酒蔵

2020年2月 9日 (日)

20200209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ(完)

Img_1337c_20200209163101  最低気温0.6℃、最高気温7.0℃、最大風速7.5m/sと昨日よりも寒くなりましたが、今日も近鉄ハイキング・酒蔵みてある記へ。念のためにお断りしておきますが、大酒飲みではありません。あちこち酒蔵を訪ね歩き、それぞれの酒の違いを楽しみたいということです(微笑)。今日は、「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」です。このコースも、昨日の伊藤酒造と同じく、3回目になります。以前の記事は、また末尾にリストアップします。工事中で通れなかったところを除いて、ほぼ同じコースでしたので、今日の酒蔵みてある記・早川酒造部も、一回で完結の記事です。ちなみに今日は、私一人で参加してきました。

Img_1321c Img_1334c_20200209163801  今日の受付は、近鉄名古屋線・伊勢朝日駅で、9時20分から11時でしたので、桑名駅を8時58分に出る塩浜行きの普通電車に乗車。伊勢朝日は、2つめの駅で9時6分着、¥210。いつもは伊勢朝日駅の南にあるポケットパークが集合場所ですが、工事をしていたため、駅から300mほど北にあるグラウンド脇の駐車場が受付場所でした。昨日ほどではありませんでしたが、すでに100人を越えるくらいの方が並んでおられました。酒蔵みてある記の人気は高いのです。

200209kintetsuhikingiseasahi  こちらは実際に歩いたルートマップ。伊勢朝日駅をスタートして、旧東海道を少し歩いて、まずは、朝日町歴史博物館へ。そこから若松園という和菓子屋さんに立ち寄って、北勢バイパスを潜って、川越町に入り、朝明川沿いを歩いて早川酒造部で酒蔵見学。さらに高松八幡神社山武食品を経て、近鉄名古屋線・川越富洲原駅がゴールとなります。コースマップでは、約7㎞となっていましたが、実際には、8.2㎞を歩きました。スタートしたのは9時25分、ゴールは12時15分、途中、早川酒造部にほぼ1時間滞在していました。

Img_1340c  受付場所からは、また伊勢朝日駅の方に戻ります。これですでに600mほど歩いています。伊勢朝日駅の踏切のところからが、Img_1345c_20200209171101 旧東海道。右の写真で左側に写っているのが、過去2回の受付があったポケットパーク。

Img_1347c_20200209171601  このポケットパークの南の端に推定樹齢300年のエノキが残っています。東海道を往来した旅人たちを見てきたのでしょう。街道の並木としては、松が一般的で、朝日町内も同様だったそうですが、エノキのような「雑木」も混じっていたそうです。ところが、松は、太平洋戦争末期、松根油をとるために傷つけられたり、その後の松食い虫の被害などによって激減したのです。

Img_1357c_20200209171701  2㎞を過ぎ、9時45分に朝日町歴史博物館に到着。今月は、企画展は行われておらず、栗田真秀の新収蔵品や、萬古焼が展示Img_1361c されていました(リストはこちら)。栗田真秀は、朝日町出身の明治から大正時代の日本画家。萬古焼は、桑名の豪商沼波弄山(ぬなみろうざん)が、元文年間(1736年〜1740年)に朝明郡小向(あさけぐん おぶけ、現在の三重郡朝日町小向)で創始しています。私は、ここに展示されている飛鳥時代にあったという縄生廃寺の模型や、発掘現場のレプリカが気に入っています。

Img_1373c_20200209172601  朝日町歴史博物館を一通り見て、次の立ち寄り先である若松園さんに行く途中、JR関西線の踏切を渡りまImg_1372c_20200209172601 す。JRの踏切には、それぞれ名前がついています。多くは、その地名によるのですが、この踏切、「住宅踏切」となっていました。由来は不明です。さらに余談を重ねますが、踏切の写真をすべて撮ってネットに載せていらっしゃる方もあります(こちら)。他人様のことをどうこう申せませんが、実にいろいろなことに興味を持つ方がいらっしゃるものです。

Img_1374c  話を戻して、住宅踏切を越えると、すぐに若松園さん。呈茶サービスがあったのですが、通過。若松園さんから100mあまりImg_1376c_20200209172601 で再び、旧東海道に出て、北上(いったん戻る方向に向かいます)。このあたり、近鉄のハイキングその他で、何度も通った、馴染みのところです。

Img_1379c_20200209173401  旧東海道を歩くのは、200m足らず。県道66号線に出て、右折します。この交差点の北側に小向山浄泉坊があります。浄土真宗本願寺派。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称したのに始まります。徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。

Img_1382c  ここからは、県道66号線を北勢バイパスに向かって歩いて行きます。水田が広がり、住宅や学校もありますが、大きな建物Img_1385c はなく、鈴鹿おろしの風が冷たいのです。左の写真は、西の、鈴鹿山脈の方を撮ったもの。鈴鹿の山の方は、雪が降っているような雲がかかっていました。右の写真は、町立朝日小学校の円形校舎。昭和37(1962)年に建てられ、平成15(2003)年に改修されています。鉄筋コンクリート造4階建で、登録有形文化財になっています。1階から3階は、中央に柱のない円形ホールで、その周囲に特別教室等、外周にベランダがあります。4階の講堂は一室の大空間となっているそうです。

Img_1387c  朝日小学校を過ぎると、水田地帯をひたすら歩くことになります。今日は、晴れて、陽が当たっていましたので、まだ良かったのですが、過去のこのハイキングでは、冷たい風に吹かれまくった上に、時雨れたりとけっこう大変な思いをしました。

Img_1402c  途中割愛しますが、北勢バイパスの下を潜り、県立川越高校の脇から朝明川の堤防にあがります。近鉄の踏Img_1404c 切を越えると、神明神社。今日は立ち寄り先には指定されていませんが、過去2回、お参りしていますので、今日もご挨拶という感じで立ち寄って来ました。主祭神は、天照大御神。相殿神は、大山祇命(オオヤマツミノカミ)。創祀は、社伝よれば天正年間(1573~92)以前といいます。この神明神社では、7月の最終日曜日とその前日(土曜)に石取祭が行われます。ここの石取祭は、桑名の石取祭を取り入れて、約110年前に豊田一色地区が始めたことをきっかけに、現在では町内3地区に広まっています。

Img_1408c  その先、川越北小学校の近くには、里程元標があります。これも過去に見ています。「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十Img_1410c 里廿八町 川越村」と記されていました。左側には、「富田町 三・〇五四米 貳拾八町 四日市々 七・五二七米 壱里丗三町」と、また、右側には、「桑名町 七・二〇〇米 一里丗町 富州原町 二・二九一米 弐十壱町」と刻まれていました。この道路元標は、大正13(1924)年、昭和天皇(皇太子時代)の御成婚記念として建てられました。

Img_1414c  国道1号線と交差する「朝明橋北詰交差点」まで来ました。ここで4.5㎞、10時20分頃。過去2回は、この交差点を渡って右折し、朝明橋を渡り、朝明川の右岸を歩いたのですが、今回は、河川改修工事の関係で、右岸が通れないということで、そのまま左岸を進みます。

Img_1417c_20200209175501  交差点を渡って少し先に川越町郷土資料館があります。平成6(1994)年Img_1421c 6月に開館し、農具や漁具、生活用具、伊勢湾台風の時の写真などを展示しているそうです。一度訪ねたいと思うのですが、事前予約が必要ということで実現していません。郷土資料館の先には、我が家が車のことでお世話になっている共和モータースさんがあります。社長さんはユニークで面白い方、スタッフの方は皆、親切、丁寧なので、ここまで来ているのです。先日の点検もここでお願いしました。

Img_1426c  朝明川。国道1号線あたりから下流は河川改修工事中で、水鳥は全くいません。このあたりは、かつて「伊勢国朝明郡」でしたが、東征中の日本武尊が当地で夜明けを迎え、朝明川の水で口をすすいだことから川の名が付いた、とする伝承もあります。向こうに見える煙突は、中部電力川越火力発電所。かなり高いので、我が家からもよく見えます。

Img_1433c  福崎橋を渡ると、早川酒造部はすぐそこですが、福崎橋から西を見ると、鈴鹿の山には雪。向かって右端の山が、我が家からもよく見える藤原岳。雪雲らしき雲もかかっています。このあと、早川酒造部で出会った、津からいらした方に伺ったら、今朝、津では雪が積もり、四日市近くまで雪が降っていたとおっしゃっていました。

Img_1440c_20200209180701  いよいよ目的地の早川酒造部に到着。スタートからは5.6㎞、時刻は、10時35分。江戸時代から米穀商を営んでいた初代早川Img_1442c_20200209180701 半三郎が、明治6(1873)年に、現在の四日市市天カ須賀で酒造りを始めたのが最初。創業の地の地名の「天」と天下一品の酒を目指すという初代の願いから、主力銘柄は「天一」と命名されています。大正6(1917)年に、現在の朝明川の辺りに蔵ごと移築し、 以来百年近くにわたって、日本酒を醸し続けていいす。水は、朝明川の豊富な伏流水を用いているということです。「早川酒造部」という珍しい名前は、当初、米穀商の一部として酒造りが始まったからかも知れません。

Img_1443c  昨日と同じく、ここも大賑わい。まずは、「お楽しみ抽選会」の会場へ。抽選は、抽選箱に入れられた、清酒の瓶の蓋を引くというやり方でした。「赤」が出ると「しぼりたて原酒720ml」が当たったのですが、残念ながら、3年連続で外れ(苦笑)。早川酒造部とは、相性が悪いのかも。

Img_1455c  抽選会の次は、試飲。早川酒造部さんは、2種類の試飲をさせてもらえます(^_^) 「しぼりたて 本醸造 蔵出し生原酒Img_1454c_20200209180701 と、たぶん「純米酒 天一」。2種類の飲み比べをさせていただけるのは、ありがたい。「しぼりたて 蔵出し生原酒」は、炭素濾過や火入れがされていません。アルコール度数は、19度以上20度未満。これ、堪りませんねぇ。

Img_1459c  今日も、即売会で土産を買ってきました。試飲をさせてもらった内、やはり「しぼりたて 蔵出し生原酒」Img_1531c_20200209191201 をチョイス。720ml入りが、1本¥1,000。

Img_1464c_20200209180701  今日は相方はなかったので、「一人宴会」をすることにしました(微笑)。ワンカップ(これは、「純米酒 天一」、¥200)と、山武食品が出店している店で焼きたて鯛蒲(¥300)をゲット。ここで、富田のオッちゃんに遭遇(実は、受付会場でも目撃しましたが)。今日はなぜか甘酒を飲んでおられました。どうやら早くに(たぶんこちらに直行)来て、すでにかなり飲んだ様子(爆)。小生の隣には、先に触れた津からの男性。この方、御年85歳! テニスやら、囲碁やら取り組んでおられるとか。津新町駅から5㎞ほどのところにお住まいで、帰りは駅から歩くとか。いやぁ、スゴい人はあちこちというか、身近にいらっしゃいるものです。「75歳までは現役で働け動け!」と発破をかけられてきました(苦笑)。

Img_1476c_20200209192101  早川酒造部を出たのが11時35分。ちょうど1時間滞在。皆さんほろ酔い気分で歩いているせいか、パスして行かれるのですImg_1484c_20200209192101 が、私は高松八幡神社に立ち寄って来ました。ここは、なかなかよい感じのお宮さんです。過去2回のハイキングでも立ち寄っています。御祭神は、応神天皇。相殿神は、菅原道真天目一箇神(あめのまひとつのかみ)他5柱。この神社の祭は、「足上げ祭」。こちらに動画があります。右の写真中央に写っている柱(しんばしら)の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩くという特異な祭りだそうです。

Img_1494c  こちらは、足上げ祭に使う太鼓。境内にある倉庫に保管されています。太鼓には、毎年、皮を1週間ほどかけて張るのだそうです(中央下にブルーシートにくるまれているのが、その皮)。太鼓の中にあるロープ1本で皮を張るので大変だそうです。それに、最近は、若い人が準備に参加しないそうで、準備そのものも、祭の継承もけっこう難しいと伺いました。

Img_1490c  神社では、昨年と同様、氏子の方に接待をしていただきました。早川酒造部で試飲2杯、一人宴会ワンカップ1本をいただいてきたのに、ここでも早川酒造部の「天一」をいただきました(微笑)。「もうかなりいただいてきた」と申し上げたら、「それはそれ、これはこれ。御神酒だからもらってもらわないと困る」などといわれ、あっさりと負けました(苦笑)。

Img_1511c  その後は、一時、四日市市内を通過し、山武食品さんの前へ。工場の近くに「海旬工房 矢馬竹」という店があるのです。こImg_1515c こも通過。「高松川原」交差点で国道1号線に出ます。左折して、四日市方向へ。マックと吉野家があるところで右折して、近鉄名古屋線・川越富洲原駅に向かいます。

Img_1518c  ゴールの川越富洲原駅東口には、12時15分到着。ここも何度も来ていますから、お馴染み。西口側には、お堂があったりして、それも見てみたいと思っているのですが、機会がありません。12時22分に名古屋行き普通がありましたので、それに乗車。桑名には、12時30分着。¥260。1駅でプラス¥50とは(微笑)。

Img_1535c  あみま倶楽部のスタンプは、昨日に続いてゲットで5個目。まぁ普通のペース。ALKOOのデータは、16,089歩。近鉄ハイキImg_1539c ングで8.2㎞、桑名駅往復が1.8㎞で、合計10㎞。

 さて、次のハイキング。京都(古墳と古代遺跡を渡り歩く歴史散策の旅)や、大阪(ご利益ハイキング第4弾 ごきげんさん富田林ごりやくハイキング)で近鉄ハイキングがあります。行ってみたい気持ちは十分あるのですが、さすがにちょっと遠い。2月16日(日)の「水郷 蟹江散策と山田酒造「醉泉」・「最愛」」ですかねぇ(また、酒蔵みてある記か? というツッコミはなしでお願いします)。津からいらした85歳の男性も、これに行くとおっしゃっていましたし。

 遊んでばかりいるようですが、そろそろ確定申告の準備に着手しています。e-TAX利用で早めに済ませようと思っています。やり始めれば簡単なのですが、そこに至るまでがめんどくさい(苦笑)。その後、今月は、23日に支援員養成講座で話をします。レジメはすでに提出済み。当日のパワポ資料を確認するのみ。

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2020年2月 8日 (土)

20200208近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」へ(一回完結)

Img_1205c  昨日よりも暖かくなるという予報で、ハイキング日和かと思い、近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒「鈿女」伊藤酒造と智積養水をたずねて」に行ってきました。桑名の最高気温は、11.6℃。ハイキングがスタートする10時頃の四日市は、風もほとんどなく、日もよく当たっていたのですが、次第に風は強くなってきました。帰り際には、ちょっと時雨れるという天気。しかし、同級生K氏と二人でしっかり楽しんできました。3回目のコースですので、記事は、今回で完結。

