刻は13時40分過ぎ。コースマップには、おかげ横丁~伊勢市駅が4.9㎞とあります。スマホは持っていませんし、歩いている途中、何㎞来たかとか、残り何㎞はわかりません。ゴール受け付け終了が15時ですから、それまでに伊勢市駅に着かないとスタンプがもらえません。ここからはひたすら歩くことにしました。が、写真のようにだらだらの上り坂(苦笑)。
Img_0630c 御幸道路を懸命に歩きます。普段の散歩より速いペースで(苦笑)。去年20190127jrwalkingiseshi7 10月8日の近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」の時、倭姫宮から五十鈴川駅までは歩きましたから、このあたりは記憶があります(20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(予告編))。今日は、逆向きに歩いて、倭姫前の交差点からさらに北上。そこは未知の世界(大げさな)。通ったことがないところは、遠く感じますし、この時点で持っていたのは、コースマップのみ。距離感がわからないというのは、困りました。左の写真は、御幸道路にある大鳥居。御幸道路は、前にも書きましたが、明治43(1910)年に開通し、天皇の伊勢神宮参詣(行幸・御幸)時の参拝経路として利用されます。全長はおよそ5.5kmで、徒歩1時間半程度というのは、これを書くのに調べたもので、歩いているときには知りません(笑)。
 大鳥居は平成5(1993)年に建設されたものでした。先代の大鳥居は、鉄筋コンクリート製で、昭和31(1956)年に松下幸之助が寄贈して伊勢市駅前に建てられましたが、駅前の道路拡張のため昭和63(1988)年に撤去。その後、再建を望む声が上がり、桑名郡多度町(現桑名市)の勢濃工業株式会社社長・伊藤源一が伊勢市に寄贈したのだそうです。鳥居は鋼鉄製で、高さ22.7m、幅19m。
Img_0638c 途中、13.4㎞で、倭姫前の交差点。ここは、上述のように去年10月8日のImg_0632c_2 ハイキングできて、倭姫宮にお参りして、神宮徴古館前で弁当を食べています。左の写真にある石碑は、神宮徴古館が設立されたときの記念碑です。交差点の東側には、神宮文庫への門があります。神宮文庫には、神道、文学、歴史などの貴重な和書20万冊を含み、約31万冊が収蔵されているそうです。これらや、倭姫宮への参拝については、“20181008近鉄ハイキング「路面電車跡を巡り名物二軒茶屋餅で舌鼓」へ(その5)……皇學館大学、倭姫宮、神宮徴古館記念碑などを見て五十鈴川駅へゴール(完)”をご参照ください。
Img_0635c 去年の10月8日に通ったとき、気づかなかったものが1つありました。こちらの石碑。「國道風致樹木 寄附者 御木本幸吉」とあります。御幸道路の街路樹は、真珠王・御木本幸吉が寄附したのを記念した石碑。サクラとカエデが交互に植えられているほか、ツツジも見られるそうです。御木本はこれらの整備費用だけでなく、毎年の補足維持基金まで三重県に寄付したといいます(こちら)。
Img_0643c 御幸道路は、倭姫前交差点辺りがピーク。下り坂になっていき、歩くスピードが上がります。神宮徴古館の裏辺りで、道路の反対側に皇學館大学の門。明治6(1873)年にできた神宮教院がその源流だそうです。その後、皇學館(明治15(1882)年4月、神宮祭主久邇宮朝彦親王の令達により創設)、神宮皇學館を経て、官立大学(皇學館大学)にも昇格しましたが、第2次大戦後、いったん廃学。昭和37(1962)年になって、現在の皇學館大学として再興されています。
Img_0646c このあたりは、神宮徴古館の裏手と書きましたが、御幸道路沿いにもこんな看板があります。時間的余裕があれば、是非これらを訪ねてみたいものです。
