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2017年10月13日 (金)

秋雨前線停滞……ベランダの塗装が終了し、外が見えるようになり、気分スッキリ(微笑)

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 秋雨前線が日本列島南岸に停滞しているそうで、すっきりしない天気です。これが向こう1週間ほど続くとか。ヤレヤレとため息をつきたくなります。しかしまぁ、行けるときには散歩に出ようと思っています。ということで、今日も8時40分から2時間半ほど、5.3㎞歩いてきました。住吉神社、九華公園、春日神社、寺町であります。冒頭の写真は、九華招魂社の狛犬の足下でお休み中の旅ネコさん。一瞬目を開けましたが、すぐにまたこの状態。今日のような天気では、寝ていたいのはよく分かります。
Img_6981c 「鳥果」は上がりませんでした。種類、数も少ない上に、証拠写真ばかり(苦笑)。左は、諸戸氏庭園の西側の樹上にいたモズのオス。朝、起きた頃や、新聞を取りに行く6時頃、諸戸氏庭園からモズの鳴き声がよく聞こえてきます。このモズかも知れません。
Img_6996c 揖斐川の堤防。今日は、赤須賀の漁船が出ていましたので(たぶん蜆のImg_6991c 漁)、中州にはサギの姿は見られません。代わって、上流の方からアオサギが飛んできて、下流の方へ。
Img_7055c 九華公園、今日はキンクロハジロのメスが2羽に増えていました。二の丸堀Img_7017c あたり、先日いたハシビロガモのオスは、その後、姿を消したまま。カルガモは、涼しくなったためか、元気よく声を上げながら、堀を泳ぎ回っています。「グワッ、グワッ」と一段と元気なのは、右の写真で後ろにいる方。
Img_7026c 吉之丸堀の東屋がある橋の欄干には、ハクセキレイ。ハクセキレイは、Img_7033c ちょくちょく見かけます。モズは、三の丸公園でも、九華公園でも必ずと言ってよほど見かけます。右の写真は、公園内野球場の照明灯の上。ここは、モズにとって絶好のロケーションかも知れません。九華公園の中では最も高いところだからです(たぶん)。
Dscn4279c 管理事務所でしばし話し込んで、出てきたら、中学生のグループから、歴史を語る公園への行き方を尋ねられ、またもや「俄案内人」。管理人さんから、「mamekichiさん、ワシよりよく知っているから、そこに立って案内していてくれ」と(爆)。中学生たちがきちんと行けたか確認しつつ、春日神社に立ち寄ってきました。今月1日から、七五三詣が始まっています。この後、寺町商店街へ。今日は、三八市。小学生の子どもたちが、先生に引率されて、「買い物学習」に来ていました。どの子もたくさん買い込んでいて、微笑ましい光景があちこちで展開されていました。
Dscn4293c ところで、大規模修繕が進行中の拙宅。今日、夕方になって、ベランダ側の塗装工事が終了したようで、養生のためのビニールが撤去されました。床の上などには、まだビニールが貼られていますので、ベランダには出られませんが、外が見えるようになって、気分的にはこれまでと大違い(笑)。窓もたぶん開けて良いのだろうと思います(ただし、未確認)。
Dscn4295c_2 ご近所の方とは、「病気になりそうだよね」という話をしていました。外が見えない、太陽光がほとんど入らない、窓も開けられない、ベランダに出られない、換気も十分できないというのは、かなり厳しい状況だというのが、もう十二分に実感できました。

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2017年10月 5日 (木)

