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2018年9月 6日 (木)

長良川河口堰、城南干拓へ……サギソウは3輪開花

 今朝の北海道の地震には驚きました。朝、テレビをつけて、ニュースを見てしばし呆然としていました。全道停電、JR北海道は全線停止とか、千歳空港閉鎖とインフラにこれほど大きな影響が出るとは思ってもみませんでした。さらに、山崩れが広範囲に起きて、亡くなられた方、行方不明の方も多数いらっしゃいます。お見舞い申し上げます。大阪地震に始まり、西日本の豪雨、3つの台風の襲来と災害続きのところへこの地震で、いったいどうなっているのかという気がします。政府には、あの「やってる感満載」ではなく、真剣にきちんとした対応をとってもらいたいと強く願います。

Img_1925c さて、明日から月曜くらいまでは秋雨前線のため、雨模様という予報でしたImg_1846c ので、台風のあとでどうかとは思ったものの、長良川河口堰と城南干拓へ出かけてきました。河口堰は、まだ長良川の水量が多く、ゲートをオーバフローさせて水を流しています。右の写真は、長良川左岸(東側)の上流側の魚道の様子。締め切ってはあったようですが、ゴミが流入していて、水資源機構の職員の方が確認に回っておられました。
Img_4751c こちら側には、コサギやダイサギ、アオサギがいたのですが、職員の方がImg_1849c 出てこられたので、逃げてしまいました。右の写真は魚道より上流側に集まったコサギ12羽とダイサギ3羽。丸く集まって何やら相談でもしているような雰囲気。アオサギ1羽は、西の方へ飛び去っていきました。
Img_4752c ダイサギの飛び姿。魚道にいたのですが、他のサギたちが飛び立つのにつられて、逃げていくところ。
Img_1859c 管理橋の途中で下流側を覗くと、こんな様子。普段ならあり得ない水量でImg_1890c す。川の向こうにわずかに見えるのは、桑名の市街地。いつも散歩に行く九華公園のあたり。右は、管理橋を渡りきった西側、揖斐長良川の中洲の様子。足がなぎ倒され、ペットボトルなどのゴミが散乱しています。
Img_1864c 河口堰西側、揖斐長良川の中洲の切れ目にあるオレンジの柱にはミサゴが止まっていました。よくここにいます。左の写真は、超望遠コンデジ1,365mm+デジタルズームの画像。ちょっと粗いのですが、天気がよかったのでそれなりに写りました。このミサゴさん、身繕いをしていましたが、親水広場を一回りして戻って来たら、いなくなっていました。
Img_4782c 西側の魚道下流には、ダイサギが1羽。獲物を探しているようでしたが、Img_1872c これだけ濁っていて、流れが速いと、漁は無理でしょう。右は、閘門脇の柵にいたダイサギ。ドバトと向き合っているように見えますが、そうではありません。
Img_4813c 親水広場にいたのは、ハクセキレイ4羽とイソシギ1羽。他にはスズメ、ドImg_1895c バト、キジバトのみ。台風から2日目ですから、まぁこんなものでしょう。ミサゴもいたので、良しとしましょう。
Img_4787c 河口堰の西側では、これらの他、ダイサギやアオサギが飛ぶ姿も見られImg_4828c ました。8時40分に着いて、ほぼ1時間、一応満足(微笑)。
Img_1923c 東側まで戻って、魚道のあたりをよく見てみたら、上流側では、ケーブル類を収納しているボックスが破損していました。風が強かったためでしょう。職員の方もチェックして、写真を撮っておられました。
Img_4837c 魚道観察室も、さすがに入れませんでした。「本日は、終了しました」という表示。まぁ、こんな日に河口堰を訪れるような、物好きはほとんどいませんし……(苦笑)。
