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2018年12月 5日 (水)

20181202近鉄ハイキング「鈴鹿の隠れた紅葉の名所「荒神山の喧嘩」で有名な荒神山観音寺を訪ねて」へ(その1)……平田町駅から庄野宿へ

 11月10日の養老へのハイキング記事を怒濤の勢いで書き終えました(笑)。続いては、12月2日の近鉄ハイキング「鈴鹿の隠れた紅葉の名所「荒神山の喧嘩」で有名な荒神山観音寺を訪ねて」です。このハイキングは、近鉄鈴鹿線・平田町駅から、東海道五十三次・庄野宿と、荒神山観音寺を訪ねるもの。ぜひとも参加しようと思っていたのですが、その理由は、大学院を修了して、最初に就職した勤務先&住まいのあたりを通るからでした。大学院修士課程を修了して就職したのは、昭和54(1979)年4月。修了するまではそれなりに勉学に励んでいましたので、就職してからが、青春時代という感じでした(微笑)。もう一つは、東海道五十三次の庄野宿を訪ねるというのも魅力。荒神山観音寺は、勤務先の近くにあり、ここの会館でし出し料理で歓迎会をしてもらったような記憶がありますし、患者さんたちを連れて散歩にもよくいったところ。ということで、今回のハイキングは、センチメンタルジャーニーなのです。

Img_4205c この日のスタート&ゴールは、近鉄鈴鹿線・平田町駅。鈴鹿線へは、名古屋線Img_4207c の伊勢若松駅で乗り換えます。いつものように、桑名駅を9時2分に出る五十鈴川行き急行に乗車。乗り換えの伊勢若松には9時25分着。ここで、失敗。よく調べて行かなかったのですが、平田町行きは9時50分(笑)。桑名を次に出る松阪行き急行(9時22分発)でも十分間に合いました。平田町には、10時1分着。¥560。
Img_4213c 平田町駅は、鈴鹿線の終点。伊勢若松駅を出て、柳、鈴鹿市、三日市のImg_4212c 次。この駅に降りたのは、I院長の還暦パーティー以来。10数年ぶりに降り立った印象は、昔とあまり変わっていないというものでした。
Img_4218c 左の写真が、この日のコースマップ。平田町駅を出て、庄野宿資料館20181202kintetsuhikinghiratacho 荒神山観音寺に行って、往路のコースをそのまま戻り、たいやきわらしべ鈴鹿店を経て、平田町駅に戻るという、約11㎞。鈴鹿には昭和54年から11年ほど住み、働いていましたので、マップを一目見れば、後は目をつぶっていても歩けるくらい(笑)。また、コースを見て、ボンヤリと考えていたことを実行することに決めました。同じ道を往復するのはつまらないということです。そして、実際に歩いたのは、右の画像の通り。荒神山観音寺までは、コースマップ通りに行ったのですが、帰りは、鈴鹿フラワーパーク、加佐登神社前を経て、ゴールは勝手にJR加佐登駅に変更(笑)。個人的には、たいやきはさほど魅力はありませんし。実際に歩いた距離は、10.4㎞。昔懐かしい場所を見て回ったこともあって、やや長目。桑名駅までの往復は、今日は2.4㎞。あわせて12.8㎞。
Img_4222c こちらがスタートの平田町駅。外観は昔とあまり変わりません。駅前にはロータリーがあり、タクシー乗り場や、バス停があります。マップを受け取って、スタートしたのは10時8分。平田町駅辺りは、繁華街の一つ。昔は、近くにハンター、アイリスといった大型ショッピングセンターが2つありました。ハンターはまだあるようですが、アイリスは閉店。
Img_4228c 平田町駅前から西へ向かいます。旭化成の工場や、イオン鈴鹿の前を通って、鈴鹿川に架かる汲川原橋に向かう道(写真奥がその方角)。クルマでよく走っていたところです。懐かしいけれど、雰囲気はかなり変わりました。
Img_4237c この通りを少しいったところ、南側に旭化成鈴鹿工場があります。ここはImg_4231c あの有名なサランラップをつくっているところ。この敷地には桜並木があり、桜の時期に一般公開されます。桜のトンネルをはじめ、グランドの周囲では300本の桜があり、見応えがあるのです。
Img_4234c 旭化成の工場から道路を挟んだ向かいには、焼き肉のみさき屋さん。鈴Img_4235c 鹿にいたとき、忘年会などの宴会でたびたびお邪魔したところ。昔から大きな店でしたが、今は何と360席もあるそうです。「ぼつ焼」が名物なのは変わりありません。松阪豚のバラ肉の一部でハラミの部分。いけません、書いているだけでよだれが垂れそうです(笑)。
Img_4240c 平田二丁目南交差点で右折。北西に向かいます。このあたりも昔の縄張り。この大関屋という焼き肉屋さんにもよく来ました。念のために申し添えますが、遊んだり、酒を飲んだり、食べたりしてばかりいたのではありません。よく働き、よく遊んだということです。
Img_4241c 大関屋さんの先にも懐かしいところがあります。この長屋になった店舗、Img_4242c 昼ご飯などを食べによく来たところ。とくに、「天ぷら ひご」と、「中華料理 紅南(こうなん)」の2店には、まさに足繁く通いました。働いていた病院からクルマで10分ほどでしたから、昼休みにも来られたのです。残念ながら、両店とももうやっていないようでした。あれから30年以上経つのですから、仕方ありません。この近くのお寿司屋さん(寿司幸さん)にもよく通いました。
Img_4248c 庄野一丁目東の交差点で右折、北へ進みます(このあたりで1㎞)。鈴鹿高校東交差点に出Img_4253c ます。この角に、今日の帰り道に立ち寄ることになっている「たいやきわらしべ鈴鹿店」。この鯛焼き屋さんのところを左折すると、鈴鹿中等教育学校・鈴鹿高校の前を通って、鈴鹿川、庄野橋へ。昔は、ここに鈴鹿短期大学がありましたが、今は、鈴鹿大学短期大学部となり、市内郡山町にあります。このあたりにも行きつけの喫茶店があったのですが、マンションや住宅地になっています。
Img_4254c 鈴鹿中等教育学校・鈴鹿高校の前を通り過ぎて、坂道を上り、鈴鹿川、