朝日町歴史散歩へ……昼は、味噌天丼

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 今日もまた外出してきました。今日は、JR関西線に乗って一駅、三重郡Img_5796c 日町へ。運賃は¥190。朝日町は、小さな町ですが、弥生時代の遺跡があり、壬申の乱の時には、この付近で大海人皇子(天武天皇)が伊勢神宮を遥拝し、戦勝祈願をしたと伝わっています。また、縄生廃寺からは、国の重要文化財に指定された出土した舎利具などの遺物が発掘されています。町名は、天武天皇が壬申の乱の際に付近で朝日を拝んだという、日本書紀の故事によるといいます。
Asahiwalking  今日の目的は、歴史散歩。桑名駅にあった「JR関西本線ウォーキングガイド 朝日駅編」というパンフレットをしばらく前に入手し、一度行ってみようと思っていたのですが、涼しくなってきたので、ようやく実現したということです。左の画像が、これに載っていたウォーキングコース。2㎞、1時間と書いてあったのですが、小生が歩いたら、4㎞、2時間でした。他にも行ってみたいところはあったものの、今日のところは、ほぼこのコース通りに回ってきました。
Img_5802c JR朝日駅から、まずは、この旧・東海道に出ます。コース図に「スタート」と矢印がついている先の曲がり角から、上り方向を撮ったものです。今は、生活道路となっていて、クルマも案外たくさん通ります。
Img_5805c 最初の目的地である朝明山西光寺。浄土真宗大谷派。確実な證跡はないImg_5826c そうですが、現存する絵像御本尊の裏書からは、明応5(1496)年に開基とされています。その後、貞享2(1685)年、大谷派に転じ現在に至ったといいます。現在の建物は、明治10~23年にかけて建立されたもの。立派な松があり、松並木の名残かという気がします。
Img_5812c 本堂の南隅に半鐘がかかっていますが、これは江戸時代のものだそうです。ただ、この西光寺、バイクや、自転車はおかれていたのですが、人気がありませんでした。
Img_5841c 西光寺から旧・東海道を約5分進みますと、小向山浄泉坊に到着します。Img_5842c 浄土真宗本願寺派。慶長8(1603)年に、伊勢慶昭が小向にあった正治寺を再興し、小向山浄泉坊と改称したのに始まります。徳川家にゆかりのある桑名藩主の奥方の菩提寺になっていたことがあるといわれ、本堂の棟や、山門に徳川家の定紋三ツ葉葵が入っています。そのため参勤交代の大名はこの寺の門の前では駕籠から降りて一礼したと伝えられます。右の写真は、山門脇にあった、旧本堂の鬼瓦を安置したもの。
Img_5855c 左は、本堂の屋根の写真。右は、山門の扉。いずれも、三ツ葉葵のご紋Img_5858c が入っています。このお寺では、地元の男性から声をかけられました。その方もカメラを持っていらしたのですが、ご住職から寺の絵を描くよう依頼され、その構想を練るために写真を撮っているということでした。
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 浄泉坊のほぼ斜向かいに、国学者・橘守部誕生地遺跡の案内板があります。17歳のとき、一家離散のため江戸に下り、20歳を過ぎてから学問を志したのですが、香川景樹、平田篤胤、伴信友とともに「天保の国学四大家」の一人に数えられるに至っています。
Img_5891c この「誕生地遺跡」の案内板の裏手に町役場があります。その一角に「橘守部翁生誕の地」の石碑が建っていました。県史跡に登録されているのは、こちらのようです。この碑は、昭和27(1952)年に建立。鈴鹿市出身の歌人佐佐木信綱の賛歌2首「くちせぬ名を国つ学の道の上に残せる大人はこの里そ生みし」「時じくのかぐのこのみのかぐわしきたかき名仰がむ八千とせの後も」が刻まれています。
Img_5874c ちなみに、この橘守部の父親である、庄屋・飯田長十郎元親の墓が、浄泉坊にあります。浄泉坊を出て、誕生地遺跡を見ているときに思い出して、戻ってみてきました。元親は、亀崎、金井などの村々を支配する大庄屋格で、津の国学者・谷川士清の門人であったといわれています。寛政4(1792)年に一揆加担の疑いをかけられ、そのため一家が離散したといいます。
Img_5881c 「橘守部誕生地遺跡」からさらに東海道を上ると、「御厨 小向神社」といImg_5884c う石柱が立つ交差点に出ます。ここで右折(東へ)。少し行くと、朝日町歴史資料館があります。ただ、うっかりして見逃しそうになりました(苦笑)。大正5(1916)年に建てられた旧朝日町役場庁舎で、国の登録文化財にも指定されています。ただし、公開は、木曜・土曜で、今日は見られませんでした。
Img_5911c ここでUターンして西へ約10分。東海道、JR関西線を横切って、小向神社Img_5913c へ。御厨神明社とも呼ばれたといいます。「御厨」は、「御」(神の)+「厨」(台所)の意で、神饌を調進する場所のことですから、このあたりは神領だったと思われます。御祭神は、右の写真の通りですが、大日霊貴尊は天照大神です。橘守部も祀られています。
Img_5919c 境内は広く、また、木々が鬱蒼としていて、神聖な雰囲気を醸し出していImg_5931c ます。 垂仁天皇の25年、皇大神宮が桑名郡の野代宮から鈴鹿郡忍山へ遷るときの頓宮の跡と伝えられています。「頓宮」とは、仮の宮、一時的な宮のことです。垂仁天皇の第4皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大神の御杖代として大和から伊賀・近江・美濃・尾張の諸国を経て伊勢の国に入り、神託により皇大神宮(伊勢神宮内宮)を創建したとされますが、それに因むものかと思います。
Img_5937c 境内には、「皇大神宮遙拝所」という石柱が立っていました。ちょうど伊勢Img_5935c 神宮の方角を向いたと思われるところです。ほとんど余談というか、感想なのですが、この小向神社の拝殿前には、とても大きな灯籠がありました。春日神社の灯籠も大きいのですが、負けず劣らずという印象です。
Img_5944c 神社の掃除をしていらっしゃった地元の女性が、「裏山に登ると、見晴らしがよい」と教えてくださったので、行ってきました。普段、主に平地を歩いていますから、ちょっと苦労しましたが、ご覧のような眺め。四日市市街や、港、コンビナート、ポートビルがよく見えます。帰ってから気づいたのですが、このあたり、小向城があったところのようでした(苦笑)。飯田庄之助の居城でしたが、織田信長に攻められて滅んだところです(1567年)。このあたりから西、今は白梅の丘という住宅団地になっていて、消滅してしまっています。
Img_5966c 次の目的地は、初代森有節の墓です。JR関西線沿いの道に戻り、5分ほImg_5968c ど。名谷(めんだに)公園の中にあります。有節は、萬古焼中興の祖です。ここは、18世紀半ばに沼波弄山によって萬古焼が始められたところです。一時途絶えていたのを19世紀初め、有節がここに窯を構えて再興したのです。実は、ここまで大回りしてきたのですが、有節の墓から右(北)を見上げたら、さっきまでいた小向神社の裏山が見えたのです。そこからストレートに降りてくる道もあります(苦笑)。まぁ、散歩にきたのですから、たくさん歩くのはよいことです。
Img_5972c 有節の墓の横には、「三重県指定史跡 有節萬古窯跡」の説明板があります。有節は、独自の作風を確立し、明治以降、パリ万国博覧会へも出品するなど活躍しました。その技法は四日市萬古などに引き継がれているのですが、桑名在住者としては、萬古焼は、桑名の豪商・沼波弄山が始めただけに四日市が中心になっているのは、ちょっと残念です。
Img_5982c 残りは2カ所。朝日町歴史博物館と、柿城跡。歴史博物館までは、約9Asahimuseum 分。JR関西線沿いをてくてくと歩き、朝日町体育館のところから少し坂を上らねばなりません。ここへは、今年1月24日に来ています(朝日町歴史博物館へ真田信繁(幸村)の書状を見に行く)。今は常設展だけ開催中でしたが、10月28日からは、“開館20周年記念企画展「朝日のいにしえ ―縄生廃寺―」”が開催されますので、見に来ます。
Img_5991c さぁ、いよいよ最終目的地、柿城跡です。ここも実は、2度目。博物館からはImg_5992c 徒歩4分なのですが、標高40mほどの丘陵先端に位置していますので、これまた坂道(苦笑)。トレーニング不足であります。城主は佐脇氏。室町幕府に奉公衆として仕えました。弘治3(1557)年に近江国の戦国大名六角氏によって攻められ、柿城は落城しています。城跡は、現在は公園となっています。
Img_5994c 主郭があったところからは伊勢平野や東海道が一望できます。Img_6004c 戦国時代の城(というか、城館といった方がよいのかも知れません)は、こういう眺めのよいところにあったのだという気がします(小向城跡もそうです)。
Ts3v0113  この後、本来であれば、JR関西線朝日駅に戻るのですが、今日の昼は、Img_6007c 家内と外食することにしており、朝日町歴史博物館に戻って、迎えを待ってクルマで天ぷら兎波へ。味噌天丼をいただいてきました。「おすすめの食べ方」として、半分ほど食べたら、「味噌天茶漬け」にとありましたので、試してみました。味噌は八丁味噌。味噌の味が結構強いので、この茶漬けで食べるというのは、なかなかよいものです。
 余談。今日は、ウォーキングガイドにしたがって散歩してきました。しかし、朝日町には、まだまだ見所がたくさんあります。縄生廃寺跡や、苗代神社、井後神社は是非とも行きたいところですし、東海道沿いには、山口誓子句碑、一里塚跡、小向立場跡、多賀大社常夜灯などがあります。また近いうちに。

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2017年9月14日 (木)

