文化・芸術

2017年5月 8日 (月)

公民館デビューを果たす(微笑)……「俄歴史案内人」にもなりました(苦笑)【付記あります(5/9)】

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 ゴールデンウィークも終わり、新緑の季節です。9階の玄関先からの眺めも、ご覧のように緑濃いものです。「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」という句が思い出されます(たいていは、「目に青葉」とされますが、正確な引用は、この通りだそうです)。江戸中期の俳人・山口素堂(1642~1716)の作。
Dscn9139_800x600 昨日、思わせぶりな書き方をしていましたが、実は、本日、「公民館デビュー」を果たしました(微笑)。4月の市の広報に載っていた「平成29年度 くわな市民大学の受講生募集」に応募し、抽選で当たったのです。「ゼミナール 郷土史学科」という講座、今回のテーマは、「桑名の歴史発掘~くわなの重要事件を探る~」というものです。講師は、市博物館元館長の大塚由良美先生。今日から、12月にかけて、全7回の講座です。午前中2時間。
 今日は、開講式に続き、「桑名が正式な歴史書に最初に書かれたのは」というお話でした。壬申の乱のとき、大海人皇子(後の天武天皇)が、桑名でお泊まりになったということが、日本書紀巻第28に書かれています。これが最初ということです。
是の日に、天皇、桑名郡家に宿りたまふ。即ち停りて進さず。<このひに、てんのう、くわなこおりのみやけにやどりたまふ。すなわちとどまりていでまさず>
 お話は、もちろんこれだけではありません。導入として、国家が国家として成立し、発展していく上では「道の整備」が必須であるというところから説き起こされました。ローマ帝国、中国の秦や漢、ペルシャ帝国の例を踏まえ、日本での道の整備の大まかな歴史を見て、上記の話に収斂していったのです。
 常日頃、自分の授業を受けている学生の皆さんには、「復習してね」といっていますので、小生もこれからノートを見直し、自分でまとめ直してみようと思っています。
Dscn9163_800x600 わが家から中央公民館まではほぼ1㎞。市民大学の講座には歩いて行ったのですが、もう少し歩こうと思い、午後から、九華公園まで往復してきました。結局、2回合わせて6.5㎞。ツツジは、盛りを過ぎつつあります。写真のような遠景はまだ鑑賞に堪えますが、近寄ると、すでに傷み始めた花も目立ちます。
Img_3209_800x573 散歩する方はあるのですが、ゴールデンウィークまでの賑わいがウソのImg_3213_800x534 ように、静かでした。ツツジの中には、左の写真のような花を咲かせているものものありました。右のような、白い花にピンクの模様が入っているものはよく見かけるのですが、左のような花は珍しいです。
Dscn9172_800x600 ツツジの盛りは過ぎつつありますが、花菖蒲は、写真のようにかなり成長してきて、青々としています。今月後半になると咲き始めるものと思います。
Img_3183_800x534 時期的にも、時間帯的にも鳥はいません。スズメ、ムクドリ、ドバト、カワウ、カルガモくらい。ツツジの花には、チョウもあまり来ないのですが、朝日丸跡では、アゲハチョウが蜜を吸っていました。ナガサキアゲハのオスと思われます。
Img_3238_800x572 帰り道、田町交差点でツバメの鳴き声が聞こえてきました。とある商店のImg_3247_800x534 前からです。信号を渡って見に行くと、巣がありました。たまに通るところなのですが、これまで気づいていませんでした。散歩コースで5つめのツバメの巣を発見です。確認すべきヶ所が増えました(微笑)。
Dscn9136_800x573 余談です。九華公園を出たところで、女性から呼び止められました。「石取祭ってどんなお祭りですか? やかましいと聞いたのですが、どういう風なのですか?」などなど。石取祭や、諸戸家に関係する庭園、お屋敷、さらには、水郷花火大会についても聞かれました。「俄歴史案内人」になって、知っていることをお話ししました。小生などが説明したとなると、本物の歴史案内人の方にお叱りを受けそうです(苦笑)。この方、石取祭は、「石を投げ合う祭で、それがやかましいのは、どうして?」と思っていらっしゃったそうです。諸戸家の庭園も、先日公開のあった徳成邸と、六華苑はご覧になったようですが、諸戸氏庭園についてはご存じありませんでした。
 ということで、今日は歴史に始まり、歴史に終わった1日でした。
【付記(5/9)】 壬申の乱は、672年天智天皇没後、皇位継承をめぐって天智の子大友皇子と実弟大海人皇子との間に起こった約1か月に及ぶ大乱です。吉野に隠棲していた大海人皇子が地方豪族の支持を得て大友皇子を破り、翌673年に即位して天武天皇となりました。

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2017年4月29日 (土)