Img_0648c 時間が気になるのですが、こういうものを見つけると、どうも気になります(微笑)。「御師葉山大夫門」とあります。伊勢の御師は、伊勢神宮の下級神職で、伊勢暦や御札を配ったり、また伊勢参りの人々の案内や宿の世話をしたりしました。江戸時代御師は、宇治で271家、山田には615家ありました。御師は、全国を回って檀家に、神宮大麻(神札)を届け、檀家は応分の初穂料を献じました。伊勢参りには自邸に宿泊させ、お神楽をあげ、もてなしました。明治4(1871)年7月、明治政府により御師の活動は禁止され、現在、広大な御師邸はほとんど残っていず、多くの資料も失われています。
Img_0653c_2 説明板によれば、葉山大夫は、榎倉大夫の分家筋にあたり、町年寄りを務め、檀家は主に江戸、安房、紀伊国にあったそうです。上の写真の門は、常盤町にあった葉山大夫家の薬医門です。瓦には嘉永6(1853)年の銘があるといいます。明治40(1907)年、亀谷環氏が葉山宏次郎から譲り受け、亀谷病院となっていましたが、昭和36(1961)年、神宮司庁に献納され、同40(1965)年、ここに移築されています。
Img_0665c このあと、神田久志本町、岩淵などを経て、勢田川にかかる錦水橋へ。この橋も、去年10月8日の近鉄ハイキングの時に通っています。御幸道路が勢田川を渡る橋です。12 基の擬宝珠 が付いたこの橋は、明治36(1903)年、倉田山に神宮徴古館が開館した時にできました。この橋のあたりから山の方を見ると、秋には紅葉が広がり、それが「錦」のようだったため名付けられたといいます。昔は路面電車(三重交通神都線)も走る橋でした。錦水橋で、14.5㎞。
Img_0678c その後、近鉄山田線・鳥羽線の宇治山田駅の南を通って、伊勢市役所と地方裁判所のある交差点(伊勢簡易裁判所前)を右折し、ゴールのJR参宮線・伊勢市駅へ。15.5㎞を歩いてきました。といっても、それは帰宅してチェックしてわかったこと。このときはとにかく良く歩いたという風にしか思えませんでした。
Img_0680c ゴール受付に着いたのは、14時30分。スタートしたのは、9時50分でした。昼Img_0685c ご飯も食べられず、4時間40分、ひたすら歩いて来ました。この時点では、過去最長距離を歩いたことはわかっておりません。昼ご飯も食べらなかった上、ベンチに座ってゆっくり休憩もできずでゴール。お陰様でけっこう疲れました。
Img_0682c この日、先着1,000名に新春キャンペーンとして、「伊勢市駅 絵馬型駅名Img_0684c バッジ」がプレゼントされるということでしたが、めでたくゲットできました。あちこちで寄り道し、かなりゆっくりゴールしましたので、先着1,000名に入るとは思っていなかったのです。スタンプも2つめをゲット(去年11月23日にスタンプカードを更新して以来)。
Img_0693c  いやぁ、ゴール受付終了(15時)までにゴールできて良かったと思いまImg_0708c す。途中では、間に合わないかという気がしました。かなりお疲れということで、帰りは、また近鉄を利用。近鉄特急アーバンライナーに乗車(微笑)。桑名までの運賃¥1,200プラス特急料金が\1,320。14時54分発の名古屋行き特急に乗って、桑名着は15時59分。ウォーキングで15.5㎞、桑名駅までの往復で1.8㎞。合計17.3㎞はこれまでの最長不倒距離でした。これまで最も長く歩いたのは、去年2月27日の近鉄ハイキング“昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ”でした。このときは、現地で12.4㎞を歩いています。
Img_0458c  余談を2つ。1つは伊勢市のマンホール。リンク先のデザインは若干異な190127stampfuruichic りますが、いずれもおかげ参りの様子です。もう1つは、伊勢古市参宮街道資料館のスタンプ。やはり、観光地にはこういうスタンプがなくてはいけませんということ。これ以上は、いつも書いていることですから、割愛。