長島で鳥見、歴史散歩……河口堰と、長島城跡、蓮生寺、八幡社へ

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 台風来襲を前に、長良川河口堰他へ遠征であります。夕方の予報では、土Dscn3548_800x600 日が雨のようですし、台風もまともに来そうです。河口堰には9時到着、1時間あまり滞在。カワセミを久しぶりに堰西側で見ました。せせらぎ魚道の上流側から、親水広場に降りるスロープを越えて、揖斐川との中州に飛んでいきました。あっという間で、写真は撮れず仕舞い。それと、例のヤギさん、あの会社の周りを歩いてみましたが、本日は不在でした。
Img_2212_800x560 河口堰の東側にいたのは、アオサギさん1羽。このアオサギさん、一回りしImg_2349_800x598 て戻ってきたら、楽しませてくれました。先にその話題から。右のように、一段降りて、覗き込んでいました。「位置について、ヨーイ」という感じでした(微笑)。
Img_2350_800x563 期待に違わず、ダイビングしてくれました! 今シーズン初のダイビングシImg_2351_800x551 ーンであります。といいながら、右の写真を見ますと、足が付くところで、頭を長良川に突っ込んだということのようでした。
Img_2352_800x572 やや遠くて(かなりトリミングしています)、首尾がどうだったかよく分かりません。しかし、何となくではあるものの、獲物はあったような感じがします。
Img_2223_800x574 河口堰西側。いつもの閘門へのアプローチには、ダイサギ1羽と、カワウImg_2225_800x592 が計9羽。そこへ、別のダイサギが飛来。右の写真は、この場所へ着地寸前の様子。先日も着地シーンを載せましたが、サギたちのこの場面、なかなか興味深いものがあります。
Img_2241_800x546 西側の魚道、上流。アオサギが1羽。今日見たアオサギは、合計4羽。たImg_2243_800x547 だし、このアオサギさんも、かなり離れていたものの、このあとすぐに逃げられました。右は、その逃げた先での様子。閘門へのアプローチ、上流側のところです。
Img_2233_800x607 ハクセキレイは、この頃、河口堰でよく見られます。今日も管理橋の上Img_2325_800x610 や、堰西側あたり、親水広場で何羽も目撃。イソシギは、閘門のところで見かけました。イソシギもいつも、逃げ足が速いのです。
Img_2309_800x577 こちらは、揖斐川の方から飛来して、閘門の上流側に降り立ったアオサギさん。親水広場の東側。西側にいたのですが、大急ぎで回って、写したもの。しかし、これを撮った直後、逃げられました。全く、どうしようもありません。
Img_2249_800x590 アオサギがやってくる直前、猛禽類の姿が。トビかと思ったのですが、違うかも知れません。管理橋の上空を悠然と旋回しつつ、次第に下流方向へ飛び去りました。
Dscn3567_800x551 さて10時過ぎからは、長島町内歴史散歩(微笑)。やすらぎパーク駐車場にクルマを入れて、長島城跡と、蓮生寺へ。
Dscn3579_800x600 長島城の跡は、ほとんど遺構はありません。長島中学校と長島中部小学Img_2371_800x545 校になっています。ただ、長島中部小学校の敷地内には、本丸の南西隅にあった樹齢300年以上の黒松が今でも城郭の名残として、その威容を誇っています。
Dscn3583_800x600 長島城は、文明年間(1469~87)に伊勢国安濃郡の長野氏一族といわれる伊藤重晴が築城したと言われます。その後、長島北部にあった願証寺が浄土真宗の一大拠点となり、伊藤氏は滅ぼされ、長島城も願証寺の支配下に入ります。長島一向一揆の際には、織田信長に攻められ、破れます。その後、菅沼氏、松平氏が藩主となった後、元禄15(1702)年に増山正弥が藩主になってからは、明治維新まで増山家が支配しました。
Dscn3600_800x567 長島城の遺構はないと書きましたが、近くの蓮生寺(長島町又木)には、Dscn3606_800x600 大手門の一部が山門として使われています。蓮生寺第十一世賢道のとき(明治9(1876)年)に払い下げを受けたものです。旧大手門より縮小されているようです。
Dscn3587_800x600 長島城跡に立つ長島中学校、なかなかおもしろい意匠で建てられていまImg_2377_800x533 す。左は、門。まるで城の大手門のようです。右は、校舎の一つ。何だか、お城の天守閣のようにも見えます。勉強するにも気分が違うかも知れません。この他、近くにあった正敬寺、花林院なども見てきました。
Dscn3624_800x600 帰り道、もう1ヵ所立ち寄ってきました。長島最古の神社である八幡神社Dscn3626_800x600 です。今日・明日が例祭。以前箱の冷菜に合わせて奉納されていたようですが、獅子舞神事があるのです(今は、9月の第3土・日)。
Dscn3631_800x600 この神社は、寛元3(1245)年に藤原道家が勧請したと伝えられていまDscn3635_800x600 す。歴代長島城主からも武神として崇敬されていたそうです。獅子舞は、元禄12(1699)年に北島村の氏子によって始められたといいます。一度見てみたいと思うのですが、土・日は台風18号の襲来と重なりそうです。

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2017年8月29日 (火)

