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2020年4月11日 (土)

20200411「勝手に三岐鉄道北勢線ハイキング『員弁街道を歩く』(東員~楚原)」(予告編)【参考資料を追加しました(4/12)】

 昨日(4/10)、三重県では知事から「三重県新型コロナウイルス『感染拡大阻止緊急宣言』」が出されました。県内の4月9日現在の感染者数は15名ですが、いずれも感染経路が明らかです。しかし、隣接する愛知県、岐阜県では相変わらず感染者数が増えていますので、両県と共同して、この宣言を発するに至ったということです。「愛知県、岐阜県については、移動自粛による感染拡大防止の効果を最大限に発揮するため、医療機関への通院や通勤等生活の維持に必要な場合を除く移動の自粛<」が求められました。勝手にハイキングもヤバいかという気もしましたが、県外に出る訳ではなく、3密は避けていますし、健康維持のための散歩やジョギングは不要不急の外出に含まれないという報道もありましたので、出かけることとしました。

200411touin

 2回目の前回、三岐鉄道北勢線の東員駅まで行きましたので、今日はここがスタート。前回見忘れた「チリン坂「律師智傳之Img_2440c 碑」を見て、員弁街道に入り、いなべ市に進みます。旧員弁町が今日の主な行き先。大泉駅に併設された「うりぼう(農産物直売所)」を覗き、いくつかの神社、道標、石仏墓地を経て、ヨシヅヤにあるスガキヤで昼食。ゴールの楚原駅をいったん通り過ごして、撮り鉄スポットである「ねじり橋」「めがね橋」を見て、楚原駅にゴールというコース。こんなに歩くつもりはありませんでしたが、現地で歩いたのは11.3㎞! 私は西桑名駅往復が2.1㎞ですから、合計13.4㎞。歩数は、24,835歩にもなりました。今日も、M、K両氏と3人旅。お疲れさまでした。

Img_2109c  西桑名駅のあるあたり(バスターミナル)の今朝の様子。ほとんど人が歩いていませんでした。北勢線の電車も、東員までは乗Img_2118c_20200411173601 客3名。3両編成でしたから、1人1両貸し切り。西桑名駅を8時44分の楚原行きに乗車。途中からK氏が合流。東員駅には9時10分着。¥340。ここでM氏と待ち合わせ。すぐにスタート。

Img_2130c_20200411173901  県道14号線(菰野東員線)の鳥取交差点を右折(北へ)すると、チリン坂です。坂の中程にImg_2136c 「律師智傳之碑」という自然石でできた碑が建っています。「律師」は相当高い僧の位を意味し、「智傳」という名の高僧の碑です。しかしながら、智傳は、昭和22(1947)年頃、80歳くらいで亡くなったという以外、その来歴などは不明。この高僧「智傳」の名前がなまって「チリン」となり、坂の名前が「チリン坂」になったといいます。碑の表面には「涼風や 麦田見下す 智伝坂」の句があるというのですが、はっきりとは読めません。

Img_2144c  チリン坂を登って、員弁街道に出ます。いなべ市に入るまで、次に見るべきところはありませんので、ひたすら歩きます。というのは結果的にはウソで、あれこれしゃべりながら、また、道ばたや民家に生えている樹木、草花などを見て、ああだこうだといいながら進みました。これまでに見た草花などを突然指さして、「これ、何だった?」と聞いてみたり、それなりに楽しめます(苦笑)。

Img_2174c_20200411174901 Img_2208c  いなべ市内に入って、遠くに神社らしきものが見え、少し進むと鳥居がありましたので、予定にはなかったものの立ち寄ることに。延喜式内大谷神社です。創立は不詳ですが、古くは「大谷野魔里井上神社」と称し、神護景雲元(767)年に春日神社を合祀し、そのために「大谷春日」といったという説明がありました。主祭神は、罔象女命(みつはのめのみこと:伊奘冉尊が火の神を出産し、そのために火傷を負って亡くなるとき、その漏らした尿から生まれた水の神)。相殿神は、武甕槌神経津主神他10柱。ここは、藤原小黒麻呂に関わる伝承がありますが、それはまた本編にて。

Img_2198c  この神社の巽の方角に「霊泉清水池」があったという石碑が建っていました。清水が湧き出ていて、この水を飲むと万病がたImg_2224c ちまちに癒えたと書かれています。また、この清泉が湧出したので、大泉の村の名前になったともあります。泉は今は枯れてしまっていました。

Img_2230c_20200411190201  スタートから約4㎞、時刻は10時半頃、「うりぼう(いなべ農産物直売所)」に到着。大泉Img_2234c 駅に併設されています。2年ほど前、ここのジェラート屋さんで日本酒の入ったジェラートを食べたことがあります(2018年7月16日:いなべの「うりぼう」から家内の実家へ)。鹿肉なども売っていたのですが、今日は見るだけ。

Img_2275c_20200411190201  うりぼう&大泉駅の先、員弁東小学校の南にも、大谷神社があります。主祭神は、水分神(ミクマリノカミ:水の分配をつかImg_2242c さどる神)と、天児屋根命(アマノコヤネノミコト:天照大神が天の岩屋に隠れたとき、祝詞を奏した神)。相殿神は、宇気母智神(うけもちのかみ:食物の神)、天照大御神。大泉の氏神様。社名はこの地が「大谷御厨」の地であったことよると考えられています。員弁川対岸の梅戸にあったのですが、明応8(1499)年、大洪水のため押流され、村落ごと大泉に移転し、大泉の春日明神へ合祀しました(そのため、大谷春日大明神と称しています)。拝殿前には狛犬ではなく、鹿の像。春日神社との関わりがあるからと思われます。

