しばらくアカデミックなことは書かないできましたが、昨日(12/16)、東海地区K-ABC研究会で事例検討会の助言者を依頼されました。そこで申し上げたことに関わる内容を再度、載せておきます。これはもともとは、2014年10月26日に載せた記事です(
こちら)。多少の加筆修正を行っていますが、趣旨は、元記事と同じです。
今回は、特定の知能検査や、認知能力検査についてではなく、心理アセスメント全般について重要なことの話です。

私が研修会などで心理アセスメントについて取り上げるとき、この図で、

心理アセスメントのプロセスについてお話しします。これは、もとは、藤田和弘先生(藤田,1999)が、「WISCとLD-研究動向と臨床適用-」という論文で、WISC-Ⅲの解釈に関して、WISC-Ⅲによって得られた測定値や質的情報と主訴に関して収集されたそれ以外の情報とを関連づけ、それらを整理・統合したものに対して行い、さらに、解釈された結果は、その子どもの個別の指導方針や指導計画につながるということを示されたものをアレンジしたものです(右の図2が、藤田先生のオリジナルの図です)。
この“心理アセスメントの過程”は、いわゆるPDCAサイクルで示されています。ということは、各構成要素は、この順序に展開されることを意味します(順序性)。当たり前のことを書いていますが、ここではこうした当たり前のこと、基本がとても重要な意味をもちます。
もう一つ重要なことは、構成要素の間には、連続性があるということです。つまり、それぞれの構成要素は、常にその前の構成要素を踏まえて展開されるということです。これも、この図を見ている限り当たり前と思われるかも知れませんが、実際にあるお子さんに対して、心理アセスメントを展開するときには往々にして忘れられがちになります。とくに、アセスメントの結果出ある“解釈”と支援のつながりが、疎かにされている事例報告をよく見ます。「なぜその支援を行うのか」の根拠が、“解釈”のところにあるはずです。これはいくら強調しても強調しすぎるということはありません。
さて、以上が、基本中の基本のことです。
次に、アセスメントの大前提となる点は、最初にある“主訴・問題点・課題”を明確にするということです。主訴、問題点などは、子どもたちが困っている点、苦戦していること、新しく教えたい知識やスキルが何かを意味します。また、これらは、「勉強ができるようにしたい」というような漠然とした形でまとめるのではなく、なるべく具体的にする必要があります。たとえば(以下の例は、K-ABCアセスメント研究15巻に掲載された事例研究から引用しました)、「国語の長文や、教師の説明の意味が理解しづらく、学習困難が著しい」あるいは、「文字の視写において、形を整えて書くことが難しい」などのようにする必要があります。
なぜ、このように、主訴・問題点・課題を具体的にしておく必要があるかといいますと、これは、用いるアセスメントの方法(たとえば、どのような検査を使用するか)や、どういう視点から検査結果を解釈するか、また、支援計画のポイントを明確にするという点などに大きく影響するからです。
子どもについて、情報収集をする際には、観察、面接、検査など心理学の方法の他、生育歴・発達歴の確認、記録類のチェック、家庭環境の把握なども必要となります。これらの情報収集の方法のうち、観察や、面接は、優れた心理士であれば、豊かな情報を引き出すことができますが、一方では、主観の介入の余地もある方法といわざるを得ません。それに対して、検査(各種の尺度も含んでよいでしょう)は、なるべく客観的、効率的に対象の子どもの発達や、心理・行動の特徴を把握するためにつくられています。
ここでは、これらの情報収集について、その内容から、量的情報(IQ、標準得点、評価点などの数値で示される情報)と、質的情報(検査以外の情報源から得られる情報)とに、便宜的に分けて考えます。
これら、量的情報、質的情報は、どちらかだけで十分ということはありません。多様な視点から情報を得るという意味でも、両者の情報を得る必要がありますし、それぞれの方法によって得られる情報の内容や質もさまざまです。したがって、両者の方法で得られた情報は、”整理・統合”する必要がありますし、それによって、対象の子どもの特徴を的確に、また、深く理解することができます。
