文化・芸術

2009年11月29日 (日)

今日は、六華苑で舞楽と紅葉鑑賞

001  曇りのち雨という予報でした。昨日は、きちんとした散歩に出ませんでしたので、今日こそはと、朝から考えていましたが、ちょっと寒いかと若干、尻込みしていました。しかし、今日もサボっては、男の沽券にかかわるなどと大袈裟には考えませんでしたが、まあ、近所のバローにある100円ショップまで行き、ついでに回りを歩いて来るか、と気軽な気持ちで出かけることとしました。

Pb290160  バローの100円ショップで、スティック糊や付箋紙を買ってブラブラしていまPb290157 すと、昨日同様、六華苑から雅楽が聞こえてきます。ついフラフラと吸い寄せられるようにして、入苑料\300なりを支払って、行ってきました。今回も、入苑料だけで楽しめる、無料コンサート(舞楽会)です。ちなみに、六華苑の入口脇にも、このような立派な、銀杏の大木があります。

Pb290151  六華苑は、鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドルが建物を設計しています。洋館+和風の屋敷は、国指定の重要文化財、庭園も、国指定の名勝となっています。舞楽会は、建物前の芝生広場で催されています。

Pb290135 Pb290042  ご覧のようなセッティングになっています。建物は北側になります。舞楽の舞台後方が、道路を隔てて揖斐川になります。お客さんの椅子が、きちんと和風のものになっているのに、ちょっと感心してしまいました。

Pb290014  今日は、10時からと12時からとの2回公演のようでしたが、始まったときPb290020 には、まだ自宅にいましたので、1回目の終わりがけに到着したということです。“多度舞楽会”とありましたので、多度大社の舞楽かと思ったのですが、そうではなく、多度町にある市民団体の方々ということでした。しかし、本格的です。

Pb290039  ここ六華苑では、春と秋に定期公演をしており、今回で5周年だそうです。また、今年はちょうど今上陛下のご即位20年に当たるということで、皇室祝賀の舞曲を中心に上演するということです。秋祭りなどで、奉納されている小規模の舞楽は見たことがありますが、これだけ本格的なものは、初めてでした。しばし、見物した後、せっかくだからと庭園を一回りすることにしました。

Pb290024  六華苑の主庭園は、池泉式回遊庭園となっています。造られた当時は、Pb290033_2 潮入池となっていて、揖斐川とつながっており、潮の干満にしたがって、池の水も増減していたものです。 昨日の照源寺も、今ひとつの天候で、もう少しきれいに紅葉が撮影できると良かったのですが、今日も曇り空でしたので、その点はちょっと残念でした。

Pb290045 Pb290049  庭園内には、2箇所に滝が設けられています。上の写真は、主庭園に流れ込むようしつらえられた小川(正式には、曲水か、遣り水なのかも知れません)のスタートのところにあるものです。こちらが主庭園の池です。滝は、日本庭園の主役だそうです(小学館・「日本庭園」の見方)。

Pb290049_2  和館の間にも小規模なお庭があります。ここからは、右の写真のように、Pb290063 洋館の塔屋を裏側から眺めることができます。天気が良ければ、紅葉の赤と空の青戸がコントラストをなして、よりいっそうきれいだったかと思います。ご想像ください。

Pb290064  こちらも和館の裏手のお庭の紅葉です。なかなか立派な木になっています。この和館の裏手には、蔵が建ち並ぶとともに、離れ屋や、旧高須城から移築されたという“旧高須御殿”、さらには、“稲荷社”も奉られています。

Pb290085  再び主庭園の方に出て来ました。この写真は、池の西側の方になりまPb290087 す。こちらからは、池は右の写真のように見えます。けっこうに広いので、かなりあるくことになり、適度な散歩コースになります。高低差もありますから、それなりに運動量もある、と思います。。

Pb290095  かなり南側に回って来ました。ここから池越しに見る洋館の光景が、私Pb290129のお気に入りの光景です。池の水面に建物が映っているの も、なかなか良いかなと思います。右も、池の南ですが、池からは少し奥まったところで、同時に少し高くなったあたりです。実は、このあたりまで来ると、お隣が見えます。

Pb290099  それは、お濠を隔てて接している、“旧諸戸氏庭園”が見えるのです。旧Pb290123 諸戸氏庭園も、現在、秋の一般公開中です。こちらのお庭は、すでに室町時代に“江の奥殿“と呼ばれ、邸宅と庭園があったといわれます。1686年に、桑名の豪商・山田彦左衛門が、隠居所としてこれを買い求め、庭園を充実させたようです。“久波奈名所図会”にも、“山田氏林泉図”として取り上げられています。

Pb290053  もう一つ。これは、“マイ・トリビア”とでもいうべき、大したことのないことPb290052 がらです。左の写真のように、所々から、拙宅マンションが見え隠れしています。同じ位置から、ズームアップしてみた風景が、右の写真です。

