大学

2008年7月16日 (水)

休職延長(その2)

 東海地方は、未だに梅雨明けの宣言はされません。天気図を見ますと、梅雨前線は、朝鮮半島にかかっているのですが、どうなのでしょう?気象台もまよっているとか?まあ、いずれにしても、宣言はなくとも、真夏のような日が続いていますので、実態としては、宣言があってもなくても同じですが……。

 今日も、夕方から石取祭のお囃子の練習の音が、あちこちから聞こえてきます。日本一喧しい祭りというコピーの通り、南側のベランダの窓を開けていると、喧しくて耐えられないくらいです。息子がいつも参加させてもらっている町内は、今年は休祭ということです。以前、私にもお誘いがあって、“中老会”に入って、祭車に乗らないかということでしたが、地元の人間ではありませんので、しきたりも知りませんし、もちろん鉦太鼓も叩けませんので、丁重に辞退させていただきました。

 さて、Copenの車検は、予定通り、1泊2日で無事終了しました。本来は、発煙筒を交換したため、¥900の部品代が発生したのですが、これもサービスということで、昨日の記事に書いたように、セット料金の範囲内で収まりました。ワンダフルパスポート24Fというものです。

 ちょっと考慮中なのは、任意保険です。いろいろな条件次第で、保障内容はもちろん、掛け金もかなり変わってきます。前年の当てられ事故で、保険を使ってしまいましたので、等級が3等級もダウンし、割引がなくなってしまったこともあります(ちなみに、今までのJ○さんは、「損ですよ」といっただけで、どれくらい損なのか、教えてくれませんでした)。これまでと同じ内容ですと、1年間、それも軽自動車で、10万円となり、それは、いくら何でも負担が大きいものですから、他の見積もりも取って検討中ということです。

 ところで、話はまったく変わりますが、休職の件です。取りあえずの期間は、今日で満了になりますが、昨日夕方、学部長のYm先生から連絡をいただき、休職延長の事例を出していただけたということでした。来年の1月半ばまでの期間です。関係の皆様には、大変恐縮ですが、これでいっそう安心して、療養に専念できます。

 今週に入ってからは、変な倦怠感も軽減した感じですし、薬の副作用と思われる眠気もあまりなくなってきています。以前でしたら、ゴロゴロしている時間が長かったのですが、このところは、椅子や、胡座で座っている時間が結構長くなってきたと思います。日々、感じるところでは、なかなか回復しないと思えてしまうのですが、やはり、半月、1ヶ月という単位で見ると、遅々としてはいますが、改善傾向にあるのは確かなようです。現在のところは、この暑さで余計に消耗してしまわないように留意したいと思って生活しています。何とか、夏を乗り切って、秋口からは体力回復という段階に進みたいと願っています。

 明日は、定期の受診日です。上述のような状態をお話ししてこようと思います。息子が、高校の三者面談期間ということで、明日は授業がないため、「ついていくか」などといっています。ただし、そのねらいは、どうも病院の帰りにランチにでも連れて行ってもらおうという、不純な動機のようです。しかし、まぁ、社会勉強の一環にはなるでしょうから、連れて行くつもりでいます。

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2008年7月 4日 (金)

休職延長

 猛暑でした。とにかく蒸し暑いとしかいいようのない1日です。川沿いの拙宅マンションですので、朝夕は、川風が通り抜けますが、昼の“凪状態”の時は、なかなか耐え難いものがあります。四国地方は梅雨明け宣言がされたようですが、静岡などでは豪雨でしたし、拙宅あたりは、今朝はものすごい濃霧で、諸戸氏庭園も見えないくらいでした。

 昨日のことになりますが、学部長のYm先生からお手紙をいただきました。橋本不二子さんとおっしゃる水彩画家のバラの花が描かれたカードです。水彩ですので、何というか淡い色彩で、気持ちが静まるような感じで、三輪のバラなどが描かれています。デスクのところに飾らせていただくつもりです。

 さて、そのお手紙で、7月17日以降の、私の休職期間延長が、先だっての教授会で認められたということを知らせていただきました。私信ですので、これ以上は控えますが、心温まる内容、文章で、感謝しています。焦る気持ちもあることは否定できないのですが、先輩・同僚の先生方や、事務の皆さんのご配慮に感謝しつつ、療養に専念させていただきます。もし、途中で十分な回復が認められた場合には、復職手続きをすることもあり得ることも含んで、来年1月中旬までの6ヶ月間、休職期間を延長していただきました。関係の皆様方には、さらに、引き続いてご迷惑をおかけする次第ですが、ご寛恕くださいますようお願いいたします。

 ところで、今日は、この蒸し暑さの影響をもろに受けたのか、朝から余りスッキリせず、今週の月曜と同様、午前中に2時間ほど寝てしまいました。起きてしばらくも、何となく倦怠感が取れずにいました。午後もしばらくゴロゴロして、BSで沖縄の多良間島についての番組を眺めていました。単純に、「いいところだなぁ」などといっていてはいけないかも知れませんが、都会とは違う暮らしのペースには、憧れもあります。この島は、大学の恩師であるTs先生が、ジャコウネズミの捕獲に何度かいらっしゃったところでもあり、一度くらい行ってみたいという気持ちもあります。 

 4時過ぎくらいから、多少、気分も持ち直してきましたので、例によって小1時間、原稿修正の仕事を続きを行っていました。本文は、一応、完成とし、あとは表を1つ、分かりやすい表現に加筆・修正することにしました。締切が、7月10日ですので、これで十分間に合う見通しが立ち、ちょっとホッとしているところです。

 ただ、昨日、大学から届いた書類の中に、昨年度の特別研究奨励費の成果報告をA4で2枚、月曜までにメールせよ、という通知を発見してしまったのです。本部の学術推進室というところからです。8月に報告会が開催されるようですが、その際の抄録集の原稿ということのようです。こういうところに書いてしまうといけませんが、年度末に提出した報告や、まとめ冊子から、コピペで作って、エイヤッと提出しようとたくらんでいます。この際、これでご勘弁を、ということです。

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2008年4月15日 (火)

