文化・芸術

2007年8月30日 (木)

六華苑といえば……リュートのミニ・コンサート

 満月のときの月食は、今ひとつクリアではなかった印象ですが、今日の月は、はっきりと見えていました。何とはなしに、皮肉のようにも思えますが、自然のなせる技ですから、致し方ありません。

 さて、六華苑ということで、思いついたのですが、このブログの関係で知り合いになりました、桑名在住のリュート奏者でいらっしゃる、中川祥治さんのミニ・コンサートが、開催されます。10月13日(土)の予定です。“知り合いになった”とはいえ、まだお目にかかったことはありません。今回は、私が撮影した、六華苑の洋館の写真を、そのコンサートのポスターに採用して下さったのです。そのポスターのpdfファイルを、ここに 載せておきます。10月13日(土)の13時からと、15時からとの2回が予定されています。

 その中川さんですが、六華苑のコンサートの後にも、フル・コンサートを開催されます。11月10日(土)15時から桑名カトリック教会(三重県桑名市千代田町1-7 tel 0594-22-2431、市立光風中学校の近くの教会)でのコンサートです。ただし、こちらは、有料(前売り2000円、当日2500円)です。チケットはチケットぴあで購入可能だそうです(サークルK,ファミリーマートでも購入可)。Pコードは269-363ということです。興味がおありの方には、ぜひお聞きください。

 リュートという楽器は、私も知りませんでした。中川さんから、ブログへのコメントをいただいて、中川さんのホームページを拝見して、知った次第です。リュートに興味を持っていただいたのであれば、中川さんのWeb site をご覧いただいた方がよろしいかと思いますので、リンクを貼っておきます。

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2007年8月29日 (水)

皆既月食の夜、妙なる調べを聞く

 昨日の分です。

 帰宅したのは、19時過ぎでした。この時期、既に暗くなっています。どこからともなく、音楽が聞こえてくるのに気づきました。どうやら、拙宅すぐ近くにある六華苑で、コンサートが行われているようです。

 玄関先に出てみますと、六華苑の洋館の塔屋がライトアップされ、暗闇の中、ほのかに浮かび上がっています。また、その廻りの木々の合間からも、灯りが漏れているのが、見えます。六華苑では、秋の満月の夜などにコンサートが行われることがありますので、きっとそれなのでしょう。しばし、玄関先で聞きいっていました。

 たまにはこういう風流もいいものです。

 さて、その満月ですが、昨日は、皆既月食になりました。私が見たのは、20時過ぎだったでしょうか、右上からかなり欠けて来ている様子が見られました。しかし、雲がかかっているためか、月食が始まったせいで暗いのか、最初は、どこにあるんだ?と、探してしまいました。娘も、何度か空を見上げていました。

 ところで、昨日、午前中は、カリキュラム改訂について、臨時教授会が開催されました。ふつう、8月中は、大学の会議は休会になる慣例ですが、8月31日までに届け出でが必要ということで、この臨時会になりました。2時間あまり、熱心に議論が行われ、一部について修正の上、承認されました。私自身は、1年生対象に計画されている、“ゼミナール”について、導入教育や初年次教育とするなら、具体的方法については、さらに改善が必要だ、という意見を述べたくらいでしたが、やはり、会議は疲れます。

 会議前には、修士OGのMnさんが久しぶりに訪ねて来てくれました。図書館で文献を調べたいということと、研究員願書を持参してきました。会議直前でしたので、あまり話は出来ませんでしたが、元気なようで安心しました。

 午後は、書類仕事をしようと思っていたのですが、何となく疲れてしまい、大して仕事は進みませんでした。やむを得ません。tea timeは、久しぶりにI助教と、Kt准教授と3名でした。

 今日は、アポイントがありませんので、自宅研修としました。朝、6時前には、霧雨のような小降りでしたが、6時を過ぎてからは、本降りになってきました。久しぶりに雨ですので、これで猛暑も収まって欲しいところです。

〔付記〕

 今朝の中日新聞北勢版によれば、昨日、六華苑では、東儀秀樹さんのミニ・コンサートが開催されていたようでした。

 

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2006年10月 1日 (日)

六華苑(その2)

Rokkaen  雨の日曜日でした.終日,部屋の片付けをしていました.ため込んでいた旧い書類や,旧い同窓会のニュースなどを処分しました.引き出しに入れてあった,さまざまなものも,相当量捨ててしまいました.スペースが限られていますから,やむを得ません.それでなくとも,ものは増えていきますので.