「諸戸徳成邸」特別公開へ……「見納め」になるということで

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 昨日の中日新聞北勢版に「豪商諸戸邸 見納め」という記事が載り、諸戸徳成邸が、今夏にも解体される見通しで、今日・明日と「諸戸徳成邸の保存・活用を考える会」によって、特別見学会が開かれるということでした。これはもう行くしかありません(微笑)。小生も、過去2回、見に行っています(2013/11/30、諸戸徳成邸特別公開へ行ってきました;2015/5/17、諸戸徳成邸特別公開)。
Img_1384_800x533 9時半過ぎに現地到着。10時からでしたので、徳成邸の目の前にある「諸戸Img_1385_800x478水道貯水池遺構」を見て、時間つぶし。高齢の女性お三方と徳成邸や、諸戸氏庭園、六華苑についておしゃべり。この頃、初対面の方とも、平気でおしゃべりするスキルを身につけました(微笑)。
Img_1561_800x533_2 予定より10分ほど早く、9時50分頃から受け付け開始。この時点で、40人あまりの人たちが待っていました。今回は、防空壕と北蔵が初公開ということでした。しかし、まずは、主屋へ。というのも、一度に入れる人数に制限があったからです(写真は、11時頃のもの。この時点で、主屋から大門まで行列!)。
Img_1399_800x503 主屋1階の広間。大正末から昭和初期にかけて建てられたものですが、すImg_1403_800x549 でにセントラルヒーティングが設備されています。そのため、屋敷の北側にはボイラー室もあります。
Img_1414_650x800 お屋敷の主、二代目諸戸清六氏の肖像画。二代目清六氏は、明治21(1888)年、初代の四男(清吾)として誕生。早稲田中学に進学するものの、18歳のとき初代が亡くなられ、桑名に呼び戻されます。初代の4人の息子のうち、長男と三男は早世していたため、二男精太氏と四男清吾氏が諸戸家を継いでいます。精太氏は太一丸の屋敷(現在の諸戸氏庭園)を継ぎ、諸戸宗家と称し、また、清吾氏は、初代清六の名を襲名し、諸戸本家と称したそうです。二代目清六氏は、諸戸宗家の東隣に新居を建てています(現在の六華苑、大正2年竣工)。二代目清六氏は、戦前までは本邸(現・六華苑)と徳成邸とを行き来し、生活したのですが、太平洋戦争で本邸が空襲の被害を受けたことを期に徳成邸に定住したといいます。
Img_1417_800x533 左は、主屋1階にある「夫人室」。右は、大蔵。主屋からは北西の方向にImg_1427_800x533 あります。
Img_1429_800x522 調理室の西の部屋には、大きな食器棚。中には、まだ食器類がたくさんImg_1432_544x800 入ったままです。この部屋には、右の写真のような、「奉祈念秋葉三尺坊守護所」というお札が貼られていました。「秋葉」さんの関係のようですから、火防(ひよけ)・火伏せのお札だろうと思います。
Img_1436_800x527 同じ部屋には、こんな「防火週間」のポスターも残っていました。どうもこういうものがあると、気になってしまうのです(苦笑)。
Img_1445_800x555 主屋2階は、残念ながら室内は撮影禁止でした。左は、2階からお庭の一Img_1451_800x599 部を見下ろした写真。ガラスは、昔のものがそのまま使われているようで、端っこなど、歪みがあり、懐かしい気がしました。右は、東の方を眺めたのですが、今は、木々やマンションのため、遠くまでは見えませんが、かつては木曽三川を望めたと思います。
Img_1493_800x533 防空壕へ。配置図で見ますと、主屋と大蔵の間あたりに、防空壕への入Img_1463_533x800 り口があるようです。狭いところを通り、階段を下っていきます。
Img_1481_533x800 左は、防空壕を少し入ったところ。突き当たって右へ曲がっており、ちょうどImg_1483_507x800 L字型の通路のようになっています。すれ違いがやっとできるくらいの幅。曲がっていった先は、少し進むと、出入り口になっていました。配置図を見ると、大蔵の北西側に出るようです。
Img_1484_521x800 右上の写真の出入り口から外を覗いてみました。土壁というのか、土塁Img_1486_800x533 といった方がよいのか、そういう感じになっていました。右はこの出入り口から戻るときに撮った写真。左上の写真とつながります。防空壕というものに入ったのは、初めてでした。
Img_1518_520x800 つづいて、茶室、茶庭を通って、北蔵へ。敷地のもっともImg_1540_533x800_2 北側にあります。左右の写真は、外観。コンクリート造りのようですが、確かに蔵でした。
Img_1523_800x533 下司な話で恐縮ですが、「お宝満載」かと思ったのですが、空っぽでしたImg_1530_533x800 (微笑)。外観からも分かるとおり、内部は2階建て。収納棚がぎっしり。「山林王」といわれ、とてつもなくお金持ちだったと思うのですが、我々庶民の想像を絶するくらいなのでしょう。
Img_1529_800x533 棚の各所には、それぞれ何を収納していたか、きちんとImg_1537_800x533 ラベルが貼られていたのが、印象的でした。整理整頓のお手本のようです。そういう中、とある棚には、はたきががそのまま置かれていたのが、何だか印象的でした。
Img_1539_800x533 北蔵の出入り口を内側から見たところ。厳重な外扉に、格子戸(といってよいのか、分かりませんが)で、テレビなどでよく見る、まさに蔵の作り。
Img_1559_533x800_2 茶室の南、諸戸家の墓所へ通ずる通路の脇に井戸があります。この井Img_1558_800x533 戸は、諸戸水道にも関わりの深いものだそうです。徳成邸は、愛宕山として親しまれた段丘を利用して建てられています。この丘の水源を利用して、諸戸水道がつくられています。水をくみ上げるポンプの先には、神社にあるよう手水石のようなものが置かれています。これには、諸戸家の家紋である「違い鷹羽」が刻まれています。ここにいらっしゃった、「諸戸徳成邸の保存・活用を考える会」の方に、その由来などを伺ってきました。諸戸家は、古い家系で、織田信長が伊勢攻めた長島一向一揆のときに寺侍として参戦したといいます(そのときは、丹羽という姓だったそうです)。形勢不利なときに、長島城もしくは願証寺のとを外し、それを盾に戦に参加し、活躍したのだそうです。その活躍に対して、「諸戸」という名字と、「違い鷹羽」の紋を与えられたということでした(記憶に基づいて書いています。誤りがありましたら、是非ともご教示ください)。鷹の羽紋は、勇猛な様子から尚武的な意味で用いたといいます。
Img_1590_800x533 最後にお庭から、仏間、洋室へ。左の写真で向かって右が仏間、左が洋Img_1580_800x533 室。洋室の入り口近くには、本棚が置かれたままになっていました。他人様の本棚にどんな本が並んでいるか、興味があります。小説の他、日光に咲く花、慶應義塾百年史、野の佛など多様でした。
Img_1576_800x533 こちらは仏間。ただし、内部は撮影禁止でした。仏間の屋根を見ると、鬼Img_1592_800x583 瓦には、やはり「違い鷹羽」の紋が入っていました。諸戸氏庭園では、カタカナで「モロト」と入っています。
Img_1587_533x800_2 洋室の裏側にも回ることができました。「土塁」があり、「調査前なので、触らないように」という掲示が出ていました。敷地面積は、7,638.46平方メートルだそうです。敷地の西側は、ちょっとした丘になっていて、木々が生い茂っています。
Img_1621_800x533 これで一通り見学してきました。11時半近くです。帰ろうと大門に向かったら、主屋からすごい人数の人が並んでいました。午前中は、10~12時の見学ということでしたが、時間内にはとうてい収まらないような気がします。
Img_1626_533x800 大門の前の通りに面して、少し北側には通用門があります。通用門のとImg_1627_800x550 ころには、フジの木があり、花が咲いて、少し香りがしていました。中でお話しした歴史案内人の女性は、この前を通って桑名高校に通ったとおっしゃっていました。
Img_1630_800x533 通用門のさらに北(桑高側)には、墓所門があります。現在は使われておらず、西側の門から墓所に出入りされるようです。
Img_1638_800x533 徳成邸の西側。この道は通ったことはあるものの、ここが「諸戸徳成邸」Img_1640_800x533 であるとしっかり意識して歩いてはいませんでした。せっかくの機会だから見ておこうと、回って来ました。建物や墓所の西側にあたり、小高くなったところに樹木が生い茂っています。少し歩いて行くと、ここにも墓所に通じる門がありました。諸戸家の子孫の方々が墓参されるときは、こちらをお使いだそうです。
Img_1623_533x800_2 「諸戸徳成邸」の保存については、「諸戸徳成邸の保存・活用を考える会」の方を初めとして、多くの方が運動してくださったのですが、結局、桑名市は昨年、市長が取得断念を発表しています。そのため、新聞記事によれば、現在の所有者の方は、諸戸家に関わりのある建築会社に売却を決め、この夏にも解体される見通しになったといいます。母屋や茶室は解体するものの、北側の庭園や蔵など1,300平方メートルは残す意向だそうです。桑名市も、「本物力こそ、桑名力。」というブランドキャッチフレーズを打ち出しています。それならば本物中の本物であるこの「諸戸徳成邸」の保存をしない手はないと、私は思うのですがねえ。
Motoyotokunari_800x600 配置図と、航空写真は、今日の見学会でいただいたパンフレットからおTokunariphoto_744x523 借りし、掲載しました。以前の記事もお読みください(2013/11/30、諸戸徳成邸特別公開へ行ってきました;2015/5/17、諸戸徳成邸特別公開)。

