照源寺の紅葉
雲が広がりがちでしたが、それでもこの時期としては暖かい1日でした。午
前中、今日こそは散歩に出ようと思っていたのですが、その一方で、昨日も書きましたように、何となく疲れが出ている感じもしていました。そこで、窮余の妥協策。車で出かけ、写真を撮ってくるということにしました。目的地は、市内東方の照源寺です。いつも書くように、静かで、私の好みのお寺の1つです。もう11月も下旬ですから、紅葉が見頃であろうと見込んで、出かけました。
予想通りでした。ただ、陽が陰ってしまうと、今ひとつきれいな色が出ませ
ん。いつも、デジカメにお任せのまま撮っていますので、露出優先にするなど、写真のスキルを向上させる必要があります。いつもは散歩で訪れても、他の方はほとんどいないほど静かなのですが、暖かかったためか、お墓参りの方が数組ありましたし、私と同様に、写真を撮りに来られた同年配の女性がいらっしゃいました。この左は本堂を、右は鐘撞き堂を撮ってみました。
さて、今度は、鐘撞き堂を、少し違うところから、見上げるアングルで撮ったものです。
ここの鐘撞き堂は、他のお寺とはちょっと違った作りになっています。2階部分も壁に囲まれています。少し離れて、西側から見てみますと、紅葉と銀杏と植え込みが、それぞれ赤、黄、緑と好対照をなしています。
これは、山門から本堂にまっすぐ伸びた参道の途中から、北側の光景で
す。色合いが微妙に異なっていて、なかなかのものです。ここ、照源寺では、右の写真のように、おもしろい光景を見ることができます。以前から気づいてはいたのですが、今日は、比較的きれいに撮れました。色づいた紅葉の葉っぱに、さらに上に延びた松の木から落ちた枯れ葉が、引っかかって垂れ下がっているという様子です。
ところで、鐘撞き堂の東には、大きな銀杏の木もあります。これもきれい
に黄色というか、黄金色というべきか、色づいています。木の根元には、かなり葉っぱが落ちています。銀杏の葉っぱというと、かなり前に話題になった“葉っぱのフレディ”という絵本を思い出します。命は引き継がれ、永遠に続いていくというストーリーでした。右の写真は、よくよく見ていただくと、風で銀杏の葉っぱが散ってくるところが写っています。
銀杏の葉も、近づいてよく見てみますと、微妙に色合いが異なっているこ
とがわかります。また、散ってしまい、地上に落ちた葉っぱは、ちょっとしたコラージュの雰囲気で、なかなかおもしろい光景を見せてくれます。1本の木から落ちてきたはずですが、葉っぱの形はさまざまなようです。
こちらのように、かなり深い切れ込みが入ったものもありました。先日(11月24日)の中日新聞・夕刊のサイエンス欄に、“人には聞けない”というコラムでも、この話題が取り上げられていました。こういうバリエーションが生じるのは、銀杏に限らず植物では普通のことだそうです。羽の切れ込みの数や深さは定まっていないことが多いとも書かれていました。どうやら、木々の個性と周囲の環境とで変わるようです。人に個性が生じるのと同じ仕組みのようです。遺伝と環境との相互作用による、という訳です。
ということで、わが家のごく近くではありましたが、ひととき、紅葉をしっか
りと堪能してきました。本当は徒歩で出かけられる距離ですが、まあ、気分転換もできましたので、たまには良いでしょう。このあと、近くの大福田寺にも足を伸ばし、銀杏の木や、サザンカの花を撮影してきましたが、それは、また、明日、ブログに載せようと考えています。さらに、ブックオフに久しぶりに立ち寄って、古語辞典を\105で、新書1冊を\350で入手してきました。
10時過ぎから2時間ほどで歩いてきました。戻ってきましたら、六華苑から雅楽が聞こえてきました。コンサートか?と思ったのですが、そのあとのアナウンスを聞いていましたら、どうやら結婚式を挙げているようでした。六華苑で結婚式というのもうらやましい気がします。午後からは、読書と、少しばかり統計学(検定力について)勉強をしておりました。比較的ゆっくり過ごすことができた土曜日でした。





























































































































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