旅行・地域

2008年5月26日 (月)

謎のプープーオジさん

 暑い1日でしたが、マンション9階の拙宅では、北側の窓と、南側のベランダの窓を開けておきますと、心地よい風が通り抜けます。北から風が吹いているときには、ドアを開けるのに苦労するほどの風が吹き抜けます。

 昨日は、午後から部活に出掛けた愚息が、6時に“今から帰る”というメールを送ったまま、8時半になっても帰宅せず、気をもんでいたのですが、自転車専門店にクラスメイトと寄り道をしていたようでした。親は、心配して待っているのですが、本人はまったく“我、関せず”のようです。せめて、どこにいるかくらいは、連絡をしてくれても良さそうですが、困ったものです。

 ということもあり、いささか疲れましたので、今日は、心静かに過ごそうと、テレビもなるべく見ず、PCもやらないように、と1日過ごしていました。盆栽達に水をやって、雑草を抜いたり、先日、採取してきて苔を貼り付けた盆栽の世話をしたりしていました。盆栽といえば、先日、ダイソーで、苔玉に使う、苔だけが丸く作られ、乾燥したものを100円で売っていました。バンブーとか、そういう小さいものも100円でしたから、税込みで210円で、苔玉ができることが分かりました。近いうちにトライしてみましょう。

 さて、今日の話題というわけではありませんが、桑名に引っ越してきてしばらくの頃から、近所を自転車で走り回っているオジさんというか、おじいさんの存在に気づきました。この頃、わが家では、“謎のプープーオジさん”と、勝手に呼んでいます。

 今の季節、天気がよければ、プープーオジさんは、拙宅マンション脇の道を朝、5時過ぎに南から北方向へ、走っていきます。注意していますと、昼前にも、また、午後からも、もう1度、合計3回くらい、同様に走っています。まるで、パトロールをしているようです。古い、ママチャリ風の自転車に乗り、白いヘルメットに白手袋、歩いている人を追い越すときには、ブザーを「プープー」と必ず、2回鳴らしていきます。これが、“プープーオジさん”という命名の由来です。さらに、交差点を通過したり、曲がるときには、昔々、われわれが小学校の交通安全教室で習ったような手信号をしていくのです。

 この“プープーオジさん”は、市内の他の場所にも出没しています。実際、桑名駅から東の旧市街地はもちろん、播磨の近くでも見た、という情報もあります。私も、何度も見かけていますし、知人に聞いても、「うん、知ってるよ」とか、「あぁ~、見たことある」という人が結構いました。

 それでいて、これまで聞いた誰も、この“プープーオジさん”が、どこの誰かを知っている人はいませんでした。もう一つ不思議なことに、私が引っ越してきて、このオジさんの存在に気づいてから、おそらく10年以上は経っているのですが、その風貌は、全く変わらないと思えるのです。 まるで、月光仮面のようです。♪ど~この誰かは知らないけれど、誰もがみ~んな知っている♪なのです。

 という平和な1日でした。朝から夕方にかけては、気分はイマイチでしたが、夕方以降、多少持ち直しました。日内変動があるようです。

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2008年2月 6日 (水)

赤福狂想曲

 テレビも、全国ニュースの枠で扱っていますが、伊勢の赤福餅が、今日から販売再開となりました。アサヒ・コムでは、ここにニュース特集が載っています。本店は、朝5時に開店したようですが、その時点ではすでに300名ものお客さんが並んでいたようです。「煩悩の数だけ買う」と108個買って、親戚、友人に配るという人までいたようです。三重県の野呂知事も、記者会見でほおばっていました。五十鈴川店では、品薄になってしまい、開店が、9時から1時間ほど遅れたというニュースもありました。

 今日のところは、本店、五十鈴川店など、直営3店でのみの販売で、買いに来たお客さんも、伊勢市内、津、鈴鹿、四日市など県内の方が多かったようです。また、おそらく、いわゆる「赤福ファン」とでも呼べる方たちでしょう。中には、前日の朝9時から並んだという方もあったからです。

 夕方のニュースによれば、結局、3店舗とも、昼には、予定数すべて販売終了、ということになり、買えなかったお客さんから、「予約券制にしないといけない」とか、「せっかく来たのに、何だ」とか、「一人あたりの販売個数を制限してくれないと」というような声が上がっていたようです。

 まぁ、今日のところは、株で言えば、“ご祝儀相場”のようなものでしょうから、これから長期的に見てどうなるかが、重要だと思います。

 ところで、販売開始に先立って、2月3日には、本社工場が初めて公開された様子が報道されていました。小生は、工場の中にお姉さんたちがたくさん並んで、手作業で餅を作っている光景を想像したのですが(半ば、マジです)、餅つき器5台で餅をついているところは見せてもらえましたが、肝心の赤福餅そのものを作るところは、“企業秘密”ということで、非公開でした。

 オマケの話。赤福餅に似ていると話題になった、御福餅も、売り切れたようです。danger

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2007年11月 4日 (日)

へんば餅も!?