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2017年4月 2日 (日)

堀巡りの舟から逃げるオオバン、ユリカモメとゴイサギ飛来、ツバメも……九華公園でライブも楽しむ

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 懲りもせず、飽きもせず、淡々と本日も散歩です。それも、例によって住吉Img_5946_800x533 神社から九華公園、5.1㎞。今日は暖かく、天気も良いので午前中から九華公園は賑わっていましたし、堀巡りの舟に乗る人もけっこういらっしゃいました。枝垂れ桜はかなり見られるようになってきていますが、ソメイヨシノはまだまだ。しかし、もうブルーシートを敷いて、花見を楽しむグループもいくつか。
Img_5913_800x534 公園到着は9時頃。まだ人出も少なく、野鳥も出てきていました。ただし、カImg_5917_800x580 モは、今日もゼロ。まずは、管理事務所の南で、ヒヨドリ。丸いパンのようなものをどこかから咥えてきて食べていました。向かって右のヒヨドリさんが独り占め。地面に降りてくるのは、珍しいことです。
Img_5925_800x558_2 奥平屋敷跡への入り口で、まずはシメさん。写真は1羽分しかありませんが、見ていると2羽が行動を共にしているようにも見えました。写真のシメさん、木の実を咥えていますが、空中浮揚しているのは、パソコンで見て初めて気がつきました。
Img_5938_800x600 同じあたりでエナガも2羽が出てきていました。しかし、いつものように動き回りますので、きちんとした写真には撮れず仕舞い。
Img_5953_800x557 朝日丸跡では、アオジが1羽。東の端のツツジの根元にいました。移動するのを追いかけたのですが、結局逃げられ、このかなり後、公園の外周遊歩道の東でも見付けました。しかしまたもや逃げられ、結局こんな写真1枚。
Img_6031_800x533 公園の南、立教小学校の体育館近くにオオバンが2羽来ていました。しかImg_6032_800x533 し、このオオバン、堀巡りの舟が近づいてくるのに驚いて、飛んだり、水を蹴ったりして逃げ回るハメに。この2枚の写真は、そのうち1羽が、水上をかけ逃げるシーン。もう1羽が、飛ぶところも目撃はしたのですが、写真はピンぼけばかりで残念。
Img_6064_800x579 公園の外廻りを一周して、管理事務所近くに戻ったところで、今日もユリカモメ登場。15羽ほどが飛来したのです。去年は、4月には姿を見なくなっていましたが、今年は違うようです。
Img_6082_800x523 帰りがけ、ゴイサギが1羽、九華公園の上空を旋回していました。2周ほどしたところで見失いましたが、降りてきた様子はありません。あの、鎮国守国神社の社務所裏にいたゴイサギなのでしょうか?
Dscn7037_800x600 ところで、奥平屋敷跡にはステージがあります。昔は、ここでいろいろと行事もあったようですが、最近は使われていません。数日前から、ステージや、その前にあるベンチを掃除する若い男性がいらっしゃり、伺ったところ、今日(4/2)、11時からライブをするということで、30分ほど楽しんできました。オリジナル曲の他にカバー曲なども歌っておられました。近くにお住まいのようで、昨年もライブをなさったそうです。聴衆は、小生を含め5名でしたが、よく通る声でなかなかのものでした。
Dscn7069_800x565 オマケ。帰宅後、川口町の川市に食事に出かけたのですが、店の前のDscn7074_800x600 電線でツバメが2羽、羽を休めていました。つば桃、もうあちこちを飛んでいるのを見るようになりました。今年もまた、あちこちのツバメの巣を確認して回らないと(笑)。

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2017年3月14日 (火)