Img_4258c

庄野橋に向かいます。鈴鹿川は、鈴鹿山脈の高畑山(三重・滋賀県境)から伊勢湾に注いでいます。川はほとんどで東海道(国道1号)に並行しています(長さ38㎞)。鈴鹿にいた頃、職場も住まいも加佐登というところにありました。平田町など繁華街へ出てくるときには、必ず渡ったのがこの庄野橋でした。
Img_4261c 庄野橋の下流側には、広い河川敷を利用して、運動広場や野球場があImg_4268c りました。広々として気持ちよいところ。庄野橋を渡りきったところに横断歩道橋が有り、これで国道1号線を越え、庄野の町へ入って行きます。
Img_4272c 横断歩道橋から北を見た写真。奥が四日市方面。1号線から庄野橋に入Img_4277c る道は、ここで大きく曲がっているのです。橋を渡りきって2㎞。右の写真で正面、突き当たりが、旧・東海道の庄野宿になります。
Img_4278c いよいよ庄野宿に入ります。2.3㎞ほど来ました。時刻は、10時35分頃。Shounomap 写真に写っている辺りは、庄野宿の中心部。というのも、向かって右の建物(庄野集会所)の回りには、本陣、脇本陣、高札場、郷会所、問屋場などがあったところなのです。右の画像は、このあと訪ねた庄野宿資料館でいただいた資料に載っていたもの。庄野宿は、東海道五十三次の45番目の宿です。現在も格子造りの家が残っていますし、ややカーブした狭い道が街道であったことを伺わせます。全長は約870m。 宿の開設は東海道の中では、もっとも遅い寛永元(1624)年でした。江戸から伊勢に参る旅人は、日永の追分(四日市市)から参宮道(伊勢道)に入りますし、上方からの参宮客は、関宿から伊勢別街道を通りますので、ここを通る旅人は必ずしも多くありませんでした。東海道を通る旅人も、宿を求めるのは、七里の渡しを控えた桑名宿や、鈴鹿峠の下にある関宿でした。そのため、庄野宿は、人足、伝馬とも半減されており、残念ながら、疲弊した宿場といわざるを得ません。しかし、このあたりは、戦災に遭っていませんので、昔からの資料がたくさん残っているところです。
20181202kintetsuhikinghiratacho1 平田町駅から、庄野宿に至るまで、実際に歩いたルートです。立ち寄るところもなく、ひたすら歩いてきました。その1は、ここまでとし、庄野宿で訪ねたところからは、その2で触れることにします。

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