やはりキョーフでした、今日の教授会

 3月から復帰しましたが、きちんとした教授会に出席したのは、今日が復帰後初めてでした。これまでは、入学者決定のためや、合否判定のための教授会でしたので、短時間で終わっていました。しかし、今日は、4月最初の、しかも、通常通りの教授会でした。研究科教授会については、事前に開催通知がありませんでしたので、“ひょっとしたら、研究科はないのか?”と期待したのですが、その微かな期待は、露と消えてしまい、合計3時間40分ほどの教授会でした。甘い期待をしてはいけません、と分かってはいるのですが、考えが甘かったということです。その真相は、事務室も係長が交代したりして、混乱していただけのようでした。

 常々書いていますが、会議や人に会うというのは、とても疲れます。したがって、今日も、“教授会に出席し、居眠りもせずに、その場にいることが、仕事”と思って、指定された座席に座っていました。学部教授会は、1時間40分ほどで終了しました。部局長会議の報告が大半でした。自分自身がよく把握していないうちに、さまざまな規則が制定されたり、改訂されたりしています。そういうものは、ほとんどは役員会や、経営審議会、教育研究審議会などの決定として、降りてきます。が、それらに関する資料だけで、教授会資料の大半を占めています。今日も、3/4くらい、ページ数にして、50枚弱は、そういった報告に関わる資料が配られました。

 しかし、結論からいうと、現在の私のような、集中力や思考力が低下したアタマでは、とてもとても、フォローしきれません。「ハァ~」「ヘェ~」といっているうちに、報告はどんどん進んでいきます。大学全体では、誰か、すべてを視野に入れて、コントロールしているのでしょうか?まぁ、私ごときのヒラ教授が心配することではないのかも知れません。ヒラ教授は、地面を這い蹲うようにして、地道に与えられた仕事をこなすに越したことはないのでしょう。

 あれこれ、思い出してみますと、どうやら、大学評価の資料にするということで、5月末までに業績リストを作って提出しなければならないようです。時々、平成のキーワードは、“何でもあり”らしいと書いていますが、どうやらそういう方向性は、徐々に強まっているようです。人事なども、人材不足のようで、これでよいのかと思うこともしばしばです(別に特定の方を非難している訳ではありませんので、失礼の段は、ヒラにご容赦ください)。教員定員も削減という中で、空いたポストをとにかく埋めないとことには、授業や実習にたちどころに困るという状況では、やむを得ないのかも知れないのでしょうが、それにしても、教育や人材育成という仕事については、もう少し長期的視野に立って、展望をもってことに当たりたいものだ、とつくづく思います。

 というように、私自身のように、半年間の病休から復帰して、スローペースで生きている身にとっては、昨今の大学のあり方やその変化、もろもろのことが決まっていく状況というのは、速すぎて、とてもそのペースには適応していけない感じが強くなってきています。単純な懐古趣味ではないと思いたいのですが、教育・研究という仕事は、もっと余裕を持って、思索を深めていかないとダメになってしまうような気がしてなりません。だんだん居づらくなってきた感じがするというか、自分のいるところではないかも知れないな、という気がしてきてなりません。

 今日の教授会も、大人しく座っていようと誓って望んだのでしたが、研究科教授会のオシマイの方で、とうとう我慢できず、「ちょっとよろしいでしょうか?」と発言を求めてしまいました。我ながら、「原理主義者だなぁ」とか、「原理原則に拘るなぁ」とは思ったのですが、とある人事がらみの案件について、「状況や、その変化をあれこれ取り入れて議論していては、おかしいし、ものごとは決まらない。規則を決めたのだから、その最初の適用例からして例外を優先するのもおかしい。基本に立ち返って、規則にある、この3点で認められるか、そうでないかを議論して欲しい」と発言してしまいました。帰宅してから、家内に叱られましたので、反省はしていますが、具体的な人材がいて、その人を通すために、例外規定を適用しようとしたり、状況の変化をもってきてそれを理由にするのは、教授会としての見識を問われると、回らないアタマや、巡らない知恵を絞って、私自身は考えたのです。

 ♪分かっちゃいるのに止められない~♪というか、ついつい我慢がしきれないということですので、神経症か、衝動性の強いADHDではないかと、密かに自覚しています。自覚があるからには、まだまだその程度は、サイテー・サイアクではないと、思っています(それが怪しかったりして……)。

 忙しい中、先輩・同僚の教職員の皆様方には、恐縮ですが、明日は、自宅研修とさせてもらいます。

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大学はビジネスなのか?

 立命館大学の新設学部で、定員の1.4倍を超える入学者があって、他の学部への転学部を募ったというニュースがありました。文部科学省の補助金欲しさの措置であることは、ちょっと気の利いた大学教職員であれば気づくと思います。

 この措置をめぐって、内田樹先生のブログでは、“大学はビジネスなのか?”という記事が書かれています。ご関心がおありの向きは、是非リンクから、内田先生の記事をお読みいただきたいと思います。マスコミでの取り上げ方は、ちょっとセンスが違っています。私は、内田先生のセンスの方が、普通の大学人としては、ノーマルであると思えます。

 大学全入時代を迎え、と同時に、国公立大学の法人化が常識となった現代、経営感覚は必要でしょうが、教育の内容に関わる部分まで、経営優先でことに当たるのは、明らかに間違いだと思えます。

 うちの大学でも、いったんは入学手続きをした新入生が、入学式を待たずに、キャンセルしたという出来事が複数の学部でありました。人数としては、合計2名なのですが、大学当局は、欠員補充ということで、追加合格を取ることにし、入学式から1週間ほど経ってから、欠員を補充しました。欠員補充の対象となった新入生がどう考えたか知る由もありませんが、当人からすれば、教科書購入や、オリエンテーションも済んでしまい、授業が始まってからの入学というのは、友人関係や大学生活への適応という点からすれば、それなりの苦労もあるのではないかと思います。

 この件については、私も含め、メールでも、教授会でも「なぜそういう対応を取ったのか」という疑問をぶつけた教員はありませんでしたが、勘ぐっていうと、入学の時には、せめて定員通りの学生を取って、経営的にも努力をしているということを設置者に対してアピールしているのか、と思えました。もしそうであれば、ビジネスとして大学経営を捉えているように思えてしまうのですが、どうなのでしょう?