林性寺の涅槃図を再び見に行く

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 本日は、久しぶりに家内の実家へ行ってきました。朝9時出発、夜は21時頃Dscn6002_600x800 帰宅。国道1号、23号経由で片道1時間半あまりという行程。病院や、接骨院、買い物などをしてきたのですが、他にもう一つ目的がありました。去年の3月15日にも行ったのですが(2016年3月15日、林性寺へ涅槃図を見に行く【涅槃図の写真(猫も写っています)へのリンクを追加(3/17)】)、林性寺というお寺でお釈迦様の涅槃図のご開帳があり、それも拝観したいということです。
Dscn5990_800x600 林性寺は、かつてこの地を治めていた榊原氏の菩提寺として、天正Dscn5996_800x600 16(1588)年に開基されました。天台真盛宗のお寺で、大龍山という寺号です。
Dscn5988_800x600 許可を頂いて、写真を撮らせてもらってきました。左が涅槃図の全体像でDscn5970_800x600す。この涅槃図は、室町時代のもの。津市指定文化財で、絹本着色の掛軸になっています。画面巾は、2.50m、立2.59m、総軸巾2.82m、立3.79mという立派なもの。涅槃像は、お釈迦様入滅の様子を描いた絵で、そのお慈悲を受けて救われた生き物(人類だけでなく、鳥・獣・魚な ど全て)が、ご臨終に会おうと駆けつけ、悲しむ姿が描かれてい ます。 しかし、唯一、猫だけは仏縁がなく、間に合わなかったために、描かれていないのが通例だそうです。しかし、林性寺の涅槃図には、日本に三幅だけ猫が描かれている珍しい涅槃図の一つがあります。
Dscn5969_800x600 猫は、この左の写真の中央に、青色と白色とで描かれています。猫が描かれているのは、お釈迦様の頭の下あたりです。今回もじっくりと拝見してきました。
Dscn5976_800x600_2 涅槃図の右下あたりには、集まってきた獣たちが描かれています。反対Dscn5979_800x600 側の左下には、鳥たちが主に描かれていました。ご存じのように、鳥にはひとかたならぬ興味があります。
Dscn5980_800x600 せっかく写真を撮ってきましたので、少し詳しく見ていきましょう。もっともDscn5981_800x600 左側の部分(左の写真)。中心から右のあたりに描かれているのは、クジャクのようです。右の写真は、もう少し右に描かれたもの。中央にいるのは、キジのオスかと思います。
Dscn5982_800x600 さらに右のあたりを撮ったものが、左の写真。ツルは分かりますが、写真に写っている鳥のほとんどはよく分かりません(苦笑)。思わぬところで勉強不足が露呈され、困ったものです。
 遠方からいらした方もおありのようでした。「明日は、(鈴鹿の)神戸にある龍光寺の寝釈迦を、明後日は京都へ別のものを拝観に行くとおっしゃっていました。

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2017年3月13日 (月)

ウグイスの鳴き声を聞く

Img_5085_800x574  今朝、散歩に出るとき、拙宅マンションにある小公園からウグイスが鳴いているのが聞こえてきました。同じマンションの方に伺ったところ、昨日から鳴いているということでした。まだお世辞にも上手ではなく、「ホー、ケキョ」という感じでした。貝塚公園にはいつもウグイスがいますので、早速確認に行ったら、ウグイスらしき鳥、いました。この鳥、ウグイスの地鳴き(ヂッ、ヂッ、ヂッというような鳴き声)と同じ鳴き方をしていましたので、ウグイスで間違いないと思います。ただし、茂みの中を移動していて、写真は撮れませんでした(冒頭の写真は、2013年1月2日に大山田川で撮影したもの)。こちらでウグイスの鳴き声、地鳴きが聞けます。

Img_2846_800x552 3月30日から4月2日まで、今年初めての企画で、「灯街道・桑名宿」というイImg_2854_588x800 ベントが開かれます。散歩帰りに寺町交差点を渡っていたら、係の方が提灯や、幟を立てておられました。提灯のデザインは、中央の円から外に向かって蛤を配置し、石取祭の祭車の車輪と花を表す紋、「車輪花蛤」というものだそうです。1張¥6,500で販売されています。売っているものには、提灯の下に桑名鋳物の特製鈴がついています。このイベント、せっかくなら旧・東海道筋で開催すればよいと思うのですが、九華公園周辺で行われます。
Img_2836_800x604 さて、散歩はいつも通り(笑)。8時40分から11時半過ぎにかけて、住吉神社、九華公園、貝塚公園、内堀南公園、吉津屋町から寺町と、6.3㎞。九華公園内をかなりウロウロしましたので、6㎞を越えました。写真は、外堀あたりのお宅にいたジョウビタキのメス。格子戸越しに撮りました。
Img_2618_800x598 揖斐川には、今日もカンムリカイツブリの姿があちこちに見られます。ほとImg_2619_800x560 んどが夏羽に換わってきています。褐色っぽくなるのですが、右の写真をご覧になるとその特徴がよく分かると思います。ライオンのたてがみのようなものが見えます。
Img_2634_800x626 蟠龍櫓脇の揖斐川堤防では、ホオジロが4羽。ペア2組だったように思いImg_2640_800x518 ます。左の写真がメス、右がオス。ホオジロと良いながら、頬は真っ白ではありません(微笑)。
Img_2778_800x609 鎮国守国神社社務所裏のゴイサギ、今日は何度確認してもこの1羽だけ。昨日、ゴイサギ2羽とホシゴイ1羽が飛んで行ったところをみていますが、戻ってきていないのか? とちょっと気になります。
Img_2692_647x800 カモは、合計45羽。少なめです。ただ、ハシビロガモのオスが2羽いましImg_2657_800x534 た。二の丸堀の前でカウントしていたら、どこから飛んで来たのです。メスはすでにいましたが、ハシビロさんたちはときどき他へ出かけるのかも知れません。ユリカモメは、最多で28羽。堀にいたり、野球場のフェンスにいたりです。オオバンも、このところ毎日、九華公園の堀に来ています。今日は2羽。カモやユリカモメのいるところにもやって来ますが、今日は、ユリカモメに攻撃されていました。
Img_2671_800x566 エナガは今日も、奥平屋敷跡や、二の丸跡でみられました。相変わらずよく動き回りますので、写真に撮りにくいこと(苦笑)。
Img_2749_800x573 先日も目撃したのですが、エナガ、地面に降りることがあります。これはImg_2744_800x595 二の丸跡で撮ったもの。地面に落ちている羽毛を咥えて行きます。巣の材料にするのかと思うのですが、最終的には確認できません。二の丸跡にある松の大木に入っていき、見えなくなるからです。
Img_2664_800x616 九華公園ではこれらの他、シロハラ(左の写真)や、シメ(右の写真)なImg_2755_800x591 ど。シロハラは、奥平屋敷跡にて、シメは朝日丸跡にて。いずれもちょっと距離のあるところでした。
Img_2829_800x531 貝塚公園では、シロハラ(左の写真)の他に、シジュウカラ、コゲラ、カワラヒワ、ツグミなど。シジュウカラは賑やかにさえずっていました。餌を咥えて移動していましたので、求愛のためかも知れません。

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2017年3月 1日 (水)