Img_4873c 河口堰からは、伊勢大橋を渡り、九華公園や赤須賀漁港を脇に見て、城Img_4858c 南地区へ。水田地帯でアマサギがいないか見に行きます。城南干拓神社の回りや、元気村温泉近くでいくつかの集団がエサ探し中でした。集団でいるのは、アマサギ。稲刈りの終わった田んぼや、稲が倒れてしまった水田でエサ探しをしています。クルマで行けばほとんど逃げません。
Img_4846c 単独行動をしているのは、ダイサギ。アマサギたちがいるところからは離れていたり、まったく別の水田にいたりです。
Img_1928c せっかく近くまで来ましたので、城南干拓神社(桑名市立田町)に立ち寄って来ました。御祭神は、天照大御神。相殿神は、天目一箇命(あまのまひとつのみこと)と大山津見命(おおやまつみのみこと)です。干拓の神社になぜ天目一箇命と大山津見命が祀られているのかよく分かりません。
Img_1934c 城南干拓地の鎮守として昭和50(1975)年10月に御鎮座。境内地は、城Img_1945c 南開拓農協の跡地だそうです。 写真でお分かりのように、こぢんまりとした境内地で、お社もご覧のようなもの。
Img_1933c 鳥居の南には、「城南干拓竣工碑」が建っていました。城Img_1941c_2 南の地は、安政4(1857)年の大津波以来、荒地として放置されていましたが、太平洋戦争後の食糧難を克服するため、昭和21(1946)年から干拓事業が行われ、昭和32(1957)年に完成し、70名の方が入植されたといいます。しかし、その2年後、昭和34(1959)年9月に伊勢湾台風に襲われ、大きな犠牲を出すなど苦労なさったのです。この碑は、昭和33年(1958)年10月に建之。碑陰には、「県会議員 岡村茂 城南開拓農業協同組合 城南開拓水利組合」の名前があります。城南干拓については、こちらも。ちなみに、これで城南地区の神社は、すべて訪れました。
Img_4898c 城南干拓神社からは、伊勢湾岸道・湾岸桑名インターチェンジ南のあたImg_1953c りへ。ここは、伊勢湾に面しており、東にはナガシマスパーランド、南西には中部電力川越火力発電所が見えます。干潮時には干潟になります。例によって潮の時刻を確認せずにいってしまいました(苦笑)。四日市港の潮汐表によれば、今日午前は、9時8分が干潮でしたから、潮が満ちてきていたときです。
Img_1947c シギや千鳥の姿はさすがに見えませんでしたが、それでも、ダイサギやImg_1951c アオサギは、あちこちに点在していました。堤防のすぐ下にいたサギたちはさすがに逃げましたが、少し離れたところにもいます。
Img_1955c 東の方には、サギが集まっているところもありました。写真に写っているのはダイサギ5羽ですが、このほか近くにアオサギ1羽もいました。ここからは、町屋川沿いを日の出橋まで。途中、川を覗きましたが、アオサギやダイサギの姿が遠くに見えたくらい。今度こそ、潮の時間を確認してこなくては(笑)。
Dscn0248c ところで、サギソウはもう1輪さいて、花は3つになりました。なかなかよい景色(微笑)。たくさん咲いている方が優雅に見えます。明日以降は雨の様子。明日は、久しぶりに散髪にでも行くとしましょう。それに、桑名市博物館で「山林王の蔵の中」を見てこなくては。諸戸徳成邸で使用された茶道具など、新しく寄贈された諸戸家コレクションの展示会です。諸戸徳成邸は、すでに壊され、マンションが建つ予定です(2018年4月24日、20180414 JRさわやかウォーキング「桑名の山野辺散策とサンジルシ醸造をたずねて」(その1)……幅の異なる3線のレール、諸戸水道貯水池遺構、太夫の大楠)。過去3回、見学会に行きました(2017年4月29日、「諸戸徳成邸」特別公開へ……「見納め」になるということで:2015年5月17日、諸戸徳成邸特別公開:2013年11月30日、諸戸徳成邸特別公開へ行ってきました)。

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