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2018年3月22日 (木)

近鉄ハイキング「伊勢型紙とおひなさま 旧参宮街道とおひなさまめぐり」へ(その4)……芙蓉館から江島若宮八幡神社へ(まだ続きます)

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 その3でやっと5㎞半のところまでたどり着きました。地図では、寿善寺や江Img_4527c 島神社社標と書き入れたところです。右の写真が、「江島神社」と刻まれた社名の標柱(大正15(1926)年10月に建てたとあります)。実際には、この標柱のところを右折して、次の目的地である「芙蓉館・勢松丸(せいしょうまる)資料館」に向かわねばなりません。コースマップをよくよく見れば、わかるのですが、パッと見た限り曲がった先にもそれらしいところは見えず。
Img_4532c 他の参加者の方もウロウロ。やむなく近くのガソリンスタンImg_4540c ドで尋ね、解決。やはり、標柱を右折し、少し行ったところにある駐車場の奥にありました。江戸時代に廻船業をしていた旧松野家の土蔵(寛政10(1798)年の建物)を改装したミニ美術館です。電灯や梁などは当時のまま使っているそうです。江戸から明治・大正時代の陶磁器、ガラス器、浮世絵、漆器、雛飾りのほか、当時の持ち船の一つである「勢松丸」船額、おしろい製造販売の看板「芙蓉館」などを展示していました。ここ、87歳のおばあちゃんがやっておられ、その元気に煽られ、建物の写真を撮り忘れ(苦笑)。
Img_4534c この写真にある雛人形、文化10(1813)年と書かれていました。展示品は季Img_4542c 節に応じて、2ヶ月毎に入れ替えているそうですが、訪れたときはひな人形がたくさん飾られていました。右の写真で、中央にあるお雛様には、「享保雛」という説明がありました。享保というと、1716~1736年です。すごい! ちなみに、ここでは、沖縄の薬草茶、純黒糖や牛窓の化粧品、バージンオイルも売られています。
Img_4557c  さてもう一度旧・伊勢街道に戻り、江島本町の交差点を右折(東へ)し、江島若宮八幡神社へ向かいます。交差点を渡って、北側の歩道を歩いていたら、道を挟んだお宅に何か看板と石柱があるのが見えました。見逃してはなりません(苦笑)。クルマが来ないのを確認して、道を横断し見てきました。
Img_4560c 「元愛宕神社参詣道標」でした。「愛宕大権現 富士浅間社 参詣道 安Img_4562c 政三年(1856年)」と刻まれています。説明によれば、この道標は北の端の地蔵堂境内南西のコンクリート橋から北江島町の愛宕山(神社)に向かって近鉄線路を斜めに横断してあった幅約2mの道の中間(北江島町1-5付近)に建っていたもの」だそうです。「北の端」がどこの北の端なのかなど、よそ者には要領を得ない説明です。北江島町1-5は、近鉄名古屋線白子駅から名古屋駅方向に1.2kmほど行ったあたり。ここに昭和17(1942)年、三菱航空機製作所の住宅を建てるため道がなくなるので、撤去を告げられた当時の宮司が、自宅の庭に持ち帰って建てておいたものだそうです。
 第二次世界大戦当時の鈴鹿市は、軍の施設が集中しており、旭が丘や玉垣(当時は河芸郡白子町玉垣)あたりには、鈴鹿海軍航空隊がありました。戦後、この施設は、わかもと製薬、電電公社(当時)の電通学園、そしてその後は、鈴鹿医療科学大学のキャンパスとして利用されています(こちらを参照)。鈴鹿海軍航空隊は昭和13(1938)年に置かれ、第一、二鈴鹿海軍航空基地と航空機を供給する第二海軍航空廠鈴鹿支廠、また、三菱重工業三重工場ができました。
Img_4566c 余談が過ぎました(苦笑)。講釈や屁理屈が好きですので、ご勘弁ください m(_ _)m いよいよ江島若宮八幡神社に到着。もう11時50分を過ぎており、6km近く歩いてきました。主祭神は、大鷦鷯命(オオササキノミコト;仁徳天皇)、品陀和気命(ホンダワケノミコト、応神天皇)、息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト;神功皇后)です。平安時代初期、禁中(内裏)に奉祀せられていた若宮八幡宮(京都石清水八幡宮の御分霊)を第60代・醍醐天皇(在位 897~930年)が、神意に問いて伊勢神宮の戌亥(いぬい、北西)の方であるここに奉遷せられたということです。相殿神は、以下の通り、14柱おられます。明治42(1909)年5月に近隣の大宝天社、湊守社、稲荷社、風の宮、愛宕社を合祀したためと思われます。本能寺の変の時には,、この神社の前の浜から徳川家康が知多に脱出したといわれています。
  • 建速須佐之男命 (タケハヤスサノオノミコト、素戔男尊)
  • 大己貴命 (オオナムチノミコト;大国主命)
  • 稲田姫命 (クシナダヒメ;八岐大蛇(やまたのおろち)の生け贄となるところを、素戔男尊(スサノオノミコト)によって助けられ、その妻となった)
  • 軻遇突智命 (カグツチノミコト;火の神。イザナギとイザナミとの間に生まれた神。出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死んでしまい、その後、怒ったイザナギに殺された)
  • 豊受姫命 (トヨウケビメノミコト;食物の神。皇大神宮の御饌都(みけつ)神として豊受大神宮(外宮)に祀られている)
  • 多紀理比売命 (タキリビメンミオト;天照大神と素戔嗚尊の誓約により誕生した「宗像三女神」の一柱)
  • 市寸島比売命 (イチキシマヒメノミコト;同じく、「宗像三女神」の一柱)
  • 多岐都比売命 (タギツヒメノミコト;同じく、「宗像三女神」の一柱。
  • 大山祇命 (オオヤマツカミ;山をつかさどる神)
  • 猿田彦命 (サルタヒコノミコト;天孫降臨の際、天上天下を照らしていた神)
  • 級長津彦命 (シナツヒコノミコト;風の神。記紀には男女神として記されていないためか、「級長津彦神、級長津姫神」や「級長津彦命、級長戸辺命」と、男女の神として祀られることが多いという)
  • 級長津姫命
  • 菅原大神 (菅原道真、天神様)
  • 人丸大神(柿本人麻呂、人麻呂を祭神とする柿本神社がある)
 独り言。いやぁ、これだけ調べるのは手間がかかりましたし、まだ十分理解し切れていません(苦笑)。
Img_4571c 江島若宮八幡神社は、地元では、特に海上安全と安産の神様として信Img_4582c 仰されているそうです。江戸時代、白子は湊町で廻船業が発展しており、そのため、海上の安全、商売繁盛、家内安全塔を祈願した絵馬が多数奉納され、その図柄も、馬、恵比須大黒、七福神、廻船、武者図など多岐にわたっています。現在保存されている絵馬は120面あまり。昭和50(1975)年3月のそのうち71面が「江島若宮八幡神社絵馬群」として県の文化財に指定されました。承応元(162)年頃からの絵馬があり、もっとも多いのは、江戸時代初期の寛文年間(1661~1673)年のものだそうです。絵馬は、白子のまちかど博物館として、宝物殿に保管されていて、その拝観は予約制。残念ながら実物は拝観できませんでした。こちらのサイトには説明があります。
Img_4609c 境内はとても広く、鈴鹿市内では椿大神社に続いて、2番目の広さだそうImg_4645c です。右の写真でその広さがご想像いただけると思います。松の木もたくさんあります。拝殿には、絵馬の写真、鏝絵のレプリカ、大黒様などいろいろありましたが、今回は割愛。
Img_4611c 上述のようにいくつかの神社を合祀していますが、境内社としてあったのImg_4630c は、稲荷社のみ。この稲荷社、なかなか面白い。左の鳥居は、拝殿の脇にあるもの。これはごく普通。ところが、右の写真をご覧ください。赤い鳥居ですが、石造なのでした。これは初めて。
Img_4616c さらに、拝殿も石造ですし、賽銭箱までもが石で作られていました。これImg_4614c はなかなかありません(微笑)。嬉しくなって、お賽銭をはずんでお参りしてきました。
Img_4618c もう一つ。左上の写真にも写っていますが、拝殿の脇に控えている狐さImg_4617c んが、かわいくて、絶品。お稲荷さん、あちこちで見ていますが、こういうカワイイ狐さんは初めて。こちらも思わず微笑んでしまいますが、何かよいことがあったのかと思いたくなりますし、それをお裾分けしてくれているようにも見えます。
Img_4625c 稲荷社の南には、針供養碑があります。碑陰には、「昭和五拾七年建Img_4628c 立 宮司前川栄次」とあり、33名の女性のお名前と2団体の名称、さらに蘇鉄を奉納なさった方の名前も刻まれています。
Img_4637c 江島若宮八幡神社の南、海産物問屋・伊勢昆布 の白子店があります。Img_4638c その脇に、一対の常夜灯。「若者中」と読めますが、最初の文字はちょっとアヤシい。
Img_4649c その南にはさらに大きい常夜燈があります。この常夜燈Img_4652c は、文政3(1820)年初秋、白子から江戸に出帆する廻船問屋の船、また江戸から白子に来る船の航海安全を祈願して、江戸にあった大伝馬町組と白子組の船荷取扱い関係者(江戸橋)が寄進したものです。その頃、この常夜燈の東南は、港の入江の「小浜」と呼ぶ波打ち際で、灯台の役目を果たしていたといいます。
 というところで、まだ残りがありますが、神様調べで力尽きました(苦笑)。今回は、その5まで行って、そこで完了の予定です。次は、白子港や、白子小学校にあった表忠碑他の話から。