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2008年4月 9日 (水)

新入生オリエンテーション

 町では、新社会人と思しき人たちや、新入生達があふれています。うちの大学では、今日、学部の新入生オリエンテーションが開催されました。定員80名のところ、1名、入学辞退があり、79名の新入生が揃っていました。看護学部ということもあり、ほとんどは女子学生ですが、一部には、男子学生の顔も見えます。

 私は、先日も書きましたように、ハラスメント相談員ですので、そのハラスメント相談、対策の話しの時と、1年生の指導教員紹介に出席してきました。今日のハラスメント対策の話しは、もう一人の相談員である准教授のTrさんがしてくれました。新入生達は、おおむねまじめに聞いていてくれました。

 さて、その指導教員ですが、うちの学部では、看護学以外の教員5名が、1・2年生について、務めることになっています。専門分野でいいますと、生理学、病理学、公衆衛生学、社会学、心理学です。1人あたり、16名の学生を担当します。昨年までは、7名、それ以前は8名、看護学以外の教員がいましたので、その頃は、10名ずつを担当すればよかったのですが、法人化にともなう人員削減の方針によって、退職、後補充なしということで、こういう状況になっています(昨年度末で、お二人の先生が退職されています)。指導教員は、1年生対象の初年次導入科目である“ゼミナール”も担当します。

 ゼミナールが、16名で実施されるというのは、ちょっと大人数になりますが、やむを得ません。来週月曜日から、この授業が始まるのですが、小生と社会学の教員が担当するクラスは、“ゼミ室1、2”となっていました。“え~っ、そんな教室あったのか?”と思って確かめてみますと、付属病院の旧・西棟に、新しく設置された部屋でした。半年休んでいるうちに、この旧・西棟には、学内保育所が設置されたり、このようなゼミ室ができあがったりして、再利用が進んでいたのです。以前には、再利用するには、ランニングコストがかかりすぎという話しもあったのですが、状況が変わったようです。ちょっとした浦島太郎状態でした。明日か明後日にでも、一度見てこないといけません。

 新入生達は、今日は、朝9時半から15時まで、しっかりオリエンテーションで大変だったようです。しかし、ほとんどの学生達は、元気いっぱいで、輝いていました。若いということは、それだけで、ある種の価値ががあると思えます。学校で働いていますと、このように毎年新入生が来てくれますので、こちらもリフレッシュさせてもらえるというのは、ありがたいことです。

 ところで、通勤電車から外を見ていて気づいたのですが、桑名市長島町あたりでは、田んぼに水が張られており、すでに田植えの準備がされているようでした。長島や、弥富のあたりは、いつも5月の連休には田植えが行われています。

 明日は、午前中に定例の受診を済ませ、午後から、M2の研究指導、夕方は、いよいよ大学院前期課程の授業が始まります。

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2008年2月28日 (木)

今日は、Webシラバスに全勢力

 朝は、うっすら雪化粧していましたが、昼は、結構暖かくなりました。

 が、今朝は、6時半までしっかり寝てしまい、一日のスタートとしては芳しくありませんでした。そのせいか、午前中は、今ひとつ調子が出ず、リビングのソファでまったりと過ごしてしまいました。

 午後からは、今日こそ、来年度のシラバスの入力をしようと思って、ほぼ全勢力を注ぎ込んでしまいました。ムキになったわけではありません。ほとんどは、コピー&ペーストでできあがりますので。来年度の担当科目は、学部が4科目、大学院が、博士前期・後期あわせて6科目あります。これらの授業の概要と、授業計画、履修上の注意点などを予め学生達に示すものが、シラバスです。この頃は、どこの大学も取り入れていますし、ほとんどがWebにシラバスを公開するという形になっています。

 このシラバスも、元来は、学生達をシステマティックに学ばせようというもので、単位制度と深く関わっています。単位というと、ほとんどの方は、大学では講義科目が、半年で2単位という理解をしておられると思いますが、実際には、異なっています。つまり、1単位=45時間の学修というように、学修の時間数を示すものなのです。2単位科目であれば、半期で90時間の学修を要し、そのうち、授業が1コマ=2時間計算×15回=30時間で、残りの60時間は、学生の自己学習and/or課題学習を課すという仕組みなのです。アメリカでは、この基準がかなり厳格に適用されていますので、アメリカの大学生は、かなり大量の文献を読ませられたり、宿題が出て、遊んでいられないという結果になるのです。

 日本でも、大学設置基準ではこのように規定されていますが、実際にこれほど厳密に運用しているところは、きわめて限られているでしょう。厳密に運用しようとすれば、教員と学生だけでなく、社会全体の理解と合意が必要と思います。上記のように、自己学習=60時間を15週で割ると、1週あたり、4時間になります。他の科目も同様にするとなると、半年間で履修できる授業の科目数はきわめて限られま。学生達も、バイトに勤しむ時間や、遊び呆けている時間はなくなりますし、教員の方も、ティーチング・アシスタントを本格的に導入してもらわないと、とても教育・指導ができない状況に陥ります。

 話を元に戻しますが、半日、しっかりPCとにらみ合いをして、看護学部、大学院の分だけは、すべて入力し終えました。ということは、一応、上記の計10科目分、プランニングを終えたということです。今日は、仕事のアタマはこれでもう十二分に飽和しています。

 ところで、シラバスにかかりきりでしたので、原稿書きやプリンタの修理はできませんでした。一晩明けただけでは、プリンタが自然に治るという状況ではありませんでした。ネットで調べますと、ほぼ同程度の複合機は、安いと実売¥10,000以下で手に入ります。やはり、へたに修理するよりも、新規に買った方が安いという、悩ましい状況のようです。今のところ、新しいものを買って、故障したものは、自分で直せたら直して、家族用のPCに払い下げる、という方向で考えをまとめつつあります。

 明日にでも、エイデンに行ってこようと思います。また、明日は、まだ天気がよく、暖かなようですから、電車リハビリでもという気持ちもあります。シラバス入力は、ずっと気になっていましたので、1つ、大きな荷物を降ろした、という感じです。

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2008年1月25日 (金)

外出

 毎日、寒いとか、冷たいと書いてきましたが、今朝は、名古屋でも最低気温がマイナス1.6度くらいだったようです。朝は、風がありませんでしたので、まさに冷たいという感じでした。昼近くになって、かなり強めの北風が吹き始めましたので、体感的には、寒いという感覚が強くなりました。

 さて、今日は、前からの約束で、大学の人間文化研究科のTk先生のところへ出掛けていくことになっていました。その前に、2月末まで休養と決まりましたので、自分の研究室に立ち寄って、必要な資料などを持ち帰り、また、自宅では不要となった資料、本、雑誌を、替わりに置いてきました。例によって、Copenで往復しました。ちょうど、12時頃でかけ、戻ってきたのは、16時半くらいでした。持ち帰ってきたのは、特別研究奨励費をいただいた、特別支援教育関係のプロジェクトの書類、資料と、DN-CASという新しい子ども用の認知能力検査関係の文献などです。