Img_2266c  表参道の鳥居からまっすぐに150mに及ぶ長い参道があるため、昔から「長宮さん」と呼ばれてきました。上記の神鹿の他、Img_2273c_20200411190201 狛犬もあったのですが、それがどういうわけか、「子取り、玉取り」になっておらず、拝殿に向かって左の狛犬が子どもを抱き、その子どもが玉を持っているスタイルでした。「玉取り」の狛犬は、鞠で遊んでいるような様子から「運気がよく転がるように」という意味合いで、縁起がいいといいます。一方、「子取り」の方は、文字通り子どもを連れている狛犬で、子孫繁栄のご利益があるといわれています。こういうタイプは初見。ちなみに対をなす方には、子も玉もありませんでした。

Img_2285c_20200411190301 Img_2283  員弁東小学校の北、員弁街道に戻ると、長宮公園があります。ここには、鳥居があります。ここも大谷神社の境内であったと思われます。また、ここは、かつて、北勢線の長宮駅があったところ。平成16(2004)年4月1日に廃駅になりました。ちなみに、大泉駅は、長宮駅と大泉東駅を統合し、両駅の中間部分に新設されています。

Img_2304  6㎞の手前に神明社。主祭神は、天照大御神。相殿神は、誉田別命、須佐之男命、市寸島姫命、火産霊神。寛永13(1636)Img_2308 年、大溜を築いたものの、たびたび堤切れしたため、庄屋・正木嘉兵衛を伊勢の山田へ遣わし、笠田大溜に勧請した神明社の分霊を遷座したといいます。

Img_2335c_20200411202401  その正木嘉兵衛の功労に対する顕彰碑が神明社の裏手に建っています。

Img_2301  この神明社が建つのは、員弁街道と旧・里道の畑新田道との分岐点です。神社の南に小さな道標がありました。「北 平古 たど」とあります。碑陰には「青年支部」。さらにこの先、員弁街道と下笠田道との分岐点にも道標があったのですが、こちらは見逃してしまいました。

Img_2350c_20200411202601  スタートから7㎞ほどのところで、石仏墓地に立ち寄ります。員弁中学校を過ぎたところ。美濃国守護・土岐大膳太夫父子の墓があるのです。高さ92cmの五輪の塔3基が、土岐康行、その子・康政、その子・持頼の墓とされています。土岐大膳太夫は、金井城主種村弾正左衛門攻撃に際し、敗れ、玉手の森に(今の石仏)に逃れ切腹して打ち果てています(金井城跡は、いなべ市員弁町北金井亀谷)。

Img_2363c_20200411204601  ここで11時45分。ねじり橋めぐり橋を見に行くにしても、その前に腹ごしらえをしようと、国道421号線まで出ました。ヨシヅヤ員弁店がありましたので、フードコートがあるだろうとここへ。ところが、あったのはスガキヤ1店のみ(苦笑)。たまにはいいかということで、ここで「直火焼き塩豚カルビ丼・サラダセット」(¥350)。食事、休憩、次回の話をして、楚原駅方面に戻り、ねじり橋、めがね橋を見に行くことに。往復でプラス2㎞ほど。

Img_2378c_20200411205401  楚原駅の北で員弁街道からは離れ、員弁西小学校方面へ。小学校を過ぎて坂を下っていくと、まずは、ねじり橋。長さは約Img_2376c 9.1m。正式には、「六把野井水拱橋(きょうきょう)」といい、大正5(1916)年に建造。江戸時代につくられた六把野井水にかかる橋。線路と用水が斜めに交差するため(約40度で)、アーチ橋下部のブロックは、ひねりを入れてつくられています。この構造は、「ねじり間歩(まんぽ)」といい、現存するコンクリートブロック製の橋では唯一といわれます。「日本の近代土木遺産-現存する重要な土木構造物2000選(土木学会)」に選ばれています。私は、2年前の2月27日の近鉄ハイキングで訪ねています(近鉄ハイキングで“昭和レトロな町でおひなさん 早春の鈴鹿山脈を眺め「あげきのおひなさん」へ”(予告編)……マップ上9kmなのに、12.4kmも歩いたお話(笑))。今日は、電車が通過する時間にうまく合いませんでした。電車が通っている写真は、このハイキングの記事にあります。

Img_2384c  こちらがめがね橋。長さは約19.8m。正式には、「明智川穹㝫橋(きゅうりゅうきょう)」。眼鏡橋は、全国に数多く存在しますが、ここが珍しいのは、コンクリートブロック製だということ。三連式のアーチはとても美しい。ねじり橋ともども、三岐鉄道北勢線の代表的な撮影スポットとなっています。

Img_2430c  ねじり橋、めがね橋を見ましたので、楚原駅に向かいました。13時45分に到着。今日はここまで。ちょうどImg_2434c 13時51分に西桑名行き電車がありましたので、それに乗車して帰途につきました。鉄道むすめ・楚原れんげの名字「楚原」はこの駅の名前から。「れんげ」という名前は、前にも書きましたが、「蓮花寺駅」に由来します。ちなみに楚原れんげ嬢は、東員駅の駅務員という設定。西桑名駅には、14時26分着。¥430。

 「員弁街道ハイキング」、前回までは桑名市内を主に歩いていましたので「桑名の」とつけていましたが、桑名を離れましたから、今回から割愛。本編はまた明日以降順次載せる予定。次は、新型コロナウイルスの影響が拡大しない限り、来週にでも楚原から阿下喜まで歩くつもりでいます。北勢線は、この阿下喜が終点。員弁街道はさらに続くのですが、電車に乗って出かけられない範囲になってしまいますから、取り敢えず阿下喜まで歩いてキリをつけるつもりです。

【参考資料リスト(4/12追加)】

・みえの歴史街道ウォーキングマップ 濃州道(員弁街道)

東員町文化財マップ

ふるさといなべ市の紹介

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