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2018年7月 7日 (土)

20180526JRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」へ、なぜか近鉄で(その5)……松阪もめん手織りセンターから岡寺山継松寺を経て、松阪駅でゴール(完)

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 5月26日のJRさわやかウォーキング「~松阪撫子どんな花?~新緑の松坂城跡から眺める御城番屋敷」、とうとうというか、やっとというか、その5で完結編を迎えられそうです。その4では、旧長谷川邸を見たところまで。スタートから約7㎞。
Img_3889c 魚町通りから本町へ。県道24号線に面して、松阪市産業振興センターがあり、この中に松阪もめん手織りセンターが入っています。松阪もめんは、天然藍の先染め糸を使い、「松坂嶋(まつさかじま)」と呼ばれる縞模様が特徴の松阪地域で生産される綿織物です。江戸時代、松阪もめん(当時は伊勢木綿、もしくは勢州木綿と呼ばれた)が大流行したそうです。このセンターは、松阪もめんを普及させようという目的で作られました。松阪木綿の反物や商品が売られており、また、6台の体験用機織り機があり、機織り体験もできるそうですが、ざっと一通り見ただけ。商品は、こちらのリンク先をご覧ください。
Img_3892c 松阪もめん手織りセンターの東隣、本町交差点の角にあるのが、豪商ポケImg_3900c ットパーク。ちょっとしたイベントなどができるようです。四阿は、かつての三井家に存在した建物の2階部分の屋根をイメージした「寄棟」。四阿の前には「来遠像」が鎮座。来遠は、ライオン。三井家と松阪市の歴史と未来をつなぐ象徴として、三越伊勢丹ホールディングスから市に寄贈されたそうです。三越の前にいるライオンさんです。
Img_3898c この日のさわやかウォーキングのテーマを忘れそうですが、この松阪撫子です。豪商ポケットパークにも飾られていました(微笑)。この豪商ポケットパークは、上述のように、三井家との縁でここにできています。というのも、このすぐ近くに三井家発祥の地があるのです。
Img_3912c 豪商ポケットパークの東は旧伊勢街道。伊勢街道を少し北に行くと、このImg_3905c 三井家発祥の地があります。江戸時代屈指の豪商であった三井家は、松阪本町から、天下に飛躍していきました。豪商三井家の創業の祖は、3代高利(たかとし)(元和8(1622)~元禄7(1694)年)ですが、ここには白粉町(おしろいまち)来迎寺より移した初代高安と2代高俊の墓、高利の長兄らの供養碑などがあります。また、高利の産湯に使ったという伝承のある井戸や、発祥の地の記念碑も建っているそうです(ただし、内部は非公開。こちらの三井広報委員会のサイトをご覧ください)。
Img_3919c 三井家発祥の地から、旧伊勢街道を北へ100mあまりのところに、松阪商Img_3925c 人の館があります。江戸で紙や木綿を手びろく商いしていた豪商・小津清左衛門の邸宅です。小津清左衛門については、パスしてしまった歴史民俗資料館で企画展を開催していました。格子と矢来のある質素な外観ですが、内部はかなり広く、土蔵も2つ残っています。
Img_3930c 左の写真は、内蔵。18世紀初頭の建設で、木造二階建て。現在、内部はImg_3941c 資料室として、小津清左衛門や松阪商人についての資料を公開(内部は撮影禁止)。右は、台所にある竈。主屋は、17世紀末から18世紀初めにかけて建てられ、明治期まで数度にわたって増改築が施されています。見世の間、奥見世の間、勘定場など15の部屋があります。
Img_3944c 旧長谷川邸にも展示されていたのかも知れませんが、ここで千両箱万両箱を発見。どちらもこの状態で、ケースに入れて展示されていましたが、千両箱は時代劇などで見るものとイメージがかなり違っていました。松阪商人の館に着いたのが13時35分、15分ほど見学して次の目的である岡寺山継松寺に向かって、旧伊勢街道を南に向かいます。
Img_3957c こちらが旧伊勢街道。南を向いて歩いています。伊勢街道は、日永の追分(四日市市)で東海道から分岐し、ほぼ伊勢湾沿いに津、松阪と南下し伊勢へと至る街道です。歩きながら、ずっと前の方を見ますと、「和田…」という大きな建物が見えてきました。ひょっとして、これは……。
Img_4022c やはりそうでした。あの和田金です。言わずと知れた松阪肉の名店。「松Img_4017c 阪肉元祖」ということばが店名の前についているくらい。明治の創業以来130年あまり。牛銀本店よりも古い。寿き焼きコースのお値段は、松が16,700円、竹 14,600円、梅は12,200円となっています。ここも縁がありませんが、昔々、家内の友人のご両親から和田金のお肉をいただいたことがありました。