Img_1200c_20200208150101  今日の受付は、近鉄湯の山線・高角駅で9時50分~11時20分。桑名駅を9時1分に出る五十鈴川行き急行で四日市へ。9時14分着。9時30分発の湯の山温泉行き普通に乗り換え。まるで近鉄ハイキング専用列車の様相。高角駅には9時41分着。¥430。駅前も長蛇の行列。このコースに参加するのは、今回で3回目ですが、こんなに人が待っているのは初めて。もらったコースマップの番号は251番。100mほどの行列でした。

200208kintetsuhikingtakatsuno  実際に歩いたルートはこちら。過去2回と全く同じ。同じですので、目的地の神社、寺で歩き回るということはしませんでした。歩いた距離は、4.3㎞。高角駅を出て、南西へ。一生吹山(いっしょうぶきやま:標高109m)を上り、毘沙門天に参拝。北側へ下って、ユーユーカイカンの裏に出て、東名阪自動車道の下を潜ります。潜ったところに大師堂。そこから北上し、桜の町へ。ここで椿岸神社にお参り、智積養水を見て、西勝寺にも参詣。そしていよいよ伊藤酒造へ。酒蔵見学、試飲のあと、現地にて小宴会。ゴールの桜駅までは1㎞もありません。スタートしたのは9時55分、ゴールは12時20分。

Img_1210c  一生吹山に登り始めたところ。このあたりはまだ傾斜も緩く、登り始めたばかりなので楽です。近くには、早くも菜の花が咲いImg_1208c_20200208150701 ていて、「おぉ、いいねぇ」と二人とも余裕綽々。ところが、このあとは、もう傾斜がもう少しきつくなり、それが結構長く続くのです。「休憩するか?」「斜めのところで休憩したら、足を踏ん張らないといけないから、休憩にならない」などとしゃべりながら、頂上過ぎにある毘沙門天まで行って休むことに(苦笑)。

Img_1211c_20200208151001  頂上少し手前に、四日市市の一生吹山配水場、その向こうにNTTDocomonの携帯電話の基地局が見えます。ここまで来れば、上りはほぼ終了。K氏曰く、「100mくらいの山、大したことはないと思っていたが、これ、けっこうキツいな」。そうなのです、けっこう大変で、途中、口数も少なくなり、登るのに専念せざるを得なくなります。

Img_1213c  スタートから1.5㎞ほどで、一生吹山にある毘沙門天に到着。もとは、浅間神社が祀られていたのですが、明Img_1215c_20200208161901 治42(1909)年に明治政府の政策で「一村一社の神社合祀」が実施されて椿岸神社に合祀されました。昭和3(1928)年、有志によって、信貴山より毘沙門天が勧請され、今日に至っています。ここでしばし休憩。毘沙門天さまに、今日の抽選会で上首尾が得られるよう祈ってから、山を下ります。

Img_1220c  山を下って、2.2㎞を過ぎ、東名阪自動車道の下を潜ったところに大師堂があります。弘法大師を祀っています。江戸末期、このあたりを開墾し、田地化するさいに溜池をつくって灌漑しました。昭和初期、この水が永遠に絶えないことを祈って、徳志の人が、水に縁の深い弘法大師をここに祀ったといいます。

Img_1228c_20200208162201 Img_1224c_20200208162201  このあたりから智積(ちしゃく)町に入っています。矢合川を渡り、3.1㎞来たところに椿岸神社。主たる御祭神は、天鈿女命(天宇受売命、あめのうずめのみこと)。天照大神が天の岩屋に隠れたときに、その前で踊り、天照大神を誘い出した女神です。それ故、ここの御利益の一つには、「芸能」が揚げられています。これから行く伊藤酒造はこのすぐ近く。この天鈿女命が、伊藤酒造がつくっている「鈿女(うずめ)」という清酒の名前の由来。ここには、皇居遙拝所や、橿原神宮遙拝所があります。

Img_1235c  椿岸神社のすぐ北西に桜岡山西勝寺(浄土真宗本願寺派)。大変立派なお寺なのですが、ネットで調べた限りではとくにこれとImg_1232c_20200208162201 いう情報は出て来ません。西勝寺の門前に智積養水(ちしゃくようすい)が流れています。江戸時代につくられた灌漑用水で、昭和60(1985)年に環境省選定の「名水百選」に選ばれています。隣町の三重郡菰野町神森にある湧水池「蟹池」の水を引いています。智積養水路の全長は1,784m、幅は1~2m。ここに桜郷土史研究会による詳しい説明があります。

Img_1230c  水はかなりきれい。昨年来たときにも見ましたが、大きなコイが悠然と泳いでいました。

Img_1242c_20200208162201  西勝寺からは300mほどで、伊藤酒造に到着。スタートから3.7㎞、時刻は11時15分。1時間20分歩いてきました(ただし、一生吹山毘沙門天で10分ほど休憩)。創業は、弘化4(1847)年。まだ江戸時代。将軍は、第12代徳川家慶の頃。伊藤酒造さんのサイトによれば、「山田錦」を始め、三重県産の米を、また、仕込み水には、「智積養水の伏流水」を使用しているそうです。

Img_1249c_20200208162201  酒蔵に通していただき、そこで試飲させてもらいました。今回は、発酵タンクの見学はなくて、ちょっと残念。しぼりたてのImg_1308c 生原酒で、うまい。アルコール度数は18度。これまで同様蔵の中に即売会場がありましたので、試飲した「搾りたて生原酒 鈿女」の500ml入りを1本買ってきました。¥1,000。キャップに大きく「生」と書いてあるボトルです。

Img_1264c_20200208162201  試飲のあと、甘酒をいただいて、抽選結果の確認。コースマップの番号が、抽選番号になります。多度の細川酒造に行ったときには、「上げ馬720ml」をゲットしたので、今回も欲が出ましたが、そうそう毎回うまくは行きません。K氏もハズレ。悔しがっていましたが、二人ともハズレなので、イーブン。

Img_1270c_20200208162201  道を挟んだ北側にアンテナショップ「慕蔵(ぼくら)」と「わみん」があります。「わみImg_1272c_20200208162201 ん」で、つまみや酒を売っていますので、そこで、二人とも熱燗一合(¥300)と、おつまみセット(酒粕入り特製チヂミと枝豆;¥250)を買いあげ。吹きさらしの場所でしたが、小宴会。知り合いの「富田のオッちゃん」が、「遅いやんか、どこに行ってたんや?」と声をかけてきます。K氏、「どういう知り合い?」と不思議そう。

Img_1274c  周りでも、わみんで買った酒やつまみを楽しむ方多数。この雰囲気もよいのです。皆さん、空き地の隅に置いてある一升瓶を運ぶためのケースを持ってきて、即席の椅子、テーブルにしています。先ほどの富田のオッちゃん、われわれのところにやって来て、「ほな、お先に。明日も来なあかんでぇ」と言い残していかれました(微笑)。明日は、川越の早川酒造部で近鉄ハイキング酒蔵みてある記なのです(酒蔵みてある記(踏破賞対象)早川酒造部「天一」)。

Img_1280c_20200208162201  時間がありましたから、慕蔵も覗いてきました。「慕蔵」の方は、酒の販売の他、酒器やグッズ、酒粕漬、麹などの販売をしImg_1291c ています。結局、12時10分まで伊藤酒造に滞在。今回は、試飲プラス熱燗一合で満足し、ゴールの近鉄湯の山線・桜駅に向かいます。伊藤酒造から桜駅は、500mあまり。12時20分に到着。今回は、KIPSポイント100ポイントがもらえますので、ここであみま倶楽部の会員証とKIPSカードを呈示してポイントをゲット。次の四日市行きは12時45分でしたので、改札前で話をして時間つぶし。

Img_1293c  ホームにあがったら、先日、大羽根園駅で見たポスターにあった「撮影ポイント」を発見。あの「頑張れ受験生! サクラサクきっぷ」という企画のです。桜駅は工事中で、工事用のフェンスに掲げてあったのは、ちょっと残念。予定通り、12時45分の四日市行きに乗車。四日市には12時59分に到着。13時10分の名古屋行き急行に乗り換え、桑名には13時22分着。¥430。

Img_1302c_20200208162201  あみま倶楽部のポイントは、やっと4個目。ALKOOのデータは、12,516歩。ハイキングで4.3㎞、桑名駅往復が1.8㎞ですかImg_1313c_20200208162201 ら、合計6.1㎞。普段の散歩並の距離ですから、歩数もこれくらいでしょう。明日は、上述のように、早川酒造部での近鉄ハイキング。富田のオッちゃんが呼んでいます(微笑)。

Img_1310c_20200208162201  そうそう、最後にあの気合いの入った「生」と大書された「搾りたて生原酒 鈿女」のキャップの写真を載せておきましょう。

 過去の記事は、次のところをご覧ください:

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2019年11月 6日 (水)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その2)……甘強酒造で日本酒、みりんを試飲、銭洗尾張弁財天富吉神社で100円玉を洗って蟹江町役場、蟹江町体育館を通って再び蟹江川沿いでジョウビタキ、御葭橋を見る

191102jrwalkingkanie1 11月2日に参加したJRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」のその2です。その1では、蟹江川沿いを歩いて、蟹江神明社まで来ました。さらに南下して、前から興味があった「甘強酒造」へ行きます。

Img_6015c  スタートして約1.7㎞、時刻は9時40分を過ぎた頃、甘強酒造に到着。電車の車窓から、「甘強みりん」というImg_6032c_20191102183701 大きな看板を何度も見たことがあり、たぶんその名前のインパクトで記憶に残ったと思います。それ故、機会があれば、一度訪ねてみたかったところ。JRさわやかウォーキングのサイトで見たコースマップには、試飲は10時からと書いてあったのですが、到着早々、スタッフの方が「もう試飲もやっていますから、どうぞ」とうれしいお言葉! 会場に行ってみたら、すでにけっこうな賑わい。物販ブースも出ていて、蟹江は川が5本流れていて、いろいろな川魚料理が名物。もろこの佃煮などの川魚料理を売っていました。個人的には、川魚はどうも苦手なので、ちょっとだけ味見したのみ。

Img_6017c  目的はこちら(苦笑)。日本酒の試飲であります。日本酒2種類と梅酒が試し飲みできまImg_6020c し た。左は、「純米吟醸酒 いっこく」というお酒。けっこう濃い感じでした。しかし、試飲のカップは、写真のようにかなり小ぶり(無料ですから、贅沢をいってはいけませんが……)。

Img_6029c  続いて、「本醸造 名古屋正宗」。愛知県産米を使用し、冷やまたは常温でがよいといいます。写真では違いはImg_6026c ほとんど分かりませんが、こちらの方が、純米吟醸よりも透明度が高い感じ。個人的な好みをいえば、どうも三重県の酒蔵の酒の方が好みです。あくまでも好みの問題ですので、ご了解あれ。この近くでは、山田酒造さん、青木酒造さんのものも試しましたが、個人的にはこういう結論。愛知県で生まれ24歳まで育ったものの、三重県在住40年で、すっかりこちらに馴染んだためかも。水の違いが大きいような気がします。

Img_6024c  といいつつ、梅酒もしっかり試飲してきました。「里香梅 紅麹梅酒」という銘柄。紅麹という、血圧やコレステロールなどの面でよい働きがあるといわれている麹を使っているそうで、オッサンにはこちらを買うべきだったかも知れません。

Img_6030c_20191105175701  直売コーナーがありましたので、ちょっと迷った末、「本醸造 名古屋正宗」の720ml瓶を1本買ってきました。¥900。この日の試飲&直売では、他で設けられているような、椅子・テーブルはありませんでしたので、酒蔵で宴会を楽しみたい方にはちょっと張り合いがなかったかも。甘強酒造は、このほか焼酎なども製造販売しています。

Img_6038c  土産もゲットしたので安心して、いったん外へ出て、旧本社事務所を見てきました。甘強酒造は、文久2(1862)年、初代山Img_6047c_20191105180701 田平八によってみりんの醸造元として創業しました。明治から大正にかけて業績を伸ばし、昭和10(1935)年に山田平左衛門商店から甘強酒造へと商号を改めるとともに株式会社として設立しています。戦後の昭和29(1954)年から清酒「四天王」の醸造販売を開始しました。「カンキョーみりん」は、主に料理店に出荷されているそうです。甘みや旨みの強い本物のみりんを造り続けるという想いから、「甘強みりん」と命名したといいます。この旧・本社事務所は、昭和12(1937)年の建築です。このほか、築敷地内には、江戸から昭和にかけて造られた蔵・作業場及び住宅、事務所があり、その歴史的価値を認められ、みりん工場(明治初年築)、旧本社事務所など4棟が文化庁の「登録有形文化財建造物」になっています。

Img_6055c_20191105191101  建築のことはよくは分からないのですが、古い建物を見るのは好きです。こちらのサイトによれば、「南北に細長い台形平面Img_6045c_20191105191401 のRC造3階建塔屋付であるが、堤防際のため、西面は2階建外観になる。窓は縦長の上げ下げ窓、外壁はスクラッチタイル張、頂部はコーニスを廻し、玄関はテラコッタ飾りで縁取る。地方における事務所建築の好事例」だそうです。

Img_6050c_20191105191501  こちらは、住宅主屋。社屋と工場の間にあります。2階建の和風住宅で、東西棟の入母屋Img_6111c 造、桟瓦葺、西面に玄関を設けた妻入です。2階には洋室もあるそうで、また、開放的な開口部が設けられ、当時の住宅の有様を示しているといいます。右の写真は、蟹江川の対岸、右岸から見たもの。

Img_6065c  さて、旧・本社事務所を見たあとコースマップをよくよく見たら、どうも指定されたコースImg_6068c を外れていると思えました。甘強酒造の工場内を抜けて行くようなコースになっていました。そこで、いったんもどってみたら、みりん工場の方へ進むという矢印を発見。いやぁ、よかった(苦笑)。道に迷うところでした。

Img_6071c_20191102183801  みりんの試飲もありました。料理は自分ではほとんどしませんので、みりんにどんな種類があるのかなど、Img_6073c 知るよしもありませんでした。しかし、実にいろいろとあるのにビックリ(こちらをご覧ください)。昔仕込本味醂、弐拾年熟成黒みりん、甘強本みりん、参年みりん、純醸本みりんなど。違うのは分かったのですが、何がどうかと聞かれると説明できるほどではありません(苦笑)。

Img_6077c  甘強酒造の工場内を抜けて、さらに南へ。スタートから2㎞のところに銭洗尾張弁財天富吉神社があります。Img_6083c ここは2回目(2018年3月4日:今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))。尾張で唯一の銭洗弁財天だそうです。室町時代の永享年間、北条平八郎時満が蟹江城を築くにあたり神のご加護を頂くため、鎌倉より銭洗弁天を勧請し、黄金の井戸銭洗いを造り、その浄水で軍資金を粗い、この福銭をもって蟹江城を築城したと伝えられています。