 とうとう私の好物のへんば餅までもが、“原材料記載漏れ”が見つかったというニュースです。いやぁ、参りましたねぇ。伊勢名物、総崩れという感じです。

 ところで、わが家の冷蔵庫の冷凍室には、冷凍・へんば餅のストックが7個、あります。自分のところで、冷・解凍するのは、まぁ、自己責任でやっていることですから、全く構いませんが、それにしても、観光地の土産物は一体どうなってるんでしょう?

 今日の午後からの“たかじんのそこまでいって委員会”(中京テレビ)で、「観光地の土産物のお菓子なんかは、富山の薬売りと一緒で、年に何回か、業者がやってきて、置き薬を取り替えていくように、替えていくだけだから、賞味期限も何もない。土産物屋には、当事者能力はない。」というようなことをいっていましたが、どうなのでしょう?生菓子でなければ、それもありなのでしょうか?

 何だか、訳の分からない世の中ですねぇ。賞味期限とか、消費期限も、製造業者自身が決めて、表示しているようですし……。自分で決めたものを、自ら破るのは確かにモラルに反しますし、有り体に言えば、「ウソをついている」ことになりますね。

 そうかぁ、そうだった、平成の時代のキーワードは、“なんでもあり”だと何かに書いてあったのを読んだなぁ……、天気晴朗なれど、回転の鈍ったアタマで考えてみたり……。下手な考え休むに似たり……ともいうし、まぁ、いいか。

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2007年10月30日 (火)

御福餅よ、お前もか?

 今朝のスーパーモーニング(TV朝日系、名古屋ではメ~テレ)によれば、“赤福の替わりには”で紹介した、御福餅でも、製造日の先付けや、原材料の表示順序ミスがあったと、御福餅自体から、申告があったということで、昨日から、立ち入り調査が行われている、といいます。

 先日は、吉兆の系列の和菓子屋でもありましたし、この地方では、栗きんとんの一大ブランドである、川上屋(中津川)の馬籠店でも、他の栗菓子で、日付偽装の問題が報道されていました。

 いやぁ、いったいどうなってるんでしょう?昔から、“名物にうまいものなし”といいますが、昔々から、何やらそういう怪しげなことがされていたのでしょうか?何が信用できて、何が信用できないのか、よく分からなくなります。

 赤福に戻れば、昨日も家内と話をしていたのですが、おかげ横町にある本店では、確かにお姉さん達が、一つずつ手作りをしていますが、あのバカでかい本社工場でも、たくさんのお姉さんが並んで、赤福餅を一つずつ手作りをしているのでしょうか?これは、昔から、私の中では疑問だったものです。知りうる限りでは、どのマスコミも報じてくれないのです。寡聞にして知らず、ということなのかも知れませんが……。

 しかし、売っている(正確には、過去形ですが)赤福餅の一つひとつに、その形の違いが識別できるほどの“個体差”はないように思いますので、やはり機械で作っているのでしょうねぇ。

 食品の偽装問題から連想して、ふと思った疑問でした。

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2007年10月19日 (金)

赤福の替わりには

 赤福の偽装は、いったいどこまで?と思えるほど、日々新たな内容が報道されています。これでは、いくら300年の歴史とはいえ、立ち直るには、相当の時間と努力が必要になると思います。

Mochi  ところで、その赤福餅に似た商品に、御福餅というものがあります。こちらは、創業以来200年ほどといいますが、赤福に比べ、その認知度はかなり低いでしょう。mamekichiも、ずいぶん昔に一度だけ、食べた記憶があるだけです。画像は、御福餅のホームページから、勝手に借りてきて、貼り付けました(ご容赦を)。確か、赤福餅よりは、甘くなく、サイズは、やや大きかったと思います。

 余り知られていないのも当然で、本店は、伊勢市二見町(旧・度会郡二見町)、支店は、伊勢市黒瀬町という、小規模なのです。伊勢市内の駅売店などで売っているかどうか定かではありません。つまり、たぶん、この2店舗のいずれかにいかないと入手できないものなのです。PRも、赤福餅に比べれば、ほとんどしていないといえるくらいです。御福餅も、現在の、赤福偽装疑惑に乗じて、販売を増やそうという気持ちはない、といっているという報道があったくらいです。