Img_3968c さて、与太話はともかく、この日最後の目的地は、岡寺山継松寺(おかでらさんけいしょうじ)。高野山真言宗のお寺。ご本尊は、如意輪観世音菩薩。通称「岡寺さん」。天平15年(743年)に聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したと伝わっています。東大寺建立の大事業が無事成功することを祈願するために建てられた寺院でした。元来は市内石津町にあったが、江戸時代初期の慶長17(1612年)年、時の松坂藩主古田重治により現在地に移転されました。到着は、14時。
Img_3980c 継松寺は、厄除け、開運の観音さまとして知られていますし、もう一つは、3月の初午大祭で有名です。初午大祭は、3月初めの午の日を中心に前後3日間に渡って行われ、県内の仏教寺院としては最大の規模だそうです。厄年の男女、特に振袖で着飾った19歳の女性で賑い、厄落としと称してハンカチを境内に落としていく習わしがあります。
Img_3977c この日は、「第12回松阪撫子どんな花?祭り」を開催していましたが、継Img_4007c 松寺では、撫子姫大茶会や撫子市が開かれていましたので、けっこうな賑わい。振り袖のお嬢さん方や、侍に扮した男性などもいたりしました。
Img_3986c 本堂には、奉納された絵馬がいくつかありました。いずれもかなり古そImg_3990c う。右の写真の絵馬には、「江戸 岩城屋」と書いてあります。調べてみたら、「岩城屋江戸店」の絵馬でした(こちら)。もとは近江商人で、麹町に江戸店があったようです。寺宝もいろいろとあります。それらはこちら
Img_4009c 岡寺さんで目についたもの。まずは、「千度拝標石」といImg_3970c うのが、山門をくぐってすぐ右手にありました。「お百度石」はあちこちで見ますが、「千度石」は見たことがありませんでした。もう一つはお寺の筋塀(すじべい)。白い水平線が入った土塀で、御所や門跡寺院などに用います。格式により数が増え、5本が最高ですので、岡寺山継松寺は格式の高いお寺ということ。継松寺も一度は来たかったところで、念願が叶いました。今度は、初午大祭の時にでもと思うのですが、大賑わいらしいのでちょっと迷います。
Img_3965c 伊勢街道から岡寺山継松寺への道は、「観音小路(かんのんしょうじ)」と014 呼ばれます。ここで、文政2(1819)年創業という店がありました。伊賀屋。「さわ餅」が名物。さわ餅は、松阪・伊勢志摩で身近なお餅。四角に切ったのし餅に餡を挟んだシンプルなお餅で、白とよもぎの2種類があります。いやぁ、買ってくればよかった。
Img_4023c 観音小路から旧伊勢街道へ出て300mほど。鯛屋という旅館がありましImg_4024c た。由緒がありそうでしたので、写真を撮ってきて、調べたら創業220年とか。ネットで調べると、リーズナブルなお値段でも泊まれるようですし、女将などのおもてなしもいい感じだそうです。泊まってみたいものです。鯛屋旅館の先の日野町交差点を左折(東へ)すると、スタート&ゴールのJR松阪駅までは400m足らず。
Img_4028c 途中でお寺を見つけましたので、ちょっとだけ寄り道。浄土真宗高田派の龍渓山願證寺。近江国日野から移築したと伝わるそうです(こちら)。本堂裏の墓所には小泉家歴代の墓があり、その一角に宣長の歌碑があるのですが、これは後から調べて分かったこと(苦笑)。予習をしないと、こんなことばかりです。
Img_4035c JR松阪駅到着は、14時20分。スタートから4時間5分、歩いたのは9.4㎞。Img_4039c この日は蒸し暑くて大変でした。14時54分の、これまた近鉄急行名古屋行きに乗車して帰宅。桑名駅着は、16時2分。今までのJRさわやかウォーキング、近鉄ハイキングの中でもっとも疲れた気がします。
Img_7732c  JRさわやかウォーキングのスタンプは、5個目をゲット。近鉄ハイキングに比べスローペースです。近鉄ハイキングは桑名やその近くでもかなり頻繁に開催されるのに対して、JRさわやかウォーキングJR東海のエリアで広く開催されますので、遠方には行っていないからです。
 5月26日に出かけ、記事が完成するのに1ヶ月と10日ほどもかかってしまいました。もう愛想を尽かされたかも知れません(苦笑)。見落としたところや、行かなかったところもありますので、城下町・松阪、もう一度出かけたいと思っています。
 ところで、JRさわやかウォーキングは、7、8月はお休みだそうです(こちら)。さすがに〈さわやか〉とは行かないからでしょうねぇ(微笑)。それに、開始以来参加者が500万人に達したということです。

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