伊曽島神社の御利益か、アオサギに恵まれ、ウミネコまで登場した遠征……伊曽島神社南で、「明治改修着工之地」石碑も見る

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 本当に性懲りもなく、またもや長良川河口堰へ行ってきました(苦笑)。9時Dscn2963_800x600 過ぎに到着、1時間あまり鳥を見ながら歩いてきました。残念ながら、カワセミは目撃できず。また、あのヤギさんの姿も見つけられませんでした。ヤギさんがいた会社の正門の方へも回ってみたのですが、確認できません。左の写真は、河口堰管理橋の中央あたりから、伊勢大橋の西詰(桑名側)を見たもの。右の写真も管理橋の途中から、西を眺めたもの。管理橋は、たぶん800mくらいの長さがあります。
Img_0264_800x587 今日はまずは、こちら。アオサギさんの飛び姿。左は、9時半過ぎ、河口堰Img_0329_800x579 の西から伊勢大橋に向かって飛ぶところ。右は、親水広場を回って、堰の東に戻ろうとしたとき(10時前)、閘門の上流から南へと飛ぶアオサギ(左とは別個体)。カワセミは見られませんでしたが、アオサギの飛び姿を捉えられましたので、まぁ満足であります。
Img_0290_800x595 上右の写真のアオサギだと思いますが、堰の南へ飛ぶ前に、閘門上流のImg_0294_800x543 ところへ降り立つシーンも。後ろ姿ではありますが、羽の使い方というか、動きはなかなか興味深いところが捉えられた気がします。まだ後からもありますが、今日はアオサギさんに楽しませてもらいました。
Img_0188_800x569 さて、河口堰の東側には、上流、やや遠くにアオサギが1羽と、下流にカワImg_0205_800x533 ウがいただけでした。西側の閘門へのアプローチの上流側、先日賑わっていたのに、今日は、閑散としていました(右)。カワウ3羽にアオサギ1羽。アオサギは、先端の方(向かって左)に小さく写っています.アオサギのさらに先にコサギもいましたが、遠すぎます。
Img_0225_800x541 堰の西、下流側にある中州の中の池には、ダイサギらしく姿が1羽と、コImg_0237_800x589 サギが2羽。親水広場の水路で、今日もイソシギを目撃。イソシギは、アオサギと同じか、それ以上に逃げ足が速いので、これだけでも写真に撮れるのは珍しいくらい。
Img_0318_643x800 親水広場には、今日はスズメくらいしかいません。よくいるカワラヒワは、Dscn2974_800x600 鳴き声もせず。親水広場を回って東へと戻るとき、閘門へのアプローチの上流に、カワウ、アオサギ、コサギ。このアオサギが、4~6枚目の写真のアオサギさん。今日のように、平日に河口堰に行きますと、管理点検作業などが行われています。親水広場にあるマンホールのところは、右のようになっていました。係の方がクルマで移動されたのに、姿が見えないと思ったら、こういう次第。秘密の地下施設(?)があるようです。今日はもう1ヵ所、西側の魚道のところでも同じような作業が行われていました。
Img_0370_800x533 初めにも書きましたが、「ヤギさん探し」に行ってきました。堤防上からもImg_0371_800x533 見えません(左の写真)。堤防から降りて、会社の正門の方へ回ってみましたが、同様(右の写真)。作業している方はいらっしゃったのですが、ヤギさん、姿形も鳴き声もなしでした。
Dscn3011_800x600 このあと、木曽川の水制(国道23号線木曽川大橋の北)に行くことにしたDscn3009_800x575 のですが、その前に久しぶりに伊曽島神社に立ち寄ることにしました。河口堰から長良川左岸を南下、国道23号線の下をくぐって、長島スポーツランドの南から回りました。このルートから行くのは初めて。これが幸い。伊曽島神社のすぐ南に「明治改修着工之地」という石碑を発見(というか、今まで気づかなかっただけですが……)。
Dscn2996_600x800 何と、ヨハネス・デレーケが計画した明治改修(木曽三川の分流工事)のDscn3008_600x800 工事が、ここ長島町横満蔵(当時は、伊曽島村横満蔵)で明治20(1887)年に始まったというのです。この記念碑は、昭和62(1987)年に、木曽三川近代治水百周年に当たって、これを記念して建立されたのだそうです。伊曽島神社や、木曽川の水制には何度も来たのですが、気づきませんでした(苦笑)。
Dscn3003_800x600 こちらは、説明板にあった「明治改修計画図」の一部。長島町あたりのところを撮ったもの。現在の桑名市長島町あたりは、輪中の集まりであったことがよく分かります。黒線は旧堤防、黄色い線は新堤防、緑に塗られた川は廃川地、灰色のところは「開削地」とあります。この石碑や、伊曽島神社のあるあたりは、改修以前は、青鷺川だったところです。葭ヶ須輪中と、横満蔵・白鶏新田の間に青鷺川が流れています。青鷺川の跡には長島の七里の渡し跡があります(2016/08/19;木曽川、伊曽島神社・七里の渡し跡あたりへ遠征……コサギ、アオサギ、シギの他、ネコと戯れ、旧・青鷺川を知る【白鷺川について追記あります(8/20)】)。あまり明確に記憶していたわけではありませんが、今日の遠征は、アオサギさんに導かれているようです(微笑)。
Dscn3024_800x600 ということで、伊曽島神社にお参りして、こちら、木曽川の水制へ。左のDscn3025_800x600 写真で右端に写っているのが、国道23号線木曽川大橋。上流側、1番目の水制です。右の写真は、上流方向。中央あたりは、弥富市街地。
Img_0431_800x576 今日は、ここでもアオサギさんに恵まれました。伊曽島神社にお参りしたImg_0435_800x588 御利益であります。左の写真は、木曽川の北東から小生のいた方に向かって飛んで来たところ。右は、同じアオサギさんが、方向をやや変え、2枚前の水制に降りる前のところ。
Img_0415_800x606 この水制には、ウミネコもやって来ました。下流側から飛んで来て、着Img_0421_800x582 水。初めは少し離れた木曽川に降りたのですが、しばらくして、水制の上に移動。見ていましたら、どうも左足に支障があるようでした。
Img_0422_800x564 ウミネコのやって来た水制には、ダイサギらしきサギと、コサギ2羽がいまImg_0472_800x598 した。ここには、上のアオサギも降り立ちました。が、アオサギさん、暑そうで、のどをブルブルしていました。
Img_0468_800x533 もう一つ上流側の水制の方が、賑やかでした。カワウも5~6羽いたほか、コサギも10数羽、ダイサギらしきサギも。さすがに暑くて、近くまで行くのは諦めました。
Dscn3014_800x600 ということで、伊曽島神社の御利益か、アオサギさんに恵まれた遠征でしImg_0379_800x588 た。伊曽島神社の境内では、ナガサキアゲハ。2羽(2頭というのが正しいようです)。
Dscn3052_800x600 余談といいますか、自分のための記録。拙宅マンション、2回目の大規模Dscn3043_600x800 修繕が始まっています。現在、工事のための足場を組む作業中。今日は、大型クレーンが入って、その作業が進んでいます。このクレーン、9階まで届くもの。目の前にクレーンの先端部分があって、ちょっと驚きます。明日は、わが家のベランダも作業にかかってきて、洗濯物はベランダには干せないようです。鬱陶しいといってはいけませんが、ちょっと不便な日々が続くことになります。メダカハウス、現在5軒に分かれているのですが、これをどうしましょう?

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2017年8月 9日 (水)

昼寝する 旅ネコがうらやましい 暑さかな(字余り……苦笑)