 ですから、たぶん、冷解凍したり、まき直ししたりということは、していないと思います。

Henbamochi  伊勢志摩の土産には、御福餅のように、地元まで行かないと入手できないものが結構あります。私の好きな返馬餅もそうです。こちらも、2店舗しかありません。本店は、伊勢市小俣町明野で、宮川店が、伊勢市西豊浜です。ホームページにも、営業終了時間前に品物がなくなることがあります、という断り書きがあるくらいです。その他で、私が知る限りでは、津市久居明神町のジャスコか、近鉄四日市駅1階の味の街に時々、出店しているくらいです。

Shougatou  まだまだあります。伊勢・岩戸屋の生姜糖です。mamekichiが小学生くらいの時は、赤福に負けないくらいの、伊勢土産の代表でした。懐かしい味、といって良いと思います。岩戸屋には、その他、お多福羊羹、お多福まんじゅう、岩戸餅などもあり、インターネット販売もしているようです。

 もう一つ、我が家の好みは、伊勢・虎屋のういろうです。虎屋ういろうは、三重、愛知両県内の他、セントレアや、東京(池袋・東武百貨店)、大阪(阿倍野・近鉄百貨店)でも買えるようです。売店一覧があります。画像をコピーしてきましたが、ういろうの画像では余り絵になりませんでしたので、削除しました。リンクをご覧ください。名古屋でも、各デパートで売っていますので、たまに帰宅途中に買ってきます。

 と、食べ物の話を書いていましたら、お腹が減ってきました。虎屋・ういろうは、安くて、お腹も膨れますし、定番商品の他に季節商品もあります。返馬餅は、我が家の冷蔵庫に冷凍保存されていて、時々解凍して私のおやつにしています。この2つが、私の好みです。

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2007年8月 5日 (日)

石取祭

Ishidori001005 石取祭も、まもなく、本楽<ほんがく>を迎えます。拙宅マンションのすぐ下の道にも、10台近い祭車が、整列をはじめています。移動の間も、整列しているときも、ほとんど常に鉦・太鼓を叩いていますので、賑やかというよりも、喧しいといいたくなるほどです。左の写真は、石取会館に納められている、旧・東太一丸祭車です(記憶が間違っていなければ、です)。

 今日掲載している写真は、今年のものではなく、少々古くて恐縮ですが、平成15年のものです。 

 我が家は、桑名に引っ越してくる前から存じ上げているWsさんのお世話で、今片町少Dsc00001 年会に入れていただいて、参加しています。今片町の祭車は、他とは異なり、普段は、提灯の替わりに、人形が載っています。少年会は、中学3年生までの集団で、高校生からは青年会になります。以前、知り合いの方から、私自身も参加しないかと誘われたことがありましたが、40歳過ぎの年齢では、ただでさえ音感も何もない私では、あの独特のリズムの鉦・太鼓は叩けませんし、“中老会”になるといわれたので、辞退しました。

Dsc00005  これは、今片町祭車の後部の太鼓と鉦です。鉦は4つ付いています。その上に天幕があり、豪華な刺繍がしてあります。天幕は、春日神社に練り込む際に引き上げられ、その刺繍が見えるようになっています。祭車の上部には、大人2人が乗れるスペースがあり、電線の下を通るときなどには、提灯を下げた竿を倒したり、戻したりしています。この役が、主に中老会の人の役割のようです。

Dsc00010  昼の間や、夕方までは、少年会のメンバーが鉦・太鼓を叩いていますが(上・左の写真;赤い法被)、夜になると、青年会のメンバーが主役になります(左の写真;白い法被)です。鉦・太鼓も一段と、大きな音で響き渡るようになります。

Dsc00014_2  最後の写真は、暗くてよく分かりませんが、春日神社に練り込む様子です。よく見ていただくと、奥の方の上部に山門の屋根の形が見えると思います。その下、左側には、櫓が組まれ、観客(宮司さんや市長さんなどのエライさん)の席になっています。中央部に視覚に提灯がぶら下がっているのが、今まさに、天幕をあげようとしている祭車です。天幕の上には、人形のシルエットが見えます。これは、今片町の祭車です。このときは、私の初代コンパクト・デジカメで撮影しましたが、これが精一杯でした。

 

Youtubeには、動画の投稿があります。

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2006年12月31日 (日)

大津プリンスホテル

Dsc04444 12月30日,31日と,mamekichi家は,大津プリンスホテルに一泊骨休めツ061230_19310001アーに行ってきました.30日は,都合により午後から出発しましたので,ホテ ルに到着したのは,すでに日も暮れた,17時半くらいでした.旅行に出かけるというのは,あまりありません.大津プリンスは,左の写真のように琵琶湖畔に立つ38階建ての立派なホテルです.夜,玄関前には,右の写真のようなツリーが輝いています.

