本邸の裏へのアプローチ部分には、“虎石”がおかれています。山田家が、薩摩藩主から贈られたものという説明が書かれていました。虎の形に似ているため、このように呼ばれているそうです。島津藩と山田家とは、泉州・堺にある両替店を通じて取引があったそうです。ちなみに、昭和40年頃のパンフレットの写真の方が苔生して、趣がありました。