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 各地で38℃を超える猛暑になっています。こちらは、猛暑日にはなったものDscn2168_800x600 の、35.2℃でした。ただ。桑名もけっこう暑くなるところですので、油断はなりません(苦笑)。一昨日は台風、昨日は実家と、散歩できていませんので、今朝は、いつも通り、住吉神社から九華公園、京町、寺町と5.2㎞を歩いてきました。しかし、春や秋など、散歩する人も多い住吉神社前、右の写真のように、誰も歩いていませんでした。九華公園も、散歩する人はまばら(笑)。修行というか、酔狂というか、ほとんどビョーキの世界です。
Dscn2185_800x600 九華公園の旅ネコたちも、拝殿など、日陰で涼しいところで伸びていましDscn2181_800x600 た(笑)。写真のネコさん、九華招魂社の賽銭箱の奥で、近づいても気づかないくらい熟睡中です。散歩をしていても木陰が恋しい時期です。九華公園、けっこう大きな木が多いところですが、右の写真の奥平屋敷跡には巨樹が集まっていて、散歩のオアシスです。
Img_8253_800x621 毎年のことながら、今時分、散歩コースに鳥はいません。スズメ、ドバト、ムImg_8300_800x617 クドリ、ハクセキレイ、ツバメくらい。左のハクセキレイは、住吉入江にて。スズメは、今年孵った幼鳥のようです。九華公園の外周遊歩道にて。
Img_8304_800x588 カワウさん。九華公園には2~3羽。こちらのお二方は、奥平屋敷跡のステージの裏。黒服ですので、暑そうです。それでも手前のカワウは、羽を広げて乾かしているようでした。最近は、何か変わった芸を見せてくれるカワウには出会いません。
Img_8290_800x610 虫たちもあまり見かけませんが、左は私の好きなトンボの一つ、ウチワヤンマ。ヤンマという名前が付いていますが、サナエトンボの仲間。腹部の先端に、うちわ型の突起があります。九華公園では、堀の周囲をパトロールするようにトビ、ときどき、石垣に止まるのです。今日は、ギンヤンマなども見ましたが、止まってくれませんでした。
Dscn2176_800x600 このところ、九華公園と言えば、ヒョウタンです。今日は、18個の実を確認Dscn2178_800x600 しました。少しずつ増えてきています。大きさは、右の写真のように、小生の手の指の長さくらいと思われます。やはり、千成瓢箪だろうと思われます。
Dscn2195_800x600 京町から市民会館(NTNシティホール)に回ってみました。NTNは創業Dscn2197_800x600 100周年だそうですが、今日はここにPRの車がやって来ていました。最近テレビでも『世界をなめらかにする仕事」というCMが流れています。NTNは、1918(大正7)年に三重県桑名郡桑名町内堀の西園鉄工所で玉軸受の研究製作を開始ししたのが、始まりだそうですから、桑名が発祥の地ということです。「東洋ベアリング」という社名だった時期がありますので、桑名では年配の方は、今でも「ベアリング」と呼ぶ方がほとんどです。
Dscn2192_800x604 主力製品だと思いますが、軸受をデザインした顔出しパネルが置いてDscn2196_800x600 ありました。さすがに顔を出してみるのは、憚られました。一人では顔出ししても、写真も撮れませんし……(苦笑)。むしろ、この展示車の模型の方が気になりました。
Img_8081_533x800_2 余談扱いをするとお叱りを受けるでしょうが、お盆には、市内の赤須賀で石取祭が行われます。開勢町・市場町・蛭子町・弁天町・宮本町・港町の6町内に1台ずつ、6台の祭車があります。8月14日に叩き出し、15日試楽の町内練りを経て、16日本楽渡祭が行われます。渡祭は、赤須賀神明社にて。ちなみに、赤須賀は室町時代に三河国(幸田町あたり)から渡来した武将たちによって開発された漁業の町です。この神明社も三河より移遷したものだそうです。赤須賀の石取祭は、これまで見たことがありませんので、一度くらいは見たいという気持ちはありますが、暑い中、片道2㎞あまり出かける気になりますか……?

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2017年8月 5日 (土)

2017石取祭試楽

Dscn2012_800x600  いよいよ2017(平成29)年の石取祭を迎えました。今日(8/5)の午前0時に、春日神社の太鼓を合図に叩き出し。昨晩は、いったん床に就いたのですが、なぜか11時半頃目が覚めてしまい、そのまま叩き出しを迎えました。ゴォーッというような感じで、鉦鼓の音が広がっていくのが実感できました。

Dscn2023_800x600  午前中の散歩で、春日神社にお参りして来ました。神社には10時過ぎに着Dscn2021_800x600 いたのですが、神事が行われている最中でした。石取祭は、町屋川の清らかな石を採って祭地を浄(きよ)めるため春日神社に石を奉納する祭ですが、すでに右の写真のように石は奉納されていました。

Img_7643_800x533  今日は、試楽<しんがく>の日で、組ごとに各町内を練り歩きます。わが家 Img_7651_533x800_2 から最も近いのは第八組。寺町、堤原、今中町、今北町、今片町の5つの町内があります。左の祭車は、今片町のもの。息子と娘が小さい頃、今片町の石取祭に参加させてもらっていましたので、私にとっても最も親しみのある祭車です。
造り物は、鏡獅子で、7代目・玉屋庄兵衛作です(1979(昭和54)年)。祭車そのものは、1928(昭和3)年に建造されています。右は、今北町の祭車。こちらは、桃太郎が載っています。これも7代目・玉屋庄兵衛作。祭車紹介は、こちら


Img_7648_533x800_2  石取祭の祭車でもっとも多いタイプは、こちら。12張りの提灯を飾ったもImg_7912_800x533 の。これは、寺町の祭車。昨年12月にユネスコ無形文化遺産に登録されましたので、昨日載せた西船場町の祭車と同じく、それを記念した文言が飾りに入っているものもありました。


Img_7685_800x533  第八組の各町内、試楽では、この北桑名神社に参拝しImg_7878_533x800_3 ます。各町内は、 ここが氏神様ということです(小生の住む太一丸も同様)。去年と同様、この北桑名神社の鳥居の前に陣取って、撮影してきました。取り敢えず、「速報版」として、撮ってきた写真をざっと見た中から載せておきます。明日にでもまた修正したいと思っています。

Img_7707_800x533  夕方6時前から、順次、一台ずつ北桑名神社の鳥居前にImg_7985_800x533 練り込みます。写真としては、若い女性のものが見映えがします(きわめてオジさん風の見解で恐縮です。他意はありません……「他意」って何だという突っ込みはナシでお願いします)。小生の側で写真を撮っていた、年配男性も同じようなことをおっしゃっていました(苦笑)。

Img_7775_800x533  太鼓の音の響き具合をいろいろ聞いていますと、どうもある程度年配で、Img_7846_800x533 年季の入った方のものがよい傾向にあるように思いました。「腰が入っている」というのが、ポイントのようで、力があるだけではダメのような印象でした。男性でも、若い方の中には、手先だけで叩いていると思える方もありました。「じゃぁ、お前やって見ろよ」という突っ込みは、ご遠慮ください。30代後半で桑名に引っ越してきて、しかも音楽的才能やリズム感のない小生は、あのリズムは叩けません m(_ _)m ただし、公式見解としては、「臨界期を過ぎて、あのリズムに接しても、習得は困難」としておきます(苦笑)。

 以下、今日撮影してきた動画から2編を載せておきますので、ご覧ください。1編目は、北桑名神社の鳥居前での堤原町の奉納の様子。2編目は、5町内すべての鉦鼓の奉納が終わったあと、町内練りに移動するときの様子。メインで写っているのは、今中町の祭車です。


Img_7696_533x800_2  北桑名神社への練り込みが終わると、第八組の各町内を練り歩きます。小生は、帰宅するつもりで歩き始めたのですが、とある集会所(祭のときに少年会、青年会などが集まるところが設けられます)から呼び止める声が聞こえてきました。最初は、「こんなところで名前を呼ばれるわけがない」と思ったのですが、2度3度と呼ばれましたので、さすがに「自分のことか?」と戻って見たら、ご近所の方がいらっしゃいました(微笑)。お陰で、ビール、蛤、アイス饅頭を頂いてきました(微笑)。そのお宅の方からは、「来年もおいでよ」とおっしゃっていただけました。

 ブログを書き終えて、夜10時前。まだ外からは、鉦、太鼓の音が盛んに聞こえています。窓を閉めて、エアコンを使っていても、しっかり聞こえるのです。明日は本楽。天気がよければ、近くを見て回ってこようと思っています。春日神社での渡祭は、大賑わいになりますから、たぶん出かけないでしょう。

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2017年8月 3日 (木)