 最初の画像は,一見,水彩画風に見えます.昨日,見てきた六華苑の風景をもとに,私が描いてみました,などといえればよいのですが,そうではありません.実は,ケガの功名とでもいうべき作品なのです.写真用紙に印刷しようと思ったのですが,写真用紙の一番上にあったボール紙に印刷してしまったものです.それが,何と,このような水彩画風になったのです.

Dsc03937  さて,昨日に続き,今日は,六華苑(その2)として,庭園を中心にご紹介Dsc03940します.主庭園は,池泉回遊式となっています.昨日のエントリーの案内図 をご覧下さるとお分かりになります.この案内板の後ろを見ると,洋館の前に広がった芝生があります.

Dsc03944  順路にしたがって,庭園に入っていきます.すぐ左手には,写真のようDsc03947 に,水が流れ,ちょっとした落差が造られていますので,滝のような音がします.さらに進むと,お隣の“旧諸戸氏庭園”との境目をなす,煉瓦造りの塀があります.こちらの旧諸戸氏庭園の方も,なかなかのお庭ですが,こちらは,春と秋の2回,期間を決めて公開されています.今年の秋は, 10月15日~11Dsc03960 月30日に公開されることになっています.もう一つ,煉瓦塀でおもしろかったのは,この写真です.塀の上に木が生えており,その根が,塀に沿って地面まで伸びています.ちょっとお目にかかれない光景ではないでしょうか?

Dsc03951  これも,旧諸戸氏庭園を覗いたところです.掘り割りがあります.昔は,Dsc03958 ここまで船が入ったということです.旧諸戸氏庭園の方は,もともとは,江戸時代の豪商・山田彦左衛門の隠居所として増築されたところです.次の写真も,旧諸戸氏庭園を覗いてみたところですが,お社があります.明治時代に改築されたもので,金毘羅神社・住吉神社・伏見稲荷・玉船稲荷・菅原神社が祭られているということです.

Dsc03948  庭園側から洋館を見ると,このように見えます.また,違う場所からは,Dsc03954 右の写真のようになります.なかなかよい感じですね.自分の屋敷と庭園であれば,いうことはありませんが,現代の給与生活者では,とてもとても望めるものではありません.

Dsc03956  さらに主庭園を西に進みます.回遊式になっていますので,それぞれのDsc03962場所に趣向が凝らしてあり,楽しむことができます.右の写真は,実は,拙宅マンションが木々の間から見えたところですが,写真では,光がかぶってしまい,うまく写りませんでした.多くの木々が相当茂っていますし,拙宅との間には,旧諸戸氏庭園もありますから,マンションがよく見えるところはなかなかありませんでした.もちろん,逆もまたしかりで,拙宅の方から,庭園の様子は木々に邪魔されて確認できません.

Dsc03963  これは,昨日も載せましたし,今日の最初の水彩画風の絵のもとの写真Dsc03964 です.庭園の西の端の方からの眺めです.六華苑のパンフレットにも,同じ辺りから撮った写真が使われています.同じ辺りから,和館の方をみると,右の写真になります.

Dsc03970  主庭園を3/4周くらいしてきたところです.手前の蓮は,桑名市と姉妹都市になっている,埼玉県の行田市から送られた古代蓮(大賀蓮)です.池の水面には,灯籠の姿も映っています.お客さんも少なかったので,この風景を,ほぼ独り占めできました.

Dsc03971  和館の西には,蔵が建っています.“一番蔵”とよばれています.木造2階建てで,和館に接しています.接客用の調度品が納められていたようです.入り口は,和館側にあり,和館の方から入り口をみることができます.


Dsc03994  和館の和室から見た庭園です.私は,胡座をかいてしばらくみていましたDsc03999 が,隣の和室では,ごろんと寝転がっているおじさんもいました.寝転がって,ボンヤリしているのも良いかもしれません.そのおじさんが寝ころんで見ていた風景は,この右の写真です.庭側のところは,板張りの“縁側”になっています.今の住宅ではあまり見かけなくなってきていますね.

Dsc04000  和館の裏庭の写真です.こちらは,和館と番蔵棟などに囲まれたところDsc04011 です.こちらも,落ち着いた感じで,良い庭です.内玄関棟(使用人の利用した玄関)や,岐阜の高須城から移築したといわれる旧・高須御殿,稲荷社,二番蔵,離れ屋などがあります.内玄関棟の受付で,呈茶券を購入すると,離れ屋でお茶がいただけます.