 内緒で出掛けた訳ではありませんが、まだ病休中ですので、余りおおっぴらに、同僚の皆さん似合うのは、さすがに憚られます。が、昨日、桑名まで来て下さった学部長のYm先生に、ばったり出くわしてしまいました。ありがたいことに、「お元気になられて良かったです」とおっしゃっていただきました。滞在1時間足らずで、本来の目的地である、山の畑キャンパスの人間文化研究科に向かいました。

 予定通り、Tk先生のところでは、特別支援教育などの関係の打合せを済ませ、ついでに(というと失礼ですが)、心理のGt先生にもお目にかかってきました。Gt先生は、私よりも7年ほど年長なのですが、何となく気が合い、よくお話をさせていただいたり、相談をさせていただくという関係です。Gt先生も、小生とは別の病気があったりして、このところ、健康とは言い難い状況で、入退院をされたりしながら、勤務していらっしゃいます。互いの近況報告や、これからの仕事のこと、大学のことなど、1時間くらい話し込んで帰ってきました。

 Gt先生は、健康状態もアヤシイのに、また4月以降、仕事が増えてしまって大変だ。減らさないといけないとは思うが、なかなか自分の都合だけでは、減らせないとおっしゃっていました。小生も、倒れる前の頃は、“やばいな”と思いつつ、自分で仕事を減らしたり、他人に任せたりということができませんでしたから、そのあたりはよく分かります。しかし、くれぐれもムリをしないようにしていただきたいと思います(と私が言っても、説得力ゼロですが……)。

 ということで、半日ほど外出してきました。昨日に引き続きの外出ですが、今のところは、さほど疲れたという感じはありません。調子に乗ってはいけないのですが、ソロソロと様子を見ながらの慣らし運転/試運転というところです。週末は、息子の私立高校入試もありますので、散歩に出るなどする以外は、大人しく過ごすことにしたいと思います。

 来週からは、また、院生達の通信指導と、昨日、ある学会から1編、査読依頼が来ました(2月25日締切)ので、それに着手しようと考えています。

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2008年1月19日 (土)

センター試験

 今日、明日と大学入試センター試験です。受験生の方たちも大変でしょうが、試験実施に従事する大学教職員にとっても、大変で、しかもかなりの緊張を強いられる仕事です。というのも、センター試験全体での受験者は、54万人余りにもなりますし、会場も全国の736箇所で行われます。試験全体が、全国統一の時間割、時間進行で粛々と行われる必要があるからです。大学では、教員が監督者になりますが、そのためのマニュアルは、かなり分厚い冊子にまとめられていますし、注意事項で述べる内容や、トラブル対処についてもすべて全国共通となっています。公平性、透明性の確保のため、勝手に注意事項を変えてしまったり、独自の判断でトラブルに対処してしまうのは、厳禁です。

 試験そのものも、2日間にわたり、9時半開始、18時~18時35分終了となっています。受験生、試験従事者の双方にとって、長い、緊張を伴う2日間です。毎年、あちこちの会場で、早くに試験終了としてしまったとか、停電があったとか、さまざまなトラブルがマスコミに取り上げられますが、考えてみれば、736箇所の会場で、54万人も一斉に同一条件で、細かなミスはともかく、重大なトラブルもなく試験を実施できるというのは、むしろ実に、驚異的な出来事だと思います。

 リスニング試験も、3回目となりましたので、トラブルは減ってきたようですが、導入当初は、大騒ぎでした。予行演習なども行われた記憶があります。リスニングは、全受験生が受験するわけではありませんが、リスニング用の再生専用プレーヤーも、50万台近くあるわけで、それにも故障がほとんど見られないというのも、大変なことだと思います。

 恒例の行事で、恙なく終了して当たり前のこととみなされてはいますが、これだけの数の受験生を対象に、全国一斉に重大なトラブルなく実施できることは、やはり驚異的なことだと思いますし、また、費用、人的配置等一切を含め、相当のコストを費やして実施する事業ですので、それらに見合うだけのパフォーマンスを得ることが必要だと思います(つまり、センター試験の結果をもっと入試の合否判定に利用するなどの工夫をすることが必要)。

 などと偉そうに書きましたが、今年は、休養加療中で、入試関係についても何も貢献しておりませんので、余り大きな声で言ってはいけませんでした。で、そういう私は、昨日に引き続き、自室内の本や資料などの整理整頓の続きに従事していました。あとは、古い年賀状の処分が残るだけです。これは、申し訳ないとは思いつつ、シュレッダーにかけさせていただく予定です。

 体調の方は、可もなく不可もなしというところでしょうか。先週前半は、“この頃体調が良いな”と思えていたのですが、それに比べれば、少々疲れやすく、軽い倦怠感を伴っています。メンタルにも、意欲というてんでは、今ひとつというところで、散歩はサボってしまいました。回復基調にあるとはいえ、まだまだ波が見られるようです。

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2008年1月 6日 (日)

たぶん、明日から後期再開

 今年度、ウチの大学の冬休みは今日までで、確か明日から後期再開だったと思います。“思います”というのも、テキトーなのですが、休養加療中でそのあたり、確信が持てなくなっています。小中高校や、よその大学は違うだろうと思いますので、お間違いなく。

 まぁ、1日早く始まるわけですが、たぶん、ハッピー・マンデー対応のためでしょう。大学の学期の前期・後期で分けますと、後期の方が、ハッピー・マンデーが多いはずです。月曜日だけ、本来であれば、試験以外に14回確保すべき授業回数が、もともと確保できない状態になってしまっているのです。

 さて、結構暖かい一日でした。昼前、多少は散歩をしてくるか、鳥にも会えるかも知れないと思って出掛け、惣構堀から、寺町、市民会館前と一回りしてきましたが、メジロを数羽見かけただけで、それも写真には撮れませんでした。暖かい日であったためか、玉重橋のあたりから、旧・諸戸氏邸のスケッチをしておられる方々が、おられました。いずれも、中高年の男性で、スタイルも結構、様になっていましたので、それなりの経験者なのでしょう。スケッチができるようになってみたいという気持ちは、かなりありますので、ちょっぴりうらやましいなと思って眺めてきました。