ヒョウタンとハクセキレイ

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 今朝は、かなり涼しく感じました。桑名では6時に23℃だったようです。散歩友達の方の中には、「涼しくて足がつりそうになった」とか、「慌てて布団をかぶった」とおっしゃる方がありました。しかし、日中は、31℃を超え、蒸し暑くなっています。
Img_7255_640x427 涼しかったので早いうちに散歩をと思って、いつもよりやや早く8時半出発。Img_7319_640x457 三崎通から田町、九華公園、春日神社、京町、寺町、三崎見附、桑名七里の渡し公園と6.0㎞も歩いてきてしまいました(微笑)。田町の商店にあるツバメの巣は、空っぽ。月曜(7/31)以降、雛は無事巣立っていったものと思います。そういえば、街中ではツバメの姿が少なくなった気がします。桑名あたりですと、多度方面の揖斐川沿いにツバメのねぐらがあると聞きます。
Dscn1918_640x480 九華公園、散歩の方は少なめですが、いつものメンバーは元気に来ていらっしゃいます。といっても、小生は最も若い部類。最高齢は80代半ばの男性。いつも奥様といらっしゃいます。負けてはいられません(苦笑)。バールフレンドのお二人も、他にご用がなければ毎日来られます。この夏の散歩の楽しみになっているヒョウタンは、ごく小さいものを除くと、9個になりました。左の写真は、今日見た中で最も大きかったもの。手前の下側にはフェンスがありますので、こんな風になりました。
Img_7297_480x640 花はたくさん咲くのに、実はさほどでもないような気がします。それでもこの写真のように大小3つほどが並んでいるところもあります。ヒョウタンにもいくつか種類があるようです(ここに趣味の園芸のサイトの説明があります)。リンク先に上がっている説明を見ると、これは「千成瓢箪」でしょうか? 小さくてたくさんなるとあります。
Img_7270_640x459 こう暑いと、鳥も見当たりません。いるのは、ムクドリがもImg_7286_640x437 っとも多く、次いでドバト、スズメ。カワウは1羽のみ。ハクセキレイは九華公園では2羽。ハクセキレイがいてくれるだけでも、ラッキーと思えるようになりました(微笑)。
Img_7356_640x492 ハクセキレイは、散歩を終えてわが家近くの玉重橋まで帰ってきたところImg_7370_640x474 でも2羽に遭遇。親子のような印象でした。桜の木の陰からそっと近寄って1枚。
Dscn1932_640x480 春日神社(桑名宗社)に立ち寄ってきたのは、もうすぐ石取祭だからです。いつものように楼門の前に桟敷席を設ける作業が行われていました。今年の祭は、明日8月4日(金)24時から叩き出しとなります。8月6日(日)、本楽の日にこの楼門の前で渡祭が行われます。一番である「花車」の渡祭は、18時半。
Img_7316_427x640_2 春日神社のすぐ南にある「宮通」。町の名前です。ここには、少し前からIshidorimap2015_800x633 提灯が飾られ、雰囲気を盛り上げています。5日の土曜日には、組ごとに18時頃から試楽<しんがく>が行われ、各町内を練り歩きます。去年は、この試楽の模様を撮影してきました(2016/08/06;2016石取祭 試楽)。今年も行ってきましょうかね。本楽<ほんがく>は、6日(日)、13時に「北市場整列」で、八間通と、わが家のマンションすぐ西の道路に並びます。右の地図は、一昨年のパンフレットからお借りしたもの。紫色のところに祭車が並び、赤い矢印のルートで春日神社に練り込み、渡祭をします。渡祭を終えた祭車は、旧東海道を経て、七里の渡し前を通って、田町交差点へ。ここで「曳き別れ」。今のところ、土曜・日曜の天気は、曇りときどき雨。さて、どうなるか気になるところ。
Dscn1943_480x640 暑いので、せめて風鈴で涼を想像してください(笑)。「涼風はまぐり風
Dscn1945_480x640 鈴」です。6年ほど前に商工会議所が売り出したもので、現在は完売していて、売っていません。マンション生活ですから、ベランダに吊すと、ご近所に迷惑をおかけします。そこで、室内に吊すことがあるのです(いつもではないということ)。桑名の伝統技術である鋳物製。知人から頂いたものです。なかなかよい音色です。

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2017年7月21日 (金)