Img_6091c  ここは、昭和39(1964)年、海門寺大池を埋め立てることとなり、約400年ぶりに尾張弁財天富吉神社として祀られましImg_6097c_20191105193901 た。また蟹江合戦の犠牲者を祀る、「蟹江城主、先祖代々供養塔」があります。詳細は、「JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(その2)……正一位秋葉神社と、銭洗尾張弁財天富吉神社」をご覧ください。ちょうど100円玉が5つありましたので、家族4人分プラス家内の母親の分として、洗ってきて、土産代わりに配りました。洗ったお金は使うのがよいと聞きました。

Img_6105c_20191105194001  銭洗尾張弁財天富吉神社を出て、記念橋で蟹江川を渡って西側へ。渡ったところのたもとに神社があります。去年3月4日にImg_6108c も見たのですが、ネットで調べても不明。キョリ測でも、Googleマップでも載っていないのです。あたりには、神社名などを示すものは何もありません。

Img_6115c_20191102193601  記念橋を渡って、蟹江町役場に行くまでの住宅街で、ジョウビタキの鳴き声が聞こえました。今年は、桑名でもよく見かけます。あるお宅のテレビアンテナに止まっていました。

Img_6119c  10時20分に蟹江町役場前を通過。さらにとなりにある蟹江町体育館も通過。ここでは、文Img_6122c 化祭が開かれていたようですが、書道、絵画、陶芸の展示やダンスということで、勝手ながらパス。

Img_6125c  3㎞手前で次の立ち寄りポイントであるまちなか交流センImg_6130c_20191102193601 ター・楽人。ここも2回目か、3回目。お茶がいただけたのですが、それも、店内も一周してそのまま通過。ずっと北上して、3.5㎞ほどでJR関西線の線路に行き当たり、左折。西へ向かいます。

Img_6137c  しばらく線路沿いに西に向かって歩きます。曲がってから最初の踏切を渡って、関西線の線路の北側に出ます。この踏切は、「八ヶ島(やつがしま)踏切」。JR線の踏切には、このようにそれぞれ「固有名詞」がついています。近鉄線は、たとえば「千代崎第1号」のようになっています。駅から上り方向に順に番号がついているのです。

Img_6145c  踏切を渡って、東へしばらく進み、今八島公園の先で左折して北へ。さらにその先で右折し……と歩いて、再Img_6150c_20191102194401 び蟹江川沿いに出ます。須西小学校のところにある飾り橋に出ます。ここで、4.7㎞。時刻は、10時50分頃。写真のような飾りが、親柱にありました。須成祭の時、飾られた祭船に役者や供の者が全員乗船し、ここから天王橋に向けて出発します。祭船を飾ったことから飾橋の名が付けられたといわれています(こちらを参照)。ここからは、また蟹江川沿いを、今度は北へ歩いていきます。

191102jrwalkingkanie2  ここらあたりから、実測ルートマップは、その2のエリアに入ります。「折り返し点」が近づいていますし、東名阪自動車道の近くまで歩いて行くことになります。

Img_6152c  須西小学校の敷地でまたもや、ジョウビタキのメスに遭遇。ウォーキングしながら、バードウォッチングができるとは、最高Img_6158c_20191105200401 です(微笑)。5㎞を過ぎて、真っ赤な橋が見えてきます。御葭橋(みよしばし)。この橋、実は、ワイヤーで跳ね上げられる「跳開橋」なのです。須成祭の時、「車楽船(だんじりぶね)」が上ってくるため、年に2日だけ跳ね上げられるのだそうです。こちらにそのときの写真が載っています。さて、その須成祭については、次に立ち寄る観光交流センター・祭人に展示説明がありましたが、それはその3にて。

 

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2019年11月 5日 (火)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(その1)……蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址公園、蟹江城本丸井戸跡から蟹江神明社へ

Img_5869c_20191102180601  11月2日のJRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」の本編その1です。この翌日は、近鉄ハイキング(蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策)に行くつもりでしたので、ちょっと迷ったものの、JRさわやかウォーキングのスタンプが8個に留まっていました。賞品がもらえる10個達成を目指して、思い切って参加した次第。このコースは、去年3月4日のJRさわやかウォーキング(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))と一部で重複しています。このときは、山田酒造へ行きました。

Img_5871c_20191102175801  受付は、JR関西線・蟹江駅で8時半から11時でした。ただし、事前にネットに上がっていたコースマップを見Img_5862c たら、甘強酒造での試飲が10時からとなっていましたので、急いで行く必要はないと考え、桑名駅を8時38分に出る名古屋行き普通電車に乗車。蟹江駅には、8時55分に到着。¥240。この2分後には、名古屋から来る下り電車(桑名行き)も到着し、大賑わい。

Img_5868c_20191102180301  また、いきなりの余談ですが、蟹江駅は工事中でした。桑名駅と同じように、自由通路を設け、そこに改札口Img_6341c ができるようです。2020年末供用開始予定とか。

20191102jrwalkingkanie  こちらがこの日のコースマップ。蟹江駅を出て南へ。蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址公園(この2ヶ所は去年訪ねました)、蟹江城本丸井戸跡、蟹江神明社、甘強酒造(甘強みりんを製造販売、日本酒を造っているのは知りませんでした)、銭洗尾張弁財天富吉神社(ここも去年来ています)、文化祭が行われている蟹江町体育館(パスしました)、まちなか交流センター・楽人(ここも来ています)、観光交流センター・祭人を経て、はつらつ公園がゴール。マップ上は、約6.6㎞ということで、この日の散歩代わりという感じも。はつらつ公園からはJR蟹江駅まで、約500m。

191102jrwalkingkanie  実際に歩いたルート。余分に立ち寄ったのは、観光交流センター・祭人を出たあと、須成祭りが行われる富吉建速神社、八剣社、龍照院です。一方、文化祭が行われている蟹江町体育館は、前をそのまま通過し、立ち寄ってはいません。はつらつ公園までで7㎞、蟹江駅に戻って7.3㎞でした。

Img_5872c  スタートは9時ちょうど。この日は、冒頭の写真のように、併催イベントとして「蟹蟹フェア」が、このあと訪ねる観光交流センター・祭人で9時から14時まで開催されているということでした。ただし、グルメは提供数がかなり限定されていて、売り切れているかも知れません。まぁ、残っていればラッキーという気持ちで。

191102jrwalkingkanie1  実際に歩いたルートを詳しくした実測ルートマップ。蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址、蟹江城本丸井戸跡はすぐ近くに集まっています。そこから蟹江川沿いに出てさらになんか。蟹江神明社、甘強酒造、銭洗尾張弁財天富吉神社と進んでいきます。

Img_5879c  スタートから700mほどで蟹江町歴史民俗資料館に到着。蟹江町産業文化会館の中にありまImg_5886c す。今日は、「蟹江町130年の歩み」という特別展と、文化財パネル展を開催していました。ここの玄関先には、ほとんどが埋まった状態の「蟹江町道路元標」と、旧・日光大橋の親柱の「象」のモニュメントがおいてあります(2018年3月6日:JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(その1)……蟹江町歴史資料館、蟹江城址、秋葉神社他をご覧ください)。

Img_5898c  こちらが「蟹江町130年の歩み」展の会場。蟹江町は、その1/5が蟹江川、日光川など5本の河川によって占められており、ほとんどが海抜ゼロメートル地帯です。古くから水害に悩まされてきた一方で、町内には日本の名湯百選に選ばれた尾張温泉が湧き出ています。さらに、源氏泉緑地や日光川ウォーターパークといった河川と緑豊かな自然に恵まれた環境から「水郷の町」として知られ、小説家の吉川英治は「東海の潮来」と称したといいます。現在は、名古屋市のベッドタウン。明治22(1889)年に町制が施行され、今年で130年ということでした。

Img_5899c  展示はさまざまあり、また、130年の歩みの小冊子も置かれていました。個人的には、こちらの大きなホーロー看板が気になりました(微笑)。「水郷 蟹江温泉 観光旅館 太閤閣」とあります。この旅館は今はないようです。今あるのは、尾張温泉東海センターという日帰り入浴施設と、そこからお湯を提供された「足湯かにえの郷」と思われます。

Img_5901c  その他に気になったのは(蟹江町の歩みとはまったく関係なく、恐縮ですが)、古いテレビやラジオ、テーImg_5905c プレコーダーなど。オープンリールのテープレコーダーは、子どもの頃、オヤジが似たようなテープレコーダーを買って使っていましたので、懐かしい。中学校に入ったとき、こういうオープンリールのテープレコーダーで毎朝、NHK第2放送の基礎英語という番組を録音して勉強していました。ラジオも、真空管式のもの。ソノシートのプレイヤーもありました。ソノシートは、安かったので買ってもらったか、何かの付録に付いていたものを聞いていた記憶があります。

Img_5915c_20191102181201  蟹江町歴史民俗資料館を出て100mも行かないところに蟹江城址公園があります。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時Img_5920c_20191102181201 任(ときとう)が城塞を築いたのが始めといわれます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。蟹江合戦は、天正12(1584)年6月に起こった尾張国南西部における羽柴秀吉(豊臣秀吉)陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦いです。主に蟹江城における篭城戦でした。結果的に見て蟹江合戦は、小牧・長久手の戦いにおいて秀吉が合戦で家康に勝つ最後の機会だったようですが、秀吉は、長久手の戦いに加え、この蟹江合戦でも主戦力の投入に失敗し、これ以降攻勢にでることはなかったといいます。ここと次の蟹江城本丸井戸跡では、かにえガイドボランティア夢案内人の方々が案内をしてくださいました。城址公園では、右のようなCG(コンピュータ・グラフィック)で再現した合戦の様子も展示されていて、興味深く見られました。これはなかなかのアイデアです。

Img_5927c_20191102181201  城址公園から30mで蟹江城本丸井戸跡。細い路地の、民家の軒先にあります。ここは、去年、見逃したところで、今日は是非Img_5933c とも見たいと思っていました。蟹江城の本丸井戸跡と伝わり、江戸時代の蟹江本町村絵図にも、ここに「古井」と記されているということで、この井戸跡が、蟹江城がここにあった証拠と考えられています。

Img_5939c  蟹江城本丸井戸跡を見てさらに西へ。スタートから約1㎞の手前で蟹江川の左岸堤防に出ます。ここからは南へ。

Img_5945c  堤防道路を200mほど行くと、蟹江神明社に出ます。コースの関係で裏参Img_5950c 道から入るのですが、その前に神社の北側にあるエリアをチェック。改築記念碑や、昇格記念碑が並んでいます。

Img_5960c_20191104192301  その脇にひっそりと戦捷記念碑がありました。「明治二十七八役」とありましたので、日清戦争(明治27~28(1894~95)年)に参戦された方々を称える碑でした。

Img_5978c  蟹江神明社の拝殿。永享年間(1429~1441年)、北条時任が蟹江城築城の際、城の本丸南の守護神として清洲から御薗神明社を迎えて祀ったのが始まりといいます。天正12(1584)年、蟹江合戦で兵火に遭い、すべてが焼失し、元和5(1619)年に社殿を再興しました。社伝によれば、北条時任の祖父、時行が海路台風に遭い、暗闇の中一条の太陽が射す奇跡により、一命をとりとめたのですが、これは伊勢神宮のおかげと、天照大神を尊び敬っていたので、その孫、時任が城を築くにあたって、天照大神を祭神として神明社に祀ったとされます。その後、天正12(1584)年の蟹江合戦で、全村焼失し、翌年の天正大地震で城は崩壊し氏子は離散、潅木が茂るに任されていたのですが、徳川が天下を統一し、元和元(1615)年、蟹江の住民も氏神様を崇敬する心が戻り、神明社跡地の荒地を整備し、元和5(1620)年に社殿を再興しました。御祭神は、神明社ですので、天照大神。拝殿前の常夜燈、どこかで見たなと思ったら、伊勢神宮の外宮前にあるのと似た形でした(2018年12月11日:20181211伊勢神宮・外宮参拝へ……神宮暦を入手してきました)。

Img_5970c  境内には、拝殿とは別に小さなお社も2つあったのですが、いずれも詳細は不明。神社検索(三重)のようなサイトがあればImg_5983c よいのですが、愛知県については、調べた範囲では見つからないのです。

Img_5980c  拝殿前で気になったのが、賽銭箱。再選を投入するところが左の写真のようになっていたのです。まるで自販機の料金投入口のようでした。賽銭泥棒とか、賽銭箱ごと盗んでいく輩もいるようですから、神社も大変でしょう。

Img_5987c_20191104194801  拝殿前には、古い石柱などが集められていました。その中には、「軍人勅諭下賜五十年記念」と刻まれた石柱もありました。蟹江町軍人会が建立したもの。軍人勅諭が明治天皇から下賜されたのは、明治15(1882)年1月ですから、この石柱が建てられたのは昭和7(1932)年と考えられます。

Img_6000c  蟹江神明社の隣には、薬師如来堂がありました。ネットで検索しても詳細は不明。この北に西光寺というお寺がありますが、そこと関係があるのかどうかも、今ひとつはっきりしません。

Img_6002c  再び蟹江川沿いに南下しますが、蟹江神明社のすぐ西には、昇平橋。かつては蟹江橋があったのですが、昇Img_6004c 平という人が寄付して橋を新しくしたためこの名がついたといいます(こちら)。なかなか趣のある橋です。

 このあと、いよいよ甘強酒造へ。そこからはその2にて。

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2019年11月 3日 (日)

20191102JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」(予告編)

 今日は、JRさわやかウォーキング「老舗酒造『甘強酒造』の蔵開きと蟹江うまいもの巡り」に行ってきました。明日は近鉄ハイキング(蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策)に行くつもりですから、ちょっと迷ったものの、JRさわやかウォーキングのスタンプが8個でした。賞品がもらえる10個達成を目指して、思い切って参加。今日のところは、予告編。今日のコースは、去年3月4日のJRさわやかウォーキング(今日は、JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋できき酒と蟹江のまちを散策」へ(予告編))と一部で重複しています。このときは、山田酒造へ行きました。

Img_5871c_20191102175801  受付は、JR関西線・蟹江駅で8時半から11時。ただし、コースマップを見たら、甘強酒造での試飲が10時からとなっていましたImg_5862c ので、桑名駅を8時38分に出る名古屋行き普通電車に乗車。蟹江駅には、8時55分に到着。¥240。この2分後には、名古屋から来る下り電車(桑名行き)も到着し、大賑わい。

20191102jrwalkingkanie  こちらが今日のコースマップ。蟹江駅を出て南へ。蟹江町歴史民俗資料館、蟹江城址公園(この2ヶ所は去年訪ねました)、蟹江城本丸井戸跡、蟹江神明社、甘強酒造(甘強みりんを製造販売、日本酒を造っているのは知りませんでした)、銭洗尾張弁財天富吉神社(ここも去年来ています)、文化祭が行われている蟹江町体育館(パスしました)、まちなか交流センター・楽人(ここも来ています)、観光交流センター・祭人を経て、はつらつ公園がゴール。マップ上は、約6.6㎞ということで、今日の散歩代わりという感じも。はつらつ公園からはJR蟹江駅まで、約500m。