パラミタミュージアム(三重県菰野町)で「歌川広重 二つの東海道五拾三次 保永堂版と丸清版」展を見る

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 午前中は晴れ、午後からは曇ってきて、15時頃から雨が落ちてきました。今Dscn5499_800x600 日は、曇ってこない内にと、こちらへ外出。といっても、これだけでお分かりになる方は少ないでしょう(微笑)。左の山は、御在所岳。わが家からも見えますが、すぐ近くまで行きました。右は、近鉄湯の山線の大羽根園駅前。
Dscn5508_800x578 実は、三重県菰野町にあるパラミタミュージアムで、「歌川広重 二つの東Dscn5506_800x600 海道五拾三次 保永堂版と丸清版」という展覧会を観に行ったのです。
Dscn5486_800x600 わが家辺りの方であればクルマで行く方が多いと思いますが、小生は、近Dscn5487_800x586 鉄電車で。桑名駅発8時57分の準急で四日市まで(準急とはいえ、富吉からこちらは各停)。三重県に住んで30数年になりますが、近鉄湯の山線にはまだ乗ったことがなかったのと、昨年末、近鉄あみま倶楽部に入り、乗車券、特急券の割引がきくのです(右の乗車券をよくご覧いただくと、「あみま割」と表示があります)。乗車券は2割引(ただし、特急停車駅でないとこの割引は扱ってもらえません。帰りはICカード利用)。
Dscn5491_800x600 近鉄四日市で湯の山線に乗り換え。9時31分発。初めての経験で、ドキドキDscn5494_800x600 (笑)。いわゆる「鉄ちゃん」ではありませんが、電車や鉄道、駅その他には興味はあります。電車には、湯の山温泉開湯1300年ということで、それを記念するヘッドマークがついていました。パラミタミュージアムの最寄り駅が、大羽根園で、ここには9時53分着。
Dscn5496_800x600 左は大羽根園駅のホーム。目の前に鈴鹿の山並みが見えます。わが家かDscn5501_800x599 らも見えますが、菰野町はその麓の町ですから、すぐ間際という感じ。駅前のコンビニの背後に御在所岳というロケーション。コンビニの向こう、左手の高い山が御在所岳です。
Dscn5544_800x599 大羽根園駅です。記憶では、昔からこんな風だったように思います。駅員Dscn5550_800x600 さんはいません。自販機も、切符売り場もありません。ホームは単式で、入り口近くに、右の写真のように、ICカードをタッチする機械2台と、乗車票発券機があります。典型的なローカル駅という感じ。
Hiroshige1_568x800 前置きが長くなりすぎました。「歌川広重 二つの東海道五拾三次 保永Hiroshige2_568x800 堂版と丸清版」展は、¥1,000。歌川広重(1797~1858)は、 天保3年(1832) 、 京都御所へ御料馬を献上する「八朔御馬進献」の行事を記録する命を幕府から受け、江戸から京都へ上り、このときのスケッチをもとに「東海道五拾三次之 内」を出版しています(はじめ保永堂と遷鶴堂から共同出版、 のちに保永堂からの単独出版)。天保5年(1834)、53ヶ所の宿場に日本橋と京都を加えた大判錦絵全55図を完 結したといいます。これが好評を博したことで、名所絵師としての地位を築いた広重は、20種以上もの東海道シリーズを残しています。画題が隷書体で書かれていることから「隷書版東海道」ともいわれる「丸清版の東海道五拾三次」もその一つで、嘉永2年(1849)、丸屋清次郎の寿 鶴堂から出版されました。今回の展覧会では、「保永堂版」と「丸清版」の2種類が同時に展示されて、比較できるようになっています。さらに、大正時代に撮影された宿場町の写真、平成に入ってからの写真も併せて見られるという企画になっています。
 五拾三次の浮世絵、各地の有名なものや、地元三重県を描いたものは、これまでにも本などで見ましたし、実物も一部は博物館などで見たことがありました。しかし、実物が一度にこれだけ見られるという機会はなかなかありません。しっかり堪能してきました。「保永堂版」と「丸清版」の比較はもちろん興味深いものがありますし、大正、平成に撮影された写真とも見比べられるというのは、おもしろい企画です。
Dscn5563_800x695 こちら、図録に載ったものを撮影しました。地元、桑名です。上が、保永堂版」で、「七里渡口」というタイトル。接岸しようという船の背後には、桑名城が描かれていますが、この時代、すでに天守閣は焼失して、ありません。蟠龍櫓が描かれているとされます。下の「丸清版」では、渡しの道中、船上での旅人の様子が描かれ、背後には桑名城と思われる城が見えています。
Dscn5566_800x532 浮世絵は、現代では、一般に多色摺りの木版画錦絵を指します。絵師が描いた原画を彫り師が木版にし、その後、色を重ね刷りしていきます。今日の展覧会では、この「庄野 白雨」を例に、どのように色を重ねていくかも展示されており、これまた興味深く見てきました。記憶では、13回重ね刷りしてありました。
Dscn5514_800x631 広重を見終えて出てきたら、ちょうどこのからくり人形「納曾利(なそり)」Dscn5516_800x600 のデモンストレーションが始まるところでしたので、それも見てきました。制作者は、二代目萬屋仁兵衛<よろずやにへい>さん。舞の途中で人間から龍神へ早替わりするシーンもあります。
Dscn5523_800x609 仕掛けは、絹糸をより合わせた紐とセミクジラの鬚でできたバネが使われており、伝統技術そのものなのですが、人間が操作するのではなく、コンピューター制御で行われていました。舞台の下を覗いてみると、それがよく分かります。
Dscn5562_800x647 ということで、1時間半近く楽しんできました。帰りにミュージアムショップで、図録と「桑名 七里渡口」の表紙のメモ帳をお買い上げ(笑)。図録があると、どうも欲しくなるという悪いクセがあります(\1,700)。メモ帳も、どうしたものかと思ったのですが、\125でしたので、まぁいいかと。
Dscn5555_800x600 大羽根園駅11時35分発の電車で、近鉄四日市経由、帰途へ。帰りに桑名駅近くで用事を済ませ、1時頃帰宅。買ってきた図録を見直して、楽しもうと思っています。明日は雨のようですが、午後、特別支援教育支援員養成講座で講師を務めます。昼前に出かけ、先日と同じく、名古屋国際センターへ。