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コメント

こころんさん、こんにちは。

毎回、まとまりのない話にお付き合いくださり、ありがとうございます。
本当は、1月5日にある近鉄ハイキングでお参りしようと思っていたのですが、この日ではさすがに電車も、伊勢神宮も混むだろうとJRさわやかウォーキングまで延期していました。

コースマップのキョリは、神宮の中を歩く分がカウントされておらず、思わぬ長い距離を歩くことになりました。
途中で、「時間内にゴールできるのか?」とけっこう心配しました(笑)。

神宮の中もけっこうアップダウンあり、距離ありでしたが、古市の町も台地にあって登りは大変でした。

このウォーキングは参加者が少なく、先着1,000名には入れましたが、その跡の笠寺のウォーキングでは、先着2,500名にも漏れてしまいました。
さすがに名古屋であると、参加者も桁違いに多いようです。

瀧祭宮は、地元では「とっつきさん」「取次ぎさん」と呼ばれていて、「ここで、先に名前や住所や参拝に来たことを事前にお祈りする」ことで滝祭神が天照大神に取次いでくださるのだそうですね。
あまりしっかりとは意識していませんでしたので、結果オーライです(笑)。

おかげ横丁も大賑わいで、昼を食べ損ねました。
おはらい町のへんば餅の店、確認してきました(写真がピンぼけで、載せませんでした)。

私の方は、あれ以来、蕃塀が気になっています。
外宮の正殿では、横の入り口にもありました。
内宮正殿の蕃塀は、あれで意味があるのか、よく分かりません。

こころんさんも、またお出かけください。

ゴールおめでとうございます
歩いて参拝されてすごいです。
外宮と内宮の敷地は広いし別宮が高い所にあったり
参拝だけでも距離がありますものね。
先着1000名に入れて良かったですね。

内宮は五十鈴川で浄めて瀧祭宮で自己紹介してからと聞いたことあります
見落とされず寄られて良かったと思いました(^^)
少し外れないと通りませんもんね。
内宮へは神宮会館の駐車場に停めることが多いです。
参拝のあとおかげ横丁から近いですし。
お腹ペコペコでやっと食べ歩きでお腹に入れられてのですね。
ゆっくり食べてるとゴールの時間が怪しそうですね。
お土産におはらい町の端の方にへんば餅のお店が数年前からありますよ^^;

今年も予定立てて参拝してこなきゃと思いました。

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    さほど本格的に取り組んでいるわけではありませんが、昔の街道を歩くのは好きです。この本のテーマである佐屋路(佐屋街道)も歩きたいと思って調べています。佐屋路は、東海道佐屋廻りとも呼ばれたように、東海道の迂回路でした。江戸時代に東海道宮宿と桑名宿の間を、陸路万場宿、佐屋宿の陸路を経て、佐屋から桑名宿への水路三里の渡しによって結んでいた街道です。実際に歩いて書かれたと考えられますが、旅人目線で書かれたウォーキングガイドです。津島街道、高須道も取り上げられています。部分的には歩いたところがありますが、佐屋路はいずれ、歩いてみたいと思い、計画中ですので、とても参考になりました。実際に歩かなくとも、歴史読み物としても楽しめます。 (★★★★★)

  • 柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)

    柳瀬博一: カワセミ都市トーキョー 【電子限定カラー版】 (平凡社新書1049)
    東京都心にたくさんのカワセミが棲んでいるというのは、最近割とよく知られるようになっています。清流の鳥というイメージがあるかも知れませんが、東京の「野生」環境をうまく利用して繁殖もしています。そのカワセミが暮らす街は東京屈指の高級住宅街ばかりだそうです。すなわちカワセミも、人間も好む環境は同じというのです。カワセミが暮らす街は、人間にとってもよい街ということです。カワセミの存在に気付いたことから、「小流域源流」をキーワードに「新しい野生」と「古い野生」の繋がりを論じています。カワセミの生態も詳しく観察されていますので、私も今までよく知らなかったことが多々書かれていて、興味深く読みました。 (★★★★)

  • 内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)

