天武天皇社境内にあった「あわすはし」と刻まれた石碑です.由来は,「新桑名歴史散歩」にも記載されていません.中世の桑名は,三大河川や大山田川,町屋川の土砂が堆積してできたデルタ(州)だったようです.人々が住み着いたのは,平安から鎌倉時代ではないかと推測されています(この点は,新桑名歴史散歩による).『柚野山見聞記』によれば,「その昔,州崎3つに分かれたり.北を自凝州崎(おのころすさき),南を泡州崎(あわすさき)と言い,その中間を烏州崎(からすさき)と言う.」と伝えられているようで(新桑名歴史散歩),ここに出てくる「泡州崎」と関連があるのではないかと,私自身は推測しました.