Img_5872c  スタートは9時ちょうど。蟹江駅は、現在、新しく生まれ変わるために工事中でした。桑名駅Img_5868c_20191102180301 と同じように、自由通路ができるようです。2020年末供用開始予定。

Img_5869c_20191102180601  また、今日は、併催イベントとして「蟹蟹フェア」が、このあと訪ねる観光交流センター・祭人で9時から14時まで開催ということで、このチラシをいただきました。グルメ、提供数がかなり限定されていて、売り切れているかも知れませんが……。まぁ、残っていればラッキーという気持ちで。

Img_5886c  最初の立ち寄り先は、蟹江町歴史民俗資料館。スタートから800m弱。蟹江町産業Img_5898c 文化会館の中にあります。今日は、「蟹江町130年の歩み」という特別展と、文化財パネル展を開催していました。

Img_5899c  一通り見てきましたが、気になったのは、左の写真の「水郷 蟹江温泉 観光旅館 太閤閣」という巨大なImg_5901c ホーロー看板と、古いテレビやラジオ、テープレコーダーなど。オープンリールのテープレコーダーがありましたが、子どもの頃、オヤジが似たようなテープレコーダーを買って使っていましたので、懐かしい。ラジオも、真空管式のもの。ソノシートのプレイヤーもありました。ソノシートは、安かったので買ってもらったか、何かの付録に付いていたものを聞いていた記憶があります。

Img_5915c_20191102181201  歴史民俗資料館のすぐ近くに蟹江城址公園があります。蟹江城は永享年間(1429年頃)、北条時任(ときとう)が城塞を築Img_5920c_20191102181201 いたのが初めといわれます。戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)がありましたが、天正12(1584)年に起きた蟹江合戦と翌年の大地震(天正大地震)で壊滅しています。ここと次の蟹江城本丸井戸跡では、かにえガイドボランティア夢案内人の方々が案内をしてくださいました。城址公園では、右のようなCG(コンピュータ・グラフィック)で再現した合戦の様子も展示されていて、興味深く見られました。これはなかなかのアイデアです。

Img_5927c_20191102181201  城址公園から30mで蟹江城本丸井戸跡。細い路地の、民家の軒先にあります。ここは、去年、見逃したところで、今日は是非とも見ていこうと思っていました。蟹江城の本丸井戸跡と伝わり、江戸時代の蟹江本町村絵図にも、ここに「古井」と記されています。この井戸跡が、蟹江城がここにあった証拠と考えられています。

Img_5945c  井戸跡から西へ進み、蟹江川の堤防に出ます。ここから南へ進み、蟹江神明社へ。スタートして、まだ1.2㎞くらい。コースの関係で、裏参道から入ります。永享年間(1429~1441年)、北条時任が蟹江城築城の際、城の本丸南の守護神として清洲から御薗神明社を迎えて祀ったのが始まり。天正12(1584)年、蟹江合戦で兵火に遭い、すべてが焼失し、元和5(1619)年に社殿を再興しました。

Img_5978c  御祭神は、神明社ですので、天照大神。拝殿前の常夜燈、どこかで見たなと思ったら、伊勢神宮の外宮前にあるのと似た形でした(2018年12月11日:20181211伊勢神宮・外宮参拝へ……神宮暦を入手してきました)。

Img_6015c  蟹江神明社からまた蟹江川の堤防を進みます。スタートから約1.7㎞、9時40分過ぎに甘強酒造に到着。「甘強みりん」という大きな看板を何度も電車から見て以来、気になっていたところ。たぶん「甘強」という名前のインパクトで気になったと思います。創業は、文久2(1862)年ですから、今年で157年。みりん専門と思っていたのですが、このウォーキングに向け、下調べをしたら、日本酒や、梅酒、漬床も造っているのを知りました(こちらに商品リストがあります)。

Img_6032c_20191102183701  10時からと思っていたのですが、スタッフの方から「試飲、どうぞ」と声をかけていただImg_6017c けました(微笑)。今日は、無料で、純米吟醸酒 いっこく(右の写真)、本醸造 名古屋正宗(これを土産にしました)(日本酒のリストはここ)、里香梅 紅麹梅酒をそれぞれ1杯ずつ(といっても、写真のようなミニカップ)頂戴しました(微笑)。

Img_6026c  土産にしたのは、こちら、本醸造 名古屋正宗(720ml入りが¥900)。愛知県産米を使用し、飲みやすいお酒ということです。ただ、個人的な好みをいえば、どうも三重県の酒蔵の酒の方が好み。あくまでも好みの問題ですので、ご了解あれ。この近くでは、山田酒造さん、青木酒造さんのものも試しましたが、私的な結論。愛知県で生まれ24歳まで育ったものの、三重県在住40年で、すっかりこちらに馴染んだためかも。水の違いが大きいような気がします。

Img_6068c  このあと、みりん工場にも周り、そちらでもみりんの試飲をしてきました。私はあまり関心がないので知りImg_6071c_20191102183801 ませんでしたが、昔仕込本味醂、弐拾年熟成黒みりんなど、さまざまありました。

Img_6043c  甘強酒造といえば、その旧本社事務所の建物が、昭和12(1937)年建築で、登録有形文化財。この旧本社Img_6060c_20191102183801 ビル事務所も含め、甘強酒造では、みりん工場(明治初年築)など4棟が登録有形文化財として登録されています。

Img_6077c  念願の甘強酒造に行けて気分も良好。続いては、甘強酒造からすぐ近くにある銭洗尾張弁財天富吉神社へ。ここも、去年3月のJRさわやかウォーキングで来ました。そのときと同様、100円玉を5個、洗ってきました。家族4人プラス家内の母の分。たまたま財布の中に100円玉が5個入っていたのです。

Img_6115c_20191102193601  このあと、蟹江川を渡って、川の西へ。住宅街の中でバードウォッチング(微笑)。というよりも、歩いていたら、ジョウビタキの鳴き声が聞こえてきました。町役場の南東あたり。ジョウビタキのメスがいました。今シーズンは、よく見ます。

Img_6119c  その後、蟹江町役場の前を通って、蟹江町体育館。体育館では、町民文化祭会場でしたが、Img_6122c 申し訳なく思いながら、そのまま通過。

Img_6125c  スタートから2.9㎞、10時25分頃、まちなか交流センタImg_6130c_20191102193601 ー・楽人。ここも以前に来ています。なので、立ち寄って中を見て、そのまま出て来ました。楽人を出てすぐに3㎞。JR関西線の線路までまっすぐ北上。

Img_6137c  線路を八ヶ島踏切で越えて(JRの踏切には、すべてこのように名前が付いています)、再び蟹江川沿いに出ます。蟹江川を上Img_6150c_20191102194401 流方向に歩いて行きます。

Img_6152c  須西小学校のところで、再びジョウビタキのメスが出て来ました。今シーズン、本当によくImg_6160c 見ます。スタートから約5.3㎞、11時前に観光交流センター・祭人に到着。ここは今までよく知らなかったのですが、須成祭に関する展示を行うミュージアム、物販・カフェスペースなどとなっていました。

Img_6168c_20191102194501  須成祭は、あまりよくは知らなかったのですが、この近くにある冨吉建速神社(とみよしたけはやじんじゃ)・八剱社(はっけんしゃ)両社の祭礼として行われる川祭で、8月第1土曜日に宵祭、翌日曜日に朝祭が行われImg_6173c ます。この祭は、「車楽船(だんじりぶね)の川祭」と「神葭(みよし)の神事」の2部から構成されており、7月「稚児定め」から10月「棚下し」まで約100日間にかけて数々の祭事が行われ、別名「100日祭」ともいわれています。津島神社の天王祭りと似たお祀りのようです。

Img_6162c  ここでは、山田酒造さんの最愛というお酒の試飲ができました(微笑)。スタッフの方に、「PRしておくImg_6165c_20191102194401 ね」と約束しました(笑)。右の写真が、この最愛という酒。山田酒造さんへは、去年3月4日のJRさわやかウォーキングで行っています(JRさわやかウォーキング「老舗造り酒屋で利き酒と蟹江のまちを散策」へ(その3)……日吉神社で「蕃塀」を見て、いよいよ山田酒造へ(続く))。

Img_6193c  さらに、ここ祭人では、スタートの時にもらったチラシにあったように、蟹蟹フェアが行われていました。Img_6228c 蟹蟹ラーメンや、蟹タクちらし、蟹デコSUSHIがまだありました。味彩もへののお姉さんの強力な売り込みがあり、蟹タクちらし(¥300)をお買い上げ。「小腹、空いていませんか?」といわれて、やられました(苦笑)。このあと立ち寄った冨吉建速神社・八劔社でいただくことになりました。

Img_6203c  その冨吉建速神社・八劔社。天平5(733)年に創建、木曽義仲が再建、織田信長が社殿を造営したといわれます。富吉建速Img_6213c_20191102200301 神社本殿は一間社流造・桧皮葺、八劔社本殿は、三間社流見世棚造桧皮葺で、それぞれ室町時代の特色をもった建物で国の重要文化財に指定されています。富吉建速神社の御祭神は、 素盞嗚尊(すさのおのみこと)。八剣社のそれは、草薙神霊(くさなぎのしんれい)。相殿神は、熱田五神(あつたごしん)。

Img_6235c  神社の隣に蟹江山常楽寺龍照院。真言宗智山派のお寺。天平5年に行基菩薩によって本尊に十一面観世音菩Img_6247c_20191102200401 薩を奉安し創建されたといわれています。御本尊十一面観世音菩薩像は、寿永元(1182年)年、仏師僧教円によって造立されたといい、国の重要文化財となっています。境内には、大日如来堂があり、木曾義仲の菩提を弔うために巴御前が安置したといわれる大日如来坐像 巴御前が安置されています。巴御前は、木曾義仲とともに幼少のころから生涯をともにし、木曾義仲が平家追討の兵を上げたとき、義仲に従って上洛した女性です。

Img_6261c_20191102200301  ここで見たかったのは、こちらの大イチョウ。「龍照院の大イチョウ」として、蟹江町の天然記念物。町内一、二の巨木といいます。太閤秀吉御手植えの銀杏という話が伝わっており、江戸時代の文献にもそのように記載されているといます。そうだとすれば、樹齢は400年を越えるでしょう。平成6(1994)年時点の樹高は23m、幹回りは3.5mだったそうです。冨吉建速神社・八劔社も、龍照院も立ち寄り先には指定されていませんでしたが、須成祭に関わると思って、寄り道。ここで5.5㎞。再び蟹江川に沿って行きます。

Img_6292c  5.8㎞地点、御葭橋のところで左折し、ゴールのはつらつ公園へ向かいます。途中、桜1丁目に入ったところImg_6301c にある調整池でもバードウォッチング(微笑)。カルガモとコガモがいました。ゴールまでもう立ち寄るところはありません。

Img_6311c  11時40分にゴールのはつらつ公園に到着。ここまででちょうど7.0㎞。いImg_6314c_20191102200401 つもの散歩+αの距離。スタンプカードに捺印してもらい、これで9個目。11月23日までにもう1個押印してもらえるとよいのですが、どうでしょう? 直近で近くというと、11月10日(日)、JR紀勢線・多気駅でのウォーキングがありますが(晩秋の田園風景と伊勢本街道を訪ね、「おいないまつり」で多気の文化と食を楽しもう!)、どうしましょう?と思案中。これに行けばスタンプ10個は達成。しかし、JR関西線・桑名駅からJR紀勢線・多気駅まではちょっと遠い。前日は、近鉄ハイキング(近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く(近鉄弥富駅~近鉄長島駅))参加を計画中。

Img_6327c  はつらつ公園には、物販スペースも出ていましたし、コーヒーショップも出店。物販スペースでは、蟹江町特産というイチジクを使ったお菓子を売っていました。しかし、これといってほしいものはありませImg_6323c_20191102203901 んでしたので、しばし休憩ののち、JR関西線・蟹江駅に向かいます。

Img_6337c_20191102200401  蟹江駅には、11時50分に到着。ここで、7.3㎞。12時ちょうどに四日市行き普通がありましたので、それに乗車、桑名駅には、12時16分着。¥240。蟹江駅でホームに出たら、私が「富田のオッちゃん」と呼んでいる知人に遭遇。この方、「よく遊び、よく学べ」の達人。密かに尊敬しています。きわめてフレンドリーで、誰とでも知人・友人になります。「ハマちゃん」みたいな人。「おぉ、久しぶり」と手をあげて挨拶されました。私より一回り年上なのですが、元気です。

Img_6349c_20191102200401  今日の歩数は、ALKOOによれば、15,529歩。まぁまぁです。足らないこともなく、歩きすぎることもなくですから。本編は、また改めて書き始めます。明日は、近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」。畏友M氏と行ってきます。私は去年の氏郷まつりも見に行きましたが(20181103近鉄ハイキング「蒲生氏郷を訪ねて 氏郷まつりと松阪城下町散策」へ……予告編)、M氏が「御城番屋敷を見てみたいlとおっしゃるので(他人様のせいにしてはいけませんが……)。

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2019年9月17日 (火)

20190914近鉄ハイキング「オクトーバーフェストな気分でハイキング 多度大社と細川酒造『上馬ビール』」(その3)……多度大社で謎を残したまま先に進み、細川酒造へ、六角地蔵堂を見て、帰りはハローキティラッピング電車を楽しみ「完」

 9月14日に行ってきた近鉄ハイキング「オクトーバーフェストな気分でハイキング 多度大社と細川酒造『上馬ビール』」のその3です。「オクトーバーフェスト」の謎は解明できたものの、多度大社をめぐっての謎、疑問は残したまま次へ進みます。別にビールの魅力に目がくらんでいるというわけではありません。

190914kintetsuhikingtado2  実測ルートマップは、その2になります。多度大社の境内を歩き回っている間にスタートから2㎞。大社前の丸繁さんを覗いただImg_9639c けで、何も買わずに先に進んでいます。多度川を大門橋で渡り(こころんさんのコメントに関連して、昔の地図を見たら、この多度大社から南に向かう道は、明治24年頃にはなかったようです。こちら。何ごとも、時間的、空間的な視点からの理解が必要だと思いました)、多度大社前の信号交差点を渡って、右折。西に向かいます。

Img_9645c 多度保育園、多度幼稚園の前を通って、3㎞を過ぎて左折。細川酒造に行くには、このまま直進した方が距離は短いのですが、Img_9646c ハイキングとしてはある程度歩け、ということなのでしょう(実際、直進していく人もたくさんいました)。多度町北猪飼の辺りを南に進みます。これを書くのに地図を見ると「ごんべえ溜」という溜池もあったりして気になりますが、当日はそんな余裕はありません。

Img_9650c  途中、諏訪神社という社号標と、神社に上がっていくらしい階段を見つけたものの、寄り道する元気はありImg_9667c_20190914161801 ません(苦笑)。このあたりの産土神。主祭神は、建御名方神。途中、あるお宅の前を通ったら、鶏の鳴き声。養鶏というほどの規模ではありませんでしたから、趣味で飼っていらっしゃるのかも知れません(金網越しでピンぼけ写真でした)。子どもの頃、我が家でも鶏を飼っていたことがありました。卵を取ることがで来たかどうかは、記憶がありません。さらに進んで、3.6㎞地点、北猪飼のKバス(桑名のコミュニティバス)バス停や、多度南郵便局のある辺りで右折。西へ。