    内田 樹: コモンの再生 (文春文庫)
    私は、内田樹先生の評論が好きで割とよく読みます。「コモン(common)」とは、形容詞としては「共通の、共同の、公共の、ふつうの、ありふれた」という意味ですし、名詞としては「町や村の共有地、公有地、囲いのない草地や荒れ地」を意味します。昔は、ヨーロッパでも日本でも村落共同体はそういう「共有地」を持っていました。コモンを管理するには「みんなが、いつでも、いつまでも使えるように」という気配りが必要になるのですが、近代になって怒った「囲い込み」によって「コモンの私有化」が起こり、村落共同体が消え、集団的に維持されていた儀礼、祭祀、伝統芸能、生活文化が消えてしまったのです。著者は、このコモンを再生することが市民の原子化、砂粒化、血縁、地域共同体の瓦解、相互扶助システムの不在という索漠たる現状を何とかするために必要と考えています。ちなみに、マルクスとエンゲルスによるコミュニズムは、著者によれば「共同体主義」と訳した方がよく、彼らは「コモンの再生」が必要と提言したといいます。「共産主義」と訳されてしまったがため、なんだかよく分からないことになっているのです。「共有主義」あるいは「共同体主義」と意訳してくれていたら、もろもろが変わっていたかも知れないという話には、膝を打ちました。 (★★★★★)

  • 本田 秀夫: 知的障害と発達障害の子どもたち (SB新書)

    本田 秀夫: 知的障害と発達障害の子どもたち (SB新書)
    児童精神科医の本田先生の最新刊です。今回は知的障害が取り上げられています。これまでの本田先生の御著書では、発達障害が主に取り上げられてきたのですが、実は知的障害を持つ子どもたちも一定数存在していますし、発達障害と知的障害を合わせ持つ子どもたちもいます。その意味で、発達に困難のある子どもたちのことをきちんと理解して、適切な支援をする上では、両者を視野に入れることが重要です。著者は、知的障害の支援では、「早く」と「ゆっくり」がキーワードになると書いておられます。これは私もそうだと思います。可能な限り早期から支援を受けた方がよく、一方で、発達のスピードに合わせて「ゆっくり」としたペースで支援をすることが大切になります。発達障害の子どもたちにも「本児のペースに遭わせた支援が必要」とおっしゃる方がありますが、発達障害の子どもたちの理解/支援の上でのキーワードは「アンバランス」です。この本は、発達が気になるお子さんをお持ちの保護者の方、特別支援教育に携わる教員の方々にとって、基本的なテキストといえます。 (★★★★★)

  • BIRDER編集部: お手本でわかる!野鳥撮影術 (BIRDER SPECIAL)

    BIRDER編集部: お手本でわかる!野鳥撮影術 (BIRDER SPECIAL)
    バードウォッチングや野鳥撮影を趣味にしています。とはいえ珍鳥を追うのではなく、主に自宅近くを散歩しながら、いわば「定点観測」のように野鳥を見ています。自分の写真の撮り方を振り返ると、図鑑的に撮ることがほとんどです。なぜそうなのかを考えてみると、研究者の端くれであったことが関わっている気がします。つまり、写真を撮ることを、観察した記録やデータと見ているからではないかということに思い当たりました。野鳥撮影の「幅を広げたい」と思っていたら、この本が出版されました。ざっと目を通したところ、「色とりどりの花と鳥」「木の実レストラン」「やわらかい表情を追う」などさまざまなテーマで鳥とその周辺を撮る方法が載っています。これを参考に、自分の野鳥写真の世界を広げられたらいいなと思える本です。 (★★★★★)

  • 磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)

    磯田 道史: 磯田道史と日本史を語ろう (文春新書)
    磯田道史さんが、さまざまな分野の達人と歴史についての論賛をしたのをまとめた本です。論纂とは、①人の徳行や業績などを論じたたえること、②史伝の終わりに著者が書き記した史実に対する論評のこと。異分野の専門家同士が議論をすることによって生まれるものは、別次元となり、大変興味深いものとなります。この本がその論より証拠。養老孟司さんとの論賛からは「脳化社会は江戸時代から始まった」という話が出て来ています。忠、孝、身分などは、シンボリズムであり、それらは見たり、触れたりできません。また、関東大震災に遭遇したことは、被害に対する鈍感さをもたらし、それが太平洋戦争につながったという指摘には、なるほどそういう面も確かにありそうだと思わされました。その他、歴史や人間について、実にさまざまな、新しい見方が示され、大変おもしろく読み終えました。 (★★★★★)