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2017年1月18日 (水)

博物館にて「昔がたり」展を見る

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 今朝の鈴鹿山脈の山並みです。といっても、マンションが並んでいる向こうImg_4440_800x565 の方に見えるだけですが(苦笑)。雪化粧しているのはお分かり頂けると思います。左の写真(一眼デジカメの55mmで撮ったもの)の中央に見えているのが、御在所岳。ここだけ250mmでズームし、トリミングすると、右のようになります。頂上附近には、雨量観測用の気象レーダーのドームが、また、写真中央よりやや左したには、御在所ロープウェイの鉄塔(白いもの)が見えています。
Poster 今日は、何となく風邪気味で、用心して散歩は止めておきました。代わりに図書館に借りていた本を返しに行き(図書館が休みであったのを失念していましたが)、そのあと、桑名市立博物館で開催中の新春企画展「昔がたり」 を見てきました。源氏物語の中の場面を描いたものや、中に記された和歌、源氏物語を書写したものなどを中心にとした、平安時代の雅が展示されています。桑名の画僧・帆山花之舎が描いた「源氏物語図屏風」や、松平定信公が写した源氏物語(書物)、加賀瑞山の萬古焼の香合など、新春にふさわしいものが展示されていて、ゆっくりと観て回ってきました。
Mukasigatari1_568x800 展示品は、合計63点。リストは、左右の画像の通りです。江川香竹さんの書Mukashigatari2_568x800 がたくさん出ていますが、桑名市の文化功労者の方です。このブログでも、以前、この博物館で展覧会を見た記事を書いています(2012年5月6日、桑名市博物館へ……市文化功労者・江川香竹・水谷桑丘展【花名の誤りを訂正、一部削除しました(5/7)】)。年配の方が、チラホラと来館しておられました。この展覧会、3月12日(日)まで、桑名市博物館(桑名市京町37-1)で開催されています。入場無料、原則として月曜休館です。
 余談ですが、桑名市博物館の来館者、案外地元の方が少ないという話をあちこちで聞きます。もったいないことです。私はここ何年か、すべての展覧会を見ています。よく知らない領域のものもありますが、何か新しいことが分かるかも知れないと思うのです。
Dscn4201_800x585 博物館のあとは、九華公園の管理事務所に立ち寄ってきました。昨日の「ユリカモメ・オン・アイス」の写真を届けるためです。「九華公園の野鳥たち」のアルバムに付け加えて頂けると思います。公園内は歩きませんでしたが、吉之丸堀辺りは、まだ氷が張っており、カルガモ以外のカモの姿は確認できませんでした。どこかに避難(?)しているのだろうと思います。
Dscn4218_800x600 今日は、鳥見を諦めていたのですが、帰ってきて、拙宅マンション内の公園にジョウビタキのメスがちょうどよいタイミングで出てきました。シロハラの鳴き声もしていたのですが(先日来、ここで目撃しています)、写真は撮れず。その他、借りている駐車場近くでは、メジロが2羽が2羽電線にいました。満足とはいきませんが、ちょっとだけフラストレーションは解消(微笑)。

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2017年1月13日 (金)

「昭和のくらし・昭和の子ども」展へ……四日市市立博物館

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 今シーズン最強の寒波襲来だそうです。この地方も明日、明後日にかけて雪が降るかも知れないという予報です。朝から6m/s前後の風が吹いていますし、鈴鹿の山には、雪でも降らせていそうな雲。昼過ぎくらいからは、時折冷たいものが飛んで来ています。今日はこんな天気ですし、前から見に行こうと思っていましたので、四日市市立博物館の「昭和のくらし・昭和の子ども」という展覧会に行ってきました。
Dscn3790_800x592 四日市までは、桑名から近鉄の急行電車で15分ほど。駅まで行って、乗れDscn3796_600x800 る電車に乗ればよいと思って出かけ、9時2分に乗車。近鉄四日市駅から博物館までは徒歩でも、5分足らず。9時半の開館前に着いてしまいました。
Dscn3807_800x600 特別企画展ですので、入場料\300。「昭和のくらし」の方は、館蔵資料によって昭和の暮らしや、学校の様子、駄菓子やなどを再現した展示。「昭和の子ども」の方は、木村伊兵衛、入江泰吉など、昭和を代表する19名の写真家が捉えた昭和の子どもたちの写真陳列されていました。
Shouwa_568x800 この展覧会は、学習支援展示を兼ねており、四日市市内の小学生の団体も、勉強にやって来ていました。結局、小学生たちに混じって見てきました。「昭和の子ども」の方は、引率の先生が「四日市の写真が1枚あります」とおっしゃったので、子どもたちと一緒になって探してきました(笑)。「昭和のくらし」では、昭和30年代のくらしの様子や、学校の教室、給食、駄菓子や、おもちゃなどがあったのですが、自分の子ども時代のものごとが「歴史」として教えられるのには、ちょっとした感慨がありました(苦笑)。年をとったものです。
Dscn3800_800x600  ついでに常設展示の「時空街道」も見てきました。こちらは、無料。子どもDscn3802_800x600 たちは来ませんので、独り占め状態(笑)。四日市の原始・古代から江戸時代までの歴史が展示されています。「四日市宿」のところには、焼きはまぐりを売る店の様子が再現されていましたので、内緒で写真を撮ってきました。「その手は桑名の焼きはまぐり」という言葉で有名ですが、実際には、桑名宿と四日市宿の間にある小向と富田で売られていました。どちらも桑名藩領なので、「桑名の焼きはまぐり」と言われたと考えられます。焼きはまぐりは、松ぼっくりを炭代わりに使うと貝にあたらないという言い伝えがあったようで、松葉をしいた上に松ぼっくりを置いて、その廻りにはまぐりをたち並べて焼いていたそうです。
 博物館で1時間あまり過ごしたあと、四日市近鉄百貨店へ。地下の丸善を覗いてから、5階催事場で開かれている「九州の大物産展」へ。小生が、デパートに行くということ自体珍しいですし、物産展で買い物をするなどということは数年に1度あるかないか(笑)。いろいろ観て回った結果、岩崎本舗の長崎角煮まんじゅうなどをゲットしてきました。
Dscn3784_800x600_2 以下は、余談というかオマケ。ロウバイが気になっていたのですが、今年はまだ見ていませんでした。拙宅近くのお宅にあるのです。往きに見てきました。きれいに咲いており、甘い香りが漂っていました。
 明日、明後日はそういえば、大学入試センター試験。センター試験の時はとても寒く、雪が降ることも多いというのは、現職当時の経験則。受験する皆さんはもちろん大変なのですが、試験を実施する側も相当苦労があります。天候ばかりはいかんともしがたいところですが、大きな支障なく実施され、受験生の皆さんには実力を発揮されることをお祈りします。