 あまり計画的に出かけたのではありません.ホテルに行くのも,1号線をどんどん行けば,近くに出るだろうという安易さでした.お陰で,スムーズに入れず,ホテルを眺めながら,大津市内をクルクル走り回る始末でした.しかし,お陰で京阪電車がみられたりと,息子には好評でした.

 夜は,琵琶湖ホテル隣にあるアーカス大津というアミューズメント・ビルに食事に行きました.シャトルバスがあるはずなのですが,ホテルのドアマンが,もう出発しましたといったので,タクシーに乗ったのですが,ホテルを出るところで,そのいったはずのシャトルバスにすれ違いました.「はっはぁー,みていないのに,出発したといったなぁ」というところですが,仕方ありません.天下のプリンスホテルなのですから,しっかりしてチョと思います.

Dsc04436  食事を済ませ,ホテルに戻り,mamekichiは早速,お土産を見に行きました.滋賀県に行ったのですから,何といっても,信楽焼のたぬきです.もちろん,大きな物は置くところがありませんから,ミニサイズの,とっくりをぶら下げたたぬきを連れて帰ってきました.ホテルの部屋は,10階でしたが,この写真のように結構眺めはきいていました.右手の山並みは,鈴鹿山脈のようです.もう少しカメラを左に向けると,伊吹山も見えます.

 今朝の朝食は,38階のレストランでと思ったのですが,30分以上の待ち時間となっていましたので,行列嫌いの私と,息子の提案で,37階の和食レストランにしました.こちらは,待ち時間ゼロ分でしたし,眺めも良かったので,変更して大正解でした.比叡山もよく見えましたし,琵琶湖大橋も見えていました.

Dsc04448  今日の計画も,とくに立てておらず,食後,チェック・アウト前に珈琲を飲みながら,琵琶湖博物館だ,長浜だ,近江八幡だと,いろいろと意見が出たのですが,家内の意向で,長浜まで行くことにしました.大津から,近江大橋(\150の有料)を渡って,ひたすら国道8号を走り,ちょうど昼頃,長浜駅前に到着です.大津辺りは暖かかったのですが,さすが,湖北といわれる長浜では,風も冷たく,結構寒かったですね.左の写真は,近江大橋から見た大津プリンスホテルです.

Dsc04464  この写真は,長浜の黒壁スクエアの近くの大手門通ですが,さすがに大Dsc04466 晦日で,観光客も少なく,閉店している店舗の方が多かったくらいです.海洋堂のフィギュア博物館も閉まっていましたし,曳山会館もお休みで,ちょっぴり残念でした.お昼は,名物の“のっぺいうどん”を食べてきました.名物にうまい物なし,などといったりしますが,寒くて冷えた体には,熱々のうどんは,何よりのごちそうでしたし,結構美味しかったですね.のっぺいうどんは,吉野葛でつゆにとろみがつけられており,そこにおろし生姜が乗っています.湯葉や椎茸,麩も入っていて,本当に暖まりました.

Dsc04476  長浜を14時頃に出発して,国道8号線を米原まで戻り,そこから国道21号線に入り,関ヶ原までやってきました.関ヶ原に近くなるにつれ,道端に残っている雪の量が増えていました.21号線は,信号も,クルマも少ないので快適です.へたに名神高速を走るよりは良いかもしれません.

 関ヶ原から,国道365号線で,いなべ市を目指します.関ヶ原町も,その次の上石津町Dsc04484も,平成の大合併で,2005年3月からは大垣市に編入されています.365号線もかなり積雪 があったようです.この道は,養老山地と鈴鹿山脈の間を走っていますが,結構快適です.右の写真は,藤原岳です.この山は,セメントの原料を採るために,山肌が削られていますし,麓には太平洋セメントの工場があります.ここには,四日市市の冨田から,三岐鉄道が乗り入れています.セメントを運ぶために作られた鉄道で,いずれは,岐阜県まで路線を延伸しようという計画があったため,三岐鉄道という名称になっています.

 藤原まで来ますと,桑名までは,約30分です.往きには,東名阪を亀山まで行き,そこからひたすら国道1号線を走りましたので,2日間かけて,鈴鹿山脈を一回りしてきたということになります.