Pb290188  わが家の玄関前から、六華苑を撮影してみますと、この左の写真のようになります。洋館の塔屋が目立つ他は、森になっているように見えますが、その中は、今日の写真のように立派なお屋敷、お庭が隠れているのです。この写真で、手前側が、いつもの“旧諸戸氏庭園”になっています。こちらの紅葉もきれいでしたので、今度の週末はこちらへと思っています。

 ということで、今日は、舞楽の音曲に誘われて六華苑に入り込んでしまいました。大福田寺の銀杏の木や、サザンカは、また機会を改めて載せたいと思います。

 そうそう、今日は、帰り道で、ハクセキレイのつがいと思われる2羽や、ずいぶん久しぶりにカワラヒワたちの姿を見かけ、写真に収めてきました。そろそろ冬の鳥たちが姿を見せてくれる時期となったようです。これらも、また、別の機会に紹介したいと思います。

 出かけるのに若干迷いましたが、やはり、少々寒いとはいえ、散歩に出て,軽く運動をしてくるのは、気分転換にもなり、出かけて良かったと思っています。

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2009年10月25日 (日)

リュート音楽と美人画……芸術の秋を堪能

Pa250038  今日こそ晴れるかと期待したのですが、やはり1日、曇りのようです。しかし、秋は着実に歩を進めているようです。今日は、珍しく、誰も外出をせず、家族4人がそれぞれに過ごしています。家内と私は、前から予定していたのですが、午後から散歩を兼ねて、六華苑と、桑名市博物館とを巡ってきました。おおむね2.5㎞以上、歩いてきたことになります。

Pa250020  六華苑は、私もいつも散歩で、その回りを歩いているのですが、久しぶりにPa250019 入苑しました。入苑料は、¥300ですので、考えてみれば安いものです。これで、四季それぞれに庭園の風景が楽しめるのですから。それに、今日は、入苑料だけで、ミニコンサートが楽しめるという、絶好の機会だったのです。

Panf  実は、お会いするのも、演奏を聴かせていただくのも初めてだったのですPa250005 が、ブログやメールでのやりとりで、かなり以前から存じ上げていた、桑名市在住のリュート奏者である中川祥治さんの“リュート音楽の楽しみ”という、ミニコンサートが、13時からと、15時からとの2回行われるということで、楽しみにしていたのです。リュートという楽器は、今ではあまりポピュラーではないかも知れませんが、中世からバロック期に主にヨーロッパで用いられた弦楽器です。Wikiペディアにリンクを張っておきましたので、ご参照ください。演奏会は、右上の写真にあります、六華苑の洋館1階のホールで行われました。大正2年に完成した建物で、リュートによるバロック音楽を聴かせていただくという、とても贅沢な時間を過ごすことができました。ちなみに、私は、音楽には詳しくないのですが、クラシックの中では、バロック音楽は好みです。

180px8coursetenorrenaissancelute04  リュートには24弦がありますが、中川さんのお話によれば、大変チューニRecital ングの難しい楽器だそうで、とある演奏家は、人生80年のうち、60年をチューニングに費やしていたといったという話しがあるくらいだそうです。講釈好きの私ですが、さすがに芸術や音楽方面には疎いものですから、上記のWikiペディアや、中川さんのブログや、ホームページをご覧ください。11月には、名古屋・伏見の電気文化会館にある“ザコンサートホール”でリサイタルを開催されます。勝手にチラシをupさせていただきますので、一度お楽しみになると良いと思います。

Shouha  さて、30分あまりのミニコンサートを愉しませていただいたあとで、中川さんにご挨拶をして、その足で、桑名市博物館に向かいました。こちらでは、現在、“伊藤小坡<イトウショウハ>とその時代”展を開催しています。11月23日(月・祝)までです。桑名市博物館の催し物は、無料のことも多いのですが、今回は、入館料\300円が必要です。伊藤小坡(1877年~1968年、明治10年~昭和43年)は、伊勢の猿田彦神社の宮司の娘として生まれ、地元伊勢で絵を学んだあと、20歳で京都に出て、森川曾文に師事します。曾文没後は、谷口香嶠に入門し、そこで、「小坡」の号を与えられ、歴史風俗画を学んだということです。

 格調高い女性像という印象の画がたくさんありました。購入した図録には、「『上村松園に次ぐ閨秀画家』と評されながらも、これまで、その画業は、十分に紹介されてきたとは言い難い」と述べられています(道田美貴、「伊藤小坡の画業について」、「伊藤小坡とその時代」図録、p.59)。素人目にも、確かにそうだという感想を持つ絵が出品されていましたした。お近くの方は、是非ご覧になるとよろしいかと思います。