  • 保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)

    保阪 正康: 近代日本の地下水脈 I 哲学なき軍事国家の悲劇 (文春新書 1440)
    本の帯に「『水脈史観』で日本の失敗を読み解く」とあります。「水脈史観」という概念には初めて接しましたが、「攘夷のエネルギーは、いまも日本社会の根底に流れている」という見方です。明治維新後、日本がとりえた国家像は、欧米型帝国主義国家、道義的帝国主義国家、自由民権国家、米国型連邦制国家、攘夷を貫く小日本国家の5つであったが、哲学なきまま欧米型帝国主義国家の道を突き進み、軍事中心の国家作りを推し進めたことが、戦前の日本の失敗の原因であったというのが著者の主張です。それは確かにそうだと思いますが、私には、ほんのサブタイトルにある「哲学なき国家」ということが、現代日本の様々な問題の背景にあるような気がしてなりません。 (★★★★)

  • 佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)

    佐伯 泰英: 陰流苗木(かげりゅうなえき)~芋洗河岸(1)~ (光文社文庫)
    今回も特別に時代小説を取り上げます。この2つ前の本に佐伯泰英さんの「恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六)」を取り上げ、これは佐伯さんの300冊目の「文庫書き下ろし小説」だと書きました。今回のこの本は、301冊目です。しかも、80歳を越えて、さらに新しいシリーズを始められたのです。美濃を食い詰めた浪人・小此木善治郎が、職なし、金なし、住むあてなしながら、剣の達人にしてとぼけた侍であるものの、なんとも頼りになる存在で、親切な住人や大家によって受け入れられた長屋の秘密と謎の渦に巻き込まれるという設定。これまたおもしろそうなシリーズです。毎月刊行で、全3巻の予定とか。第2巻が待ち遠しい内容です。 (★★★★★)

  • 養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)

    養老孟司, 鵜飼哲夫: なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた(中央公論新社)
    養老先生の新刊が出たというので早速入手し、ほぼ一気に読み終えました。「はじめての自伝!」といううたい文句で、帯には「虫と猫と、バカの壁。考え続けた86年」ともあります。養老先生は、かなりしつこい性格でいらっしゃるようで、疑問に思ったことは「まぁいいか」などと思わず、考え続けてこられたそうです。その結果が、これまでのユニークな著作に結実しています。それはさておき、考え続けた結果、「なるようになる。」というのが、養老先生の現時点での結論だそうです。「なるようにしかならない」ではなく、「なるようになる。」のです。物事は、はっきりとした目的意識があって進むのではないので、「なるようになる。」なのです。忘れてしまったような些事がその後の人生を動かしてきたかもしれないともあります。なるほどと、この本を読み、養老先生の来し方をいささか知ると、納得できます。というか、納得した気になっているだけかも知れませんが…… (★★★★★)

  • 佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)

    佐伯 泰英: 恋か隠居か 新・酔いどれ小籐次(二十六) (文春文庫)
    佐伯泰英さんは、この本で「文庫書き下ろし小説」というジャンルで300冊刊行を達成されました。佐伯さんの時代小説はすべて読んでいます。まさにストーリー・テラーといえる作家で、実に読み応えのある時代小説をたくさん書いておられます。このシリーズは、いったん完結となったかと思ったのですが、この「恋か隠居か」で復活しました(と理解しています)。隠居を考える小籐次ですが、小籐次親子に挑戦状が届くところから始まる物語。今回も楽しめました。 (★★★★★)

  • 安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)