Dsc04462  オマケです.長浜の街中で見かけた物です.年配の方はご存じだろうと思いますが,一体なんでしょう?昔は,あちこちにありましたし,鳥居の絵だけが描かれていたりしました.今では,ほとんど見かけることはないと思います.正解は,また,明日のブログで(正月には,合わない話題かも知れませんが……).


 それでは,いつもこのブログを読んで下さる皆さんには,この一年の感謝を申し上げますとともに,良いお年をお迎えください.年賀状は,明日,元旦に書きますので,遅れてしまいますが,ご容赦ください(ペコリ).

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2006年11月 5日 (日)

全日本大学駅伝

Dsc04305  11月5日(日)です.毎年,11月の第一日曜日は,全日本大学駅伝です.Ekiden今朝も,4時半頃から起きていましたが,8時過ぎの熱田神宮でのスタートをテレ ビで見届けてから,応援に行きました.というのも,mamekichiの住む,三重県桑名市を通過していくからなのです.最初の写真は,沿道で,朝日新聞販売店の方が配ってくれた応援用の旗です.子どもみたいですが,こういうものは欲しくなりますし,確かに“行った”という,いわば証拠物件です(笑).右のパンフレットも,同様にゲットしてきたものです.

Course  応援に行ったのは,このコース・マップにマーキングしましたが,国道23Dsc04264号線の地蔵交差点です.ちょうど,23号線が,揖斐・長良大橋を通過して きたところにあります.mamekichiは,自宅を8時30分近くに出発したのですが,9時ジャストに到着しました.ここまでは,自宅からは,約2.6㎞です.テレビ中継を携帯ラジオで聞きながら,通過時間に遅れないようにと,珍しく,早足で歩いたのですが,無事に間に合いました.毎年,中継のヘリコプターが飛んでいますが,まだ上空には達していませんでした.地蔵交差点の下り側(四日市・伊勢方面)の沿道に陣取り,応援です.

Dsc04260  広報車に続いて,最初にやってきたのは,監督車1号でした.ついで,テDsc04265レビ中継車(1号) です.広報車によれば,1位は日大,2位は第一工業大とアナウンスしていきますが,選手が来るまでには,かなり時間がありました.しかし,テレビ中継車のすぐ後には,先導の2台の白バイに続いて日大の選手が見えてきました.左の監督車の写真の奥に見える赤い橋が,揖斐・長良大橋です.

Dsc04268  1位は,日大のギタウ・ダニエル選手です.すごい勢いで通過していきまDsc04269 す.筋肉美というのでしょうか,鍛えられた様子がよく分かりますし,黒光りした肌に白いシューズが印象的でした.2位は,九州の第一工業大学のムタイ選手です.第一工大は,このところ毎年,出場しています.

Dsc04271  3位は,集団となって通過していきました.大東文化大,順天堂大,駒澤大,東洋大などの6名の選手達です.亜細亜大,中央大の選手もいました.9時過ぎで,まだ気温があまり上がってきていませんでしたが,選手達は,かなり汗をかいています.

Dsc04272  この3位集団には,第2中継車が付き添っていました.いつも,朝見ている“どですか”に出演している佐藤アナウンサーが,この2号車に乗っていると,テレビ中継でいっていましたので,写真を撮りたかったのですが,残念ながら,この写真のように,はっきりとは写りませんでした.前の人の頭の横に,チラリと佐藤アナウンサーの顔が見えたくらいでした.

Dsc04280  ずっと順位は下がって,10数番目に,地元の東海学連選抜の選手が走ってきました.mamekichiの母校である名古屋大学の選手です.名古屋大学は,今年の予選では,四日市大学についで2位でしたので,残念ながら出場していません.走り方を見ていると,素人目にも,トップを行く選手とは,ストライドも,勢いも差があることが分かります.

Dsc04287  さらに順位は下がって,地元の四日市大学がやってきました.全国区の,東京の有名私学に比べますと,地元の三重や,岐阜・愛知出身の選手が多く,親しみやすいのですが,どうしても実力は劣ってしまうのでしょう.毎年,20位前後です.今年は,どうでしょう?

Dsc04290  さて,最下位は,この時点では,札幌学院大学でした.遠路はるばるのDsc04292 参加ですが,頑張ってもらいたいと思います.残念ながら,最下位の宿命で,すぐ後ろには,パトカーと,“後尾”を示す大会車両が伴走しています.“後尾”の車両からは,「これで選手はすべて通過しました.ご声援ありがとうございます」というアナウンスが聞かれました.

 先頭が通過してから,15分ほどで全校が通過していきました.熱田神宮から,伊勢神宮までは,106.8㎞あります.現在11時26分ですが,6区を走っているようです.駒澤大がトップ,2位は日大です.ゴールは,13時30分頃になるようですが,どうなっていますか?