Pa250040  ところで、芸術を堪能したあとは、久しぶりに寺町商店街を通り抜けて、Pa250043 桑名別院にお参りしてきました。山門の前では、すでに楓の葉が色づき始めていました。また、掲示板には、右のように、長渕剛さんの歌詞の一部が、掲げられていました。お坊さんにもファンがいらっしゃるということでしょうか?私は、彼の歌は詳しくありませんので、何という歌の一部かは分かりません。

 ということで、普段の私には似つかわしくないのですが、リュート音楽と美人画、芸術を堪能できた散歩でした。歩数などと無粋なことを書いてはいけませんが、生活リズム計のランプがグリーンになっていますので、4,000歩は、優に超えたということでしょう。

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2009年10月11日 (日)

エコ・クロック by 泉谷しげる さん

Pa100029 ここは、昨日(10月10日)の散歩で行ってきた“吉之丸コミュニティパーク”でPa100045 す。その一角に、先だってご紹介した“桑名は地球の真ン中です”という看板が立っています。そのときには、きちんと触れませんでしたし、まだ完成してはいなかったのですが、右の写真のようなモニュメントが、最近できあがりました。

Pa100041  これがそのモニュメントです。フジテレビ系列(名古屋地区では、東海テレビ)で放送されている、“めざましどようび”の企画で、泉谷しげるさんが、桑名に実際に来られて、作られた“エコ・クロック”です。泉谷しげるさんのブログ“うびょーとんのみらい日記”でも、“エコクロック”、“エコクロック②”として、2回にわたって取り上げられています。

Pa100031  こちらは、真正面です。“めざましテレビ”ですから、ニワトリなのでしょうPa100043 か?私自身は、番組は見ていないので、分かりません。泉谷さんご自身も、「俺は、みてない」とブログに書いていたくらいです!右の、顔の部分のアップをみると、何となく愛嬌があるというか、ユーモラスというか、思わず微笑んでしまいます。

Pa100034  クロックですから、当然、時計です。文字盤は、桑名のマンホールのふたにも使われている、ハマグリをモチーフにしたものになっています。
マンホールで使われているものよりは、カラフルに着色されています。桑名は、鋳物の町ですから、そういう意味でも、この時計は、シンボルの1つと言えます。

 拡大して見たいただくとお分かりになりますが(写真をクリックして見てください)、マンPa100042 ホールのふたの周囲は、カラフルに色づけられ、メッセージが書かれた、ハマグリの貝殻が敷き詰められています。それぞれに気持ちのこもったメッセージが書かれていますが、私が気に入ったのは、この右の写真にある、「共に生きる」というものです。

Pa100035  このエコ・クロック、楽しめるのは、正面の側だけではありません。後ろにPa100039 回ると、ここにもメッセージボードがたくさん貼り付けられています。右の写真をご覧の通りです。先日、9月末に行ったときには、中央に空間があり、そこには泉谷さん政策のボードが入る予定で、まだ作成中となっていました。

Pa100037  これがそのアップ写真です。他人様のことをどうこう言えるほど、私自身が技量を持っているわけではありませんが、決して上手な画とは言えません。しかし、何とも味がある、いかにも泉谷しげる、という感じのボードになっています。泉谷さんは、けっこう年齢が行ってるようなイメージでしたが、確か還暦くらいです。となると、私と5~6歳しか違いません。このくらいの年齢になれば、その人らしさ、その人の味を出した画を描けばよいのですね。ちょっと自信がついたというか、抵抗感が減少した気がします。小生も、少しずつ、下手くそで、なおかつ味のある画を描けるようにしてみることにします。

Pa100027  エコ・クロックは、九華公園の北口、ちょうど柿安本社ビルのすぐ向かい側にあります。吉之丸コミュニティパークの駐車場の出入り口の横です。この写真の正面が、柿安本社ビルです。その前に、赤い丸をつけてあります。それが、今回取り上げたエコ・クロック by 泉谷しげるさん、です。クリックして拡大していただくと、赤丸が見えると思います。

 ということで、昨日(10月10日)、見てきたもので恐縮ですが、ご紹介まで。

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2008年11月19日 (水)

今日は、博物館

Pb190003 寒い1日でした。馬籠・妻籠に遠足に行った息子からは、「寒い!雪が降っている」というメールが来ていました。写真は、市内寺町の河津桜ですが、背景の空を見ると、いかにも冬の空で、寒そうな感じがするかと思います。散歩に出かけるには、出かけたのですが、あまりにも寒かったため、博物館に行き、帰りに近所の本屋さんに立ち寄って、雑誌を買ってきただけでした。往復でも、せいぜい2㎞あまりでしょう。