ツバメのヒナ、ヒョウタンの赤ちゃん、思わぬところでハスの花……5.9㎞散歩

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 猛暑日までは行きませんでしたが、朝早くの雨で、午前中はとても蒸し暑くなっていました。先日、失敗したリベンジ(笑)。桑名七里の渡し公園の小さい滝で撮ってきました。居合わせた小学生の女の子に足だけモデルになってもらいました(微笑)。1/4000秒で撮ってみました(Eos kiss x-5では、これ以上のシャッタースピードは出ません)。
Dscn1434_640x480 この2~3日、きちんと歩いておりませんでしたので、今日は朝8時半から11時過ぎまで、5.9㎞歩いてきました。三崎通から田町を経て、九華公園、貝塚公園、吉津屋町、京町、寺町、またもや田町、三崎通、桑名七里の渡し公園であります。途中、小雨に降られましたが、帰宅する頃にはご覧のような空になってきました。
Dscn1392_640x480 こちらは鎮国守国神社。7月10日に茅の輪くぐりが行われたのですが、まだDscn1394_640x476 そのままになっていましたので、くぐってきました。茅の輪は、17日(月・祝)に氏子の代表の方々がつくっていらっしゃいました。
Dscn1405_640x480 ご承知のように、茅の輪は、左→右→右と3回周ります。本殿の手前に設けられていますので、茅の輪をくぐろうとすると、狛犬さんと目が合います。なかなかおもしろい景色のように思え、1枚。
Dscn1386_640x480 九華公園内には、しばらく前にヒョウタンが植えられました。成長はかなり早Dscn1410_640x480 く、ツルが上の方まで伸びてきましたし、つぼみもたくさんありますし、すでに咲いた花もあります。ヒョウタンの花など見たことがありませんが、右の写真のものは、もうほぼ咲き終えたのだと思います。
Img_5166_640x472 よく見て回ったら、左の写真のように、「ヒョウタンの赤ちゃん」ができてきImg_5168_640x427 ていました。右上の茶色のところは咲き終えて、枯れてきた花だと思います。つぼみの元のところが膨らんでいるものもありました。小学生でしたら、これを観察し、記録したら、自由研究になるかも知れません(微笑)。
Img_5082_640x470 さて、散歩の途中、いつものようにツバメの巣もチェックしてきました。まImg_5262_640x427 ずは、三崎通にある巣。先日、ヒナが1羽落ちてしまったところです。結局ヒナは2羽。かなり大きくなっています。初めは4羽いましたので、ここまでで半分になってしまいました。
Img_5072_640x427 火曜日(7/18)に落ちたヒナがいたところは(07/18;ツバメのヒナ、落下……午前中は研修会の講師)、こんな状態。あれからどうなったかは分かりませんが、落ちた時点で生存は難しかったと思います。ネコかカラスにやられたか、また雨も降りましたので、そういう影響を受けたのでしょう。
Img_5097_640x456 田町の商店にある巣では、先日同様、3羽が元気にしていました。左の写真は、親が来て餌を与えた直後の様子。右は、吉津屋町のお宅の巣。7/17(月)には、2羽いたのですが(暑さの中、今日もツバメの二番仔確認……お陰様で180万PV達成しましたm(_ _)m)、今日は留守(?)。まだ巣立ちには早い気がします。ちょっと気になるところ。
Img_5252_640x427 京町の呉服屋さんにある巣。ここも3羽とも元気でした。向かって右端にいるヒナは、落ち着きがないのか、ごそごそしたり、身体の向きを変えたりしています。親が餌をやりに来るところを捉えたいとは思ったものの、この蒸し暑さでは、じっと待っているのが苦痛です(苦笑)。
Img_5110_640x473 その他の鳥さんたち、数は多くはありませんが。まずは、九華公園・奥平屋敷跡のハクセキレイ。ここには2羽くらい、若鳥がいます。左のハクセキレイ、フナムシを捕まえたようです。フナムシは、海岸や港で子どもの頃よく見ましたし、釣りの餌にしたことがあります。ただし、「海のゴキブリ」とも言われますので、リンク先は、自己責任で開いてください(微笑)。九華公園にもいて、写真も撮ってきましたが、載せるのは控えておきます。
Img_5178_640x463 本丸跡で虫を捕まえたスズメ。肉眼では何を捕まえたのか、よく分かりまImg_5200_640x469 せんでしたが、拡大してみたら、カマキリでした。右の写真のムクドリは、セミを咥えているようです。どちらも、虫の嫌いな方は、拡大なさらないでください。
Img_5214_640x427 そのセミたち。梅雨明け宣言とともにいっそう賑やかになった気もします。九Img_5155_640x420 華公園あたりでは、ほとんどクマゼミの声しか聞こえません。以前は、アブラゼミもかなりいたのですが、この頃はサッパリです。セミたちは木の上の方にいて、なかなかその姿を捉えられません。
Img_5209_541x640 ムクゲ。夏の木の花であちこちで見られます。もうちょっと晴れているときに撮った方がよかったと思います。九華公園の外周遊歩道の南にあるお宅にて。
Img_5236_640x466 吉津屋町のツバメの巣を見に行く途中、仏壇屋さんの駐車場を覗いたら、ハスの花が咲いているのに鉢ハチに植えられています。盆栽などがたくさん並んでいるのは知っていたのですが、まさかハスまであるとは思いも寄りませんでした。
Img_5234_640x427 思いがけないところで、ハスを楽しませてもらえました。ちょっと失礼しImg_5231_640x427 て、少し中へ入らせてもらい、写真も撮らせてもらいました。そういえば、今年は照源寺のハスを見に行っていませんでした。
Img_5278_640x443 散歩の終わりは、桑名七里の渡し公園へ。せせらぎに小鳥が水浴びにImg_5285_640x472 来ていないかを見に行きましたら、ちょうどうまい具合にカワラヒワが5羽来ていました。幼鳥もいますから、家族できたのかも知れません。右の写真で、向かって右で派手に水しぶきを上げているのは、幼鳥です。
Img_5329_640x440 ここで公園内を回っていたところ、係の方に呼び止められ、「利用者アンケート」を依頼されました。アンケートに答えているとき、上空をアオサギさんが通過。失礼して、写真を撮らせてもらったという次第。桑名七里の渡し公園は、国営木曽三川公園の一部で、管理や手入れが行き届いていて気持ちよく利用できます。欲を言えば、公園内に植えられた樹木が早く大きくなってくれると、木陰ができますし、もう少し鳥が来てくれるのではないかと期待しています。
Img_5333_640x427 余談は、お相撲さんの釣り。七里の渡し公園にいるとき、釣り竿を持ったお相撲さんが通って行くのが見えたのです。拙宅マンションと諸戸氏庭園の間の水路で、釣り糸を垂れていました。幕下以下ですと、毎日取り組みがある訳ではないようですから、退屈しのぎということかも知れません。ここ、以前はライギョがいました。愚息が中学生くらいの頃釣ろうとしていたのを記憶しています。

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2017年6月27日 (火)

船頭平河川公園で蓮の花……コアジサシの営巣地は営業終了、治水神社でアオサギコロニーそして、春日神社で茅の輪くぐり

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 6月も残り少なくなりましたので、そろそろ蓮の花が咲いているかと思い、長