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2017年1月 6日 (金)

セグロカモメに、ハクセキレイ「四変化」(笑)……午後は、吉田初三郎描く桑名の鳥瞰図を見に行く

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 1月6日です。昔というか、若い頃に比べてというかよく分かりませんが、正月と感じる期間がドンドン短くなっている気がします。子どもの頃は、三が日はどこも店が閉まっていて、町も静かで、いかにも正月と思ったものですが、この頃は、コンビニはもちろん、スーパーや量販店も元旦から(というか、元旦も)営業しています。正月は、単なる大型連休になってしまった気がします。写真は、九華公園(管理事務所の東あたり)。
Img_2690_800x530 それはさておき、今日もまた例によって例のごとく、午前中は散歩です。揖斐長良川の中州、アオサギの集合場所。9羽いたところへ、もう1羽が出勤し、合計10羽。
Img_2700_800x591 アオサギを見ていたら、揖斐川の下流の方から、カモメの仲間が飛んで来Img_2711_800x594 て、着水。遠くてよく分かりませんが、割と大きめですし、背中の色からして、セグロカモメのような気がします。
Img_2734_800x579 揖斐川では、もう一つ。カンムリカイツブリを合計9羽も見ました。少し波立った日に割と多く来るのですが、それにしても多い。川口水門あたりでは、同時に6羽も数えられました。
Img_2754_800x552 九華公園では、カモは合計61羽。九華橋の南や、二之丸堀の西側にほとんどが集まっています。ホシハジロのオスが1羽、ハシビロガモのペアが1組。他はほとんどキンクロハジロ。どうやら、ヒドリガモのペアは、どこかへ引っ越してしまったようです。ちょっと残念。
Img_2805_800x534 ユリカモメは、25羽ほど。いつものように野球場のフェンスにもいますが、管理事務所近くの小屋の上や、電柱などにもよく来ています。
Img_2833_800x536 その野球場のフェンス、ユリカモメが10羽ほど止まっていたのですが、大型Img_2834_800x603 のカモメがやって来て、ほとんどが逃げ出しました。カモメの方は、威嚇したり、攻撃したりということはありませんでしたから、「役者が違う」という感じです。揖斐川で見たのと同じく、セグロカモメではないかと思います。セグロカモメは、以前堀に降りて、死んだ魚を食べているところを見たことがあります。
Img_2812_800x610 奥平屋敷跡では、シロハラの証拠写真(苦笑)。先日来、ここの樹上でシロハラを何度か目撃していました。すぐに逃げられてしまいました。
Img_2817_800x556 こちらのシメは、二の丸跡にて。近づいたら、樹上に逃げられました。今Img_2819_800x626 日は、公園内のあちこちでシメを目撃したり、鳴き声を聞いたりしました。年末でしたか、公園内に3羽はいると書きましたが、今日も同様の印象を持ちました。
Img_2849_800x573 今日もビンズイに出会えました。場所は、本丸跡、神戸櫓の南あたり。毎年よく見かける場所です。ただし、今日は、この1羽のみ。
Img_2859_800x625 ゴイサギ、今日は久しぶりにはっきりと1羽を確認。よくアオサギが止まっImg_2873_800x587 ている「新お立ち台」に出てきたところでした。しかし、なぜかすぐにまた、移動。この「新お立ち台」の東、やや上あたりの茂みの中に隠れてしまいました。右の写真で、下に移っている枝が、「新お立ち台」。昨年の晩秋頃のように、ゴイサギ3羽、ホシゴイ2羽がそろうシーンをまた見たいのですがねえ……。
Img_2758_800x564 今日、この他九華公園で見たのは、ハクセキレイ、ツグミ、メジロ、シジュウカラなど。散歩友達のナナちゃんのお父さんによれば、ヤマガラもいたそうですが、残念ながら、小生は会えず。今シーズンまだヤマガラを見ていません。
Img_2906_800x558 寺町から、住吉入江の三崎見附あたりに来たところで、シロハラが飛んで来ました。左の写真は、近くの民家の庭にいたところ。フェンス越しに撮ったもの。この三崎見附あたりでは、毎年、ときどきシロハラを見かけます。ちなみに、拙宅マンションまで戻ったとき、シロハラが玄関先の植え込みから諸戸氏庭園の方へ飛のも見ました。以前、何度かマンションの植え込みでシロハラを撮影しています。
Img_2912_800x600 拙宅前の住吉入江に戻ってきたら、ハクセキレイが1羽。ここには、よくハImg_2915_800x595 クセキレイがいます。七変化ならぬ、「四変化」(笑)をご覧ください。
Img_2916_800x566 午後から出かけたとき、近くの諸戸氏庭園前のポストに立ち寄ったのでImg_2917_800x568 すが、そのときもこのハクセキレイ(と思います)はいました。ゆっくり近寄ると、割と近くまでいけます。
Img_2918_800x604 うまくしたら、このハクセキレイと友達になれるのではないかという気もします(笑)。少しずつトライしてみることにしましょう。今日の散歩は、8時50分から11時20分くらいまで。住吉神社、九華公園、田町、八間通郵便局、寺町、三崎見附(ここは寺町からかえるとき、いつもと降ります)と、5.1㎞。
Dscn3631_800x600 午後から再び外出。行き先はこちら、くわなメディアラDscn3632_800x600 イブにある図書館であります。昨日から、ここで吉田初三郎が描いた、桑名の鳥瞰図が展示されているのです。
Hatsusaburou_556x574   2017年1月の広報くわなの図書館案内に載っていて、楽しみにしていたものです。初三郎が描いた桑名の鳥瞰図は、3種類あるようですが、そのうちの1枚の原画が見られました(「西桑名」というタイトルでした)。WEB地図の資料館というサイトのここに、「名勝桑名鳥瞰図」(昭和9年)があります。展示されていた原画にも、伊勢大橋が描かれていましたので、リンク先にある「名勝桑名鳥瞰図」の原画ではないかと思います。パンフレットなどがなかったのは残念ですが、今月26日まで開催されていますから、もう一度見てきたいと思っています。
 メディアライブ往復で、2.9㎞ほど歩いてきました。今日は、合計8㎞(笑)。もう10年近く散歩をしていますから、歩くのはあまり苦になりませんが、ちょっと歩きすぎ。
 なお、明日(1/7)は、三重K-ABCアセスメント研究会の講演会に終日出かける予定ですので、散歩はできません。

