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2018年9月20日 (木)

中日新聞の記事「疲弊する大学教員」から思い出しました……

 退職してまもなく丸7年を迎えます。ウロウロしているうちに時が過ぎた、という感じです。平成23(2011)年10月末に退職したのですが、体調不良が治らいまま休職期間が満了してしまい、復職するか、退職するかの二者択一を迫られました。が、復職できるほどの体調ではありませんでしたので、退職せざるを得ないというのが当時の心境でした。その後は、一応、桑名発達臨床研究室という心理アセスメントのコンサルティングなどに特化した私設相談室の看板を掲げつつ、初老のオヤジの趣味生活を送っています。

 最近の中日新聞に「疲弊する大学教員」という特集記事が2回にわたって掲載されました。9月2日(日)の朝刊にその上として「現状 教育も運営も、過剰な負担」が、9月16日(日)朝刊に下として「原因と対策 学生確保で業務雪だるま」がそれぞれ載っています。
 大学業界も、いわゆる「大綱化」や、「法人化」以降、大変な状況に陥っています。個人的な見解ではありますが、これらは教員を疲れ果てるまで使い倒す変革だと思っています。「働き方改革」も同様という気がしてなりません。あれも「働かせ方改悪」だという気がします。
 今さらどうこう言うつもりもありませんし、言うこともありませんが、小生自身もずいぶん疲弊していたよなぁと思い出します。平成17年1月のセンター試験の日に倒れ、起き上がれなくなりました。その後は、療養しながら、リハビリ出勤したり、復職を試みたりしていましたが、はじめに書きましたように、退職せざるを得ない始末になりました。
 今時は、どこの業界も大変ですから小生に限った話ではありませんが、あの頃は本当に働きづめでした。転職当時(平成4年)は短大でしたが、その後、平成11(1999)年に学部になり、平成15(2003)年には大学院が発足しました。朝9時過ぎに出勤し、夜9時近くまで働くとか、土日も持ち帰り仕事に忙殺されるか、疲れ果てて寝ているという風でした。自宅から仕事に通うというよりも、勤務先から自宅に寝に通っているという感じでした。
 今から思えば、きわめて異常な生活でしたが、あの頃は、どういうわけかそれが普通でしたし、そうしないと仕事が回っていきませんでした。記事にもありますが、求められるまま働いていたのです。それは普通の暮らしではありませんでしたが、健康を害するのには十分以上でした。
 最近は、半分くらい隠居というか、世間から距離を置いた生活をしていますが、今の世の中、どう見ても尋常ではない気がしています。60歳になる少し前に体調不良の本当の原因が分かり、今は服薬によって、たぶん普通の暮らしを送っています。しかし、40代半ば(学部設置準備の頃)から10年ほどは体調が優れない期間を送っていましたから、今でも、これが人並みの体調なのかよく分からなくなるときがありますし、自分は何をしているんだろう? と思うこともよくあります。しかしまぁ、何がよくて、何が悪いかよく分かりません。少なくとも、嫌なことや、自分がやる意味がないと思うことはこの先もやらないで済ませようと思っています。と書いて思ったのですが、要するに好きなことしかやらないという宣言ですねぇ(笑)。
 という与太話というか、ヘンな昔話、これで最後にします。小生のような状況になった方は、他にもたくさんいらっしゃることでしょう。それもあって、威張るようなことではないと自覚しています。まさかこんなことに興味を持つ方はいらっしゃらないとは思いますが、万一そういう奇特な方がいらしたら、「猫の欠伸研究室(アーカイブ)」に昔書いたことをそのまま採録してあります。別にお勧めしている訳ではありません(念のため)。
 以上、つまらない思い出話ですので、ご放念ください。もともとが、「つまる」話を書いているわけではありませんが……。

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コメント

makoさん、おはようございます。

ご厚情あふれるコメントをいただきました。
ありがとうございました。

それなりに働いていました(というつもりですが)。
過労でうつになったと思っていたのですが、10年ほど不調続き。
60歳になる直前に甲状腺機能低下症であることが判明したのですが、時すでに遅し、でした。

いろいろと思うところはありましたが、現実は受け容れないと前に進みませんので、「散歩業」に励んでいます。

しかし、そのお陰であのまま働いていたら知らなかった世界や、知り合えなかった方々にも出逢えましたから、良しとしています。
「優雅」とは縁がありませんが(微笑)、そう見えるのならそれもまた良しです。

これからもよろしくお願いいたします。

投稿: mamekichi | 2018年9月21日 (金) 08時31分

おユキさん、おはようございます。

ヘンな昔の思い出話にお付き合いくださり、恐縮です。

今や、「効率」とか、「成果」、「何事もお金」という世の中。
大学も、法人化され、お金で締め上げられて「貧すれば鈍する」に陥っているような気がします。

サッサと退場させられてよかったのかも知れません(笑)。

投稿: mamekichi | 2018年9月21日 (金) 08時20分

おはようございます。

mamekichiさんが体調崩されていらっしゃった、
ことを初めてしりました。
毎日お散歩されて趣味に没頭できるお暮し、優雅でいいなぁとも^^v
お辛い選択が過去にあったのですね。
さぞかし無念だったことと僭越ながら^^;

私の病気は原因が判らないので、完治に至る処方はなく、現状維持を保てれば良しということです。
薬との縁は切れませんね^^;
確定は出来ませんが、過剰なストレスによるものだとドクターが。
心臓には毛が生えているので、へこたれない打たれ強いを自負して生きてきました^^v
でも、臓器そのものが悲鳴をあげていたんです^^;
ということを理由に、無意識のうちにカメラや俳句で遊んでいます^^;
傍からみれば呑気なことと^^;

ここに書かせていただいたことで、少し気が楽になりました。
ありがとうございました^^。

投稿: mako | 2018年9月21日 (金) 07時36分

mamekichi先生、こんばんは。

中日新聞の記事は、ザッと読みましたが、(上)があったとは知りませんでした。

責任感の強い方には、今の仕事を放り出せないという気持ち、
そうでない方には、今の場所を離れるリスクの大きさを恐れる気持ちが、利用されているところも、あるように思います。

思いつきのコメントですので、ご放念ください(微笑)。

投稿: おユキ | 2018年9月20日 (木) 21時56分

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