 ところで、今週木曜は、定期の診察で、土曜日は、特別支援教育関係のプロジェクトによる連続講義の最終回です。ウ~ン、先日、実家に半日出掛けたくらいで、疲れてしまっていましたし、風邪がひどくなってしまいましたので、それまでに体力をつけておかねばなりません。明日からは、まさに“変わらぬ日常、ならぬ変えない日常生活”に戻していかなければなりません。

 早寝早起きをして、まずは、2時間くらいは仕事、その後は散歩という、例のパターンです。仕事も、そろそろ院生達から、論文原稿の添削が届いてくることです。まぁ、ボチボチやることにします。

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2007年12月22日 (土)

忘れないように

 今日、今からここに書いておくのは、自分のためのメモ、というか、備忘録です。別に、他人様に、お勧めするとか、無理強いするという性質のためのものではありません。あくまでも、自分が、読んで面白かったので、忘れないようにということです。プリントアウトしたり、手帳にメモしたりしても良いのですが、ネット上に置いておいた方が、遥かに便利だからです。

 昨日、今日の、内田樹先生のBlogが、とても面白いものでした。ただ、大学で仕事をしていない方や、若者と接していない方には、そのおもしろさ、皮肉さは、分からないかも知れません。

 今日のものは、“書類を書くのはいやだよう”というものです。昨今、大学の教師稼業で何がイヤかといえば、膨大な書類を書かなければならないということです。それも、自分や他人の為になる書類であれば、いくらでも書きますが、そうではない、出来損ないのアリバイのような書類をヤマのように書く、というか、書かされるのです。教育と、研究は、いずれも“生もの”であり、どのように展開、転ぶ、発展、退化するか、予め分かるものではないという、内田先生の主張は、過激なように見えて、至極当然であるのです。

 昨日の、内田先生のBlogでは、“接続的コミュニケーションの陥穽”というものでした。笑い転げて危うく、椅子から転げ落ちそうになりました。このところ話題になった、KYなどを巡っての省察です。内田先生は、

「空気を読む」コミュニケーションには豊かな語彙や適切な統辞法や美しい音韻は無用のものである。

と書いておられるが、全くその通りです。コミュニケーションの入り口だけに一所懸命になってどうするの?ということです。入試の小論文試験や、面接試験で、若者達や受験生達の考えを聞いてみたいような気もしますが、そういう問題は、たぶん採用されないでしょうねぇ~。

 以上、自分のためのメモでした。勝手にお読みになって、つまらんとか、けしからんとか、そういう感想をお持ちになっても責任は一切とりませんので、悪しからず……。

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2007年12月 6日 (木)

不祥事

 今日は、晴れて、風もなく、暖かな一日でした。こういう日は、気持ちがよいのですが、朝一番に、ポストから朝刊を取り出して、開いてみた途端に、参りました。本務先の名誉教授が、医学博士の学位審査で便宜を図ったとして、収賄容疑で逮捕されたというニュースが載っていました。地元、中日新聞では、一面トップの扱いでした。朝日新聞名古屋本社版でも、一面に掲載されていました。

 全くねぇ~、イヤになってしまいます。この名誉教授(というよりも、これでは不名誉教授です)は、医学研究科の教授をしていた方です。医学部では、学位取得のお礼が必要だというのは、私のセンスでは、国公立大では昔はそうだったが、今は違うと思っていました。私の身近で、ここ2、3年の間に、医学博士を取得した方は、そういう謝礼はしなかったようですから、医局によって状況が異なっていたということでしょうか?私大の医学部では、300万円を教授に払って、医学博士号もらった(買った?)という話は、ごく最近まできいたことがありました。

 しかし、こういう出来事が立件されるということは、おそらく内部告発だろうと思っていましたが、昨年初めに、大学宛にそういう意味の投書か何かがあったようでした。さらに夕刊の続報や、夕方のテレビニュースによれば、医局出身者が開業するときにも謝礼が必要で、もしその謝礼を払わないと、患者さんを大学病院に紹介しても受け入れてもらえないということもあったといいます(中日新聞夕刊)。一昔も、二昔も前の“白い巨塔”時代の出来事か、と思えるくらいで、いかにも時代錯誤の出来事のように思えます。が、しかし、このような事態に陥ったということは、おそらくそういう謝礼を支払うということが、常態化していて、しかもそれに伴う利益や便宜が図られることが、“常識化”していたと考えざるを得ないのでしょう。

 それにしても、名古屋大の方は、中日新聞夕刊の一面トップで、医学研究科が、世界で初めて乳歯幹細胞から人の骨を再生できたというニュースが載っていました。ウチの大学とは、トンデモナイ違いで、全くイヤになってしまいます。こんなことで、有名になってしまってはいけません。

 ところで、拙宅の近所のお宅では、朝から、新聞を見て、mamekichiさんのいっている大学だと大騒ぎになっていたようです。そういう中で、そのお宅のご子息は、「あのオッちゃん、こんな有名な大学に勤めていたの?」とおっしゃったそうで、他の家族からは総スカンを食らっていたようです。ちなみに、そのご子息は、高校3年生で、今年度は受験生なのに、です。トホホ、こっちの話にも、ちょっとガックリです(苦笑)。

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2007年9月28日 (金)

夏休みもオシマイ

 今日のタイトルを見て、「ハァ?今頃、何を寝ぼけたことをいってるんだ?」とご立腹の方もいらっしゃるかも知れません。しかし、事実として、ウチの大学の夏休みは、明後日までなのです。最近は、7月末まで大学の前期授業があり、前期試験まで済ませて、8月から夏休みに入るというパターンが主流派なのです。結構なご身分で、ともいわれそうですが、実は、休んでいるのは、基本的には、学生諸君だけで、教職員は、夏期休暇を取る以外は、働いているのです。

 それでも、お前は確か、療養休暇中ではないか、というご指摘も正解です。私自身は、来週いっぱいまでは、休養加療を必要とする、という診断書が出ています。メンタルヘルス回復のために休んでいるのですが、、期限付きでは、どうも、休んでいるような気がしません。何を贅沢な?といわれるまでもなく、贅沢なのは自覚していますが、仕事の方が気になるとか、自分がやらないといけないことが、休んでいてもあるというのも、現実です。昨日から、今日にかけての、特別研究費による講演会開催の準備、調整その1つです。もっと早くに済ませておくか、どなたかに権限を委譲してという方法もないことはないのですが、他の先生方もお忙しいのでと思い、自分で、あちこちとメールを差し上げて、仕事を進めていました。