この”情報の整理・統合”についても、説明が必要でしょう。そのため、上記の”心理アセスメントの過程”の図から、この部分だけを取り出して、説明をつけてみました(左の図を参照)。質的情報は、その子どもの典型的な心理・行動の特徴が得られる可能性が高いものです。しかしながら、上述のように、主観が介入する余地がありますので、質的情報については、客観性を高めることが必要になります。
一方、量的情報は、客観性を高めた測定方法から得られるものではあるものの、あくまでも“ツール(道具)”の一つである心理検査を通して得られた情報です。心理検査は、どんなものであっても、対象者の行動のサンプルを測定し、それによって対象者の知能水準、認知能力などを推定しているものです。したがって、得られた結果は、あくまでも対象者についての“一つのデータ”あるいは“仮説”と位置づけられます。“仮説”であるからには、それが妥当なものであるかどうか、検証(確認)が必要です。
“情報の整理と統合”とは、質的情報と量的情報とを照らし合わせ、両者の内容、示すものが一致しているかどうかを確認する作業をすることです。両者から得られた情報の内容が一致すれば、それは、対象の子どもの特徴である可能性が高いといえます。そうであれば、それを証拠、あるいは、根拠として、支援計画を立てることができますし、支援計画を立てる際には、このように量的情報・質的情報が一致した点を根拠に考えなければなりません。
しかしながら、ある子どもについて、量的情報と質的情報とが一致しない場合もあります。こういう場合、われわれは得てして、「どちらが正しいのか?」と考える傾向があります。ところが、こういう場合、“二者択一”的な発想は、うまく行かないことがよくあります。むしろ、「両者の情報が一致しない(食い違いが生じた)のは、なぜか」という発想を採り、その一致しない要因(原因と書いてもよいのですが、原因を探るのは容易でないことが多いので、「要因」という言葉を用いておきます)を探った方が、その子どもさんについての理解がより深まることが多いでしょう。
このようにして、質的・量的双方の情報の照合・確認を得て、その子どもについての特徴が明らかになったところで、“解釈”に進みます。
“解釈”の段階ですることは、その子どもの“主訴・問題点・課題”と、心理アセスメントの結果得られた子どもの特徴とを結びつけることです。いいかえれば、“主訴・問題点・課題を明らかにする”ことは、“対象児の何について解決したいか、「問い」を立てる”ことです。その「問い」に対して、「一定の回答」を得ることが、この“解釈”で行うべきことなのです。この両者の間にあるプロセスである、“量的・質的情報の収集”や、両者から得られる“情報の整理・統合”では、「問い」に対する「回答」を、客観的に、科学的に探求するということが行われます。
これらを、たとえば、論文を書く、あるいは、論文の構成に倣って示せば、次のようにたとえられるかも知れません:
主訴・問題点・課題を具体的に明らかにする……論文の「目的」を明らかにする
「問い」に対する「回答」を得る……「考察」を行い、「結論」を得る
情報収集と、情報の整理・統合を行う……「方法」を決め、研究を行い(実験、調査などでデータを収集し)、「結果」を得る
ここまで議論したことを整理して、最初に示した図に注釈、説明を書けば、この図のようにまとめられます。ご確認ください。
なお、検査結果の解釈に際しては、検査のマニュアルに「基本的な手順」が示されていますので、必ずその手順を踏んで、解釈を行ってください。KABC-Ⅱ、WISC-Ⅳ、DN-CASなどいずれも同様です。

WISC-Ⅳでは、左の図のように“基本的なアセスメントプロセス”が定められています。これをよくご覧いただくとお分かりになりますが、まず、FSIQの解釈から始め、次には、指標得点へと進みます。つまり、多くの下位検査を総合した指標から解釈が始まり、次第に、より細かい能力へと進んでいます。そして、重要な点は、下位検査一つひとつの解釈は、このプロセスの最後になって行うようになっています。
WISC-Ⅳでは、FSIQは、知的発達水準を示す指標ですが、すべての(10の基本検査という意味)下位検査の結果を総合して得られる数値で、もっとも安定した、また、エビデンスがはっきりした指標といえます。
指標得点は、言語理解指標であれば、<類似>、<単語>、<理解>の3つの下位検査の結果から求められます.他の指標得点も、2~3の下位検査の結果をもとにしています。個々の下位検査の結果を解釈するよりも、検査としてのエビデンスが高く、より安定した指標であるといえます。
解釈は、いわば、“同時処理”的なアプローチをとります。すなわち、“全体から部分へ”という方向性があり、これが基本です。
