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2017年12月19日 (火)

雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース(その3、完)

171217sawayakaminamiyokkaitic1 余談や、屁理屈、講釈が多くて、「雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース」の話、なかなか進みません m(_ _)m。昨日の「その2」は、左の地図では、緑の丸をつけた、四郷あたりの狭い範囲で終わっています(苦笑)。まだ、四郷の話が済んでいません。

Img_7839c 無漏山法蔵寺から300mほど東、四郷小学校の南に四郷(よごう)郷土資料Img_7838c 館があります。郷土の先人で県下有数の経済人であった第10世伊藤傳七翁(元貴族院議員、元東洋紡績社長)が郷土への恩返しにと、大正10(1921)年、当時のお金で6万円という大金を寄付し、三重郡四郷村役場として建てられたものです。昭和57(1982)年に市の有形文化財の指定を受け、昭和58(1983)年11月、四郷郷土資料館として再スタートしています。四郷地区の歴史民俗資料が展示されています(一般公開は、毎週土曜日)。ハイカラな建物でした。木造2階建てで、一部塔屋は3階建て(見られるのは、1階の展示室のみ)。正面には車寄せ、中央には玄関広場になっています。
Img_7841c 展示内容は、製茶、醸造、農業、製糸、文化・歴史など、部屋ごとに分けてImg_7842c あります。いずれも、四郷地区で盛んだった産業です。室内も撮影可ということでした。神楽酒造に行ったばかりでしたので、醸造の部屋の酒に関する展示が気になりました。薦被りや、徳利など多数展示されていました。
Img_7857c 玄関広場には、昨日の記事で触れた法蔵寺の鬼瓦の他に、佐々木弘綱Img_7860c 歌碑が立っていました。佐々木弘綱は、幕末~明治時代の国文学者で、佐佐木信綱の父です。歌は、「うこきなく よにさかゆへき このやとの しるしにたつる かたしはそこれ」。意味は、「揺るぎない 伊藤家の繁栄を信じ その証として この碑を建てます」とありました。明治初期の作と推定されています。ちなみに、佐佐木信綱は、歌人にして、歌学者、万葉学者。鈴鹿市石薬師に佐佐木信綱記念館があります。信綱は、年配の方ですと、唱歌「夏は来ぬ」の作詞者としてご存じかと思います。
Img_7882c 四郷郷土資料館を出て、天白川沿いの道を西日野方面に進みます。ここら辺で7㎞ほど歩いたことになります。このあたりは、その昔、近鉄八王子線が走っていたところ。左は、現在の四日市あすなろう鉄道西日野駅。内部線の日永駅から一駅。正式名称は、今でも八王子線ですが、西日野線と呼ばれることが多いようです。あすなろう鉄道、まだ乗ったことがありません。小生、「鉄ちゃん」ではありませんが、鉄道は嫌いではありません。一度は乗りに来ようと思います。
Img_7883c 西日野駅の東で天白川を渡りますが、そこで、またもやバードウォッチンImg_7892c グのチャンスに恵まれました。コサギ(左の写真)と、コガモ(右の写真)。コサギは5羽ほどいましたし、コガモは10羽以上。コガモは川で逆立ちして、餌を探しています。さらに、一瞬のことで対応できなかったのですが、カワセミも飛んでいきました。
Img_7921c 四日市南高校前の笹川通りを東へ。途中から、日永西3丁目の住宅街をImg_7942c 抜け、四日市あすなろう鉄道内部線の南日永駅近くの日永神社が、次の目的地です。ここでほぼ9㎞。ゴール近し(微笑)。日永神社は、元は、南神明社と称し、明治40(1907)年、現社名になったといいます。創祀は、建仁年間(1201~1204)といわれるのですが、織田信長による兵火で古記録や神宝類が焼失したため沿革は不明だそうです。