 まぁ、それは良かったのですが、やはり、疲れてしまいました。昨日から今日にかけては、空き時間は、爆睡状態で、それでもまだ疲れが残っている感じです。ご迷惑をおかけした関係の皆様には、お詫び申し上げます。見通しがつきましたので、あと1通書類を書いて、送らせていただいたら、ペースダウンをして、出勤に備えよう、と思っています。

 疲れがとれれば、散歩に出て、後は読書にでも励もうと思っていますが、天気予報はあまりよくありません。曇り時々雨のようですし、気温も、今日に比べ(最高31.9度でした)、かなり涼しくなるようですし。

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2007年9月19日 (水)

集中力のないアタマでは、ろくなことを考えませんが……-私の失われた10年-

 私のギョーカイでは、昨日から、日本心理学会の大会が、東洋大学(東京・文京区)で開催されいるはずです。大学の夏休みが、8~9月になるようになってから、この季節は、学会シーズンです。しかしながら、私は、プッツンして以来、全く学会に出なくなってしまいました。体力的にもたない、人の多いところは疲れてしまう、そういう中で、恩師・知人に出合ったり、発表を聞いたりする気力がないというのがその理由です。さらに遡れば、プッツンする数年前から、仕事が忙しくて、疲れ果ててしまい、週末はぐったりしているという状況でしたので、その頃から、最小限の学会しか行っていませんでした。

 学会に出かける意味は、もちろん、自分の研究成果を発表することが最大の目的ですし、同じ程度の比重で最新の成果についての情報を仕入れることにあります。また、普通は、あまり意識されませんが、同業者、とくに出身校の同窓の方々や、専門領域の近い方々に出合って、ネットや印刷物では得られない、最新のフォーマル、インフォーマル両面の情報を仕入れて来るという意味も大きいものです。

 今年も、夏前までは、体力も回復してきたので、今年こそは、1つ、2つの学会に行こうかと思っていましたが、このところの有様で、まぁ、“かけ声倒れ”のような状態に成り下がってしまっています。

 ところで、マイブックスに先ほど紹介した“最高学府はバカだらけ(石渡嶺司著・光文社新書)”に、“大学教員の多忙と多忙による無念”について、内田樹先生の著書(狼少年のパラドクス ウチダ式教育再生論、朝日新聞社、2007年)から、次のような引用がありました。

 学部改組やFDや自己評価活動などの面倒な書類仕事を押しつけられたのはだいたい三十代四十代の若手教員たちだった。彼らの幾人かは人生のもっとも生産的な時期の十年間を文部科学省に提出する書類を書くのに費やしてしまった。事務能力が高くて、てきぱきと仕事を片付けられるパフォーマンスの高い若手教員達に選択的にそういう仕事が押しつけられたせいで、学者として一番脂がのるはずの時期に研究教育に打ち込むことができなかったのである。教養改組や法人化の過程で会議と書類書きでバーンアウトした優秀な研究者は日本全国で数百に及ぶであろう。この「失われた研究教育上の業績」をもし文部科学省はゼロ査定しているとしたら、それは重大な問題だと私は思う。

 自分自身にピッタリと当てはまるものではありませんが、それに近い状況に、ほぼ有無をいわさずおかれた身にとっては、そういう見方をしてくれている研究者がいるのだと、ちょっとした感動ものでした。

 私自身は、短大から学部への改組、大学院設置の過程で、将来構想検討作業への関与、カリキュラム検討作業への従事、学内のコンピュータ・ネットワーク整備(仕様書まで作成)、授業評価の導入、シラバスの導入、紀要の発行、大学全体のセクシュアル・ハラスメント相談マニュアルの作成とその改訂、大学全体の教職員対象のセクシュアル・ハラスメント調査の実施とその取り纏め・答申作成、修士課程設置におけるPR方法や、パンフレットの作成、学部についての学外評価の実施、そのための自己点検・評価の実施と取り纏め、などなどを5~6年の間、いくつか同時並行で、責任者として担当してきました。その間、他にも学生相談や、COEプロジェクトなどにも関わっていました。

 挙げ句の果てに、2年半前に、「いつまで、体がもつか」「そろそろヤバイかなぁ」「あと1週間くらいは、もってくれないかな?」と思いつつも、自分では止められず、また、誰もストップをかけたり、仕事を軽減したりしてくれない中、プッツンしたという経過をたどったのです。

 人間の行った仕事の評価について、自分自身は、その過程、プロセスを評価してもらいたいと思うのに対して、他者はその成果しか見ないという特徴があります。「大変ですね」という言葉は、よくかけてもらった記憶がありますが、どのくらいの時間、労力を使ってその成果を出したかというプロセスを知らない方や、類似の経験をしたことはないと思われる方から、そういうことばをかけられると、内心は、非常に不愉快というか、怒りに近い感情を抱いていた記憶があります。

 しかし、そういうことばを発してくれる方は、まだマシだったかも知れません。それ以外の多くの方は、出てきた成果について、ほとんど顧慮しないばかりか、ろくに目を通していない方もとても多い、ということが透けて見えてしまったのです。これには、全くモチベーションを削がれる思いをしました。

 私自身は、内田先生の文章にあるような“優秀な研究者”では、決してありませんが、これらの相当なオーバーワークと、怒り感情、無力感が、積もり積もって、2年半前にプッツンしたと自己分析しています。四十代前半から、今現在までを、カウントしただけでも、ほぼ10年になりますが、まさに、私にとっての“失われた10年”です。資料読みと、案の作成、書類書き、提案、実行と、結果から遡及的に見れば、取り返したい10年です。取り返したいのは、時間、労力、それにあの頃の体力と、持久力です。

 誰かを恨むとか、誰かに責任を帰するということはしたくありませんが、時が流れ、人が入れ替わる中で、誰がしたことかとか、誰が最初に仕組みを考えたかということも忘れられていくのは、何だかなぁと、ちょっとため息が出ます。知り合いの、某国立大学の先生が、“大学の中では、徹底的に無能の振りをしているのが、もっとも賢いんだ”と力説しておられました。自分自身、上述のように、優秀であるとか、有能であるという自己評価はしたことがありませんでしたが、既に時遅し、でした。