事例検討会での報告を見ていますと、特定の下位検査の結果にこだわり、検査結果全体が示す子どもの特性をあまり見ない方がよくあります。個々の下位検査の方が、具体的にどのような内容かが分かりやすいので、こういう傾向になるのではないかと思いますが、検査の解釈の仕方としては、よろしくありません。FSIQはともかく、指標得点が測定する内容というのは、一種の構成概念ですから、分かりにくい、イメージしにくいということがあるとは思いますが、そこはきちんと勉強していただく必要があります。解釈においても、やはり、基本的な手順をきちんと踏まえていただきたいと思います。
ところで、“解釈」”から“支援計画”の立案にあたってもっとも重要なことは、すでに述べましたが、「なぜその支援を行うか」の「根拠」が、“解釈”のところに示されていなければならないという点です。これも繰り返しになりますが、事例検討会などでの報告を見ていますと、せっかく苦労してアセスメントを行ったのに、いざ実際の指導の段階となると、それまでに分かったことはどこかにすっ飛ばしてしまい、アセスメント結果に基づかない支援、指導が行われていることがよくあります。
たとえば、あるお子さんにWISC-Ⅳを実施したとしますと、おそらく基本検査の10下位検査を実施するだけで、1時間~1時間半を要するでしょう。お子さんにとっても、検査者にとっても、かなりの負担となります。また、指導者についていえば、検査結果からアセスメント行うとさらに時間、労力を要します。それだけの負担や、労力をかけて、明らかになったことを活かさないというのは、とても無駄なことをすることになります。「骨折り損のくたびれもうけ」のようなことにならないためにも、アセスメント結果、解釈に基づいて、支援計画を考えていただきたいと思います。
さらに、支援の方法も、具体的にどのような指導を行うかを考える必要があります。その際、基本となるのは、“長所活用型指導”です。子どもの長所や、得意なところを活かして、主訴や、問題点の改善を図る、あるいは、新しい知識やスキルを教えるということです。このアプローチは、子どもの長所を活かしていきますので、子どもにとっては分かりやすく、成果も上がります.それだけでなく、子どもの自信や意欲を養うことにもなります。
長所活用型指導というと、「長所を伸ばすことだ」とよく勘違いされます。この両者は意味するところが違いますので、きちんと区別してください。
また、短所を何とかして改善しようと、訓練的に関わることをお考えになる方もあるかも知れません(短所改善型指導)。これは、子どもの苦手な、分かりにくい点についてアプローチするものですから、成果がなかなか上がりません。それどころか、学習に対する嫌悪感を増してしまい、子どもの意欲や自信を喪失させる結果になりかねません。
短所については、可能であればその能力を使用しないで済むような対処方法を考える、あるいは、長所で短所をカバーする方法を考えるということを考えた方が生産的でしょう。
「心理アセスメントの過程」は、さらに続きがあります。子どもの特徴を踏まえた支援計画を立てて、具体的な支援を展開します。支援、指導を展開した結果、それが成果があったかどうかを評価する必要があります。そのためには、なるべく数量的な形で、学習プロセスの記録をとっておくとよいでしょう。主観的に「よくなった」とか、「行動が落ち着いた」と評価するのではなく、たとえば、「小学校4年生で学ぶ漢字の80%が書けるようになった」とか、「1時間の授業での離席回数が、○回から□回に減った」というように。客観的な評価ができますし、他の方と検討する際にも明確な議論ができます。
評価の結果、その支援計画がうまく行っていれば、次の課題へと進むことができるでしょうし、うまく行っていなければ、再度、この過程のサイクルに沿って、情報の整理・統合や、解釈を見直し、支援計画を立て直すことも必要になります。
このように、心理アセスメントの過程は、一方通行のものではなく、サイクルをなしていますので、必要に応じて、情報の整理・統合や、解釈を見直し、支援計画を立て直すことになります。
