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2018年2月10日 (土)

法事のついでに「應仁寺(おうにんじ)と三河の蓮如上人展」へ

Dscn5992c

 親戚の法事のため、実家方面へ行ってきました。法事は、こちら、解脱山光輪寺(浄土真宗大谷派)にて執り行われました。わが家もこの光輪寺様でお世話になっています。昔はまったく知りませんでしたが、かなり古いお寺で、いろいろと由緒があります。観光協会のサイトにある説明を引用すると、次のようです:
  • 天台宗の霊場で棚尾総道場であった
  • 応仁2(1468)年、蓮如上人が巡行されたとき、浄土真宗に帰し、六字名号を賜り真宗総道場になった
  • 寛文年間(1661~1673年)、休無が道場再興
  • 元禄15(1702)年、解脱山光輪寺と称す
  • 文政9(1826)年、本堂再建
  • 大正11(1922)年、永井賓水の師・高浜虚子が棚尾に来て当寺で句会を開いた
 ちなみに、永井賓水(明治13(1880)~昭和34(1959)年)は、リンク先の説明によれば、当時の碧海郡大浜町(現在の碧南市)出身で、大浜三鱗支配人。大正2(1913)年高浜虚子に入門とあります。こちらには永井のもっと詳しい人となりがありました。大浜三鱗は、練炭会社です。小生が子どもの頃はまだ存在していた記憶があります。「ちびまる子ちゃん」を提供しているミツウロコとは関係がないと思います。
 また、寛文年間に再興された経緯について、「トボトボ歩く碧南」の「光輪寺」の項には、つぎのようにあります。この安藤氏が、休無ということでしょうか。
  • 吉浜(高浜市)の安藤氏が出家、道場を再興し開基となる。
Dscn5994c こちらが、光輪寺の本堂。上記のように、文政9(1826)年に再建されたものDscn5998c で、大変立派な本堂です。今日の法事ももちろん、ここで。お昼は、向かって左にある信徒会館でいただいてきました。本堂に向かって右手には、右の写真のように、「本堂会館修築記念」碑が建っています(平成4(1992)年4月)。本堂の旧・鬼瓦でしょうか。また、平成4(1992)年に修築されたことが分かります。
Dscn5996c ここには、市の文化財に指定された「木造 阿弥陀如来立像」があります。観光協会のサイトには、「快慶作」とありましたが、この教育委員会の説明板では、「鎌倉時代の快慶による作風を踏まえた安阿弥様」とされています。
Dscn5992c_2 その他、冒頭の写真ではクルマの陰になってしまっていますが、山門に向Coringe003 かって右手には、石造りの通用門があります。開口部は高さ1mあまりですから、体を縮めないとくぐれません。また、山門に続く石垣には、レリーフがはめられていたりします。なかなか興味深いところです。左は今日撮影してきたもの、右は、「トボトボ歩く碧南」の「光輪寺」の項からお借りしたもの。
Dscn6019c さて、法事も無事に終わりましたので、安心して、こちらに立ち寄って来ました。碧南市藤井達吉現代美術館です。藤井達吉(明治14(1881)~昭和39(1964)は、近代工芸の革新を志した工芸家、図案家。碧海郡棚尾村(現・碧南市源氏町)出身。戦後は愛知県小原村(現・豊田市)で和紙工芸を振興した人です。この美術館は、(平成20(2008)年に、藤井達吉の業績を記念して開館しています。
Rennyo 見てきたのは、この「應仁寺(おうにんじ)と三河の蓮如上人展」です。松光山應仁寺は、碧南市油渕町にあります。蓮如上人(応永22(1415)年~明応8(1499)年)がこの地方で布教の拠点とした寺で、蓮如上人を西端に迎えた応仁2(1468)年を創建とし、その年号を名としました。地元では、蓮如上人ゆかりの寺として知られています。上人が去った後は、村方の有髪の僧によて無壇無住を原則にして現在に受け継がれてきています。 小生は、子どもの頃に一度、オヤジと行ったような、あやふやな記憶があるくらいです。
 蓮如上人は、多くの「御文」(御文章)を作り、真宗教義を簡潔にして民衆に広め、本願寺中興の祖といわれます。本願寺八世。七世存如上人の長男。
 蓮如上人は、上記のように、応仁2(1468)年に三河に巡化(じゅんけ)したとされ、それにより、開創・転宗したと伝える寺院が、西三河にはたくさんあるそうです。この記事ではじめの方に書きましたが、光輪寺も、このとき、天台宗から浄土真宗に帰しています。展覧会の会場の最初のところには、蓮如上人が、西端道場(後の應仁寺)に授与された法宝物が展示されていました。
  • 蓮如上人寿像(じゅぞう)(延徳3(1491)年) 應仁寺蔵 市指定文化財
  • 方便法身尊像(ほうべんほっしんそんぞう)(長享3(1489)年) 本願寺文化興隆財団蔵
  • 六字名号(ろくじみょうごう)(応仁2(1468)年) 應仁寺蔵 市指定文化財
 「寿像」は、存命中につくっておく肖像彫刻・肖像画です。また、「方便法身尊像」は、中世後期の浄土真宗が生み出した独自の尊像で、蓮華座上に直立し、48条の光明が覆う阿弥陀如来を正面向きに描いたもののこと。
 「六字名号」は、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の六文字をいいます。「南無」は、「礼する」という意味で、「阿弥陀仏」(浄土系の宗派の本尊)への帰依(きえ)を表します。この六字名号を唱えると、浄土に往生できるとされ、真宗では六字名号が本尊とされることが多いようです。ちなみに、九字名号「南無不可思議光如来(なむふかしぎこうにょらい)」、十字名号「帰命尽十方無礙光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」もあります。
 展覧会は、次のように3部構成となっています。
  1. 應仁寺と蓮如上人~應仁寺の歴史とゆかりの法宝物~
  2. 蓮如上人と如光(にょこう)~蓮如上人の三河巡化とその後の展開~
  3. 「蓮如さん」~語り継がれる蓮如上人伝承~
 ところで、明日はまたもや近鉄ハイキングに出かけようと計画中。天候回復を願っているところです。

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