 こうなったら、蟻塚亮二先生が書いておられたように、淡々と,飽きもせず通い,黙々と最低の水準の仕事をこなすこと、もしくは、いつも軽うつで、手抜きしながらホドホドに働く、という道に邁進できるようになりたいものです(と、何度も我が身に言い聞かせているのですが、すぐに忘れてしまうんですよね、まだまだ修行が足りません)。

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2007年9月 1日 (土)

爆睡の合間の思いつき

 生産性ゼロ運動を実行した一日でしたが、その合間に、他のブログで読んだことなどから、思いついたことがあります。

 本務先の大学が、公立大学法人になったことや、それにまつわる顛末は、何回か書きましたが、法人化されても、構造改革が、ほとんど手つかずの領域があることに気づきました。とはいえ、5号館のつぶやきさんのところなどでも、指摘されていたかと思います。

 法人本体の役員には、外部から、一般企業の経営者の方が入るようにはなっていますが、大学を構成している部局(学部、研究科、センター)のレベルでは、その構成メンバーは、教員と事務職員であることは、全く変わっていません。権限が多少制限されたとはいえ、教授会による自治が認められていますし、部局の運営は、教授会のもとに置かれた、各種の委員会で進められているという点も、変わりません。そして、さらに、教授会も、委員会も、その構成員は、教員に限られています。事務職員も出席をしますが、議決権はなく、まさに、“庶務を処理する”なり、本部の意向や方針を受けての“助言”をするという役割には、今のところ、全く変化がありません。

 すなわち、自動車でたとえていえば、一種のCoorporationになったはずなのに、変わったのは、車体のデザインと、燃料の供給に制限が加わり、さまざまのコントロールの中央集中化が図られた以外は、ほぼ手つかずの状態で走っているのです。スポーツカーを形容するのに、よく用いられたような“羊の皮をかぶった狼”どころではなく、“狼の皮をかぶった羊”で、メ~テレのキャラクターである“ウルフィ”のように、訳のよく分からないものになっているように思えます(メ~テレさん、ウルフィさん、ゴメンナサイ、どちらも嫌っているわけではありません。むしろメ~テレさんは、もっともよく見ているテレビ局です)。

 教員や、事務職員がダメだといっているわけではありません。変化に適応して、経営感覚や新しいアイデアを持っている方々や、それを発揮している方々も多々あります。しかし、運営システムとして、トップだけ変えただけでなく、末端の部局レベルでも、教員だけが運営の決定権を持っているだけでなく、事務職員も、各種委員会の正式な構成員として迎え、事務を処理するだけの立場から、スタッフとしての企画力なども発揮できる立場に変えていくことや、末端にこそ、外部の方を招いて、新しい視点や感覚を導入しないと、大学全体としては、法人にした意味がないように思います。

 そこまでやらないで、法人化しましたというだけでは、末端部局では、単に事務処理の方式が変わったとか、却って処理すべき事務の量や、書類作成だけが増えてしまったという、妙チクリンな状況に陥って、教員、職員とも、本務に裂くことの出来る能力や時間、労力を浪費してしまっている、ように思います。

 などとまじめに考えるから、調子が悪くなるのですが……。ヒラ教授は、テキトーに、てげてげでやればいいのに、と寝ぼけています。

 〔オマケ〕
 教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。<学校教育法第58条第6項>

 しかし、どこにも、事務処理をしろとは書いてないですねぇ、アハハ。それに、職務の第一は、教育、第二は研究指導、自分で研究するのは、第三なのです。ウ~ン、こりゃ良いのか、悪いのか分かりませんが、法的根拠に基づいて、職務に精励したいと思うのであります(ペロリ)。

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2007年8月18日 (土)

K-ABC研究会

 今日は、午後から、東海地区K-ABC研究会の第12回総会&第66回研究会でした。午前中は、幹事の先生方に集まっていただき、書類の確認や印刷を行っていました。

 総会は13時からと、いつも、研究会を開始する時間より1時間早めたせいか、出席者が15名ほどで、委任状を合わせて30名ということでした。研究会では、私が、WISC-Ⅲによるアセスメントの話と演習をしたのですが、こちらは、実数で30名ほどの参加者になりました。

 この研究会も、平成7年から継続していますので、満12年を過ぎ、13年目に入ります。会員数は、この頃、100名をやや下回る程度で推移しています。最近は、特別支援教育の関係で、現職の教員の方々の参加が多くなっています。着実に研鑽を積んできてはいるのですが、役員が創設当初からあまり替わりませんので、発想がマンネリ化しているのではないかと危惧しています。そのために、これまでに役員を経験していない、現職の方をお願いしたいのですが、なかなか、そういう希望に沿って下さる方がありません。

 こういう傾向は、どうやらあちこちで同じような様子です。勉強はしたいが、役員になって、会の運営をするような面倒なことは、勘弁して欲しいということのようです。そのお気持ちは分かるのですが、新しい方が参加して、活動を盛り上げていただかないと、当初にスタートさせた立場の者が、いつまでもやっていないといけないという、組織的な会の運営としては、きわめてマズイ結果になってしまいます。私もそれを心配しているのですがなかなか、思うとおりにはいきません。モチベーションがない方にお願いしてもいけないでしょうし、どうしたものでしょう?

 私のように、小さな会ながら、会長を仰せつかっていますと、ある程度、広い視野に立ってものごとを眺め、ある程度長い時間的スパンで考えて運営をしたいと思うのですが、目先の事務処理、会計処理をすることになりますと、矛盾した役割を果たさなければならない羽目に陥り、虻蜂取らずの結果に終わりそうになります。

 また、本務やそれに関連した仕事も、今の立場や年齢になりますと、かなり増えてきますので、こういった研究会レベルの仕事では、全体的な流れを見て、方向性を定めたりする仕事に専念させてもらいたいのですが、そうも行かないところは、困ります。リーダーや、リーダーシップを求めるのであれば、それを補佐する、フォロワーや、フォロワーシップがきちんと機能してくれないと、上手くいくはずのものも、行かなくなります。

 中央集権体制も悪くはないのですが、中央依存体制になってしまうと、中央が身動きがとれなくなりますと、一気に崩壊してしまいますので、それを防いで、会の運営がスムーズに行くように、役割分担、機能分担をして、それぞれの役員の方が、与えられた責任や役割をきちんと果たしていただかないと、全体としての組織は、決してスムーズには行かなくなりますから、今のうちに、というか、ここ1、2年でそういう体制を形成して、実際的に稼働するようにしたいと、会長としては考えているのですが、なかなか実現には至っていません。