Img_9670c_20190917195101  この先しばらくは、コースマップでは立ち寄り先は指定されていませんでした。しかし、3.9㎞ほどのところで大日如来堂を見つけました。大日如来堂、珍しくないと思って、一応見てきただけだったのですが、後で調べたら、桑名市内では、五反田、久米の島田と、ここ多度町猪飼の3か所のみに祀られているものだそうで、もっとしっかり見てくればよかったと反省(こちらの5ページ)。大日如来は、真言密教の教主とされます。宇宙の実相を仏格化した根本仏でありで一切の現実経験世界の現象はこの如来そのものであるといわれるほどの仏様。

Img_9682c_20190914175501  このあたり、立ち寄るところも、とくに他に見るところもなく、ひたすら肱江川沿いの道を歩いて行きます。コースマップにImg_9696c は、「肱江川 渓谷の眺め」とありましたが、草も生い茂っていて、渓谷の眺めは楽しめず。途中、5㎞の手前で大規模な採石場がありました。多度開発という会社が採石をしているようでした。

Img_9703c_20190914161801  11時20分頃、古野の信号に出ました。5.6㎞地点。ここまで来れば、細川酒造もすぐ近くImg_9707c のはず。信号を渡って、古野の町へ入っていきます。アタマの中は、ビール、ビール(苦笑)。暑くて、汗を掻いて、ビールがうまいぞというのが、このあたりを歩いていたときのモチベーションなのです。

Img_9727c  スタートから6.1㎞、時刻は11時半、やっとの思いで細川酒造に到着(微笑)。すでにたくさんの方たちがいて、「宴会」をして盛り上がっているグループもあります。暑い中を歩いてきましたので、のどが渇いていImg_9712c て、試飲が楽しみ(爆)。近鉄ハイキングの「酒蔵見てある記」ではお馴染みの光景。このハイキングで知り合った、四日市・富田の人も仲間の方たちと盛り上がっておられました。

Img_9714c_20190914161901  試飲会場へ直行。コースマップについている試飲券と引き替えにまずは一杯。試飲にいただいたのは、「上馬ビール ヘレス」。いわゆるラガーと思います。のどが渇いていましたし、試飲のカップが右の写真のようにミニサイズでしたので、ごくごくと一気に飲んでしまい、あまりよく味わっていません。上Img_9716c 馬ビールは、初めてではありませんが、まさに「麦酒」という感じがかなりします(素人表現丸出しで我ながら笑えます)。というのも、「上馬ビール」は、ドイツ直輸入の有機無農薬麦芽と有機ホップのみを使用したオーガニック原料のビールで、「有機無農薬麦芽100%」・「有機ホップ100%」で作られているのです。

Img_9721c_20190914161901  当然これだけでは足りませんでしたので、もう1杯。ワンコイン(¥500)を払って、「上馬ビール ドゥンケル」。普通にいう黒ビール。試飲用とは違って、大きめサイズ。それに、さすがにうまい! 値段はそれなりなのですが(へレス、ドゥンケルともに330mlで¥460)、いかにもビールという感じで美味しく飲めること請け合い。細川酒造では、地酒「上馬」もありますが、この時期まだ新酒はありませんから、今日は、土産その他のお買い上げはありません。多度土産と同じく、我が家近くでも買えるからです。あとから思い出すと、私がドゥンケルを待っているとき、前にいた女性が予告編で書いた「3杯飲んだ」方でした。私も、つまみも売っていて、もう少し飲もうかとも思ったのですが、帰りのことも考え、細川酒造滞在は10分ほどで、次へ(我ながら、もうちょっと後先を考えずにぱーっとやるようになってもいいか、という気もします)。

Img_9736c  細川酒造から300mほどのところに六角地蔵堂。案内板の説明によれば、六角形の花崗岩の各面にお地蔵様が彫られていまImg_9738c す。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天という6つの善悪の業を救済する姿が薄肉彫りにされています。昔、一人の行者が員弁郡中津原のススキの中に倒れていた地蔵を見つけ、それを背負って市之原、前山を通って古野の山まで来たとき、「もうここでけっこうだ」というお地蔵様の声がしたのでそこに下ろしたといいます。また、あるとき、古野の年貢米を運ぶ船が出るとき、突風で沈みそうになったとき、お地蔵様が「古野の個目を運んだ船が沈むぞ」と大声で3回叫び、それを聞きつけた若い衆が駆けつけ、事なきを得たといいます。以前は、肱江川の南の前の山に安置されていたものが、明治時代に現在の場所に移されたといいます。お堂は、昭和52年(1977)年3月に建て替えられています。

Img_9749c  六角地蔵堂からすぐ(200m足らず)、ほろ酔い気分で(足取りはアヤシくはありません……ただし、あくまでも主観ではあImg_9752c りますが)、この日のゴールというか、バス乗り場のふれあい広場・岩や姫。11時42分、スタートから6.7㎞。生活必需品の廉価販売やコミュニティ広場として開放されていますが、さらに、地元産の野菜や果物、手作り品など、様々な商品が売られているところ。ここから多度駅までの三重交通のバスが出ます。乗車券を買った上で乗るようにということでしたので、まずは¥340を払って乗車券を確保。バスが出るのは、12時10分。

Img_9753c  時間がありますし、腹も減ってきましたので、腹ごしらえをすることに。駐車場に出ていた店で赤飯、串カツなどいろいろとImg_9756c_20190914161901 売っていたのですが、焼きそばをゲット。¥350。こういうところで売っている食べ物は、けっこう美味しくいただけるものです。焼きそばを食べて、バスの到着を待ちます。路線バスではなく、この近鉄ハイキングのための臨時バス。お客が多かったので、同じ時刻に2台。お陰で座れました(微笑)。コースマップには、「熱中症注意! 水分補給!! お帰りはバスをご利用ください」「飲酒後の運動は危険です! お帰りはバスをご利用ください」とありましたので、素直にしたがうことにしました。

190914kintetsuhikingtadobusrout  多度駅から、ここふれあい広場・岩や姫までは、ほぼ2時間をかけて歩いてきたのですが、バスは、歩いてきたルートとは少Img_9769c し違うものの、10分あまりで多度駅まで行きました(苦笑)。「何だかなぁ」という気もしますが、まぁ世の中こんなものでしょう。好き好んで、この暑い中歩きに来たのですから、文句が言える次第ではありません。ということで、屁理屈はともかく、多度駅に12時21分着。バスを待つ間に一緒になった女性は、細川酒造で試飲以外に3杯飲んだ方で、「もう私、酔っ払ってます」とおっしゃっていました。羨ましいというか、負けたというか(爆)。私は、まだ修行が足らないようです。

Img_9775c  多度駅を12時42分に出る桑名行きがありましたので、それに乗車することに。帰りに、自販機ではなく、駅の窓口で切符をImg_9770c 買ったら、珍しく硬券でした。しかし、よく見ると「運賃変更」とスタンプがあり、かなり前のものを利用しているようでした。¥300の頃のもの(今は、¥310)。多度大社の上げ馬神事に因んだ駅名表示板を撮影(去年から設置されています)。こういうもの、好みなのです。

Img_9789c  やって来た電車が、こちら。ハローキティのラッピング電車。ラッピング電車が走っているのは、新聞記事で知っていたのですが、思わぬことでラッキー。ネットで調べればこのラッピング電車が運Img_9792c 行される時刻が公開されているようですが、そこまではしていませんでした。車内の、普段ならつり下げ広告があるところにも、キティばかり。桑名駅には、12時58分着。¥310。

Img_9796c  桑名駅で降りてから、乗客が途切れるのを待ってあれこれ撮って来ました。他にもスマホなどで撮っているImg_9798c 方、多数。いわゆる「インスタ映え」するのでしょう。7月から走り始め、11月いっぱいの期間限定だそうです。モチーフは沿線の観光スポットとキティちゃんのコラボです。

Img_9804c Img_9805c Img_9808c

 

 

 

 

 

Img_9814c  今日のALKOOのデータは、16,217歩。ハイキングで歩いたのが6.7㎞、自宅から桑名駅往復が1.8㎞で、合計8.5㎞。けっこう暑くて疲れたものの、多度大社の摂社・末社をコンプリートできました。鉾立社の位置、向きなど謎は残ったものの、芭蕉の句碑も見てこられましたので、まぁ満足。細川酒造も訪ねたかったところですから、今日もハイキングに出かけて楽しめたということです。9月になって、近鉄ハイキングが再開され、遊んでばかりのようではありますが、江戸橋での非常勤の準備もコツコツと進めております。

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2019年9月14日 (土)

20190914近鉄ハイキング「オクトーバーフェストな気分でハイキング 多度大社と細川酒造『上馬ビール』」(予告編)

Img_9716c 今日は、近鉄ハイキング「オクトーバーフェストな気分でハイキング 多度大社と細川酒造『上馬ビール』」へ行ってきました。曇りという予報でしたが、けっこう晴れ間が多く、最高気温は30℃にはなりませんでしたが、暑くてビールが美味しく戴けました.というのも、タイトル通り、桑名市多度町古野にある細川酒造が最大の目的地。ここは、「上馬(あげうま)ビール」という地ビールの醸造元。ビールの名前は、多度大社の上げ馬御神事に因んでいます。

Img_9409c_20190914162801  養老鉄道多度駅で9時半から11時の受付。桑名駅を9時25分に出る大垣行き普通に乗車。多度には9時38分着。Img_9427c ¥310。この電車、ほとんどのお客は、近鉄ハイキングの参加者。多度駅の受付でも、初めて「最後尾」という看板をみました(微笑)。

Img_9422c  いつものようにコースマップと、あみま倶楽部のスタンプをもらいます。コImg_9817c ースマップの番号は#246。スタンプは24個目。今日のコースは多度駅から多度の町を歩いて、多度大社へ。そこからさらに多度の奥(西)に歩き、細川酒造が目的地。ここで、上馬ビールの試飲。その後、少し歩いて、ふれあい広場・岩や姫がゴール。ここから三重交通の臨時バスが多度駅まであります。コースマップ上、約6㎞。バスが出るのは、飲酒してまた6㎞、暑い中を歩くのはアブナイということか(微笑)?

190914kintetsuhikingtado  こちらが実際に歩いた実測ルートマップ。多度駅から多度大社辺りまでは、去年(2018年)4月28日の近鉄ハイキング「多度観音堂から美濃街道を歩き雨尾山飛鳥寺へ」で歩いたのと同じコース(2018年4月28日:20180428近鉄ハイキング「多度観音堂から美濃街道を歩き雨尾山飛鳥寺へ」(予告編))。このときは多度大社前の信号から左折して、美濃街道を歩いたのですが、今回はそこを右折。地名でいうと、多度町猪飼から古野を歩いて、細川酒造を目指します。多度大社までがおおよそ2㎞、そこから細川酒造までは4㎞です。

Img_9431c  多度駅を9時45分にスタート。北に向かい多度川を多度橋で渡ります。多度橋を渡ったところで左折。橋のたもとに多度大Img_9440c_20190914161701 社の社号標が建っており、ここから多度大社の参道ということになります。この参道、ダラダラと上り坂。この時刻、晴れていてけっこう暑いので、坂登りは大変。キョリ測で見ると多度駅辺りは標高16m、多度大社のところはほぼ60mなのです。

Img_9439c  右手に多度山を見ながら歩いて行きます。多度山は、我が家の玄関先からもよく見える山で、このブログにImg_9444c_20190914161701 も写真をよく載せている山。昔は、多度大社はこの多度山そのものをご神体としていました。途中で鯉料理の大黒屋さんがあります。江戸時代中期に多度大社の参詣者のための旅籠として創業し、幕末に近くの木曽三川で獲れる天然の鯉を使用して鯉料理を始めています。これが鯉か?!と驚くほど洗練された味と食感だそうで、一度は試してみたいもの。

Img_9455c  大黒屋さんのほぼ向かいに「宮川清めの池」があります。ここは、多度川の伏流水を利用した、垢離・掻池(こり・かきいけ)(みそぎ池)です。多度大社の参拝者は、ここで手を洗い、口をすすいで身を清めたといいます。水はとても澄んでいて、綺麗です。

Img_9471c_20190914161701  10時を過ぎて、多度大社近くに到着。多度大社の手前には、多度稲荷神社があります。ここは、多度大社とImg_9474c は別の神社。御祭神は、宇迦之御霊大神。元治元(1864)年、多度の庄屋が伏見稲荷大社に参拝したときに御分霊を拝戴してここにお祭りしたといいます。

Img_9484c_20190914161701  多度稲荷神社の奥(北)には、多度観音堂があります。多度山法雲寺。御本尊は、千手観音伊勢西国三十三観音霊場第三十三番札所。宗派は、真言宗です。明治に至るまでたびたび洪水に出会い、元の御堂の位置は定かではないそうですが、明治34(1901)年の本堂再建以来、この場所にあります。多度稲荷神社も、多度観音も去年のハイキングで訪ねています。

Img_9490c  10時10分に多度大社に到着。1.7㎞。ここはなかなかよい感じの神社です。桑名にいながら、お参りするのは今回が2回目。式内社(名神大社(みょうじんたいしゃ))で、旧社格は国幣大社(こくへいたいしゃ)。鳥居に向かって左に、上げ馬神事(多度祭)が行われる「上げ坂」があります。上げ馬神事では、もともと農作の時期やその豊凶を占っていました。現在の神事は寛政6(1794)年の大祭御神事規式簿と変わらない形式で受け継がれているといいます。昭和53(1978)年、三重県無形文化財に指定。毎年、5月4・5日に行われ、少年騎手6人が武者姿にて約2mの絶壁を人馬一体となって駆け上がる勇壮な神事です。

Img_9617c_20190914161801  左の写真がその上げ坂を見上げたところ。かなりの勾配になっています。写っている人物の大きさと比べていただくとその様Img_9613c_20190914161801 子がよくお分かりいただけけるかと思います。右の写真は、上げ坂の最後の所。ほぼ垂直の壁になっています。ここが約2mの高さです。

Img_9586c  主祭神は、天津彦根命(あまつひこねのみこと、天照大神の第3子)。天津彦根命は、このImg_9590c あたりの豪族・桑名首(くわなのおびと)の祖神です。天津彦根命が天照大神の御子神であることや、参詣のための街道沿いにあることから伊勢神宮との関係が深く、「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」とも詠われています。境内には天津彦根命の子である天目一箇命(あまのまひとつのみこと)を祀る別宮・一目連神社があり、本宮とともに「多度両宮」と称されます。境内には、摂社・末社合わせて9社があります。去年の近鉄ハイキングでは、お参りしなかったところがありましたので、今日は、境内図を印刷して持参し、すべて回って来ました。それはまた本編で。

