土佛山聖衆寺の本堂です.もともと建仁4年(1204年)に開創され,永正年間には43房があったといいますが,永禄11年(1568年)に織田信長によって焼き払われ,廃寺になってしまいます.のちに,元瓦師の僧・信行がここに隠遁して再興し,松平越中守定重公により旧跡地を与えられたものの,定重公が,越後高田に移封されたのちは,小堂のみが残ったそうです.土佛山という通称は,ご本尊が,天和2年(1682年),新行作の阿弥陀仏で,高さ4尺8寸(約144㎝)の土製であるということに由来します.