Img_7943c  御祭神は、天照大御神、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)、栲幡千々姫神(たくはたちぢひめのみこと)。天手力男命は、日本神話で、天照大神の隠れた天の岩屋の戸を手で開けた大力の神。栲幡千々姫神は、織物の神として信仰される他、安産、子宝等の神徳をもつとされるそうです。神様の名前、関係は興味はあるのですが、ややこしく、なかなかアタマに入りません(苦笑)。
Img_7924c ここ日永神社には、日永の追分にあった道標Img_7929c が拝殿隣に移されています。この道標は、明暦2(1656)年に、川原町の仏性院の開基・専心という僧が建てたもので、現存する東海道の道標としてはもっとも古いものだといいます。道標には、正面に「大神宮 いせおいわけ」、右側面に「京」、左側面に「山田」、裏面に「明暦二丙申三月吉日 南無阿弥陀仏 専心」とあります(説明板による)。なお、仏性院は、ネットで調べると現在も四日市市川原町にあります。
Img_7933c
 日永神社にも、皇大神宮遙拝所があります。「皇大神宮」は、もちろん、伊勢の神宮の2つの正宮のうちの1つである「内宮」のことです。「遙拝」は、遠く離れた所から神仏などをはるかにおがむことですから、この方角に伊勢の内宮がある訳です。この皇大神宮遙拝所の石碑は新しいのですが、昭和57(1982)年に建てられています(おそらく建て替えたのだろうと思います)。ちなみに、日永神社の前の道は、旧・東海道です。
Img_7945c 日永神社のすぐ南に長命山薬師堂という、お堂がありまImg_7947c す。ここは、コースマップには載っていなかったのですが、立ち寄って来ました。市指定文化財である薬師如来座像が納められています。鎌倉時代中期の作とされ、元は伊勢安国寺の旧像。天正年間(1573~1592)、安国寺炎上の時、日永村の実蓮寺に運び出され、その境内の小堂で内仏として信仰されていたものが、文化13(1816)年、ここに移されたといいます(説明板による)。
 なお、実蓮寺は、日永小学校の東(日永カヨーの裏手)に現在もあります。滝川一益が菩提寺とし、一益の母親の墓もあるそうですから、見たかったのですが、今回はパスしました。
Img_7949c 上にも書きましたが、ここは旧・東海道。左は、日永神社と長命山薬師Img_7953c 堂。右の写真は、日永神社の前から南の方を見たもの(旧・東海道です)。
Img_7955c 長命山薬師堂の南となりが、日永小学校。その敷地内に、日永出身の実業家・稲垣末吉翁頌徳碑が建っています。稲垣末吉は、このシリーズの「その1」 で触れましたが、日永の追分まで自費で配管を敷設して、水を旅人達に供した方です。稲垣は、明治時代、東京で製錨工場を創設、後に製鋼工場となり、巨万の富を築きました。地元に戻り、地域社会のために、社会福祉、自社建立、学校建設にも尽力し、さまざまな寄付をするなど貢献された方です(ホントに歩く東海道 四日市~石薬師による)。
Img_7961c 稲垣末吉翁頌徳碑の隣には、この「表忠碑」がありました。「表忠碑」といImg_7958c うのは、小生は初めて見るものでした。調べてみますと、「戦没者の遺徳をたたえ、永遠に顕彰する」という意義のあるものでした(こちらに三重県遺族会が作成した、県内のリストがあります)。この日永小学校にある表忠碑は、明治42(1909)年8月に、日永村在郷軍人の方々が発起人となって建立されています。揮毫者は、元帥公爵の大山巌
Img_7964c さらにまた寄り道(道草?)。日永小学校から200mも行かないところに、Img_7967c_2 雲祥山西唱寺(真宗高田派)があります。ここは、もとは、永禄2(1559)年、玄聖が開いた安立院という浄土宗のお寺だったといいます。江戸時代初期に、専修寺第14世尭秀上人に帰依して浄土真宗となりました。寛文元(1661)年には、寺号を西唱寺と改めています。その後、昭和20(1945)年6月18日の四日市空襲によって本堂や庫裏、太子堂などが焼失しましたが、戦後、順次、庫裏、梵鐘、本堂、書院が再建され、現在に至ったそうです(説明板による)。
Img_7969c 境内に水道記念碑が立っています(と書きつつ、見てくるのを失念。失態でした……苦笑)。安政6(1859)年、近隣の有志で登城山(白鬚神社の北)から竹管で水道を引いたといいます。現在、その水源は公園になり、碑はそこから移されたそうです(ホントに歩く東海道 四日市~石薬師による)。
