« 九華公園でウグイスの初鳴き | トップページ | 今シーズン4回目の町屋川遠征……帰りにNTNシティホールの薄墨桜の開花を確認 »

2018年3月14日 (水)

林性寺の涅槃図を拝み、稲荷大師堂も拝観

Img_8169c

 20℃を超え、さらに暖かい日でした。午前中は、いつものように住吉神社、Img_8176c 九華公園、NTNシティホール、寺町と散歩に行き、午後からは久しぶりに家内の実家へ出かけてきました。実家の庭では、もうアリたちが活動していてビックリ。カメムシを巣に運び込もうとしていました。
Img_8243c 久しぶりに家内の実家に行ったのは、左の写真にありますように、涅槃図Img_8239c のご開帳があったのでそれを拝観しに行ったのです。2年前から3年連続です。去年の記事は、「林性寺の涅槃図を再び見に行く(2017.03.14)」です。 大龍山林性寺は、かつてこの地を治めていた榊原氏の菩提寺として、天正16(1588)年に開基されました。天台真盛宗のお寺です。このお寺には日本に3しかないといわれる室町時代の画僧兆殿司による涅槃図があります。開帳期間は毎年3月14~16日です。以下、2つのパラグラフは、昨年の記事(林性寺の涅槃図を再び見に行く)とほぼ同じです。
Dscn5988_800x600 左が涅槃図の全体像です。この涅槃図は、室町時代のもの。津市指定文Dscn5970_800x600 化財で、絹本着色の掛軸になっています。画面巾は、2.50m、立2.59m、総軸巾2.82m、立3.79mという立派なもの。涅槃像は、お釈迦様入滅の様子を描いた絵で、そのお慈悲を受けて救われた生き物(人類だけでなく、鳥・獣・魚な ど全て)が、ご臨終に会おうと駆けつけ、悲しむ姿が描かれてい ます。 しかし、唯一、猫だけは仏縁がなく、間に合わなかったために、描かれていないのが通例だそうです。しかし、林性寺の涅槃図には、日本に3幅だけ猫が描かれている珍しい涅槃図の一つがあります。
Dscn5969_800x600 猫は、この左の写真の中央に、青色と白色とで描かれています。猫が描かれているのは、お釈迦様の頭の下あたりです。一昨年の記事(2016/3/15:林性寺へ涅槃図を見に行く【涅槃図の写真(猫も写っています)へのリンクを追加(3/17)】)もご参照ください。
Img_8187c 今日は家内の母親の名代として(というと大げさですが)、お参りしてきまDscn6372c した。お参りに当たっては、左の写真にあるように、「涅槃像供養米」を納め、そのかわりに右の写真のようなお守りと、甘酒をいただいてきました。
Img_8193c この林性寺には、本堂に向かって左手(西側)に稲荷大師堂という建物があります。過去2回(その他にも、散歩の時に訪ねたときも含め)、この稲荷大師堂が開いていたことはなかったのですが、今日は、自由にお参りできるようになっていました。
Img_8201c 「稲荷大師堂」というのはちょっと不思議な名前だと思っていたのですが、中を拝観して納得。中央には、お稲荷さんが祀られていますが、その左右には、弘法大師様と、鯖大師様が鎮座していらっしゃったのです。
Img_8209c この稲荷大師堂は、古くから「釈迦堂」と称して、あったようですが、永年の風雪に耐えかねて老朽甚だしく、崩壊寸前に至ったところを大修理を施し、お稲荷さん、鯖大師様、弘法大師様を祀って「稲荷大師堂」と改めたとあります。昭和61(1986)年3月のことです。
Img_8202c 中央には確かにお稲荷様が祀られています。神棚というか、お社というか、中央には「正一位稲荷大明神」と書かれたものがあります。階段の両側には、狐。ご存じの通り、狐はお稲荷さんの眷属。向かって右端には、大黒様と思われる方もいらっしゃいます。向かって左は、侍のように見えます(詳細は不明)。
Img_8211c お稲荷様に向かって左には弘法大師のお像。台座には「第二十一番 施主宮田伴次」とある他、神主さんが履く「浅沓(あさぐつ)」と思われる絵と、水差しか銚釐 (ちろり)か何かのような絵も描かれています。
Img_8219c 向かって右側にあるのが、この鯖大師様。古い街道筋の要所である坂Img_8216c
や峠に僧がサバを手にもつ像を祭って「鯖大師」と呼び、弘法大師が旅僧の姿でサバ1匹を請うたのに、商人または馬子が荷物のサバを与えなかったために罰せられたという伝説があります。とくに徳島の伝説としているサイトもあります(こちら)。林性寺の鯖大師については、右の写真のように説明がありました。以下に引用します:
 魚をもつ「鯖大師」像には、以下のような説明が書かれていました。
右手に魚 左手に数珠を持つ石仏「鯖大師」-
右は昭和五十五年四月 当山無縁塚の中から三重県文化財審議委員の平松令三龍谷大学教授によって発見された。
東海地方で発見されたのは初めてであることのことである。平安時代から鎌倉、室町時代に建てられたものと推定されている。旅の安全、無病息災霊験あらたかである。
鯖大師発見に当たっては榊原郵便局長増田晋作氏の多大のご助力を賜ったを付記する
昭和六十一年三月吉祥日

Img_8221c 台石には、この歌が刻まれていたそうです。「大坂や八坂さの斗 鯖 ひとつ 大師にくれで馬のはら病逢ひて 馬のはら止」であります。この意味は、次のところに載っているものではないかと勝手にお借りしています(こちらも参照)。

塩鯖を馬の背に乗せて八坂峠を越えようとした行商人に、身なりのよくない僧侶が「その鯖を一つくれ」と言ったが、行商人は「ダメだ」と断って行き過ぎようとしたところ、僧侶は『大坂や八坂さかなか鯖ひとつ 大師にくれで馬の腹やむ』というと、突然馬が腹痛を起こし動けなくなったのです。困った行商人はその僧侶に「何か言いましたね、鯖を上げますから治してもらえませんか」と鯖を渡しました。僧侶は『くれで』を『くれて』に直し、『腹病む』を『腹止む』と読み替えました。すると動けなくなっていた馬が元に戻り、元気に歩き出したという。

 この稲荷大師堂、家内も家内の母親もその存在は知ってはいたものの、中に何が祀られているかは知らず、拝観したこともなかったそうです。今日は、出かけていったお陰で珍しい、とても興味深いものを見られました。

| |

« 九華公園でウグイスの初鳴き | トップページ | 今シーズン4回目の町屋川遠征……帰りにNTNシティホールの薄墨桜の開花を確認 »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

寺院」カテゴリの記事

歴史散歩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 九華公園でウグイスの初鳴き | トップページ | 今シーズン4回目の町屋川遠征……帰りにNTNシティホールの薄墨桜の開花を確認 »