Dsc04019  番蔵棟です.ここは,展示会などに貸し出されるスペースがあります.昨Dsc04014 日は,焼き物の展覧会が行われていました.右の写真が,庭園内にある稲荷社です.方形の祠堂で,前に建つ灯籠には,大正3年42世諸戸精六の銘が刻まれていました.こうした屋敷内には,社殿を設ける例は多いようです.前述のように,旧諸戸氏庭園の方にも神社が祀られています.

Dsc04024  最後は,洋館から玄関の方を見た写真です.右手には芝生広場があります.この左手には,“殿屋”という店があります.食事もできますし,土産物も扱っています.桑名名物の蛤料理をいただくこともできるようです.

 ということで,六華苑(その2)として,庭園の紹介をしてきました.和館の中の写真が少しありますので,もう1回はそれらをご紹介したいと思っています.

 この週末は,散歩をサボってしまいました.明日からは,後期の授業がいよいよ始まります.早速明日は,学部2年生の発達心理学の授業です.午後は,Fjさんと,Fkさんの研究指導もあります.4日から10日の間に修論審査願いも提出ですので,それらも確認したいと思います.いずれにしても,後期の生活パターンをなるべく早めに確立したいところです.後期は,全く予定の入らない曜日はありません.したがって,前期のように自宅研修は取れません.教授会が月1回になりますので,火曜日に何も入らない日ができるかも知れません.

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2006年9月30日 (土)

六華苑(その1)

 9月最後の土曜日です.朝7時半過ぎから,息子がテニスの試合に行くのに,大山田総合運動公園までCopenで送っていきました.桑員の大会のようで,市内の中学校をはじめ,いなべ市の学校なども集まってきていました.「今日は,試合には出ない」といっていましたが,さて,どうなったのでしょう?まだ,帰っては来ません.

 送っていったついでに,いつもの内科受診を済ませてきました.8時半くらいでしたので,一番乗りと思ったのですが,70歳ぐらいの男性が,すでに受付を済ませていました.上には上があるものです.朝から動いたせいか,眠くて仕方ありませんでしたので,午前中は,大人しく過ごしていました.

Dsc04036  午後からは,多少外の空気でも吸ってくるか,と思って,ブラブラ散歩にDsc03998出 かけました.外に出てからひらめきましたので,六華苑に行って写真を撮ってきました.たくさんありますので,何回かに分けて紹介します.考えてみれば,拙宅から最も近い観光地です.地元の人間は,案外そういった観光地には行かないものですが,ホントにそうでした.左の写真では,中央の少し奥に塔屋が見えます.これは,マンション9階の玄関前から見た六華苑です.六華苑内から,拙宅マンションが見えるところはほとんどありません.それだけ木が生い茂っているのです.右の写真は,庭園の端っこからかろうじて見えたものです.

Dsc03967  庭園の西の端に行きますと,この写真のように,最近できたスーパー・バDsc03934 ローがすぐそこにあるのですが,園内は,周囲の音も,あまり聞こえてこないほどの別世界です.六華苑は,旧・諸戸精六邸で,山林王と呼ばれた桑名の実業家二代目諸戸静六の邸宅として,大正2(1913)年に竣工したものです.揖斐・長良川を望む約18,000㎡あまりの広大な敷地に,洋館と和館,蔵などの建物と,“池泉回遊式日本庭園”で構成されています.創建当時の姿がほぼそのまま残っている貴重な遺構です.右の写真に案内図があります.

Dsc03933  洋館の部分は,“日本近代建築の父”とも呼ばれたジョサイア・コンドルDsc03939 が手がけたもので,地方に唯一残る彼の作品として注目されているようです.桑名市が,平成3(1991)年に土地を取得し,建物は諸戸家からの寄贈を受け,整備したのち,平成5(1993)年から,六華苑という名称で一般公開されています.洋館と和館は,平成9(1997)年肉にの重要文化財に指定されています.他に6棟が,三重県有形文化財,離れ屋は桑名市有形文化財にそれぞれ指定されました.庭園は,一部を除いて,平成13(2001)年に,国の名勝にしてされています.入場料は,大人が300円ですから,大変お値打ちです.今日は,主に洋館部分をご紹介します.