 ということで,全選手通過を確認して,mamekichiは,散歩の続きです.伝馬公園で小休止し,コンビニによって新聞を買い,11時前に帰宅しました.今日の散歩は,5.7㎞でした.駅伝のおかげで,距離も,運動量も,最近にない散歩になりました.

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2006年10月 7日 (土)

六華苑(その3)

 天気はとても良いのですが,風がものすごく吹いています.9階の拙宅では,玄関とベランダの両方を開けて,風を通したら,飛んでいきそうな勢いです.しかし,そのおかげで,空が澄んでいるようで,今朝は,ベランダから,伊勢志摩の“朝熊山<あさまやま>”まで見えました.セントレアも,いつもよりはっきりとよく見えています.

Dsc03988_1  さて,仕事が多くて,なかなか時間が取れないために,間が空いてしまいまDsc03997したが,六華苑(その3)として,主に和館の方の 写真を載せて,ご紹介します.最初のものは,その1でも紹介しましたが,洋 館から和館への通路です.階段を少し下りるかたちでつながっています.右の写真が,その和館に入ったすぐの二間続きのところです.明治期の洋風建築では,和館を併設する例は多くあったようですが,これほど大規模な和館を接続した設計は珍しいそうです.

Dsc04003 Dsc04004  どの部屋も,欄間や,鴨居には,これらの写真のように,模様が入れられています.おそらく,家紋なのだろうと思いますが,未確認です.

 

Dsc03996  和館の畳廊下から,洋館の玄関を見たところです.この畳廊下は,もちDsc04005 ろんこの邸宅の主である諸戸氏が通るところです.写真がぼけてしまっていますが,その外側には,普通の板張りの廊下があり,使用人はこちらを通ったようです.この右の写真がその写真です.左のものと同じく,洋館の玄関方向を撮影したものです.写真の左手は,和館に囲まれた方のお庭となっています.

Dsc03995_1  二間続きの和室の奥にもう一間あります.いずれにも床の間がついていDsc03999_1 ます.ここの和室では,ときどきに,行事が行われています.例えば,ことの演奏会などが催されます.庭を見ると,前回も載せましたが,右のような写真の風景が楽しめます.前回,書きましたが,中年の男性が寝転がって,ゆっくりと庭を眺めていました.

Dsc04002  さて,次は,和館の端に続いている,一番蔵です.和館とは,廊下で続いDsc04006 ています.この一番蔵は,木造二階建,土蔵造り,屋根は切妻桟瓦葺となっています.通称“宝蔵”と称されているようで,“書画”を主とした調度品を収納していたそうです.諸戸家の所蔵する,いわゆる“お宝”だけで,市の博物館の展覧会が十分開催できるくらいです.内玄関棟の北側には,二番蔵(右の写真)があります.こちらも木造二階建,土蔵造りです.当初は,炊事場や事務室などがあった内玄関棟に接続していましたので,膳碗什器類を収納していたようです.

Dsc04010  二番蔵の西には,渡り廊下でつながった“番蔵棟”があります.最初,名前を見ただけでは何のための建物か,分からなかったのですが,四番蔵から七番蔵が並んでいるため,このような名称になったものです.この番蔵棟も,木造二階建で,屋根は切妻桟瓦葺です.ちょうど,邸宅の敷地の北境に沿う,東西に長い土蔵です.内部は4室(四番 蔵~七番蔵)からなっており,主に米を納めていたということです.私が行ったときには,焼き物の展覧会が開催されていました.

Dsc04008  番蔵棟の南には,離れ屋があります.ここでは,お茶がいただけます.あらかじめ,内玄関棟で,呈茶券を買っていきます.室内を見学するには,内玄関棟から入り,靴を脱いで,スリッパに履き替えて廻ります.離れ屋は,番蔵棟から渡り廊下でつながっています.

Dsc03989  これは,洋館2階の女中室から見た和館と庭です.また,右側の写真Dsc04030 は,正門である“長屋門”を邸宅側から見た写真です.裏手から見ていることになりますが,向かって左に入場券売り場があります.高校生以上の一般が,300円です.開苑時間は,午前9時から午後5時までですDsc04033が,入苑できるのは,午後4時までです.少々急ぐと1時間で廻れないこともありませんが,庭園をゆっくり散策し,洋館・和館など室内を丁寧に見て回りますと,2時間くらいを考えておかれたらどうかと思います.

