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2017年8月20日 (日)

九華公園にアオサギ……午後からは「伊勢大橋を学ぶ会」へ

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 31.9℃と昨日ほどではありませんが、相変わらず蒸し暑いです。ウロウロしているうちに、気づけば8月も20日。夏休みもうじき終わり……といっても、小生にはほとんど関係ありませんが(苦笑)。午後から出かける予定がありましたので、朝8時20分から、九華公園方面へ散歩。サッサと帰ってこようと思うときに限って、知り合いに会ったり、あれこれ話をすることになったりです。今日は、途中で久しぶりに鳥見の大先輩Sさん(御年81歳)にお目にかかりました。「運転免許を返したわ。でもその前に、琵琶湖の湖北野鳥センターまで行ってきた」と、おっしゃり、ビックリ。この他、九華公園に掃除に来ていらっしゃる女性から、本多忠勝のことを聞かれたり、「バールフレンド」のYさんとしゃべっていたりで、1時間で帰って来る予定が1時間半。住吉神社、九華公園、田町、住吉入江と3.6㎞。
Img_9288_800x555 住吉神社の東、あの「揖斐長良川の中州」には、アオサギが1羽。肉眼では気づきませんでした。河口堰にもサギたちが戻ってくると、ここにもアオサギが集まってきます。これからもっと増えるはずですから、散歩の楽しみも戻ってきたという次第。
Img_9297_800x533 九華公園、鎮国守国神社の社務所の裏には、アオサギさん。「新お立ち台」Img_9299_800x533 と勝手に命名しているところです。先だっては、ここにいるのに気づく前に逃げられました(そういうことはほとんどないのですが)。左は、250mmズーム&ノートリミング。右は、55mmでやはりノートリミング。右は、ほぼ肉眼で見たのと同じような感じです。少し前から、ここにもときどきアオサギが来るようになりました(微笑)。
Img_9313_800x593 九華公園内、今日はほぼ半周。奥平屋敷跡のステージの階段のところImg_9317_800x608 でハクセキレイ。考えるかのように階段を見ていましたが、さすがに階段を降りるという芸当は見せてくれませんでした。階段横のスロープを降りてきました。
Isebridge_566x800 午後からは、かねてからの予定通り、「伊勢大橋を学ぶ会」へ行ってきまDscn2676_800x600 した。⻑島ふれあい学習館/多目的ホールで、2時から4時まで。けっこう混むかも知れないと思って早めに出かけました。予想通り、年配の方を中心に多数の参加者でした。桑名市立中央図書館が集めている昭和の写真の中から伊勢大橋に関するものの展示もありました。
 内容は、次のとおり:
  • 伊勢大橋に残る,太平洋戦争時の弾痕……加藤颯真さん(伊勢大橋に残る弾痕を調査した中学生)
  • 伊勢大橋の歴史的な魅⼒,価値について……西羽晃さん(郷土史家,前桑名市文化財保護審議会会⻑)
  • 伊勢大橋の土木工学的な魅⼒,価値……山田健太郎さん(名古屋大学名誉教授/橋梁工学)
  • 伊勢大橋の今昔をたどるパネル展示
Img_8848_800x616  加藤さんは、2年前、小学校6年生の夏休みの自由研究で伊勢大橋を取Img_8859_570x800 り上げ、第2次大戦中、アメリカ軍の機銃掃射によってできた弾痕弾痕を調査し、その時点で12ヵ所を発見しています(それまで、例えば、「桑名の戦争遺跡」では、7ヵ所とされていました)。その後、さらに3ヵ所を見つけておられます。伊勢大橋は15連のスパンからなっていますが、長島側にもっとも近いスパンにも1つ見つけたそうです。左右の写真は小生自身が撮ってきたものですが、左の写真の「上横構」にあるものは、機銃掃射でできたにしては大きく、破壊力も大きいものです。右は、長島側から1つめのスパン、上流側にあるものです。戦争の傷跡は、まだまだ調べてみる価値があります。
Dscn2654_800x600 西羽先生のお話は、明治の初め頃から、伊勢大橋完成までの、東海道の交通の歴史のお話でした。左の写真は、明治7年に撮られた桑名の七里の渡し場。海上七里の渡しの話から、佐屋への三里の渡し明治の東海道 などのことも伺え、ためになりました。明治の東海道は、明治天皇などもお通りになったといいます。現在の弥富市内には、明治天皇がお休みになったところや、お昼を召し上がったところなどが残っているそうです。明治の東海道では、弥富の前ヶ須から桑名までは舟のルートだといいます。尾張大橋東詰交差点近くには「ふたつやの渡し跡」の石碑があるようです(ここは、三ツ又池公園に行くとき、通るルートですが、全く気づいていませんでした)。話があちこちしますが(まだまとめておらず、記憶に頼って書いています)、伊勢大橋ができる以前、桑名と長島の間は、手こぎ渡船を利用していたそうです。桑名側は上之輪(現在、舟だまりがあるところでしょう)、長島は松ヶ島の西あたりのようでした。
Dscn2663_800x599 山田先生は、土木工学、とくに橋梁の専門家でいらっしゃり、伊勢大橋には学生時代から関わりがおありだったそうです。お話のテーマは、左の写真にもありますように、1つは、「伊勢大橋は、橋梁技術の生き証人」ということでした。増田淳という橋梁設計技術者が設計していますし、今は使われなくなった「リベット接合技術」で部材が連結されています。もう1つは、橋の中央に、「中堤」への入り口があることです。中堤は、宝暦治水で知られる千本松原、木曽三川公園を経て、岐阜方面まで通じています。さらに、第2次大戦の弾痕があり ますし、「耐爆橋梁」でもあるそうです。耐爆橋梁というのは、部材が細く、隙間が多いため機銃掃射などの影響を受けにくいことを意味するそうです。
Dscn2672_800x628 これらの2枚は、今日の山田先生のお話のまとめです。土木工学的な