H2010_hakubutsukan01  桑名市博物館は、このところ、ご無沙汰していましたが、24日(月・代休)までは、“京都所司代 松平定敬展”が開催されています。ちょうど、NHKの大河ドラマ、篤姫の時代に実の兄Pb190009 である、会津藩主・松平容保が、京都守護職をつとめていた時代の桑名藩主です。近年になってようやく、“一会桑”、すなわち、一橋慶喜(禁裏御守衛総督)、会津藩、桑名藩からなる勢力の研究が進んでいるようですが、その一翼を担ったものです。文春新書から、“孝明天皇と「一会桑」-幕末・維新の新視点-(家近良樹著)”という本も出るようになっています。ここに、チラシのpdfファイルがあります。

 この時期や、鳥羽伏見の戦などで桑名藩の果たした役割は、小さくはないと言われるのですが、残された資料が少ないようで、その詳細は必ずしも明らかにはされていません。新撰組に参加していた藩士もあるようですし、新撰組が函館まで敗走していくのに同道し、途中で戦没・病没した藩士もあるようです。

 博物館では、この企画展の図録(\1,200)を購入するとともに、平成2年に、市教育委員会から出版された“桑名藩史料集成Ⅱ”と称する、江戸~明治末期に作成された城下町の絵図、宮から桑名までの七里の私の海上図など、5種類の地図の複製のセットを購入してきました。元々は、\6,000で販売したものですが、なんと66%ものディスカウントでしたので、思わず買ってしまいました。つまり、\2,000なり、でした。4畳半くらいのサイズの城下絵図もあります。和紙に印刷されていますので、それなりの雰囲気も楽しめます。また、機会を改めて、紹介します。

Suitoriki  午後からは、昨日、依頼しておいた“吸取器”を受け取ってきました。年配の方はご存じでしょうが、万年筆などインクで書いた文字が乾く前に、余分なインクを吸い取る文房具です。昔、親父が使っていた記憶があり、少し前から欲しくて、探していたものです。ただ、今日入手したものは、残念ながらプラスティック製でした。木製も、別のメーカーから販売されているようですので、次は、それをゲットしようと思っています。スケッチは、試しに描いたもので、お恥ずかしい次第です。

 明日は、定例の受診日です。1月までの予定の休職期間を、その後どうするかということと、処方について相談ということになる予定です。

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2007年8月30日 (木)

六華苑といえば……リュートのミニ・コンサート

 満月のときの月食は、今ひとつクリアではなかった印象ですが、今日の月は、はっきりと見えていました。何とはなしに、皮肉のようにも思えますが、自然のなせる技ですから、致し方ありません。

 さて、六華苑ということで、思いついたのですが、このブログの関係で知り合いになりました、桑名在住のリュート奏者でいらっしゃる、中川祥治さんのミニ・コンサートが、開催されます。10月13日(土)の予定です。“知り合いになった”とはいえ、まだお目にかかったことはありません。今回は、私が撮影した、六華苑の洋館の写真を、そのコンサートのポスターに採用して下さったのです。そのポスターのpdfファイルを、ここに 載せておきます。10月13日(土)の13時からと、15時からとの2回が予定されています。

 その中川さんですが、六華苑のコンサートの後にも、フル・コンサートを開催されます。11月10日(土)15時から桑名カトリック教会(三重県桑名市千代田町1-7 tel 0594-22-2431、市立光風中学校の近くの教会)でのコンサートです。ただし、こちらは、有料(前売り2000円、当日2500円)です。チケットはチケットぴあで購入可能だそうです(サークルK,ファミリーマートでも購入可)。Pコードは269-363ということです。興味がおありの方には、ぜひお聞きください。

 リュートという楽器は、私も知りませんでした。中川さんから、ブログへのコメントをいただいて、中川さんのホームページを拝見して、知った次第です。リュートに興味を持っていただいたのであれば、中川さんのWeb site をご覧いただいた方がよろしいかと思いますので、リンクを貼っておきます。

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2007年8月29日 (水)

皆既月食の夜、妙なる調べを聞く

 昨日の分です。

 帰宅したのは、19時過ぎでした。この時期、既に暗くなっています。どこからともなく、音楽が聞こえてくるのに気づきました。どうやら、拙宅すぐ近くにある六華苑で、コンサートが行われているようです。

 玄関先に出てみますと、六華苑の洋館の塔屋がライトアップされ、暗闇の中、ほのかに浮かび上がっています。また、その廻りの木々の合間からも、灯りが漏れているのが、見えます。六華苑では、秋の満月の夜などにコンサートが行われることがありますので、きっとそれなのでしょう。しばし、玄関先で聞きいっていました。

 たまにはこういう風流もいいものです。

 さて、その満月ですが、昨日は、皆既月食になりました。私が見たのは、20時過ぎだったでしょうか、右上からかなり欠けて来ている様子が見られました。しかし、雲がかかっているためか、月食が始まったせいで暗いのか、最初は、どこにあるんだ?と、探してしまいました。娘も、何度か空を見上げていました。