Dsc03934_1 もう一度,苑内の案内図を掲げておきます. 桑名市観光ガイドのサイトもご覧下さい.また,諸戸氏庭園の方も,近々,秋の一般公開があります.こちらは,公開されましたら,また,見学に行き,写真を撮影してきてご紹介しましょう.散歩写真のページにも,追々,六華苑の写真を載せていこうと考えています.



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2006年8月27日 (日)

夜は涼し,花火はナガシマ,居ながらにして

Dsc03580 夜になったら,かなり涼しくなりました.気持ちのよい風が吹き渡っています.夏には,お盆と毎週末は,ナガシマ・スパー・ランドの花火です.拙宅ベランダから,写真のように見えます.写真の左手前は,ベランダの手すりです(ご容赦下さい).

Dsc03530  今日は,コンパクトデジカメを三脚に固定して,夜間モードで撮影してみましたが,やはり,シャッターボタンを押すときに写真がブレてしまいます.数十枚を撮影した中から,まともなものを載せています.これは,ハートマークですが,今日は,チョウチョや,ウサちゃん等など,変わり種がたくさんあがっていました.

Dsc03556  揖斐川沿いの吉之丸公園まで行くと,もっと大きく,目の前にあがる感じDsc03573 になります.しかし,ベランダから居ながらにして,毎週末,花火がみられるのは,何物にも代え難いところです.引っ越してきたすぐの,今から,10数年前は,珍しかったので,ナガシマの花火の度に,ベランダに椅子を置いて,ビールを楽しみながら,眺めていました.プライベート・ビーチならぬ,プライベート・ビア・ガーデンwith花火でした(楽).

 今日は,前のエントリーの通り,終日,居職でしたが,花火をみて,涼風に吹かれて,かなりリフレッシュできた気分です.さあ,明日からも,ボチボチ&スロー・ペースで,淡々と飽きもせずに,最低の仕事をやることにしましょう.

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2006年2月18日 (土)

こんなところに……

DSC01748 今朝は,さすがに疲れたのか,起きたのは,6時45分でした.昨日までは,4時とか,4時半に起きていたのですが…….

 朝起きて,しばらくパソコンでネットをみてから,新聞でも取りに行くか,と玄関を出て,いつもの入り江(昔は,総構<そうがまえ>という名前のお堀だったようです)を見下ろしてみると,こんなところに船が停泊していました.そういえば,昨日,21時半過ぎに帰宅したとき,近くの交差点に“船乗り場”という看板が出ていました.

DSC01746 いつもの,この,旧・諸戸邸の前の入り江です.揖斐川とつながっていますDSC01736ので,そこから船を入れたのでしょう.2,3日前から,台船だけが止められていて,“何か工事でもするのかなぁ?”と思っていました.右の写真は,拙宅・マンションの玄関を出たところから撮ったものですが,その台船に船が横付けされており,乗り込めるようになっていました.

DSC01742 この写真のように,“歴史と文化の水郷ふるさと再発見協議会”という名DSC01745称で,“船のりば”という看板があり,テントがおいてありました.船は,東京の船のようで,“Trois Rivieres<トゥロワ・リヴィエール>(フランス語ですね)”という名前の,小型の遊覧船でした.東京から曳航してきたのでしょうか?

DSC01739 拙宅・マンションも一緒に写し込むと,この写真のようになります.旧・諸戸邸は,この写真でいうと,右手になります.う~ん,今日,乗れるのでしょうか?予約制か何かなのでしょうか?そのあたりは,新聞や市の広報誌に何か情報が載っていたのでしょうが,見落としていました.今日は,残念ながら,研究会があり,出勤なのです.会長が欠席では,格好が悪いですしねぇ.まぁ,何とも,致し方ありません.船を横目で眺めて,涙をのんで出勤しましょう.

DSC01751 ところで,ついでながら,苔玉くん1号&2号に植えてあるのは,この写真の植物です.外に置いてありますが,この方が,蕾がよく膨らんでいます.名前が分かりませんが,花が咲いたら,植物図鑑で調べようと思っています.ご存じの方がいらしたら,ぜひご教示下さい.

 天気はよいのですが,ちょっと寒そうな日です.昼前に出かけ,帰宅は,夕方6時頃でしょう.

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2006年2月 8日 (水)

貝新,貝新,貝新&貝新

DSC01586 もう1つ,話題をと思います.先ほどの記事を書くのに,観光案内のページを覗きましたら,“桑名の特産品”というところがあり,当然ながら,“時雨煮”の紹介がありました.そこで,そのことについて,です.