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コメント

こころんさん、こんばんは。

久留真神社は私も知りませんでしたが、由緒ある神社でした。
江島若宮八幡神社は、広くて立派でした。
本当であれば、奉納された絵馬を見てくるとよかったのですが、拝観は予約制でした。

江島若宮八幡神社、実にたくさんの神様が同居していらっしゃり、理解が追いつきません(苦笑)。
明治時代に合祀されたためと思います。

こころんさんがいらした都波岐奈加等神社も行ってみたいところです。

大徳屋長久さんのかりんとう饅頭は絶品でした(というよりも、自分の好みに合ったということでしょうが)。
ここのお店でしたら、小原木もお試しになるとよろしいかと思います。

投稿: mamekichi | 2018年3月23日 (金) 21時13分

こんばんは
初めて聞く神社ですが、
久留真神社は歴史があるんですね。
こちらの八幡神社も広くて立派ですね。
神様が多くて御利益が多そうですけど
神様同士、親子の関係や夫婦、兄弟姉妹など理解しようとすると
頭の中がゴチャゴチャしてきます(笑)
昨年の暮れに行った鈴鹿の都波岐奈加等神社を思い出しました。
こんな感じで社が白い社だったので。
シャトレーゼのかりんとう饅頭は食べたことがあります^^;
そういえば、多度大社にもこんな感じの饅頭があります。
一度買ってみようと思いながらも忘れて帰ってきてしまって…
今度行ったら買ってみようとお写真で思い出しました(^^)

投稿: こころん | 2018年3月23日 (金) 18時35分

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