 ところで、昨日、午前中は、カリキュラム改訂について、臨時教授会が開催されました。ふつう、8月中は、大学の会議は休会になる慣例ですが、8月31日までに届け出でが必要ということで、この臨時会になりました。2時間あまり、熱心に議論が行われ、一部について修正の上、承認されました。私自身は、1年生対象に計画されている、“ゼミナール”について、導入教育や初年次教育とするなら、具体的方法については、さらに改善が必要だ、という意見を述べたくらいでしたが、やはり、会議は疲れます。

 会議前には、修士OGのMnさんが久しぶりに訪ねて来てくれました。図書館で文献を調べたいということと、研究員願書を持参してきました。会議直前でしたので、あまり話は出来ませんでしたが、元気なようで安心しました。

 午後は、書類仕事をしようと思っていたのですが、何となく疲れてしまい、大して仕事は進みませんでした。やむを得ません。tea timeは、久しぶりにI助教と、Kt准教授と3名でした。

 今日は、アポイントがありませんので、自宅研修としました。朝、6時前には、霧雨のような小降りでしたが、6時を過ぎてからは、本降りになってきました。久しぶりに雨ですので、これで猛暑も収まって欲しいところです。

〔付記〕

 今朝の中日新聞北勢版によれば、昨日、六華苑では、東儀秀樹さんのミニ・コンサートが開催されていたようでした。

 

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2006年10月 1日 (日)

六華苑(その2)

Rokkaen  雨の日曜日でした.終日,部屋の片付けをしていました.ため込んでいた旧い書類や,旧い同窓会のニュースなどを処分しました.引き出しに入れてあった,さまざまなものも,相当量捨ててしまいました.スペースが限られていますから,やむを得ません.それでなくとも,ものは増えていきますので.

 最初の画像は,一見,水彩画風に見えます.昨日,見てきた六華苑の風景をもとに,私が描いてみました,などといえればよいのですが,そうではありません.実は,ケガの功名とでもいうべき作品なのです.写真用紙に印刷しようと思ったのですが,写真用紙の一番上にあったボール紙に印刷してしまったものです.それが,何と,このような水彩画風になったのです.

Dsc03937  さて,昨日に続き,今日は,六華苑(その2)として,庭園を中心にご紹介Dsc03940します.主庭園は,池泉回遊式となっています.昨日のエントリーの案内図 をご覧下さるとお分かりになります.この案内板の後ろを見ると,洋館の前に広がった芝生があります.

Dsc03944  順路にしたがって,庭園に入っていきます.すぐ左手には,写真のようDsc03947 に,水が流れ,ちょっとした落差が造られていますので,滝のような音がします.さらに進むと,お隣の“旧諸戸氏庭園”との境目をなす,煉瓦造りの塀があります.こちらの旧諸戸氏庭園の方も,なかなかのお庭ですが,こちらは,春と秋の2回,期間を決めて公開されています.今年の秋は, 10月15日~11Dsc03960 月30日に公開されることになっています.もう一つ,煉瓦塀でおもしろかったのは,この写真です.塀の上に木が生えており,その根が,塀に沿って地面まで伸びています.ちょっとお目にかかれない光景ではないでしょうか?

Dsc03951  これも,旧諸戸氏庭園を覗いたところです.掘り割りがあります.昔は,Dsc03958 ここまで船が入ったということです.旧諸戸氏庭園の方は,もともとは,江戸時代の豪商・山田彦左衛門の隠居所として増築されたところです.次の写真も,旧諸戸氏庭園を覗いてみたところですが,お社があります.明治時代に改築されたもので,金毘羅神社・住吉神社・伏見稲荷・玉船稲荷・菅原神社が祭られているということです.

Dsc03948  庭園側から洋館を見ると,このように見えます.また,違う場所からは,Dsc03954 右の写真のようになります.なかなかよい感じですね.自分の屋敷と庭園であれば,いうことはありませんが,現代の給与生活者では,とてもとても望めるものではありません.

Dsc03956  さらに主庭園を西に進みます.回遊式になっていますので,それぞれのDsc03962場所に趣向が凝らしてあり,楽しむことができます.右の写真は,実は,拙宅マンションが木々の間から見えたところですが,写真では,光がかぶってしまい,うまく写りませんでした.多くの木々が相当茂っていますし,拙宅との間には,旧諸戸氏庭園もありますから,マンションがよく見えるところはなかなかありませんでした.もちろん,逆もまたしかりで,拙宅の方から,庭園の様子は木々に邪魔されて確認できません.

Dsc03963  これは,昨日も載せましたし,今日の最初の水彩画風の絵のもとの写真Dsc03964 です.庭園の西の端の方からの眺めです.六華苑のパンフレットにも,同じ辺りから撮った写真が使われています.同じ辺りから,和館の方をみると,右の写真になります.