    安藤優一郎: 15の街道からよむ日本史 (日経ビジネス人文庫)
    街道歩きを少ししています。三重県内では、東海道のほとんど、伊勢参宮街道、美濃街道・養老街道などを歩きました。もっとあちこちの街道を歩きたいと思っていますが、そのときにこの本が出版されましたので、早速入手して読みました。芭蕉の奥州街道、伊勢参宮街道のお伊勢参り、武士の旅日記などの章をとくに興味深く読みました。主要な街道を取り上げることで読みやすい歴史物語となっています。 (★★★★)

  • 大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)

    大芦治: 心理学をつくった実験30 (ちくま新書)
    「誰もが一度は耳にしたことがある有名実験の背景・内容・影響を紹介、新たな心理学像を呈示する」と帯にあります。心理学全般に関心を持つ社会人を読者に想定しているといいますが、私には心理学史のテキストとして、あるいは、入門段階の心理学を学んだ方がさらに学習を深める際に読む本としてもよいかも知れません。 私自身も、心理学の教科書を執筆したことが何度かありますが、そこに引用する理論や実験については、いわゆる「孫引き」をしてしまったこともよくありました。この本の著者は、可能な限り原典にあたって執筆していらっしゃり、その意味では参考になったところが多々あります。 ところで、著者は心理学の未来にあまり明るい展望を持てないようです。臨床心理士、公認心理師の資格が人気を集め、心理学部などもたくさん設けられました。私自身の勝手な個人的意見を書けば、資格ができると、レベルは下がると思っています。根拠はありません。個人的な印象によるものです。私は実験心理学でトレーニングを受け、臨床心理の分野に進みました。心理学の基本は実験心理学と個人差測定心理学にあると思っています。学部段階からいきなり臨床心理学プロパーに進むのは、相当よろしくないと思います。臨床実践にあたってはその基礎となる確かな、科学的な学問(知見、理論なども含む)が必要です。また、仮説演繹法などのものの見方もきちんと身に付ける必要があります。これらは実験心理学と個人差測定心理学から養われると思っています。 この本は、基礎的知識がない方がいきなり読むのは難しいでしょうが、科学的心理学を学びたいと思う方にはよい参考書となります。 (★★★★)

  • 磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)

    磯田 道史: 家康の誤算 「神君の仕組み」の創造と崩壊 (PHP新書)
    磯田先生の書く本はどれもとても面白く読めます。といっても、私が読むのは研究書ではなく、新書だからなのかも知れません。この本は、家康がなぜ幕藩体制を創ることができたのか、江戸時代、誰が神君の仕組みを崩わしたのか、幕末、かくして神君の仕組みは崩壊した、神君の仕組みを破壊した人々が創った近代日本とは、家康から考える日本人というものという5つの章からなっています。家康は天下を取ったあとこの国を支配するのに巧妙な仕掛けをつくり、平和な時代が続いたのですが、誤算が生じて、徳川政権が変質し、崩壊に至ったと著者は考え、そのプロセスを俯瞰しています。いろいろな時点で「神君の仕組み」を骨抜きにする人物や政策が表れたといいます。組織が弱体化する姿を見ておくと、自分たちの劣化を防ぐ力が養われると磯田先生は述べています。徳川時代が現在にあたえている影響も多く、その分析も興味深く読めます。 (★★★★★)

  • 多井 学: 大学教授こそこそ日記

    多井 学: 大学教授こそこそ日記
    文庫本を買いに本屋に行ったら、平積みしてあるのを見つけて思わず買ってしまいました。私もその昔、ご同業だったことがあったからです。帯に「いくらでも手抜きのできる仕事」とありますが、私の経験でもそういう人もそれなりにいました。ちなみに私自身は、こき使われたと思っています。さらに「現役教授が打ち明けるちっとも優雅じゃない生活」とも書かれていますが、これはまさに私の体験と同じ。本に書かれていることがらも、ことごとく納得できます。私は、「そうそう!」といいながら読み終えました。大学教授で儲けている人はごく一部などなど。まぁ大学教授の仕事や生活に興味をお持ちの方は、さほど多くはいらっしゃらないとは思いますが、お暇な方にはどうぞ。 (★★★★)