 “その手は,桑名の焼き蛤”というのはよく知られたことばですが,時雨煮も有名で,おそらく近県の方は,“貝新“という店の名前はお聞きになったこDSC01437とがあるかと思います.ところが,その貝新が,実は1軒ではないというのは,知られていないかも知れません.いずれも時雨蛤や,佃煮を製造・販売していますが,“貝新“という名前が付く店だけで4軒あります.今これを書いて気づきましたが,すべて,“総本家”になっていますね.初めの写真は,水谷新九郎商店で,これは八間通にあります.次の2枚は,新之助貝新で,駅前のホテルの1階の店と,駅の東のビルの店です.4枚目は,貝新新七商店です.総本家貝新も自宅の近くにありますが,今日は写真はありません(掲載当日の写真の説明は,一部誤っていましたので,訂正しました).

総本家貝新水谷新九郎商店
総本家新之助貝新
総本家貝新
総本家貝新新七商店

 DSC01591地元の方であれば,何か系列がつながっているのかといったことが分かるのかも知れませんが,よそから来た私には,よく分かりません.載せた写真は,いずれも桑名駅近くにあるそれぞれのお店のものです.

 さらにこのほか,貝新という名前ではありませんが,時雨蛤を扱っている店は,3軒ほどあります.ホームページのある店は,上の“桑名の特産品”からリンクがありましたので,ご覧下さい.

伊勢志ぐれ
貝増商店
瑞宝産業 

DSC01436 “しぐれ蛤”は,蛤の中でも産卵前の大きなものを選び,しょうゆで煮しめて作られます.初めは煮蛤 と呼ばれていたようですが,10月の時雨の季節に製造するものが美味しいという理由で,俳人各務支考によって「しぐれ蛤」と命名されたということです.

 また,古謡には,「桑名の殿さんしぐれで茶々漬け」と歌われています.ただ,この“殿さん”とは,桑名藩主などではなく,明治から大正にかけて桑名で開設されていた,米の取引所の“米相場”で大もうけをした旦那衆のことのようです.大もうけした旦那衆が,その勢いで東京の赤坂や日本橋の芸者衆と大 いに遊んだそうですが,旦那衆は,酒宴の最後にしぐれのお茶漬けを好んで食べたことを芸者衆が喜んで,このような歌が歌われるようになったようです.

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2005年11月24日 (木)

特別支援教育

 今日は,午後から,桑名市の特別支援教育連携協議会の第2回委員会が開かれ,出席してきました.
 特別支援教育は,1)特殊教育の対象となる児童・生徒の増加,2)対象となる障害種別の多様化にともなう対応の複雑化,3)専門性の向上の必要性(専門家の活用や,専門機関との連携の必要性),4)基本的な考え方の転換(一人ひとりの子どもの教育的ニーズの把握に基づき,必要な教育的支援を柔軟に実施)といったことがらを背景に,これまでの「特殊教育」に代わって,2007年度から本格的に実施される予定のものです.文部科学省の最終方針がそろそろ決定される見込みで,地方自治体も,各地域の実態に即した体制の整備を目指して検討を進めているものです.
 桑名市での連携協議会は,今年度第2回の開催で,私は,発達臨床心理学を専門とし,また,心理アセスメントの教育や指導実践を行っている関係で,委員就任を依頼されたものです.地元のことですので,なるべくご協力したいと思って,委員をお引き受けしました.
 今日は,モデル校2校から,「推進事業」の実施状況を報告して頂き,質疑応答や,意見交換を行い,市としてどのような体制,組織,システムを作るのかの検討を進めることになっています.モデル校は,2校とも,大変熱心に取り組んでおられる様子がよく分かりました.ただ,学校や教員だけでの取り組みには,どうしても限界や,解決すべき課題が多々あることが指摘され,私もいくつかの意見と,とくにシステム作りに向けた提案をしてきました.2時間ほどの会議でしたが,あっという間に終了の時間になってしまいました.
 来月には,各学校の先生方がお一人ずつ委嘱されている「特別支援教育コーディネータ」の研修会があり,そこで,「特別支援教育における心理・教育アセスメントと指導」についてお話をする予定です.今日は,担当の先生とその打合せもしてきました.
 会議は市役所で行われたのですが,運動もかねて,往復とも徒歩でした.片道1.7キロ弱の道のりを歩いていってきましたが,ちょうどよい距離でした.今朝は,少し遠くのコンビニまで新聞を買いに出かけ,そのときには,往復2.2㎞ほど歩きましたので,計5.6㎞歩いたことになります.ちなみに今日は,デジカメは持参していません(笑).
 明日は大学に出勤し,学生の相談と研究指導1件,今日休みにした大学院の演習を1コマの予定です.そろそろ心理学のテキストの原稿も締切ですので,そちらの仕上げもしたいと思っています.

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