Dsc03970  主庭園を3/4周くらいしてきたところです.手前の蓮は,桑名市と姉妹都市になっている,埼玉県の行田市から送られた古代蓮(大賀蓮)です.池の水面には,灯籠の姿も映っています.お客さんも少なかったので,この風景を,ほぼ独り占めできました.

Dsc03971  和館の西には,蔵が建っています.“一番蔵”とよばれています.木造2階建てで,和館に接しています.接客用の調度品が納められていたようです.入り口は,和館側にあり,和館の方から入り口をみることができます.


Dsc03994  和館の和室から見た庭園です.私は,胡座をかいてしばらくみていましたDsc03999 が,隣の和室では,ごろんと寝転がっているおじさんもいました.寝転がって,ボンヤリしているのも良いかもしれません.そのおじさんが寝ころんで見ていた風景は,この右の写真です.庭側のところは,板張りの“縁側”になっています.今の住宅ではあまり見かけなくなってきていますね.

Dsc04000  和館の裏庭の写真です.こちらは,和館と番蔵棟などに囲まれたところDsc04011 です.こちらも,落ち着いた感じで,良い庭です.内玄関棟(使用人の利用した玄関)や,岐阜の高須城から移築したといわれる旧・高須御殿,稲荷社,二番蔵,離れ屋などがあります.内玄関棟の受付で,呈茶券を購入すると,離れ屋でお茶がいただけます.

Dsc04019  番蔵棟です.ここは,展示会などに貸し出されるスペースがあります.昨Dsc04014 日は,焼き物の展覧会が行われていました.右の写真が,庭園内にある稲荷社です.方形の祠堂で,前に建つ灯籠には,大正3年42世諸戸精六の銘が刻まれていました.こうした屋敷内には,社殿を設ける例は多いようです.前述のように,旧諸戸氏庭園の方にも神社が祀られています.

Dsc04024  最後は,洋館から玄関の方を見た写真です.右手には芝生広場があります.この左手には,“殿屋”という店があります.食事もできますし,土産物も扱っています.桑名名物の蛤料理をいただくこともできるようです.

 ということで,六華苑(その2)として,庭園の紹介をしてきました.和館の中の写真が少しありますので,もう1回はそれらをご紹介したいと思っています.

 この週末は,散歩をサボってしまいました.明日からは,後期の授業がいよいよ始まります.早速明日は,学部2年生の発達心理学の授業です.午後は,Fjさんと,Fkさんの研究指導もあります.4日から10日の間に修論審査願いも提出ですので,それらも確認したいと思います.いずれにしても,後期の生活パターンをなるべく早めに確立したいところです.後期は,全く予定の入らない曜日はありません.したがって,前期のように自宅研修は取れません.教授会が月1回になりますので,火曜日に何も入らない日ができるかも知れません.

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2006年9月30日 (土)

六華苑(その1)

 9月最後の土曜日です.朝7時半過ぎから,息子がテニスの試合に行くのに,大山田総合運動公園までCopenで送っていきました.桑員の大会のようで,市内の中学校をはじめ,いなべ市の学校なども集まってきていました.「今日は,試合には出ない」といっていましたが,さて,どうなったのでしょう?まだ,帰っては来ません.

 送っていったついでに,いつもの内科受診を済ませてきました.8時半くらいでしたので,一番乗りと思ったのですが,70歳ぐらいの男性が,すでに受付を済ませていました.上には上があるものです.朝から動いたせいか,眠くて仕方ありませんでしたので,午前中は,大人しく過ごしていました.

Dsc04036  午後からは,多少外の空気でも吸ってくるか,と思って,ブラブラ散歩にDsc03998出 かけました.外に出てからひらめきましたので,六華苑に行って写真を撮ってきました.たくさんありますので,何回かに分けて紹介します.考えてみれば,拙宅から最も近い観光地です.地元の人間は,案外そういった観光地には行かないものですが,ホントにそうでした.左の写真では,中央の少し奥に塔屋が見えます.これは,マンション9階の玄関前から見た六華苑です.六華苑内から,拙宅マンションが見えるところはほとんどありません.それだけ木が生い茂っているのです.右の写真は,庭園の端っこからかろうじて見えたものです.

Dsc03967  庭園の西の端に行きますと,この写真のように,最近できたスーパー・バDsc03934 ローがすぐそこにあるのですが,園内は,周囲の音も,あまり聞こえてこないほどの別世界です.六華苑は,旧・諸戸精六邸で,山林王と呼ばれた桑名の実業家二代目諸戸静六の邸宅として,大正2(1913)年に竣工したものです.揖斐・長良川を望む約18,000㎡あまりの広大な敷地に,洋館と和館,蔵などの建物と,“池泉回遊式日本庭園”で構成されています.創建当時の姿がほぼそのまま残っている貴重な遺構です.右の写真に案内図があります.