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島、弥富方面に鳥を見に行ったついでに船頭平河川公園へ行ってきました。愛西市立田町になります。ここには、結構広い蓮田があるのです。期待通り咲いてはいたのですが、そ の数、かなり少ないものでした。
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 それなりに景色になるように撮りますと、左の写真のようになります。奥のImg_1516_640x427 山は多度山。右の写真の方が、実際をよく反映しています。先客は、お二人。いずれも小生より高齢の男性で、写真を撮っておられました。
Img_1484_640x426 花は多くはありませんでしたので、あまり工夫の余地もなかったのですが、Img_1543_640x427 それなりに試してみました(苦笑)。成果が上がったかどうかは、アヤシいところです。
Img_1497_640x426 蓮田の回りを歩いているとあちこちで、チャポンチャポンという音が聞こえまImg_1545_640x451 す。その正体は、こちら。蓮の花よりもはるかにたくさんのカエルがいます(比べてはいけませんが)。トノサマガエルかと思ったのですが、どうでしょう? リンク先の画像を見ると、トノサマガエルのオス(婚姻色)に似ていますが……。
Img_1539_640x426 蓮田の近くには、睡蓮も咲いていますが、こちらもあまり数は多くありませんし、色も白がほとんどを占めていました。
Img_1437_640x439 さて、今日の遠征、まずは臨時駐車場。9時到着。コアジサシは、合計10Img_1437_640x439_2 羽ほど。北側や中央のエリアにほとんどがいました。ただ、これまでとは異なり、卵を抱いていると思われるコアジサシは見当たりませんでした。
Img_1456_640x437 観察途中で、求愛用の餌を咥えたオスがやって来たのですが、右の写真Img_1457_640x442 のように追い払われていました。すでにペアリングしているメスにアプローチしようとしたと思われます(ピントが甘いのは、ご愛敬)。
Dscn0741_640x426 臨時駐車場でちょっと気になることがありました。それは南側のエリアに重機が止まっていたのです。重機や工事用の機材を載せた大型トラックも2台。すぐ近くの大島水門の東側で工事をしていましたので、その関係かも知れません。今日は、このあたりでは、ケリもコチドリも見られませんでした。
Dscn0744_640x480 その大島水門。翼を痛めたキンクロのオス、このところ姿が見えません。今日も確かめに立ち寄ったのですが、やはりいませんでした。どこかに行ったのでしょうか? 
Dscn0745_640x480 弥富市内某所、コアジサシの営巣地だったのですが、今日は、すでに工Img_1467_640x426 事の準備のためか、クルマが2台、作業員の方が数名入っておられました。「縄張」のようなものもしてあり、コアジサシの姿は見た限りでは、ゼロ。去年は、一時期数100羽も集まっていたのにと思うと、ちょっと残念。しかし、ここにいたコアジサシたち、どこにいったのでしょう? 今日はこんなことばかり考えさえられます。
Dscn0757_640x480 このあと、船頭平河川公園に立ち寄って、蓮の花の写真を撮ってから、Dscn0763_640x480 治水神社に行ってきました。国営木曽三川公園の三川公園センターのすぐ南です。治水神社は、あの宝暦治水に携わった薩摩義士を顕彰するために昭和13(1938)年に平田靱負を御祭神として建立されたものです。
Img_1563_640x471 治水神社の本殿後ろの鎮守の杜には、アオサギのコロニーがあり、これImg_1585_640x478 までも何度か見に来ています。まだまだ巣が10個はあったと思います。ただし、「ヒナ」はずいぶん成長して、大きさは親と変わらないくらいのものばかりでした。治水神社、4月20日以来の訪問だと思います(御衣黄、再び……治水神社のアオサギコロニーも確認)。
Img_1617_640x425 図体はずいぶん大きくなっていましたが、まだ巣にいるということは、親の庇護の元にあるということなのでしょうね。餌ももらっているのでしょうか? 宮司さんにお目にかかってお話もしてきました。宮司さんは、「ゴイサギと聞いています」とおっしゃったので、訂正してきました。「ゴイサギってどういう字を書くのでしょう?」と聞かれましたので、「五位鷺」であることや、その名を付けられたエピソードもお話ししてきました(講釈師の面目躍如であります……苦笑)。
Img_1605_640x460 治水神社の境内では、コゲラや、カワラヒワの鳴き声も聞かれましたが、写真に撮れたのは、ホオジロ。向かって右がオス、左はメスと思います。鳥と歴史が好きな小生にとって、ここはなかなかよい散歩スポットです。宮司さんも話し好きで、結構フレンドリーな方で、それもありがたいと思います。
Img_1671_640x427 気になっていましたし、明日は江戸橋、その後金曜くらいまでは雨模様とImg_1661_640x451 いう予報でしたので、最後に、春日神社に立ち寄って、茅の輪くぐりをして来ました。夏越しの大祓の神事は、6月30日の午後3時からです。
Img_1662_430x640 茅の輪くぐりは、左の写真の説明にありますように、正面から左回り、右回り、もう一度左回りとくぐります。最近、毎年茅の輪をくぐっていますので、もう充分に理解しています(笑)。そして、「水無月の夏越の祓ひする人は 千歳<ちとせ>の命 延ぶといふなり」と唱えながら、くぐってきました(ただし、ところどころ記憶がアヤシかったです)。本来は、罪穢や厄災を人形に託して清々しく祓い清めていただかなければなりません。
 明日は、11回目の江戸橋通い。雨のようではありますが、先週のような荒れた天候ではなさそうです。最終回は筆記試験ですから、講義はあと4回。明日は、先週の傾聴演習のレポートの提出日。どんなレポートが出てくるか、楽しみでもあり、ちょっとドキドキでもあります。

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2017年6月15日 (木)

鎮国さんで枇杷を頂いてきました

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 今日も良い天気。良い天気なのはありがたいのですが、梅雨入り宣言があってから雨が降りませんから、却って心配になります(苦笑)。8時半過ぎからいつものように散歩。今日は、住吉神社、九華公園、京町、吉津屋町、寺町と回ってきました。いささか暑かったので、11時15分には帰宅。
Img_0108_800x533 暑いせいか、鎮国守国神社の境内社の一つ、九華招魂社の拝殿、賽銭箱Img_0104_800x533 のところで旅ネコさんがお休み中でした。昔は、ネコは好きではありませんでしたが、この頃、ネコ式ライフスタイルもいいかなと思います。ネコの話から始めたのは、鳥がいなかったからというのもあります(苦笑)。
Img_0067_800x575 今日見かけたのは、スズメ、ムクドリ、カワラヒワ、カワウ、ハクセキレイ、ツバメくらい。「くらい」とImg_0089_800x621 書くといけませんし、失礼ではありますが……。スズメも、今年生まれた幼鳥が、すでに親から離れて、自力で餌を捉えるようになってきているようでした。右は、九華公園の野球場にて。頬の黒い模様は薄いので、幼鳥だと思います。虫を捕まえて食べていました。
Img_0096_800x582 ハクセキレイも、野球場のグラウンドに出てきていました。ちょっと遠くて、フェンス越しの写真です。
Img_0077_800x533 九華公園といえば、今日までが花菖蒲まつりでした。とはいっても、特にイベントもなく、そういう意味では淋しい限り。市役所や、観光協会は、水郷花火大会や、石取祭、そして、今年は灯街道のイベントと、他のものに力を入れていますが、こういう昔からのまつりにも、目を向けてもらいたいところです。
Img_0127_800x533 コシアキトンボや、アオスジアゲハ、モンシロチョウなども飛んでいますが、なかなか止まってくれません。この時期、昆虫もよい被写体なのですが……。こちらは、鎮国守国神社で撮ったキアゲハ。
Img_0131_800x587 吉津屋町のお宅。先日から、ツバメが新たに巣を作っています(6/11、歌行燈本店のアジサイ)。よく見ると、まだ乾ききっていない部分もありますから、巣作りは現在進行形のようです。この右手に、この間ヒナが巣立ったツバメの巣があります。他の巣も、二番仔という可能性もありますから、また巡回してこなくてはと思っています。
Dscn0373_800x600 「九華公園を楽しく歩こう」のパネル、散歩途中に見ていますと、ご覧になってくださっている方があります。鳥友のSさんも、今日出会ったときに、「写真が替わったな。俺も知らないことがたくさん書いてあった。あんた、歴史もやるのか?」とおっしゃいました。恐縮至極であります。管理人のOさんに伺うと、「字が小さいから、老眼鏡が欲しい」とおっしゃった方があったそうです。想定外のことでしたが、Oさん、早速対応してくださっていました。
Dscn0379_800x600 鎮国さんにお参りしていたら、先代宮司の奥様に久しぶりにお目にかかりました。お忙しかったようですが、「枇杷がなったから持って行きなさいよ」ということで、小ぶりのレジ袋一杯頂いてきました。社務所の裏になっていたものですから、神様のお下がりということで、ありがたく頂戴しました。見映えはもう一つですが、果物らしい味がして、おいしかったです。
Img_0070_800x533 午後からは、昨日やり残してしまった、非常勤先の出席票に書かれた質問などのQ&Aを処理。その後、試験問題を確認したり、来週の研究会で発表される事例をチェックしたり。勤しむというほどではありませんが、ボチボチと仕事らしきことをしておりました。

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