Img_9549c_20190914161801  さらに去年の見落としで最大のものは、芭蕉の句碑でした。これも場所を確認してから、今日、出かけました。「宮人よ我名を散らせ落葉川」という句が刻まれています。碑表には「芭蕉翁」と、句は碑陰に。碑陰にはさらに「勢州楠無三 同抽井東Img_9554c 皐 同我蓬」ともあります。「芭蕉が多度を訪れた元禄2(1689)年から満80年を経て、明治6(1873)年10月12日の芭蕉忌を卜して恵方庵富無三という人が多度弥勒堂の側に造立した」というのですが(三重県内の句碑の説明)、年数の計算が合いません(元禄2年から80年後は、西暦では1769年で明和6年。明治と明和を取り違えた?)。多度大社のサイトの説明では、「野ざらし紀行のとき、多度を訪れて詠んだ」といいます。芭蕉の野ざらし紀行は、貞享元(1684)年8月、門人千里を伴って江戸深川を出発、東海道を上り、伊勢、伊賀上野、大和、吉野、山城、近江、大垣から桑名に来ています。中村俊定校注『芭蕉俳句集』(岩波文庫)によれば、貞享元(1684)年の句だといいます(こちらのブログ)。多数決で決められることではありませんが、この句が詠まれたのは貞享元年の可能性が高く、それは野ざらし紀行のときと思われます。となると、三重県内の句碑の説明は、アヤシいかな。ちなみに、その三重県内の句碑の説明では、建立されたのは、昭和6(1931)年10月。謎を残しましたが、「芭蕉俳句集」などを、関連文献を調べる必要があります。

Img_9628c_20190914161801  多度大社を出たのが10時35分。左の写真の手前側に小さなお社が写っています。これは、鉾立社(ほこたてしゃ)という末社。御祭神は、天久之比命(あまくしひのみこと)。Wikipediaによれば、天目一箇神の別名。このお社、南を向いて拝礼するようになっています。つまり、お社が鳥居や、本宮、別宮に向かって建てられているのです。気になります(微笑)。今日は写真は載せていませんが、新宮社という摂社は鳥居を潜った先に御鎮座。まるで神社を守っているかのように見えます。これも気になります。しかし、多度大社のサイトではそういうことは触れられていないのです。ますます気になりますが、たぶん私の知識、検索能力では及ばないかも知れません。一応、宿題としておきます。

Img_9630c_20190914161801  門前の丸繁という和菓子、土産物屋さんを一応見て、先に進みます。多度土産には、八壷豆(やつぼまめ)、紅梅焼(こうばいやき)、多度ういろなどが昔からあるのですが、実はこれらは、寺町商店街の「町の駅」で売っています。ですから、ここで買って、我が家まで運ぶ必要はないのです。桑名名物のアイス饅頭もありましたが、これも製造販売しているお店(マルマン)が散歩コースにありますし、住吉浦休憩所でも買えるのです。それに何といっても、歯が欠けると困りますし、この先細川酒造でビールを飲まねばなりませんから、我慢。

Img_9639c  大鳥居を潜って、多度大社前の交差点を渡って右折。西に向かいます。3㎞地点で左折し、南下。主要道路から外れ、多度町猪飼地区Img_9667c_20190914161801 に向かいます。こちらは、車の通行量はかなり少ない道。多度南郵便局やコミュニティバスの北猪飼バス停あたりで右折。

Img_9670c_20190914161801  途中、大日如来堂や、かなり大きな採石場があります。大日如来堂は、後で調べたら、桑名Img_9696c 市内では、五反田、久米の島田と多度町猪飼の3か所のみに祀られているものだそうで、もっとしっかり見てくればよかったと反省(こちら)。採石場は、かなり大規模なものでした。調べたら、多度開発という会社のようでした。このあたり、立ち寄るところも、とくに他に見るところもなく、ひたすら歩いて行きます。

Img_9682c_20190914175501  肱江川沿いの道を歩いて、11時20分頃、古野の信号に出ました。ここまで来れば、細川酒造もすぐ近くのはず。信号を渡っImg_9703c_20190914161801 て、古野の町へ入っていきます。

Img_9727c  11時25分、ようやく、待望の細川酒造に到着。すでにたくさんの方たちがいて、「宴会」Img_9712c をして盛り上がっているグループもあります。暑い中を歩いてきましたので、のどが渇いていて、試飲が楽しみ(爆)。

Img_9714c_20190914161901  試飲会場へ一直線。コースマップについている試飲券とImg_9716c 引き替えにまずは一杯。試飲にいただいたのは、たぶん「上馬ビール ヘレス」。のどが渇いていましたので、ごくごくと飲んでしまい、あまりよく味わっていません。上馬ビールは、初めてではありません。麦酒という感じがかなりします(素人表現丸出しで我ながら笑えます)。

Img_9721c_20190914161901  これだけでは足りませんでしたので、もう1杯。¥500を払って、「上馬ビール ドゥンケル(たぶん)」。試飲用とは違って、大きめサイズ。さすがにうまい! 「上馬ビール」は、ドイツ直輸入の有機無農薬麦芽と有機ホップのみを使用したオーガニック原料のビールで、「有機無農薬麦芽100%」・「有機ホップ100%」で作られています。値段はそれなりなのですが(へレス、ドゥンケルともに330mlで、¥460)、いかにもビールという感じで美味しく飲めること請け合い。細川酒造では、地酒「上馬」もありますが、この時期まだ新酒はありませんから、今日は、土産その他のお買い上げはありません。多度土産と同じく、我が家近くでも買えるからです。

Img_9749c  ほろ酔い気分で(足取りはアヤシくはありません……ただし、あくまでも主観ではありますが)、細川酒造をImg_9752c 出て10分ほど。ゴールというか、バス乗り場のふれあい広場・岩や姫に到着。11時42分、スタートから6.7㎞。生活必需品の廉価販売やコミュニティ広場として開放されていますが、さらに、地元産の野菜や果物、手作り品など、様々な商品が売られているところ。ここから多度駅までの三重交通のバスが出ます。乗車券を買った上で乗るようにということでしたので、まずは¥340を払って乗車券を確保。バスが出るのは、12時10分。

Img_9753c  時間がありますし、腹も減ってきましたので、腹ごしらえ。駐車場に出ていた店で焼きそばをゲット。¥350。こういう所でImg_9756c_20190914161901 売っている食べ物は、けっこう美味しくいただけるものです。焼きそばを食べて、バスの到着を待ちます。路線バスではなく、この近鉄ハイキングのための臨時バス。お客が多かったので、同じ時刻に2台。お陰で座れました(微笑)。コースマップには、「熱中症注意! 水分補給!! お帰りはバスをご利用ください」「飲酒後の運動は危険です! お帰りはバスをご利用ください」とありましたので、素直にしたがうことにしました。

190914kintetsuhikingtadobusrout  多度駅から、ここふれあい広場・岩や姫までは、ほぼ2時間をかけて歩いてきたのですが、バスは、歩いてきたルートとは少Img_9769c し違うものの、10分あまりで多度駅まで行きます(苦笑)。ということで、多度駅には、12時21分着。バスで一緒になった女性は、「もう私、酔っ払ってます」とおっしゃっていました。尋ねたら、試飲以外に3杯も飲んでいらしたとか。負けました(爆)。

Img_9775c  多度駅を12時42分に出る桑名行きがありましたので、それに乗車することに。帰りに、駅の窓口で切符を買Img_9770c ったら、珍しく硬券でした。しかし、「運賃変更」とスタンプがあり、かなり前のもののようでした。

Img_9789c  やって来た電車が、こちら。ハローキティのラッピング電車。ネットで調べると、このラッImg_9792c ピング電車が運行される時刻が公開されているようですが、そこまではしていませんでした。ラッピング電車が走っているのは知っていたのですが、思わぬことでラッキー。車内の、普段ならつり下げ広告があるところにも、キティばかり。桑名駅には、12時58分着。¥310。

Img_9814c  今日のALKOOのデータは、16,217歩。ハイキングで歩いたのが6.7㎞、自宅から桑名駅往復が1.8㎞で、合計8.5㎞。けっこう暑くて疲れたものの、多度大社の摂社・末社をコンプリートできましたし、謎は残ったものの、芭蕉の句碑も見てこられましたので、まぁ満足。細川酒造も訪ねたかったところですから、今日もハイキングに出かけて楽しめたということ。本編はまた明日以降に。

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2019年2月19日 (火)

20190209近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 『北勢線応援酒』を発売する桑名の酒蔵・後藤酒造場をたずねて」(その2)……長谷神社、能部神社、後藤酒造場から星川駅にゴール(完)

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 2月9日の近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 『北勢線応援酒』を発売する桑名の酒蔵・後藤酒造場をたずねて」のその2です。その1では、稗田で春日神社、矢部駿河の守墓碑、敷政稲荷神社跡を見てから、桑部に入って、教専寺と善徳寺の2つのお寺を見て来ました。善徳寺でスタートから2.5㎞、時刻は10時半頃。
Img_2589c 200mほどで、県道3号線に面する長谷(ながたに)神社の一の鳥居まで来Img_2593c ました。社号標には、「延喜式内」とあります。右手に忠魂碑などが見えます。これは後できちんと見なくてはと思いつつ、鳥居を潜り奥へ。すぐに右手に二の鳥居。
 