Dsc03936  この写真が,東側からみた洋館の様子です.中央が玄関で,その右手に4階建ての塔屋が見えます.この塔屋が,我が家の玄関から見えるものDsc03978 です.方角としては,この写真の左手斜め奥から見えます(最初の写真もご参照下さい).洋館は,全体として,かなりシンプルなデザインとなっていますが,この塔屋だけは存在感があり,かなり印象に残ります.右の写真は,玄関の左手から撮影しています.車寄せになっています.

Dsc03992  玄関のガラスは,ステンドグラスのような色ガラスになっています.左が,建物の内側から見たところです.玄関にDsc03993向かって,左手には,さほど大きくはない,応接間があります.応接間の手 前には,2階から塔屋へと続く階段があります.右の写真がそれです.手すりの部分には,スペードDsc03979 が長くなったような,凝った飾りが施されています.この階段に向かって左には,“電話室”と“トイレ”があります.電話室を設けるのは,この時代,それなりのお屋敷では常識だったようです.旧・諸戸邸の電話室は,かなり広く,内側には,椅子が向かい合わせに,計7脚ほどおいてあるくらいです.

Dsc03980  そのほか,1階には,このように“ダイニング・ルーム”,“リビング・ルーム”があります.いずれも,暖炉が設けられています.このダイニング・ルームの写真では,奥の中央に暖炉があります.

Dsc03984  2階に上がると,書斎,寝室があります.書斎の写真は,ピンぼけになっDsc03983 てしまいました(左の写真).玄関ホールの上にあたるところの窓から外を見ると,右の写真のように見えています.奥の方が,六華苑の入り口につながっています.2階には,“女中室”があります.現代では,“女中”というのDsc03982 は,不適切用語かも知れませんが,時代背景に鑑み,ご容赦Dsc03990下さい.もともとは,予備室になっていたようです.トランクが見えています が,その右手には,和風の押し入れが設けてありました.右の写真は,2階からさらに4階の塔屋につながる階段です.今は,上ることはできないようになっていますが,六華苑が一般公開された当時は,4階まで上ることができ,私も登ってみて,揖斐川が見えるのを確認しました.ちょっと残念ですね.

Dsc03985  2階には,サン・ルームもあります.サン・ルームにロッキング・チェアが2脚です.ここからの庭園の眺めもかなりよいものがありまDsc03986 す.ここには,諸戸精六氏が,ロッキング・チェアでくつろいでいる写真が飾られていましたが,羨ましい限りです.

Dsc03988  1階に戻ると,和館へ続く通路があります.ここは,階段でおりると,和室へと行くことができます.洋館の裏手に回ってみると,このDsc04020 右の写真のようになっています.左の写真は,右の写真では,ちょうど右下の端にある部分ということになります.洋館と和館は,このようにつながっていますが,とくに違和感なく並んで建っていますし,内部もつながっているのです.

Dsc04031  庭園や,和館,その他の建物などの写真もたくさんありますが,今日は,これくらいにして,また,続きを明日以降,ご紹介します.入り口(長屋門)の外には,入場者数の表示がしてありました.おそらく昨日までのトータルでしょう.61万4129人ということです.今日は,バスで来られた団体のお客さんのほか,何組かの観光客の方もいらしたのですが,概して静かでした.和館の畳の部屋で,寝転がって庭園を眺めている形もありました.私も,しばし,畳に胡座をかいて座らせてもらい,庭園をボンヤリと眺めてきました.静かで,落ち着くことができる場所です.七里の渡しなども,徒歩で十分にいけるところです.

 

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2006年1月13日 (金)

八高古墳

 1月13日,金曜日です.月曜日が,成人の日で休みだった割には,疲れたなと感じる1週間でした.修論提出でスタートし,授業も開始され,本格的に2006年が動き始めた週だからでしょう.

 今日は,午前中にS研究員さんの論文指導でした.予告通り,真っ赤っかでしたので,あとで聞くところによれば,「来たーっ」と思われたようでした.当研究室の論文指導では“恒例の”というか,“洗礼”というべきか,そういったものなのですが,さすがに初めて遭遇すると,ビックリするようです.びっちり1時間半にわたって,文章の添削,概念の用い方,文献の引用(原典をきちんと調べなさい,というもの),論の進め方,図・表の使い方,統計の用い方などなど,詳細にわたって,コメントやら,疑問点やらを指摘しました.今までは,これほどintensiveな指導は受けてこられなかったようで,終了して,研究室を出たところから,どっと疲れが出たようです.それも,地下鉄を乗り過ごすほどだったようですが,めげずに取り組んでもらいたいと思っています.