 よい智恵があれば、ぜひお借りしたいと思っています。

 ということで、木、金、土と働いて、週末は、日曜日の1日が休日です。天気があまりよくないという予報もありますが、ここらで暑さには、一段落して欲しいところです。

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2007年8月17日 (金)

どうやら、我が儘というのは、良いことかも知れない

 他人様のふんどしで相撲を取る、という内容ですが、ご容赦ください。

 内田樹先生のブログにあったのですが、雑誌「新潮」に、養老孟司先生が河合隼雄さんの追悼文を寄せているそうです。内田先生の紹介によれば、これは、なかなかよい内容のようです。例えば、“養老先生は、「 河合さんの訃報を聞いて、私はもっとワガママをしようと思った。」”といかにも養老先生らしいことばが引用されていました。

 内田先生の記事は、ここを ご覧ください。“ワガママ道前途遼遠”というタイトルです。私などが余分な解説を書く余地はありません。むしろ、黙って、ワガママ道に、邁進した方がよいと考えています。

 ともかく、一度、内田先生のブログも、お読みいただき、可能ならば、原典にも接していただく意味は、十分にあるでしょう。

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2007年8月 6日 (月)

どれだけ働いたらいいのだろう?

 久しぶりに出勤しました。やはり、疲れますし、ため息が出ますので、調子としては、イマイチです。

 休んでいた間に、メール92通が来ていました。もっとも、その半数は、検疫ソフトをかいくぐった迷惑メールです。残りの半数が必要なメールでしたが、その処理・対応には、午前中の2時間あまりだけでは、終わりませんでした。検疫されたメールも、チェックしておかないと、仕事上必要なものが撥ねられている可能性もありますので、結局、検疫ソフトが導入されても、期待されたほど効果はない、というのが、私の個人的な結論です。

 また、書類や手紙もかなりの量がありました。その中で、決してありえないものは、“仕事が減る”という連絡です。まったく堪りません。既にここで、ため息状態です。

 さて、書類のうち、もっとも重要なものは、カリキュラム改定案が示されていた学部の教授会資料でした。7月31日の臨時教授会に加え、8月3日も教授会があったようです(“あったようです”というのは、いかにも無責任ですが、どなたもことの成り行きを教えてくれませんでしたから)。

 現在、私の学部の担当科目は、半期単位でカウントすれば、合計3+1/4コマです。おそらく私学の先生方からすれば、非常に少ない量の授業だ、といわれますが、学部内の、関連基礎科目の教員としては、決して少ない方ではありません。

 それが、改訂カリキュラム(案)では、資料から読み取ることが出来る限りで、現在のものと同様に半期単位でカウントしますと、9+1/2コマとなる、と読めます。いやぁ、一挙に3倍増です。

 しかし、担当しているのは、学部だけではありません。大学院博士前期・後期課程で、現状で、同様にカウントして、特論・演習だけで、合計3+1/4コマありますし、研究指導は、前期課程、1名の院生で4コマ分、後期課程の1名の院生も同様です。前期課程の研究指導の対象となる院生は、今年度は1名ですが、これまでの最大は、3名でした。この最大時でカウントすれば、年間12コマとなります。

 資料を見ていて、気が遠くなりそうでした。これまでの最大量で考えれば、学部・研究科及び前期・後期を合わせて、半期単位に換算して、(16+1/4)+(9+1/2)÷2≒12~13コマ/週となります。1日4コマをこなしたとして、3日で終わるか終わらないくらいです。これが、月~金の5日間、しかも、昼間だけではなく、大学院については、夜間開講もあり得ます。さらに、大事なことは、大学の授業の1コマは、90分なのです。つまり、実際には、12×1.5≒18時間です。

 その他、授業準備、レポートの採点、Q&Aの対応、会議や、そのための資料作成などなどもありますから、一体どれくらい働いたらよいのか?と思います。まだ“完治していない”、半病人の我が身では、マジメに取り組んだとすれば、とうてい処理できる範囲を遥かに超えた量の仕事があるということです。

 やはり、法人化+競争原理の導入+いわゆる改革は、大学教員をタダで、極限までこき使う仕組みなのでしょう。それに、いくら“みなし勤務制”で、8時間働いたとみなされるとはいえ、ありえません!

 いやぁ、タイヘンです。マジメにつぶやきたくなります、「どこか、良いところはないかなぁ?」と。学位は博士号まで持っていますし、文科省の大学設置審の審査結果では、博士後期課程の研究指導もマル合が出ています。また、臨床心理士の資格も持っていまぁ~す!

 ところで、正気に返ってみれば、こんな屁理屈こきで、へそ曲がりで、講釈が多い人物を雇ってくれるようなところはない、というのが現実でしょう。ウ~ン、困った。

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2007年7月30日 (月)

先生って優しいんですね……

 「先生って、優しいんですね」と、潤んだ瞳で見つめられて……、なぁんてことはあり得ません。

 が、先週の試験結果を発表して以来、点数確認にやってくる女子学生達が、異口同音にいうのが、この「先生って、優しいんですね」という言葉です。「うっそぉ~!」とか、「ホントかいな?」という反応をする方は、きわめて正常で、私の行動パターン、すなわち性格を良く知っている方です。

 なぜ、こういう風に、珍しくも、「先生って、優しいんですね」と学生達にいわれるかというと、例の、試験において、“下駄を履かせた”お陰なのです。“下駄を履かせる”というのは、やはり歴史的用語、というか、現代では“死語”なのでしょう。正解率が、15%か、それ以下であった、とある試験問題には、間違いであっても、一律に5点を配点したのです。そのことを告げると、ほとんど皆が、「先生って、優しいんですね」と言ってくれるのです。

 しかし、現在、2年生以下の学生諸君に告げますが、これは、私が優しいからとか、“学生の皆さんの思いを受け止めている”からではありません。あくまでも、formalに言えば、出席点を加えたという説明になりますし、informalに言えば、“下駄を履かせた”以外の何者でもありません。したがって、誤解しないよう、極力努力することをお勧めします。

 下駄を履かせないと、不合格者が、続出とまでは言いませんが、今の3倍くらいになりそうだったため、やむを得ずに執った措置なのです。とネタ晴らしをしてしまうと、元も子もありませんが、おそらく、現役の教え子達は、このブログの存在に気づいていないのが大半なようですから、大丈夫でしょう。

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