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2017年1月 4日 (水)

魚を咥えるカンムリカイツブリ、鎮国さんにシロハラ……世間並みに「御用始め(苦笑)」

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 午前中はまだ暖かかったものの、昼頃から曇って来た上に、風も出て、何だかとても寒くなって来ました。正月三が日の暖かさがウソのようです。今日は、御用始め。「お前のところは関係ないだろう」と突っ込まれそうですが、一応、仕事に手を付けました(笑)。昨年から依頼されている江戸橋方面の講義のシラバスが明日締切で、今日、完成してメールで送付。もう一つは、土曜日(1/7)の三重K-ABCアセスメント研究会での事例の資料が届きましたので、それを読み始めました。ということで一応世間並みに、「御用始め」としました。
Img_2330_800x551 今日は、カンムリカイツブリから。今日のように少し風があって、川が波立っImg_2332_800x572 ているときに揖斐川でよくカンムリカイツブリを見ます。今日は、初めてカンムリカイツブリが魚を咥えているところを確認しました。住吉神社前の揖斐川の中央あたりですので、250mmズームでは、トリミングしてもこれくらいにしかなりませんが、かなり大きな魚を咥えていました。
Img_2396_800x582 もう一つ、鎮国守国神社の境内には、シロハラがいました。先日来、公園内の奥平屋敷跡などで樹上にいたのですが、ようやく地面に降りてきていました。何かの実を咥えて丸呑み。
Img_2324_800x534 さて、散歩はいつも通り、8時半頃から11時過ぎにかけて、住吉神社、九華Dscn3517_800x600 公園、八間通郵便局、寺町と、5.8㎞。今日から散歩を始める方も多いようで、知り合いにたくさん会ってきました。住吉水門の内側では、ホシハジロのオスが1羽。水門が開いていると入ってくるようです。このホシハジロ、単独行動が多いのですが、ときどき「住吉キンクロウズ」と一緒に行動しています(右の写真は、夕方撮ってきたもの)。
Img_2367_800x597 九華公園、今日は、ゴイサギ&ホシゴイは見当たらず(昨日の話は、あとImg_2376_800x571 で)。しかし、モズや、シメ、ツグミなど、一通りの野鳥は見られました。モズは、二の丸跡で見かけ、そのあと、あちこち引き回されました(苦笑)。ときどき、こういうことがあります。右の写真、何だか、「ちゃんと追いかけて来いよ」とでも言われている気がします。
Img_2347_800x563 ツグミは、公園内のあちこちにいますが、まだほとんど地面には降りてきImg_2408_800x581 ません。例年であれば、三の丸公園や、吉之丸コミュニティパークでも見るのですが、そちらでは見かけません。シメもたいていはいます。ただ、今日は、樹上にいて、「声はすれども……」で見つけるのに苦労しました。
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 コゲラは、本丸跡にて。2羽が近くにいます。この頃はたいていペアでいるようです。伊賀町のご隠居にお目にかかったら、「コゲラがいた。他にもいたけど、それは何だか分からない」ということでした。この他、ジョウビタキのメスや、シジュウカラ、メジロなども見ましたが、写真には撮れず仕舞い。
Img_2354_800x566 九華公園のカモたち、今日は、合計43羽と少なめ。ハシビロガモのペア1Img_2355_800x558 組とキンクロさんのみ。ヒドリガモも、ホシハジロもおらず、がっかり。
Img_2228_533x800 ハシビロガモがこの頃気に入っている場所は、奥平屋敷跡北の花菖蒲園の脇。ここは、二之丸堀の西の端。ときどきカルガモも一緒にいます(左の写真は、昨日撮影)。すぐ脇を人が通るのですが、すぐには逃げなくなりました。そのため、上の2枚のように接近した写真を撮れます。ただし、目はしっかりとこちらに向けています。
Img_2371_800x564 ユリカモメたちは、20羽ほど。今日は餌をくれる人はなく、割と落ち着いてImg_2440_800x534 いました。帰り際、三之丸町内側の堀で、ユリカモメとキンクロが一緒にいましたので、先日のような「いじめ」が起きないかとみていたのですが、今日は、平穏でした(何を期待しているのか?)。
Img_2462_800x591 一回りして、拙宅前の住吉入江に戻ってきたら、ハクセキレイが1羽、入Img_2452_800x596 江の堤防上にいました。どうも入江の中が気になるようで、何度も覗き込んでいます。そのうち、堤防の内側に降りて行きました。餌を探しているように見えます。
Dscn3506_600x800 余談は、桑名の新春かるた会の話題。リンク先にも説明がありますが、毎年1月3日に百人一首、5日に詩かるたの会が鎮国守国神社で開催されます。とくに、「詩かるた」は、桑名のみに伝えられ保存されてきたもので、桑名市の指定文化財になっています。リンク先の説明を是非お読みください。男性的で、かなり激しいもののようです。昨日の百人一首には、50名ほどの参加者があったと聞いてきました。
Img_2302_800x534  ところで、以下、昨日の散歩、鳥見の記録です。散歩は、8時半から11時、住吉神社、九華公園、田町、寺町、北桑名神社の6.2㎞。
Img_2217_800x590 九華公園のゴイサギ&ホシゴイについては、こんな光景が見られました。手前にゴイサギ、奥にホシゴイという並び。この他、もう1羽、ホシゴイが見えたのですが、すぐに姿を消してしまいました。
Img_2225_800x601 カモは、50羽。今日と同じく、ハシビロガモのペアとキンクロさんのみでしImg_2223_800x514 た。ユリカモメは、合計40羽。このところ、管理事務所近くの電柱によく集まっています。
Img_2293_800x565 昨日は、この他は、シメくらいで、あまり鳥はいませんでした。ツバキ、スイセンの写真は、昨日撮影したものです。

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