懐かしきドクトル・マンボウ
5月12日、今日は、看護の日ということです。フローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなみ、1965年から、国際看護師協会が、この日を「国際看護師の日」に定めており、日本では、厚生省(当時)が1990年に「看護の日」に制定しています。
地元・桑名市では、近鉄桑名駅で、当直の助役の方が強盗に入った何者かに刺されて軽傷を負った、という事件がありました。午前4時頃のことのようです。犯人は、捕まっていないということで、小中学校は、授業終了後、ただちに一斉下校となり、外出禁止となっています。あちこちで物騒な事件が多発していますが、決して他人事ではないということを再確認させられました。
さて、今日も、体調は余り変わらず、でした。息子が、世界史の参考書(用語集)が欲しいといっていましたので、三洋堂書店に出掛けて買ってきました。それ以外は、代わり映えのしない日常で、本を読んで過ごしていました。午前中は、晴れるという予報でしたが、スッキリとは晴れませんでした。気分的には悪くはない、という状態です。
午後から、珍しく、“徹子の部屋”を見ていました。作家・北杜夫さんと、その長女の斉藤由香さん(サントリー勤務・エッセイスト)が出演したからです。北杜夫は、歌人・斎藤茂吉の次男で、精神科医でもあります。茂吉の長男・茂太さんも精神科医で、既に亡くなられていますが、一般向けの本もたくさん書いておられます。
われわれの世代では、北杜夫といえば、昭和35年(1960年)、「夜と霧の隅で」で芥川賞を受賞したことや、「楡家の人々」という純文学(これ自体歴史的用語になっています)と、ユーモアあふれるエッセイである、どくとる・マンボウのシリーズ(どくとるマンボウ航海記、1960年、など)が、直ちに連想されます。高校生から大学生の頃に、北杜夫の純文学も、どくとるマンボウシリーズもよく読んだものです。
さらに、北杜夫は、自身が躁うつ病(双極性障害)であることを告白し、それをエッセイなどでユーモアたっぷりに記し、世間のうつ病に対するマイナス・イメージを和らげるのにずいぶん貢献している。彼自身、日本で躁うつ病が、世間に聞こえの悪い病気ではなくなったのは、自分がしばしば口にしたため、抵抗感がなくなったからだといっています。躁状態の時には、株に手を出し、大失敗をして破産状態になったりもしています。
北杜夫は、1927年生まれですので、81歳になっています。今日、テレビで見た限りでは、年は取ってはいましたが、何とも言えないユーモアは相変わらず健在、という感じでした。「うつで、エネルギーのない時は、とにかくジーッとしているんです」といっているのが、印象的でした。北杜夫のような、気分障害の大先輩であり、精神科医が、ジーッとしているんだといわれるくらいですから、私も、それにしたがって、しばらくは、ジーッとしていることにします。
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