Dsc03933  洋館の部分は,“日本近代建築の父”とも呼ばれたジョサイア・コンドルDsc03939 が手がけたもので,地方に唯一残る彼の作品として注目されているようです.桑名市が,平成3(1991)年に土地を取得し,建物は諸戸家からの寄贈を受け,整備したのち,平成5(1993)年から,六華苑という名称で一般公開されています.洋館と和館は,平成9(1997)年肉にの重要文化財に指定されています.他に6棟が,三重県有形文化財,離れ屋は桑名市有形文化財にそれぞれ指定されました.庭園は,一部を除いて,平成13(2001)年に,国の名勝にしてされています.入場料は,大人が300円ですから,大変お値打ちです.今日は,主に洋館部分をご紹介します.

Dsc03936  この写真が,東側からみた洋館の様子です.中央が玄関で,その右手に4階建ての塔屋が見えます.この塔屋が,我が家の玄関から見えるものDsc03978 です.方角としては,この写真の左手斜め奥から見えます(最初の写真もご参照下さい).洋館は,全体として,かなりシンプルなデザインとなっていますが,この塔屋だけは存在感があり,かなり印象に残ります.右の写真は,玄関の左手から撮影しています.車寄せになっています.

Dsc03992  玄関のガラスは,ステンドグラスのような色ガラスになっています.左が,建物の内側から見たところです.玄関にDsc03993向かって,左手には,さほど大きくはない,応接間があります.応接間の手 前には,2階から塔屋へと続く階段があります.右の写真がそれです.手すりの部分には,スペードDsc03979 が長くなったような,凝った飾りが施されています.この階段に向かって左には,“電話室”と“トイレ”があります.電話室を設けるのは,この時代,それなりのお屋敷では常識だったようです.旧・諸戸邸の電話室は,かなり広く,内側には,椅子が向かい合わせに,計7脚ほどおいてあるくらいです.

Dsc03980  そのほか,1階には,このように“ダイニング・ルーム”,“リビング・ルーム”があります.いずれも,暖炉が設けられています.このダイニング・ルームの写真では,奥の中央に暖炉があります.

Dsc03984  2階に上がると,書斎,寝室があります.書斎の写真は,ピンぼけになっDsc03983 てしまいました(左の写真).玄関ホールの上にあたるところの窓から外を見ると,右の写真のように見えています.奥の方が,六華苑の入り口につながっています.2階には,“女中室”があります.現代では,“女中”というのDsc03982 は,不適切用語かも知れませんが,時代背景に鑑み,ご容赦Dsc03990下さい.もともとは,予備室になっていたようです.トランクが見えています が,その右手には,和風の押し入れが設けてありました.右の写真は,2階からさらに4階の塔屋につながる階段です.今は,上ることはできないようになっていますが,六華苑が一般公開された当時は,4階まで上ることができ,私も登ってみて,揖斐川が見えるのを確認しました.ちょっと残念ですね.

Dsc03985  2階には,サン・ルームもあります.サン・ルームにロッキング・チェアが2脚です.ここからの庭園の眺めもかなりよいものがありまDsc03986 す.ここには,諸戸精六氏が,ロッキング・チェアでくつろいでいる写真が飾られていましたが,羨ましい限りです.

Dsc03988  1階に戻ると,和館へ続く通路があります.ここは,階段でおりると,和室へと行くことができます.洋館の裏手に回ってみると,このDsc04020 右の写真のようになっています.左の写真は,右の写真では,ちょうど右下の端にある部分ということになります.洋館と和館は,このようにつながっていますが,とくに違和感なく並んで建っていますし,内部もつながっているのです.

Dsc04031  庭園や,和館,その他の建物などの写真もたくさんありますが,今日は,これくらいにして,また,続きを明日以降,ご紹介します.入り口(長屋門)の外には,入場者数の表示がしてありました.おそらく昨日までのトータルでしょう.61万4129人ということです.今日は,バスで来られた団体のお客さんのほか,何組かの観光客の方もいらしたのですが,概して静かでした.和館の畳の部屋で,寝転がって庭園を眺めている形もありました.私も,しばし,畳に胡座をかいて座らせてもらい,庭園をボンヤリと眺めてきました.静かで,落ち着くことができる場所です.七里の渡しなども,徒歩で十分にいけるところです.

 

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2006年1月13日 (金)

八高古墳

 1月13日,金曜日です.月曜日が,成人の日で休みだった割には,疲れたなと感じる1週間でした.修論提出でスタートし,授業も開始され,本格的に2006年が動き始めた週だからでしょう.