Img_7973c 西唱寺から南へ100mも行かないところ、東海道の西側に「日永一里塚Img_7976c 跡」の石碑が建っています。県指定史跡(昭和13年4月指定)です。四日市市内には4ヶ所の一里塚がありました(富田、三ツ谷(海蔵川の北詰)、日永、釆女(杖衝坂を登りつめたあたり))。日永の一里塚は、江戸からちょうど百里だそうです。塚自体はすでになく、家屋と倉庫の境界のわずかな空き地に細い標柱が立っているのみです。コースマップにもありませんでしたので、ウォーキング参加者もほとんど気づかず通り過ぎていました。「東海道分間延絵図(とうかいどうぶんげんのべえず)」(文化3(1806)年)によれば、西側の塚に松の木3本、エノキ1本、東側の塚にエノキ1本が描かれているといいます。
Img_7977c ここまで来ますと、残り1㎞あまり。コースマップには、日永神社以降、立ち寄りスポットは書かれていません。しかし、小生には、もう一カ所、是非とも寄り道をしたいところがありました。左の写真の奥の方に、小さく松の木が写っていますが、それです。ここも、コースから外れています(苦笑)。
Img_7985c 近くまで行くと、立派な松の木が一本、旧・東海道の東側に立っていますImg_7981c (この写真は、いったん通り過ぎて、南から撮っています)。「東海道名残の一本松」です。かつて、ここ日永の集落と、泊村の集落との間は、家は一軒もなく、松並木の縄手道だったそうです。今では、この一本松だけが今に残り、往時を偲ぶよすがになっています。そのため「東海道名残の一本松」と呼ばれているのです。たくさんあった松は、戦時中、松根油を採ったためほとんどなくなったといいます。
 以上で、寄り道も含め、JRさわやかウォーキング「醸造文化(味噌・醤油・酒)が残る四日市を丸ごと体験ウォーク」もほぼ終了。あとはゴールを目指すだけ。日永五丁目の信号で国道1号線を渡り、四日市工業高校の南を通って、ゴール(南四日市駅)であります。
Img_7999c ゴールで、前回ゲットした「参加カード」に捺印をしてもらい、めでたく完歩Img_8002c であります。桑名を8時14分発の亀山行き普通に乗車。南四日市に8時36分着(¥320)。8時40分スタート、ゴールは12時10分でした。パンフレットでは、約10.9㎞、約2時間50分となっていましたが、3時間半かかり、距離測定ツールで調べると、11.5㎞を歩いてきました。
Img_8005c 帰りに改札を入ったら、こんな踏破記念のパネルも飾ってもらってありまImg_8020c した。南四日市駅は、たぶん普段は、無人駅。帰りの切符は、車掌さんたちが出て、車内で発券する機械を使って、切符を売っておられました。
Img_8018c 12時22分に、普段は止まらない「快速みえ」が臨時停車するというので、Img_8023c それに乗ることにしたのですが、ホームはご覧のような様子(爆)。昼間の時間帯の快速みえは、2両編成。待っている人から「みんな乗れるのか?」という声が聞こえていたくらい(苦笑)。乗り込んだ車内は、ラッシュアワー並の混雑。途中停車駅の四日市駅では、ホームで待つお客さんが、「いったい何事!?」という表情。桑名着は、12時38分。
Img_8013c 参加する前は、「10.9㎞も歩けるのか?」とやや不安がありました。しばらく前からは、「12月17日は、かなり寒くなる」という天気予報で、これまた心配していましたが、雪もちらつく中、思ったよりも時間もかからず歩くことができ、ホッとしています。決められたコースを歩くだけでなく、小生の場合、寄り道、道草をしつつ楽しむというスタイルがよかったように思います。それに今回は、何といっても酒蔵がコースにあったのが楽しめた最大の要因かも知れません。ゲットしてきた「神楽」は、家族にも好評で、もうほとんどありません。
 屁理屈、講釈、余談ばかりで読みにくいものでしたが、お付き合いくださった方々にはお礼申し上げます。以上で3回にわたる「雪もちらつく中、JRさわやかウォーキング(関西線・南四日市駅)へ……10.9㎞コース」は、「完」であります。間違い、勘違いなどお気づきでしたら、是非ともご教示ください。

