県道504号線を越えたあたりの,現在では,“鍛冶町”になっているところには,“枡形道路”が残っており,現在も使われています.石取祭の際,祭車が “南並び“の年には,この枡形道路を通って,春日神社に練り込みます.かつては,ここに,“吉津屋見附”があり,東海道上に吉津屋門と,番所が設けられていたのです(写真の右側).今は,そこには,勤労青少年センターの古びた建物が建っています.江戸時代以前は,このあたりは,七つ屋と称されていたようですが,江戸時代初期には,四ツ屋町に属しました.大名行列は,このあたりから,本行列に整えて,桑名城下を通ったといわれます.