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意義とは別に、伊勢大橋は、3の新橋建設後も伊勢大橋の活用は可能ということと、4の地域の住民とともにあったというところが、我々にとっては重要な点であるように思います。桑名では、「諸戸徳成邸」の保存活用が求められていましたが、実現しませんでした。伊勢大橋も歴史遺産ですから、せめて一部保存でもできないかいう気がします。
 「伊勢大橋を学ぶ会」の内容、これから整理し、また、弾痕など、改めて確認しようと思っています。

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コメント

ひらいさん、こんばんは。

アオサギさん、九華公園にもときどき来るようになりました。
9月になると、夏鳥が渡りの途中で立ち寄ることもありますから(頻度はかなり低いものの)、それも楽しみです。
アオサギが見られると、嬉しくなりますね。

「九華公園を楽しく歩こう」、ご覧くださり、ありがとうございました。
おっしゃるように、いつも来ている方でもお気づきでないものがたくさん載せてあります。
「金魚まつり」がないのですが、ちょうどよい写真がなくて、割愛したままです。
野鳥アルバムもですが、ときどきバージョンアップしたいと思っています。

管理人さんからは、「次は何ですか?」といわれております。

伊勢大橋を学ぶ会、今朝の中日新聞によれば、170人もの参加者でした。

今の橋も、メンテナンスをきちんとすればまだまだ使えるそうです。
事実、伊勢大橋より1年前に完成した尾張大橋は、掛け替えの計画がないので、メンテナンスしつつ使い続けるそうです。

橋の構造など知らなかったのですが、分かってくると、橋を見るのがいっそう楽しみになりました。

投稿: mamekichi | 2017年8月21日 (月) 19時39分

mamekichiさん、こんにちは!

アオサギさんも、あちこちに来ているようですね、そして九華公園のお立ち台に来てくれるとなれば、九華公園コースのお散歩も俄然張り合いが出てきますね。アオサギさん確認は自分のお散歩の目標でも有ります。(笑) 昨日ですが、mamekichiさん作成の資料を確認して来ました。九華公園にいつも来てる人たちでも知らない事が書いてある詳しい資料で、作成するのも大変だったかと思いました。

そして伊勢大橋を学ぶ会、自分は参加しなかったのですが、参加者も多かったようですね。新しい橋が出来るのは楽しみですが、今の橋が無くなるのはやはりさみしいですね。と言っても年式も古いですし、いつかは壊さなければならない運命でしょうか。今のうちにいっぱい撮影しておきたいですね。

投稿: ひらい | 2017年8月21日 (月) 18時08分

こころんさん、おはようございます。

伊勢大橋の弾痕、実際に見てみますと、感慨深いものがあります。
昨日の講演でも説明がありましたが、国道工事事務所のお話では、「戦争の記憶を風化させないため、敢えて修理していない」のだそうです。
本文中にも書きましたが、「耐爆橋梁」として設計されていて、少々のことでは影響がでないようになっているそうです。

ちなみに当時の近鉄の鉄橋は、爆弾で破壊され、一時的に国鉄(当時)の鉄橋を借りて、迂回していたそうです。

ところで、河口堰のカワセミはどうやら居着いているようです。
ただ、管理橋の上からですと、なかなか見つけにくいのが玉に瑕(笑)。
肉眼では気づかず、写真に写っていた!とかあります。
魚道のところからカワセミを撮影したいと思っています。

その魚道観察室からは、けっこうさまざまな魚や海老、蟹が見えます。

そうそう最近、少し足を伸ばすと、ヤギさんがいますよ。
なぜか気になっているのです。

ヒョウタンの種や綿を抜くのは難しいのだそうですね。
底からくり抜くとか(あとでまた、くり抜いたもので蓋をするといいます)、専用の液体を売っているとか聞きます。

投稿: mamekichi | 2017年8月21日 (月) 07時52分

おはようございます
伊勢大橋の弾痕、今も残ってすごいですね。
骨組みの部分に当たっただけで橋は落ちずに無事だったのでしょうか?
橋が落ちてたら東西の行き来に影響があったでしょうね。

河口堰にカワセミが出てきてくれて楽しみが増えましたね。
魚道の魚も立派な大きさですね。
覗いたことありますがエビぐらいしか見たことありません。
また行ってみたいと思いました。

瓢箪、一度挑戦したことありますが
収穫した後に水に浸けて中味を腐らせて取り出すのですが
そこで失敗して全体を腐らせてしまった覚えがあります(笑)

投稿: こころん | 2017年8月21日 (月) 06時34分

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