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コメント

ミリオンさん、こんにちは。

ありがとうございます。

さすがに11.5㎞(桑名駅まで、往きだけ歩きましたので、実際には、12.6㎞くらいです)も歩くと、疲れます。
それと、今回は、途中、けっこうアップダウンがあり、きつかったですね(普段、ほとんど平地を歩いていますから)。

「ひたすら10㎞を歩きなさい」と言われたら無理でしょうが、あちこち立ち寄って、見学したり、写真を撮ったりしましたので、それがよかったと思います。

南部丘陵公園は、調べてみたら、思っていたよりもはるかに広い公園になっていました。
バラなど花も楽しめますね。

酒蔵は、よかったですよ(微笑)。
こころんさんへの返事にも書きましたが、近鉄ハイキングでは、酒蔵巡りというコースもいくつかあります。
冬の間も、近鉄ハイキングはあります。

投稿: mamekichi | 2017年12月20日 (水) 16時50分

こころんさん、こんにちは。

寄り道、道草をしていますので、おっしゃるように、時速3キロ強のスピードくらいです。
もともと散歩を始めた頃は、体調回復のため、ひたすら歩いていましたが、その後それだけではつらないと思い、カメラを持って歩くようになりました。
その結果、散歩コースに興味を引くものがあると、あっちへフラフラ、こっちへウロウロするようになり、その習慣が抜けなくなりました(苦笑)。

いろいろ見て回るところもありますから、こころんさんのようにお若ければ、10㎞も楽々クリアされるものと思います。

ことよさんは、朝日町の白梅の丘にも支店があるそうですね。
桑名にある「あきぞう」の方も、ここで修行なさったと聞いています。

「神楽」、おいしいお酒でした。
「近鉄ハイキング」では、酒蔵巡りというのもいくつかあるようで、今度はそちらもなどと思っています(微笑)。

年配のご夫婦連れの方など、立ち寄る先々で土産を買っていらっしゃる方もありまし。
「買い物バスツアー」のような感覚かも知れません。

私は、歩きながらの自然&歴史探索が目的ですし、「余分なものは買ってこないように」というお達しが出ていました(苦笑)。

余談ばかりの読みにくいものをお読みくださり、ありがとうございました。

投稿: mamekichi | 2017年12月20日 (水) 16時45分

JRさわやかウォーキングお疲れさまでした。
写真を撮ったり景色を楽しめるし、
普段毎日歩いてらっしゃるから大丈夫だったんでしょうね。
南部丘陵公園はバラの花など季節の花も楽しめそうですね。
酒蔵は試飲が楽しみだし私も一度行ってみたいです。

投稿: ミリオン | 2017年12月20日 (水) 13時57分

おはようございます
時速3キロ強のスピードなのですね。
最近10キロ以上歩いてないから歩けるかどうか不安と
歩く自信をつけるために鍛えなければと
考えさせられました。
ことよさん、よく名前を聞きます。
先日テレビで外国からきた女性がお菓子の学校を卒業された後
ことよさんで修行されててコンテストに出られてた
映像を見たことがあります。
御家庭で神楽をみなさんで楽しまれて良かったですね。
味噌や和菓子を買わなくて良かったかも。
お土産いっぱいでウォーキングするとたいへんだったかもしれません(^_^;)
ゴールお疲れ様でした(^^)

投稿: こころん | 2017年12月20日 (水) 07時55分

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