以上、本日は、心理アセスメントの過程について説明しましたが、もし、WISC-Ⅳなどの検査も、指導者自身が実施するということでしたら、検査を正しく実施するということも大事な前提条件です。これまた、当たり前のことなのですが、きちんとした理由があります。検査を正しく実施するという場合、正しい方法とは、検査のマニュアルに示された方法です。マニュアルに示された方法で検査を実施しなければならない理由は、その方法が、検査の標準化の際に用いられた方法だからです。きちんとした検査は、すべて標準化を経て作成されています。標準化の作業は、心理検査の規格を限定に定めるために行われるものですが、その中では、IQ、標準得点、評価点などの“規準(norm)”をつくる作業が含まれます。すなわち、マニュアルに示された実施方法に沿って検査を行うことで、正しい換算値(IQ、標準得点、評価点)が得られるのです。
心理アセスメントから支援計画の立案、実際にどのような指導を行うかについて学ぶには、次のような方法があります:
- 検査のマニュアル、参考文献を読み、それらの内容をきちんと理解する
- 心理学、とくに認知心理学についての基本的な知識を身につける
- 専門用語、検査で測定する内容(たとえば、同時処理能力、流動性能力などなど)について正しく理解し、それが子どもたちの具体的な行動にどのように表れるかを知る
- 「K-ABCアセスメント研究」「LD研究」などの学会誌に掲載された、査読付きの論文、事例報告を手本とする(査読が行われているということは、一定以上の水準があると認められたものであることを意味します)
- 事例検討会に参加する、できれば、自ら事例報告を行う……ただし、きちんとした指導者が参加して、指導、助言してくれることが望ましい(というよりも、必須)
- スーパーヴィジョンを受ける……専門家や、心理士などの資格を持ち、熟練した人から
- 本日は、当たり前のことばかり書きましたが、当たり前とか、基本的なことというのが、もっとも大事なことであり、また同時に、きちんとすることが難しいことだと思います(笑)。
以下に示す文献は、元の記事からは入れ替えを行い、最新のものにしました。また、この話の発展的な内容を平成26(2014)年12月の東海地区K-ABC研究会でお話ししています。それについては、改めて載せます(この記事も再掲になります)。
【文献】
- 藤田和弘(1999):WISCとLD-研究動向と臨床適用.LD(学習障害)-研究と実践,7(2),66~79.
- 小笠原昭彦・松本真理子(2003):心理テスト査定論.岡堂哲雄(編)臨床心理査定学(臨床心理学全書 第2巻).誠信書房,pp.203-290.
- 各検査のマニュアル
- 一般財団法人特別支援教育士資格認定協会(編)(2018):S.E.N.S養成セミナー 特別支援教育の理論と実践 Ⅰ 概論・アセスメント(第3版).金剛出版.
- プリフィテラ,サクロフスキー,ワイス(編)上野一彦(監訳)(2012):WISC-Ⅳの臨床的利用と解釈,日本文化科学社.
- フラナガン,カウフマン、上野一彦(監訳)(2014):エッセンシャルズ WISC-Ⅳによる心理アセスメント,日本文化科学社.
- 藤田和弘・石隈利紀・青山真二他(監)(2014):エッセンシャルズ KABC-Ⅱによる心理アセスメントの要点.丸善出版.
- 上野一彦・松田修・小林玄他(編)(2015):日本版WISC-Ⅳによる発達障害のアセスメント-代表的な指標パターンの解釈と事例紹介-.日本文化科学社.
- 小野純平・小林玄・原伸生他(編):2017):日本版KABC-Ⅱによる解釈の進め方と実践事例.丸善出版.
- 藤田和弘・青山真二・熊谷恵子(編著)(1998):特殊学級・養護学校用 長所活用型指導で子どもが変わる―認知処理様式を生かす国語・算数・作業学習の指導方略―.図書文化.
- 藤田和弘(監)・熊谷恵子・青山真二(編著)(2000):小学校個別指導用 長所活用型指導で子どもが変わるPart2-国語・算数・遊び・日常生活のつまずきの指導.図書文化.
- 藤田和弘(監)・熊谷恵子・柘植雅義・三浦光哉・星井純子(編著)(2008):小学校中学年以上・中学校用 長所活用型指導で子どもが変わるPart3-認知処理様式を生かす各教科・ソーシャルスキルの指導-.図書文化.
- 藤田和弘(監)・熊谷恵子・高畑芳美・小林玄(編著)(2015):幼稚園・保育園・こども園用 長所活用型指導で子どもが変わる Part.4-認知処理様式を生かす遊び・生活・行事の支援-.図書文化.
- 藤田和弘(監)・熊谷恵子・熊上 崇・小林玄(編著)(2016):思春期・青年期用 長所活用型指導で子どもが変わる Part5-KABC-Ⅱを活用した社会生活の支援-.図書文化
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