  • 宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)

    宮口 幸治: 境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ (SB新書)
    「境界知能」という言葉は、専門家はよく知っていると思いますが、一般のご父兄や、小中学校の先生方にはあまりなじみがないかも知れません。IQという指標でいえば、多くの場合70以上85未満の子どもたちがこれに該当する可能性があります。一見したところでは普通の子どもたちと変わりはなく、なかなか気づかれません。しかし、理論的には約14%の子どもたちが含まれますから、本の帯にあるように「日本人の7人に1人」となります。平均と知的障害のはざまにあり、気づかれにくいものの、授業について行けなかったり、友だちと上手くつきあえなかったり、感情のコントロールが苦手であったりして、当事者の子どもたちは苦戦し、辛い思いをしています。発達障害はよく知られるようになりましたが、境界知能の子どもたちにもしっかり目を向け、必要な支援を提供することは喫緊の課題といえます。この本では、境界知能とはどのような状態なのか、教科学習の前に認知機能を向上することの重要性、子どもの可能性をいかに伸ばしたら良いかについて具体的に、分かりやすく解説されています。 (★★★★)

  • 関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)

    関裕二: スサノヲの正体(新潮新書)
    タイトルに惹かれて手に入れたものの、序章の記述が私にとっては退屈でしばらく放っておいたり、読み直そうと思ってくじけたりしていました。しかし、そこを乗り越えるとこの本はとても面白くなり、ほとんど一気読みしました。スサノヲ(素戔嗚尊)の正体を探るプロセスでアマテラス(天照大神)の謎も明らかにされて行き、それもとても興味深いものがあるのです。アマテラスは皇祖神とされますが、実在の初代王と言われる崇神天皇はアマテラスを伊勢に追いやっています。また、伊勢神宮を整備した持統天皇だけは伊勢に参ったものの、それ以降明治になるまで、1,000年以上も歴代天皇は伊勢神宮を訪れていません。明治天皇が東京に遷御したあと武蔵国の鎮守勅祭の社に定めたのは、スサノヲの祀られる氷川神社(現さいたま市)です。明治天皇は氷川神社を訪れた翌年に、伊勢神宮を訪れています。そもそも伊勢にいる神はアマテラスなのかという疑問にも立ち向かっている、古代史や神に関心がある方にはお勧め。 (★★★★★)

  • 安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)

    安藤 優一郎: 大名屋敷「謎」の生活 (PHP文庫)
    時代小説をよく読みます。捕物帖、市井の人たちの生活、侍の物語、大名の話などいろいろとあります。庶民の生活については、これまでもいろいろな本でかなり知っていますが、大名の生活については分からないところの方が多いと思っていました。タイトルに惹かれて買ったのですが、大名やその家族の生活が詳しく書かれているのではなく、勤番侍の生活、大名屋敷の庭園、御用達商人や豪農、幕末の動乱と大名屋敷などの話が中心でした。それはそれで知らなかったことが多々あり、興味深く読みました。 (★★★)

  • 服部環ほか: 指導と評価2023年10月号(図書文化社)
    「指導と評価」は、日本教育評価研究会の機関誌であるとともに、日本で数少ない教育評価に関する月刊誌です。この号では、教育・心理検査の意義と活用という特集が組まれています。「教育・心理検査の意義」に始まり、WISC-Ⅴ、KABC-Ⅱなどの個別検査の使い方、解釈の仕方、指導への活かし方がそれぞれの専門の先生によってわかりやすく解説されています。特別支援教育の現場でも、きちんとした心理アセスメント所見に基づいた支援を展開することが望ましいのですが、現場の先生方には敷居が高いようです。ご関心がおありの方には、どのように使えるか、どのように考えたらよいかについて基本的なことがらを理解するのに適しています。出版社のWebサイトからバックナンバーとして購入できます。 (★★★★)
  • 石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑

    石田 光史, 樋口 広芳(ナツメ社): ぱっと見わけ観察を楽しむ 野鳥図鑑
    野鳥図鑑はすでに何冊も持っていますが、この野鳥図鑑は、2015年の刊行で、なぜ今までこの存在に気づかなかったと反省するほど便利そうなもの。掲載されているのは324種ですが、それぞれの特徴や、見わけのポイントがパッとわかるようになっています。その鳥の生活型や生息地、食性や羽色、形態などのほか、雌雄、夏羽冬羽、幼鳥などで特徴が異なる場合は、それらについても説明されています。観察したい行動から、おもしろい生態、探し方までもが載っていますし、鳥の鳴き声が聴けるQRコードも付いています。私自身、野鳥の特定がけっこうアヤシいので、しっかり活用しましょう。 (★★★★★)

  • 千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)

    千枝大志(風媒社): 街道今昔 三重の街道をゆく (爽BOOKS)
    「東海の街道」シリーズの第4巻です。「街道歩きのお供に最適の1冊」といううたい文句。内容は、三重の主な街道、近世三重の城郭図・城下図を読み解く、お伊勢参り小咄、伊勢をめぐる〈参詣〉をデジタル化するの4章構成で、まさに三重の街道歩きの参考書としてよいと思います。私自身も県内の東海道、伊勢街道、美濃街道、濃州街道はほとんど歩き、ほかの街道も部分的に歩いていますし、城もここに載っているところはかなり訪ねています。デジタル化も、ブログに写真・記事を載せていますから、出来不出来はともかく、私も取り組んでいます。県内の街道はさらに歩こうと思っていますし、デジタル化にももっと取り組みたいと考えていますので、十分活用できるでしょう。 (★★★★★)

  • 唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)

    唐沢孝一: 都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰 (中公新書)
    都市にもたくさんの野鳥がいることを知る人は少ないかも知れません。私がいつも散歩している地方都市の公園では、これまで10年あまりで70種類近くの野鳥を観察しています。都会は自然の少ない人工的な環境にあふれていますが、野鳥たちはもともとの生態を活かしつつこれらにしたたかに適応してい生きています。この本では、カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽を取り上げ、その都会における生態や、活動の変化、人間と鳥との関係とその変化などについて多くの実例や、調査結果をもとに、豊富な写真を使って楽しく読めるようにまとめられています。 (★★★★★)

  • 堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)

    堤未果: 堤未果のショック・ドクトリン 政府のやりたい放題から身を守る方法 (幻冬舎新書)
    「ショックドクトリン」とは、テロや大災害など、恐怖でこくみんが思考停止している最中に、為政者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪魔の手法のことです。アメリカでの3.11以来、日本でも大地震やコロナ禍の裏で知らない間に個人情報や資産が奪われようとしているというのがこの本のテーマ。パンデミックで製薬企業は空前の利益を得、マイナンバーカード普及の先には政府のよからぬ思惑があるなどよくよく注意し、自分の生命・財産を守らないといけないというのが著者の主張。「今だけ、自分だけ、お金だけ」という強欲資本主義に負けないようにするには、ちょっとした違和感を大事にし、お金の流れがその裏にないか、また、それで大もうけして回転ドアをくぐって逃げる輩がいないかをチェックすることです。また、政府が何か、大急ぎで導入しようとしたり、既存の制度を急拡大しようとするときは、要注意だそうです。 (★★★★)

  •  奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)

    奥山景布子: 葵の残葉 (文春文庫)
    いわゆる「高須四兄弟」である徳川慶勝、松平容保、松平定敬、徳川茂栄は、幕末維新の激動期に、結局のところ官軍と幕府とに分かれて戦う運命になったのですが、この四兄弟を取り上げて埋もれた歴史を活写した小説。私自身は、桑名藩主であった松平定敬が取り上げられているので興味を持って手に取った次第。幕末維新は、次々に色々な出来事が起きて、さまざまな人たちの思惑も複雑に入り組んでいるので、小説にするのは難しいと思っていたのですが、隠れた主人公ともいえる高須四兄弟の視点からとても躍動感のある読み物になっています。また、この時期の歴史をより一層深く理解できたという感想も持っています。 (★★★★)