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称徳天皇(第48代、ご在位は764~770年)神護景雲(じんごけいうん)元(767)年に常陸国鹿島神宮の祭神を勧請して、桑部村谷奥長谷に祀ったImg_2604c のが始まりで、正安年間今のところに遷ったといいます。地形的に谷間にあったということでしょう。主祭神は建御雷之男神(タケミカヅチノカミ)。経津主神とともに、葦原の中つ国に派遣され、国譲りの交渉に成功し、また、神武東征においても、天皇の危難を救った神。鹿島神宮の祭神で、春日信仰の主祭神。相殿神は、斎主神(フツヌシノカミ、経津主神とも;香取神宮の祭神。天孫降臨に先立って、建御雷之男神とともに出雲に行った神)、天児屋根命(アマノコヤネノミコト;天照大神が天の岩屋に隠れたとき、祝詞を奏した神。中臣(なかとみ)氏・藤原氏の祖神)、姫大神(ひめがみ;神道の女神で、特定の神の名前をさすものではありません)、品陀和気命(ホンダワケノミコト、応神天皇)、大山祇命(オオヤマツミノミコト、山の神)、天目一箇命(あまのまひとつのみこと、天津彦根命の子、桑名首の祖という)、須佐之男命(スサノオノミコト、出雲神話の祖神。天照大神の弟)。
 なお、「くわな史跡めぐり」には、「祭神は『衝立船戸神(つきたてふなとかみ;道などの曲がり角の神)』で、この付近は町屋川における船舶の標的な意味と思われる。また、朝明郡と桑名郡との郷境の意味もあったと思われる」とあります。「新桑名歴史散歩」にも似た趣旨が書かれています。しかし、神社検索(三重)では、「船運が盛んになった後世に祀られることはあるとしても当初は建御雷男之神を祀ったと考える方が正しいと思われる」と書いています。
 さらに、由緒書には、創建について、次のように詳しくありました:神護景雲年間に、藤原不比等が常陸の国(茨城県)より春日山に祭り、藤原氏の氏神として崇拝し、これが現在各地に祭られている春日神社の始まりであること、また、この建御雷之男神を勧請する時、常陸国より使者が当時交通の要所であった桑部に立ち寄った際、藤原氏の隆盛にあやかりたいと当地の有力者の懇願によってその御分霊を桑部の長谷に鎮座したが長谷神社のはじまりであること。その後、200年を経て、延喜式にも記載され桑名地方におけるもっとも由緒ある春日系の神社として崇敬されていたところ、正安年間(13世紀末)に至って、新興地として栄え始めた三崎三ヶ村(現在の桑名市街地)の有力者が、春日神を勧請した時も春日信仰の先達である長谷神社に敬意を表してその道中、桑部に一夜鎮座したとあります。これが、明治初年に至るまで、桑名春日神社(桑名宗社)の御事(石取祭)に桑部の人達が招聘され、長谷神社の協力を得てその神事が行われたと伝わっているともあります。
 明治41(1908)年に、能部神社(武甕槌男命)、須賀神社(素戔嗚命)、春日神社(武甕槌男命)を合祀しましたが、昭和56(1981)年に春日神社(東金井字西谷)、昭和54(1979)年に能部神社(能部字南貝戸)を分祀しています。
Img_2606c 文章ばかり続きました。境内社としては、こちらの八天宮社。八天宮は、Img_2608c 火伏の神。桑名・員弁地方ではたくさん祀られているそうです(こちらに言及があります。八天宮は秋葉神社と同じとも書かれています)。それは、江戸時代、文政7(1824)年、桑名藩主(松平定永公)の命で各村に八天宮を祭るようにされたからだといいます。ちなみに、阿岐葉社もあるとこちらにはあります。
Img_2618c 八天宮社の南に「忠魂義胆郷党軍人記念之碑」があります。この記念碑は、明治28(1895)年2月、桑部村大字桑部壮年会が建てています。明治28年は、日清戦争の翌年です。「従六位 東 吉貞 書」となっています。碑の形が気になります。正面から見て右上が欠けているように思えますが、そうなのかどうか、わかりません。
Img_2623c さて、一の鳥居の西側にあった忠魂碑などを見て来ましょう。向かって右から忠魂碑、日露戦役祈念碑、五箇条の御誓文碑が並んでいます。
Img_2630c まずは、忠魂碑。昭和15(1940)年1月に石原末松という方が建立しています(「桑名の戦争遺跡」による。三重県遺族会のサイトには、「桑部遺族会」とあります)。高さは、3.6m。碑陰には、支那事変(日中戦争)と大東亜戦争(太平洋戦争)戦没者83名の名が刻まれています(「桑名の戦争遺跡」による)。海軍大将・永野修身が筆を執ったもの。永野(明治13(1880)~昭和22(1947)年)は、高知出身の軍人で、海軍大将・元帥。ロンドン軍縮会議首席代表・海相・連合艦隊司令長官・軍令部総長などを歴任。
Img_2634c 中央にあるのは、日露戦役祈念碑。山本鐵太郎始め、19名の方が明治40(1907)年4月に建てたとあります。高さは2.9m。碑陰には、戦没者7名、従軍者36名の名前が刻まれており、佐治為善(さじためよし)の書となっています。佐治は、兵庫出身の軍人。陸軍少将。大佐、歩兵第19連隊長として日露戦争に出征。旅順攻囲戦に参加しています(ここにあります)。
Img_2625c
 向かって左にある五箇条の御誓文碑は、桑部小学校にあったものを戦Dscn5164c 後、現在地へ移したそうです(こちらに記述があります)。「廣く会議を興し万機公論に決すべし」に始まるご誓文が、五角柱に刻まれています。五箇条の御誓文の碑は、四日市の諏訪公園にもありました(2017年11月28日:またもや四日市へ……「阿弥陀さまと極楽の世界-四日市の浄土教-」を見て、鵜の森神社、浜田城跡、諏訪神社そして旧・東海道も(微笑))。諏訪公園の五箇条の御誓文碑は、右の写真のように、塚(といって良いのか?)の上に立っており、そこに上っていけるようになっていました(昭和9(1934)年に建立)。
Img_2655c あれこれ書きましたが、長谷神社滞在は、10時35分から10分ほど(微Img_2667c 笑)。西側の参道、鳥居を見て、桑部の町の中を進みます。桑部公民館の先で南に入って、さらに少し先で西へ。このあたりで3㎞を過ぎ、正和郵便局付近で4㎞。このあたりは、しばらく前に開発された、当時の「新興住宅団地」です。右の写真は、正和郵便局を過ぎて、東名阪自動車道に向かう坂道。
190209kintetsuhikingrengeji2 実測ルートマップは、その2になります。正和郵便局のところから、正和台Img_2669c という、住宅団地。知人がお住まいですが、団地の中を東名阪自動車道が通っています。東西の境がこの自動車道でないところが微妙。知人の話では、自治会や老人会の活動でちょっと困るそうです。余談はさておき、東名阪自動車道をくぐっていきます。
Img_2672c すぐそこに能部(のんべ)神社があります。創立は不詳。能部村には春日神社(村社)、無格社、山神社、八幡宮社、白山神社が鎮座していたものを、明治40(1907)7月、八幡宮境内(現在地)に移し、合祀。「能部神社」となりました。能部神社は、さらに明治41(1908)年3月、長谷神社(先ほど参拝してきたところ)に合祀となりました。終戦後、氏子の総意により、昭和57(1982)年3月、大字能部の旧社地に分祀されています。
Img_2675c 主祭神は、建御雷之男神(タケミカヅチノカミ;由緒書きには、武甕槌命となっていますが、同じ)。相殿神は、大日孁貴命(オオヒルメノムチノミコト、天照大神の異称)、素盞嗚尊(スサノオノミコト)、品陀和気命(ホンダワケノミコト)、大山祇命(オオヤマツミノミコト)、菊理姫命(くくりひめのみこと;黄泉国からにげる伊奘諾尊が伊奘冉尊とあらそったとき、二神の主張を聞きいれ、助言した神。石川県白山比咩(しらやまひめ)神社の主祭神)。
 本来であれば、どうしてここにこれらの神様がいらっしゃるかまで考察できると良いのですが、まだまだそのレベルに至っていません。
Img_2685c 能部神社でスタートから4.5㎞でしたが、桑部に入ってからけっこう坂道もあって、たくさん歩いたような気がします。東正和台、西正和台と歩いて、正和台西公園で5分ほど休憩。赤尾台の団地の東を下って、西へ。正面に西南山浄光寺(浄土真宗本願寺派)が見えますが、酒蔵がもう目の前ですし、寺までは2~300mくらいありそうでしたのでパス。写真の右手に「桑名の地酒 青雲」という幟が見えていて、そちらの方が誘因力がはるかに強かったのです。いうまでもなく、信心が足りません(苦笑)。ちなみに、浄光寺は、創建は不明ですが、織田信長の伊勢長島の一向一揆により、一度途絶えた(​1573年)というくらいで、由緒あるお寺です。当初は、真言宗でしたが、明応5(1496)年、蓮如上人の時代に浄土真宗に改宗。18世紀の終わりに再興されています。員弁郡野田村にあったのですが、度重なる水害にあい、文化2(1805)年に、現在地(桑名市赤尾)に移って来ました。
Img_2694c 11時25分にようやく後藤酒造場に到着。スタートしたのが、9時55分ですから1時間半、5.7㎞。酒蔵みてある記ですから、大賑わい。皆さんほとんどの方は、ここでの試飲、即売品の購入が目的と思います。。灯街道のイベントで、青雲を飲んで以来、一度来て見たかったところです(2017年4月2日:改めて灯街道・桑名宿のイベントを見てきました(4/1)、2018年4月7日:
風雨をついて、灯街道・桑名宿イベントへ……「青雲 樽酒」をゲット(笑))。1年前のハイキングは参加できませんでしたので、ようやくということ(微笑)。なお、お断りしておきますが、私、決して大酒飲みではありません(微笑)。
Img_2704c 無料試飲は、青雲の大吟醸。三重県産山田錦100%、アルコール分は16~17度。何と形容すべきか、果物のような香りがしますし、なめらかで飲みやすいのに、コクがあるという感じ。これ、堪りません(微笑)。
Img_2707c 「大酒飲みではない」と書いたものの、もう一つ、有料試Img_2708c 飲の方も気になりました。1杯100円でありましたので、ナイショで(誰に?)、「久波奈」を1杯。いずれも三重県産の山田錦と、神の穂が減量。特別吟醸で、醸造用アルコールは添加されていません。アルコール分は15~16度。青雲とは異なりますが、果物の香り。「マスカットを思わせる」とありましたが、そこまでの判別はできません。のどごしは、青雲に比べ、こちらの方が柔らかくて、飲みやすい。2口でいただいてしまいました(もったいない)。
Img_2713c 恒例の土産は、地元の酒造場ということもあって、特別に(笑)2種類。1Img_2834c つは、「青雲 しぼりたて生酒」。720ml入り、¥1,300。冬季限定で、アルコール分19~20度。「冷やのままお召し上がり下さい」です。
Img_2844c もう1種類は、「北勢線 応援酒」と銘打った「嘉例川(かれがわ)」。「嘉例川」は、近くの地名。嘉例川地区で栽培された酒米・五百万石でつくられています。有料試飲で出ていましたが、試してきませんでした。「爽やかで軽い旨みの純米酒」だそうです。アルコール度数は16。
Img_2697c 甘酒の振るまいもありましたので、もちろんいただいてきました(微笑)。Img_2698c 酒蔵によって微妙に味が異なることや、どういう酒の酒粕を使っているかによっても違うことは分かりますが、それを言葉にできるほど繊細な舌および文章力はありません。
Img_2716c 飲食ブースも出ていました。ちょうど小腹も空いていましたので、桑名のImg_2715c とらや饅頭が売っていたみたらし団子を1本。¥100。小声でいいますが、私的には、郷里の「天王の団子屋」のみたらしがベスト。
Img_2652c この日のハイキングでは、桑名市観光協会提供の「お楽しみ抽選会」もImg_2692c ありました。コースマップに付された番号で抽選となります。私のものは、#43。しかし、酒粕(下一桁2、6が当選)も当たらず、残念。う~ん、外れても、ポケットティッシュくらいくれても良いのにと思います。それに抽選会場には、無愛想なオッサンが二人。あちこち回って比べてみて、はっきり書けば、桑名市も、観光に力を入れるなら、もっと気合いを入れて、サービスしないと。やる気があるのかと思えてしまいます。
Img_2722c これでこの日のハイキングは、コンプリート。「一人宴会」はせず(微笑)、滞在20分でImg_2729c ゴールの三岐鉄道北勢線・星川駅に向かいます。後藤酒造場から県道26号線に降りてきました。星川駅には、この道をまっすぐ行って、坂井橋を渡るのが最短ルートですが、あいにくこの道には歩道が整備されていません。「交通事故を招く恐れがある」ということで、1本東の水田地帯の道がコースに指定されていました。確かに、この道の方がのんびり、ブラブラ歩けます。ほろ酔い加減ですから、賢明な配慮。
Img_2734c 正和中学校の前を通って、員弁川の右岸の堤防に上がります。中学校Img_2736c の前でスタートから7㎞。この日は、土曜日でちょうどお昼でしたから、部活から帰る中学生たち多数。右の写真、前方に見えているのが坂井橋。これを渡ったすぐのところがゴール。
Img_2761c 星川駅には、12時15分にゴール。スタートから8.0㎞でした。西桑名行き190219kintetsuhikingrengeji3 は、星川駅が見えたところで出発していってしまいました。次は、12時41分発。幸い、隣に三洋堂星川店があります。ここはよく来る本屋ですから、そこで時間つぶし。赤尾の水田地帯から、正和中学校を経て、星川駅までの実測ルートマップは、右の通りです。
Img_2778c
Img_2766c 12時41分の西桑名行きに乗車。帰りは、三岐カラーのナロー電車です。ガタンゴトンとゆられ、西桑名には12時56分に到着します。停車駅は、在良、蓮花寺、西別所、馬道、西桑名。
Img_2784c 三岐鉄道北勢線は、在良から西桑名に向かうあたりは、桑名の市街地を走ります。民家の庭先というか、軒先を通っていくようなところもたくさんあります。次に、動画を載せておきます。あまりよく撮れたものではありませんが、ご容赦を。
Img_2819c 西桑名駅には、既述の通り、12時56分に到着。この日の近鉄ハイキングImg_2840c への参加で、あみま倶楽部のスタンプは6個目(その後2つのハイキングに行っています)。
 近くで名前は知っていても、行ったことがないところ、あるいは、自分ではわざわざ行かないであろうところへ行けること、またそれなりに歩くことができるというのが、こういうハイキング/ウォーキングの楽しみです。ボチボチと続けましょう。近鉄ハイキングでは、3月以降、「お伊勢さん参り」ハイキングという12回シリーズが始まります。これは、何とかすべてに参加したいと思っています。

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2019年2月16日 (土)

20190216近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 銘酒『鈿女』伊藤酒造と智積養水をたずねて」(完)

 今日は(も)、近鉄ハイキングに行ってきました。昨年もこの時期に開催されましたが、「酒蔵みてある記(踏破賞対象)銘酒『鈿女』伊藤酒造と智積養水をたずねて」です。コースは、まったく同じでした。

Img_3617c スタートは、近鉄湯の山線・高角駅。9時50分から受付でしたので、桑名駅を9時1分に出る五十鈴川行き急行に乗車。四日市駅には9時14分に到着。9時半の湯の山線・湯の山温泉行きに乗り換えて、高角駅には、9時41分に到着。¥420。今回も酒蔵みてある記ということもあってか、大賑わいでした。
Img_3613c これが本日のコースマップ。昨年と変わりありませんでした。高角駅を出190216kintetsuhikingtakatsuno て、一生吹山を登り、毘沙門天に参拝。東名阪自動車道をくぐって、大師堂、椿岸神社、智積養水、西勝寺と回って、伊藤酒造で酒蔵見学。ゴールは、湯の山線・桜駅です。マップ上は約6㎞となっていますが、実際に歩いたのは、4.6㎞でした。
Img_3622c 高角駅からは、上述のように、一生吹山 を登ります。「登ります」と書きましたが、最初はゆるかな坂道ですが、次第にけっこう急坂になります。もらったコースマップにも「急な上り坂」と書いてあります。去年もけっこうキツかったことを思い出します。今年は、腹式呼吸をして、鼻から吸って口から吐くということをすると、割りと楽に登れることを発見しました。
Img_3628c 頂上にある毘沙門天には、9時50分に到着。スタートからほぼ1.5㎞。暖かくImg_3640c て、かなり汗ばみましたので、マフラーを外し、着ていたものを1枚脱ぐくらい。参拝し、境内を見て回りましたが、去年気づかなかったのは、百度石くらいでした。詳細は、割愛します。去年のハイキングの時の記事は、末尾にリストを示しておきますので、ご興味がおありでしたら、それらをご覧ください。
Img_3646c 昨年は、毘沙門天にいる頃から空模様があやしくなり、下り始めたら、雨模様になり、参りました。今年はそういうこともなく、その意味では楽でした。
Img_3649c_2  ほぼ下りきって、東名阪自動車道の高架をくぐったところには大師堂があります。江戸時代末期、一生吹山山麓の開発が行われ、「雨池」をつくり周囲を灌漑しました。ここは、地形上も、豊富な清水が湧き出すところで、この水が永遠に絶えん事を祈って、昭和の初め頃、弘法大師を祀り、今に受け継がれているとあります(こちらを参照)。写真をきちんと撮りませんでしたが、大師堂の右奥に「掘り抜き井戸跡」がありました。
Img_3660c 大師堂でスタートから2.3㎞。そこから桜の町を1㎞ほど歩いて、椿岸神社へ到着。主祭神は、天宇受売命(アメノウズメノミコト)。その他、相殿神がImg_3665c 多数いらっしゃいます(詳細は、昨年のその2をご覧ください)。ここも境内を見て回り、境内社などにお参りしてきましたが、去年見落としたところはありませんでした。
Img_3731c 椿岸神社のすぐ北西に桜岡山西勝寺。浄土真宗本願寺派。山門の前をImg_3737c 智積養水が流れています。桜郷土史研究会では、「1504(永正1)年、教尊法師、智積に一宇造立。(桜岡山西勝寺)」とあります。建物は、安政の大地震で倒壊後、再建され現在に至っているといいます。境内には、「引石」が残っています。「生水川(しょうずがわ;現在は矢合川)」にかかっていた石橋には欄干がなく、増水時には渡るのがかなり危険だったそうです。そこで、寛政7(1795)年、この「生水橋(しょうずばし)」の両岸に、石柱を一本ずつ建て、その間に綱を張って手すりとしたといいます。この石柱を当時の人々は「引石」と呼んだのです。
Img_3718c 西勝寺の山門前に智積養水(ちしゃくようすい)が流れています。江戸時Img_3724c 代に敷設された灌漑(かんがい)施設で、隣町の三重郡菰野町神森にある湧水池・蟹池の水を智積町に引き入れています。その全長は1,784m、幅は1~2mあります。昭和の高度成長期には生活排水が流れ込んだりしたそうですが、住民の努力により、清流が戻り、昭和60(1985)年には、環境省選定の「名水百選」に選ばれました。そのプロセスで鯉の放流も行われ、現在に受け継がれています。
Img_3722c 去年は見なかったと思いますが、今日は、かなり大きく、立派な体格をした色とりどりの鯉が悠然と泳いでいました。ちなみに、用水ではなく、「養水」と表現するのは、水田を潤し人々を養う惠(めぐみ)の水という意味だそうです。
Img_3766c ここからは、伊藤酒造も近いのですが、去年見忘れた「延福寺跡」を確認してきました。その場所は、椿岸神社から道路(西勝寺の前の道路)を挟んだ西。現在は、智積公会所になっているところでした。「公会所」は、公民館あるいは地域の集会所のようです。建物の前に説明板があります。
Img_3762c 創立年月は不詳ですが、古文書の記述からは、長禄2(1458)年以前のと推測されています。元は、ここより北東180mのところ(薬師というところ)にありました。享禄2(1529)年に戦火で灰燼に帰したのですが、翌・天正8(1580)年6月、当地の世話役(小林三郎太夫頼勝)の末子で三河国吉良庄泉念寺住持であった秀牧が帰郷した際、延福寺跡から薬師如来の仏頭を掘り出し、これに因縁を感じ、寺の再興を発願したといいます。寺は、その後、嘉永7(1854)年、大地震で堂宇は大破してしまいます。当時の庵主・小林涼心は、伊勢神戸の仏師・磯部重兵衛に本尊修復を依頼し、地元民の協力も得て、その年の10月には落慶法要を営んだものの、明治7(1874)年、廃寺となりました。しかし、明治45(1911)年、篤信者によって、この地に堂宇が移築され、臨済宗系の尼僧によって護持される一方で、地区の公会所としても使用されていました。昭和18(1943)まで尼僧によって護持されていたのですが、最後の尼僧・實道全覚禅尼が病気のため、本尊薬師如来、阿弥陀如来、釈迦誕生仏、釈迦涅槃図一幅が西勝寺に動座され今日に至っています。
Img_3792c 延福寺跡も確認でき、これで心置きなく伊藤酒造へ(微笑)。延福寺跡かImg_3770c らは400m、スタートからは4.1㎞、11時の到着。創業は、弘化4(1847)年ですから、江戸時代末。米は、「山田錦」など三重県産米。仕込み水は、鈴鹿山麓から湧き出る「智積養水」の伏流水を使っているそうです。
Img_3774c 去年と同様、酒蔵を見せていただけ、さらに発酵が進むタンクも覗かせてもらえました。山廃仕込みのタンクです。酒のよい香り。「帽子、めがね、ケータイなどを落とさないように願います。取り出せませんから、タンクごとお買い上げいただきます」などと冗談なのか、本気なのかわからない注意を受け、緊張して覗いてきました。
Img_3783c タンクを覗いた後で試飲を1杯いただき、さらに進むと、即売会の会場。Img_3851c 買ってきたのは、去年と同じく、「鈿女 特別本醸造 生原酒」です(しぼりたて)。試飲させてもらったもの。720ml入りが¥1,200。
Img_3849c このお酒、去年も載せましたが、キャップに「生」とあり、気合いが入っています(微笑)。気合いが入っているだけでなく、癖がなく、美味しいのです。「鈿女」は、もちろん、「天鈿女命(アマノウズメノミコト)」から来ています。椿岸神社の主祭神は「天鈿女命」ですから、これに由来すると思われます。
Img_3790c 即売会を出たところで、甘酒の振るまい。大吟醸の酒粕でつくったものだそうです。これは美味しい。お代わりをする方多数でした。
Img_3810c このあと、道路を渡ってアンテナショップImg_3796c の1つ、「わみん」へ。試飲が少なかったので、「鈿女」をワンショット(微笑)。¥200なり。
Img_3804c もう一つのアンテナショップ、「慕蔵(ぼぐら)」。蔵出しの酒の試飲と販Img_3800c 売、量り売り、酒を楽しむ酒器やグッズの販売などが行われています。おちょこの良いものがあればと思って覗いてきましたが、私の気に入ったものは見つからず、残念。「慕蔵」の前で本日の抽選会の当選番号の発表。でしたが、残念ながら、今日も外れてしまいました。
Img_3797c 「青空宴会」の方多数でしたが、今日は、上述のワンショット1杯。伊藤酒造に滞在したのは、20分ほどで、ゴールの近鉄湯の山線・桜駅へ向かいます。
Img_3822c その桜駅には、11時27分にゴール。4.6㎞。去年より20分ほど早いゴールイン。次の四日市行きは、11時45分。四日市駅には、11時49分着。ここでいったん途中下車して、四日市近鉄百貨店にある丸善で本を物色したものの、先日来探している外山滋比古先生の「伝達の整理学」も、毎月購読しているBirderもなく、ガッカリ。12時28分発の名古屋行き急行に乗車。桑名駅には、12時40分着。湯の山線が¥280、四日市から桑名が¥300、計¥580。高校の大先輩である外山滋比古先生(旧制中学時代のご卒業)の本である「伝達の整理学」、丸善なら在庫があると思ったのですが、残念。
Img_3837c あみま倶楽部のスタンプは、早くも8個目をゲット。去年よりハイペースですが、息切れするといけませんので、無理せず、ホドホドにしようと思っています。
 以下は、去年のハイキングの記事のリスト。詳細は、こちらをご覧ください:

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2019年2月10日 (日)

20190210近鉄ハイキング「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」へ……早川酒造部で楽しんで「完」

 考えてみたら、3週連続で土日はハイキング・ウォーキングでした。家内からも「元気よねぇ」と感心されるやら、呆れられるやら(笑)。

Image_1542603997  今日は、近鉄名古屋線・伊勢朝日駅がスタートの「酒蔵みてある記 早川酒造部『天一』」に行ってきました。去年2月11日に出かけたものと同じ企画、同じコースです(20180211近鉄ハイキングの酒蔵みてある記“早川酒造部「天一」”へ(予告編))。去年の記事(予告編を入れて4回分は、末尾にリストアップします)。
Img_2857c 去年も寒かったのですが、今年も桑名では最高気温7.6℃と真冬並み。風も午前中は、4~6m/sとけっこう吹いていました。ただし、今年はほぼ快晴で、去年のように時雨れなかったのは助かりました。桑名駅を8時58分に出る塩浜行き普通電車に乗車。伊勢朝日駅には、9時6分着。¥210。
Img_2861c 駅前に広場がありませんので、伊勢朝日駅すぐ南の東海道に面したポケットパークが受付場所。小生が着いた時にはすでにご覧のような行列。後ろに見えているのは、東芝三重工場。モーターなどをつくっています。受付開始は9時20分。
Img_2864c こちらが本日のコースマップ。パッと見、去年とまったく同じもののような20190210kintetsuhikingiseasahi 気がします(微笑)。まだ記憶はしっかりしていますので(と自分では思っていますが……)、地図なしでも歩けそうです。右は、実測ルートマップ。コースマップでは、約7㎞となっていましたが、実際には、7.5㎞。去年立ち寄ったところで、今年は省略したところがあります。地図をもらってスタートしたのは、9時25分。
Img_2868c 伊勢朝日駅前のポケットパークを出発して、旧・東海道を500mほど南下。左の写真にあるエノキは、推定樹齢300年。東海道を往来した旅人たちを見てきたと思います。右折して、東芝の工場が建ち並ぶ中、朝日町歴史博物館へと向かいます。
Img_2873c スタートから1.5㎞、9時43分に朝日町歴史博物館に到着。何度も来ていImg_2875c_2 ます。「山椒は小粒でぴりりと辛い」博物館というイメージを持っています。企画展が結構面白いのです。現在は、「鈴木のりたけ原画展」を開催中(2/17まで、入場無料)。私は知らなかったのですが、絵本作家であり、イラストレーターでもいらっしゃいます。展覧会には親子連れも何組か来ておられ、人気があるようでした。
Img_2885c 一通り拝見して、上ってきた道を下り、JR関西線の踏切を越えたところにImg_2887c 若松園があります。お菓子屋さんでまちかど博物館。去年はここでお茶をいただきましたが、今日は通過。東海道に戻り、先ほどとは逆に上る方向へ少し。
Img_2891c 200mほど行くと、交差点がありそこを右折して県道66号線に出て、南東に進みます。交差点の近くには、小向山浄泉坊があるのですが、ここは訪れたことがありますので(2017年10月5日:朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼)、今回はパス。
Img_2909c 県道66号線を進み、北勢バイパスの下をくぐって、朝明川の左岸堤防にImg_2915c 上がります。スタートから3.5㎞のところに神明神社があります。去年も訪ねています。創祀は、つまびらかではないものの、社伝よれば天正年間(1573~92)以前と伝えられているといいます。この神明神社では、石取祭が行われています。7月の最終日曜日とその前日(土曜)です。詳細は、去年の記事をご覧ください。去年はたくさんの人が立ち寄っていたのですが、今年はほとんど通過して行かれます。
Img_2914c 私は何か見落としたものがないか確かめたくて立ち寄ったのですが、こImg_2917c れが幸い(微笑)。この砲弾のようなものに気づきました。碑陰にあった銘板には、「上海事變記念」とありました。「昭和7年初春上海事変勃発ニ際シ第二十六駆逐隊柿乗組中二月三日第一回呉淞砲台攻撃戦闘ニ参加シ同砲台占領後捕獲セル敵ノ十五糎砲々弾ナリ 昭和七年五月 海軍特務少尉 従七位 勲五等 村木專次郞」という説明が付いていました。上海事変は、昭和7(1932)年1月、満州事変から世界の目をそらすため、日本の軍部が上海で起こした日中両軍の衝突事件。神社はワンダーランドと何度か書いた記憶がありますが、さまざまなものが奉納されています。本日の収穫(微笑)。
Img_2922c 神明神社の北勢、土手の下には富田一色薬師堂があります。去年は立ち寄って来ましたが、今回はパス。上から様子だけを見ましたが、特に変わりはなさそうです。
Img_2923c 川越北小学校のところで、道路元標を確認。去年も見ています。正面にImg_2925c は「元標 三重縣廰 四二・三二七米 十里廿八町 川越村」と記されていました。左側には、「富田町 三・〇五四米 貳拾八町 四日市々 七・五二七米 壱里丗三町」と、また、右側には、「桑名町 七・二〇〇米 一里丗町 富州原町 二・二九一米 弐十壱町」と刻まれていました。この道路元標は、大正13(1924)年、昭和天皇の御成婚記念として建てられたものです。
Img_2931c さらに朝明川の左岸堤防を進むと、スタートから4㎞で川に架かる朝明橋に出ます。これを渡って、川の右岸へ。とおくに四日市コンビナートの煙突などが見えてきます。ここから1㎞弱行くと、待望の早川酒造部があります。
Img_2938c 10時半、スタートからほぼ5キロを歩いて、早川酒造部に到着。去年よりImg_2940c 30分くらい早い到着(笑)。気が急いたわけではありません。すでに大勢の人が楽しんでいます。参加者の中には、コースをショートカットして酒蔵に向かう人もあるくらいですが、私はそういうことはしておりません。
Img_2944c  お楽しみ抽選会は、今年も外れくじ(苦笑)。抽選箱に入れられた、清酒の瓶の蓋を引くというやり方でした。なかなか考えてあります。「赤」が出ると、「しぼりたて原酒720ml」が当たるのです。私が取り出したキャップ、金属部分が赤で「やった!」と思ったのですが、キャップの内川に色がつけてあったようです。
Img_2945c_2 気持ちを切り替えて、振るまい酒のコーナーへ。2種類、薦被りが開けてImg_2951c ありました。「2杯ともどうぞ、是非飲み比べてください」という勧めに素直にしたがいました。「しぼりたて」と、「天一清酒」の2種です。
Img_2948c 他の酒蔵同様、このミニサイズのプラスティックコップに1杯ずついただきました。しぼりたては、何というか芳醇という感じ。一方の清酒の方は、軽くてスッキリという印象。普段飲むのであれば、清酒の方が飽きがこないと思います。
Img_2956c 振る舞い酒のコーナーの隣に即売スペース。うまくできています。ついつImg_3103c い買いたくなるという仕掛け。試飲で味わった「しぼりたて」が瓶詰めになっているのを確かめて、この「蔵出し 生原酒」(720ml入り)を1本、買ってきました。¥1,000。
Img_3098c 昨年同様、川越町内外のお店が10店ほど出ていました。ざっと見ていたら、娘が昨日、「私の土産がないわねぇ」などといっていたのを思い出してしまいました(笑)。四日市の阿倉川駅前にあるパンカフェ・ブルーミングが売っていた「酒粕クッキー」をお買い上げ。娘に白状すると怒られそうですから、値段を伝えていませんが、これ¥100(笑)。早川酒造部さんの酒粕を使っています。
Img_2959c 去年と同じく、このあと訪ねる山武食品のブースもあり、去年も食べた鯛Img_2958c ちくわを売っていましたので、今年も。¥300。ここで焼いておられ、ほかほかをいただけるのです。
Img_2962c 鯛ちくわを食べたら、とても美味しく、「試飲だけじゃ足らないな」と思ったり、昨日のハイキングで出遭った知り合い(名前も存じ上げませんが、何回かお目にかかって、話をする仲になりました)が「せっかく来たなら、ゆっくり楽しまないと」といっておられたのを思い出し、独断でワンカップ1個を追加(爆)。¥190。一人宴会をすることにしたのですが、結局、隣や近くにいたおじさんたちと盛り上がってきました(笑)。いやぁ、楽しい。
Img_2964c これまで酒蔵みてある記に行っても、酒蔵にあまり長い時間は滞在したImg_3095c ことがなかったのですが、今日は30分以上留まっていました。これが正しい酒蔵みてある記の楽しみ方かもしれません。ちょっと気が引けたので、早川酒造部を出る前に、もう一度山武食品のブースに戻って、いかたっぷりのはんぺん(?)¥300を買って、土産に追加(笑)。これはそのまま持ち帰ってきました。
Img_2968c 11時をかなり回って、早川酒造部から1㎞ほどのところにある八幡神社Img_2998c へ。ここは道路から奥に入っています。去年も立ち寄って、あちこち見て回りましたが、去年1つわからなかったことがありましたので、それを確かめに行ったという次第。幸い、今年は、氏子の代表の方々がお茶の接待をしてくださっていて、その方たちに確かめることができました。
Img_3012c そのわからなかったものは、境内の南東に祀られている神社。朱い鳥居がありますので、お稲荷さん系統かとは思っていましたが、石碑に刻まれた名前が古くて、風化していて読めなかったのです。
Img_3014c 氏子の方に伺ったところ、「高杉神社といって、伏見と同系統」というお話し。「伏見と同系統なら、お稲荷さんでしょうか?」と確かめたら、そうだというお返事。それ以上詳しいことはわかりませんでした。神社検索(三重)の八幡神社のところにも言及はありませんし、八幡神社の御祭神には、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)や、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)のお名前はありません。川越町史 などを調べるとわかるかもしれませんが、今日はここまで。
Img_2992c 八幡神社でもう一つ収穫がありました。ここには、「足上げ祭」という伝統神事があります。それに使う大きな太鼓を見ることができました。この祭りは、8月14日の盆の晩に小学生が松明を担ぎ、青年は大太鼓と鉦をたたいて八幡神社まで参道を練り歩き、境内中央に設けられた「しんばしら」の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩くという特異な祭りだそうです。こちらに動画があります(三重県のサイト)。温かいお茶をいただきましたし、収穫もあり、再訪して良かった。
Img_3050c コース上、最後に、国道1号線沿いにある山武食品に立ち寄ることになっImg_3041c ています。ここには、「海旬工房 矢馬竹」という直売所があるのです。去年立ち寄りましたが、今回はパス。早川酒造部さんで味わいましたし、土産も買ったからです。揚げ物、練り物、魅力的ではあるのですが……。
Img_3038c 直売所の横にお稲荷さんが祀られています。去年も気になったのですImg_3039c が、しっかりとは見てきませんでした。いつものことなのか、今日はハイキングで来客が多いからかはわかりませんが、お供え物が豪華でした(微笑)。伊勢エビや鯛まで上がっていました。ささいなことや、どうでも良いことが気になる質です(笑)。
Img_3051c さあ、あとはひたすらゴールの近鉄名古屋線・川越富洲Img_3060c 原駅を目指します。国道1号線をしばらく歩いて、6.1㎞で右折。11時55分に川越富洲原駅に到着。7.5㎞でした。12時3分の名古屋行き準急に乗車、桑名駅には12時11分。¥260。
 以下は、去年の同じハイキングの記事です。

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