 今日は,午前中にS研究員さんの論文指導でした.予告通り,真っ赤っかでしたので,あとで聞くところによれば,「来たーっ」と思われたようでした.当研究室の論文指導では“恒例の”というか,“洗礼”というべきか,そういったものなのですが,さすがに初めて遭遇すると,ビックリするようです.びっちり1時間半にわたって,文章の添削,概念の用い方,文献の引用(原典をきちんと調べなさい,というもの),論の進め方,図・表の使い方,統計の用い方などなど,詳細にわたって,コメントやら,疑問点やらを指摘しました.今までは,これほどintensiveな指導は受けてこられなかったようで,終了して,研究室を出たところから,どっと疲れが出たようです.それも,地下鉄を乗り過ごすほどだったようですが,めげずに取り組んでもらいたいと思っています.

 午後は,長寿医療センター研究所のA先生と,高齢者の神経心理学的アセスメントのデータの検討などをしました.話題は,いろいろと展開しましたが,M秘書兼研究員さんのやっていた「表情認知」のことなどもおもしろいテーマなのではないかということになりました.新たなる展開も考えたいと思います.

060112_144002 さて,今日は,“八高古墳”を紹介しましょう.このブログに時々遊びに来て下さる,らくださんが,“勤務先に古墳があるなんて,すごい”といって下さったから,紹介しようと考えた次第です.

 “八高”と聞いて,すぐにピンと来る方は,おそらく一定以上の年齢の方か,名古屋大学に関わりのある方だろうと思います.そうです,“旧制第八高等学校”,略して,“旧制八高”のことです(“忠犬ハチ公”ではありません,念のため……オヤジギャグですが,両方を音読してみて下さい).旧制八高は,いわゆる官立のナンバー・スクールの最後として,瑞穂ヶ丘(瑞陵)の地に,明治41年(1908年)に設立された学校です.八高以降の旧制高校は,それぞれの地名を校名に冠しています.八高の校風は,穏健・中正・堅実とされたそうですが,寮のストームの頻度と猛烈さは,有名だったようです.旧制八高は,昭和24年(1949年)に,現在の名古屋大学に吸収されています.その後は,名古屋大学の旧・教養部がこの地に,昭和39年(1964年)までおかれていました.

 名古屋市立大学の“山の畑キャンパス”が,この旧制八高の跡地にあるのです.山の畑キャンパスには,経済学部,人文社会学部,システム自然科学研究科,教養教育棟,学生会館,体育館などがあります.私は,後期に週1回,人文社会学部の授業にいっています.

060112_124201 旧制八高の校内にあったため“八高古墳“という名前が付けられたので060112_124301す.古墳は,5世紀中頃に築かれた前方後円墳で,全長50メートル,後円部の直径30メートル,後円部の高さ4.5メートルです.ただ,残念ながら,前方部は,その昔,学生食堂がつくられたため,損なわれてしまっています.左の写真は,古墳の南側にある人文社会学部のところから撮影したものです.木が生い茂ってしまっていて,ちょっと見ただけでは,古墳とは思えないかも知れません.右の写真は,もう少し近寄って,古墳の西側の学生会館のあたりから撮ったものです.ベンチなどがあるのですが,相当古びてしまっていて,余りよく整備されているとはいえません.

 山の畑キャンパス内には,実は,もう1つ古墳があります.八高古墳の北,80メートルほどのところ,体育館の南です.こちらの古墳の由来などはよく分かりません.このあたりは,“剣ヶ森“と呼ばれ,旧制八高時代からのクスノキなどが残っています.

 もう1つ,旧制八高に関わるものとして,学生会館の北側の中庭に,“旧制八高生青春像”があります.学生帽に学生服,厚いマントを羽織り,高下駄を履いた青年のブロンズ立像です.これは,八高の同窓会である八高会が,母校創立80年を記念して1988年に建立したものです.名古屋大学大学史資料室ニュース第15号にも,関連した記事があります.

 蘊蓄ついでにもう1つ.旧制八高の正門が,明治村に現存しているのです.犬山にある,博物館明治村の正門が,旧制八高の正門なのです.

 このように,名古屋市立大学の山の畑キャンパスは,歴史のあるキャンパスですし,緑も多く,私のイメージでは,いかにも大学のキャンパスという感じがします.私が普段仕事をしている,桜山にある“川澄キャンパス”は,大学本部,医学部,付属病院,看護学部がありますが,地下鉄の駅を出てすぐであるとか,桜山商店街に隣接していて便利であるとか,利点も多いのですが,山の畑に比べると,緑が少ないのは残念です.仕事に疲れて,窓の外を眺めても,目にはいるのは,医学部研究棟であり,分子医学研究所であり,動物実験棟なのです.鉄人28号ではありませんが,“ビルの街に,ガォ~”という状況です(お疲れのようで,オヤジギャグの連発です.反省しています,一応).

 土・日になりますが,来週の修論審査会に備えて,論文を読み込まなければなりません.明日は,雨のようですから,ちょうど良いところです.

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