 午後は,長寿医療センター研究所のA先生と,高齢者の神経心理学的アセスメントのデータの検討などをしました.話題は,いろいろと展開しましたが,M秘書兼研究員さんのやっていた「表情認知」のことなどもおもしろいテーマなのではないかということになりました.新たなる展開も考えたいと思います.

060112_144002 さて,今日は,“八高古墳”を紹介しましょう.このブログに時々遊びに来て下さる,らくださんが,“勤務先に古墳があるなんて,すごい”といって下さったから,紹介しようと考えた次第です.

 “八高”と聞いて,すぐにピンと来る方は,おそらく一定以上の年齢の方か,名古屋大学に関わりのある方だろうと思います.そうです,“旧制第八高等学校”,略して,“旧制八高”のことです(“忠犬ハチ公”ではありません,念のため……オヤジギャグですが,両方を音読してみて下さい).旧制八高は,いわゆる官立のナンバー・スクールの最後として,瑞穂ヶ丘(瑞陵)の地に,明治41年(1908年)に設立された学校です.八高以降の旧制高校は,それぞれの地名を校名に冠しています.八高の校風は,穏健・中正・堅実とされたそうですが,寮のストームの頻度と猛烈さは,有名だったようです.旧制八高は,昭和24年(1949年)に,現在の名古屋大学に吸収されています.その後は,名古屋大学の旧・教養部がこの地に,昭和39年(1964年)までおかれていました.

 名古屋市立大学の“山の畑キャンパス”が,この旧制八高の跡地にあるのです.山の畑キャンパスには,経済学部,人文社会学部,システム自然科学研究科,教養教育棟,学生会館,体育館などがあります.私は,後期に週1回,人文社会学部の授業にいっています.

060112_124201 旧制八高の校内にあったため“八高古墳“という名前が付けられたので060112_124301す.古墳は,5世紀中頃に築かれた前方後円墳で,全長50メートル,後円部の直径30メートル,後円部の高さ4.5メートルです.ただ,残念ながら,前方部は,その昔,学生食堂がつくられたため,損なわれてしまっています.左の写真は,古墳の南側にある人文社会学部のところから撮影したものです.木が生い茂ってしまっていて,ちょっと見ただけでは,古墳とは思えないかも知れません.右の写真は,もう少し近寄って,古墳の西側の学生会館のあたりから撮ったものです.ベンチなどがあるのですが,相当古びてしまっていて,余りよく整備されているとはいえません.

 山の畑キャンパス内には,実は,もう1つ古墳があります.八高古墳の北,80メートルほどのところ,体育館の南です.こちらの古墳の由来などはよく分かりません.このあたりは,“剣ヶ森“と呼ばれ,旧制八高時代からのクスノキなどが残っています.

 もう1つ,旧制八高に関わるものとして,学生会館の北側の中庭に,“旧制八高生青春像”があります.学生帽に学生服,厚いマントを羽織り,高下駄を履いた青年のブロンズ立像です.これは,八高の同窓会である八高会が,母校創立80年を記念して1988年に建立したものです.名古屋大学大学史資料室ニュース第15号にも,関連した記事があります.

 蘊蓄ついでにもう1つ.旧制八高の正門が,明治村に現存しているのです.犬山にある,博物館明治村の正門が,旧制八高の正門なのです.

 このように,名古屋市立大学の山の畑キャンパスは,歴史のあるキャンパスですし,緑も多く,私のイメージでは,いかにも大学のキャンパスという感じがします.私が普段仕事をしている,桜山にある“川澄キャンパス”は,大学本部,医学部,付属病院,看護学部がありますが,地下鉄の駅を出てすぐであるとか,桜山商店街に隣接していて便利であるとか,利点も多いのですが,山の畑に比べると,緑が少ないのは残念です.仕事に疲れて,窓の外を眺めても,目にはいるのは,医学部研究棟であり,分子医学研究所であり,動物実験棟なのです.鉄人28号ではありませんが,“ビルの街に,ガォ~”という状況です(お疲れのようで,オヤジギャグの連発です.反省しています,一応).

 土・日になりますが,来週の修論審査会に備えて,論文を読み込まなければなりません.明日は,雨のようですから,ちょうど良いところです.

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